Catégories:“2009年”

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1817年8月29日。スコットランドの境界地方にあるセルカークという古めかしい小さな町に到着したアーヴィングはそこに1泊することに。アーヴィングがエディンバラからこの地にやって来た目的は、まずメルローズ寺院の遺跡とその周辺を訪れること、そして「北方の偉大な吟遊詩人」ウォルター・スコットに一目会うこと。翌朝、早い朝食を取ると、アーヴィングはメルローズ寺院に向かう途中でウォルター・スコットの住むアボッツフォード邸に寄り、都合を聞くだけのつもりだったはずのところを思いがけず暖かい歓待を受けることになります。

ワシントン・アーヴィングというのは「リップ・ヴァン・ウィンクル」や「スリーピー・ホロウ」を書いた人。「スリーピー・ホロウ」は、ジョニー・デップ主演でティム・バートンが映画化してますよね。そのアーヴィングの才能が花開く転機となったと言われているのが、このスコットランドへの旅なのだそうです。
最初は紹介状を持参でほんの短い時間だけ訪問をするつもりだったアーヴィングなんですが、ウォルター・スコット自身に会った途端、その計画は簡単に崩れ去ってしまいます。既に朝食を食べていたにも関わらず、スコット邸で2度目の朝食を食べることになり... 「スコットランドの丘陵の朝の澄み切った美味い空気を吸いながら馬車を走らせて来たのなら、もう一度朝食をとるぐらい、なんでもないはずだ」(by ウォルター・スコット)ですって!(笑) そして朝食の後は、ウォルター・スコットの長男の案内でメルローズ寺院へ、それが終わればウォルター・スコットの案内で周辺の散歩、翌日はヤロー川にまで足を伸ばしての散策、次の日は馬車でドライバラ寺院へ、とすっかり計画が立てられてしまうんです。そんなアーヴィングがスコット邸に滞在した数日間が描かれているのがこの本です。
私はウォルター・スコットの作品が大好きだし、スコットランドにも興味があるので、すっごく楽しめました。やっぱり民族の歴史や地方の伝説に対して深い造詣があった人なんですねえ。アーヴィングとの会話のはしばしに、土地の伝説や物語が織り込まれているのも楽しいし、特に詩人トマスが妖精の女王に会った場所が本当にあるなんて、行ってみたくなっちゃいます。それに、そんな物語や伝説の残るスコットランドの地やその自然をこよなく愛して、そこに暮らす毎日を楽しんでいる様子がすごく伝わってきます。しかも、その当時既に巨匠とされていたウォルター・スコットなのに、土地の人たちと気軽につきあう気さくな人柄が素敵。周囲の人々もウォルター・スコットを敬愛してますしね。もちろんアーヴィング自身も。でも黙って想いを胸にしまっておけない性分だというアーヴィング、実際に目にした境界地方にまるで樹木がないことに失望して、そのことをウォルター・スコットに伝えたり、ここ数年スコットランドに溢れているイングランド人観光客たちについてこぼすウォルター・スコットに対しては、それはロマンティックなイメージを描き出したウォルター・スコットにもかなりの責任があるのではないかと言ったりしてます。そんなアーヴィングの率直なところも好印象な作品です。
元々ウォルター・スコットの作品は全部読みたいと思ってましたが、その思いがますます強くなっちゃいました。未訳の「ロブ・ロイ」も、ぜひ日本語に訳していただきたい~。それに「マーミオン」みたいな絶版の本も、ぜひ復刊していただきたいです~。(岩波文庫)


+既読のワシントン・アーヴィング作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング
「スケッチ・ブック」ワシントン・アーヴィング

+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

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休暇になり、久しぶりに田舎の村・Pの叔父の家を訪れた大学生のジョヴァンカルロは、叔父一家のもてなしの場である台所で歓待されます。ひとしきり話をした頃、ふいに視線を感じるジョヴァンニカルロ。何者かが闇の奥から野生の黒い目でジョヴァンカルロをじっと見つめているのです。やがて家に入って来たのは、グルーと呼ばれる若い女性。その女性の美しさに目が離せなくなるジョヴァンカルロでしたが、ふと気づくと、その女性のスカートからのぞいていたのは女性の優雅な足ではなく、先の割れた山羊のひづめで...。

先日リサさんが読んでらして、表紙のレメディオス・ヴァロの「星粥」の絵に惹かれて、さらに「月と山羊と死者たちが、あなたの恋の邪魔をする。怪異と神秘が田園を包む妖しく美しい異色の名作」という紹介に惹かれて手に取った作品。作者はイタリアの奇才だというトンマーゾ・ランドルフィ。
前半のジョヴァンカルロとグルーの場面は、昼間の太陽の世界。そして満月の夜、ジョヴァンカルロがグルーに連れられて行くことになるソルヴェッロの地は夜の月の世界。その境界線が曖昧で、現実の世界にいたはずなのに、気がついたら異世界に引きずり込まれていたような感覚です。最初にジョヴァンニカルロがグルーを見初めた場面も、その境界線上にあったのかも。
ソルヴェッロの地でジョヴァンカルロが出会うのは、過去の山賊たち。「剥ぎ取りベルナルド」や「赤毛のシンフォロ」、「買い物カゴ野郎アントニオ」... 曾祖父を誘拐して途方もない身代金を要求した「引き裂きヴィチェンツォ」もいるんですよね。この地での山賊の宴の場面は妖しく美しく、そして狂気じみていて、どこか異教的な情景。この出来事は結局のところ一夜の夢だったのかしら... それとも現実だったんでしょうか。そしてグルーとは何者だったんでしょう。山羊の足から連想するのは悪魔か、そうでなければギリシャ神話に出てくるフォーン。グルーはかつてこの地で権力を持っていた一族の末裔で、その一族にはかなり血なまぐさいエピソードが残っているようなので黒魔術... とも思ったんですが、基本的にキリスト教色の強い物語ではないし、これはやはり異教的な神話の世界のように感じられました。人間と動物が入り乱れているところも、死者と生者が入り乱れているところも、3人の「母たち」も異教的。キリスト教に対抗する存在としての異教ではなく、むしろキリスト教が入ってくる前の純粋な異教の世界みたいな感じ...。ちょっぴり翻訳の文章が読みづらかった気もするんですけど、すっかり引き込まれちゃいました。でもなんだか物語を読んでるというよりも、一連の絵画の連なりを眺めているような感覚だったかも。(河出書房新社)

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郷里に帰る時に、中学時代の友人兄弟を訪ねた「余」。会えたのは兄の方でした。大病をしていた弟は、今は全快して某地に行き、任官を待っているとのこと。そして「余」は弟が患っていた間に書いたという日記を2冊見せられることに... という「狂人日記」他、全13編。

清代末期から辛亥革命を経て中華人民共和国となった中国に生きた魯迅の短編集。高校時代に一度読んだことがあるので、随分久しぶりの再読です。でも高校の時に読んだとは言っても、あんまりちゃんと理解はしてなかったんですよね。面白味もあまり感じられなかったし... や、今回ちゃんと理解できてるかどうかはともかくとして。(笑) 前回読んだ時よりもずっと面白く読めました。
そして今回改めて読んでみてびっくりしたのは、「藤野先生」をかなり細かいところまで鮮明に覚えていたこと! これは魯迅が仙台の医学専門学校(現東北大学医学部)に留学していた時のことを書いた作品。以前読んだ時はそれほど気に留めてなかったと思うんですけどねえ。すごいですね。それって私の力じゃなくて、やっぱりこの作品の力だと思うんです。その時には分からなくとも、実はそれだけの力を持った文章だったんだなあーと改めて感銘を受けてしまいました。いや、本当にすごい。そして国境を越えて、藤野先生から魯迅に人として大切なものが伝わったんだなあ、とか改めて感じてみたり。
いや、ほんと今回はかなり面白かったです。それでも基本的に短編集は苦手だし、途中で何度か集中力が途切れてしまったんですけどね。ここに収められたそれぞれの作品を通して見えてくる中国という国とか、文章を通して魯迅が訴えたかったこととか、なかなか感慨深くて。ここに収められている13編のうち「藤野先生」だけは「朝花夕拾」という自伝的回想録に収められている作品だそうなんですが、他は全て「吶喊」という題名の本に納められている作品。「吶喊」とは、大きな叫び声をあげるという意味なんだそうです。閉ざされた状況を打破するために必要なのは、まず大きな叫び声をあげて他の人間の注意を喚起しなければばならない、そんな魯迅の思いが込められている題名。作品からもそのことが強く伝わってきます。(講談社学芸文庫)

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モーニング山脈の真東にある大きな王国・リンダーウォールの7番目の姫・シモリーンはお姫さまらしくないお姫さま。上の6人は金色の長い髪にやさしい性格で、下にいくほど美しいのに、シモリーンは髪の毛は真っ黒で、いつも三つ編みのおさげにしてるだけ。しかも背も高いのです。お姫様としてのたしなみのレッスンがつまらなくて仕方のないシモリーンは、レッスンを抜け出しては剣術を習ってみたり魔法を習ってみたり。その他にもシモリーンが興味を持つのはラテン語だったり、料理だったり、経済学だったり。そんなシモリーンに困った王様とお妃さまは、シモリーンが16歳になった時、金髪に青い目のハンサムなセランディル王子と結婚させようとします。しかしこれがろくな話もできないような退屈な王子さまなのです。結婚なんてまっぴらのシモリーンは、お城で出会ったカエルのアドバイス通りに「城出」を決行。行き着いた先はドラゴンでいっぱいの洞窟でした。シモリーンは自ら囚われのお姫さまになることを志願することに。

昔ながらのファンタジーの常識を逆手に取った作品というのは、最近の流行なんですかね? 先日読んだ「六つのルンペルシュティルツキン物語」(感想)も面白かったんですが、こちらも面白い~。もう最高!
ここに登場するシモリーン姫は、あるべき「お姫さま」の姿にうんざりして、自分から城を出てしまったお姫さま。しかも自らドラゴンの囚われの姫に志願してしまいます。「これなら親も文句ないでしょ?」といった調子。だってドラゴンに囚われるのはお姫さまのステイタスで、良い結婚に繋がるんですもん。...そんな風におとぎ話としての定石を踏まえつつ、少~しずつずらしていくのって、なんて楽しいんでしょうね。「そして2人はいつまでも幸せに暮らしました」だけを目指してる、なあーんにも考えていない王子さまやお姫さまに比べて、シモリーンはほんと生き生きとしてて可愛いです。お姫さまという役回りにこそ上手く順応できてないけど、きちんと自分の足で立ってて、誰を頼るのでもなく、自分自身で幸せになれる賢さを持っている女の子。でも世間一般的には「ドラゴンに囚われたお姫さま」なので、シモリーンを救い出すために王子が何人もやってきちゃうんですね。もちろん結婚するはずだったセランディル王子も。何てったって、ドラゴンや巨人、人喰い鬼、恐ろしい妖精の呪いから救うのが、王子が姫に求婚する時の「正しいやり方」なんですから。(笑)

シモリーンと気の合うアリアノーラも、一見ごく普通のお姫さまに見せておいて実は案外しっかり者で可愛いし、シモリーンを預かるドラゴンのカズールの洞窟がとても素敵なんです。料理や掃除をやっても構わないから、私もカズールの洞窟の図書室や宝物部屋を探検してみたい~。それに何といっても昔ながらのおとぎ話や伝説の小ネタが沢山詰め込まれているところが楽しすぎます。眠り姫やシンデレラ、かえるの王子さま、アラジンの魔法のランプ、オズの魔法使い... しかも途中で登場する王子の英雄養成学校での同級生はジョージにアーサーにジャック! 私にはこれがツボでした。(でも全部のネタが分かってるわけじゃないです... 全部知りたい☆)
これは「魔法の森」シリーズの1作目で、全部で4部作の予定なんですって。続きもすっごく楽しみ~。絶対読みます!(創元ブックランド)


+シリーズ既刊の感想+
「囚われちゃったお姫さま」パトリシア・C・リーデ
「Dealing with Dragons」Patricia C. Wrede
「消えちゃったドラゴン」パトリシア・C・リーデ

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栗井栄太が内人と創也に誘いをかけてきます。「IN 塀戸(INVADE)」が完成し、そのお披露目が次の三連休にN県の今は廃村となっている塀戸村で行われることになったのです。創也は卓也が付いて来ないように細工し、内人と2人で塀戸村へ。参加者は栗井栄太、塀戸村のただ1人の住人・水上亜久亜、ジャパンテレビの堀越隆文とその娘の美晴、80歳ぐらいの老人・金田昭之助、そして自称冒険家の森脇誠でした。

「都会のトム&ソーヤ」第5弾。副題は、「IN 塀戸(VADE)」。今回は久しぶりの長編。連作短編が続いて、4巻ではかなりトーンダウンしている印象があったのですが、今回は久々にパワー全開。
山の中でのサバイバル、暗号の解き方のような正統派の楽しみもあるんですが、ジャパン・テレビの堀越ディレクターの26人の部下はA(アー)からZ(ツェット)まで名前が付いていて、中でもコンピューターを専門に扱うのがI(イー)、B(ベー)、M(エム)の3人だとか、ジュリアスのコンピュータの名前が「春」さんだとか、「金銀パールプレゼント」、「バナナはおやつに入ります」なんかも、むしろ大人向けの小ネタですよね。ということでとても楽しく読めました。印象に残ったのは、創也の「ゲームは、のめりこんでプレイするほうが楽しいじゃないか」という言葉。これはゲーム以外のことにも通じますよね。何事でも、自分も積極的に参加する気持ちがなければ楽しさも半減。もちろん本を読むのも!
そして今回、内人と創也のお父さんが登場するオマケ付き。そしておまけのおまけの物語に登場する真田志穂というのは、もしや彼女なの...?(講談社YA! ENTERTAINMENT)


+シリーズ既刊の感想+
「都会のトム&ソーヤ1」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「都会のトム&ソーヤ 乱!RUN!ラン!」2 はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ いつになったら作戦(ミッション)終了?」3 はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ4 四重奏(カルテット)」はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ5 IN塀戸(VADE)」はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ6 ぼくの家へおいで」はやみねかおる

+既読のはやみねかおる作品の感想+
「虹北恭助のハイスクール・アドベンチャー」「笛吹き男とサクセス塾の秘密」はやみねかおる
「オリエント急行とパンドラの匣」はやみねかおる
「卒業 開かずの教室を開けるとき」はやみねかおる
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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遠く離れた地方からペテルブルクの男子の寄宿学校に預けられ、両親とずっと会えずにいたアリョーシャは、学校の図書室にある騎士の物語や魔法物語を読みふけったり、庭で飼われているめんどりたちと遊ぶのが好きな少年。中でもクロちゃんという黒いメンドリはお気に入りで、女中に殺されそうになった時には、おばあさんからもらった大事な金貨と引き換えに助けてやったほど。そしてそれがきっかけで、アリョーシャはクロちゃんに小人の国に案内されることになるのですが...。

19世紀のロシアの文学者だったというA.ポゴレーリスキイによる童話。あのトルストイも、この「アリョーシャと黒いめんどり」は、プーシキンの民話とブイリーナ(英雄叙事詩)と並んで幼年時代に深い感銘を受けた作品だと語ったんだそうです。プーシキンの民話は私も子供の頃から大好きでしたが、これを読むのは初めて。「ブイリーナ」も丁度図書館から借りてきてるところなので読むのが楽しみ~。
E.T.A.ホフマンの「くるみ割り人形」と少し雰囲気が似てるなと思っていたら、実際ホフマンの影響を色濃く受けているのだそう。あそこまでの幻想性はないですが、こちらで描かれている小人の国もいい感じ。そして似てるのは幻想的なところだけじゃなくて、ストーリの展開がちょっとブラックがかってるところも。...でもこれはブラックというより、教訓的なのかな。全くアリョーシャったら、なんでこんな願いごとをしたんだかー。雰囲気にのまれてたとはいえ、こういう時にその人間の本質が出てきちゃうのかもしれないですね。とは言っても、教訓的だけど説教くさいわけじゃないのが、この作品のいい所。
字も大きな児童書なんですが、実はなかなか奥が深い作品かもしれません。「幻想文学1500」に選ばれてるのも納得。でも幼年時代に感銘を受ける作品だったら、私はたとえば「せむしの小馬」の方がいいなあ。うん、私が子供の頃好きだったロシアの作品ベスト3は、「ルスランとリュドミーラ」(プーシキン)、「せむしの小馬」(エルショーフ)、「森は生きている」(マルシャーク)ですね。あーでも「イワンのばか」(トルストイ)、「石の花」(バジョーフ)も捨てがたいー。この「アリョーシャと黒いめんどり」も悪くはないんですけど、そこに食い込めるほどではないです。でも、子供の頃に読んでたらまたちょっと違ってたのかしら?(旺文社)

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何度もロシアに侵入しては略奪を繰り返していたポーロヴェッツ人。イーゴリ侯はロシアを守るために、ポーロヴェッツ人討伐の遠征をすることに。出陣間際に日蝕という不吉な前兆が起きたにも関わらず、イーゴリは兵士らを鼓舞してポーロヴェッツ人の地を目指します。

12世紀末にロシアで成立したという作者不明の散文。ロシアでは中世文学を代表する傑作として広く知られているんだそうです。11~12世紀のロシアは東方のテュルク(トルコ)系の遊牧民・ポーロヴェッツの侵入に度々悩まされていて、この作品も1185年春、南ロシアの小都市の候の息子だったイーゴリが行ったポーロヴェッツ人討伐遠征の史実が元となっているのだそう。そしてこれはアレクサンドル・ボロジーンのオペラ「イーゴリ」の元にもなっている作品... と書いてあってもピンと来なかったんですが、ボロジーンというよりボロディンですね! そうそう、「イーゴリ公」といえば「韃靼人の踊り」が有名でした~。右のは歌劇「イーゴリ公」のハイライトのCDなんですけど、これを見ると「Prince Igor」になってますね。Princeなんだ!(驚)
この本の訳ではまるで詩のように行が頻繁に変えられてるんですが、原文は散文作品とのこと。雰囲気としては「ローランの歌」(感想)のような英雄叙事詩に近いです。でもこれを読むとイーゴリ候はとても重要人物のように思えてしまうんですが、実際には弱小領主に過ぎなかったようで... 華々しい戦記ではなくて、最初の不吉な前兆通り、イーゴリ候の軍勢は大敗を喫して、イーゴリ候自身が敵に捕らわれてしまうほど。でも最後はイーゴリ候がロシアに無事帰還してめでたしめでたし。ラストがロシアらしいかな。でも正直、それほど面白くは感じられなかったのが、ちょっと残念。(岩波文庫)

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