Catégories:“2009年”

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デンマークのエルシノア。ハムレット王が亡くなって2ヶ月足らずだというのに、ガートルード王妃は、王位を継いだ亡き王の弟・クローディアスと再婚。そんな時、エルシノア城の銃眼胸壁の上の狭い歩廊に、今は亡きハムレット王の亡霊が現れます。甲冑に身を固め元帥杖を手に見張りの目の前を何も言わずに通り過ぎる亡霊。その話を聞いたホレイショーは自分も亡霊の姿を目にすると、早速ハムレット王子に告げることに。そして亡霊と対峙したハムレット王子は、父の死の顛末を聞かされることになるのです... という本家本元の「ハムレット」。
そしてシェイクスピアの「ハムレット」から登場人物の名前と大体の環境を借りて書き上げた、2つの不幸な家庭の3日間の物語だという、太宰治の「新ハムレット」。

いわずと知れた、シェイクスピアの四大悲劇の1つ「ハムレット」。私はシェイクスピアはあまり好きじゃないし、色んな版で何度か読んでる割にその偉大さも今ひとつ理解できないんですが、四大悲劇は結構好き。特に「マクベス」。
ええと、今ひとつ感心しない理由の1つは、シェイクスピアのどの作品にも元となる話があって、あまりオリジナリティがないということなんですけど... まあ、それはあんまり説得力がないというのは、自分でも分かってます。(笑) でもこの「ハムレット」が書き上げられる数年前に、よく似た戯曲がロンドンで上演されていたのだそうで、そんなことを知ってしまうと、益々...。(笑) まあ、それ以前に明らかな元ネタ本があるので、その同時代の劇作家もそちらから取ったんでしょうけどね。でも今回訳者による解題を読んで、「エッダ」や「ベオウルフ」にもハムレットの原型が存在するとされていると知ってびっくりです。そう言われてみると、似てるなあ、なんて思いながら読んでた話もあったような...。(←ダメダメな記憶力)
「ハムレット」自体には改めてあまり感想はないんですが、この福田恆存氏による解題が良かったです! 福田恆存氏は訳も素晴らしいけど、この解題が本当に素晴らしいー。特に「ハムレットの最大の魅力は、彼が自分の人生を激しく演戯していることにある」という言葉。「ハムレットの演戯法はハムレットに教わることだ。シェイクスピア劇の演戯法はシェイクスピアに教わることだ。そのハムレットは演戯をし、演戯しながらそれを楽しんでいる。そういうハムレットを役者は演戯すればいい。演戯ということが既に二重の生であるがゆえに、そこには二重の演戯がある」ですって。なるほどね。そういうところを楽しむべき作品なんですね。やっぱり本で読んでどうこう言うのではなくて、演じられている「ハムレット」を観るべきなんでしょうね。シェイクスピアだって座付き脚本家として、演じられるための作品を書いてたんですものね。

そしてその「ハムレット」を読んだので読んでみたくなったのが、太宰治「新ハムレット」。太宰治自身、「人物の名前と、だいたいの環境だけを、沙翁の「ハムレットから拝借して、ひとつの不幸な家庭を書いた。それ以上の、学問的、または政治的な意味はみじんもない。狭い、心理の実験である」としている通りの作品。
大きな流れは同じなんですが、細かい部分は結構違います。「新ハムレット」のハムレットは、叔父とそれほど不仲ではないですし、以前は懐いていたのに、母親をとられた寂しさや戸惑いから反抗しているみたい。先王の幽霊騒ぎは、ここでは単なる噂話。そしてハムレットは結婚する気満々です! ここでのオフィーリアの造形が、まるで今時の女の子みたいでびっくりですよ。それに作品そのものもとても現代的。書かれた当時は、きっととても斬新だったんでしょうね。太宰治といえば一昔前の人、というイメージだったんですけど、そうではなかったようで...(笑)
行間から登場人物たちの気持ちを推し量らなければならない原作とは違って、こちらでは登場人物が滔々と雄弁に自分の気持ちを語ってるのが面白いし、ハムレットを初めて日本に紹介した坪内逍遥の訳をからかってるようなところも楽しいし...(「アリマス、アリマセン、アレワナンデスカ」というのは、確か「はいからさんが通る」に出てきてたから知ってたけど、「すまいとばし思うて?」は知らなかったよ)、ポローニヤスから息子・レアティーズへの細かすぎるほど細かい遊学の心得も可笑しいし~。太宰治自身も同じことを言われたのかな? それとも自分自身の経験を踏まえた言葉? 人は死ぬんですけど、むしろ喜劇に変わってしまったような印象さえありました。とは言っても、このハムレットは、やっぱり太宰治自身なんでしょうね。ハムレットの台詞の端々に、太宰治自身が見え隠れしているようです。

「みんな、みんな可哀想だ。僕には昔から、軽蔑感も憎悪も、怒りも嫉妬も何も無かった。人の真似をして、憎むの軽蔑するのと騒ぎ立てていただけなんだ。実感としては、何も分からない。人を憎むとは、どういう気持ちのものか、人を軽蔑する、嫉妬するとは、どんな感じか、何もわからない。ただ一つ、僕が実感として、此の胸が浪打つほどによく分る情緒は、おう可哀想という思いだけだ。僕は、この感情一つだけで、二十三年間を生きて来たんだ。」(P.294)

「新ハムレット」には5編が収められているんですけど、表題作以外もそれぞれに良かったです。私が一番気に入ったのは「古典風」。取り立てて大きな出来事が起きるわけでもないのに、読ませてくれるんですよねえ。間に挿入されている手帳のメモ書きや、主人公が書くネロの伝記なんかも面白かったし。この作品、副題が「ーーこんな小説も、私は読みたい。(作者)」なんです。私だって読みたいよ!(笑)(新潮文庫)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

+既読の太宰治作品の感想+
「惜別」太宰治
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治

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冥土の王様から1日だけ暇をもらって浮世を見に来たというカロオンは、丁度出会ったヘルメスに、ぜひ地上を案内して欲しいと頼み込みます。ヅェウスの用で忙しいヘルメスですが、カロオンには日頃世話になっていることもあり、オリュンポスやオッサ、ペーリオン、オイテー、パルナッソスといった山々を積み上げてその上に座り、2人で下界の人々の様子を見ることに... という「カロオン」他、全7編の作品集。

「本当の話」が読みたかったルキアーノス、この本が復刊した時に一応買ってたんですが、旧字旧仮名遣いで訳が古いままだし(だって「ゼウス」が「ヅェウス」ですよ!)、活字もすっかり潰れてて読みにくそうなので、しばらく放置してしまったんですよねえ。でもいざ読んでみたら。これが面白いのなんのって! ギリシャ神話好きには堪らない、風刺の効いた短篇集でした。読んで良かったーー。
特に面白かったのは、上にもあらすじを書いた「カロオン」と、表題作の「神々の対話」。「カロオン」というのは、冥府の河ステュクスの渡し守のカロンのことです。闇の神・エレボスと夜の女神・ニュクスの息子であるカロンは、生まれてこの方ずっと冥府に暮らしてるんですね。地上に出てくるのは、今回が初めて。仕事で時々冥府を訪れるヘルメスとは顔馴染みなので、その関係でヘルメスに地上を見せてまわってくれと頼むんですが... このヘルメスとカロン、そして彼らが覗き見る人間たちの会話に風刺がたっぷり効いていて可笑しいし楽しいし。ギリシャ神話に語られているエピソードが、将来起きる出来事として予言されていたり。もうニヤリとさせられっぱなしです。
そして表題作の「神々の対話」は、様々な神々たちの素顔を覗き見るような楽しさのある作品。自由と引き換えにテティスにまつわる秘密をゼウスに話すプロメテウスとか、ヒュアキントスの死を嘆くアポロンなんかは、普通に神話のエピソードをそのままなぞったものなんですけど、自分の浮気癖を棚に上げて、もっと優美な姿で女性に近づきたいとエロスに文句を言うゼウスとか(いつも牛とか金色の雨とかだからね)、まさにガニュメデスを口説いている最中のゼウスとか(好色親爺めッ)、ヘルメスの手の早さや音楽の才能に目を細めているようなアポロンとか(まるで父親みたいだ)、ヘラとレト(アポロンとアルテミスのお母さんね)の我が子自慢と嫌味の応酬とか(コワイコワイ)、使い走りばかりさせられて愚痴ってるヘルメスとか、可笑しい会話がいっぱい。トロイア戦争の元となった金の林檎のエピソードで、アプロディテがパリスを買収する場面なんて、現実感ありまくり。まるでギリシャ神話版ショートコント。これは今の時代でも笑えるセンスですね。素晴らしいー。
金持ちにあこがれる靴直しの青年をうまく言いくるめてしまう鶏の話「にわとり」も面白かったし... この鶏は、前世で様々な人生を体験していて、そのうちの1人は哲学者のピュタゴラスなんですよ! あと「無学なる書籍蒐集家に与う」は本当に皮肉たっぷりで~ ローマ時代にも応接間に全集を飾って悦に入るような人たちがいっぱいいたんですね。積読本が多い読者には、ちょっぴり耳が痛い話かも。(笑)(岩波文庫)


+既読のルキアノス作品の感想+
「神々の対話」ルーキアーノス
「遊女の対話」ルーキアーノス
「本当の話 ルキアノス短篇集」ルキアノス

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民衆の間で信仰されてきた小人や巨人、そして妖精たち。しかしそういった存在が息づいていた民間信仰は、人々の生活にキリスト教が入ってくるに従って邪教と見なされるようになり、徐々に人々の生活圏から排除されることになります。キリスト教が世界を席巻するに従って排除されていったのは、ギリシャ・ローマの神々たちも同様。それらの神々は、地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇の中に生きる悪霊とされてしまうのです。...そんな風に追いやられ、呪われることになった神々や精霊たちに関するエッセイ。「流刑の神々」がギリシャ・ローマの神々に関して、「精霊物語」は民間信仰の小人や巨人、妖精たちについてです。

ハイネによるエッセイ2編。両者の成立には17年という歳月の隔たりがあるそうですが、古代の自然信仰やギリシャ・ローマの神々に対する信仰が、キリスト教の浸透によって邪教として抹殺されていくことになったことということで、そのテーマは同じです。
新しいものに古いものが駆逐されるというのはよくあることだし、例えば日本にも、文明開化によって西洋の文化が入ってきた途端、日本古来の文化がないがしろにされるようになったという歴史がありますよね。でも西洋文化に流れてしまったのは国民性というのも大きかったはずだし、結局「和洋折衷」で、新しい物に負けそうになりながらも、古い物も残るところには残っています。そもそも日本は、古くから仏教と神道が両立してきた国。キリスト教が異教に対して行ったような徹底的な排除というのは経験してないんですねえ。でももし徳川幕府が鎖国してキリスト教を締め出さなかったら、今頃どうなってたのかしら?
キリスト教に限らず宗教というのは激しさを持ってることが多いのだけど(特に初期)、それでもキリスト教の激しさってすごいですね。隣人には寛容なはずのキリスト教も、異教徒に対しては驚くほど非寛容。あの徹底した排除っぷりは、ほんとすごいと思います。古来の信仰や、それにまつわる文化、その中に息づいていた異教の神々たちを完全に駆逐してしまおうとするんですもん。でもキリスト教がどれだけ網を張巡らしても、古代信仰の一部は、邪教や迷信と決め付けられ変容しながらも零れ落ちていくんですね。そしてあるものは伝説として残り、あるものは祭りなどの習俗に残り、抹殺されずに農民たちの間に残った物語はグリムによって採取されて本として残ることになるわけで。

「流刑の神々」は、若き日の柳田国男にも多大な影響を与えた作品なんだそうです。なるほど、こういうのを読んでいたのですね。ワーグナーの「タンホイザー」や「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」といった作品群を思い起こさせる伝説も紹介されてたし、他にも色んな伝承に触れられたり、紹介されてるのが面白かったー。中でも興味深かったのは、シェイクスピアの「マクベス」の魔女は、その元ネタとなった古い伝説の中では、3人のヴァルキューレだったという話! そうだったんだ! 「流刑の神々」で紹介されてる、うさぎ島に住む老人がユピテル(ゼウスね)だったなんて話も面白かったし、牧童として暮らしていたアポロンや、今もまだ祭りを行っているバッカス... いつまででも読み続けていたくなっちゃいます。でもドイツの人なのに、ギリシャ神話を取り上げてる割に、ゲルマン(北欧)神話についてはあまり触れてないのが少し不思議。ハイネがユダヤ人だったということは... 関係あるのかしら?(岩波文庫)

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トロイア戦争でヘクトールはギリシャのアキレウスに倒され、トロイア落城後、ヘクトールの妻のアンドロマックはアキレウスの息子・ピリュスの奴隷となることに。ピリュスの婚約者のエルミオーヌは、ヘクトールの忘れ形見・アスチアナクスの殺害を要求し、アンドロマックに心を奪われたピリュスは、そんなエルミオーヌを疎ましく思います。そこにエルミオーヌを愛するオレストが登場して... という「アンドロマック」。
アテネの王・テゼーとアマゾーンの女王・アンチオープとの子・イポリットは、この6ヶ月というものテゼーが行方不明であることに居ても立ってもいられない不安を覚え、父を探す旅に出ると言い出して... という「フェードル」。

フランスの劇作家・ラシーヌによる悲劇2作。どちらも古代ギリシャの3大悲劇詩人の1人・エウリピデスの悲劇作品が元になってます。こんなところでギリシャ神話絡みの作品が読めるとは迂闊にも知らなかったんですけど! 名前の訳が違いすぎて、話に入り込みにくくて困りました...。だってアンドロマックというのは、ギリシャ読みだとアンドロマケーのこと。ピリュスはネオプトレモスだし、フェードルはパイドラのことで、テゼーはテーセウス。イポリットはヒュッポリュトスのことで、アンチオープはアンティオペー。アルファベットで見たらそれほど変わらないでしょうけど(ギリシャ文字はアルファベットとはまた少し違うけど)、カタカナ表記では違いすぎですよぅ。従来のギリシャ読みを採用してくれたら、もっとずっと読みやすくなったはずなのに。

「アンドロマック」は、エウリピデスの「アンドロマケー」がモチーフとなっている作品なんですけど、元話とは結構違っていてモチーフを借りてきただけ。それだけにラシーヌらしさというのもあるのかな? オレストはエルミオーヌに、エルミオーヌはピリュスに、ピリュスはアンドロマックに、しかしアンドロマックはヘクトールを思い続けて... という片思いの連鎖が繰り広げる物語は、これはこれで結構面白いです。こんなにみんな前言を翻してばかりでいいのかしら?なんて思ったりもするのだけど。(笑)
「フェードル」は、やっぱりエウリピデスの「ヒュッポリトス」に題材を取っている作品ですが、こちらの方は元の作品にかなり忠実。これは元々それほど好きな話ではないし、比べてしまうと元話には見劣りするかな... 元話ではヒュッポリトスがアプロディテをないがしろにするところで悲劇が起きるんですけど、こちらはそんな神懸りではなくて、もっと人間ドラマになってるんですね。それがちょっと物足りなかったりして。
結局「アンドロマック」の方が面白かったんですが... でも結論から言えば、私はやっぱりエウリピデスの作品の方が好きだなあ。というのは、やっぱり名前の訳の問題も大きいのかなあ。でもラシーヌにはローマ時代を舞台にした「ブリタニキュス/ベレニス」というのもあるそうなので、そちらも読んでみようと思います。「ブリタニキュス」は皇帝ネロ、「ベレニス」は皇帝ティトゥスとベレニケの話ですって。どんな感じなのかしら~。(岩波文庫)


+既読のラシーヌ作品の感想+
「フェードル/アンドロマック」ラシーヌ
「ブリタニキュス/ベレニス」ラシーヌ

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遙か昔、ギリシャで栄華を極めていたオリュンポスの神々も、キリストが生まれてからというもの、その権威は地に墜ち、今はロンドンで困窮に喘いでいました。神々がロンドンに移住したのは1665年のこと。丁度大流行中だったペストの影響でロンドンの不動産価格が底値を記録していた頃で、知恵の女神・アテナによる財テク工作の一環として計画されたのです。しかし一旦ゼウスの名前を家の名義人に記した途端、一族はその地に縛り付けられることになり、300年以上も同じ家に住みながら、倒壊寸前の家をヘパイトスの改築・修繕に頼って暮らしていくことに...。神々は今やその力を失い、僅かずつではあるものの、老い始めていたのです。

ギリシャ神話の神々が現代のロンドンに住んでるとあれば、それは読まなくちゃと思ったんですけどーーー。これがもうほんと一体何なんだか!という出だしで、やっぱり読むのやめようかと思いました...。何がどうだって、序盤がとにかくお下劣なんです。最初、犬の散歩中のアルテミスが木になってしまった女性に出会うところはいいんですけど(アポロンとダフネのエピソードの再来ですね)、その後が...! アポロンとアプロディテが何をしようと勝手ですけど、ここまで書く必要はあったのかしら?
ということで、犬の散歩のバイトで日銭を稼ぐアルテミスに、携帯電話でテレフォン・セックスのバイトに勤しむアプロディテ。英知に優れてはいてもコミュニケーション能力が限りなくゼロに近いアテナ。アポロンはいんちき霊能者としてテレビに出演してるし、エロスは今や敬虔なキリスト教徒。ギリシャ神話でお馴染みの神々がこれでもかというほど情けない姿を曝け出してます。「抱腹絶倒」とは書かれていても、もう全然そんな感じじゃないしーー。というか、この手のユーモアセンスは、私にはイマイチなのよーー。...それでもギリシャ神話だし!とかなり我慢しつつ読み進めていたら、世界が滅亡へと進み始めた頃から面白くなりました。
結論としてはそれほど目新しくもないし、特にオススメ作品とも思わないんですが、それでも終わりよければ全て良しですかね? なかなか可愛らしく収まっていたと思います。下品ながらも可愛らしい神々、と思えるようになったのがスバラシイ。話に全く要領を得ないアテナにはがっかりなんですが(もっと素敵なイメージを持ってたのにー)、その分、アルテミスやヘルメスがなかなかいい味を出していて良かったです。(早川書房)

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ワルシャワのゲットーとも言えそうなクロホマルナ通りにラビの息子として生まれ、ヘブライ語、アラム語、イディッシュ語とタルムードによって育てられたアーロン。一番仲が良かったのは、天才児と言われたアーロンとは対照的に、周囲から知恵遅れと思われていた少女・ショーシャ。ショーシャは9歳になっても6歳のような話し振り、2学年遅れて通っていた公立学校からも、もう通わなくていいと言われてしまうほど。それでもショーシャと遊ぶ時だけは、アーロンは他の誰にも言えないようなこと、空想や白昼夢のことまで全部言うことができたのです。しかし1914年に第一次大戦が始まり、アーロンの一家もやがてワルシャワを去ることに。

アイザック・シンガーの自伝的小説。アイザック・シンガー自身、ポーランドのユダヤ人家庭に生まれているし、アーロンと年齢的にもほぼ同じなら、住んでた場所も経歴も家族のこともかなり重なってるみたいです。大きく違うのは、ショーシャのことだけ。この作品ではアーロンはショーシャに20年ぶりに再会することになるんですが、現実でアイザック・シンガーが再会できたのはショーシャではなく、ショーシャの娘だったんだとか。そう考えると、この作品はアイザック・シンガーが送りたかった人生というか、失われた人生というか、そんな感じがしてきます。

もうこのショーシャがとにかく可愛らしくて! 第一部では知恵遅れのイメージが強いんですけど、第二部のショーシャは1人の恋する女の子。もうこれは反則でしょ!ってぐらい可愛い。そして主人公も、そんなショーシャを大切に愛してます。ただ、それだけに、そのまま済むはずがないだろう、なんて思ってしまったりもするのだけど...。
でもそんなショーシャの可愛らしさに比べて、アーロンの魅力がイマイチだったかな。主人公に作者自身が色濃く反映されているせいで、妙なとこで謙虚だった? アーロンは女性にも不自由してないし、年上の友人たちにも可愛がられてるし、アメリカから来た女優のベティとその情人のサム・ドレイマンにも初対面でとても気に入られるんですよね。で、とんとん拍子に芝居の脚本を書くことが決まっちゃう。本当なら、かなり魅力的な才能溢れる青年のはずなんですけど、何なんでしょうね、この冴えなさは...。文才についても最後までよく分からないままで、でも最終的には世界的な作家になってたようだし、なんかこの辺りがどうもね。自伝的ではあっても小説として書くのであれば、もう少し書き込んで欲しかったところです。でも同じ書かれていないといえば、ナチスによるホロコーストも同様なんですが、こちらは書かれていないのが逆に良かったんですけどね。登場人物たちは第一次世界大戦も第二次世界大戦も体験してるし、ヒトラーの名前は何度も登場するし、戦争の犠牲になった人もいるのに、まるで戦時中という感じがしなくって、私にはそれがとても読みやすかったです。

作中で登場する「世界の本」というのが素敵。こういう本が存在すると思っただけで、いいことも悪いことも、全てが受け入れられそうな気がします。 実際には再会することのなかったショーシャもまた、この本の中にいるんですね。そうか、この作品はシンガーにとって「世界の本」そのものだったのかも。だからこそ、悲惨な戦争の描写もほとんどなかったのかもしれないなあ。(吉夏社)


+既読のアイザック・B・シンガー作品の感想+
「お話を運んだ馬」「まぬけなワルシャワ旅行」I.B.シンガー
「やぎと少年」アイザック・B・シンガー
「ショーシャ」アイザック・B・シンガー

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「紫式部日記」は、「源氏物語」を書いた紫式部の宮仕え回想録。自分が仕える彰子の初めての出産やそれにまつわる様々な出来事、彰子のこと、宮中でのこと、女房のあるべき姿などを語っていく作品です。森谷明子さんの「千年の黙」に、紫式部日記の内容的な場面が色々あったので、読みたいなと思ってたんですよねえ。
文庫だと岩波文庫と講談社学術文庫と、今回私が選んだ角川ソフィア文庫が現在入手可能。どれにするか迷ったんですけど、岩波文庫版はどうやらそっけないほどあっさりしてるようなのでボツ。講談社学術文庫版は「全訳注」で、上下巻だし多分詳細なんでしょうけど... 私が行った書店には置いてなくて残念。こちらの角川ソフィア文庫は、原文とその訳、そして解説が充実しているようだし、このシリーズは多少当たり外れがあるんだけど、こちらにしてみました。

結論としては。確かに面白かったし、解釈もとても充実してたし... 当時の時代的背景から宮中での様子から、分かりやすく詳しく説明されているし、長く宮中にいる間に、最初は「女房なんて」と思っていた紫式部の変わっていく様子が指摘されてて、これは本当にすごく面白かったですね。あと、紫式部がこの日記を書いてるのも、ただの個人的な日記というだけではなく、藤原道長側の記者として書いていたような部分とか。ただ、これは本当に一般的な解釈なのかしらと疑問に思った箇所があったのと、あとは現代語訳や解説文が私の好みよりもちょーっと軽かったのが... あ、でもこれは私が軽く感じてしまっただけで、同じ訳を現代的で素晴らしいと感じる方も必ずいるはずなので、一概にどうだとは言えないんですけどね。少なくとも、この本を最初に読んだら、これで紫式部像や彰子像が固定されてしまいそう的な充実度はありました。「千年の黙」に登場する紫式部や彰子とは、ちょっぴり雰囲気が違いますが~。
ここに収められているのは全文ではないので、いずれは講談社学術文庫版も読んでみたいな。あ、「紫式部日記」と合わせて「御堂関白記(藤原道長の日記)」を読んでみるのもいいかもしれないですねー。(角川ソフィア文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「七姫幻想」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

+関連シリーズ作品の感想+
「論語 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」加地伸行
「陶淵明 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」釜谷武志
「李白 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」筧久美子
「老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」野村茂夫
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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