Catégories:“2008年”

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柳田邦男さんは、人は人生において3度、絵本や物語を読み返すべきなのではないかと言います。まず最初に読むのは、自分自身が子供の時。次は、親になって子供を育てる時。そして3度目は、人生後半になってから。それは、人生後半になってからでないと、自分の生き方に本当に結び付けて読み取るということがなかなかできないから。絵本というものは幼い子供のためにあるのだけではなく、魂の言葉であり、魂のコミュニケーションでもあるもの。様々な体験を通して人生を生きてきた大人だからこそ得られるものがあり、内容は年をとると共に味わい深くなるものなのです。

これも前のエントリの「はじまりの記憶」と同じく、つなさんに教えて頂いた本。(記事
息子さんの早すぎる死という経験を経て、絵本との再会をしたという柳田邦男さん。絵本が小さい子供のためだけのもののように思われているのは勿体ないと私自身も常日頃から思っていたので、ここに書かれていることにはとても賛同したし、柳田邦男さんのような方が絵本の素晴らしさに気づいているというのが、何よりも嬉しいことでした。そしてここに紹介されているエピソードが、またいい話ばかりなんです~。「スーホーの白い馬」を巡る鎌田俊三氏と「やっちゃん」のエピソードは、自分自身が幼い頃にこの本と出会った時のことを思い出させてくれるし、本当に心を打つもの。いせひでこさんの「1000の風 1000のチェロ」の読み聞かせ公演も、星野道夫さんの写真絵本「森へ」と「クマよ」も、乾千恵さんの書を本にした「月人石」のエピソードも、どれもそれぞれにとても印象的で、ぜひ本を手にとってみたくなります。この本には、「おとなにすすめる絵本」として計51冊が紹介されているし、それ以外にも沢山の絵本が紹介されているので、ぜひ絵本から遠ざかっている人に参考にしてもらいたいです。という私は、大人の本も児童書も絵本も、読みたい本なら手に取る方なんですけど、やっぱり絵本というと子供の頃に出会った本が中心... 知らない本も色々あったので、ぜひ読んでみたくなりました。
この柳田邦男さんの本に付け加えたいことがあるとすれば、最初の絵本の出会いの時、つまり子供の頃のことですね。早々と絵本を卒業してしまう子供もいると思うし、図書館にいると、年齢よりも大人びた本を借りる子も結構いるんです。かく言う私も、その傾向はあったのだけど...。でも、いったん絵本から離れてしまうと、再び絵本を手に取る機会ってもうなかなか来ないもの。大人になってからだからこそ、という絵本との出会いももちろんあるけど、子供だからこそ、という出会いは本当に大きいと思うんですよね。なるべくなら、最初の出会いの時代にじっくりと絵本と向き合って欲しいなあ、周囲もそういった態勢を整えてあげられてたらいいよなあ、と思います。(岩波書店)


「おとなにすすめる絵本」より、前から読みたいと思ってた絵本。左の2冊はもう借りてきてるんですけどね。
   

今回新たに「読みたい」に加わった絵本はコレ。
   

あれ、「おとなにすすめる絵本」にはこれが入ってないのね。でも、これも読みたい。


+既読の柳田邦男作品の感想+
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「砂漠でみつけた一冊の絵本」柳田邦男

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「風の又三郎」に描いている伊勢英子さんの絵が気に入って、相手がどこの誰なのかもまるで知らないまま、94年に毎日新聞に連載することになっていた「『死への医学』への日記」の挿絵を頼んだという柳田邦男さん。それ以来、伊勢さんは柳田さんの本の装幀や挿絵を手がけるようになったのだそうです。その柳田邦男さんと伊勢英子さんが、それぞれの心の原風景を探そうとするduoエッセイ。お題となっているのは、「かなしみ」「空」「ころぶ」「存在理由」「忘れる」「音楽」「マイウェイ」「眠る」「身体感覚」「笑う」「夢」「自立」。それぞれご自分のエッセイにご自分で挿絵を描いています。

以前伊勢英子さんの「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」を読んだ時に、日常&読んだ本log のつなさんに教えて頂いた本です。(記事
まず、プロローグでお2人の対談があるんですけど、ここで伊勢英子さんが仰ってる言葉が良かったなあ。

自分探しの旅というのは、いろいろなものを捨てて行くものではないんです。じつは「今」を意識することに戻り、そのたびに幼少期の原風景まで戻って行くみたいな旅です。捨てるのではなく何度でも拾いにいく。ただ五歳のとき感じたものを思い出すことはできても、今は五歳のときとは絶対違う歩き方でその同じ風景を感じたり見たりしている。そういう意味で、一見、五歳とか六歳の原風景にたどり着き、それを大事にするということは一見、後ろを向いているようでいて、本当はすごく前向きの姿勢なのではないかと思うんです。

これには全くの同感ですね。や、私は「自分探しの旅」=「いろいろなものを捨てて行く」とは考えたことがないのだけど...。だって現在のその人間があるのは、様々な過去の積み重ねである以上、捨てるなんてことはできない相談なわけですし。そうなると、自分の中の色々な引き出しの大元となった風景を探すという行動も、後ろ向きにはなりようがないわけで。というのは精神的な意味でですけど、物質的な意味でもね。そして同じ物に出会っても以前とは違う感じ方をするようになるのは全然不思議なことではない以上、「以前の自分」を知ることは、改めて一歩前に踏み出すのに大切なことじゃないかと。

お2人とも文章がとても読みやすくて、読んでるはしから胸の奥底にすとんと入ってくるようでした。伊勢英子さんの相変わらずの感受性の鋭さにはっとさせられるし。そして今回驚いたのは、柳田邦男さんの絵が想像していた以上に素敵だったこと。誠実な人柄を表しているかのような、静かなたたずまいを持つ花の絵の数々... いやあ、すごいな。さすが中学の頃に画家になりたいと思ったことがあるというだけのことはありますね。 (講談社)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

+既読の柳田邦男作品の感想+
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「砂漠でみつけた一冊の絵本」柳田邦男

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南仏ピレネー山中、カタロニアの小さな村プラドに住んでいたチェロ奏者のパブロ・カザルス。スペインの内戦が激しくなり、一層強くなるフランコの独裁から逃げるように亡命したカザルスは、パリに住むこともできなくなった晩年を、このプラドの村で過ごすことになります。あらゆる権力に背を向け、平和と愛のためだけに弓を手にしたというカザルス。そんなカザルスを追う旅の記録が表題作「カザルスへの旅」。あと、芸大の大学院時代に自分探しのためパリへと飛び出した「パリひとり時代」、絵本を勉強している画学生たちと東北・遠野へと旅立った「もうひとつの旅」、そして幼い子供の頃と再会する幻想的な掌編「はこだて幻想」の全4編が収められた本。

去年の暮れに「ルリユールおじさん」「絵描き」を読んで以来、すっかりハマってしまった伊勢英子さん。続けて「旅する絵描き パリからの手紙」「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」を読んで、昨日も「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」と読んだわけなんですが、今日読んだのは、今年の始めに掲示板でぽぷらさんに教えて頂いた「カザルスへの旅」。これは、少女時代の伊勢さんのチェロの師であった佐藤良雄氏の、そのまた師であったカザルスに自分も魅せられてしまった伊勢さんが、カザルスに出会うために出た旅の記録。これだけで1冊の本になっているのかと思ったら、他の旅の記録も一緒に入っていて驚きましたが... でも全ての共通項は「チェロ」。そして一番強く印象に残ったのは、やっぱり表題作「カザルスへの旅」でした。

でもこれを読んでいて一番残念だったのが、私がパブロ・カザルスの演奏を聴いたことがないこと! 名前は知ってるし、もしかしたら耳にしたことはあるのかもしれませんが... ちゃんと意識して聞いたことがないんですよね。チェロという楽器もとても好きなのに。演奏を知ってるのと知らないのとでは、きっと感じられる深みも全然違ってくるんだろうなあ... と思いつつ、それでも伊勢英子さんの筆を通して出会ったカザルスに魅了されました。彼の弾いたチェロの音が想像できるような気がしてくるほど。この情景は、伊勢英子さんの絵本「1000の風・1000のチェロ」でも出会うことができるんでしょうね。この絵本は、阪神淡路大震災復興支援チャリティー「1000人のチェロ・コンサート」を描いたものだそうなのだけど。
先に「グレイ」の2冊や「マキちゃんの絵にっき」で、伊勢さんのおうちのことを読んでいたこともあって、この2週間の旅が伊勢さんにとってどれだけ大きなものだったか、痛いほど分かる気がします。結婚しても、2人の子の母親になっても、伊勢英子さんはあくまでも伊勢英子さんでしかいられなかったんですね。夫と2人の子供を置いていくことで実家のお母様にも相当非難されたようですが、それでも行かずにはいられなかった、そんな誤魔化しようもない思いがこの本を通じて溢れ出してくるようです。手作りの旅なので、途中で思わぬ回り道をすることもありますし、時には失敗することもあるんですが、その一歩一歩が大きく光ってるし、旅先で出会う人1人1人がとても印象的。特にクレモナでのマエストロとの出会いには驚かされますが... それ以外の人々もそれぞれにくっきりと鮮やかでした。
やっぱりカザルスの曲を聞いてみなくちゃいけないですねえ。聴くなら、バッハの無伴奏チェロ組曲がいいかな?(中公文庫)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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マキちゃんはおとうさんとおかあさん、1つ年上のおねえちゃんのマエちゃんと4人家族。横浜にはやさしいおじいちゃんとおばあちゃんがいて、保育園にはおともだちがいっぱい。でもマキちゃんは、おなかのいちばんでっぱったところよりすこし上のあたりに、ときどき、そうっと風がふいているような気がすることがあるのです... という「マキちゃんの絵にっき」と、伊勢英子さんの家にいるのは、シベリアンハスキーのグレイと、プレイリードッグのぶう。ぶうの可笑しくも可愛らしいしぐさや行動を見ているだけで幸せになれそうな、観察日記「ぶう」。

どちらも、伊勢英子さん自身による挿絵がたっぷり詰まったエッセイ集。あ、でも「マキちゃんの絵にっき」は挿絵なんですけど、「ぶう」は絵の方が多くて、エッセイマンガといった方が近いかも。どちらもとても暖かい本です。
「マキちゃんの絵にっき」は、お仕事が忙しいお父さんとお母さん、おねえちゃんのマエちゃん、やさしい保育園の先生たちといった周囲の人々が保育園に通うマキちゃんの視点から描かれています。マキちゃんは、本当はもっとお母さんと一緒にいたいんですけど、お母さんは絵の仕事で忙しいんですよね。もっと絵本を読んで欲しいし、もっと遊んで欲しい... でもそういうのをちょっとずつ出しながらも、それでも引き際を心得ているところが不憫ながらも可愛い~。そしてマキちゃんの寂しさをしっかり感じていて、マキちゃんに悪いなと思いつつも、忙しい時にマキちゃんがぐずぐずしてると不機嫌になるし、おねしょをしていると怒ってしまうし、忙しくなると寝る前の絵本の読み聞かせを省略して、ついつい仕事に没頭してしまう伊勢英子さんの姿も透けて見えてきます。結局、自分のペースでしかいられないんですよね。なんか分かる気がするなあ。
そして「ぶう」の方は、プレイリードッグのぶうの話。リスの仲間のプレイリードッグは、ペストや野兎病などの感染症を媒介するとして現在は輸入禁止となっているそうですが、体長30cmぐらいの薄茶色をした可愛い動物。そのぶうのイラストがこれでもかというほど収められていて、それがまたぶうの一瞬一瞬の表情を見事にとらえていて、むちゃくちゃ可愛い! いかにぶうが伊勢家で可愛がられていたか、毎日の様子を見守られていたか、手に取るように分かります。でも単に「可愛い可愛い」だけでなくて、生き物につきものである「死」をも直視させるところが、伊勢英子さんの本の特徴なのかもしれないな。(中公文庫)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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英仏百年戦争とは、中世末の14世紀からイギリスとフランスの間で行われた戦争のこと。教科書的には、序盤は、黒太子エドワードの活躍でイギリスが圧倒的に優勢だったものの、ジャンヌ・ダルクが登場してからはフランスが勢いを盛り返して、最終的にはフランスの勝利に終わる戦争。でも平均的なイギリス人の認識では、英仏百年戦争はフランスの勝利ではなく、イギリスの勝利に終わっているのだそうです! その原因となっているのは、シェイクスピアの史劇。「ジョン王」「リチャード2世」「ヘンリー4世」「「ヘンリー5世」「ヘンリー6世」「エドワード3世」といった作品群はそのまま英仏百年戦争の時代に重なるものなんですが、イギリスでは小難しい歴史書なんかよりもシェイクスピアの方が余程読まれているだけあって、史劇としての演出が誤解を招いたようですね。でも「英仏百年戦争」と言う概念自体、シェイクスピアよりも遥か後世に生まれたもの。本当にこの戦争は英仏戦争だったのか、そして本当に百年戦争だったのか、根本から見直す本です。

先日、ポール・ドハティの「赤き死の訪れ」を読んだ時に、森山さんに教えて頂いた本です。イギリスの歴史小説が好きな割に全然知識が足りない私にとっては、ものすごーく勉強になる本でした! 佐藤賢一さんの小説もそのうち読んでみようかしら... いかにも私好みな題材を取り上げてる割に、どうも今ひとつソソられなくて読んでなかったんですが。(^^ゞ

一般的には1337年から1453年までとされている百年戦争なんですが、その前史として、古来ケルト民族の土地だったグレイト・ブリテン島に4世紀にはアングロ・サクソン人が移住した辺りから、1066年のウィリアム1世によるノルマン朝の成立までの経緯も説明してくれているので、ものすごく分かりやすいです。英国がなぜそれほどフランスにこだわったのかも、この本を読めばよーく分かります。そうそう、イギリス王家やイギリス貴族とはいえ、元々はフランス人なんですものね。イギリスなんて、海外植民地にすぎなかったんですものねー。そしてこの本を通して読んでみると、英仏百年戦争によって「イギリス」「フランス」という国ができたのだという作者の解釈もとても納得できるものでした。
作中に随時挿入されている地図もありがたいし、巻末の年表や家系図もとても便利。複雑怪奇な人物相関図もこれで一目瞭然。やっぱり長い目で見て書いてる本っていいですね。点と点が繋がって線になってきたものが、それぞれ繋がって面になっていく感覚。シェイクスピアの史劇も「ジョン王」(感想)ぐらいしか読んでないし、いずれちゃんと読まなくちゃいけないなあ。(集英社新書)

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天平18年秋8月。備前国から平城京に庸調を納めに行く一行の中にいたのは、采女として後宮で仕えることになっている広虫と吉備真備の娘の由利。男ばかりの一行の中で2人はすぐに意気投合します。そして、京まであと3日というところで拾ったのは、行き倒れていた百世という少年。百世は母を亡くし、丹波笹山から大仏鋳造のタタラで働いている父を探しに来たのです。京に着いた2人は早速吉備真備に葛木連戸主を紹介され、百世の父親探しに乗り出すのですが... という「三笠山」他、全4編の連作短編集。

奈良時代、聖武天皇から称徳天皇までの時代を舞台に、4編でそれぞれ東大寺の大仏建立、正倉院への宝物奉納、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱、そして道鏡の野心と宇佐八幡の神託が取り上げられていて、この時代の主な出来事を網羅してる連作。風待屋の sa-ki さんに教えて頂いた本です。sa-ki さんから芝田勝茂さんの「サラシナ」(感想)と時代的に結構重なってるとは聞いてたし、確かにそちらとも重なってたんですが、それ以上に高橋克彦さんの「風の陣」(感想)と重なっていてびっくり。「風の陣」は、「立志篇」「大望篇」「天命篇」の3巻を読んだんですが、それぞれ橘奈良麻呂、藤原仲麻呂(恵美押勝)、弓削道鏡を取り上げてるんです。スタートが微妙にズレてはいるけど、もうまるっきり同じ時代の話。でも雰囲気がまるっきり違っていて、それもびっくり~。「風の陣」は、陸奥出身の丸子嶋足という青年を主人公にした正統派の歴史小説なんですが、こちらは広虫と戸主という内裏で共働きをしてる夫婦を中心に据えていて、もっと明るいユーモアたっぷりの作品なんです。味付け程度とは言え、ファンタジーがかった柔らかさもありますし。どちらもそれぞれにそれぞれの作家さんらしさが出てて面白いんですが、同じ歴史的事実を描きながらも書き手によってこれほど違ってしまうとは、両極端~。(笑)
4編の中で一番面白かったのは、2編目の「正倉院」。こんな裏話があったなんて、正倉院の宝物を見る目が変わっちゃうな。あと面白かったのは、吉備真備の長女の設定。これにはびっくり! 言われてみれば、確かに同じ時代ですものねえ。でも、一体どこからこんなアイディアが浮かんだのやら。(笑)(文芸春秋)


+既読の山之口洋作品の感想+
「オルガニスト」山之口洋
「0番目の男」山之口洋
「天平冥所図会」山之口洋

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長年大切に扱われてきた器物の中には、百年を経ると妖(あやかし)と化して力を得て、つくも神となるものがあります。お紅と清次の姉弟が切り回している小さな古道具屋兼損料屋・出雲屋には、そんなつくも神となった古道具がいっぱい。そしてそんなつくも神となった品物は売り払われることなく、日々様々な場所に貸し出されているのです... という連作短編集。

お紅と清次の店にあるつくも神は、掛け軸の月夜見(つくよみ)、蝙蝠の形をした根付の野鉄、姫様人形のお姫、鷺の煙管の五位、櫛のうさぎ、金唐革の財布・唐草といった面々。大切にされてきた古い品がつくも神になるという設定はいいと思うし、実際このつくも神たちとなった品々が愛嬌あるんです。お紅と清次もいい感じだし、そこまでは順調。とっても可愛らしい話になりそうでワクワクしちゃう。でも、そこからが... うーん。
肝心のつくも神たちと人間2人の距離が、なんだか中途半端な気がしちゃうんですよねえ。つくも神たちは、お紅と清次を気にせず喋りまくってるけど、2人に話しかけられた時は返事をしないと決めてます。2人が何か知りたいこと、つくも神たちに調べてもらいたいことがある時は、つくも神たちの前でわざとらしく話題にしてから、つくも神たちを関係各所に貸し出すんです。
この話が「しゃばけ」シリーズとはまた違うのは良く分かってるし、これもまた決まりごとの1つだとは思うんだけど...
つくも神たちが「人間とは決して話さない」と決めてる根拠が、イマイチ薄くないですか? なんだかすっきりしないんですよね。お互いのやり取りが遠まわし遠まわしで、どうにも不自然だし...。しかもつくも神たちが期待したほど活躍してくれなくて、結局単に噂集めをしてるだけ。
...というのは、まあ、読んでいるうちにだんだん気にならなくなってくるんですが。

やっぱりこのラスト、あまりにあっさりとしすぎてやいないでしょうかね? あれだけ「蘇芳」「蘇芳」って騒いでいたのに、途中経過の一波乱二波乱もなく、これだけですか? うーん、正直言って拍子抜け。可愛らしい話なんですけどねえ。それだけに、もう一捻り欲しかったなあ。(角川書店)


+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「おまけのこ」
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「こころげそう 男女九人お江戸の恋ものがたり」畠中恵
「いっちばん」畠中恵
Livreに「しゃばけ」「ぬしさまへ」「百万の手」「ねこのばば」の感想があります)

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