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東京創元社で刊行中のラング童話集の9冊目。今回は全25編で、多かったのはネイティヴ・アメリカンの話、アフリカの話、そしてラップランドの話。なかなか面白いのが多かったです。

特に面白かったのは、ネイティヴ・アメリカンの話。「玉運びと魔物」「玉運び、つとめをはたす」という続き物が入ってるんですけど、これがユニークなんです。
まず男の子がまじない師のおばあさんに攫われるんですね。そして、精霊に知恵と力をさずかるには断食が必要と言われて、断食をすることになるんです。10日ではまだ不足。一旦食事をして、今度は20日の断食。かなりの精霊が訪れるけど、まだ不足。さらに20日断食すると、今度は全ての精霊から知恵と力を授かることができます。男の子はそのおかげで体力的にも強くなるし、目も耳もきくようになるし、変身する力まで身につけちゃう。断食をしてそんな力をつけるなんて話、今まで読んだことなかったわ~。
力をつけると、魔物から金とどこでも渡れる小さな橋を盗み出すように送り出されて、ようやく普通の昔話らしくなるんですが...。無事盗み出して、魔物をやっつけて逃げ出してから、まじない師の家に帰れなくなっちゃうんですね。道を忘れてしまって歩き回るうちに色んな冒険をして(詳細は不明)、結婚までしちゃう。子供も3人。で、なんだかんだとあった後で死んでしまうんですけど、彼が死ぬとようやく、まじない師が再登場。死んでるのを起こして(まあ、なんて簡単な!)、魔物から金と橋を盗んできたか尋ねて、それを彼の脇の下から取り出すと(ずっとそこに隠してたのか?!)、その後の行動がまたびっくり。このまじない師の存在って、一体ー!?
題名の「玉運び」の玉は、まじない師が子供を欲しくなった時に使う玉。まじない師がぽんと玉を放ると、その玉は目当ての子供の家まで転がっていって、子供と出くわした途端にまじない師の家に戻り始めるんです。子供は綺麗な玉が欲しくて、しかもすぐ追いつけそうな気がして追いかけるんだけど絶対につかまえられなくて、まじない師の家まで来ちゃうという仕組み。これ、すごい簡単で確実な方法ですよね。(笑)(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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ランプが1つ灯されただけの薄暗い部屋。隙間風が吹いているのか炎は揺らめき、影もまた揺らめきます。薄闇に目が少し慣れてくると、そこに見えるのは1つのランプ。視線はランプへと向かい、その炎に目が釘付けに。そしてやがて目が光に慣れると、そこに見えるのは天井に渡された3本の長い梁、錆びた黒い鉄板出来た八本脚のレンジ、化粧窓、木の長持ち、横腹の丸い鞄、そしてランプが置かれているテーブル。テーブルに置かれているのは方眼紙の束や二つ折りの新聞紙、2~3冊の薄汚れた雑誌、金文字が押された黒い本、半分吸いかけのタバコ。そして炎に近づいていく1本の手...。

先日読んだ「あまりにも騒がしい孤独」に続いて、東欧の想像力シリーズ2冊目です。読み始めた途端に「好き!」と夢中になった「あまりにも騒がしい孤独」とは全然違っててびっくり... いや、作品によって違うなんて当たり前のことなんですけど、こちらはどうしても読みにくくて... 何度読み返しても全然頭に入ってこなくて、もうどうしようかと思いましたー。プロローグなんて何度読み返したことか! 根性で読み進めましたよ。

ここに書かれているのは全て、E・Sという男のこと。E・S・にまつわる断片がいくつも集まって出来ている物語。それが分かれば少し楽になります。このE・Sというのは、ダニロ・キシュの父親の名前エドゥアルド・サムに由来するもの。ダニロ・キシュの父親はユダヤ人で、1944年にアウシュヴィッツの強制収用所に送られ、そのまま消息を絶ったのだそうです。
物語の中には、「プロローグ」「旅の絵」「ある狂人の覚書」「予審」「証人尋問」という大きな章が繰り返し現れます。その章はそれぞれに雰囲気が全然違うんです。「旅の絵」は詳細な情景描写。「ある狂人の覚書」は一人称の妄想混じりの手記。「予審」「証人尋問」は、まさにそのタイトル通りの言葉のやり取り。読みやすい章もあれば、過剰なほど詳細で難解な章も...。でも一見読みやすい章でも、なかなか簡単には実像を掴ませてもらえないのは難解な章と一緒。物語の進み方はまさしくプロローグに描かれた部屋のようです。暗闇の中に1つの炎が揺らめいてる部屋。最初は何も見えず、徐々に目が慣れてきさえすればその周囲が徐々に見えてくるんですが...。プロローグで触れられている「陰画」と「陽画」のような物語なんだろうなとは思いつつ、実際読んでいてもそこに書かれていることが何を意味しているのか、それ以前にそこには何が書かれているのかがなかなか掴めずに苦戦してしまいましたよ。でもこれこそが、文字によって物語を構築していくという行為なのでしょうね。
残されているたった1通の手紙を元に構築された物語の世界。父親がいなくなったのはダニロ・キシュがまだ9歳の頃、記憶も朧でエピソードもあまりなかったはず。でも想像力さえあれば、1人の人間を作り上げることだって可能なんですものね。必ずしも真実ではないのかもしれませんが、ダニロ・キシュにとってのE・Sが確かにここに存在しています。(松籟社)


+既読のダニロ・キシュ作品の感想+
「砂時計」ダニロ・キシュ
「死者の百科事典」ダニロ・キシュ

+シリーズ既刊の感想+
「あまりにも騒がしい孤独」ボフミル・フラバル
「砂時計」ダニロ・キシュ
「帝都最後の恋 占いのための手引き書」ミロラド・パヴィッチ

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3年前に敵であるダルニアック王に敗れ、今は奴隷の身となっているアルギメネス王。奴隷たちと一緒に土を掘っている時に古い刀を見つけます... という「アルギメネス王」他、全9編の戯曲集。

劇作家としても有名だったというロード・ダンセイニの戯曲全9編。というか、日本に作品が入って来た最初のころは戯曲家として知られていたようです。私にとってはファンタジー作家なのだけど。いや、「ファンタジー」という言葉が軽すぎるように思えるほど、別格の存在なのだけど。

かつて王であったことを思い出すと怖くて仕方がないと言うアルギメネス王と、そういう思い出があることが幸せだと言う奴隷のザアブ。自分が反乱を起こしたら従うかと訪ねるアルギメネス王に向かって、たとえ本物の王ではあっても奴隷の外見をしている者にではなく、王らしい外見に従うと言うザアブ。短い戯曲の中にも人間の本質に触れるような様々なやり取りがあって、はっとさせられます。
ここに収められた9編の舞台はアラビアだったりエジプトだったりバビロニアだったりと、アイルランド出身のロード・ダンセイニにとってはエキゾティックな異国だったに違いない場所。そんな異国の美しさが際立ってます。特に印象に残ったのは、「何千の悪魔の親の、ひからびた欲深じじい奴!」なんて言われながらも、その美しさが目の前に広がるように感じられる沙漠。王の沙漠への渇望が我がことのように感じられるほど。そしてダンセイニは、カトリックが有力なアイルランドの人とは思えないほど異教的な神々を描く人なんですが、その異教の神々の姿もとても印象的。小説よりも、無駄をそぎ落とした戯曲という形式だからこそ、一層際立っているのかもしれないですねえ。「光の門」という作品では、天国の門が登場するんですけど、結局見えた「無」や聞こえてくる笑い声が何とも言えない...。それに他の作品でも、人間の小賢しい知恵にちょっぴり付き合って、いいように人間をもてあそび、それを何とも思わないような残酷な神々の姿が印象に残ります。何とも思わない、というのは、多少酷いことをしても心が痛まないとかそういうのじゃなくて、文字通りの意味で「何とも思わない」です。
それぞれの作品がちょっとびっくりするほど面白かったし、これらの劇が実際に演じられているところを観てみたくなりました。どこかギリシャ悲劇に通じるような気もします。ええとその場合はエウリピデスじゃなくて... アイスキュロスというよりもソフォクレスかな?(すみません、てきとーなこと書いてます) そしてこの戯曲は松村みね子さん訳で、それは先日読んだ「新編 燈火節」(感想)の片山廣子さんなんです。最初の時のままの旧字・旧かな遣いの訳が読みたかったなと思ってしまうのだけど、現代の仮名遣いに直しても、やっぱりいいですね。同じく松村みね子さん訳の「シング戯曲全集」もぜひ読みたいです。(沖積舎)


+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

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偉大なる魔法使いマーリン、禁断の愛をつらぬく騎士ランスロット、可憐な妖精ヴィヴィアーヌ、そして勇壮無比のアーサー王などが躍動するケルトの森。豊饒な「物語」を胚胎してヨーロッパ文化の基層に横たわるケルトの精神の源泉を求め、時空を越えて旅する馥郁たる文学紀行。...というのはamazonにあった紹介そのままなんですが。

アーサー王伝説の残るブルターニュの不思議の森・ブロセリアンド。この本で取り上げているのはブルターニュなので、あくまでもフランスにおけるケルトです。内容的にはあまり目新しいものはなかったし、私としてはいらないなという歴史的事実も多かったんですが... 現在のブロセリアンドの森にもあまり興味がないですしね。でも新たな発見もいくつか。ブルターニュって、「ブリタニア・ミノール(小ブリタニア)」という言葉から来てたんですね! なんで私ったら今までこんな基本的なとこに気付かなかったんだろう!
丁度塩野七生さんの「ローマ人の物語」のパクス・ロマーナの部分まで読んだところなので、この本にもカエサルのことやパクス・ロマーナのことが出てきていいタイミング。「ガリア戦記」はカエサル視点だし、「ローマ人の物語」はカエサルを含めたローマ視点、でもこちらの本はもちろんケルト人(ガリア人)視点です。
そしてこの本で面白かったのは、ランスロットとグィネヴィアの恋について。愛する女性に忠実を守っていない男は誰もそこから2度と戻れないという「帰らずの谷」のエピソード。ランスロットとグィネヴィアの恋は、キリスト教的には不倫でしかないんですけど、ランスロットはグィネヴィアにとっては、この谷から再び出られるほどの完全に忠実な恋人。モーガン・ル・フェイもそれは認めざるを得ないんです。でもそれはあくまでも異教的な考え。最初はそれでよかった話も、キリスト教的なモラルが浸透してくると、ランスロットは罪の意識に苛まれるようになるし、結局聖杯も彼の手には入らないんですよね...。こういう話にキリスト教が入ってくると、ほんと詰まらなくなっちゃうから嫌だわ!(青土社)

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ロシアでは4番目、世界では10番目の大河・アムール川流域に住むニブヒ(ギリヤーク)、ウデゲ、ナナイ(ゴリド)、ウリチなどの少数種族に伝わる民話をもとに創作されたという物語集。

アムール川というのは、この本では全長4,350Km、広いところの川幅は10キロあると書かれてるんですが、Wikipediaを見ると全長4,444Kmで世界8位の長さですって。モンゴル高原からロシアと中国との国境を通り、オホーツク海に面したアムール湾に注ぐ大河。中国では黒竜江または黒河と呼ばれているのだそう。
ここに収められた物語は全部で11編。どれもとても素朴な物語で、訳者あとがきを読むまで、創作だとは気がつかなかった... びっくり。それほど元々の民話らしさを生かした物語となっています。「勇敢なアズムーン」のように、不漁に苦しむ人々を見かねたアズムーンが海の老人・タイルナースに会いに行くというまるで神話に連なるのような物語もあれば、「クマとシマリスはどうして仲が悪くなったか」「ふたりの弱いものとひとりの強いもの」のような動物民話もあり、シンデレラ的な「小さなエリガー」あり、「大きな災難」「みなしごのマムブ」みたいに他の民族から攻めてこられた話もあり、バラエティに富んでますねー。
私が特に気に入ったのは、「チョリリとチョリチナイ」と「七つの恐怖」。「チョリリとチョリチナイ」は、親が決めた許婚チョリリとチョリチナイの物語。2人とも親を病気(ペストですって)で亡くして、もう大人になってたチョリリが幼いチョリチナイを家に引き取るんですね。で、結婚できるまで大きくなるのを待ってるんです。でも日に日に美しくなっていくチョリチナイに目を付けた長老・アルルィフが、チョリチナイにまじないをかけてクマにしてしまい... チョリリが作ったナイフや槍があくまでもチョリリを刺そうとしないところも面白いし、アルルィフのまじないを解くためにはアルルィフについている悪魔を殺さなくちゃいけなくて、そう聞いたチョリチナイが冒険する場面が素敵。チョリチナイは山の主のところに行くために九つの川を通り、九つの湖を通り、九つの山脈を越えたところにある、滑らかな岩石を上って主の天幕に向かうんです。悪魔のとこも面白いな。そして「七つの恐怖」は、臆病な心から兄をトラに攫われてしまった弟が、7つの恐怖を超えて救いに行く物語。罠にかかっている動物にすら、兄をなくしたことを罵られて見捨てられるとこが独特。ワシの羽根の助けを得て兄を探しに行けるようになった弟は次々に怖い目に遭うんですが、そのたびに「どうやら、これはまだ恐怖ではないようだ。恐怖は先にあるのだ」と次々に困難に打ち勝っていく場面が頼もしいです。(リブロポート)

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水圧式のプレスで故紙や本を潰してキューブにしては、再生工場に送る仕事をし続けているハニチャ。35年間で潰した本はおそらく3トン以上。しかしそんなハニチャにも楽しみはありました。それは送られてくる紙の山の中から美しい本を救い出すこと。そしてそんな本を読みふけること。そして文字にまみれ、心ならずも教養が身についてしまったハニチャにとって、どの思想が自分のもので、どの思想が本で読んで覚えたものなのか既に分からない状態...。

ナチズムとスターリニズムに踏みにじられている時代のチェコが背景なので、当然チェコの人々の暮らしは大変な状態だし、本来なら本好きの読者にとって、本が次々と処理されていくという現実は直視するのがツラいはずなんですけど、どこかあっけらかんとした明るさと、飄々としたユーモア感覚があるので、悲惨さを全然感じずに読めてしまう作品。焚書に対する怒りとか哀しみみたいなのはまるでなくて... ここで潰されるのは主に本や紙で、時には複製画もあったりするんですけど、きちんとしたものばかりじゃなくて、時には肉屋から送られてきた血まみれの紙がどさっと投げ込まれて、血にたかっている蝿ごとプレスしてしまったりもするんです。でも主人公が自分なりの儀式として、読み終わった美しい本を心臓部に入れて、時にはその側面を複製画で飾った紙塊に、グロテスクな美しさを感じてしまうー。
主人公は年金生活まであと5年のオジサン。日々浴びるようにビールを飲んでるようなので、まさに「オッサン」のはずなんですけど、その中身は孤独で繊細な少年。仕事をしながら思い出すのは、美しいマンチンカと恋をしていた時のことや、ナチスに連れ去られたジプシーの恋人のこと。ジプシーの恋人は結局強制収容所から戻ってくることはなかったし、こんな風にふとした拍子に当時のチェコの現実が見えてくるんですが...。そして彼は自分の仕事を誇りを持ってます。この仕事につくには普通の学校での勉強だけでなく、神学校で教育を受けた方がいい、なんて言ってるぐらい。(笑) 
東欧の作家さんって、やっぱりそれぞれに独特な雰囲気がありますね。少なくとも今まで読んだ東欧の作家さんは、他の欧米圏の作家さんよりも持ってる色合いが濃いような気がします。

先日のキアラン・カーソン「琥珀取り」「シャムロック・ティー」は本を見た瞬間ピピピッときましたが、これは読み始めた瞬間「うわ、これ好き!」でした。いやあ、今年は本の当たり年かも。
これ、松籟社の「東欧の想像力」というシリーズなんです。今まで3冊出てるんですけど、これが2冊目。1冊目は「砂時計」(ダニロ・キシュ)、3冊目は「ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし」(エステルハージ・ペーテル)。そして5月に4冊目の「帝都最後の恋」(ミロラド・パヴィッチ)が出るのだそう。

1作ごとに物語の語り方に工夫を凝らすパヴィッチ。『帝都最後の恋』は、各章がタロット・カード(大アルカナ)の寓意画一枚一枚に対応。タロットを広げながら、出たカードに対応する章を読む、そんな多様な読みに読者をいざないます。

カルヴィーノの「宿命の城」ですか?(笑)
でもこれがまた面白そうなんだわー。これは追いかけてしまいそうです。(松籟社)

 


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「あまりにも騒がしい孤独」ボフミル・フラバル
「砂時計」ダニロ・キシュ
「帝都最後の恋 占いのための手引き書」ミロラド・パヴィッチ

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黒の湿地帯の奥深く、水生植物が鬱蒼と茂る暗くよどんだ沼の上にあるガル村に住んでいたのは、ポイズンという名前の少女。ポイズンの家は沼の端の小屋で、一緒に暮らしているのは父親と継母のスナップドラゴン、そしてまだ幼い妹のアザレア。そして年に1度の「魂見の夕べ(ソウル・ウォッチ・イブ)」の日。ポイズンが雪のようなきらきら光る粉のせいでぐっすり眠らされている間に、妹のアザレアがベビーベッドから攫われていたのです。攫ったのはスケアクロウ。後には妖精の取替え子(チェンジリング)が残されていました。ポイズンは妖精王から妹を取り返すために村を出ることに。

かつては人間の王国だったこの世界も、今や妖精族やゴブリン、トロールがあちらこちらに点在し、人間が森や沼地、山の中に隠れ住むようになっている時代の物語。物語の始まりは、よくあるような妖精物語なんです。主人公のポイズンは、「毒」という名前を自分でつけてしまうような少女。自我が強く好奇心が旺盛で、妹のアザレアが攫われたのをきっかけに外の世界に出て行くことになる少女。読み手は、一筋縄ではいかないポイズンに最初は反感を持ったとしても、物語が進むにつれて徐々に感情移入して... というパターン。でもこれは、妹を無事に取り戻してめでたしめでたし、という物語ではないんです。
途中で、3度ほど「もしや」と思った部分が本当にその通りで、逆に驚いたというのはあるんですが... それでも定石通りには収まらない物語に最後までわくわく。これはもうネタバレなしに語るのは難しいんですけど、物語が好きな人ならこういうことを考えたことはあるんじゃないですかね? 私自身、自分がなんとなく思い描いていた物語をそのまま本にしてもらえたような感覚でしたし。でもごく普通の妖精物語を読みたい人には、この作品はあんまり向いてないのかも...。YAのレーベルから出ている作品なんですが、むしろ大人のレーベルから出してもいいぐらいかも。個人的な好みを言えば、こういう構造の物語は大好きです。この作家の他の作品も俄然読んでみたくなっちゃいました。面白かった!

この作品挿絵もすごく素敵なんです。全ページの下にペン画(だと思う)の挿絵がずーっと入っていて、それがまた作品世界の雰囲気を盛り上げてました。この絵を描かれたのは橋賢亀さんという方で、サイトも見つけました。→コチラ。ひかわ玲子さんの「アーサー王宮廷物語」(感想)も荻原規子さんの「ファンタジーのDNA」(感想)も、菅浩江さんの「ゆらぎの森のシエラ」も、表紙はこの方が描かれてたんですかー。知らなかった! カラーと白黒とでは、ちょっと雰囲気が変わりますね。白黒の方が小悪魔的な魅力が強くなるような気がします。(創元ブックランド)


    

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