Catégories:“2008年”

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ジーヴスは、ありとあらゆる点でとてつもなく有能な執事。主人のバーティーが目が覚めたきっかり2分後に完璧なミルクティーを持って現れ、主人に質問される全てのことに適切に答え、適切な助言をするのです。そんなある日のこと、公園に散歩に出かけたバーティーは、旧友のビンゴ・リトルに出会います。春になると永久不変に誰かと恋に落ちるビンゴは、その時もメイベルという名のウェイトレスに恋をしていました。身分違いのメイベルと何としても結ばれたいと考えていたビンゴは、現在収入面で頼り切っている伯父に穏便に結婚を認めさせる方法をジーヴスに尋ねてくれとバーティーに頼み込みます。

色んなブログで面白いという評判は目にしていたし、オススメもされていたんですが、ようやく読めました!
いやあ、噂にたがわず面白かったです~。なんとなくもっと文学寄りなのかと思い込んでたんですけど、そうではなかったんですね。すらすら読めてしまうエンタメ作品。英国独特なシニカルなユーモアが満載。この「比類なきジーヴス」は、元々短編だったものを編集・加筆して長編小説の体裁にしたものなんだそうで、確かに読んでみると連作短編集みたいだし、基本的な展開はどれも一緒なんですね。バーティーが失敗して、ジーヴスが得意の機転でその窮地を切り抜けるというパターン。そこにアガサ伯母さんや、従弟のクロードとユースタス、ビンゴの恋の相手たちが彩りを添えてます。バーティーが自分で危機を切り抜けたと思っても、必ずその裏にはジーヴスの活躍があるんですねえ。でもそんな完全無欠なジーヴスにも、時折ご主人さまに冷たくなることがあるんです。それは大抵、決して趣味がいいとは言えないバーティーの服装センスが原因というのがまた可笑しい♪
普通に読むだけでも十分楽しいんですが、先日読んだ新井潤美さんの「階級にとりつかれた人々」のおかげで少し理解度が増したかな? このジーヴスが、ロウアー・ミドル・クラスのヒーローだというわけですねー。多分アッパー・クラスのステレオタイプとして描かれているバーティーやビンゴのあり方にも、ビンゴの恋人(ウェイトレス=ロウアー・ミドル・クラス?)に対する反応にも納得です。でも、バーティーが自分のことをシャーロック・ホームズになぞらえる箇所にだけは違和感が。シャーロック・ホームズの連載も、確かロウアー・ミドル・クラスが購読する新聞か雑誌だったと思うのだけど~?(国書刊行会)

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11 巻は「雲隠」「匂宮」「紅梅」「竹河」「橋姫」、12巻は「椎本」「総角」「早蕨」。

源氏の君が亡くなってしまい、この巻からは紫式部の語りとなります。源氏の君から紫式部への交代は「雲隠」の帖の最初で行われるんですけど、ここがなんだかSFちっく。どことなく筒井康隆「エディプスの恋人」を思い出しました。(えっ、全然違う?) そしてここで語られるのは紫式部の現実。夫となった藤原宣孝のこと、若き源氏の君のような藤原伊周のこと、壮年の源氏の君のような藤原道長のこと。まさに藤壺の中宮のような中宮定子のこと、紫式部が仕えることになった中宮彰子のこと。1000年前の女性のこととは思えないほど身近な造形。
源氏の君の一人語りがなくなったのも寂しいし(やっぱりこれが面白かったのよね)、薫と匂宮はイマイチ役不足... この2人、源氏の君と頭の中将みたいな感じとはちょっと違いますしねえ。源氏の君と頭の中将にはやっぱり華があったわ! というより、薫と匂宮の周囲の女性陣に華が足りないのかな~? なんて文句を言いつつも、他の現代語訳に比べると遥かにきちんと読んでる私なのですが。すっかり大きくなってしまった明石中宮とか玉蔓とか、お馴染みの人もちらっと出てくるのが嬉しいです。(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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東京創元社で復刊中のラング童話集の6冊目。
こういう童話や昔話は、突っ込みたくなることもままあるものですが、それはしないお約束です。(笑)
それでも今回ものすごーーく突っ込みたくなってしまった作品がありました。それは「小さな灰色の男」という話。まず冒頭から。

むかしむかし、修道女と農夫と鍛冶屋の三人が、そろってほうぼうを流れあるいていた。

いや、農夫と鍛冶屋が一緒に旅をするのはいいんだけど、修道女って...?!
と、軽く突っ込みつつも続きを読むと。
この3人、旅の途中で古いお城を見つけて住み着くことになるんですね。毎日順番に1人が残って家事をして、あとの2人は外に「幸せになる道」を探しに行くという取り決め。「幸せになる道」ってナニ? というのもあるんですが、まあこれはいいとして。(笑)
留守番をしてる人の前に、「小さな灰色の男」が出てきます。

「うーっ! 腹がすいてかなわん!」「かまどに食べ物がはいってるから、お好きにどうぞ」

昔話では、見知らぬ人にも親切にするのが幸せになるための鉄則ですね。
親切にされる側は、普通なら遠慮のひとつもするところ。でも時々遠慮をしない人が出てきます。(だからといって悪いヤツだと決め付けられないのが、童話や昔話の難しいところ)この灰色の男も、作ってあった夕食を全部食べちゃう。しかもたしなめられると逆切れして暴れだし、修道女も農夫も半殺しの目に遭うことに...。でも3番目に家事のために残った鍛冶屋はこの灰色の男をやっつけるんですね。
ま、そこまではいいんです。灰色の男が死んだおかげで、お姫さまが2人と王子さまが1人魔法から解けるというのも、よくあるパターン。でも、大抵はお姫さまが3人。王子が1人混ざってるというのはものすごくレアなのではないかと思いますが。

王女たちは、助けてもらったことをたいへんありがたく思い、片方は鍛冶屋と、もう片方は農夫と結婚した。

これは順当な成り行きです。でも

そして王子は修道女を妻にし、みんないっしょに、死ぬまで幸せにくらした。

これはどうなんでしょうか! いくらいい相手が見つかったからといって、修道女が王子さまと結婚?! 魔法が解けた3人の中に王子さまがいた時点で、うすうす予想はしていたとはいえ、もうほんとひっくり返りそうになりました。
これはドイツの昔話。この「修道女」は本当に最初から「修道女」だったのでしょうか。もしそうだとしたら、ドイツ人はおかしいと思わなかったのかしら? これで3人がきょうだいだったら分かるんだけど、そうとは書いてないし。でもまともな家の女性なら、家族でもない男性2人と旅するなんてあり得ないですよね。となると、百歩譲って修道女でも構わないとしても、結婚ですよ、結婚! となると極端な話、修道女じゃなくて実は売春婦か何かだったんじゃ...? なんて考えてしまうんですが...?(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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明治31年(1898年)。仏典の研究のために清国へと渡った能海寛(のうみゆたか)は漢口の街に到着。準備を整え人夫を雇って出発した能海に接近してきたのは、英国商社のジャーデン・マセソン社のトーマス・ヤンセン。あくまでも日本の仏教を立て直すために原典を求め、そのために東本願寺法主からダライ・ラマ13世への親書を携えて拉薩を目指しているつもりの能海でしたが、外の人間たちからは、彼は日本政府の意を受けて西蔵を目指す密使だと見られていたのです。能海は知らないうちに、「グレートゲーム」に巻き込まれていくことに。

日清戦争と日露戦争の間の時期を背景に、清や西蔵(チベット)、そしてそれらの国々を巡るを各国の思惑を描いた骨太な歴史ミステリ。能海寛はもちろんのこと、河口彗海や寺本婉雅、成田安輝など実在の人物たちが登場します。
能海が本人も知らないうちに歴史の一駒にされていたという設定はとても面白かったし、チベットのラサへと向かう厳しい道のりもとても迫力があって、英国のジャーデン・マセソン社のエージェントの介入、能海を助ける山の民や清国人たちとのやり取りもなかなか良かったんですけど、これだけのことを描きあげるには枚数が足りなかったのではないかしら? このページ数にしてはかなりよく描き込まれてると思うし、能海もなかなかいい感じなんですけど、全体から眺めた時にどこか物足りないものがありました。最後も、ある程度は歴史物の宿命とはいえ、後味があまりにも良くないですしね... なんでこんな幕引きにしちゃったのかしら。このラストで作品全体の印象も変わってしまうんだけどなあ... ここまできちんと作り込んできてるのに、なぜ?(小学館文庫)


+既読の北森鴻作品の感想+
「共犯マジック」北森鴻
「蜻蛉始末」北森鴻
「親不孝通りディテクティブ」北森鴻
「螢坂」北森鴻
「瑠璃の契り」北森鴻
「写楽・考」北森鴻
「暁の密使」北森鴻
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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サー・トマス・マロリーの「アーサー王の死」は、アーサー王の誕生から、最期に妖精の女王たちの手によってアヴァロンの島に運ばれるまでを描いた作品。近代的な小説の台頭によって一時は忘れ去られてしまうものの、19世紀半ばにテニスンに取り上げられることによってラファエル前派の絵画のモチーフとして頻繁に登場するようになり、20世紀に入ると中世英文学の名作として愛読され、学問的研究の対象となり、様々な芸術メディアに登場するようになります。騎士ロマンスらしくステレオタイプ化された登場人物にステレオタイプ化されたストーリーを持つアーサー王伝説が現代これほどまでにもてはやされる魅力の秘密を探るという本です。

以前読んだ「アーサー王伝説万華鏡」と重なっている部分もあったものの、新たな視点から書かれている部分もありました。特に興味深かったのは、ケルト人の戦争指揮官がモデルと言われているアーサー王、ケルトの伝説が起源だと言われているアーサー王伝説に、実は西アジア起源説もあったという話。紀元4世紀以降、南ロシアを中心に勢力をふるったイラン系の遊牧騎馬民族・サルマート人がモデルじゃないかというんですね。このサルマート人、ローマ帝国と戦って敗れることになるんですが、その兵士たちの一部がローマ皇帝によってブリテン島に派遣されたそうなんです。サルマート人たちはケルト文化に同化するのを拒否して、長く独自のアイデンティティを保っていたそうで... アーサー王伝説の騎士たちの装備や戦い方はサルマート人によく似てるし、しかも現在コーカサス山中に残っているサルマート人の末裔・オセット人が持っている叙事詩はキリスト教以前の古い時代に遡るもので、これがアーサー王伝説と酷似してるとのこと。そんな話は全然知らなかったなあ。
以前読んだ本と重なってたり私の興味がなかったりという部分も多くて、期待したほどではなかったのが残念だったんですが、アーサー王伝説好きとしては、やっぱり読まずにはいられないですしね。以前「ユリイカ」で読んだ高宮利行さん、葛生千夏さん、ひかわ玲子さんの対談をここでまた読めたのも良かったです。(秀文インターナショナル)


+既読の高宮利行作品の感想+
「西洋書物学事始め」「アーサー王伝説万華鏡」高宮利行
「アーサー王物語の魅力」高宮利行

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1818年12月24日の朝。オーストリアのザルツブルグに近い小さな町・オーベルンドルフの聖ニコラ教会にやって来た若いオルガン奏者・フランツ・グルーバーは、オルガンの音が出ないのに気付きます。パイプオルガンのパイプの革製のふいごに、ネズミが小さな孔をあけてしまっていたのです。困り果てたフランツ・グルーバーと若い助任司祭・ヨゼフ・モールはその夜のミサのために、ギターの伴奏で歌を歌うことを思いつきます。そしてヨゼフ・モールがその日作った詩に、フランツ・グルーバーが曲をつけることに...。クリスマスの賛美歌「きよしこの夜」を作り上げることになったヨゼフ・モールとフランツ・グルーバーの物語。

本当はクリスマスの頃に読むつもりにしてたんですけど、うっかりしててちょっと早くなってしまいました。
クリスマスになると世界中で歌われる「きよしこの夜」は作者不詳とされてることも多いんですが、実は19世紀のオーストリアの田舎町で作られた曲だったんですね! しかもパイプオルガンの故障から生まれた曲だったとは。記念すべき最初の演奏は、グルーバーによるギターの伴奏に合わせて歌うモールとグルーバーと12人の子供たちの歌。でも評判こそ決して悪くなかったものの、教会のミサにギターなんてとんでもない!と考える気難し屋の老司祭によってモールは更迭されてしまうし、2人にとってはあまりいい思い出とはならなかったみたい。
でもそのまま忘れ去られてしまうはずだったこの曲は、パイプオルガンの修理屋が楽譜をもらったことによって、次第に広がっていくことになります。2人が作者だと名乗らなかったせいで、一時はミヒャエル・ハイドン(有名なハイドンの弟)の作曲と思われたこともあるようですが、楽譜探しを依頼されたザルツブルグの聖ペトルス・ベネディクト派修道院に偶然グルーバーの末の息子がいたせいで、本当の作者が判明したんですって!
表紙の画像が出ないんですけど、この本がまたとても素敵なんです。黒地の表紙の中央に天井画(多分)が配されて、その上下に金色の字で「The Story of Silent Night」「Paul Gallico」と書かれている、とてもシックな装幀の本です。(大和書房)


+既読のポール・ギャリコ作品の感想+
「トマシーナ」ポール・ギャリコ
「セシルの魔法の友だち」ポール・ギャリコ
「マチルダ ボクシング・カンガルーの冒険」ポール・ギャリコ
「われらが英雄スクラッフィ」ポール・ギャリコ
「幽霊が多すぎる」ポール・ギャリコ
「猫語の教科書」ポール・ギャリコ
「ハリスおばさんパリへ行く」「ハリスおばさんニューヨークへ行く」他2冊 ポール・ギャリコ
「七つの人形の恋物語」「スノーグース」ポール・ギャリコ
「トンデモネズミ大活躍」「ほんものの魔法使」ポール・ギャリコ
「ポセイドン」上下 ポール・ギャリコ
「ザ・ロンリー」ポール・ギャリコ
「「きよしこの夜」が生まれた日」ポール・ギャリコ
Livreに「ジェニィ」の感想があります)

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長屋に女の幽霊が出ると聞いた岡っ引の長次は、下っ引きの宇多に調べるように言いつけます。その幽霊は近頃息子と娘を失ったばかりの大和屋由紀兵衛の持つ長屋に出るのだというのですが... という「恋はしがち」以下、全6編の連作短編集。

9人の幼馴染たちの物語。下っ引きの宇多、岡っ引きの長治の娘のお絹、大和屋由紀兵衛の息子・千之助とその妹・於ふじ、大工の棟梁の娘のお染、野菜のぼて振りの弥太、叔父の口入屋の手代をしている重松、茶屋の看板娘のおまつ、裕福な煙管屋の娘・お品。この話が始まる時点で千之助と於ふじは既に亡くなってしまっていて、大きな流れとしてはこの2人の亡くなった事件のミステリですが、むしろ青春小説といった感じでしょうか。

小さい頃は男女の区別もなく毎日のように遊び回っていた9人も、今やもうお年頃。それぞれの生活が忙しくてなかなか会えなくなるし、お互いを男や女として意識するようにもなります。そこで上手く「思い思われ」になればいいんですけど、9人ですしね。なかなか上手くいかなさそうだなという予想通り、実際それぞれの思いはすれ違い... そうこうしてるうちに仲間を失ってしまったり。
大人になるってこういうことなのよね、なーんて切ない感じが前面に出てるのはいいんですけど... やっぱり9人というのは多すぎやしませんかねえ。せいぜい7人なんじゃ? 区別がつかなくて困るってほどではなかったんですけど、それほど9人の描き分けができているとは思えなかったし、逆にそれぞれのイヤな面は目についてしまったりで、感情移入できるような人物はいなかったな。せっかくなのにあまり楽しめず、ちょっと残念でした。(光文社)


+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「おまけのこ」
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「こころげそう」畠中恵
「いっちばん」畠中恵
Livreに「しゃばけ」「ぬしさまへ」「百万の手」「ねこのばば」の感想があります)

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