Catégories:“2009年”

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恋人だったウィルが捨て台詞を残してアパートを去った後。自分で切り落としたザンバラ髪のまま外に出たジャッキーは、夜の公園で9台のハーレーが1人の少年を追いかけるのを見かけます。よく見るとそれは少年ではなく、子供のように小柄な男。黒ずくめのライダーから放たれた閃光は小男の杖を砕き、小男を崩れ落ちさせます。思わず小男に駆け寄るジャッキー。しかし小男は既に死んでいました。そしてジャッキーが目撃者らしき人影を探した後で再びその現場を見た時、そこに残されていたのは杖の破片だけだったのです...

これは古くから伝わる妖精物語を語りなおして1編の小説にするというシリーズ企画のために書かれた作品で、エレン・カシュナーの「吟遊詩人トーマス」(感想)も、このシリーズの1作として書かれたものなんだそうです。知らなかったー。そして現代を舞台にしたハイ・ファンタジーを書いてみたいとかねがね思っていたチャールズ・デ・リントが選んだのは「ジャックと豆の木」や「巨人殺しのジャック」やスコットランド民話に登場する「ジャック」。

カナダのオタワが舞台で、人間の世界と二重写しのように妖精の世界が存在している、というのが楽しいです。ここに住む妖精は大きく2つに分けられて、王に忠誠を誓う「祥(さきわ)いの民」と、巨人に仕える「祥(さが)なき民」。要するに善の存在と悪の存在ですね。存在することを人間に信じてもらえないと健康を保てない「祥いの民」(善)は、現在どんどん力を失い、数が減りつつあるんですが、それとは逆に「祥なき民」(悪)は力を強めてます。この「祥なき民」はさまよう死者とか幽霊とか、ホラーの本や映画の中に出てくるような存在なので、信じられてはいないまでも人々が興味を持って恐れてるからっていうんですね。この設定が面白いです。確かに「信じてない」という意味では同列だとしても、幽霊や死者を怖がってるというのはありますもんねえ。すごくうまい設定かも。
鉄に弱い妖精も人間社会の近くに住むことによって鉄に耐性をつけちゃってるし、「死の狩人」はハーレー・ダヴィッドソンを乗り回してます。キーがなくとも車のエンジンをかけて乗り回せる妖精もいます。そんな現代的な妖精とは対照的に、主人公のジャッキーは素朴な19歳。パーティやバーなどの喧騒にはまるで興味がなくて、本が好きで家にいるのが大好き。7歳の頃から切ってない金髪に、着ているものはだぶだぶのチェックのシャツに履き心地のいい古びたジーンズという、まるでヒッピーのような姿。人間と妖精が逆転してるみたいなとこも面白いです。そしてあくまでもジャックが中心とはいえ、「ケイト・クラッカーナッツ」やビリー・ブラインド、白鳥になった七人兄弟の物語など色んな民間伝承の素材が作品の中に登場してるのも楽しいところ。
でも、んんー、面白かったんだけど、あまりに勇気と幸運頼りになっているのが気になってしまうというのもあったんですよね。どうしても都合が良すぎるというか。ジャックはそういうキャラクターなんだと言われても、って感じです。「リトル・カントリー」ほどの作品とも思えなかったし、続編「月のしずくと、ジャッキーと」は読むかどうか迷い中。(創元推理文庫)


+既読のチャールズ・デ・リント作品の感想+
「リトル・カントリー」上下 チャールズ・デ・リント
「ジャッキー、巨人を退治する!」チャールズ・デ・リント

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英国ベタ誉めはもうたくさん!英語の喋れる祇園の元クラブホステスが渡英して、たまたま『エイリアン』で知られるリドリー・スコット監督の大邸宅のハウスキーパーとなって13年。その間に見聞した貴族や大富豪から一般大衆までの、イギリス人の赤裸々な姿を辛口とモーモアで綴った英国暮らし体験記。(「BOOK」データベースより)

感想はのちほど。(文春文庫)

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イアソンが自分の破滅の原因となると知った王ぺリアスは、イアソンが大海や外国で命を落として戻って来ないことを願い、危険に満ちた航海の冒険を彼に課すことに。それは黒海の東の果てにあるコルキスへ金の羊毛を求めに行くというもの。イアソンはギリシャじゅうの英雄を集めてアルゴ船に乗り込むことに。集まったのはオルペウス、双子のカストルとポリュデウケス、ヘラクレスら50人ほどでした。

文庫なのにアマゾンの中古に8000円なんて高値がついててびっくりしたこの本、市内の図書館に蔵書がないので、他のところから借りてもらっちゃいました。でも文庫なのに8000円ってどういうことよ? 1997年発行でそれほど古い本でもないのに。さっき見たら7500円ぐらいまで下がってたけど、まだまだ買える値段じゃありません。講談社の方、こういう本はぜひ復刊してくださーい。「メタモルフォーシス ギリシア変身物語集」の方は、今でも新品が手に入るのに! しかもきちんとした「アルゴナウティカ」の邦訳ってこの本だけなのに!
と思いつつ。
読みましたよー。ギリシャ神話関連の本で話は何度も読んでるんですが、きちんとした訳はこれが初めてです。ちゃんと叙事詩の形式で訳されているのがすごく嬉しいー。話そのものはそれほど好きではないんですが、古代ローマ時代の詩人、ウェルギリウスやオウィディウスにも大きな影響を与えてる作品ですしね。もう少し後のガイウス・ウァレリウス・フラックスもこの作品に触発されて、新たな「アルゴナウティカ」という作品を書いてます。

エウリピデスのギリシャ悲劇「メデイア」(感想)では既に鬼女のようになってしまっているメデイアですが、イアソンと出会った頃はまだまだ初々しい乙女。後々の激しさの片鱗は見え隠れしていますが、まだまだ純真です。愛するイアソンと父との間で板ばさみになって苦しんでます。...この物語でイアソンの恋の相手となるのはこのメデイアと、その前にレムノス島で出会うヒュプシピュレの2人なんですが、2人の造形がすごく対照的なんですよね。つつましく優しく、男に無理なことを求めない(都合のいい女とも言える)ヒュプシピュレと、激しい恋に燃えるメデイアと。イアソンが結局そのどちらとも添い遂げずに終わったというのが面白いなー。そして対照的といえば、この冒険に参加するヘラクレスも主人公のイアソンと対照的。いかにも英雄といった風情のヘラクレスと、気弱というほどではないんだけど、何かあるたびに思い悩んだり嘆いたりするイアソン。まあ、ヘラクレスは頭の中も筋肉でできてるような人だし、そんな人と比べれば誰でも人間的に見える気もするんですけど。
そのヘラクレスなんですが、結構早いうちにミュシアという土地に誤って置き去りにされてしまうんです。そしてその後合流することもなく「こんな時にヘラクレスがいたらなあ」ってすっかり回想の中の人になってしまうことに。で、びっくりしたのは、その間にヘラに課せられた12の冒険をしていること。しかもその冒険の中で行ったことが、後にイアソンたちの助けになってるんです。こういうの、すごく面白い! しかも解説によると、この物語はもともとは古い民話で、主人公に協力するのは動物だったんだそうです。なんだか桃太郎みたいだわー。なんて、我ながら枝葉の部分ばかり楽しんでるような気がしないでもないですが~。(講談社学芸文庫)

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ロシア民衆の間に口承で伝わってきた英雄叙事詩・ブィリーナ。18世紀以前は放浪楽師(スコモローフ)のような職業的芸能者によってロシア各地で語られ、18~19世紀半ばにその最良の部分が採録されるようになったのだそう。数々のスコモローフたちに語られた数々の物語から、太古の騎士たち、キーエフの勇士たち、ノヴゴロドの英雄たち、勇士群像という4つの章に分けて、21編を紹介していく本。

ブィリーナとは「実際にあったこと」という意味で、19世紀の30年代にサーハロフという学者が命名したものなんだそうです。普通の昔話とは違って史実に基づくもの、特に先日読んだ「イーゴリ遠征物語」(感想)に由来すると言われていたことからの命名。まあ、実際に史実に基づいていたというより「そう考えられていた」というのがポイントなんですけどね。でも、ここに登場する「太陽の君」と呼ばれるウラジーミル公は、プーシキンの「ルスランとリュドミーラ」にも出てくるんですが、このウラジーミル公が誰だったのか、まだ特定されてないんですって。びっくり。歴史上に名を残したキエフ大公国のウラジーミル公は2人いて、1人は「聖公」と呼ばれるウラジーミル1世、もう1人は「ウラジーミルモノマフ」と呼ばれたウラジーミル2世なんだそうです。

「太古の勇士たち」の章に収められているのは、神話的な物語。スヴャトゴールはヘラクレスのような力持ちで世界を持ち上げようとするし、マルファ姫が踏んだ毒蛇が姫の足に巻きついて尾で太ももを打って宿ったというヴォルフは、まるでヘルメスのように成長が早いです。生まれて1時間半もすると話し始めて、おしめの代わりに鎧と兜を要求するんですから。勇ましいヴォリガーと百姓のミクーラの勝負も、今はパッと思い浮かばないけど、いかにも何か似たエピソードがありそう。
「キーエフの勇士たち」の章で中心となるのは、「太陽の君」ウラジーミルと、彼をめぐる勇士たち。その中でもイリヤーとドブルィニャとアリョーシャの3人が代表格。生まれながらに手足が萎えていたイリヤーは3人の老人の力で健康体になり、ロシア一の勇士となるんです。他の勇士たちの物語は大抵1つ、多くても2つなのに、イリヤーにまつわる物語は5つ。それだけ知名度が高くて人気もあったんですね。
そして「ノヴゴロドの英雄たち」で登場するのは、知らないうちに水の王にグースリ弾いていて、お礼に大金持ちにしてもらった商人サドコと、無法者のワシーリイ。「勇士群像」で登場するのは、ウラジーミル公とアプラクシア妃の結婚に一役買ったドゥナイ、富裕な伊達男のチュリーラ、天竺からウラジーミル公の宮廷にやって来た公子デューク、見事賭けに応じるスターヴェルの妻、たった1人でタタール人の軍勢を退けながら法螺吹きと思われたスフマン、ウラジーミル公の姪。ザバーヴシカ姫と結婚したソロヴェイ。

私が一番気に入ったのは、昔話風の「イリヤーの三つの旅」。旅をしていたイリヤーが、道が三つに分かれる辻に不思議な道標を見つける物語です。石の上には「第一の道を行けば、死を得るべし。第二の道を行けば、妻を得るべし。第三の道を行けば、富を得るべし」なんて書かれていて、それだけならよくあるパターンとなりそうなところなんですけど... でもその後の展開は独特なんです。面白いなあ。あと「イリヤーとカーリン帝」では、タタールの軍勢によって窮地に陥ったウラジーミル公を助けるためにイリヤーは12人の勇士たちに助成を頼むんですけど、その時に、助ける助けないと3度のやりとりをするんですね。これが昔ながらの定型って感じでいい感じなんです。やっぱり定型って美しいなって思いますね。(平凡社)

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派閥争いに巻き込まれ、辺境である北嶺へと左遷された尚書官のヤエト。帝国からは放置され、一度来てしまえば二度と都に呼び戻されることはないと言われる北嶺への赴任、しかも都から派遣されるのは尚書官ただ1人とあって、ヤエトは気楽な暮らしを期待していました。病弱で長くは生きられないだろうと言われつつ36歳まできてしまったヤエトの望みは、目立たず静かに余生を送ることだけなのです。しかし10年以上前に帝国に征服されていながら、まるでその意識がなく、毎日朝議で懲りずに怒鳴りあいを繰り返す北嶺人相手に、ヤエトは我慢の限界を試されるような日々を送ることを余儀なくされることに。そしてヤエトの赴任から10日ほど経った頃。都から北嶺にやって来たのは皇帝の1人娘である14歳の皇女。皇女が北嶺にやって来たのは太守として赴任するため。皇家の姫は官職に就かないのが通例の帝国に珍しい人事にヤエトは驚きます。しかもヤエトは、ほかならぬ皇帝の命により、その皇女の副官に任じられてしまったのです。

妹尾ゆふ子さんの作品、一度読んでみたいと思ってたんですよねえ。そんなところにちょうど良く新作が! 思わず買ってしまいましたよ。(と言いつつ、半年ほど積んでしまったんですが) 神話や伝説をよく読んでらっしゃるし、きっと好みの世界なんじゃないかなとは思ってましたが... いや、予想以上でした。骨太な異世界ファンタジー。

この作品でまず目を引くのは、神による「恩寵」というものですね。太古の昔の神との契約が、力を薄めながらも現代にまで受け継がれているんです。現在の皇帝一族の力は、伝達官という存在によって言葉を遠い地に直接伝えることができる能力。たとえば皇帝の伝達官は皇帝専属で、皇帝がその体に乗り移って言葉を直接伝えるんです。もちろん伝達官を通してその場を見ることも可能。時には伝達官を通さずに人と心を繋ぐことができる能力の強い人間もいます。...情報を制するものが世界を制す? 面白いなあ。そして古王国の人間だったヤエト自身が持っているのは、「過去視」という力。これはその場所で過去に起きた出来事を視る力。ものすごく便利だけど、本当はそんなの持ってない方が身のためって感じの能力ですね。全てを暴き出してしまうから。それに権力者にとっては堪らない力だから。
隠居願望のあるヤエトも、金髪の騎士団長・ルーギンも、後半活躍するジェイサルドも、大騒ぎの北嶺の面々もそれぞれに魅力的で、すっごく楽しく読めました。14歳の皇女も頑張ってるし、皇妹も妖しい魅力。という私のお気に入りは... 砂漠の勇者みたいのに弱いので(半月刀だの三日月刀だのを持ってると尚良し)ジェイサルドも捨てがたいんですが(しかもオヤジ好きなんです、ワタシ)... 何かするとすぐ倒れてしまう虚弱体質のヤエト。隠居願望がこれほど強いのに、隠居後の資金作りのために已む無く働いているだけなのに、その給料に見合う程度しか働くつもりがないのに、それでも結局頑張ってしまうなんて、なんて損なお人柄。(笑)
文章のせいか、なんだか翻訳ファンタジーを読んでるような気分になってたんですが、時々「おっ」と思う言葉が使われてて思わず「ふふふ」となってしまいました。「巻き戻し」とか「頭が高い」に「お?」と思っていたら、「乙女心満載の回答」とか「べろんべろん」とか! ウケました。

ものすごく神話を感じる世界で、とっても好み。話はこの上下巻で一応一区切りになってますけど、この世界の隅から隅まで、その歴史や神話も含めて知りたくなってしまうー。その筆頭は、識字率が高いのに記録が一切ない北嶺という土地のことかな。だってこの地にある一番古い記録は、帝国傘下に収まった16年前に帝国の史官が書いたものなんですもん。戸籍だって14年前に作られたっきりみたいだし。北嶺のことも多少は分かったけど、でもまだまだ。そしてヤエトの「ーー古王国は、恩寵を崇めてしまった。神を崇めるかのように。そして自滅した。」という言葉がものすごく気になります。この作品、続きもあるようなのでものすごく楽しみです。(幻冬舎)

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とうとう創也の「第六の(シックスス)ゲーム」が始動することになり、内人は創也の家に招かれます。咄嗟に断る内人でしたが、堀越美晴も来ると聞いて態度を翻し...。内人が創也の家に行くのは今回が初めて。内人は創也のリクエスト通り、小学校時代にお年玉をためて買った「おにぎり王子の大冒険」のゲームソフトを持って、卓也の運転する車に乗って家に向かいます。

「都会のトム&ソーヤ」第6弾。「ぼくの家へおいで」ということで、今回は家の中でのサバイバルが中心。
今回も面白いんですが... でも前回の「嵐の山荘」状態の上下巻に比べると、やっぱり家の中とその近辺が舞台ということで、迫力不足を感じてしまうー。これ、続けて読んだからいけないのでしょうか。あ、でも例えば1巻の創也のアジトの話だってスケール的には似たようなものですよね。本来こっちのスケールの方が本当だからなあ。しかも1巻はものすごく!面白かったし。やっぱりサバイバルネタにも限界が、ということなのでしょうか。全体的にこじんまりとまとまってしまっているという印象でした。(講談社YA! ENTERTAINMENT)


+シリーズ既刊の感想+
「都会のトム&ソーヤ1」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「都会のトム&ソーヤ 乱!RUN!ラン!」2 はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ いつになったら作戦(ミッション)終了?」3 はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ4 四重奏(カルテット)」はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ5 IN塀戸(VADE)」はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ6 ぼくの家へおいで」はやみねかおる

+既読のはやみねかおる作品の感想+
「虹北恭助のハイスクール・アドベンチャー」「笛吹き男とサクセス塾の秘密」はやみねかおる
「オリエント急行とパンドラの匣」はやみねかおる
「卒業 開かずの教室を開けるとき」はやみねかおる
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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寒空の下、道をゆくのは1人の吟遊詩人。かつてこの地方には多くの詩人たちがいましたが、彼はその最後の1人。今やすっかり年老いて、放浪の竪琴弾きとしての貧しい暮らしに苦しんでいました。時代は移り代わり、古い慣習は消え、最早大広間の上席について、華やかに着飾った領主やその奥方に即興の調べを聞かせることもなくなっていたのです。飢えて疲れきっていた彼は、ヤロウ河畔のニューアーク城のアーチをくぐります。しかしこの城の公爵夫人に思いがけない暖かいもてなしを受けると、彼の中の吟遊詩人としての誇りが甦ります。そして名君と言われたフランシス伯爵のこと、これほどの勇者はないと言われたウォルター伯爵のこと、バックルー一族の古の戦士たちにまつわる古い武勲物語を歌うことに。

ウォルター・スコットの「最後の吟遊詩人の歌」の原文と日本語訳、そして佐藤猛郎氏による作品研究が収められている本。
「最後の吟遊詩人の歌」は、序詩と吟遊詩人が歌う6曲の古い歌からなる作品。英国における吟遊詩人の活躍は、英語が一応成立した13世紀頃から、エリザベス一世に弾圧されるようになった16世紀末ぐらいまでなんだそうで、この作品の吟遊詩人が生きてるのは、まさにその末期の時代。そしてその吟遊詩人が歌う物語は、時代がもっと遡ります。もてなしてくれた公爵夫人の祖先の物語。他の一族の戦い、ロミオとジュリエット的な恋愛、そして魔術。登場するのは実在の人物ばかりで、ここで歌われる出来事にも史実が多いのだそう。ウォルター・スコット自身の祖先で、実際に歌人だった「Walter Scot of Satchells」が書き残した「スコット一門正史」が元になってるんだそうです。
私が一番好きなのは中世に作られた叙事詩なんですけど、でもウォルター・スコットが19世紀に作ったこの作品も、ものすごく素敵でした。吟遊詩人がいた当時の情景が目の前によみがえってくるみたい。今は年老いた吟遊詩人が語るという枠物語の形式を取っているので、尚更そういった印象になったのかもしれません。読みながらもう、静かに熱くなりました!(なんて書くと意味不明ですが...) ああ、こういう作品、もっともっと読みたいなあ。

「作品研究」では、老吟遊詩人に焦点を当ててウォルター・スコットが表現しようとしたものを探っていて、その辺りがとても参考になりました。年老いて疲れ果てた吟遊詩人の姿が、今はもうすっかり衰えてしまったスコットランドを表してるようだ、とかね。それに「Bard(歌人)」と「Minstrel(吟遊詩人)」の違いやその社会的身分について触れられているのも、すごく興味深かったです。「Bard」は、ケルト系の氏族の領主に直属する存在。世襲制で、領主一族の系図や武勲を暗誦する人。饗宴の席で竪琴に合わせて歌うだけでなく、領主の子弟の教育を受け持ち、戦いにおいては使節の役目も果たすとか。身分としては、領主、乳兄弟に次ぐ高いもので、その次に鼓笛手、布告役、一般家臣と続きます。それに対して「Minstrel」は、「中世期において、詩と音楽で生計を立て、竪琴に合わせて、自作の、あるいは他人が書いた詩を歌ってきかせることを職業とする人々」のこと。
北欧系の「Scald(歌人)」のようにゲルマン系諸民族の間でも「Glee」「Jongler」「Minstrel」と呼ばれる歌人と芸人の中間のような人々が存在して、ドイツでは「Minnesinger」、南フランスでは「Troubadour」といった宮廷歌人になっていったんだそうです。でも一時は王侯に仕える身分にまでなった「Minsutrel」も時の移り変わりと共にすっかり落ちぶれることに...。「言い伝える」じゃなくて「書き残す」時代になってしまうんですね。(評論社)


+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

+既読のウォルター・スコット関連作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング

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