Catégories:“2008年”

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いよいよ年末も押し迫ってきましたねー。
さて、まだまだ今日明日と本は読むんですが、Ciel Bleuではこれが今年最後のエントリになります。最後のエントリは、ブログになってから恒例行事となっている今年度のマイベスト本の記事... のはずだったんですが、順位をつけるのってしんどいし、実際、私の場合あまり意味がないようにも思えるので、今年はこんな読書だったよという意味で色々と挙げてみようと思います。(マイベストと重なりつつプラスアルファというわけです)
ちなみにブログ開設以来のマイベスト本は、2004年度2005年度2006年度2007年度

明日から祖母の家に行くので、年末年始は留守にします。ネットができるかどうかは不明... いつもならできるんですけど、今回はちょっと分かりませんー。1月3日か4日に帰宅予定。
ではみなさま、今年1年間もお世話になりまして本当にありがとうございました。来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎え下さいませ。

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ドイツのとある荒れ果てた森の中の古い城に住んでいたのは、ゴッケル・フォン・ハーナウという名の老人。ゴッケルにはヒンケルという妻と、ガッケライアという娘があり、3人は古い城の鶏小舎の中に住んでいました。かつてはドイツの中で最も立派な城の1つだったこの城は、ゴッケルの曽祖父の時代にフランス軍によって叩き壊され、当時飼われていた見事な家禽も食い尽くされ、それ以来荒れるにまかされていたのです。ゴッケルの曽祖父も父親も隣国ゲルンハウゼン王家の雉及び鶏の守として仕えており、ゴッケルも同じ役職につくものの、桁外れに卵好きの王に卵の浪費を強く訴えたため、王の怒りを買って宮廷から追放され、荒れ果てた父祖伝来の城に住むことになったのです。ゴッケルたちに従うのは、牡鶏のアレクトリオと牝鶏のガリーナのみ。ゴッケルは養鶏で生計を立てようと考えるのですが...。

岩波文庫版でも出ているのでそっちでもいいかなあと思ったんだけど... とは言っても、それもすっかり廃版になっちゃってるんですけど(笑)、やっぱり矢川澄子さん訳が読みたいなあと王国社版をセレクト。いえ、本当は妖精文庫のが入手できればそれが一番なのですが!
人間の言葉を理解する鶏、何でも願いの叶うソロモンの指輪、親切にしてやった鼠の恩返しなどなど、童話らしいモチーフが満載なんですが、昔ながらの童話とはやっぱりちょっと違いますね。同じドイツでも、グリム童話とは実はかなり違うかも! そういった伝承の童話の持つ雰囲気をエッセンスとして持ってるんですけど、それはあくまでもエッセンス程度で、むしろ現代の物語という感じです。これは19世紀はじめ頃に書かれた作品なんですけど、当時はとても斬新な作品だったのではないかしら。結構凝った作りだと思うんですけど、すっきりまとまっていて、読みやすかったし面白かったです。矢川澄子さんの訳だから、読みやすいのは当然なんだけど♪ 特に驚いたのはその幕切れ。鮮やかですね!
でも原書のドイツ語には、ふんだんに言葉遊びが施されてるんですって。登場人物の名前も遊び心たっぷりなのだそう。さすがに日本語訳では、そこまでは分からないんですよね。それだけがちょっぴり残念。(王国社)

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あるひんやりした春の朝。海に近い森の中にきのこを探しに来ていたマルセルとココが見つけたのは、倒れている男。最初は生まれて始めて死人を見つけたと思い、わくわくしながらも逃げ出す2人でしたが、本当に死んでいるのか確かめるために戻ってみると、男は起き上がっていました。目はまっすぐ2人を見つめているのに、「だれだ、そこにいるのは?」と叫ぶ男。男の目は見えていなかったのです。男はとても若い外国人で、脱走兵。病気でもう長くはもたない弟のジョンに会うために、イギリスの自分の家に帰ろうとしているところだと話します。

全然名前も知らない作家さんだったんですが、先日ましろさんに教えていただきました。感謝♪

本筋の物語そのものもいいんですが、兵士が子供たちに話して聞かせるロバの出てくる4つの物語がとてもいいんですよね。キリスト生誕の時にマリアをベツレヘムへと運ぶロバの物語、旱魃に苦しむ世界を救うロバの物語、戦争で負傷者たちを助ける少年とロバの物語、そしてジョンが見つけた銀のロバの物語。
ロバって、日本ではあまり馴染みがないですよね。私が知ってるのは「くまのプーさん」のイーヨーぐらいだし... しかもこのイーヨー、どう見てもイマイチ冴えない地味な存在。でも本当はすごく素敵な動物だったんですね。気立てが良くて我慢強くて足が丈夫で、骨惜しみせずに働いてくれるロバ。小麦のような香ばしいにおいと、深く優しい目をしたロバ。頑固で愚かといわれながらも、どんな動物よりも気高いといわれるロバ。ロバにキスされた赤ん坊は、ロバと同じ性質をそなえた子になると言われているのだそうです。兵士の語る話は、どれも大きく圧倒的な力に振り回される小さな存在の物語なのですが、とてもすんなりと心に入り込んでくるようなものばかり。そしてそんな圧倒的な力に立ち向かうために必要な勇気と愛情を持っているのがロバ。ああ、ソーニャ・ハートネットにとって、ロバってこんなに身近な存在なんですね。そして一見とても小さな存在の方が実は純粋な勇気や愛情を持っている... というのはココやマルセルも同じ。

第一次大戦下のフランスの海辺の町が舞台。イギリス軍の脱走兵の話なので、本当はほのぼのなんてしようがないはずなんだけど、読んでいてすごく和む物語。心が洗われるようでした。マルセルとココを見てる限りでは、近くで戦争をやってることなんてまるで感じられなくて、それが逆にちょっと薄ら寒い気もするのだけど。
ロバではないんだけど、手のひらにすっぽり収まるサイズの銀の恐竜ならいくつか持ってます、私。本を読んでる間ずっとそのイメージでした。ちょっと光沢がなくなってきてるから磨いてあげようっと。そしてソーニャ・ハーネット作品、他のも読んでみようっと。(主婦の友社)

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千蔭お駒が妊娠。つわりが酷く何も食べられないお駒のために、千蔭と八十吉は巴之丞の元へ。お駒の母・佐枝が、お駒は珍しいものの方が喜んで口にするかもしれないと言い、珍しいものなら巴之丞が詳しいと考えたのです。巴之丞のおすすめは、乃の字屋の猪鍋。最近江戸で流行っており、店の外まで行列ができるほどだというのですが... という「猪鍋」他、全3編

猿若町捕物帳第4弾。いやあ、面白かった。このシリーズ、最初はちょっと地味かなと思っていたのですが、進むにつれてどんどん面白くなりますね! 今回の注目は「おろく」。彼女がいい味を出してるんですよねえ。そしてもしやこのままいっちゃうの...? と思いきや、千蔭がまたかっこいいところを見せてくれるし。ま、人が良いにもほどがあるって感じもしますが。梅ヶ枝も巴之丞も元気です。今回、梅ヶ枝がなんだか可愛らしかったなあ。

それにしても日本人作家さんの本を読むのはほんと久しぶり。先月の仁木英之さん「薄妃の恋 僕僕先生」以来かな? 最近は翻訳物オンリーでいきたいぐらい、翻訳物に気持ちが向いてしまってるんですが、近藤史恵さんはやっぱり大好き。特に好きなのは、どうしてもデビュー作の「凍える島」とか「ガーデン」「スタバトマーテル」「ねむりねずみ」「アンハッピードッグス」といった初期の作品なんだけど... いや、「サクリファイス」も久々に「キター!!」って感じだったんですが(笑)、でもこういうのもいいなあ。可愛いとか美味しいのもいいんですけどね。そういうのは読んでてすごく楽しいんだけど、近藤史恵さんらしさが少し薄めのように感じられてしまうんですよね。このシリーズは、私の中では既にそちらよりも上になってきてます。我ながらちょっとびっくりですが。(光文社)

+シリーズ既刊の感想+
「巴之丞鹿の子」「ほおずき地獄」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「にわか大根」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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オーストリアとボヘミアの両国が接する辺りに広がるボヘミアの森、そしてモルダウ川の近くにあるトイフェルスマウアーの峡谷に、かつて好んで森を訪ねることから「森ゆく人」というあだ名のついたゲオルグ老人が暮らしていました。彼は森番のライムント一家と親しくなると、森番の1人息子のジミを連れて森の中を歩き回り、読み書きを教えるようになります。

この物語の舞台は、シュティフターの故郷なんでしょうね。ボヘミアの情景がまるで風景画のように描写されていきます。でもそういう描写はいいんだけど、ちょっとばかり長すぎるのではないかしら... 物語そのものよりも、そちらに重点を置かれているように感じられるほどなんですもん。シュティフター自身の感傷? 20ページほど読んで、ようやく話の中心となる「森ゆく人」が登場。一時はどうなることかと思いました...。
この「森ゆく人」は、最初に登場した時には既に老人なんです。まるで隠者のような落ち着きを見せているので、いつものように穏やかな流れの物語となるのかと思ったのですが、そうではありませんでした。今回は自然の情景があくまでも美しいままで、その恐ろしさを見せなかったからなのかしら。そして後半は「森ゆく人」となるゲオルグの半生の物語。
この半生の物語がメインだと思うし、短い幸せの日々と大きな後悔の話はなかなかいいんだけど... でもどうなんだろう。なんだか全体にもう少し構成しなおした方がいいような。と思ってしまったのでありました。半生の物語に突っ込みを入れるのはその後で、という感じ。(松籟社)


+既読のシュティフター作品の感想+
「水晶 他三篇 石さまざま」シュティフター
「森の小道・二人の姉妹」シュティフター
「晩夏」上下 シュティフター
「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」A.シュティフター
「石さまざま」上下 アーダルベルト・シュティフター
「森ゆく人」アーダルベルト・シュティフター
「書き込みのある樅の木」アーダルベルト・シュティフター

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新聞でイタロ・カルヴィーノの新しい小説「冬の夜ひとりの旅人が」が出たのを知り、早速本屋で買ってきて読み始めようとしている「あなた」。しかし準備万端整えてじっくり読む体勢に入り、読み始めてしばらく経った時、妙なことに気付きます。製本のミスで、32ページから16ページに戻っていたのです。3箇所で32ページから16ページに戻るのをみつけた「あなた」は、翌日本屋で取り替えてもらおうとするのですが、本屋はその本はカルヴィーノの作品ではなく、実はポーランド人作家の小説だったと説明。続きを読みたい「あなた」は、その本をポーランド人作家の小説に取り替えてもらうのですが...。

カルヴィーノの作品を読んでいると思っていたら、それは実はポーランド作家の作品だった? そしてポーランド小説の続きを読もうと思ったら、その本は全然続きなどではなくて、チンメリア文学だった...? と、迷路の中にぐるぐると迷い込んでいくような、蜘蛛の巣に絡め取られていくような、蟻地獄に落ち込んでいくような感覚の作品。作中作がなんと10作! どんどん出てきて、でもどれも丁度話の中に入り込んだ頃に途切れちゃう。でもそれの作中作がまた面白いんですよねえ。どの話も続きを読みたくなっちゃうんですもん。

でも一番面白かったのは、終盤で何人かの読者たちが語ってる言葉。私はこれに一番近いかも。

私が読む新しい本のひとつひとつが私がそれまでに読んだいろんな本の総計からなる総体的な統一的な本の一部に組み込まれるのです。でも安易にはそうなりません、その総括的な本を合成するには、個々の本がそれぞれ変容され、それに先立って呼んだいろんな本と関連づけられ、それらの本の必然的帰結、あるいは展開、あるいは反駁、あるいは注釈、あるいは参考文献とならねばならないのです。何年来私はこの図書館に通って来て、本から本へと、書棚から書棚へと渉猟しているのですが、でも私は唯ひとつの本の読書を押し進める以外のことはしていなかったと言えましょう。(P.344-355)

ちょっと訳が如何なものかという感じもしますが...
これだけじゃないですけどね。前の読者が言ってるように再読で新たな発見をするというのもほんと分かるし。でも私の基本は、次の読者が言っているような記憶の彼方にかすかに残る「唯ひとつの本」を目指して、総括的な本を作り続けているような感じかな。(ちくま文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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前記事の「たのしく読める英米幻想文学」と同じシリーズ。
そちらの記事で、最初の3章「古代・中世の英詩」「バラッドおよび物語詩の系譜」「聖書と神話と英語の詩」限定で読んでみたいーと書いてたんですが、早速図書館で借りてきてしまいました。そして最初の3章はじっくりと、後はさらっと...(笑)
要は叙事詩関係でめぼしい作品で読み落としてるのはないかというのが確認したかったんですが、とりあえず基本は押さえているようです。「ベーオウルフ」「ガウェイン卿と緑の騎士」「農夫ピアズの夢」「カンタベリー物語」「妖精女王」「失楽園」... この本ではイギリス物しか分からなかったので、後はフランス・ドイツ辺りを確認したいところ。

以下、「バラッドおよび物語詩の系譜」というコラムのメモ

バラッド(Ballad)...口誦で伝えられてきた民族の文学的遺産。最盛期は15世紀。1400年頃までは儀式に伴う歌謡として歌われていたが、その後吟遊詩人(Minstrel)や吟誦詩人(Bard)らによって語られるものとなる。16世紀以降しばらく廃れていたが、やがて文学的に再評価されるようになり、ウォルター・スコット「スコットランド国境地域の吟遊詩」が生まれ、18~19世紀のロマン派の詩人たちによって文学としてのバラッドが書かれるようになる。コールリッジ「老水夫の歌」、キーツ「つれなきたおやめ」など。チャイルド編「イングランドおよびスコットランドの民衆バラッド集」が口誦バラッドの純粋性を伝えるものとして貴重。

物語詩...民族起源の古代詩のほとんどが物語詩。中世では、チョーサー「カンタベリー物語」「トロイラスとクリセイデ」、その後もアーサー王と聖書と神話の物語を原型とする作品が多く作られる。「アーサー王の死」、「ガウェイン卿と緑の騎士」、スペンサー「妖精女王」、テニスン「アーサー王の死」「国王牧歌」、マシュー・アーノルド「トリスタンとイゾルデ」、ウィリアム・モリス「グゥイネヴィアの弁明」、スウィンバーン「ライオネスのトリスタン」など。

バラッドと物語詩は重なる部分もあるので、はっきり区別するのが難しいです...。どちらも好きなんだけど、より好きなのは物語詩の方なのかも。私にとって一番のポイントとなる神話やアーサー王伝説はこっちに含まれるようですしね。
モリスの「グゥイネヴィアの弁明」は、以前人さまにお借りした「ユリイカ」で読んだことがあるんですが、ほんと素敵でした~。普通の本にまとまっていたら欲しいんだけど、ないのかなあ。(ミネルヴァ書房)

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かつて文学(物語)といえば幻想文学のことでした。もちろん当時は、それらの物語を語り伝えた人びとも、それらに耳を傾け楽しんでいた人びとも、それらの物語が「幻想文学」であるなどとはつゆ考えたこともありませんでした。そのことを考える必要がなかったのは、「幻想文学」とわざわざ決めつけなくとも、物語といえばすえにそうしたものだったからです。(はしがきより)

そんな「幻想文学」を幻想文学と意識させるようになったきっかけは、18世紀初めの英国でのリアリスティックな小説の登場。そういった小説の台頭で、一旦は幻想文学は片隅に追いやられ、廃れたかのように見えるのですが、逆にそういった小説の登場が文学の「幻想性」を意識させる結果にもなったのだとか。
ということで、18世紀~20世紀に英米で登場した幻想文学を120作品紹介している本です。

私が大好き~な路線の本も結構紹介されてるし、これは他の作品もかなり期待できるかも? と、興味津々借りてきたのですが... 結論から言えば、期待ほどではありませんでした。なんせあらすじ紹介が長いんです。しかも長い割に面白くない! 多分ラインナップ的にはすごくいいのではないかと思うので、この辺りが、もっと簡潔にまとまってると、もっと楽しかったのではないかしら、と思うのだけど。1作品につき見開き2ページ使ってるけど、これなら1ページずつでも良かったかも。...ということで、興味を惹く本はいくつか出てきたけど、読んでいてそれほど「あれもこれもそれも読みたいー!!」と焦るような気持ちにはなりませんでしたよ。うーん、残念なような... いや、この時期に積読本が増えなくて逆に良かったかも... というのは、負け惜しみかしら。(笑)

どうやら「たのしく読める」シリーズというのがあるみたいですね。「たのしく読めるイギリス文学」「たのしく読めるアメリカ文学」「たのしく読める英米児童文学」辺りは、まあ、よくあるパターンなんだけど、「たのしく読める英米演劇」「たのしく読めるネイチャーライティング」なんていうのがあるのには、ちょっとびっくり。あと「たのしく読める英米女性作家」「たのしく読める英米の絵本」なんていうのもありました。
私が一番見たくなったのは、「たのしく読める英米青春小説」「たのしく読める英米詩」の2冊。「英米青春小説」でどんな作品が登場してるのか見てみたいし、「英米詩」は最初の3章が「古代・中世の英詩」「バラッドおよび物語詩の系譜」「聖書と神話と英語の詩」なんです。この3章限定で読んでみたいー。(ミネルヴァ書房)

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10世紀に実在した人物・ギスリのサガ。ノルウェーで騒ぎを起こしてアイスランドに殖民することとなり、やがて義兄弟の敵討ちのための殺人のかどで追放刑になりながらも10年以上生き延びたギスリの生涯の物語です。
このギスリのサガに関しては、以前「アイスランド・サガ スールの子ギースリの物語」で読んでるんですが(感想)、そちらを読んだ時の方が面白く読めたような気も...。父の名前を子にもつけたりと、同名の登場人物がものすごく多いのでヤヤコシイのは相変わらずなんですが、以前読んだ時にすごく印象に残った判官贔屓のような哀愁が、こちらでは感じられなかったんですよねえ。文章中に長い訳注が入っていて読みにくかったのも大きいのかも。ほんの一言の注釈が文章中に括弧にくくられて書かれてるんなら分かりやすいし、実際「ヘイムスクリングラ」ではその辺りが読みやすかったんですけど、こちらでは1ページの半分が注釈になってる、なんてところもあったので...。
でも新しい発見もありました。サガ文学のサガって、英語の「say」と語源が一緒なんですって。知らなかった! 「物語る」とか「歴史」という意味なんだそうです。それに「王のサガ」「伝説のサガ」「アイスランド人のサガ」「ストゥルルンガサガ」というサガ文学の4つの括りは知っていたけど、具体的な作品名はあまり知らなかったので、その辺りはとても勉強になりました。こういう基本的な情報が意外となかなか得られなかったりするんですよね。ありがたいです。(北欧文化通信社)

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スノッリ・ストゥルルソンの書いた北欧王朝史「ヘイムスクリングラ」。この中には「ユングリングサガ」「ハルヴダン黒髪王のサガ」「ハラルド美髪王のサガ」「ハーコン善王のサガ」「灰色マントのハラルド王のサガ」が収められています。

先日森山さんに、こんな本が出てました!と教えていただいた本。スノッリ・ストゥルルソンといえば、私は「古エッダ」(要するに北欧神話です... 記事)しか読んだことがありませんでしたが、13世紀にアイスランドの詩人で、この「ヘイムスクリングラ」が「古エッダ」と共に代表作となっています。そして訳者は北欧研究の第一人者の谷口氏。とくれば、そりゃもう読まずにはいられないでしょう!

驚いたのは、この本では北欧の民族の起源をアジアとしていること。そして北欧神話の主神オーディンを実在の英雄として捉えていること! アジアの東の地にアーサランドあるいはアーサヘルムと呼ばれる国があり、その首都がアースガルズ、支配者がオーディンだったんですって。アースガルズは北欧ではなかったのか...! そしてそのオーディンが後に人々を北欧まで導くことになったんですね。このオーディンは常勝の偉大な戦士。その祝福を受けると人々は無事に旅ができるし、窮地に陥った時にその名を呼ぶとオーディンの救いが得られるものとされていたんだそうです。そこから信仰の対象となっていったというわけですね。オーディンの妻はフリッダ、フレイとフレイヤがアースガルズに来ることになったことも、ミーミルの首から様々なことを聞き出したことも、フレイがゲルズと結婚したことも、史実として語られているのが面白いです。
とは言え、神話と共通する部分は最初の方だけ。その後は名前も知らない王の話が続いて、エピソードもそれほど豊富ではないし、正直それほど面白くないです。書き残すといことのが大切だったのだろうと思うので、それはそれで構わないのですが。でも例えば「アイスランド・サガ スールの子ギースリの物語」(感想)や「アイスランドサガ」(感想)でも出てきたハロルド美髪王の時代になると、そちらの話と繋がってまた面白くなります。...要は、面白くない部分は、ひとえに自分の知識不足のせいだったというわけなのね。(苦笑)

この本1冊で、「ヘイムスクリングラ」のまだ4分の1なのだそう。順次刊行されるそうなので、ぜひ追いかけたいと思います。「スノッリのエッダ」の全訳も読みたいな。北欧文化通信社で出してくれないかな。(北欧文化通信社)

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「互いにベージュ色の高価なレインコートに身を包んで出会いましょう。豆スープのようにどんよりした霧の夜に。まるで探偵映画もどきに。」という文章で始まる「別の女になる方法」他、「離婚家庭の子供のためのガイド」「母親と対話する方法」「作家になる方法」など全9編。

これはハウツー本の文体で書かれた小説、ということでいいのかな。どれも内容的には結構スゴイことが書かれてるのに、文章がとにかく淡々としてるので、なんだかまるでごく普通の事務的な説明を受けているだけのような錯覚に陥ってしまうという、とっても不思議な作品です。
とにかく淡々... たとえば「作家になる方法」の冒頭はこんな感じ。

作家になるためには、まず最初に、作家以外のものになろうとしてみることです。どんなに途方もないものでもいいのです。映画スターと(か)宇宙飛行士。映画スターと(か)宣教師。映画スターと(か)幼稚園の先生。世界大統領、大いに結構。そしてミジメな挫折を味わうことです。早ければ早いほどいいのです。十四歳で挫折を知るなんて理想的。早いうちに決定的に幻滅することが、くじけた夢に関する長い俳句を十五歳でひねり出すのに必要な条件なのです。

ちょっと面白いでしょう? ハウツー物を小説にしてしまうなんて、アイディアですよねえ。全編こんな感じで物語が始まるんです。
表面に現れてるのは、シニカルなユーモアセンス。でも基本的に不倫とか離婚とか挫折とか死がテーマになっているので、奥底から寂しさや絶望感が滲み出てくる感じ。でも面白いとは思うんだけど、純粋に好みかと言えば、あまり好みではなかったかも。例えばアメリカ人が読むと、私が今読んでいるよりももっとすごく面白く感じるんだろうな、なんて思っちゃうんですよね。そんな、いかにもアメリカ~なユーモアセンス。そうでなくてもユーモア物って難しいのに。その時の自分自身との波長が合うかどうかというのも、かなり重要ポイントになってきますしね。日本物のユーモアだって合う合わないが激しいのに、ましてや外国物ときた日には、って感じかな。(白水uブックス)

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ふと気が付いたら見知らぬ人々の中におり、ヒルダという女性の衣装を借りて着替えた途端、男達に捕まり、石の砦の牢獄に閉じ込められることになってしまったエミリー。どうやら、彼らの反対勢力にある貴族の女性に間違えられているようなのです。しかし実際には、エミリーはケント育ちの27歳の普通の女性。牢番などの話から、エミリーは自分が陥った状況を知ろうとするのですが...。

「海駆ける騎士」もデビュー前の作品だったそうですが、これはもっと古い作品。そんなものまで引っ張り出してきて出版してるなんてー。そろそろネタ切れなんですかね? この勢いでタニス・リーとかパトリシア・A・マキリップの訳も出してくれたらいいのにー。

エミリーは何が何だか分からないまま牢獄に入れられたんですが、読者も何が何なのか分からないまま読み進めることになります。すぐに分かるのは、この国の2大勢力の争いに巻き込まれたらしということだけ。でも、牢獄とは言っても暗くて湿っぽい地下牢みたいなのではなくて、貴婦人用のもの。きちんと家具も暖炉もある部屋なんです。寝室なんてものまであるんですから! そしてこの部屋のバルコニーから見かけた、別の牢獄に囚われているハンサムな男性と恋に落ちるわけなんですが...
まあ牢番の目を盗んで手紙のやり取りをするとか、彼の息子が来て一波乱あったりとかするんですけど、とにかく同じ場所ばかりだし、なかなか事実が判明しないし、事態も動かないので、読んでてだんだん飽きてきてしまいました...。そもそも、本当にあらすじに書かれてるように異世界にいるのかどうかも分からないんですから。

訳者あとがきによると、この作品はDWJが「王の書」を読んでいた時に触発されて書いた作品なのだそう。「王の書」はスコットランド王ジェームズ1世が囚われの身になっていた時に遠くに見かけた娘に恋をして書いた詩で、その恋愛をDWJは娘の立場から書いたというわけなんですね。なるほどー、そういうことだったのか。でもこういう結末になるのはともかくとして、この終わり方ってどうなのよ? なんだかいかにも習作って感じで中途半端。せめて最低限の説明ぐらいはしてくれなくちゃ困っちゃう。どうせ出版するなら、もっときちんと手を入れてからにして欲しかったな。

これで母から回ってきた本も終わりかな? 改めて見ると、この表紙、目玉焼きみたいですね。(笑)(創元推理文庫)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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土曜日の夕方、いじめっこのジョアンたちに追いかけられていた13歳のニータは、咄嗟にいつも通っている図書館に逃げ込みます。顔馴染みの司書に地下の児童室に行っておくようにと言われたニータは、大好きな本たちを眺めながら本棚と本棚の間をぶらぶらと歩き回ってるうちに、見覚えのない本を見つけて驚きます。それは「魔法使いになるには」というタイトルの本。誰かのジョークだとしか思えないニータでしたが、その中に書かれていることは、いたって大真面目な様子。ニータは夢中になってその本を読み始めます。

図書館で見つけた本がきっかけで、魔法使いになってしまうという物語。どうやら以前他の出版社から「魔法使い(ウィザード)になる方法」という題名で刊行されて絶版になっていた本が、新訳となって再登場したみたいですね。

図書館にあった「魔法使いになるには」というタイトルの本は、魔法使いの資質がある人にはきちんと書いた人間の意図通りに見えているけれど、そうでない人には別のものに見えているという設定。シャンナ・スウェンドソンの「Don't Hex with Texas」にも同じような設定があったなあ、なんて思ったんですけど、こっちの方が先です。(最後の方でハリー・ポッターを思い出すシーンがあったんですけど、それもこっちの方が先・笑) この「魔法使いになるには」という本、魔法使いの素質がない人にはどんな本に見えてるんでしょうね。図書館の司書の目には普通の本に見えていたはず。ニータの妹のデリーは、キッチンに置き忘れていた本を部屋に持って来て「手品師にでもなるつもり?」なんて言ってるんですけど、普通の人には「手品師になるには」って本に見えるのかな?
この「魔法使いになるには」の本の引用もなかなか楽しいんです。にやりとしてしまったのは、「魔法使いは言葉に愛着を抱く。たいていの魔法使いは活字中毒だ。実際、魔法使いの素質を持つ者に現れる強い徴候として、なにかを読まずして寝つくことができないという点があげられる」というくだり。あと「歴史、哲学、<魔法使いの誓約>」の章で<力ある者><素質ある者>、そして<孤高なる者>について語られている辺りも面白かったし。「この物語は形を変え、数多くの世界で語り継がれている」って、確かにね。聖書だけでなく、いくつもの異世界ファンタジーにもなってるはずですもん。(笑) そしてこの本に書かれている情報が時と場合に応じて変化していくらしいのも、いかにも魔法使いの本らしくていい感じ。ニータはまず植物と話ができるようになるんですが、ナナカマドと会話する辺りも好きだったし。

物語そのものは、もうちょっと整理できたんじゃないかという気もしたんですが... ちょっと読みにくいところがあって、何度も前に戻って読み直したりしてしまったんですが、ニータも、仲間になるキットという少年も微笑ましいし、一緒に活躍するホワイトホール(?!)のフレッドも愛嬌たっぷり。
ニータの本は図書館の本だから返さなくちゃいけないんだけど、この冒険の後どうしたのかしら? この話はシリーズ物になってて、来年には続きが刊行されるようなので、またその辺りも書かれてるんでしょうね。絶賛ってほどじゃないんだけど、なかなか可愛らしかったので、もう少し付き合ってみるかなー。(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「駆け出し魔法使いとはじまりの本」ダイアン・デュエイン
「駆け出し魔法使いと海の呪文」ダイアン・デュエイン

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オックスフォード大学の聖ジェローム学寮のボドリアン図書館で母を待っていたブレーク。母は一学期契約の客員教授としてオックスフォードに来ており、ゲーテの「ファウスト」に関する論文を準備中。ブレークとその妹・ダックは図書館で長い時間を過ごすしかなかったのです。待ちくたびれたブレークが本棚の本を指の節で次々に叩いていると、1冊の本に反撃されたような気がして驚きます。本が猫のようにブレークの指をふざけてたたいて、ひょいと身を隠したように感じたのです。そこに並んでいるのは古くてもろい普通の本ばかり。しかし1冊の本が床に落ちていました。それは平凡な茶色の革装の本。母に叱られてあわてて本を拾い上げると、本はブレークの手の中でほんの少し動き、本を開くとページが僅かに揺れ動きます。その本の表紙には「エンデュミオン・スプリング」というタイトルがありました。しかし本の中には何も書かれてはいなかったのです。

現代のオックスフォードの図書館が舞台となるブレークという少年の話と、15世紀、グーテンベルクが活版印刷を発明した頃のドイツのマインツを舞台にしたエンデュミオン・スプリングの物語が交互に進んでいきます。15世紀の話の方には、グーテンベルクを始め、グーテンベルクの弟子となったペーター・シェーファー、ゲーテの「ファウスト」のモデルになったとも言われるヨハン・フストなど歴史上の人物が登場。世界初の印刷物「四十二行聖書(グーテンベルク聖書)」が作られようとしている時代。そしてその時代にいたエンデュミオン・スプリングという少年の冒険が現代のオックスフォードの図書館にいるブレークの冒険に繋がっていくんです。ブレークが見つけたエンデュミオン・スプリングの本は、選ばれた者しかそこに書かれた文字を読むことができないという空白の本。
オックスフォードの図書館が舞台と聞いたら、読んでみずにはいられなかったんだけど... うーん、イマイチだったかな。設定は面白いと思うし、現代のオックスフォードの図書館が出てくれば楽しいし、グーテンベルクへの歴史的な興味もあって、途中までは面白く読めたんですけど... 肝心の登場人物がイマイチ。ブレークの妹のダックはとても聡明で、オックスフォードの教授陣を感心させるほどなのに、肝心のブレークは全然冴えない少年なんですよね。ダックにも馬鹿にされっぱなしだし、2人の母親は自分のことに夢中で、「行儀良くしなさい」「妹の面倒をみなさい」ばかり。こういうの、あまり楽しくないです。それに最後の詰めが甘すぎる! 悪役との対決もイマイチだったし、結局エンデュミオンの本は何だったっていうのよ? って感じで終わっちゃいました。
最近母がファンタジーに凝ってて、比較的新しいファンタジー作品がどんどん手元に回ってくるんだけど、どれもこれももひとつ物足りないまま終わってしまって困っちゃうなあ...。(新潮文庫)

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17世紀、清教徒革命下のイギリス。テムズ川に捨てられていた赤ん坊は、50匹の犬と共に暮らし犬たちを闘犬やレースに出して生計を立てている「犬女」に拾われ、ジョーダンという名前をつけられることに。成長したジョーダンは、自分の中に見えないインクで綴られたもう1つの人生があることに気付き、かつて野イチゴが高く香る家で見かけた踊り子・フォーチュナータを探して旅立ちます。

本の紹介に「幻の女フォーチュナータを捜して時空を超えた冒険の旅に出る」なんて書かれていたので、もう少しSF寄りの作品なのかと思っていたのですが、全然違いました! これはファンタジーなのですねー。放っておけば、もう空想がどこまででも広がってしまいそうな不思議な作品。まるで生まれつき軽すぎて天井に頭をぶつけそうになった3番目のお姫さまのエピソードみたい。でもそのまま飛んでいってしまうのではなく、危ういところでへその緒に引っ張られるんです。王女さまもこの物語も。神話とか聖書とかのエピソードもあり、歴史的でもあり、何ていうかものすごく懐が深いなあ... しかもそこかしこに私が好きな雰囲気がたっぷり。女の掃除人が掃除する様々な色の雲のエピソードも、宙吊りの家での生活も、恋が疫病扱いされている町の話も、そして12人の王女たちの物語も...!
でもこういったファンタジックな物語は、ジョーダンの側の物語なんですよね。これと平行して進んでいくのは、もっと現実的な17世紀のイギリスを描いた「犬女」の物語。こちらのベースはあくまでも史実に忠実。でも「犬女」の存在だけはファンタジーなんですよねえ。ジョーダンがそのファンタジックな世界の中で1人リアルな存在だったように。
リアルでありながらファンタジック、ロマンティックでありながらグロテスク。でも美しい! この本に詰まっているエピソードは、まるでピューリタンたちに割られてしまった教会のステンドグラスの色ガラスに、日の光が当たって色んな色が石畳に映って踊っているような感じです。

冒頭で時間についての言葉が書かれています。

ホピというインディアンの種族の言語は、英語と同じくらい高度に洗練されているにもかかわらず、時制というものがない。過去、現在、未来の区別が存在しないのだ。このことは、時間について何を物語っているのだろう?

まさしくこの言葉の通りの作品だったかも。 (白水uブックス)


+既読のジャネット・ウィンターソン作品の感想+
「さくらんぼの性は」ジャネット・ウィンターソン
「オレンジだけが果物じゃない」ジャネット・ウィンターソン

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中国昔話大集の3冊目。今回は百物語形式で、短い物語が99話収められています。
1つだけご紹介しますね。21話「虎皮」。オチまで書いてしまってるので、この先は興味のある方だけご覧下さい。(最後の最後のオチだけは反転しないと読めないようにしてますが)


中国のこういった志怪小説には、動物の精や幽鬼の女性が登場することが多いんですけど、この話に登場するのは虎。旅をしていた男性がある宿に泊まると、突然虎が現れるんです。その男性が物陰に身を潜めていると、虎はするっと虎の皮を脱いで美しい娘になっちゃう。びっくりした男性が出てきて娘にわけを尋ねると、家が貧しくて結婚相手が見つからないから、夫になってくれる人を探してるのだという答。相手が美しい娘なものだから、男性は「じゃあ結婚しよう」ってことになります。で、虎の皮を枯れ井戸に投げ捨てちゃう。
ここまではいいんですが...
数年後、2人はまたこの宿に泊まることになるんですね。今度は息子も一緒に。で、枯れ井戸をふと覗いてみると、昔捨てた虎の皮がまだ残ってるんです。そして「お前が着ていた皮がまだあるよ」「まあ、懐かしい。せっかくだから拾ってきて下さいな」「ちょっと着てみますわ」なんて会話があるんですが...
この奥さん、虎の皮を着た途端、虎に戻ってしまいます。そこまでは予想通り。でも...
夫と息子に「躍りかかってその体を食らい尽くすと、いずこへか姿を消した」(←反転してください)

ひえーっ。そうくるか!
いや、ここまで来たら、こうなるしかないかも知れませんが... 中国物は結構読んできましたが、このパターンはちょっと珍しいかも。いやいや、やっぱり中国物は面白いです。百物語といえば怪談なんですけど、中国の怪談はあっけらかんとしててあまり怖くないとこが好き~。(アルファポリス文庫)


+既読の話梅子作品の感想+
「游仙枕」「大器晩成」話梅子編・訳
「中国百物語 中国昔話大集III」話梅子編・訳

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ラトモス山麓の羊飼いたちの部族の若き王者・エンディミオンは、狩を好む美しい青年。しかし喜ばしいはずの祝祭の日、エンディミオンは突然気を失うのです。優しく介抱する妹のピオナの腕の中で息を吹き返したエンディミオンが語ったのは、夢の中で出会った月姫と恋に落ちたということ。そしてエンディミオンは、地下と海底、そして天上へと月姫を探す旅に出ることに。

月の女神・セレネがラトモス山中で眠っていた美しい少年・エンディミオンに恋をしたというギリシャ神話のエピソードを元にイギリスの詩人・ジョン・キーツが書いた長編の物語詩です。
さてこのエンディミオンとセレネのエピソードなんですが、アポロドーロスの「ギリシア神話」を繰って探してみたんですが、ごくごくあっさりとしか載ってませんでした。

カリュケーとアエトリオスから一子エンデュミオーンが生れた。彼はテッサリアーからアイオリス人を率いてエーリスを創建した。一説によれば彼はゼウスの子であるという。彼は人にすぐれて美貌であったが、月神が彼に恋した。しかしゼウスが彼にその欲するところを授け、彼は不老不死となって永久に眠ることを選んだのである。

これだけ!
いつもながら、アポロドーロスの「ギリシア神話」はほんとあっさりしてます... 単なる事実(?)の羅列といった感じ。呉茂一「ギリシア神話」には、もう少し書かれてましたけどね。永遠に美しさを保って死の眠りを眠るのと、生きて年老いていくのと、どちらがいいかという選択で、永遠の美を選ぶことになったらしいです。その選択をしたのがエンディミオンなのか、セレネなのか、それともゼウスの意思だったのかというのは明らかではないようでしたが。...ということは、やっぱりエンディミオンはゼウスの子ではないんじゃないかしら。もしゼウスの子だったら、きっともう少し恋人たちに優しい措置になったのではないかと思うし。
でもいずれにせよ、ギリシャ神話の中ではとても短いエピソードなんですよね。これがこんなに長くて美しい物語になってしまうとは...。でもギリシャ神話がイメージの源泉となるのは、ものすごく分かる気がします。「エンディミオン」には、エンディミオンの妹など、ギリシャ神話には出てこない人物も登場するんですが、基本的に神話の中の人物やエピソードがいっぱいで、ものすごく私好みな雰囲気です。

そしてこの本、訳が古い文体だったのでした。訳者あとがきをみたら、日付が昭和18年になっていてびっくり。冒頭はこんな感じです。

美しきものはとこしへによろこびなり、
そのうるはしさはいや增し、そはつねに
失せ果つることあらじ。そは常に吾らのために
靜けき憩ひの木陰を保ち、又うましき夢と
健康と靜かなる息吹とに滿つる眠りを保たむ。

さすがに意味がさっと頭の中に入ってこなくて、同じところを何度も読み返してしまいましたが...! こういう訳で読めて良かったです。何といっても美しい...。キーツの詩の雰囲気にぴったりだし、目の前に美しい情景が広がります。こういうのは新訳では読みたくないです。読むのには苦労するけど、こういう訳の方が好き!
あ、でもこの本も青柳いづみこさんの「水の音楽」から読みたくなった本なんですが... 肝心の「水の女」についてどういう風に書かれていたのか、すっかり忘れちゃってます、私。(汗) この作品にも確かに「水の女」は出てくるんですけどね。河の神・アルフェイオスと泉のニンフ・アレトゥーサのエピソードとか。そういうニンフの話だったかしら。それともセレネに恋されたエンディミオンだけど、実は水のニンフとの間に子供がいたった話だったかしら? ついこの間読んだばかりなのに、ダメダメだわー、私ってば。でも水の女よりも海底に差し込む月の光の方が印象的だったなあ。(岩波文庫)

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森で狩をしていたアルモンドの王子・ゴローは、獲物を深追いして森で迷ってしまいます。獲物を見失い、猟犬ともはぐれたゴローが出会ったのは、泉のほとりで泣いていた美しい少女。メリザンドだと名乗る少女の服装は王女のようで、かぶっていたという金の冠は泉の中に落ちていました。メリザンドに惹かれたゴローは彼女を連れて城に戻り、結婚するのですが...。

青柳いづみこさんの「水の音楽」を読んだ時に気になっていた本です。(記事) 本当は普通の本が読みたかったのに対訳しか見つからず... しかも対訳といえば英語かと思いこんでたんですが、なんとフランス語でびっくり。いえ、メーテルランクはベルギー人なので、当然といえば当然なんですが。...この「メーテルランク」、知らないなあって思う方も多いと思いますが、実は「青い鳥」のメーテルリンクなんです。こういう本でフランス語の勉強ができたらいいですよねえ。今回は所々原文を見る程度で、結局日本語の文章を追ってしまったので勿体なかったんですが。
右の画像は、ドビュッシー、シベリウス、シェーンベルク、フォーレの4人のそれぞれの「ペレアスとメリザンド」が入っているというCD。聴いてみたいなあと思って。音楽だけでなく、絵画の題材にもなってるのかもしれないですね。この本にもすごく素敵な挿絵が挿入されていました。カルロス・シュワップ画で、元々はパリで発行された限定版のための挿絵なのだそう。文庫だと小さくなってしまうし、色彩も分からなくなってしまうのが残念。でもこれもとても素敵で、元の美しさが想像できます。

青柳いづみこさんの本にも書かれていたのですが、この作品には確かにメリザンドが「水の女」だという記述はないんですね。それでもメリザンドが最初に登場するのは森の泉のほとりだし、城の外苑の泉の場面や海辺の洞窟の場面、城の地下にある水の溜まった穴などなど水の場面が、それぞれとても印象的なんです。それにとても意味深長。ゴローとの出会いの場面の会話からして、謎めいています。メリザンドはどうやらいじめられて、どこかから逃げ出してきたらしんですが、詳しくは語ろうとしません。生まれたのはこの国ではなく、ずっと遠いところ。王女のような服装をして、泣いているうちに「あの方に頂いた」金の冠を水に落としてしまった、しかしその冠はもう欲しくない。そしてその後の「どうしてそんなに、じっと、ごらんになるの」「目を見ているのです。ーー少しも目を閉じないのですか」という会話もなんだかイミシン。やっぱり人間じゃないみたい。水の精みたいですよね。まるで水の王と結婚していたような感じ。そしてこのメリザンドの性格ときたら。何かといえばすぐ泣くし! 気分のムラは激しいし! すぐ「どこかへ行ってしまいとうございます」なんて言うし! それにしては主体性のない流されやすい人なんですよね。これはやっぱり水そのものー。

この本の途中、鉛筆で「ちょい苦しい訳!」なんて書き込みされてました。(図書館の本に書き込みなんてしちゃいけません!) でも確かにそこも「ちょい苦しい」けど、私にはもっと気になるところが! 序盤でゴローの母親が自分の息子のことを話題に出してるんですけど、「あれはいつも本当に慎重で、くそ真面目で、意志も強い男でしたのに...」なんて言ってるんですよ。「くそ真面目」って! 仮にも一国のプリンセスの言葉とは思えません!!(岩波文庫)

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「音楽と文学の対位法」が新聞書評に取り上げられていた時に引き合いに出されていたのは、「のだめカンタービレ」の中の千秋の「楽譜どおりに弾け!」という台詞。その台詞がきっかけになって、青柳いづみこさんは「のだめカンタービレ」を読むことになったのだそうです。そしてさらに一色まこと「ピアノの森」、さそうあきら「神童」を読むことに。それらの作品は実際にクラシックに携わっている人々にきちんと取材調査した上でかかれたもの。「クラシック界のジョーシキは社会のヒジョーシキ」と言われるほど特殊なしきたりの多いクラシックの世界を、そういった漫画作品を通じて分かりやすく紹介していく本です。

私自身は「のだめカンタービレ」しか読んでないんですけど、メインに取り上げられているのが「のだめ」だったので、すごく面白かったです~。初見や暗譜、楽譜通り弾くという部分はまあ自分の経験からも多少は分かるんですけど、コンクールや演奏会、留学、そしてオーケストラとなるとまるで知らない世界ですしね。この本は、「のだめ」の解説書としてもすごく面白く読めるし、「のだめ」が実はとてもきちんと描かれた作品だということも分かります。のだめの弟が言っていた「不良債権」のこと、のだめのためのハリセンやオクレール先生の選曲のこと、そしてお父さんに愛されなかったのかもしれないターニャとお母さんに愛されすぎたフランクの違い、そして指揮者とオーケストラの関係のことなどなど、とても面白かったです。のだめの弾いている曲は、どれもとてものだめらしかったのですねー!!
そしてもちろん「のだめ」の話ばかりではありません。のだめ以外の話の中で特にへええと思ったのは、国際コンクールは「男の子は音楽なんてやるもんじゃありません!」と反対する親を説得する手段に使われているらしい、ということ。第一回ジュネーヴ・コンクールで優勝したミケランジェリも、第一回ブゾーニ・コンクールで4位入賞したブレンデルも、1960年のショパンコンクールで優勝したポリーニも、家族にピアニストになることを反対されていて、コンクールで優勝もしくは入賞してようやくピアニストになることを許されたんですって。びっくり! 他にもコンクールで弾く時は審査員を敵に回さない弾き方をしなければいけないこととか、青柳いづみこさんご自身の経験を踏まえた留学のエピソードとか... 私も知ってるピアニストの名前も色々登場して、その辺りも興味深かったです。
「のだめ」を愛読してる人にはきっと面白いはず! ぜひぜひ♪(文春新書)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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父の生家の前にあった大きな八角形の石に座っていた「私」は、車軸用の油を売りに来ていたアンドレーアスじいさんに足に油を塗ってもらい、嬉しいような落ち着かないような気持ちのまま母のところへ。しかし綺麗に洗われ磨かれたばかりの床に油の跡がつき、家の中は大騒ぎになります。泣くことすらできないでいた「私」に話し掛けたのは常日頃から優しく寛大だった祖父。祖父は「私」の話を聞くと一緒に隣村へと行くことにして、歩きながらかつてこの土地で起きた出来事を物語ります... という「花崗岩」他、全6編。

「石さまざま」の全編が読める新訳版。以前岩波文庫の「水晶 他三篇 石さまざま」を読んでるので、6編中4編は再読。でもやっぱりいいなあ、と序文からまたじっくりと読んでしまいました。作品ももちろんいいんですけど、この序文が本当に素敵なんです。「かつて私はこう言われたことがある。私が描くのは小さなものばかりで、登場人物たちも、いつもありふれた人間ばかりだと。」という言葉から始まってるんですが、そんな風に批評されたシュティフターの自分の作品に対する姿勢がよく表れていて、すごく好き。シュティフターが描くものは、まず美しくも恐ろしい大きな自然と、その自然と共に暮らす普通の人々なんですよね。もちろん時には全然違うものを描いた物語もあるんですが、根っこの部分は同じ。波乱に満ちたドラマティックな人生とは対極にあるような、ごく普通の日常の積み重ね。
シュティフターは、外的な自然に対して、人間の心を内的な自然と捉えていたようです。自然における「大気の流れ、水のせせらぎ、穀物の成長、海のうねり、大地の緑、空の輝き、星のまたたき」を偉大なものと考え、人間の中の「公正、素朴、克己、分別、自分の領域での立派な働き、美への感嘆。そういったものに満ちた人生が、晴れやかで落ち着いた死をもって終わるとき、私はそれを偉大なものと見なす」と書いています。雷雨や稲妻、嵐、火山の噴火、大地震といったものの方が人目を引くし目立ちやすいけれども、シュティフターにとっては、それらはむしろ小さな現象に過ぎないんですね。同じように、怒りや復讐心、破壊的な精神といった人間の感情の動きも小さな現象。そういうのをじっくりと読んでいると、なるほどなあと思うし、シュティフターの作品の良さが一層見えてくるような気が。

自分が子供の頃好きだったもの、今も好きなものについてもっと気軽に語った「はじめに」もいいし、そしてやっぱり作品も! 訳してらっしゃる方が違うので、また少し印象が違ったところもあるんですが、まるで絵画を見ているような気がしてくる美しくて力強い自然描写は、作家であると同時に画家でもあったシュティフターの特質が良く表れてますね。特に「水晶」での青すぎるほど青い洞穴の場面、その後子供たちが岩室から見上げる夜空の描写は、やっぱり本当に素敵でした♪(松籟社)


+既読のシュティフター作品の感想+
「水晶 他三篇 石さまざま」シュティフター
「森の小道・二人の姉妹」シュティフター
「晩夏」上下 シュティフター
「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」A.シュティフター
「石さまざま」上下 アーダルベルト・シュティフター
「森ゆく人」アーダルベルト・シュティフター
「書き込みのある樅の木」アーダルベルト・シュティフター

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フランツィスクスは、父が犯した呪わしい悪行を償うために両親が聖地リンデに巡礼の旅に出ていた時にできた子供。苦行で身体を損なっていた父は、フランツが産まれた丁度その瞬間に他界。その後、母はリンデの修道院で出会った巡礼の言葉に感銘を受け、フランツをシトー会の女子修道院の院長に預けることになります。司祭について様々なことを学んだフランツは、16歳の時に隣町のカプチン会修道院に移って更に勉強し、やがてメダルドゥスという修道名を得ることに。そして、修道院に入って5年が過ぎた時、老齢のキュリルスの代わりに聖遺物の管理をすることになります。ほとんどの聖遺物は偽物。しかしその中には、聖アントニウスを誘惑するために悪魔が使ったという霊液(エリクシル)も入っており、キュリルスはこの霊酒の入った小函だけは決して気軽に開けないようにと注意するのですが...。

「つい、うっかり」「悪魔の霊酒」を口にしてしまったことから、主人公が様々な出来事に巻き込まれていくという物語。先日のたらいまわし企画第46回「つい、うっかり」の時に、overQさんが出してらした本です。(記事) 作者のE.T.A.ホフマンは「くるみ割り人形」を書いた人。以前これを読んだ時に、バレエの可愛らしさとはまた全然違う薄ら怖さにびっくりして、他の作品も読みたいなあと思ってたんです。でもなかなか手に入る本がないんですよね。こんな本が出ていたとは知りませんでしたー。

奇妙な類似や繰り返しが印象に残る幻想的な作品。登場人物に関してもそうなんですけど、ここで起きる出来事も全てが類似と繰り返し... つまりこの主人公にまつわる全ての出来事は、実はその場限りで起きたことではないんですね。最後には5代にわたる大河小説だったということが判明しますし。(このことは巻頭の登場人物表からも分かっちゃうんですが) そう考えると、主人公が悪魔の霊酒を飲んだのは、実は決して偶然ではなかったわけで... 「つい、うっかり」のように見えて、実は巧妙に仕組まれた罠にはまっていたんですねえ。そんなことをするのは、やっぱり悪魔? それが彼の運命(宿命)だった、なんて言い方もできるんですが、それにしては巧妙すぎるんです。読んでいると、まるで悪魔が本当にいて「悪魔の霊酒」が本物だったことを証明されてしまったような気になります。
でもとてもキリスト教色の濃い物語なんですが、何かしら起きる出来事が必ず後々に直接的に影響してるのを見てると、「因果応報」なんて仏教的な言葉が浮かんでしまうー。「因果応報」は、前世の行いが今世に影響してるということなので、ちょっと違うんですけどね。ぴったりの言葉は思い浮かびません... 思い浮かんだのは、せいぜい「業(ごう)」ぐらい。
というのはともかくとして、ものすごく緻密に出来上がった物語でした。全てが夢の中のことみたいなのに、妙に現実的でもあって、最終的に綺麗に収まってしまうのはミステリ的? いやあ、面白かったなあ。(ちくま文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壷」「スキュデリー嬢」 ホフマン
「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

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ある日ディジョンの火縄銃(アルクビューズ)公園のベンチに座っていた「私(ベルトラン)」は、貧困と苦悩を全身に纏ったような哀れな男に出会います。同じベンチに座って読書をしていたその男の本からひとひらの押し花が地面に落ち、「私」がそれを拾い上げて男に返したことがきっかけで、話し始めた2人。芸術を探し求め、そして見つけたという彼は、「私」にそのことを語り聞かせ、持っていた本を読むように渡して去っていきます。それは「夜のガスパール。レンブラント、カロー風の幻想曲」という本でした。

夭折した詩人・ベルトランの散文詩集。没後忘れられていたこの作品集はボードレールによって見出され、マラルメをはじめ多くの詩人に影響を与えることになったのだそう。ラヴェルのピアノ曲「夜のガスパール」も、ここからなんですよね。ラベルのこの「夜のガスパール」は「オンディーヌ」「絞首台(ジベ)」「スカルボ」の3曲。それぞれ同名の詩があるんです。このラヴェルの曲、弾くのがものすごーーく難しそう... 美しいけどちょっと薄気味悪いところもある曲です。

この本は、「神と愛とが芸術の第一の条件、芸術の中にある《感情》であるならば、--悪魔こそその第二の条件、芸術の中にある《思想》ではないでしょうか」と言う男が持っていた本「夜のガスパール」を、ベルトランが出版したという体裁。ガスパールとは、この本の中では悪魔の名とされていますが、元々はベツレヘムへ向かった東方の三博士の1人の名前から。(ちなみに3人の博士の名前はメルヒオール、ガスパール、バルタザール)
「フランドル派」「古きパリ」「夜とその魅惑」「年代記」「スペインとイタリア」「雑詠」という「夜のガスパールの幻想曲第一の書」から「第六の書」までと、「作者の草稿より抜粋したる断章」があって、1つの章につき収められている詩は10編前後。散文詩という物自体、私にはよく分からないままだったし、一読しただけではその魅力が十分分かったとも言えないんですけど、でも1つ1つじっくり読んでると、なかなかいいんです、これが。特に「夜とその魅惑」には、稲垣足穂の「一千一秒物語」を思い起こさせる雰囲気がありましたしね。ちょっと薄気味悪くて、でもちょっと楽しい感じ。

月が黒檀の櫛で髪を梳いていた。丘を、野原を、木々を、蛍の雨で銀色にしていた。(狂人)

しかし小人は、いななき逃げる私の魂にぶらさがり、白いたてがみから糸を紡ぐ、紡錘のように廻っていた。(小人)
そして私、--熱に錯乱し!--顔に皺寄せた月が、私に向かって舌をつき出している首吊り人のように見えた!(月の光)

これだけ抜き出してもワケ分かりませんが...。こういうの、結構好きだな。(岩波文庫)

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両親を亡くしたデイヴィッドは、今はバーナード大おじさんの家に引き取られていました。普段は寄宿舎学校に入っており、休暇の時はサマースクールやホリディ・キャンプに行くため、あまり家に帰ることもないのですが、今回は参加するサマースクールを知らせるハガキが来なかったため、仕方なく家に戻ることになるデイヴィッド。しかし誰もデイヴィッドがその日帰るとは思っていなかったため、大騒ぎになります。家に戻った途端揉め事続きで、しかも自分が親戚たちにとって迷惑でしかないと思い知らされたデイヴィッドは、彼らに呪いをかけるつもりで、呪いに聞こえそうな言葉の響きをぶつぶつとつぶやきながら空き地を歩き回ります。そんなことをしても、親戚に何の影響も及ぼさないことは分かっていたのですが、時々それっぽい組み合わせを見つけると大声で唱えてみるデイヴィッド。しかしついに最高の組み合わせを見つけたのです。デイヴィッドは、堆肥の山の上で重々しくその言葉を唱え、ついでに堆肥を一握り塀に投げつけます。するとその途端、塀が崩れ落ちはじめて...。

1975年に発表したという、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ初期の作品。いつものように手元に回って来ちゃいました。でもDWJ作品は、最近のより初期の方が好きなのでオッケー。
「呪い」が偶然成功してしまい、デイヴィッドが助けることになったのはルークという名の不思議な少年。会いたい時はマッチをするだけでいいんです。デイヴィッドはルークとすぐに意気投合するものの、実はルークのことを何も知りません。でも付き合い始めてすぐに、普通のルールに従って生きているのではないということだけは気付きます。

最初はハリー・ポッターみたいだなーと思いながら読んでたんですが(DWJの作品にはこういう設定が多いので、別に珍しくもないんですが)、最後まで読んでみたら、これが結構面白くて! デイヴィッドも案外しっかり育ってたのねーとか、これまで1人で頑張っていたデイヴィッドが思わぬ味方を得て、いつの間にか立場が逆転してたところも良かったんですけど、そういう細かい部分よりも、中盤から思いがけないところに繋がっていって! これがすごく楽しかったんです。ネタバレになるので詳しくは書きたくないんですけど、思いっきり私の趣味の方面に繋がっちゃうんですもん! びっくりしました。途中まで全然気付いてなかったので、いきなり気が付いてビックリ。でも日本人にはそれほど馴染み深いというわけではないんですよね。そちら方面をあまり知らない状態で読んだら、「で、結局何だったの?」となる可能性も...?(創元ブックランド)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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13巻は「寄生」「東屋」「浮舟1」、12巻は「浮舟2」「蜻蛉」「手習」「夢浮橋」。

とうとう最後の2冊を読んでしまいました。全14巻読了ー!!
12巻を読んでからちょっと合間があいてしまったんですけど、それが逆に良かったかも。10巻で源氏の君が亡くなってから11巻を読んだ時は、まだちょっと違和感があったんですけど、今回は純粋に楽しめました。いやあ、面白かった! どちらかといえば、やっぱり源氏の君が生きてた時の、思考のぶっ飛びっぷりが好きだったんですけどね。それでも薫と匂宮の話になってからこんなに楽しめたのは初めてかも。薫と匂宮も、この2人を巡る女性たちもどうしても好きになれないので、いつも「雲隠」以降は単なるオマケ状態になってたので...。今回別に好きになれたというわけではないんですが(笑)、いつもよりはもうちょっと近い位置で読めたような気がします。
今回ちょっと面白かったのは、浮舟のお母さんが身分とか幸せとかについて考えていたところ。でも読み終わった後で探しても出てこない... おっと思ったところが2箇所あったんだけどなあ。やっぱり読んでる途中で付箋をつけて置かなくちゃダメですね。って毎回思うんだけど、忘れてしまうのでした。ダメだなあ。>私

オススメして下さった、ちょろいもさん、ありがとう! いや、もうほんと楽しかったです。読んで良かった♪(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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近未来のイギリス。15歳の少年・アレックスは、3人の仲間ジョージー、ピート、ディムとともに「何か新しいものを」入れたミルクでハイになっては、夜の街でしたい放題の毎日。図書館から借りた学術書を大事そうに持って歩いている教授タイプの男性を襲って殴る蹴るの暴行を加え、本を破壊。続けて商店に強盗に入り、木の下にいたカップルを殴り、さらに「ホーム」と書かれた家に押し入って、夫の目の前で妻を強姦。押し入った時、その夫は「時計じかけのオレンジ」という題名の原稿を執筆しているところでした。しかしその後入ったバーで、女性客がオペラの一節を歌い始めたことが原因で、アレックスとディムの仲は険悪になるのです。次に盗みに入った家でアレックスは仲間たちに裏切られて警察につかまり、アレックスは14年の実刑判決を受けることに。

スタンリー・キューブリック監督が映画化したことでも有名な作品。中学の時に本を読んだつもりになってたんですけど... 今回読んでも内容を全然覚えてなかったので、読んでなかったのかも。(汗)
とにかくパワーのある作品。極悪非道なことを繰り返すアレックスもすごいんですが、文章に造語が沢山入っていて、それがまた一種独特な雰囲気なんですよね。仲間は「ドルーグ」、男の子は「マルチック」、男性は「チェロベック」、女の子は「シャープ」、若い女性は「デボーチカ」、おばあさんは「バブーチカ」。他にも「デング」「ハラショー」「スコリー」「モロコ」「ベスチ」... こういった言葉はロシア語にヒントを得ているのだそうです。そういった言葉が饒舌なアレックスの一人語りにふんだんに散りばめられているので、読み始めた時は鬱陶しくて! でも一旦慣れてしまったら、この一種独特な雰囲気にするりと入り込めちゃう。
まあ、色々とあるんですが、やっぱりポイントは、アレックスが実はクラシック好きだったというところですね。外でどれだけ暴力を振るっても、自室に戻ると自慢のステレオでモーツァルトのジュピター交響曲やバッハのブランデンブルク協奏曲を聴いてるんです。(そういう場面に、架空の音楽家や演奏者の名前がそ知らぬ顔で混ざってるのが可笑しい) その音楽好きが、アレックスと仲間の反目の原因になるわけで、後のルドビコ療法でも利いてくるわけで。そしてそのまた後には音楽の好みの変化もあったりして。

アメリカ版では出版社の意向で最終章が削られていて、キューブリックはそのアメリカ版を元に映画化したので、この本と映画とでは結末が違うのだそうです。本国イギリス及びヨーロッパでは、最終章もきちんと付いているそうですが。
そして日本語版では、「デボーチカ」や「デング」といった言葉には「おんな」とか「かね」とかルビが振られてますが、原書にはそういう配慮はないようですね。新井潤美さんの「不機嫌なメアリー・ポピンズ」に原文が紹介されてましたが、文章にいきなり見知らぬ単語が登場してました。だから読者は文脈から意味を汲み取るしかなくて、その解読で気を取られてしまい、暴力描写をあまり生々しく感じなくなるんだとか。まあ、日本語版でもいちいちルビを見るわけだから、読みやすくなってるとはいえ、その効果は多少あるのかも。でも映画ではそのものの場面が映されるわけで...。映画は観てませんが、序盤は相当衝撃的な場面になってるようですね。「不機嫌なメアリー・ポピンズ」を読むと、本と映画の違いが色々面白そうなんだけど... でもやっぱりちょっと観るのを躊躇っちゃうなあ。(ハヤカワepi文庫)

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爆弾テロで夫と一人息子を亡くした女性が書く、オサマ・ビン=ラディンへの手紙。夫は警察の、夜昼構わず出動要請がかかる爆発物処理班の配属。いつ爆死してもおかしくない状況に夫婦どちらもひどいストレスが溜まっており、その夫がようやく警察を辞めると言い出してくれた矢先の出来事。夫は息子を連れてサッカーを観戦に行っており、爆弾テロはまさにそのサッカー場で起きたのです。

ニューヨーク・タイムズやニューズウィークで絶賛され、アメリカでは優れたフィクション第一作に贈られるファースト・フィクション賞を受賞、本国イギリスでも35歳以下の有望なイギリス人作家に贈られるサマセット・モーム賞を受賞、フランスではフランス読者賞特別審査員賞を受賞... と、なんだか賞をいっぱい取ってる作品。確かにそれに相応しく、良かったんだけど... 読む前に薄々予想していた通り、ものすごく読むのがツラかったです。夫と息子を失った女性が時間とともに癒されるという話ではありません。もうやるせなくて堪らない...(ハヤカワepi文庫)

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1836年。ある夏の日にペルニッツ川沿いのフィヒタウのロマンティックな森の渓谷を歩いていたハインリヒは、城の廃墟を発見します。それはローテンシュタイン城。かつて当主が、その城と財産を受け継ぐ者全員に、その生涯の事細かな自叙伝を書き保管室にきちんと整理し、それまでに書かれた自叙伝を全て読むことを義務付けたことで近隣に知られていました。しかし最後の当主がアフリカで射殺されてからというもの城を受け継ぐ者もなく、城は廃墟と化していたのです。ハインリヒはフィヒタウの旅館に逗留し、やがて旅館の娘・アンナと恋仲になります。そしてアンナと結婚するためには、まず地位と公職を手に入れなければと考えていました。

自然描写の美しさが魅力のシュティフターの作品。この作品も楽しみにしてたんですが...! これはちょっと訳がひどすぎました。多少自分とは合わない文章でも「ひどい」なんてまず言わない私ですが、これはひどいです。ちょっと前の「中国黄金殺人事件」(ロバート・ファン・フーリック)の「いまの彼女にはちょいと人好きする美しさが欠けてはいなかった。」系の訳。しかも誤植が多すぎ! この本は校正されてないんですかね?
もう、読んでても全然集中できませんでしたよー。自然描写の美しさどころか、ハインリヒとアンナのことも、ローテンシュタイン城のことも、かつて城にいた人々の物語もまるで楽しめず仕舞い。この本の解説は、原書にあったものをそのまま訳してるんだと思うんですが、ここに「「ナレンブルク」がシュティフターの創作力のもっともよく発揮されている作品の中に数えられているのは当然である」とあってびっくり。そんなにいい作品だったのか。でもこの日本語版では到底その良さは味わえないと思います。もっときちんとした日本語を書ける方が改めて訳して下さることを切望。(林道舎)


+既読のシュティフター作品の感想+
「水晶 他三篇 石さまざま」シュティフター
「森の小道・二人の姉妹」シュティフター
「晩夏」上下 シュティフター
「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」A.シュティフター
「石さまざま」上下 アーダルベルト・シュティフター
「森ゆく人」アーダルベルト・シュティフター
「書き込みのある樅の木」アーダルベルト・シュティフター

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フランスに留学中、クラスレッスンで弾いたラヴェルの「オンディーヌ」に「もっと濃艶に歌って弾くように」と注意されたという青柳いづみこさん。実際、その後老若男女様々な国籍のピアニストの「オンディーヌ」に出会うことになるのですが、そのイメージは一貫して「男を誘う女」。しかし青柳いづみこさん持つオンディーヌのイメージは、ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」のメリザンドのように、人に媚びず、その美しさだけで人を惹きつける女なのです。このことから、青柳さんはオンディーヌとメリザンドについて、そして水の精について考え始めます。

神話や伝承の中の水の精の姿、文学作品の中に見られる水の精、そして「オンディーヌ」と「ペレアスとメリザンド」の物語、それらの音楽が考察されていきます。序盤はこれまで私も好きで読んできた神話や伝承の本の総まとめといった感じ。でも水の精の文学作品の方は、あんまり読んでない... フーケーの「ウンディーネ」(感想)と、ジロドゥの「オンディーヌ」(感想)ぐらいですね。この本を読んでいて読んでみたくなったのは、メーテルリンクの「ペレアスとメリザンド」、キーツの「エンディミオン」、ハウプトマン「沈んだ鐘」、ベルトラン「夜のガスパール」。でも市内の図書館にはどれもないし! ネット書店を調べても絶版本ばかりー。ただ、この本にも「ペレアスとメリザンド」のあらすじは載っていました。そしてどこにも「水の精」だなんて書かれていないメリザンドなのに、なぜ「水」を連想させるのかにもすごく納得。彼女は水そのものだったのか!

この本は同じタイトルのCD「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」と同時発売だったそうです。CDに収められているのは、以下の11曲。同時に記念リサイタルも開かれたのだそう。
 「エステ荘の噴水」リスト
 「水の戯れ」ラヴェル
 「水の反映(映像第1集)」ドビュッシー
 「オンディーヌ(夜のガスパール)」ラヴェル
 「オンディーヌ(プレリュード第2集)」ドビュッシー
 「バラード第2番op.38」ショパン
 「バラード第3番op.47」ショパン
 「ローレライ(歌の本)」リスト
 「波を渡るパオラの聖フランチェスコ(伝説)」リスト
 「バルカロール(サロン小品集)」ラフマニノフ
 「シチリアーナ(ペレアスとメリザンド)」フォーレ

本の最終章には、このCDに収録した曲にまつわるエピソードも多数紹介されていて、そちらも興味深かったです。たとえば「水の戯れ」のラヴェルと「水の反映」のドビュッシーの「水」の表現の違い。

ラヴェルがほんの一瞬かすめるようにしか使わなかった全音音階(すべての音が全音関係にある)を、ドビュッシーはよどんだ水を表現するために頻繁に使う。同じように左右の手のすばやい交替でかきならされるアルペジオのパッセージを、ラヴェルは透明感のある長七で、ドビュッシーは不気味な全音音階のひびきで書いているのは象徴的だ。もし、彼らの水を飲めといわれたら、ラヴェルの水は飲めるけれども、ドビュッシーの水は、あおみどろが浮かんでいたりして、あまり飲みたくない、そんな気がしないだろうか?

ドビュッシーの水は、あおみどろ入りですか?!(笑)
こちらのCDも合わせて聞きましたが、本当に水・水・水ばかり。水の揺らめきや煌きがたっぷりで美しかったです。(いや、時にはあおみどろも入ってるんですけど・笑) 青柳いづみこさんのピアノ、好きだわ~。(みすず書房)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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ヨークシャ地方北部にある小さな国教会の壁画を復元するためにロンドンからやって来たトム・バーキンは、戦争後遺症のために頬の痙攣や悪夢に苦しめられている青年。しかし1人でやる仕事はこれが初めてで、バーキンは今回の仕事を見事に仕上げようと張り切っていました。そんなバーキンをまず歓迎したのは、チャールズ・ムーン。ムーンは村の住人の先祖の墓探しを請負いつつ、この教会がサクソン人が建てた初期キリスト教時代の聖堂であることを見抜いて、密かにその発掘調査をしていました。お互い先の大戦を経験した仲間ということもあり、2人はすぐさま意気投合します。

戦争で悲惨な体験をし、しかも妻のヴィニーに手ひどく裏切られたバーキンが、仕事で訪れた北部ヨークシャでひと夏を過ごすうちに癒されていくという物語。安い報酬で引き受けた仕事なんですが、バーキンにとっては初の1人での仕事。幸い漆喰の下に隠れている絵画は綺麗に保存されているようで、やりがいのある仕事となります。美しい田園での生活、そして村人たちとの交流。戦争後遺症を共有するムーンの存在と、バーキンがその美しさに目を奪われるアリス・キーチの存在。バーキンの仕事は国教会での仕事ですが、メソジスト派の駅長一家の存在も大きいんですよね。
読み進めるうちに、これらの物語が回想であることが徐々に分かってきます。今はもう失われてしまった若い頃の美しい日々を愛しむ未来のバーキン。過ぎ去ってしまったからこそ、その日々は一層美しく...。まるで教会の壁画そのもののように、塗りこめられてしまった過ぎ去った日々が蘇ってきます。(白水uブックス)

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「偏愛」の条件は、まず再読できること。「二度目に読む時に、いい人、好きな人と再会するのに似た懐かしさがあって、相手の魅力も一段と増したように思われる」、そんな作品が偏愛できる作品。この本に取り上げようと思った作品は全て事前に再読されたそうです。「再読しようとしてもできなかったものは、偏愛に値しないもので、ここに取り上げるのをやめることになります」という拘りを見せる読書案内。

急逝した作家、倉橋由美子。実は作品を読むのは初めてです。こういう文学系の読書案内では、既読作品が片手に収まってしまうことも多いんですが、意外と(!)読んでる作品が並んでいたので、読む前からちょっと親近感~で楽しみにしていたんです。
この本に紹介されているのは全部で39作品。そこここで「おおっ」とか「なるほどな~」って表現が色々あって面白かった! 読みたい本がまたどーんと増えちゃいました。面白い表現の中でも一番印象に残ったのは、内田百閒「冥途・旅順入城式」の章の「その文章は食べだすとやめられない駄菓子のようで、しかもそれが「本邦唯一」という味ですから、雑文の断片まで拾って読み尽くすまではやめられないのです。」という文章。駄菓子ですって! でも、ああー、確かにそうかもしれないですね。
こういう読書案内で自分が読んでる本が出てくると妙に楽しく読めるのはいつものことなんですが、既読の本をどれもこれも再読したくなる読書案内って意外と珍しいかもしれませんー。比較的最近読んだ「高丘親王航海記」でもそうなんだから(2年ちょっと前に読みました)、あーもー仕方ないなー。って感じですが。コクトーもカミュもカフカも漱石も再読したーい。もちろん未読の本も1冊残らず読みたいわー。(講談社文庫)


+既読の倉橋由美子作品の感想+
「偏愛文学館」倉橋由美子
「ポポイ」倉橋由美子
「夢の浮橋」倉橋由美子
「城の中の城」倉橋由美子
「交歓」倉橋由美子
「夢の通い路」倉橋由美子
「よもつひらさか往還」倉橋由美子

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著名なピアニストのライダーは、長旅を終えてとある町に降り立ちます。ライダーの名前を聞くだけで、態度が丁重になる町の人々。どうやら町は何らかの危機に面しており、ライダーがその救世主と見なされ、大きな期待をかけられているようなのですが...。

ハヤカワepi文庫はほとんど全部読んでるんですけど、これは読み始めるまで随分長いことかかっちゃいました。なんせ1000ページ近くある煉瓦本。もちろん京極さんの方がもっと分厚いですけど、あっちは私はノベルスで読んでるし、ノベルスは本そのものが大きい分、形状的にはもう少し読みやすい! もう、読んでる途中で何度本を落としそうになったことか。なんでこういう本を上下巻にしないのかしら? 単行本の時は上下巻だったみたいなのに。
というのはともかく。

どうやらイギリス出身で、ドイツの小さな町に演奏旅行に来たらしいピアニストのライダー。初めて訪れた町のはずなのに、話している相手の顔に見覚えがあるような気がしてきたり、実際にその人間のことを知っていたりします。町にはライダーの妻や息子までいる...? そして時には昔の知り合いが現れることも。町の住民は皆一様に彼がライダーだと知ると大歓迎。みんながライダーと話したがるし、先を競って丁重にもてなそうとします。でも丁重に厄介ごとも持ち込むんですよね。そしてライダーがその場その場で相手に話を合わせているうちに、話はどんどんややこしくなっていきます。そもそもライダーはかなりのハードスケジュールらしいのに、自分のスケジュールを全然知らないどころか、演奏する曲も決まってません。きちんと世話役の女性が出迎えて、何か不満や疑問がないか確かめるのに、なぜかスケジュールをまるで把握してないとは言い出しにくい雰囲気。
とにかくこの世界は不条理でいっぱいで、まるで夢の中にいる時みたい。「不思議の国のアリス」状態です。でもライダーはその不条理をあんまり気にしてないんですよね。その場その場でライダーが選び取る行動が、この世界での事実となって積み重なっていくような...。
「充たされざる者」なのはライダーのことなのかと思いきや、町の住民は揃いも揃って「充たされざる者」でした。しかも彼らのやり取りを読んでいる読者もまた、読んでる間にすっかり「充たされざる者」になってしまうし。まるで他人の悪夢の中に紛れ込んでしまったような感覚の作品。読後感としてはまず「長かった~」なんですが、面白かったです。訳者あとがきを読んで、マトリョーシカには納得。確かに!(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

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片目の野良猫のフレデリックは、その晩はネズミの王・マードックが現れないのを確かめ、ひどい悪臭のする番犬・シーザーの小屋の前を忍び足で通り過ぎ、パン屋の裏口へ。いつもパン屋の奥さん「でぶのムー」が温かいミルクの皿を階段の下に置いてくれるのです。ミルクを飲んだフレデリックは、パン屋の見習いのエントンが出した熱い灰の入ったバケツのふたで丸くなり、ネズミたちのたてる音に耳を傾け、大熊座の上に小さく光っている星を不思議に思い、その星の夢、銀色の毛とアクアマリンのように青い目、金色の爪を持ち、水晶でできた鈴がついたリボンつけた美しい猫の夢をみます。そんなフレデリックを訪ねて来たのは、しっぽをなくしたカストロ。フレデリックとカストロ、そして肩を痛めたリンゴは、三銃士ならぬ三銃猫なのです。

ドイツのファンタジー。物語には2つの流れがあって、1つはフレデリックとカストロとリンゴという3匹の猫と犬のシーザー、そしてネズミの王・マードックが率いるネズミたちの物語。もう1つは、フレデリックたちの物語や夜空に輝くちび星の物語を雪フクロウのメスランテアが銀色猫のエンリルに語って聞かせる物語。フレデリックたちの場面は冒険物語のようで楽しいし、メスランテアとエンリルの場面はそれとは対照的にとても美しいもの。帯には「魂の成長を描いた、感動のファンタジー!」とあるし、確かに3匹の猫たちが、自分にとって一番大切なものとは何なのかを知るという成長物語になってるんですが... でも、どこかしっくりと来ないんですよね。詰めが甘いというか何というか。この本の単行本版の紹介で「ふたつの物語が並行して進み、一気に感動の結末へ!」とあったんですが、ラストは言うほど盛り上がらなくて「感動の結末」という感じではなかったし。せっかくの猫の話なのに、イマイチ楽しめなくてちょっと残念。(白水uブックス)

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19世紀末。エルヴェ・ジョンクールは、20年かけて南仏の町・ラヴィルデューを養蚕の町にしたバルダビューに誘われて、蚕の卵の売買の仕事を始めることになります。しかしやがてヨーロッパの養蚕農家は疫病に悩まされるようになり、その疫病はじわわと全世界に及ぶのです。蚕の卵が疫病に冒されていないのは、世界中で日本だけ。32歳のジョンクールは、最近まで鎖国をしていたという日本へと向かうことに。

絹を生み出す蚕、そしてそれを巡る人々の物語。
まず「日本の読者へ」という序文があって、ここに描かれている日本は西洋人の空想の中に存在する日本だと書かれていました。日本人に読まれることを想定しないで書いたので、日本人にとってはあり得ない姿かもしれないし、登場する日本語の名前に抵抗を感じるかもしれない、と。確かにここに描かれているのは、西洋の映画に登場するようなエキゾティックな日本の姿。でもハリウッド映画の「フジヤマ・ゲイシャ」じゃなくて、もっとしっとりと静かな雰囲気なんですよね。だから私は逆に、イタリア人の思い描く「幻想の日本」として結構楽しめたかも。「ハラ・ケイ」なんて名前が出てくるたびに、妙に反応してしまうんですが。(笑)
そしてバリッコがその「ハラ・ケイ」という名前を使ったのは、言葉の響きがとても好きだったからなのだそう。それも含めて、全体的にそういう感覚的なものをすごく大切にした作品なんですね。訳者あとがきに、作者が「物語がひとりでに透けて見えてくるようにしたかった」と語っていたとある通り、ものすごく光を感じる物語でした。太陽の光をそのまま仰ぎ見るのではなくて、ごくごく薄い絹の布ごしに感じる光。(ん? なんだか几帳のような... ああ、「窯変源氏物語」が私を呼んでいる!) 文章もまるで詩を読んでいるようで音楽的だし(バリッコは実際、音楽学者でもあるらしいです)、そんな文章で描かれた場面場面はとても幻想的。特にハラケイの家を訪れて美しい女性に出会う場面は、まるで夢の中の一場面のようです。話がどうこういうよりも、感覚的に楽しむ作品なんだろうな、きっと。(白水uブックス)


+既読のアレッサンドロ・バリッコ作品の感想+
「海の上のピアニスト」アレッサンドロ・バリッコ
「絹」アレッサンドロ・バリッコ

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とある山村に住んでいたおばあさん。3人の子供たちは既に独立しており、おばあさんはばあやと2人で小さな家に何不自由なく暮らしていました。おばあさんにとって村人たちはみな兄弟姉妹であり、村人たちにとっておばあさんは、お母さんであり相談相手。全然寂しくなどなかったのです。ところがそんなある日、ウィーンにいる娘から手紙が舞い込みます。それは、娘の夫が仕える公爵夫人の領地に一家で移ることになったので、ぜひ一緒に住んでくれないかというもの。おばあさんは迷った挙句、結局そこに移ることを決意します。

amazonのリンク先は岩波文庫ですが、私が読んだのは岩波少年文庫版。岩波少年文庫版、amazonにはないんですー。1956年出版という本だから無理もないですが。岩波文庫版も1971年なので、いずれにせよ古いですね。岩波文庫では作者名がニェムツォヴァー。同じ方が訳してらっしゃるので、きっと中身は同じだと思いますが。

あとがきによると、ニェムツォヴァーはチェコの近代小説の基礎を作ったと言われる作家。この「おばあさん」はチェコでは最も愛読されている作品で、チェコ人でこの本を知らない人はいないとまで言われるほどの作品なんだそうです。という私がこの本を知ったのは、45回目のたら本「ご老体本。」のkyokyomさんの記事から。カフカやカレル・チャペックにも影響を与えたらしい、なんて聞いたら読まずにはいられませんとも! でも実際に読んだ感触としては、むしろ思い出したのはシュティフター。この淡々とした語り口、淡々と流れていく日常。調べてみると同時代の人だし! しかもシュティフターはオーストリアの作家だと思ってたんですけど、どうやら生まれはチェコみたい。そうなんだ!(その頃のチェコはオーストリアの属国だったんですね)

そしてこの作品は、ニェムツォヴァーが本当に自分のおばあさんのことを書いた作品なんだそうです。細かい部分は色々と変えられてるし、おばあさん像も実際よりもさらに理想化されているようですが♪
嫁いだ娘の家に住むようになり、忙しい娘に代わって家の中をやりくりするようになるおばあさん。孫たちには自分の若い頃の話や沢山の物語を語って聞かせ、孫たちはその物語の中から自然と人間として生きていく上で大切なことを学んでいくんですね。特別なことが書かれているのではなくて、ごく平凡な日々の描写の方が断然多いです。チェコの農村風景がまた良くて~。でも一番印象に残ったのは、戦争中におばあさんが夫を失った後の話。プロシア王に留まることを勧められ、子供たちに立派な教育を約束されながらも、おばあさんは故郷に帰ることを選ぶんです。そして本当に苦労して故郷に帰るんですけど、それは子供たちがチェコ語を失わないようにするため。...たとえばアゴタ・クリストフの作品を読んでいても、母国語というのはとてもポイントとなる部分ですよね。一度ヨーロッパが戦乱の渦に巻き込まれたら、いつ国も言葉も失ってしまうか分からないんですものね...。そして先日読んだ「カモ少年の謎のペンフレンド」のお母さんのように、10ヶ国語を操るようになったりするわけで。この辺りは、いくら日本人の私が分かったつもりになってても、本当に実感として感じるのは難しい部分なんでしょうけれど。

あー、なんだか無性にシュティフターが読みたくなってきた! シュティフターは3冊か4冊読んだんだけど、あと何冊あるんだろう? 全部読みたい! シュティフターの作品はそれこそ普通の人々の普通の日々の話ばかりなので、その時代にはつまらないと評判悪かったそうですが~。自然描写が本当に美しくて、大好きなんです。(岩波少年文庫)

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プロのピアニストでありドビュッシー研究家でもあるという青柳いづみこさんのエッセイ。「モノ書きピアニストはお尻が痛い」は、音楽雑誌などに掲載された文章を集めたもの。「ショパンに飽きたら、ミステリー」は、古今東西のミステリ作品に描かれた様々な音楽シーンを、鋭い視点で解説したもの。こちらは再読です。

以前読んだ「ショパンに飽きたら、ミステリー」がすごく面白かったので、「モノ書きピアニストはお尻が痛い」も楽しみにしてたんです。でも「ショパンに飽きたら~」が本を読みたくて堪らなくなる本だとすれば、「モノ書きピアニストは~」は音楽が聴きたくて堪らなくなる本かな。一番よく話がでるのはやっぱりドビュッシー。でもドビュッシーのピアノ曲っていったら、私は「2つのアラベスク」しか弾いたことないし、あんまりよく知らないのです。ちょっと勿体なかったかも。

面白いなと思った部分はいくつかあったんですが、読み終わってみて一番印象に残ってるのは、水の女の文学とその音楽の話や、ラヴェルとドビュッシーの話とか、その辺り。右に画像を出したのは書籍の「水の音楽」なんですが、これとセットでCDの「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」も出てるんですよね。水をテーマにドビュッシー、リスト、ラヴェル、ショパン、フォーレを弾いたという1枚。青柳いづみこさんのピアノ、聴いてみたいなあ。「ピアノは、水に似ている」と書いてらっしゃるんですが、ピアノで水の音を表現できるのは、既にに相当練習を積んでる人だけですよね。「リストのダイナミックな水は、指のバネをきかせ、ひとつひとつの音の粒をきらめかせる。そこに手首の動きを加えると、ラヴェルの神秘的な水になる。対してドビュッシーの澱んだ水を弾くときは、指の腹を使い、すべての響きがないまぜになるように工夫する」そうですけど!
あ、↓の部分も面白いなと思ったところ。

楽器の奏者には、楽器特有の顔がある。小さいころからたくさんの音を操る訓練を受けてきたピアノ科は、頭脳明晰学力優秀で、なんでもてきぱきやっつける。いっぽう、ある程度の年齢になって始める管楽器科は、学校の勉強はイマイチかもしれないが、楽器に対する愛情は群を抜き、変に管理されていないのでその分人間的だ。その違いが、顔や態度に出る。(P.108)

あー、分かる気がする!(笑)

そして続けて「ショパンに飽きたらミステリー」も再読してしまいました。やっぱり面白い~。1年中実技レッスンや実技試験、コンクールやオーディションなどに神経を尖らせてる演奏科の学生にとって、ミステリは手軽で最上の気分転換で、クラシックの演奏家にはミステリファンが多いのだそう。言われてみると、私の周囲で声楽やピアノをやってる人にも、確かにミステリ好きが多いです。でもコンサート前のピアニストの気分はほとんど殺人者って...(笑)
一番好きなのは、ヴァン・ダインのシリーズ物の主人公ファイロ・ヴァンスのピアノの腕前に関する話。「カナリヤ殺人事件」ではブラームスの「カプリッチォ第一番」という曲を弾いているヴァンス。それを読んで「素人としてはよく弾けるほうだろう。私立のお嬢さん音大くらいには合格するかもしれない」と書いてます。でもこれには続きが。

...と思って「ドラゴン殺人事件」を読んだら、これがすごい!「未解決の知的問題に深くとらえられた」ヴァンスは、苦悩に満ちた様子で、夜中の三時に、かのベートーベン至高のソナタ第二十九番「ハンマークラヴィーア」の長大なアダージオを弾きはじめるのである。お嬢さん音大だなんて言って、ゴメンナサイ。(P.33)

こんな調子で進んでいくんですよ。楽しいです♪(文春文庫・創元ライブラリ)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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南に向けて6時間も飛びっぱなしだったカモメたちの一団は、見張り係がみつけたニシンの群れを目指して急降下。しかし銀色の翼のケンガーが4匹目のニシンをとりに海に潜った時、見張り係の警告の叫び声が。ケンガーが海面に頭を出した時、既に仲間たちの姿はありませんでした。警告は、海に原油が広がっていることを知らせるものだったのです。羽に原油がべっとりとついたカモメは、魚の餌食になるか餓死するさだめ。ケンガーはなんとか飛び立つことに成功するものの、やがて力尽きてハンブルクの一軒の家のバルコニーに墜落。そこにはゾルバという黒い猫がいました。自分の命が長くはないことを悟ったケンガーは、自分の産む卵をゾルバに託すことに。そして卵を食べないこと、ひなが生まれるまで卵の面倒をみること、そしてひなに飛び方を教えることをゾルバに約束させます。

ゾルバ、大佐、秘書、博士、向かい風といった猫たちと、フォルトゥナータと名づけられたカモメとの友情物語。「港では、一匹の猫の問題は、すべての猫の問題だ」「港では、一匹の猫が名誉にかけて誓った約束は、港じゅうのすべての猫の約束じゃ」という言葉のもとに、死んでいったカモメのケンガーとの約束は厳重に守られることになります。でも何でも載ってる博士の百科事典にも、カモメの育て方は載ってないんですよね。猫たちのカモメのヒナ育ては、全く手探り状態でスタート。ゾルバは綺麗な石みたいだなと思いつつも卵を温め続け、やがて生まれたヒナにハエを取ってやり、人間たちに見つからないように場所を移し、ヒナを狙わないように野良猫と下水管のネズミに話をつけます。フォルトゥナータをという名前になったヒナは、猫たちの愛情に包まれて育つんです。自分も猫だと思いたくなるほどまでに。
この猫たちがすごくいいんです。なんていうか男気があってカッコいい。私は本当は動物モノってあんまり好きじゃないんですけど、これは良かったなあ。とてもシンプルな物語なんですけど、とても力強くて愛情もたっぷり。ヨーロッパでは「8歳から88歳までの若者のための小説」という副題で刊行されたと聞いて納得です。確かに一見童話のような作品だし、すぐ読めてしまう短さなんですけど、これは単なる子供向けの作品ではないですね。子供も大人もそれぞれに楽しめる作品。なかなかいいものを読みましたー。(白水uブックス)

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ダヴンホール島のチャイナタウンで生まれ育ったマークは、生まれつき真っ白い髪をした少年。そのマークが、母親の足元に見知らぬ男の死体が横たわってるのを見たのは19歳の時。マークはそのまま回れ右をして島を出て行きます。島と本土を行き来する小さい船で働きながら、決して島に降り立とうとはしないマーク。そして15年が経った時。ダヴンホール島にやって来た青いドレスの娘に心を奪われたマークは、娘がなかなか戻って来ないのに苛立ち、15年ぶりに島に降り立ちます。しかし娘は見つからず、マークは母と再会。そして15年前に死んだ男の声、バニング・ジェーンライトの生涯を語る声を聞くことに...。

裏表紙に「仮に第二次大戦でドイツが敗けず、ヒトラーがまだ死んでいなかったら...」と書いてあったので、てっきりヒトラーのif物、第二次世界大戦でナチスが勝ち、その勢力が全世界に及んでいく話なのかと思ったら! いや、確かにヒトラーは生きてるんですけどね。そういう話ではなかったんですね。そして裏表紙に「ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え」ともあったので、最初に出てくる少年がそのポルノグラファーになるのかと思ったんですけど、どうやらそれも違うみたいで、そうこうしてるうちにバニング・ジェーンライトの話が始まっちゃうし。しかもそのバニング・ジェーンライトの話の中にも、いくつもの話の流れがあるんです。面白くてどんどん読み進めてしまうんですけど、えっ、これってどういうこと? 話はあとでちゃんと繋がるの? このまま読み進めちゃって本当に大丈夫...? なんて不安になってしまいました。
それでもとりあえず読み続けてたら。「あっ」と思った瞬間全てが繋がってました。そうか、よく分からなかったあの場面はこういうことだったのか! あれもこれも、そういうことだったのか! いきなり目の前がクリアになりました。オセロゲームで、いきなりパタパタと駒がひっくり返って、黒一色に見えた盤上が白一色になってしまった時みたいな感覚。
そうか、これはパラレルワールドじゃないんですね。パラレルワールドと言えるほど平行してないもの。捩れて絡まりあって侵食しあってます。そうか、クリストファー・プリーストの「双生児」か。あと、先日読んだばかりのガルシア=マルケス「百年の孤独」も? いや、凄かったな。これはもう一同最初に戻って読み返してみなくっちゃ。そうすれば、もう少し全体像を掴みながら読めるよね。ああ、作者の理解力を持ってこの作品を読みたい。って、理解力のなさを暴露してるようですが、そこはそれ、隅々まで理解したいということで♪

...で、結局カーラって誰だったんでしょうか?(す、すみません、よく分からなくて...)(白水uブックス)

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5年ぶりに姿を見せた師匠の僕僕とともに、桃花の花びらが舞う街道をゆく王弁。光州を出た2人は釣りをし、花を愛で、酒を飲みつつのんびりと南西へと向かい、僕僕が長江で呼び出した巨大な亀の珠鼈(しゅべつ)と共に荊州江陵府の春の祭りへ。そこで王弁が見つけたのは荊州一の料理人を決めるという料理大会の高札でした...という「羊羹比賽」他、全6編の連作短編集。

可愛らしい女の子の姿をした仙人「僕僕先生」の続編です。連作短編集と書きましたが、長編と言ってもいいような感じですね。前回のラストで僕僕が去ってから5年の月日が流れ、王弁は仙道に通じたものとして皇帝に「通真先生」という名前をもらい、立派な道観を建ててもらって薬師としてひとり立ちしています。
僕僕が空白の5年間に何をしていたのか、なぜ今帰って来たのか、どんどん南下して王弁をどこに連れて行こうとしているのかなど、その辺りははっきりと語られてないんですが、どうやらまだしばらく物語は続きそうだし、じきに明らかにされるのかな? 王弁は少しずつ一人前になってきたものの、まだまだ僕僕にいいようにからかわれてるんで、そんな2人のやり取りが相変わらずほのぼのとして楽しいです~。その2人と一緒に旅することになる亀の珠鼈や薄妃もいい味を出してましたしね。いい感じで安定してました。今回は爺さんの姿にはならないんですけどね。ほっとしたような、ちょっぴり残念なような。(笑)
でもほんとになんでどんどん南に行っちゃうのかしら。南に何かあるのかな?(新潮社)


+シリーズ既刊の感想+
「僕僕先生」仁木英之
「薄妃の恋 僕僕先生」仁木英之

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19世紀末。葉巻店主の息子として生まれたマーティン・ドレスラーは、9歳の時に既に葉巻やパイプ、煙草に関する知識を十分持ち、客の気質を素早く見抜いてはぴったり合った品を勧めるのを得意としていました。人々はマーティンを気に入り、その判断を信頼していたのです。やがてヴァンダリン・ホテルの早番フロント係のチャーリー・ストラトマイヤーに、ホテルのロビーの葉巻スタンドでは売っていない高級パナテラ葉巻を毎日届けることによって、ビジネス上の初の成功を収め、14歳の時にマーティンはヴァンダリン・ホテルのベルボーイとして働くことになります。

今回主人公として描かれているマーティン・ドレスラーという人物像自体は、ミルハウザーが描いているほかの人物たちと基本的に同じ。自分の興味の対象に打ち込んで、素晴らしい作品を作り上げるというのも同じ。でもマーティン・ドレスラーは芸術家じゃないんですよね。アウグスト・エッシェンブルクやJ・フランクリン・ペインと同じように確かに職人気質なんだけど、マーティン・ドレスラーが作り出すのは時代を先取りするようなカフェレストランでありホテルであり、決して自動人形や絵画やアニメーションではないんですよねえ。そしてもう1つ違うのは、彼には全面的にお膳立てを整えて後押ししてくれる人間がいないということ。そういう人間の存在によって、アウグスト・エッシェンブルクやJ・フランクリン・ペインは自分の作り出す芸術品に没頭していればそれで良かったんだけど、マーティン・ドレスラーは自分が作り出す立場でもあり、全面的にお膳立てを整える立場でもあり、なんですよね。その都度パートナーはいるんだけど、気がついたら去っていってしまっていて。
いつものようにミルハウザーらしさを堪能できたし、今回は長編のせいかマーティン・ドレスラーの感情の移り変わりもいつも以上に濃やかに描かれていたんですけど、やっぱりどこか違うなあって気も...。いつもと同じような人物造形だけに、生み出すものに期待してしまうのかな。レストランやホテルというのがリアルすぎるんですよね、多分。あまり夢みる対象にはならないからかも。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー
「マーティン・ドレスラーの夢」スティーヴン・ミルハウザー

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カモの英語の成績は20点満点の3点。ロシア移民の祖母を持ち、自分でも10ヶ国語ぐら話せるお母さんは通信簿を見て怒りだし、カモに3ヶ月で英語を完璧にマスターしろと言いつけます。3ヶ月で外国語を1つ丸々覚えるなんて絶対無理、と抗議するカモにお母さんが渡したのは、英語っぽい響きの名前がずらりと並んだメモ用紙。それはペンフレンドの名前のリスト。カモがフランス語で手紙を書くと英語で返事が来るという仕組みで、3ヶ月も経てばバイリンガルになるというのです。そしてカモが15の名前の中から選ぶことになったのは「キャサリン・アーンショー」でした。

カモ少年のシリーズは、日本ではまだこの1作しか訳されていないんですが、4部作。フランスの小中学生に人気のシリーズなんだそうです。
いやね、カモ少年の文通相手の名前が「キャサリン・アーンショー」だという時点でオカシイとは思ったんですよ。「まさかね」とも思ったんだけど。でもそのキャサリン・アーンショーからの返事の内容が、まさにそのキャサリン・アーンショーならではの手紙で! うひゃーっ。(嬉)
こうなるとある程度展開が予想できたりもするんですけど、いやあ、楽しかったです。伏線がちゃんと生かされてて、それもなんだか粋な感じ。いいなあ。
後の方で「テッラルバ子爵」の甥、なんて人の話も出てきたりして、それもまたニマニマでした。でも「メイジー・ファランジュ」と「ゲイロード・ペンティコスト」は分からなかったな。これは何だったんだろう。気になるー。(白水uブックス)


+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ぺナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ぺナック
「散文売りの少女」ダニエル・ぺナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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檻の前にいたのは、2時間以上も身動きせずにじっと立ち続け、青い毛並みのオオカミが行ったり来たりするのを眺め続けている少年。オオカミは、少年が一体自分に何をして欲しいのかと不思議に思います。そのうち飽きるだろうと考えるオオカミでしたが、少年は翌日もそのまた翌日も、そしてその翌日も、月に一度の休園日も、オオカミの檻の前に1日中立っていたのです。10年前に人間に生け捕りにされた日に片目を失って以来、人間に二度と興味を持つまいと誓っていたオオカミですが、やがて根負けして檻の中を歩き回るのをやめ、少年に真正面から向き合うことに。

今まで読んだダニエル・ペナックの作品って、マロセーヌシリーズの4冊だけなんですけど、そちらとはもう全然雰囲気が違っててびっくり。マロセーヌシリーズはもう本当に饒舌な作品でしたが、こちらはとっても静かなんです。外界から心を閉ざして檻の中を歩き続けるオオカミと、そのオオカミを見つめる少年が正面から向き合うことによって徐々に理解や信頼が生まれて、オオカミは再び生きる力を得るという物語。
読み始めた時は、児童文学?と思ったんですが、実際にはすごく深くて大人向きの作品ですね。子供のうちに読んでも楽しめるとは思うんですけど、本当に理解できるのは大人になってからでしょう。「先進国に対するアフリカ」とか「自然破壊」みたいに、表にはっきりと出てきてるテーマもあるんですが、一番大切なことはむしろ隠れてるし。読みながら、これはどういうことを意味してるんだろう?って1つずつ考えちゃう。
この作品に出てくる少年は、アフリカ生まれの黒人の少年なんですよね。フランス人作家のダニエル・ペナックがこんな作品を書いてるとはびっくりでしたが、モロッコのカサブランカで生まれ、両親とともにアジアやアフリカの各国で暮らした経験を持つのだそう。そうだったのか。納得です。 (白水uブックス)


+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ぺナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ぺナック
「散文売りの少女」ダニエル・ぺナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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トランペット吹きのティム・トゥーニーが汽船ヴァージニアン号に乗り込んだのは、1927年1月のこと。一等の金持ち連中のために、二等船客のために、そして時々貧しい移民連中のためにと1日に3~4回ずつ演奏する日々が始まります。その船のジャズ・バンドの中にいたのが、ピアニストのダニー・ブードマン・T・D・レモン・ノヴェチェント。ノヴェチェントは、このヴァージニアン号で生まれた人間。ニューヨークに到着した時に、一等船客用のダンス室のグランドピアノの上に、段ボール箱に入れられて置き去りにされていたのです。1900年生まれのその赤ん坊はノヴェチェント(900)と呼ばれるようになり、やがて世界一のピアニストになることに...。

私は観てないんですが、映画「海の上のピアニスト」の原作ですね。中心となるのはトランペッターのモノローグ。彼が船の上で出会って親しくなったピアニストのノヴェチェントについて語っていきます。かっちりしたシナリオではないんだけど、モノローグの合間にト書きが書かれているので、本当に芝居の脚本を読んでいるような雰囲気。
船で生まれた赤ん坊はそのまま船に置き去りにされ、船の上で成長し、船で出会う人々の目を通して世界中を知ることになります。生まれてこの方一度も陸の土を踏んだことのないノヴェチェントは船を下りようなんて考えもしないんですけど、ある日突然言うんです。「ニューヨークで、あと三日したら、この船から降りるよ」
その時ノヴェチェントは32歳。でも、陸地から海が見たいと言ったノヴェチェントの足が3段目で止まってしまうんですね。この時のノヴェチェントの思いが終盤に明らかにされるのですが、これがすごく分かる...。この場面を読んだ時、ノヴェチェントの出すピアノの音がどんな音だったのか、なんだかとても分かるような気がしました。
本を読んだ限りのイメージでは、フルカラーの綺麗な映像の映画よりも、もっとシンプルな舞台で観たいなーという感じ。美しい映像で美しいピアノの音色を聴くのももちろんいいんですけど、もっとシンプルな方がノヴェチェントの生涯が際立ちそうな気がする... 実際にはどうだったのかしら?(白水uブックス)


+既読のアレッサンドロ・バリッコ作品の感想+
「海の上のピアニスト」アレッサンドロ・バリッコ
「絹」アレッサンドロ・バリッコ

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アウレリャーノ・ブエンディーア大佐が子供の頃のマコンドは、澄んだ川が勢い良く落ちていく川のほとりに、葦と泥づくりの家が20軒ほど建っているだけの小さな村。毎年3月になるとぼろをぶら下げたジプシーの一家がやってきて、アウレリャーノの父のホセ・アルカディオ・ブエンディーアが母・ウルスラの反対を押し切って、なけなしの金で不思議な道具を買い込むのが常。当初は若き族長として村の発展のために尽くしたホセ・アルカディオ・ブエンディーアは、いつしか家の仕事も子供の世話もせず、ジプシーのメルキアデスに贈られた錬金術の工房に篭りきりの生活を送るようになっていたのです...

読もう読もうと思いつつ、ラテンアメリカ文学にはちょっと苦手意識があってなかなか手に取るところまではいかなかったんですが、ようやく読めました。いや、これを読んでもやっぱりラテンアメリカにはまだまだ慣れないなあという感じなのだけど... でも今なら寝かせ中のボルヘスの「伝奇集」が、もう少し読めるようになってるかな? 少しずつ読んでは寝かせてるので、一体いつになったら読み終わるの?状態なんですけど。(笑)

この「百年の孤独」を読み始めて最初に戸惑ったのは、同じ名前の人間が沢山登場すること。ホセ・アルカディオとアウレリャーノがいっぱい! もう半端じゃないです。そしてその2つの名前ほどじゃないけど、ウルスラとアマランタもいっぱい。これは混乱せずにはいられないでしょう。でも、これはわざとだったんですね。親の名前を子供につけるというのは普通にあることでしょうけど、なんでこんなことするんだろう... と、ずっと思いながら読んでたんです。最後まで読んですとんと腑に落ちました。
この作品、途中も十分面白く読んでたんですけど、同時にどこか収まりが悪くて落ち着かない気分もあったんですよね。ちょっと読んでは、また前に戻ってもう一度読み返したくなって仕方がなくて。しかも、先週の後半から週末にかけて全然まとまった読書の時間が取れなかったので、もう全然進まなくてー。でもそうやって「三歩進んで二歩下がる」読書を続けてた甲斐があったのか(笑)、最後の最後でドカンと来ました。いや、すごいな、これは。全てがこの最後のための積み重ねと反復だったのね。なるほど! この100年というスパンがまた素敵。いやあ、面白かったです。濃い話だったわー。

という私が読んだのは旧版。上の書影とリンクは最新版です。1999年度に出た版はレメディオス・バロの表紙が素敵だし作品にも合ってると思うのに、なんで変えちゃったのかな?(新潮社)

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月光の照る夜、ベッドの中で仏陀の本を読みながらなかば夢見心地になっていた「ぼく」が石と脂肪について考えていると、場面は突然プラハのゲットー(ユダヤ人街)にあるアパートの中庭に転換。赤毛のロジーナを避けて自室に戻った「ぼく」は、古道具屋のアーロン・ヴァッサートゥルムが店先に立っているのを眺め、ロジーナを探す双生児の兄弟の気配を感じ、隣の建物の同じ階から聞こえてくる男女の話し声に、数日前に人形遣いのツヴァック爺さんがアトリエを青年紳士に又貸ししたという話をしていたのを思い出します。その時、突然1人の貴婦人が部屋に飛び込んできたのです。「ペルナートさま、お助けくださいましーー後生ですから!ーーなにも言わないで隠れさせてくださいまし!」...「ぼく」は、宝石職人のアタナージウス・ペルナートになっていました。

ゴーレム伝説を下敷きにした幻想小説。マイリンクはユダヤ教、キリスト教、東洋の神秘思想を学び、しかもプロテスタントから大乗仏教徒に改宗という経歴の持ち主なんだそうです。マイリンクの作品には、新プラトン派やグノーシス派の哲学、錬金術やカバラの思想、バラモン教や道教などの東洋思想の影響が指摘されるそうで... 確かにそういう雰囲気がたっぷり。
ゴーレムというのはユダヤ教の伝承に登場する土人形のことなんですが、プラハのラビ(ユダヤ教の律法学者)・レーフが作ったゴーレムの伝説が一番有名なようですね。レーフは土を捏ねて人形を作り、護符を貼り付けて動けるようにするんですが、ある晩その護符を取り外すのを忘れるとゴーレムが凶暴化。護符を剥ぎ取ってようやく土くれに戻ったという話。でもこの作品は「ゴーレム」という題名ほどにはゴーレム伝説中心ではないんですね。本当はもっとそのゴーレム伝説そのものを読みたかったんだけど、ちょっと違ってて残念。

でもこれはこれで... なんて言い方をするのはこの作品に失礼なんだけど、すごく迫力のある作品でした。陰鬱な雰囲気のプラハのゲットーを舞台に、いくつもの断片的なエピソードが積み重ねられていて、まさに夢の中にいるような不思議な雰囲気。いくつかの場面が、ものすごくくっきりと鮮やかに脳裏に焼きついてしまったのだけど、その中でも謎の男が修理に持参した「イッブール(霊魂の受胎)」という羊皮紙の本を開く場面が、とても幻想的で美しい~。奇妙な通路を抜け出た先の部屋に落ちていたタロットカードを拾った場面も印象的だったし... あとはやっぱりラストの場面かな。きっと主人公がより深く自分自身を探っていく物語だったんだろうと思うんですけど、きちんと理解できたとは到底言いがたいです。でもものすごく存在感のある作品。これは落ち着いた頃にまた読み返してみたいな。(河出書房新社)

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幼い頃から絵を描くのが好きだったフランクリンは、高校を卒業すると似顔絵描き、広告ポスター仕事を経て、新聞の漫画を描くようになり、じきに自宅でアニメーションを作り始めることに... という「J・フランクリン・ペインの王国」。昔々、川向こうの険しい崖の上に建っている城に住んでいたのは美しい王と王妃。2人は心から愛し合っていたにも関わらず、1年と経たないうちに幸福は絶望へと変わり果てることになるのです... という「王妃、小人、土牢」。そしてエドマンド・ムーラッシュという画家の遺した絵画の解説から、エドマンドとその妹・エリザベス、エドマンドの友人・ウィリアムとその妹・ソフィアの4人の関係が見えてくる「展覧会のカタログ」の3編。

「J・フランクリン・ペインの小さな王国」のJ・フランクリン・ペインは、ミルハウザーがよく描く職人タイプの人間。1920年、まだディズニーのミッキーマウスも出てきていない、アニメーションのごくごく初期の時代。セル画を使えば相当楽になると分かってはいても、細部にまで拘って自分で描かずにはいられないフランクリンの姿は、まさしく「アウグスト・エッシェンブルク」タイプ。
そしてあとの2作は、小さなエピソードを積み重ねていくタイプの作品。「王妃、小人、土牢」は、それぞれ表題がついたエピソードがいくつも積み重なることによって、王と王妃、辺境伯、小人の4人の物語が展開していきます。「展覧会のカタログ」も、画家の遺した絵1枚1枚に書かれた解説を読んでいくに従って、4人の人間の変化し緊迫してゆく関係が見えてくる作品。

でも最初はそんな外見的な形式の違いに目が行ってしまってたんですけど、考えてみたら「J・フランクリン・ペインの小さな王国」は、フランクリンが自ら小さなエピソード積み重ねてるようなものだし... それにアニメーションというのは、観客がそこで繰り広げられる物語を眺めるというもの。「王妃、小人、土牢」で、川向こうのお城のお話がどんなに酷い展開をみせたとしても、川のこちら側の町の住人にとっては「昔々」のお話に過ぎないというのと同じなんですよね。展覧会のカタログだってそう。3つの作品はそれぞれに共通するものを持ってたのね。「探偵ゲーム」の現実の世界とゲームの中の世界のように、外の世界と中の世界と。

3編とも本当にミルハウザーらしい作品でした。幻想的という意味では今まで読んだ2冊の方が好きだったけど、この本もなかなか良かったです。この3作の中では「王妃、小人、土牢」が一番好きだな。これが一番境界線があやふやだからかな。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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夏休み。サークルの会合まで時間があいていた結城理久彦は、コンビニでアルバイト情報誌を見ることに。女にもてるためには車が欲しいと考えていたのです。そこで出会ったのは、結城とは明らかに違う世界に住んでいると思われる上品な女性・須和名翔子。須和名もまたアルバイトを探していました。2人で短期アルバイトのページを繰るうちに、どう考えても誤植としか思えないような条件を提示しているアルバイトを見つけることになります。ある人文科学的な実験の被験者として7日間隔離され拘束されるだけで、時給11万2000円をもらえるというのです。

いやあ、久しぶりにベタなほどミステリらしいミステリを読みました。舞台は「暗鬼館」だなんていかにもなネーミングのクローズドサークル。その見取り図もいかにもな作りだし! そこここに思わせぶりな趣向が凝らされてるし、ネイティブアメリカンの人形が12体用意されてるこのが「そして誰もいなくなった」的展開を予想させます。副題が「THE INCITE MILL」なんてなってるところは森博嗣作品みたいだけど、登場人物が妙な実験に「INしてみる」とも読めるし、古今東西のミステリに淫してきたミステリ好きが、思いっきり自分好みのミステリ的舞台と自分好みのミステリを作り上げることに淫してみたって感じにも取れますね。そして、せっかくだからそういうお遊びに読者も「淫してみる」?といったところでしょうか。(笑)
時給11万2000円って、なんて半端な... と思いましたが、そういうことだったのね。その辺りまでわざとらしくて、それが逆に可笑しい。しかも終盤のあの役割反転。これは予想してなかったのでびっくりです。ミステリ好きさんなら、色んなところでニンマリできそうですよー。(文芸春秋)


+既読の米澤穂信作品の感想+
「春期限定いちごタルト事件」米澤穂信
「犬はどこだ」米澤穂信
「クドリャフカの順番 『十文字』事件」米澤穂信
「夏期限定トロピカルパフェ事件」米澤穂信
「ボトルネック」米澤穂信
「遠まわりする雛」米澤穂信
「インシテミル」米澤穂信
Livreに「氷菓」「愚者のエンドロール」「さよなら妖精」の感想があります)

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パリ左岸の静かな地区に住む著者は、自分の住むアパルトマンの近所に「デフォルジュ・ピアノー工具と部品」という小さな店があるのに気付きます。毎朝子供を幼稚園に送り迎えする度に店の前を通り、ピアノの修理に使う工具や部品を眺め、時には店の正面にあるカフェから店を眺める著者。そのうち、もう一度自分のピアノが欲しいという思いがふくれあがります。そしてとうとう店の扉を叩くことに。店の主人に、中古ピアノはなかなか手に入らないと言われながらも、店に通う著者。そんなある日偶然目にしたのは、店の奥の光溢れる空間。そこは、ありとあらゆるピアノとその部品で埋め尽くされているアトリエでした。

この作品は再読。以前読んだのは丁度5年前、ブログを始める直前です。その後また読みたいなと思いつつ、なかなか通して読むところまではいかなかったんですが、ようやくじっくり読み返せました。
何度読んでも本当に素敵な作品。楽器を弾かない人にももちろん楽しめると思うんですけど、特に子供の頃にピアノが大好きだった人、大人になってからも弾きたいと思ったことがある人は、そのまま楽器屋さんに直行したくなっちゃうかもしれませんー。そしてまた先生について習いたくなっちゃうかも。という私は大学生になって上京する時にピアノをやめてしまったんですが、あそこでやめてなければ... って思っちゃう。ああ、細々とでも続けていれば...! そしてそして、ベビーグランドピアノが欲しいですーっ。そうでなくても、今通ってるサックス教室にグランドピアノがあって、触りたくて仕方ないのを毎週我慢してるというのに、ほんと酷な作品だわ。(笑)
リュックのアトリエにものすごーく行ってみたくなるけど、これは絶対無理。著者もそんなこと望んでないでしょうし。でもせめて、今からでもアンナみたいな先生にめぐり合えたらいいのにな。そしたら家の真ん中に可愛いベビー・グランドピアノを置いて、いつでも熱心に練習するのに。ああ、やっぱり無理かしら。(新潮クレストブックス)

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宝塚、宝塚南口、逆瀬川(さかせがわ)、小林(おばやし)、仁川(にがわ)、甲東園(こうとうえん)、門戸厄神(もんどやくじん)、西宮北口。片道15分ほどの短い阪急今津線を舞台にした人間模様。

阪急電車の今津線が舞台の作品。以前からともっぺさんにオススメされてたものの、図書館で借りようと思ったら大人気。ようやく読めましたよ。いや、本当は書店に本が並んだ時から気にはなってたんですよね。だって、関西に引っ越して以来、ずっと阪急沿線に住んでる私。途中で何度か引越ししたとはいえ、相も変わらず阪急沿線。そして阪急の今津線といえば、私が中学高校の間毎日のように乗っていた路線なんですもん。今ではほとんど乗ることもないんですけどね。これで気にならない方が嘘でしょう~。でもよく知ってるだけに、本筋とは関係ない妙なとこで突っ込んでしまいそうという不安もあって。オススメされるまでは読むつもりはなかったんです。

で、実際に読んでみて。
いや、もう、懐かしい! 初っ端から清荒神ですか。しかも宝塚中央図書館って! ここが建てられた時のことだって覚えてますよぅ。他にも懐かしくなってしまう風景ばかり。燕が巣を作った駅の「今年もやって参りました。お騒がせしますが、巣立ちまでどうぞ温かく見守ってください」という貼り紙にも見覚えがあるし...。登場する人たちの学校もすぐ分かりますね。あれ、ここが出てるのにあそこは出さないの? とか思ったりもしましたが。
でも、案の定突っ込みたい部分も色々と... まず言葉。大阪と神戸の丁度中間というあの土地の言葉は、大阪とも神戸とも違うものだと私は認識してるんですが...? 西宮北口を「西北」なんて言うのも初耳。私は「北口」としか言わないけど、今はそういう言い方するのかしらん。それに、あのほのぼの和やかな今津線に、あんな下品なオバサンも逆ギレ男もいませんよー、とかね。(競馬のある日だけは、電車の中の雰囲気が変わるんですけどね) でも、あそこの小学校(知る人ぞ知る私立の名門お嬢さん学校)があんな扱いされてるのにはびっくりしたけど(だから外見的な描写が変えられてるのね)、うん、こういうこともあるでしょう、と思うし。それに「えっちゃん」の話も、いかにもありそう! 実話と知って思いっきり納得。(笑)

ま、気になる部分もあったんですが、結局あれですね。そんなの全部を乗り越えて、もう可愛すぎ! 身悶えしてしまうぐらい。(笑) そうでなくても、こんな風に色んな人の人生が交錯していくタイプの話って大好きなんです。普通に見える電車の中に潜む様々なドラマ。おばあちゃんも彼も彼女もいい味出してたし、うふふ、楽しかったです。(幻冬舎)


+既読の有川浩作品の感想+
「海の底」有川浩
「図書館戦争」「図書館内乱」有川浩
「阪急電車」有川浩

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お目当ては、光原百合さんの「旅の編み人」。これはオール讀物に不定期連載中の潮ノ道幻想譚のシリーズ最新作です。今回の主人公は、せっかく編んだマフラーをなかなか渡せないでいる友香。電車の中で編み物をしていた女性に出会います。

「編み物をしているとどんな人でも優しく見えると思うのは、友香だけだろうか」
...あ、なんだか素敵。そう言われてみると、確かにそうかもしれないですね。実際にそう思って見たことはなかったけど...。私が電車の中で編み物をしてるのを見かけるのって、上手すぎて手の動きが既に人間に見えないようなオバサマばかりだからかしら。(笑)
いや、今回はいつも以上に切なかったです。痛いぐらい。でも最後は優しく暖かく包み込んでもらえます。ぽかぽか。丁度2~3日前から急に冷え込んでるんですけど、その今の時期に読むのにぴったりくる作品でした。

この作品は今回でシリーズの6作目。光原百合さんによると、あと1作で本にまとまるだろうとのことなんですよね。新作はもちろんなんですけど、早く全部通して読みたい! 本になる日が待ち遠しいな~。


+既読の光原百合作品の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編(「届いた絵本」)
オール讀物11月号(文藝春秋)(「扉守」)
小説NON 11月号(祥伝社)(「希望の形」)
小説推理・オール讀物・星星峡(「1-1=1」「クリスマスの夜に」「オー・シャンゼリゼ」)
「最後の願い」光原百合
光原百合ベスト3@My Best Books!
「尾道草紙」尾道大学 創作民話の会
「銀の犬」「親切な海賊」光原百合
オール讀物 2007年10月号(「写想家」)
「嘘つき。 やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチ編集部編(「木漏れ陽色の酒」)
オール讀物 2008年11月号(「旅の編み人」)
「新・本格推理 不可能犯罪の饗宴」二階堂黎人編・オール讀物 2009年8月号(「ピアニシモより小さな祈り」「花散る夜に」)
「イオニアの風」光原百合
「扉守 潮ノ道の旅人」光原百合
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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ジーヴスは、ありとあらゆる点でとてつもなく有能な執事。主人のバーティーが目が覚めたきっかり2分後に完璧なミルクティーを持って現れ、主人に質問される全てのことに適切に答え、適切な助言をするのです。そんなある日のこと、公園に散歩に出かけたバーティーは、旧友のビンゴ・リトルに出会います。春になると永久不変に誰かと恋に落ちるビンゴは、その時もメイベルという名のウェイトレスに恋をしていました。身分違いのメイベルと何としても結ばれたいと考えていたビンゴは、現在収入面で頼り切っている伯父に穏便に結婚を認めさせる方法をジーヴスに尋ねてくれとバーティーに頼み込みます。

色んなブログで面白いという評判は目にしていたし、オススメもされていたんですが、ようやく読めました!
いやあ、噂にたがわず面白かったです~。なんとなくもっと文学寄りなのかと思い込んでたんですけど、そうではなかったんですね。すらすら読めてしまうエンタメ作品。英国独特なシニカルなユーモアが満載。この「比類なきジーヴス」は、元々短編だったものを編集・加筆して長編小説の体裁にしたものなんだそうで、確かに読んでみると連作短編集みたいだし、基本的な展開はどれも一緒なんですね。バーティーが失敗して、ジーヴスが得意の機転でその窮地を切り抜けるというパターン。そこにアガサ伯母さんや、従弟のクロードとユースタス、ビンゴの恋の相手たちが彩りを添えてます。バーティーが自分で危機を切り抜けたと思っても、必ずその裏にはジーヴスの活躍があるんですねえ。でもそんな完全無欠なジーヴスにも、時折ご主人さまに冷たくなることがあるんです。それは大抵、決して趣味がいいとは言えないバーティーの服装センスが原因というのがまた可笑しい♪
普通に読むだけでも十分楽しいんですが、先日読んだ新井潤美さんの「階級にとりつかれた人々」のおかげで少し理解度が増したかな? このジーヴスが、ロウアー・ミドル・クラスのヒーローだというわけですねー。多分アッパー・クラスのステレオタイプとして描かれているバーティーやビンゴのあり方にも、ビンゴの恋人(ウェイトレス=ロウアー・ミドル・クラス?)に対する反応にも納得です。でも、バーティーが自分のことをシャーロック・ホームズになぞらえる箇所にだけは違和感が。シャーロック・ホームズの連載も、確かロウアー・ミドル・クラスが購読する新聞か雑誌だったと思うのだけど~?(国書刊行会)

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11 巻は「雲隠」「匂宮」「紅梅」「竹河」「橋姫」、12巻は「椎本」「総角」「早蕨」。

源氏の君が亡くなってしまい、この巻からは紫式部の語りとなります。源氏の君から紫式部への交代は「雲隠」の帖の最初で行われるんですけど、ここがなんだかSFちっく。どことなく筒井康隆「エディプスの恋人」を思い出しました。(えっ、全然違う?) そしてここで語られるのは紫式部の現実。夫となった藤原宣孝のこと、若き源氏の君のような藤原伊周のこと、壮年の源氏の君のような藤原道長のこと。まさに藤壺の中宮のような中宮定子のこと、紫式部が仕えることになった中宮彰子のこと。1000年前の女性のこととは思えないほど身近な造形。
源氏の君の一人語りがなくなったのも寂しいし(やっぱりこれが面白かったのよね)、薫と匂宮はイマイチ役不足... この2人、源氏の君と頭の中将みたいな感じとはちょっと違いますしねえ。源氏の君と頭の中将にはやっぱり華があったわ! というより、薫と匂宮の周囲の女性陣に華が足りないのかな~? なんて文句を言いつつも、他の現代語訳に比べると遥かにきちんと読んでる私なのですが。すっかり大きくなってしまった明石中宮とか玉蔓とか、お馴染みの人もちらっと出てくるのが嬉しいです。(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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東京創元社で復刊中のラング童話集の6冊目。
こういう童話や昔話は、突っ込みたくなることもままあるものですが、それはしないお約束です。(笑)
それでも今回ものすごーーく突っ込みたくなってしまった作品がありました。それは「小さな灰色の男」という話。まず冒頭から。

むかしむかし、修道女と農夫と鍛冶屋の三人が、そろってほうぼうを流れあるいていた。

いや、農夫と鍛冶屋が一緒に旅をするのはいいんだけど、修道女って...?!
と、軽く突っ込みつつも続きを読むと。
この3人、旅の途中で古いお城を見つけて住み着くことになるんですね。毎日順番に1人が残って家事をして、あとの2人は外に「幸せになる道」を探しに行くという取り決め。「幸せになる道」ってナニ? というのもあるんですが、まあこれはいいとして。(笑)
留守番をしてる人の前に、「小さな灰色の男」が出てきます。

「うーっ! 腹がすいてかなわん!」「かまどに食べ物がはいってるから、お好きにどうぞ」

昔話では、見知らぬ人にも親切にするのが幸せになるための鉄則ですね。
親切にされる側は、普通なら遠慮のひとつもするところ。でも時々遠慮をしない人が出てきます。(だからといって悪いヤツだと決め付けられないのが、童話や昔話の難しいところ)この灰色の男も、作ってあった夕食を全部食べちゃう。しかもたしなめられると逆切れして暴れだし、修道女も農夫も半殺しの目に遭うことに...。でも3番目に家事のために残った鍛冶屋はこの灰色の男をやっつけるんですね。
ま、そこまではいいんです。灰色の男が死んだおかげで、お姫さまが2人と王子さまが1人魔法から解けるというのも、よくあるパターン。でも、大抵はお姫さまが3人。王子が1人混ざってるというのはものすごくレアなのではないかと思いますが。

王女たちは、助けてもらったことをたいへんありがたく思い、片方は鍛冶屋と、もう片方は農夫と結婚した。

これは順当な成り行きです。でも

そして王子は修道女を妻にし、みんないっしょに、死ぬまで幸せにくらした。

これはどうなんでしょうか! いくらいい相手が見つかったからといって、修道女が王子さまと結婚?! 魔法が解けた3人の中に王子さまがいた時点で、うすうす予想はしていたとはいえ、もうほんとひっくり返りそうになりました。
これはドイツの昔話。この「修道女」は本当に最初から「修道女」だったのでしょうか。もしそうだとしたら、ドイツ人はおかしいと思わなかったのかしら? これで3人がきょうだいだったら分かるんだけど、そうとは書いてないし。でもまともな家の女性なら、家族でもない男性2人と旅するなんてあり得ないですよね。となると、百歩譲って修道女でも構わないとしても、結婚ですよ、結婚! となると極端な話、修道女じゃなくて実は売春婦か何かだったんじゃ...? なんて考えてしまうんですが...?(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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明治31年(1898年)。仏典の研究のために清国へと渡った能海寛(のうみゆたか)は漢口の街に到着。準備を整え人夫を雇って出発した能海に接近してきたのは、英国商社のジャーデン・マセソン社のトーマス・ヤンセン。あくまでも日本の仏教を立て直すために原典を求め、そのために東本願寺法主からダライ・ラマ13世への親書を携えて拉薩を目指しているつもりの能海でしたが、外の人間たちからは、彼は日本政府の意を受けて西蔵を目指す密使だと見られていたのです。能海は知らないうちに、「グレートゲーム」に巻き込まれていくことに。

日清戦争と日露戦争の間の時期を背景に、清や西蔵(チベット)、そしてそれらの国々を巡るを各国の思惑を描いた骨太な歴史ミステリ。能海寛はもちろんのこと、河口彗海や寺本婉雅、成田安輝など実在の人物たちが登場します。
能海が本人も知らないうちに歴史の一駒にされていたという設定はとても面白かったし、チベットのラサへと向かう厳しい道のりもとても迫力があって、英国のジャーデン・マセソン社のエージェントの介入、能海を助ける山の民や清国人たちとのやり取りもなかなか良かったんですけど、これだけのことを描きあげるには枚数が足りなかったのではないかしら? このページ数にしてはかなりよく描き込まれてると思うし、能海もなかなかいい感じなんですけど、全体から眺めた時にどこか物足りないものがありました。最後も、ある程度は歴史物の宿命とはいえ、後味があまりにも良くないですしね... なんでこんな幕引きにしちゃったのかしら。このラストで作品全体の印象も変わってしまうんだけどなあ... ここまできちんと作り込んできてるのに、なぜ?(小学館文庫)


+既読の北森鴻作品の感想+
「共犯マジック」北森鴻
「蜻蛉始末」北森鴻
「親不孝通りディテクティブ」北森鴻
「螢坂」北森鴻
「瑠璃の契り」北森鴻
「写楽・考」北森鴻
「暁の密使」北森鴻
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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サー・トマス・マロリーの「アーサー王の死」は、アーサー王の誕生から、最期に妖精の女王たちの手によってアヴァロンの島に運ばれるまでを描いた作品。近代的な小説の台頭によって一時は忘れ去られてしまうものの、19世紀半ばにテニスンに取り上げられることによってラファエル前派の絵画のモチーフとして頻繁に登場するようになり、20世紀に入ると中世英文学の名作として愛読され、学問的研究の対象となり、様々な芸術メディアに登場するようになります。騎士ロマンスらしくステレオタイプ化された登場人物にステレオタイプ化されたストーリーを持つアーサー王伝説が現代これほどまでにもてはやされる魅力の秘密を探るという本です。

以前読んだ「アーサー王伝説万華鏡」と重なっている部分もあったものの、新たな視点から書かれている部分もありました。特に興味深かったのは、ケルト人の戦争指揮官がモデルと言われているアーサー王、ケルトの伝説が起源だと言われているアーサー王伝説に、実は西アジア起源説もあったという話。紀元4世紀以降、南ロシアを中心に勢力をふるったイラン系の遊牧騎馬民族・サルマート人がモデルじゃないかというんですね。このサルマート人、ローマ帝国と戦って敗れることになるんですが、その兵士たちの一部がローマ皇帝によってブリテン島に派遣されたそうなんです。サルマート人たちはケルト文化に同化するのを拒否して、長く独自のアイデンティティを保っていたそうで... アーサー王伝説の騎士たちの装備や戦い方はサルマート人によく似てるし、しかも現在コーカサス山中に残っているサルマート人の末裔・オセット人が持っている叙事詩はキリスト教以前の古い時代に遡るもので、これがアーサー王伝説と酷似してるとのこと。そんな話は全然知らなかったなあ。
以前読んだ本と重なってたり私の興味がなかったりという部分も多くて、期待したほどではなかったのが残念だったんですが、アーサー王伝説好きとしては、やっぱり読まずにはいられないですしね。以前「ユリイカ」で読んだ高宮利行さん、葛生千夏さん、ひかわ玲子さんの対談をここでまた読めたのも良かったです。(秀文インターナショナル)


+既読の高宮利行作品の感想+
「西洋書物学事始め」「アーサー王伝説万華鏡」高宮利行
「アーサー王物語の魅力」高宮利行

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1818年12月24日の朝。オーストリアのザルツブルグに近い小さな町・オーベルンドルフの聖ニコラ教会にやって来た若いオルガン奏者・フランツ・グルーバーは、オルガンの音が出ないのに気付きます。パイプオルガンのパイプの革製のふいごに、ネズミが小さな孔をあけてしまっていたのです。困り果てたフランツ・グルーバーと若い助任司祭・ヨゼフ・モールはその夜のミサのために、ギターの伴奏で歌を歌うことを思いつきます。そしてヨゼフ・モールがその日作った詩に、フランツ・グルーバーが曲をつけることに...。クリスマスの賛美歌「きよしこの夜」を作り上げることになったヨゼフ・モールとフランツ・グルーバーの物語。

本当はクリスマスの頃に読むつもりにしてたんですけど、うっかりしててちょっと早くなってしまいました。
クリスマスになると世界中で歌われる「きよしこの夜」は作者不詳とされてることも多いんですが、実は19世紀のオーストリアの田舎町で作られた曲だったんですね! しかもパイプオルガンの故障から生まれた曲だったとは。記念すべき最初の演奏は、グルーバーによるギターの伴奏に合わせて歌うモールとグルーバーと12人の子供たちの歌。でも評判こそ決して悪くなかったものの、教会のミサにギターなんてとんでもない!と考える気難し屋の老司祭によってモールは更迭されてしまうし、2人にとってはあまりいい思い出とはならなかったみたい。
でもそのまま忘れ去られてしまうはずだったこの曲は、パイプオルガンの修理屋が楽譜をもらったことによって、次第に広がっていくことになります。2人が作者だと名乗らなかったせいで、一時はミヒャエル・ハイドン(有名なハイドンの弟)の作曲と思われたこともあるようですが、楽譜探しを依頼されたザルツブルグの聖ペトルス・ベネディクト派修道院に偶然グルーバーの末の息子がいたせいで、本当の作者が判明したんですって!
表紙の画像が出ないんですけど、この本がまたとても素敵なんです。黒地の表紙の中央に天井画(多分)が配されて、その上下に金色の字で「The Story of Silent Night」「Paul Gallico」と書かれている、とてもシックな装幀の本です。(大和書房)


+既読のポール・ギャリコ作品の感想+
「トマシーナ」ポール・ギャリコ
「セシルの魔法の友だち」ポール・ギャリコ
「マチルダ ボクシング・カンガルーの冒険」ポール・ギャリコ
「われらが英雄スクラッフィ」ポール・ギャリコ
「幽霊が多すぎる」ポール・ギャリコ
「猫語の教科書」ポール・ギャリコ
「ハリスおばさんパリへ行く」「ハリスおばさんニューヨークへ行く」他2冊 ポール・ギャリコ
「七つの人形の恋物語」「スノーグース」ポール・ギャリコ
「トンデモネズミ大活躍」「ほんものの魔法使」ポール・ギャリコ
「ポセイドン」上下 ポール・ギャリコ
「ザ・ロンリー」ポール・ギャリコ
「「きよしこの夜」が生まれた日」ポール・ギャリコ
Livreに「ジェニィ」の感想があります)

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長屋に女の幽霊が出ると聞いた岡っ引の長次は、下っ引きの宇多に調べるように言いつけます。その幽霊は近頃息子と娘を失ったばかりの大和屋由紀兵衛の持つ長屋に出るのだというのですが... という「恋はしがち」以下、全6編の連作短編集。

9人の幼馴染たちの物語。下っ引きの宇多、岡っ引きの長治の娘のお絹、大和屋由紀兵衛の息子・千之助とその妹・於ふじ、大工の棟梁の娘のお染、野菜のぼて振りの弥太、叔父の口入屋の手代をしている重松、茶屋の看板娘のおまつ、裕福な煙管屋の娘・お品。この話が始まる時点で千之助と於ふじは既に亡くなってしまっていて、大きな流れとしてはこの2人の亡くなった事件のミステリですが、むしろ青春小説といった感じでしょうか。

小さい頃は男女の区別もなく毎日のように遊び回っていた9人も、今やもうお年頃。それぞれの生活が忙しくてなかなか会えなくなるし、お互いを男や女として意識するようにもなります。そこで上手く「思い思われ」になればいいんですけど、9人ですしね。なかなか上手くいかなさそうだなという予想通り、実際それぞれの思いはすれ違い... そうこうしてるうちに仲間を失ってしまったり。
大人になるってこういうことなのよね、なーんて切ない感じが前面に出てるのはいいんですけど... やっぱり9人というのは多すぎやしませんかねえ。せいぜい7人なんじゃ? 区別がつかなくて困るってほどではなかったんですけど、それほど9人の描き分けができているとは思えなかったし、逆にそれぞれのイヤな面は目についてしまったりで、感情移入できるような人物はいなかったな。せっかくなのにあまり楽しめず、ちょっと残念でした。(光文社)


+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「おまけのこ」
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「こころげそう」畠中恵
「いっちばん」畠中恵
Livreに「しゃばけ」「ぬしさまへ」「百万の手」「ねこのばば」の感想があります)

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キャシー・Hは31歳。もう11年も務めているというベテランの介護人で、仕事は提供者と呼ばれる人々を世話すること。仕事がよく出来るのに2~3年でやめされられる人もいれば、まるで役立たずなのに14年間働き通した人もいる中で、キャシーの仕事ぶりが気に入られていたのは確か。キャシーが介護した提供者たちの回復ぶりは、みな期待以上だったのです。6年ほど働いた時に介護する相手が選べるようになったキャシーは、親友のルースとトミーをはじめとする自分が生まれ育った施設・ヘールシャムの仲間に再会することになります。そんなキャシーがヘールシャム時代のこと、そしてヘールシャムから卒業した後のことを回想していきます。

「提供者」「介護人」といった言葉。そして一見普通の生活に見えるけど、どこか普通と違う「ヘールシャム」の施設の話。もしや... という予感が正しかったことは、徐々に明らかになっていきます。ヘールシャムの生徒たちが「教わっているようで、教わっていない」のと同じような状態ですね。トミーの言う「何か新しいことを教えるときは、ほんとに理解できるようになる少し前に教えるんだよ。だから、当然、理解はできないんだけど、できないなりに少しは頭に残るだろ? その連続でさ、きっと、おれたちの頭には、自分でもよく考えてみたことがない情報がいっぱい詰まってたんだよ」... 違うことに注意をひきつけておいて、その間に他の内容を忍び込ませるというのは、当たり前のことなのかもしれないけど、なんかスゴイな。
何についての話なのかは、読み始めて比較的すぐに見当がついてしまうんですけど、終始淡々としているキャシーの語り口が逆に哀しくて、怖いです。やっぱりカズオ・イシグロはいいですね。それでも一番最初に読んだ「日の名残り」が一番好きだったなとは思うのだけど。(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

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第二次大戦中のイギリス。戦争神経症の兆しがあるため、搭乗勤務をやめて2週間ほどスコットランドで休んでくるようにと航空医官に言い渡された23歳のジェリー。休暇をとればそれだけアメリカに帰るのも遅くなり、婚約者のキャサリンとの結婚も遠のくのです。しかもスコットランドで男1人過ごす休日なんて、とジェリーは苛立ちます。そんな時に憧れのハリソン少佐に言われたのは、スコットランドへ女の子を連れていけばいいということ。その時だけのつきあいだときちんと最初に言っておけば、イギリスの女の子はほぼ100パーセント大丈夫だというのです。そう言われた時にジェリーの頭に浮かんだのは、英国空軍婦人補助部隊の地味な女の子・パッチズ。丁度パッチズも10日間の休暇をとるところで、2人はスコットランドへと向かうのですが...。

アメリカの故郷で待っているのは、恵まれた生活に尊敬すべき両親、そして申し分ない婚約者。もうすぐイギリスでの任務も終わるのです。それなのに、イギリスで出会った、ちょっと風変わりな女の子に惹かれてしまったジェリー。キャサリンが嫌いになったんなら、まだ話は簡単だったんでしょうけどね。そしてもしパッチズが婚約者よりもずっと美人で性格も良くて、だったなら。だけどキャサリンは美しく健康的で誠実な女の子。子供の頃からジェリーのことが好き。母親同士は長年の親友で、家同士の社会的な立場や物の見方も似通っていて、周囲にとってはこれ以上ないほどの組み合わせ。そういう状況を打破するのはしんどいでしょうねえ。
ジェリーとパッチズの思いが肌理細やかに描き込まれてるので、読んでるうちにこの2人にとても感情移入してしまうし、とてもいい作品だったと思うのだけど... キャサリンは姿だけの登場なんですよね。キャサリンの本当の気持ちを放っておいて、「いい作品だった」なんて言ってていいものなのかしら?なんて思ってしまったりもします。
物語が始まる前に、「ザ・ロンリーとは、年端もゆかぬうちから天国と地獄とをまのあたりに見てしまった者たちのことである」という言葉がありました。地獄を見てしまったジェリーを、果たしてキャサリンがきちんと受け止められたかと考えると疑問なので、やっぱりこれで良かったんでしょうけど...。(王国社)


+既読のポール・ギャリコ作品の感想+
「トマシーナ」ポール・ギャリコ
「セシルの魔法の友だち」ポール・ギャリコ
「マチルダ ボクシング・カンガルーの冒険」ポール・ギャリコ
「われらが英雄スクラッフィ」ポール・ギャリコ
「幽霊が多すぎる」ポール・ギャリコ
「猫語の教科書」ポール・ギャリコ
「ハリスおばさんパリへ行く」「ハリスおばさんニューヨークへ行く」他2冊 ポール・ギャリコ
「七つの人形の恋物語」「スノーグース」ポール・ギャリコ
「トンデモネズミ大活躍」「ほんものの魔法使」ポール・ギャリコ
「ポセイドン」上下 ポール・ギャリコ
「ザ・ロンリー」ポール・ギャリコ
「「きよしこの夜」が生まれた日」ポール・ギャリコ
Livreに「ジェニィ」の感想があります)

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本当は「窯変」を読み終えてから読もうと思っていた「源氏供養」。我慢できなくて読んでしまいましたー。先日読んだ10巻で源氏の君も亡くなったし、まあいいかなと思って。いや、「窯変」を読んでいると、ものすごく「あとがき」が読みたくなるんです。でも「窯変」に「あとがき」はなくて、あるのは裏表紙の著者の一言だけ。まあ、それはそれでいいとは思うんですよ。白い表紙にフランス映画のワンシーンのような写真、そして各帖の冒頭には1行の言葉とそのフランス語訳があるようなこの本には! でもやっぱり「窯変」の後ろにあるものが色々と知りたくなってしまうんですね。

そして、あとがきを読みたくなるということは、やっぱり「窯変源氏物語」が生まれるきっかけについても知りたかったんだと思うんですけど、この「源氏供養」を読んでみると、「窯変」が生まれた背景には、どうやら瀬戸内寂聴さんの「女人源氏物語」があったようです。

"瀬戸内源氏"では、光源氏という男性を中心にして、それを取り囲む同士年のように語り手の女性達がいます。それぞれに光源氏との距離を取ってぐるりと取り巻くこの構造を見た時、「そうか、源氏物語がなんだかもう一つピンと来なかったのは、光源氏という男がどういう男かさっぱり分からなかったからなんだ!」と私は思いました。

「源氏物語の中で、光源氏は"空洞"として存在している」と。「だったら自分がその空洞の中に入っちゃえ」と、愚かにして無謀なことを考えたのは、この私です。

なるほどー。そういうことだったのか。

「源氏物語」という作品の性格上、この本でも男女の関係を見ていく部分がとても多いんですが(特に下巻はほとんどそれだけかも)、私が面白く読んだのは、源氏物語の中の対句的表現や図象学的解釈。紫式部は漢文学者の娘だっただけあって、「源氏物語」には漢詩的なレトリックが色々と潜んでいるみたい。あとは当時の風俗・習慣その他諸々の解説。身分のことや住まいの場所に関する説明も勉強になったし、桐壺帝の年齢設定とか、弘徽殿の大后を唐代の武則天になぞらえているのも面白かったし。あと「窯変」を書くために、和歌を改変したり、新たに和歌や漢詩、手紙を創作したという部分も興味深いです。やっぱりそうだったのかあ。
本編の「窯変」ほどの密度じゃないし、さらさらと読み流してしまえるような本だったんですけど、「窯変」を踏まえて読むにはやっぱり面白かった。それにあとがきに、源氏物語を映画にしたいと考え「文字による源氏物語の映画化」をしてしまったという言葉があって、これにとっても納得しました。うん、確かに「窯変」ってそういう作品ですよね。
ということで、11巻以降を読むのも楽しみです♪(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「源氏供養」上下 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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3月のある晩のこと。ロンドンに滞在していたボヘミアのフロリゼル王子は、ジェラルディーン大佐と共に変装して牡蠣料理屋へ。面白そうな人間との出会いもなく、早くもその晩の冒険に飽き始めていたフロリゼル王子ですが、その時、店に1人の若者が勢い良く入って来ます。若者は、クリームタルトを盛った大皿を抱えた2人の供を連れていました。

「ジキル博士とハイド氏」や「宝島」で有名なスティーヴンスンの作品。ヴィクトリア時代のロンドンをアラビアの都・バグダッドに見立てて、ボヘミアの王子・フロリゼルと腹心のジェラルディーン大佐のお忍びの夜の冒険を描いたというオムニバス形式の短編集です。この2人が「千夜一夜物語」の教主(カリフ)・ハルン・アル・ラシッドと腹心の大宰相になぞらえられているんですね。
7つの短編が収められているんですが、実際には「自殺クラブ」と「ラージャのダイヤモンド」の2編。いかにも古い時代のロンドンといった雰囲気がとてもいい感じだし、フロリゼル王子とジェラルディーン大佐のコンビが好き~。でもせっかくのお忍びの冒険が「自殺クラブ」の方だけとは残念。「ラージャのダイヤモンド」も、オムニバス形式がうまく生かされてて面白い作品なんですけど、こちらでは最後にフロリゼル王子が出てくるだけで、ジェラルディーン大佐は登場しないんですよね。しかも変装してないし! お忍びの冒険じゃないし! となると「自殺クラブ」の方が面白かった、となりそうなところなんですけど... こちらは大佐が気の毒で、一長一短。(それでもやっぱり「自殺クラブ」の方が好きかも)
王子と大佐のお忍びの冒険をもっと読みたかったな。でも発表された当時はあまり評判が良くなくて、スティーヴンスン自身もこの作品にあまり重きを置いてなかったようですね。最後の最後でフロリゼル王子が意外な展開となってしまうし...。これはもっと冒険を重ねてからにして欲しかった。でもそんな展開になった後の「続・新アラビア夜話 爆弾魔」という作品もあるんだそうです。こちらは夫人ファニーとの合作だとか。南條竹則さんが(この本の訳者は南條竹則さんなんです)、こちらも訳して下さったらいいのになー。(光文社古典新訳文庫)


+既読のスティーヴンスン作品の感想+
「新アラビア夜話」スティーヴンスン
「ジーキル博士とハイド氏」スティーヴンスン

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ベルヴィル最後の映画館・ゼブラ座の舞台でバンジャマンたち総勢18人が夕食のテーブルを囲んでいた時、ゼブラ座のドアをノックする音が響きます。それは28ヶ月ぶりに帰還したマロセーヌ一家のママ。しかしパストール刑事との28ヶ月にわたる逃避行にも関わらず、ママのおなかはぺったんこだったのです...。

マロセーヌシリーズ第4弾。これが一応シリーズ最終巻となります。
前回は本の話だったんですけど、今回は映画。映画にまつわる話がいっぱい。たとえば「執行吏のラ・エルスは二度ベルを鳴らした。」なんて文章があったんですけど、これって「郵便配達は二度ベルを鳴らす」ですよね。きっともっといっぱいあったんでしょう。私にはあまりよく分からなかったけど。
そして今回はいつも以上に謎がいっぱい。まずは、これまで駆け落ちするたびに1人ずつ赤ん坊を産んできた「ママ」が、今回はおなかがぺったんこのまま帰ってきた謎。一緒に逃避行してたはずのパストール刑事はどうしたのかな? 2人の仲が破局して「ママ」が帰ってきたのか、それとも...? そしてチアン刑事の娘・ジェルヴェーズが世話をしていた売春婦たちが消えた謎。刺青のコレクションと殺人鬼の謎。聖女の妊娠の謎。シリーズ最終巻に相応しく1冊目「人喰い鬼のお愉しみ」からの登場人物が勢揃いで、所狭しと動き回ってます。これまでも血塗れの死体が散乱してたんですけど、今回はさらにすごいし...。時々、さすがにこれはないでしょ!という展開にびっくりしてたら、それはジェレミーが作り出したお話だったりして、一体どこからどこまでが物語の中の真実なのか分からなくなってきちゃう。もうほんとタチが悪いなー。もしかしてこれまで読んできた話は全部ジェレミーの創作だった? なーんて訳が分からなくなりつつも、面白さとしてはこのシリーズの中では1番だったかも。うん。やっぱり面白いです。読みやすいとは言いがたいけど(これは翻訳のせいではないです! これは絶対に原文がはちゃめちゃなんです)、このアクの強さはすっかりクセになっちゃうんですよね。これでシリーズは一応終了なんですが、本国では番外編の小品が3作ほど出ているようですね。またいずれそちらも読めるといいな。(白水社)


+シリーズ既刊の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ぺナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ぺナック
「散文売りの少女」ダニエル・ぺナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック

+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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タリオン出版でスケープゴート(身代わりの山羊)の仕事をしていたバンジャマンは、社長の「ザボ女王」に辞表を提出。お気に入りの妹のクララが40歳も年上の刑務所所長と結婚すると言い出して、ショックを受けていたのです。そんなバンジャマンに逆にクビだと言い渡すザボ女王でしたが、2日後には前言撤回。今度は「憎悪」ではなく「愛」の仕事があるというのですが...。そしてバンジャマンは、覆面ベストセラー作家・J・L・B になりすますことに。

バンジャマン・マロセーヌシリーズ第3弾。いやあ、今回も濃かったわー。
他人のミスをかぶって怒鳴りつけられ、激怒している相手の怒りを和らげるのが仕事という職業的スケープゴートのバンジャマン。しかも身の回りであんまり事件が頻発するせいで、警察からは爆弾犯や殺人犯い間違えられて毎回のように大迷惑なんですが、今回の悲惨さはこれまでの比ではありませんでした! ここまできますかー。まさかとは思ったけど、すごい展開にびっくり。こんなのあり得ないでしょ... とは思うんですけど、元々強烈なシリーズですしね。強烈な登場人物や強烈な事件に紛れてしまって、なんとはなしに納得してしまうのがコワイ。でも今回、確かに本がテーマになってるんだけど、「散文売りの少女」という題名はどうなんでしょう。原題のまま訳されてるんし、確かにそういうエピソードはあるんだけど、ちょっと違う気がします。
バンジャマンにはそれぞれに父の違う6人の弟や妹たちがいるんですけど、今回この7人きょうだいが「母親の情熱の果実(パッション・フルーツ)たち」と表現されていたのには笑いました。いかにも! でも1作ごとに1人ずつ増えるのが恒例となってますが、今回増えるのは直接の弟 or 妹ではありませんでした。赤ん坊が増えるのには変わりないんですけどね。そしてその赤ん坊につけられた名前は「天使だね(セ・タン・ナンジュ)」。このネーミングセンス、フランス人がどう受け止めているのか聞いてみたいところです。
そしてこのシリーズ、2作目までは本国フランスのミステリ系の出版社から出てたのが、この3作目から文学系の出版社に移ったのだそう。確かにミステリ(というよりエンタメ系かも)なんですけど、私もなんだか「文学」のカテゴリに入れたい気がしてたんですよね。だからとっても納得。まあ、これが本当に「文学」なのかと言われると、答えに困ってしまうのですが...。(白水社)


+シリーズ既刊の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ペナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ペナック
「散文売りの少女」ダニエル・ペナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック

+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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9 巻は「若菜 下」「柏木」、10巻は「横笛」「鈴虫」「夕霧」「御法」「幻」。

この10巻で、とうとう源氏の君が主人公となっている部分はおしまいです。「御法」で紫の上を失った源氏の君は「幻」の章を経て「雲隠」へ...。
源氏の君って「恋多き男性」と言われる割に、つくづく女運は良くない人ですね。源氏の君が自分から追う女性は、みんな出家をしてしまったり亡くなったり。もういいと思っている女性に限って執拗に追ってきたり。紫の上までもが出家したがるんだものなー。まあ、それも源氏の君の自業自得だと思いますけどね。紫の上1人に愛されていただけで十分幸せなはずなのに、ないものねだりばかりするんですもん。紫の上ももう疲れてしまったのでしょう。彼女には「本当にお疲れさまでした」と声をかけたくなってしまいます。(9巻の柏木と女三の宮の辺りもかなり盛り上がったのだけど、気分はすっかり10巻後半の切々とした感じになっちゃってます)
やっぱり源氏の君よりも、私は頭の中将(この時点では致仕太政大臣)の方が好きだったわー。ちょっと大雑把な感じもするけど、憎めない人柄だし。
さて、残すは薫の君が中心となる第3部の4冊のみです。(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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7巻は「胡蝶」「蛍」「常夏」「篝火」「野分」「行幸」「藤袴」、8巻は「真木柱」「梅枝」「藤裏葉」「若菜 上」。

「胡蝶」で描かれる春の町の美しさ艶やかさにうっとりしてたら、玉蔓に言い寄ろうとする源氏の浅ましさにがっくり。「常夏」で登場した近江の君の言葉遣いに目が点になってたら、夕霧が紫の上を垣間見てしまってどきどき。
まあ、本筋の通りの流れだと言えばそれまでなんですけど、でもやっぱり気を逸らさないところはさすがですね。
でもでも、玉蔓とのやり取りで見せる源氏の君のあの中年オヤジっぷりはいやーん。いくら外見が美しくてセンスが良くても、こんな鬱陶しい人が身の回りにいなくて良かったわ! なんて思ってみたり。や、もしいたとしても、私が当事者になることはあり得ないんだけど...(笑) ま、本で読んでる分には面白がっていられる範囲内なので、玉蔓にはお気の毒と思いつつ、源氏の君が悶々としてるのを「いい気味だー」とか思ってしまいます。ま、玉蔓自身あんまりきちんと意思表示をする人じゃないから、自業自得かもしれないけど。
あと、これは玉蔓と違って、どうしても気の毒なのが花散里。私、花散里って結構好きなんだけどなー。そもそも人物紹介で「源氏からはほとんど飼い殺しに近い扱いを受け、ただ息子の"夕霧"と玉蔓の世話に日を送るしかなくなっている魅力を失った女」と書かれてるのが悲しい。これはちょっと酷すぎやしませんか。あ、気の毒といえば、末摘花の姫も相当気の毒なんですけど... でもこの人の場合、「唐衣」にはやっぱり笑ってしまうわ!(笑)

「窯変」を読み終わったら、また円地文子訳の続きに戻ろうとは思ってるのだけど... その時はきっともっときちんと読めるだろうと思ってたんだけど... ここまで豊かに描きこまれた源氏物語を一度読んでしまったら、他のがすっかり色褪せてしまいそうで不安。丁度マリオン・ジマー・ブラッドリーの「アヴァロンの霧」を読んだ後は、マロリーの「アーサー王の死」がまるで記事でも読んでるような気がしてしまったように。うーん、ありそうだ...。(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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ロナアルワとダカルの事件も一件落着。翠蘭は、ガルやラセルと共に馬を飛ばしてヤルルンの聖寿大祭を目指します。そして祭りの当日、ソンツェン・ガムポと再会することに。

「風の王国」シリーズ16冊目。
前巻までの話も一段落して、この作品から新章スタートってところです。今までちょっと緊張関係にあった翠蘭とガルも、ここに来て一緒に国を盛り立てて行こうとしてるようですね。そして今回の見所は、史実通りに進んでいくための重要なステップとも言うべき翠蘭とソンツェン・ガムポとのやり取りなんですが... これにはちょっとびっくりだったんですけど、この展開はソンツェン・ガムポの狸オヤジぶりにぴったりだ。(笑) まあ、この理由には納得だし、確かにその流れでこうなるのが一番自然かもしれないですね。
そして翠蘭は西国シャンシュンを訪れることになるんですが... ここで「河辺情話」で尉遅慧を案内したカロンが再登場! でもプロローグである程度予想はしてましたけど、シャンシュンは相当酷い状態のようで...。リク・ミギャ王って、この見たまんまの人なのかしら? リク・ミギャに嫁いだリジムの妹・セーマルカルは、未だに「清楚で可憐な乙女」で「礼儀正しく、周りの者に対する思いやりもある」ままなのかしら。上下巻でもないのに、またしても「続く」で終わっちゃったんですけど、まあ、ここまで来たら別にいっかーってなところです。(集英社コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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イギリスを理解する上で無視することができないのが「階級」という概念。その中でも一括りにされがちな「ミドル・クラス」は実は「アッパー」「ミドル」「ロウアー」という区分に分かれており、その中でも「ロウアー・ミドル・クラス」は、イギリス人の階級に関するこだわりがはっきりと現れる部分。しかしそれらの区分にこだわること自体がスノッブと思われがちなため、敢えて言葉に出したがらないイギリス人も多いのです。そんなロウアー・ミドル・クラスを中心に、イギリスの人々やイギリスの文学を改めて考えていく本。

以前読んだ「不機嫌なメアリー・ポピンズ」もすごく面白かったんですけど、こちらも面白かったです。やっぱりこういう知識は、イギリス文学を読む上では必須ですね。知ってるのと知らないのとでは、もう全然理解度が違ってしまうんですもん。大学の英文科だって、こんなこと教えてくれないし!

そしてイギリスの階級で一番厳しい視線にさらされてるのが、ロウアー・ミドル・クラスということらしいです。上流階級からそういう目で見られるならともかく、同じミドルクラスの中にいるはずの人たちから笑いものにされて、はっきりと線引きされてしまうとは...。
その原因は、まずロウアー・ミドル・クラスの人々の強い上昇志向。中身が伴ってないのに外見的なことだけ上の階級の人たちの真似をすることが「分をわきまえない」と嘲笑されるんですね。そしてこのクラスの人たちが上の真似をして身に着けた生活習慣や趣味、言葉遣いが逆に「ロウアー・ミドル・クラスっぽい」と揶揄されることに...。確かに、無理にお上品ぶる人たちに白い目が向けられるというのは分かる気がするし、それだけならそれほど問題もないはず。でもここで問題なのは、ロウアー・ミドル・クラスの人たちが上のクラスの真似をするのは、必ずしも自分たちの上昇志向のためだけではないということ。たとえば高級商店の店員だったり教師だったりとアッパー・ミドル・クラスと直に接する仕事についていることの多い彼らは、その場に相応しい服装や言葉遣いを求められるというんです。しかも限られた収入の中でやりくりしなくちゃいけないっていうんですから! それで嘲笑されてたら、それはちょっとお気の毒。でもどうやらそういう状況が斟酌されることはないみたい。素朴なワーキング・クラスの方がロウアー・ミドル・クラスよりも魅力的とされているっていうんだから、びっくりです。

そうか、ジェローム・K・ジェロームの「ボートの三人男」は、ロウアー・ミドル・クラスの小説だったのか。ジョージ・ギッシングもロウアー・ミドル・クラスの作家なら、P.G. ウッドハウスの「ジーヴス」も、ロウアー・ミドル・クラスの執事。(カズオ・イシグロの「日の名残り」の執事のモデルはジーヴスなんですって)「タイムマシン」などSF作品で有名なH.G.ウェルズが実はロウアー・ミドル・クラスの小説を沢山書いてたなんていうのもびっくりでした。(中公新書)


+既読の新井潤美作品の感想+
「不機嫌なメアリー・ポピンズ」新井潤美
「階級にとりつかれた人々」新井潤美

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町の中心にあるバーナム博物館は、様々な様式が混在している上、非常に複雑な構造。そしてその中には、ありとあらゆる不思議な物が詰まっているのです... という表題作「バーナム博物館」他、全10編の短編集。

まるで表題作となっている「バーナム博物館」そのままのような本でした! 10編の短編が、まるでバーナム博物館のそれぞれの展示室のような感じ。細密画のようにみっしりと描きこまれたそれぞれの物語が濃厚な空気を発散していて、読者を「自然な世界から怪奇・幻想の誤った世界へ」と誘います。しかも、ふと異世界に踏み込んでしまえば、もう二度と元の世界に戻れなくなりそうな危機感もたっぷり。でも博物館の中をいくら歩いて回ってもその全貌はなかなか掴めないように、この短編集をいくら読んでも、ミルハウザーという作家の全貌はなかなか見えて来ないのかも。博物館の中を歩くたびに新たな部屋や展示物が見つかるように、本を開くたびに新たな発見がありそうです。
私が特に気に入ったのは表題作の「バーナム博物館」と「探偵ゲーム」かな。「バーナム博物館」は「イン・ザ・ペニー・アーケード」の中の「東方の国」のような雰囲気で、説明だけといえば説明だけなんですが... それぞれの部屋や展示物を想像しているだけでも素敵。そして「探偵ゲーム」は、3人きょうだいの末っ子のデイヴィッドの誕生日に、久々に兄のジェイコブと姉のマリアンが家に戻ってくるんですが、ジェイコブは大遅刻をした上、何の予告もなく恋人を連れて来るんですね。で、4人で探偵ゲームというボードゲームをするんだけど... という物語。それぞれの人物のモノローグが積み重なっていく形式なんですが、ゲームの参加者1人1人だけでなく、ゲームの盤上の駒として動いている人物たちのモノローグも入って、それぞれの思いや腹の探り合いが渾然一体。どちらが現実なのか分からなくなりそうなほど緊迫感たっぷり。
シンドバッドの架空の8番目の航海を物語りながら、時折「千夜一夜物語」がヨーロッパに広まった経緯などの考察が挟み込まれる「シンドバッド第八の航海」や、「不思議の国のアリス」の冒頭のアリスが落ちるシーンだけを描きこんだ「アリスは落ちながら」も楽しかったし、「千夜一夜物語」や「不思議の国のアリス」を読み返したくなっちゃう。そして最後は、映画化もされた「幻影師、アイゼンハイム」。「イン・ザ・ペニー・アーケード」の中の「アウグスト・エッシェンブルク」タイプの作品。やっぱりこれが一番ミルハウザーらしい作品なのかもしれないなー。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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アウグストの父は時計職人で、彼が覚えている一番古い情景は、父親が懐中時計の裏蓋をあけて、歯車が重なり合って神秘的に動いている情景。時計や歯車のことを習い始めたアウグストは、12歳の時に見た動く絵を自分でも作り、14歳の時には自動人形を作り始めます。そして18歳になったアウグストは、大手百貨店を経営するプライゼンタンツに誘われて、ベルリンで自動人形を作る仕事に取り組むことに... という「アウグウト・エッシェンブルク」他、全7編。

スティーヴン・ミルハウザーの本を読むのは初めて。これは森山さんにオススメいただいた本です。この本に収められた「東方の国」が私好みじゃないかとのことだったんで早速探してみたら... いや、もうほんと好みでした! 森山さん、私の好みがよく分かってらっしゃるわー。
この本は3部構成になっていて、第1部には上にあらすじを書いた中編「アウグスト・エッシェンブルク」が、2部と3部は短編が3作ずつ収められてます。第2部の3作に関しては、雰囲気ががらっと変わってしまって驚いたんですけど、これは訳者あとがきによると「ミルハウザーとしては比較的珍しいタイプの作品」とのことなので、まあいいとして。(これも決して悪くはないんですが)1部と3部はほんと良かったです。特に「アウグスト・エッシェンブルク」と、最後の「東方の国」。素晴らしい。
「アウグスト・エッシェンブルク」は、なぜかとても懐かしく感じられる物語。かつて好きだった物や憧れていた場所、既に忘れかけていた懐かしい情景を集めてきて物語の形にしたら、こんな感じになるのでしょうか。これは19世紀後半のドイツを舞台に、天才的な自動人形の作り手・アウグスト・エッシェンブルクを描く物語。12歳のアウグストがまず動く絵に、14歳で自動人形に魅せられる場面の懐かしい空気ったら。アウグストの作る自動人形が百貨店のウィンドウに置かれている場面のどれも素晴らしいことったら。当時のヨーロッパの文化の持つ濃厚な美しさや豊かさが伝わって来るようです。そして後にアウグストの作り上げる自動人形の舞台の美しく哀しいことったら。もう胸をぎゅーっと鷲掴みにされ続けてました。この物語自体が、アウグストの自動人形の舞台を見ているような作品。きっとミルハウザー自身が、アウグストのような職人的な作家なのでしょうね。
そして最後の「東方の国」は、まるでイタロ・カルヴィーノの「見えない都市」のような幻想的な物語。最初に本を手にした時にこの「東方の国」を開いたら、もう目が釘付けになってしまって... 見た途端に好きだと分かるのもすごいなあと思うんですが、その予感通りの作品でした。こういうの、ほんと好き!

あわせてオススメされた「バーナム博物館」も読まなくちゃ。それにしても白水uブックスってほんと外れがないなあ。少しずつ読んでいこうっと。(白水uブックス)


+既読のスティーヴン・ミルハウザー作品の感想+
「イン・ザ・ペニー・アーケード」スティーヴン・ミルハウザー
「バーナム博物館」スティーヴン・ミルハウザー
「三つの小さな王国」スティーヴン・ミルハウザー

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隋の大業13年(西暦617年)。ほぼ300年ぶりに中国全土統一を果たしたにも関わらず、2代目皇帝・楊広の3度に渡る高句麗遠征失敗のため、隋の皇帝の権威は完全に失墜。国中で反乱が起こり、皇帝は都を捨てて江南の地へと逃れて酒色に溺れる日々を送っていました。楊広の母方の従兄にあたる唐公・李淵もまた、長男・建成、次男・世民の力に支えられて決起します。その頃、「龍鳳の姿、天日の容なり。年二十に至れば、必ず世を済い、民を安んずるべし」と言われた李世民は20歳となっていました。

後に唐の太宗皇帝となる李世民が群雄割拠の時代に決起、中国全土を統一して覇権をとるまでを描く歴史小説。いやあ、読み応えがありました。これがこの小前亮さんのデビュー作とはびっくり。
題名は「李世民」だし、確かに最終的に覇権を取るのは李世民なんですけど、李世民が主役の物語というよりも群像劇ですね。李世民は確かに若き英雄として描かれてるんですが、他の群雄と同じ程度の扱い。だから、もちろん群像劇としての面白さはあるんですけど... うーん、李世民をもう少し人間的に掘り下げて欲しかったかなあ。そもそも出番が少ないし、なんだか李世民の人物像をふくらませるより、父親の李淵の無能ぶりを強調して李世民を引き立たせてるみたい。みんなが一目見て納得するような「真王」ぶりが今ひとつ伝わってこなかったのが残念だったんですよね。それを考えると、作品そのものもどこか決定的な盛り上がりに欠けてたような気も...。戦争の場面の描写には迫力があるし、メリハリも利いてるのになんでだろう。各武将についてのエピソードも分かりやすく配置されてるし、章が変わるたびに新しい勢力図が挿入されてるから情勢の変化も掴みやすいのに。もしかしたらその「分かりやすさ」への配慮が裏目に出て、勢いがなくなっちゃったのかしら。
でも、一番の興味だった兄・李建成との決着のつけ方は良かったです。李建成の人物像にも、世民と建成が2人並び立って父を支えてるという構図にもすごく合ってるし、これはすごく納得できました。それにここで思い悩むこの李世民はとても人間的。こういうところをもっと早く前面に出してくれれば良かったのに。
この方、他にも宋や明の時代の作品を書いてらっしゃるみたいだし、いずれそちらも読んでみたいな。この李世民が皇帝になった後の話もぜひ書いてほしいですー。(講談社文庫)

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唐の高宗皇帝の時代。33歳の狄仁傑(ディー・レンチエ)判事は山東省の平来(ポンライ)の知事に任命され、腹心の助手・洪亮(ホン・リャン)と共に平来へ。途中襲ってきた義賊の馬栄(マー・ロン)と喬泰(チャオ・タイ)もディー判事の助手となり、4人は平来の町に到着。そこで待っていたのは、前任の判事が密室状態の書斎の中で亡くなっていたという不可解な事件でした。

先日、三省堂版の「中国黄金殺人事件」を読んだんですが、それと訳者さんが違うだけで、同じ作品です。いやー、翻訳ミステリ作品もそこそこ読んでるんですけど、ポケミスを読むのは実は初めてだったりします。(どきどき)
先日読んだ「中国黄金殺人事件」は、訳文がどうもダメで、ポケミス版でリベンジとなったんですが、こちらの方はまずまず。登場人物の名前がカタカナから漢字になったというだけでも、ぐんと読みやすくなりますねー。(翻訳物もよく読んでますが、カタカナの名前は本当はあんまり得意じゃないので) まあ、三省堂版にもいいところがあったので、全体的に比べると一長一短なんですけどね。私はこちらの方が断然楽しめました。

3つの謎を知事が解決するのが伝統だという公案小説の形式に則って、この作品も前任の王知事の殺人事件と、新婚の花嫁の失踪事件、そして平来政庁の役人の失踪事件という3つの事件が絡まりあって、1つの大きな事件となっています。でも1つになってるとは言っても、繋がるところは繋がるし別物のところは別物。その見極めがなかなか難しいんです。これが初の事件となるディー判事、トリックが判明してもそれだけでは犯人までは辿り着けなかったりと苦戦はするんですが、傍目には些細に見えるようなことから着実に手がかりを掴んでいきまます。全然思ってもみなかったところが、後々の伏線になってたりしてびっくり。ちょっとしたこともきちんと生かされてて感心しちゃった。これはシリーズの他の作品も読んでみたいです♪

でね、何が面白かったって髭ですよ髭! うさぎ屋さんが書いてらっしゃるのを読んで(記事)「えー、髭ねえ」なんて思ってたんですけど、今回読みながら色々想像して笑っちゃいました。(ハヤカワ・ミステリ)


+既読のロバート・ファン・ヒューリック作品の感想+
「中国黄金殺人事件」ロバート・ファン・フーリック
「東方の黄金」ロバート・ファン・ヒューリック

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マロセーヌは、デパートの商品の品質管理係。しかしその実態は苦情処理のためのスケープゴート。怒った客がデパートに怒鳴り込むたびに「お客様ご要望コーナー」に呼び出され、客の前で上司にこっぴどく叱られるのが仕事。マロセーヌは反省して嘆き悲しみ、上司はマロセーヌに弁償するように命じたり首を言い渡します。そして尚もくどくど怒り続けていると、客の態度が一変するのです。客たちは一様にマロセーヌに同情して、逆にマロセーヌが首にならないように上司に喰ってかかり、訴えを引っ込めることになり、結果的にデパートは賠償金を払わずに済むという仕組み。そんなある日、マロセーヌの目の前で爆弾事件が起こります。その爆弾事件は2度3度と続き、そのたびに死人が出ることに。そしてなぜか常に現場近くにいるマロセーヌが疑われることになるのですが... という「人喰い鬼のお愉しみ」と、その続編「カービン銃の妖精」。

以前「人喰い鬼のお愉しみ」を読んで、続きを読もうと思ってそのままになってたんですけど、つなさんが読んでらしたのを見て思い出しました。でも前回読んだのは、もう4年も前のこと。人間関係もかなり忘れちゃったし、これは一度復習しておかないといけないなあーと、「カービン銃の妖精」を読むついでに「人喰い鬼のお愉しみ」も再読しておくことに。
いやあ、面白かった。もう前回の苦労が何だったのか全然思い出せないぐらい堪能しました。そうか、こんなに楽しい作品だったのか。やっぱり人間関係が掴めてると、物語そのものに集中できますね。前回は大変だったんですよー。「マロセーヌ」と聞くと女の子の名前かなって思うのに男の人だし、しかもこの「マロセーヌ」というのは苗字! 後で出てくる「バン」とか「バンジャマン」というのが彼のファーストネーム。マロセーヌが苗字だと分からないのは日本人の私には仕方ないとしても、それが「バン」や「バンジャマン」と同じ人間だと分かるまでにも随分かかったし...。しかも彼には父親の違う弟や妹が5人もいて、お母さんは何度目かの駆け落ち中。その辺りの説明もさらっとしてるんですよね。もうほんと読みづらいったら。饒舌すぎるほど饒舌な作品なのに、なんで肝心のその辺りの説明は饒舌じゃないのかしら?(笑)
あーでもこの饒舌ぶり、ニコルソン・ベイカーの「中二階」(感想)に通じるものがあるかもー。なんて思いつつ...。

この家族構成だけでも只者じゃないって感じですが、登場人物がまた1人残らず個性的だし、とにかくユニーク。妙に後を引く面白さがあります。ちょっと説明しづらいんですけどね。読んでるうちにミステリだということをすっかり忘れてしまってましたが、一応ミステリ作品でもあります。そして「カービン銃の妖精」では訳者さんが代わるんですけど、全然違和感がないどころか、さらにパワーアップ。あと2冊出てるし、続きも読むぞ!(白水Uブックス・白水社)


+シリーズ既刊の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ペナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ペナック
「散文売りの少女」ダニエル・ペナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック

+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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ぱっとしない私立大学の文学部に入学したせいで、上京するなり叔母の経営する銀座の文壇バー・ミューズでバイトをすることになった了。その店はミステリー作家の辻堂珊瑚朗が贔屓にしている店。辻堂は来店するなり、店には新しい男性スタッフが増え、しかもその男性が叔母とかなり親しい仲だということを看破します。

竹内真さんとしてはとても珍しいミステリ作品。語り手は了という大学生の青年なんですが、中心となっているのはミステリ作家の辻堂珊瑚朗。彼が安楽椅子探偵のように様々な謎を解き明かしていく連作短編集です。
最初の謎を解く辺りがまるでシャーロック・ホームズのようで(見ただけで相手の職業を言い当ててしまうのは「赤毛連盟」でしたっけ?)おおっと思ったんですが、そういう路線の作品でもなかったようです。謎解きは色々あるんだけど、謎解きそのものを楽しむというより、辻堂珊瑚朗が出してくる回答によって辻堂自身の粋さを感じさせるのが一番なのかな? 必ずしも真実ではなくても、その場に相応しい回答を相応しい形で用意するというのが肝心みたい。それは相手によって自分を演じ分けてしまうという辻堂自身のようでもあるし、銀座のバーという夜の世界一流の嗜みでもあるような。

竹内真さんといえば爽やかな青春物。ジャンルがミステリに変わっても、竹内真さんの持ち味は変わらないのではないかと思ったんですが... 夜の銀座を舞台にしてるということは、もしかしたらそういうイメージからの脱却を目指してらっしゃるのでしょうかー。これはこれで楽しめる作品だとは思うんですけど、もう少し竹内真さんらしさが欲しかった気も...。まあ、文壇バーが舞台となっていることもあって、登場する作家たちは誰がモデル?という楽しみはあるんですけどね。最後に登場する甲賀という作家は、もしや竹内真さんご自身? となると、いずれ「安楽椅子探偵」という言葉の定義と矛盾するような安楽椅子探偵物の長編が読める日も来るのでしょうか。(笑)(東京創元社)


+既読の竹内真作品の感想+
「図書館の水脈」竹内真
「真夏の島の夢」竹内真
「じーさん武勇伝」竹内真
「自転車少年記」竹内真
「笑うカドには お笑い巡礼マルコポーロ」竹内真
「オアシス」竹内真
「ワンダー・ドッグ」竹内真
「ビールボーイズ」竹内真
「シチュエーションパズルの攻防」竹内真
Livreに「粗忽拳銃」「カレーライフ」「風に桜の舞う道で」の感想があります)

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パンドルフォじいさんが作ったかかしは、その夜のうちに怠け者の農夫に盗まれ、そして次の晩はまた別の誰かに盗まれ、だんだんとじいさんの小麦畑から遠ざかっていってしまいます。そしてある嵐の晩、かかしは稲妻に直撃され、そのショックでかかしの体の中の分子や原子や素粒子が活発に働き出したのです。翌朝、畑の脇で小麦のつぶとカブの葉としなびたニンジンを食べていた少年・ジャックは、かかしに呼びかけられてびっくり。しかし、かかしに頼まれて足をもう一本探してくると、かかしに提案されるまま、かかしの召し使いとなって一緒に世界を回ることを決めることに。

「ライラの冒険」のフィリップ・プルマンの作品。この表紙が可愛くて、以前から気になってたんですよねえ。「ライラの冒険」は、ミルトンの「失楽園」を読んでて良かったと思うような宗教観まである作品でしたが、こちらは表紙そのまんまの雰囲気の楽しい冒険物語。山賊をやっつけたかと思えばお芝居に出演、軍隊に入って突撃していたかと思えば無人島に漂流したりと、なかなか盛り沢山。
まずこのかかしが動いてる理由付けが楽しいんですよね。稲妻に打たれたせいで、体内の分子や原子、素粒子が活発に動き始めただなんて! かかしが動いたり話したりしているといえば「オズの魔法使い」や、その影響を受けていそうな「魔法使いハウルと火の悪魔」が印象的なんですが、きっとフィリップ・プルマンは、これらの作品を読んだ時に、かかしが動き出した理由が特に書かれてなかったのが不満だったに違いない。(笑)
でもこのかかし、かかしという仕事柄(?)鳥には詳しいし、生まれた時にパンドルフォじいさんに「礼儀正しく、勇ましく、誇りをもて。思いやりを忘れるな。精一杯がんばれ」と言われた通りの生き方をしているんですが、そんな理想だけでこの世間が渡れるはずものなく... しかもカブ頭のせいか脳みその豆が途中で飛び出してしまったせいか、かなりピントがズレてるんですよね。その点、召し使いとなったジャックの方が、よっぽど現状を把握してるし、さりげなくフォローしてるんですが... そのジャックにしたところで、かかしの召し使いになる前はただの貧しい少年。それほど世間を知っているわけではありません。2人で大真面目に行動していても、いつの間にかどんどんずれていっちゃう。まるでドン・キホーテとサンチョ・パンサ。
児童書だし、最初はやっぱりちょっと物足りないかな~なんて思いながら読んでたんですけど、宿敵(?)ブッファローニ家との最後のやりとりも爽やかで良かったし!(いや、あの会話には実は含みがあって全然爽やかじゃなかったのかしら...) 読み終えてみれば、なかなか可愛いお話でした。(理論社)


+既読のフィリップ・プルマン作品の感想+
「黄金の羅針盤」上下「神秘の剣」上下 フィリップ・プルマン
「琥珀の望遠鏡」上下 フィリップ・プルマン
「かかしと召し使い」フィリップ・プルマン
「マハラジャのルビー サリー・ロックハートの冒険1」フィリップ・プルマン
「仮面の大富豪 サリー・ロックハートの冒険2」上下 フィリップ・プルマン

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小人が住んでいたのは、古いお屋敷の屋根裏に仕舞われているドール・ハウスの中。その屋敷には年をとったおばあさんが1人で暮らしており、小人は屋敷の中がきちんとなっているか見回りをするのが毎晩の日課でした。そして小人とおばあさんの他にいたのは、地下室に住むドブネズミとヒキガエル。小人とドブネズミとヒキガエルは毎週土曜日になるとトランプ遊びをする習慣なのです。秋も深まったある晩、小人の家のドアを叩いていたのは、嵐に打たれてずぶ濡れになり、羽もぼろぼろになった1人の妖精。小人は妖精の魔法が怖いながらも、一晩だけ妖精を家に泊めることになります。そして妖精の語る物語を聞いた小人は、その話にすっかり夢中になってしまうことに...。

オランダの最も優れた子供の本に贈られるという「金の石筆賞」を受賞した作品なんだそうです。永遠の命を持ち、緑色のお城で毎日楽しく暮らしていたはずの妖精が、マルハナバチの死に立ち会ったことで、妖精に足りない「死」や「子孫」の存在に気付いて、それらを求めて旅をするという物語。そしてその物語を小人が毎晩のように聞くという「千夜一夜物語」のような枠物語です。
「物語が進むにつれ、『エルフや小鬼、水の精や巨人の活躍する不思議な妖精の世界』と『小人の住むお屋敷の話』が、しだいにまざりあい...」という紹介で興味を持った本なんですけど、そういう意味では期待したほどではなかったかな。確かに話を聞いてる小人は話が進むに連れてその情景を現実のことのように感じ始めるし、妖精の物語がじきに現実の出来事に連なっていくんですけど、私はもっとファンタジーのようなSFのような展開を期待してしまったので...。それに妖精の話が私にはそれほど魅力的に感じられなかったんですよね。あまりに能天気に「わたしと結婚しない? そうすれば子どもも生まれるし、死ぬこともできるわ」なんて会話が繰り返されるんですもん。しかも妖精と同じく「死」のことをまるで理解してない種族との間で。その軽さはきっと意図的だったとは思うのだけど... まあ、最後はいい感じでまとまるんですが。
一番おおっと思ったのは、ナーンジャ、カーンジャ、フキゲン・ジャーという3人の魔法使いの名前。こういうのいいなあ。エルフの2人の王子もアルサーとナイサーという名前。元の言葉はオランダ語でしょうから聞いても分からないですけど、元の言葉が知りたくなっちゃう。こういう翻訳センスっていいですねえ。(徳間書店)

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4巻は「花散里」「須磨」「明石」「澪標」、5巻は「蓬生」「関屋」「絵合」「松風」「薄雲」、6巻は「朝顔」「乙女」「玉鬘」「初音」。

一週間ぶりの「窯変」です。いやあ、今回も面白かった。今回は前回みたいな波はなくて、コンスタントにどれも面白かったな。特に楽しんだのは「須磨」「明石」「松風」... って、明石の女(ひと)が出てくるのばっかりだ。そういえば以前源氏物語を読んだ時は確か紫の上が好きだったと思うんですが、今回読んでて好きだと気付いたのは明石の女なんですよね。この「窯変」だけじゃなくて、与謝野晶子版でも円地文子版でも。...あ、源氏物語占いというのもあるんですよね。私は紫の上です。嬉しいけど、ちょっとおこがましい気も... 占いサイトはコチラ。私の環境だと、結果が文字化けしてしまうのだけど。
あと楽しんだのは「絵合」。源氏の君側と頭の中将(この頃は権中納言ですが)側に分かれての絵合わせの場面がとても好き。そして「乙女」の章。この章は長すぎるぐらい長いし、雲居の雁と夕霧の話はもういいよって感じだったんですが、この章最後の春夏秋冬の町に分かれている六条の院の描写がとても素敵なんです。「玉蔓」の章の源氏の君がそれぞれの女性に衣装を選ぶ場面とそれに続く「初音」も。ああ、雅だなあ。今の時代ではなかなか味わえないような贅沢ですよね。元々の源氏物語にある場面とはいえ、こんなに豊かに美しく描き出してしまうとは、橋本治さん、何者?!(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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唐の高宗皇帝の時代。33歳のディー判事は山東省の平来(ポンライ)の知事に任命され、腹心の助手・ホン・リャンと共に平来へ。途中襲ってきた義賊のマー・ロンとチャオ・タイもディー判事の助手となり、4人は平来の町に到着。そこで待っていたのは、前任の判事が密室状態の書斎の中で亡くなっていたという不可解な事件でした。

先日森福都さんの「肉屏風の密室」を読んだ時に、樽井さんに教えていただいたシリーズ。中国物は大好きなのに、中国を舞台にしたミステリ作品がまだあったなんて、迂闊にも全然知らなかったよ! ということで、先日図書館で借りてきました。そしたら!借りてきた丁度その日に、ちょくちょく覗いてるブログさんでこの本の記事を書いてらしてビックリ。なんてタイミング。正確に言えば、読んでらしたのはこれの新訳の「東方の黄金」だったんですけどね。しかもその日は、別のブログさんでも私が偶然見つけてゲットしてきた他の中国歴史物を読んでらっしゃるし... またまたびっくり。

この作者のロバート・ファン・フーリックという人はオランダ人。十数ヶ国語を自在に操り、駐日大使として日本にいたこともある人なのだそう。中国文学の研究家で、狄仁傑(ディー・レンチェ)という実在の人物が主人公の公案小説(中国独自の探偵小説)を翻訳したことから、その面白さに自分でも書いてしまった... というところらしいです。この本の挿絵までこの人が描いてるんだからびっくり。これがまた雰囲気たっぷりなのです。
でもね、やっぱり新訳を読むべきでした...。話は同じでも、この文章は私には合いませんー。だって「いまの彼女にはちょいと人好きする美しさが欠けてはいなかった。」って、一体? もう気が散って仕方ありませんでしたよ...。おおっと思った部分があっただけに勿体ない。一応最後まで読みましたが、今度ポケミス版でリベンジします!(三省堂)

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校舎をたてに揺さぶるような酷い雨の日。授業中に教室の後ろのドアがあいた時、一郎は心臓が止まるほど驚きます。そこには黒装束で異様に顔の長い化け物のような3人の大男がいたのです。しかしよくよく見てみると、それは同じクラスの宮本と武田と斉藤。思わず椅子の上に立ち上がってしまった一郎ですが、そこまで驚いていたのは一郎だけ。しかしその後一郎がふと気付くと、その3人も、学級委員の吉川も、鋭い目付きで一郎のことをにらみつけていたのです。

私のファンタジー的バイブル、石堂藍さんの「ファンタジー・ブックガイド」にも紹介されていて、気になってた作品なんですよね。数年前にブッキングで復刊された時に読もうとしたんですけど、ぼやぼやしてるうちに文庫が出てしまっていて、今度こそ読まなくては!と、読んだのですが...

やっぱり子供の頃に読んだ方が夢中になれたかもしれないな、なーんて思ってしまいました。そういうことを思うのって、自分の中の子供の部分を失ってるのを目の当たりにさせられてしまうようで、ちょっとサビシイんですが...。解説で三浦しをんさんが小学校低学年の頃に読んで、現実のお話だと思い込んでしまったほど夢中になったと書いてらっしゃるんですが、そこまでのものは感じなかったです。大人になった今読んだ印象は、ああ、懐かしい雰囲気の話だなーということ。こんな雰囲気のSF作品を、子供の頃に時々読んでましたよ。「懐かしい」のは、登場人物の名前や会話のせいもあると思うんですが、「時をかける少女」を初めて読んだ時のことを思い出しちゃいました。あと「緑魔の町」とか... あ、これってどっちも筒井康隆作品なんですね。「緑魔の町」は眉村卓かと思い込んでました。
と、ふとここで気付いたのは、自分が思い出しているのがSF作品だということ。この「光車、まわれ!」は、ファンタジー作品のはずなのに、なぜ? 水が異界との境目となっていることからも、むしろ石井桃子さんの「ノンちゃん、雲に乗る」を思い出してもおかしくないのに。水の向こうの異界の闇が、ノンちゃんの世界とは到底比べられないほど暗くて濃いものだったからなのかしら。

光車のことも他のことも、全ての情報は龍子という大人びた少女から。主人公の一郎も他の子供たちも龍子の言う通りに動く駒。たとえ失っても、誰も嘆いていないみたい。だからこの世界に入り込めなかったのかな? 光車というイメージは美しいし、地霊文字はぜひ見てみたいと思えるようなものだったのに、どうも違和感が残ってしまって残念。(ピュアフル文庫)

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ハリー・ポッターシリーズの最終巻。私が読むのはもっと先になるかと思ってたんですけど、思いがけず手元に回ってきたので、早速読んでしまいましたー。
いやあ、シリーズが進むにつれて話は暗くなるし、ハリーはヒステリックになるし、読み続けるのがかなりツラくなってたんですけど、最後はなかなか良かったですね。読んでて楽しかったし、予定通りとはいえ、きちんと大団円になってくれて「ほっ」。特に良かったのは、前巻のあの出来事の裏にあったことや、あの人がどんな気持ちを秘めてたのかちゃんと分かったこと。これは良かったなあ。まあ、逆に言いたいこともいくつかあるんですけどね... ちょっと殺しすぎでしょ、とかね。それだけ大変だったっていうのは分かるんだけど、なんだか無駄に死にすぎたような気がすごく。あとは、クリーチャーやダーズリー一家のその後が知りたかったので、何も触れられてなかったのがちょっと残念だったり。特にダーズリー一家。あの後何もなかったのかしら。でもいきなりあんな説明聞かされても、理解できない方が普通ですよね。いくら嫌な人たちでも、そんなヒステリー起こしちゃダメだってば。>ハリー
よくよく考えてみると、魔法界の人たちってマグルと共存してるわけでもなく、ひたすら秘密にしてるわけでもなく(うちに魔女が生まれた!って喜ぶ人もいるわけだし←普通なら最初はパニックになると思うんだけど)、何をやってるんだ?何がしたいんだ?とか思ったりもするのだけど... 最初のうちにそういう説明ってありましたっけ。それとも、それは言わないお約束?(笑)
このシリーズで何が好きだったかって言ったら、魔法的な小道具ですね。これは楽しかったな。「アズカバンの囚人」でハーマイオニーが使ってた道具のように、時には、ちょっと都合良すぎるでしょ!って物もありましたが、組分け帽子とか可愛いですしね。今回は杖。杖の薀蓄をオリバンダー氏に嫌ってほど聞きたいかも、私。(静山社)


+シリーズ既刊の感想+
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上下 J.K.ローリング
「ハリー・ポッターと死の秘宝」上下 J.K.ローリング
(それ以前の感想は残っていません)

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1年前に漁師だった父が海で亡くなって以来、海を憎んでいる15歳の少女ペリ。考えることをやめて海を見つめてばかりの母を置いて家を出たペリは、港のそばの宿屋で働きながら、村から離れた海辺の小さな家に暮らしていました。ペリは幼い頃からこの家に通い、1人で住んでいた老婆に不思議な物語を聞いたり魔法を教えてもらったりしていたのです。その老婆もまた、父の死の後に姿を消していました。そんなある日のこと、その村の高台にある別荘に滞在するため、王の一家が村にやって来ます。そしてペリは老婆に会いにやって来た王の息子・キールと出会うことに。

うーん、ルルル文庫って私が買うにはちょっとツラい表紙が多いんですけど...(笑)
一見、普通のラノベレーベルにしか見えないルルル文庫ですが、タニス・リーとかパトリシア・A・マキリップとか、私にとって無視できない翻訳ファンタジーを出してくれてるのがすごいんですよね。読んでないけど、ナンシー・スプリンガーやシャロン・シンの作品もあるし。まあ、タニス・リーの「パイレーティカ」は、私にとっては物足りない作品でしたが... こちらの「チェンジリング・シー」は、なかなか可愛らしい話でしたー。
ただ、マキリップらしいイメージ喚起力がいつもよりも弱い気がします... 海と魔法で、情景が広がるモチーフはたっぷりのはずなのに... 翻訳された柘植めぐみさんは、訳者あとがきによるとマキリップの作品を読んで「翻訳家になりたい!」と思われたそうなので、マキリップの魅力は十分ご存知なのだろうと思うんですけど... ここにきてレーベルの色が出てしまったのかしら。挿絵に邪魔されたってわけでもないと思うのだけど。

それにしても、今年になってから3冊もマキリップの新作が読めたなんて! それだけでも幸せだと言わなければなりませぬ。(小学館ルルル文庫)


+既読のパトリシア・A・マキリップ作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」の感想)
「星を帯びし者」「海と炎の娘」「風の竪琴弾き」パトリシア.A.マキリップ
「ムーンフラッシュ」「ムーンドリーム」パトリシア・A・マキリップ
「オドの魔法学校」パトリシア・A・マキリップ
「ホアズブレスの龍追い人」パトリシア・A・マキリップ
「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ
「茨文字の魔法」パトリシア・A・マキリップ

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その日メアリーがツクツクさんを見かけたのは、川沿いの桜並木の下。ツクツクさんは大きなザルをかかえて桜の花びらが地面に落ちる前にザルの中につかまえようとしていました... というお話に始まる、メアリーとお隣に住むツクツクさんのシリーズ4作目。

この本から時間の流れがランダムになるという予告通り、それぞれのお話の時系列順はバラバラ。ツクツクさんのメアリーへの呼びかけも変化するし、お話の中のちょっとした描写から、いつ頃の出来事なのか何となく分かるんですけどね。それにしても、相変わらずのほのぼのぶり~。やっぱりこのシリーズは可愛いです。この不思議さ加減がとっても居心地いいし。
今回一番楽しかったのは、夏に水琴窟を作るお話かな。暑い日に水琴窟の音を楽しむというだけでも素敵なのに、水羊羹に水菓子(西瓜)、水団扇、極めつけが魚洗。こういうのを読むと、日本の夏は五感で涼しさを堪能するものなんだなーって改めて思いますね。...お話の舞台は日本じゃないし、魚洗も日本の物ではないですが。ええと、漁洗っていうのはアレです、私も以前中華街でやってみたことがあるんですが、水をはった金属製のたらい(?)の取っ手を濡れた手でこすることによって、不思議な音と共に水面から水しぶきが上がるというもの。初めてやった私でも30cmぐらいあがったし、熟練してる人がやると、もっと上がります。
それから、春の色んなジャムを作ってしまう話も素敵だったな。こんなに色んなジャムが作れるとは~。桜の花びらのジャム、食べてみたい。色や香りが目の前に浮かんでくるようです。そういえば、コンデンスミルクの缶詰を鍋でことこと煮て、冷えてから缶を開けると茶色くて甘~いクリームになると聞いて、やってみたいなと思ったことがあるんだけど... まだ試したことがなかったな。
あと、虹は七色、とばかり思い込んでたんですけど、国や人によって6色とも5色とも... 2色だなんて言ってる場所もあるとはびっくり。虹の色の並び順を覚える言葉も、今回初めて知りました。「ナクヨ(794)うぐいす平安京」じゃないですけど、こんなのがあったんだ! これは覚えやすいですねー。と、ちょっと感動。 (GA文庫)


+既読の篠崎砂美作品の感想+
「お隣の魔法使い」1~3 篠崎砂美
「お隣の魔法使い 語らうは四季の詩」篠崎砂美

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大好きなタニス・リーの作品の中でも一番好きなのが、出会いとなったこの「闇の公子」。どのぐらい好きかといえば、2004年度のマイベスト本のベスト1だし(477冊中の1位!)、絶版も多いタニス・リーの本をその後全て集めて読んでしまったほどだし(苦労しましたー)、ちゃんと購入して読んだというのに、古本屋でまた「闇の公子」を見かけたら思わず買ってしまうほど。(お友達にあげたこともあるんですけど、同じものが何冊か手元にあります・笑) 浅羽莢子さんの華麗な翻訳のファンになったのも、この作品から。
その「闇の公子」が長らく入手できない状態だったんですけど、この度めでたく復刊されました!
ということで、またうちに1冊増えてしまったんですけど...(笑)
もちろん読みましたとも! いやあ、やっぱり良かったです。初めて読んだ時のような衝撃こそなかったですが、やっぱりすごいです。オムニバス形式で収められたお話のどれもが好き。もうほんとハズレなし。妖魔の王・アズュラーンの美しさと妖しさにはくらくらしてしまいます。考えてみれば、初めてたらいまわし企画の主催がまわって来た時、私はこの本を出したいがためにお題を決めたのでした... 「美しく妖しく... 夜の文学」。

前の表紙も好きだったんですけど、今回の表紙は加藤俊章さんなんですね。この方、タニス・リーの本の挿絵を沢山描いてらして、それがまた素敵なんですよねえ。実は画集も持ってます。Official Homepageはコチラ。買った時の記事はコチラ
ああ、やっぱり「闇の公子」が復刊してくれて嬉しいなあ。(しみじみ)(ハヤカワFT文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

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1巻は「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」、2巻は「若紫」「末摘花」「紅葉賀」、3巻は「花宴」「葵」「賢木」。
1991年から1993年にかけて全14巻で刊行されたもの。源氏の君の視点で書かれていることもあって、かーなり大胆な翻案作品となっています。ちょろいもさんのオススメです♪

先日、与謝野晶子訳を読んだ時は、紫式部の思考回路って男だなーと思ったんですが、円地文子訳を読んだ時、その印象がちょっと薄れたんですよね。やっぱりあのさっぱりした与謝野晶子訳と、しっとりした円地文子訳の文章の違いでしょうか。そしてこの「窯変」を読んでみると、また印象が違う...! 書き手の橋本治さんは男性だし、源氏の君という男性の視点から書かれているにもかかわらず、どこかものすごく女性的なものを感じてしまうんです。なんでだろう。ほんとこれでもかこれでもかって勢いで源氏の君が1人で語ってるのに。

それにしても、ほんと今まで読んだ源氏物語と全然違っていて、それはもうびっくりしてしまうほどです。話の大筋は一緒なのに、同じ人と出会い、同じ出来事が起きてるのに、もうまるで違う橋本ワールド。...ものすごい曲解?(笑)ってとこもあるんですけどね。その強引とも言える話の流れが、強引なりにきちんと流れていくのがすごい。
ただ、全体的にすごく面白いんだけど、面白さにも波があるみたい。読み始めは「うわー、うわー、面白い!」で「桐壺」最後までテンションが高いまま。「帚木」は、それほど... で、「空蝉」は面白いんだけど、ちょっと落ち着いた感じ。と、章によって少し波がありました。基本的に面白いんですけどね。まあ、元々「帚木」はそれほど好きな章ではないから仕方ないのかも。それと、そもそもこの「窯変」の面白さは、世の中を斜めに見てる源氏の君の一人語りにあるとと思うんですが、同じように語っていても、話題によってちょっと違うのかもしれませんね。そのものズバリ女の話よりも、それに絡めて発展させた話の方が、私は楽しめるみたい。

それにしても橋本治さん、きっとものすごい知識量なんでしょうね。その上でさらりと書いてるって感じがします。本来注釈になりそうなことも全て本文の中に織り込まれてるんですが、この詳細な描写のおかげで、宮中での諸々のことや当時の風俗・習慣についてなど、ものすごく分かりやすいです。いや、これだけ書き込んでたら、長くもなりますよね。3冊読んでもようやく藤壺の宮が出家するところまでですもん。でも、長いけどこれは全14巻読みますよー。4巻以降は未入手なので、時間はかかりそうですが。

生れ落ちた時から全てを手にしていたように見える源氏。本人も周囲もそう思っていたんでしょうけど... でもその手の中には実は何もなかったのね。(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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1巻は「桐壺」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」「末摘花」「紅葉賀」「花宴」「葵」
2巻は「賢木」「花散里」「須磨」「明石」「澪標」「蓬生」「関屋」「絵合」「松風」「薄雲」「槿」

先日与謝野晶子訳を読んだ「源氏物語」なんですが、今度は谷崎源氏が読みたいとかいいつつ、円地文子訳を読み始めてしまいましたー。これは森山さんが読まれて、とても面白かったと仰っていたもの。ちょろいもさんオススメの橋本治「窯変 源氏物語」にしてみようかなとも思ったんですが、こちらは全14巻と長いし、かなり大胆な翻案作品になっているようですしね。この2冊を読んでからにしようと思ったわけです。円地文子訳はしばらく入手できない状態になっていたのが先月から再版し始めたもの。まだ1巻と2巻しか出てません。全6巻の予定。

与謝野晶子訳に比べると、しっとりふっくらと女らしい文章。こうして比べてみると、与謝野晶子訳がかなりさっぱりとした文章だったことが分かりますねー。そして同じ章を読み比べてみると、円地文子さんの方がずいぶん長い! えっ、与謝野晶子訳にこんなのあったっけ?という部分もありました。ところどころで創作が入ってるというのはこういうことだったのか。いや、私は原文を読んだわけではないので、与謝野晶子訳では省略されてる部分というのもあるのかもしれませんが~。私としては基本的に忠実な訳の方が好ましんですけど(そうでなければ、思いっきり翻案か)、でも創作が入ってるおかげで与謝野晶子訳では唐突に思えた展開が柔らかくつながって読みやすくなっていたりしますね。さっぱりとした文章で読みたくなるような部分もあるんですけどね。(新潮文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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山畑のネェやが山犬に襲われたという話を聞いてきたのは、タンダの妹のチナ。その山犬に青白い鬼火がまとわりついて、少し前に死んだオンザの顔に見えたらしいのです... という「浮き籾」他、全4編。

完結してしまった守り人シリーズの番外編。タンダ11歳、バルサ13歳の頃の物語です。この頃はまだバルサの養父のジグロが生きていて、2人は追っ手から逃れるために用心棒の仕事をしながら各地を転々としています。トロガイの家もその拠点の1つ。
4編のうち2編はタンダ視点の物語。タンダやその家族の生活ぶりを見ていると、古い時代の日本でもこういった暮らしをしていたんだろうなあって素直に思えてきますねえ。稲に虫がついた時の反応や稲刈り、収穫の祭りの様子なんかもそうなんですけど、目の薬を作るためにナヤの木肌を剥ぎ取る時の様子とか、食べ物が乏しい冬の最中に山の獣たちに食べ物を分ける「寒のふるまい」のことを読んでると、中沢新一氏のカイエ・ソバージュシリーズで読んだ、一神教や国家が誕生する前の時代の話を思い出しちゃう。そのものズバリ重なるというわけではないんだけど、まさにあそこに書かれていたような暮らしをしてたんだろうなと思えるのは、やっぱりそれだけ土台がしっかりと描かれてるということなんでしょう、きっと。
そしてあとの2編は、バルサ視点の物語。こちらではバルサとジグロが仕事をしてる酒場や隊商の旅が舞台となってるので、まるで雰囲気が違います。ススットという賭事が面白い~。このゲームの特徴がとても生かされている物語だったし、専業の賭事師を務めてるアズノという老女がとても印象に残ります。そして隊商の旅の方はちょっと痛い... でも「精霊の守り人」ではもう既に亡くなっているジグロが生きていて、その姿をバルサの視点から見られるのが嬉しいところ。もっと容赦ない厳しさ一点張りの人なのかと思い込んでいたんですけど、そうでもなかったんですね。いや、確かに厳しいですけど。バルサに対する愛情がしっかり感じられて良かったです。(偕成社)


+シリーズ既刊の感想+
「精霊の守り人」「闇の守り人」「夢の守り人」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「虚空の旅人」「神の守り人 来訪編」「神の守り人 帰還編」「蒼路の旅人」上橋菜穂子
「天と地の守り人」1~3 上橋菜穂子
「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子
「バルサの食卓」上橋菜穂子・チーム北海道

+既読の上橋菜穂子作品の感想+
「獣の奏者」1・2 上橋菜穂子
Livreに「狐笛のかなた」の感想があります

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あるうらぶれた老人のもとを訪ねた客。老人の出す茶の香りや味が普通のものとはまるで違うと客が気づいたことから、老人はかつて金陵一と言われた妓女・王月生の話を始めます... という「朱唇」他、全7編。

井上祐美子さんの作品を読むのはほんと久しぶり。ブログを始めて5年目に入ってるんですけど、ブログには全然井上祐美子さんの本の感想がないことに気がついて、さっきちょっと呆然としてしまいました...。サイトを始めてから読み始めた作家さんなので、そっちには全作品の感想があるんですけどね。(サイトを始めたのは8年前かな) なんと新作が5年以上出てなかったってことなんですねえ。ええと、この「朱唇」は、唐代や明末期から清にかけて生きた妓女たちの物語。7編のうち「断腸」という作品だけは妓女ではなくて、そういった楼閣に生きる男が主人公なんですが、どの物語にも妓女が登場します。妓女といえば、宮尾登美子さんの昭和初期の土佐高知の色街を舞台にした一連の作品も好きだったなあーと懐かしく思い出すんですが、これは宮尾さんの作品のようなどろどろとした愛憎渦巻く世界とはまた全然違う雰囲気。

ここに登場する妓女たちはそれぞれに艶やかな美貌の持ち主。個性はまるで違うんですが、それぞれに美しくて芯の強い彼女たちの姿がとても魅力的。でもどれほど美しくて教養があっても、素晴らしい技芸の持ち主でも、時がたてば容色は衰えるし、見向きもされなくなるんですよね。花の命は短くて、です。一流の妓女となるような女たちはそのことをよく知ってます。だからこそ、自分の一番美しい時期を大切に生きているのでしょう。プライドの高さも、傍目には無礼に感じられる行動も、単なる我侭だけでなくて、それだけ自分の気持ちや誇りを大切にしているという証。
この中で特に強く印象に残ったのは牙娘と李師師かな。李師師といえば水滸伝にも出てきましたねえ。この妓女は結局誰だったのだろうと余韻の残る「名手」も良かったです。 (中央公論新社)


+既読の井上祐美子作品の感想+
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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30代後半、ほぼ同年代に見える喪服を着た男女が5人。彼らは高校の同級生で映研の仲間。かつては気の置けない仲間として付き合っていた彼らも、実際に会うのはとても久しぶり。映画監督デビューを果たしたタカハシユウコの呼びかけで、エキストラとして出演するために集まったのです。その日は、奇しくもかつての同級生・オギワラの葬式があった日。それぞれの近況やかつての同級生の噂から、殺されたオギワラの捜査のために葬式には警察も来ていたという話になり、高校の学園祭の直前に消えたフィルムの話や食中毒事件の話も飛び出して、徐々に不穏な空気が漂いはじめます。

演劇集団キャラメルボックスのために書き下ろしたという初の戯曲作品。少人数の密室劇で心理サスペンス物がやりたいという劇団側の最初の希望通り、登場人物は5人だけで、場面もそのままの1幕物。
話が進むにつれてそれぞれの抱えている事情は徐々に明らかになっていくんですけど、相手が今どんな状況にあってどんなことを思ってるのか、最初は分からないんですよね。まずは腹の探りあい。なんでこの人はこんなに疑い深いんだろう... なんて人もいたりして。それも彼の今いる状況のせいなんですが、その疑い深い言葉に背中を押されるようにして他の4人も徐々に疑心暗鬼になっていきます。そして場がどんどん緊迫していく様子にどきどき。
とは言っても、最終的には肝心な部分が分からないまま終わってしまうのが恩田さんらしいですが...(笑)
劇団側からの「直してほしい・解決してほしい点のリスト」を全て解決したせいで恩田色が薄くなってしまったという意見もあったようなんですが、そうなのかな? それでも私にはすごく面白かった! 初の戯曲作品ということで色々戸惑った部分もあったようですが、そんな裏事情が分かる「『猫と針』日記」その他もすごく面白かったです。「違う。違うわ。台詞の重みが、存在感が、全然違うっ。」

最後に「猫と針」という題名について。

かつてボリス・ヴィアンという人がいて、『北京の秋』という本を書いた。人に「なぜ『北京の秋』というタイトルなのか」と聞かれ、「北京にも秋にも関係があい。だから『北京の秋』だ」と答えたそうである。『猫と針』は、猫は若干関係があると思うけれど、針が関係あるのかどうかはまだ分からない。

要するにあんまり関係ないということですね。(笑)
ボリス・ヴィアンの全集の中で次に読む予定なのが「北京の秋」。ああ、読まなくちゃな。もうちょっと涼しくなったら、ちゃんと「秋」になったら読もうっと。(だから「秋」には全然関係ないって言ってるのに!)(新潮社)


+既読の恩田陸作品の感想+
「夏の名残りの薔薇」恩田陸
「小説以外」恩田陸
「ユージニア」恩田陸
「蒲公英草紙」「光の帝国」恩田陸
「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」恩田陸
「ネクロポリス」上下 恩田陸
「エンド・ゲーム」恩田陸
「チョコレートコスモス」恩田陸
「中庭の出来事」恩田陸
「朝日のようにさわやかに」恩田陸
「木洩れ日に泳ぐ魚」恩田陸
「いのちのパレード」恩田陸
「猫と針」恩田陸
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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昔、世界のてっぺんにあったのは、黄金と雪でできた環の形の島・ホアズブレス。これは1年の13ヶ月のうち12ヶ月間は冬に覆われているという場所。双子の太陽が世界の頂上ですれ違う1ヶ月間だけ、山頂の雪が溶け、柔らかな陽射しが差し込み、鉱夫たちは12ヶ月の間に掘りためた黄金を持って海を渡り、本土で様々なものと交換するのです... という「ホアズブレスの龍追い人」他、全15編の短編集。

マキリップの短編を読むのは初めてなので、ちょっと不安もあったんですけど(短編は苦手だし)、短編でもやっぱりマキリップらしく、読み始めた途端に情景が広がりました!(ほっ) でも、今までもファンタジーらしいファンタジー作品を読ませてくれてきたマキリップなんですが、今回は今まで以上に、いかにもファンタジーというモチーフを使った作品が多くて、それはちょっとびっくりだったかな。龍や吟唱詩人、魔法使い、魔法にかけられた王子、一角獣... トロールやバーバ・ヤーガといった特定地域の民話のモチーフもあったし、「雪の女王」や「美女と野獣」、蛙になった王子がお姫さまの金のまりを拾ってくる話(「かえるの王子さま」でしたっけ?「金のまり」?)といった民話や童話を、マキリップ風に味付けした作品も。ちょっとタニス・リーを思い出しちゃう。その中で少し異色だったのは、「ロミオとジュリエット」のマキリップ版。これはファンタジーではなくてミステリ風。
正直、面白さがよく分からない作品もあったんですが(あらら)、やっぱりこれはマキリップの世界。そして私が特に好きなのは、表題作「ホアズブレスの龍追い人」。これは本当に素敵でした。あと、龍に攫われたハープ奏者を探して5人が旅をする「ドラゴンの仲間」も楽しかったし、魔女のバーバ・ヤーガが自分の家(鶏の足がついてます)と喧嘩するという設定が可笑しい「バーバ・ヤーガと魔法使いの息子」も良かったです。(創元推理文庫)


+既読のパトリシア・A・マキリップ作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」の感想)
「星を帯びし者」「海と炎の娘」「風の竪琴弾き」パトリシア.A.マキリップ
「ムーンフラッシュ」「ムーンドリーム」パトリシア・A・マキリップ
「オドの魔法学校」パトリシア・A・マキリップ
「ホアズブレスの龍追い人」パトリシア・A・マキリップ
「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ
「茨文字の魔法」パトリシア・A・マキリップ

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都会の暮らしにはあまり都合の良くない目をしたマルコヴァルドさん。人々の目を引くために工夫された看板や信号機、ネオンサインや広告のチラシは目に入らず、逆に枝に1枚残った黄色い葉や屋根瓦にひっかかっている鳥の羽のような光景は決して逃さないのです。そんなある朝、仕事に行くために電車を待っているマルコヴァルドさんが見つけたのは、通りの並木の周りのわずかな土から顔を出そうとしていたきのこの頭でした。

ズバーブ商会の人夫をしているマルコヴァルドさんは奥さんと子供4人の、全部で6人家族。お給料は少ないのに養う口は多く、家賃を支払うのも滞りがち... というマルコヴァルドさんを巡る四季の物語です。春夏秋冬が5回繰り返されるので、5年間の物語ということになりますね。
んんー、これはとっても微妙...。最初はごく普通の街角の情景を切り取ったような感じで始まるんですけど、じきに現実味が少しずつ薄れていくんですよね。そういう現実と非現実の境目が曖昧な話というのは好きなんだけど、そこまで突き抜けた話というわけでもなくて、どちらかといえばホラ話のレベル? でもそれ以前にどう反応したらいいのか困ってしまう話も多かった...。家に帰るバスに乗ったつもりが、インド行きの飛行機に乗っていた、なーんて展開の場合はニヤニヤできるからいいんですけど、これって笑える話?それとも...?なんて思ってしまったのが結構多いんです。確かにユニークではあるんだけど、シュールというかブラックというか... 最初のきのこの話だって、結局きのこを食べた人みんな病院で再会することになるというオチですしね。最後の「サンタクロースのむすこたち」なんて、一体! お涙頂戴では決してないし、むしろ乾いた感じではあるのだけど、しかもどんな状況になっても生き抜いていく逞しさがあるんだけど、笑う以前にマルコヴァルドさんの貧しさとか悲哀を感じてしまうー。カルヴィーノは笑える話のつもりで書いたのかしら? イタリア人なら読めば笑える? 大人になってしまった私は笑えなかったけど、子供の頃に読んでいればまた違った印象になってたのかな?(岩波少年文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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派遣使として訪れた都市のことをフビライ汗に語り聞かせるマルコ・ポーロ。最初は東方の言葉にはまるで無知で、身振り手振りで伝えることしかできなかったマルコ・ポーロも、徐々に韃靼人や周辺の諸民族の言葉に慣れ親しみ、いつしか精緻詳細をきわめる報告をするようになっていたのです... 「東方見聞録」のマルコ・ポーロがフビライ汗に架空の都市のことを語るという趣向の作品。8章に分かれて55の架空の都市のことが語られていて、各章の最初と最後にマルコ・ポーロとフビライ汗の会話があります。

これが「見えない都市」という題名なんですけど、見えないどころか、文字を追うごとにそれぞれの都市の情景が頭の中に次々に鮮明に浮かび上がっていくようで、その濃密さに息苦しくなってしまいそうなほどなんです。すごいですね、これは。でも読み始めてすぐに一体いつの時代の都市のことなのかと考えさせれることになります。一昔前の華やかな都市を思わせる描写の中に登場するのはアルミニウムづくりの塔であったり、摩天楼であったり、整備された上下水道だったり... 海をゆく交通手段といえばまず帆船だった大航海時代に、蒸気船や飛行船、地底列車が。それぞれの都市の姿もすごくユニーク。高い柱の上にそそり立つ都市であったり、奈落の底の上に宙吊りになっている都市であったり、壁も床も天井もなく水道管だけが縦横無尽に張り巡らされている都市であったり。人間同士の様々な関係をより堅固にするために戸口から戸口へと糸を張り渡していき、通り抜けられないほど張り巡らされると、その都市を捨ててまた別の場所に都市を再建することを繰り返していたり。
そのまま物語が生まれてきそうな都市も多いんですけど、読んでいるとなんだか既に世界は終わってしまっていて、どこかからその亡霊のような残像を眺めてるような気がしてきます...。

でも、こんな感じで情景が立ち上がってくる作品は大好きだし、今回はそれだけで面白く読んでしまったんですが、本当はこれらの都市の描写を通して、様々なことが語られているんですよね、きっと。マルコ・ポーロとフビライ汗の会話もとても暗示的だし。...この会話がまたすごくいいんです。時間を置いてもう一度読み返したら、その時はまた全然違うものが見えてきそうな気がします。まるで詩のような物語。(河出文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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カルヴィーノの比較的初期の作品だという11編を収めた短編集。
青い空に白い雲、明るい陽射し、光を照り返す海の水... 読んでると眩しくて目を細めてしまいそうな情景がどんどん広がる短編集なんですけど、でもどこか影が付きまとうんですよね。「蟹だらけの船」で子供たちが遊び場にしてるのは、戦争中にドイツ軍が沈めた船。「不実の村」で逃げているのは、パルチザンの青年。「小道の恐怖」に描かれているのは、駐屯隊から駐屯隊へと走る伝令・ビンダ。「動物たちの森」は、パルチザン狩りに来るドイツ兵の物語。どこか戦争の影が見え隠れしていて... これは、未読なんですが「くもの巣の小道 パルチザンあるいは落伍者たちをめぐる寓話」に近いのかな? 
私が気に入ったのは、寓話的な「動物たちの森」。ドイツ兵がパルチザン狩りに来ると、パルチザンたちは自分の大切な物を持って森の中に逃げるんですけど、この森の中がまるで魔女の森みたいなんですよねえ。現実のような非現実のような、このバランスがすごく好き。あと、いい年をした大人が揃いも揃ってお菓子を食べることに夢中になっちゃう「菓子泥棒」も滑稽で楽しかったし~。そして美しい庭園の中で遊んでいる少年と少女の姿はとても微笑ましいはずなのに、どこか不穏なものを感じて落ち着かない気分になってくる「魔法の庭」も印象深い作品でした。(ちくま文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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新姚県の知事が難癖をつけては罪もない士人を捕縛して牢に押し込めたがるというという噂が朝廷に届き、越州へと向かった巡按御史一行。そして新姚県に入って早くも3日目で、希舜と伯淵は宿に踏み込んできた羅卒によって政庁へと引き立てられてしまいます...という「黄鶏帖の名跡」他、全5編。

「十八面の骰子」に続く巡按御史のシリーズ第2弾。少年のような見かけながらも実は25歳の巡按御史・趙希舜、長身に美声ながらも拳法の達人でもある希舜の弟分・傅伯淵、希舜の父に用心棒として雇われた賈由育、そして伯淵に惚れて女細作として同行するようになった燕児の4人組が活躍する連作短編集です。ええと、巡按御史というのは、天子直属の監察官。身分を隠して任地へ赴き、秘密裏のうちに地方役人の不正の有無を吟味する役目。身分を証明するためには「先斬後奏」「勢剣」「金牌」という3つの品を常に携行しています。
要するに水戸黄門的勧善懲悪物なんですが(笑)、中華ミステリの森福都さんらしく、「蓬草塩の塑像」ではアリバイトリック、「肉屏風の密室」では文字通り密室トリックといったように、ミステリ的にも十分楽しめるのがポイント。一行がどこに行っても温信純という男の存在が不気味に見え隠れして、女流賊・行雲とその手下2人も事あるごとに現れます。それに希舜がなぜ巡按御史になりたいと思ったのか、どんな出来事があったのか、という前作を読んだ時に知りたいと思っていたこともぽつぽつと語られるので、前作「十八面の骰子」を読んでおいた方が断然楽しめるでしょうね。と言ってる私自身が「十八面の骰子」の細かい部分をすっかり忘れていたりするんですが... 文庫が出たら買うつもりにしていたのに、すっかり抜けてたみたい。チェックできませんー。(それにしても文庫本の表紙の雰囲気が単行本と全然違うのにはびっくり。なんと宇野亜喜良さんでしたか。)
悪役との決着もまだついてないし、5編目「楽遊原の剛風」のラストは、いかにも続きがありそうな終わり方。続編にも期待です。(光文社)


+シリーズ既刊の感想+
「十八面の骰子」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「肉屏風の密室」森福都

+既読の森福都作品の感想+
「琥珀枕」森福都
「漆黒泉」森福都
「狐弟子」森福都
「楽昌珠」森福都
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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第一回ビール祭は1983年、正吉が小学校6年生の時。参加者は秘密基地の正式メンバーである正吉と広治郎と勇の3人、そして紅一点の薫。3人の男子が密かに恋心を抱いていた茜が引っ越すことになり、薫が仲良しの茜も連れて来ることを期待して、女人禁制の秘密基地に特別に誘ったのです。茜が引っ越すことになったのは、その町から月星ビールが撤退することになったせい。残念ながら茜は不参加でしたが、4人は茜に引越しさせた奴らに復讐と称して缶ビールを飲むことに。

ああー、「カレーライフ」のビール版ですね! 小学校の時に出会った正吉、広治郎、勇、薫という4人の人生が、転校や進学、就職などによって近づいたり離れたりしながら、それぞれにビール作りに関わっていくという物語。人生の節目節目、というほどではないですが、何かある時は常にビールを片手にしている彼ら。昨日読んだ「ワンダー・ドッグ」は約10年の物語だったんですが、今回のスパンは約20年。竹内真さんの作品って、考えてみたらこういうのが多いなあ。もちろん「カレーライフ」もそうだったし。
それでも「カレーライフ」みたいにみんなで自分たちのカレーを作り上げたのとはちょっと違っていて、実際にビール作りをするのは正吉だけ。他の面々も大事な仲間ではあるんですが、オーストラリアで正吉が出会ったウィリアムが言ったような「人は、それぞれの場所で闘うものじゃないかな」状態。どうしても「カレーライフ」と無意識のうちに比べてしまうので、実際の作り方で試行錯誤する場面がないのがちょっと物足りなくもあったんだけど... それでも出来上がったビールはやっぱり美味しそうです。ここんとこまた暑い日が続いてますからねえ。そうでなくてもビールが美味しいのに! そこに「がーっと飲むのに向いたビールもあれば、じっくり飲むのに向いたビールもある。俺が造ってんのは、たっぷり時間をかけて味わう価値のあるビールなんだ」という正吉の言葉。いやあ、ほんと正吉が作ってるビールが飲みたくなってきてしまいますー。(東京創元社)


+既読の竹内真作品の感想+
「図書館の水脈」竹内真
「真夏の島の夢」竹内真
「じーさん武勇伝」竹内真
「自転車少年記」竹内真
「笑うカドには お笑い巡礼マルコポーロ」竹内真
「オアシス」竹内真
「ワンダー・ドッグ」竹内真
「ビールボーイズ」竹内真
「シチュエーションパズルの攻防」竹内真
Livreに「粗忽拳銃」「カレーライフ」「風に桜の舞う道で」の感想があります)

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1989年4月6日。空沢高校の入学式に遅刻した甲町源太郎の制服は所々破れて砂埃にまみれ、膝やこめかみの辺りには乾きかけた血の痕が、そして制服の胸元には子犬が...! 遅刻した原因は交通事故。自転車で交差点を渡ろうとした時、左折してきたライトバンとぶつかったのです。幸い大きな怪我もなく、高校まで歩いて来ることになった源太郎が見つけたのは、道端に捨てられていた犬。社宅住まいで犬を飼えない源太郎は、学校が終わった後に早速飼い主探しにとりかかります。そして顔見知りの先輩のアドバイスで、学校の敷地の隅でテントを張っていたワンゲル部に行ってみることに。

「ワンダー・ドッグ」のタイトルからも、犬が登場するんだろうなというのは想像できるんですけど、ここまで犬が中心の話だったとは!
犬につけられた名前は「ワンダー」。約10年間の、ワンダーとワンダーをめぐる人々の物語となっていました。ワンゲル部の努力の甲斐あって学校の犬となったワンダーは、拾い主の甲町源太郎の卒業の時が来て、その時にはもう自宅で犬が飼えるようになってるんですけど、学校に居続けることになるんですよね。既に甲町源太郎個人の犬ではなくなってるんです。そして子犬だったワンダーが大きな成犬となるように、最初3人しかいなかった廃部寸前の弱小部はいつしか空沢高校の顔とも言えるような部に...。最初にワンダーと関わった高校生たちが卒業していっても、また新たな高校生が入学してきて、それぞれにワンゲル部やワンダーと関わっているのがまたいいんですよねえ。
前作の「オアシス」も犬が中心的存在となっていたし、その時も十分感じてましたけど、竹内真さんは犬が本当にお好きなんですねー。しかも犬が好きで可愛がるだけでなくて、きちんと正面から向き合っている姿勢が伺えます。ほんとこのワンダーが可愛くて可愛くて。犬好きさんには堪らない作品かと。そして犬だけでなく、ワンダーを拾った甲町源太郎も、ワンゲル部顧問の大地先生も、憎まれ役の教頭ですらとても魅力的。竹内真さんらしい爽やかな青春物語でした。(新潮社)


+既読の竹内真作品の感想+
「図書館の水脈」竹内真
「真夏の島の夢」竹内真
「じーさん武勇伝」竹内真
「自転車少年記」竹内真
「笑うカドには お笑い巡礼マルコポーロ」竹内真
「オアシス」竹内真
「ワンダー・ドッグ」竹内真
「シチュエーションパズルの攻防」竹内真
「ビールボーイズ」竹内真
Livreに「粗忽拳銃」「カレーライフ」「風に桜の舞う道で」の感想があります)

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口能登の旧家の屋敷を借りて個展を開いていた関屋次郎。関屋は椿をモチーフにした絵を専門に描いている画家。しかし「椿なら関屋次郎」という評判で人気が高く、熱狂的な蒐集者がいるにも関わらず、関屋は苛立っていました...という「八百比丘尼」他、全4編の連作短編集。

風待屋のsa-ki さんに教えてもらったんですけど、いやあ、これが面白かった。服部真澄さんといえば国際謀略小説専門の方かと思ってたんですけど、こんな作品も書いてらしたんですねー。雰囲気の違いにびっくり。
物語の中心となっているのは、一流のアーティストや料理人、茶人たちに頼りにされる「平成の魯山人」佛々堂先生。普段はくたくたのシャツに作業用のズボンのような服装で、古いワンボックス・カーに様々な荷物をところ狭しと積み込んで日本各地を移動してるんですけど、2~3分もあればそんな小汚い服装から小粋に着物を着こなした旦那に化けちゃう。それにどんなに多忙でも携帯電話やファックスといったものは使わず、佛々堂先生からの連絡は墨でさらさらと書きつけた巻紙。
この佛々堂先生がほんと洒脱なんですよね。魯山人といえば、私にとってはどうも漫画「美味しんぼ」の海原雄山のイメージで...^^; いかにも偉そう~な上から目線の人間をイメージしてしまうんですけど、この佛々堂先生は人懐こくて、たとえ我侭を言っても憎めない存在なんです。本人もとっても世話好きですしね。伸び悩んでいる作家がいれば助けの手を差し伸べるし... しかも本人にはそうと悟らせないその差し伸べ方の粋なこと。一流の骨董や書画を扱う小説といえば、北森鴻さんの冬狐堂シリーズが真っ先に思い浮かぶんですけど、こちらはもっと肩の力が抜けた感じ。冬狐堂シリーズも面白いんですけどね。むしろ「孔雀狂想曲」の方が近いかも? あんな風にミステリ的な事件が起こることはありませんが。それに金儲けが絡んでギラギラ、人間関係がドロドロ、っていうのがないのがいいんですよねえ。それでいて、さらっと深いものを教えてくれる面もあったりして。
春の椿、夏の蛤、秋の七草、松茸と季節折々の風物も織り交ぜて、とても風流で味わい深い作品となっていました。このシリーズいいなあ。謀略小説よりずっと好みかも♪(講談社文庫)


+既読の服部真澄作品の感想+
「鷲の驕り」服部真澄
「清談 佛々堂先生」服部真澄
Livreに「龍の契り」の感想があります)

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東京創元社で復刊中のラング童話集の5冊目。今回はシチリアやカタルーニャ、そしてデンマークの昔話が多かったですね。25編中10編が、シチリアかカタルーニャのどちらか。そして7編がデンマークの昔話。つい先日イタリア民話集(感想)やスペイン民話集(感想)を読んだところなので、そちらで読んだ覚えのある話が結構ありました。でもデンマークの昔話にも、最近どこかで読んだ覚えがある作品が多かったんだけど、これはどこで読んだのかしら? 似たような趣向の本を続けて読むとダメですねえ。きちんとメモしておかなかったせいで、どれがどうだったのかすっかり分からなくなってます。(汗)
巻末には原書の目次も載ってるので、こちらには掲載されなかったお話が何か分かるようになってるんですけど、今回落とされたのはアンデルセンの童話が多かったようです。このシリーズは元々、日本で既に有名なお話よりも、それほど一般的でないものを優先的に収めるという趣旨だし、私もそれが正解だと思ってるので全然構わないんですが(関係ないけど、アンデルセンはあまり好きじゃないし)、日本のお話もいくつか落とされてました。「Urashimataro and the Turtle」は「浦島太郎」、「The Sparrow with the Slit Tongue」は「舌切り雀」でいいんだけど、「The Slaying of Tanuki」って何だろう? 「Slaying」は「殺害」だから、「文福茶釜」ではないはず... ほかに狸が出てくるような話って何かあったっけ。...あっ、「かちかち山」? ほかにも色々ありそうだけど、全然思い出せないやー。
それにしても「Tanuki」だなんて、ヨーロッパには狸はいないんでしょうか。元々は日本の動物だということなのかな。調べてみたら、狸は英語で「Raccoon dog」と言うようなんですけどね。...あ、Wikipediaによると、基本的な分布は「韓国、北朝鮮、中国、日本、ロシア東部」だそうです。日本だけというわけではないんですね。そして日本の「たぬき寝入り」という言葉は、猟師の銃声に驚いた狸が、弾が当たってもいないのに気絶する習性から来てますが、欧米では同じことを「Fox Sleep」と言うそうです。狐も同じ習性だったのか。面白いなあ。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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かつて早川書房の異色作家短篇集に大きく影響され、今も尚影響を受け続けているという恩田さん。異色作家短篇集のような無国籍で不思議な短編集を作りたいと考えて「奇想短編シリーズ」と銘打って雑誌に連載していたという作品15編を集めた短編集です。

最近こういった国内作家さんの本を読む機会がめっきり減ってしまって、恩田さんの新作にも以前のようには手が出ない私。新刊が出たら「すぐ読みたい!」と思う作家さん、減りましたねえ。一時に比べると本当にわずかになってしまいました。多分、読みすぎて飽和状態になってしまったんでしょう。恩田さんの作品も今のところは細々と追ってるけど、いつまで続くか... そういう時に短編集を読むのってキケンなんですけどね、本当は。短編集は基本的に苦手なので、下手するとそれっきりになってしまいそうで。

さてこの「いのちのパレード」。一旦読み始めると、ほんと読みやすくてびっくりしてしまうんですが、こういう国内作家さんの読みやすさがまたクセモノなんだよな、なんて最近は思うようになりました。ひねくれてるな。(笑)
ええと、この中で私が一番好きだったのは「夕飯は七時」。こういうのは好き~。そんなアホなと思いつつ、思わず想像してニヤニヤしちゃう。これはやっぱり例の一族の話に繋がってるのでしょうか。あと「かたつむり注意報」も良かった。こういった雰囲気は好きですねえ。「SUGOROKU」なんかも結構好きなタイプ。でもその他は... うーん、まずまず楽しめたのもあったんだけど、面白さがよく分からないのも結構あったりして... それにやっぱり短編集のせいか、途中で息切れしてしまって困ります。一旦息切れしちゃうと、どうやっても進まなくなるんですもん。そういうのって短編がどうこういう私の嗜好だけでなく、きっと途中で集中力を途切れさせてしまうような作品があるせいなんだろうなと思うんですが。
いくつかの作品で、あれ、これってもしかして...? なんて思ったりしたので、どの作品も何らかの作品へのオマージュなのかもしれないですね。そういうのが分かると、また楽しさが違ってくるのかも。(実業之日本社)


+既読の恩田陸作品の感想+
「夏の名残りの薔薇」恩田陸
「小説以外」恩田陸
「ユージニア」恩田陸
「蒲公英草紙」「光の帝国」恩田陸
「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」恩田陸
「ネクロポリス」上下 恩田陸
「エンド・ゲーム」恩田陸
「チョコレートコスモス」恩田陸
「中庭の出来事」恩田陸
「朝日のようにさわやかに」恩田陸
「木洩れ日に泳ぐ魚」恩田陸
「いのちのパレード」恩田陸
「猫と針」恩田陸
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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舌切り雀や花坂爺さん、猿蟹合戦のような話もあれば、中国らしい仙人の出てくる物語もある1冊。結構楽しかったんですが、ちょっとびっくりしたのが、七夕の織姫・彦星の話。私がこれまで知ってたのは、愛し合う夫婦が年に一度しか会えなくなってしまって悲しい~という話だったんですが、ここに載ってるのは違うんです。夫が隠していた自分の衣を取り戻した織姫は、空に舞い上がって逃げるし! 夫と子供が追いつきそうになると、次々に大きな川を作って渡れないようにするし! この話の2人は愛し合ってたんじゃないんですね? で、織姫は夫となんか二度と会いたくないのに、天帝の命令で7月7日の夜だけは会うことになってしまいます。それからというもの、夫は毎日食事で使ったどんぶりを1つずつ残しておいて、7月7日の夜、織姫は一晩中そのどんぶりを洗い続けているのだとか... すっごいですねえ。そんな2人なのに、それでも〆の言葉が「毎年、七月七日には、雨が降らなければいいのだが、雨が降れば、それは牛飼いと織姫の流す涙だといわれている。」... 何なんですか、一体。(笑)

あと、日本の鶏は「コケコッコー」と鳴きますが、アメリカでは「クックドゥードゥルドゥー」ですよね。フランスでは「ココリコ」。ここに登場した中国の鶏は「ロンコーコ、チアオホアンオー」と鳴いていました。そしてホトトギスは「コアンクントオチュ」。(もちろんそれぞれに意味があります)こういうのも面白かったな。(岩波文庫)

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先日吉岡幸雄さんの「日本の色辞典」(感想)を読んだ時に、改めて読みたいと思っていた「源氏物語」。古典中の古典だけあって、本当にいろんな方が書いてらっしゃるんですよね。私も漫画を含めていくつか手にしたことはあるんですが、最後まで読んだものがあるかどうか...。改めて調べてみると色んなのがあって、どの版にするか迷ってしまいましたよー。今回読みたいなと思ったのは、翻案作品ではなくなるべく原典に近いもの。となると与謝野晶子訳か谷崎潤一郎訳か... はたまた円地文子訳というのも気になるし、玉上琢彌訳というのはどうなんだろう? 一番みやびな日本語になってるのは谷崎潤一郎訳かもしれないな... でも歌人の与謝野晶子の訳というのも捨てがたいし... 円地文子も評判いいみたいだし... などなど激しく迷いつつ、結局与謝野晶子訳を選んでみました。

結果的に、与謝野晶子訳はとても読みやすかったです。昭和13年の現代語訳だから適度に風情もありますしね。和歌の解釈がないんですけど、これも雰囲気で読めちゃう。でも源氏が生きている間の話は面白く読んだんですが、「宇治十帖」に入ってからは集中力が途切れてしまって... ちょっと斜め読みになっちゃいました。(^^ゞ
そして「まろ、ん?」は「大掴源氏物語」という副題の通りの本。源氏物語のそれぞれの1帖を長いものも短いものも見開き2ページの8コマ漫画にしてしまっていて、これ1冊で源氏物語の概要が分かってしまうというスゴイ本です。(笑) これは以前にも読んでいるので再読。
源氏系は栗顔(まろ→まろん→栗)、頭中将系は豆顔になってるので人間関係も掴みやすいし、登場人物系図や主な官位表もその都度登場するので、ほんと分かりやすいんです。それに小泉吉宏さん、概略を書くのが上手いし~。与謝野晶子訳を読みながら自分がちゃんと理解できてるか、こちらの本で復習しつつ読んだのでした。

「まろ、ん?」で一番「おおっ」と思うのはこの部分。

秘め事が知れたら恋人や妻を苦しめるというのに それを告白することが誠実なことだと思っている人がいる。だがそれは自分の罪悪感から解放されたいと思っているだけだ。つまり甘えているだけである。

こういうところを読むと、そうだ「ブッタとシッタカブッタ」やなんかを書いてる人だったんだわーって改めて思い出します。(笑)

今度は谷崎源氏を読んでみたいな。(角川ソフィア文庫、幻冬舎)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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既に毎夏の恒例行事となってるんですが、夏になるとどうしてもPCの調子が悪くなってきて困ります。先日とうとう再インストールしてしまいましたよー。それもあって、どうも本の感想を書くのが追いつきません... いや、連日のこの暑さで読書もそれほど進んでいないのですが。

この二階堂善弘氏、中国物関係のサイトを持ってらっしゃるとあったので、てっきり中国物好きの素人さんかと思っていたんです。文章も読みやすく分かりやすくまとまってたし、2冊とも「西遊記」と「封神演義」が中心になっていますしね... ってそれは偏見?(笑) そしたらなんと、関西大学の教授先生だったんですねー。道理でふとしたところで知識の深みを匂わせていたわけだ! でもそんな風に知識の深さを感じさせつつもマニアックに走ったりせず、むしろ全体像を概観できるように表層がきれいにまとめられているという感じの本でした。この2冊では「中国の神さま」の方が、民間信仰系、道教系、仏教系と、数多い神さまが系統立って要領良く紹介されていて良かったかな。中国物を読みながら、ふと調べてみるのに丁度いいかも。対する「中国妖怪伝」は、それほど「要領良く」という感じではないですね。知名度も高く、ある程度確立した存在の「神さま」に対して、妖怪は特定のお話の中にしか登場しない存在のことが多いので、仕方ないんだけど。
ただ私、「西遊記」は何度も読んでるので神さまも妖怪もお馴染みだし、登場してると嬉しいんですが、「封神演義」は読んだことがないんですよね... 以前読もうとしたことはあったんですが、丁度宮城谷昌光さんの「王家の風日」を読んだところだったので、同じ登場人物が共通してるだけに雰囲気の違いについていけなくて。(あまり覚えてないんですが、文章もダメだったのかも) 中国・台湾での知名度と人気ぶり、影響度を考えると、一度読んでみなくっちゃとは思ってるんですが...。(平凡社新書)

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「中国昔話大集」のIとIIです。この話梅子さんという方は、中学の頃に「聊斎志異」や「紅楼夢」にハマって以来あれやこれやの中国物を読んだ挙句、原書にまで手を出すようになり、そうやって読んだ話を翻案・翻訳してメールマガジンで流してらして、そういった話が本になったのだそう。ちなみに「話梅子」の読み方は「フアメイズ」。「話梅」という梅を乾して砂糖をまぶした中国のお茶請けにちなんだ名前なのだそうです。私もそういった中国物は子供の頃から大好きだし、平凡社の中国古典文学全集は宝物。原書に手を出そうなんて考えたことはなかったですけどね。(笑)
で、早速読んでみたら、知らない話が色々と... やっぱり原書が読めるというのは強いですねえ。それぞれに章ごとにテーマが決められて、似たような話がまとめられています。「游仙枕」の方は幽鬼や情愛、妖怪、動物、奇妙、神仙や幻術。「大器晩成」の方は、出世、試験、賄賂、名声、処世術、習性、犯罪、異界。科挙にまつわる話や大岡裁きみたいな現実的な話も面白かったんですが、私が好きなのは、やっぱり不思議系。そういう意味では「游仙枕」の方が好みですね。結局私も「聊斎志異」が好きなんだなあー。
宋や明、清の時代の話が多かったですが、宋と明の間の元の時代の話はなかったような...? あったのかもしれないですが、ものすごく少なかったはず。やっぱりモンゴル民族の時代は少し毛色が違うんでしょうね。「杜十娘」の冒頭に「明の萬暦二十年(千五百九十二年)に日本の関白平秀吉が朝鮮を侵略した。朝鮮が助けを求めてきたので...」という文章で始まる話があってびっくりでした。日本が出てきたのは、そのぐらいかな。(アルファポリス文庫)


+既読の話梅子作品の感想+
「游仙枕」「大器晩成」話梅子編・訳
「中国百物語 中国昔話大集III」話梅子編・訳

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三舟シェフと志村さんが珍しく喧嘩... その原因は、三舟シェフがついつい餌付けしてしまった黒い痩せた猫でした。責任を取ってその猫を飼うようにと志村さんに言われた三舟シェフは、お店に貼り紙をして、早急に猫の貰い手を捜すことになります... という「錆びないスキレット」他、全7編の短編集。

「タルト・タタンの夢」に続く、ビストロ・パ・マルのシリーズです。
相変わらずお料理が美味しそう~。それにパ・マルの雰囲気も相変わらずいい感じです。無口で無愛想だけど絶品の料理を作る三舟シェフ、シェフとして十分一人立ちできる実力があるのに、敢えて三舟シェフの下で働くことを選んでいる志村さん、そしてソムリエの金子さんにギャルソンの高築くん。「タルト・タタンの夢」を読んでから1年も経ってないのに、ようやく懐かしい面々に会えた~という感じ。
今回は三舟シェフがパ・マルを開店する前、フランスにいた頃のエピソードも2つあって、その中にヴァン・ショーを作るきっかけとなった出来事も語られるのが嬉しい♪ 前回のように、毎回謎解きの後にヴァン・ショー... にならなかったのは、表題作「ヴァン・ショーをあなたに」を際立たせるためだったのかな? 今回は謎解きとしては少し小粒な感じだったし、ヴァン・ショーがあんまり登場しなかったのも寂しかったんですが、その分三舟シェフの素顔を見せてくれていたので、物足りなさは感じなかったです。
今回特に気に入ったのは、「ブーランジュリーのメロンパン」と「ヴァン・ショーをあなたに」の2編。どちらも家族の絆を感じさせる暖かい作品でした。あと印象に残ったのは、「錆びないスキレット」での志村さんの台詞。「猫に餌をやるということは、そういうことです。その猫に責任ができるのです。だから、シェフ、きちんと責任を取ってください」 ...南方署強行犯係のシリーズを思い出しますね。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編(「窓の下には」の感想)
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「にわか大根」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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60年ぶりの満月のハロウィーンの晩。前回の満月のハロウィーンの晩の魔女の悪戯がひどかったため、今回子供たちは「お菓子をくれないといたずらするぞ!」のおふせまわりも早々に終わらせて家に入るように言われていました。しかし魔女のどんちゃん騒ぎに紛れ込んでみたいと考えたアリゼとエクレルは、魔女に扮装してホウキを持って、魔女の集まる星見丘へ。魔女が来ないうちに藪に隠れて待っていると、空は突然、ホウキに乗った魔女でいっぱいになります。ひとしきりゲームや競争をしてから地上に降り、焚き火をたいてお茶を入れ始めた魔女たち。それを見たアリゼは、藪に立てかけられたホウキを1本取って自分のホウキと取替え、「魔法入門」で覚えた呪文を唱えて空に舞い上がります。

先に読んだ「ティスの魔女読本」に出てきた魔女のティスとアリゼの出会いがこの本。空の上で困っていたアリゼを助けてくれたのがティスだったんです。でも、子供の頃に魔女のホウキで空を飛んでみたいと思ったことのある人は結構いるんじゃないかと思うんですが、こんな恐ろしい思いをするなんて想像してる人はほとんどいないと思いますねえ...。ここに登場する魔女たちの羽目の外し具合にもちょっとびっくり。物語に登場するような、いわゆる「良い魔女」「悪い魔女」とはまたちょっと違う「魔女」。これを読んでいると、本来の魔女ってこんな存在なのかもしれないなーなんて思えてきます。
そして魔女たちのハロウィーンパーティの後は、人間たちのハロウィーンパーティ。これは魔女のパーティとは全然違って、なんだかロマンティック。前後の本は読んでるので、おおー、実はこんな出来事があったのね!ってびっくりです。(河出書房新社)


+シリーズ既刊の感想+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

+既読の高柳佐知子作品+
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子

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夏休みの最後の3週間を、父と2人で海のそばの小さな町で家を借りて過ごすことになったと聞かされて驚くカズヤ。母がその間ずっと遠くで仕事なので、2人で東京にいても仕方がないというのです。カズヤは小学5年生。父は小説家で、母はデザイナー。そしてたどり着いた海辺の町は、海水浴場などではなく、小さな漁港があるだけの町。カズヤは早速、同じ小学5年生でミステリー好きのミツルと話すようになります。そのミツルがしてくれた秘密の話は、この町に住んでいた佐多緑子という大金持ちの老婦人の遺産にまつわる謎の話。彼女は亡くなる4日前に全財産を銀行からおろし、亡くなるまで一度も外出せず、訪ねてきた客もいなかったというのに、死後、そのお金は屋敷のどこにもなかったというのです。2人は早速佐多緑子の遺産はどこに消えたのか考え始めます。

ポプラ社にTEEN'S ENTERTAINMENTというYA向けのシリーズが出来ていたようですね。これはその第一回配本作品。
題名の「フリッツと満月の夜」の「フリッツ」は、表紙の絵にも描かれている猫のこと。満月の夜に一体何があるのかな~?なんて思って読んでいたんですけど... いや、確かにフリッツも満月の夜も一応重要ではあるんですけど... あんまり話の中心というわけではなかったんですね。むしろカズヤとミツルのひと夏の冒険物語という感じ。もしかして、元々はきっともうちょっと違う話になるはずだった? 書き直してるうちに路線が違う方向にズレちゃったの? って思っちゃう。このフリッツの存在こそが松尾さんらしいところになるはずだったんでしょうに、この程度じゃああんまり必然性が感じられない... せめてもう少し早く物語の前面に出てきていれば。
うーん、ダビデの星の使い方は面白かったんですけどねえ。私にはどうも全体的に物足りなかったです。残念(ポプラ社)


+既読の松尾由美作品の感想+
「雨恋」松尾由美
「ハートブレイク・レストラン」松尾由美
「いつもの道、ちがう角」松尾由美
「安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎」松尾由美
「九月の恋と出会うまで」松尾由美
「人くい鬼モーリス」松尾由美
「フリッツと満月の夜」松尾由美
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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熊井明子さんといえば「ポプリの人」というイメージしかなかったんですが、やっぱりそのポプリのイメージそのままの本でした。少女だった頃の話から、映画監督の熊井啓氏と結婚したこと。そして結婚後のことなどが色々綴られていて、実際にはポプリの話はあまり出てこないんですけど、その土台はやっぱり「ポプリ=乙女」なイメージ。このエッセイが書かれた時、熊井明子さんはもう30台後半になってらしたはずなんですけど、まだまだ少女らしさを残してらしたんですねー。お好きな詩が沢山引用されてるところも一昔前の文学少女という感じだし... たとえば内藤ルネさんデザインのハンカチの話が出てくるところでは、以前読んだ田辺聖子さんのエッセイを思い出してしまいます。田辺聖子さんは中原淳一さんがお好きで、そのことを書いてらしたので、内藤ルネさんのお名前が出てきてたかどうかはさだかではないのですが...。随所で時代を感じさせるし、そもそも私自身が全然乙女系じゃなかったので、読んでてちょっとツラい部分もあったんですけど、それでも気がついたらするすると最後まで読んでしまいました。
読んだ後でちょっと調べてみたら、熊井明子さんのご主人の熊井啓氏は2007年に亡くなってたんですね。ということは1962年に結婚してらっしゃるので結局、40年目のルビー婚式... か、45年目のサファイア婚式までだったのかあ...(文中にそういう話が出てくるのです) でも1972年公開の「忍ぶ川」の前後で体の具合が相当悪くて生死の境をさまよったような話が出てくるので、「2007年に亡くなった」というよりも「2007年まで生きていた」という方が強いかも。最近まで生きてらしたと知って、なんだかちょっとほっとしてしまいました。(じゃこめいてい出版)

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信乃にアルバイトの話を持ってきたのは、継父の「村尾さん」。取引先の社長に、ある10歳のお嬢様が女子高校生限定の家庭教師を探しているという話を聞いてきたのです。無事にその子の家庭教師になれた時の謝礼は、かなりの高額。しかしお嬢様はなかなか気難しいらしく、これまで面接を受けに別荘まで行った高校生のほとんどが、その日のうちに帰されてしまっているというのです。信乃は再婚したての両親を2人きりにさせてあげる意味もあって、面接を受けに行くことを決めます。そして翌日早速その少女、阿久根芽理沙に会いに行くことに。

普通なら、我侭なお嬢様の家庭教師になった女子高生が別荘地で連続殺人事件に巻き込まれて... というミステリになるはずのところなんですけど、この作品を書いてるのは松尾由美さん。そんな一筋縄でいくはずがありません。なんせ人くい鬼モーリスが殺人事件に絡んできちゃうんですから。
この「人くい鬼モーリス」は、実際には何なのかははっきりと分からないものの、この土地が別荘地になる前、普通の村だった頃は時々目撃されていた存在。芽理沙のお祖父さんもお母さんも、子供の頃に何度も見ています。お祖父さんの観察ノートによると、モーリスは自ら人を殺すことはしないものの、新鮮な人間の死体が大好物。死体を前にお祈りでも捧げるように頭を少し垂れていると、死体が光を放ち始め、数秒で死体が消えてなくなってしまうといいます。お祖父さんの考えでは、モーリスが食べてるのは生物の残留思念で、死体が消えてなくなるのは、その副作用のようなもの。そして最大のポイントは、モーリスを見ることができるのは高校生ぐらいまでの子供だけだということ。
この別荘地で起きる殺人事件では、いずれも死体が消滅してしまいます。読者や主人公たちにすれば、モーリスが食べてしまったんだろうというところなんですが、実際に推理する大人たちはそんな存在自体全然知らないし、人くい鬼の噂を聞いたとしても信じられるわけもなく...。そもそも死体と一緒に犯人の手がかりとなりそうなものも消えてしまってるだけでも問題なのに、死体を移動させられる腕力というのが犯人の条件になってしまうんだからヤヤコシイ。

読んでいても、モーリスの姿があまり鮮明に浮かんでこなかったのがちょっと残念でした。この作品は、ある怪獣のお話のオマージュになってるので、それが分かればそちらの絵が出てくるんですけど、最初はそんなこと分からないですしね。それに終盤、ちょっと唐突だなーとか、ツメが甘いなーと思ってしまう部分も... 本当ならもっと強烈に面白い作品になったんじゃないかって思ってしまうー。それでもモーリスの存在というファンタジックな存在が現実的なミステリと上手く絡み合っていて、これはこれでなかなか面白かったです。(理論社)


+既読の松尾由美作品の感想+
「雨恋」松尾由美
「ハートブレイク・レストラン」松尾由美
「いつもの道、ちがう角」松尾由美
「安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎」松尾由美
「九月の恋と出会うまで」松尾由美
「人くい鬼モーリス」松尾由美
「フリッツと満月の夜」松尾由美
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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高柳佐知子さんの家の庭の花壇は、春先から秋の終わりまで絶えず花が咲き続けているのだそう。季節ごとに咲いている花を買ってきて植えているのではなく、元々植えられている花が次から次へと咲くのです。そういった花壇や庭を手入れしているのは、庭仕事が大好きだという高柳佐知子さんのお母さん。そんなお母さんが世話している庭の一年間を、高柳佐知子さんが記録していきます。

まえがきに「私のうちの小さな庭の小さな花壇」とあるんですが、全然小さくなんてありません。全体図もあって、植わっている木の名前が書かれてるんですけど、もう数えるのが大変なほど沢山あって! これで「小さな庭」だなんてどこが!?です。これってまるで、全然太ってないむしろ痩せてる女の子が「今度こそダイエットしないとヤバイ~」なんて言ってるようなものなのでは。(笑)
読んでいたら、私もこんな庭が欲しいー!!と悶えてしまいそう。でもここまで広かったら、私には世話ができないな。うちの母は植物を枯らす名人なので、高柳佐知子さんのお母さんみたいなことは期待できないし...。この4分の1ほどの広さでいいや。それでも十分広そうですもん。って、それも今の状態ではまず無理なんだけど。(笑)(河出書房新社)


+既読の高柳佐知子作品+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

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14世紀初頭のイギリス。スティーヴンは伯爵の息子ながらも、幼い頃に犬に噛まれたのが原因で犬を怖がるようになり、しかも内気で心優しい性格だったために、実の姉妹や腹ちがいの兄弟姉妹にいじめられる毎日。本人も自分のことを臆病だと思い込んでいました。父親の伯爵も、スティーヴンを騎士にするのではなく修道院に入れようと考えていたのです。そんなある日、伯爵家の猟犬が7匹の子供を産み、そのうちの一番弱い仔犬が殺されようとしているのを知ったスティーヴンは、思わずその仔犬を引き取ると言ってしまいます。はじめは引き取った仔犬を密かに捨てようとするスティーヴンでしたが、崖から落ちた仔犬を助けたことから、徐々に仔犬に対する愛情を持ち、犬に対する恐怖心を克服することに。

先日読んだ高柳佐知子さんの「ケルトの国へ妖精を探しに」(感想)に出てきて興味を持った本。修道僧が福音書を描いている場面の描写が詳細だというのが読みたいなと思ったポイントで、実際その場面も満足したんですけど、いやあ、全体的にもとてもいいお話でした!
主人公のスティーヴンはとても感受性が鋭い少年なんです。物の形や色彩にも敏感で、明らかに絵の才能があるんだなという感じ。でもこの時代のことだから、男の子は何よりも騎士になるのが一番とされてるんですよね。見るからに騎士に向いてないスティーヴンは、単なる落ちこぼれ。出来損ない。誰もスティーヴンの才能や長所に気づくことがないんです。本人ですら、自分が臆病で何もできない人間だと思い込んでるし... まさに「みにくいあひるの子」状態。しかもあひるの子なら大きくなって白鳥になった自分を見ることができるのに、スティーヴンには確認する手段が全然なくて。
そんなスティーヴンに、少しずつ自信を付けさせてくれたのが犬のアミール、師となったペイガン卿、そして従者となったトマス。中でもペイガン卿の言葉は、スティーヴンに大きな影響を及ぼしてます。

じぶんのことを他人に決めてもらってはいけない。じぶんが生きたいと思うとおりに人生を生きるんだ。他人にこうすべきだと指図されて生きたりしてはだめだ。自分らしく生きなさい。そしてなんでもやりたいことがあったら、精魂込めてやるんだ。

なによりも、いつもじぶんらしく生きるんだ。他人を傷つけさえしなければ、恐れずに自分のやりたいことをやりたまえ。神はわれわれを、それぞれ別々に形造ってくださった。もし神がきみをふつうとはちがった型に入れて造るのがいいとお思いになったのなら、臆することなく人とちがっていればいいのだ。

出会いがあれば別れもあるし、それにとっても長い回り道だったんですけど、それだけに最終的に見つけた自分だけの道はスティーヴンにとって実りが大きいはず。最後にあの頑固な人の後悔も癒されることになって良かったわー。長い長い自分探しの旅の話でした。児童書なんですけど、大人にも十分読み応えがあると思います♪(すぐ書房)

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久々に読む「せむしの小馬」。先日祖母の家に行ったので、その時にこの本を持って帰ってきました。これはエルショーフが19歳の時に書いた作品で、色々なロシアの民話を元にロシア語で書かれたという詩。プーシキンや他の詩人たちがこの作品に感心して夢中になったのだそうです。
改めて読んでみると、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも出てくる物語がいくつも組み合わさっているのがよく分かります。夜のうちに小麦畑をめちゃくちゃにしてしまう馬も、火の鳥も、鯨が飲み込んだ船のことも...。そういった1つ1つの物語よりもこちらの方が断然面白いから、「ロシア民話集」を読んでいてもどこか物足りなさが残ってしまったのだけど。そして私にとって「ばかのイワン」は、これが基本なのかもしれません。トルストイの「イワンのばか」も、子供の頃から好きだったんですけどね。
私の持っているのは岩波少年文庫版ですが、これは絶版。でもお話そのものは、今でもちゃんと読めるようです。ただ訳者さんが違うので、どんな感じなのかは分かりませんが...。岩波文庫版は詩の形で訳してあるんですけど、右の画像の論創社版はきっと散文訳なんでしょうしね。挿絵からして、低学年の子供向けって感じ?
今回読んでいたら「はくらいのぶどう酒」なんて言葉があって、「ああ、舶来という言葉を覚えたのは、この本だったなー」なんて懐かしかったです。そして岩波文庫版の挿絵にはV.プレスニャコフというロシアの画家の版画風の絵葉書が使われていて、そういうのもこの本が好きなところなんですよね。(岩波少年文庫)

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先日「アイスランドサガ」に入っている「ヴォルスンガサガ」を読んだところなので、この2冊が目についたのは、私の中ではとってもタイムリー。ジークフリート伝説に関しては「エッダ」(感想)「ヴォルスンガサガ」(感想)「ニーベルンゲンの歌」(感想)「ニーベルングの指環」(感想)と読んできたわけなんですが、その4つの作品、大きな流れは同じでも、細かい部分ではかなりの相違点があるんです。ジークフリートの設定からして、孤児だったり王子だったりと様々。この4作の中ではワーグナーの「ニーベルングの指環」だけ成立年代がかなり離れているし、これに関してはワーグナーの創作ということで構わないんですが... 他のものに関しては、どれが原型がどんな風に変化していったのかとか全然知らなかったんですよね。でもこの2冊を読んですごーくよく分かりましたよ。「ニーベルングの歌」の前半と後半ではクリエムヒルトとハゲネの造形があまりに違うのも以前から気になってたんですが、そのわけも分かりました。そもそも「ブリュンヒルト伝説」と「ブルグンド伝説」という2つの伝説があって、それが合わさって前編と後編となってたんですね。2つの違う伝説が合体させられてしまったのなら、雰囲気が変わってしまったわけもよく分かります。しかも「ティードレクス・サガ」だなんて、まだ私が読んでないシグルズ伝説のサガがあったようで!
この本を読むと、元となったジークフリート絡みの伝説やその内容、その伝説が広がって変化していき、「ニーベルンゲンの歌」ができ、他の作品ができていく様子がよく分かります。そしてそれらを土台にして書かれることになった沢山の戯曲のことも。
2冊続けて読んでしまって、しかもすぐに感想を書かなかったので、どちらがどうだったか分からなくなってしまったんですけど... 重複してる箇所も結構ありますしね。でも全体的には「『ニーベルンゲンの歌』を読む」の方が良かったかな。「ジークフリート伝説」には北欧のエッダやサガが取り上げられているところが、私にとってはポイントが高かったんですが、「『ニーベルンゲンの歌』を読む」の方が、「ニーベルンゲンの歌」や「ニーベルングの指環」について詳細なんです。作品の構造や解釈について色々と新しい発見があったし、より理解が深まったような気がします。(講談社学術文庫)

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グリム童話集に匹敵するものを、とカルヴィーノが3年かけて採取し編纂したイタリアの民話集。原書では200話が収められているようですが、この岩波文庫版には75編が収録されています。上巻が北イタリア、下巻が南イタリアのもの。

本当は、先日overQさんが紹介してらした「ペンタローネ」を読もうと思ってたんですけど...(記事
「ペンタローネ」はイタリアの詩人・バジーレが17世紀に編纂したもので、ペローやグリムにも影響を与えたそうなので、そちらから読むのが筋なんだろうとは思うんですけど、書店にあったのがこちらだけだったので...。なぜか下巻の書影しかありませんが。
さてこの「イタリア民話集」、ヨーロッパやアジアに流布しているような物語も沢山ありましたが、イタリアらしさが感じられるものも色々ありました。たとえば「皇帝ネーロとベルタ」なんて、まさにイタリアならではの登場人物ですしね。ペルセウスとアンドロメダの物語のような「七頭の竜」も、まあモチーフ的には他の地方にも見られるパターンなんですけど、ギリシャ神話を感じさせる辺りがとてもイタリアらしいです。「眠り姫」もイタリアに来ると、王子さまが来てもお姫さまは眠り続けていて、その間に子供ができてしまったり... 目が覚めてから、傍らに赤ん坊がいるのを見てびっくりするお姫さまには、私の方がびっくり。あと、地理的に近いせいか、先日読んだ「スペイン民話集」(感想)と結構近い話もいくつか目につきました。そっちを読んでいなければ、今頃「おー、こういうのがイタリアっぽいのか」なんて思ってたでしょうから、その辺りが難しいところなんですが...
私が好きだったのは「賢女カテリーナ」というシチリアの物語。パレルモの王子が、大評判の賢女カテリーナの学校に通い始めるのですが、質問に答えられなくて、ぴしゃりと平手打ちをされてしまうんですね。で、平手打ちなんてしたことを後悔させるために、王子は父王に頼んで賢女カテリーナと結婚するんです。(そんな後ろ向きな理由で結婚してどうするって感じなんですが、このパターンはスペイン民話にもありました) で、どうやっても後悔しそうにない賢女カテリーナを地下に閉じ込めておいて、自分はナポリに旅に出ちゃう。そしてナポリでカテリーナそっくりの女性を見つけて結婚して子供を作ってしまうのです。2年ほど暮らすと飽きてジェノヴァへ、そしてヴェネツィアへ。どちらでも同じようなことが起こります。そしてパレルモに帰った時...。次々に女性を見初めて結婚する割には、結局同じ女性を選んでしまっているところが情けなくも可愛らしい物語です。
包丁で身体をまっぷたつにされた男の子の話「まっぷたつの男の子」は、カルヴィーノの「まっぷたつの子爵」の元になっているのかな? なんて部分もあって、なかなか面白かったです。巻末にはカルヴィーノによる詳細な原注もあって、そっちも読み応えがあるんですよね。訳者あとがきにあるように「注を主体として読み、本文を従属的に読む」という読み方も良さそうです。(岩波文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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言わずと知れたハリー・ポッターシリーズの第6巻。先日最終巻が発売されて、図書館でもものすごい数の予約が入ってるというのに、なんで今頃第6巻?...と思われてしまいそうなんですが、まあ、元々あんまり真面目に読み進めるつもりもなかったので...。ホグワーツの魔法学校の組み分け帽子とか、そういうモチーフは楽しくて好きなんですけどね。世間の熱狂振りを見てると逆に引いてしまう... もっと面白いファンタジーなんていっぱいあるよって言いたくなっちゃう。でも身近に買って読んで押し付けてくれる人がいるものだから、どうやらシリーズを読破してしまいそうです。(笑)
ということで第6巻を読みましたが、これはなかなか面白かったです。いつもなら、今にも暴走しそうになるハリーにロンがくっついて、ハーマイオニーがなんとかブレーキをかけようとするという感じの展開だと思うんですけど(違いましたっけ...?)、今回はハリーとダンブルドアが組む場面が多いんですよね。しかもそれで明かされる新事実というのが多くって。
でも真面目に読んでないのが裏目に出て... というより間隔があきすぎてるのが問題なんでしょう。「不死鳥の騎士団」を読んだのは4年も前だし。前回起きた事件とか登場人物とか忘れてしまった部分が多かったのが、ちょっと痛かったかも。ジニーの気持ちに関しては、ちゃんと覚えてたんですけどね。
それにしても... ジニーはいつの間に美人になったんですか?(笑)(静山社)


+シリーズ既刊の感想+
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上下 J.K.ローリング
「ハリー・ポッターと死の秘宝」上下 J.K.ローリング
(それ以前の感想は残っていません)

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翻訳家の青山南さんの奥様はフリーのライター。2人のお子さんが出来て、翻訳家という比較的時間が自由になる仕事の青山南さんも子育てに本格的に参戦して... という子育てエッセイ。

プロローグの「夕日をながめるぜいたく」が、まず面白いです~。「ひとりの男とひとりの女がひっそりと暮らしている空間に赤んぼが出現したらどういうことになるか?」という文章から始まるんですが、もうほんと実感がこもってます。
まず部屋が狭くなる... 赤んぼの寝る布団を家の中の一番良い場所に置くために、狭い部屋はますます狭くなり、赤んぼを踏んじゃいけないので、部屋の中が自由に歩けなくなる... 数ヶ月過ぎてそれにも慣れた頃、赤んぼは右に左に動きだして部屋は一層狭くなる... しかし狭い部屋にも既に慣れてきているので、さらに狭くなったことに気がつかない... そして寝返りという、これまた部屋がどんどん狭くする行動を心待ちにするようにさえなる...。
世の中、主夫も徐々に増えているようですが、やっぱり一般的な会社勤めをしている男性に子育てはなかなかできないですよね。ちょっぴり奥さんの手伝いをしたり、休日に子供の相手をした程度で、子育てに積極的に参加してると思ってる男性も多いかも?(世間一般の実態はよく知りませんが) でも青山南さんは正真正銘、子育てに参加してるなあって思っちゃう。しかもいいお父さんなんだなあ、これが。ご本人はすぐヒステリーを起こすようなことを書かれていますが、きっと娘さんたちの自慢のお父さんなんでしょうね。

+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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「小説そのものも楽しいが、その周辺のことを知るともっと楽しい」という青山南さん。ゴシップというと下世話な噂話を想像してしまうんですが、そういった興味本位の噂話の本ではありません。ここで言うゴシップとは、作品や作家、出版業界の周囲の様々な話題のこと。

ええと、文章を書いてるのが青山南さんですしね、エッセイとしては読みやすいんですけど... 他のエッセイほど楽しめなかったのは、やっぱり私があんまりアメリカ小説を読んでいないからなんだろうなあ... もちろん知らなくても面白く読める部分もあるんですけど、たとえばポール・オースターの章は他の作家さんの章よりずっと楽しく読めたことを考えると、もっと知っていればきっともっと楽しめたんでしょう。
そんな私にとって一番面白かったのは、コラムに関する章。「それにしても、あれはどうにかならないものか。読んだコラムがおもしろかったときにそれをたたえるためにつかう、「良質の短篇小説でも読むような」とか「一級品の掌編にでもめぐりあったような」という常套句。あれはよそうよ。」という文章にはドキッ。確かにここで短編小説を引き合いに出す必要なんて全然ないですよねえ。でも私もそういうことを書きたくなっちゃうことがあるからなあ。青山南さんが書いてらっしゃるように「コラムは、うまくいった場合でも、よくできた短篇程度のものにすぎない、という意識がかくれている」というわけではないんだけど、でもやっぱりそうなのかも...。で、「これはもはやスポーツライティングではない」なんて言い始めるんですね。(笑)
あとはデビュー前に原稿を突っ返されたり、デビュー後でも原稿がボツになったりという話。時にはどっちも体験してない人もいるようですが、やっぱり結構大変みたい。それでも書き続けなければ作家として大成することはできないし... 成功するには純粋な才能の他にも、確固とした自信や強い精神力が必要なんでしょう。せっせと投稿し続けて、しまいには出版社がそのパワフルさに負けてしまうというケースもあるようだし。そしてスティーヴン・キングみたいな人気作家でも、短篇60篇(!)と長篇4篇がボツになってるそうなんですが、まるでめげずに「ぼくはいくらでも書けるから、そんなの、ものの数じゃないヨ」と明るいんですって。やはりこういう作家が最後まで生き残るんだな。(晶文社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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1つ前の「アリゼの村の贈り物」の感想で、エッセイ向きじゃないかなと書いた部分が全開の本。うん、やっぱり美味しいお菓子や庭の花で作る小物の作り方は、こっちの本の方が似合いますね。高柳佐知子さんが住んでらっしゃるのは、ご本人曰く「カントリーといえるような美しい風景」ではなくて「中途半ぱな田舎」だそうなんですけど、それでも広いお庭には花が咲き乱れて、お友達が送ってくれた箱いっぱいの野のスミレを植えたり、そんなお庭でイースターの卵さがしをしたり、庭のテーブルで食事やお茶をしたりと生活を満喫している様子がとても楽しそう。あと、洋書店で偶然絵本に出会って以来ファンだというターシャ・テューダーさんに会った時のことや... エプロンや帽子、ほうきやはしごのこと、飛行船のこと、放浪人のこと、屋根裏部屋のことなど、お好きなものが色々紹介されています。
そして私が一番のお目当てにしてたのが、高柳さんのお好きな児童文学の話。やっぱりコレが一番面白かった...!
「お伽の国の言葉」と「読書人の黄金時代」のページはカラーのイラストと共に沢山の本やその中の言葉が紹介されていて、私もイギリスの作家の本が大好きだし、子供の頃から大好きな本がいっぱい登場するので、嬉しくなってしまう~。ここに、ファージョンの「西ノ森」から「詩みたいなものですわね」という言葉が出てくるとは! でも高柳佐知子さんが本格的に児童文学やファンタジーと出会ったのが20代半ばだというのがちょっとびっくり。もっと小さい頃から親しまれていたのかと思ってました。ある日、電車での時間潰しのために「大きな森の小さな家」(ワイルダー)をふと手に取ったことから始まったのだそうです。それからの数年間は「読書人にとっての黄金時代」だったとのこと。それでここまで影響されたというのもスゴイなあ... でもそれは本当に幸せな数年間だったんでしょうね。他人事ながらものすごく分かる気がします。(大和出版)


+既読の高柳佐知子作品+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

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花の好きなスピカさんに庭のことや花のことを教わったり、風屋のロジャさんに風の集め方を教えてもらったり。鉱石好きのスピネルさんや未来の博物学者のフィルさんと鉱物採取をしに行ったり、フィルさんの自然現象の観察ノートを見せてもらったり。アリゼがハイウィロウ村の人々の生活の中で、面白いと思ったり素敵だなと思ったことを紹介していく本。

先日読んだ「ハイウィロウ村スケッチブック」に続く本。アリゼがスピカさんに教わるのは種まきの仕方とか、花の冠やリース、タッジー・マッジーの作り方などなど。アリゼが年下の友達・ミンちゃんと村のあちこちにフーセンカズラの種をまいて歩くのが楽しいです。野原や森でも、色んな人たちに色んなことを習います。コックス・オレンジ・ピピンという早生品種のりんごの保存の仕方、寝袋での野宿の仕方、ロープ結び、木の枝の小屋の作り方や焚火の仕方、かまどの作り方などなど。あとは、村の人々のお得意の食べ物の作り方も。いちごゼリーやゼリー・ロール、クランペット、マフィン、眠気覚ましのココア、眠れない夜のためのミルク酒などなど。
でも一番楽しかったのは、ロジャさんに風の収集の仕方を習ったり、雲研究家のアスゴールさんに教えてもらいながら雲の上を歩いたりという辺りかな。食べ物系も美味しそうだし、花で作る小物なんかも素敵ではあるんですけど... 高柳佐知子さんの普段の生活が透けて見えてくるようで。こういうのはどちらかといえばエッセイ本向きなんじゃないかなあ。でも風の収集や雲の上の歩き方といった辺りは、ハイウィロウ村ならではのファンタジックな部分。こういう本だからこそ、思いっきり夢を見させて欲しいのです。(河出書房新社)


+シリーズ既刊の感想+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

+既読の高柳佐知子作品+
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子

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アイスランドの人々の歴史な出来事や英雄を伝える散文物語・サガ。数あるサガの中から「エギルのサガ」「グレティルのサガ」「ラックサー谷の人びとのサガ」「エイルの人びとのサガ」「ヴォルスンガサガ」「ニャールのサガ」という、五大サガ+1(ヴォルスンガサガ)を完訳したもの。

ああー、長かった。じゃなくて(笑)、読み応えのある本でした。なんせ862ページ2段組み! 市外の図書館から取り寄せてもらったんですけど、こんなに分厚い本とは知らなかったので、届いた時ちょっと引きましたよ。京極本レベルですね。しかも現代作家さんの、導入部から徐々に盛り上がってクライマックスへ、そして終幕、といったよく整理された話じゃないし、人名がものすごく沢山出てくるので覚えられなくて大変... こういうのを読んでると、今どきの小説、特にジェットコースター的なものが恋しくなります。(笑)

この5つのサガの中で1つだけ異色なのは、やはり「ヴォルスンガサガ」。これは1260年頃の作品だそうで。「エッダ」(感想)に収められているシグルズ伝説と基本的に同じもの。要するに「ニーベルンゲンの歌」(感想)とも同じ。そしてワーグナーの「ニーベルングの指環」(感想)とも。というか、ワーグナーはこちらの作品を元にしてあのオペラを作り上げたらしいです。現存する「エッダ」には欠落している部分があるんですが、それが失われる前のエッダから作り上げられているので、逆にエッダの欠落を埋めてくれるという貴重な作品でもあるのだとか。
そしてあとの5つのサガはハロルド美髪王がノルウェーを統一しつつある頃から、その子や孫が王となる時代の話。こちらはアイスランドに植民した人々の話なので、「ヴォルスンガサガ」に比べるともっと現実感のある作品です。「グレティルのサガ」はちょっと違うんですけど、他の4つは登場人物も起きる出来事も共通してたりするので、全部読むと特定の出来事の裏事情が分かるような場面もあります。でもね、とにかく登場人物が多いし、今どきの小説みたいに整理されてるわけじゃないので、読むのがほんと大変で... 主人公の一生を描くにしても、その誕生から死までではなくて、その祖父母の時代辺りから話が始まるんですもん。面白いのは確かなんですけどね。特に「ラックサー谷の人びとのサガ」で結果的に4人の夫を持つことになったグズルーンの話なんて面白かったなあ。
でもやっぱり好みからいえば、「ヴォルスンガサガ」が一番かな。普通のアイスランドサガは、私の好みからすると現実味がありすぎて... もうちょっと神話の世界に近い方が好きなのです。(新潮社)

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題名の通り、「エッダ」と「サガ」の2章に分かれています。「エッダ」の章で取り上げられているのは、神話と、「鍛冶屋ヴォルンド」「フンディング殺しのヘルギ」「シグルス」というエッダに収められている3編の英雄伝説。「サガ」の方には、「宗教的学問的サガ」「王のサガ」「アイスランド人のサガ」「伝説的サガ」の4つの分類で、文学的な価値の高い20数編のサガが紹介されています。

エッダは北ゲルマン人の間に伝えられた韻文の歌謡形式による神話と英雄伝説。とても分かりやすくまとめられてるんですけど、エッダに関しては、同じく谷口幸男氏による「エッダ 北欧歌謡集」という完訳本を持ってるので、あんまり意味がなかったかも... というより、本当はこっちを先に読んでおくべきだったのかな。まあエッダは好きなので、何度読んでもいいんですが♪ 
一方サガは、アイスランド人の12~13世紀頃からの歴史的な出来事を描いた散文物語。英雄伝説はもちろん、ノルウェーからアイスランドへの植民のこと、アイスランド定住後の生活ぶり、ヴァイキングとしての略奪行為、首長たちの争い、アイスランドにどんな風にキリスト教が伝わり広がっていったかなどが書かれていて、歴史的な資料ともなるものなんです。もちろんサガに書かれていることは脚色もされてるし、事実そのままというわけではないんですけどね。サガに関しては、色々読んでみたいと思いつつ「アイスランド・サガ スールの子ギースリの物語」(感想)、「エッダ・グレティルのサガ」(感想)ぐらいしか読めてないので、知らないのがいっぱい。本の数自体元々少ないし、しかも絶版になってるのも多いし... それがここで20編以上紹介されてるだなんて、それだけでもこの本を読んだ甲斐があったというものです。
この本に載ってるエッダもサガも、本文そのものの訳ではなくて谷口氏がまとめた梗概だけ。でも逆に基本的なことがとても分かりやすくまとまっているので、北欧神話に初めて触れようとする人にはすごくいいかもしれません~。(新潮選書)

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スコットランドを「幽霊伝説」「妖精伝説」「魔女伝説」「文学・歴史ミステリー」「パワースポット」の5章から紹介していく本。

んんー、悪くはなかったんだけど... なんだかちょっと微妙でした。面白い部分と面白くない部分が混在してるんですよね。「幽霊伝説」はまずまず、「妖精伝説」はいい感じ、「魔女伝説」はイマイチ、「文学・歴史ミステリー」は面白いんだけど物足りない、「パワースポット」は案外いける... といった感じでしょうか。もちろんそれは私の興味の方向性によるものなんでしょうけど。
一番面白かったのは、シェイクスピアのマクベスが実在の人物だったという辺りかな。いや、本当にいたとは知りませんでした。11世紀に17年間スコットランドを治めた王だったんだそうです。でも本当のマクベスは、シェイクスピアの悲劇に描かれてる人物とは全然違う人物だったんですって。シェイクスピアの悲劇で史実に沿ってるのは、国王ダンカンを殺して王位についたこと、そしてダンカンの子・マルコムによって殺されたということだけ。野心に目がくらんで謀反を起こしたという下克上的な描かれ方をしてるんですけど、本当はマクベスは王家の血筋の生まれで、ダンカンとは同年代の王位継承者同士の争いだったようです。しかも戦いを仕掛けたのはダンカンの側だったんだとか。本当のマクベスは、有能で寛大な君主でスコットランドを大いに繁栄させた王なのだそう。しかもマクベス夫人もそんな夫に主君殺しをけしかけるような悪女ではなくて、こちらも王家の血筋、しかも本家筋の貴婦人。演劇界では「マクベス」が呪われた芝居とされているというのも知らなかったんですけど、その呪いが事実とは随分違う人物に描かれてしまったマクベス夫妻の怒りのせいかもという筆者の意見も、いかにもありそうです。(笑)
スコットランドといえば、ウォルター・スコットやその作品に関しても何か言及があるのではないかと期待したんですが、それは全然ありませんでした。ああー、この本が物足りなかったのは、その辺りが全然載ってなかったせいというのが一番大きかったのかも。ロンドンが舞台のジキルハイドなんかより、「湖上の美人」を取り上げて欲しかった。でも「ミステリー」「ファンタジー」の括りに引っかからなければ仕方ないんですよね。残念。(新紀元社)

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アイルランドをレンタカーで走り、そしてアラン島へ。夏の終わりにヒースの花咲くムーア(荒野)が見たくなって、嵐が丘の舞台となったイギリスのヨークシャーのハワースへ。緑と白の地に真っ赤なドラゴンが国旗のウェールズ、「バスカーヴィル家の犬」の舞台となったダートムーア、ミス・マープルが住むセント・メアリー・ミード村のモデル、ダートムーアのウィディコム・イン・ザ・ムーア村へ。クリームティーが美味しいことで有名なトットネス、ケルトの国・コーンウォール地方へ。そしてケルトの遺跡を見るために再びアイルランドへ。

以前読んだ「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」に続く旅行記。ただし今回はアーサー・ランサム色は全然なくて、アイルランドやイギリスの南西部が中心。何度もの旅の話を1冊にまとめたようで、ちょっとあっさりしすぎてる気もしたんですけど... 最初のアイルランドの章があんまりあっけなく終わってしまったのでびっくりしたんですけど、再びアイルランドが登場して一安心。アランセーターで有名なアラン島もいいですが、私としてはケルトの遺跡やタラの丘、「ケルズの書」の方がずっと気になりますしね。
2度目のアイルランド旅行の章ではO.R.メリングの「妖精王の月」とバーバラ・レオニ・ピカードの「剣と絵筆」が引き合いに出されていました。「妖精王の月」は私もとても好きな作品。アイルランドのケルトの雰囲気がたっぷりで素敵なんです。でも「剣と絵筆」の方は初耳。修道僧が福音書を描いている場面が出てきて、羽根ペンの切り方や絵の具の作り方、羊皮紙の磨き方などが詳しく出てるというので、早速図書館に予約を入れてしまいました。修道士カドフェルの本にもそういう場面があったんですけど、それほど詳しくはなかったんですよね。どんなお話なんだか楽しみ楽しみ。(河出書房新社)


+既読の高柳佐知子作品+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

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以前読んだ「エルフさんの店」や「ティスの魔女読本」に繋がるような本。「エルフさんの店」に出てきたお店がこちらにも登場するし、語り手となるアリゼは「ティスの魔女読本」にも出てくる女の子。市内の図書館に蔵書がなくて残念... と思ってたらお隣の市にはあって、そちらから借りてもらいました。
風屋のロジャさんのお店に行きたくなるし~。この「ロジャ」さんというのは、明らかにアーサー・ランサムのシリーズの登場人物から取った名前。「ロジャー」じゃなくて「ロジャ」なんですもん。あの4人きょうだいの末っ子のロジャが(下に赤ちゃんが生まれたから、末っ子じゃなくなったんだけど)、こんな素敵な青年になってしまっていたというのがなんだか不思議。(注・同一人物ではありません) あとジャム作りの名人フランソワーズさんのジャム作りを見てると、自分でも作りたくなってきちゃう。(ここで、どうもフランボワーズと読んでしまうんですよねー) 村のあちこちに杏やスグリ、ラズベリイ、クワの実、野イチゴ、グミなど沢山の木の実が美味しそうに熟してるなんていうのも、羨ましいな。読書人のトゥリードさんの本の分類も素敵。「空や星の本は天窓のある部屋、花や木の本はおもてにすぐでられる部屋、ファンタジーは重たいドアの窓の小さな部屋、キッチンにはお料理の本」... 私はアリゼと同じく屋根裏部屋が好きかも。ここには古い本が棚や箱に入りきらずに積み上げられてられているんですって。
これを読めば、「アリゼの村の贈り物」も「不思議の村のハロウィーン」も読める!と思ったら、「不思議の村~」の方はこの本と同じく市内の図書館の蔵書にはなかったのでした。また探してもらわなくっちゃ。(河出書房新社)


+シリーズ既刊の感想+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

+既読の高柳佐知子作品+
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子

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ある朝フェイリムが起きると家の中がぐちゃぐちゃ。重いオーブンは壁から動いているし、玄関のドアの前には家具が積み重ねられ、テーブルも窓をふさいでいました。驚くフェイリムに話しかけたのは、油まみれの小人。小人の他にもフェイリムの腰ほどの背丈の全身毛むくじゃらの男女が沢山いました。小人は家を守る精霊ドモボーイで、毛むくじゃらの男女は畑を守るグラッシャン。そして自分たちを「生まれくるもの」から救えるのはジャッコ・グリーンだけなのだと言います。どうやらフェイリムがジャッコ・グリーンと思われているようなのですが...。

石が孵り、ワームが目覚めるのを阻止しなければならないと言われたフェイリムの仲間となるのは、木から木へと飛び移る「愚者」マッド・スウィーニーと、影をなくしてしまった「乙女」アレクシア、丸いカフェテーブルのような不思議な姿の「馬」オビー・オース。
水辺の洗濯女やバンシー、小麦畑の鬼婆などイギリス土着の妖精が多く登場します。イギリスやスコットランド、アイルランド辺りの土着の妖精がディズニーの可愛い妖精とは全然違うというのは知ってますけど、この本に登場する妖精たちは今まで読んだ本に登場していた以上に迫力があって、「妖精」というより「妖怪」と呼んだ方が相応しい感じ。でも設定としては好みの系統のはずなんだけど、訳文のせいなのかそもそもの話のせいなのか、なんだかとても読みにくかったです...。「生まれくるもの」とか「ワーム」とか言われても全然イメージが湧かなかったですし。しかも情けない主人公の成長物語でもあるんですが、主人公自体もイマイチ。逃げ惑いながら嫌々続ける旅の話なんて読んでてあまり楽しくないですしね。
途中でちょっと面白くなりそうな感じだったのに、ラストの詰めはやっぱり甘いような... 訳者あとがきに書かれているほど深みも味わい深さも感じられなくて残念。以前読んだ「不思議を売る男」は面白かったと思うのになあ。(偕成社)


+既読のジェラルディン・マコーリアン作品の感想+
「ジャッコ・グリーンの伝説」ジェラルディン・マコーリアン
Livreに「不思議を売る男」の感想があります)

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先日「勇士ルスランとリュドミーラ姫」を読んだ時に、きちんとした叙事詩の形に訳されたものが読みたーいと書いていたら、信兵衛さんに、プーシキン全集の1巻に入ってますよと教えて頂いちゃいました! 早速図書館で借りてきましたよー。分厚い1冊の中に抒情詩と物語詩が収められていて、割合としては半々ぐらい。抒情詩が想像してたよりも沢山あってびっくりです。そして物語詩の方には「ルスラーンとリュドミーラ」「コーカサスの捕虜」「天使ガブリエルの歌」が収められていました。

「ルスラーンとリュドミーラ」は借りてすぐに真っ先に読んでたんですけど、読めるのが嬉しくて、返したくなくて、じっくり読み返してしまいました。やっぱりきちんとした詩の形式に訳されてるのはいいですねえ。省略されていた部分もこちらではちゃんと訳されてるし、ほんと読めて良かったです。でも訳そのものは、岩波少年文庫版の「勇士ルスラーンとリュドミーラ姫」の方が好きかも。たとえば岩波少年文庫版で「幸なき姫は、さびしさを胸にいだいて」となってるところは、全集の方では「哀れな公女は退屈して」だし、「そして、ふしぎなねむりが幸うすいリュドミーラをつつみました」というところは「すると不思議な眠りが不幸な女をその翼で包んだ」なんですよね。きっと全集の方が原文に忠実なんでしょうけど、岩波少年文庫版はいかにも物語といった雰囲気があって好き。ちなみに昔から一番好きな場面は、岩波少年文庫版では「フィンのおきなが、勇士のそばに、立ち止まり、死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」で、全集では「そして老人は騎士の上に立ち 死の水を注ぎかけるのだった。すると傷はまたたく間に輝き始め 屍は驚くべき花のような美しさになった」でした。花のように美しい屍って... 一体?(笑)
この物語のプロローグに、入り江のそばの樫の木に金の鎖で繋がれた物知りの猫が登場するんですが(岩波少年文庫版にもあります)、これはスーザン・プライスが「ゴースト・ドラム」(感想)に使っていたモチーフ。きっと元々はロシアの民話から来てるんだと思うんですけど、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも「ロシアの神話」(感想)にもトルストイの民話集(感想)にも確かなかったんですよね。でも元になる話がきっとどこかにあるはず。読みたいなあ。

他の作品でびっくりしたのは、「天使ガブリエルの歌」。後に聖母となる16歳のマリアの美しさに、神様と天使ガブリエルと悪魔が同時に目をつけてしまうというトンでもない詩なんです。でもトンでもなさすぎて逆に笑っちゃう。神様をこんな風に描いてしまって大丈夫だったのかしら?と思ったら、解説に「その反宗教的な内容からしても当時は出版を許されるはずもなく」とありました。そりゃそうだー。「手から手へと筆写されて拡められて行ったがプーシキンは後難を恐れて自筆原稿を廃棄した」のだそうです。そして今でもこの本の訳者さんが知る限りでは何語にも翻訳されていないんだとか。邦訳も、この本が出た時点ではこの全集だけだったようだし。もしそれ以降全然出てなくても驚かないなー。(河出書房新社)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

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(株)魔法製作所のシリーズの4作目。前作「おせっかいなゴッドマザー」を読んでからというもの続きが気になって堪らず、とうとう原書にまで手を出してしまいました... とは言っても、5月に入手したのに、読み始めたのはようやく今月になってからなんですけどね。辞書は引かなくても大丈夫だったんですが、英語の本を読むのは日本語の本を読む時とは違って頭の中で音読するスピードになってしまうので、結構時間がかかっちゃいました。でもその分、じっくりと楽しめて良かったかも?

いやあ、今回も面白かったです。今回はケイティがテキサスの実家に帰ったこともあって、ケイティの家族総出演。おばあちゃんとお父さんとお母さんと、お兄さん3人とそれぞれの奥さん、そしてその子供たち。お兄さんたちは既にみんな結婚して家を出てるんですけど、職場は結局実家で経営してる飼料店ですしね。毎日のように顔を合わせることになるんです。オーウェンの家族とは正反対の賑やかな大家族。おばあちゃんがいい味出してます~♪ もう色々と驚かせてくれるし! そして前巻のケイティの決意もむなしく、結局テキサスにまで魔法の戦いが飛び火してしまうわけなんですが、そのおかげで会社の面々も登場してくれるのがやっぱり嬉しい♪ オーウェンが相変わらず素敵だし、マーリンとケイティのおばあちゃんがいい感じじゃないですか~。敵のイドリスは相変わらず、目の付け所はいいんだけどツメが甘くて笑わせてくれるし。
早くも次作が楽しみ。これで一応一段落して、今度はどんな展開を見せてくれるんでしょう。まだまだ明かされてない部分もあるので、そろそろその辺りがメインになるといいな。あ、この本の邦訳も出たらまた読みますけどね。そんな完璧に読み取れてるとは到底思えないですし。これこそ「1粒で2度美味しい」かも。(笑)(Ballantine Books)


+シリーズ既刊の感想+
「ニューヨークの魔法使い」シャンナ・スウェンドソン
「赤い靴の誘惑」シャンナ・スウェンドソン
「おせっかいなゴッドマザー」シャンナ・スウェンドソン
「Don't Hex with Texas」Shanna Swendson
「コブの怪しい魔法使い」シャンナ・スウェンドソン

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イギリスのウェールズ地方のジプシーたちに伝わる民話全21編。
序文に「先祖の語部の言葉そのままに、幾世代かを通じ、祖母から子へ、そして孫へと伝えられて来たのである」とあったので、ジプシーらしい、ちょっと今までなかったような話があるのかと期待したんですが、それほどでもなかったですね...。もちろん、これまでにあまり見なかったようなモチーフはちょこちょこと使われてるんですが、基本的にどこかで読んだような話のバリエーションばかり。ジプシーらしさはその言葉、短いきびきびした語句を連続して使うところにもあるようで、そういうのは日本語に訳したら当然なくなってしまうのですが。
ロシアはイワン、ハンガリーはヤーノシュ、ジプシーの場合はジャック。(さすがイギリス!) 末っ子で周囲から「ばか」だと言われていて、ロシアのイワンによく似てます。(現代教養文庫)

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秋の山で湿原に広がった真っ赤なこけのじゅうたんに足を踏み入れた「わたし」は、その美しい景色に見とれているうちに、すっかり道に迷ってしまいます。そして一番高いところから見極めようと山道を登り始めた「わたし」が見つけたのは、コタと呼ばれる、白いトナカイの皮で作ったサーメ人の小屋。その中には焚き火が燃えており、今はもういない魔術師ツォラオアイビの魔法のたいこが置かれていました。そのたいこは100年に一度、運よくコタを見つけた人にだけ、ツォラオアイビが残していった物語を聞かせてくれるのです。

ラップランドでトナカイの放牧をしてきた先住民族・サーメ人に語り伝えられてきた12編の物語。
これがもうとにかく美しい! 北極圏の厳しい自然の中で暮らす人々が語り伝えてきたのは、やはり自然にまつわる物語が中心なんでしょうね。この世に白夜ができたことや、オーロラの始まり、タビネズミ(レミング)の行進、花の中に太陽の光をたくわえて金色に熟すヒラという野イチゴ、深い緑色の目と砂金のように光る髪を持つ地の精... 山の風は、ヨイク(サーメ人特有の歌)が胸に溢れている青年が歌う声だし、初めは銀色だった花びらが赤く変わり、そして濃い青紫色になるきんぽうげの花は、美しい少女が変わったもの。白樺の木は、無理矢理な結婚から逃げ出した恋人たち。そして飼っていた銀の角を持つ真っ白なトナカイがいなくなり、魔術師のツォラオアイビも姿を消してしまったこと。
読んでいると鮮やかな色彩が浮かび上がってくるような、情景が印象的な物語ばかりなんです。生き生きとした夏も素敵なんですが、それ以上に冬の静謐な美しさが印象的で。

1つ紹介すると、「青い胸のコマドリ」は、どのようにして白夜の夏や闇に覆われる冬ができたのかが描かれる物語。
最初は光の精ツォブガが世界の南半分を、闇の精カーモスが北半分を治めていたんですが、ある時、1羽のコマドリが道に迷ってカーモスの闇に閉ざされた雪と氷の世界に入り込んでしまうんですね。そしてようやく見つけた陸地で6つの卵を産むんですけど、このままだと卵も自分も凍え死んでしまう... と、必死でツォブガに訴えるんです。そしてツォブガとカーモスの争いがあり、最終的には1年の半分をツォブガが、1年の半分をカーモスが治めるようになります。

そこでツォブガはカーモスのマントをめがけて力いっぱい熱い息を吹き付けました。火花のようないきおいでした。たちまち地平線のあたりでカーモスのマントが青い煙を上げてくすぶり、見る見るうちに炎をあげて燃え始め、東の空が金色や赤にそまってかがやきました。これが朝焼けの始まりです。

やがて秋がしのびよってきました。マントをつくろい終えたカーモスが、地平線のあたりからラップランドのようすをうかがっています。カーモスは黒い胸にたっぷりつめこんできた冷気を、今こそとばかりに力いっぱいあたりに吹きつけました。ツォブガも必死でたたかい赤い炎を吹きつけたので、カーモスのマントのすそがまた燃え始めました。西の空と地のさかいに現れる夕焼けは、こうして始まったのです。

いずれにせよ燃えるのはカーモスの黒いマント。花が咲き乱れ小鳥がさえずる青い空の世界を守ってるのはツォブガの白いつばさなんですけど、こちらは無事だというのが面白いなあ。(春風社)

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スカリーのお父さんは魔法使いで、お母さんには千里眼の持ち主。スカリー自身、魔法使いの卵で、近々「魔法紳士団」の認定試験を受ける予定。でも一家が魔法使いだなんてことは周囲には内緒。対外的にはお父さんは市場の店で時計を売り、お母さんは占星術師で、スカリーは普通の人間の学校に通っています。ところが欠席が多く授業中もぼーっとしていることの多いスカリーは、「お守り」をつけられることになってしまうのです。「お守り」としてやって来たのは、赤毛の若い女性・モニカでした。

田中薫子さんが翻訳で佐竹美保さんが挿絵。まるでDWJ作品じゃないですか。こちらも同じく「ダイアナ」さんだし、DWJの本も多い徳間書店だし、読んでいて妙な気分になってしまうー。でも同じようにテンポの良い展開ながらも、DWJに比べると物語があっさりして読みやすいですね。あっさりとした中編。こういう作品は大人からは切り捨てられやすいと思うんですけど、私はなんだか妙に好き。どこが好きかといえば、物語には書かれていない世界の奥行きが感じられるところかな。登場人物も楽しいですしね。スカリーのお父さんなんて、過去の時代を旅して帰ってくるたびに話し方が古めかしくなるんです。終盤のお母さんとの会話にはほんと笑ってしまいます。
それに、ちょっとドキッとさせてくれるところもいいのかも。スカリーと同じクラスにリジーという女の子がいるんですが、この子のおうちには車が5台あって、イタリアに別荘があるし、週末にちょっとニューヨークなんて生活を送ってるんですね。(イギリスのお話です)とてもお金持ちなのに、普通の家の子供たちが集まる学校にいるので結構苦労しています。そんなことぺらぺら喋るわけにもいかないし、服装も周囲に合わせようと苦労しているみたい。スカリーはそんなリジーにこそ、気にかけてくれる「お守り」が必要なのではないかと考えているんです。

いっぱいいろんなものを「持ちすぎてる」女の子に、そのうえなにかをつけようなんて、だれも思わないんだ。「持ちすぎてる」人も、「まるでたりない」人と同じくらいこまってるのかもしれないってことに、みんな気がつかない。こまってることの中身はちがうし、まるでたりない人にくらべたら切実じゃないかもしれないけど、でもこまってるにはちがいないのに。

あと好きだったのは、人間はみんな魔法遺伝子を持ってるという話。一生それに気づかなかったり、気づかないふりをし通す人もいるとのことなんですが、スカリーのお母さんによると、人の感性が豊かかそうでないかは、魔法遺伝子によって決まるんだそうです。「魔法遺伝子が活発な人はね、上等なグラスみたいに、打てばきれいな音で響くの。でも魔法遺伝子が働いてない人は、鈍い音しかしないのよ」(徳間書店)


+既読のダイアナ・ヘンドリー作品の感想+
「屋根裏部屋のエンジェルさん」
「魔法使いの卵」ダイアナ・ヘンドリー

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日本の伝統的な色の辞典。
色の名前とその由来、それらの色の元になる自然界の原料、その組み合わせや染め方、色と色との微妙な違いのこと、歴史の中でのその色の扱われ方や著者の考察・推論などが、色見本と共に紹介されていきます。

「辞典」ですし、最初は本当に辞典のように自分の興味のある色についてその都度ピックアップして読もうと思っていたんですが、説明の文章の思わぬ読み応えに、結局最初から最後まで通して読んでしまいました。いやあ、勉強になるし、何より面白い! 日本の色らしく、万葉集や古事記、源氏物語や枕草子など日本の古典文学からの記述も多いです。その中でも特に目立つのは源氏物語。この本に引用されている源氏物語の中の色にまつわる文章を見ていると、平安時代の雅びな文化を再認識してしまいますね。やっぱり平安時代の貴族って物質的にも精神的にも豊かだし、美意識も高いなあ。色の名前ももちろん素敵だし、そんな色に心情を託すのも素敵。色という視点から源氏物語を改めて読んでみたくなってしまいます。あとは、もちろん中国絡みのエピソードも多いですし... でも中国ならお隣だし、歴史的にも付き合いが長いので分かるんですが、ヨーロッパやアジア諸国、たとえば古代ギリシャ・ローマ、古代エジプト、さらにはアンデス文明やマヤ・アステカ文明にまで話が及ぶにつれ、著者の見識の豊かさに驚かされてしまいます。そして古代ギリシャ・ローマ帝国の帝王の衣服の象徴的な色となった帝王紫、貝からとる紫色の話については、リンゼイ・デイヴィスの密偵ファルコシリーズにも書かれていたので、なんだか嬉しくなってしまったり。
実際に著者の工房で染められたものが見本として採用されているようです。それぞれの色の見本はもちろんのこと、日本の四季を豊かに表現する襲の色目の美しいこと! それぞれの色に縁の品々の写真などもオールカラーで収められているので、眺めているだけで楽しめますし、じっくりと読めば一層楽しい1冊です。(紫紅社)

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「まのとのま」って最初聞いた時、一体どういう名前なんだー?と思ったんですが、これは真野さんと乃間さんだから。「真野と乃間」なんですね。真野匡さんと乃間修さんという2人で、名前だけ見ると男性かと思ってしまいそうなところですが、どちらも女性。お2人ともフリーのイラストレーターだそうで、1冊の本の中にイラストがどっさりです。コミック本かと思うぐらいどっさり。でも字もぎっしり。川原泉さんの作品よりもぎっしり。(笑)
「食」「探」「楽」「美」「カッパドキア」「アンタルヤ」という6章に分かれて、この1冊に色んな情報がたっぷり入ってました。ちなみに「探」はイスタンブールの見所で、「楽」は娯楽とかホテルの情報とか。そんな風に分かれてるので、もうちょっと旅行記的な流れでも読んでみたかったなとか、「食」の最初に登場したゴージャスな「トゥーラ」でのエピソードがもっと読みたーい!なんて思ったりもしたんですけど(お店一軒につき紹介は見開き2ページずつなので)、他のページは十分満足。隅々まで読むのは結構大変ですが(笑)、これだけの情報があれば、結構ディープな旅行もできそう。美味しそうだし楽しそうだし、うわーん、自分の目で見てみたい! しかも猫天国なんだそうです、トルコって。観光客はビニールの靴カバーをつけさせられてるというのに、高級絨毯の上でゴロゴロする猫、かわいーい♪
 
無敵シリーズっていっぱいあるんですねえ。北京、上海、香港、バリ、マレーシア、バンコク、沖縄、ハワイ、ベトナム、ソウル、台湾。どこか遊びに行く時はこういう本をガイドブック代わりにするのもいいかもですね。(アスペクト)

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アーサー・ランサムの「ツバメ号とアマゾン号」シリーズゆかりのウィンダミア湖やコニストン湖、ピーターラビットのニア・ソーリー村、ワーズワースのグラスミア。あるいはコッツウォルズの村々やノーフォークの川、ダービー観戦、ウィズリー・ガーデン、そして再び湖水地方。そこで出会った人々や美しい景色、訪れた街や入ったお店、食べたもののことなどを綴った旅行記です。

大人になってからランサムを読み、「どんなものでも欲しい」というほどランサムに夢中になったという高柳佐知子さん。ホテルの朝食のポリッジを食べながら、嵐の翌日にディクソンおばさんが持ってきてくれた熱々のおかゆを思い出したり、ティールームにあった"Stieky Ginger-bread"を食べて、ナンシーとペギーの家のコックのお得意の「とびきり黒くて汁気たっぷりのねばつくフルーツケーキ」はこういうものだったのかと納得したり、他にも登場していた食べ物を見つけては食べてみたり買ってみたり。アーサー・ランサムの遺品を集めた博物館に行ったものの、向かいの別の博物館にあるアーサー・ランサムの部屋を見るまでは気もそぞろだったり。そのわくわくぶりが読んでいて微笑ましいところです。私も大学の時にイギリス北部にしばらく滞在していたので... とは言ってももっぱらヨークシャー地方だったので、位置的に少しズレてはいるんですが、羊もいっぱいいたし、ピーターラビットそっくりのウサギも可愛かったし、ワーズワースの家や湖水地方に足を伸ばしたりと、高柳さんと結構同じところを見てるので、読んでてほんと懐かしくなっちゃいました。イラストを見ながら、ああ、ほんとこんな風景だったなあって。高柳さんほどのランサムフリークではないんですが、ツバメ号とアマゾン号のシリーズは小学校の頃から愛読してましたしね。

ランサムやピーターラビット以外にも、電車に乗ってきた老婦人を見てフィリップ・ターナーの「ハイフォースの地主屋敷」に出てくるミス・キャンドル=トイッテンを思い出したり、本屋にミス・リードの「村の学校」「村の日記」「村のあらし」といったシリーズが並んでいるのを見つけて喜んでいたりと、さすが本好きさんといった感じなんですが、この作品はどちらも未読... 読んでみなくっちゃ。そして高柳さんが泊まられたホテルの部屋に置いてあったという、ウェインライトの湖水地方のガイドブックというのが見てみたい! イラストはもちろん文字も全部手書きの全7巻。初めて出版されたのが1950年代という古い本なのに、高柳さんが行かれた1990年前後でも、どこの本屋さんでも一番目立つところに置いてあったというのが、またいいんですよねえ。

「イギリス湖水地方を訪ねて」の表紙が出ませんが、どちらも高柳佐知子さんのイラストの表紙に、題字も同じレイアウト。双子のような本です。そして「イギリス湖水地方を訪ねて」は文字通り湖水地方ばかりの旅の話、「風のまにまにイギリスの村へ」では他のイギリスの田舎町へも足を伸ばしつつ、なんと3回目の湖水地方の旅にもなっています。3度目の正直なのか(笑)、ハリ・ハウに泊まったり「カンチェンジュンガ」に登ったり! いやあ、いいですねえ。私もまた行きたいなあ。(河出書房新社)


+既読の高柳佐知子作品+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

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街の美術学校に通い始めたハイウィロウ村のアリゼが出会ったのは、魔女のティス。何年か前のハロウィーンの夜に魔女のホウキに乗った時、困っていたアリゼを助けてくれたのがティスだったのです。再会を喜ぶ2人。そしてアリゼが人の世界のことを教える代わりに、ティスが魔女の世界のことを教えることに。

魔女のティスとの出会いの物語は多分「不思議の村のハロウィーン」なんじゃないかなと思うんですが、こちらは未読。この「ティスの魔女読本」は大丈夫だけど、ハイウィロウ村の物語はなるべく順番通りに読んだ方がいいと教えてもらったので、まだ図書館でも借りてないんです。なんせ最初の「ハイウィロウ村スケッチブック」が市内の図書館にはないもので...。どの本もすでに絶版ですし。
地球じゃなくってラジムフォウカという青い星に住んでいる魔女たちの暮らしぶりが、ティスの口から紹介されていきます。魔女の3着の服の話、3足の靴の話、帽子の話、猫の話、ホウキの話、学校の話、食べ物の話... ラジムフォウカにはとても高いダイアモンドの山があって、ここには時々他の星が衝突するので、ティスたちはその時飛び散ったかけらを拾い集めて地球に売りに行ったり。
私が一番気に入ったのは、図書館の話。

図書館は誰でも入れるの。
机と椅子が部屋の中央のラセン階段に
置いてあって、壁は全部本なの。
蔵書は学問の本、魔法の本、
あとは、地球上のすべての国の詩集よ。

壁が全部本だなんて! 外国の映画で時々登場するような、壁一面に本棚になっていて上の方の本を取る時ははしごを使うような書斎にも憧れてしまうのに、こんな図書館があったらそりゃあもう...! そしてなんで詩集かといえば、みんな詩が大好きで、沢山の詩を暗誦するのだそうです。魔女は言葉を美しいものだと思うし、ティスも「距離」とか「地平線」という言葉だけでも感動してしまうのだそう。
高柳佐知子さんの柔らかい絵も詩のような言葉もとても素敵。子供の頃から魔女の出てくるような話は大好きだったので、私も色々想像して楽しんでいましたが、高柳さんの魔女の世界はこんな感じなんですね。楽しーい。やっぱりこのシリーズのほかの作品も読みたいなあ!(河出書房新社)


+シリーズ既刊の感想+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

+既読の高柳佐知子作品+
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子

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裏庭のブランコがいたずらされて、二階建てバス状態になっていた日、ローラがみつけたのはさかさまになってブランコに乗っている魔女。下の席には猫のチャーリーが座り、上の席には魔女のおばあさんが座っていたのです。なぜ突然さかさまになってしまったのか思い出せない魔女のサリーを、ローラは自分の部屋のクローゼットに連れて行きます。そして魔女を元に戻すためには冷たい「魔女のせんじ薬」を作ればいいと聞いて、ローラは友達のジェインと一緒に薬に必要な材料を探しに行くことに。

魔女の本棚シリーズの3作目。2作目かと思ったら、間違えちゃいました。続き物ではないので全然大丈夫なんだけど。
今回楽しいのは、さかさま魔女のさかさまぶり。ブランコにさかさまに乗っていたサリーは、ブランコからリンゴの木に移って空に「すべり落ち」そうになったり、ローラの家に入った途端天井にドサッと倒れこんでるんです。2階のローラの部屋に行くためには、階段を1階から2階にジャンプして降りなければならないし、しかもクローゼットの中ではコウモリのようにぶら下がって寝てるんですよね。マットのピンキーに乗る時も下側! これには、「なるほど~」でした。
そしてさかさまなのは、そういった身体的なことばかりではありません。魔女が食べるのは肉ではなくて骨、パイナップルの身ではなくてパイナップルの皮。大好きなのはコーヒーの出し殻。壊れたガラスのかけらをアメのように美味しそうに舐め、沼の水を飲んで... んん? これは元々の魔女の好みなのかな?
物語としてはかなり単純なので、「魔女とふしぎな指輪」の方が私は好みだったんですが、こちらも描写の楽しさで読ませてくれる物語です。(フレーベル館)


+シリーズ既刊の感想+
「魔女とふしぎな指輪」ルース・チュウ
「さかさま魔女」ルース・チュウ

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エスピノーサは、スペイン系アメリカ人の言語・口承文芸の研究者。原書に収められている280編もの民話から、日本人が興味深く読めるスペインらしい話全87編が選ばれているのだそうです。謎話、笑い話、教訓話、メルヘン、悪者話、動物昔話、だんだん話の7章に分かれています。

スペイン語の原題、採取された場所、グリム童話などに類話がある場合はその題名などが記されていて、かなりきちんとした民話集です。
この中で一番興味深いのは、「聖女カタリーナ」かな。これは教訓話の章に収められている話。幼い頃から信心深く生きていた聖女カタリーナとは対照的に、その母親はとても罪深い女。一足早く亡くなった聖女カタリーナは当然天国へと行くんですが、母親は当然のように地獄行き。でも聖女カタリーナは母親と一緒にいることを望んで、キリストや聖母マリアにお願いするんですね。そして天使たちが母親を迎えに行ってくれることになります。でも母親は、自分ににつかまって一緒に地獄を出ようとした他の魂たちに向かって悪態をついて、それを聞いた天使たちは母親を放してしまう... という話。
どこかで聞いたような話でしょう? これは芥川龍之介「蜘蛛の糸」の原話なんです。
でも同じように宗教的な雰囲気を持っていても「聖女カタリーナ」と「蜘蛛の糸」は全然違ーう。一番違うのは、再び地獄に落ちた母親の魂のために、聖女カタリーナ自身も地獄へ行くことを選ぶというところなんです。なんと母親愛の話だったんですねえ。たった一回蜘蛛を助けたぐらいで、お釈迦様の気紛れに振り回される「蜘蛛の糸」と違って、この「聖女カタリーナ」の方がずっと説得力があるし、話として筋が通ってるし、私はこっちの方が好きだなあ。芥川龍之介の描く極楽と地獄の情景も美しいですけどね。(岩波文庫)

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何があるのか行ってみないと分からないし、欲しいものが見つかっても手に入るとは限らないエルフさんの「気まぐれ屋」。そんなお店をはじめとする42のファンタジックなお店の数々が、イラストと文章で紹介された本。「エルフさんの店」「トウィンクルさんの店」が合わせて1冊の本として復刊されました。

読んでみたいなと思っていた本がタイミング良く復刊されて大喜び。早速手に入れて読んでみると、これがもうほんと好みのツボど真ん中。あとがきに「私は、ずいぶん前から、古めかしいごたごたした店がすきでした。」「本を読んでいてもそういう「お店」がでてくると、いっしょうけんめい想像していました」とあるんですが、私もそういうお店が子供の頃から大好きでした! ごたごたと色んなものが置いてあって、どれも心惹かれるんだけど、その中に1つ自分がずっと前から欲しいと思っていたものがあって... しかもそのお店をやってる人が、どことなく不思議な雰囲気でとても魅力的。でもそのお店はいつも行きたい時に行けるとは限らない、なーんてお店。...となるとまるっきり、ヒルダ・ルイスの「とぶ船」なんですが。多分、本の中のお店を意識するようになったのは、この作品なのではないかと思います。北欧神話のオーディンを思わせるおじいさんのやってた店にピーターが行けたのはたったの2回。でもそこでピーターは後に「スキードブラドニール」だと分かることになる小さな船を手に入れるんですよね。そしてその後、柏葉幸子さんの「霧のむこうのふしぎな町」を読んで、ますます不思議なお店好きに拍車がかかったりなんかして。

この本に紹介されているお店は、ほんと行ってみたくなってしまうようなものばかり。本当に本の中に入り込みたくなってしまうー。見たい夢の絵を描いてくれるエアリーさんの店「ゆめ屋」、海のそばにあって、雨の日や霧がかった日はまるで水の中にいるように見える「かけら屋」。ここには何かわからないけれど、きらきら光る「かけら」が無造作に置かれています。そして世界中の風を集めた「風屋」、忘れかかっていた「時」に入り込んでしまえる「時屋」、月夜の間だけ走る帆船「カナリヤ号」がある「船屋」、物語に出てくる場所の地図を沢山置いている「地図屋」...

そんなお店のことを読んでいるだけでもワクワクしてしまうんですが、そういったお店の中に高柳佐知子さんがお好きな本のネタもさりげなーくちらりちらりと顔を出していて、それを見つけるのがまた楽しいのです。メアリー・ポピンズ、床下の小人たち、不思議の国のアリス、くまのプーさん、ツバメ号とアマゾン号、赤毛のアン、大草原の小さな家、若草物語など、私も子供の頃に夢中になって読み耽っていた本ばかり。でも私が分かる範囲でもいっぱいあるんだけど、気がついてないものもまだまだありそう。こんな本がずっと絶版だったなんて~。復刊されてほんと嬉しいです。そして高柳佐知子さんの「ハイウィロウ村スケッチブック」にもそういったお店が登場するみたいだし、続編で「アリゼの村の贈り物」というのもあるので、こちらもこの機会にぜひ復刊して欲しいものです。読みたい!(亜紀書房)


+シリーズ既刊の感想+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

+既読の高柳佐知子作品+
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子

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副題はトルストイ民話集。この2冊で全部で14編の物語が収められています。
どれも読んだことがある話なので、子供の頃に岩波少年文庫で読んでいたものと、入ってる話は同じなのかな? 岩波少年文庫版が手元にないので、比べられないのがもどかしいー。そして比べられなくてもどかしいといえば、訳もなんですよね。岩波文庫版は中村白葉訳、岩波少年文庫版は金子幸彦訳と訳者さんが違うので、岩波少年文庫の方は子供用に平易な訳となっているのかもしれないんですが、伝わってくるものは全く同じ。トルストイほどの文章になると、ロシア語→日本語なんて壁も既に壁じゃなくなってしまうのかしら、なんてふと思ってみたり。でもこの「イワンのばか」以下15編はトルストイ晩年の作品で、その頃のトルストイは、一般の民衆がきちんと理解できるように簡潔で平易な表現で書かれるべきだと考えていたようなので、日本語に直しても読み手に伝わりやすいのかもしれないですね。

内容的にはとてもキリスト教色が強いです。特に「人はなんで生きるか」の表題作とここに収められている「愛のあるところに神あり」「二老人」。「イワンのばか」も基本的にキリスト教色が強いんですけど、こちらに収められている作品は民話色も強いのです。「人はなんで生きるか」の方は、もっと純粋にキリスト教に近づいているような印象があります。キリスト教色が強いとは言っても、ロシアの話なのでイギリスやフランスの作品とはまた少し違う雰囲気だし、どことなく異教的な純粋さがあるような気がして結構好きなんですが。
他のたとえば「アンナ・カレーニナ」みたいな作品もいいんですが、私はこちらの方がずっと好き。芸術は宗教的なものを土台に持つべきだ、なんてことは思わないけど(トルストイはそういうことも言っていたらしい)、一般の民衆によく理解されるために簡潔で平易な表現で書かれるべきだという部分はその通りだと思いますね。私なんかからすれば、小難しい文章を書く人よりも、読み進めるにつれてすんなりと頭に入ってくるような文章が書ける人の方が頭がいいように思ってしまうんですけど、どうなんでしょう。誰にでも理解できるように表現できる方がずっと大切だと思うんですが... って、私の理解力ではあんまり難しいものは理解しきれないというのもあるんですけどねー。(笑)(岩波文庫)

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街中でにわとりの鳴声を聞きつけたシャーロットと弟のウォルトは、大きな黄色いプラスチックの箱を見つけます。鳴声はその中のプラスチックのにわとりから聞こえていたのです。その箱は、硬貨を入れると景品が入った卵が出てくるという「おたのしみチキン」。金色のラッキーエッグには腕時計が入っているとあり、ウォルトは早速挑戦します。しかし出てきた卵に入っていたのは、小さな青い指輪が1つだけ。それでも小さすぎて指に入らないと思った指輪がウォルトの指にもシャーロットの指にもすんなりはまって、2人は驚きます。しかも銀色の粒々が光る濃い青色の指輪は、なにやら不思議な物みたい。そして気がついたらそこには小さな灰色の猫がいて、2人の家までついて来たのです。

ルース・チュウという作家さんは知らなかったんですが、1970~80年代にアメリカでとても流行ったという児童書なんだそうです。「魔女の本棚」シリーズの1冊目。黒地にキラキラしてる表紙が魔女っぽくてとっても可愛い♪
読んでてびっくりしたのは、子供たちが気持ちの良いほど素直なこと。こんな子今時なかなかいないんじゃ...特にアメリカでは... と思ってしまうんですが、やっぱり70~80年代という時代だからなのかしら。きちんとしてるし正直だし、見ていて微笑ましくなってしまいます。そしてお話の方は、普通のファンタジー作品のように見えて、どこか微妙に予想を外してくれるんですね。灰色猫のアラベルに関しては、出てきてすぐに分かってしまったほどの素直な展開だったんですが、不思議な魔法の指輪が魅力的。これが持ち主も気づかないうちに勝手に魔法をかけてしまうという指輪なんです。その指輪は一体何なのか、次に何をしてくれるのか、わくわくしてしまいます。
ただ、後半ちょっと物足りなかったかな...。指輪に関してもう少しきちんとした説明が欲しかったし、敵役に関しても一体何者なのかよく分からないままで終わってしまったんですよね。あとほんの少し説明があればそれで良かったのに... それだけがちょっと残念です。(フレーベル館)


+シリーズ既刊の感想+
「魔女とふしぎな指輪」ルース・チュウ
「さかさま魔女」ルース・チュウ

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題名こそ「ロシアの神話」なんですが、中身は「スラヴの神話」「リトワニアの神話」「ウグロ=フィンの神話」の3つ。スラヴ民族は東欧からロシアにかけて広がってるし、本来ロシアの神話といえば「スラヴ神話」のはず。リトアニアとフィンランドは関係ありません。まあ、リトアニアもフィンランドも、かつてロシア帝国やソビエト連邦に組み込まれていたことがあるし、それぞれ独立した1冊にするほどの量もないから「ロシア」というくくりで1冊にまとめられたんでしょうけど... とはいえ、目当てはスラヴ神話でも、フィンランドの神話についても以前から知りたいと思ってたので、思わぬ収穫でした。

メインのスラヴ神話に関しては全然何も知らないので、この本がいいのかどうなのかも分からないんですが...
読み物としてあまり面白味はないんですけど、とても興味深かったです。あらゆる神々の父は「天(スヴァローグ)」で、その2人の息子は「太陽(ダジボーグ)」と「火(スヴァロギッチ)」。この太陽神が、どこかで見たようなイメージなんです。地域によって多少違うようなんですが、基本的に馬車に乗って1日に1回天空を1周するみたい。それは火の息を吐く白馬たちに引かれた光り輝く馬車だったり、黄金のたてがみを持つ12頭の白馬に引かれたダイヤモンドの二輪馬車だったり、銀の馬と金の馬とダイヤモンドの馬との3頭の馬に引かれた馬車だったり。ギリシャ神話にも、太陽神ヘリオスの息子・パエトーンが父親の馬車を引きたがる話がありますよね。北欧神話にも太陽の馬車が出てきていたはず。調べていたら、インド神話の太陽神・スーリヤも7頭の馬が引く戦車に乗ってるようです。それに対して、エジプト神話では「太陽の舟」。空を大地に見立てるか海に見立てるか、どちらかなのでしょうか。となると高天原は? 天照大神も何かに乗ってたのかしら? もしかして牛車?(笑)
あと、同じ名前の精霊でも地方によって姿形や性格が全然違ってたりするのが面白いです。たとえば水に溺れた若い女性は「ルサールカ」になるそうなんですけど、南のルサールカはその優美な美貌と優しい歌声で旅人を誘惑して快い死に至らしめるんですって。まるでセイレーンやローレライみたいですね。でも北のルサールカはざんばら髪に裸でまるで妖怪のよう、邪悪で意地悪で人々を水に突き落として苦しみの中で溺れさせるんだとか。

そしてフィンランドといえば国民的叙事詩「カレワラ」。「カレワラ」についての本は色々あるし、私も多少は読んでるんですけど、神話そのものを解説してる本というのはなかなかないんですよね。こんなところで読めて嬉しーい。カレワラにも天地創造の場面はあるんですけど、神々はそれ以前から存在していたようだし、主人公・ヴァイナミョイネンもその友・鍛冶師のイルマリネンも、2人が戦うことになる北方の魔女ロウヒも、普通の人間ではないにせよ神という感じではないし、どうもすっきりしないままだったんです。
でも神々のことは一応載ってたんですけど、あくまでも「一応」の説明という感じ。読みたかった感じの神話ではなかったです。ギリシャ神話ほどではないにせよ、何かしらのエピソードを期待してたんですけど、そういうのも全然ないし...。神々の誕生にまつわる話なんていうのもないんです。もしかしたら、実際フィンランドにもほとんど残ってないのかなあ。すごく読んでみたいんだけどなあ。どなたかご存知の方がいらしたら、教えてください。(青土社)

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ラング世界童話集が復刊になって喜んだのもつかの間、東京創元社から刊行された本は新訳になっていてがっかりしたという方も多いはず。私も昔の川端康成訳はすごく好きだったので、新訳になってしまったことを残念に思った1人です。とはいえ、子供の頃に愛読していた偕成社文庫版をそれほど鮮明に覚えているわけでもなく... だから東京創元社版を読んでも「ここが違う!」とは言えない状態。全12巻のうち半分ぐらいは今でも持ってるんですけど、手元には置いてないので、おいそれと比べてみるわけにもいかなくて。
読み比べてみたいなあと思いつつもそのままになってたんですが、ふと気がついたら、偕成社からも改訂版が出てるじゃないですか! 「みどりいろ」と「ばらいろ」が今年の6月に刊行されてました。しかも巻末には他の10冊のリストも載っていたので、これから順次刊行されることになるんでしょう。なんとなんとびっくりです。

実際に読んでみて分かったのは、現在新たに東京創元社から刊行中の本の方が原書に近いということ。
原書ではBlue、Red、Green、Yellow、Pink、Grey、Crimson、Brown、Orange、Olive、Lilacの順に刊行されていて、その最初の「The Blue Fairy Book」にはラングが子供たちにぜひ読んで欲しいと思った主要な物語が、2冊目の「Red」には「それほど有名ではないけれどよいお話」が収められてるんだそうです。そして巻が進むにつれて、徐々に物語の採取範囲が広がっていきます。それにつれて巻ごとの趣きも少しずつ変化したりして。
それに対して、日本で最初に刊行されたのは今と同じく東京創元社からで1958~59年のこと。(ややこしいので当時の版を旧版、今刊行中の版を新版と書きますね)「みどりいろ」「ばらいろ」「そらいろ」「きいろ」「くさいろ」「ちゃいろ」「ねずみいろ」「あかいろ」「みずいろ」「むらさきいろ」「さくらいろ」「くじゃくいろ」の12色で、色の名前も微妙に対応してないんですけど(笑)、収録されてるお話も実は全然対応してません。原書の全438編の中から、日本にまだそれほど知られていないものを中心に165編の物語が選ばれて、12冊に満遍なく振り分けられたのだそう。
だけど東京創元社新版は、色の名前も作品もちゃんと対応しているんです。訳出されている物語は、増えてるとはいえ原書の半分ほどしかないんですが。(それでも十分分厚い本なんだけど)

そうか、だから巻ごとの雰囲気が違うのか... 単純に「みどりいろ」同士を読み比べるなんてことはできないんですね。

ちなみに東京創元社旧版の次はポプラ社から刊行されて、「ちゃいろ」「みずいろ」「むらさきいろ」「さくらいろ」「くじゃくいろ」の代わりに「きんいろ」「ぎんいろ」「あかねいろ」「こはくいろ」「みかんいろ」「すみれいろ」「ふじいろ」「とびいろ」が加わった全15色で刊行。その後偕成社文庫旧版(私が読んでいたのはコレ)が出るようになった時は、東京創元社旧版と同じ12色で刊行されてます。(訳は全て同じはず)

今刊行されている2つの版を比べると、東京創元社新版の方が表紙や挿絵は断然好き。原書にも使われていたというラファエル前派的な挿絵が素敵ですしね。偕成社文庫版のはいかにも児童書っぽいんです。まあ本が立派な分、東京創元社新版は値段が高いんですが... 偕成社文庫版840円に比べて、東京創元社新版は1995円。文章を比べると、偕成社文庫は字が大きくて平仮名が多いのに比べて、東京創元新社は硬くて大人向きという感じ。でもこの辺りのことは、もう少し読み進めてから。同じ話を読み比べてみたいんですけど、今はまだないみたいですしね。(あるのかもしれないんですが、よく分からなかったので)(偕成社文庫)


+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

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様々な少数民族が伝統的な生活様式を守って暮らしてきたシベリア。シベリアにおける口承文芸の本格的な収集と研究は、シベリアに流刑になった革命家たちによって、19世紀後半から行われ始めたのだそうです。この本には17民族・41話が収録されています。

日本で民話や童話といえば「桃太郎」や「したきりすずめ」といった日本の物語か、そうでなければグリムやペローといったヨーロッパ系のものが基本。そういう話に子供の頃から慣れているので、今回初めて読んだシベリアの民話の素朴さには驚かされました。こういった話が19世紀後半とか、場合によっては20世紀半ばまで残ってたんですか! いやあ、ヨーロッパ系の民話はやっぱり相当洗練されてるんですねえ。元々の話から残酷だったり性的だったりする部分がカットされているというのを除いても、それ以前に物語としての体裁が相当きちんと整えられていたんだなと実感。シベリアの民話はもっと原始的なんです。特にシベリアでも東の端の方に住む種族に伝わる物語。凄いです。多少の矛盾どころか、途中で話がとんでも筋が通ってなくても気にしない!? かなりの荒唐無稽ぶりで、読んでて逆に楽しくなってしまうほど。ものすごく独創性があるし、昔ながらの彼らの生活がありありと感じられます。今までネイティブ・アメリカンの民話も独特だと思ってましたが、こちらはそれ以上ですね。例としてちょっと引用したくなるようなのもあるんだけど、それは女性としてはちょっと憚られるような内容だったり...(笑)
でもシベリアの東端の海岸部から内陸部の物語に移るにつれて、だんだんとヨーロッパ系の物語に近くなってきました。話としてまとまっていて読みやすいし読み応えがあるし、たとえば羽衣伝説のような他の地方の民話と似ている物語もあったりします。私が楽しめたのは、どちらかというとそちらの物語かも。プリミティブな力強さのある話も捨てがたいんですけど、話としてのまとまりがいい方がやっぱり読みやすいですしね。特に気に入ったのは、羽衣伝説に他のモチーフが色々と混ざったような「白鳥女房」や、月にまつわる神話的な物語「蛙と美しい女」辺り。洗練とプリミティブの丁度中間辺りに位置するような「三人の息子」なんかも良かったなあ。(岩波文庫)

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ダイアナ・ウィン・ジョーンズの短編集。18編の作品が収められています。

いかにもダイアナ・ウィン・ジョーンズらしい作品がいっぱい。ファンタジーはもちろんのこと、ホラーだったりSFだったり神話風だったりとテイストは様々なんですが、基本的に物凄く嫌な人間に振り回される話が多いですね。そして作品内にあまりに普通に魔法が存在してるんで、逆にちょっとびっくりしたり。最初の「ビー伯母さんとお出かけ」からしてそれだったので、ぐぐっと掴まれてしまいました。これはとーっても嫌なビー伯母さんに無理矢理海水浴に連れて行かれることになった3人きょうだいがうんざりする話なんですけど、観光客立ち入り禁止の海岸の岩場に入り込んだことから、とんでもない事態が巻き起こるんですよね。もう全然予想してなかったので、びっくりしたし楽しかったです。思いっきり想像してしまうー。あと「魔法ネコから聞いたお話」「ちびネコ姫トゥーランドット」と猫視点の話が2つもあったのがちょっと嬉しかったな。
これまで日本に紹介されているDWJ作品は圧倒的に長編が多いんですけど、短編も案外いけますね。ただ私の場合、短編集は基本的にそれほど得意じゃないので、途中でちょっと疲れてしまいましたが...。この1冊でおなかいっぱい、もうしばらくいいや、って感じです。(徳間書店)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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アファナーシエフは民俗学者で、ロシアのグリムと称えられる人なのだそうです。この2冊に収められた民話の数は、なんと78編! 最初の方はずるがしこい狐が出てくるイソップみたいな話が多くてどうなることやらと思ったんですが(イソップも動物物も苦手なので)、本の紹介に「イワンのばかとその兄弟,蛙の王子,火の鳥や灰色狼など,ロシア民話におなじみの人物・動物はみなここに登場する」とある通り、子供の頃に読んだ本が懐かしくなるような物語がいっぱい。先日読んだ「きいろの童話集」に載ってる話もいくつかありました。(記事) イワンのばかも火の鳥も大好き~。私の目当てだった「ヤガーばあさん」こと「バーバ・ヤガー」の話も沢山収録されていましたしね。これは骨の一本足の魔女。大抵は人々に恐れられている怖い存在なんですけど(人をとって食うし)、たまに主人公を助けてくれる親切なおばあさんになったりもします。でも「ルスランとリュドミーラ」に出てくる「チェルノモールじいさん」は出てこなかったですねえ。まさか「不死身のコシチェイ」と名前の読み方が違うだけとは思えないのだけど... 地方によるのでしょうか。あと「せむしの小馬」も出てこなかったな。以前岩波少年文庫で「せむしの小馬」という本があって、それは詩人のエルショーフがロシア民話を元にまとめた本で、私は大好きだったのだけど。この本に登場する馬は、せむしどころか駿馬ばかりでした。
「ハンガリー民話集」を読んだ時に、ロシア民話では、婚礼の式によばれて蜜酒やビールをご馳走になったけれど、ちょっぴりひげを濡らしただけでみんなこぼれてしまった... という締めくくりの文句が印象的だったと書いたんですが(記事)、これは実は、語り手が語り終わって喉が渇いて聞き手に酒を催促してるということだったんだそうです。物語によってはもっと露骨にビールやお酒を催促しているものもありました。そういうことだったのか。自分もその場にいたと言って聞き手に本当の話のように感じさせたり、いかにも口承文学的な雰囲気を出そうとしてるだけなのかと思ってました。まさか飲み物を催促してるとは考えてませんでしたよ。面白いなあ。(岩波文庫)

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ロシアの詩人・プーシキンが、子供の頃に聞いたロシアの昔話を元に詩として書き上げた作品。ここに収められているのは「サルタン王のものがたり」「漁師と魚」「死んだ王女と七人の勇士」「勇士ルスランとリュドミーラ姫」の4編で、それぞれ散文の形に訳されています。
昨日の「ハンガリー民話集」を読んでいたら、無性に読みたくなっちゃいました。子供の頃、気がついたら本棚に入ってた本です。昭和33年発行の本なので、きっと父の本だったんでしょうね。古すぎて、アマゾンには本のデータもありませんでしたよー。すっかり古びてページの色も茶色味を帯びてるんですけど、ずっと大好きで大切にしてる本です。

「サルタン王のものがたり」は、2人の姉の悪だくみのために、樽に入れられて海に流されたお妃さまと王子の話。2人は何もない島に流れ着くんですけど、トビと争っていた白鳥を助けたことから、王子は白鳥に助けられてその島の領主・グビドン公となります。で、時々こっそりお父さんの顔を見に行くんです。このグビドン公が聞いてきた不思議な話を白鳥が実現してくれるところが好き。
「漁師と魚」は、願い事を叶えてくれる金の魚の話。でも昔話にありがちな「3回」ではないのが特徴ですね。
「死んだ王女と七人の勇士」は、ロシア版白雪姫。本家の白雪姫と違うのは、姫が入り込んだ家に住んでいたのは7人の小人ではなく勇士ということ、そして姫を助けるのが許婚の王子さまだということ。
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」は、結婚式の夜に攫われてしまったリュドミーラ姫を、ルスランと他の3人の騎士たちが探しに行く物語。とても好きなのは、「フィンのおきな」が死んだ勇士ルスランに死の水と命の水をそそぐ場面。「死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」というところ。いきなり命の水をかけるのではなくて、まず死の水をかけるというのが、子供心にすごく印象的だったんですよね。そして「サルタン王のものがたり」にも出てきた魔法使いの「チェルノモールじいさん」が、あちらと同一人物のはずなのに全然雰囲気が違うのが面白いです。きっとこっちの方が本来の姿なんだろうな。

他の地方の童話に似ていても、4つの物語はそれぞれにロシアらしさを持っていて、それが他の地方の民話には全然見ない部分で、そういうところがとても好き。「勇士ルスランとリュドミーラ姫」はオペラにもなってるんですけど、元々はプーシキンの叙事詩なんですよね。子供用の本ではなくてきちんとした叙事詩の形に訳されたものがあればぜひ読みたいところなんですが... やっぱりないのかなあ。時々思い出しては探してみてるんですけどね。(岩波少年文庫)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

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先日アンドルー・ラング編集の「きいろの童話集」を読んだ時にロシアや東欧の童話がもっと読みたいと書いたんですが(記事)、丁度この本を見つけたので読んでみました。この1冊にハンガリーの民話全43編が収められています。

さすがに43作品も読むと最後の方はちょっと飽きてしまったんですが(笑)、東欧の民話をちゃんと意識して読んだのは初めてだったので、なかなか興味深かったです。まず日本の昔話の決まり文句「むかしむかし、あるところに」というのが、ハンガリーでは「あったことかなかったことか」という言葉なんですよね。かなりの割合の物語がこの言葉で始まってます。もしかしたら、今までにもハンガリーの昔話を読んでるのかもしれませんが、この「あったことかなかったことか」というのは初めて。そして締めくくりの言葉に多いのが「死んでいなければ今も生きているはずだ」というもの。あと、その場に自分もいたというのも時々ありました。婚礼の式に招かれていたとか。以前読んだロシア民話では、婚礼の式によばれて蜜酒やビールをご馳走になったけれど、ちょっぴりひげを濡らしただけでみんなこぼれてしまった... というのが何回かあって、すごく印象的だったんですよね。こちらではそれほど慣用的に使われてるわけではなかったのでちょっと残念だったんですけど、それでもいかにも老人たちが語り継いていく話を採取したという感じで好き。

スーザン・プライスの「ゴースト・ドラム」に、鳥の足がついた家が出てきてたんですけど(その足で家が歩くんです)、こちらで登場したのは鳥の足の上で回転するお城。これは東方のシャーマンの旋回する儀礼が入ってきたものだそうです。それってダルヴィッシュの旋舞のことかな? ええと、私が知ってるのはスーフィー(イスラム教神秘主義派)の修行僧がひたすら旋回しながら祈るヤツです。今はトルコ辺りで観光客相手のショーとして旋回舞踏が行われているようですね。ハンガリーはオスマントルコに支配されていたこともあるから、やっぱりその辺りから入ってきたのかもしれないなあ。
それからやけにヤーノシュという名前が多かったんですけど、ヤーノシュはハンガリーの「太郎」なんですかね?(笑) あと15世紀に実在したというハンガリー王・マーチャーシュの話も面白かったです。これがまるで一休さんみたいなイメージ。巨大なかぼちゃを見つけて王様に贈り物にした貧しい人には2頭の雄牛が買えるお金を与えて、それを聞いて美しい子馬を贈り物に持っていった金持ちの男には、その巨大なかぼちゃを与えたり。お金がなくて亭主の葬式を断られた貧しい女には金貨を渡して、お葬式に自分も参列して坊さんをやっつけたり。実際にはお忍びで国の中を旅して回っていたこともあるそうなんで、そうなると水戸黄門になっちゃいますが。(笑)(岩波文庫)

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「風の王国」シリーズ14冊目と15冊目。『初冬の宴』から続く一連の話は次刊で終わります... と前巻のあとがきに書いてあった通り、ここのところずっと続いていた一連の話にもようやく終止符が打たれることになります。「花陰の鳥」「波斯の姫君」も本編じゃなかったから、本編として話にきっちり一区切りがつくのは本当に久しぶり! でも一連の流れの一区切りともなると、何を書いてもネタバレになっちゃう...。ええと、ネタバレにならないように書けることだけ書くと。
なるほど、こうやって決着をつけるわけですね~。不審な動きをしていたロナアルワに関しては、ほぼ想像通りの展開になってました。そういう話や展開は本当はあまり好きじゃないし、逆にものすごく苦手だったりするんですが、なかなか後味のいい結末を迎えてくれましたよ。よかったー、ほっとしました。それと、その後一体どんな風に話が続いていんだろう?と思ってたんですが、なるほどこういう風に流れていくわけですね。心配してたんですけど思ってたよりもずっといい感じです。
さて次はヤルルンだ! 一時はもう読むのをやめようかと思ったんですけど、こうなったら最後まで付き合いますよ~。(集英社コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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こういう本の感想は滅多に書かないんですけど... 手芸家の高橋恵美子さんのエッセイです。

子供の頃から物を作るのが大好きで、手芸に限らず常に色んなものを作ってきた私なんですが、今まで針と糸の縫い物だけは相性がイマイチ、とずっと思っていたんですよね。ミシンなんて持ってないし買う予定もナシ。布を裁断するなんて大の苦手。これから先も縫い物は必要最低限しかしないだろうと思っていたんですが...。
最近、自分でもちょっと針と糸に対して気持ちが和らいでるのを感じてはいたんです。(笑)でも縫い物の本は大抵ミシンで作るのが前提。確かに布の大きさや何やかやはミシンでも手縫いでも一緒だし、基本的に「縫う」という作業も同じはず。でも、なんか億劫... だったんですよね。そんな時に見つけたのが手縫いオンリーのバッグの本。丁度18色の糸セットを入手していたこともあって(本来は違う用途のためだったんだけど)、すっかりハマってしまいましたよ! それから半月ほどで、バッグを4つと共布のポーチその他をざくざくと作ってしまったほど。
「基本からはじめる手ぬいのバッグ」と「手ぬいでチクチクやわらかいバッグ」には、「手縫い」という言葉からはちょっと想像できなかったような素敵なバッグが沢山紹介されています。しかも綺麗な色糸のステッチをポイントにして見せてしまうのが可愛くて~♪ このセンスに心がぐぐっと鷲掴みにされちゃいました。そしていざ作り始めてみると、説明がとても分かりやすくて案外すいすいと作れるし。

とは言っても、普段ならそんな風にハマってもエッセイまでは読まないと思うんですけどね。バッグの本で既に感じるものがあったせいか、こちらにまで手を伸ばしてしまいました。んんー、やっぱりいいかも。たとえばなぜミシンじゃなくて手縫いなのかという部分では、私も似たようなことを感じていたし。確かにミシンの方が丈夫に綺麗にしかも速く縫えるでしょうけど、手縫いのちくちくと縫い進める感覚の方が私には合ってると思うし、手縫いならではの柔らかい仕上がりも好き。縫いながら微妙な加減ができるところもいいし、両手の範囲内で細々と作業するのも好き。ミシンの出し入れに関しては私も億劫と思うだろうし、それで結局縫い物から遠ざかってしまうなんて、いかにもありそう。(笑)

この本の中の「色いろふきん」という章に、傍に白い布を置いておいて、残り糸がでた時にちょこちょこと刺しておくと自然に布巾が出来てしまう...というエピソードがありました。これを読んだ時にいいなあ私もやりたいなあと思ったんですが、実際にその布巾の写真を見てみると、ほんとすごく可愛い! せっかく綺麗な色の糸を使ってるんだし、私も今日からやってみようっと。(主婦と生活社)


ちなみに↓の2冊もここ数ヶ月のマイブーム。トルコの女性がかぶるスカーフにつける縁飾りのことを「オヤ」と言うんですが、左の「ビーズの縁飾り」は、そのオヤのうちビーズを使ったボンジュックオヤにヒントを得ている本。基本的にレース編みの技法で作っていきます。そして右の「トルコの可憐な伝統レース イーネオヤ」は、縫い針と糸で編んでいくイーネオヤの本。どっちもものすごく可愛いんです♪
 

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「あおいろの童話集」「あおいろの童話集」「みどりいろの童話集」に続く第4巻。
北欧系の話の多かった「あおいろ」「あかいろ」に比べて、フランス系の話が多かった「みどりいろ」はなぜかあまり楽しめなかったんですが、今回の「きいろ」は東欧やロシアの話が結構入っていて、また十分楽しめました。
東欧の童話というのはあまり知らないんですけど、ロシアと合わせてスラブ系ということになるのでしょうか。ロシアの民話は、子供の頃から大好きなんですよね。「イワンのばか」とか「せむしの小馬」とか「火の鳥」とか。あ、でも以前スーザン・プライスの「ゴースト・ドラム」を読んだ時に、ババ・ヤガーというスラブ民話の魔女が出てきたんですけど、この作品を読むまで全然知らなかったんですよね。まだまだ知らない話がいっぱいありそうだし、東欧の話も併せてもっと色々読みたいなあ。あとスラブ系の神話もほとんど知らない... これもぜひとも読んでみたいな。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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主人が事故に遭ったと医者を呼んだ妻。しかし医者がその寝室に入った時、その家の主人の頭には斧がめり込んでいて、既に死亡していたのです... という「斧」他、全26編。短ければ2ページ、一番長くても19ページ、大抵は4~5ページの作品を集めたショートショート集。

アゴタ・クリストフらしい、余計な装飾を一切そぎ落としたような文章の作品ばかりの作品集。内容的には結構ブラックでびっくりです。最初の「斧」を読んでいたら、ロアルド・ダールの「あなたに似た人」を思い出しちゃいました。でも全体的には、あそこまで突き抜けたブラックさではないかな。重苦しい空気の中で孤独や絶望感に苛まれつつも、そういった感情があまりに身近な日常になりすぎてしまって、それを孤独や絶望とは感じていないような感じ。
これらの作品は、1970年代から1990年代前半にかけてのアゴタ・クリストフのノートや書付けの中に埋もれていた習作のたぐいで、編集者が発掘して1冊に纏めたのだそう。習作だけあって、確かにそれぞれの作品の出来栄えにはちょっとばらつきがあるみたい。「悪童日記」のインパクトには、やっぱり及ばないですしね。それでも4~5ページという短さでこれほどの存在感があるというのが、やっぱり驚き。むしろ短い作品の方がインパクトが強くて面白かったです。(ハヤカワepi文庫)


+既読のアゴタ・クリストフ作品の感想+
「悪童日記」アゴタ・クリストフ
「ふたりの証拠」「第三の証拠」アゴタ・クリストフ
「昨日」アゴタ・クリストフ
「文盲 アゴタ・クリストフ自伝」アゴタ・クリストフ
「どちらでもいい」アゴタ・クリストフ

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画家・大竹伸朗さんが見たモロッコという国を文章、写真、そして絵で表現した本。

風待屋のsa-ki さんに教えて頂いた本です。画家というフィルターを通して見たモロッコを、感性のままに表現してる作品だと聞いていたんですが、まさにその通りの本でした! 一方、大竹伸朗さんというフィルターが強すぎて素のモロッコが見えてこないとも聞いてたんですが、それもその通りで...(笑)
飛行機でマラガに降り立ってから、タンジールやフェズを訪れ、マラケシュから再び飛び立つまでの11日間のことが日を追って書かれてるんですが、これが普通の紀行文とは全然違うんですね。解説の角田光代さんが書かれてるように、これは「異国の夢日記」なのかもしれません。この本を読んでモロッコに行ったとしても、こんな風景は全然見えて来ないんでしょう。(笑)

マラケシュを訪れたところで、こんな文章がありました。

ストロボをたいて撮影すると、一瞬の強烈な光とともに対象となる像が網膜に焼きつく。光をいっさい遮断した部屋の中で像が焼きついた何秒間かは、目を開けてても綴じていても関係のない状態におちいる。
目を閉じながら見る風景は実に不思議だ。「見る」ことの不思議さと頼りなさを、いっしょに感じることになる。

まさにそんな風にして書かれたんでしょうね。モロッコという国のエッセンスは強烈に伝わってくるんですけど、それはあくまでも大竹伸朗さんの感じたモロッコ。カメラのシャッターを押した時みたいに、まさにその瞬間を切り取ってるわけじゃなくて、頭の中に残像として残ってる「いま」を紙の上に表現しているような感じ。それはギタリストが「こんな感じ」と曲を弾いた時みたいに、元の曲と実際に照らし合わせてみるとかなり違っているのに、原曲よりもその「感じ」が的確に表現されているのと似ているのかも。(これは本文中に出てくる話)

最初はなんだか読みにくい文章だなあと思ったんですが、それが逆に大竹伸朗さんという方の個性を端的に表しているみたい。文章としては変なのに、すごく伝わってくるんですよ。途中からは、もうこの文章しかあり得ないという気がしてきたほどでした。大竹伸朗さんの感じたモロッコ、面白かったです。(集英社文庫)

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子供の頃に買ってもらってから、今まで何度読んだか分からないほど読んでいるナルニア国シリーズ。今公開中の映画「カスピアン王子の角笛」は、「ライオンと魔女」の時もとーっても微妙だったので(笑)DVDになってから気が向いたら、程度に考えてたんですけど、カスピアン王子の意外なほどのハンサムぶりに惹かれて...! ついつい映画館にまで観に行ってしまいました。
でも... やっぱり微妙。(笑)
いや、もう微妙どころではないかな。突っ込みどころ満載でしたね。カスピアン王子も確かにハンサムだったんだけど、期待したほどではなかったし... んんー、なんでこうなっちゃうんだろう。

と思っていたらふと本が目について、読み始めてしまいました。一旦読み始めると、もう止まりません。いやーん、やっぱり面白い! 怒涛の勢いで再読してしまいましたよ。映画を観る時はちょっと記憶をボカし気味にしておいた方がいいかなと思って事前に再読しなかったんですが、正解でした。記憶鮮明な状態で観に行ってたら、正視できなかったかも。やっぱり本の方がずーっとずーーっと面白いです!

たとえば映画では妙に戦争の場面が強調されてて、しかもそれが「ロード・オブ・ザ・リング」に酷似してるのが興醒めだったんですけど、本当はもっと楽しい部分もいっぱいある話なんですよね。もっとバランスの良い話だったはずなのに、なぜ? 妙に考えすぎてるのでは? もっと素直に映画化すればいいのに、なんであんな演出をしちゃうのかしら。そもそも4人がナルニアに行く場面からして、原作の方がずっと好き。映画では人物像を掘り下げようとしたのか妙な小細工をしてて、それもとっても疑問でした。(たとえば、映画のピーターよりも本のピーターの方がずっと好きだし) この「カスピアン王子のつのぶえ」は、次の「朝びらき丸東の海へ」と外伝っぽい「馬と少年」と並んで特に好きな話なのに、なんだか違う雰囲気にされてしまっていてガッカリ。
今回の映画では、個人的にはエドマンドが良かったです。特別活躍してるというわけではなかったんですけどね。なんか気に入っちゃった。そしてそれが今回一番の収穫だったかも。(岩波少年文庫)

     


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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196x年秋の夜更け。権田原から外苑の並木道にそって車を走らせていた男は、行く手のヘッドライトの明るみの中におぼろなすがたが浮かび上がるのを見かけます。それはスウェーターもスラックスも白ずくめの小さな後ろ姿。そしてその姿は宙に浮かんでいたのです。濃い霧のために一瞬でその姿を見失い悔やむ男。しかしその時、その白ずくめの姿をした女が、男の車に乗り込んできたのです。

不思議な女の語る不思議な物語。でもすごく自伝的な作品なんですね。人妻だという彼女が語るかつての「主人」との話は、矢川澄子さんが結婚していた澁澤龍彦氏のことに重なります。私はこのご夫婦のことについては全くといっていいほど知らないんですけど、それでも読み始めてすぐにピンと来たほど。夫婦のやりとりの1つ1つに納得してしまう...。その中でも特に分かる気がしたのは、「主人」が子供を欲しがらないというくだりですね。子供に妻を奪られないために、妻をひとり占めしておくために、「いっそのこと、ぼくが子供になってしまおう。」と言う「主人」。時には夫と妻、時には子と母、そして時には兄と妹を演じながら、幸せな「おうちごっこ」に明け暮れる夫婦。そしてそんな生活に徐々に疑問を感じるようになりつつも、「主人」のことが好きで堪らなかったという「妻」の思い。
この作品に登場する人妻の女、そして「神さま」と1つの家に住んでいる兎は、明らかに矢川澄子さんご本人。「かぐや姫」についてのノートを書いたのは誰なのでしょう。それも矢川澄子さん? そしてそのノートの中で考察されている「かぐや姫」と、オデュッセウスの妻・ペネロペイアもまた矢川澄子さんなのでしょうか。入れ子構造になっているだけでなくて、捩れて螺旋になっているような物語なんですが、ただ伝わってくるのは、「女」である矢川澄子さんの思い。あまりに正直な気持ちの発露に、読んでいるこちらまで痛くなってしまいます...。(ちくま文庫)


+既読の矢川澄子作品の感想+
「わたしのメルヘン散歩」矢川澄子
「兎とよばれた女」矢川澄子

+既読の矢川澄子翻訳作品の感想+
「七つの人形の恋物語」「スノーグース」ポール・ギャリコ
「トンデモネズミ大活躍」「ほんものの魔法使」ポール・ギャリコ
「小鳥たち」アナイス・ニン
「フィオリモンド姫の首かざり」ド・モーガン
「風の妖精たち」「針さしの物語」ド・モーガン
「ザ・ロンリー」ポール・ギャリコ
「「きよしこの夜」が生まれた日」ポール・ギャリコ
「ゴッケル物語」クレメンス・ブレンターノ
「妖精の国で」W.アリンガム&リチャード・ドイル
「クリスチナ・ロセッティ詩抄」クリスチナ・ロセッティ
「タイコたたきの夢」ライナー・チムニク

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AD76年8月。テベレ川河口の港町オスティアにやって来たファルコ一家。インフォミアという名前で「日報」のゴシップ欄を担当している記者・ディオクレスがオスティアで消息を絶っており、ファルコがその行方を捜す仕事を請け負ったのです。そしてファルコの親友で、ローマ第四警備大隊の隊長を勤めるペトロもまた、オスティア勤務を志願してマイアたちと共にオスティアに来ていました。

密偵ファルコのシリーズ16冊目。今回、海賊~♪ ということでちょっぴり期待して読み始めたのですが... うーん、期待したほどではなかったかな。というか、私の気合不足だったのかもしれないですが... 最近小説以外の本がすごい勢いで増えてて(と、他人事のように書いているけど、買ってるのは私だ!)、そっちにすっかり気を取られてしまってるせいもあるのかも。そうなると読むのにちょっと時間がかかってしまって、しかも自分のペースで読まないと、本来の面白さを十分堪能できないままに終わってしまうという悪循環があるんですよねえ。
...と、感想を書こうとして前の方のページを繰っていたら、本筋とはあまり関係ないんだけど1つ伏線を発見! これって笑い所じゃないですか。集中して読まないと、そういうのが頭から零れ落ちてしまうのも問題ですね。もう一回読み直したら、笑い所が満載だったりするのかもしれないなあ。あ、でも、身体の一部を改変したかった伯父さん絡みのエピソードは面白かったな。この頃でも本当にそういうことをしてた人っていたのかしら?!(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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ようやくツァシューに帰り着いたリジムと翠蘭。しかしほっとする間もなく、間近に控えた聖寿大祭のために多くの人々が城を訪れ、リジムも翠蘭も多忙な日々を送ることになります。朱瓔たちの婚約式は聖寿大祭の3日後に執り行われることになり、その時に吐谷渾の王族でありガルの義弟でもあるケレスとジスンの弓競べ、そして城下の子供たちの剣の試合が行われることになるのですが...。

「風の王国」シリーズ12冊目と13冊目。
久々の本編再開なんですが、なんだか低調... 特に「初冬の宴」は大きな波乱もなくて思いっきり失速してました。小さなトラブルは沢山あるし、それを翠蘭たちが1つずつ解決しようとはしているんですけど... 聖寿大祭や婚約式というイベントを控えて忙しい日々ではあるものの、言ってみればただ単に日常の風景といった感じ。この「初冬の宴」の最後でようやく大きな波乱が起きようとするんですが、それもあっさり「金の鈴」に持ち越されてしまうし。この2冊、なんで副題が違うんでしょう。同じ題名の上下巻にした方が良かったのでは?
そして「金の鈴」。「初冬の宴」の最後の波乱もあっさり片がついてしまって、逆にあっけないぐらい。こちらも日常の風景が続くんですが... でもこちらはそこはかとなく不安感が漂ってます。と思ったら、最後の最後で爆弾が! うわー、これはどうなるんでしょう。本当なのかな。そしてあとがきには「『初冬の宴』から続く一連の話は次刊で終わりますので」という言葉。その次の巻はもう出ていて私も持ってるんですけど、これが上巻なんです。気になるけど、上巻だけ読むというのもねえ。来月上旬に下巻が出るので、上下揃ったら一気読みする予定です。(集英社コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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サマルカンドに向かうムーザの隊商に加わった尉遅慧。慧が加わる前、ムーザの息子・ノインが若いペルシア女性を拾っていました... という「波斯の姫君」、唐の使者を連れてヤルルンに戻ったガルとその妻・エフランの物語「しるしの石」、増田メグミさんによる漫画「ジスンとシェリン」の3編。

「風の王国」シリーズ11冊目。
久々に慧が登場したり、ガルが可愛い奥さんに振り回されてるのを見るのは楽しかったものの、全体的な満足感はそれほどでもなく...。特に「しるしの石」でちょっとした犯人探しがあるんですけど、これがまた簡単ですしねえ。まあ、この話は奥さんに振り回されるガルを楽しめばそれでいいという話もありますが。リジムや翠蘭は登場しないので、ご贔屓の脇キャラが登場してる場合は楽しめるし、そうでなければ物足りなく感じる1冊かも。(集英社コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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母と叔父の会話から、ソンツェン・ガムポ王が2人目の妃を探していることを知ったティモニェン。ソンツェン・ガムポは15年前に吐蕃の王になり、今は名君と讃えられる人物。しかしティモニェンにとっては、宰相だった父を謀反人であると斬り殺した男でもあったのです。母は未だにソンツェン・ガムポを恨み続け、しかし数年前から王都で父の仕事を引き継いでいるティモニェンの兄の手紙は、ソンツェン・ガムポの素晴らしさを讃えるものばかり。一体ソンツェン・ガムポとはどういった人物なのか...。その時、丁度表れた婚約者気取りで図々しい男から逃れたかったティモニェンは、思わずソンツェン・ガムポの2人目の妃に名乗りを上げたと言ってしまいます。

「風の王国」シリーズ10冊目。随分前に出てたんですが、本編ではないと聞いて読んでなかったんですよね。でも6月には15冊目の新刊が出るし、既に5冊も溜め込んでたのに気がついて、そろそろ読んでみることに~。
今回は本編よりも30年ほど前の物語。ソンツェン・ガムポと、本編では既に亡くなってるリジムの生母・ティモニェンの出会いの物語です。んん~、本編じゃなくてもやっぱり面白い! 若々しいソンツェン・ガムポが素敵だし~。リジムとはやっぱり父子ですね。どこかイメージが似てます。ソンツェン・ガムポとティモニェンの出会いも、どこかリジムと翠蘭の出会いみたいだし。でもソンツェン・ガムポ王が時に冷酷非情になれるという部分は、リジムにはないんですよね。リジムも素敵だし頑張ってるけど、やっぱりどこかお坊ちゃん育ち。まあ、そこがリジムの良さとも言えますが。そしてリジムの幼い頃に亡くなったお母さん、もっと儚げな美女を想像してたんですけど、実態は全然違いました。外見も愛嬌がある程度で決して美女ではなかったようだし、前向きで行動力があって、むしろ逞しいイメージ。そういうところも、翠蘭にどこか似てるかな。父子が2人ともこういうタイプに弱いということなのかな? それとも~? でもソンツェン・ガムポがティモニェンに惹かれる気持ちはすごく分かるな。私も好きだもの、こういうタイプ。(集英社コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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李白に引き続きの「ビギナーズ・クラシックス中国の古典」。老荘思想には以前からちょっと興味があったので読んでみたんですが、孔子の「論語」を読んだ時みたいには楽しめなかったなあ。老子はなんだか抽象的なことばかり言ってるし... 実際、彼の説く「道」というのは簡単に言葉にできるようなものではないとのことなので、それも致し方ないんでしょうけど、読んでいても大きすぎるというか、深遠すぎてなかなか響いて来なかったです。それに比べると荘子の方がもうちょっと地上の人間に近い感じかな。具体的な分、分かりやすいですね。
このシリーズは、あと「 韓非子」と「 杜甫」があるんですが、そちらは未購入。せっかくだし、やっぱりこの2冊も買っておいた方がいいかしら。「韓非子」は、また読むのにちょっと苦労しそうかな? やっぱり「 杜甫」だけにしておくかなあ。(角川ソフィア文庫)


+関連シリーズ作品の感想+
「論語 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」加地伸行
「陶淵明 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」釜谷武志
「李白 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」筧久美子
「老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」野村茂夫
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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酒を飲み、月を愛で、鳥と遊び、放浪の旅を続けた李白。杜甫と並ぶ唐代の詩人であり、「詩聖」と呼ばれる杜甫に対して「詩仙」と呼ばれる李白の詩69編を、李白の生きざまや人となりを交えて分かりやすく解説した本。

以前、同じ角川ソフィア文庫のビギナーズで「論語」と「陶淵明」を読んで、李白の本も買っていたんですが、ずっと積んだままでようやく読みました。原文と読み下し文、訳、そして訳の解説が載ってるんですが、かなり初心者向けで読みやすいシリーズなんですよね。今回の李白に関しては、時々「コンパ」だの「デート」だの妙に砕けた訳があって、そんな時は「雰囲気が壊れるからやめてくれー」と思ってしまったんですが... いくら初心者向けでも、ここまで砕いてもらわなくても。(汗)
唐の玄宗皇帝の時代に生き、仙人になりたいという夢を持ちつつ、自らの詩文の才能で世の中に出たいと思い続けていた李白。その夢はなかなか叶うことがなくて、しかもようやく叶ったかと思えば、わずか1年で失脚。そういう意味では不遇の人生を送っていたようです。実際に作品を読んでいると、飄々として大らかながらも、その奥には哀愁を感じてしまうような詩が多かったです。そういうところに、李白の人生が出ているのかな。
「月下独酌」を始めとして好きな詩はいくつかあるんですが、今回特にいいなと思ったのはコレ。

静夜思  (静かなる夜の思い)

牀前看月光  (牀前 月光を看る)
疑是地上霜  (疑うらくは 是れ 地上の霜かと)
挙頭望山月  (頭を上げて 山月を望み)
低頭思故郷  (頭を低れて 故郷を思う)

秋の静かな夜に月を眺めながら望郷の念に駆られる詩です。(角川ソフィア文庫)


+関連シリーズ作品の感想+
「論語 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」加地伸行
「陶淵明 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」釜谷武志
「李白 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」筧久美子
「老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」野村茂夫
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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中国古典の中から365の言葉を選び、1年365日毎日一言ずつ紹介していくという形で構成された本です。何がきっかけで私ってばこんな本を買ったんだっけ、と思いつつ、ずーっと積みっぱなしなので読んでみたんですが...
うーん、様々な名言を知るという意味では良かったんですけど、あまり私向きの本ではなかったみたい。これって一種のビジネス書ですよー。現在管理職にある人間や経営者、あるいはそういった地位を目指す人が読むべき本なのでは。というか、毎日の言葉そのものがそうだというわけではなくて、その言葉に対する解説が思いっきり管理職 and 経営者向けなんです。
改めてアマゾンの紹介を見てみると

先人の英知の結晶である中国古典指導者の心得から処世の知恵に至るまで、ビジネスマンが気軽に読め、かつ実践に役立つ珠玉の言葉、365篇を平易に解説。

やっぱりビジネスマン向けの本だったのかーっ。

ちなみに今日5月11日の言葉は礼記から、「細人の人を愛するや姑息を以ってす」。
「細人」は君子の反対で詰まらない人間という意味。本当は次のような対句になっているのだそうです。

君子の人を愛するや徳を以ってし
細人の人を愛するや姑息を以ってす。

言葉通りに取れば愛の深さの違いって感じですが、君子と細人とでは人間のレベルが違うということだとのこと。
まあ、日付と言葉に特に関連はないんでしょうけどね。(笑)(PHP文庫)

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夏のサンフランシスコだというのに、全身灰色の小柄な男が厚手の黒いウールのコートに黒い手袋、帽子、サングラスという姿の3人の男たちを連れて書店に入っていくのを見て、怪訝に思うソフィー。その書店はソフィーの双子の弟・ジョシュがバイトをしている店で、ソフィーがバイトをしているカフェの真向かいにあるのです。その頃、書店の地下室では、ジョシュが突然漂ってきたペパーミントのにおいと腐った卵のにおいに吐きそうになっていました。しかし外の新鮮な空気を吸おうと階段を上るほどにそのにおいはきつくなり、1階では店主のニック・フレミングと灰色の男が対決していたのです。

アイルランドを代表する作家の1人だというマイケル・スコットの、全6巻になる予定のシリーズ1作目。...というのは読み終わってから知ったことで、読む前も読んでる最中もこの1冊で終わるのかと思っていたんですが... 本のどこにも1巻だなんて書いてないし! ページ数がどんどん残り少なくなって、これで本当に決着が付くのか?って心配してしまったじゃないですか。そういうのは先にちゃんと書いておいて欲しいなー。(小野不由美さんの「黄昏の岸 暁の天」を読んだ時とまるで同じ状態だ)

というのはともかく。
ここに登場するニコラ・フラメルとその妻・ペレネル、そして敵となるジョン・ディー博士の3人は実在の人物で、この本の中に書かれている業績も史実そのままなのだそう。そしてこの3人の他にも、アイルランドの神話の影の国の女王・スカアハや戦争の女神・モリガン、ギリシャ神話や古代エジプトの神話などに登場する三つの顔を持つ女神・ヘカテー、エジプト神話の猫の頭に人間の身体の豊穣の女神・バステト、あとは有名なライオンの身体と人間の顔を持つスフィンクス、そして北欧神話に登場する宇宙樹・ユグドラシルなどが登場します。この物語の中で重要な役割を担う「アブラハムの書」というのも、実在した書物なのだそう。
世界中のいわゆる神々と呼ばれる存在が人間よりも先に存在して地球を何万年にも渡って支配していたエルダー族という種族で、同じエルダー族が違う場所では違う名前で神として信仰されていたという部分は面白かったし、人間が絡んだ部分が神話や伝説として残っているという部分も良かったんですが、ちょっと節操がなさすぎるのではないかという印象も...。でも勢いがあってなかなか面白かったし、読み応えもあったので(なんだかんだ言っても、神話の小ネタが楽しいのね)、続きが出たら読む予定~。(理論社)


+既刊シリーズの感想+
「アルケミスト 錬金術師ニコラ・フラメル」マイケル・スコット
「マジシャン 魔術師ニコロ・マキャベリ」マイケル・スコット

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古代ギリシアの歴史家・ヘロドトスによる、ギリシア諸都市とペルシア帝国の争いの歴史。前5世紀、ついにペルシア帝国が大軍を擁してギリシアに攻め入ったペルシア戦争、そして当時存在した様々な国々の紹介。ヘロドトス自身が各地を歩き回って聞き集めた説話や風土習俗を元に書き上げたものであり、ヨーロッパにおける最も古い歴史書とも言われている作品。元々は全9巻として書かれており、それがこの文庫1冊に3巻ずつ収められています。

基本的には、ペルシア戦争と呼ばれるアケメネス朝ペルシア帝国のギリシア遠征の原因から結果までが描かれているし、ペルシア戦争に関する貴重な資料でもあるそうなんですが... 実際、サラミスの海戦のことなんかもすごく面白いんですが、それ以外のことも色々書かれてるんですよね。そちらの方が私にとっては楽しかったかも。たとえばアルゴー船の遠征でのイアソンと王女メディアのこととか、ペルセウスとアンドロメダのこと、トロイアのパリスがヘレネを奪って始まったトロイア戦争のことなどが、神話ではなく、歴史的な出来事として書かれているのが面白かったし~。ギリシアやペルシア周辺諸国のことが色々と詳しく説明されているんですが、その中でも特に2巻で触れられているエジプトの風物や宗教、その地理的な話もすごく面白かったです。ミイラの作り方とか、そのミイラの松竹梅的な値段による違いとか。(笑)
ヘロドトスが自分が聞いた話を紹介するというスタンスで、自分はこう考える、自分はこの意見を信じるけれど、読者がどの意見に納得するかは読者次第、というのも良かったです。ただ、ギリシアとペルシアはもちろんのこと、アフリカからインドまでものすごく沢山の国が登場するし、それに伴って人名もものすごく沢山! 到底覚え切れなくて、それだけは大変でした。(岩波文庫)

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ウンベルト・サバ、ジュゼッペ・ウンガレッティ、エウジェニオ・モンターレ、ディーノ・カンパーナ、サルヴァトーレ・クワジーモドという20世紀を代表する現代イタリアの5人の詩人たちについて書いた「イタリアの詩人たち」、そして須賀敦子さんによる翻訳で、「ウンベルト・サバ詩集」「ミケランジェロの詩と手紙」「歌曲のためのナポリ詩集」。

「須賀敦子全集」のほとんどがエッセイだったんですが、この第5巻は須賀敦子さんによる翻訳が中心。最初の「イタリアの詩人たち」こそ現代詩人たちの紹介と批評になってるんですが、それ以降は全て翻訳です。でも読んでいて、これこそが須賀敦子文学の原点なんだなあという感じでした。やっぱりイタリアの文学、特に詩を愛していたからこそ、エッセイのあの文章が生まれてきたんでしょうね。
そして「イタリアの詩人たち」は、特に須賀敦子さんの核心に迫る部分なのではないでしょうか。5人の詩人たちの作品とその魅力が、それぞれに美しく透明感のある、1人1人の詩人に相応しい言葉で翻訳されていきます。私はあまり詩心がないんですけど、それでもやっぱり須賀敦子さんの言葉は沁みいってくるものがありますねえ。声に出して朗読してみたくなります。そして私が特に気に入ったのは、精神分裂症のために放浪と病院生活を繰り返しながら散文詩を書いていたというディーノ・カンパーナの作品。散文なので分かりやすいという部分もあるんですけど、とにかく美しい! 須賀敦子さんも書いてますが、狂気の中に生きていたからこそ純粋に詩の世界を追求することができたというのは、やはり詩人として幸せなことだったのでしょうね。もっと色んな作品を読んでみたいな。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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大夜会に出席するためにめかしこんだアデルファン伯爵は数年来の友人・セラフィーニョと共にタンポポ男爵夫人の屋敷へ。しかしタンポポ男爵夫人に無視されてめ怒り始めたセラフィーニョを連れて入り込んだ小部屋の中で、アデルファンはズボンのポケットに入れておいたバルバランが何者かに盗られてしまったのに気づいて... という「アンダンの騒乱」。
21歳の誕生日を迎え、邸宅でどんちゃん騒ぎを開くことにした少佐。段取りは全てアンティオッシュ・タンブルタンブルに一任され、沢山の飲み物や食べ物、そしてレコードが用意されます。そのパーティで少佐はジザニイと出会い、彼のアヴァンチュールが始まることに... という「ヴェルコカンとプランクトン」。

以前からボリス・ヴィアン全集を読もうと思っていて、ようやく読み始めたんですが... うわー、よく分かりませんでした! どちらもとにかく自由に書かれたという印象。特に「アンダンの騒乱」はヴィアンの処女作品なんですが、謎の「バルバラン」が結局何だったのかも分からず仕舞いだったし、何を書きたかったのかもよく分からないまま... 主人公かと思っていた人物も実はそうじゃなかったようですしね。気がついたら全然違う話になっちゃってました。でもそれがイヤな感じというわけじゃなくて、むしろこれがボリス・ヴィアンなんだろうなあ~といった感じ。こんなにのびのびと書いてるっていうのは(少なくとものびのびと書いてるように見えます)、実はやっぱりすごいことなのかも...。それでも「日々の泡」や「心臓抜き」のような、きちんと物語が展開していく作品の方が読んでいて面白いし、読み応えもあるんですけどね。こちらはまだ登場人物を作者が好きなように動かして遊んでいるという感じだし。言葉遊びも沢山あるでしょうし、笑いどころも実は多そう。でも日本語訳からは言葉遊びは分からないし、笑うほどの余裕はありませんでした、私。まだまだ修行不足かも。(笑)
続けざまに読むのはしんどそうなので、全集にはぼちぼちと手をつけていきます。


+既読のボリス・ヴィアン作品の感想+
「日々の泡」ボリス・ヴィアン
「心臓抜き」ボリス・ヴィアン
「アンダンの騒乱」「ヴェルコカンとプランクトン」ボリス・ヴィアン

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伝えられるところによると、その昔、サンダリング・フラッド(引き裂く川)と呼ばれる大河が大地を分断し、その上流の渓谷地方の東側にウエザメルと呼ばれる農場には両親を早くに亡くし、祖父母に育てられた強く頑丈な少年・オズバーンが住んでいました。オズバーンは生まれながらの詩人であり、しかもわずか12歳の時に羊の群れを襲った狼3匹を殺して、少年闘士としてその近隣では有名な存在となります。そんなオズバーンがエルフヒルドという名の同じ年頃の乙女と出会ったのは、彼が13歳になったばかりの頃のこと。しかしエルフヒルドはサンダリング・フラッドの西側の鹿の森の丘に住んでおり、2人は川越しに様々なことを語り合うものの、川は空を飛ぶ鳥以外の生き物に流れを横切ることを決して許しはしなかったのです。

北欧文学に強く影響を受けて書いたといわれる、ウィリアム・モリスの遺作。
確かに北欧文学の影響を受けているだけあって、まるでサガのような雰囲気を持つ作品。物語全体としてはオズバーンのサガで、オズバーン自身の成長物語と、オズバーンを始めとする男たちの勇壮な戦いが中心。そしてその中に、美しいエルフヒルドとの恋物語も描きこまれているという形。このロマンス自体は中世のイギリス文学にも見られるようなものなんですが、キリスト教圏というよりも北欧圏らしく、若い2人の思いがとてもストレートに描かれてます。
でも、とっても素敵な物語になる可能性が高い作品だったと思うんですが... 日本語訳がどうもとても読みにくくて話になかなか入り込めなかったこと、物語そのものにも推敲されきっていない、あまり整理されていない部分が目についてしまうのが残念でした。途中、エルフヒルドが行方不明になって、そこからはオズバーンの戦いばかりがクローズアップされることになるんですけど、この辺りが少々長すぎて冗長に感じられてしまいましたしね...。しかもオズバーンとエルフヒルドのやっとの再会も、盛り上がり不足。失踪していた間のエルフヒルドの物語を老婆が1人で全て語ってしまうというのも、その大きな要因かな。モリス自身が筆を取ったのではなくて、病床で口述筆記をしたそうなので、ある程度は仕方ないと思うんですけどね。
この老婆や2人に贈り物をする小人、そしてスティールヘッドなどの人物についても、最後に明かしてもっと盛り上げて欲しかったところです。モリスにもっと時間があれば良かったのに、残念!(平凡社ライブラリー)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

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先日再読したばかりの高橋由佳利さんによるトルコ・コミックエッセイ「トルコで私も考えた」。最新刊が出たので早速~。

今回一番びっくりしたのは、高橋さんのご主人が実は1巻の時から登場していたということ! 思わず1巻をめくって探してしまいましたよー。探してみたら、いましたいました。この頃の絵にはまだ髪の毛があったので、全然気がつかなかった。そうか、2巻を読んだ時には唐突に感じられた国際結婚にも、実は伏線があったのですねー。(違います) 今回初公開の家族写真にはご主人も写っていて、なかなかの男前ぶりを見せてくれます。そしてちょっと悲しかったのが、いつの間にか義理のお父さんが亡くなられていたこと。実はお気に入りの人物だったんだけどなあ。
事前に今回はトルコの楽器を習う話が良かったと聞いていた通り、その辺りもすごく面白かったし... 西洋音楽とはまるで違うらしいトルコ音楽、一度聞いてみたーい。7拍子だの9拍子だのをトルコの太鼓ダルブカで難なく刻んでしまうケナンくん、やめてしまうなんてもったいなーい。(子供の学習能力の高さというよりも、やっぱりトルコ人としてのDNAなのでは?) 最近はどんどん物価も高くなってトルコが変わりつつあるというのも、読んでるだけの身ながらも寂しい話ですね。そして何が一番寂しいって、「トル考」がこの21世紀編で一旦終わりだということ。えーっ、そうだったんですか。逆に引き際が鮮やかということでいいのかもしれないけど、楽しかったのになあ。
高橋さんの絵はこういったギャグ路線のものしか見てないんですが、たまに登場する真面目な絵はとっても綺麗。見てると佐々木倫子さんの絵を思い出すんですけど、本当に似てるのかな~? 真面目なストーリー漫画も一度見てみたくなっちゃいます。(集英社)


+シリーズ既刊の感想+
「トルコで私も考えた」1~4 高橋由佳利
「トルコで私も考えた 21世紀編」高橋由佳利

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学生の多い東京の西の近郊の町にある古道具屋・中野商店。店主は25年ほど前に脱サラして店を始めたという中野さんで、店には昭和を思わせる雑多な生活用品が並んでいます。アルバイトはタケオとヒトミの2人。タケオは引き取り要員で、午後になると中野さんとトラックで依頼のあったお客の荷物を引き取りに行き、ヒトミは午前に引き続き店番をするという役割分担。そして店には中野さんの姉のマサヨさんもよく顔を出すのです。

店主の中野さんの人柄なのか、どこか不思議な雰囲気を漂わせている中野商店での日々を、アルバイトのヒトミの視点から描いた長編。店に深く関わっている4人も、ここにやってくる客も、中野さんの愛人だというサキ子も、みーんなみんなマイペース。平凡な日々の中にもそれなりに波があり、それを淡々と描き出しているような感じの作品です。古い写真を眺めながら、こういうこともあったなあ、と思い出に浸っているという印象でしょうか。ええと、今の私にはあまりインパクトが感じられなくてさらっと読み流してしまったのだけど、こういうのが好きな人には堪らない作品かもしれないですねえ。(新潮文庫)


+既読の川上弘美作品の感想+
「古道具中野商店」川上弘美
「大好きな本 川上弘美書評集」川上弘美
Livreに「神様」「なんとなくな日々」「センセイの鞄」「パレード」の感想があります)

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梁山泊と童貫軍が総力の全てをかけてぶつかる、北方水滸伝完結の19巻。

いやあ、全部読んでしまいました。ふぅー。
19巻は、前巻に引き続きの激しい戦闘の物語となっています... が、こういう結末になるのかあ。童貫軍との激しいぶつかり合いはいいし、「水滸伝」としての話自体はここで終わるんだけど、でもあまりに次の「楊令伝」の存在が見えすぎるラストにちょっとびっくり。これじゃあ、この「水滸伝」が「楊令伝」の前座みたいじゃないですか。いや、その後へ繋がっていくということ自体はいいのだけど... とりあえずここで一つ区切りはつけて欲しかったなあ、というのが正直なところ。
でも梁山泊側だけで108人いるので、途轍もない数の登場人物になるのだけど、北方さんの描く漢たちは、誰もがそれぞれにかっこよかったな。全巻通して特に心に残った人物といえば、林沖と楊志。あとは秦明とか呼延灼、解珍、李逵辺り。思っていた以上に生き残った人間がいたので(とは言っても、全体から考えると僅かなんだけど)、このメンバーが「楊令伝」でも活躍することになるんですね、きっと。
あとは北方水滸伝読本として「替天行道」というのが出てます。こちらは「水滸伝」にまつわる北方さんの手記や対談、登場人物の設定資料、担当編集者が連載中に北方さんに書いた手紙などが収められているのだそう。これも読むかどうかは、現在考え中。(集英社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「水滸伝」1~3 北方謙三
「水滸伝」4~6 北方謙三
「水滸伝」7~9 北方謙三
「水滸伝」10~12 北方謙三
「水滸伝」13~15 北方謙三
「水滸伝」16~18 北方謙三
「水滸伝」19 北方謙三

+既読の北方謙三作品の感想+
「破軍の星」北方謙三
「楊家将」上下 北方謙三
Livreにブラディ・ドールシリーズと「三国志」の感想があります)

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致死軍が青蓮寺に襲い掛かるなど水面下での動きが目立つ16巻、とうとう童貫が出陣する17巻、さらに戦況が厳しくなる18巻。

やっぱり童貫は強かったんですねえ。前から禁軍随一の実力という評判でしたけど、梁山泊側の苦戦が痛々しくなってしまうほど。あれだけのメンバーを揃えていても、やっぱり敵わないのですか! でも、こんなに強い軍を具えている国の内情が腐敗しきっているというのも、やっぱりどこか妙な感じが...。今回はどちらかといえば水面下の戦いが繰り広げられた16巻が面白かったな。燕青の意外な活躍ぶりも良かったし。
それにしても、気に入っていた主要メンバーが次々に死んでしまうのはやっぱり悲しい。特に18巻では、殺しても死にそうになかった人たちばかり散っていきます。そして、それらのメンバーをひっくるめたほど強い楊令の活躍ぶりには、ちょっとびっくり。いや、強いだろうとは思っていましたけど、ここまで...? これじゃあちょっと人間離れしてますよぅ。でもここから今執筆中の「楊令伝」に繋がっていくんですものね。(集英社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「水滸伝」1~3 北方謙三
「水滸伝」4~6 北方謙三
「水滸伝」7~9 北方謙三
「水滸伝」10~12 北方謙三
「水滸伝」13~15 北方謙三
「水滸伝」16~18 北方謙三
「水滸伝」19 北方謙三

+既読の北方謙三作品の感想+
「破軍の星」北方謙三
「楊家将」上下 北方謙三
Livreにブラディ・ドールシリーズと「三国志」の感想があります)

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官軍が10万以上の大軍で梁山泊を討とうと動き始める13巻、その軍がとうとう20万以上になる14巻、そして梁山泊が必死の攻防を繰り広げる15巻。

戦いに明け暮れたこの3巻。物語の前半ではどんどん人が集まってきていたんですが、この辺りになるともう本当にどんどん人が死んでいきます。その方が、本家本元の「水滸伝」の108人集まるまで誰も死なない状態よりも、余程自然なんですけどね... 北方さんご自身、「俺の水滸伝は死ぬんだよ」とインタビューの時に呟かれていたのだそう。
今回好きだったのは、林冲が単廷珪を叩きのめす場面。そして特に印象に残ったのは、石梯山での魯達と鄒淵の会話。

「俺は、天下などほんとうに考えたことはないんだ。梁山泊が天下を奪る。そうすれば、別の宋ができる。それだけのことだ。違うと思うか?」
「それは、いい国かもしれねえだろう?」
「宋も、建国された時は、いい国だった。民に活気があって、いろいろなものが発展した。それが、やがて腐った。」
「梁山泊が天下を奪っても、腐ると思っているのかい?」
「十年後は見える。多分二十年後も。しかし三十年後は霧の彼方で、五十年後はないも同じだ。(後略)」

いや、全くその通りですよね。だからといって、何もしないまま諦めるのは間違ってると思うわけですが。(集英社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「水滸伝」1~3 北方謙三
「水滸伝」4~6 北方謙三
「水滸伝」7~9 北方謙三
「水滸伝」10~12 北方謙三
「水滸伝」13~15 北方謙三
「水滸伝」16~18 北方謙三
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「楊家将」上下 北方謙三
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