Catégories:“2009年”

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女童のあてきがお仕えしているのは、藤原宣孝と結婚して2年目の藤原香子。香子は既に「源氏物語」の執筆に取り掛かっており、作品を読んだ左大臣・藤原道長から、娘の彰子の入内に当たって女房として仕えるよう何度も熱心な誘いがかけられていました。その頃、出産のために宮中を退出する中宮定子に同行した猫が繋いでおいた紐ごと失踪し、大騒ぎとなって... という「上にさぶらふ御猫」、そして失われた1帖の謎を探る「かかやく日の宮」、その後日談となる「雲隠」の3編。

鮎川哲也賞受賞の、森谷明子さんのデビュー作。先日読んだ倉橋由美子さんの「夢の通い路」(感想)にも紫式部や道長が出てきたとこだし、丸谷才一さんの「輝く日の宮」は、この作品と合わせて読んだんですけど、またちょっと源氏物語が自分の中で大きく浮上してきてます。
というこの「千年の黙」は、平安時代を舞台に、繋いでおいた猫が失踪した事件と、「かかやく日の宮」が失われた理由を探るミステリ作品です。探偵役は紫式部。猫の事件の方は日常の謎系なんですが、失われた章の理由を探る「かかやく日の宮」は、立派な新仮説。丸谷才一の「輝く日の宮」で書かれていた解釈ほどの大胆な仮説ではないものの... うーん、比べてしまうとやっぱりちょっぴり小粒かしら。でもこちらはこちらで1つの立派な仮説となっています。なるほどね~。そして「雲隠」の章での、紫式部と道長のやりとりにニヤリとさせられて。
紫式部はもちろんのこと、その夫の藤原宣孝やその上司に当たる藤原道長、道長の娘の彰子中宮といった歴史上の人物も登場するし、阿手木やその夫となる義清、阿手木の親しい友達となる小侍従も賑やかに動き回っていて、こちらは物語として面白かったです。平安時代という舞台の雰囲気が楽しかった~。そして紫式部の「物語を書くこと」に対する思いは、そのまま森谷明子さんの思いでもあるのでしょうね。作者は自分の心を偽らないように書く、しかし一度作者の手を離れてしまえば、それはもう読者に託すしかない... 全編を通して「物語」に関する印象的な台詞が多かったです。例えばこんなの。

「物語というものは、書いた者の手を離れたら、ひとりで歩いていくものです。わたくしのうかがいしれぬところで、どんなふうに読まれてもしかたがない。うっかり筆をすべらせたら、後の世の人がどんなにそしることかと思うと、こわくて身がすくむこともあります」
「そう、むずかしいのね。あたしはそんなことは考えない。後の世のことは、神仏でもない身にはわからないもの。ただね、自分の心はいつわらぬようにしよう。あとは自分に子どもが生まれたら、その子にだけは誇ってもらえるようにしよう、と。そしてほかの人にはどう見られようと、かまわないでいようと」(P.215)

これは入内する前の彰子との会話。こういう言葉って、デビューして色んなところで色々なことを書かれた作家が書きそうなイメージがあるのだけど... 森谷さんはデビュー作で書いていたのですね。(創元推理文庫)


+既読の森谷明子作品の感想+
「れんげ野原のまんなかで」森谷明子
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子

+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「七姫幻想」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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母校である女子大の日本文学科専任講師を務める杉安佐子は、ロンドンに駐在している兄のもとに遊びに行く時に知り合った長良豊と、京都の学会に行くために乗った新幹線で再会。京都で行きたい場所がある安佐子は、それが「源氏物語」の藤壺のいた辺りだということを長良に説明し、かつて源氏物語にあったといわれる「輝く日の宮」という巻のことを語ります。

森谷明子さんの「千年の黙」が文庫になったので、それを読もうと思ったんですが、それなら合わせてこちらも読むのがお勧めと七生子さんに教えていただいて~。こちらを先に読んでみました。「輝く日の宮」というのは、「源氏物語」にかつてあったとも言われる幻の章。まだそういう学説があるというだけに過ぎなくて、存在が証明されてるわけではないようですが、「桐壺」と「帚木」の間にあったと言われてるんですね。確かに現在読める「源氏物語」には、藤壺の宮との一度目の逢瀬のことは何も書かれてないし! その後の六条御息所の登場も、もひとつ後の朝顔の姫のことも唐突だし! 特に六条御息所とは、初めて名前が登場した時にすっかり馴染んだ仲として描かれていたので、いつの間に?!と読みながら戸惑ったものです。大切な説明がすっぽりと抜け落ちているという印象。で、「輝く日の宮」という章があったという説があると聞いて納得したのですが... まさかその章が失われた理由がこういうことだったとは! うわあ、これは大胆な仮説ですね。でも驚いたけど、とても説得力がありました。
でもね、この作品で本筋の源氏物語の話になるのは、物語が始まって150ページほども過ぎてからなんです。それまでは安佐子が中学3年の頃に書いた短編のこととか、元禄文学学会で発表した「芭蕉はなぜ東北へ行ったのか」のこと、「日本の幽霊シンポジウム」など他の部分が詳細に描かれていて、その合間には為永春水と徳田秋声の「春水-秋声的時間」のことや、父・玄太郎の生活史研究のことも挟まれていて、そのそれぞれが色んな手法で書かれてるのが面白かったものの、いつになったら本筋になるんだ?って感じだったんです。でもこれが実は実は実は... 私がその意図を本当に理解したのは、本文を読み終えて解説を読んでからでした。うわー、なるほど、そういうことだったのですね! これには全く気づかなかった... というか、読みながら気づくのは私には到底無理なんだけど...(笑) なるほどぉ。どの部分も、実はそれぞれ実は深い意味があって存在してたんですねー。
これは安佐子の成長物語であり、恋愛物語でもあり、そして大きく昭和の時代を追う小説でもあり、「輝く日の宮」が存在したことを証明する小説形式の論文でもあり(松尾芭蕉論、泉鏡花論、そして宮本武蔵論も)... ああ、こういうのって面白いなあ。安佐子とか他の女性の造形が一昔前の女性のようで、あまり魅力が感じられなかったのが残念なんですが... それにかなり現代に近づいてもまだ旧仮名遣いというのはなぜ? と違和感も感じてしまったんですが... でも旧仮名遣いだからこそ、最後の章が違和感なく読めるのかもしれないですね。いや、面白い趣向でした。これは日本文学好きには堪らない作品かも~。私としても「輝く日の宮」の仮説が読めて良かった! 面白かったです。(講談社文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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グリム姉妹の事件簿1

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書評/ミステリ・サスペンス


11歳のサブリナと7歳のダフネのグリム姉妹は、2年前に両親が失踪して以来孤児院暮らし。孤児院のミズ・スミートはグリム姉妹のことを毛嫌いしており、2人を孤児院から引き取ってくれる家庭を見つけることが、今や彼女の一大使命となっていました。今もまた、祖母だと名乗る人物のところに連れて行かれるところ。しかしこれまで2人を送り込んだ先の人々は大抵意地悪で、時には頭がおかしいこともあり、2人をメイドや子守りとしてこきつかうか、ただ無視するばかり。その上、今回連れて行かれる先は、両親にずっと死んだと聞かされていた祖母のところなのです。サブリナはその「祖母」の偽者の家からもすぐ脱走する心づもりにしていました。しかしダフネはすぐに「レルダおばあちゃん」に懐いてしまい...。

東京創元社の創元ブックランドの新刊。今回は献本で頂きました。感謝。
本の案内に、かのグリム童話をまとめたグリム兄弟の子孫が、今はおとぎばなしの登場人物たちの見張りをしつつ、代々探偵業を営んでいるとあり、この時点で既に興味津々だったのですが、帯にはさらにジェイン・ヨーレンの「どうしてわたし自身で考えつかなかったんだろう! すっごいアイディア」という言葉が。ジェイン・ヨーレンにそんなことを言わせるとは、と読む前から期待が膨らみます。
そして実際に読んでみて。確かにこの設定は面白い~。そもそもグリム兄弟がおとぎばなしを書き留めたのは、おとぎばなしの時代の終わりが近づいたことを悟ったから。昔々はおとぎばなしに出てくる生き物たち(エヴァーアフター)と人間は共に暮らしていて、不思議なことも日常的に存在していたのに、両者は徐々にぶつかり合うようになってしまったんですね。魔法が禁止され、エヴァーアフターたちが迫害され始めたのを見たグリムは、できる限り沢山の物語を書き留め、親しくなったエヴァーアフターたちがアメリカ移住するのを手伝います。船を世話し、ハドソン川のほとりに土地を買って、エヴァーアフターたちがその土地に町を築くのを手伝うんです。でも新大陸にも徐々に人間は増えて、エヴァーアフターたちの身に再び危険が迫ります。バーバ・ヤーガに魔法をかけてもらうことによって、今の状態に落ち着くことになったんですが...。
その話がレルダおばあちゃんから出た時は、グリム一族がエヴァーアフターの後見人のような役割なのかなあと思っていたのですが、舞踏会での会話を聞いている限りでは、エヴァーアフター側にも様々な思いがあるようで! その辺りは、読んでいてちょっと複雑になってしまったんですけど... でもいずれにせよ、どちらか一辺倒の態度だけってわけじゃないのが良かったです。それに昔ながらの物語やファンタジー系の作品の登場人物が所狭しと歩き回っているのには、やっぱりわくわくしてしまいます。彼らの裏の素顔を覗き見るような楽しさ~。そして一番魅力的だったのは、レルダおばあちゃんの言う「世界一大きなウォークイン・クローゼット」! これはすごいです! この中、入ってみたい!!

今回だけで解決することと、また次回以降に続くことと。まだまだ小手調べといった感じもあるし、これでようやく登場人物たちが落ち着くところに落ち着いたので、今後ますます面白くなりそうな予感。次作も楽しみに待ちたいと思います。そして創元ブックランドの本は毎回挿絵も楽しみなのですが、今回は後藤啓介さんによる影絵調の挿絵で、これも物語の雰囲気によく似合っていて素敵です。(創元ブックランド)

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夜が更けて夫も子供たちも犬も寝静まった頃。化粧を直して人と会う用意をする桂子さん。鏡を見ると、そこに映っているのは、夜の化粧のせいで妖しい燐光を放つ「あちらの世界」の顔。外に来ている人の気配を感じた桂子さんは、家を抜け出します。そこにいたのは佐藤さん。しかし佐藤義清という名前の長身痩躯の紳士は、実は西行なのです。

桂子さんシリーズの外伝的作品... でいいのかな。魅惑的な「あちらの世界」の面々と交歓する桂子さんの物語。桂子さんと出会うのは西行、二条、後深草院、藤原定家、式子内親王、六条御息所、光源氏、藤原道長、紫式部、和泉式部、エルゼベート・バートリー、メーディア、則天武后、かぐや姫etcetc...という、虚実取り混ぜた豪華絢爛な面々。でもどんな人々と共にあっても、桂子さんの女神ぶりは相変わらずで~。相手に合わせて、しなやかに上品に踊っていますね。本当はとてもエロティックなはずなのに、そこには獣の生々しさは全くなくて、どこか植物的なんですが... ここで私が感じたのは、植物というよりも水。さらさらと流れる水のようなエロティシズムのような気がしました。現実と異界との転換点としても、水というのはとても相応しいのではないかと思うのですが~。
古今東西の様々な人物が登場するだけに、他の倉橋作品以上に様々な素養が現れていて、それもとても面白かったです。登場する面々の中でも特に印象深かったのは、処女の血を搾り取ったというエルゼベート・バートリ伯爵夫人、そしてエウリピデスの描いた物語は真相とは違うと語るメーディア。ここに描かれる血のお風呂や血のワインの魅惑的なことったら。さらに桂子さんが二条と語る、トリスタンと金髪のイズーの物語の話も面白かった! トリスタンとイズーが秘薬を飲んだ理由に、これ以上説得力のある回答は思い浮かばないな。(講談社文庫)


+桂子さんシリーズの感想+
「ポポイ」倉橋由美子
「夢の浮橋」倉橋由美子
「城の中の城」倉橋由美子
「交歓」倉橋由美子
「夢の通い路」倉橋由美子
「よもつひらさか往還」倉橋由美子

+既読の倉橋由美子作品の感想+
「偏愛文学館」倉橋由美子

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コンピューター・グラフィックスを駆使して制作された映画「シュレック」は、実はヨーロッパ中世文明がはぐくんだ色のイメージを見事に使っている映画なのだそうです。シュレックの醜さを強調しているのは、やや黄色味を帯びた緑の顔の色であり、夜になると醜く変身してしまうフィオナ姫も同様。しかし昼間の美しいフィオナ姫は、深く落ち着いた緑色のドレス姿。このように相反する美醜をいずれも緑で表現しているのが、中世ならではの色の世界。中世の緑色は、春の自然の美しさを表し、青春と恋愛を示す色であると同時に、混乱と破壊を示す悪魔の色。こういった中世ヨーロッパの人間が共有した色彩に対するイメージや、それぞれの色に付加された意味合いを知ることを通して、中世の人々の心の世界と社会のありかたを探っていく本。

本来中世とは西ローマ帝国が滅亡した5世紀後半からビザンティン帝国が滅びる15世紀半ばまでを示す言葉ですが、本書が対象としているのは12世紀から15世紀まで。ロマネスク様式からゴシック様式となった聖堂に色鮮やかなステンドグラスが作られ、美しい写本が次々と制作され始めたのが12世紀後半で、その頃から世俗の文学作品や造形芸術の創作にも色が登場してきたんですね。
中世で最も美しく鮮やかと考えられていたのは赤であり、最も汚い色は黄褐色。最も目立たない色は淡紅色。白や赤、青の色のイメージがいいのは分かるけど、緑や黄色は負のイメージが強い、というのは意外でした。確かに黄色には「嫉妬深い」なんて意味もあるし、まだなんとなく分かる気もしますが... 実は犯罪者の烙印の色であり、人を蔑視する色であり、ユダヤ人を区別する色でもあり。ヨーロッパでは長い間忌み嫌われてきた色なんだそうです。黄色は金色に通じるかと思ってたんですが、銀が白に通じても、黄色と金色が同一視されることはないのだとか。でもでも、緑は新緑の色じゃないですか! そりゃあ「green」にだって嫉妬とかそういう負の意味はあるし、他にもアーサー王伝説に登場する緑の騎士とか、妖精関係とか、ちょこちょことありますけどね。でも五月祭や聖パトリックの祝日なんて緑の日じゃないですか。ロビン・フッドとその一味だって緑の服が定番だし! でも陽気な青春の色であり、恋と結婚の色であり、生命の誕生と再生の色である緑ではあっても、同時に移ろいやすい未熟な色であり、混乱と破壊、淫乱と怠惰の色でもあるのだそうです。しいては悪魔の色。(そこまでとはね) まあ、染色で緑色を出す難しさも絡んでいたようなんですけどね。青に染めて次に黄色で染める、という二重の工程が必要なので高価だったというのもあって。(自然の色から、すんなりと緑を染めることができないというのは、志村ふくみさんの本にもありました)

色のイメージを知ることによってその暗示するところを知るという部分では、たとえばアーサー王伝説のうちの1つ、トリスタンとイズーの物語には、「金髪のイズー」と「白い手のイズー」が登場するんですけど、金色はそれだけで美しく高貴な人物であることを示すもの。でも「白い手のイズー」の白は、その美しさと同時に、形ばかりの妻という「白い結婚」を示唆するものでもあり... そういうのもすごく興味深かったですし。あと、色の組み合わせも。たとえば黄色と緑はどちらも負のイメージが強い色で、その2つを組み合わせると否定的な意味は一層強力になるんですが、たとえば物語や絵画に登場する騎士が黄色と緑の紋章を使っていたら、それは常軌を逸する人物だという暗示。そして黄色と緑の衣服といえば、道化服のミ・パルディ。ミ・パルディというのは、たとえば右半身が緑で左半身が黄色、というような全く違う2色使いをした服のことで、これは道化師の服の定番なんですが、道化が着るだけでなくて、一般の人々も政治的な意図で着用することがあったようなんです。たとえばシャルル6世妃となるイザボー・ド・バヴィエールをパリ市に迎え入れる時、市民はみんな赤と緑のミ・パルディを着たのだそうです。赤と緑はクリスマス... じゃなくてシャルル6世の色であり、王への恭順と王妃への歓迎を表すもの。即位式の時なんかも、王の色を2色身にまとうことによって王への恭順の意を示したんだそうです。でも他国の権力者を迎え入れる時は、パリ市の紋章の色を身につけて歓迎の意を示したり。
なぜ2色かといえば、2色使いが流行ってたかららしいんですが(笑)、そもそも沢山の色を使うことは気紛れを表すことで、よくないんですって。品も良くないし、人格も疑われるんだとか。そして同じ2色使いでも縞柄になってるとまた大変。これは娼婦のしるしとなり、身持ちの悪さを表してしまうのだそうで...。

そんな話が満載の本で、すごく面白くてメモを取りまくってしまいました。こういった知識があれば、中世の文学作品だけでなく、絵画作品も一段深く理解し楽しむことができますね。というかそういう作品に触れる時にはこういう知識も必須なんだなあ。読んで良かった!(講談社選書メチエ)

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伊勢英子さんによる宮沢賢治作品の絵本を一挙に4冊。
ざしき童子(ぼっこ)は、東北地方、特に岩手県に伝わる伝説の存在。特定の家に居つき、ざしき童子がいる家は栄え、去られてしまった家は傾くという... そんなざしき童子のお話を4つ集めた「ざしき童子のおはなし」。
姿が醜いため、他の鳥たちに顔を見たくないとまで言われてしまうよだか。みんなに嫌われていることを悲しんだよだかは、弟のかわせみに別れを告げ、太陽の方へと飛んでいきます... という「よだかの星」。
谷川の岸にある小さな小学校に新しく来たのは、赤い髪に変てこな洋装をしたおかしな子供。父親の仕事の都合で、北海道の学校から転校して来たのです... という「風の又三郎」。
しきりにカルメラのことを考えながら、赤い毛布(けっと)にくるまって雪丘の裾を家に急ぐ子供。しかしその日は水仙月の四日。じきに風が出て、乾いた細かな雪が降り始め、あたり一面は真っ暗に.. という「水仙月の四日」。

やっぱり「ルリユールおじさん」や「大きな木のような人」、「にいさん」のような絵本とは違っていて、こちらはやっぱり子供向けだなあという感じでしたが、それでもどれも伊勢英子さんの絵が堪能できる絵本ばかり。「ざしき童子のおはなし」は、昼下がりの穏やかな光、夕暮れの柔らかい光、残暑の頃の明るい光、そして眩しいほどの月の光... と、どの絵も光がとても印象的だったし、「よだかの星」は後半の色の深みと美しさが素晴らしいと思ったし、「風の又三郎」はどれも吹き渡る風を感じるような絵。「水仙月の四日」は、青と白が美しくて、その中の子供の毛布や、雪狼の舌の赤がとても鮮烈。

最初読んだ印象では、「水仙月の四日」が一番好きかなあと思ったんですが... 文章だけで読んだ時もとても印象深い作品だったし、伊勢英子さんらしい青を楽しめますしね。でも読んでから少し時間が経った今は「よだかの星」の印象の方が鮮烈に残ってるということに気がつきました。この絵本、最初の何枚かの絵が、あまり私好みの色彩じゃないんです。どこか民話調の赤の使い方というか、あまり色にも深みがなくて、なんでこういう色使いをするんだろう、とどうも違和感があったんです。でも、後半の色の深みが素晴らしい! なんて美しいんでしょう... もしかしたら、前半の絵は表面上の美醜しか捉えようとしないほかの鳥たちの浅さを表現してるのかしら。そして後半の深みのある広がりのある色彩は、よだかの内面を表しているのかなあ、と思ったのでした。...ただ単に前半の絵の美しさを、私が感じ取れなかっただけなのかもしれないんですが。(笑)(講談社・くもん出版・偕成社)


+既読の宮沢賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「よだかの星」「ざしき童子のはなし」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「よだかの星」「ざしき童子のはなし」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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オランダの貧しい牧師の息子として生まれたヴィンセント・ヴァン・ゴッホとその弟のテオ。「とうさんのような人になりたい」と語る兄と、にいさんのような人になりたいと思う弟。学校を出た兄は画廊に勤め、絵に囲まれて働く喜びがあふれる兄の手紙に、弟も16歳になると迷わず画廊に就職。しかし牧師である父のようになりたいという思いも捨てきれなかったのです。兄はやがて解雇され、様々な職につくもののうまくいかず何度も挫折を経た後、やがて絵描きになる決意を固めます。

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホとその弟のテオの物語。まずこの絵本で目を奪われるのはその色彩。表紙の黄色も印象的ですが、中はもっとすごいです。これほどまでに深みのある青とそして鮮烈な黄色の対比とは...。
伊勢英子さんは1990年からずっとゴッホの足跡をたどる旅を続けているのだそうで、エッセイ「ふたりのゴッホ」、絵本「絵描き」、実の妹さんと共訳したという「テオ もうひとりのゴッホ」を経て、どうしても描きたかった物語がこの絵本として結実したとのこと。その思いがすごく伝わってくる絵本です。ゴッホから弟に宛てた700通近い手紙から伊勢さんが感じたという「誠実に生きようとすればするほど、節度のない過剰な人間と見なされて居場所を失っていった彼の生きづらさと、白い画布以外に自分らしく生きられる場所がないという痛切な叫び」が、こちらにまで痛いほど伝わってきます。天才肌の芸術家と一緒に暮らすというのは、本当にものすごく大変なんでしょうね。しかもそれが実の兄ときた日には... 兄を愛しながらも困惑し続けたであろうテオ。テオの送る金でゴッホは旅を続け、パリのテオのアパートに押しかけて、アパートを絵の具だらけにしながら習作で埋め尽くし、客が来れば誰彼構わず議論をふっかけて、テオの生活をめちゃくちゃにしてしまいます。そしてアパートを出てからも、金や絵の具や筆、キャンバスを無心し、借りた金を自分の描いた絵で返すという身勝手さ。しかしその絵は決して売れることがないのです。自分の欲求に素直に生きることしかできない兄に対して、「ぼくはきみのエゴイストぶりにあこがれながら、そのすさまじさをにくんだ」という文章が心に突き刺さるようです。
この青や黄色の色の強さは素晴らしいですね。命がこもってるようです。私が見ているのはあくまでも絵本であって、原画ではないのに、それでも魂を吸い取られるような気がしたし、物語の中にも引きずり込まれました。これで原画だったらどうなってしまうんだろう? 強烈に伝わってくるものがある絵本です。(偕成社)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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