Catégories:“2009年”

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砂漠を横切って進んでいた大きな隊商(キャラバン)のの先頭に突然現れたのは、トラの皮をかけた美しくアラビア馬に乗り、見事ないでたちをした堂々とした風采の男。男の名前はゼリム・バルフ。メッカへの旅の途中で泥棒の一団に掴まっていたのを、3日前にこっそり逃げ出してきたので、隊商の一行に加えて欲しいのだと語ります。隊商の5人の商人たちは快く彼を迎え入れることに。そして食後の退屈しのぎに1人ずつ何かの物語をすることになります。

隊商の商人たちの語る6つの物語。子供の頃の私の本棚に分厚い「ハウフ童話集」が入っていたので、部分的には既読です。でも千一夜物語は大好きだったし、こういう雰囲気は本来大好物なはずなのに、なぜかこの「ハウフ童話集」だけはどうしても通読できなかったんですよねえ。その後も何度かこの本を図書館から借りてきたことがあるんですが(だってこっちの方が薄いんだもの)、その時もどうも読めず... なぜなんでしょう。
ということで、このたびようやく通読できました。(ぱちぱち) そのハウフの本で読んでたお話もあれば、先日も「べにいろの童話集」で登場したお話もあり(この話は有名なので、色んな童話本に入ってます)、あまり新鮮味はなかったんですが、これはあくまでも枠物語なので、全体を通して読むことに意義があるという感じですね。いやあ、ようやく全部通して読めて良かったです。部分的に知ってるということで、実は最後のとこまで知ってたんですけどね。あー、良かった良かった、ほっとしました。またいずれ、大元のハウフ童話集に挑戦したいと思います。(岩波少年文庫)

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毎日どこかの広場で説教をする男と常に一緒にいるのは、巨大な恐ろしい犬。真っ黒の毛並みで目は硫黄のように黄色く、大きな口の中に見えるのは黄色い歯並み。男と犬の奇妙なつながりに興味を引かれた「ぼく」は、男のあとをつけるようになり... というフリードリヒ・デュレンマットの「犬」他、全18編の幻想小説アンソロジー。

18世紀から20世紀までのドイツの幻想小説。昔ながらの怪談から現代的なホラー小説、錬金術をモチーフにした作品、そしてSF風味の作品まで、かなり色々な作品が入っています。面白い作品もあったんですけど... でも、うーん、今ひとつぴんとこない作品も多かったかも... 今回ピンと来なかった作品については、いずれリベンジしようと思います。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

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今まで会った人物の中で一番風変わりだったのは、H町のクレスペル顧問官。学識があり経験豊かな法律家で、有能な外交官でもあり、ヴァイオリン製作にしても超一流。しかしその奇行ぶりは、常に町中の人々の噂の種になっていました... という「クレスペル顧問官」他、全6編の短編集。

「黄金の壷」がどうもすっきりしなかったホフマンですが、こちらは面白かったです。「黄金の壷」はモチーフ的にはとても好きなはずなのに今ひとつだったのが我ながら解せないんですが...。(その後他のバージョンで読んだら面白かったです! 訳が合わなかっただけみたい)
訳者池内紀さんによる解説「ホフマンと三冊の古い本」に、ホフマンの作品ではしばしば鏡や望遠鏡が重要な小道具として登場するとありました。そして「砂男」の「コッペリウス」と「コッポラ」という2つの名前は、どちらも「眼窩」を意味する「コッパ」からきているとも。確かに気がついてみれば、鏡や望遠鏡だけでなく、目玉や眼鏡、窓といったものが、ホフマンの作品では常に異界への扉のように存在してます。その異界に待っているのは「死」。でもその「死」は物質的な冷たい死というよりも、幻想的な詩の世界への生まれ変わるためという感じ... 現実的で常識的な人々にとっては、狂気と破滅にしか見えなくても、そちらの世界に足を踏み入れた人にとっては、それは理想郷なんですよねえ。そしてホフマンは、そのどちらの世界でも生きた人なんですね。だからホフマンの作品の結末には、ちょっと異様な雰囲気を感じさせられることが多いんだろうな。ホフマンの描き出す幻想的な情景はとても美しいんですが、それは薄気味悪い不気味さと紙一重。
どれも面白かったんだけど、私が特に気に入ったのは、山の鉱山の幻想的な情景の美しさが際立っている「ファールンの鉱山」。これはどこかバジョーフの「石の花」のようでもありました。...なんだかんだ言って、幻想的な情景に惹かれてしまう私です。そして「砂男」は、バレエ「コッペリア」の原作となった作品なんですね。でもストーリーはかなり変えられていて、「砂男」の狂気を秘めた悲劇は、すっかり明るく楽しい喜劇となっちゃってます。同じ作品とは思えないわー。(岩波文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壷」「スキュデリー嬢」 ホフマン
「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

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昇天祭の日。大学生のアンゼルムスは、市で醜い老婆が商売に出している林檎や菓子の入った籠に突っ込んでしまいます。その辺りにいた子供たちが飛び散った商品に我先にと飛びつき、アンゼルムスは老婆に中身のあまり入っていない財布を渡して逃げ出すことに。せっかくの昇天祭なのに一文無しとなってしまったとアンゼルムスが嘆いていると、ふと頭上の紫丁香花の樹から水晶の鈴のような響きが。そこにいたのは3匹の緑金の小蛇。そしてアンゼルムスはそのうちの1匹に恋をしてしまうのです。それはセルペンチナでした... という「黄金の壷」。
真夜中、サント・オノレ通りにあるスキュデリー嬢の家の戸が激しく叩かれます。それは見知らぬ若い男。侍女が玄関を開けると、外にいる時は哀れっぽいことを言っていた男は家の中に入るなり荒々しくなり、匕首まで持っていたのです。思わず助けを求めて叫ぶ侍女。すると男は小箱を侍女に持たせると、スキュデリー女史に渡して欲しいと言い残して消え去ります。折りしもパリでは宝石強奪事件が相次いで起きていた頃。その箱に入っていたのは見事な宝飾品。当代随一の金細工師・ルネ・カルディラックの作った品だったのです... という「スキュデリー嬢」。

ホフマンの作2つ。「黄金の壷」の方は古本屋で見つけた古い本で、なんと初版が昭和9年! なので当然のように旧字・旧かな使いです。検印もついてるし、題名も本当は「黄金寳壷 近世童話」。でもこれ、面白いことは面白かったんですけど... この作品は、ホフマンの作の中でも傑作とされている方らしいのに、それほどでもなかったんですよね。ホフマンらしい幻想味は素敵なんですけど、肝心のアンゼルムスとセルペンチナの場面が思ったほどなかったからかなあ。もっとこのセルペンチナの一族の話が読みたかったな。この作品では、むしろアンゼルムスに片思いする16歳のお嬢さんの方が存在感があるし、世俗的で面白かったかも。
「スキュデリー嬢」は、ルイ14世の時代を舞台にした作品。ルイ14世はもちろんその愛人・マントノン夫人も、スキュデリー嬢その人も実在の人物。でもこの主人公となるスキュデリー嬢、実は「嬢」という言葉から想像するような若い娘さんじゃなくて、73歳の老嬢なんですね。その年輪が若い娘さんには出せない味を出していて、それが良かったです。そしてこの作品、スキュデリー嬢を探偵役とするミステリでもあります。それほど積極的に事件の謎を解こうとするわけではないし、むしろ巻き込まれた被害者とも言えるんですが... 謎が解けたのも、彼女の推理力のおかげというより、人徳のおかげでしたしね。普通のミステリを期待して読むとちょっとがっかりするかもしれませんが、期待せずに読むと、ほのぼのとした時代ミステリ感が楽しめるかと。

でも「スキュデリー嬢」はともかく、自分が「黄金の壷」をちゃんと読み取れてるのか気になる... 丁度、古典新訳文庫でこの組み合わせが出てたし、そちらも読んでみようかなあ。(岩波文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壺」「スキュデリー嬢」 ホフマン

「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

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人間に火をもたらしたことによってジュピターの怒りを買ったプロメテウスは、インド・コーカサスの氷の岩の峡谷に縛り付けられたまま、昼間はハゲワシに肝臓を啄ばまれ、夜になるとその肝臓が自然に再生されるという状態で3000年を過ごすことに。

アイスキュロスのギリシャ悲劇「縛られたプロメテウス」を読み、影響を受け、プロメテウス礼賛者となったという詩人・シェリーの書いた詩劇。上演されることではなく、読まれることを目的に書かれている脚本形式の作品をクローゼットドラマ(レーゼドラマ・書斎劇)と言うのだそうで、これもその1つです。
アイスキュロスの「縛られたプロメテウス」は私も読みましたが(感想)、これは3部作の1作目だし、しかし続く2作が既に失われてしまってるので、プロメテウスとゼウスがどんな風に和解することになったのかは不明なんですよね。ゼウスに謝るよう説得するために神々が次々にプロメテウスのもとを訪れるものの、ゼウスは予言知りたさで自分を許すはずだとプロメテウスが強気に考えているところまでで終わっています。
そしてシェリー自身の「序」を読むと、シェリーがこの失われた悲劇を修復しようと思ってこの作品に取り掛かったのではないことが良く分かります。プロメテウスとジュピターの和解という結末を好まなかったシェリー自身が作り上げたのは、またまるで違う物語。こちらのプロメテウスは、ゼウス相手に取引なんてしません。1章が始まった時、日々の苦しみに苛まれつつも、既にジュピターを恨んでいないどころか、かつて自分が口にした呪いの言葉も後悔しています。逆に、近い将来おとずれる自分の破滅を知らないジュピターを哀れんでいるほど。
シェリーは権力や支配、暴力を否定し、暴虐的な支配はいつか自らの暴虐によって自滅するという信念を持っていたようです。憎悪や敵意から解き放たれた時、人は初めて真の平和を得ることができる... ゼウスは使者を通してはキリストの磔刑やフランス革命の場面をプロメテウスに見せ付け、その過ちに気づかせようとするんですが、まるで効果なし。プロメテウスはゼウスの暴力的な支配に屈しないどころか、ゼウスを愛することによって、解き放たれることになるんです。とてもキリスト教的な物語ですねー。まるでプロメテウス自身がキリストみたいな描かれ方です。自らの暴虐に自滅するゼウスの姿は、万能の神ではなくて、まるで人間の世界の支配者。

まあ、面白いかといえば、正直あまり面白いとは思えなかったんですが... 私にとっては、アイスキュロスの悲劇の方がずっと力強くて面白かったし。でもギリシャ・ローマ神話関連ですしね。これはいつか読まなくちゃと思ってたので、今回読めて満足。それにロマン派詩人としてのシェリーの表現の夢のような美しさなど、部分的にはとても惹かれるもののある作品でありました。(岩波文庫)

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デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、そして再びスウェーデンへ。カレル・チャペックの旅行記コレクションの4冊目。今回もチャペック自身によるイラストが多数収められています。

イギリス、チェコ、スペインと続いたチャペックの旅行記、今回は北欧です。これは1936年に、妻のオルガとその兄のカレル・シャインプフルークと共に訪れたデンマーク、スウェーデン、ノルウェーという北欧3国を描いたもの。鉄道や船で巡る旅の記録。カレル・チャペックの人々を見つめる優しいまなざしやウィットの利いた描写は相変わらずですし、色々考えさせられます。例えばデンマーク。

ここはちっちゃな国だ、たとえ五百の島全部を寄せ集めたとしても。まるで小さなパンの一片のようだが、その代りに、厚いバターが塗られている。そう、家畜の群、農場、はちきれそうな家畜の乳房、樹冠に埋もれる教会の塔、さわやかなそよ風の中に廻る風車の肩ーー。(P.25)

でもこれほどまでに豊かな自然を描いたその後で、こんな文章が来るんです。

そう、ここは豊穣の国、バターとミルクの国、平穏と快適の国だ。そう。しかしここでひとつ教えてほしい。なぜこの国は自殺率が世界最高だと言われるのか? それはここが、満ち足りて落ち着いた人たちのための国であるせいではないのか? このうにはおそらく、不幸な人たちには向かないのではないか。彼らはおのれの不運を恥じるあまり、死を選ぶのだろう。(P.30-31)

ほけほけと読んでいていきなりこういう文章が来ると、かなり強烈です。実際、北欧の国は冬の日照時間が短いから鬱になる人が多いとは聞いたことがありますが...。アルコール依存症もとても多いとか。

あと、都心部でのことも色々と描かれてるんですが、私にとって興味深かったのは、まだまだ昔からの自然が残っているような場所。そういった場所が本当にまだまだ沢山あるんですねー。北欧神話やサガで親しんだ、壮大な自然と共に生きる人々の暮らしがここにはあって、ずっと変わることなく続いているんですねえ。チャペックの体験した白夜の描写も美しいです。一度体験してみたくなります。でも白夜があるから冬に長く続く夜があるわけで... それが鬱に繋がるなんて知ってしまうと、能天気に「白夜が見てみたいー」なんて言えなくなってしまうんですよねえ。(ちくま文庫)


+既読のカレル・チャペック作品の感想+
「ダーシェンカ」「チャペックの犬と猫のお話」「園芸家12ヶ月」カレル・チャペック
「イギリスだより」「スペイン旅行記」カレル・チャペック
「ロボット」チャペック
「チェコスロヴァキアめぐり」カレル・チャペック
「北欧の旅」カレル・チャペック

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トマーグラ歩兵が列車の車室で座っていると、そこに背の高い豊満な女性がやってきて、彼の隣の席に腰を下ろします。見た目はどこか地方の未亡人。他の席もあいているのに自分のようなむさ苦しい兵士の隣にわざわざ座るとは...? という「ある兵士の冒険」他、「ある○○の冒険」という形で統一された全12編の短篇集。

「ある○○の冒険」... うーん、「冒険」と言われてみれば確かに冒険とも言えるんですが、事前の準備をした上で乗り出していく類の冒険ではなくて、どちらかといえばハプニングに近いもの。日常の偶然から生まれたちょっとした出来事から発展した、ちょっとした冒険ですね。いつもの日常からほんの少しずれた場所で、主人公たちは何かしら新しい景色を見ることになったり、何かに気づかされることになる、そんな物語。そして「むずかしい愛」という題名なんですが、真面目な愛の物語というわけではありません。それどころか、解説には「愛の物語の不在」だと書かれているほど。

ここで語られているのは恋愛譚ではなく、愛の物語の不在である。現実の(とよべるかどうかさえ覚束ない)愛のなかでなら、おそらく誰もが感じるであろうコミュニケーションのむずかしさを、カルヴィーノは、それは困難なのではなく、ほぼ不可能と考えているらしい。愛を語ることは、その不在を語ることからしかはじめられない、というより、不在を語ることこそが愛を語る唯一の方法だということなのかもしれない。(P.220)

愛の不在とは言っても、そこに愛が全くないわけではないんです。主人公たちはいつもの日常からほんの少しずれた場所で、ごくごくささやかな、ほのかな愛を見出すことになるんですから。でもそこに生まれた愛が、一般的な意味での「恋愛」として成長することはなく...。そういった意味では、やはり「むずかしい」というのがぴったりなのかも。
短い物語がそれぞれになんだかとっても可愛らしかったです。読んでるうちにどこか不思議になってしまうほど、何ていうかまとまりがいいんですよね。ある意味、きれいにまとまりすぎてると言った方が相応しいかも? でもやっぱり可愛らしかったです。(岩波文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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