Catégories:“2009年”

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紀元500年頃。ブリテン島南部で、アーサーことアルトリアス・マグナスの軍勢が、バン卿の領地に攻め込みます。アーサーはバン卿の保護と引き換えに多大な貢物を要求したのですが、バン卿はその申し出を拒否したのです。館には火がかけられ、男たちの怒号や馬蹄の音が響き渡っていました。命からがら館から飛び出した下働きの孤児の少女・グウィナは、剣を振りかざした若者から逃げるために川に飛び込み、下流に向かって泳ぎながら逃げ、冷え切った体で陸に上がり、失神。そこに現れたのは、アーサーに仕える吟遊詩人・ミルディンでした。ミルディンはグウィナを近くの小屋に運びこみます。

アーサー王伝説をテーマにした作品はものすごく沢山あって、その描き方は多種多様なんですが、その中でも「伝説はこうだったけど、真実のアーサー王の物語はこうだった」というスタンスの作品といえば、真っ先に思い出すのがバーナード・コーンウェルの「エクスカリバーの宝剣」(感想)に始まるシリーズ。あちらも相当泥臭い生臭いアーサー王物だったんですが、こちらも相当ですねえ。こちらは臭いが漂ってきそうな感じはなかったですけどね。そしてバーナード・コーンウェルの作品と、この「アーサー王ここに眠る」の違う点は、あちらはそういった真実の物語を淡々と綴っているというスタンスなのに対して(主人公が書き綴る物語が、きっとその依頼主によって好きなように脚色されるだろうという予想はあるのですが)、こちらはそういった様々な現実的なエピソードが、生きた物語に変わる瞬間を目の当たりにすることができること。

ということで、真実のアーサー王の言動をその目に見ながら、物語や伝説が生まれていくところも同時に見ることができるという楽しさのある作品です。アーサーが何をしようとも、どんな人物であろうとも、吟遊詩人であるミルディンが作り上げた単純ですっきりした、それでいて魅力的なエピソードの数々によって、人々はアーサーを好きになっていっちゃう。日頃生身のアーサー王を見ている人ですら、それらの物語が本当は真実からはずれた所にあるものだと分かってるはずなのに、それらの物語を真実の上にかぶせてしまいます。それは「人は自分が見えると思うものだけを見て、信じるように言われたことだけを信じる」というミルディンの言葉通り。(塩野七生さんの「ローマ人の物語」のカエサルの部分を思い出す!) そして「おれはあいつの名声をいい健康状態に保ってやってる語り部の医者ってとこだな」という言葉通り。アーサーの生い立ちのことも、エクスカリバーのことも、湖の貴婦人のことも、例えば緑の騎士のことも、大抵はミルディンがお膳立てをした出来事だったり、ミルディンが作りあげた物語。でもミルディンがほんの少し細工をするだけで、あとは人々が作り上げていってくれるんですねえ。実際のアーサーは粗野で乱暴な男だし、グウェニファーもそれほど若くも美しくもなかったのに、人々の記憶の中のアーサーは気高く聡明で勇敢な王者であり、グウェニファーは若く美しい貴婦人となってしまうのです。そういった物語のカラクリを私だって知らないわけでもないのに(笑)、ミルディンの「手品」がものすごく面白くて読みながらワクワクしてしまいました。物語ができていく裏側をこっそりと覗き見ているという感覚が、またいいんですよね。まるで自分もこの作品に参加して、一役買っているような気がしてきちゃう。

「アーサー王、ここに眠る」という題名は、アーサー王の墓碑銘「HIC IACET ARTHURUS, REX QUONDAM, REX FUTURUS(ここにアーサー王眠る。かつての王にして来るべき王)」から。「かつての王にして来るべき王」といえば、T.H.ホワイトの「永遠の王」(感想) を思い出す... 原題が「THE ONCE AND FUTURE KING」なんです。これは相当ぶっとんだアーサー王伝説で、面食らってるうちに終わってしまった感じなんですが、そうと分かって読み返したら、今度はもっとずっと面白く読めるかもしれないですねえ。また今度読み返してみようっと。(創元ブックランド)

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学校を出てからずっとK植物園に勤務していた「私」に辞令が下り、f郷に引越しすることになります。新しい職場はf植物園。その転任の話が来たのは妻の三回忌の翌日。「私」は川の流れのように自然に仕事場と住まいを変えることに。しかし引越しして間もなく、前年、旅先で痛んで現地の歯科医院で応急措置を受けていた歯が再び痛み出したのです。その不気味なほどの痛みに「私」はf郷歯科へ。しかしその日痛み止めをもらって歯科医の受付を見ると、そこで働いていたのは犬。歯科医によるとそれは歯科医の妻で、前世は犬だったからだというのですが...。

昭和30~40年代を思わせる古めかしい文章に誘われるように作品世界に一歩踏み出すと、そこはもう異世界。一見「家守奇譚」や「沼地のある森を抜けて」のような雰囲気なんですけど、またちょっと違いますね。異界がはっきり異界として存在しているのに境界線はもっと曖昧だし... さらにもう一歩踏み込んだ重層的な世界になってるような。奥行きが広いです。異界に入り込む感覚は萩原朔太郎の「猫町」のようでもあり、ずんずんと落ちていくところは「不思議の国のアリス」のようでもあり...。
そこは夢の世界なのか、それとも現実なのか。月下香の香りの中で旅する異界。そこには当然のように水があって、木々があって... この辺りは梨木さんの作品に頻繁に顔を出すモチーフですね。そして、埋もれていた記憶が再び蘇ります。自分の目に見えているものは本当にその姿をしているのか、それとも自分の視覚がおかしくなっているだけなのか。無意識のうちに改竄されていく記憶を正しつつ進んでいくと、そこに見えてくるものは...。
まさに梨木香歩ワールド。歯医者なんて、現実的極まりないモチーフですら、梨木さんにかかるとミステリアスになっちゃうんですから、スバラシイ。虫歯の大きなうろが、植物園のご神木のうろへと繋がっていく辺りも面白いなあ。そしてそのうろは、さらには記憶のうろへ。大気都比売神(おおげつひめ)は、アイルランドの年老いた女の姿の精霊・カリアッハ・ベーラへ、そして英雄クー・フリンや女神ブリジットといったアイルランド神話へ。入れ替わり立ち代り現れる千代という名の女性たち。何度も何度も裏返されているうちに、どちらが夢でどちらが現なのか分からなくなってしまいます。でもその分からない感覚がまた心地いいんですよね。もうどこをとっても魅惑的。いつまででも落ち続け、漂っていたくなってしまいます。そして水の流れによって異界に旅立っていた主人公は、その奥底までたどり着くと、再び水によって生まれ変わることに。やっぱり水は異界への転換点!
読み終えてみると、「家守奇譚」や「沼地のある森を抜けて」だけでなく、梨木さんのこれまでの作品全てがこの作品に流れ込んできてるんだなあって感じますね。それこそ川の流れのように。もしくは大きく育っていく木のように。最後の思いがけない優しさが沁み入ってきます。(朝日新聞出版社)


+既読の梨木香歩作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「ぐるりのこと」の感想)
「沼地のある森を抜けて」梨木香歩
「水辺にて」梨木香歩
「ミケルの庭」「この庭に 黒いミンクの話」梨木香歩
「f植物園の巣穴」梨木香歩
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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お気に入りのバラ色のベレーをかぶり、口には大きなパイプ、そして手にはこうもりがさを持って雑誌社に出かけた絵描き。しかし確かに編集室のドアの脇に立てかけておいたはずのこうもりがさがなくなってしまい... という「水曜日のクルト」他、全6編の作品集。

大井三重子さん名義になってますが、これは実は仁木悦子さんのこと。仁木さんがミステリ作品で有名になる前に書いてらしたという童話作品をまとめた唯一の本。...というのを、迂闊にも全然知らずに読んだので! 解説を読んでびっくりーーー。そうだったのですかーーー。でもそう言われてみれば、童話も書いたって、どこかで読んだ気もする...。(大ボケ)
仁木さんの作品は、あまり沢山は読んでないんですけど、「猫は知っていた」なんて大好き! 明るく軽やかで、優しさがにじみ出てくるような作風が、とても素敵な作品。こちらの童話もやはり明るくて軽やかで、優しい作品群でした。どこか国籍不明な、別世界に1歩踏み出している感じも楽しくて。この表紙の絵も可愛いですよねえ。
大切な物を失くして絵描きが困っているのは分かるんだけど、「水曜日のクルト」のいたずらぼうやはやっぱり微笑ましくなってしまうし~、自分の過去を改めて直視させられてしまう「めもあある美術館」も、思い出の中のおばあちゃんの優しさや暖かさが伝わってくるような作品。「ある水たまりの一生」は、「しずくのぼうけん」のような可愛らしいお話だし、「ふしぎなひしゃくの話」はアンデルセンの童話にでも出てきそう。水たまりや靴屋のおじいさんの、他人の悪意に傷つけられながらも、影響されたりしない純粋な心が印象的。「血の色の雲」はとても哀しいお話なんですが、これは大井三重子さんの実体験に基づくものなのだそう。戦争とは、大切な人を守るために他の人を殺すこと。「ころさないで、死なないで」というリリの叫びが胸に痛いです。「ありとあらゆるもののびんづめ」も、素敵! 金物屋のご夫婦の決断は、実際にはなかなかできないものなのではないかと思います。素晴らしい。みんなの優しい心が回りまわって、彼のところにめぐってきたんですね~。という私が一番好きだったのが、この「ありとあらゆるもののびんづめ」なのでした。
そういえば、「ふしぎなひしゃくの話」に登場するひしゃくは「アピトロカプレヌムのひしゃく」と言う名前なんですけど、この名前には何か由来があるのでしょうか? なんだかいわくありげな名前で気になります。(偕成社文庫)

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ここには書かなかったんですが、先日パロル舎の「夢十夜」「猫町」「冥途」を再読したんです。金井田英津子さんの挿画は、もちろんとても素晴らしいんですけど... ! でもこれはあくまでも、金井田英津子さんがこれらの作品に持たれたイメージ。あまりにぴったりすぎて、そのことをすぐ忘れてしまうんですが。で、なんだか無性に文字だけの本が読みたくなって、こちらを手に取ることに。

「猫町」の方は、3部構成。第1部は「猫町」「ウォーソン夫人の黒猫」「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」という小説が3編、第2部は散文詩が13編。そして第3部は随筆が2編。
どれも読み応えのある作品ばかりなんですが、やっぱり「猫町」が突出してますね。ごくごく平凡な日常の風景が、ある時点でくるりと反転してしまう、そこの妙。これが素晴らしい。それまで長々と書かれてきたことは、全てこの一瞬のためだったのか、と、改めて感じ入ってしまいます。何度読んでも素晴らしい~。そしてこの作品は、解説によるとアルジャノン・ブラックウッドの「古き魔術」という作品も似た趣向の作品なんだそうです。朔太郎がその影響を受けているのかどうか、そもそもその作品を読んでいたのかどうかは不明なんですが、そちらもぜひ読んでみたいな。
そのほかの作品も良かったです。散文詩というのも意外と好きな自分を発見したり。(笑) 特に印象深かったのは、親交のあった芥川龍之介の死にも触れている「老年と人生」かしら。「老いて生きるというのは醜いことだ」と考え、30歳までには死のう、いや、40歳までには、と考えつつ老年に達してしまった萩原朔太郎。でも老いて初めてその楽しさを発見したり、案外肯定的に人生を捉えるようになるんですよね。それがちょっぴり意外ながらも興味深くて。

そして「萩原朔太郎詩集」は、「純情小曲集」「月に吠える」「松葉に光る」「青猫」「蝶を夢む」「桃季の道」「氷島」「散文詩」といった詩集から、三好達治が選んだ代表作を収めたもの。
基本的に詩心があまりない私なので、自由詩はよく分からなくて、どちらかというと定型詩を好むんですが、萩原朔太郎の詩はとても好き。特に初期の作品集である「月に吠える」は、朔太郎ならではの明るく鮮烈な若々しさ、そして生きる力をとても強く感じる作品群だと思います。何かといえば物が腐るし、どちらかといえば精神的に不安定なものを感じる方が当然なのに、そんなところに生きる力を感じるのもどうかと思うんですが(笑)、そこは詩心のない人間の戯言と思って流していただければ。いや、でもこんな詩を書く人が自ら命を絶つことなく寿命を全うしたというのが逆に信じられないほどですけどね。本当に。
印象深いのは、朔太郎特有の表現。「おわあ、こんばんは」と挨拶する猫、「ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ」と鳴く蛙。 「ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ」という蝿の、「てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ」と飛ぶ蝶。「のをあある とをあある やわあ」と遠吠えする犬。「じぼ・あん・じゃん!じぼ・あん・じゃん!」という柱時計の音... やっぱりこの人の感性は面白いな。(岩波文庫)

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昭和38年の暮れに富士山に山小屋を建て、翌39年の晩春から東京と山を往復する生活を始めたという武田泰淳一家。徐々に小屋の中を整えながら、近隣の湖や下の村に出かけて行くようになったのだそう。そして泰淳氏と代わる代わるつけるということで、百合子夫人の日記が始まります。泰淳氏やお嬢さんの花子さんも時々書き手として登場する山の日記。

以前、武田泰淳氏の「十三妹」(中国物です)は読んでるんですけど、百合子さんの本を読むのは初めて。随分前にたら本でみらくるさんが出してらして(「秋の夜長は長編小説!」「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」)、読んでみたいなあと思いつつそのままになってたんですが、先日小川洋子さんの「心と響き合う読書案内」(感想)にも登場して! もうこれは読むしかないと観念(笑)しました。日記を書いているのは、主に百合子さん。泰淳氏と当時小学生だった花子さんも時々登場します。

ごく普通の日記なんです。日々の暮らしのこと、何を食べたとか誰に会ったとか、何を買ったとか(その値段も)、何があったとか何をしたとか、つらつらと書かれてるだけの日記。例えば、初めて山荘に暮らし始めた時の百合子さんの初めての日記は、昭和39年7月18日のもの。

七月十八日(土)
朝六時、東京を出て九時少し過ぎに着く。大月でお弁当三個。管理所に新聞と牛乳を申し込む。
夕方、溶岩拾い。
夜、風と雨。夜中にうぐいすが鳴いている。大雨で風が吹いているのに鳴いていた。(上巻P.15)

あー、でもこれは初日なので、イマイチ日常的ではないですね... じゃあ、次の日。

七月十九日(日)
朝、十時ごろまで風雨。
ひる ホットケーキ。
午後、河口湖まで買出し。馬肉(ポコ用)、豚肉、トマト、ナス。
河口湖の通りは大へんな人出と車の排気ガスで、東京と同じにおいがしている。湖上はボートと遊覧船とモーターボート。湖畔は、紙クズと食べ残しのゴミの山と観光バスと車で、歩くところが少ない。
夜はトンカツ。
くれ方に散歩に出たら、富士山の頂上に帽子のように白い雲がまきついて、ゆっくりまわって動いている。左の方から麓から七合目までぐらい、灯りの列がちらちら、ちらちら続いている。登山の灯だろうか。花子に見せてやろうと家まで降りてきて連れて出ると、もう富士山は全部雲におおわれて、富士山がどこにあるのかも分からない。灯りも見えない。本当に、あっというまに、雲がおりてきたのだ。(上巻P.15~16)

これは買い物の値段が入ってませんが~(笑)、でも全体的にこんな雰囲気なんです。格別どうということのない日々の営みを中心に、山での様子が書かれているだけのはずなのに...! なんでこんなに心ががっしりと掴まれちゃうんでしょうね。小川洋子さんは武田百合子さんのことを「天才」と書いてらしたし、そうなんだろうなと私も思います。日々が恙無く続いていって... そんな日々が続いていく幸せがしみじみと感じられたり、ふとした表現にハッとさせられたり。これは本当にただものではありません。私は10年以上も前にパソコン通信のオフに参加した時から「文章は人を表す」と言い続けてるんですけど(笑)、ほんと、百合子さんの姿がここにくっきり鮮やかに浮かび上がってきますね。元々他人に読ませるために書いてるものではないので、余計に素の百合子さんが見えてくるんでしょうね。嫌なことを言われれば、負けずに言い返してしまう百合子さん。まあ、土地の人が言うようにきついと言えばきついんですけど(笑)、むしろ大らかでさっぱりとした気性が素敵。やっぱりそんじょそこらの女性とは違いますよ。それも昭和40年頃のことだから、きっと相当目立ってたんだろうなあ。印象に残る言葉はそれこそ山のようにあったんですが、一番強烈だったのは、これ。

ポコ、早く土の中で腐っておしまい。(中巻P.159)

この言葉に、百合子さんの悲しさやるせなさがいっぱい詰まってると思うんですよね。
そしてすごく哀しくなったのは、終盤のこの2つ。

年々体の弱ってゆく人のそばで、沢山食べ、沢山しゃべり、大きな声で笑い、庭を駆け上り駆け下り、気分の照り降りをそのままに暮らしていた丈夫な私は、何て粗野で鈍感な女だったろう。(下巻P.396)

来年、変らずに元気でここに来ているだろうか。そのことは思わないで、毎日毎日暮らすのだ。(下巻P.428)

でも、これ以外にもハッとさせられる表現が本当にいっぱい!
その泰淳氏とも仲も良くて素敵なご夫婦です。色んなことを喋ったりじゃれ合ったり、時には喧嘩をしたり。時には泰淳氏を「震え上がらせるほど」怒らせたり。

帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。(下巻P.126)

...と書いたのは百合子さんですけど、泰淳氏も似たようなことを感じていたに違いない! 何とも素敵な微笑ましい夫婦像でした。 (中公文庫)

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黄昏時。騎士・タンホイザーはウェヌスの丘にいたる暗い通い路の下にたたずんでいました。一分の隙もない身仕舞いをしておきながら、この1日の旅行でそれが乱れてしまったのではないかと丹念に直すタンホイザー。その時、かすかな歌声がこだまのように山の上から漂ってきます。タンホイザーは携えた小さな七弦琴(リュート)をごく軽くかきならし、その歌に伴奏をつけ始めます。

ヴィクトリア朝末期の夭折の天才画家・ビアズレーの唯一の散文作品。これ、何箇所かで紹介されていたので存在は知ってたんですけど、タンホイザー伝説を題材にした作品だったんですね! それを知らなかったので、読み始めてびっくりしちゃいました。(紹介記事の一体どこを読んでたんだ、私) ワーグナーもこの伝説を元にオペラ「タンホイザー」を作りあげてますが(感想)、そちらの作品はタンホイザーがウェヌスの城から立ち去ろうと決意を固める場面から始まるんです。こちらはそれとは対照的に、タンホイザーがウェヌスの城に迎え入れられ、享楽的な生活を送り始める場面から。でも未完。
作中にはビアズリー自身による挿画も多々織り込まれていて、この世界観がすごくよく分かるものとなっていました。タンホイザーという人物は、13世紀頃の騎士であり詩人でもあった人物のはずなんですけど、まるで19世紀末のダンディなイギリス紳士みたい。ここで私が思い浮かべたのは、まずオスカー・ワイルド。そんな感じのイギリス的な優雅さを持っていて、デカダンスという言葉がぴったりな人物像です。そして、まさにそんな雰囲気の作品。ウェヌスが中心のはずなのに、異教的な匂いも全然感じられませんでしたし。
よくよく考えてみれば、19世紀末といえばとーーーっても品行方正なイメージの強いヴィクトリア朝で、ここに描かれてる自由奔放な性は、とてもじゃないけどその時期の作品とは思えないんですが... その時代にも、当然のように隠れ家的なサロンはあったんでしょうね。あらゆる道徳観念から解放されて、空中浮遊しているような印象すらあります。ものすごーくエロティックなんだけど、あくまでも優美。でもビアズレーの夭折によって、タンホイザーがウェヌスの丘に入り込んで間もなく、話は唐突に終わってしまいます。このままワーグナーのタンホイザーに雪崩れ込んでしまっても、違和感ないかもしれないなあって思って、なんだか不思議な気もしたんですが... そういえばワーグナーとビアズレーって、ほぼ同時代の人なんですよね。特に不思議はないのかな?(中公文庫)

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桂子さんが山田と結婚して8年。桂子さんも30歳になり、今や6歳と5歳の2児の母親。山田の仕事も順調で、桂子さんも主婦業・母親業の傍ら翻訳の仕事をこなす日々。しかしそんな平穏な生活に、突然影がさすことになります。山田が前年パリに行った時にキリスト教の洗礼を受けていたというのです。

桂子さんシリーズです。
今回とにかくびっくりしたのは、思いっきりキリスト教絡みの話だったこと。このシリーズに、こんな風にキリスト教が登場することになろうとは! いや、ほんと全く思ってもいなかったのでびっくりです。なんとなくそういうのを超越してると思ってたんですけど、そうではなかったんですねー。でも私も驚いたんですけど、桂子さんの驚きはもちろん私以上なわけで。もう「青天の霹靂」というレベルではなく「冬の曇天がにわかに下がってきて頭上を圧する感じ」。目の前に黒々とした得体の知れないものが立ちはだかっているのを感じるぐらい。
でも「キリスト病」とは手厳しいけど、その辺りの話も面白かったです。桂子さんとしては、そんな病気にかかるような人間は大嫌いなんだけど、山田がそんな病気を発症するような人間だったと見抜けなかったのは、自分の落ち度でもあると考えてるんですね。そして桂子さんが受洗すると言う選択が考えられない以上、解決方法は離婚かもしくは山田が棄教するかしかないわけで... という所まで話がいってしまうのもびっくりなんですけど(笑)、それより常々「struggle」が嫌いだと公言している桂子さんがstruggleしてる! でもだからと言って、その葛藤に溺れてしまうなんてことは決してないし、子供たちに両親の不和を悟らせることもなく、あくまでも優雅な桂子さんなんですが。
まあ、今の日本ではキリスト教はすっかり落ち着いた存在になってると思うんですが、これを新興宗教に置き換えれば全てすんなり納得がいくことばかり。私も、自分の足できちんと立った上で宗教を心の拠り所にするのいいと思うんですけど、宗教に全面的に頼ろうとするのはちょっとね。自分は健康だからそういった宗教の世話になる必要がないと何度も繰り返す桂子さんですが、確かに彼女の心の健康さは大したものかも。彼女の精神はあくまでもしなやかで強靭で、相手に合わせて踊ることもできれば、それ自体を武器にすることもでき... どんなことが身の回りで起きても、あくまでも自然体。例えば桃花源記の中に出てきそうなお店に行った時も、今日は相手の決めた趣向に従うつもりでいたから、とまるで動じない桂子さんは、やっぱり大した女性です。(新潮文庫)


+桂子さんシリーズの感想+
「ポポイ」倉橋由美子
「夢の浮橋」倉橋由美子
「城の中の城」倉橋由美子
「交歓」倉橋由美子
「夢の通い路」倉橋由美子
「よもつひらさか往還」倉橋由美子

+既読の倉橋由美子作品の感想+
「偏愛文学館」倉橋由美子

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