Catégories:“2007年”

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あっという間に今年もあと2日! いよいよ年末も押し迫ってきたという感じですね。年々1年があっという間になるような気がしてる私ですが、その中でも12月はさすがの速さです。でも師でも走るんだから、私みたいな凡人は一層走ることになるわけで、仕方ないか。(笑)
さて、Ciel Bleuでは、これが今年最後のエントリになります。最後のエントリは、ブログになってから恒例行事となっている今年度のマイベスト本の記事。(ちなみに2004年度のはココ、2005年度のはココ、2006年度のはココ
2007年度のマイベスト1は、「愛はあまりにも若く」(C.S.ルイス)になりました~。(画像とタイトルが違いますが、同じ本です)C.S.ルイスは何冊か読んだんですが、これは本当に良かった。同じC.S.ルイスで、「マラカンドラ」「マラカンドラ」「サルカンドラ」の別世界3部作も、すごく良かったんですけどね~。
そして2位から5位は、下記の通りです。

2.「湖の麗人」ウォルター・スコット
3.「オシァン ケルト民族の古歌」
4.「ニューヨークの魔法使い」「赤い靴の誘惑」シャンナ・スウェンドソン
5.「ルリユールおじさん」いせひでこ

     

それではみなさま、今年1年間お世話になりまして本当にありがとうございました。来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎え下さいませ。

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ベイルートで組織のためにしたはずの暗殺が、自分の暴走ということにされてしまい、仲間の手引きで船に密航して日本にやって来たターリク。東京で新しい他人名義のパスポートがもらえる手はずが整っているから、それを受け取って3ヶ月ほどほとぼりを冷ましてから帰国するように言われていたのですが、そのパスポートがターリクの手に渡る直前、入っていたアタッシュケースがひったくられてしまい...

中東レバノンの兵士だったターリクが、国にいられなくなって言葉も分からない日本に放り出されて、様々な人々の好意にすがりながら、なんとか自分の居場所を確保していくまでの物語。実際に戦火の中で生き延びてきただけあって、最初はものすごく危機感が強いですよね。実際、パスポートがない状態では不法滞在者としていつ国外に退去させられるか分からない状態なんですけど、常にアンテナを張って警戒し続けてるんです。そんなターリクの持つ緊迫感が、周囲の平和ずれした人々の中では浮いているように感じられるんですが、それだけにとても印象的だし、いろんなエピソードがターリクの視点というよりもむしろ周囲の人々の視点から描かれているので、いろんな視点が面白かったです。周囲の人たちも個性的な面々でしたしね。まあ、後半のあのトントン拍子っぷりは、どうなのか正直よく分からないんだけど...。前半の方が面白かったな。それにターリクの目に東京がバビロンのような華美な悪徳の都として映ったのかといえば、それもちょっと違うと思うんですよね。(新潮文庫)


+既読の池澤夏樹作品の感想+
「南の島のティオ」池澤夏樹
「スティル・ライフ」池澤夏樹
「真昼のプリニウス」池澤夏樹
「夏の朝の成層圏」池澤夏樹
「バビロンに行きて歌え」池澤夏樹
「神々の食」池澤夏樹

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夜、マグロ漁船の後甲板で写真を撮ろうとしている時に、船尾に押し寄せた大きな波にさらわれて海に落ちた「ぼく」は、そのまま流され続け、やがて島に漂着。そこは珊瑚礁に囲まれた常夏の無人島。彼は椰子の実やマア、タロ芋を採り、バナナを食べ、雨水を貯め、貝や魚を採って生活することに。

池澤夏樹さんの長編デビューという作品。
思いがけないことから無人島暮らしをすることになった主人公は、生きていくことそのものが日々の目的となって、次第にその生活に充足感を覚えることになるんですけど、やがて現実の世界の人間と出会うことによって、生活が目的ではなく単なる手段に戻り、やっぱりまた文明へと戻っていく自分を感じるようになる... という話。(多分) 無人島で自給自足の生活を余儀なくされたからといって、それを必要以上に嘆くのではなく(絶望を感じた時期もあったと本人は言っていますが、それは読者には分からない部分)、文明批判や自然礼賛に走るのではなく、自然の中で送る日々の生活を淡々と描いているところが良かったな。でも、一度文明社会から完全に解き放たれてしまった主人公。再び文明社会に出会った時... どうなるんだろう?(中公文庫)


+既読の池澤夏樹作品の感想+
「南の島のティオ」池澤夏樹
「スティル・ライフ」池澤夏樹
「真昼のプリニウス」池澤夏樹
「夏の朝の成層圏」池澤夏樹
「バビロンに行きて歌え」池澤夏樹
「神々の食」池澤夏樹

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八王子にある大学の理学部の助教授をしている頼子は、その晩、日本橋にあるイタリア料理店に向かっていました。数日前、友人の1人が頼子の研究の話を聞きたがっていると弟の卓馬が電話してきたのです。その友人とは、広告関係の仕事をしている門田。門田は、利用者が電話をかけると、予め用意されている何千何万もの話のうちの1つが無作為に選ばれて受話器から流れるという新しい種類の電話サービス・システムを作ろうと考えており、話のバラエティを確保するためにも火山学を専門としている頼子の話も聞きたいというのです。

地に足が着いた生き方をしている頼子が、様々な人の影響を受けながら、自分自身の一歩を踏み出す物語、でしょうかー。彼女が研究している火山のマグマそのままに、彼女の内部では様々な思いが高温高圧で活動していて、普段は胸の奥深くに潜んでいるものの、ふとした瞬間にほとばしり出てきたりします。彼女の前に現れるのは、バブル時代にいかにもいただろうなっていう広告業界の門田や、かつての恋人で、今はメキシコの遺跡の写真を撮っているカメラマンの壮伍、易を扱う製薬会社の社長、そして大学時代の友人の息子・修介など。でも、製薬会社の社長の易の話が絡んでくるところは面白いなと思っし、最後に意味が分かる題名もいいなあと思ったんだけど... どうも男女ともみんな、なんていうか紋切り型のように感じられてしまいました。特に女性たち。これじゃあ、男性作家の描きがちな女性像なのでは? こういう会話を読みたくなくて、私は一時男性作家離れをしてたんですよぅ。...そのせいか今まで読んだ池澤作品に感じられたような魅力が、この作品ではあまり感じられませんでしたー。残念。(中公文庫)


+既読の池澤夏樹作品の感想+
「南の島のティオ」池澤夏樹
「スティル・ライフ」池澤夏樹
「真昼のプリニウス」池澤夏樹
「夏の朝の成層圏」池澤夏樹
「バビロンに行きて歌え」池澤夏樹
「神々の食」池澤夏樹

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引越しと旅が趣味の「絵描き」は、建築家の夫と子供2人の4人暮らし。家を変えるたびに家の中を自分の好みの色で塗り替える一家の今度の家は、床のじゅうたんも壁も家具もカーテンもクッションも全てブルーグレー。友人の家にハスキーの子犬が生まれたと聞いた絵描き一家は、ブルーグレーの部屋や庭にハスキー犬がいる様子を想像してうっとりし、離乳がすむ頃にひきとりに行く約束をします。そしてやって来たのは、体全体が銀白色で鼻も瞳も真っ黒な「グレイ」でした... という「グレイがまってるから」と、その続きの「気分はおすわりの日」。

伊勢英子さんの家にやってきた、ハスキー犬のグレイにまつわるエッセイ。基本的に伊勢さんの視点なんですが、時々グレイの視点になったりして、それがまた可愛いのです~。そして合間には、伊勢さんによるスケッチがふんだんに!
うちにも以前犬がいたし、しかもまるでしつけがなっていない犬だったので(笑)、グレイのエピソードがどれもものすごーく身近に感じられました。伊勢一家のように「夜犬ヲ鳴カサナイデクダサイ。メイワクシマス」などという手紙を受け取ったことこそないんですけど、きっと文句を言いたかった人もいたんだろうな...。やっぱり毎日の散歩がある分、犬を飼うのって結構大変ですよね。うちの犬も散歩に行きたくて鳴き始めるのが毎朝4時とかそんな時間で、しかも一度鳴き始めたら連れて行ってもらえるまで鳴き続けるので、体力的にも結構キツかったです...。でも実際には「大変」以上に楽しいこともいっぱい。この本でも淡々と綴っているようでいて、グレイと一緒にいられた幸せが一杯詰まっていて、それがとてもかけがえのないものだったというのがしみじみと伝わってきました。
ただ、「グレイがまってるから」の文庫化に際して「そして四年...」が書き下ろされたんだそうですが... ここにこの書き下ろしはちょっと雰囲気的にどうなんでしょう。「気分はおすわりの日」では、それほど違和感を感じないのだけど。(こちらには「そして三年...」が入ってます) あと、この続編で「グレイのしっぽ」というのもあるようですね。それも読んでみたいなあ。ちょっとツラい話になるのかもしれませんが...。(中公文庫)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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新聞や雑誌に連載されていた文章や、日記。染色家で人間国宝の志村ふくみさんの、「一生一色」に続く2番目のエッセイ集。

以前読んだ「一生一色」「色を奏でる」と重なる部分も多い分、それほど新鮮味はなかったんですが、やっぱりしみじみとした美しさを感じさせられる本でした~。前に読んだ2冊は梅や桜といった木から染める話が多かったように思うし、今回も群馬県水上の藤原中学校で桜を染めるエピソードがとても良かったんですが、こちらの本は野の花を摘んで染めるというエピソードも多かったのが印象的でした。それまでは邪魔もの扱いだった「からすのえんどう」が少し黄味がかった薄緑に染まり、すっかり見る目が変わってしまった話、げんのしょうこやれんげ草、よもぎなど様々な野草で染めた糸の群れは、野原そのもののの色合いになっている話、散歩の時に道端に咲いている花に呼ばれてみれば、それは曙草。日々小さな花の声にも気づき、その美しさを愛で、「色をいただく」気持ちがあればこそ、積み重ねられていくものもあるんでしょうね。
藤田千恵子さんによる解説の「本を読むのに資格は要らない。年齢、経験、能力も不問。...と思っていたけれど、そうだろうか。この『語りかける花』を読み進むうち、はたと思った。読む側にも力量がいるのではなかろうか、と」という言葉も印象に残ります。志村ふくみさんの文章は難解どころか、むしろとても読みやすいものなんですが、「読みやすい文章というのは、むしろ、危険なのだ。どんな宝がどこに潜んでいるのかわからないのに、速度が増してしまうからである」とのこと。私にとっては、読みやすければ読む速度が増すというものではないんですが... それでも言いたいことはすごくよく分かります。志村ふくみさんの文章は、しっかりと受け止めながら感じながら読みたいなあって思いますもん。(ちくま文庫)


+既読の志村ふくみ作品の感想+
「語りかける花」志村ふくみ
「ちよう、はたり」志村ふくみ
Livreに「一色一生」「色を奏でる」の感想があります)

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一ヶ月前に母親が再婚した相手は、子供が嫌いでいつも怒ってばかりのまさに「鬼」。しかもキャスパーとジョニーとグウィニーの3兄妹は、継父の連れ子のダグラスとマルコムともまるで気が合わなかったのです。そんなある日、「鬼」がなぜかジョニーとマルコムに驚くほど大きな化学実験セットを買ってくれます。マルコムの出していた悪臭に対抗しようと、キャスパーとジョニーが一番猛烈な臭いを出しそうな薬品を混ぜ合わせていた時、「鬼」に怒られそうになって慌てたグウィニーにその液体がかかってしまい... そしてグウィニーの体はすっかり軽くなって...。

これも原作は1976年刊だというごく初期の作品。でも家族内の強烈なゴタゴタが中心で、ダイアナ・ウィン・ジョーンズらしさはたっぷり。こういうのを読むたびに、ダイアナ・ウィン・ジョーンズって相当すごい家庭で育ったのかしら、って思ってしまうのですが。
化学実験セットから巻き起こる大騒動は、想像するだけでも楽しくなってしまうようなもの。虹化剤とか動物精、龍牙塩のように、薬品の名前からある程度効果が想像できるものもあるんですが、入っている薬の1つずつの詳細な説明が読んでみたくなってしまいます。そして本文中ではさらっと登場するだけで終わってしまうんですけど、そもそもこの化学実験セットを売っていた「魔術舎有限会社」というお店が、ものすごーく面白そう。本の表紙も、この魔術舎のお店の絵なんです。この辺りがもっとじっくり読みたかった!
子供たちからすればまさに「鬼」のような父親なんですが、大人視点から読むと、いきなり男の子4人に女の子1人という5人の父親になってしまった父親側にも十分同情の余地がありますね。きっと実際にもんのすごい騒ぎでしょうからねー。(実子2人はそれまで寄宿舎生活だったので、その本領発揮を知らなかったという設定) 結局悪人はいなかった、というのがどうも出来過ぎな印象もありますが、ほどよくどたばたでほどよくストレートで、ほどよく面白かったです。(創元ブックランド)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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買ったばかりの椅子を壊したせいで、夏休みまでおこずかいナシとされてしまったジェスとフランク。どうしてもお金を稼がなければならない2人は「仕返し有限会社」を作ろうと考えます。最初の客となったのは、いつも手下を引き連れて暴れまわっている悪がきのバスター・ネル。ヴァーノン・ウィルキンズに歯を折られたことを根に持っており、ヴァーノンの歯を持ってきてくれたらフランクがバスターに借りている10ペンスをチャラにすると言うのですが... という「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」。
そしてもう1つはヴィクトリア女王の時代の物語。父親が小作農からすっかり金持ちになったせいで、村の子供たちとは縁を切って近くに住む名門コーシー家の子供たちとつきあうように言われて、すっかり不満のセシリアとアレックス。そんなある晩、霧の中から突然2人のいる台所に現れてたのは、1人の見知らぬ男。男は全身ずぶ濡れながらも、歴史の教科書から抜け出てきたような見事な中世の騎士姿。主君殺しの疑いをかけられて追放の身となった、元ゲルン伯爵、ロバート・ハウフォース卿と名乗るのですが... という「海駆ける騎士の伝説」。

日本で出版されたのは去年と最近なんですが、どちらもダイアナ・ウィン・ジョーンズの初期の作品。「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」は、児童書として初めて世に出た作品のようですし、「海駆ける騎士の伝説」はデビュー前に書かれたという作品。今のダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品の複雑さはあまり好きじゃないんですけど、比較的ストレートな初期の作品には結構好きなのがあったりするんですよね。
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」は、構成こそ比較的あっさりながらも容赦ない悪意の話で、かなり最近の作風に近かったかな... まあ、こういうのもいいんですけど、私の好みとはちょっと違う感じ。でも「海駆ける騎士の伝説」は、好みのツボど真ん中でした! なんといっても、異世界の雰囲気が中世騎士伝説の世界だし(笑)、ロバートという騎士が最初に現れた時の挿絵が! まるで「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルンなんですよぅ。(私の中では、本と映画でちょっぴりイメージが別物のアラゴルンなんですが、この場合は映画の方のイメージです) 干満の差がとても大きくて、干潮時には危険な流砂が現れるという湾は、異世界への入り口としてすごく相応しく感じられたし、河口近くにあるという城の廃墟が残っている岩だらけの島も物語の始まりに相応しい場所。まあ、言ってしまえば、ダイアナ・ウィン・ジョーンズが書く必要もない歴史ロマンスのような雰囲気なんですけど... でもすごく好き。この世界の話がもっともっと読みたいな。この作品、元々はこの場所を舞台にした6部作のうちの1つで、他の5作は「長ったらしくて、とりとめがなかったので」処分されてしまい、この「海駆ける騎士の伝説」だけが残ったようなんですね。やっぱりこれは、あとの5作の存在があるからこその世界観の深み。でも他の作品も読んでみたかった~。(早川書房・東京創元社)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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ずっと旅から旅へという生活の中で絵を描いてきたのに、ある時、何のへんてつもない窓につかまってしまい、パリのアパルトマンにしばらく住むことになった「ぼく」。それはルリユールじいさんとの出会いでした... 「ぼく」から「Y」へのパリからの手紙。

以前、「ルリユールおじさん」「絵描き」(感想)を読んだ時に、これも読みたいと思っていたのです。でも題名と表紙から勝手にエッセイだと思い込んでいたら! これも物語だったんですねー。元は理論社のホームページに連載されていたエッセイを改稿、未公開スケッチを加えて構成し直したものだそうなので、もしかしたら元々の語り手は、「ぼく」ではなくて伊勢英子さんだったのかもしれないのだけど。

私が読んだ「ルリユールおじさん」と「絵描き」はそれぞれ独立したお話だったのだけど、これを読むと、1つに繋がった大きな物語だったんだなあって分かります。そしてやっぱり「絵描き」に登場しているのは、伊勢英子さんご本人だったのだなということも。前の2冊に比べると、もちろん絵は少ないのだけど、文字から伝わってくるものも大きいわけで。何度も読み返したくなってしまいます。

古いアパルトマンのルリユールおじさんの家の壁は、どれも天井まで本でいっぱいで!

何百冊あるかわからないけど、すべて革張りで深紅や紺や緑の表紙、金箔の背の文字 -- 気が遠くなりそうなほど美しい本棚だった。

やっぱり私は職人を目指すべきだったんだわ... 芸術家ではなくて、あくまでも職人。ああ、こんなところで何をやってるんだろう。(平凡社)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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オスマントルコ時代の著名な建築家・シナンは、1488年にトルコのカッパドキア地方の小さな村に生まれ、24歳の時にデヴシルメという少年徴集制度によってイスタンブールへ、オスマントルコを巨大な帝国としたスルタン、スレイマン大帝の下でなんと477もの建築作品を作ることになったという人物。キリスト教徒だったシナンが、信仰を変えてまでデヴシルメに志願したのは、イスタンブールに出て聖(アヤ)ソフィアをその眼で見てみたかったため。聖ソフィアはその当時でこそイスラムのジャーミー(モスク)となっていましたが、元は1千年前にキリスト教徒が建てた建物。村にいたキリスト教の神父から、聖ソフィアこそが人が造り出した最も神がよく見える場所だと聞いて以来、シナンはそれを自分の眼で確かめたいと思っていたのです。

トルコで最も偉大な建築家と呼ばれるシナンの一生を追った小説。元々トルコにはすごーく興味があるし、この小説もとても面白かったのだけれども... うーん、夢枕獏さんの小説を書くときの癖のようなものが気になった作品でもあったかな。それは小説を通して作者の存在が強く感じられてしまうということ。例えば「陰陽師」や「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」のような、日本もしくはそれに近い環境の小説の中では、それもまたいいと思うんですけど、こちらは舞台がオスマントルコですからねえ。なんだか舞台裏を見せられているようだったし、必要以上に作り物の部分を意識させられてしまって、いつもみたいにすんなり物語の中に入り込めなかったかな... それがちょっと残念でした。それに、歴史小説というのは作者がいかに人物を作り上げるかにかかっていると思っているんですけど、その辺りでも掘り下げ方が少し物足りなかったです。シナンとハサン、ザーティといった人物との友情はあるんですけど、例えばシナンの恋愛観なんかについては全く触れられていないですしね。スレイマンとロクセラーヌ、そしてイブラヒムやハサンの辺りは面白かっただけに、肝心のシナンについてももっと作りこんで欲しかったところ。...とは言っても、やっぱり読みやすかったし面白かったんですけどね。期待しすぎちゃったかな。あ、あとシナンの持ってる神の概念自体には私とかなり近いものを感じたんですが、聖ソフィアの不完全さとサン・マルコ寺院における神の不在についてはすごく意表を突かれて面白かったです。それに最後は感動的。そうそう、こういう物語の色気(?)みたいなのが欲しいんですよ~。(中公文庫)


+既読の夢枕獏作品の感想+
「陰陽師 龍笛の巻」夢枕獏
「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」夢枕獏
「陰陽師 鳳凰ノ巻」夢枕獏
「『陰陽師』読本 平安の闇に、ようこそ」夢枕獏
「シナン」上下 夢枕獏
(Livreに「猫弾きのオルオラネ」「羊の宇宙」「大帝の剣」「陰陽師-付喪神ノ巻」「陰陽師-生成姫」「陰陽師-鳳凰の巻」の感想があります)

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野外音楽堂で夜空のコンサートが大成功に終わった夜、トランペット吹きのドンさんが出会ったのは不思議な男性。落し物でも探しているように、身体をかがめて地面をきょろきょろ見回しながら歩いているのです。その男性が拾っていたのは、ぴかぴかと光る小さな物。それは素晴らしい音楽が空気をぴりぴり震わせると、ぱらぱらと落ちてくるという星くずでした... という表題作「星とトランペット」他、全11編の短編集。

竹下文子さんの初めての短編集。ほとんどの作品が10代の頃に書かれたのだそうです。トランペットを吹くとパラパラと星くずの降ってくる夜空、思わず寝転んでみたくなるような、木漏れ日が差し込む林の中の小さな空き地、おだやかに打ち寄せる波にすべるように進んでくる船、麦藁帽子をかぶった途端に見えてくる懐かしい景色、フルート吹きを探しながらるるこが歩き回る様々な場所。どれも目の前に情景が広がるようですし、匂いや感触、そして吹いてくる風も感じられるよう。牧野鈴子さんのイラストもとてもよく似合ってて素敵~。
私が特に好きなのは、なぜか動物ばかりが本を買いに来る「タンポポ書店のお客さま」、トラックの運転手らしいヤスさんとキャベツを手にしたルリコ、そして未亡人のアイダ夫人、店主の4つの話が1つに溶け合う「いつもの店」。あと、「野のピアノ」に出てくる自動車事故で小指をなくしたピアニストの言葉も素敵でした。

ぼくにはまだ九本の指がある。この指で、やさしいやさしい曲をひこう。十本の指先に心を集めるのはむずかしかった。だけど、九本なら、すこしやさしいかもしれない。一本ぶんだけ、やさしいかもしれない。

上の画像は復刊された単行本。私が読んだのはこれと同じく牧野鈴子さんの表紙なんですが、講談社文庫版です。(講談社文庫)


+既読の竹下文子作品の感想+
「風町通信」竹下文子
「木苺通信」竹下文子
「星とトランペット」竹下文子
「窓のそばで」「星占師のいた街」竹下文子
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ

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前身である探偵作家クラブの時代を含めて、60周年を迎えた日本推理作家協会の機関誌に残っている、かつて大作家たちが集まって行っていた様々な試みの記録。例えば江戸川乱歩と大下宇陀児の将棋対決や、甲賀流忍者を招いての忍術の講演並びに実演。北村薫氏がテーマを選んでそれらの試みを振り返りつつ、その件について詳しいゲストを呼んで鼎談を行うという企画の本です。

企画そのものも面白いし、その都度呼ばれるミステリ作家たちも豪華な顔ぶれ。しかも各界のプロと呼ばれる人間も招いての対談なので、素人だけでは分からない部分に触れられていたのが面白かったです~。例えば、将棋のプロが江戸川乱歩の棋譜を見れば、その性格がある程度想像できるといったような部分ですね。今の時代にも本物の忍者っているんだ!って、そんな初心者レベルでもびっくりさせられたし。(笑)
個人的にとても共感したのは、活字や朗読の「そのもののイメージを目の前に出されるのと違う」、受け取り手の想像力がつくり上げる部分が大きいという面こそが物語を豊かにしているという話。これは「声」の章での宮部さんとの対談の中で出てきた話なんですが、「落語」の章の、池波正太郎作品は一見するとスカスカなのに、会話と会話の間の情報を自分で補って刺激されるから、短編を読んでも長編を読んだような充実感がある、という話に繋がってきました。ほんと、そうなんですよね。
それから面白かったのは、落語とミステリは本来相反するものだという話。落語は観客が先に知っているからこそ笑えるものだから、観客が犯人を知らないと真剣に聞いてしまって笑える状態にはないわけで... だからミステリ的な新作は難しいのだそうです。全然考えたことなかったけど、そう言われてみると確かにそうだなあ。なるほどぉ。
作る側も楽しかっただろうな、なんて思っちゃう色々と凝った作りの本なんですけど、さらに付録としてCDが1枚ついてます。収められているのは、横溝正史原作の文士劇「びっくり箱殺人事件」のラジオ放送と、江戸川乱歩インタビュー、江戸川乱歩の歌う「城ヶ島の雨」、甲賀三郎自作朗読「荒野」の4つ。こんな貴重な音源が江戸川乱歩邸に残っていたとは! そして、こうしてCDで聞けるのがすごいです。(角川書店)


+既読の北村薫作品の感想+
「北村薫のミステリびっくり箱」北村薫
Livreに、これ以前のいくつかの作品の感想があります)

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蔵書票の本2冊。「蔵書票の美」の方は、蔵書票の由来に始まり、日本と西洋の違い、その歴史やデザインの変遷などを分かりやすく説明している本。実際の蔵書票の画像もたくさん収録されているし、巻末にはラテン語の金言・警句集なんかも入ってます。「書物愛 蔵書票の世界」の方にも、蔵書票の歴史なんかは書かれているのだけど、日本書評協会の本だけあって、日本人蔵書票作家の紹介にかなりのページが割かれていました。あと具体的な制作技法も。

蔵書票とは所蔵者を示す小票のこと。大抵は本の見返しなんかに貼って使います。日本でいえば、蔵書印みたいなものですね。日本のような和紙の柔らかい本には蔵書印を押すのが適していたんですけど、西洋の厚手の固い表紙をつけた本には蔵書票を貼る方が適していて、それで発展したのだそうです。本がとても高価だった時代には、必要に迫られて... だったんでしょうけど、この蔵書票のデザインが様々で、しかもとても素敵なので、今や本の所蔵を示すという本来の目的のためだけでなく、蔵書票を色々集めたいというコレクターを生んでるんですね~。あ、蔵書票に興味がある方には、長年仲良くして頂いてるいまむる嬢主催の蔵書票部というのもあります。→コチラ

子供の頃から蔵書印や蔵書票に憧れていた私。以前、高宮利行さんの「西洋書物学事始め」(感想)を読んだ時に蔵書票の章がとても面白くて、しばらく忘れていたその思いがふつふつと再燃してきてたんですよね。この本を読んでたらますますうずうずしてきて、画像ソフトでいくつか作ってみてしまいましたよー。本当は銅版画とか木版画とかで作った方が遥かに味が出るんでしょうけど、まあとりあえず。(右の画像です... クリックすると、ポップアップ画面で実物大となります)

そして今ものすごーく見て見たいのは、左の本。「黄金期の西洋蔵書票 Golden Age Exlibris ......Graphics of the Art Nouveau and Art Deco periods」です。アールヌーボーやアールデコは大好き。その時代の蔵書票をカラーで再現したという本は、いかにも素敵そうです。私好みかも。でもカラーだけあって、お値段は6300円! さすがに気楽にぽちっとしてしまうわけにはいきません~。(小学館ライブラリー・平凡社新書)

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ブリタニアのロンディウム(現ロンドン)にいたファルコたちが巻き込まれたのは、トギドゥプヌス王の元側近が、井戸の中に頭から突っ込まれて死んでいたという事件。ガリアに追放されたはずの彼が、なぜ今ロンディウムに... という「娘に語る神話」と、半年振りにローマに戻ってきたファルコがたまたま受けた仕事から、法廷での争いに巻き込まれていくことになる「一人きりの法廷」。

久しぶりの密偵ファルコシリーズ。今回読んだこの2冊はシリーズの14冊目と15冊目です。何かの事件にファルコが巻き込まれてそれを解決しなくちゃいけなくなるのと、そこにファルコ周辺の人間ドラマが絡んでくる、というパターンは変わらないんですが、やっぱりこのシリーズは面白いです~。特に15冊目の法廷劇! ローマ時代の法廷について分かるのも面白いし、法廷での証人や弁護人の陳述が普段とはまた違う文章で書かれているので、それがアクセントになって面白かったし。依頼人やその一族があんまり秘密だらけなので、読むのはちょっとしんどかったですけどね。事件が一件落着しそうになっていても、まだこれだけページ残ってるからもう一波乱あるんだろうなあ... なんて思ってしまうようなところもあったし。
今回面白かったのは、「娘に語る神話」で登場した拷問官と、「一人きりの法廷」ではヘレナの弟のアエリアヌス。これまで弟のユスティヌスに比べて、何かと分が悪い印象だったアエリアヌスなんですが、これでだんだん道が開けてきそうです。本当に法律の専門家になっちゃえばいいのになあ。向いてると思うなあ。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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須賀敦子さんの全集の第2巻。これは既読の「ヴェネツィアの宿」(感想)と「トリエステの坂道」(感想)、そして1957年から1992年までのエッセイが収められた1冊。以前、手元の本の文庫のカバーが2巻なのに中身が1巻でびっくりしたと書いたんですが、その後無事に版元さんに交換して頂けました♪ 文庫版の全集では、まだ5巻が発刊されていないので、今のところこれが最後の1冊です。やっぱりこの辺りのエッセイはいいですねえ。読んでいてとても好き。でも「ヴェネツィアの宿」と「トリエステの坂道」については以前感想を書いたので、まあいいとして。今回は全集でしか読めない1957年から1992年のエッセイについて。

須賀敦子さんは、まずフランスに留学して、それからイタリアへと行って、結局そこで結婚することになるんですけど、今回このエッセイの中では、フランスとイタリアの違いについて時々触れてらっしゃるのが印象に残りました。フランスには2年滞在したのに、フランス語「いっこうにモノにならなかった」のに比べて、イタリアにはたったの2ヶ月の滞在で日常会話に不自由しない程度に話せるようになったという話。もちろん、英語やフランス語は日本の学校での勉強、イタリア語は現地の外国人大学だったという環境の違いは大きかったでしょうし、フランスでは随分嫌な思いもしたのに比べて、イタリアでは須賀さんが1つ単語を覚えるたびに喜んでもらえたりして、それもあってイタリア語にはずるずるとのめりこむように取り組んだのだそう。

パリの早口のフランス語になやまされていた私は、イタリアに来て、ほっとした。まだほとんどその国のことばは知らなかったのだが、イタリア語のゆるやかさ、音楽性がたいそう身近で、やさしい感じをうけたのである。そのせいか、自分にもわからぬ速さ、自然さで、イタリア語をおぼえることができたように思う。

ああ、分かるなあ、って思っちゃいました。私もフランス語を断続的に何年か勉強してるんですけど、全然モノにならないままなんですよね。って、もちろん私の勉強不足が最大の要因なんですが(笑)、いくら勉強しても話せるようになる気がしないんです。須賀さんがたったの2ヶ月でイタリア語の日常会話を操れるようになったと聞くと、すごい語学の天才?!って感じだし、実際才能はある方なんでしょうけど、でもイタリア語だったらそれもあり得るかもって思うんです。
私が以前フランスに行った時は、励ましてくれるような人こそいても、意地悪するような人には当たらなかったので、別に須賀さんみたいにフランスに対して悪印象を持ってるわけじゃないんですけど... やっぱり日本語とイタリア語って、発音的にも相性がいいと思うんですよね。それに確かに音楽的で耳にやさしいし、フランス語よりも聞き取りやすそう。実際、以前イタリアに行った時に、事前に初心者用の本をざっと見ていた程度だったのに、お店の人や街の人たちが言ってることもなんとなく分かる部分が多くて、びっくりした覚えがあります。「フィレンツェに何日いるの?」と聞かれて、ごく自然に「10日間」って答えていたり。本屋で地図を調べていたら、現地のおじさんたちが「どこに行くんだ?」と一緒に探してくれて、文章にはならないながらも、なんとなくコミュニケーションが取れていたり。私の場合、大学の第二外国語がスペイン語で、スペイン語とイタリア語って同じ日本語の中の方言のように似てる部分が多いので、ある程度素地ができていたとも言えると思うんですが。
もしかしたら自分にはイタリア語の方が向いてるかも、なんて思いつつフランス語を続けていたんですけど、やっぱり自分にとってはイタリア語の方が居心地がいい言葉かもしれないなあ、って改めて思っちゃいました。来年はイタリア語に挑戦してみようかしら? 現地で勉強、なんてことは到底できないし、せいぜいNHKのラジオ講座ぐらいなんですけどね。もちろんイタリア語にはイタリア語の難しさがあるでしょうし、1つの単語を覚えるたびに喜んでくれるイタリア人気質の後押しは期待できないので(笑)、とてもじゃないけど数ヶ月でマスターなんてできないでしょうけど、もしかしたら私も私なりに、ずるずるとのめりこんでしまうかもしれないなあ、なんて思ったりします。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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キャンディは、ミネソタ州のチキンタウンで生まれ育った少女。チキンタウンの歴史について調べた宿題が原因でひどく怒られたキャンディは、この2日ほど心の中でうねっていた海の波に呼ばれるように、そのまま学校を飛び出してしまいます。そして辿り着いたのは、朽ち果てて骨組みを遺すばかりの塔がそそり立っている場所。そして出会ったのは、ジョン・ミスチーフとその7人の兄弟。ミスチーフたちは何者かに追われており、ミスチーフに頼まれたキャンディは、言われるがままに灯台だというその塔に登り、火を入れることに。そして火がついた時、どことも知れない虚空の果てから、怒涛の海が打ち寄せてきたのです。

アバラット4部作の1作目だそうです。1冊ずつで完結してるのかと勝手に思い込んでたんですけど、思いっきり続き物だったんですね...。完結してから読めば良かったな。
突如現れた海の向こうには、「正午の島」から「25時の島」までの25の島々が浮かぶ世界があって、それぞれの島には人間だけでなく様々な異形の存在も... というアバラットの世界を舞台にした冒険ファンタジー。この辺りの設定は巻末の「『クレップ年鑑』抜粋」に書かれていて、この年鑑抜粋がかなり好みでした。でも、話は重厚だし、キャンディが実際に異世界に行く方法も面白かったし、アバラット側の登場人物もそれぞれに強烈(1人ずつの人物の過去のエピソードだけでも1冊書けそうなぐらい!)なんですが... うーん、実際に読んでる間はイマイチ入りきれなかったかな。「『クレップ年鑑』抜粋」を先に読んでいれば、また違ったのかもしれないんだけど... なんだか文字を目で追うだけの読書になってしまいました。私が読んだ文庫には挿絵がないんですけど、ハードカバーには著者自身による挿絵がたっぷり使われているそうなんですよね。そちらを読んだ方が異世界や異形の存在を理解しやすかったかも。
それとは関係ないんですが、元々児童書として出てる本にしては翻訳の文章が大人向けな感じでちょっとびっくりでした。いや、全体的には読みやすかったんですけど、時々あれ?と思うような単語や言葉遣いがふいっと出てきて、そのたびにびっくりするんですよね。まあ、それもまた雰囲気作りに一役買ってる気がしますが。(ヴィレッジブックス)

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全集の第3巻。20世紀フランスを代表する作家の1人、マルグリット・ユルスナールの作品や登場人物、そしてユルスナール自身に、自分自身の軌跡に重ね合わせていくエッセイ「ユルスナールの靴」。旅を通して出会った様々な人や訪れた街。そこで出会った建造物について書いた12のエッセイ「時のかけらたち」。ユダヤ人たちが高い塀に閉じ込められるようにして住んでいたゲットと呼ばれる地区、トルチェッロのモザイクの聖母像、コルティジャーネと呼ばれる高級娼婦など、主に水の都・ヴェネツィアの影の部分を訪れた旅と記憶の旅「地図のない道」。そして1993年から1996年にかけての18編のエッセイ。

全集の中でも、妙に読むのに時間がかかってしまった1冊。でも決して読みにくかったのではなくて、なんだか思考回路がどんどん広がりすぎてしまったせい。特に「ユルスナールの靴」は、ユルスナールの作品を実際に自分で読まなければという焦燥感に駆られてしまって... 結局は読まずに1冊手元に用意しただけで終わってしまったのだけれど。
その「ユルスナールの靴」の冒頭はこんな文章。

きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。

次の「時のかけらたち」は、実際に足が踏みしめて歩くことになる石畳の道の話がとても印象的だったし、「地図のない道」は、人間としての足場や立ち位置を考えさせられるしエッセイ。この3巻は、「足」がテーマとなるものばかり集めたのかな?
意外な収穫だったのは、「時のかけらたち」の「舗石を敷いた道」の章で語られる「アエネーイス」の話。これは、須賀さんが日本に帰ってしばらくすると、歩きにくいはずの舗石の道が無性に懐かしくなるという話が発展して、ウェルギリウスの「アエネーイス」の中の描写へと話が広がるんですけど、以前「アエネーイス」を読んだ時に納得しきれていなかった部分が、須賀さんの文章を読んですとんと腑に落ちてしまいました... とは言っても、「アエネーイス」にはそんな部分が多かったので、まだまだ理解しきれてないのだけど。でもやっぱり日本語にするとウェルギリウスらしさや良さがさっぱりなくなってしまうみたいで、その辺りにも納得。って、自分の読解力や理解力を棚に上げて勝手なことを言ってるのは重々承知ですが。(笑)
須賀さんの「アエネーイス」の講義、聴きたかったな~。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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黒ばらさんは、現在135歳になる二級魔法使い。使える魔法は飛行術と変身術だけなんですが、それはドイツのハロケン山にある魔法学校で習ったれっきとしたもの。普段は駅ビルの一室を借りて、悩める人たちの心の相談に乗る仕事をしています... 「黒ばらさんの七つの魔法」は、そんな黒ばらさんの連作短編集。そして「黒ばらさんの魔法の旅だち」は、それから15年後の物語。こちらは長編です。

牧野鈴子さんの表紙がとても綺麗なので気になっていた作品。
黒ばらさんは魔法は2つしか使えないし、大きな魔法を使うと疲れるからって、それほど積極的に魔法を使おうとしないんですよね。もちろん細々としたことでは魔法を使ってるし、必要があればホウキで街中を飛んだりもするんですけど、外国に行く時は普通に飛行機を利用してるし! そうでなくても団地に1人暮らしで、悩み相談の仕事をしてるなんて、あんまり魔女らしくないです。でも逆にそれが現代風の魔女ってところかな~? 魔法が使えるとは言っても、飛行術と変身術だけじゃあ、やれないことがいっぱい。病気を治すこともできません。でも魔法にばかり頼らないところがいいんですね。それに135歳だというのに、見た目は一応40歳ぐらいの黒ばらさん。ベニスで出会ったエメラルドのような瞳をした素敵な青年に恋したりして、その乙女心が可愛い~♪
「七つの魔法」の方では、「黒ばらさんのカンボランダ」が好きでした。これは、かつて「いばら姫」の誕生祝いのパーティに招かれずに腹を立ててたあの魔女が、なぜか今は「地球の土と緑をすくう委員会」なんていうものに入っていて、あらゆる害に強く繁殖力抜群のカンボランダという木を開発、その種を世界中の魔法使いや魔女たちに送りつけてくるという話。ちょっと意外な最後が好き~。
そして、「七つの魔法」では短編同士にあまり繋がりがなくてバラバラな印象もあったんですけど、「魔法の旅だち」には「七つの魔法」の時に出会った少年や、いばら姫のあの魔女が大きく絡んでくる話になってて、こちらは繋がりもシリーズらしくいい感じになってました。前作から15年ぶりの新作ということで、作中でも15年の月日が流れて、黒ばらさんも今や150歳。世の中の魔法ブームのせいで大忙しになってるうちに、なぜか上手く魔法が使えなくなってる黒ばらさん。今度は気づいたら時間の流れがおかしくなってたり、妖精の世界に入り込んでしまったりで、いばら姫の物語や妖精の取替え子の伝説が上手く絡められていて、前回よりもファンタジー度が高い作品。初登場のノームの少年も可愛かったし、こちらも面白かったです。ただ、黒ばらさんの魔法が不調な理由って、それだけだったんですね...。てっきりもっと何かあるのかと思っていたのに。その辺りだけはちょっぴり残念だったかな。(偕成社)

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満開の桜林の中でふるふると優しく鳴っている電話の音、夜になると赤・緑・紫・橙色と足元を淡く照らしてくれるランタン野菜、浅瀬で水浴びをしているオレンジ色のドラゴンたち、北の崖で見つけた白い貝から聞こえる音楽、銀河からじかに汲んだレモン・星ソーダ、夏の花の花びらの花火、雲のレストランの出す様々な雲の料理、家の中にいる人がすっぽりと夕焼けに包み込まれてしまう「夕焼け窓」... 木苺谷を舞台にした24の短編集。

sa-ki さんに教えていただいた本です。
とても短い話ばかりなんですけど、どれもとっても素敵! 年末のこの時期は何かとせわしなくなってきてるんですけど、読んでいるとそんな慌しい心がどんどん和らいでくるような気がします。舞台は木苺谷で、ちょっぴり不思議なことが起きたりもするので、これはきっと架空の世界なんでしょうけど... それでいて現実の世界の延長線上での話のようでもあって、なんだかどことなく懐かしいんですよね。不思議なことは起きるんだけど、それがとても淡いからなのかしら。読んでいると、びっくりするほどすんなりと受け入れられちゃう。
季節にそれぞれ「風の月」とか「氷の月」、「鳥の月」や「虹の月」、「芽の月」「葉の月」「花の月」「実の月」なんて名前がついてるところも素敵だし... たとえば風の月は3ヶ月ほども続く冬のことで、鳥の月はランタン野菜の季節を蒔く時期。星祭りや冬至祭、折り紙の船を飛ばす「船の日」なんていうのもあって、季節の移り変わりやその折々に感じられる色彩がとっても豊か。とっても静かなイメージなんだけど、柔らかくて美しいんです。どの話もとても良かったんだけど、今の季節がら、暖かみが感じられる話に特に惹かれたかな。とっても素敵な本なのに絶版だし、黒井健さんの絵を使った表紙の画像が出なくて本当に残念!(偕成社)


+既読の竹下文子作品の感想+
「風町通信」竹下文子
「木苺通信」竹下文子
「星とトランペット」竹下文子
「窓のそばで」「星占師のいた街」竹下文子
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ

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何度も読みすぎてばらばらになってしまった植物図鑑を直してくれるというルリユールおじさんを探す女の子の物語「ルリユールおじさん」と、様々な場所を旅しては、様々な風景を切り取ってくる「絵描き」の2冊。

いせひでこさんの絵は水彩画。好きな絵といえば、基本的に抽象画だったりする私なんですが、こういう絵はものすごく好き! 「ルリユールおじさん」を読んだあと、思わず「絵描き」の方も手に取ってしまったほどです。色使いがとても素敵で、特に青がとっても綺麗。「ルリユールおじさん」で女の子の着ている青い服、おじさんの着ている群青色のセーター、「絵描き」の中の、昼や夜や夕暮れ時の様々な空の青、海の青。もちろん青以外の色も沢山あるのだけど、それらの色によって一層青が引き立ってるような気がします。
そして私が一番惹かれるたのは、「ルリュールおじさん」の職人さんの「手」。子供の頃から「職人の技」が大好きで、デパートの催し物会場で伝統工芸の実演販売なんかをしていると、思わず見入ってしまう習性があった私。自分でも色々と手を出したことはあるんですが、「ルリユールおじさん」で描かれているのは、その中でも憧れ度の特に高い本作りの職人さんでした。「ルリユール」って、フランス語で「製本屋」という意味なんです。図書館では本の簡単な修理の仕事をすることも結構多くて、それが実はひそかに嬉しかったりするんですが、そんな私に「ルリユールおじさん」はもうツボど真ん中。本を読むのももちろん好きなんですが、本そのものも大好き。以前にも豆本講座には行ったことがあるんですけど、ああ、こんなのを読んでしまったら、本格的に製本の勉強をしたくなってきちゃうなあ。ルリュールおじさんの、木のこぶのような節くれだった手がとっても素敵。
そして「絵描き」の方は、いせひでこさんご自身が「絵描き」さんだけあって、また違った意味で伝わってくるものがある1冊でした。こんな風に風景を切り取っていくんですね。ああ、素敵だなあ。いいなあ。ゴッホだなあ。

「ルリユール」には、「もう一度つなげる」という意味もあるのだそう。そして「絵描き」の方には、「きのうときょうはつながっている」という言葉が。昨日から今日へ、今日から明日へ。どちらの本も時がゆったりと流れていきます。(理論社)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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やり場のない怒りを抱えて家を飛び出し、粗末な小船を操っていた二郎が、一羽の翡翠に導かれるようにして辿り着いた場所は、まるで桃源郷を思わせるような満開の桃林。そしてその桃林で、10年ぶりに幼馴染だった七娘と小妹と再会します。七娘は金色の毛の猿に、小妹は白虎にそれぞれ導かれてこの地にやって来たのです... という「楽昌珠」他全3編の連作短編集。

簡単に言ってしまうと、久しぶりに再会した幼馴染たちが、酒を酌み交わしながら宴を囲んでいるうちにふと寝入ってしまい、夢とは思えないほどリアルな夢を見るという話。この夢の中では、科挙に受かって立身出世をしたかったという二郎の夢が叶っていて、唐の武則天の時代の権謀術数渦巻く宮中にいるし、現実の世界では怪我をしていたはずの七娘はピンピンしてるし、小娘が妓楼に売られるなんてこともないんですよね。3人の名前も年齢も、桃林と夢の中では違うし、3人の関係だって全然幼馴染じゃないんです。この宮中でのドロドロとした話が面白い! 桃林に元々現実味のあまりなかっただけに、本当はどちらが現実なのか分からなくなってしまうほど。久々に森福都さんらしい話だなあ~と嬉しくなっちゃう。この作品には高力士も登場するんですが、以前の作品の設定とはまた全然違っていて、ニヤリとしてしまうし。
...でもね。これで終わりなのでしょうか? あの桃林には、結局どういう意味があったの? あの3匹の動物たちは? 3人はただ現実逃避をしていただけだったのか、それとも...? 本としては、一応これで完結してしまったみたいなんですけど、これじゃあ話としてちゃんと落ちてないですよね。それともこれで本当に終わりなのかしら。ええと、最後のあの思わせぶりな書きっぷりは回想シーンじゃなくて、新しい環が始まったってことなんでしょうか。もしそうだったら、今度は実は弄玉があの有名な妃だった、なんていうのも楽しいと思うんですが...。
これはぜひとも続編をお願いしたいものです。このまま放り出されたら、落ち着かないわ~。(講談社)


+既読の森福都作品の感想+
「琥珀枕」森福都
「漆黒泉」森福都
「狐弟子」森福都
「楽昌珠」森福都
「肉屏風の密室」森福都
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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フランスの商業美術家・ジャン・マルク・コテが、1900年に開催されるパリ万博に向けて請け負ったのは、丁度100年後、西暦2000年の生活を描いたシガレットカードの製作の仕事。そのカードは、結局発注した玩具メーカーの操業停止によって、配布されないまま埋もれてしまうことになるのですが、そのまま残っていた1組のカードが100年後、SF作家のアイザック・アシモフによって蘇ることになります。

先日の第39回たらいまわし企画「夢見る機械たち」の時に、日常&読んだ本logのつなさんが挙げてらした本。(記事) 古いイラストを見るのは大好きなので、眺めてるだけでも楽しい本でした~。つなさんからも伺ってたんですけど、ほんと飛ぶものが多くてびっくり。全部で50枚のカードが紹介されてるんですが、そのうち何らかの形で人間が飛ぶ機械を描いているのは全部で18枚あるんです。空を飛ぶことにこだわらず、人間が移動する手段としての機械を合わせると、半数を超えてしまって、この当時そちら方面への期待が大きかったのがすごく良く分かります。その後、2つの世界大戦を経てかなり進歩してしまった分野なので、ほんの2~3人しか乗れない飛行機や、人間がイカロスみたいに羽(動力装置付き)を装着して飛行している絵に、この頃はこの程度の発想だったのかあ、とちょっと微笑ましくもなるんですけどね。でも、飛行機野郎がカフェでドライブスルーしてたりするし! それに羽を付けた消防士が消火活動をしたり、建物の上の階にいる人間を救出してるのは、いいかもしれないなあ。...とは言っても、アシモフは「勢いよく羽ばたけば、火元を煽ることになって、火の勢いがますます強くなるのではないだろうか」と書いてるし、どうやってポンプで水をそこまで吸い上げるかなどの問題を指摘していて、確かにあまり現実的ではないのだけど。(笑)
私が一番楽しめたのは、これまた意外と多かった海中の絵かな。潜水帽をかぶって海底を散歩したり、水中ハンティングをしたり、時にはゲートボールをしたり(笑)、魚に乗ってのレースを楽しんだり。鯨のバスや、1人のりタツノオトシゴまで登場。アシモフが指摘するまでもなく、羽で空を飛ぶ以上に現実味が薄い分野なんだけど(笑)、「海底二万里」みたいで夢があって好きです♪

アシモフのコメントはちょっぴり辛口なんですが... こういうのって、実際に実現してるようなカードがいっぱいあったら、「へええ、すごいな」と感心はしても、結局のところ感心止まりだと思うんですよね。現実からは少しズレてるからこそ楽しめる部分って、実はとても大きいのではないかと。一昔前のSF黄金期(と書いてる私自身はよく知らないのだけど)によくあったような未来都市の予想図(たとえばドラえもんの元々いた未来とか)とはまた違う発想がここにはあって、この素朴さがすごく好きです。(パーソナル・メディア)

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須賀敦子全集最終巻。ここに収められているのは、両親や後に夫となるペッピーノに宛てた書簡集、『聖心(みこころ)の使徒』所収のエッセイ、「荒野の師父らのことば」、未定稿「アルザスの曲りくねった道」とそのノート、そして年譜。

両親、特にお母さんへの手紙は、全体を通してとても明るいトーン。手紙はかなりの頻度で出されていたようで、日常生活のこまごまとしたことが色々と書かれています。でも、「忙しい毎日だけど、元気なので心配しないで」という思いがとても強くて、それだけに、逆にかなり無理して頑張っていたのではないかと思ってしまうほど。ちょっぴり痛々しかったです...。そしてそんな両親への手紙と対照的なのが、夫となるペッピーノへの手紙。こちらには素直な心情が吐露されていて、ペッピーノに対する信頼の大きさがすごく伝わってきます。抑えられた情熱が文面からあふれ出してきそう、なんて思いながら読んでいたら、徐々に2人の間で愛情が高まり、そして深まっていく様子が手に取るように... きゃっ。
そして残念で堪らなくなってしまったのは、最晩年に構想中だった小説「アルザスの曲りくねった道」が、結局未完のままに終わってしまったこと。ああ、これは完成された作品を読みたかったなあー...。

時代こそ少しズレてますが、うちの母も須賀さんと同じ「丘の上の学校」にいたので、須賀さんのこと知ってたりしたのかしら、少なくとも共通の知人は結構いるはず、なんて思いながら読んでいたら、いきなり私の友達のお祖父さんの名前が登場してびっくり。という私にとっても「丘の上の学校」は母校なので、そこで一緒だった友達。そのお祖父さんは既に亡くなってるので、もう須賀さんの話を聞くことはできないのだけど。
そんなこんなもあって、須賀さんの少女時代~大学時代のエピソードが書かれている「遠い朝の本たち」や「ヴェネツィアの宿」には、妙に思いいれがあったりします。今回は、普段なら読み飛ばしてしまいそうな年譜までじっくりと読んでしまいましたー。もしかしたら私が大学の時に入っていた寮に、かつて須賀さんもいらしたのかしら? なんてちょっとミーハー興味混じりですが。^^; (河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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須賀敦子さんの全集の文庫版第7巻は、須賀さんがローマ留学時代に1人で企画から執筆、原稿の邦訳などをこなし、コルシア書店で出版して、日本に発送していたという全15号の冊子「どんぐりのたわごと」と、夫・ペッピーノの死から4年、翻訳の仕事をしながらミラノに住み続けた須賀さんの、ミラノを去ることになるまでの日記。

こちらも6巻に引き続き、ちょっととっつきにくい面がある1冊、かな。論文のような難しさこそないんですが、「どんぐりのたわごと」は、かなりキリスト教色の強い読み物ですしね。私にとってはキリスト教色云々よりも、この6巻は全体を通してひらがな率が妙に高くて、それがちょっと読みにくかったんですが...。でも、印象に残る文章が色々とありました。特に印象に残ったのは、「どんぐりのたわごと」の第3号に載っていたダヴィデ・マリア・トゥロルド神父の詩。彼はコルシア書店の中心的存在で、以前須賀さんの「コルシア書店の仲間たち」(感想)を読んだ時にもかなり前面に描かれてた人物です。2m近い大男で、人間自体もとても大きくて、その分懐はとても深いけれど、カトリック特有のこまごまとした様式的なものにはちょっと合わないんじゃ...? という印象だった人。もちろん繊細なところも持っているのは分かっていたのだけど、その彼がこんな詩を書いていたとは...。この詩を読んでるかどうかで、彼に対する理解は相当違ってくるのでは、なんて思ってしまうほど、ちょっと衝撃的でした。
そして第7号には、後に酒井駒子さんが挿絵をつけて絵本にした「こうちゃん」(感想)の原文が載ってます。酒井駒子さんの絵はとても素敵だったし、これを読んでいると改めてあの絵本を読み返したいなあと思ってしまったのだけど、今回、絵を抜きに字だけを読んでみて、すごく自分の中に入ってきたような気がしました。
あと、私が一番好きだったのは、第8号に収められているジャン・ジオノによる「希望をうえて幸福をそだてた男」の話。須賀さんがイタリア人の友人に宮沢賢治の話をしたのがきっかけで教えてもらったという物語なんですが、これはとても素敵でした~。「こうちゃん」やこの「希望をうえて幸福をそだてた男」は、キリスト教色もあまり強くないので、比較的とっつきやすいかも。
そして後半は、須賀さんの日記。後に書かれたエッセイとは違って、こういったプライベートな日記には、人の私生活を勝手に覗き込むような居心地の悪さを感じるんですが... 須賀さんが夫のいないミラノでの生活に限界を感じていたこと、それでも続いていく慌しい人間関係に、充実しながらも疲れていたことなどが感じられるようで、とても興味深いです。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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須賀敦子さんの全集の文庫版第6巻は、ナタリア・ギンズブルグ論、イタリア中世詩論、イタリア現代詩論、文学史をめぐって、という4章に分けられた「イタリア文学論」と、須賀さんが邦訳したナタリア・ギンズブルグ作品、アントニオ・タブッキ作品、そしてイタロ・カルヴィーノの「なぜ古典を読むのか」につけられたあとがきを集めた「翻訳書あとがき」。

これまで読んだ全集の1巻と4巻は、一般人向けのエッセイということもあってとても読みやすかったのだけど、こちらの6巻は、「翻訳書あとがき」はともかく、もっと専門的でちょっととっつきにくかったかも。特に「イタリア文学論」の中のイタリア中世詩と現代詩。ここに紹介されてる作家なんて、全然と言っていいほど読んでないですしね... かろうじて、ダンテの「神曲」ぐらいですね。ウンベルト・サーバを始めとするイタリア現代詩人の名前は、須賀さんのエッセイを通じて名前を知った程度だし。しかも中には研究論文らしき文章も混ざってるので、難易度がかなりアップ...。須賀さんの訳でいくつかの詩が読めるのは、とても嬉しかったんですけどね。紹介されている作品に対する須賀さんの愛情がひしひしと感じられるだけに、自分の知識のなさがクヤシくなってしまいます。あ、でもナタリア・ギンズブルグ論はとても面白くて、「ある家族の会話」をぜひとも読んでみたくなりました! あと、アントニオ・タブッキも結局まだ「インド夜想曲」しか読んでないので、他の作品も読みたいなあ。
それと、詩論では原文が沢山紹介されてるんです。(日本語の文章の中にイタリア語が多用されてるのも、素人には読みにくい一因なんですが) 実際にイタリア語での朗読が聴いてみたい! イタリア語って本当に音楽的な言語だし、意味が分からないなりにも豊かに感じられるものがありそうです。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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ビストロ・パ・マルは、料理長の三舟、料理人の志村、ソムリエの金子ゆき、ギャルソンの高築智行の4人が切り盛りする小さなフレンチ・レストラン。値段も手頃で、気取らないフランス家庭料理を楽しめる店には常連も多く、カウンター席7つテーブル5つという小さな店は、すぐに予約でいっぱいになってしまうほど。そんなある日やって来たのは、常連客の西田。連れていたのは、最近婚約したという華やかな美女。幸せそうな2人に和やかな雰囲気で食事が進みます。しかしそれから2週間ほど経ったある日、再び現れた西田はどうやら体調が悪いらしくて... という表題作「タルト・タタンの夢」他全7編。小さなビストロが舞台の連作短編集です。

基本的な流れとしては、ビストロにやって来たお客の抱える食べ物絡みの悩みや疑問、問題なんかを、三舟シェフが美味しいお料理と共に鮮やかに解決してしまうというもの。読む前は、近藤史恵さんまでもが今はやりの(?)美味しいミステリを書いてしまうのか...! と、ちょっぴり違和感だったんですけど、これが本当に美味しそうで! フレンチには日頃それほど興味のない私なんですが、強烈にフレンチレストランに行きたくなってしまうほどでした~。しかも近藤史恵さんのお料理に関する薀蓄の入れ方も、いつものことながら、ほんと絶妙なんですよね。
ミステリとしてはあまり派手ではないというか、どちらかといえば地味のような気もするんですけど、でもしっかりとお料理絡みの謎だし、お客さんがシェフの美味しいお料理でおなかもいっぱい、心も満足、となるのが良かったです。きっとそうなんだろうなとは思っても、なぜというところまでは分からない謎も結構あったので、シンプルな謎解きが鮮やかに感じられました。私が好きだったのは、夫婦のことはその夫婦にしか分からないんだなと実感させられた「ロニョン・ド・ヴォーの決意」。謎解きの時のシェフの言葉が好きなんです。そしてトリックに単純にびっくりさせられたのは、「理不尽な酔っぱらい」。まさかそんなことができるとは...!(驚)
読んでるとおなかもすくんですけど、それ以上にシェフ特製のヴァン・ショー(ホットワイン)が飲みたくなっちゃいます。読後感がとても暖かい連作短編集。これはぜひ続きも読みたいです~。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「にわか大根」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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須賀敦子さんの全集の文庫版第4巻。この巻に収められているのは、少女時代から大学時代にかけて読んだ本とその本にまつわるエピソードを描いた「遠い朝の本たち」、1988年から1995年にかけて発表された書評を中心とした「本に読まれて」、1991年から1997年にかけて発表された単行本未収録の「書評・映画評ほか」の3編。「本に読まれて」は再読。

須賀敦子さんの全集で1巻の次に手に取ったのは、本にまつわるエッセイが中心の4巻。「遠い朝の本たち」では、どんな本が須賀敦子さんの血肉となっていったのかよく分かります。その本に出会うきっかけとなった、周囲の人々の存在の大きさも。特にイタリアに行った後も、日本語が駄目にならないようにと森鴎外訳の「即興詩人」を送ってきた父親の存在は印象的。
そして「本に読まれて」「書評・映画評ほか」では、本当に沢山の本が紹介されています。本を読んで感じたことを素直に表現しているだけといった感じなのに、こんなに過不足なく紹介しているというのが、やっぱりスゴイなって思っちゃう。しかもさらりと深いんです。やっぱりいいなあ。実際には、その「素直に表現する」ということが、すごく難しいと思うんですけどね... これは「遠い朝の本たち」の中の「葦の中の声」の章に繋がってくるんでしょうね。アン・リンドバーグのエッセイを読んだ時に須賀さん感じたこと。

アン・リンドバーグのエッセイに自分があれほど惹かれたのは、もしかすると彼女があの文章そのもの、あるいはその中で表現しようとしていた思考それ自体が、自分にとっておどろくほど均質と思えたからではないか。だから、あの快さがあったのではないか。やがて自分がものを書くときは、こんなふうにまやかしのない言葉の束を通して自分の周囲を表現できるようになるといい、そういったつよいあこがれのようなものが、あのとき私の中で生まれたような気がする。

私には、須賀さんの文章こそ「均質」で「まやかしのない言葉」に感じられるな。でも強く憧れてるだけじゃあ、須賀さんのように、そういった文章が書けるようにはならないんですよね。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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須賀敦子さんの全集の文庫版第1巻。まだ7巻が出てないし、先日出たばかりの3巻はまだ買ってないし、読むのがもったいないような気がしてしばらく寝かせてたんですけど、読まない方がもったいないので(笑)、ようやく読み始めました。この中に収められてるのは、「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「旅のあいまに」の3つ。「コルシア書店の仲間たち」だけは既読。(感想) 「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」は独立した本にもなっているのだけど、「旅のあいまに」は全集でしか読めない作品なのかな? これはミセス誌に連載されていたエッセイ。

そして「ミラノ 霧の風景」は、須賀さんがイタリアにいた13年間の日々や知り合った友人たちとのエピソードが綴られてるエッセイです。これがどうやら須賀さんのデビュー作だったようですね。

乾燥した東京の空には1年に1度あるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある。夜、仕事を終えて外に出たときに、霧がかかっていると、あ、この匂いは知ってる、と思う。10年以上暮らしたミラノの風物でなにがいちばんなつかしいかと聞かれたら、私は即座に「霧」とこたえるだろう。

という冒頭の文章からしてとても印象的。ロンドンの霧も目じゃないほどのミラノの霧は、今はそれほどひどくなくなってしまったそうなんですけど、ミラノに霧が出るなんて全然知らなかったな。私が以前イタリアに行ったのは10月だったし、まだ霧なんて全然なかったし。先にこの本を読んでいたら、11月に行きたいと思ったかしら。でも飛行機がちゃんと降りてくれなきゃ困るから、やっぱりそういうのは旅行者には向いてないですね。(笑)
読んでいて一番印象に残るのは、須賀さんのしなやかな強さ。自分自身をしっかり持ってらっしゃること。日本にいてもイタリアにいてもどこにいても、周囲の環境に呑まれてしまうことなしに、しなやかに須賀さんらしさを持ってらしたのでしょうね。この本の中にも、普段親しくしてるイタリア人たちが急に遠い存在に感じられてしまったというエピソードが書かれているし、ここには書かれていないような嫌な思いもきっと色々とされたのだろうなとは思うんですが...。日本文学をイタリア語に翻訳する仕事で知り合った編集者のセルジョや、ご主人と知り合うきっかけとなったマリア、コルシア書店で精力的に頑張っていたガッティなど、須賀さんが大切に思うお友達がそれぞれにくっきりと鮮やかに描かれています。読んでいて心地いいとはこのことなのかしら。と思ってしまうぐらい没頭してしまいました。しばらくこの文章に浸ろうと思います。(河出文庫)


で、次は2巻を読もうと思ったのだけど!
手に取ってみたら、本のカバーは確かに2巻になってるのに、中身はなんと1巻でした...。もう買ったお店のレシートなんてないんですけどぉ。河出書房に言ったら、取り替えてもらえるものでしょうか... がっくり。2巻に入ってる「ヴェネツィアの宿」も「トリエステの坂道」も既読なので、とりあえず後回しにしようっと。


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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物心が付いた頃から鉄塔に興味を持っていて、鉄塔を眺めるのが何よりも好きだった小学校5年生の少年が、夏休みに近所の鉄塔から順に1つずつ鉄塔を辿っていくという、文字通りの鉄塔小説。第6回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作で(池上永一「バガージマヌパナス」と同時受賞)、映画化もされている作品。実際の鉄塔の写真が500枚以上収録されて、まるで小学5年生の少年による実録小説のような感じです。最初の新潮社版の単行本や文庫には全ての写真を収録することができなかったのが、今回のソフトバンク文庫でようやく全て収録という運びになったのだとか。

「男性型」「女性型」「料理長型」「婆ちゃん鉄塔」などなど、鉄塔に色々な名前をつけて、その「結界」に1つずつメダルを埋め込むことに執着して、最後までやり遂げようとするところなんかは、鉄塔に対する愛情が感じられていいと思うんですけど... いやあ、ツラかった。本を読んでいてこんなにツラかったのは久しぶり。なんせ私自身鉄塔にはまるで興味がないですしねえ。最初は、そんなに色んな種類の鉄塔があるのかーって読んでたんですけど、いくつか読んだ時点ですっかり飽きてしまって。いえ、この1つずつの鉄塔を執念深く描き続けるところにこそ、意味があるんでしょうけどね。そしてそれ以上にツラかったのが、文章が合わなかったこと。小学5年生の少年の一人称の作品で、会話はまるっきりの子供だっていうのに、地の文章の主語が「わたし」なんです。しかもどう考えても小学生の作文という感じの拙さなのに、語彙力は大人並み。もちろんわざと子供らしく書いたということなんでしょうけど、どうも気持ちが悪くて堪らなかったです... 最後まで読み終えてほっとしました。同時受賞の池上永一さんの「 バガージマヌパナス」は、すごく好きだったんだけどなあ。あ、この作品よりも、私は「風車祭(カジマヤー)」が好きなんですけどね。池上作品は4冊しか読んでないクセに、これは池上さんの最高傑作に違いないと信じてるぐらい。この年のファンタジーノベル大賞は、まるっきり正反対に違う2作だったんですね。(笑)(ソフトバンク文庫)

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与次郎が語ったのは、言い伝え通り恵比寿像の顔が赤くなった時、1つの島が滅んだという話。それを聞いて正馬と惣兵衛は非合理な話だと強く否定し、剣之進1人があり得ることだと反論。剣之進は実際にその話の証拠として「豊府紀聞巻四」を見つけてきます。しかしそれでも正馬と惣兵衛は、確かに恵比寿像の顔が赤くなった後に天変地異が起きたのかもしれないが、その2つの出来事の因果関係が証明されたわけではないと言うのです。結局4人は薬研堀のご隠居のところに話を聞いてもらいに行くことに... という「赤えいの魚(うお)」他、全6編の収められた短編集。

一体いつ以来...? の京極作品。京極堂のシリーズの方だって、あんなに夢中になってたのに、「宴の始末」辺りから気持ちが離れ始めて、結局「邪魅の雫」も読まなかったんですよねえ。でもこの作品はともっぺさんにとても良かったと教えていただいて、読んでみました。「続巷説~」がとても綺麗に閉じていてすごく良かったので、あれ以上一体何を書いたんだろう?って思ってたんですけど、ともっぺさんも読む前は似たようなことを感じてらしたのに、読んでみたらすごく良かった~と仰ってたので。
「憑き物」を落として人を正気に戻す京極堂シリーズに対して、こちらは「憑き物」を利用して人を正気に戻すシリーズ。でも時代は既に明治となっていて、今までの話とはまた趣向が違いました。百介はもうすっかり老人だし、文明開化の時代を生きる4人の若者たちが中心。

最初のうちは、それぞれに確かに面白いんだけど、同じパターンが続くなあ... って感じだったんです。でもね、最後の「風の神」が良かった! きっとこの部分を書きたかったんですね、京極さんは。「彼岸」と「此岸」に関する部分がしみじみと良かった。百介が又市たちと過ごしたのはほんの数年間のこと。その後又市たちは百介の前に姿を現さなくなって、百介自身は又市たちに見捨てられてしまったように感じてるんですが、でもそれはきっと本当は全然違うんですね。大きな愛情が感じられるなあ。もしかすると又市たちにとって、百介は最後の良心だったのかも。江戸から明治へと移り変わった時代の中で、最早妖怪に用などなくなってしまったというのは、どうも寂しいんですが、やっぱりこの境目の時期だからこその話だったんだなあ。(なんて言ったら京極堂のシリーズはどうなんだ?なんですが)
あ、京極堂のシリーズに直接繋がる人物も複数登場してました。結局のところ、全部そっちに流れ込むってことなのね。(笑) (角川文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「巷説百物語」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「続巷説百物語」京極夏彦
「後巷説百物語」京極夏彦

+既読の京極夏彦作品の感想+
「百器徒然袋-風」京極夏彦
Livreに、これ以前の作品の感想があります

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母が亡くなった時に兄のカシスが託されたのは、子供の頃を過ごしたレ・ラヴーズの農園。姉のレーヌ=クロードに託されたのは、地下庫に眠る一財産になりそうなワイン。そして末っ子のフランボワーズが受け継いだのは、母の料理のレシピや様々なメモが書かれた雑記帳1冊とペリゴール産トリュフが1個。母の死から30年、フランボワーズは生まれ故郷の農園をカシスから買い取り、フランソワーズ・シモンという名でそこに住み始めます。本名のフランボワーズ・ダルティジャンを出さなかったのは、この村ではダルティジャンという名が忌まわしいものとされているから。幸い村人たちは誰も現在65歳の女性がかつての女の子であることを思い出さず、じきにフランボワーズが開いたクレープ屋も順調に繁盛します。しかしフランボワーズの料理がある有名シェフの目に留まり、クレープ屋が雑誌で紹介されると、その生活の静けさを破る人間たちが現れて...。

「ショコラ」「ブラックベリー・ワイン」に続く、ジョアン・ハリスの3作目。前2作のようにランスクネ・スー・タンヌという小さな村が登場することはないのだけど、この3作は食にまつわる「食の三部作(フード・トリロジー)」なんだそうです。確かに美味しそうな料理が、これでもかというほどに登場! でも、ものすごーく美味しそうなんだけど、それが明るい光となってるかといえばそうではなく、逆にものすごーく不穏な空気が流れてました。「ショコラ」に登場するチョコレートなんて、あの甘い香りが人々の頑なさを蕩かすって感じだったのに。でも改めて考えてみれば、あの時も不穏な空気は十分漂っていたんだな... 今回ほどにはダークではなかったのだけど。今回特に不吉だったのは、芳しい香りを放つ瑞々しいオレンジ。
物語は、フランボワーズの現在の話と、9歳の少女だった1942年当時の回想によって進んでいきます。その頃に何かとてつもなく不愉快な出来事があったんだろうなというのはすぐに分かるのだけど、それが何なのかなかなか分からなくて、最初はじれったいです。でも母の遺した雑記帳を読み解くうちに、ベールがはがされるように徐々にその出来事が見えてきます。求めている愛情を得られないまま意固地になってしまった子供と、素直に愛情を示すことのできない母。子供ならではの残酷さと浅はかな知恵。そして隠し通さなければならない秘密。
いやあ、面白かった。やっぱりジョアン・ハリスはイイ! ちょっと的外れかもしれないんだけど、やっぱり「食べる」ということは、人間が生きるための基本なんだなあ、なんて思ったりもしました。「1/4のオレンジ5切れ」というこの題名の不安定さがまた、内容にとても合っていていいですねえ。(角川書店)


+既読のジョアン・ハリス作品の感想+
「ブラックベリー・ワイン」ジョアン・ハリス
「1/4のオレンジ5切れ」ジョアン・ハリス
Livreに「ショコラ」の感想があります)

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中沢新一氏のカイエ・ソバージュシリーズ、読み残していた2冊をようやく読みました。いやあ、大変でした。文章はとても読みやすいのに、内容がなかなか頭の中に入ってこなくて... いえ、全部入ってこないわけじゃなくて、ものすごく興味深く読んだところもあるんですけど、どうも頭がすんなり受け付けない部分もあって。結局2冊を2度ずつ読んだんですが、これをまとめようと思ったら大変だわーっ。そういや、3巻の「愛と経済のロゴス」でもちょっと苦労していて、この先もっと苦労しそうだなという予感があって、こんなに間が開いたんでした。すっかり忘れてた。(笑)
でも全体的には、ものすごく面白かったです。読みやすいですしね。時には小難しい文章の方が有難がられることもあるようですが、これは平易な文章でありながら内容は深いという良い例かと。

今回特に面白かったのは、4巻「神の発明」の中の「スピリット」の話。
スピリットといえば、日本の八百万の神々の例を取ってみても分かるように、自然の中に数限りなくいるもの。そしてそういったスピリットと交信するのがシャーマンなわけですが、時には集団で共同体験を行うこともあるわけです。例えばアマゾン河流域のジャングルに住むあるインディアンは、今でも幻覚性植物を使って、集団で銀河のような光の幻覚を共有するのだそう。この集会に実際に参加した人類学者の話なんかも載ってます。でも実際には、そういう植物を利用しなくても幻覚症状を引き起こすことはできるんだそうです。例えば深い瞑想や電気的な刺激。完全な暗室に入ってしばらく静かにしているだけでも、じきに視覚野が発光しはじめるらしいです。(今度やってみよう) で、面白いのは、その時に見える光のパターンの形状は、どんなやり方でやったとしても、どれもとても似通っているということ。古代からこういった光のパターンがスピリットの存在に結び付けられてきたそうなんですが、そういった光のパターンは、実は人間の内部視覚だったんですね。そして「スピリット」は、そういった体験を説明する原理として生まれてきたもののようです。
そして数多くのスピリットの中には、威力と単独性を備えた「大いなる霊」も存在して、その「大いなる霊」がある条件のもとでその環を抜け出した時、一神教の「ゴッド」が生まれることになるようです。...とは言っても、全てのケースで抜け出すわけではなくて、アメリカ先住民の「グレートスピリット」のように、威力と単独性を供えていても、「ゴッド」にはならないケースもあるんですね。これは、そこに国家が存在するかどうかというところが分かれ目。王や国家を生み出す力が、「ゴッド」をも生み出すことになるようで、この辺りの話もすごく納得しやすくて、面白かったです。ただ、この辺りの説明があっさりとしすぎていて、少し物足りないんですが...。2巻の「熊から王へ」のこの話の関連部分を読み返してみようっと。(講談社選書メチエ)


+シリーズ既刊の感想+
「人類最古の哲学 カイエ・ソバージュI」中沢新一
「熊から王へ カイエ・ソバージュII」中沢新一
「愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュIII」中沢新一
「神の発明」「対称性人類学」中沢新一

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「ナルニア国物語」のC.S.ルイスの自叙伝。幼かった時のこと、家族のこと、特に兄との親密だった関係のこと、母との別離とそれに伴う家族関係の変化のこと、寄宿学校での教育やそこで得た友人たちとのこと。そして兵役を経てオックスフォード大学に復学したこと。幼年期から、モードリン学寮の特別研究員に選ばれ、キリスト教を受け入れるようになった頃までのことを辿っていきます。

本来は、無心論者だったC.S.ルイスが紆余曲折を経てキリスト教を信じるようになった過程を書こうとした本のようなんですけど、実際にはあまり宗教的な匂いが感じられなかったです。キリスト教について大きく取り上げられているのは2度だけでしたしね。1度目は、ほのかに持っていた信仰心を失ってしまった14歳の頃。そして30歳過ぎに信仰心を取り戻した時が2度目。そのキリスト教の信仰を取り戻したことが書かれている章は、意識的に書かれずに終わってしまったことも多かったようで、かなり抽象的なんです。これじゃあインパクトがあるどころか、ほとんど印象にも残りません...。唯一、キリスト教という心の支えを得たことで、「喜び」を失ってしまったようなところは興味深かったんですが。
それより、他のエピソードがものすごく面白かったです! 特に子供時代の回想部分が素晴らしい~。ルイスと兄の過ごした日々がすごくリアルに蘇ってくるようだし、それにルイスが読んでいた本! ルイスの本の好みは、私自身が好きなジャンルでもあるので、ものすごーく興味深く読めました。特にロングフェローの詩「オーラフ王の伝説」の中の「テグネールの頌詩」で、初めて北欧神話に出会った時の感動は印象的。この作品、読んでみたいなあ。日本語には訳されてないのかしら。そしてこの本を読んでたら、他にも「私も読みたいと思っていたんだった...!」という本を色々思い出しちゃいました。
そして様々な生活描写の中に、ナルニアの面影が垣間見えるようで懐かしかったです。特にルイス自身の母が亡くなる場面では、「魔術師とおい」のディゴリーと母親の関係を思い出すし、もしかしてノック先生は「ライオンと魔女」のカーク教授のモデル? ルイスと兄は、3歳の年齢の差のせいで違う寄宿学校に入ることになるんですけど、新学期の寄宿舎に向かう時は途中の駅まで一緒で、その学期が終わって帰省する時はその駅で再会するんですね。こういうところを読むと、ついついペベンシーきょうだいがカスピアン王子のふく角笛に呼び出される場面を思い出しちゃう。ナルニアを知らなくても読める本だとは思いますが、やっぱりこれはナルニアを知っていてこその本かもしれないですね。(ちくま文庫)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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これはカレル・チャペックが故郷であるチェコスロヴァキアについて書いた本。以前「イギリスだより」「スペイン旅行記」を読んだ時に(感想)、これも一緒に読むはずだったんですけど、イギリスやスペインに比べてチェコスロヴァキアの場合、地名を知らなさ過ぎて... どうも頭を素通りしてしまうので、ちょっと寝かせておいた本。ただ寝かせておいても地名に関する知識は全然増えてないんですけど(笑)、今回は前回に比べれば頭に入りやすかったかな。他の旅行記同様、雑誌や新聞に掲載されていた文章を1冊にまとめたものです。チャペックの死後70年経っているというのに(書かれたのがいつなのか知らないんですが、実質的には90年ぐらい経ってるのかな?)、全く古さを感じさせないどころか今でもとても興味深く読めるのは、他の著作と同様。
大抵はチェコスロヴァキアの牧歌的な風景が紹介されてるんですけど(外国人観光客の見分け方とか面白いです)、ものすごく印象に残ってしまったのは、「プラハめぐり3 そこで暮らす人々」の中の「警察の手入れ」の章でした。あまりに悲惨な人々の生活ぶりは、衝撃的。部屋を開けた途端に襲ってくる恐ろしい悪臭の波。部屋の中にあるのはぼろの山と驚くほど沢山のごきぶり。そしてそのびっくりするほど汚いぼろの固まりの中には何人もの子供たちが重なり合いながら寝ているというんです。1つの賃貸住宅の各小部屋(どのぐらいの広さなんだろう?)には、年配の男女1組と6~10人の子供たちがいるというのが平均的。部屋によっては、1つの小部屋に2~3家族が住んでいたりします。貧乏だから子沢山なのか、それとも子沢山だから貧乏なのか、でも薄い羽根布団が1枚しかなくて、互いに身体を暖め合うしかない人々にとっては、それは必然的な結末なのかも...。綺麗事を言うのは簡単でも、それは全く状況の改善には繋がらないということはチャペックもよく分かっていて、それでもやはり文章で訴えずにいられない気持ちが伝わってきます。この文章が書かれてから随分な年月が経ってるはずだけど、今プラハの貧民街はどうなってるんだろう? 相変わらず同じような状況なのか、それとも強制的に追い出されたりしたのか、それとも...?
もちろん、そんな悲惨な話ばかりではないんですけどね。祖国のいいところも悪いところもひっくるめて、チャペックの暖かいまなざしが感じられる1冊です。(ちくま文庫)


+既読のカレル・チャペック作品の感想+
「ダーシェンカ」「チャペックの犬と猫のお話」「園芸家12ヶ月」カレル・チャペック
「イギリスだより」「スペイン旅行記」カレル・チャペック
「ロボット」チャペック
「チェコスロヴァキアめぐり」カレル・チャペック
「北欧の旅」カレル・チャペック

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「私」が昇り龍の刺青を背負う印鑑職人の正吉さんと知り合ったのは、この町に引っ越してきて半年ぐらい経ったある日のこと。偶然立ち寄った「かおり」という小さな居酒屋で声をかけられたのです。それ以来、「かおり」や風呂屋で一緒になると、なんとはない世間話をする間柄。しかしそんなある日、「かおり」で話しているうちにいつの間にか眠り込んでしまった「私」が目を覚ますと、隣に正吉さんの姿はありませんでした。一週間ほどかけて仕上げた実印を大切な人に届けるという話を聞いていた「私」は、椅子の足元に黄色い箱の入った紙の手提げ袋が置き忘れられているのを見て、慌てて都電の駅へと走ります。

先日読んだ「雪沼とその周辺」(感想)に続いて、堀江敏幸作品2作目です。雪沼は架空の場所だったんですけど、こちらは実在の場所が舞台。都電荒川線の走る小さな町を舞台にした物語です。学校で教えたり、実務翻訳をしているけれど、日々の生活としては不安定な生活を送っている「私」が主人公。
まず書かれているのは、ここでの暮らしで「私」が出会った正吉さんや古本屋の筧さん、「かおり」の女将、大家であり町工場を営んでいる米倉さん、その娘で、「私」が時々勉強を見てあげることになる咲ちゃんたちとのエピソード。その合間に、過去の様々な回想や現在のことが浮かんでは消えていきます。競馬のことや読んだ本のこと、その時に目に映る情景など。思い浮かぶままに書き綴られているという印象もあるんですが、きっと実際にはそうではないんでしょうね。この文章、やっぱり読んでるとなんだか落ち着きます~。とても穏やかな心持ちになってきます。特に書かれていなくても、それぞれの登場人物の背後にある、これまでの人生が確かに感じられるような気がしてくるのがいいのかな。ふいと姿を消してしまった正吉さんは、最後までもう現れることなく終わってしまうし、そういう意味では物語がきちんと閉じていないとも言えるんですけど、その不在の存在感はとても大きかったですしね。実は相当な文学的素養を持つ「私」も、どこか魅力的だったし。読んでいて気持ちの良い作品でした。実際に都電に乗って、王子駅の辺りを歩き回ってみたくなっちゃうな。(新潮文庫)


+既読の堀江敏幸作品の感想+
「雪沼とその周辺」堀江敏幸
「いつか王子駅で」堀江敏幸

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文化出版局の「すてきなお母さん」誌に連載されていたというエッセイを1冊の本にまとめたもの。I章「本の中の子供」、II章「夢を追う子ら」に分けて、様々な児作家たちをとりあげています。I章で取り上げられているのは、女性作家。ローラ・インガルス・ワイルダー、エリナー・ファージョン、ヨハンナ・シュピーリ、ケート・グリーナウェイ、ルイザ・メイ・オルコット、ルーマー・ゴッデン、ビアトリクス・ポター、ジョルジュ・サンド、イーディス・ネズビット、セルマ・ラーゲルレーヴ、メアリ・シェリィ、ベッティーナ・フォン・アルニムの12人。II章で取り上げられているのは男性作家で、マーク、トウェイン、ルイス・キャロル、オスカー・ワイルド、ジュール・ヴェルヌ、ジョナサン・スウィフト、宮沢賢治、巌谷小波の7人。

児童文学論というよりも、これは作家論なんですね。19人の作家たちの生い立ちや家族に迫って、それが作品に与えた影響を考えていくエッセイ。この作家のうち、全然読んだことのないのは巌谷小波だけだったんですが、私ったら今まで作家のことなんて本当に何も知らずに読んできたんだなあと、ちょっと愕然としました。この中でも、特にファージョンやオルコット、ジョルジュ・サンド、キャロル、ヴェルヌ辺りは、何度読んだか分からないほど読み返しているのに! もちろんローラ・インガルス・ワイルダーの作品はそのまま彼女の歴史でもあるわけだし、ファージョンのように、「ムギと王さま」のまえがきで「本の小部屋」のことに触れていることから、読書一家の中で相当本を読んで育った人なんだろうなと想像できていた作家もいるんですが。

男性作家と女性作家と章が分かれてるんですが、特に女性作家の章が興味深かったです。例えば、ローラ・インガルス・ワイルダーの章。ローラの生活は、全て手作りです。家も家具も服も日用品も食べ物も全部手作り。外は荒々しい自然そのままの世界だけど、一旦家の中に入ってしまえば、そこはお母さんの手によってきちんと整えられていて、手作りの暖かさと家族の愛情で満ち溢れていて... そこがこのシリーズの人気の1つでもあるはず。でもそこで矢川澄子さんは

手作りの味わいはたしかに捨てがたい。ただしそれはあくまでも現代、二十世紀後半のわたしたちにとっての話であって、フロンティアの開拓者たちはかならずしもそう考えてはいなかったことをよくよく顧みなければならぬ。

と書いてるんですね。実際、この作品は1950年代から邦訳されていたらしいんですが、まだ戦後の荒廃の記憶も生々しい50年代にはあまり読まれることもなく、注目を集めるようになったのは、ようやく70年代になってからだったのだそう。確かに、戦後の窮乏を知っている人間にとっては、かなりキツい作品だったのかもしれませんね...。手作りを趣味として楽しむことができるなんて、確かに今の時代ならではのことと言えますし。このシリーズを読んだ時はまだ小学生だったから仕方ないんだけど、そんなこと全然考えてなかったなあー。
でもあの一連の作品の中で、ローラのお父さんが初めて脱穀機を使った時の言葉は、今でも鮮明に覚えてます。

機械ってものはたいした発明だよなあ! 旧式なやりかたのほうがいい連中は、かってにそうするがいいが、わたしは進歩派だよ。われわれはすばらしい時代に生きているんだ。

決して手作り・手作業信奉者じゃないんですよね。
ここで様々な作品の背景を知ってみると、その作家たちの作品がまた別の視点で味わえそうです。そうでなくても、子供の時の視点とはまた違う目で読めるでしょうしね。改めて、子供時代好きだった色んな本を読み返してみたくなっちゃいました。 (ちくま文庫)


+既読の矢川澄子作品の感想+
「わたしのメルヘン散歩」矢川澄子
「兎とよばれた女」矢川澄子

+既読の矢川澄子翻訳作品の感想+
「七つの人形の恋物語」「スノーグース」ポール・ギャリコ
「トンデモネズミ大活躍」「ほんものの魔法使」ポール・ギャリコ
「小鳥たち」アナイス・ニン
「フィオリモンド姫の首かざり」ド・モーガン
「風の妖精たち」「針さしの物語」ド・モーガン
「ザ・ロンリー」ポール・ギャリコ
「「きよしこの夜」が生まれた日」ポール・ギャリコ
「ゴッケル物語」クレメンス・ブレンターノ
「妖精の国で」W.アリンガム&リチャード・ドイル
「クリスチナ・ロセッティ詩抄」クリスチナ・ロセッティ
「タイコたたきの夢」ライナー・チムニク

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吉野朔実さんの「犬は本よりも電信柱が好き」の「京都マニア」の章に紹介されていた本をくまなく読もう企画第3弾。この章では8冊紹介されていて、既に感想をアップしている入江敦彦さんの本4冊の他に、「桂離宮-日本の庭園美6」という本も見てるので(これは普通の写真集なので、感想は書きませんが)、これで5冊目。「草菜根」(中東久雄)と「京 花背 摘草料理」(中東吉次)は、料理本なので見ないかも。となると後は「人が見たら蛙に化(な)れ」(村田喜代子)だけなんですけど、この「遊鬼」を読み始めた途端、この「人が見たら蛙に化れ」という言葉が何度も出てきてびっくりでした。そう繋がるのかあ。「人が見たら蛙に化れ」は骨董の世界を描いた小説で、これも面白そうなんですけど... 大丈夫かな、結構分厚いので今の私には気分的にちょっと重いのだけど。読めるかな。

というのはともかく、「遊鬼」です。白洲正子さんという方は、とても恵まれた環境に生まれ育った方だと思うんですけど、やっぱりそれを生かせるかどうかは本人にかかってますよね。それを見事に生かしきった方だったんだなあ、と改めて思いました。この「遊鬼」は、彼女が師と仰いだり友人として付き合った人々のことなどを書き綴った随筆集なんですが、才能があるところには才能がある人が集まるというか、個性は別の個性を呼ぶというか、本当に強烈な人がいっぱい。そして、そんな強烈な才能と個性の持ち主に囲まれて、様々なことを貪欲に吸収されたんですね。「大往生 梅原龍三郎」の章の最後に、「それからひと月も経たぬうちに白州は亡くなった。つづいて加藤唐九郎、そして梅原先生、私にもどうやらこの世は色あせて、味けないところになって行くようである」とあるんですが、その気持ちも分かるような...。図書館で借りた本で、感想を書くのが期限に間に合わなかったので、ちゃんとメモできなかったんですが、含蓄のある言葉もいっぱいありました。洋画家の梅原龍三郎さんが描いたと仰る薔薇の絵が見つからなくて困ったという話に対する小林秀雄氏の言葉とかね。さらりと書かれているんだけど、ものすごくインパクトがありました。
特に強く印象に残ったのは、タイトル「遊鬼」の元となった鹿島清兵衛の生き様を描いた「遊鬼 鹿島清兵衛」。これは凄まじいです。事実は小説より奇なり、とはこのことか。あと、この本の表紙の桜の絵を描いた早川氏の「創る 早川幾忠」という章も、なんだかとても好きだったなあ。(新潮社)


+既読の白洲正子作品の感想+
「日本のたくみ」白洲正子
「西行」白洲正子
「遊鬼」白洲正子

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6週間ぶりに再会した恋人のクラリッサとピクニックに出かけたジョーは、ワインの栓を開けようとしたその時、男の叫び声を耳にして立ち上がります。巨大な灰色の気球が不時着し、かごから半分出かかったパイロットはロープに片足が絡まってひきずられ、かごにはまだ10歳ぐらいの少年が乗っていたのです。思わず助けに走るジョー。同じように駆けつけた何人かの男たちと一緒にロープを掴みます。しかし強風のため、気球は男たちをぶら下げたまま浮かび上がり... やがて男たちは1人また1人とロープから落下。1人が手を放すごとに気球は数フィート浮かび上がり、最後まで残っていたジョン・ローガンが手を放した時、気球は300フィートの上空にいました。ジョン・ローガンは死亡。事故にショックを受けたジョーとクラリッサは家に帰ってからも事故のことを話し続けます。その晩遅くかかってきたのは、気球の事故の時に一緒にかけつけた男たちの中の1人、ジェッド・パリーからの電話。「知ってもらいたいんだ。あなたが何を感じているかぼくには分かる。ぼくも同じことを感じてるから。愛してる」という言葉に、思わずジョーは電話を切るのですが...。

前回読んだ「アムステルダム」は、大人っぽいクールな空気が漂いながらも、あまり起承転結のない作品だったなあという印象があるんですけど、これは全然違うんですね! ひー、怖い。実際には全然ホラーじゃないんですけど、私はこの手の話が苦手なので、そこらのホラーよりもよっぽど怖く感じられてしまいました...。
読み始めた時はてっきり、自分は死にたくないからロープから手を放してしまって、結局最後までロープに掴ってたジョン・ローガンを死なせてしまった罪悪感の話かと思ったんですが(最初にロープから手を放したのは自分じゃなかったって何度も言い訳してるんですもん)、全然そうじゃなくて(笑)、実際にはこの事件をきっかけに妙な男に見初められてしまったという話で、びっくり。相手に愛されていると勝手にかつ強烈に思い込んでしまう、「ド・クレランボー」症候群という妄想症があるんだそうです。そんな相手にストーカーされてしまうだけでも怖いんですけど、どこまでいっても会話は平行線を辿ってる辺りも強烈。ジョーはノイローゼ気味になっちゃうし、それが原因で恋人との仲が内側から崩壊し始めちゃう。いくらジョーにとっては脅威でも、その男はクラリッサには全然接触してないので、彼女にとってみれば多少危ないかもしれなくても特に危険のない相手に過ぎないですしね。本当にそれがジョーが言うように危険な人物なのか、それとも本当はジョーがおかしいのか。本当は科学者になりたかったという微妙なコンプレックスが、ジョーの精神崩壊に生かされてる辺りも巧いなあって思っちゃった。ま、それだけに私としては怖かったんですけどね。面白かったことは面白かったんですけど、読むのがツラかったですー。(新潮文庫)


+既読のイアン・マキューアン作品の感想+
「アムステルダム」イアン・マキューアン
「愛の続き」イアン・マキューアン

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フェヴァーズは、「下町のヴィーナス」とも「綱渡りのヘレン」とも呼ばれる、当代随一の空中ブランコ乗り。「彼女は事実(ファクト)か、それともつくり物(フィクション)か?」というキャッチフレーズで世間の評判になっていました。その晩、ロンドンでの公演を終えたフェヴァーズにインタビューにやって来たのは、アメリカ人の若い新聞記者・ウォルサー。フェヴァーズはインタビューで、自分はトロイのヘレンのように白鳥の卵から孵ったのだと言います。実際、その肩の後ろには途方もなく大きな羽がありました。すっかり彼女とその数奇な物語に魅了されたウォルサーは、フェヴァーズの取材を続けるために彼女の所属するサーカスに道化として入り、巡業に同行することに。

これは「ワイズ・チルドレン」のような、猥雑なショービジネスの世界を舞台にした作品。物語の中心となっているフェヴァーズは、天使のような羽を持ってるんですけど、その実態は天使からは程遠くて... 実は相当の大女だし、言葉は下町訛り。大酒飲みだし下品だし、楽屋には臭いの染み付いた下着やストッキングが散乱。それを若い男性に見られても動じるどころか、逆に相手の反応を見て楽しむ始末。でも彼女の語る生い立ちの話は面白い! 道端に捨てられてるところを売春宿の女性に拾われて、そこで育てられたことや、やがて肩から翼が生えてくると、売春宿では勝利の女神ニケの彫像のように館の中に立つことになったこと。そしてその売春宿がなくなった後は、フリークスが集められた館へ。
第1部の「ロンドン」で語られるのはそんなフェヴァーズのこれまでの人生で、第2部の「ペテルブルク」になると、ウォルサーがフェヴァーズを追ってサーカスに入るので、2人の関係を中心に話が展開すると思ったんですが... どうもちょっと違ったみたい。確かにフェヴァーズは常に中心にいるんですけどね。最後まで読んだ時に浮かび上がってきたのは、様々なフリークスたちの存在。そんな人々の存在がグロテスクでありながらも、幻想的で美しい情景になってました。
でも、「ワイズ・チルドレン」の面白さには及ばなかった気もするのだけど、これもとても良かったです。特に第1部が一番面白かったな。(国書刊行会)


+既読のアンジェラ・カーター作品の感想+
「ワイズ・チルドレン」アンジェラ・カーター
「魔法の玩具店」アンジェラ・カーター
「夜ごとのサーカス」アンジェラ・カーター
「血染めの部屋 大人のための幻想童話」アンジェラ・カーター

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17世紀の数学者フェルマーが書き残した様々な定理のうち、その死後350年経っても誰1人証明できないままに残ってしまった「フェルマーの最終定理」に関する本。以前ごとうさんに、「ノンフィクションが嫌いでないならば、お勧め」と、教えて頂いた作品です。いや、ノンフィクションは実際あまり得意ではないんですけど... 数学は好きな方だったし... とは言っても「フェルマーの定理ってどんなんだっけ?」状態だったんですけど(笑)、ちょっと面白そうだったので読んでみました。

そもそもフェルマーの定理というのは、古代ギリシャ時代のピュタゴラスの定理を発展させたもの。ピュタゴラスの定理というのは、「直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい」というアレです。方程式にすると、「x2 + y2 = z2」ですね。そして、この場合式の指数は2なわけなんですが、これを3やそれ以上の数にすると、それまで無限の解を持っていた式が、全く整数解を持たない式となってしまうというんですね。これがフェルマーの最終定理と呼ばれるもの。
フェルマーは何か定理を見つけるたびに愛読書だった「算術」という本の余白に書き込んでいて、その書き込みは48にも上ったのだそう。でもそのほとんどの証明は書かれてなくて(きちんと証明されていなければ定理とは言えないんでしょうけど、フェルマーにとっては定理だった)、それを後の数学者たちが1つずつ解いていってるんですね。でもこの定理に関しては、フェルマーの死後誰1人として解くことができなくて、それで「最終定理」なんて名前で呼ばれるようになったというわけです。「この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」なんてふざけたことを書き残してたらしいんですよ! 全く、人が悪いというか悪戯好きというか、とんでもない人ですね、フェルマーってば。(笑)
で、この定理の証明に成功したのが、プリンストン大学にいたアンドリュー・ワイルズ。10歳の時に初めてこのフェルマーの最終定理を知って以来、それを解くのに憧れて、結局数学者になってしまったという人なんです。

この定理の証明を延々と書かれても、きちんと理解できるのは世界でもほんの一握りの人間だけだそうだし、高校まで数学を勉強した程度じゃあ、何言ってんだかぜーんぜんワケわかんないって状態になるはず。でもこの本では、そういう証明方法とかじゃなくて、フェルマーの定理やその元になったピュタゴラスの定理のこと、それに関わってきた数学者たちの歴史なんかが丁寧に書かれることによって、とても読みやすい本になってました。数論の歴史、ですね。女性数学者たちの歴史なんかも面白かったし、この定理の証明に複数の日本人数学者が大きな役割を担っていたというのがねー、読んでてなんだか嬉しかったり。極東の人間なんてろくすっぽ取り上げられないで終わってしまうことも多いらしいんですけど、きちんと書かれていたのが良かったですね。しかも、一度は完全に証明できたかと思われた証明に致命的な欠陥が発見されて、一時は最早解決不可能かという様相を呈するんです。ドラマティックな盛り上がりも十分。面白かったです。(新潮文庫)

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アルバイト先の染色工場で出会った佐々井と親しくなった「ぼく」。やがて佐々井はそのアルバイトをやめるのですが、ある時、3ヶ月ほど集中的にお金を作る仕事をするので、それを手伝って欲しいと言われ、「ぼく」は手伝うことに... という「スティル・ライフ」と、1人娘のカンナを置いて東北に出張に出た文彦は、帰り道のサービスエリアで木材輸出の会社に勤めるロシア人のクーキンに声をかけられ、東京まで車に乗せていくことになり、それが縁でカンナも交えて時々会うことになるという「ヤー・チャイカ」の2編。

どちらも「ぼく」と佐々井、文彦とクーキンという、ひょんなことで知り合った2人の奇妙な関係と友情を描いた作品。これはもう物語の筋を追うよりも、雰囲気を味わいながら読むべき作品かもしれませんね。もちろん物語としても面白かったんですけど、それ以上にこの雰囲気が好き~。バーで飲んでいる時の星の話、雨崎での雪の降る情景、スケートをしている時の霧の思い出話... とても透明で、静かでひんやりとした空気が流れてます。いつの間にか、自分が空の星の1つになってしまったような気がしてくるような... もしくは宇宙から降ってくる微粒子の1つになってしまったような感覚、かな。音が感じられないのに、星の音がとても豊かに聞こえてくるような気もしたり。(それって一体どんな音? なんとなく硬質なイメージなんですが・笑) そして、紛れもない小説なのに、しかも理系の話題が多いのに(笑)、ものすごく詩的なんです。
ちなみに「ヤー・チャイカ」というのは、「私はカモメ」という意味だそうです。世界で最初の女性飛行士となったテレシコワのコールサインが、この言葉だったのだとか。Wikipediaによると、1963年6月16日にボストーク6号に搭乗したとありました。そんな時代の人だったのか。すごいなあ。(中公文庫)


+既読の池澤夏樹作品の感想+
「南の島のティオ」池澤夏樹
「スティル・ライフ」池澤夏樹
「真昼のプリニウス」池澤夏樹
「夏の朝の成層圏」池澤夏樹
「バビロンに行きて歌え」池澤夏樹
「神々の食」池澤夏樹

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吉野朔実さんの「犬は本よりも電信柱が好き」の「京都マニア」の章に紹介されていた本をくまなく読もう企画第2弾。「京都な暮らし」は、実際は紹介されてなかったんですけどね。これは京都の四季折々の慣習や何かの本。
ということで、「京都人だけが食べている」「京味深々 京都人だけが食べている2」がメインだったわけなんですが、ああー、美味しそうでした! 美味しそうなお店がいっぱい紹介されてました。特に行きたくなったのは、吉野朔実さんも絶賛のなかひがし(懐石)かな。つるやの丼はやっぱり美味しそうだし、西陣江戸川のうな重も。新福菜館本店の炒飯のこの色もそそる... あと、わざわざ京都で?って感じもしますけど、吉加寿のお好み焼きや蛸虎のたこ焼きもちょっと試してみたくなったし、冷麺大好きの私としては、年中冷麺が食べられるという中華のサカイ本店にも行ってみたーい。お菓子関係では、松屋藤兵衛(和菓子)、緑寿庵清水(金平糖)、濱長本店(ところてん)辺り。そして生麩餅や麩饅頭目当てで中村軒と麩嘉。生麩大好きなんです。
 
でも、肝心の桂離宮付近のお店は、中村軒と隆兵そばしか載ってなくてざんねーん。(一応事前リサーチの一環ですから) どちらもその日お店がお休みなんですよぅ。中村軒の生麩餅食べたかったな。で、嵐山まで範囲を広げてみても、新八茶屋とサガパーというところしか載ってない... しかもこれは2つともソフトクリームのお店。私はソフトクリームは食べられないし。これはやっぱり、嵐山には「よそさん」相手のお店が多いってことかもしれないな。(実際多いんだけど)
文章のはしばしに見え隠れしてる京都人のプライドも、第三者として読めば面白いです。これで時々ふっと引きずり寄せられることさえなければ良かったんですけどね。...こればっかりは、わざわざ他の地方を引き合いに出さなくても京都万歳だけでいいじゃないですかーって言いたくなっちゃう。でもとりあえず、今回読む入江敦彦さんの本はこれでオシマイです。ああ、おなかいっぱい。ごちそうさまでした。(光文社知恵の森文庫・幻冬舎文庫)


+既読の入り江敦彦作品の感想+
「京都人だけが知っている」入江敦彦
「京都人だけが食べている」「京味深々 京都人だけが食べている2」「京都な暮らし」入江敦彦

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「東京や大阪が基本的にそこで生まれ育った者たちによって紹介されるのに対し、京都は、なぜか京都人以外に語られることが多い」という京都について、京都人として語ってしまった、京都出身でロンドン在住のエッセイスト・入江敦彦さんの本。

先日読んだ吉野朔実さんの「犬は本よりも電信柱が好き」の「京都マニア」の章に紹介されていた本をくまなく読もう企画(なんやそれ)第1弾。入江さんの本、京都でバカ売れしてるらしいですねーと言う吉野朔実さんに対して、入江さんの答は「京都人は京都マニアですからね」というもの。これには思わずニヤリとしました。確かにその通りかもー。
京都人が書いた京都の本、確かに面白いです。「よそさん対策」のことを始めとして、京都人特有の論理にはなんとなく聞き知ってた部分も多いのだけど、愛憎相半ばするって感じながらも、そこここに京都人としてのプライドが見え隠れしてるのが面白かったし、もちろん知らなかった話もちょこちょこと。例えば、入江敦彦さんはお母さんに「平野さんに産んでしもうて私が悪かった」なんて言われたそうなんですが、その表現は全くの初耳! 平野さんというのは平野神社のことで、北野天満宮の先にあることから、「北野を越えて」=「汚のう肥えて」を掛けて不細工な人を意味する京言葉なんですって。これにはびっくり。
ただ、京都に関しての「憎」には屈折した(笑)愛情が感じられたからいいんですけど、その他の場所に対して、はっきり見下してるのが感じられてしまうのがちょっと... だったかな。別に私だって生粋の大阪人じゃないけど、その辺りには少々不愉快になりました。そんなこと今更強調されなくても、大阪が京都からも神戸からも「一緒にせんといて!」って思われてるっていうのは、前々から言われてることだし!
でもまあ、大阪と京都の仲の悪さについては、この本に書かれてる通りみたいですね。丁度近くにいた生粋の大阪人に、大阪人が京都人を嫌いって本当なのかと聞いてみたら、本当だと言ってました。「おー、ほんまやで。あいつら常識が通用せえへん。異国や異国。」ですって。えええ、そうなんだー。長年大阪に住んでるのに、全然知らなかった。まあ、全員が全員そう思ってるってわけでもないでしょうけど。まだまだ私も大阪人度が低いんだな。(笑)
ま、そんなこんなで色々思うところはあった本でした... が(笑)、全体的には面白かったです。そういえば、そろそろ千枚漬の季節ですね。食べたいなあ~。(洋泉社)


+既読の入り江敦彦作品の感想+
「京都人だけが知っている」入江敦彦
「京都人だけが食べている」「京味深々 京都人だけが食べている2」「京都な暮らし」入江敦彦

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1927年、セントルイスの街で小銭をせびって暮らす悪ガキだった9歳のウォルトは、イェフーディ師匠に誘われて、愛情の全くない伯父夫婦の家を出て、一緒にカンザス行きの汽車に乗ることに。イェフーディ師匠はウォルトには空を飛ぶための天賦の才があるといい、13歳までに必ず飛べるようにしてやると約束したのです。連れて行かれた家にいたのは、歯が2、3本しかない太ったインディアン女のマザー・スーと、体中の骨ががねじれて歪んでいる15歳のせむしの黒人少年・イソップ。なかなか新しい生活を受け入れることのできないウォルトですが、やがて空が飛べるようになるための33の階段を、少しずつ上り始めることに。

日常&読んだ本log のつなさんにオススメ頂いた本。(記事) 私にとってのポール・オースターのデフォルト作品が最初に読んだ「幽霊たち」のせいか、それ以来オースター作品を読む前は妙に緊張してしまうんですけど、これはすごく読みやすくて面白かったです~。今まで読んだ作品みたいなクールな大人視点じゃなくて少年視点で書かれてるし、普通の人間が空を飛ぶなんてファンタジーのようなことが大真面目に書かれてるので、今まで読んだポール・オースター作品とはちょっと違う雰囲気だなあってびっくりしたんですけど、どちらかといえば「ムーン・パレス」系の作品なんですね。
人種差別やKKK団、禁酒法やギャング、大恐慌などの背景をさりげなく絡めて1920年代の雰囲気を出しているところも良かったし、詳細な修行の様子を見ていると、本当に人間は空を飛べるのかも?なんて気になってしまいそう。でも実際に空を飛べるようになって、巡業が成功して名前が知られるようになっても、ウォルトにとってそれはゴールではなかったんですね。ウォルトの人生は飛翔と落下の連続。そして飛翔と落下の連続の人生を歩んでいるのは、ウォルトだけじゃなくて、イェフーディ師匠もマザー・スーも、イソップもなんですよね。こんなことってあり...?(絶句) って感じの展開もあるし、結構キツい部分もあるんですけど、激動の時代の中で何度も人生の岐路に立たされて、再度の方向転換を強いられながらも、最後まで「生き抜いた」ウォルトの人生は、最終的にはどこか爽やか。波乱万丈でありながら、68年にもわたって描いているせいか、どこかゆったりとした印象もあって、まるで古き良きハリウッド映画を見てたみたいな感じ。
こういう作品ばかりだったら、オースターも読みやすいんだけど... でもやっぱりデフォルトが「幽霊たち」のせいか、それでいいのか?と心配になってしまったりもするんですよね。(「ムーンパレス」を読んだ時も似たようなことを思った覚えが...) やっぱりもっと色々読んでみなくてはー。次は「偶然の音楽」かな。
あ、ちなみに終盤でダニエル・クィンなんて人物が登場しました。実は「シティ・オブ・グラス」に繋がっているんですね~。 (新潮文庫)


+既読のポール・オースター作品の感想+
「ムーン・パレス」ポール・オースター
「ミスター・ヴァーティゴ」ポール・オースター
Livreに「シティ・オヴ・グラス」「幽霊たち」の感想があります)

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安房直子さんの短編集3冊。

「南の島の魔法の話」...「鳥」「ある雪の夜の話」「きつねの窓」「沼のほとり」「さんしょっ子」「南の島の魔法の話」「青い花」「木の葉の魚」「夕日の国」「きつねの夕食会」「もぐらのほったふかい井戸」「だれも知らない時間」
「鶴の家」...「鶴の家」「雪窓」「北風のわすれたハンカチ」「ゆきひらの話」「魔法をかけられた舌」「熊の火」
「夢の果て」...「夢の果て」「あるジャム屋の話」「黄色いスカーフ」「サリーさんの手」「グラタンおばあさんと魔法のアヒル」「花のにおう町」「空にうかんだエレベーター」「ききょうの娘」

どの作品も、やっぱり色彩がとても綺麗。そしてとても豊かなものが広がります。安房直子さんご自身、こういう話を書こうと思って書くというよりも、ある情景が絵のように浮かんできて、そのイメージを物語にするという書き方をすることの方が多いのだそうです。そして「南の島の魔法の話」のあとがきに、安房直子さんが「私が、ファンタジーの作品を好んで書くのは、空想と現実との境の、あの微妙に移り変わる虹のような色が、たまらなく好きだからです」と書かれていたという話がありました。ああ、分かるー。
3冊の中で私が特に好きだったのは、聞いてしまった秘密を取ってもらいに耳鼻科に駆け込んできた少女の話「鳥」、翻訳家がある物語を上手く訳せなくて困っているうちに、実際にその物語を体験してしまう「南の島の魔法の話」、女の子に頼まれて青い傘を作る傘屋の物語「青い花」、鹿の少女と一緒にジャム屋の仕事をだんだん軌道に乗せる「あるジャム屋の話」、黄色いスカーフのおかげでとても幸せな気持ちになるおばあさんの話「黄色いスカーフ」、少女とウサギの満月の夜の冒険物語「空にうかんだエレベーター」。どれも本当にうっとりするほど情景が美しく、でも優しくて甘いだけでないところがいいんですよね。(講談社文庫)


+既読の安房直子作品の感想+
「ハンカチの上の花畑」「だれにも見えないベランダ」安房直子
「南の島の魔法の話」「鶴の家」「夢の果て」安房直子

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アギオン帝国が中心に、様々な部族がその帝国を取り巻くロールの世界。キアスは燃えるような赤い髪をした15歳の少女で、西の谷にあるモールの神殿の巫女見習い。いつかは偉大な巫女になりたいと思いつつも、退屈な勉強や、先輩の巫女に気に入られようといい子ぶる見習い巫女たちに我慢ができず、授業を抜け出しては、モールの林の中にある、ひときわ大きい木ののうろに入ってばかりいました。その木は300年前の大巫女・マシアンの木。女の子が生まれるとモールの木の苗木を植えるモールマイ族にとって、モールの木は生まれた子の<根>であり、生まれた子はその木の<寄生木(やどりぎ)>。巫女の呪歌によって結び付けられた<根>と<寄生木>は、片方が育てばもう片方も育ち、どちらかが死ねばもう片方も死ぬという関係。マシアンの木がまだ生きているということは、マシアンもまだ生きているということ。呼び出しの儀式に失敗して巫女になれなかったキアスは、マシアンを探す旅に出ることに。

海外作品に負けない骨太のファンタジーを書く日本人作家さんは何人かいますが、浜たかやさんもその1人でしょうね。これはロールという架空の世界を舞台に繰り広げられるファンタジー。世界の成り立ちの神話も詳細に描かれていて、世界観がとてもしっかりしていました。それぞれの部族ごとに信奉する神がいて、独自の歴史やしきたりがあるという部分とかもさりげなく、でもきちんと描かれてていいなあ。こういうの好き~。最近のファンタジー作品にはあまり書き込まない傾向があるのかもしれないけど、私はやっぱりこんな風にじっくりと作りこまれて、丹念に描かれてる方が好き。脇役もそれぞれに魅力的で、とても楽しめました。
ただ、序盤~中盤に比べると、終盤はやや失速しているような... というか、ちょっと書き飛ばされてしまったような。じっくり書いて欲しいところがやけにあっさりしてるし、特にせっかくマシアンが登場しても、マシアンなら語って聞かせられる部分がほとんど語られずに終わってしまったし。それに「龍使い」という題名の割に、全然龍を使ってないし! 名前に関しても、結局ただの偶然だったのかなあー。せっかくの作品なんだから、その辺りも丁寧に書いて欲しかったな。そんなことになったら、ただでさえ分厚い本がさらに分厚くなってしまうんですけどね。すごくいい作品なだけに、その辺りだけがちょっぴり残念。(偕成社)

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コララインとその両親が引っ越してきたのは、古い大きな家の2階の部屋。1階には元女優の老女が2人、3階には変わり者のおじいさんが住んでいて、2階の半分をコララインの一家が使うのです。あとの半分は今は空き家で、境目のドアをあけた所にはレンガの壁があって行き止まりとなっています。しかしある日、母親が買い物に出かけている時にコララインがドアを開けてみると、確かにあったはずのレンガの壁がなく... コララインが向こう側に足を踏み入れてみると、そこはコララインの家とそっくりな部屋が。そして母親そっくりの女性が。しかしその女性は、本物の母親よりも背が高くて痩せていて、気味が悪いほど色が白く、目が大きな黒いボタンでできていました。

ニール・ゲイマン2冊目なんですが... うーん、微妙... 悪くはなかったんだけど、面白かったかと聞かれると困っちゃう。
せっかく個性的な名前のコララインなのに、近所の人たちには「キャロライン」と呼ばれてばかりだし、蛍光グリーンの手袋が欲しかったのに、お母さんが買おうとするのはみんなが持ってるようなグレーのブラウス。両親は家で仕事をしてるので、いつも身近にはいるんだけど、遊び相手も全然いなくて毎日が退屈。お父さんが作る食事も美味しくないんです。でも「もうひとつの世界」では、現実世界での不満が全部解消されてるんですね。名前を間違える人もいないし、部屋も服も前から欲しかったような雰囲気。だから一見、こっちの世界の方がコララインが本当に属すべき場所みたいに見えてしまうんですけど。
淡々と静かに進むので、言ってしまえば盛り上がりに欠けてるような... でも、それが必ずしも悪いというわけではなくて、これを映画にしたら結構怖くなるんじゃないかなあという雰囲気なんです。実際「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」や「ジャイアント・ピーチ」のヘンリー・セリック監督でアニメ映画が製作中なのだそう。(来年公開ですって) どんな映画になったかちょっと見てみたいかもー。(角川書店)


+既読のニール・ゲイマン作品の感想+
「スターダスト」ニール・ゲイマン
「コララインとボタンの魔女」ニール・ゲイマン

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吉野朔実さんが「本の雑誌」に連載しているエッセイ漫画「吉野朔実劇場」の4冊目。これだけが市内の図書館の蔵書になくて読めなかったんですが、ようやく読めましたー。
これで既刊5冊全部読んだわけですが、今まで京都の話なんて出てましたっけ? 吉野朔実さんがそんなに京都がお好きとは知りませんでしたよぅ。東京から約2時間半、お一人でもお友達とでも気軽に行くし、もう何度行ったか分からないぐらいなんだとか。...でね、ここで吉野朔実さんは桂離宮に行くんです。本当は3ヶ月前から申し込まなくちゃいけないのに裏技で。いや、その裏技はどうでもいいんですけど! 私も今度桂離宮に行くんですよぅ、来月!紅葉の時期を狙って!(7月には修学院離宮に行きました... 来年は苔寺? 笑)
うわあ、なんていいタイミング。おかげで「京都マニア」の章を食い入るように読んでしまったじゃないですかー。えっ、「なかひがし」というお店は3ヶ月前から予約が必要って! 古伊万里好き好き♪ お店、行ってみたーい。桂離宮の近くにある和菓子のお店でお昼ご飯を食べたって、それは普通のお昼ご飯のメニューなんですか?! うぉー気になるぞーー。
そして、ここに紹介されてる京都の本は、全部読みます!読みますとも! と珍しくやる気を見せる私なのでありました。(笑)

えっと、今回ももちろん面白かったです。いつもよりも紹介本既読率が微妙に高かったかな? 「月下の一群」が無性に読みたくなっちゃった。田口俊樹氏がさりげに登場してるところに「きゃーっ」。そして今回は春日武彦さん、西田薫さん、山本充さんとの対談だったんですが、ニヤリとしてしまったのは、山本氏の

電車の中で何がいちばん読まれてるかはわかりませんが、僕の場合、おっ文学っぽいと思って覗くと村上春樹ということが多いですね。で、「やれやれ」と思う。(笑)

という言葉。で、本好きな人も村上春樹作品は読むけど、電車の中ではまず読まないとして、春日氏の言った理由が

恥じらってね。村上春樹を読むのが恥ずかしいんじゃなくて、それを覗いて「あ、村上春樹だ」ってわかるようなやつにいろいろ思われちゃうのが嫌なんだよ。

ってところに、さらにニマニマ。(笑)
あ、「ジャイアンツ・ハウス」の司書さんは、私は「すごくヤセてる」方に一票です♪(本の雑誌社)


+シリーズ既刊の感想+
「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」吉野朔実
「弟の家には本棚がない」「本を読む兄、読まぬ兄」吉野朔実
「犬は本よりも電信柱が好き」吉野朔実

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子供の頃よく読んでいたのは、トマス・ブルフィンチの「ギリシア・ローマ神話」。大人になってから参考にしていたのは、アポロドーロスの「ギリシア神話」。ブルフィンチのはオウィディウスの「変身物語」みたいなお話が沢山入っていて、読み物としてとても面白いのだけど、元々は今から英文学を読みたいというアメリカ人のために書かれた入門書ですしね。なんていうか、実際のギリシャ神話よりもかなりロマンティックにされてしまっている部分があるんです。そして逆にアポロドーロスのギリシャ神話にはそういうお話的な面白さは全然なくて、淡々と事実を書き連ねていったという感じ。(もちろん事実ではない部分も多いのだけど・笑) 古代ローマ人によるギリシャ神話なので、これが一番原型に近いという安心感があるし、資料としてもとても役に立つんですけど、相当!無機質なので、物語として読むには全然面白くないんです。(笑)

その2つに比べて、呉茂一さんのギリシア神話は、日本人が書いたものとしては一番読みやすく優れているという評判の本。久々に系統だったギリシャ神話の本が読みたいなと思って手に取ってみました。(アポロドーロスの「ギリシア神話」を訳した高津春繁さんの「ギリシア・ローマ神話辞典」と並ぶ好著なのだとか)
さすがにギリシア文学を多数訳してらっしゃる呉茂一さんだけあって、そういった部分に多く言及されてるのが良かったです。まあ、「イーリアス」「オデュッセイア」をはじめとする主なギリシャ文学を既に読んでる人にとっては復習的なものでしかないと思うんですけど、私がありがたかったのは、ギリシャ悲劇に関する部分! アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスと一通り読んではいるんですけど、歴史的・国家的な背景をよく知らずに読んでた部分もあるので、あの人物はここに繋がるのか~!的な部分でものすごく参考になりました。点と点が繋がって線になる、あるいは線と線が繋がって面になる面白さですね。あと、それぞれの神話のエピソードやそれにまつわる神々の生まれた歴史・社会的背景にも触れられてるので、そういった部分に興味がある人にもとても参考になるのではないでしょうかー。そしてその上で読み物として面白いです。ロングセラーだというのも納得。(新潮文庫)

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紀元前6世紀、ナボニドス王時代のバビロン。香油屋の養女のティアマットは、ユダヤ人の友達・シミオンを連れて王宮へと向かっていました。シミオンはアンダリ師の率いるトゥエンンティ・スクエア・チームのメンバー。ティアマットはどうしてもチームに入りたくて、シミオンに助けてくれるよう説得するために、その理由を見せに行くことにしたのです。王宮の王妃の庭は、香油の材料となる香草を集めにティアマットがよく来る場所。ティアマットは何年も前にここで古い印章を見つけており、最近、夜の城壁でその印章にも描かれている聖なる竜、シルシュの姿を見かけていました。シルシュたちは夜になると城壁に放され、しかし飢死しかけていたのです。ティアマットが王宮に来たのは、シルシュたちに持参した残飯をあげるため。しかしティアマットがざくろをシルシュに差し出した時、2人は王の軍隊に見つかって捕まってしまうことに。

古代バビロンを舞台にした冒険物語。これは世界七不思議ファンタジーということで、古代の七不思議を1つずつ取り上げたシリーズなんだそうです。(話の繋がりはないみたいですが) ここで取り上げられてる七不思議は、バビロンの空中庭園。でも空中庭園にはものすごーくそそられるんですけど、結局最後まで話に入れなかったかも...。
まず残念だったのは、まずトゥエンティ・スクエアというゲームのことが良く分からなかったことですね。巻頭に古代都市バビロンの全景図や、地図、用語解説がついていて、そこにゲームの説明もあるんです。それによると、トゥエンティ・スクエアとは実際に古代バビロンで行われ、人気があったというボードゲームとのこと。でもでも、バックギャモンにルールが似てるなんて説明されても! バックギャモン自体知らないわけですし。このゲームが物語の中でかなり重要な役回りをしているので、やっぱりもうちょっと説明が欲しかったな。
それと引っかかってしまったのは、そもそもなんでティアがシルシュを助けたいと思ったのかという部分。どうやらティアマットは動物好きで、日頃近所のマスチフ犬を可愛がってるらしいんですけど、実際に犬が登場する場面では気分が乗らなくて無視しちゃってるし... これじゃあ、全然繋がりのないシルシュを助けるために危険を冒して王宮に忍び込む理由にまではならないんじゃ? しかもシルシュには毒があるという噂なのに。猪突猛進で、一度思い込んだらまっしぐらなティアなので、シルシュと心を通わせてしまった後の行動は理解できるんですけどね。
それでも古代世界の七不思議をそれぞれテーマに取り上げて、7作品を書くというのは面白いですね。ちなみに七不思議とは、エジプトのピラミッド、バビロンの空中庭園、オリンピュアのゼウス像、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟、エフェソスのアルテミス神殿、アレクサンドリアの灯台、そしてロードス島の巨像。今の時点では、七不思議2作目の「セヌとレッドのピラミッド」が刊行されているようです。(集英社)


+既読のキャサリン・ロバーツ作品の感想+
「ライアルと5つの魔法の歌」キャサリン・ロバーツ
「バビロン・ゲーム」キャサリン・ロバーツ

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「やさしい嘘」というテーマで書かれたアンソロジー。「おはよう」(西加奈子)、「この世のすべての不幸から」(豊島ミホ)、「フライ・ミー・トゥーザ・ムーン」(竹内真)、「木漏れ陽色の酒」(光原百合)、「ダイヤモンド・リリー」(佐藤真由美)、「あの空の向こうに」(三崎亜記)、「やさしい本音」(中島たい子)、「象の回廊」(中島紀)、「きっとね」(井上荒野)、「やさしいうそ」(華恵)の10編。
本当は嘘なんてつきたくないもの。でも「嘘も方便」という言葉もあるように、時には必要悪だったりもするんですよね。大切な人、大好きな人を傷つけたくなくて、悲しませたくなくて、思わず嘘をついてしまうことだってあるし... そんな時の嘘は、切ないんだけど暖かいもの。

今回、一番のお目当ては光原百合さんの「木漏れ陽色の酒」でした。これは「マノミ(魔の実)」と呼ばれる木の実を3年以上漬け込んだ酒、どんな薬師にも治せない病を治してしまうその酒をもらいに、ある夫婦が訪ねてくる話。でもどんな病も治る代わりに、この酒を飲むと最愛の人にまつわる記憶だけを綺麗に失っちゃうんですよね。いやあ、切ない話だわ... 彼も彼女も、そして彼女も彼も。
あと竹内真さんの「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」も楽しみにしてたんですよね。これも良かったな~。月を買ってソラくんにプレゼントした「爺ちゃん」は、あのじいさんなのかな? 爺さんって不動産屋さんだったっけ??(記憶が...)
なんだか全体に若さがいっぱいで楽しいアンソロジーでした。一度読んでみたいなと思ってた作家さんの作品も読めて嬉しいな。これは以前読んだ「ありがと。」(感想)と同じシリーズ(?)なんですよね。このシリーズ、なかなかいいかも。あと「 秘密。 私と私のあいだの十二話」「君へ。 つたえたい気持ち三十七話」なんかも出てるみたいです。(ダ・ヴィンチブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編
「嘘つき。 やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチ編集部編

+既読の光原百合作品の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編(「届いた絵本」)
オール讀物11月号(文藝春秋)(「扉守」)
小説NON 11月号(祥伝社)(「希望の形」)
小説推理・オール讀物・星星峡(「1-1=1」「クリスマスの夜に」「オー・シャンゼリゼ」)
「最後の願い」光原百合
光原百合ベスト3@My Best Books!
「尾道草紙」尾道大学 創作民話の会
「銀の犬」「親切な海賊」光原百合
オール讀物 2007年10月号(「写想家」)
「嘘つき。 やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチ編集部編(「木漏れ陽色の酒」)
オール讀物 2008年11月号(「旅の編み人」)
「新・本格推理 不可能犯罪の饗宴」二階堂黎人編・オール讀物 2009年8月号(「花散る夜に」「ピアニシモより小さな祈り」)
「イオニアの風」光原百合
「扉守 潮ノ道の旅人」光原百合
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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虫がついた葉を切ろうとして、丹精こめて育てていたひょうたんのつるそのものを切ってしまい、落ち込むサキ。しかしそんなある晩、サキの夢の中にそのひょうたんが出てきます。夢の中のひょうたんはつるを切られてなどおらず、つっかい棒をつたって元気に壁を登っていました。それからというもの、ひょうたんは毎日のように夢に登場し、どんどん伸びて花が咲き、実がなります。サキは夢の中のひょうたんをもいで加工、夢の中の部屋に飾ることに。そしてもう夢も終わりだろうと思ったその時、ひょうたんを持っていたサキは空に浮かんだのです。そのまま窓の外に出て、空を飛んでいたサキが降り立ったのは、古い時代の武蔵の国。そこでサキは不破麻呂という若者に出会うことに。

芝田勝茂さんの作品を読むのは初めて。風待屋 の sa-ki さんに教えて頂いたんですが、いやあ、可愛らしいお話でした! 中心となっているのは菅原孝標の女の「更科日記」(だから「サラシナ」)の中の「竹芝伝説」で、史実と虚構を織り交ぜて書かれたタイムスリップ物。タイムスリップ先は聖武天皇の時代。先日読んだ高橋克彦さんの「風の陣」(感想)よりも、ちょっぴり時代を遡った頃。
ピンクのネグリジェ姿で空から降りてきたサキは、見慣れた多摩川があんまり綺麗で、しかも人影が全然ないんで、服を脱いで川で泳いだりするんですよね。それを見ていた不破麻呂が天女伝説と結びつけてしまうところが、まず可愛い~。天女とは言っても、案外本当にそんなところかもしれないですものね。宇宙服を脱いだ宇宙人とか。(笑) でもって、不破麻呂に出会った後の古代の多摩川での描写が素敵なんです。「多摩川に 晒す手作り さらさらに 何ぞこの娘の ここだ愛しき」と歌いながらの川で布を晒す娘たちや、酒壷の中でゆらゆらとゆれてる直柄のひさごとか... 不破麻呂のひさごの歌と踊りが見てみたくて堪らなーい。
で、一旦現代に戻るサキなんですが、またこの時代に来ることになります。でも今度は天女としてではなくて、天皇の第4子の竹姫こと更科内親王として。なんでここで竹姫になっちゃうのかという必然性については、ちょっと疑問なんですが... 更級日記だから天皇の姫にする必要があるのは分かるんだけど、サキがそうなる必要は特にないですしね。でも竹姫の祖母の皇太后が語る恋物語に竹姫自身の話、そしてサキと不破麻呂の話が重なって、この時代をすごく身近に瑞々しく感じることができたので、まあいっかという感じでした。サキよりもむしろ竹姫の方が身近に迫ってきましたし。ああ、この話の後、どうなったのか気になるなあ。サキの2度目の登場の仕方からいえば、この後彼はちゃんと幸せに暮らしたんじゃないかとも思うんだけど... それはまた別の話なんですね。きっと。(あかね書房)

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その国の総理大臣・美留楼公爵の末娘・美留女姫は物語に夢中で、常に新しい珍しい物語を聞きたいと思っている姫。しかし世の中そうそう新しい物語などありはしません。ある日、道行く人々の身の上話を聞くために街に出た美留女姫は、銀杏の木の下で「白髪小僧と美留女姫」という本を見つけ、それを読みながら歩いているうちに川に落ちてしまい、白髪小僧と呼ばれる乞食小僧に助けられます。美留楼公爵は白髪小僧にお礼をしたいと思うのですが、白髪小僧は何をもらってもニコニコとしているだけ。美留女姫は、白髪小僧にはどんなお礼をしても無駄だと言い、その理由は全てこの本に書いてあると、持っていた本を読み上げることに... という「白髪小僧」他、全19編の童話集。

夢野久作作品を読むのは、「ドグラ・マグラ」以来です。「ドグラ・マグラ」も、途中までは面白かったんですけど、後半の「ちゃかぽこ」が苦手でどうにもならなくなってしまって... 最高傑作とされる作品がこれじゃあ、もう2度と夢野作品を読むこともないだろうと思ってたんですよねえ。でも先日の第38回たら本 「何か面白い本ない?という無謀な問いかけに答える。」でAZ::Blog はんなりとあずき色☆のoverQさんが「白髪小僧」を挙げてらして(記事)、あんまり面白そうなので読んでみることに。私のファンタジー的バイブルである石堂藍さんの「ファンタジーブックガイド」にも挙げられてて、題名だけは知ってたんですよね。

夢野久作が書いた童話は141編にも及ぶんだそうで、ここに収められているのは19編。どれもデビュー前の大正年間に書かれたものなんだそうですけど、それぞれに面白くて(読みやすくて)びっくり。あの「ちゃかぽこ」は一体何だったんだ...?! 状態。(笑)
でもやっぱり、この中で一番読み応えがあったのは「白髪小僧」ですね。この1冊の半分近くを占めている、最早長編と言った方がいいような作品です。白髪小僧と美留女姫の出会いは既に物語として本に書かれていた... という枠物語なんですけど、中の物語が外側の枠よりも大きくなってしまって、結局どちらが枠なのか分からなくなってしまうんです。白髪小僧は、実は藍丸国という国の王様だったとして、その藍丸国の天地創造的なお話も入っていて、どうやら別世界らしいと分かるんですけど、そこには美留女姫と瓜二つの美紅という公爵令嬢がいて、さらにはこれまた瓜二つの美留藻という海女がいて、お互いにお互いのことを夢に見ていて...
...とまあ、そんな物語なんですが、結局未完のまま終わってます。解説には「失敗作であるがゆえに傑作となりえた稀有な作品である。」とありました。確かに収拾をつけられなかったという意味では失敗作なのかもしれないですけど、でもこれはほんと、無理に収拾をつけようとして、こじんまりとまとまったりしなかったところがいいんでしょうね。書いた夢野久作は不本意だったかもしれないし、読んだ人は無限ループの罠に落ち込んでしまうんですけど...(笑) でもこれはすごい。裏返される感覚が堪りません。今の時点で2度読んだんですけど、もうちょっと何度か読み返してみたいです。やっぱり「ドグラ・マグラ」よりもこちらから入るべきだったな~。(ちくま文庫)

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ナチスによって著書が焚書の対象となり、執筆・出版を禁止されたエーリヒ・ケストナーが、その執筆禁止を逆手にとって、既存の物語の再話なら執筆には当たらないだろうと、「ほらふき男爵」をはじめとする広く知られたお話を子供のために再話したもの。ドイツ国内では出版できなかったため、スイスで出版され、スイス経由でドイツの書店に登場したのだそうです。ここに収録されているのは、「ほらふき男爵」「ドン・キホーテ」「シルダの町の人びと」「オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「ガリバー旅行記」「長靴をはいた猫」の6編。

ここに収められた6編のうち、私が元々の作品を読んでいるのは「ほらふき男爵」「ガリバー旅行記」「長靴をはいた猫」の3編だけなんですが(「ドン・キホーテ」は、児童用の簡易版なら読んでるんですけど、大元のは未読)、どれも元々の話のそのままの筋なのに、ケストナーらしさがよく効いていて、お話の面白さが元のお話以上に際立っているような気がしました。テンポもいいし、ケストナー独特の語り口が楽しい~。特に「ガリバー旅行記」と「ドン・キホーテ」は元々大人向けとして書かれた本ですしね。子供が読むには、このケストナー版の方が絶対面白いでしょうね。(「ガリバー旅行記」の大人版を読んだ時は、この作者絶対病気だわ、と思った覚えが...)
ゲシュタポに2度も逮捕されながらも、周囲の作家が一斉に亡命していく中、ドイツ国内に留まって自国の崩壊を見つめてきたケストナー。でも、常に社会風刺には富んでるんですが、悲惨さや哀しさは作品に現れることがなくて、作品はあくまでも伸びやか。窮屈なところが全然ないのがすごいです。で、そこにケストナーの作品でお馴染みのレムケの挿絵がぴったり。そしてレムケの死後は、後輩のトリヤーが後を引き継いでいます。(ちくま文庫)


右手の人差し指の爪がバキッと割れてしまって、キーボードを打つのがツラい...
いえ、かなりマシになったんですけどね。イタタ。


+既読のエーリヒ・ケストナー作品の感想+
「点子ちゃんとアントン」エーリヒ・ケストナー
「ケストナーの『ほらふき男爵』」E・ケストナー
Livreに「雪の中の三人男・ガス屋クニッテル」「消え失せた密画」「一杯の珈琲から」の感想があります)

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16年ぶりに三軒茶屋を訪れた有坂祐二は、かつての恋人・江上奈津美と歩いた道や一緒に行った店を辿るうちに、香菜里屋という店を見つけ、思わず中に入ることに... という「螢坂」他、全5編の連作短編集。「花の下にて春死なむ」「桜宵」に続く、ビアバー「香菜里屋」シリーズ第3弾です。

今回もとても美味しそうな作品群でした! 美味しいシリーズだというのは頭では分かってても、前もここまで美味しそうだったっけ... と改めて驚いてしまうほど料理は美味しそうだし、香菜里屋という空間はとても居心地が良さそう。もちろんマスターの工藤哲也も相変わらず魅力的です。客の話すどんな小さいことも、どんな小さい出来事も見逃さずに、正しい筋道を見つけてしまうマスター。今回は「死」と密接に結びついている分、謎が解き明かされても救いとはならないこともあって、いつもよりも重めの話が多かったように思うんですが、それでも生々しい傷を負った心が柔らかく揉み解されて、辛い情景が過去の風景へと変わっていくのは、マスターの人柄というものでしょうね。ほろ苦くて切なくて、でも暖かい物語。この中で私が一番好きだったのは「双貌」でした。これは小説家による作中作が登場して、他の4編とはちょっと違う雰囲気の作品です。
「桜宵」から登場している工藤の旧友・香月が、「雪待人」でも意味深な一言をもらしてるし、次は工藤の過去が明かされる内容になるようですね。どんな話になるのかいつも以上に楽しみ~。これは単行本が出たらすぐ読まなくちゃ!(講談社文庫)


そして北森鴻さんといえば、11月24日(土)三重県名張市主催の、「第17回なぞがたりなばり講演会」に出演されることが決定したそうです。テーマは「旅とミステリー ~乱歩と香菜里屋の不思議な邂逅~」。名張市は江戸川乱歩生誕の地ということで、毎年豪華なゲストを招いて講演会を開催してらっしゃるんです。去年は綾辻行人さん、その前は有栖川有栖さん、その前は福井晴敏さん、高村薫さん、真保裕一さん、馳星周さん、北村薫さんと宮部みゆきさん...
乱歩と香菜里屋の不思議な邂逅だなんて、一体どんなお話になるんでしょうね? 美味しいお話もたっぷり聞けるかも? 興味のある方はコチラまでどうぞ~。

あとイベントといえば、11月11日(日)立教大学キャンパスで行われる日本推理作家協会60周年イベント「作家と遊ぼう!ミステリーカレッジ」も面白そうです。参加作家さんが、ものすごーーく豪華だし、企画もそれぞれにとっても楽しそう。全部で6時間ほどのイベントなので、どれに行くか迷ってしまう人も多いかも? 参加作家さんとして名前が挙がっていなくても、ふらりと遊びに来る作家さんも多そうです。詳細はコチラ

ということで、ちょっぴり回し者になってみました。えへ。


+シリーズ既刊の感想+
「花の下にて春死なむ」「桜宵」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「螢坂」北森鴻

+既読の北森鴻作品の感想+
「共犯マジック」北森鴻
「蜻蛉始末」北森鴻
「親不孝通りディテクティブ」北森鴻
「瑠璃の契り」北森鴻
「写楽・考」北森鴻
「暁の密使」北森鴻
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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雪沼の小さなボーリング場、リトルベアーボウル最後の日。午前11時からの営業だというのに、夜9時を回っても誰1人として客がなかったその日、見切りをつけて壁の照明を落とした時に入ってきたのは、トイレを借りたいという若い男女でした... という「スタンス・ドット」他、山間の静かな町である雪沼とその周辺に住む人々を描いた全7編の連作短編集。

堀江敏幸さんの作品を読むのは今回が初めて。今までたらいまわしの時などにお名前を見かけていてずっと気になっていたんですが、ようやく読めました。
いやあ、良かった。解説で池澤夏樹さんも書いてらっしゃるんですけど、読んでいる間、まさに自分も雪沼にいるような気がしてくるような作品群でした。雪沼という場所の空気をそのまま感じることのできるような... 雪が降る時の匂いまで感じられそう。そしてこの雪沼で暮らしている人々。他人から見たら、平凡極まりない人生かもしれないんですけど、それぞれにとってはただ1つのかけがえのない人生を、彼らなりにきちんと向き合って生きてるんですよね。その中でとても強く感じたのは、「死」の存在。それぞれの物語の中では過去の話も多く語られていて、身近な人間の死の思い出も多いんです。それに中心で語られている人物もそれぞれに人生の終盤に差し掛かっていて、そう遠くない将来の「死」を感じさせます。でも落ち着いた筆致で描かれているので、過去の「死」は遠景として眺めることができるし、登場人物たちもそれぞれに自分の遠くない「死」そのことを静かに受け入れている、もしくはその時になればごく当たり前のこととして静かに受け止めそうな感じ。だからこんな静かな力強さが生まれるのかなあ...。読後、しみじみとした余韻が残りました。堀江敏幸さんの作品、他のも読んでみたいです。(新潮文庫)


+既読の堀江敏幸作品の感想+
「雪沼とその周辺」堀江敏幸
「いつか王子駅で」堀江敏幸

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アルテミス・ファウルは、何世代にも渡って悪事を働いて金を蓄えてきたた伝統的な犯罪一家・ファウル家の12歳の少年。乗っていた船がロシアのマフィアに木っ端微塵にされて父親が消息不明となって以来、母は神経症になって寝たきりの生活。アルテミス・ファウルは学校にも行かずに、父の事件で失った家運の挽回のための計画を立て始めます。それは妖精から黄金を奪う計画。人間と同じように金の好きな妖精は、それぞれに黄金を隠し持っているのです。そのためにアルテミスは「妖精の書(フェアリーズブック)」を入手し、妖精の言葉を人間の言葉に翻訳。妖精の思考回路や行動パターンを掴み、綿密な計画を立て始めます。

「アイルランドのハリー・ポッター」「悪のハリー・ポッター」などと称されて、出版前から大きな話題になったという作品。元は児童書のファンタジーでハードカバーなんですが、最近はこういう作品が文庫で読めるのが嬉しい~。
そしてこの作品が普通のファンタジーと違うのは、登場する妖精の設定。ここに出てくる妖精は、よくある「綺麗」「可愛い」「不思議」のイメージでもなく、かといってアイルランド系の妖精のようなちょっぴり意地悪なイメージでもなく... 強いて言えば、未来人間みたいな感じでしょうか。昔ながらの魔法の力は持っているんですが、人類よりも遥かに科学技術が進んでいて、すっかりハイテク武装をしてるんです。そもそも「レプラコーン」(アイルランドの伝承に出てくる妖精の種類)という言葉の起源が、実は「LEP(地底警察(ロワー・エレメンツ・ポリス)レコン」だというのが可笑しいところ。そして対するアルテミス・ファウルは、12歳ながらもその能力は計り知れないという神童という設定。伝統的な犯罪一家に生まれ育ってるので、ただ賢いというよりも、悪知恵が働くって感じなんですけどね。なのでアルテミス・ファウルと妖精の戦いは、妖精の伝統的な魔法+科学技術vsアルテミス・ファウルの情報収集+悪知恵 なんですが...
うーん、ちょっと期待はずれだったかな。
というのも、肝心のアルテミス・ファウルに全然魅力が感じられなかったんですよね。別に善と悪の対決でなくても全然構わないので、これでアルテミス・ファウルに悪の魅力があればきっと楽しめたと思うんですけど... 天才的な頭脳の持ち主という面もそれほど実感できなかったし、悪の少年のはずが、例えば母親の病状にうるうるしてるところなんかもどうも...。(悪の少年の意外な一面で、きっといい所なんでしょうけど) だからといって、妖精の方もイマイチよく分からなかったし...。一番良かったのは、アルテミス・ファウルのボディガードのバトラーだったな。あと、せっかく入手した「妖精の書」(妖精にとってはバイブルのようなもので、アルテミス・ファウルの主な情報源)の出番が、ほとんど最初だけだったというのも残念だったんですよねえ。せっかく魅力的な小道具なんだから、もっと活躍させて欲しかったです。(角川文庫)

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老いたヴァンパイアの姫君に長年仕えてきたヴァシュは自分の死期を悟り、自分の後任となる者を探し始めます。そしてヴァシュが目をつけたのは、自分から金を巻き上げようとした青年・スネークで... という「別離」他、全9編が収められた短編集。

河出書房新社の奇想コレクション。中短編に関してタニス・リーの脂が最も乗っていたという1979年から88年にかけて発表された作品の中から、本邦初訳の9編を選んだという短編集です。タニス・リーの本領はファンタジーとホラーの中間領域の「幻想怪奇小説」にあるということから、SF系の作品は省いたセレクト。いやあ、ここのところ作品が続けざまに邦訳されてたのは嬉しかったんですけど、ジュヴナイルだったり、タニス・リーにしては...うーん... という作品が続いてて、正直物足りなかったんですよね。でも、これは久々にタニス・リーらしい作品でした~。私の一番のお気に入り「闇の公子」にはちょっと及ばないんですけど、タニス・リーらしい妖しい美しさがいっぱい。絢爛豪華で幻想的で官能的。ほの暗い夜を感じさせる作品群。「現代のシェヘラザード姫」という異名は、やっぱり彼女に相応しい!
タニス・リーの短編は、短いのに世界の広がりを感じさせてくれるところが好きなんですが、この作品の配列も絶妙。編者の中村融さんは、「いま・ここ」から次第に遠ざかるように作品を並べたのだそうです。これによって、さらに世界が広がるような感覚...。大体どの作品も良かったんですが(好みではないのも、実は少し)、私が特に好きだったのは「別離」「美女は野獣」「魔女のふたりの恋人」「愚者、悪者、やさしい賢者」、「青い壷の幽霊」辺り。その中でも、タニス・リー版「壷中天」の「青い壷の幽霊」が一番好みだったかな。あと「魔女のふたりの恋人」も好き好き♪
タニス・リーの未訳の短編はまだまだ沢山あるんです。ぜひともこの本の第2弾を出して欲しい~。それと、もちろん長編も。例えば「美女は野獣」は、フランス革命をモチーフとした大作歴史小説「The Gods Are Thirsty」からの派生作品なのだそう。その本編の方もぜひとも読んでみたいです~。(河出書房新社)


+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

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父の転勤で北九州に引っ越すことになった、小学校5年生の高見森(シン)。東京では腕白のいじめっ子として問題児扱いをされていた森ですが、引越し当日の夜にはこっそり外に抜け出て、パックという少年と一緒に社宅の屋根に上り、翌朝には同じ登校班の子供たちにもすんなりと受け入れられて、今度の学校では楽しくやれそうな予感。しかし、てっきり一緒に学校に通うとばかり思っていたパックの姿が見えないのです。しかも周囲の子供たちに聞いても、みんな口を濁すばかりで...。

講談社ミステリーランドの第13回配本。加納朋子さんらしく、とっても可愛らしいお話でした~。
大人から見れば単なる乱暴者の森なんですが、実は意外と素直な少年。話の合いそうな転校生と友達になりたいと思った時も、おばあさんのアドバイス通りにしてるし... いや、これに関しては、今時の少年が本当にそんなことをするのか?! とも思っちゃうんですけどね。それまで森の周囲にいた子供たちは、森がそんなことをするなんてまさか思わなかったでしょう... 地方によって子供たちに違いがあるなんて書きたくないんですけど、やっぱり大人になるのが早い分、大人の色眼鏡ごしに物事を見てしまいがちなのかも、とか思ってしまうー。それに比べて、北九州の子供たちの可愛いことったら。彼らの話す北九州弁が、またいいんです。これですっかり親しみが湧いてしまいました。...ええと、肝心の謎に関してはそれほどでもなくて、少年たちの冒険譚といった要素の方が強かったんですが、それでも社宅という条件がすごく利いてると思ったし、夢がありながらほろ苦い現実もあるところが良かったです。爽やか~。
「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」と言いつつ、今までは「かつて子どもだったあなた」向けの作品が多かった気がするミステリーランドのラインナップの中では、純粋に「少年少女のため」に近い作品かも。(そしてこの表題の文字が可愛い! 可愛すぎる! こんなPC用フォントがあったら、絶対欲しいー)(講談社ミステリーランド)


+既読の加納朋子作品の感想+
「てるてるあした」加納朋子
「ななつのこものがたり」加納朋子
「モノレールねこ」加納朋子
「ぐるぐる猿と歌う鳥」加納朋子
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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1957年5月のパリ。フルート奏者のラファエル・ルパージュのアパートを訪れたのは、ドイツからパリにやって来たばかりの20歳のサフィー。ラファエルが新聞に出した家政婦募集の広告を見てやって来たのです。会った途端、ラファエルはサフィーの現実に対する無関心な態度に魅了され、翌6月には2人は結婚。しかし1人息子のエミールが生まれても、サフィーの無関心さには変化がなかったのです。そんなある日、ラファエロのバス・フルートを修理に持って行ったサフィーは、そこで出会った楽器職人のアンドラーシュと突然激しい恋に落ちてしまい...。

第二次世界大戦が終結して12年という、まだまだ戦争の傷の生々しい時代に出会うことになった、3人の男女の物語。
ラファエルは、父親をドイツ人のせいで亡くしているフランス人。ハンガリー系ユダヤ人のアンドラーシュも、多くの血縁をナチスのせいで失っています。そしてドイツ人のサフィーの父は、ナチスの協力者。それだけでも十分すぎるほどなのに、サフィーは母親と一緒にロシア人兵士に陵辱された経験があって、そのために母を失っていて、ロシアに代表される共産主義者は忌み嫌うべき存在だというのに、アンドラーシュはアルジェリア戦争を支持す共産主義者。そしてこの物語の背景となるシャルル・ドゴール時代は、かつてドイツにやられたことを別の相手にやり返そうとしているかのように、フランスはアルジェリア人を大量に虐殺してるんです。本来なら、問答無用で憎み合ってもおかしくない3人なのに、惹かれあってしまうんですね。でも相手に惹かれるということは、その背景をも一緒に受け入れるということに他ならないわけで。
そんな重い愛が描かれていながらも、同時にとても静かで透明感のある作品でした。それにとても映像的。特にサフィーがアンドラーシュに恋した後は、それまでのモノクロームな画面がいきなりフルカラーに変わってしまったような鮮やかさがありました。いそいそと乳母車を押して楽器工房へと向かうサフィーの姿、アンドラーシュと散歩をするサフィーの姿などがとても鮮やかに印象に残ります。そしてそんな場面を眺めていると、ラファエルの奏でるフルートの音色や、アンドラーシュの工房での音楽が遠くから聞こえてくるという感じ... 美しい。

ちなみに原題「L'EMPREINTE DE L'ANGE」は、「天使の刻印」という意味だそうです。ユダヤ人には、赤ん坊が生まれる時に天使が鼻と唇の間に指をおいて天国での記憶を消し去るから、赤ん坊は純粋で無垢なまま地上に生れ落ちるのだという伝承があるのだとか。そんな風に無垢に生まれついたはずの人間がいつの間に無垢でなくなってしまうのだろう... というサフィーの言葉もとても印象に残りました。(新潮クレストブックス)

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「Menu」「Aors d'Oeuvre」「Fish」「Meat」「Specials」「Beverages」「Desserts」と、フルコースのメニューになぞらえた章立てで、翻訳家の柴田元幸さんが主にアメリカ文学の中の食べ物を紹介していく本。あとがきとして、挿絵を描いた吉野朔実さん、一日従業員だという都甲幸治さんとの対談付きです。

美味しそうな料理が登場する本は大好き。自分も食べてみたくてうずうずするし、読んでるだけでも楽しいですよね。そんな美味しそうな作品っていっぱいあると思うんですが... この本を一読して驚いたのは、これだけ料理の場面を紹介しておきながら、美味しそうな料理がほとんどないこと! 一番美味しそうだったのが、柴田元幸さんの小学校時代の給食の鯨の話なんですよー。たまに美味しそうだと思えば、紹介されるだけで品切れと判明してしまうし、大抵のは全然食べてみたくなりません。「オードブル」の中の「根菜類等」の章なんて、かつてミスター・ポテトヘッドというゲームで使われたじゃがいもが、そのまま箱の中に放置されて、今はすっかりしなしなに萎れてる話とか... あとこの章には、医者が83歳の老人の腸から取り出した良性のポリープをキクイモとして料理して、兄夫婦にご馳走してしまうなんて話もありました。^^; (これは強烈だった)

これを読んでると、海外作品ってそんなに料理が不味そうだっけ? なんて思ってしまうんですけど、そんなことないですよね。子供の頃読んだ本にも美味しそうな本はいっぱいあったし。私の中ではワイルダーの「農場の少年」が一番なんですが、その他にも「ちびくろさんぼ」のホットケーキとか、「ハイジ」のおじいさんのチーズとパンの食事とか。「秘密の花園」のはちみつたっぷりのおかゆ、食べてみたかったなあ。それなのになぜそんな不味そうな料理ばかり? と思ったら、対談にこんな言葉がありました。

上手くいってる恋愛の話なんか聞きたくないじゃないですか。それと同じように、旨い食べ物の話を聞くぐらいなら自分で旨いものを食べたいと思うから、人は旨い食べ物の話なんか読みたくないだろうというのが、僕の頭の中のロジックなわけです

な、なるほどね。そういうものなのでしょうかー。

やっぱり、だから『アンナ・カレーニナ』の出だしの、幸福な家庭はどこも似たようなものだが、不幸な家庭はみんなそれぞれ違っている、それぞれの不幸があるという、あれですよ。あれと同じで、おいしい食べ物はみな似たようなものだが、不味い食べ物には、それぞれ独自の不味さがある... 違うか。(笑)

そこまで!(笑)

どうやら、アメリカの日々のベーシックな食事がとーっても不味いということも関係してるようなんですけどね。(そんなに不味いの?) 
吉野朔実さんの「あんまり不味いものの話を聞くと、ちょっと心惹かれるんですよね。一度ぐらい、それを口にしてみようかなって」という言葉も可笑しかったです。食べてみたくなるかどうかは不味さの質によるんだけど、この言葉って読書にそのまんま当てはまりますね。あんまりぼろくそにケナされてると、逆に読みたくなってみたり。

と、そんな風に不味そうな料理が勢ぞろいしてるんですけど、紹介されてる作品には面白そうなのがいっぱい。いや、「面白い」というよりもむしろ「妙」や「変」という言葉が相応しい作品かもしれないんですが... 柴田元幸さんの読み方も時々妙にマニアックですしね。(というより妄想系? 笑) でも、料理が料理として純粋に存在しているのではなくて、小説の中の負の要素を強調するような使い方をされているのが分かったりなんかして、その辺りも面白かったです。(角川書店)

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聖武天皇による寺院建立や大仏鋳造が続いた天平21年、陸奥から黄金が発見されたという知らせが朝廷に届きます。日本初の黄金産出の知らせに、陸奥に対する朝廷の眼差しは一変。そしてその黄金を陸奥守に貢いだのが父の丸子宮足であったことから、丸子嶋足は陸奥守について都に上ることに。嶋足はかねてから都で自分の腕を試したい、いつかは陸奥守となって故郷に戻り、陸奥を都と変わらない国にしたいと考えていたのです。そして嶋足が都に上って8年の歳月が流れます。右兵衛府の見回りの長になっていた嶋足の前に現れたのは、同じく陸奥の出身である物部天鈴。嶋足は天鈴の助けを得て、やがて左衛士府の坂上苅田麻呂の片腕となることに。

ここに登場する坂上苅田麻呂は、「火怨」の坂上田村麻呂のお父さん。「火怨」の前日譚的作品なんですねー。
今回読んだのは、「立志篇」「大望篇」「天命篇」の3巻。読んでる最中は、この3冊で完結するのかと思い込んでたんですが、「天命篇」を読んでる時に、どうも終わりそうもないなあ、と気づきました...。調べてみたら、先月4巻「風雲篇」の単行本が出たところじゃないですか。しかも、今は5巻目に当たる「裂心篇」が連載中ですって。ここで一旦主人公が別の人物に変わっているとか。とは言っても、また嶋足に主人公が戻るんだろうし... 一体、何巻までいくんだろう?(笑)
「立志篇」は橘奈良麻呂、「大望篇」は藤原仲麻呂(恵美押勝)、「天命篇」は弓削道鏡と、それぞれに時の権力者を抱きこんでわが世の春~♪ を謳歌しようとしてたり、実際謳歌してた人たちを、嶋足や天鈴が蝦夷のために追い込んでゆくさまが描かれています。話そのものもすごく面白いんですけど、例えば吉備真備とか和気清麻呂なんかも登場して、自分の中では名前だけの存在だった人たちがどんどん繋がって広がっていくのが、また面白いんですよね~。教科書で読んでる分には、あんなに面白くなかったのに。歴史物の醍醐味ですね。これは続きも楽しみです。
3巻合わせて全部で46の章があるんですけど、その章題全てが風にまつわる言葉なんです。これがまた想像力をかきたててくれて、いい感じです。(PHP文庫)


更新にちょっと間があきましたが、実はちょっと熱を出したりして体調不良...。その間に第38回たら本も始まっていたようですね。今回のお題は、「何か面白い本ない?」という無謀な問いかけに答える、です。主催はりつこの読書メモのりつこさん。(こちら
体調の悪さもあるんですけど、この問いかけにはイタイ思い出が色々と... しかもなんだか生々しく蘇ってきちゃったので、今回は参加できないかもしれません。うむむ。


+シリーズ既刊の感想+
「火怨 北の燿星アテルイ」上下 高橋克彦
「天を衝く 秀吉に喧嘩を売った男・九戸政実」1~3 高橋克彦
「炎立つ」1~5 高橋克彦
「風の陣」1~3 高橋克彦

+既読の高橋克彦作品の感想+
「白妖鬼」高橋克彦
「闇から招く声」高橋克彦
「鬼」高橋克彦
「空中鬼」高橋克彦
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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目の前を行く女性の尻に目を奪われて、思わず付いて行ってしまった鍵和田巴は、それが中学時代の友人・服部ヒロシの姉のサトだということに気づきます。それがきっかけで、巴はかつての同級生の家に招じ入れられることになるのですが... という表題作「「余は如何にして服部ヒロシとなりしか」他、全4編の収められた短編集。表題作は、第12回ホラー小説大賞の短編賞受賞作。恒川光太郎さんの「夜市」がホラー大賞を受賞した時の短編賞です。ペンネームの「あせごのまん」とは、「あせご」という場所の「まん(化け物・憑き物)」という意味だとのこと。どうやら「あせごの」が苗字みたいですね。

前エントリに続いて、これも頂き物。ホラー系は基本的に苦手なので、滅多に読まないんですけど、この表題作は、結構気に入ってしまったわ!  選者の荒俣宏氏が「異様に気に入った」という作品なんですけど、その気持ちが分かる~。でもこれは、気に入る人は異様に気に入るし、それほどでもない人にはそれほどアピールしない作品かもしれません。私の場合、ごく普通のはずが日常の情景が少しずつズレていくというのは元々好きだし、この作品はまるで夢を見ているように逃げ出すことができないまま、不条理感にがんじがらめになっていく感じなんですよね。それも好き。妙な迫力があります。この雰囲気を盛り上げている各所の描写の気持ち悪さも堪らないし。
その他は、「浅水瀬」「克美さんがいる」「あせごのまん」の3編。「浅水瀬」はあまりにも予想できるオチなんですけど、この本の中では一番ホラーらしいホラー作品。きっと、分かっていてもあえて楽しめる、というところを狙った作品なんだと思います。「克美さんがいる」も予想できるオチなんですが、もう少しミステリ的かな。リアルな怖さがあって、私は「浅水瀬」よりもこっちの方が好きでした。最後の「あせごのまん」は、なんと土佐弁で書かれた作品。岩井志麻子さんの「ぼってえ、きょうてえ」を思い出すなあ。(角川文庫)

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そこにある古い石の壁が名前の由来となっているウォールの町。壁のただ1つの穴の向こうには妖精の国が広がっており、普段は誰も抜け出せないように、穴には見張りがつけられています。しかし9年に1度の5月1日、壁の向こうの草原に市が立つ日だけは、見張りも警戒を緩める日。そしてトリストラン・ソーンは、そんな市の日に人間の父が妖精の母に出会ってできた息子。17歳になったトリストランは、その界隈で一番の美人のヴィクトリアのために、一緒に見た流れ星を拾ってくる約束をして、壁を抜けて妖精の国へと向かうことになるのですが...。

頂き物です。
訳者あとがきには、「ハリー・ポッター」は「子ども向けだけど、大人も楽しめる」作品で、こちらの「スターダスト」は「大人向けだけど、子どもも楽しめる」と書かれてたんです。でも、実際に読んだ印象としては「ハリー・ポッター」よりも子供向けのファンタジーという印象。確かにアダルト~な場面もあるんですけど、それさえなければ、児童文学として読んだ方が楽しかったと思うんですけよね。読み方を間違えちゃったかも...。町と隣り合わせに妖精の国があるという設定は好きだし、9年ごとに開かれる市というのもソソるところ。これで旅がもっと波乱万丈でじっくり書き込まれてたら、もっと面白かったはずなのに、比較的あっさりとおわっちゃってびっくり。小説というよりも、むしろ映画のノベライズを読んでるような感じでした。この作品は、実際映画化されてるそうなんですけどね。ニール・ゲイマンは作家であると同時に脚本家でもあるそうだし、この作品も最初から映画のための書かれ方をしているということなのかな?
訳者あとがきに書かれているように、「ちょっと初々しく、ちょっとストレートで、ちょっとほほえましく、ちょっとはにかみがちで、思いっきりロマンチック」な作品。ニール・ゲイマンって、今ものすごく人気がある作家さんなんですってね。イギリスやアメリカでは、ちょっとしたタレント並みの人気みたい。調べてみると、「コララインとボタンの魔女」とか「ネバーウェア」とか「アナンシの血脈」とか面白そうな作品があるようなので、ちょっとチェックしてみようと思います。(角川文庫)


+既読のニール・ゲイマン作品の感想+
「スターダスト」ニール・ゲイマン
「コララインとボタンの魔女」ニール・ゲイマン

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お目当ては、光原百合さんの「写想家」。これは潮ノ道幻想譚のシリーズ最新作で、今回登場するのは、フォトアーティストの菊川薫。
この「フォトアーティスト」というのが、実は... ふふふ。題名も「写真家」じゃなくて「写想家」ですし。読む前は、何だろう? って思ったんですが、読んでみるとその意味がすごく分かる! 撮った写真、実物を見てみたいなあ。...とも思ったんですが、文章から具体的なイメージが目の前に浮かび上がってきたので、やっぱり見せてもらわなくてもいいかも。(笑)
この作品は、今回シリーズの5作目。毎回少しずつ不思議なことがあって、少しずつ繋がってるんですが、今回「閉め出し」とか「わたしたちのきまりごと」とか、気になる言葉があったんですよね。そろそろ俯瞰的にシリーズ全体を眺めたくなってきました。続きも楽しみ~。

あと今の時点で読んでるのは、森絵都さんの「あの角を過ぎたところに」と、柴門ふみさんの「結婚力講座」。
森絵都さんの方は、ほのぼのするのかと思いきや、最後にゾクッとさせられるような話でした。そして「結婚力講座」は、柴門さんと土屋賢二さんの対談。これは結構面白かったなあ。「続く結婚」と「続かない結婚」の違いは何なのか、そこには「結婚力」というものが存在するのでは? という話です。私自身は、「男は」とか「女は」とか決め付けるのも決め付けられるのも嫌いだし、そういうのを読んでカチンとくることもあるんですけど、まあ、男女別の傾向みたいなものは確かにありますしね。今回は、へええ~とすっかり他人事で読んでたので楽しかったです。ここに書かれてる「結婚力」の中には、それはどうよ?って思う部分も結構あったんですけど(例えば「妻へは褒め言葉か楽しいジョーク以外話しかけないことだ」とか。私だったらそんな夫は要らないな)、意外な組み合わせで長続きしてる人たちもいるし、やっぱりコツはあるんでしょう。
でも、「ノルウェイの森」があんなに女性に売れたのは、言葉で女を喜ばせる場面が沢山あったから、という言葉にはびっくり! そうだったのか、知らなかった。だから私には全然アピールしなかったのか。納得。(笑)


+既読の光原百合作品の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編(「届いた絵本」)
オール讀物11月号(文藝春秋)(「扉守」)
小説NON 11月号(祥伝社)(「希望の形」)
小説推理・オール讀物・星星峡(「1-1=1」「クリスマスの夜に」「オー・シャンゼリゼ」)
「最後の願い」光原百合
光原百合ベスト3@My Best Books!
「尾道草紙」尾道大学 創作民話の会
「銀の犬」「親切な海賊」光原百合
オール讀物 2007年10月号(「写想家」)
「嘘つき。 やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチ編集部編(「木漏れ陽色の酒」)
オール讀物 2008年11月号(「旅の編み人」)
「新・本格推理 不可能犯罪の饗宴」二階堂黎人編・オール讀物 2009年8月号(「花散る夜に」「ピアニシモより小さな祈り」)
「イオニアの風」光原百合
「扉守 潮ノ道の旅人」光原百合
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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大学に入る時に、それまで続けていた陸上競技をやめて自転車のロードレースを始めた白石誓は、今は国産自転車フレームメーカーが母体のチームに所属する選手。チームのエースは33歳のベテラン、石尾。そしてその次の位置につけているのが、誓と同期でまだ23歳の伊庭。誓はエースを狙うほどの実力ではなく、アシストに徹した走り。そして日本で行われる数少ないステージレース、ツール・ド・ジャポンに、誓も出場することになります。しかしその中の南信州での山岳コースで、思いがけず誓が総合トップに踊り出てしまうのです。その時、エースの石尾にまつわる3年前の黒い噂が明るみに出て...。

近藤史恵さんの、久々のノンシリーズ作品。近藤史恵さんにしてはちょっと珍しい雰囲気かな。自転車のロードレースの話です。今まで自転車競技には全然興味も知識も無かった私なんですけど、いやあ、面白かった!

まず、この本で知ったこと。

・自転車のロードレースは、紳士のスポーツとも、この世で最も過酷なスポーツとも呼ばれる。
・集団の先頭を引っ張る選手が空気抵抗を1人で引き受けることになるので、レースの最中でも、相手がライバルだったとしても、順番に先頭交代するのがマナー。(紳士のスポーツたる所以の1つ)
・ロードレースにはエースとアシストという役割分担があり、実際には個人競技というよりも団体競技に近い。
・アシストはチームのために、時にはエースの風除けとなり、時にはエースとは違う場所でレースを作る。エースの自転車にトラブルがあった時は、アシストが自分の自転車を明け渡すこともある。

まあ、ほかにも色々あるんですが(紳士協定的な暗黙の了解がいっぱい)、内容を読む上で重要なのはこのぐらいでしょうか。作品の中には、うちから比較的近い地名も登場してて、確かにそこの道で自転車のトレーニング姿をよく見かけてはいたんですけど、こういうことをやっていたとは、ほんと全然知らなかった。でもこれが素直に面白くて~。本当の自転車レースを見たくなってしまったわ! 自ら1位でゴールするよりも、アシストに徹する方が好きだという主人公の気持ちにも共感してしまったし。でも、アシストに徹したい主人公の思いとは裏腹に、思いがけずエースへの道が開けてしまって、周囲の人間の主人公に対する視線や態度が変わっていくんですね。それにつれて、様々な思惑が交錯して。
でもそんな風にロードレースの魅力とか、それにまつわる人間ドラマを描く作品だったはずなのに、さすが近藤史恵さん。ミステリ作品でもありました。しかもそのミステリ部分がいいんです~。そういう風にミステリが絡むと、思いがけない人間の暗部が見えてきたりするものだし、近藤作品だからこそ尚更そうなりそうなところなんですけど... この解決は良かったな。自転車のロードレースがそれまで以上に理解できたような気がします。...本当にそこまで...?という部分も正直ちょっぴりあるんですけど、でも良かった。ほおおっ。

自転車を扱った作品といえば、竹内真さんの「自転車少年記」もそうですね。この作品とはまたタイプが違いますが、あれもとっても爽やかな青春小説でオススメです~。今度テレビで自転車のロードレースをやってることがあれば、見逃さないようにしようっと。(新潮社)


+既読の近藤史恵作品の感想+
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「にわか大根」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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1950年代、アイオワのエイムズは、離婚した夫婦は1組だけ、殺人事件が起きたのは1回きり、アルバイトといえばベビーシッターかトウモロコシの雄穂摘みぐらいしかないような、静かな時代の静かな町。そんな小さな町での、「何も起こらなかった」けれど様々な思い出が濃密に詰まっている少女時代を描く、スーザン・アレン・トウスの回想録。

ああー、古き良きアメリカ! 作者自身冒頭で、当時は通販カタログの表紙の写真のような、背が高くてハンサムな夫と頬の赤い2人の子供、アイリッシュセッターに囲まれてピクニックをしている美人でお洒落な女性が理想の姿だったと書いてるんですけど、でもほんと、読んでいたら一昔前のアメリカのコマーシャルに出て来そうな、そんな幸せそうな情景を思い浮かべてしまいました。作者のスーザン・アレン・トウス自身は、早くに父親を亡くして母子家庭だったんですけどね。本に収められていた家族写真が、まさにそのイメージだったし~。髪の毛がくるくるとカールして可愛らしい姉妹と、(それほどハンサムではないけれど)優しそうな笑顔のお父さん、そして美人でお洒落なお母さん。(いかにも働く女性という知的な雰囲気)
現在の1人娘とのやり取りの合間に、思い浮かぶままに思い出を連ねていったというような回想録で、あまり整理されているとは言えないかもしれないんですけど、そのさりげなさが読んでいてとても心地よかったし、1人の少女の等身大の姿が伝わってくるところが、とても素敵でした。少女たちの親友作りと水面下でのライバル関係、男の子たちの目を意識しながらのプールやパジャマ・パーティ。パーティのためのドレスを自分で作るのは当たり前で、自分を最大限に魅力的に演出するために知恵を絞り、男の子とは時間をかけて恋を育んだ時代。作者自身が「男女交際の速度が高速道路並みにスピードアップされ、わたし自身、すぐにベッドに誘おうと試みない男性がいると、ゲイかもしれないわと思う今の時代には、とても信じられないかもしれないけれど」と書いているように、今のアメリカには、こんな恋愛はもうないんでしょうね。でもこんな風にゆっくりと手探りで進んで、一線を越えるかどうかで悩んじゃうような恋愛の方が、精神的には遥かに豊かに感じられちゃうな。
なんだか少女たちのざわめきやくすくす笑いが聞こえてきそうな回想録で、良かったです!(新潮クレストブックス)

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漫画家の吉野朔実さんが「本の雑誌」に連載している「吉野朔実劇場」の3冊目と5冊目。1・2冊目が以前角川文庫になったので、3冊目以降もそれを買おうと思って待ってたのに、全然文庫にならないので図書館で借りてきてしまいましたー。しかし図書館の蔵書には4冊目の「犬は本よりも電信柱が好き」だけがないんです... なぜ?

今回で面白かったのは、「弟の家には本棚がない」の「『酸素男爵』を知りませんか」という章!
本を買うのに、絶対書店で手に取って買う派もいるでしょうし、オンライン書店を利用する派もいると思います。私の場合は、書店で背表紙を眺めながら本を探すのも好きなんですけど、何といっても本は重いですしね。改めて実物を確かめなくても買うと決まってる本はオンラインで注文してます。吉野朔実さんも、オンラインで注文が多いみたい。でも、その時点での遊び心が、私とは全然ちがーう。私の場合、本来の目的とは関係ない本ってあんまり買わないんです。せいぜい、同じ作者の別の本とか関連本を併せて買うぐらい。その点、吉野朔実さんは! たとえば、とあるオンライン書店で「男爵」を検索してみて、69件ヒットしたとします。そしたら続けて「公爵」「侯爵」「子爵」「伯爵」なんかもやってみて、男爵のヒット件数の方が多いことから、「どうも『男爵』が一番変わり者が多いらしい」と考えて、その手の面白そうな本を見つけては注文しちゃう。これは、検索ができるオンライン書店ならではですねー。そういう使い方って全然思いつきませんでした。面白いなあ。で、「酸素伯爵」が在庫切れで届かなくてがっかりした吉野朔実さんは、そのストーリーを色々想像しては叫ぶのです。

「読みたいーっ 読んでがっかりしたいー!!」

手に取った本が実は全然面白くなくて大失敗、というのは、本の選ぶ側の責任もあると思うんですけど(その本が自分の好みかどうか、なんとなく匂いで分かりますよね?)、「がっかりしたいー!!」というのが、またいいんですよねえ。そういう楽しみ方もあるのかあ。と、目からウロコ。ついでに、「穴堀り男爵」をベースに、「木のぼり男爵」「まっぷたつの子爵」「不在の騎士」「ほらふき男爵の冒険」を混ぜこんだ漫画も、面白かったです。自分が5冊とも読んでるのが、妙に嬉しかったり♪

「本を読む兄、読まぬ兄」も面白かったです。でもだんだん本の内容よりもエッセイ(漫画ですが)の方がメインになってるような...。エッセイの中には登場しないのに、その内容から連想したような本を冒頭で紹介、というのが半分ぐらいあるんですよね。エッセイだけでも面白いからいいんだけど、やっぱりこのシリーズは純粋に本にまつわるアレコレを読みたいなあ、というのが正直なところかな。(本の雑誌社)


+シリーズ既刊の感想+
「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」吉野朔実
「弟の家には本棚がない」「本を読む兄、読まぬ兄」吉野朔実
「犬は本よりも電信柱が好き」吉野朔実

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唐の玄宗皇帝の時代。金品を溜め込んで県令を引退した父のおかげで、無為に100歳まで暮らしても十分おつりがくるということに気づいた王弁は、その日から机を離れ、武具を持つこともなく、何もせず佳肴を楽しみ、風光を愛でる日々。そして父は、まだ22歳の息子が日がな一日庭でぼおっとしている不甲斐なさに怒る日々。しかし近くの黄土山に仙人が住み始めたと聞きつけた父は、息子に供物を持たせて仙人に会いに行かせることに。黄土山中の庵にいたのは、王弁が想像したような見事な白髪姿の仙人ではなく、若く美しい少女の仙人。少女は「僕僕」と名乗ります。仙骨はないものの、「仙縁」はあるという王弁は、早速僕僕と酒を酌み交わし始めて...。

第18回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。ずーっと図書館に予約を入れてた作品。待ってる人数は10人もいなかったのに、延々半年以上待たされて、ようやく読めました!
何万年も生きているらしい仙人の僕僕が、なんと美少女の姿をしていて、仙人だという説得力を出す時だけ老人の姿になるというのも人を食っていて楽しいし、少女の姿をしていると、くるくると表情が変わる本物の可憐な少女に見えてくるのが不思議。そしてそんな僕僕に振り回されてるうちに、日々ふわふわと生きるだけで覇気が全くなかった王弁が徐々に自分を持ち始めるというのもいいですね。2人の間の淡い恋心も可愛らしくて、ほのぼの~。ただ、僕僕が王弁のどこを気に入ったのかは、今ひとつ分からないんですが。(笑)
時代背景としては、玄宗皇帝が即位して間もない頃。楊貴妃がまだ現れてなくて、玄宗皇帝が優秀な皇帝として唐を治めていた頃です。中国の神話を始め、「列仙伝」などに登場する仙人の名前や、「山海経」に登場するような異形の存在、そして中国史上の人物の名前なんかがあちこちにばらまかれていて、中国物好きとしては堪らないところ♪ (この辺りはそれほど濃くないので、全然知らなかったとしても問題ないと思いますが) ただ、今のままの緩めの雰囲気もとても心地良かったんですけど、エピソード同士の繋がりが薄くて、なんだかちょっと散漫な感じもあるんですよね... もう少し整理すれば、もっと芯の通った話になっただろうに惜しいな、という気もちょっぴりしました。...それでもやっぱり好きなんですけどね。この方はこれからも中国物を書かれるのかしら? そうだったらいいな。楽しみ!(新潮社)


+シリーズ既刊の感想+
「僕僕先生」仁木英之
「薄妃の恋 僕僕先生」仁木英之」

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ロッスムのユニバーサル・ロボット工場(R.U.R.)は、ロボットと呼ばれる人造人間を開発・製造し、人間の労働を肩代わりさせるために世界中に販売している工場。その工場に、ある日社長のドミンを訪ねて来たのは、ヘレナ・グローリーという女性でした。ヘレナは人道連盟を代表して、ロボットたちに過酷な労働を課することをやめ、人を扱うように扱うようにするべきだと言いに来たのです。それに対し、ドミンはロボットは自分の意思を持たないため喜びや幸せを感じることは不可能だと諭します。しかし10年後、自分たちが人間よりも優秀だと知ったロボットたちが人間に反旗を翻して...。

カレル・チャペックの名を一躍有名にしたという戯曲。「ロボット」という言葉が生まれたのは、この戯曲からなんですよね。チェコ語で「労働」を意味する「robota」から作り出された言葉。(実際思いついたのは、お兄さんのヨゼフだったらしいですが) でもここに登場するロボットは、普段ロボットと言われて想像するような機械を組み立てたようなものではなくて、人間の組織的構造を単純化させて作り出された、文字通り人造人間といえるようなもの。見かけは人間とまるで同じ。でも魂や心を持っていないのです。
楽園にいるために子孫を作ることのできなくなってしまった人間たち、感情を与えられてしまったために人間に対して反乱を起こすロボットたち、そして存在意義を失う人間たち。ロボットを作り出したそもそもの理由は、人間を労働から解放したいという思いだし、ロボットに感情を与えてしまったのは、軽率だったかもしれないけれど、紛れもない善意からなんですよねえ。でも、ロボットもまた人間と同じことを繰り返すことに...。登場人物も少なくて、作品自体もごく短いんですけど、その中にものすごく色んな要素が入っていて、色んな角度から読めそうな作品。最後の結末が何とも皮肉で面白いです。
チャペックの本を読むたびにびっくりするのは、どの作品も古さがまるで感じられないこと。これには本当に毎回驚かされてます。エッセイや紀行文といったものはともかく、こういう作品も全然古びないというのは、やっぱりすごいことだなあー。(岩波文庫)


+既読のカレル・チャペック作品の感想+
「ダーシェンカ」「チャペックの犬と猫のお話」「園芸家12ヶ月」カレル・チャペック
「イギリスだより」「スペイン旅行記」カレル・チャペック
「ロボット」チャペック
「チェコスロヴァキアめぐり」カレル・チャペック
「北欧の旅」カレル・チャペック

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南北戦争末期。ピーターズバーグで首に銃弾を受け、瀕死の重症を負った南軍兵士のインマンは、仲間の兵士たちや医師が手の施しようがないと判断したにも関わらず野戦病院まで生き延び、さらに出身州の正規の病院に移される間も生き延びて、ようやく傷が治り始めます。何週間もかけて少しずつ良くなってきたインマンは、今ではベッドで本を読んだり、外を眺めたりする日々。そんなある日、自分が病院から町まで歩けることを確認したインマンは、夜中に目を覚まし、恋人だったエイダの待つコールドマウンテンの町を目指して病院から脱走することに。

南軍から脱走し、追っ手から逃れながらひたすらコールド・マウンテンに向かうインマンと、牧師だった父を失って経済的に破綻し、ルビーという少女と共に暮らしを立て直そうとするエイダの2つの物語。恋愛小説ではあるんでしょうし、南北戦争をめぐる人々のドラマでもあるんでしょうけれど、そういった人間ドラマよりも、いろんな土地や自然の美しさや厳しさが印象に残った作品でした。特に、すっかり荒れてしまった自分の農場を、自給自足できるまでに作り変えようと決意したエイダの目に映る自然の情景が魅力的。チャールストンの上流階級に生まれて、女性には十分すぎるほどの教養を持っていて、でも「生きる」ということは今まで銀行でお金を下ろしてくること程度の認識しかなかったエイダなんですけど、ルビーという少女に助けられて徐々に強く逞しく生まれ変わってくるんですよね。となると、当然このルビーも魅力的なわけで...。教養としての学問こそ全くなくても、生きるための知識をたっぷりと持っていて、バイタリティに溢れているルビーは、主役の2人よりも存在感があるし素敵なんです。生きるというのは、本来こういうことなのね。ええと、逃亡中のインマンも、生き延びようとしているという意味ではエイダたちと同じだし、そこには様々な人間との出会いや別れ、そしてドラマがあるんですけど、日々の生活の中で着実に何かを作り上げつつあるエイダとルビーの方が前向きだし、読んでいて楽しかった。もちろん、インマンのパートがあるからこそ、エイダとルビーのパートが引き立っていたというのもあるのだけど。でもやっぱり光っていたのはルビーだな。(新潮文庫)

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アーシュラ・K・ル=グウィンによる、ファンタジー・SF論。各地で行われた講演会やエッセイのために書かれた原稿を集めたものです。「夜の言葉」というタイトルは、「わたしたちは、人間は昼の光のなかで生きていると思いがちなものですが、世界の半分は常に闇のなかにあり、そしてファンタジーは詩と同様、夜の言葉を語るものなのです」という言葉からきたものなのだそう。

ル=グウィンの本は「ゲド戦記」以外あまり読んでいないし、SFに苦手意識を持つ私は、傑作と名高い「闇の左手」も今ひとつだったんですが、この本はとても面白かったです。でもファンタジーやSFファンにとっても、すごく興味深く読める本だと思うんですけど、どちらかといえば創作をする人にとって勉強になる本なのかも。
その創作という意味で一番印象に残ったのは、ファンタジー作品の持つべき文体に関して語っている「エルフランドからポキープシへ」という章。ほんの数箇所の言葉を変えるだけで、エルフランドの話のはずがワシントンDCを舞台にした現代小説に変わってしまう例や、E.R.エディスン、ケネス・モリス、J.R.R.トールキンの3人の文を例に出しての話で、この辺りは本当は原文で読まなくちゃきちんと理解できないだろうと思うんですが、すごく興味深かったです。あと、フリッツ・ライバーとロジャー・ゼラズニイの2人が口語体のアメリカ英語と古文体を場面に応じて使い分けてるとした上で、こんなことを書いていました。

シェイクスピアに深く精通し、きわめて広範なテクニックを展開しているライバーが、いかなるものであれ、雄弁にして優美なる一定の調子を保ちつづけられないはずがないのは百パーセント確かだというのに。ときどきわたしは考えこんでしまいます。この二人の作家は自らの才能を過小評価しているのではないか、自身に対する自信を欠いているのではないか、と。あるいは、ファンタジーがシリアスに取り上げられることがほとんどないこの国のこの特異な時代状況が原因で、二人ともファンタジーを真面目に考えることを恐れているのかもしれない。

確かにフリッツ・ライバーの作品の訳は時と場合に応じて変わっていたような覚えがありますが... 日本語訳だけしか読んでないとそんな風にすごい人だとは、なかなか分からないわけで。そうだったのか。ちょっとびっくり。
あとは、「善」と「悪」の二勢力の単純な対立と思われがちな「指輪物語」において、たとえばエルフにはオークが、アラゴルンには黒い騎手が、ガンダルフにはサルーマンが、フロドにはゴクリが、というように輝かしく見える人物もそれぞれに黒い影を伴っているという話は、「ゲド戦記」の第1巻を思い起こさせて興味深かったし、他にも色々と「ほおお」と思う部分がありました。この場ではちょっとまとめにくいんですけどね。(岩波現代文庫)


+既読のアーシュラ・K・ル=グウィン作品の感想+
「闇の左手」アーシュラ・K・ル・グイン
「ゲド戦記」アーシュラ・K・ル=グイン
「夜の言葉」アーシュラ・K・ル=グウィン

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何不自由なく育ってきたメラニーの15歳の夏、アメリカに講演旅行に出かけていた両親が事故で亡くなります。有名な作家だった父に貯金はなく、一文無しとなったメラニーと弟のジョナソン、妹・ヴィクトリアは、南ロンドンで玩具店を営んでいる、会ったこともない叔父に引き取られることに。叔父の家での生活は、豊かだった両親との暮らしとはまるで異なるもの。不潔で不便な環境の中で、学校にも行かせてもらえないまま、叔父の顔色を窺う日々が続きます。

アンジェラ・カーターの作品を読むのは、「ワイズ・チルドレン」(感想)に続いて2作目。華やかで猥雑な雰囲気が楽しい「ワイズ・チルドレン」とは全然雰囲気が違っていて、こっちはもっと文学っぽい作品でちょっとびっくり。あ、題名に「魔法の」とはあるけど、全然魔法は出てこないし、ファンタジー作品でもないです。
冒頭の場面はとても綺麗なんです。メラニーが自分の部屋で鏡で見つめながら未来の恋人のことを考えてときめいていたり、母のウェディングドレスをこっそり取り出して、月の光を浴びながらそれを着て、夜の庭に出て行く場面がものすごく美しいー。でもそういう美しい場面があるから、両親の死後の貧しさが一層強調されてしまうんですね。両親の家とは対照的に、叔父の家の生活には美しさも幻想のかけらもなくて、とても現実的。
でも、それほど生活が零落しても、メラニーの恋に恋するところは変わらず。同居してる青年(叔母の弟)の不潔さに嫌悪感を抱きつつも、幻想の中の王子様を求めるように、ほのかな恋心を抱くんです。この辺りは、あまりにお手軽だなあという印象なんですが、でもそれがまた現実なのかも。そして最後に全てを失ってしまうところでは、メラニーの中の幻想も燃え尽きてしまうみたい。

私としては、「ワイズ・チルドレン」の方がずっと楽しくて好きだったなあ。でも「ワイズ・チルドレン」は晩年の傑作で、この「魔法の玩具店」は、長編2作目という初期の作品、しかもアンジェラ・カーターの作品の中でもちょっと異質な方らしい... やっぱりもうちょっと違う作品を選んだ方が良かったかも。(河出書房新社)


+既読のアンジェラ・カーター作品の感想+
「ワイズ・チルドレン」アンジェラ・カーター
「魔法の玩具店」アンジェラ・カーター
「夜ごとのサーカス」アンジェラ・カーター
「血染めの部屋 大人のための幻想童話」アンジェラ・カーター

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全長1500フィートで七層に区分された、要塞のような「地球市」は、常にレールを敷設して1年に36.5マイルずつ進み続ける都市。この都市に生まれたヘルワードは、この日都市で成人とされる650マイルの年を迎えて、ギルドの見習い員となる儀式に出席していました。ヘルワードは父と同じ未来測量員を希望して認められ、早速見習いギルド員として、様々なギルドの仕事を経験することになります。最初の仕事先は、鉄道敷設ギルド。ヘルワードは生まれて初めて外に出て、土の匂いを嗅ぎ、夜明けの太陽が昇るのを眺めることに。その太陽は、かつて教師に習ったような球形ではなく、円盤のような形をしていました...。

なぜ都市は移動し続けなければならないのか、なぜ都市の人々は外に出ることができないのか、なぜ限られた人々しか都市が動いていることを知らないのか。そもそもこの世界は何なのか。読み始めると同時にわからないことがいっぱい。ヘルワードのお父さんが同年代の人間よりも老けて見えるのは、きっと未来測量員という仕事のせいなんだろうなとは思うんですけど、そもそも未来測量員が何なのかも分からないんですよねえ。それでもその設定を受け入れて読んでるうちに... えっ、時間や距離が状況に応じて変化?! なーんてますます不思議な状況になってきてびっくり。一体この世界は何なんだー!!
結末は思いの他あっさりしてるなあと思ったんですが、これはまさに逆転世界ですね! 今まで信じて生きてきたものが、根底から覆されちゃう。完全に覆されたあとのヘルワードときたら... きゃー、お気の毒! (痛切なんだけど、ちょっと滑稽な感じもあるような・笑)
いやー、さすがプリーストでした。そしてやっぱりこの人はSF系の人なんだなあと実感しました。「奇術師」や「魔法」(感想)はハヤカワ文庫でもファンタジーのレーベルに入ってたし、あの2作品に関してはそれも良かったと思うんですけど、でも根っこのところは絶対SFだわ、この人は。もちろん「双生児」(感想)も然り、です。

SFはあんまり得意ではないので、読む前はちょっと心配してたんですけど、読んでみれば全然大丈夫でした。むしろ好きなタイプのSFだったので嬉しい♪ SFには好き嫌いがハッキリ分かれちゃうんですけど、自分が何が好きで何が苦手なのかきちんと分かっていないので、現在模索中なんです。どうやら宇宙戦争はダメらしい、というのは分かってるんですけどね。
それとこの都市、読んでる間はマーヴィン・ピークの作品に登場するゴーメンガーストという奇城を思い浮かべてたんです。さすがにあそこまでは歪んでないだろうとは思ったんですが。でも本の表紙を見てみたら意外とまともでびっくり。(本屋の紙カバーをつけっぱなしだったので、全然見てなかった) いや、普通に考えれば、こっちの方が本の内容には合ってるんですけどね。(笑)(創元SF文庫)


+既読のクリストファー・プリースト作品の感想+
「奇術師」「魔法」クリストファー・プリースト
「双生児」クリストファー・プリースト
「逆転世界」クリストファー・プリースト

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1時少し前、黒い表紙のペンギンのペーパーバックと、CVSファーマシーの白い小さな紙袋を手に、会社の入っているビルのロビーに入った「私」。エスカレーターで中二階にあがると、そこにオフィスがあるのです...

岸本佐知子さんの「気になる部分」(感想) を読んだ時から気になってたんですけど、ようやく読めました! 一読して思ったのは、この作品の(というより、ニコルソン・ベイカーの作品の?)翻訳を岸本佐知子さんに依頼した人はエライ!!ということ。ニコルソン・ベイカーの作品はこれが初めてなんですけど、びっくりしました。岸本さんのように一面のお花畑が火の海になってしまうことこそないんですが(笑)、この方の思考回路も相当念が入ってるんでしょうねえ。いや、すごいです。岸本さんは、まさに適材適所ですね。

ある会社員の靴紐がお昼前に切れて、彼は昼休みに新しい靴紐を買ってくるんです。実際にここに書かれているのは、その彼がオフィスビルに入ってきたところから、エスカレーターを降りるところまで。出来事としては、ぜーんぜん何も起きないんです。ひたすら彼がオフィスに向かう途中で頭の中でめぐらしていた考え事を書き綴っていくだけ。エスカレーターの美しさから、回転する物体の縁に当たる光の美しさを思い、自分の左手にある紙袋の中身を思い出そうとしながら、その日の昼食に半パイント入りの牛乳を買った時の店員の女の子とのやりとりを思い出し、「ストローはお使いになります?」と聞かれたことから、かつての紙ストローからプラスチック・ストローへの変換と"浮かぶストロー時代"の幕開け、その後の大手ファーストフードチェーン店のストローに関する対応へと思考は飛び、さらに様々な事柄へ...。両足の靴紐が同時期に切れるのはなぜなのか、自分の人生における8つの大きな進歩について、ミシン目に対する熱烈な賛美。どんなに瑣末な思考も疎かにされることなく滑らかに発展し続けますし、その発展した思考が新たな思考を呼んで、それぞれに詳細な注釈を呼んで、その注釈は本のページから溢れ出しちゃう。ありふれてるはずの日常のほんの数分間が、日常のありふれた瑣末なことに関する思考で、再現なく豊かに膨らんでいくんですよね。いや、もう、こんな作品を読んだのは初めて! いやー、ほんと変な話でした。でも面白かった。(笑)(白水uブックス)


+既読のニコルソン・ベイカー作品の感想+
「中二階」ニコルソン・ベイカー
「ノリーのおわらない物語」ニコルソン・ベイカー

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大学の先輩だった河原崎と一緒に、夜の動物園に入らせてもらった時の話「動物園のエンジン」、人を捜す仕事で小暮村に行った黒澤は、その村に未だに残る風習に驚かされる「サクリファイス」、「僕の勇気が魚だとしたら」という文章で始まるある作品にまつわる、いくつかの物語「フィッシュストーリー」、プロ野球選手の家に泥棒に入っている間に、助けを求める若い女性からの電話が... という「ポテチ」の4編。

今回も他の作品とのリンクが結構あったんですが、個人的には「ラッシュライフ」の黒澤が登場するのが嬉しかったですね。なので、2作目の「サクリファイス」が一番好み。黒澤登場はもちろんのこと、すでにすっかり形骸化しているかのように思えた不気味な風習が、実は今でも生きていた?!という辺りが~。伊坂作品らしさという意味では、表題作「フィッシュストーリー」が一番かな。20数年前の父親の話、30年前のロックバンドの話、現在のハイジャック犯の話、そして10年後の話。全然関係ないように見える出来事が1つの細い糸でずっと繋がっていて。でも、一般的には「ポテチ」が一番人気かもしれないですね。これは味のある登場人物も多かったし。
でも、悪くはないんだけど... 私自身の気持ちが国内作品から離れ気味のせいもあると思うんですが、どうも物足りなかったです。伊坂作品らしさが、今回薄かったように思うんですよね。薄いとは言っても別路線を打ち出したわけではなくて、これまでの作品と同じようなパターン。比較的最近の作品では、私は「砂漠」や「魔王」が好きなんですけど... 特に「魔王」のインパクトは、今までにない伊坂色を見せてくれたという意味でも凄かったと思うのに...! でも結局また元に戻っちゃったのね、って感じ。うーん。(新潮社)


+既読の伊坂幸太郎作品の感想+
「死神の精度」伊坂幸太郎
「魔王」伊坂幸太郎
「砂漠」伊坂幸太郎
「終末のフール」伊坂幸太郎
「陽気なギャングが地球を回す」「陽気なギャングの日常と襲撃」伊坂幸太郎
「フィッシュストーリー」伊坂幸太郎
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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「あの頃ぼくらはアホでした」「ちゃれんじ?」「さいえんす?」「夢はトリノをかけめぐる」に続く、5冊目のエッセイ集。「年譜」「自作解説」「映画化など」「思い出」「好きなもの」「スポーツ」「作家の日々」という7章。

これまでのエッセイ集で触れられていて知ってた部分もちょこちょこあったんですけど、生まれてからの年譜から始まっていることもあり、今までのエッセイの総まとめといった感がありました。「あの頃ぼくらはアホでした」の学生時代、5年間のサラリーマン生活、そして作家への転身。なかなか売れずに苦しむものの、いつの間にか作品に次々と映画化の話が舞い込むような作家への変身。東野圭吾作家史といったところですね。東野さんの作品はほとんど読んでるので、自作の解説もすごく興味深かったです。
でもこれは、東野圭吾さんにとっておそらく最後のエッセイ集になるのだとか。「たぶん最後の御挨拶」というのは、やっぱりそういう意味だったんですねえ。作家になった当初はエッセイを書くのを当然だと思い、プロの作家になったという実感もあって喜んでエッセイの仕事を引き受けていたという東野圭吾さんですが、実はずっと違和感を感じていたのだそう。デビューとなった江戸川乱歩賞はエッセイを書く能力とは無関係。実際エッセイを書くのは苦手。もうエッセイは書かないという決断は、「身体が軽くなったような気さえ」することだったんだそうです。苦手とは言っても、私は東野圭吾さんのエッセイは十分面白いと思うし、楽しみにしているファンも多いと思うんですけど、確かに「訴えたいことは小説で」という考えも分かりますしね。「そんな時間があるなら、小説を書け」という言葉に反論できないというのも、読者としてすごくありがたい姿勢なわけで。や、もちろん、「たぶん最後」というのは「絶対に最後」という意味ではないんですけど... それは東野さんにとっては、「ちゃれんじ?」や「さいえんす?」の「?」と同じようなものなんでしょう。
そしてこの表紙! もしかして東野さんの猫のぷん(夢吉)ですか!? すごーい。東野さんご自身による猫のイラストも可愛いです~。(文藝春秋)


+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「赤い指」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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悪魔の最も重要な仕事の1つは、人間を誘惑し堕落させること。これは、かつて多大な功績を挙げて今は引退している大悪魔のスクルーテイプが、新人の悪魔である甥のワームウッドに対して書き綴った31通の書簡集。なかなか上手く人間を誘惑しきれないでいるワームウッドに対して、スクルーテイプはいかに人間を惑わせてキリスト教に背を向けさせ、堕落に至らしめるか、様々な状況に応じた助言をしていきます。

人間とはいかに弱い存在か、いかに周囲の環境に染まりやすい存在かということを、ターゲットである人間自身には悟らせないように、目の前にある現実に集中させておこうとする悪魔たち。たとえば、かつてスクルーテイプが大英博物館の図書館に通っていた無心論者の男を担当していた時は、ある日突然敵(神)のことを考え始めた男に対して、すかさず外に昼食に出させて、ロンドンの町という現実を目の当たりさせたのだとか。悪魔の何世紀にも渡る根回しによって、人間は見慣れているものが目の前にある間は、見慣れないものを信じることがほとんどできなくなっているのだそうです。へえー。
時々どきりとさせられる箇所があって、知らず知らずのうちに、悪魔の思惑通りに行動していることもあるかもしれないなあって思わせられてしまいます。ルイスの人間洞察って鋭いなあ。結局のところ、全編通して悪魔の視点から書かれているんですが、同時に悪魔の言葉を通してキリスト教について語る作品でもあるんですね。そして、ここにはワームウッドからの報告の手紙は一切登場していなくて、読めるのはスクルーテイプからの返信だけ。ワームウッドがどんな泣き言や文句を言ってきたのか、想像するのもちょっと楽しかったりして。
この作品は、「指輪物語」のトールキンに捧げられているんですが... これを読んだトールキンはどんなことを感じたんだろう? というのがとっても気になるところ。トールキン側の資料に何か残ってないかしら?(平凡社ライブラリー)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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御手洗が石岡と共に馬車道に住んでいた頃。散歩に出た2人の前に現れた少女が、近所の老女が老人ホームに入れられそうになっているので助けて欲しいと訴えます。老女はUFOや宇宙人、宇宙戦争を家の前で見たという話をしており、それを知った息子夫婦にボケてしまったと思われているのです... という表題作「UFO大通り」と、ラジオの深夜放送で聞いた、傘を車に轢かせようとしている女性を見たという不思議な話に、退屈していた御手洗は興味を引かれて... という「傘を折る女」。

ものすごーく久しぶりの島田荘司作品。調べてみたら、「ロシア幽霊軍艦事件」を読んで以来、2年半あいてたみたいです。島田荘司作品の読了本は54冊。好きだったんですよねえ、特に御手洗シリーズの初期の作品。傑作とされるデビュー作の「占星術殺人事件」は、実はあんまりだったんですが、「斜め屋敷の犯罪」「御手洗潔の挨拶」「異邦の騎士」「暗闇坂の人喰いの木」辺りが。デビューから1990年までぐらいの作品が一番好き。でも事件の舞台が海外に移るようになってから少し気持ちが離れ始めて(違う意味でスケールが大きすぎて好みじゃなくて)、最近の御手洗は電話での登場とかばっかりだし! 石岡くんと里美が中心になってからは、読む気をすっかり失ってました。
でも、ともっぺさんに、この「UFO大通り」は「四季さんの好きな、馬車道の頃の話ですよ~」とオススメされて読んでみることに。

で、読んでみて。やっぱり馬車道の頃の話は安心しますね。どちらも奇抜な謎を御手洗が鮮やかなに推理するという、御手洗シリーズらしい作品。UFOに乗った宇宙人の地球侵略、それを信じていたかのような小寺青年の死体は、白いシーツを体にぐるぐると巻きつけて、オートバイ用のフルフェイスのヘルメットをかぶってバイザーを閉め、首にはマフラー、両手にはゴムの手袋。部屋の天井からはちぎって貼ったガムテープの切れ端がぎっしり...。そんな謎も見事に解かれてみれば、とても地に足のついた話。へええ。
ただ... 初期の作品のことを思うと、どうしてもどこか弱いような。島田荘司作品のどこが好きかといえば、スケールの大きさとか、衝撃度の強さ、密度の濃さとか、そういうところなんですが、その意味ではちょっぴり物足りなかったです。しばらく読まないでいるうちに、初期の作品群が自分の中で美化されてしまったのかもしれないけど... 同じ馬車道の頃の話なので、どうしても比べてしまうのかも。うーん、なかなか難しいものですねえ。(講談社)


+既読の島田荘司作品の感想+
「ロシア幽霊軍艦事件」島田荘司
「UFO大通り」島田荘司
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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「ぐりとぐら」「ちいさいおうち」「ハイジ」「赤毛のアン」「若草物語」「おだんごぱん」「ちびくろ・さんぼ」など、22の童話や児童書の中に登場する食事の風景を再現した本。レシピ付。

先日図書館で書架整理をしてる時にふと目についた本。童話って、たとえばどんな童話?と思って開いてみると、開いたそのページに「ぐりとぐら」のカステラの写真が載ってるじゃないですか!
うわあ、あのカステラ、どうやって作ったのか、ずっと気になってたんですよぅ。大人になってからは、きっとちょっと甘めの玉子焼きだろうなと思ってたんですが、小麦粉も混ぜてますしね。(卵を拾ったぐりとぐらが材料として持参したのは、小麦粉、バター、牛乳、砂糖) そもそも、あれは何の卵? というところから、頭の中はいつもはてなマークでいっぱい。卵は1個しかないのに、あんなに沢山の動物に分けられるほどのカステラが作れちゃうし、しかも殻の中に野ねずみのぐりとぐらが2匹とも余裕で入れちゃうんですからねえ。ニワトリの卵じゃ絶対小さすぎるし。もっと大きな卵を生みそうといえば... やっぱりダチョウ?(笑)
ということで、それ以来私の中では、あれはダチョウの卵ということになってるんですが... いや、なぜダチョウの卵が森の中に落ちていたかについては、更に謎が増えちゃうんだけど。それ以前に、あの森の中でカステラを食べてるメンバーからしてあり得ないんだけど。(笑)

で、家に持って帰って、ワクワクしながら読み始めたんですが...
ちなみに、巻末についてるレシピによると、材料はぐりとぐらが持参したものとほぼ一緒。(卵は3つだけど)

1.フライパンに油を塗っておく
2.ボールに卵を割りほぐし、泡だて器で泡立てる。ある程度泡立ったら、砂糖を加え更に泡立てる
3.十分泡立ったら、牛乳を加え更に泡立てる
4.ふるった粉を加え、さっくりと混ぜ、粉が見えなくなったら、溶かしバターを加えて切るように混ぜ、フライパンに流し、表面に霧を吹きかけ...

ここまでは良かったんですが、次の1行で目をむきました。

150度のオーブンで50分ほど焼く

なんですとー!?!
ぐりとぐらのカステラは、焚き火で焼いてるんですよ! それを何ですか、オーブン?
フライパンに入れたのは、雰囲気を出すためだけだったんですか? ナニソレ!!(きーっっ)


読了本に入れるのはやめようかと思ったんですが、やっぱりネタになるのでアップします。(爆)(北方新社)

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上方で算法を収めた町医者の父に幼い頃から手ほどきを受けたあきは、まだ13歳ながらも、算法の学力はかなりの水準。近所の娘たちと浅草の観音さまにお参りに行った時にも、奉納されようとしていた算額に誤りがあるのを見つけてしまいます。算額とは、表向きは勉学の進歩を神仏に感謝するものなのですが、その実態は、自分の学力を大勢の人の前で誇示するもの。奉納しようとしていたのは、江戸での算法の中心的な存在である関流の宗統・藤田貞資の直弟子で、しかも旗本の子弟だったため、町人の小娘のやっつけられた話は算法家の間ですぐに広まってしまいます。そして話は筑後久留米藩の有馬候にまで伝わり、算法好きの有馬候はあきを姫君の算法御指南役に迎えようと考え始めます。しかし、あきがやっつけた相手の師匠・藤田貞資から、横槍が入って...。

先日、掲示板でアッシュさんにオススメしていただいた本。この「算法少女」という題名は、作者の遠藤寛子さんがつけたものではなくて、安永4(1775)年に刊行された和算書「算法少女」からきたものなんだそうです。江戸時代の「算法少女」を書いたと言われているのが千葉桃三という町医者で、それを手伝ったのが娘のあき。遠藤寛子さんが、あきによる前書きを繰り返し読んで、内容を詳しく調べているうちに、徐々に心の中に育ってきた物語なんだとか。
日本古来の数学である「和算」の存在自体は知っていましたが、江戸時代に、これほど和算が庶民の間に広まっていたとは、全然知りませんでしたー。既に相当高いレベルに達していたようですね。正確な円周率の算出方法などもあって、流派の秘伝とされていたよう。そもそも、万葉集にも九九を使った句があるんだそうですよ! 「十六」と書いて「しし」と読ませたり、「八十一」と書いて「くく」と読ませたり。でもそれほどの和算も明治以降はすっかり影を潜め、西洋の数学が中心になってしまったんですって。勿体ないなー。
物語としては、詰めの甘さもあるんです。せっかくの有馬候の御前での算法対決の場面なんかは、もうちょっと盛り上げて欲しかったところ。でも元々は児童書だそうだし、この品の良い語り口には、この展開が合っているのかもしれないですね。いやあ、本当に可愛らしいお話でした。あとは、物語の中に登場する問題とその解き方が巻末にでも載っていれば、尚良かったのにな。これを読んで、数学の問題を解きたくなる人もきっといるはず!(笑)(ちくま文庫)

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岸本佐知子さんの幼い頃、何でも話せる無二の親友だったのは大ニグ、中ニグ、小ニグ。いつの頃からニグになったのかは定かではないけれど、気がついた時にニグはニグになっていました。何でも教えてくれて、何でも聞いてくれたニグ。そのニグによく似たニグに、岸本さんは半年ほど前に出会って... という「ニグのこと」他、雑誌「ちくま」に掲載された全48の文章を集めた本。「気になる部分」に続くエッセイ第2弾。

「気になる部分」(感想) も面白かったんですけど、こちらも面白かったです~。大笑いするというより、始終ニヤリとさせられてる感じ。ほんとこの方の思考回路ってどうなってるんでしょう... それはさすがにネタだろう!と突っ込みたくなる部分もあるんですけど、岸本佐知子さんのことだからやっぱり素なのかもしれない... なんて思ったり。岸本さんの文章には妙に地に足の着いた危なさがあるので、本当のような気がしてくるんですよね。コアラの鼻がはめこみ式だというのも、思わず笑ってしまうけど説得力があるし、漢字が妙なものに見えてくるのは、私自身も時々... でもこの方が生きているのは、本当にこの同じ世界なのでしょうかー。まさかパラレルワールドなんてことは? 息をするように自然に、ふっと別世界に入り込んじゃうんですね。でもこうやって文章を読んでるから面白がってられるけど、妄想の世界に入り込んだ岸本さんと実際に接してる人はどうなんだろう?(笑)
町で出会った人や出来事に妄想が膨らむのも、翻訳の仕事をしながら、思考がどんどん別の方に飛んでいってしまうのも日常茶飯事。この方、実は小説家にも向いているのでは...。「"訳が分からないこと"として片づけられてしまった無数の名もない供述、それを集めた本があったら読んでみたいと思うのはいけない欲望だろうか。そこには純度百パーセントの、それゆえに底無しにヤバい、本物の文学があるような気がする。」という文章が146ページにあるんですが、岸本さんの文章こそ、それのような気がするわ!
イラストが素敵だなあ、そういえば本そのものも素敵だなあと思ったら、装幀とイラストはクラフト・エヴィング商會でした。おお、やっぱり♪(筑摩書房)

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この3年ほど三日月湖の120cm四方の水面を見続けていた91歳のルイスは、その日も高価な海釣り用の竿を持って立っていました。そこに現れたのは、自称飛行貴族の老アルリッチ、昔からこの入り江に住んでいるシドニー・ファート、稀代の嘘つき野郎・ピーター・レンといういつものメンバー。4人は今までにできずに後悔したことの話を始めます。そしてミセス・ウーテンが現れて... という「老いの桟橋」他、全16編の収められた短編集。

アメリカ南部を代表する作家だというバリー・ハナ。処女長編ではウィリアム・フォークナー賞を受賞して、作家としての地位を早くも確立、現在はミシシッピー大学で創作を教えているのだそうです。でも、一応最後まで読んだんですが... うーん、最初から最後まであまり楽しめなかったです。老いや死をテーマに扱った作品が多くて、毒が強いんですよね。訳者あとがきには「きっとハナは、人間の生を逆転した地点から眺めてみたかったのではないだろうか」とあるし、確かにその通りかもしれないなあとは思うんですが...。こういう作品が好きな人にとっては堪らないのかも。強いて言えば、「老いの桟橋」「ふたつのものが、ぼんやりと、互いに襲いかかろうとしていた」「よう、煙草と時間とニュースと俺のメンツはあるかい?」「ニコディマスの断崖」辺りは、比較的受け入れやすかったように思うんですが。(新潮クレストブックス)

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紀元前100年、ローマの貴族の家に誕生したユリウス・カエサル。ローマ史上最大の英雄・カエサルはどのような時代に生まれて、どのような育ち方をしたのか。どのように世に出たのか。前半はカエサルの誕生から若い頃のエピソードを、後半は2000年経っても未だに世界中で読まれている「ガリア戦記」を中心に、有名な「賽は投げられた」のルビコン川までの、カエサルの前半生の姿を描き出します。

先に読んだ「ローマ人の物語 危機と克服」でも何度も名前が登場していて、塩野七生さんのカエサル好きが伺えるなあと思っていたのですが、やっぱりカエサルの部分には力が入っていますね! 「ガリア戦記」を読む前に、と思って読んだんですが、いやあ、面白かったです。
何が面白かったかといえば、肝心の「ガリア戦記」以前。(あらら) 後に圧倒的な天才ぶりを見せ付けるカエサルですが、実は若い頃のカエサルは借金王のプレイボーイだったんだそうで! お洒落には人一倍気を使うダンディぶりで、これぞと思う女性には贈り物攻撃。でも女性関係が派手な割に、相手の女性に恨まれることが全然なかったのだとか。(ここで塩野七生さんの洞察が鋭いです!) お洒落にお金を使い、女性には高価な贈り物、しかも私費で公共事業なんかもやっちゃうんですから、借金は莫大な額になってます。でもその借金をほとんど気にしなかったというのが、やっぱり大物なんですね。自分の資産を増やそうとするわけではなかったというのもポイントなんでしょう。そして借金が莫大な額になると、債権者と債務者の立場は逆転してしまうんですね。知らなかった。(笑)

そんなカエサルが本格的に芽を出し始めたのは、クラッススとポンペイウスと始めた三頭政治とガリアへの遠征。
ガリアとはギリシャ語で「ケルト」のことなんですよね。(それもあって「ガリア戦記」を読もうと思ったわけです) 位置的には現在のフランスとその周辺で、途中2度ブリタニア(現イギリス)にも上陸しています。ウィンストン・チャーチル曰く、このカエサルの上陸をもって英国の歴史が始まったのだとか。(その発言って英国人としてどうよ? と思ってしまいますが) このガリア戦記の部分から見えてくるのは、カエサルの戦略や決断の確かさ、そして度量の広さ。「お前達の命よりも私の栄光が重くなったら指揮官として失格なのだ」なんて発言もあって、部下の心の掴みもばっちり。やっぱりプレイボーイとして遊んで人生経験を積んでいたからこそでしょうかー。(笑) 時には同盟していたはずのガリア人に裏切られることもあれば、味方の兵士たちが浮き足立ってしまうこともあるんですけど、その戦略家としての手腕は確かですね。勝った後の敵の扱い方とかも、見てるとやっぱりすごいなって思っちゃう。

で、「ローマ人の物語」の後に「ガリア戦記」も読みました。やっぱり「ローマ人の物語」を先に読んでおいて良かった、というのが正直なところ。ガリア人の部族名の訳などが微妙に違うので、その辺りは分かりづらかったんですけど、その時ローマでは何が起きていたか、なんてことは「ガリア戦記」だけでは分からないですしね。塩野七生さんが作り上げたカエサルの造形もあいまって、単体で読むよりもかなり理解できたのではないかと。(新潮文庫・岩波文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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その日、アイルランドの小さな村・バリナクロウにオープンしたのは、バビロン・カフェ。これはイラン革命の直前に流血のテヘランから命からがら脱出したマルジャーンが、バハールとレイラーという2人の妹と一緒に経営するペルシャ料理の店。マルジャーンたちはイラン革命の直前に国から逃れて、ロンドンへ。そして今またアイルランドへとやって来たのです。

先日「ほんぶろ書店にお料理本コーナーがあったら」という企画があった時に、日常&読んだ本logのつなさんが挙げてらした本。(記事
中心となるのが3姉妹のペルシャ料理店だけあって、ペルシャの料理がいっぱい登場。そして1章ごとに、その章の中で一番クローズアップされた料理のレシピが載っているんです。そのペルシャ料理が、ものすごく美味しそう! 最初にその料理の匂いが漂ってきた時に、「これが天国の匂いじゃないんなら、なにが天国の匂いなんだって」なんて言う人もいるほどなんですよー。シナモンやカルダモン、クミン、ターメリック、サフラン、アドヴィエ... 匂いが分かるスパイスもあれば全然分からないのもあるけど、組み合わさったらまた全然違う深みが出たりするんでしょうね。このスパイスの香りがなんだかとっても濃厚で情熱的で官能的で、全編通して本から立ち上ってくるような気がするほど。レシピを見ただけでは、実際にどんな料理か分からないお料理がほとんどなんですが、それほど手に入らない材料はなさそうなので、作ってみたくなっちゃいます。私が一番食べてみたいのは、肉と米をブドウの葉でくるんだドルメかなあ。おこげが美味しいというお米料理のチェロウもいいし、はたまたラム肉とジャガイモのシチューのアーブグーシュトも濃厚で美味しそう... うーん、やっぱり自分で作るよりも、ちゃんとしたペルシャ料理のお店で食べてみたいなあ。
長女のマルジャーンが作った料理は、元気を取り戻したり、満ちたりた気分になったり、それまで不可能だと思っていたことを成し遂げようという気にさせたりする力を持っているみたい。突然現れたよそ者の3姉妹に、小さな町の人たちは戸惑うし、排除しようとする人もいるんだけど、3姉妹は少しずつバビロン・カフェに新しい人間を招きいれていきます。その辺りはまるでジョアン・ハリスの「ショコラ」のような雰囲気です。美味しいものが人を幸せにしたり、閉じていた心を開かせたりするというのは、やはり万国共通ですね!
でも、美味しいだけの話ではなくて、徐々に受け入れられゆく3姉妹の姿とは対照的に、バリナクロウまでやってくる間の3姉妹の苦労や過去の傷が明らかになっていきます。意外と重いものも含んだ物語でした。面白かったです! (白水社)

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パラレルワールドのヴェネチアは、現在、歴史上最大・最強と言われるエジプト帝国軍に包囲されているのですが、30年前の侵入を水の女王が撃退して以来、その力に守られている状態。そんな町に育った14歳のメルレは、孤児院出身の女の子。同じく孤児院出身で目の見えない13歳のジュニパと共に、追放されし者の運河にあるアーチンボルトの魔法の鏡工房に弟子入りすることになるのですが...。

ええと、上には3つ画像を出してますが、読んだのは左の2冊です。全然ダメでした... 薄々感じてはいたんですけど、私、ドイツ系のファンタジーとは相性がイマイチなのかもしれません。「ドイツ系のファンタジー」なんて大きく括ってしまうのは、危険なんですけどね。それほどドイツのファンタジーを読んでるわけでもないですし。でもイギリスのファンタジーを楽しめるほどには、ドイツのファンタジーは楽しめないことが多いのです。もう読まなくてもいいや、というドイツ系のファンタジー作家さんが、これでまた1人。まだ試してないドイツ系有名ファンタジー作家さんといえば、コーネリアス・フンケぐらいかしら。

感覚的に合わないところはともかくとして、なんていうか、設定そのものは悪くないのに、このページ数にしては物事が忙しく展開しすぎだと思いますね。弟子入りしたかと思ったら、すぐに大きな展開があって、こっちの彼と知り合ったかと思えば、もう一緒に冒険。落ち着いて状況を味わう間もありません。小説を書くというのは、基本的にまず骨格となる部分があって、そこに血肉をつけていく作業じゃないかと思うんですが、この作品は、まるで骨を半分剥き出しにした状態で歩き回ってるような... もしくは梗概? 起きた出来事や会話を羅列してるだけで、それを登場人物がどう感じているのかがほとんど書き込まれてないので、どの出来事も上滑りのように感じられてしまうー。そもそも、登場人物たちの容姿ですら、ほとんど分からない状態なんです。主人公の女の子は黒髪で、その親友はプラチナブロンド。2人とも、どちらかというと細め。それだけ。...それで? 彼らはどんな性格で、何をどんな風に感じるの? ただ単に色が白いとか黒いとか、熱いとか冷たいとか、そんな言葉だけが並んでいても、こちらには実感として何も伝わって来ないです。同じ話でも、倍ぐらいのページでもっとじっくり書いてくれれば、まだ良かったのかもしれないんですけどね。(あすなろ書房)

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ヨークシャーの田舎で開業医をしていた父は、チャンスさえあれば、ちょっとしたズルやイカサマをするのが大好きで、お金と時間を節約しようとするような人間。時には鬱陶しい思いをしたり、怒りを感じたりもしたものの、その父が末期癌であることが分かり、「僕」は思いがけないショックを受けます。死に行く父を見つめながら、父との思い出を語るエッセイ。

読む前は、癌の闘病記のようなものを予想していたんですが、実態は全然違っていて、父と子の回顧録でした。父親のケチでズルいところ、息子に負けたがらないようなところ、いつまでも息子の人生に口出ししたがるところなど、苦々しく思っていた数々のこと、そんな父親から逃れるために、父親がまるで興味を持っていないサッカーをやり、聖歌隊に入り、医者にはならずに文科系に進んだ自分のこと。そこから浮かび上がってくるのは、どうしようもない俗物のように見えても、根は憎めない人間である父の姿。お互いの女性関係のことまで洗いざらい、乾いた文章で苦笑い交じりに書かれている感じなので、とても読みやすいです。でも訳者あとがきによると、これは最初から本にするために書かれた文章ではなくて、予想以上に衝撃を受けている自分自身のセラピーのために書かれた日記やメモだったのだそう。そうだったのか、ああ、なんだか分かる気がする... いろんな文章から、受けている衝撃の大きさが迫ってきます。(新潮クレストブックス)

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紀元68年の皇帝ネロの自死から、紀元97年の五賢帝の最初の1人・トライアヌスの登場までの29年間は、ガルバ、オトー、ヴィテリウス、ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌス、ネルヴァという7人次々にが即位することになったという、ローマ帝国史上における「危機と克服」の時代。タキトゥスの「歴史」他の資料を元に、塩野七生さんが自分の考えも交えながら描き出していくローマ史です。

最近、リンゼイ・デイヴィスのファルコシリーズ(感想)にハマってるんですが、そのシリーズを読みながら、この時代についてもっと知りたいなあと思ってたんです。この「ローマ人の物語」は通読するにはかなり長いけど、ローマ帝国500年の歴史を年代順に追ってるので、読みたいところを集中的に読むのに便利ですね! しかもヴェスパシアヌス帝という、どちらかというと地味な時代のことを知りたいなら尚更。(笑)
いやあ、面白かったです。主要な登場人物の名前が既に頭に入ってるっていうのも大きいかもしれませんが、もしそうでなかったとしても、これならきっと面白く読めたはず。学者の書く歴史とは違う、作家として描き出す歴史は、読み物としてすごく面白いし、しかもすごく分かりやすかった。暴君として悪名高いカリグラやネロ、そして五賢帝の時代に挟まれて、どうしても地味に思われがちなこの時代なんですけど、いやあ、全然地味じゃないです。スペイン北東部の属州総督としては公正な統治をしていたたガルバ、ルジタニア属州の総督として善政が評判だったオトー、特に何もしてはいなかったけれど、マイナス材料もなかったヴィテリウスの3人が、なぜ皇帝としては失敗だったのか、3人の相次ぐ死で乱れ切っていたローマ帝国を、なぜ「田舎者丸出し」だったヴェスパシアヌスが立て直すことができたのか、よーく分かりました。それぞれの人間性が丁寧に描かれていくことによって、すごく説得力が出てきますね。

ファルコシリーズでは、ヴェスパシアヌスとティトゥス、ドミティアヌスが登場してて、3人ともファルコに散々な言われようをしてたりするんですけど、あれはまあ愛情の裏返しということで...。(笑) やっぱりこの3人の堅実ぶりはいいですね。カエサルのようなカリスマ性はなくても、華々しい偉業がなくても、日々の地道な努力で帝国を安定させ、繁栄させることは十分可能だということなんでしょう。最後のドミティアヌスは15年の治世の後に暗殺されてしまうんですけど、その彼にしたって、悪い皇帝だったとは思えないです。何よりも健全な財政を次世代に引き継いだというのが大きいし... この3人がいたからこそ、五賢帝が五賢帝でいられたとも言えそう。
古代ローマには以前から微妙な苦手意識があったんですが、どうやら払拭できそうな予感です。(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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小学校6年生の光太郎は山村留学中。やることなすこと時間がかかる光太郎は、勉強も体育も苦手で、得意なのは図工だけ。それもものすごく時間がかかり、丁寧にすることはいいことだと言ってくれる先生にも、最後には「早くしてね」と言われてしまうのです。しかも身体が小さく細くて、泣き虫。周囲にイジメられて、とうとう東京の学校には行けなくなってしまったという経緯がありました。コンビニも本屋もないけれど、ヤマメのいる川は綺麗で、夜には満天の星空が広がる村。世話になっている家には同じ年のタツオがいて、兄のようにひっぱってくれます。しかし大雨が続いて山が崩れ、ヤマメのいる淵が無事かどうか見に行った光太郎は、そこで河童らしきものを助けることに。そして落ちていた赤い皿を拾ったその晩から、光太郎は原因不明の高熱に襲われ、不思議な夢をみることに...。

別名義の作品は読んだことがありますが、たつみや章さん名義の作品は初めて。これは、「ぼくの・稲荷山戦記」「夜の神話」と一緒に、神さまシリーズと呼ばれている作品なのだそう。3作に特に繋がりはないそうなんですけどね。これはイジメ問題と環境問題を大きく取り上げた作品でした。
これを読んで思ったのは、やっぱり「知らない」じゃ済まされないのよね、ということ。知らなかったから、というのは何の理由にも言い訳にもならないんですよねえ。全てのことに通じると思うんですが、たとえば環境破壊のように人間の生活に直接関わってくる部分は、特にそうじゃないかなと思ってます。自覚があって破壊するほどは悪くはなくても、結果的に破壊してしまえば結局のところは同じことだし。何事においても、きちんと自分の行動の意味と結果を知る努力は必要なんでしょうね。
とまあ、これも悪くないんだけど... 龍神とか山の姫が出てくる辺りはいいんだけど... あまりそんな風にメッセージ性の強い作品は、今はちょっと。たつみや章さんの作品を読むなら、やっぱり「月神の統べる森で」を選ぶべきだったかもしれないな。(講談社文庫)

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何不自由ない裕福な家に生まれ育ちながらも、株の投機で失敗して全財産を失い、今や猫捜しをして生計を立てている自称詩人の鈴木大切。ある日、猫を探している最中に煉瓦造りの洋館の詩人の会に迷い込んだことから、そこの受付にいた妙齢の女性・雪乃と知り合い、詩人の会のメンバーの1人・馬渕という男に「魔法杖」というものをもらうことに。それは猿の手で、捜し物がある時に持って歩くと、手がひとりでに動いて、目当ての物のあるところを教えてくれるという物なのです。

南條竹則さんらしい、のほほんとした雰囲気の作品。中華料理こそ登場しませんが、飲食の場面は相変わらずたっぷりとありました。(笑) そして舞台設定は現代の東京なんですが、全編通して昭和の雰囲気。時間の流れがゆったりとしていて、肩の力がほど良く抜けた感じなので、何度か現れる過去の懐かしい情景は、とても自然。逆に突然「リストラ」「インターネット」などという現代的な単語が登場すると、そのたびに本当は現代の話だったのか...! と、ちょっとびっくりしたりして。
「魔法探偵」という題名なんですが、これは探偵小説ではないですね。反魂香を使った中華風の魔法らしきもの以外、魔法らしい魔法も存在しないんですが(鈴木大切によれば、猿の手を使ったダウジングは自然魔法の1つとのこと) この世とあの世が自然に重なり合う不思議な交流の辺りは、ファンタジーと言えそう。小説としては、かなり淡々としてるので、盛り上がりに欠けるとも言えるのかもしれませんが... その散漫さが南條さんらしくて、読んでいてとても居心地が良かったです。(集英社)


+既読の南條竹則作品の感想+
「セレス」南條竹則
「りえちゃんとマーおじさん」南條竹則
「鬼仙」南條竹則
「あくび猫」南條竹則
「魔法探偵」南條竹則
Livreに「酒仙」「満漢全席」「遊仙譜」「ドリトル先生の英国」の感想があります)

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ロバート王亡き後、サーセイ妃は自分が摂政となって嫡男・ジョフリーを鉄の王座に座らせます。アリアはキングズランディングから脱出しますが、サンサは王城に囚われの身、ロブは北の地で王として名乗りを上げます。しかしハイガーデンではロバートの末弟・レンリー・バラシオンが、ストームズエンドでは次弟のスタンニス・バラシオンもまた、王として名乗りを上げたのです。

「氷と炎の歌」の第2部。シリーズ物なので、あらすじはごく簡単に。
「七王国の玉座」の最後で一気に分裂した王国。乱世らしく、血みどろの戦争やそれに伴う悲惨な場面が多いです。この第2部で語り手となっているのは、スターク家のアリア、サンサ、ブラン、ジョン、ケイトリン、ラニスター家のティリオン、バラシオン家からはスタンニスに仕えるダヴォス、海の彼方からはデーナリス、グレイジョイ家からはシオンの計9人。やっぱり中心となるのはスターク家だとは思うんだけど... これでもかこれでもかと悲惨な出来事が! 本当にこの作者さんは、どのキャラクターも一様に突き放してますね。というか、スターク家が中心だからこそ、彼らが一番の重荷を背負わされているということなのでしょうかー。彼らに限らず、どのキャラクターもいつどこで殺されても不思議はないという緊迫感なんですけどね。4巻の途中では、もう本当にびっくりしました...。
読んでいて楽しかったのも、やっぱりまずスターク家のパート。特にアリアのパートが好き~。サンサもそれなりに苦労してるんですけど、やっぱりアリアですよ。行方不明のナイメリアの今後の役割も気になるところ。健気なブランも可愛い~。彼のパートには、森の子供たちの緑視力、獣人や変容者と気になるモチーフが満載です。そして次に楽しいのは、デーナリスのパートかな。彼女とドラゴンたちは今後一体どうなるんでしょう? 「七王国の玉座」を読んだ時はティリオンが結構気に入っていて、こちらでもティリオンと宦官のヴェリース、ティリオンとサーセイといった辺りのやり取りは楽しかったんですが... 彼に関しては、前作の方が良かったかも。(前作の方が良かったといえば、ジョンもそうかも)
最初のうちこそ、どんな話だったか思い出せなくて戸惑ったんですが、すぐに勢いに乗れました。でもこういう作品って、どうしても初読時はストーリーを追うことに集中してしまうんですよね。本当に重層的な作品だから、ストーリーを追うだけじゃ勿体ないって良く分かってるんだけど...。シリーズ全部出揃ったら、ぜひとも再読したいです。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「七王国の玉座」全5巻 ジョージ・R・R・マーティン
「王狼たちの戦旗」全5巻 ジョージ・R・R・マーティン

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ヨーが幼稚園の頃に、両親は離婚。母は通りを2、3本へだてた所に引越して、「わたし」は売れない作家の父と家に残ります。父はやがてエリアーネという女と再婚するのですが、いつもキッチンにいてオレンジをむき、煙草を吸い、ナッツを盛大に食べ、癇癪を起こしていたエリアーネは、いつの間にか家を出ていました。やがて母も、アロイスという男と再婚して遠い町へいくことに。そして12年後、ヨーは母に再会します。

ゾエ・イェニーの両親も3歳の時に離婚していて、父親はバーゼルで出版社を経営、かなり自伝的な要素の強い作品のようです。でもイェニー自身は、作中のヨーと同一視されることを当惑しているのだとか。訳者あとがきに、吉本ばななを愛読していると書いてあって、そう言われてみると、確かに吉本ばななさんと共通するところがあるみたいです... 「家族」とかね。でも、その表現方法はまるで違いますね。一番違うのは、感情の扱い方でしょうかー。この作品、主人公のヨーの感情がまるで描かれていないんです。訳者あとがきによると、それは、ヨーがつねに「ある感情のなかで」「感情のまっただなかに身を置いて」語るからだ、とのこと。確かに文章は簡潔すぎるほど簡潔だし、淡々と静かに事実を書き連ねていくだけで、ヨーの感情なんて全然書かれてないんですが、そこにずっと漂い続けているのは圧倒的な孤独感。孤独感が強すぎて、他の感情がすっかり色褪せてしまったのかも...。父親と、あるいは母親と一緒にいながら、彼らの人生に自分が存在する場所がないことを常に感じさせられ続けるというのは、本当に1人ぼっちの寂しさよりもたちが悪いような気がします...。
独特な雰囲気のある作品でした。ヨーがあまりに淡々と事実を描き出していくだけなので、吉本ばなな作品の女性たちのようには感情移入できなかったんですけどね...(新潮クレストブックス)

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紀元74年夏。ファルコが元執政官のルティリウス・ガッリクスに誘われて開いた合同の詩の朗読会は、皇帝の次男・ドミティアヌス・カエサルも臨席し、大成功のうちに終わります。その翌日、ファルコの元へやって来たのは、「黄金の馬」出版工房の経営者のエウスケモン。オーナーのクリューシップスがファルコの詩を気に入ったので、出版しないかと言ってきたのです。しかし翌日、ファルコが出版工房を訪ねた直後、クリューシップスは何者かに殺されて... という「亡者を哀れむ詩」と、ブリタニア王・トギドゥブヌスの宮殿の建設に不正があるらしいと聞きつけた皇帝がファルコに現地調査を命じ、ヘレナやその2人の弟らと共にブリタニアへと行くことになる「疑惑の王宮建設」。

ファルコシリーズの12作目と13作目。
このシリーズは、ファルコがローマ市内で事件を解決するか、皇帝の命令で外国に遠征するか、大体どっちかのパターンなんですけど、やっぱり外国での話の方が基本的に面白いです。特にブリタニア! 1巻以来! ということで、13作目の「疑惑の王宮建設」に思わず食いついてしまいます。なんでローマ皇帝がブリタニア王の宮殿建設に口を挟むかといえば、この建設資金がローマ皇帝から出てるから。そしてなんで万年赤字状態のローマ皇帝ウェスパシアヌスがブリタニア王の宮殿なんか建てるかといえば、ブリタニア王とウェスパシアヌスは、お互いに今の地位を得る前からの知り合いで、ウェスパシアヌスが帝位につくにあたって、ブリタニア王の尽力が大きかったから。ということのようです。建築士や測量士、国内外の労働者をまとめる監督たち、造園師、石工、モザイク師、フレスコ画家、配管技師... 色んな人が働いてる宮殿建設場面がなんか楽しくて好き~。ヘレナの2人の弟も出てくるし~。(ユスティヌスは私の中ですっかり株が落ちてしまって、アエリアヌスの方が不器用ながらも可愛くなってきてるんですが... やっぱりユスティヌスにも早く挽回して欲しい!) 本当は「亡者を哀れむ詩」では古代ローマの出版業界なんてものが登場して、色んな作家の話が出てきて、こちらも楽しいはずなんですけどね... 事件がちょっと小粒すぎたかも。

ファルコシリーズの邦訳は、現在14冊まで。私が読んでるのは全部借り物で、14冊目まで借りてるかと思い込んでたんですが、手元には13冊目までしかありませんでしたー。あと1冊も借りてこなくっちゃ。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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「太陽がいっぱい」ドラゴン怒りの鉄拳」「恋のためらい/フランキーとジョニーもしくはトゥルー・ロマンス」「ペイルライダー」「愛の泉」という、映画の題名のついた短編5編。「太陽がいっぱい」には在日朝鮮人の少年たちが登場して、これまでの金城一紀さんの作品にかなり近いんですけど(最初、実話かと思いました...)、2作目以降の作風はハードボイルドタッチだったり、ハートウォーミングだったりと様々。でも全ての話に、8月31日に区民会館で上演の「ローマの休日」が共通していて、それぞれの物語の登場人物たちが、それぞれの想いを胸に「ローマの休日」を同じスクリーンで観ることになりますし、他にもちょこちょことリンクしてる部分がある、ゆるいくくりの連作短編集。

「ローマの休日」以外のリンクから浮かび上がってくるのは、結構重いドラマだったりするんですけど、5つの物語を締めくくる「愛の泉」がとても暖かいので、幸せな読後感。最後まで読んで、最初の「ローマの休日」上映会のポスターに戻ると感慨深いものが~。その後が気になる話もあるんですけど、これはトム・リプリーが逮捕されない「太陽がいっぱい」ということなのかな。この中だとやっぱり「愛の泉」がいい、という人が多いと思うんですけど、ちょっぴり冗長な感じもあったので(浜石教授の口癖「easy come, easy go」が効いてるのかも)、私は「ドラゴン怒りの鉄拳」が好きでした。これは、夫がある日突然自殺してしまって、戸惑う妻の物語。ゾンビーズシリーズのようにページをめくる手が止まらないという感じではなくて、読んでる途中で何度も前に戻ったりして、私としては読むのにとても時間がかかった作品だったかも。すっと読めば、それほど長くないんですけどね。

そしてこの作品、とにかく映画が沢山登場します。公式サイトによると、なんと全部で96本の題名が挙がっているのだとか。私は、今でこそほとんど映画をを観なくなってしまったんですけど、高校から大学にかけて白黒映画を中心に古い名画を観るのが好きだった時期があるので、懐かしい作品が色々ありました。「太陽がいっぱい」を観たのもその頃。フランス映画にもいいのがいっぱいあると思うのに、金城さんがお好きなフランス映画ってこれだけなのかな...。そうそう、フランス映画といえば、この作品の中で何度も登場するのに題名が一度も書かれていなくて、すごく気になった映画が1つあったんです。金持ちでインテリの主婦がアラブ系の労働者階級の若者と不倫して、やがてアラブ系の若者は差別のために殺されてしまうという話だそうなんですが... なんだろう? カンヌか何かの国際的な映画賞を取っていて、著名人や文化人が好きな映画としてよく名前を挙げるという映画なんですって。「トップガン」(日本では1986年公開)と同時期に日本で公開しているようだったので、1985~1986年を中心に、カンヌだけじゃなくてヴェネチアの方もちょっと見てみたんですが、それらしいのは見当たらなかったです。残念。(集英社)


+既読の金城一紀作品の感想+
「GO」金城一紀
「レヴォリューションNo.3」「フライ、ダディ、フライ」金城一紀
「SPEED」金城一紀
「対話篇」金城一紀
「映画篇」金城一紀

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スコットランド出身の青年、ニコラス・ギャリガンが医師としてウガンダに到着したのは、丁度イディ・アミン・ダダがオボテ大統領を打倒し、政権を奪い取った頃。不安定な首都・カンパラを後に、ギャリガンはすぐに赴任先のムバララへと向かうことに。しかし数年後、地方にやって来たイディ・アミンの手当をしたのがきっかけで、ギャリガンはイディ・アミンの主治医として首都・カンパラに戻ることになったのです。

実在のウガンダの独裁者・イディ・アミン元大統領、そして1970年代におけるウガンダの独裁恐怖政治を、その主治医(架空の人物)の視点から描くという物語。軍人出身でアドルフ・ヒットラーを尊敬し、反体制派の国民を30~40万人も虐殺したというイディ・アミンは、アフリカで最も血にまみれた独裁者と言われた人物なんだそうです。
このイディ・アミンがものすごく魅力的に描かれていました。読んでいるこちらまでイディ・アミンに魅せられて、コントロールされてしまいそうになるほど。実際のイディ・アミンがどんな人物だったのかは知らないんですけど、やっぱり血にまみれた独裁者ですしね...。でもこの作品のイディ・アミンのカリスマぶりはすごいです。もちろん、傍にいたギャリガンがその魅力に抗えるわけがなく。慎重に距離を置こうとしても、気づけばすっかりイディ・アミンの手の内に取り込まれてしまってます。医師としての職業倫理と、英国大使館からの圧力の板挟みになって、逃げ出したいと思いながらもなかなか行動に移せないまま、イディ・アミンに翻弄され続けるギャリガン。そもそも、アフリカに赴任したことからして考えが甘すぎるギャリガンなんですけど、イディ・アミンに出会いさえしなければ、それなりの人生を送れたはずなんですよね。だからこそ、イディ・アミンに手もなくやられてしまったのが、とてもリアル。
リサーチに6年、執筆には2年が費やされたそうで、上記のイディ・アミンのことだけでなく、アフリカの地理、歴史、産業、文化、そして複雑な政治情勢、さらには医療の現場の実態についてもすごく詳しくて、予想外に面白かったです。これは映画にもなっているのだそう。「ラストキング・オブ・スコットランド」、アカデミー最優秀主演男優賞を取ってるんですね。どんなイディ・アミンだったのか、ちょっと見てみたいかも。(新潮クレストブックス)

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グリーン・レイク少年矯正キャンプを出所して1年弱。アームピット(脇の下)は、またシャベルを握っていました。それはグリーン・レイクの干上がった土地に穴を掘るためではなく、灌漑造園会社のバイトのため。グリーン・レイクを出て更生施設でカウンセリングを受け、アフリカ系アメリカ人の少年の再犯率の高さを知ったアームピットは、「高校を卒業する」「仕事をみつける」「貯金をする」「けんかの引き金になりそうなことはしない」「アームピットというあだ名とおさらばする」という5つの課題を自分に課して頑張っているのです。そんなアームピットに会いに来たのは、X・レイ。2週間以内に貯金を倍にする話を持ってきたというのですが...。

「穴」の続編。とは言っても、スピンオフ作品と言った方が相応しいのかな。「穴」の主人公だったスタンリーは登場しません。今度の主役は、アームピットとX・レイ。
まず冒頭の「アームピットはまたシャベルを握っている」からしてルイス・サッカーらしさがたっぷりし、X・レイの口車に乗ってはいけないと十分分かっていながら、断りきれずにどんどんX・レイのペースに乗せられてしまうアームピットの姿が可笑しい~。そして、隣家の脳性麻痺の少女・ジニーが、父親が家を出ていったのは自分のせいだと泣いた時の、アームピットの言葉は最高に暖かいです。グリーン・レイクにいたということでも、身体の大きな黒人だということでも偏見を持たれがちで、実の親にもまるで信用されていないアームピットなんですけど、腕っぷしの強さだけではない、本当の強さを持った素敵な青年ですね。カイラとのことはあまりにお手軽&出来すぎで、ちょっと興ざめだったし、「穴」(大好き!)にはやっぱり及ばないなあ、というのが正直なところだったんですが、それでもやっぱり面白かったです。
ただ、「穴」や「道」では「脇の下」「X線」と呼ばれていた少年たちが、この本では「アームピット」や「X・レイ」になってしまったのは、なぜなんでしょう。シリーズの途中で訳者さんが変わることはよくあることですけど、固有名詞は前作のものを継承して欲しい... これじゃあまるで、全くの別人の話みたいじゃないですか。(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「穴」ルイス・サッカー
「道」ルイス・サッカー
「歩く」ルイス・サッカー

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ペギーは町営図書館の司書。ペギーの勤める図書館にジェイムズが初めてやって来たのは、ペギーが25歳、ジェイムズが11歳の時。小学校のクラスメートたちと共に教師に引率されて図書館に入ってきた中にいたジェームズは、当時ですら185cmという長身で目立っていました。それからというもの、人間があまり好きではなく、恋愛にも縁遠かったペギーにとって、ジェイムズは特別な存在となります。

図書館司書をしている冴えない女性・ペギーと、巨人症の少年・ジェイムズの恋物語... でいいのかな。なんだかね、読み方によってはすごくスレた読み方ができる話なんです。ペギーのジェイムズに対する恋心は、ともすれば所有欲に近いものにも見えるんですよね。節度を守った行動ではあるけれど、気持ち的にはストーカー寄り... いわゆる世間一般の「女性らしい女性」の規範からはみ出してしまったペギーが、常に背の高さばかり注目されてしまう、「少年らしい少年」の規範からはみ出してしまったジェイムズに、同病相憐れむ感情を抱いたようにも見えます。家族愛を知らないペギーにとっては、ジェイムズの家の雰囲気も憧れだったのかも。...とは言っても。始まりがどんな感情であったにせよ、それだけを追い求めれば、いつかは本物になる...!? ペギーの最後の行動には、びっくり。そんなのばれないはずがないでしょう、と思いつつ...。
なーんて書いてますけど、素直な気持ちで読むと、とってもピュアな恋愛小説にもなるんです。恋愛に慣れていない2人が不器用ながらも着実に思いを育んでいった、というような。そうなると、最後は「ペギーもようやく自分の居場所を見つけられてよかったね」って、そうなるかな...? ふふふ、面白かったです♪

この作品の中で、図書館司書に対して手厳しい言葉がありました。「司書は(スチュワーデス、公認会計士、中古車のセールスマンとおなじく)、ある種ひねくれた人間を惹きよせる職業と思われている。さらには、手厳しい行き遅れの女ということになっている。寂しい頑固者。まずもって、刺々しい。罰金を愛し、静寂を愛する」ですって。ひいい。(笑)(新潮クレストブックス)

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どこの子なのか、だれひとりとして知らないけれど、そこに確かに存在している「こうちゃん」。そんなこうちゃんのことを書いた絵本。須賀敦子さんが唯一遺したという小さな物語に、酒井駒子さんの画をつけたものです。

絵本と言っても差し支えないとは思うし、こここに書かれている言葉は決して難しいものではないんですけど、やっぱり子供向きの絵本とは言えないですね。ひらがなの多い文章はとても柔らかくて、読んでいる人を包み込んでくれるよう。するっと心の隙間に入り込んで、ひび割れた部分を埋めてくれるような気がします。でも字面を追うのは簡単なんだけど、そこにどんな意味があるのかと考え始めると、ものすごく難しいんですよね。そもそも「こうちゃん」って一体誰なんだろう? ...私には、ふとした瞬間に感じられる明るい光のようなものに思えました。ふとした拍子にするりと逃げ去ってしまうんだれど、確かに存在するもの。日々柔らかな心で暮らしていないと、すぐに見失ってしまうようなもの。
本を見る前からきっと合うだろうとは思っていましたが、酒井駒子さんの絵が素敵。須賀敦子さんの文章にぴったり。でも、須賀敦子さんの文章をそのまま絵にしたという感じではないんですよね。須賀敦子さんの文章から浮かび上がってくる情景と、酒井駒子さんの描く絵が対になって、コラボレーションとなっているみたいです。(河出書房新社)


+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

+既読の酒井駒子作品の感想+
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「よるくま」「よるくま クリスマスのまえのよる」酒井駒子(「リコちゃんのおうち」)
「ビロードのうさぎ」マージェリィ・W・ビアンコ文・酒井駒子絵訳
「きつねのかみさま」あまんきみこ文・酒井駒子絵
「絵本のつくりかた1」「Pooka+ 酒井駒子 小さな世界」
「ゆきがやんだら」「ぼく、おかあさんのこと...」酒井駒子
「こりゃ まてまて」「ロンパーちゃんとふうせん」酒井駒子
「BとIとRとD」酒井駒子
「赤い蝋燭と人魚」小川未明文・酒井駒子絵
「くまとやまねこ」湯本香樹実文・酒井駒子絵
「金曜日の砂糖ちゃん」酒井駒子
「きかんぼのちいちゃいいもうと」1~3 ドロシー・エドワーズ

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墓職人ギルドの親方となったバルトロメが幼い頃に聞いたのは、ヴェヌスの名門貴族のスコルピア家とバルバロン家の確執の物語。両家はこの100年ほど反目しあっており、14年ほど前にも身の毛のよだつような事件があったのです。それは、婚約者のいたスコルピオ家の14歳のメラルダが、17歳の画工・ロレンツォと駆け落ちをしようとした事件。メラルダとロレンツォは、メラルダの侍女の密告によって宿敵・アンドレア・バルバロンに捕えられて、その婚約者に引き渡され、結局2人とも命を落とすことになったのです。それから24年後、アンドレア・バルバロンと5歳になるその娘・ベアトリクサの前に見知らぬ少年が現れて... という「土の褥に眠る者」と、シリーズ完結編の「復活のヴェヌス」。

「ヴェヌスの秘録」の3作目と4作目。1巻と2巻は、まあまあ... といったところだったんですが、3巻目の「土の褥に眠る者」は面白かった! 最初の方は「ロミオとジュリエット」みたいな感じなんですけど、もっとずっと複雑。そもそもタニス・リー版「ロミオとジュリエット」といえば、「影に歌えば」という作品もありますしね。これは「ロミオとジュリエット」だけで終わるのではなく、輪廻転生する魂の物語ともなっていました。とてもロマンティック。登場人物もそれぞれに魅力的だったし(特にベアトリクサ)、2巻のエピソードとも繋がっていたし、チェーザレ・ボルジアやその妹のルクレチアらしき人物も登場して、パラレルワールドらしさが濃く感じられるのも良かったです。
でも4巻の「復活のヴェヌス」は...。これまでの3冊で、17世紀のヴェヌス→中世のヴェヌス→ルネサンス期のヴェヌスと来て、今度はなんと未来に飛ぶんですけど... 今ひとつ物語の締めくくりらしく感じられなかったな。1巻とは密接に結び付いてるんですけど、2巻3巻はまるで無視されていたところも残念だったし。観念的に好きな部分はあったんだけど、話としてはあんまり面白く感じられませんでした。残念。(産業編集センター)


+シリーズ既刊の感想+
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

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海の都・ヴェヌスで始まった秋の謝肉祭。その日、フリアンは舟を雇って、夜中の3時から運河や淵を巡って、シャーキン医師のために死体を捜していました。謝肉祭には死人がつきもの。しかし1年前は一晩で5つも遺体を見つけたフリアンも、その日は1つも死体を見つけられなかったのです。ようやく見つけたのは、謝肉祭の間、全ての人々がつけることを義務付けられている仮面を1つだけ。それは半顔で、古代ギリシャやローマの神々の彫像や彫刻を思わせる端整な目鼻立ちをした上等なもの。しかしその仮面には、剥ぎ取ろうともがいたような傷や、仮面が血を流したような鈍い錆色の切り傷が走っていたのです... という「水底の仮面」と、炎を作り出す力を持つ奴隷の少女ヴォルパの物語「炎の聖少女」。

今年はなぜかタニス・リーの未訳作品がどんどん訳されてるんですが、これもその一つ。「ヴェヌスの秘録」という4部作の最初の2巻です。私はてっきり話が続いてるのかと思って、4冊全部出揃うまで読むのを待っていたんですが、どうやら同じ主人公の話が続いていくというより、ヴェネチアのパラレルワールド、ヴェヌスの都という場所そのものが主役の話だったみたい。
これまで産業編集センターから出版されたタニス・リー作品はことごとくイマイチで(失礼)、それに比べると、このシリーズはタニス・リーらしさが出てるとも言えるのだけど... そうなったらそうなったで、やっぱり浅羽莢子さんの訳で読みたかったなーとか今更のことを思ってしまうんですよねえ。この作品の訳は柿沼瑛子さんという方で、この方の訳も悪くないんですけど、タニス・リーですし! なんせ私が最初に読んだリー作品が「闇の公子」ですから!
...というのはともかく、ヴェヌスを舞台を舞台に繰り広げられる1作目は、やや浅く感じられる部分はあるものの、妖しい雰囲気はいい感じ。2作目は、聖少女という設定がなんだかジャンヌ・ダルクっぽくて、ヴェヌスの必然性はあるのかしら?って感じもあったんですが、まあまあ。3・4作目に期待しようと思います。(産業編集センター)


+シリーズ既刊の感想+
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

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スポーツクラブでフロア・スタッフのバイトをしている殿内亨は、インストラクターの芹香にときめき、遅番の仕事が終わった後、プールで一泳ぎをするのが楽しみな毎日。しかしそんなある日、プールの中で身体に熱いものがかかって火傷をしたという女性が現れて... という「水の中の悪意」他全4編。キリコちゃんのシリーズです。

このシリーズはキリコも可愛いし、読みやすくて好きなんだけど... 前の2作とはちょっと違ってたかな。事件の方は相変わらず、人間の暗部を覗き込むようなもので、でも最後にはちょっぴり救われて気分が上向きになるというパターン。今回の4編の視点は、全て事件の当事者の視点。そこまではいいんだけど... 謎解きこそキリコがするし、それぞれに意表を突いた結末が待ってるんだけど、キリコはあくまでも脇役って感じなんですよね。それが私としては物足りなかったかも。清掃業というキリコの仕事も、いつもほど生かされている感じがしなかったし。しかもキリコが脇役だから、キリコ側の人たち(大介とか)が全然登場しないんですよねえ。もっとキリコ自身の話を読みたかったので、ちょっと残念。
今回面白かったのは、スポーツクラブに通い始めたキリコの言葉。習い事をしている場合、同じクラスの人と自然に知り合いになって挨拶したり少し話したりするようになるけれど、毎朝駅で顔をあわせる人とは、仲良くなろうとも思わないし、挨拶もしないもの。「スポーツクラブはそれが入り混じっているような気がする」という観察が面白かったです。(ジョイ・ノベルス)


+シリーズ既刊の感想+
「天使はモップを持って」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「にわか大根」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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即位の時に大々的な国勢調査実施を命じていた皇帝ウェスパシアヌス。その皇帝が、申告額を誤魔化しを発見し、査定のやり直しをさせるために雇ったのがファルコ。そしてまず査察の対象となったのは、剣闘技の訓練師や興業師(ラニスタ)たちでした。しかしそんな時、「水路の連続殺人」の犯人の処刑を担当するはずの人喰いライオン・レオニダスが何者かに殺されるという事件が... という「獅子の目覚め」と、神官の家の中のゴタゴタをめぐる「聖なる灯を守れ」。

密偵ファルコシリーズの10作目と11作目。9作目の「水路の連続殺人」から、ファルコのパートナー探し3連作となっています。随分意外な相手とも組むことになってびっくり。でもファルコを取り巻く環境が少しずつ変化してるので、それもまた自然な流れなのかもしれませんー。相手の意外な素顔が見れるところも楽しくて。

国勢調査といえば... そういや聖書の福音書にこんな文章がありました。「そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。これは、クレニオがシリアの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。」 キリストが生まれる直前の話で、この勅令が出たためにヨハネとマリアが故郷に向かって急ぐんですね。毎年クリスマスの頃になると暗誦させられていたので、今でも丸ごと覚えてたりします。(笑) 
アウグストというのは、初代ローマ皇帝のアウグストゥス。一応、キリストが生まれた年が紀元元年で(実際には若干ズレがあるそうですが)、キリストは30代半ばで亡くなってるので、それが紀元30年前後のはず。 密偵ファルコのこの時代は、紀元70年頃。ほんの40年前のことなんですねえ。しかも、「聖なる灯を守れ」にはベレニケというユダヤの王女が登場してるんです。この人の曾祖父が、イエス・キリストが生まれた頃に、救世主の到来を恐れて2歳以下の幼児を虐殺させたという噂のあるヘロデ王。ふと気づくと、ちょっとしたところで繋がってくるのが歴史物の面白いところですね。読んでるうちに点と点が繋がって線になっていくのって、嬉しいな。このまま線と線が繋がって面になっていく... といいのだけど。(笑)(光文社)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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先日、「ザスーラ」のDVDを観たんです。これが結構面白くて(アマゾンのカスタマーレビューでは星1つでしたが!)、でも基本的な話は以前観た「ジュマンジ」と一緒なんですよね。「ジュマンジ」は、子供たちがゲームを始めた途端に家がジャングル状態になってしまう話で、「ザスーラ」は、その宇宙版。どういう関係なんだろう? 二番煎じ? なんて思っていたら、どちらもクリス・ヴァン・オールズバーグの絵本が原作だということが判明。早速図書館で借りてきました。

「ジュマンジ」の絵本が描かれて約20年後に「ザスーラ」が描かれたのだそう。実は話が続き物になっててびっくり。でも絵本になると、やっぱりかなりあっさりしてしまうものですね。そんなものかもしれないけど... というか、このぐらいの長さの話を膨らませる方が、映画を作るには向いてるのかもしれないですけど。少なくとも、長編小説を映画化するために、設定を色々変えて、しかも「あのシーンもない、このシーンもない」なんて言われちゃうよりも、作る人にとっては作りやすいかも? 映画のシナリオって、実際、びっくりするほど短かったりしますし。

それでもやっぱり、この絵本からあんな映画を作っちゃったのかというのが驚きです。特に「ジュマンジ」はスゴイです! あれは、迫力。私にとっては、ほとんどホラー映画状態。あまりに迫力だったので、最後までちゃんと観たのか定かではないほどですし... 結末とか全然覚えてないので、今度また借りてこなくっちゃ。そして、「ザスーラ」の方は、確かに「ジュマンジ」の二番煎じだし、「ジュマンジの方が映画として格上だった気もするんですが、お子様な私には、こちらも十分面白かったです。絵本よりも映画の方が、いがみ合ってる兄弟の気持ちが通じ合っていく過程が丁寧に描かれていたし、絵本よりも映画の方が好みだったかも。って、映像化にほとんど興味のない私にしては、ちょっと珍しい感想かも。でも絵本に出来ること、映画にできること、それぞれの特性がよく分かるような、映画とその原作でした。(ほるぷ出版)

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どちらも寺田順三さんの手がけた本。寺田順三さんの絵は、ノスタルジックな柔らかい色調がとても素敵なんです。「本の本」は、「架空の絵本のエディトリアルデザイン集」で、以前読んだ時にすごく素敵だったので自分でも購入したんですけど、「タビの雑貨屋」は今回初めて。掲示板で彩水仙さんに教えて頂いて、早速読んでみました。

「タビの雑貨屋」は、雑貨屋に住むタビというネズミの物語。お店が閉店したら、タビの時間。掃除をしたり、商品を動かしたりと、たくさん売れるようにするのがタビの仕事。でも、いつまで経っても売れない犬のぬいぐるみがあるんです。夏には浮き輪をつけてみたり、クリスマス前には赤い帽子をかぶせてみたりするけどダメ。でも、そうこうするうちに、だんだんそのぬいぐるみに愛着が湧いてくるんですね。そんなある日気づいたら、犬のぬいぐるみがいない! 売れてしまった...? 売れるために色々したけど、いざいなくなると淋しくなってしまう、そんなタビの物語。
こちらも柔らかい色調がとても綺麗だし、何といってもネズミのタビが可愛い~。雑貨屋さんの雑貨屋さんもフランス風でとってもお洒落。「本の本」は、大人向けの本だけど、こちらは子供も一緒になって楽しめそうな絵本です。でもやっぱりこういう本を子供に独占させちゃうのは勿体ないですね。図書館で借りてきたんだけど、これも手元に欲しくなってしまいます。

寺田順三さんのサイトはコチラ。大阪にお店があって、行ってみたいと思いつつ未だに行けてない私。今度こそ、時間を作らねばー! そして、最近では小川洋子さんの「ミーナの行進」も手がけてらしたんですね。知らなかった。今度ちゃんと手に取って見てみようっと。(学習研究社・ワールドコム)


+既読の寺田順三作品の感想+
「本の本」横山犬男・寺田順三
「タビの雑貨屋」「本の本」寺田順三

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ヒスパニアのバエティカ・オリーブ油生産者協会の饗宴に出席したファルコは、同じく出席していた密偵頭のアナクリテスやほかの密偵がその帰宅途中に襲わたのを知り驚きます。どうやら自分も襲われるはずだったらしいのです。事件にはヒスパニアから来た踊り子が関係しているらしく、しかも調べているうちに、オリーブ油闇カルテル疑惑も浮上。ファルコとヘレナはヒスパニアへと向かうことに... という「オリーブの真実」と、ローマの上水道を流れてきた人間の手を発見したファルコとペトロが猟奇殺人犯人を追う、「水路の連続殺人」。

密偵ファルコシリーズ8作目と9作目です。
「オリーブの真実」は、ひたすらオリーブオイルの話。オリーブオイルが様々な用途に使われてきたというのは知識として知っていても、こうして実際に物語で読むとまた違いますね。料理にはもちろん、入浴後の肌の保湿剤として(男女問わず、貧富の差を問わず、生活必需品だったようです)、ランプの燃料として、香料や医療品の基材として用いられており、もちろん実も食用。前巻の出来事も伏線になって、物語のオチまでオリーブオイル。(笑) ただ、ヒスパニアに行くのはいいんだけど、肝心のオリーブオイル闇カルテルにまつわる話がイマイチだったような気もするんですけどね...。
そして「水路の連続殺人」は、ローマで起きた連続猟奇殺人の犯人探し。ミステリですねえ。どうやらこの9作目から3冊は、ファルコの仕事のパートナー探し編にもなってるようです。最初にパートナーになるのは、親友のペトロ。でも、同じように日頃悪を追う仕事をしていても、そのやり方は全然違うんですよね。やっぱり仕事と友情は別々にしておいた方が無難でしょ、と言いたくなるような状態で...。ペトロが警備隊長のまま協力するなら、衝突しつつもなんとか上手くいくのでしょうけれど、なんとペトロは停職中なのでした。
今回面白かったのは、古代ローマの上水道に関する薀蓄。古代ローマの上・下水道は、相当素晴らしいものだったようですね。都市や工場地に水を供給するために多くの水道が建設され、ローマ市内では実にのべ350キロ(260マイル)もの長さを誇る水道が、日々市民に大量の水を供給していたのだとか。しかもその大部分が地下に埋め込まれていたんですって。水に含まれる石灰で水道管が詰まってしまわないように管の掃除も不可欠だったようで、そんな仕事をしてる人も登場します。でも何といっても良かったのは! 後にローマの水道管理委員として水道に関する著作を残したというユリウス・フロンティヌスが登場すること。この事件をきっかけにして水道に興味を持つようになっただなんて、上手いなあ。自らまめに動き回って仕事をこなすフロンティヌス、なかなかいい味を出していたので、これからも登場してくれるといいな。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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皇帝一家がファルコへの大事な約束を反故にしたおかげで、ヘレナは激怒。皇帝の仕事は金輪際受けないようにと、ファルコに厳命。そんな時、密偵頭のアナクリテスが持ってきた仕事は、最近ローマ帝国によって鎮圧されたばかりのナバテアでの情報収集の仕事でした。そして丁度その頃、蛇使いのタレイアからも、男と一緒に中東に逃げた水圧オルガン弾きの娘をローマに連れ戻すようにとの依頼があり、ヘレナとファルコは、結局ナバテアへと向かうことに。しかしナバテアの拠点ペトラの町に到着した途端、2人は殺人事件の被害者を発見。監視人付きでペトラを追放されてしまい... という密偵ファルコシリーズ6作目「砂漠の守護神」と、7作目の「新たな旅立ち」。

「砂漠の守護神」は、全編通して旅先での話。ひょんなことから、被害者が旅芸人一座の台本作家だったのを知ったファルコは、その後釜として旅芸人一座に加わって、町から町へと回ることになります。ヘレナとファルコは旅芸人一座に加わった時から、時間は内部の人間の犯行だと見て犯人探しを始めるし、実際、事件は1つでは終わらないので、今回はミステリ風味が強いです。でもどこが面白かったといえば、ミステリ部分そのものよりも、旅芸人一座の生活ぶりとか、その旅の様子だなあ。主な舞台となるのはローマ領シリアの「十の町(デカポリス)」なんですが、それぞれの町の描写もすごく詳しいんですよね。...でもヘレナやファルコを見てると、中東に行くのもブリタニアやゲルマニアに行くのとそれほど変わらないように見えるんですが、この時代の旅って実際どうだったんだろう? 旅そのものは大変でも、中東って今の時代よりも近い存在だったのかしら。少なくとも今の時代だと、シリアなんて、おいそれと気軽に旅行に行けるような場所じゃないですよね。なので、そういう意味でも楽しかったです。
そして「新たな旅立ち」は、打って変わってローマでの話。題名からすると、まるでファルコとヘレナに新しい展開があったように思えてしまうんですけど、違いました。(笑) 旅立つのは、死罪を言い渡された大犯罪人。ローマ時代、死罪を宣告された犯罪者には、旅の用意をして家族に別れを告げ、逃げ出す権利が認められてたんですって。死罪を言い渡されるほどの犯罪者なのに?! とびっくりなんですが、その方が国家にとって安上がりで助かったらしく... そんなことでいいのかなあ。今回も、その大犯罪者が出国するところをファルコもその目でしっかり確かめるんですけど、案の定、それだけでは済みませんでしたよー。江戸時代の所払いの方が、しっかり追放されそうです。ローマには関所なんてないですしね。(笑)(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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北方の国に来ている「私」は、ここ数日間、家の中にあったアルコールとオイル・サーディンだけで生きのびている状態。そんなある日、窓のカーテンの隙間から外を見た「私」は、門柱のところに立ってじっと庭を見つめている女の子に気づきます。ふらふらと外に出る「私」。そんな「私」に、女の子は「この庭に、ミンクがいる気がしてしようがないの」と言うのですが... という「この庭に」と、その前日譚とも言える「ミケルの庭」。

大好きだったはずなのに、ちょっぴり気持ちが離れ気味? 去年の暮れに新刊が出てたのに、読むのが今頃になってしまいました。「この庭に」は、文庫版「りかさん」に収録されている「ミケルの庭」の続編とのことなので、せっかくだし、「ミケルの庭」も再読です。「ミケルの庭」のミケルとは、「からくりからくさ」に登場するマーガレットの産んだ赤ちゃん。ほとんど育児ノイローゼになりかけていたマーガレットが、ミケルが1歳になって乳離れしたのを機に、同居している3人にミケルを任せて中国に短期留学に行っている間の物語。
続編とはされていても、「この庭に」は「ミケルの庭」の数年後の物語だし、共通する登場人物がミケルだというだけで、物語としては特に繋がってないんですね。「この庭に」は、物語としての展開も特になくて、ほとんどアル中状態の「私」が見る妄想のような情景が移り変わっていくだけ。現実世界と異世界の境目がすっかり薄れてしまって、どこにあるのか分からなくなってしまったような感じです。それにしても精神的にかなり荒んで、殻に閉じこもってしまっているミケルの姿が痛々しい...。これはもしかして、胎内にいた時のマーガレットの不安定さを受け継いでしまったのかしら。なんて思うと、なんだか怖くなってくるし、これから本当に真っ当な人生が送れるのか、本当に心配になってしまいます。
挿絵が多いせいか、本は児童書のところに置かれてるんですけど、これは実は結構激しい作品ですね。須藤由希子さんのモノトーンの挿絵の中に、血の赤が鮮烈でどっきり。(理論社)


+既読の梨木香歩作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「ぐるりのこと」の感想)
「沼地のある森を抜けて」梨木香歩
「水辺にて」梨木香歩
「ミケルの庭」「この庭に 黒いミンクの話」梨木香歩
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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戯曲「ロボット」によって一躍国際的名声を得たカレル・チャペックは、1924年にロンドンで開かれた国際ペンクラブ大会に招待され、その時ロンドン郊外のウェンブリーで開催中だった大英博覧会の取材も兼ねて、2ヶ月間かけてイギリス国内、スコットランドやアイルランドまでまわったのだそう。そしてスペイン旅行は、1929年の時。それぞれの旅行で見た多種多様な風物を、チャペック自身の絵入りで紹介した本です。

チャペックがこの旅行記を書いてから、1世紀弱が経とうとしてるんですけど、全然古さを感じさせないのがすごいです。特にイギリス。もしかしたら、当時から全然変わってないんじゃないかしら、なんて思ってしまうほど。
「あらゆる民族的慣習に特別な共感を持」ち、「あらゆる民族的特性を、この世界を極度に豊かにするものと考え」ているチャペックは、自国の習慣をしっかり維持しているイギリス人に、とても好感を持っていたみたい。イギリスの最大の長所は、その島国性にあるとして、イギリスの長所も短所も公平に書いています。この辺りを読んでると、同じ島国だけに、もしチャペックが日本を訪れていたらどうだったんだろう、なんて考えちゃいます。「腰をすえたところにはどこにでも、ブリテン島が生じる」とまで言われるイギリス人ほど、いい意味でも悪い意味でも頑固ではない日本人。きっと自国の伝統をあまり大切にしていない部分が目についてしまうでしょうけど、イギリス人の特性として書かれていることで日本人にも当てはまる部分は、結構あるんですよね。思わず、わが身を振り返りたくなってしまいます。
そして印象に残ったのは、まえがき。イギリスで沢山の観光名所や歴史的な記念碑を見て回っても、チャペックにとってのイギリスは、列車の中から一瞬見えた一軒の赤い小さな家の情景だったんですって。その家の片側では、老紳士が生垣を刈り込んで、反対側では、少女が自転車で走っていて...。同じように、チャペックにとってのドイツは、バイエルン州で見かけた、人気のない古い居酒屋の情景、フランスは、パリの外れの居酒屋で青いスモックを着た農夫がワインを飲んでる情景 ...ああ、なんだかとっても分かる気がします。

「スペイン旅行記」は光と影の国、情熱の国スペインの魅力がたっぷり詰まった1冊。スペインらしい闘牛とかフラメンコ、そしてスペイン絵画の巨匠についてもたっぷりと書かれているんですが、私が一番惹かれたのは、セビーリャの女性の美しさを褒め称えた章。ここで描かれてるセビーリャ女性たちの魅力的なことったら! 読んでいるとものすごく羨ましくなってしまうし、ものすごーくセビーリャに行ってみたくなります。王冠か光背のように髪を飾る螺鈿細工の竪櫛、その上からかぶる黒や白のレース製のマンティーリャ、重い房飾りのついた大きな薔薇の刺繍のあるショール、欲ーしーいー。(それがあったからって、セビーリャ女性になれるわけではないのだけど)

これともう1冊チェコスロヴァキアの本があって、こちらも合わせて読もうと思ったんですが、私、チェコスロヴァキアの地名を全然知らないんですよね。あまりに聞いたことのない地名ばかりなので、読んでてもアタマの上を素通りしてしまう... ので、もうしばらく置いておいて、ちょっと熟成させてみようと思います。(ちくま文庫)


+既読のカレル・チャペック作品の感想+
「ダーシェンカ」「チャペックの犬と猫のお話」「園芸家12ヶ月」カレル・チャペック
「イギリスだより」「スペイン旅行記」カレル・チャペック
「ロボット」チャペック
「チェコスロヴァキアめぐり」カレル・チャペック
「北欧の旅」カレル・チャペック

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オリュアルとレディヴァルとイストラは、シュニット川の左岸に都を持つグローム国の王の3人の王女。オリュアルは醜く、それとは対照的に、イストラは生まれた時からまるで女神のような美しさ。オリュアルはイストラをこよなく愛し、彼女の世話に心血を注ぎます。しかしそのあまりの美しさが災いして、イストラは灰色の山の神に献げられることになるのです。オリュアルはその晩年、灰色の山の神を糾弾するために、巻物にその時の出来事を逐一書き記し始めます。

アプレイウスの「黄金のろば」(感想)の中のキューピッドとプシュケーのエピソードを使って、C.S.ルイスが描き出した物語。このエピソードは、エロール・ル・カインの絵本「キューピッドとプシケー」(記事)でも独立して取り上げられていたし、ギリシャ神話の本には大抵入ってるのではないかと思います。プシュケーのあまりの美しさに人々がアフロディーテのことをないがしろにするようになって、女神を怒らせてしまうという物語。この物語の舞台となるグロームの国の人々はアフロディーテに当たるウンギットという神を信仰していて、その息子に当たる灰色の山の神がキューピッド。そして王家の末娘イストラの名をギリシャ語にするとプシュケーです。

「黄金のろば」の中で語られていたのは、妹プシュケーの良い暮らしぶりに嫉妬した姉たちが、プシュケーにランプで夫の顔を見るようにそそのかしたというもの。この物語でも、実際に途中でそういう神話が語られます。でもそれは、プシュケーの姉・オリュアルの目から見た真実とはまるで違うものなんですね。オリュアルが探し当てたプシュケーは壮麗な宮殿や贅沢な調度品、美しい衣装の話をするけれど、オリュアルにはも何も見えず、そこには露天で自分の手に湧き水を汲んでオリュアルに飲ませる、ボロを着たプシュケーがいるだけ。...でもオリュアルにも本当は分かっていたんですね、きっと。オリュアル自身が信じたくなかっただけ。結局のところ、オリュアルは嫉妬していただけなんでしょう。でもそれはアプレイウスの物語の中にあるような俗物的な嫉妬ではなく、愛するプシュケーを神に取られたくないという思い。
この作品ですごいと思ったのは、神の姿。今まで神話やその類の物語を沢山読んできましたけど、これほど神々しい神は初めてでした。本来、神々とはこうあるべきと思える姿がこの作品の中にはあります。素晴らしい! オリュアルはプシュケーを心の底から愛していたけれど、それは所詮人間的な愛情だったんですねえ。もうレベルが違いすぎるというか何というか。
そして、女性が深く描きこまれている作品でもありました。晩年には結婚したけど、ルイスはずっと女嫌いとして独身生活を送っていたと聞いた覚えがあるのだけど... そうではなかったのかしら? 先日「サルカンドラ」を読んだ時も感じたけど、この人、本当は女性をとてもよく知ってたんですね。

私が読んだのは、みすず書房から出ている「愛はあまりにも若く」なんですが、平凡社ライブラリーで改題改訳版が出てました。「愛はあまりにも若く」という題名、好きなんだけどな... でも新しい題の方が原題に忠実です。(みすず書房)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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やまんばの母と人間の父の間に生まれた由布も13歳。以前から山のふもとの風早の街に行きたくて堪らなかった由布は、母が7年に1度の山の神の寄り合いで富士山に行っている間に、姉を残して1人山を下りてしまいます。街には父がいるはずなのです。10年前に街に行ったきり戻らなかった父。母は、父が山の生活が嫌になってしまって自分たちを見捨てたのだと言うけれど、由布にはどうしてもそうは思えず、帰りたいのに何か理由があって帰れないのではないかと考えていました... という「やまんば娘、街へゆく」と、捨てられた猫の赤ちゃんを拾い、1人世話をしようとする少女の物語「七日間のスノウ」。

「七日間のスノウ」しか画像が出ないですね。これは、正真正銘の児童書。風早街の話だから読んだんですけど、字が大きくてちょっとしんどかったし、お話そのものも痛すぎました...。「百年めの秘密」に登場したのと多分同じお屋敷も出てくるので、そういう意味では読んで良かったんですけどね。
それよりも「やまんば娘、街へゆく」の方が、ずっと私好み。これは副題が「由布の海馬亭通信」。古い石畳の道に面して建っている灰色の煉瓦造りの海馬亭は、今でこそアパートとして使われてるんですけど、元々はホテルで、竜の落とし子の形の錆びた金の看板にはしゃれた文字で「海馬亭」とあるんです。それを、「ナルニアのあの街灯のように」1つぽつんと立った街灯が見守っていて...。風早の街に、また1つ素敵な場所が増えてしまいましたー。やまんば娘の由布は可愛いし、お姉さんやお母さんも見たくなってしまったわ。アパートの住人たちもそれぞれに個性的で暖かくて、海馬亭がとても素敵な空間になってます。(理論社・佼成出版社)


+シリーズ既刊の感想+
「ささやかな魔法の物語 カフェ・かもめ亭」村山早紀
「人魚亭夢物語」村山早紀
「コンビニたそがれ堂」村山早紀
「百年めの秘密」村山早紀
「やまんば娘、街へゆく」「七日間のスノウ」村山早紀

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虎猫のチビが生まれたのは、いい年して未だ独身のあくび先生の家の物置。あくび先生が子供の頃に飼っていた猫によく似ていたことから、チビはそのままあくび先生の家に居つくことになります。美味しいものとお酒に目がなく、食事の誘いを断ったことがないというあくび先生。連れて行ってもらえない時は、「猫爾薀(ねこにおん)」という技を使ってあくび先生を追いかけるチビの目を通してみた美食の人々の物語。

どうやら「食と酒」がライフワーク化している印象の南條竹則さん、この作品は「満漢全席」系の、作者の姿がそのまま出ているようなグルメ小説。実際に、登場人物が重なっているようですね。そんな物語が「我輩は猫である」的に猫のチビの視点から描かれています。
「満漢全席」は、食という意味ではものすごく美味しそう、でも読み物としての面白さは...(えへへ) だったんですよね。今回は、料理も話もそこそこ、だったかな。あ、でも1つものすごく美味しそうな料理がありました。それは「仙人雲遊」というお料理。名前からしてそそるんですが(笑)、これは「大皿の上に、雪のように白い粒々と、水飴みたいな色をした形さだかならぬものとが茫漠たる形姿を描いている。その上にすきとおったゼリー状の膜がかかって、あたかも雲の上から不思議な世界を見下ろしているみたい」な料理。透明な膜は熱いタピオカ、白い粒々は烏賊、飴色のものは白キクラゲなのだそうです。これは食べてみたーい。
基本的に食べたり飲んだりの話ばかりで、ストーリーの展開としては特にないし、せっかくの「猫爾薀」もイマヒトツ生かされてないし、小説としては「酒仙」や「遊仙譜」の方が断然好き!なんですが、あくび先生や同僚の大学の先生たち、出版関係者なんかが集まっての、友人知人の近況や旅行のエピソード、英国詩からいろは歌の解釈までの幅広い話題は結構楽しめました。「満漢全席」が実録小説だったことを考えると、こちらもきっとかなり実話に近いんでしょうね。あくび先生の同僚のオメガ先生がメザシ書房から本を1冊出すたびに豚の丸焼きパーティがあるというのも、果たして元になる実話があるのかな...? (文藝春秋)


+既読の南條竹則作品の感想+
「セレス」南條竹則
「りえちゃんとマーおじさん」南條竹則
「鬼仙」南條竹則
「あくび猫」南條竹則
「魔法探偵」南條竹則
Livreに「酒仙」「満漢全席」「遊仙譜」「ドリトル先生の英国」の感想があります)

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皇帝が次に自分を行かせたいと思っているのはゲルマニア... そう耳にしたファルコは、皇帝に近づくのをやめて、庶民相手の仕事探しに励むことに。しかしファルコの留守中に訪ねて来たティトゥス・カエサルがヘレナと楽しそうに話し込んでいたのがきっかけで、ファルコとヘレナは気まずい雰囲気になってしまい、ファルコが意地を張っているうちに、ヘレナは家を出てしまいます。ローマを出たというヘレナの行方は誰にも分からず、ヘレナがいないローマに未練はないファルコは皇帝のゲルマニア行きの仕事を受けることに... という密偵ファルコシリーズ4作目「鋼鉄の軍神」と、5作目「海神の黄金」。

いやあ、今回も面白かった。「鋼鉄の軍神」は、やっぱりゲルマニアに着いてからでしょうね。ここでファルコは、ヘレナの弟で、ローマ執政武官をしているカミルス・ユスティヌスに会うことになるんですが、この弟くんが良かった! 正統な貴族の子弟らしい優雅さと冷静沈着な態度を見せながら、意外と行動力もあったりして(もちろん、頭もいいのです)、これはぜひとも再登場して欲しい人物です。(その時は、女祭司もぜひご一緒に) ファルコがユスティヌスや百人隊長のヘルウェティウス(彼もいいです)と一緒に、使えない新兵を従えて辺境の地を行軍する辺りも面白かったなあ。
「海神の黄金」の方は、今は亡きファルコのお兄さんの尻拭い。ファルコが身に覚えのない殺人容疑で追われたりして、結構大変な事態になります。小さな不審と小さな心の傷、そして小さな謎が集まってできたような話なんですけど、それらの1つ1つが氷解していくたびに家族の絆が少しずつ強まっていくようで、なかなかいい話でした。シリーズの最初の方ではあまり分からなかったけど、ファルコのお父さんもお母さんもいい味出してます。(ヘレナのお父さんも好き~)

ここまで、題名に「白銀」「青銅」「錆色」「鋼鉄」「黄金」と金属が使われてたんですけど、それもこの5巻で終わり、物語もとりあえず一段落みたいです。第一部終了? でもまだまだ解決してない部分が残ってるし、手元にもあと9冊あるし! 続きを読むのが楽しみです。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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みなみらんぼう、桂宥子、猪熊葉子、井村君江、鷲津名都江、森省二、上野瞭、小原信、横川寿美子、田中貴子、吉田新一、松田司郎という、児童文学やファンタジーに造詣の深い12人によるファンタジー論。タイトルに「大学」なんてついてますが、堅苦しいものではなくて、むしろ一般向けの特別講習みたいな感じですね。

色々面白い話があったんですけど、その中で「へええ」と思ったのは、横川寿美子さんの「アヴォンリーという名のファンタジーランド 赤毛のアンの世界」。全体の要旨は「赤毛のアン」の物語の中の「ほっとした気分になれる」要素とは何かという、私としてはそれほど興味を引かれないものだったんですが、アヴォンリーという場所の特異性が指摘されてたのが面白かったです。「赤毛のアン」といえば、そこから派生してプリンスエドワード島の写真集なんかも出てることからも分かるように、いつか行ってみたいと思う人がすごく多い場所。アンは色んな場所を見ては感激して、自分だけの呼び名をつけているし、とても美しい場所だというイメージがあります。でもアヴォンリーではあれだけ景色の描写が念入りにされているのに、物語の冒頭はそうでもないんですよね。マシュウがアンを迎えに行った駅とか、そこから馬車に乗って眺めた景色とか、そういうのは全然描かれていないんです。
どこからあの描写が始まるかといえば、それは「歓喜の白い路」のりんごの並木道から。横川寿美子さんいわく、赤毛のアンの世界では、ここが外界とアヴォンリーを結ぶトンネルとなっていて、アヴォンリーはファンタジーランドの性質をそっくり持った異界となっているのだそうです。ファンタジーランドなのは、アヴォンリーを中心にせいぜい5マイル程度。時にはその外の世界へと出かけることはあるけれど、外に出てしまうとやっぱりまた描写がなくなってしまうのだとか。...そうなんですか! 最初に駅に着いてから途中までの描写が全然ないのは気づいてたし、アヴォンリーに着いた時のアンの感激を際立たせるためかなあ、なんてぼんやり思ってたんですけど、なんとアヴォンリーがファンタジーランドだったとは。これは今まで考えもしませんでしたが、あり得る話ですね。面白いなあ。

そのほかの論も、トールキンやルイス・キャロル、マザーグースやマッチ売りの少女、ピーター・パン、星の王子さま、宮澤賢治など、誰もが知ってるような身近な作家や作品を取り上げていて、なかなか面白かったです。(DHC)

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紀元71年。今回の仕事の依頼主は、解放奴隷のサビナとアティリアという女性2人。彼女たちとそれぞれの夫は解放奴隷であり、そして同じく解放奴隷仲間だったノヴスと一緒に、ローマの北にある広大な屋敷に暮らしています。しかし、ノヴスが近々セヴェリナという女性と結婚しようとしているのですが、セヴェリナには過去3回の結婚歴があり、その3回とも夫が早死にしているというのです。ファルコは調べ始めます。

密偵ファルコシリーズ3作目。
今回仕事の依頼人となるのは、解放奴隷。この解放奴隷については、先日アントーニーヌス・リーベラーリスの「メタモルフォーシス」を読んだ時にも出てきました。このアントーニーヌス・リーベラーリスという作者が解放奴隷らしいんですよね。奴隷とは言ってもローマ時代の奴隷は大抵が戦争捕虜で、高い教養を持つ知識人も含まれていることから、ローマ人貴族の秘書となったり、その子弟のギリシャ古典教育のために家庭教師になるなど、重用されていたのだという説明がありました。お金を貯めて自由を買い取ったり、主人が亡くなった時に遺言で解放されるなど、自由の身になる機会もそこそこあったようです。「奴隷」という言葉を聞くと、どうしても生まれた時から死ぬ時まで、みたいなイメージがあるんですけど、解放奴隷は全然違うんですねー。今回登場する解放奴隷も、ある程度の教養人だし、貯めたお金を元手に商売で大成功したようです。今や大富豪。
今回もひねくれたユーモアセンスの持ち主であるファルコの語りが楽しいんですが、前2作とは違って、全編通してローマ内での展開でした。そして前2作よりもずっとミステリ色が強かったです。果たしてセヴェリナは白なのか黒なのか。セヴェリナが白だとしたら、黒は誰なのか。その方法と動機は。セヴェリナの行動には今ひとつ納得のいかないところもあったんですが、そのファム・ファタールぶりと、それに対抗するファルコの姿が楽しかったです。実際的に見えるファルコなんですけど、実は結構ロマンティックなんですよね~。
可笑しかったのは、ファルコが皇帝の息子にもらった巨大ヒラメ(ターボット)を、アパートの部屋で料理する場面。狭い部屋で焼くわけにもいかず、最初は兄の形見の盾(!)で煮ようとするんですが、深さが足りなくて、結局洗濯用の大きな銅の盥を借りてくるんです。一体どれだけ大きいの? この場面には招かれざる客まで登場して、ちょっとしたどたばた劇。それともう1つ可笑しかったのは、ルシウスという法務官の書記に関する描写。「いかにも切れ者」という辺りはいいんですけど、「馬券屋のおやじみたいな粋なかっこうをしている」ですって! 馬券屋のおやじって... 競馬が貴族のスポーツのイギリスでは、「馬券屋のおやじ」も粋なんでしょうけど、この日本語だと到底かっこよく感じられませんー。でもこんなところに、作者のお国柄が出てくるのが楽しいです。これはやっぱり狙ったものなのかな? それとも無意識...? やっぱり狙ったものなんだろうなあ。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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中古のワープロを買った潤が書く最初の物語は、11歳の夏の冒険の物語。潤が経験した、ちょっぴり不思議な物語。いつものように塾に向かっていた潤は、人気のない荒れた屋敷のところで白いネグリジェを着た髪の長い女の子の幽霊を目撃します。塾の休み時間、早速他の面々に幽霊を見た話をする潤。潤は知らなかったのですが、その屋敷は実は幽霊屋敷として有名で、強盗に殺されたお嬢様の幽霊が出るのだというのです。親友のあげはは、その家にはちゃんと持ち主がいて時々手入れをしているし、そんな伝説は嘘っぱちだと頭から否定します。

「人魚亭夢物語」にも登場していた潤が主人公の物語。潤が弥子に話した「子供の頃の不思議な体験」の物語というのがこれです。
始まりは、夏休みの5人の子供たちの冒険譚。幽霊目撃もあり、夏らしい怪奇風味もたっぷり。親たちの不審な行動が幽霊伝説に重なって、やっぱり伝説は本当だったのか...? と思わせるとことが良かったです。本当はもっと現実的な展開を見せるんですけどね。でも常識では説明しきれない部分も...。
この作品の中で、「ぼくの成績は中くらい。きっとこのまま、作家になったりすることなく、中くらいの進学をして、中くらいの就職をするんだろう。で、中くらいの人生を生きる。ごくごくありふれた人生。」などと考えている潤は、「人魚亭夢物語」では大学生として登場します。どうやら全然「中くらい」の人生ではなくなったようです。(あかね書房)


+シリーズ既刊の感想+
「ささやかな魔法の物語 カフェ・かもめ亭」村山早紀
「人魚亭夢物語」村山早紀
「コンビニたそがれ堂」村山早紀
「百年めの秘密」村山早紀
「やまんば娘、街へゆく」「七日間のスノウ」村山早紀

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浙江省の南の町の役所にいるのは、英華という名の鬼仙。英華はかつてこの町の役所で殺された幽霊。しかし修業をして仙籍を得て鬼仙となり、そのまま役所の中に棲み付いているのです。「肌の色雪をあざむく、天人のような美女」の英華のこと、気に入った役人がいれば恋仲になることもあれば、自分を魔物祓いの祈祷で追い払おうとする役人がいれば、それ相応の報復で思い知らせることも。そんなある日、能吏だが堅物の范公明がここの役所に赴任して来て... という表題作「鬼仙」他全6編。

宋から清の時代の中国を舞台にした短編集です。どうやら「緑窓新話」という中国の古い本を種本として書き上げた物語のようですね。6編のうち最後の2編でその「緑窓新話」の中の話を南條竹則さんが脚色しつつ紹介されていて、それがまた面白いんです。
この「緑窓新話」は、「聊斎志異」から遡ること数百年、南宋の風月主人が志怪、小説、史書、随筆、逸話集などから物語を集めて編集した154編の物語集なのだそう。「聊斎志異」ほどの生彩の豊かさはないそうなんですけど、その辺りが逆に宋の好事家の仕事という感じでいいみたい。それはぜひとも読んでみたーい。...と、ネットで古本屋を調べてみたんですけど... 3件ほど該当する本が出てきたんですけど... 上海古籍出版社の中国古典小説研究資料叢書って、日本語じゃあないんですかね...? 中文書っていうのは...? どちらも日本語じゃなさそうな気配が濃厚... そんなの怖すぎて注文できませんーっ。

6編中で私が一番好きだったのは、表題作の「鬼仙」。英華姐さん、とでも呼びたくなるような鉄火肌の英華と、堅物の范公明の関係がいいんです。情が深くて、恋人の一族に重い病気の人間がいれば、よく効く薬を与えたりもする英華なんですが、魔物祓いの祈祷なんてしようとする役人には容赦しません。「この無礼者!何をする!あたしは下等な狐狸妖怪じゃないぞ!」なんて啖呵を切っちゃうし、その後、きっちりと報復が...。范公明も最初は英華を追い払おうとして、逆に英華に命を狙われたりもするんですけど、英華のおかげで悪人が罪を自白したのを見て、悪い妖怪ではないと悟って、きちんと感謝と謝罪をするんです。で、ちょっとした茶飲み友達になっちゃう。(范公明は妻帯者だし、英華はその辺りの仁義を大切にするから、あくまでも茶飲み友達)
あと、「我輩は猫である」ブラック風「犬と観音」も面白かったし、料理の上手な小琴の活躍が小気味いい「小琴の火鍋」も、南條さんらしい美味しそう~な作品でした。やっぱり南條竹則さんの本はもっとガンガン読もうっと。(中央公論新社)


+既読の南條竹則作品の感想+
「セレス」南條竹則
「りえちゃんとマーおじさん」南條竹則
「鬼仙」南條竹則
「あくび猫」南條竹則
「魔法探偵」南條竹則
Livreに「酒仙」「満漢全席」「遊仙譜」「ドリトル先生の英国」の感想があります)

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1年前から契約社員として働いていた服飾雑貨の輸入会社で、念願の正社員に昇格した久里子。しかし2ヶ月も経たないうちに、業務縮小のためリストラされてしまい...。ついこの間、大喜びで報告した手前、クビになったとはなかなか言い出すことができない久里子は、リストラされる前と同じ時間に家を出る日々を送ることに。

「賢者はベンチで思索する」の続編。3編の連作短編集です。てっきりあれで終わりだと思い込んでいただけに、びっくりの続編。あんな終わり方だったのに大丈夫なのかしら、なんて心配したんですけど(と言うほどハッキリ結末を覚えてるわけじゃないんだけど・汗)、いざ読んでみたら、ぜんぜん違和感なく読めました♪(記憶も少し薄れてますが・汗)
今回は3編とも久里子の居場所探しの物語だったような気がします。社会的な居場所と、プライベートな居場所。せっかく正社員になったと思えばリストラされてしまうし、昼間ひたすら暇つぶしをする久里子。ようやく見つかった仕事は、服飾とはまるで関係ない職場だし(服飾の専門学校卒なので)、これでいいのかと悩みは尽きません。そしてもう1つのプライベートな自分の居場所は、前回いい雰囲気になりかけてた彼ですね。でもなんと彼、修業のためにイタリアに行ってしまっていたんです...! ここで彼を兄のように慕う美少女なんかも登場して、その辺りはちょっとベタ。でも感情の揺れの1つ1つが丁寧に描きこまれていて、とてもいい感じでした。
いくら直属の上司に言い渡されたとはいっても、そんなにあっさりと納得しちゃうものなの? なんて納得できない部分もあるんですが... 私だったら、最初に昇格の話を持ってきてくれた部長に相談するけどなー。でもその後の久里子の行動が本当に久里子らしくて、それはそれで良かったかな、なんて思ってしまったりするのも近藤マジックなのでしょうか。(笑)
そして赤坂老人の言葉には、相変わらず含蓄がありました。今回特に印象に残ったのは、怒りや憎しみといった心の働きと冷静な判断を下す頭の働きは別物で、どちらを優先させてもいけないという部分。あとは「今、日本では人を殺す人よりも、自分を殺す人の方がずっとずっと多いんだ」かな。色々問題はあるようですけど、やっぱり素敵な人でした♪(文藝春秋)


+シリーズ既刊の感想+
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「にわか大根」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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紀元70年のローマ。29歳の密偵・ディディウス・ファルコは、2人組の男に追われて炎天下を走る娘と鉢合わせし、彼女を助けることになります。その娘は、元老院議員である伯父の家に暮らすソシア・カミリア。伯父の屋敷に忍び込んだ2人組の男に無理矢理連れ出され、逃げ出したところだったのです。

なぜか2巻の画像がありませんが... これは皇帝がウェスパシアヌスの頃の古代ローマを舞台にしたハードボイルド、密偵ファルコシリーズ。現在14巻まで出ているようなんですが、なぜか全部手元に揃ってしまってます。(笑) 古代ローマには微妙に苦手意識があるんだけど大丈夫かしら... と、ちょっぴり心配しながら読み始めたんですけど、これがなかなか面白い!
作者のリンゼイ・デイヴィスは、修道士カドフェルのシリーズのエリス・ピーターズと、P.C.ドハティ(未読...)と並ぶ、歴史ミステリ御三家と呼ばれる存在なんだそうです。でも同じ歴史ミステリとは言っても、カドフェルのシリーズとは雰囲気が全然違っていたので、ちょっとびっくり。カドフェルの方は、舞台が12世紀のイギリスなら、そこに登場するのも12世紀の人々。当時の日々の生活がしっかりと伝わって来るんです。でもこちらは確かに古代ローマが舞台でありながら、登場してるのはもっと現代的な人々。古代ローマはしっかり描かれてるし、スラム出身のファルコが貴族や皇帝の仕事をしたりするので、色んな階級の人々の生活が幅広く描かれてるんですが... やっぱりこの思考回路と行動ぶりは現代的でしょ! それがまたこのシリーズの面白いところだと思うんですけどね。
それに「白銀の誓い」の方ではブリタニアに行くんです! 今まで読んだ古代ローマ物ではブリタニアに言及してる作品なんて全然なかったので、これは新鮮。逆にブリタニアの側の作品で、ローマについての話が出ることは時々あったんですけどね。そういえば、ローマからはまるっきり無視されてました。それもそのはず、ファルコ曰く、文明の果つる地、林檎だけはローマよりも美味しいけど、野蛮人の住む地らしいです。林檎ですって!? アーサー王の時代と少しズレてるのが本当に残念だわ。(笑)
ミステリあり冒険ありロマンスあり。歴史的にもこれはかなりしっかりした作りなのではないかと思います。中身が濃くて面白いので、続きも読んでみるつもり~。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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胸の奥が重苦しく、何かを蹴とばしたいような気分だった江藤雄太が見かけたのは、見慣れないコンビニ。ふらっと中に入ると、そこにいたのは銀色の長い髪に金色に光る目のレジのお兄さん。その外見だけでもびっくりなのに、お兄さんはなんと雄太の名前を知っていたのです。しかもそこには、転校してしまった美音から雄太が受け取らなかったメモ帳があったのです... という表題作「コンビニたそがれ堂」以下、連作短編集。

風早の街の裏通りのビルの隙間、古い赤い鳥居が建っている辺りにひょっこりと立っているコンビニを舞台にした連作短編集。このコンビニはコンビニらしくない赤と灰色で、少し古い雰囲気。手作りっぽいおでんのいい匂いが漂い、「おいしいお稲荷さんあります」という手書きのメニューがレジの傍に立てかけられています。探しものがある人間だけが辿り着けるというお店。
さすが「たそがれ堂」という名前の通り、夕暮れの情景がお得意のようです。しかもどの物語も季節感がたっぷり、季節それぞれの夕暮れの情景が広がります。そして夕暮れ時という時間帯のせいなのか、とても切ない物語が多いのです。特に後半。ありがちな展開だと思いながらも、すっかり作者の術中にはまってしまった話も...。(笑)
店主のお兄さんは、お茶目なきつねの神様。時にはミュージシャン志望と間違えられるような、イケメンのお兄さん。お稲荷さんだなんて、日本の昔ながらのモチーフを使いながら、現代を象徴するようなコンビニと結び付けているところが、また面白いです。(ポプラ社)


+シリーズ既刊の感想+
「ささやかな魔法の物語 カフェ・かもめ亭」村山早紀
「人魚亭夢物語」村山早紀
「コンビニたそがれ堂」村山早紀
「百年めの秘密」
「やまんば娘、街へゆく」「七日間のスノウ」村山早紀

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ヘンリ・ライクロフトは、純粋に作家として暮らしたいと思いながらも、長い間、貧乏のためにブック・レヴューや翻訳や論文といった詰まらない下請けを引き受けることを、余儀なくされていました。しかし50歳の時に知人から年間300ポンドの終身年金を遺贈され、突如悠々自適の生活を送ることができるようになったのです。ライクロフトは早速ロンドンの家を引き払い、イギリス中で最も愛しているデヴォン地方へ。そして5年余りの穏やかな生活を経て急逝。ライクロフトの死後、デヴォン地方に移ってからの日記らしき原稿ノートが出てきて、ギッシングがその遺稿を整理して出版することになります。

長年の貧乏暮らしから、思いがけない遺産相続を境に生活が一変したヘンリ・ライクロフトという作家の遺稿を出版した、という形式の小説。先日読んだ「読書の腕前」(感想)に、「およそ読書人と呼ばれる人の本棚に、これがないことはありえない」なんて書かれていた本です。引用されていた文章に惹かれるものがあったし、南イングランドの美しい自然の中で散歩と読書に明け暮れる日々だなんていいなあ、と読み始めたら、これが本当に良かった! 何が良かったって、私にとって一番良かったのは、ヘンリ・ライクロフトという人物の存在感ですね。いやね、読み始めてかなりの間、実在の人物のことを書いているのかと思い込んでいたんです。でもそう思って読んでもまるで違和感のないほど、造形がしっかりと立体的。多分周囲の人には、それほど個性的に感じられない、どちらかといえば全然目立たない人物のはずなのに、過去の出来事や現在考えていることを通して、ヘンリ・ライクロフトという人物像や人生観が浮かび上がってくるようで、これがすごく良かった。
もちろん、自然とのふれあいや本の話もすごく楽しかったです。こんな風に季節の移り変わりを敏感に感じながら、好きなだけ本を読む生活ってほんと羨ましいー。万事心得た家政婦さんがいるので、日常の瑣末なことには全然煩わされないで済むんですよね。その分ライクロフトは、毎日の散歩の中で見かけた花の名前を本で調べて、その美しさや香りを十分楽しんでます。「私は昔ほど本を読まない」という言葉も印象的でした。そうそう、そうなんだよね、今はどんどん新しい本を読んでる私もじきに読み方が変わって、好きな本だけを毎日読み返すようになるはず...。その日が来た時、ライクロフトみたいに自然に親しみながら毎日を心穏やかに暮らせるといいなあ。でも南イングランドじゃないし、今ひとつ雰囲気が出ないかもしれないな。(笑)(岩波文庫)

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太一郎と多恵が深川の海辺大工町に開いたのは、料理屋「ふね屋」。しかしふな屋に移ってきて間もなく、1人娘のおりんが高熱で寝付いてしまいます。おりん自身ですら、もう死ぬのかもしれないと思うほど酷い病状の中で、ある時冷たい手を感じておりんが目を開けると、目の前にいたのは、おりんに向かってあかんべえをしている女の子。夢の中でおりんが立っていたのは、三途の河原。そこには焚き火をしているおじいさんがいて、まだおりんの時ではないと言います。そして目が覚めると枕元には見知らぬ按摩がいて、おりんは体中を揉み解されて...。おりんの熱はようやく下がり、ふな屋は晴れて旗揚げの日を迎えることに。

なんと5人のお化けがいるというふな屋を舞台にした時代ファンタジー。時にはそのお化けが見える人もいるけれど、全部見えるのはおりんだけという設定。
おりんちゃんがとても健気で素直で、でも時々妙に大人っぽいことを言ったりして可愛らしい~。それに亡者たちが個性的でいいんですよね。若くて美形なお侍の玄之介、腕が確かな按摩の笑い坊、艶やかな色気のある女はおみつ、おりんを見るたびにあかんべえをする小さな女の子はお梅、大酒飲みで刀を持って暴れるおどろ髪のお侍... おりんとお化けたちの交流が楽しかったです。特に気に入ってたのは、おみつ。
最初は皆を早く成仏させてあげたいと考えるおりんなんですけど、みんな自分がどうやって死ぬことになったのか、肝心な部分の記憶を失っているので、なかなか上手くいきません。それでも生前持っていた黒い思いのおかげで、同じように黒い思いを持つ人間のことはよく理解できるし、諭してあげることはできるんですよね。こういうところが、宮部みゆきさんの時代物の特徴かも。救いがあって暖かくて、だから私は現代物より時代物の方が好きなのかもしれません。現代物だと、そういう風に人を救ってあげようと姿勢ってあまりないように思うんですよね。
なぜ亡者が見えるのか、という辺りもすごく好きでした!
ただ、お化け騒動がようやく片付いたところで、肝心のふね屋の商売はまだ軌道に乗ってないんですよね。それどころかまだまだどん底状態。これからきっとちゃんと立て直すんでしょうけど... 次はお化けは抜きでも仕方ないんですけど、お店の話をぜひとも書いて頂きたいものだなあ。(新潮文庫)


+既読の宮部みゆき作品の感想+
「ICO 霧の城」宮部みゆき
「あかんべえ」上下 宮部みゆき
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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半年前に結婚して以来、すれ違いがちな生活を送っているジェーンとマーク。その日もマークは大学の会議で遅くなるはずで、そう考えた途端、ジェーンは憂鬱になります。そして、その日の朝刊に載っている写真を見た時にジェーンが思い出したのは、その前の晩の夢でした。それは外国人らしい男とが四角い小部屋で来客者と話しているうちに、いきなり来客者が男の首をを取り外したという夢と、数人の男が墓地のような所から老人の死骸を掘り出すという夢。夢の中で首を取り外されていたのは、ギロチン処刑されたアラブ系の科学者・アルカサンだったのです。一方、マークは有力者であるフィーヴァーストーン卿に能力を認められ、国立統合実験機関NICEへの就職を提示されて舞い上がっていました。

C.S.ルイスのSF3部作、3作目。完結編です。
1冊目では火星へ、2冊目では金星へと行ったランサムなんですが、この3冊目ではなかなか登場しないんですよね。こちらの話の中心となっているのは、マークとジェーン・スタドック夫妻。しかもこの2人が敵味方となっているそれぞれの組織から勧誘されることになります。今まではSF3部作とは言っても、どちらかといえばファンタジーっぽかったんですが、この3作目には他の惑星への旅がないというのに、とてもSFらしい作品になってました。もちろんキリスト教的部分も健在ですが。
今までの火星や金星の描写がとても好きだったので、今回は他の惑星への旅がなくて、すごく残念。地球が舞台となった途端、どうも現実的になり過ぎてしまったというか何というか、全然雰囲気が違うんですよねえ。もちろんこれまでの話の流れからいけば、最後は地球で締めくくるというのはすごく順当だと思うんですが...。アーサー王伝説との絡みなんかもあるし、終盤になるとすごく神秘的な場面もあったりするんですが、どうも全体的にサスペンス小説になってしまったような感じで、私には前2冊の方がずっと面白かったです。一般的には、これが一番読みやすいかもしれないな、とも思うんですけどね。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス

+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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徒歩旅行で丘陵地帯を訪れていたケンブリッジ大学の言語学者ランサムは、道で出会った女性に頼まれて、ある家の中に入り込みます。その女性の頭の弱い息子ハリーがその家で働いており、時間になっても帰って来ないのをとても心配していたのです。その家は物理学者のウェストンの家。そして一緒にいたのは、ランサムの学生時代の友人のディヴァイン。ランサムは何とかハリーを無事に家に戻させるものの、何かを企んでいた2人によって薬を盛られ、眠り込んでしまいます。そして次に気づいた時、ランサムはなんと宇宙船の中にいたのです...。

ナルニアシリーズが大好きだったC.S.ルイスのSF作品。ナルニアの方は、小学校3年ぐらいで読み始めて以来、もう何度読んだか分からないぐらい読んでいて、今でも文章がまるごとするっと出てきてしまうぐらいなんですけど、こちらのシリーズには手を伸ばしてなかったんですよね。今更...?って感じもあるんですが、すごく面白かったと聞いたので、やっぱり読んでみることに。SFはあんまり得意じゃないし、大丈夫かなあ... なんて心配しながらだったんですけど、そういう意味では全然問題ありませんでした! 確かに火星とか金星とかに行っちゃうSFではあるんですけど、私が苦手とするSF的要素(というのが何なのか、自分でも今ひとつ分ってないんですけど)が全然なくて、しかも火星とか金星とかの描写がものすごく素敵で~。
でも、ナルニアでも感じた方は多いと思いますが、こちらもかなり神学的な部分があるんです。最初はほとんど感じられないんですが、「マラカンドラ」の終盤近く、ランサムが火星における神のような存在と話す辺りからむくむくと...。ここで地球のことにも触れられていて、私にはそれがものすごく面白かったです。そして「ペレランドラ」で描かれているのは、原罪と楽園喪失について。これもすごく面白かった。もしイヴが知恵の木の実を食べなかったら? 知恵の木の実を食べる前の無邪気な状態と今の状態と、どちらが幸せ? ミルトンの「失楽園」(感想)なんかでは、楽園から追放されたアダムとイヴに何かほっとしてるものを感じてしまったんですけど...(笑) あと聖書の創世記だと、まるでイヴがあっという間に誘惑に負けてしまったみたいに書かれてるんですけど、この作品の中の悪魔の執拗な誘惑はものすごくリアルで、その辺りにもすごく説得力がありました。でもこういうキリスト教的部分というのは、好みがはっきり分かれるところでしょうね。
私はちくま文庫で読んだんですが、そちらは入手不可能のようなので、今流通している原書房版にリンクしておきますね。題名も変わっていてびっくりですが。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス

+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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弥子は異次元だのUFOだののことを考えては、友達の麻紀には「もっと大人になりなよ」なんて言われてる小学校4年生。学校帰りに塾に直行する麻紀と別れると、ついつい人魚亭へと足が向いてしまいます。そこは「お帰りなさい」と迎えてくれて、美味しい紅茶を飲ませてくれる真波さんのお店。そんなある日、街の"いこいの森美術館"に「"ししゅうする少女"という絵を盗むという予告状が届いて、街中が大騒ぎ。予告状の差出人は、昭和20年代から30年代にかけてこの街で活躍していたという怪盗・銀ぎつね。"ししゅうする少女"は、画家もモデルも分からないながらも、街では一番人気の絵なのですが...。

「カフェかもめ亭」(感想)と同じ風早市が舞台の物語。こちらも美味しい紅茶と素敵なマスターがいる喫茶店が中心となっていて、まるでカフェかもめ亭の元となっているような物語なんですねー。違うのは、カフェかもめ亭では訪れるお客さんの話す不思議なことが中心となっていること、こちらは"ししゅうする少女"を巡る昔の恋物語と、風早の街に伝わる様々な言い伝えが中心となっていること、かな。ほんと色んな言い伝えや噂があるんです。近い時代のものでは、昭和の怪盗・銀ぎつねや謎の秘密結社、港を根城にする泥棒組織の噂、昔からの言い伝えでは、風早の民を守る山の女神と竜宮の女神、妙音岳に隠された財宝、そして真奈姫川の伝説など... 風早を巡る色々な歴史が重層的に重なり、それを人魚亭の真波さんの存在が1つにまとめているよう。弥子はこの街に引っ越してきてまだ1年なんですが、きっとこの街に縁の深い人間なんでしょうね。弥子の両親がこの街の出身とか? 戦争も絡んだ暗い歴史も明らかになるんですが、怪盗銀ぎつねや"黒犬団"の登場で、児童書らしい明るく楽しい冒険物語になっています。「かもめ亭」に比べると対象年齢が低めなので、どうしても私には「かもめ亭」の方が上になってしまうのだけど、こういった言い伝えのある場所やその話は大好き。(しかもこういう、ちょっぴり不思議なお店の話も大好き)
この中に登場する学生作家の「潤さん」は、「百年目の秘密」にも登場していて、潤さんが子供の頃に体験した不思議な経験の話が読めるのだそう。ぜひ読んでみようと思いまーす。(小峰書店)


+シリーズ既刊の感想+
「ささやかな魔法の物語 カフェ・かもめ亭」村山早紀
「人魚亭夢物語」村山早紀
「コンビニたそがれ堂」村山早紀
「百年めの秘密」
「やまんば娘、街へゆく」「七日間のスノウ」村山早紀

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今回ルパンが押し入ったのは、代議士のドーブレックの住むマリー=テレーズ荘。しかし無人のはずの別荘に、召使のレオナールが残っていたのです。ルパンの手下に縛り上げられたレオナールは自力で縄を解いて警察に電話をかけてしまい、それを知った手下のヴォシュレーがレオナールを殺してしまいます。そして駆けつけた警察にヴォシュレーと、ルパンの腹心の部下・ジルベールの2人が殺人容疑で逮捕されてしまうことに...。2人を必ず助け出すと誓うルパン。ジルベールは逮捕される寸前、ルパンに水晶の栓を渡していました。しかしその水晶の栓は、ルパンが隠れ家の暖炉の上に置き、ほんの少し目を離した隙に消えてしまったのです。

ルパンといえば、常に自信たっぷり相手を煙に巻いて手玉に取るというイメージがあるんですが、この作品のルパンはいつもとは逆の立場になってしまう場面が多くてびっくり。(子供の頃にも読んでるはずなんですけど、話を全然覚えてないので...) 代議士のドーブレックは、実は相当の好敵手だったのですねー。手下を助けようと打つ手はことごとく裏をかかれ、巧みな変装は見破られ、いつもは自分が言うような、相手をからかうような台詞を今回は全部相手に取られてしまいます。しかも何度も思わせぶりに登場する「水晶の栓」が、何の意味を持つかというのも、なぜ手に入れるたびに消えうせてしまうのかも、ルパンには全然分からないままなんです。(なので読者にも分からないまま) 事情が分かってからは分かってからで、2人の手下がギロチン台にかかる日が刻々と近づいて、最後はルパンが勝つと分かっていてもドキドキ...。
翻弄され続けるルパンの姿はあんまりカッコよくないですし、そもそもこの作品に登場するルパンって、子供の頃に思い描いていたようなスマートで上品な紳士ではないんですよね。そういえば、ハヤカワ文庫HMの新訳はどれもそうだったかも...。きっと台詞の訳仕方に左右されてるんでしょうけどね。でもこの緊迫感だけは、子供の頃に読んだ時と変わらないです(ハヤカワ文庫HM)


+シリーズ既刊の感想+
「怪盗紳士ルパン」「カリオストロ伯爵夫人モーリス・ルブラン
「奇岩城」モーリス・ルブラン
「水晶の栓」モーリス・ルブラン

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高校時代の同級生から芝居の案内が送られてきたのがきっかけで、11歳年上の女優・大庭妙子と付き合うことになった田中孝。妙子念願の「あわれ彼女は娼婦」のアナベラ役を見に父と劇場へと向かうのですが... という「父のお気に入り」他、全3編。

1作目2作目に共通点がないので、まるで関連性のない3作かと思いきや...! 実はそうではなかったんですね。読み終えてみると、3つの作品が綺麗に円を描いていました。まさに題名通りの「ラ・ロンド」。主題があり、異なる旋律を挟んで、少し変形した主題が繰り返されます。
久々の服部まゆみさんの作品だったんですが、いや、もう、服部まゆさんならではの濃厚な美しさを持った作品でした。「父のお気に入り」では、中学時代の同級生・河合さんが可哀想過ぎて、これだけは何とも言えないのですが... それでも作品世界はとても素敵。少しずつ微妙にズレながら重なっていく人間関係の描き方は、服部まゆみさんならではで、ぞくぞくぞわぞわ。やっぱり服部まゆみさんの描く世界は美しい~。やっぱり大好きな作家さんです。(文藝春秋)


+既読の服部まゆみ作品の感想+
「ラ・ロンド 恋愛小説」服部まゆみ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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7世紀、唐の時代。隋帝国の名門に生まれた母を持ちながらも、父の死によって異母兄たちに財産を取り上げられ、父の故郷の村での惨めな生活を余儀なくされた武照。しかし大将軍李勣によってその非凡さを認められ、勅命によって太宗皇帝の後宮に召されることに。皇帝の死後は、一旦は出家するものの、照を慕っていた新皇帝・高宗に望まれて、照は再び後宮へと召されることになります。

中国4千年の歴史でただ1人の女帝となった則天武后。漢代の呂后、清代の西太后とともに「中国の三大悪女」として有名な彼女の姿は後世の歴史家によって作られたものだとして、実は名君であった彼女の真実の姿を描きだそうとする作品。確かに歴史に描かれるのは勝者にとっての真実ですものね。女性に皇帝の位を取られて悔しい思いをした男たちがどんなデタラメを言ってるか分からないわけで...。そもそもライバルの手足を切り落として酒壷に投げ込んだという話も、則天武后のオリジナルじゃないですしねえ。それだけ言われると、逆にそれだけ隠しても隠しきれないほど光っていた人だったんだろうなと勘ぐりたくもなるわけで。
この作品の中で描かれる則天武后の姿は、凛としていて聡明な女性。自分は自分として朱に染まることを避けて過ごした彼女の、そして後には人でありながら神の位についてしまった彼女の、強い孤独と哀しさが迫ってきます。とてもじゃないけど、今までの則天武后の姿とは重ならないです。しかもそれを描く文章がなんだかとても美しい... 山颯はフランス在住の中国人で、フランス語からの翻訳物だから原文がどうなのかは良く分からないんですけど、原文もきっと美しいんだろうなと思わせる作品なんですよね。他の作品もぜひ読んでみたい、そう思わせる作家さんでした。(草思社)

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ある寒い11月の日暮れ、きく屋酒店に郵便を持っていった郵便配達は、不思議なおばあさんに菊酒という美味しいお酒をご馳走になり、しかもその菊酒を造る壷を預かることに... という「ハンカチの上の花畑」他、童話風の作品集。「ハンカチの上の花畑」には表題作と「空色のゆりいす」「ライラック通りの帽子屋」の3編、「だれにも見えないベランダ」には、表題作と「緑のスキップ」「海からの贈り物」「カスタネット」「ほたる」「夏の夢」「海からの電話」「小さい金の針」「天窓のある家」「声の森」「日暮れの海の物語」の11編が収録されています。

掲示板でぽぷらさんにオススメされたと思ったら、タイミング良くsa-ki さんも読んでらして、話をしてたんですよね。先日のたらいまわし「オススメ! 子どもの本」にも出してらっしゃいました。
安房直子さんの作品は多分読んだことなくて、でも子供の頃に雑誌で読んだ作品が話に聞く安房さんっぽい雰囲気だなあ... と思いながら読み始めたら、「ハンカチの上の花畑」は読んだことがありました! 「ハンカチの上の花畑」のこの菊酒を作る壷、ハンカチの上でお酒を造る小人さんたち、そしてこのぞわっとする感じ、覚えてる! あのおばあさんは、一体どれだけの人間が壷に振り回されるのを見てきたのかしら...。
少し前の日本のようだったり、昔話風だったりと様々な物語が並んでるんですが、どれもするりと異世界に行ってしまうようなところが共通点。そしてどれも色彩がとても綺麗。空の色をしたベランダで取れた緑の野菜や艶やかな苺、真っ赤な薔薇、薄桃色桜の花と青葉の緑、黒い岩の上に散らばった桜貝... 色彩の対比がとても鮮やかだし、透き通った羽を持つ小さなセミやこぶしの花の銀色の影は幻想的。そして不思議な音がとても印象に残りました。「トットトット」というスキップの足音や、すずかけの木から響くカスタネットの音、耳鳴りのセミの「シーンシーン」という鳴き声という音... 本当にするっと異世界へと連れて行かれてしまいそうになります。
私が特に好きだったのは、「ハンカチの上の花畑」「だれにも見えないベランダ」「夏の夢」かな。「ライラック通りの帽子屋」で出てくる羊の店も好き~。ここのメニューには、「にじのかけら」「ゆうやけぐも」「ごがつのかぜ」「そのほかいろいろ」とあるんですけど、みんな「にじのかけら」しか頼んでないんですよね。これは、ライラックの花の香りがして、甘くてふっくりした、シャーベットのような七色の食べ物。「まるで昔のおもいでを食べているような感じ」です。他のメニューを頼むとどんなものが出てくるのか、知りたくなってしまいます。(講談社文庫)


+既読の安房直子作品の感想+
「ハンカチの上の花畑」「だれにも見えないベランダ」安房直子
「南の島の魔法の話」「鶴の家」「夢の果て」安房直子

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古代ローマの国民的詩人、ウェルギリウスによる英雄叙事詩。トロイアを脱出したアエネーアースがイタリアに辿り着いてローマを建国するまでの物語です。タイトルの「アエネーイス」は、「アエネーアスの歌」という意味。実はちょっと前に岩波文庫版を読もうとしたんですけど、七五調の訳に何とも眠くなって上巻だけで挫折... こちらのを借り直してリベンジです。とは言っても、こっちもあんまり読みやすくなかったんですが...。

本来、ローマという名前の起原になったのは、もう少し後の時代のロームルスという人物。軍神マルスが王女レアに産ませた息子です。怒った王によって、双子の兄弟レムスと共に川に流されちゃうんですが、そのロームルスが後に築いた都市がローマ。だからこちらの方が建国の祖としては正統派。でもその時起きたいさかいでロームルスがレムスを殺したという汚点があって... どうやら元々あまり到底品行方正とは言えなかったようだし、父が軍神マルスであることも粗野な印象を与えたのだそうです。
それに対して、アエネーアスは女神ウェヌス(ヴィーナス)の息子で、トロイア戦争ではへクトルに次ぐ勇士。落ち武者ではあるけれど、居ながらにしてギリシャの文化の香りを伝える洗練されたところが人気だったようです。(笑) しかも盲目の父・アンキーセスを背負い幼い息子イウールスの手を引いたアエネーアスには、ロームルスにはない美徳がたっぷり。ウェルギリウスの時の皇帝アウグストゥスがウェヌスの血統とされていたこともまた、ローマ建国の祖として相応しかったよう。...そこで解説を読んでて面白いと思ったのが、祖国を喪失したアエネーアスが新しいトロイアを再興したことは、いつかローマに存亡の危機がきても、偉大な指導者が現れて国を窮地から救うだろうという希望も入っていたらしいというところ。そりゃあ永遠に続く王国なんてなかなかないですけど、国力が充実してる時は、いつか滅亡する時のことなんて普通考えないでしょ...! その時のローマ人は「盛者必衰の理を表す」「驕れる者は久しからず」なんて本当に思っていたのでしょうか...?!(笑)

「アエネーイス」の前半は「オデュッセイア」、後半は「イリアス」を踏まえているのだそうで、そう言われてみると実際に前半は航海譚、後半は戦争物語でした。「オデュッセイア」ではポセイドンが怒ってたんですけど、こちらではユーノが怒っていて、難破したアエネーアスはオデュッセウスがナウシカアに助けられるように、カルターゴの女王・ディードに助けられるんですね。で、そしてオデュッセウスがカリュプソやキルケに誘惑されたようにディードと恋仲になって、同じように無理矢理逃げ出して...。他にも色々な共通点があって、比べてみるのは面白かったです。
とはいっても、作品自体は正直、あまり面白いとは思えなかったんですけどね... アエネーアスはトロイア戦争の中ではお気に入りの人物なのに、おかしいなあ。「イリアス」「オデュッセイア」の方が断然面白かったです。私自身、古代ギリシャは好きなんだけど、古代ローマとは今ひとつ相性が悪い、というのもあるかも。後のラテン文学に計り知れない影響を及ぼしてる作品なので、日本語にしてしまうと伝わらなくなってしまうという部分もあったりして... いや、それ以前にやっぱり私の読解力の問題か。(京都大学学術出版会西洋古典叢書)

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スラム街で生まれ、宗教団体に育てられたローレンの生活はとても厳しく質素で、敬虔深いもの。しかしそんなある日、10歳だったローレンは、床下に隠されていた1冊の本を見つけます。それは「ジェーンの物語」。1人の少女とロボットとの恋愛を描いた物語でした。それまでは本と言えば聖書ぐらいしか知らなかったローレンは、たちまちのうちに夢中になります。

ジェーンとシルバーのロマンティックな恋物語「銀色の恋人」から24年ぶりの新作。この「銀色の恋人」が、本の中に登場する「ジェーンの物語」というわけです。
「銀色の恋人」は、恋に恋する少女のロマンティックな物語。人形のように扱われていたジェーンが母親から自立する物語でもあったんですけど、今回の主人公ローレンは、最初から自立していた少女。育ててくれた場所を早々に飛び出して、自分の力で生き延びています。考えてみれば、まるで逆の設定なんですね。「銀色の恋人」は、何1つ不自由のない少女がロボットを選び、そのことによって成長していく物語。今回の「銀色の愛ふたたび」は、貧しい少女がロボットに選ばれ、そしてロボットが自立する物語。どちらも選んだ側が成長するという点では共通してますけど、前回はジェーンの成長物語であったのに比べ、今回のローレンは、恋に落ちた途端に自我や自立を失ってしまったみたい。
ずっと「ジェーンの本」を読んでいたローレンがシルヴァーに憧れて、その気持ちがいつしか恋に変わっていたというのは、まだ理解の範囲内なんですけど... シルヴァーの生まれ変わりのヴァーリス(silver→verlis のアナグラムですね)がローレンのどこを好きになったのかは、よく分からなかったんですよねえ。まさかローレンの外見や条件だけに惹かれたわけでもないのだろうとは思うんですけど... 外見的な美しさでいったらロボットの方が遥かに美しいわけだし。それ以前に、ヴァーリスは本当にローレンのことを好きだったのかしら? 「銀色の恋人」には、ジェーンとシルヴァーのお互いへの思いやりが溢れてたんですけど、今回はそういうのがまるでなかったような気がします。そもそもヴァーリスがシルヴァーの記憶を持ち続けているという設定も、結局あまり生かされないままでしたしね。そこで何かを葛藤するのでなければ、記憶を持ち続けることに一体何の意味があるんでしょ? 結局、ローレンに嫉妬させるためだけにしか役立ってなかったような。
ロボットの自意識といえば、どうしてもアシモフの三原則が頭をよぎってしまいます。別にロボットの話だからといって、必ずしもその三原則に則ってる必要はないでしょうけど、やっぱりあれはとても基本的な部分をカバーしてると思うんですよね。ここの会社はそういう措置を取らないまま、ロボットを作ってたのかしら? なんて腑に落ちない部分がちょこちょこと残ってしまいました。腑に落ちない最大のポイントは、「銀色の恋人」がとても綺麗に終わっているのに、なぜここで続編を出したのかということ。本当に、なぜ24年経った今、続編が...?(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「銀色の恋人」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

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王政が倒れ、共和国が樹立したパラレルワールドのイギリス、1712年。淑女を養成する学校・エンジェルズ・アカデミーにいるアーティミジアは、階段を踏み外して手すりに頭をぶつけた衝撃で、6年間忘れていた母親のことや、自分の子供の頃の記憶を取り戻します。アーティミジアの母親はモリー・フェイスという名の、7つの海を荒らしまわる海賊船の船長。アーティミジアは6年前、大砲の爆発のせいで記憶を失い、その時に母をも失ったのです。

小学館にルルル文庫なんてものが出来ました。どうやら、ライトノベルのレーベルみたいですね。ルルル文庫ってネーミングからして、私にはまず縁がなさそうだし(いや、世代的に)、この表紙がまた... なんですけど(笑)、タニス・リーの作品とあらば!
ということで、久々のタニス・リー作品。元々ジュブナイルとして書かれた作品のようですね。主人公のアート(アーティミジア)が過去を思い出したと思ったら、実は... という辺りは面白かったし、実際に経験はなくとも今まで何万回とやってるから自然にそれらしく振舞ってしまった、という辺りも楽しかったんですが... それだけの経験で、本当にやっちゃう?! と、突っ込みたくもなりますね。まあ、この辺りは許容範囲なんだけど... 私としては、そうくるからには最後にももう一ひねりして欲しかったです。実は全ては... みたいな感じで。あっさりと進みすぎてしまって、それがちょっと物足りなかったなあ。人物造形も全体的にもひとつでしたしね。特に敵役の女の子。全然勝負になってないじゃん... せっかくなんだから、もっと悪の魅力をむんむんと発散させてくれるぐらいじゃないと。あ、でもエジプト出身の黒人・エバドだけはなかなか良かったです。 (小学館ルルル文庫)


+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

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アントーニーヌス・リーベラーリスは、「リーベラーリス」という名前から解放奴隷だったのではないかとも言われている、紀元2~3世紀頃のローマ時代の物語作家。そのリーベラーリスが古典ギリシャ語で書いたという、41のごく短い変身物語。

オウィディウスの「変身物語」(感想)みたいなものなんですが、こっちは1編ずつがとても短いです。大抵2~3ページ程度で、短いものでは10数行というものも。オウィディウスが色んな変身物語を繋ぎ合わせて、人々の心の動きなども交えて15巻の一大叙事詩としているのに比べて、アントーニーヌス・リーベラーリスは繋ぎ合わせることにも人間の感情にも無関心だったようですね。どの物語もとても簡潔に描かれてました。
でもいくら淡々と書かれてるからといって、これって相当の教養がないと書けないのでは... 元奴隷がこんな作品を書くって一体!? と思ったら、解説によると、ローマ時代の奴隷は大抵戦争捕虜で、教養溢れる知識人も結構含まれていたんだそうです。そういった人たちは、奴隷とは言っても貴族の秘書となったり、そういった貴族の子弟のギリシャ古典教育のために家庭教師になったのだそう... なるほど。

変身にはいくつかパターンがあって、罪を犯して神々の怒りを買うか、逆に神々の憐れみを受けて変身させられるというのが中心なんですが、やっぱり罰としての変身が多いですね。そして読んでいて驚いたのは、鳥に変身する物語の多さ。少なくとも半分、多分半分以上は鳥に変身する話なんです。初期ギリシャ宗教では、死者の魂は鳥の形を取って天に飛翔するとされていて、全ての人間はかつて鳥であったという主張もあったのだそうですが... 鳥のように自由に空を飛びたいという思いも、そこには反映されていたのかなあ。(講談社学芸文庫)

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北東部でもとりわけ裕福な都・バクシャーンで、商人たちに雇われたエルリックとムーングラム。依頼は、商人たちの中でも特に羽振りが良いニコーンという男を除きたいというもの。ニコーンの後ろにセレブ・カーナがいると聞いたエルリックは、その仕事を請けることに... という「魂の盗人」、他3編。

エルリック・サーガ4冊目。
エルリック・サーガの最初の作品「夢みる都」が1961年の作品。ここに収められた4編の中で一番遅く書かれたのは表題作の「ストームブリンガー」で、これは1964年の作品。この表題作で一旦エルリック・サーガが終わってます。「メルニボネのエルリックのサーガ、ここに終わる」 ...エルリックサーガって、わずか3年で終わってたんですねー、びっくり。で、5巻からが今世紀に入ってから書かれたという作品なんですね。
この世界は「法」と「混沌」によって支配される世界。「法」は正義や秩序をもたらすけれど、同時に停滞をもたらすものであり、「混沌」は可能性を秘めてはいるけれど、同時に世界を恐怖と破壊の地獄にしてしまうもの。この2つの勢力のバランスが釣り合っていてこそ上手くいく、というのが面白いです。天使と悪魔みたいな関係じゃなかったのか! 「混沌」も、必ずしも悪いばかりじゃないんですね。エルリックは、この「法」と「混沌」の争いにまともに巻き込まれてしまいます。今回、エルリックもようやく人並みの幸せを手にいれることになるんですが、それがあるだけにラストが一層悲劇的でした。最後は北欧神話のラグナロクを思わせるような終末戦争。まさかここでローランだのオリファンだのデュランダーナの名前をここで見ることになろうとは。(笑)
とりあえず区切りがいいので、エルリック・サーガは一休みして、ムアコックのほかのシリーズにも手を伸ばしてみようかと思います。本当は紅衣の公子コルムに興味があるんだけど、復刊にはまだもう少し待たないみたい。となると、「ルーンの杖秘録」の4冊か、エレコーゼ・サーガの2冊。どっちにしようかな、やっぱり発表順で「ルーンの杖秘録」の方が順当かな...?(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

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カナダのグウェンに、アイルランドのハートおばばからのメールが届きます。妖精国を大きな災いが襲おうとしており、その鍵となるのが妖精と人間の血を引くダーナ・フウェイラン。しかし彼女は準備が全くできていないため、命がけで守ってやらなければならないというのです。ダーナを守るのは、決戦の地であるカナダの人間の役割だと聞いたグウェンは、同じくカナダにいるローレル・ブラックバーンを訪ねて、一緒に戦って欲しいと訴えます。しかしローレルは、もう妖精国とは係わり合いになりたくないと考えていたのです。

O.R.メリングのケルトファンタジー第6弾。
前巻の予告通り、今回の舞台はカナダ。そして「妖精王の月」「夏の王」「光をはこぶ娘」の3冊の物語がここに1つにまとまります。カナダの歴史を辿るダーナの旅は楽しかったし、特にケルトの伝説「聖ブランダンの航海」が登場するとは思っていなかったので、嬉しいびっくり。今回新しく登場する人々もなかなか良かったし、妖精が存在するのはアイルランドだけでなくて... という概念も面白かったんだけど。
でも上下巻と長い分、どうしても冗長に感じられてしまう部分があったのと、「7者」が結局ほとんど登場しなかったのが、すっごく残念。ちゃんと出てきたのはグウェンぐらいなんですよね。カナダの人間がやらねばならなかったという前提は分かるんだけど、3つの物語の完結編となるんなら、もう少しそれらの物語の積み重ねを感じたかったなあ...。これまで登場してきた人たち同士の繋がりができて、3冊分(うまくすればもっと)の世界が繋がるんじゃないかと思ってただけに、かなり残念でした。結局、グウェンとローレルの繋がりが出来る程度。結局これまでとパターン的には一緒なのね。うーむ。(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「妖精王の月」「歌う石」「ドルイドの歌」O.R.メリング
「夏の王」「光をはこぶ娘」O.R.メリング
「夢の書」上下 O.R.メリング

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日の暖かなある初夏のこと、世の不可思議なことどもを聞こうと世間を歩き回っていた「私」は、丘の斜面でぐっすり寝込んで、驚くべき夢を見ます。夢の中で「私」はある荒野の中にいて、東を見ると丘のうえに見事な造りの塔が、その下には底深い谷間が、谷間には恐ろしい掘割をめぐらせた城塞があり、塔と城塞の中間の平らな野原には、あらゆる階層の人々が世のならわしのままに働いたり彷徨っていたのです。

14世紀後半の詩人・ウィリアム・ラングランドによる寓話的な夢物語。「報酬」や「良心」といった抽象概念が擬人化されて、その言葉の意味を持ったまま普通の人間と同じように活動し、特性や機能を表すという擬人化のアレゴリーで、これは17世紀前半ぐらいまでよく使われた形式。夢を見て、というのも、中世でよく使われた形式。この「農夫ピアズ」の場合、語り手は夢から何度か醒めて、読者は語り手と一緒にその夢について考えることになります。
要は当時の社会・宗教問題をラングランドなりに解明しようとしたものなんですが... うーん、ちょっと分かりにくかったかも。夢から何度か醒めちゃうのがいけないのかな? そのたびに繋がりが切れて場面が変わってしまうせいか、あんまり物語として面白くなかったです...。まあ、元々教訓的な話なんで、面白く感じられなくても仕方ないかもしれないんですけど、同じ形式でももっと美しく感じられる作品はあるし、例えば同じく擬人化アレゴリーの作品、ジョン・バニヤンの「天路歴程」なんかは結構面白かった覚えがあるんですよね。なんだか首尾一貫してないような感じで、あまり楽しめませんでしたー。残念。(中公文庫)

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神田の古名主、高橋宗右衛門の自慢の息子・麻之助は、16歳になった途端に生真面目で勤勉な青年から、お気楽な若者へと変貌してしまったという青年。そんな麻之助も22歳。ある日、悪友の八木清十郎に男色の仲だと宣言して欲しいと言われ、さすがの麻之助も驚きます... という表題作「まんまこと」他、全6編の連作短編集。

畠中恵さんの新シリーズ。やっぱりこの方の作品には、江戸の雰囲気がよく似合いますね。今度のシリーズ中心となるのは、主人公の高橋麻之助と、女好きの八木清十郎、堅物の相馬吉五郎という3人組。とは言っても、それほど一緒に行動するわけじゃないんですけどね。基本的には名主のところに持ち込まれた麻之助絡みの揉め事を、麻之助が友人たちの助けを借りて調べて、人情味たっぷりに解決するという流れです。八方丸く収まって読後感が良いところは、さすが畠中恵さん。でもまだシリーズ最初の作品のせいか、まだどこか定まりきっていない印象もあるんですよね。麻之助の機転がきくところはいいんだけど、どうしても若旦那と重なっちゃうし... そうなると妖(あやかし)がいない分、こちらはやや部が悪い気も。麻之助が16歳でお気楽になってしまった理由に早々に見当がついてしまったのも、ちょっと残念でした。ただ、「しゃばけ」シリーズでは常時登場して活躍する女性がいないので、今後のお寿ずの活躍に期待かな。(文芸春秋)


+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「おまけのこ」
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「こころげそう 男女九人お江戸の恋ものがたり」畠中恵
「いっちばん」畠中恵
Livreに「しゃばけ」「ぬしさまへ」「百万の手」「ねこのばば」の感想があります)

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「図書室の海」以来の短編集。「水晶の夜、翡翠の朝」「ご案内」「あなたと夜と音楽と」「冷凍みかん」「赤い毬」「深夜の食欲」「いいわけ」「一千一秒殺人事件」「おはなしのつづき」「邂逅について」「淋しいお城」「楽園を追われて」「卒業」「朝日のようにさわやかに」の14編。

この中では、三月の学園の「水晶の夜、翡翠の朝」と、アガサ・クリスティの「ABC殺人事件」へのオマージュ「あなたと夜と音楽と」だけが既読だったんですが、どうも既視感のある作品が多くて、ちょっとびっくり。他の作品もどこかで読んでるのかも...。それとも、気づいてないところに特定の作家さんや作品へのオマージュ作品もあるのかしら? さすがに「一千一秒殺人事件」なんてタイトルだと、稲垣足穂系だなと分かるんですが。
どの作品も現実離れしているようでいて、でも妙なリアリティがあって、ちょっと不気味なホラー系。この本に収められた短編のうち「朝日のようにさわやかに」だけが全然ホラー系じゃなくて、むしろエッセイタッチの作品なので、それが表題となってるのがなんだか悪い冗談みたいです。本を読み進めるにつれて世界が徐々に歪んでくるような感じ...。それほど怖くはないんですが、様々なパターンのホラー作品が楽しめます。
私がダントツで気に入ったのは「冷凍みかん」。これも、どこかで読んだことがあるような気がするんですけどね...。これは星新一さんのショートショートみたいな雰囲気。これはいいなあ。あと「淋しいお城」は、講談社ミステリーランドのための作品の予告編なんですって。本編を読むのが楽しみ! でもやっぱり「水晶の夜、翡翠の朝」も素敵でした。それでも天使のようなヨハンにうっとり。(新潮社)


+既読の恩田陸作品の感想+
「夏の名残りの薔薇」恩田陸
「小説以外」恩田陸
「ユージニア」恩田陸
「蒲公英草紙」「光の帝国」恩田陸
「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」恩田陸
「ネクロポリス」上下 恩田陸
「エンド・ゲーム」恩田陸
「チョコレートコスモス」恩田陸
「中庭の出来事」恩田陸
「朝日のようにさわやかに」恩田陸
「木洩れ日に泳ぐ魚」恩田陸
「いのちのパレード」恩田陸
「猫と針」恩田陸
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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「イケてる小説はないのかよ!」「スゴいやつを読ませやがれ!」 そう口走りながら、ケワしい目つきで書店の棚を睨めつけている人たちのための文学ガイド。幻想フルーツ&奇想キュイジーヌ小説75作を紹介する、だそうなんですが...(笑)
先月、図書館の館長(上司です)に「面白かったよー」と勧められて楽しく読んだというのに、ここに感想を書くのが抜けてました。いやーん。
まず、「はじめに」からして面白いです。「文学は最高のエンターテイメントだ。ぼくはそう思っている。」という掴みもいい感じ。私も文学系作品は好きなんですが... という以前にきっちりとしたジャンル分けはよく分からないんですが... 作品の傾向が分かる程度のジャンル分けで十分だと思ってますしね。でもやっぱり「文学」と聞くと、堅苦しそうな、いかにも退屈でつまらなそうなイメージがあると思います。実際に文学作品と呼ばれてる作品を読んでみると、全然そんなものじゃなかったりするのに。もちろん退屈で詰まらない作品もありますけど(おぃ)、格調高すぎと敬遠されがちな作品だって、時には昼メロだったり吉本新喜劇だったりするわけで。(それはそれでガッカリかも...)
そんな敬遠されがちな文学だけど、実はこんなに面白いんだよ!という筆者の熱意が伝わってきます。でも、砕けている「はじめに」とは裏腹に、紹介されてる75冊はかなりきちんとしたもの、という印象を受けました。これは実は相当真面目な文学系ブックガイドなんじゃ...。でもね、この中で紹介されてる本で私が既読の作品って、ほんの数冊しかないんですよぅ。それがちょっと悔しかった。もちろん新たに読んでみたくなるブックガイドなんですけど、それ以上に、既読本の紹介を読むのが楽しかったから。
ということで、読みたい本がまた増えてしまいました... 今はここに紹介されてるようなのよりも古いのを読みたい気持ちが強いので、実際に読むのはもうちょっと先になりそうですが、その時にこの本があると思うと心強いな。(本の雑誌社)

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イングランド中部ダービシャー州の町でサイン会を開いていた作家のスチュワート・グラットンは、サイン会を訪れたアンジェラ・チッパートンという女性に、その父親が書いていたというノートのコピーを渡されます。以前からグラットンは、ソウヤーという名前の1940年代に英空軍爆撃司令部に属していた人間の情報を求める広告を出していおり、父親が書き遺したノートが役に立つのではないかと考えたアンジェラは、その一部をコピーして持参したのです。

先日「奇術師」と「魔法」を読んだクリストファー・プリーストの作品。(感想) 本当はkotaさんが「SFガジェット満載」で「最後に現実崩壊感覚を味わえます」と仰る「逆転世界」を先に読もうと思っていたのに、入手の順番が逆になってしまいましたー。「双生児」はさらに圧倒的な傑作だそうなので、最後のお楽しみにしようと思ってたのに!
というのはともかく、今回は第二次戦争下の英国が舞台の物語です。その頃のことを本に書こうと調べている作家の集めた資料を読むという形で物語は進んでいきます。グラットンが調べていたのは、ソウヤーという名前の兵士もしくは士官。ソウヤーは良心的兵役拒否者でありながら、同時に英空軍爆撃機操縦士でもあるという人物で、英国首相・チャーチルが、なぜそのようなことが可能なのかというメモを残していて、そこにグラットンは物語を感じたんですね。まあ、この疑問の答は、ソウヤーが1人の人間ではなくて一卵性双子だったということで、早々に明かされてしまうんですけど...(笑) そこからが本領発揮。そこはクリストファー・プリーストだけあって一筋縄ではいきません~。本格ミステリ作品では双子を使ったトリックは使い古されてますけど、これはそういったトリックとはまた全然違う! プリーストならではの世界。
読み始めてすぐに「1940年半ばの米中戦争」という言葉にひっかかったんですが、もうここから始まっていたんですね~。ボート競技でベルリンオリンピックに出場したところから始まる双子の物語も、時代が戦争へと流れ込んでいく辺りも、読んでいて純粋に面白いです。私がもっとウィンストン・チャーチルやルドルフ・ヘスに詳しかったらなあ、なんて思ったりもしたんですけど、それでも十分楽しめます。その辺りはこの作品の表層上のことにすぎないんですけど... やっぱり読みやすくて面白いというのは重要ポイントですね。小難しいことを小難しく書ける人はいっぱいいるけど、そういうのってごく普通。難しげな単語を振りかざしてるだけで、結局虚仮威しに過ぎないなんてこともありますし。でも本当に頭が良い人の文章ってそうじゃないと思うんです。ここまで複雑な話をこんな風に読みやすく面白く書けるのって凄いです。なーんてことを書き続けてるのは、ひとえにネタバレしたくないからなんですけど...(笑)
大胆でありながら緻密。クリストファー・プリーストならではの、知的な「語り=騙り」を試してみてください。肝心のトリックに関しては、もし読み終えた時には分からなくても、大森望さんによる解説に詳しく書かれているので大丈夫です。^^(早川書房)


+既読のクリストファー・プリースト作品の感想+
「奇術師」「魔法」クリストファー・プリースト
「双生児」クリストファー・プリースト
「逆転世界」クリストファー・プリースト

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左は岩波文庫、右はマール社というところから出ている本。
岩波文庫版は原典から直接訳したもの。こちらは小川亮作さんによる口語訳なんですが、初版が1949年(昭和24年)の口語なので、読みやすいながらも今の口語よりもずっと端整な感じ。そしてマール社版は19世紀の詩人・エドワード・フィッツジェラルドが英訳したものを、竹友藻風さんが日本語に翻訳。格調高い七語調です。フィッツジェラルドによる英訳も同じページに載っていて、これって実は日本語よりも分かりやすいんじゃ...(笑)
その右の本は、風待屋 のsa-ki さんに教えていただいたものです。表紙も紺地に金銀が使ってあってとても美しいんですけど、中身も素敵!全てのページが挿絵入り。エキゾティックでほんのりエロティックな、ビアズレーのようなペン画で、ところどころ印象的な赤が使ってあって、それがまた素敵。この美しさだけで、この本を買う価値は十分あります。^^

そして中身はそのものズバリ、酒への賛歌。いくつか引用してみると...

恋する者と酒のみは地獄へ行くと言う、
根も葉もない囈言(たわごと)にしかすぎぬ。
恋する者や酒のみが地獄に落ちたら、
天国は人影もなくさびれよう!(岩波文庫版87)

天女のいるコーサル河のほとりには、
蜜、香乳、酒があふれているそうな。
だが、おれは今ある酒の一杯を手に選ぶ、
現物はよろずの約にまさるから(岩波文庫版89)

一壷の紅の酒、一巻の歌さえあれば、
それにただ命をつなぐ糧さえあれば、
君とともにたとえ荒屋(あばらや)に住まおうとも、
心は王侯(スルタン)の栄華にまさるたのしさ!(岩波文庫版98)

たった4行の簡潔な詩の繰り返しなんですけど、驚くほど豊かなイメージが伝わってきませんか~? イスラム教の社会では、コーランによって酒は禁じられているはずなんですが... 死後のことを気にして戒律を守るよりも、今現在を大切にして奔放に酒を愛するという前向きな姿は逆に清々しいほどです。(笑)
そしてちなみに最後の「一壷の紅の酒~」の4行は、マール社版だとこんな感じ。

ここにして木の下に、いささかの糧
壷の酒、歌のひと巻ーーまたいまし、
あれ野にて側(かたわら)にうたひてあらば、
あなあはれ、荒野こそ樂土ならまし(マール社版12)

かなり違いますよね。もちろん日本語への訳し方にもよると思うんですが、フィッツジェラルドが英訳する時に結構変えてるんじゃ... なんて思った箇所も結構多かったです。マール社版には、たまにキリスト教的な匂いがあって、それはきっとフィッツジェラルドによるものだと思うし、例えば「薔薇(そうび)」という言葉もやけに多用されてるんですけど、岩波文庫版に薔薇はそれほど登場しなかったですもん。花ならむしろチューリップ。(笑)
載っている詩の数も岩波文庫は114編、マール社は110編と違うし、掲載されている順番も全然違うんです。どうやら「ルバイヤート」には贋作も多いらしくて、それぞれの本で選んでる詩も結構違うみたいなんですよね。これと思う詩をもう一方の本から探し出して比べてみるのは結構大変でした。でもそれぞれに素敵な本なので、楽しかったです。(岩波文庫・マール社)

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アテーナイとスパルタの間の戦争が続いていた頃。アテーナイの若く美しい夫人・リューシストラテーは、何とか戦争をやめさせようと全ギリシアの女性たちに会合を通告。リューシストラテーは男たちに戦争をやめさせるには、自分たち女性が男性に対して性的ボイコットを行うことが必要だと説きはじめます。そして敵方であるスパルタのラムピトーらの協力を得て、計画を実行に移すことに。

ギリシャ悲劇を一通り読んだので、今度はギリシャ喜劇。ギリシャ喜劇を読むのはこれが初めてです。でも、こちらはあまり読まないかも。基本的にハッピーエンドが大好きな私なんですが、悲劇の方が好きそうな気配が濃厚なんですもん。シェイクスピアも喜劇よりも断然悲劇の方が好きですしね。(シェイクスピアの喜劇で好きなのは「夏の夜の夢」ぐらい)

アリストパネースがこの作品を書いたB.C.412年は、ペロポネーソス戦争(B.C.431-B.C.404)の真っ最中。27年間も続くことになったこの戦争は、アリストパネースの考えるようには終結しませんでしたが、この喜劇の中には当時の情勢に対する諷刺も沢山含まれていました。
リューシストラテーの提案は、要するに夫の夜のお相手をやめて、しかも無理強いされないために、女性たちだけで立て篭もろうということなんですけど(笑)、それを聞いた女性たちの反応がスゴイ。顔をそむけたり、立ち去ろうとしたり、口がへの字になったり、顔色が変わったり、泣いてしまったり... 日本じゃちょっとあり得ない反応かも。(笑) それに対してリューシストラテーが、「あきれた、わたしたち女性ったら、みんな助兵衛ばかりだわ。お芝居がわたしたちを題材にするのも道理だわ」と言うのが可笑しい。実際、後で我慢しきれなかった女性が脱走を企てるという展開もあります。中には、兜を服のおなかに入れて、妊娠中を装って逃げようとするツワモノも。ギリシア人の女性はそれほどまでにお好きなんでしょうか...!(笑) あえて美しい化粧と透けた衣装で男性をその気にさせながら、拒絶するのがポイントなんですよー。
でもパワフルな女性たちの奔放さを描いているようで、あくまでもこの作品は反戦作品。実はとても真面目な作品なんですね。(岩波文庫)

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年老いて、自分の身体が頑固な痛みの詰まった袋に過ぎないと痛感するようになった公爵は、ある時思い立って、広大な敷地内に巨大なトンネルを8本も掘らせることに。そのトンネルは、馬車も通れるという大きいもの。施工には5年もかかります。しかしそのトンネルが何のために作られたのか、公爵が人に明かすことはなかったのです。

作者のミック・ジャクソンの本名はマイケル・ジャクソン。それだとあんまりだっていうんでミック・ジャクソンに変えたら、今度はミック・ジャガーみたいになってしまったんだとか。(笑) 有名人と同姓同名って困りますよね。字が違ってても、例えば呼び出しの時とかに困る、特に空港みたいなところで呼び出されたくないって、以前「シバタキョウヘイ」さんが言ってました。同姓同名の人は時々見かけますが、私が知ってる人はほとんどその有名人と同世代。親がファンで名前を貰っちゃった!ってことではないんですよね。最近は「ヤマグチトモコ」さんがいたなあ... しかもこの山口さんは、全く同じ字でした。まあ、この場合はそれほど珍しい名前じゃないですけどね。親御さんは「智子」って名前をつけただけだし。って、関係ないこと書いてますけど、このミック・ジャクソン、ロックバンドをやってたこともあるようですが、本業は映画監督とか脚本の方なのだそうです。なるほど、この小説も確かにどこか映画っぽい匂いがする構成かもしれません。
最初は人生に疲れた普通の老人に見える公爵が、いかにもイギリス的なユーモアを交えながら描かれていきます。周囲の人々にも奇矯な人物と認識されているようですが、愛すべき老人。時折昔のエピソードが折挟まれるんですけど、それがあまりに断片的で、微笑ましいというよりも危うい印象。老公爵は徐々に狂気に蝕まれ始めていて、気がつけば取り返しのつかないところまでいってしまってました。...ええと、やりたかったことは分かるんだけど、終始淡々と描かれてるので、どうも単調で... 最後は結構強烈なはずなのに、ここもそれまでの淡々とした筆運びに負けてしまったような気がします。そしてこの穴掘り公爵、第5代ポートランド公ウィリアム・ジョン・キャヴェンディッシュ=ベンティック=スコットというモデルがいるらしいんですね。実際にトンネルを掘ったこともあったのだとか。実際にはミック・ジャクソンが作り上げた部分も多いんでしょうけど... この穴掘り公爵、結局そのモデルの影から逃げ切れなかったのかもしれませんね。(新潮クレストブックス)

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宿敵・セレブ・カーナを追ってロルミール入りするものの、キマイラたちに襲われるエルリックとムーングラム。そして辿り着いた無人の城の中には、かつてエルリックが殺した許婚のサイモリルと似た女性が眠り続けていたのです... という「暁の女王」と、ムーングラムと別れてタネローンを出たエルリックは、竜に連れていかれた都市の廃墟で父の亡霊と出会い、父が最愛の妻の元へと行けるようにするために異次元でローズウッドの箱を探すことに... という「薔薇の復讐」の、エルリック・サーガ第3巻。

前巻でコルムが語っていた、エルリックとエレコーゼと共に、ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔で闘ったという話が、こんなに早く読めるとは! エルリックにとっては、「暁の女王マイシェラ」でのエピソードの1つだったんですね~。これは、早くコルムとエレコーゼ側の話も読んでみたいなあ。ええと、ホークムーンは登場してませんでしたが、ルーンの杖は登場してました。(笑)
エルリックの世界は、<法>と<混沌>が治める世界。でもエルリックは<混沌>側、エルリックに助けを求めるマイシェラは<法>側、そのマイシェルを脅かすセレブ・カーナとウムブダ王子は<混沌>側。エルリックとセレブ・カーナは共に<混沌>側だというのに敵対してるし、かなり入り組んでます。ナドソコルという町でエルリックを襲ってくるのは<混沌側>の神で、絶体絶命のエルリックを助けるのは<法>の神だし... 最後には自分のお気に入りのシモベを助けるべく、<混沌>のアリオッホが登場するんですけどね。しかも次元が違うと神々のパワーバランスもまた違ってくるようで... そういった部分が、だんだん見えてきました。「薔薇の復讐」でも多元宇宙に関する哲学的な議論が繰り広げられて、その辺りはちょっと難しいです... でも全部読み終わった時にまたここに戻ってくれば、きっとここに書かれていることがものすごく分かるのではないかと思うんですよね。なので、今は書いてあるまま受けとめておくだけで良しとしましょう。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

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ヘゲリンゲン王国のヘテル王と王妃ヒルデの間に生まれたクードルーンは、母をも凌ぐ美しい王女に成長し、様々な国からクードルーンへの求婚の使者が送られることに。7つの王国を従えるモールラントの王・ジークフリートや、ノルマンディー王国の王子・ハルトムートもその1人。しかし誇り高いヘテル王はジークフリートに娘を嫁がせることを拒み、王妃ヒルデは、家格が合わないこととを理由にハルトムートの求婚を断るのです。結局クードルーンの心を射止めたのは、隣国ゼーラントのヘルヴィヒ王でした。しかしヘルヴィヒ王とクードルーンの結婚が1年後に決まった時、ジークフリートはヘルヴィヒ王のゼーラントに攻め込み、ヘテル王が援軍をゼーラントに進めている間に、ハルトムートはヘゲリンゲンの城にいた王女クードルーンと62人の侍女を連れ去ったのです。

1230年代に書かれたという長編英雄叙事詩。ドイツの「イリアス」と呼ばれる「ニーベルンゲンの歌」に対して、こちらの作品はドイツの「オデュッセイア」とも評されているのだそう。アイルランド、デンマーク、ノルマンディー、異教徒の国モールラントなどを舞台に3代に渡る壮大な物語。
テンポもいいし、面白いという意味では十分面白いんですけど、叙事詩として比べてしまうと、「ニーベルンゲンの歌」の方が断然格上のような...。人物の魅力的にも、物語の盛り上がりや迫力から見ても、深みから言っても、「ニーベルンゲンの歌」の方が上だと思うんですよねえ。これは、中心となるクードルーンがイマイチのせいもあるかも。...そりゃ美人かもしれないですけど、世の王子さま方はそれだけでいいわけ?!ってほんと思いました。途中でもその高慢ぶりが鼻についたし、最後のハッピーエンドだって、クードルーンの自己満足のように思えてしまうー。 ...と書きつつ、突っ込みどころが満載で、そういう意味ではすごーく楽しめたんですけどねー。(そ、それでいいのか...? と何度思ったことか・笑 ←間違った楽しみ方です)
解説によると、30を超える写本が現存する「ニーベルンゲンの歌」に比べて、こちらには16世紀の写本が1つ残されてるだけなのだそう。だから、中世当時はあまり人気がなかったのではないかとのこと。確かにそれは十分考えられそうです。高い評価を受けるようになったのは、19世紀になってからみたいですね。グリム兄弟の弟・ヴィルヘルム・グリムもこの作品を絶賛してるそうなんだけど... そんな絶賛するほどなのかなあ? いえ、楽しいのは楽しいんですけどね。(講談社学術文庫)

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メアリアン・カーステアズが初めて女性から「性の興奮と知の興奮の手ほどき」を受けたのは、17歳の時のこと。その手ほどきをしたのは、オスカー・ワイルドの姪で、当時パリ社交界の中心にいたドリー・ワイルド。大金持ちではあるものの野暮ったい田舎娘だったメアリアンは、たちまちのうちにドリーに魅了され、様々なことをドリーに教わることになります。その後、メアリアンはジョー・カーステアズと名乗るようになり、数々の女優と浮名を流し、その中にはマレーネ・デートリッヒのような大女優も含まれることに。

ボートレースにも果敢に挑戦してるし、ホエール島を買い取ってからも精力的に活動してるし、表向きには豪快で華やかな生き方のように見えるんです。でもこの作品を読んでいると、その裏に潜む寂しがりやの素顔が透けて見えてきました。お金は有り余るほどあっても、次々に浮き名を流しても、本当に求める愛情はなかなか得られないんですよね。唯一の真実の恋人が失われてしまったのも、言わば自業自得だし、トッド・ウォドリー卿と名付けられた人形への偏愛が怖い... きっと子供の頃に結局得られなかった親の愛情への裏返しなんでしょう。何事においても自分が拒絶されたということを認められなくて、自分から捨てたんだと粋がってみせるところも痛々しすぎ。1920年代というのは、戦争のせいで男性が不足してたこともあって、性的に寛容な時代だったようなんですよね。なのでジョー・カーステアズみたいな人物ももてはやされることになったんでしょうけど、この人もまた戦争の被害者なのかなあ、なんて思ってしまいました。戦争がなかったら、これほどまでに華やかな生活はできなかったでしょうけど、逆にもっと身近なところに小さな幸せをみつけて一生を送ったんじゃないかしら。それにお金がありすぎるっていうのも、絶対マイナス要因ですね。お金に頼りすぎです、彼女。
ジョー・カーステアズ自身にはあまり惹かれなかったんですけど、周囲の人物とのエピソードは面白かったです。カニグズバーグの「エリコの丘から」に出てきたタリューラ・バンクヘッドにニヤリ。「魔性の犬」のクエンティン・クリスプの名前も出てきてびっくり! でもやっぱり一番の話題は、マレーネ・ディートリッヒかな。やっぱりディートリッヒは素敵だったんですね~。(新潮クレストブックス)

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小学校6年生のたかしと小学校3年生の妹のゆうこは、家の壁にかけてある剥製のトナカイの首を見ているうちに、まるでその首が魔法にかけられているような気がしてきます。そして「この魔法をといてあげたらすごいんだけど!」というゆうこの言葉に、たかしは映画で見たいくつかの場面を思い出しながら、呪いを解くような言葉をできるだけ厳かに唱えてみることに。するとその時、トナカイのガラスの瞳の奥で炎が揺れたのです。炎はたちまち瞳いっぱいに広がり、鼻は火のように熱い息を吐き出します。たかしは咄嗟に持っていたロープを枝角にかけるのですが、トナカイに恐ろしい力で引きずられ、しがみついたゆうこもろとも壁穴に引っ張り込まれてしまい、気がつけば一面の枯野に取り残されていました。

子供の頃から気になって何度も手に取ってはいたんです。題名がいかにも私好みそうで。でも表紙や挿絵があまり好みじゃなくて、結局書架に戻してたんですよね。でもどうやらファンタジーを語る時に欠かせない傑作のよう。なので今だにもひとつそそられないままだったんですけど(笑)、読んでみました。
いやあ、とても骨太な作品でびっくりです。端的に言えば、青イヌとトナカイの戦いの物語。でも、きっと無意味な殺戮を繰り返す青イヌは敵側なんだろうな、というのは分かるんですけど、本当にトナカイ側が善で青イヌ側が悪なのかは、読んでいてもなかなか確信が持てないんですよね。読者が確信を持てなければ(って、分かってなかったのは私1人かもしれないんですが)、主人公のたかしやゆうこも当然分からないわけで...。突然知らない世界に放り込まれた2人は、どちらが信じられるのか自分自身で感じなければならなくなります。トナカイにはトナカイの論理があり、青イヌには青イヌの論理があるんです。もしこの物語で2人が最初に出会ったのが青イヌ側だったら、話の展開は全然違ってしまっていたかも。話としてはC.S.ルイスのナルニアに構造的にかなり似てると思うんですけど、善悪二元論にならないところがナルニアと違う... というか、日本の作品らしさなのかな。日本にも善悪二元論の作品は沢山ありますけど、敵にも言い分はあるって話も多いですよね。
文明社会の中で生き抜くのも大変だけど、大自然の中を生き抜くのはそれよりも遥かに過酷なこと。どうしても動植物を問わず他者の命を奪わなければ、自分自身が生きていくことはできないわけです。でも奪った命を尊厳を持って扱うかどうかが問題なわけですね... という部分で中沢新一さんのカイエ・ソバージュシリーズを思い出してしまいました。全5冊のうち、3冊で止まってるんです... 読まなきゃ!
読む前はなんとなくアイヌのイメージを持っていた作品なんですが、作者の神沢利子さんは幼少時代に樺太(サハリン)で暮らしていたのだそう。この雪と氷が果てしなく続く大地のイメージは、そちらのイメージだったんですね。(福音館文庫)

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日常&読んだ本logのつなさんが読んでらして、気になった本。(記事) 宮澤賢治作品といえば、本当に有名どころしか読んでないのに大丈夫かしら、という心配もあったんですが、結果的には全然問題ありませんでしたー。良かった。知らない本が沢山出てくると「読みたい、でも読めない」で妙に苦くなることがあるんですけど、この本はそれほど作品を知らないながらもとても楽しめたし、穏やかに「ああ、また今度改めて読んでみよう」という感じ。もちろん、紹介されてる本が読みたくてうずうずするようなのもいいんですけどねー。今の私の気分にはちょっとツラいので。で、この本の表紙を見た時に「迷宮レストラン」(感想)を思い出したんですけど、数々の料理が鮮やかな写真で紹介されていた「迷宮レストラン」(とても綺麗でした!)とは一味違って、こちらは表紙と同じ出口雄大さんの挿画がとても柔らかくて、これも素敵でした。
後に菜食主義で粗食になってしまう宮澤賢治ですが、意外とハイカラで贅沢で新し物好きだったんですね。育ったおうちもなかなか裕福だったようですし。言われてみたら、確かに裕福な生活を知らなければ書けないような部分も多かったなあと思うんですが、実際には「雨ニモマケズ」のイメージが強いのでちょっとびっくりでした。生前には作品は全然売れなかったと聞いてましたしね。今は当たり前のようにあっても、当時はきっと贅沢だったりハイカラだったりしたんだろうなあというものや、その頃の日本人はあまり好まなかったという食べ物がいっぱい登場します。食に対する冒険心があった人なんですね。例えば「ビフテキ」「サンドヰッチ」といった言葉からも、そんなハイカラな雰囲気が伝わってきますね。そして忘れちゃいけないのは、幻想的な食べ物や飲み物。「チュウリップの光の酒」、飲んでみたーい。

そしてこの本を読んでいて一番読みたくなった宮沢賢治作品は、「十力の金剛石」。角川文庫版「銀河鉄道の夜」に入ってたので、これだけは読んでみました。これは、王子が大臣の子と虹を追いかけるうちに一面の宝石の世界に迷い込む話。ここではトパァズやサファイアやダイアモンドの雨が降り、野原には天河石(アマゾンストン)の花に硅孔雀石(クリソコラ)の葉を持つりんどう、猫睛石(キャッツアイ)の草穂、かすかな虹を含む乳色の蛋白石のうめばちそう、碧玉の葉に紫水晶の蕾を持つとうやく。琥珀や霰石(アラゴナイト)の枝に真っ赤なルビーの実を持つ野ばら。それだけ美しい場所なのに、草も花も「十力の金剛石」がまだ来ないので「かなしい」と歌うんですね。みんなが待ち望む「十力の金剛石」とは一体何なのか...
宝石の場面もワクワクしますし(漢字で書く宝石名が、また好みなんです♪)、その後の優しい情景もとても素敵です。(平凡社・角川文庫)


+既読の宮澤賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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吟遊詩人として各地を遍歴するローレンが出会ったのは、白い服の若い娘。娘はローレンが詩吟(うたうた)いだと知り、イスの都を知っているかと尋ね、ローレンをイスの都へと誘います... という表題作「イスの姫君」他収録。

ひかわ玲子さんの文章に、漫画家の松元霊古さんが絵を描いてらっしゃるというので、手にする前はもっと漫画なのかなと思ってたんですが、実際には挿絵の多い物語集といった感じでした。漫画もあるんですけど、ごく一部。表題作の「イスの姫君」は、ブルターニュに残るケルト伝説がモチーフだし、ほかの作品もマビノギオンやアーサー王伝説、ケルトの伝説を元に作られた物語なんですけど、予想外にしっかりした作品が揃っていてびっくり。これまでに読んできた伝説の中の登場人物たちが、ひかわ玲子さんの作品の中でこれほど生き生きと動き回ってくれるとは~。どれもとても素敵です。
特に読み応えがあったのは、表題作の「イスの姫君」。この作品は、ひかわ玲子さんのデビュー前に世の中に出た一番最初の作品なのだそう。解説で井辻朱美さんが、「『イスの姫君』は骨子の伝説に肉付けをして、生き生きした人物群像を描き出し、ひかわさんの作家的資質をすでに鮮やかに示すものでした」と書かれていますが、、本当にデビュー前の作品とは思えないほどの読み応えのある作品なんです。ひかわ玲子さんご自身は「未熟だけど、もう、二度とこんな作品はかけないーー自分で、そう思います」と書かれていて、この「二度と書けない」と思われる気持ちは分かる気がします... きっとその当時、ご自分が持っていたものを全て注ぎ込んだ作品なんでしょうね。いやあ、良かった。こういった作品を読むと、ひかわ玲子さんのほかの作品も読んでみたくてたまらなくなります。(角川書店あすかコミックスDX)


+既読のひかわ玲子作品の感想+
「ひかわ玲子のファンタジー私説」ひかわ玲子
「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」ひかわ玲子
「イスの姫君」ひかわ玲子

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19世紀のイギリスを代表する装飾芸術家・ウィリアム・モリスにとって最も重要な芸術は「美しい家」であり、次は「美しい書物」。中世の美しい写本を愛したモリスはヴィクトリア朝の本粗悪さを嫌い、晩年、私家版印刷所ケルムスコット・プレスを設立します。そこでは良質の紙やインク、行間や語間、余白、挿絵と調和する活字作りに拘った、モリスの理想の書物作りが追求され、自著やチョーサー作品集など53点の書物が刊行されることに。この本はそんなモリスのエッセイや講演記録、インタビュー記事などを1冊に集めたものです。

実際にケルムスコット・プレスでの本造りが行われていた期間に書かれたり語られたりしたものだけあって、ここに収められたモリスの書物芸術論はとても具体的。そして、美しい本を作るのも醜い本を作るのも手間と費用の面から言えばほとんど同じなんだから、それなら美しい本を作りたいというモリスの考え方はとても印象的。...でもね、粗悪本と手間と費用がそれほど変わらないとは言っても、良質の紙やインクを使用する以上、それなりの代金がかかりますよね。字間や行間が広い方が読みやすいと信じていた頑固一徹な植字工たちに自分の考えを浸透させるのも、きっと相当大変だったはず。...苦労した甲斐あって、ケルムスコット・プレスの本は本当に素晴らしいし、書物史の中で重要な役割を果たしてると思いますが!

そしてこの中に付録として「ウィリアム・モリスの愛読書」というのもあって、「良書百選」というアンケートに対する回答が収録されていました。モリスが中世の騎士道ロマンスが好きだったというのは知ってたんですけど、ここまで好きな作品が重なるとは! いえ、もちろんモリスの方が遥かに幅広く読んでますけど、モリスにとってバイブル的存在だという本は私もかなりの確率で読んでて、しかも好きな作品ばかり! バイブル的存在の中で全然読んだことがないというのは、ヘロドトスと「ヘイムスクリングラ」の2つだけですね。ヘロドトスは丁度読みたいなと思ってたところだし、ヘイムスクリングラも日本語訳さえあれば...です。これは、モリスのリストから未読本を選んで読めば、かなりの確率で私好みだということだなあ。(にやり)
折りたたみのところにブックリストを載せておきますので、興味のある方は「Lire la suite」をクリックして下さい。ここのブログに感想があるものに関しては、右側に作品名を書いてリンクしておきます。...それにしても「ヘブライ聖書」(旧約聖書のこと)がバイブル的存在って... あまりにそのまんまだわ!(笑)

ケルムスコット・プレスから刊行された53冊は、福岡大学のサイトでもリストと一部画像が見れます→コチラ。モリス自身の作品と、あとはモリス好みの作品って感じですね。1冊でいいから、こういう本を自分の物にしてみたいー。(一番欲しいのは中世の写本だけど)(ちくま学芸文庫)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス

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激しい嵐のために軌道から大きくそれた熱気球は、尖塔の建ち並ぶ大きな街に下りていきます。そこは「ぼく」が生まれ育ったプラハの街。「ぼく」の家も、記憶のまま。でも3つの錆びた南京錠がかかっており、その鍵を持っていないので入れないのです。「ぼく」は鍵を探しに、人気のない街を歩き始めます。道案内をするのは、わが家の黒猫。そしてまず訪れたのは図書館...。

先日のたらいまわしで、picoさんが挙げてらした本。(記事) これは第32回「ねこ・ネコ・猫の本」と第34回「行ってみたいあの場所へ~魅惑の舞台」ですね。作者のピーター・シスの生まれ育った町・プラハは、中世の面影を今も色濃く残す街。ピーター少年が猫と共に懐かしい街をさまよい、プラハにまつわる伝説を読み進めながら、金の鍵を手に入れていくという物語。
石畳の街は迷路になっていたり、人間の顔のようなものや幻想的な動物が浮き上がっていたり。少年が訪れる図書館では、図書館員は全身本で出来ていたり、本の中から色んな人物が現れてきたり。ちょっぴり、いや、かなり異様な雰囲気... 全編が薄闇に覆われているようで、これは逢魔ヶ刻って感じですね。子供よりも大人が楽しめるであろう絵本。幻想的で美しいんですけど、でもそれは怖さと紙一重。「子供が読んだら悪夢をみてしまうかも」ってpicoさんが仰ってますが、確かにそうかも。凄いです、一気にプラハに魂が飛ばされてしまいました。(笑)
この作品の中で語られる3つの伝説とは、プラハの有名なカレル橋にまつわる、獅子を従えた騎士の伝説「ブルンツヴィーク」、ユダヤ人の指導者だったラビ・レーフが、ユダヤ人の夢と涙で作り上げた人造人間の伝説「ゴーレム」、そして地元ではオルロイと呼ばれるプラハの魔法のように美しく、信じられないほど精巧な天文時計を作ったに親方の伝説「ハヌシュ」。こういう伝説ももっと読んでみたくなりました。「ゴーレム」といえば、やっぱりグスタフ・マイリンク? あまりよく知らないんですが、怖そうです。でも今度探してみようと思います。あと洋書ですが、右の絵本もいいかも♪ 「ブルンツヴィーク」と「ハヌシュ」に関しても、何かいい作品があったら読んでみたいな。
...プラハの天文時計に関してはWikipediaに記事がありました... コチラ。これは実物が見てみたい!!(BL出版)

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エルリック・サーガの第2巻。エルリックが3人の永遠の戦士たちに出会う「この世の彼方の海」、エルリックサーガはここから始まった!「<夢見る都>」、そして初期の「神々の笑うとき」「歌う城砦」を収録。旧版では「この世の彼方の海」と「白き狼の宿命」の2冊だったものが、1冊になったもののようですね。

2巻を読み始めてすぐに、エレコーゼ、コルム公子、ホークムーンという名前が登場してびっくり。これってマイクル・ムアコックの他のシリーズの主人公たちじゃないですか! エルリックを含めたこの4人は「四戦士」、<一なる四者>であり、以前にも邂逅があった模様。コルムがエルリックに、「ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔」でエレコーゼと一緒に闘ったという話をするんです。エルリックもエレコーゼも「そんなことを言われても」って感じで、コルム公子は未来の世界から来たんだろうという話に落ち着くんですが...。その話はきっと別の作品で読めるんでしょうね。このシリーズの日本語訳は時系列順に作品が並べられているそうなんですけど、「この世の彼方の海」という作品は、実際にはかなり後になってから書かれたようですし。マイクル・ムアコックの世界の奥行きの深さを予感させる作品で、これはぜひとも他のシリーズも読まなくちゃ!って気になってしまいます。
ということで、以下覚書。

エルリック・サーガ...「メルニボネの皇子」「この世の彼方の海」「暁の女王マイシェラ」「ストームブリンガー」「夢盗人の娘」「スクレイリングの樹」「白き狼の息子」
ルーンの杖秘録...「額の宝石」「赤い護符」「夜明けの剣」「杖の秘密」(ホークムーン)
ブラス城年代記...「ブラス伯爵」「ギャラソームの戦士」「タネローンを求めて」
エレコーゼ・サーガ...「黒曜石の中の不死鳥」「剣のなかの竜」
紅衣の公子コルム...「剣の騎士」「剣の女王」「剣の王」「雄牛と槍」「雄羊と樫」「雄馬と剣」

これで合ってるのかしら...
エルリックとルーンの杖秘録は復刊済み、ブラス城年代記とエレコーゼは復刊途中、コルムはこれから? 全部読むとなったら相当な冊数になりそうですが。
この2巻で、エルリックの世界観に引き込まれる人が沢山いる、その魅力がよく分かったような気がします!(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

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カンタベリーへ巡礼の旅に出かけようと考えたチョーサーは、旅籠屋で同じくカンタベリーへと向かう巡礼29人と一緒になり、その仲間に入ることに。巡礼たちを見ていた旅籠屋の主人が行く道で2つ、帰る道で2つずつ話をして、一番愉快な話をした人に夕食をご馳走するという趣向を提案し、全員その提案に喜んで従うことになります。巡礼に参加したのは、騎士、近習をしている騎士の息子、盾持、尼僧院長、助手の尼僧、3人の僧、修道僧、托鉢僧、貿易商人、オックスフォードの学僧、高等弁護士、郷士、小間物商、大工、織物商、染物屋、家具装飾商、料理人、船長、医学博士、バースの女房、教区司祭、農夫、家扶、粉屋、召喚吏、免罪符売り、賄い方、チョーサー、そして審判として参加した旅籠屋の主人の計32人。

14世紀のイギリスの詩人・チョーサーによる長大な叙事詩。カンタベリーへ向かう巡礼たちの語る24の物語です。大学の時に授業で読んだんですけど、そういえば全部は読んでなかったんですよね。知らなかった話もあって、今回初の完読となりました。(毎日のように感想をアップしてますけど、まさか1日で3冊読んだわけじゃないです! 本を読むのに感想を書くのが追いつかなくて、溜まってるのです~っ)
「総序の歌」の時点では、1人4つずつの物語が聞けるという話だったんですが、それはさすがに無理だったようで(笑)、結果的には全員が話すところまでもいってません。チョーサーが影響を受けたというボッカッチョのデカメロンでは、10人が10話ずつの全100話を語ってるというのに。でも気高い騎士には気高い物語。下衆な酔いどれ粉屋には下卑た卑猥な話、と参加者それぞれのイメージに合った話が披露されて、参加者のバラエティそのままのバラエティ豊かな作品になってて楽しい~。自分が当てこすられたように感じて、対抗する話を披露する人もいますしね。そして色んな話を1つの大きな話にまとめるのが、旅籠屋の主人の役目。
純粋に物語として読んでも面白いんですけど、むしろ中世の庶民の暮らしを身近に感じられるのが魅力なんだと思います。高尚だったりキリスト教色が濃かったり、教訓的だったりという話もありますが、基本的には下世話な話が多いんです。その中でも多かったのは、強い奥さんの話。妻を管理しようとする夫を出し抜いて結局自分の好きなように行動して、それが露見してもしたたかに開き直る妻の多いこと。あんまりそういうのが続くと、消化不良を起こしそうですが...(笑)
私が一番好きだったのは騎士の物語。これは古代ギリシャを舞台にした三角関係の話です。下世話じゃないヤツ。(笑)(岩波文庫)

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「仕事と日」は、農夫であり詩人でもある兄・ヘーシオドスから、無頼な弟・ペルセースへの訓戒を歌う教訓叙事詩。ヘーシオドスはパンドラの箱の物語や、五時代の説話を引き合いに出しながら、労働の尊さについて語り、人間としてあるべき姿や望ましい行動について語り、農業をするために大切な農事暦まで教えて聞かせます。「ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ」も収録。

「仕事と日」は、叙事詩らしくムーサたちへの語りかけから始まるし、ギリシャ神話の神々のエピソードをふんだんに使ってるんですが、実は全編通して、できの良いお兄ちゃんからやんちゃな弟へのお説教。この兄弟は、実際に父親の遺産の土地を巡って争ったり、地元の領主に賄賂を渡して自分の分け前以上を得た弟が、あっという間にその遺産を蕩尽してしまってヘシオドスに泣きついたとか、そんなエピソードがあったようです。ギリシャ時代の叙事詩といえば、ホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」のような英雄譚がまず頭に浮かぶし、同じヘシオドスにだって、「神統記」のように壮大な神話世界の成立を歌う作品があるのに、こんな個人レベルの作品もあったんですねー。兄はともかく、ペルセースは2700年も後まで、情けない弟として名前が残っちゃったんだからスゴイ。しかも、まだまだ残るはず。(笑)
ちなみに五時代の説話とは、ゼウスの前のクロノスの時代に作り出された黄金の種族、銀の種族、ゼウスの時代になって作り出された青銅の種族、英雄たちの高貴な種族(半神で、オイディプス王やトロイア戦争の時代のギリシャ人はこれにあたるらしいです)、そして現在の鉄の種族、と人間の歴史の変遷を5つの時代に分けてみせるもの。オウィディウスの「変身物語」(感想)でも似たような話はあったんですが、金、銀、銅、鉄の4つで、英雄の時代はなかったです。オウィディウスは古代ローマ時代の人なので、古代ギリシャ人のヘシオドスよりも時代的にはかなり後。当然この「仕事と日」も読んでるでしょう。金、銀、青銅、鉄という金属に対して、「英雄」だけバランスが悪いと感じたのかな? ていうか、私ならバランスが悪いと思っちゃうんですけど。まあ、ギリシャ人のヘシオドスには仕方なかったのかもしれないですけど。(笑)

「ホメーロスとヘーシオドスの歌競べ」は、作者不詳の作品。共に詩聖と称せられたホメロスとヘシオドスが、エウボイア島のカルキスで対決する様子を描いた叙事詩。本当にこの2人が歌競べしたとはあまり考えられないらしいんですけど、ギリシャ人の聴衆がホメロスを褒め称えるのに対して、王が「勝利者たるべきは戦争や殺戮を縷々として述べる者ではなく、農業と平和の勧めを説く者でなくてはならぬといって、ヘーシオドスに勝利の冠を与えた」とあるのが興味深いところです。実は政治的な意図がある作品なのかしら?(岩波文庫)


+既読のヘシオドス作品の感想+
「神統記」ヘシオドス
「仕事と日」ヘーシオドス

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美貌の16歳の少年奴隷・ギトンをはさんで争いあう、エンコルピスとアスキュルトス。南イタリアを放浪する彼らの前には、様々な男女が入れ替わり立ち代り現れます。

むむー、なんかエラいものを読んでしまいました...。ローマ帝国5代皇帝ネロの治下、「趣味の権威者」として名高かったという文人・ペトロニウスによる悪漢(ピカレスク)小説とのことなんですが... いやもうほんとローマ文化の爛熟ぶりが分かるというか何というか... 要するに男色とかそういうのなんですけど(笑) 享楽的な生活とその優雅な退廃ぶりが繰り返し描かれていて、その乱れきった様子には正直辟易してしまいました。でもまあ、当時の優雅で洗練された貴族社会とかね、当時の人々の美意識とかね、そういうのを知ることができるという面では興味深いかもしれないです。
フェデリコ・フェリーニの映画「サテリコン」は、この作品を元に作られたのだそう。2人の男を振り回す奴隷の役の少年の写真を見ましたが、すごいです。目がものすごく力強くて色っぽいです。本の中の少年は、尻軽だけど根は結構良い子なんですよ。映画の少年は悪女ならぬ悪少年? きっと本とは全然違うに違いないー。(岩波文庫)

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生まれた時に母を亡くし、父親が誰かも分からない孤児のウィッジは、7歳の時に近くの小さな村に住む牧師、ブライト博士に引き取られ、実験の手伝いをしながら英語やラテン語、そして速記術を教わります。そして14歳になった時、金貨10枚でサイモン・バスという男に引き取られることに。なんとロンドンで今かかっている宮内大臣一座のシェイクスピアの新作の芝居「ハムレット」の台詞を全て、得意の速記術で書き取って来いというのです。サイモン・バスは、盗み取った芝居を自分の持っている劇団に演じさせて、収益を2倍にしようと考えていました。

先日金原瑞人さんの「12歳からの読書案内 海外作品」(感想)を読んだ時に気になっていた本。紹介されていたのは「シェイクスピアを盗め!」だけだったんですけど、同じシリーズの本もあったので一緒に借りてきました。同じく白水社からの本で気になっていた「海の上のピアニスト」(アレッサンドロ・バリッコ)もあったので借りようかと思ったんですが、中身を見てびっくり。これは字が大きすぎるー。
ということでこの作品なんですが、これはエリザベス1世の時代、シェイクスピアが座付き作者として様々な脚本を書いていた時代のイギリスを舞台にした物語。当時、芝居の台本は一度出版してしまうと権利が出版業者に移ってどの劇団でも上演できるようになったため、人気作家を抱えている劇団は台本を厳重に管理し、ライバル劇団の手に渡らないように注意していたのだそうです。それでも金儲けのために芝居を盗もうという人間は後を絶たなかったのだとか... で、速記術を会得しているウィッジの出番となるわけです。
次々に起きるドタバタでテンポもいいし、ウィッジの成長ぶりが可愛いし、1600年当時の劇場や劇団、ロンドンの町の様子が読んでいてとても楽しかったです。訳者あとがきを見てみると、実はシェイクスピア以外にも実在の人物が沢山登場していたようですねー。あの人も?この人も!で、びっくりです。架空の人物ならではの自由闊達さ... と言うとなんだか妙ですが、みんなあんまり個性的に賑やかに動き回るので、てっきり架空の人物ばかりなのかと思ってました。(笑)
2作目は、ペストの流行でロンドンでの公演が禁止されてしまって、一座が地方巡業に出る話。これもすごい波乱万丈ですが、ウィッジのさらなる成長物語になってました。そして今回は読まなかったけど、「シェイクスピアの密使」という作品が3作目として出ていて、こちらはシェイクスピアの娘が出てくるんだとか。これがまたきっとクセモノなんでしょうねー。いずれ読んでみようと思います。(白水社)

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古い歴史を持つ海辺の町・風早の街の明治時代からの洋館が今も建ち並ぶ辺り、表通りから一歩裏道に入った静かな石畳の道沿いにある、カフェ・かもめ亭。暗い色のオークの木と煉瓦で作られたどっしりとした建物は、その昔帆船やイギリスのパブをモデルに作られたもの。店の真ん中に置かれた小さな自動ピアノがいつも耳に慣れた優しい曲を奏でており、店の扉にはめ込まれた人魚とかもめのステンドグラスからは、どこか魔法めいた色合いの光が差し込んで木の床を染め、店の壁には沢山の絵が飾られています。そんな素敵なお店が舞台の連作短編集。

掲示板でぽぷらさんが教えて下さって読んだ本。なんですが、本を手に取ってみて、あれ? そうそう、この本。sa-kiさんも読んでらっしゃいましたねー。
曽祖父の代から続く店を今受け継いでいるのは、まだマスターになってほんの数年だという広海(ひろみ)。出てくるのはコーヒーだったり、紅茶だったり、ロイヤルミルクティーだったり、時にはお酒をたらしたアイリッシュコーヒーだったり... そしていかにも居心地の良さそうなお店に訪れたお客が広海に向かって語るのは、どこか不思議な物語。ちょっぴり不思議で、ほんのり切なくて、それでも聞いた後に暖かい読後感が残るような物語。人間、幸せなことばかりではないけれど、悪いことばかりでもないよね、そんな気分になります。
私が特に気に入ったのは雑貨の輸入販売をしている寺嶋青年がディンブラのアイスティーを飲みながら語る、今の仕事を始めたきっかけとなった子供の頃の物語「万華鏡の庭」と、久しぶりにやって来たかおるちゃんがエスプレッソを飲みながら語る、小学校の頃に仲良しだった茶とらの猫の「ねこしまさんのお話」。BGMはそれぞれ「シェエラザード」と「ワルツ・フォー・デビー」。大きなスケッチブックを抱えて店に入ってきた高校生の澪子さんが甘いミント・ミルクティーを飲みながら語る、小さい頃からよくみる夢、砂漠を旅する夢の話の「砂漠の花」も良かったなあ。こちらのBGMは「展覧会の絵」。
読んでると、なんだか自分もこのかもめ亭の中でゆったりとお茶を飲んでるような感覚になるんです。素敵でした。久しぶりの日本人作家さんの作品だったので、尚更和んでしまったかも。

「銀の鏡」の真由子と「ねこしまさんのお話」のかおるの話が重なるので気になっていたんですが、あとがきを読んでみると、どうやら村山早紀さん御自身がこういうタイプの女の子だったようですね。「いつも胸の奥に、たくさんのすり傷や切り傷を抱えていて、うつむいて歩」き、自分だけが普通でないような気がして、みんなの中に入って行けなくて悩んでいた女の子。本が友達で、本の世界に入っていくことでやっと息をつくような毎日。「明日、読みかけの本のつづきを読むために、わたしは生きていたのです」という言葉がとても強く印象に残りました。(ポプラ社)


+シリーズ既刊の感想+
「ささやかな魔法の物語 カフェ・かもめ亭」村山早紀
「人魚亭夢物語」村山早紀
「コンビニたそがれ堂」村山早紀
「百年めの秘密」
「やまんば娘、街へゆく」「七日間のスノウ」村山早紀

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ソポクレスは、アイスキュロス、エウリピデスと並ぶ3大悲劇詩人。生涯に作った123もの悲劇のうち、現存するのは本書に収められた7作、「アイアス」「トラキスの女たち」「アンティゴネ」「エレクトラ」「オイディプス王」「ピロクテテス」「コロノスのオイディプス」のみです。

いやあ、面白かった。やっぱりソフォクレス(この本の表記は「ソポクレス」ですが、どうも馴染めないので、こちらで失礼)はスゴイです。紀元前の作品でこんなに楽しめるとは思わなかった... ってエウリピデスを読んだ時も思ったんですけど(笑)、紅白の小林○子的に機械仕掛けの神で盛り上げるエウリピデスよりも、ソフォクレスの方がいかにもギリシャ悲劇という感じですね。ギリシャ悲劇と聞いて現代人が想像するような、まさにそういう作品を書いていると思います。
そんなソフォクレスの一番有名な作品といえばやっぱり「オイディプス王」。読んだことはなくても粗筋を知ってる方は多いでしょうね。フロイトのエディプス・コンプレックスという言葉の元になった作品でもあります。私がこの作品を読んだのは、確か中学の頃。筒井康隆さんの「エディプスの恋人」を読んで、その関連で読みました。でもその時はそれほど楽しめなかったんですよ。その時の私にはまだ早すぎたっていうのが一番大きいと思うんですが、必要以上に堅苦しく考えてたというのもあるのかも。
でもね、違うんです。「オイディプス王」は、実は紀元前に書かれたミステリ小説だったのです!

話としては、オイディプスが治めるテーバイの都に疫病が猛威をふるっているところから始まります。前王・ライオスを殺した犯人を挙げなくては、疫病がやむことはないというアポロンの神託が下り、オイディプスが探偵役として犯人探しを始めるんです。被害者はどんな人間だったのか、いつどこで殺されたのか、目撃者はいたのか。最初は断片的だった証言は、オイディプスを軸として徐々に繋がりを見せはじめます。迫り来る悪い予感。オイディプスを安心させようとした王妃・イオカステの証言は、逆にオイディプスを追い詰めることになります。そしてその証言に裏付けが取れた時に、見えた真実とは。
いや、実は安楽椅子探偵だったんですね、オイディプス王って。でも真相は、「探偵=犯人」。そして来る自己崩壊。

そうやって読むと、ギリシャ悲劇がちょっと身近な感じになりませんか? エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」が世界最古の推理小説とされていますけど、こっちの方が断然古いですよー。エディプス・コンプレックスなんていうのは後付けに過ぎないなので、この作品を読む時には邪魔になる程度のものだと思います。

まあ、ミステリと言えるのは「オイディプス王」ぐらいなんですけど(笑)、7編ともすごく面白かったです。「オイディプス王」の他で好きだったのは、トロイア戦争物かな。「アイアス」「エレクトラ」「ピロクテテス」ですね。どの作品も、クライマックスに向けて緊迫感が高まっていくのがさすがの迫力。いや、いいですねえ。面白かった。
ミステリ好きで「オイディプス王」が未読の方は、ぜひ試してみて! 訳者さんは違いますが、岩波文庫からも出ています♪(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス
「ギリシア悲劇II」ソポクレス
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

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アイスキュロスは、ソフォクレス、エウリピデスと並ぶ3大悲劇詩人の1人。作品は90編以上あったと言われていますが、今でも残っているのは、ここに収められている「縛られたプロメテウス」「ペルシア人」「アガメムノン」「供養する女たち」「慈みの女神たち」「テーバイ攻めの七将」「救いを求める女たち」7編のみです。

久しぶりのギリシャ悲劇です。以前「アガメムノン」(感想)を読んだ時に、その続編の「供養する女たち(コエーポロイ)」「慈みの女神たち(エウメニデス)」も読むつもりだったんですが、随分間が開いてしまいました... が、ようやく3部作が読めました。いやー、正統派ですね。トロイア戦争関係の悲劇だと、「こんなんアリ?!」という展開をするエウリピデスの「タウリケーのイーピゲネイア」を実はものすごく気に入ってるので(感想)、アイスキュロスはこんなに真っ当な展開なのかと逆にびっくり。うーん、これも悪くないんだけど、ちょっと物足りない気がします...。でもね、解説に「アイスキュロスは真の意味でのアッティカ悲劇の建設者であった」という言葉があるんです。元々は1人の俳優が合唱隊と問答するだけだったギリシャ悲劇で、俳優の数を2人に増やしたのはアイスキュロス。その後、ソフォクレスが3人に増やしたそうなんですが、最初に2人に増やしたというのが、なにしろ画期的だったのだそう。そしてアイスキュロスは自ら俳優として演じ、音楽や舞踏の作者として合唱隊を教えたのだとか。ソポクレスやエウリピデスに比べると、アイスキュロスの作品は正統派ながらもどこか面白みが足りないようにも感じられるのですが、やっぱり先駆者だったことも関係があるのかも。アイスキュロスが完成させたギリシャ悲劇を、ソフォクレスが洗練させて、エウリピデスが民衆に向けてドラマティックに盛り上げてみせた、という位置づけかもしれないですね。

アイスキュロスは3部作が多くて、「アガメムノン」「供養する女たち」「慈みの女神たち」もオレステイア3部作だし、「縛られたプロメテウス」も、プロメテウス劇3部作の最初の作品。(あと2作は「解放されるプロメテウス」と「火を運ぶプロメテウス」) 「テーバイ攻めの七将」も3部作。(「ライオス」と「オイディプス」) 「救いを求める女たち」も3部作。(「アイギュプトスの息子たち」「ダナオスの娘たち」) 3部作じゃないのは、「ペルシア人」だけなんですよね。でも3部作がきちんと残ってるのは、オレステイア3部作だけで、後はほとんどが失われてしまってるんです。それが本当に残念。特に「縛られたプロメテウス」ではゼウスと衝突して岩山に磔つけられたプロメテウスが、3部作の最後ではどうやらゼウスと和解するようなんですが、ここから一体どんな展開をしたら和解に繋がるのか、とっても気になるーーー。
でもアイスキュロスは今から2500年も昔に生まれた紀元前の人。当時はパピルスなんですものね。今でも作品を読めるだけでもありがたいです。本当に。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス
「ギリシア悲劇II」ソポクレス
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

+既読のアイスキュロス作品の感想+
「アガメムノーン」アイスキュロス
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス

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エーゲ海に浮かぶレスボス島。ある資産家の荘園で山羊の世話をしているラモーンという男は、荘園の山羊が捨てられた赤ん坊に乳を飲ませているのを見つけます。捨て子には珍しいほど立派な産着に包まっているのを見て、ラモーンは赤ん坊を家に連れて帰り、ダフニスという名をつけて、自分たち夫婦の子として育てることに。一方、それから2年ほどたったある日、荘園と地続きの田野で家畜を追っていたドリュアースという男が、岩穴で赤ん坊を見つけます。こちらの赤ん坊も立派な品を身につけており、リュアースの羊が乳を飲ませて世話をしていました。ドリュアースも赤子を家に連れて帰ってクロエーと名付け、自分たち夫婦の子として育てることに。2人の赤子はすくすくと育ち、ダフニスは山羊飼いに、クロエーは羊飼いになります。

古代ローマ時代のロンゴスの作品。レスボス島で狩をしていたロンゴスが、ニンフの森で世にも美しい絵を目にして、そこに描かれた情景に相応しい物語を書き上げたという形式です。この作品が書かれた2世紀末~3世紀初め頃は通俗的な大衆読物が盛んに書かれていて、冒険あり恋愛あり怪奇ありという盛り沢山の作品が人気だったのだそう。それも読者の異国趣味を満足させるために、主人公たちは西に東に大活躍。でもこの「ダフニスとクロエー」の舞台はレスボス島だけ、それもごく限られた牧場地帯の中の出来事を描いた作品ということで、珍しい存在なのだそうです。
でもこの物語の中心となるのは、まだまだ幼いダフニスとクロエー。恋とは何なのかということすら分からないような2人の話なので、広い世界なんて全然必要ないですね。のどかな島の情景、季節の移り変わり共に2人の恋が育っていく様子が叙情的に描かれていて、とても美しいです。もちろん2人の恋の前には、いくつも障害があるんですけど、それも純情な恋の雰囲気を壊すものではなくて、2人の気持ちの結びつきを強める程度のもの。牧歌的な魅力に溢れた美しい小品となっています

岩波文庫にはボナールの絵が使われていますが、シャガールが好きな方には右のような本もあります。シャガール晩年の傑作リトグラフを全42点、挿絵として使っているという贅沢な本なのだそうです。私自身はシャガールは苦手なので多分見ないと思いますが、お好きな方にはいいかも。あと、「ダフニスとクロエー」といえば、ミレーの絵もあればラヴェルのバレエ曲もありますし、三島由紀夫の「潮騒」もこの作品を底本にしてるんだそうです。そんな風に色々な影響を与えてるのも頷ける作品でした。何ていうか、基本に戻った純粋さが力強いです。(岩波文庫)

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