Catégories:“2009年”

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「おやゆび姫」「皇帝の新しい着物(はだかの王さま)」「みにくいアヒルの子」「人魚姫」「赤いくつ」「雪の女王」など、数々の美しい童話を書き残したアンデルセン。この3冊には全33編が収められています。

ムーミンを読んでたら、北欧繋がりでなんだか妙に読みたくなりました。アンデルセンって実は子供の頃はあんまり好きじゃなかったんですよね。有名な作品は一通り読んでたと思うし、去年もエロール・ル・カインの「雪の女王」の絵本を読んだし、荒俣宏編訳「新編魔法のお店」に「マッチ売りの少女」が載ってたり、「ももいろの童話集」にもアンデルセンの「小さな妖精と食料品屋」が収録されていたりと、それほど離れてたわけでもないんですが、今まで改めて手に取る気にはならなかったのに... と我ながらちょっとびっくり。でもいい機会! 本当はハリー・クラークの挿絵が楽しめる新書館版がいいかなと思ったんですが(右のヤツね)、これは結構分厚くて重いので... 結局手に取ったのは、かねてから読破計画を進めたいと思っていた岩波少年文庫版です。

改めて読んでみて真っ先に感じたのは、暖かな南の国への憧れ。「おやゆび姫」でも「コウノトリ」でも、ツバメやコウノトリが、寒い冬の訪れの前に、太陽が明るく照り綺麗な花が年中咲いているという「あたたかな国」(エジプト)へと旅立つし、「年の話」でもみんなが春の訪れを待ち焦がれてるんです。珍しくイタリアが舞台となっている「青銅のイノシシ」ではこんな感じ。

イタリアの月の光は、北欧の冬の曇り日ぐらいのあかるさがあります。いえ、もっとあかるいでしょう。なぜなら、ここでは空気までが光り、かるく上にのぼっていくからです。それにひきかえ、北欧ではつめたい灰色のナマリぶきの屋根がわたしたちを地面におさえつけます。いつかはわたしたちの棺をおさえつける、このつめたいしめっぽい土へおしつけるのです。

やっぱり北欧の人にとって冬の存在というのは、ものすごく大きいんでしょうね。白夜だし...。日本人が考える冬とはまた全然別物なのかも。(しかも私が住んでる地方は冬が緩いですから) とはいえ、そういう南の国の明るさとは対照的な「雪の女王」の美しさも格別なんですけどね。雪というイメージがアンデルセンの中でこれほど美しく花開いている作品は、他にはないかもしれないなあ。「雪の女王」は、アンデルセンの中でも後期の作品なんじゃないかな、とふと思ってみたり。
そして同じように印象に残ったのは、天国の情景。それと共に、死を強く意識させられる作品がとても多いことに驚かされました。アンデルセンは人一倍「死」を身近に感じていたのでしょうか。「貧しさ」と「死」、「心の美しさ」や「悔い改め」といったものが、多分子供の頃の私には大上段すぎて、苦手意識を持つ原因になったんじゃないかと思うんですけが、今改めて読むと、それも含めて本当に暖かくて美しい作品群だなあと思いますね。

私がこの3冊の中で特に好きだったのは、小さい頃におばあさまにエデンの園のお話を聞いて憧れて育った王子が実際にそこを訪れることになる「パラダイスの園」という作品。とてもキリスト教色の強い物語ではあるんですけど、北風、南風、東風、西風が集まる「風穴」のように、どこかギリシャ神話的な雰囲気もあってとても好き。あとは1粒のエンドウ豆のせいで眠れなかった「エンドウ豆の上のお姫さま」や、中国の皇帝のために歌うナイチンゲールのお話「ナイチンゲール」、白鳥にされた11人の兄たちのためにイラクサのくさりかたびらを編むエリザの「野の白鳥」なんかは、子供の頃から好きだし、今もとても好き。でも逆に、子供の時に読んでも楽しめるでしょうけど、大人になって改めて読んだ方が理解が深まるだろうなという作品も多かったですね。思いの他、大人向けの物語が多かったように思います。

第2巻の訳者あとがきに、アンデルセンも最初は創作童話を書くつもりがなくて、例えば「大クラウスと小クラウス」「火打ち箱」といった作品は、アンデルセンが子供の頃に祖母から聞いた民話を元にしたものだという話が書かれていました。確かに第1巻を読んだ時に、他の作品とはちょっと雰囲気の違う「大クラウスと小クラウス」には違和感を感じてたんですが、そういうことだったんですねー。やっぱり明らかに創作といった物語とは、方向性が全然違いますもん。(岩波少年文庫)


+既読のアンデルセン作品の感想+
「アンデルセン童話集」1~3 アンデルセン
「絵のない絵本」アンデルセン

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春の朝、冬眠から醒めたムーミントロールは、同じ部屋で寝ていたはずのスナフキンが既に外に出ているのに気づいて、慌てて外へ。外はとてもいい天気で、お日さまが眩しく光っていました。ムーミントロールはスニフを起こすと3人で山を登り始めます。そしてスニフが山の頂上で見つけたのは、真っ黒いシルクハット。スナフキンは自分の緑色の帽子を気に入っていたため、3人はムーミンパパのために家に持って帰ることに。

ムーミンシリーズの2作目。冬の始めに冬眠に入ってから、4月に目が覚めてシルクハットを見つけて、それにまつわる色々があって、夏の終わりにそのシルクハットの持ち主だという噂だった飛行おにがやって来て... というほぼ1年を通してのお話となっています。ということで、今回の話の中心となるのは、不思議な真っ黒いシルクハット。ええと私、シルクハットはムーミンパパのトレードマークかと思い込んでたんですが、違ったんですねー。この作品では、たったの1度、それもほんの短い時間かぶるだけ。ムーミンママに、帽子をかぶらないない方が「おもみがある」なんて言われて脱いでます。スナフキンは自分の緑色の帽子がお気に入りだし、引き取り手のなくなった帽子は、あっさり紙くずかごになってしまうことに。(それもすごい話だよね)

あれだけ大騒ぎして帽子を捨てた割に、島への冒険から帰ってきた後で、なんでまた家に持ち帰って大切に扱うことにしたのかよく分からなかったし... 中に入れた水が木苺のジュースになるから?(笑) まあ、最終的には役に立ったから良かったんですけど、今回はいくつかの点でちょっぴりもやもや、と。読み終えてみれば、最後に飛行おにがやって来てきれいに輪が閉じたとも言えるんですが、途中で焦点がちょっとぼけてて、それが残念だったかな。いずれにせよ、1作目に比べるととても無邪気な作品になってて、そのことにびっくりです。そりゃあ、彗星が衝突するぞ!なんて話に比べたら、どんな話を無邪気に感じられてしまいそうですが~(笑)まあ、童話らしく可愛らしくなったとも言えそう。本当はこっちから入る方が正解なのかもしれないな。(講談社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ムーミン谷の彗星」トーベ・ヤンソン
「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン
「ムーミンパパの思い出」トーベ・ヤンソン
「ムーミン谷の夏まつり」「ムーミン谷の冬」トーベ・ヤンソン

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そりがお気に入りのウィリー。丘にどっさり雪が降り、ウィリーはそりで勢いよく丘を下り始めるのですが... という「ウィリーのそりのものがたり」。
そして前書き代わりのような「非いま」、アントン・イサアコヴィチが恋人のナターリア・ボリーソヴナに、「もうこれ以上、アントンでいることに耐えられない、アダムになりたいんだ。ナターリア、きみはイヴになれよ」と唐突に言い出す「アダムとイヴ」他、全23編の作品を収めた「ハルムスの小さな船」。

先日読んだ「昨日のように遠い日 少女少年小説選」 (感想)で気に入ったダニイル・ハルムスの本2冊。ダニイル・ハルムスは、ロシアの不条理文学の先駆者といわれる作家なのだそう。

「ウィリーのそりのものがたり」は、ダニイル・ハルムス文、ウラジーミル・ラドゥンスキー絵の絵本。どんどん滑って、どんどんぶつかって、最後はみんなでどっかーん!! なんて楽しい絵本なんでしょう。一瞬の出来事なんですけど、スピード感もたっぷりだし、相手の驚いた顔が目玉に映ってるのがまた楽しいのです♪

そしてこの絵本よりももっと「昨日のように遠い日」に近いのは「ハルムスの小さな船」の方でしょうね。詩のような物語のような楽しい作品集。たとえば「非いま」は詩のようだし、「アダムとイヴ」は4幕物のお芝居風、次の「夢」は不条理系の超短編... といった具合。この中で私が特に気に入ったのは、「誰が一番速いか」。
これはライオンと象、キリン、鹿、だちょう、へらじか、野生の馬、犬のうちで誰が一番速く走れるかと口論になって、実際に湖の周りを走って競争する話。イソップ辺りにありそうな話なんですが、これが本当に楽しいのです~。途中の「立ち止まって、大笑い!」辺りも爆笑物だし、決着がついた後がまた可笑しいんですよねえ。って言っても、ここに書いたこの文章からは、絶対伝わらないだろうな。ぜひ一度見てみて欲しいですー。楽しくて、でもハルムスならではの不思議な雰囲気もあって素敵。
本に使われているフォントも凝ってますし、それぞれの物語には西岡千晶さんの挿絵がたっぷり添えられていて、こちらもとても素敵。この挿絵は、もうこの作品とは切り離しては考えられないほどぴったりの雰囲気ですね。作品としては「アダムとイヴ」なんかも大好きなんですけど、この挿絵を抜きに本文だけ読んだら、果たしてどうだったんだろう?なんて思っちゃうほど。西岡千晶さんご自身が1990年にハルムスの作品に出会って影響を受けてらっしゃるというだけあって、もうほんと見事に一体化しちゃってます。(セーラー出版・長崎出版)

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東方遠征中のアレクサンドロス大王が師匠であるアリストテレスにインドの様子を書き送った「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙」と、広大なキリスト教王国を治めているという司祭ヨハネから西欧の君主に宛てた2種類の「司祭ヨハネの手紙」という、中世ヨーロッパに広く伝わっていた「東方の驚異」のうち代表的な3編を収めたという本。

「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙」は、7世紀頃に成立したと言われるもの。アレクサンドロス大王の東方遠征にまつわる話は、ギリシャ語やラテン語や各国の言葉で語られ書き継がれ、12世紀末以降には「アレクサンドロスもの」としてその奇譚ぶりを大いに発揮することになったのだそうです。実際のアレキサンダー大王は、紀元前4世紀の人ですけど、色々と想像が膨らんだんでしょうね~。逸話が逸話を呼んで、真実の東方遠征とはかなりかけ離れたものになっちゃってるんでしょうけど、それがまた面白いです。インドの王宮の豪華さなんかは予想範囲内なんですが、ここで注目したいのが様々な怪物たち。象よりも巨大な河馬が現れたなんていうのはまだ序の口で、三つの頭にとさかをつけた巨大なインド蛇とか、鰐の皮に覆われた蟹の大群、雄牛のように巨大な白ライオン、人間のような歯で噛み付いてくる蝙蝠の大群、額に三本の角を持った象より大きな獣に次々に襲われてもう大変。さらに奥地に行くともっと奇妙な生き物がどんどん登場して、まるで西欧版「山海経」って雰囲気です。しかも一番奥では、ギリシャ語とインド語で予言を語る2本の聖樹がアレクサンドロス大王の運命を予言します。

そして「司祭ヨハネの手紙」は、伝説的な東方キリスト教国家の君主・プレスター・ジョン(ジョン=ヨハネ)からの手紙。この司祭ヨハネは、東方の三博士の子孫で「インド」の王という設定。まあ、この当時「インド」と一言で言っても範囲がとても広くて、現在のインドやその辺りのアジア一帯はもちろんのこと、中近東やエチオピア辺りまで含んでいたそうですが。「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙」の影響を多々受けて成立したというのが定説なんだそうです。
これは12世紀のヨーロッパの人々に夢と希望を与えて熱狂させた文献なんですって。こういうのを読んで、マルコ・ポーロみたいな旅行家たちが、幻のキリスト教王国を求めて東方に旅立ったんですね~。でもすごいです、この豪華っぷり。半端じゃありません。黄金の国ジパングの伝説なんて、もうすっかり薄れてしまうほどの絢爛ぶり。とてもじゃないけど、キリストの教えに適うものとは思えません~。(笑)(講談社学術文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」ティルベリのゲルウァシウス
「西洋中世奇譚集成 東方の驚異」逸名作家

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イギリス・アルプスの山中にあるストチェスターの町に住むコンラッド。コンラッドの叔父のアルフレッドは書店を経営しており、コンラッドやコンラッドの姉のアンシア、そして自分の姉である母さんを養っていました。しかしまずアンシアが大学に行くために家を出て、コンラッドも12歳で学校を卒業すると、上の学校に進学するのではなく、ストーラリー館で働くために家を出ることに。アルフレッド叔父さんが言うには、コンラッドはとても悪い業を背負っており、ストーラリー館にいる誰かを始末しない限り、今年中に死ぬ運命だというのです。

大魔法使いクレストマンシーシリーズの5作目。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品では、このクレストマンシーシリーズが一番好きです。時系列的には「クリストファーの魔法の旅」の数年後。
クレストマンシーシリーズのこの世界には異世界がいっぱい。関連の世界だけでも12の系列に分けられていて、各系列に原則として9つずつ異世界があるんです。同じ系列の世界は地形が同じ。例えば私たちのこの世界は第12系列の世界Bなんですけど、第12系列の世界Aと違うのは、Aは魔法がごく身近な存在だけど、Bには魔法がほとんどないということだけ。あとはほとんど一緒。そしてそれらの世界での魔法の使われ方を監督するのが、大魔法使いクレストマンシー。この「クレストマンシー」というのは個人名ではなくて役職名なので、その時代のクレストマンシーが、次のクレストマンシーを選んで教育するという仕組みなんですね。
で、今回のお話は第7系列の世界が舞台の物語。とは言っても、今回は異世界同士を行き来するわけではないので(他の異世界から来る人は多々いるんだけど)、あんまり関係ないかな。イギリスのパラレルワールド程度の雰囲気です。

内容は、まあいつものような感じで、意地悪な大人とか根性悪な大人とか。(笑)
その中でコンラッドが頑張ることになるんですけど、その相棒になるのが、以前からこのシリーズでお馴染みのクリストファー。「クリストファー の魔法の旅」で出てきた時のクリストファーはほんの少年だったんですが、こちらでは大体15歳ぐらい。すっかりお洒落な青年となっています。今はまだ修行中の身で、コンラッドと一緒にストーラリー館でこき使われてるのが、まず楽しい~。微妙に性格悪いとこも楽しい~。そして毎日朝早くから夜遅くまで仕事をしながら、2人はそれぞれに自分の本来の目的を果たそうとするんですが、これが異世界が絡み合ってる場所なので、なかなか大変。まあ予想通りなんですけどね。クリストファーが少年の頃ともその後のクリストファーとも違うところが面白いんですが、他の作品を読んでかなり経つので、すっかり忘れちゃってるのが悔しいー。再読したいー。
この作品の15年ほど後の話が「魔女と暮らせば」。私が一番好きな「トニーノの歌う魔法」はその後。考えてみたら、ほとんどの作品にクリストファーが出てくるわけですね。そうか、クリストファーがシリーズを通しての主人公だったのか!(←今頃言ってる)私が読んだのは刊行順なので、シリーズが完結した時は、ぜひ時系列順に読み返してみたいな。(徳間書店)


+シリーズ既刊の感想+
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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カンザス州フラワーズの町のメイン・ストリートにあるヴァン・ゴッホ・カフェ。このカフェに魔法がつきまとうことになったのは、昔、劇場だった建物の片隅にあったせいなのかもしれません。魔法はカフェの壁にしみこんでおり、ときたまひとりでに目を覚まし、人々や動物、置物や食べ物などに影響を及ぼします。マークがこのカフェを買い取ったのは7年前のこと。やがて、まるで夢のような、ミステリーのような、素晴らしい油絵のようなカフェがあるといううわさが広がります。

ヴァン・ゴッホ・カフェでおきる、ささやかな魔法の物語。それは魔法使いや魔女が出てくるようなお話ではなくて、もっとさりげない魔法。ちょっとした奇跡のような、そんな魔法です。
...というのは、実は私の願望。実際には、もっと本当に魔法のような出来事も、結構沢山あったりします。すごく素敵なお話になりそうな始まり方だったのに、なんでこんな風に魔法を入れてしまったのかな? そういうのがない方が、むしろ良かったんじゃないかしら? なんて思ってしまいます。なぜか明るく前向きな気分になれるカフェで時間を素敵な時間を過ごしているうちに、その明るさ前向きさが、物事がいい方に向かうのを助ける... もしくはちょっとした人と人との出会いが、思いがけないものを生む... なんて感じで十分だったと思うんだけど。そうでなかったとしても、もっと魔法と現実との境目が曖昧なら良かったんだけど。ということで、私の好みからは、ちょっぴりずれていた本だったのですが。
それでも、古い友達と会うためにヴァン・ゴッホ・カフェにやって来た「スター」の話や、作家になりたくて、でもほとんど諦めかけていた作家志望の男が、自分の作品を見つける話は好きでした。うんうん、こういうのを期待してたよね、きっと。私は。(偕成社)

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「賭けをした男が牛の体内にもぐり込む。もぐり込んでみて、結局そこに居すわることにする。牛の内部は暖かく柔らかだ。とても暗いけれど、皮膚を通って入ってくるわずかな光で何とかやって行ける。食べ物は問題ないーー牛乳ならいくらでもあるのだ。「絞りたてよりなお新鮮」と男は一人でジョークを言ってくすくす笑い、靴下を脱ぐ。べつに服なんか必要ないのだから。服を丸めてしかるべきへこみに押し込む。服の運命やいかに、と男は考える...」こんな文章で始まる「牛乳」他、全149編の超短編集。

とんでもない話が次から次へと展開されていく、まるで悪夢を書き連ねたような短編集。どれもまるで実際に夢の話を聞いているような感じで、脈絡がなくて非論理的。小説としてはまるで筋が通っていません。でもこれがとっても面白いのです~。そもそも夜にみた夢の話というのは、余程話すのがうまい人間ではないと、なかなか他人に面白く感じさせられないもの。それだけ夢の中の空気感を客観的に伝えるというのは難しいものだと思うんですが、バリー・ユアグローの場合は違いますね。もし本当に夜にみた夢の話をしても、きっと面白可笑しく語ってくれるのではないでしょうか。ここに収められている作品はどれもとても映像喚起力が強くて、しかもリズムがいいので、どんどん読み進めてしまいますし、文字として書いてあること以上にいろいろ想像してしまいます。トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンは「デューク・エリントンの曲のなかでも僕がとりわけ気に入っている一連の歌のように、そこでは崇高と滑稽が合体している」「自分の夢をどうしても覚えていられない僕にとって、ユアグローの小説は格好の代用品である」と語り、出版社は「フランツ・カフカとモーリス・センダックとモンティ・パイソンが同時に夢を見てるような」という宣伝文句を使っているそうですが、その言葉がまさにぴったり。意外とブラックな笑いなのに、読んでいる間はそのブラックさにあまり気づかず、無邪気に笑っていられるような感じです。(デューク・エリントンのお気に入りの一連の曲って何だろう??)

ただ、149作品がどれも同じように「変」な話ばかり。1~2ページと短い作品ばかりだし、それらの作品は互いに関連性もないので、全部続けて読むのは少ししんどいかもしれません。バリー・ユアグローの2作目「一人の男が飛行機から飛び降りる」と3作目「父の頭をかぶって」がイギリスで2冊合本のお買い得版として出版されたことから、今回の日本語訳もそのように出版されたようなんですが、これは1冊ずつでも十分だったような気が...。枕元に置いておいて、その晩開いたところをいくつか読む、というのがこの本の楽しみ方としては一番正解のような気がします。(新潮文庫)

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