Catégories:“2009年”

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大正時代の歌人であり、松村みね子名義で戦前のアイルランド文学の翻訳をしていた片山廣子さんのエッセイ。
以前フィオナ・マクラウドの「かなしき女王 ケルト幻想作品集」でこの方の文章に触れて、もっと読んでみたいと思ってたんですよねえ。その「かなしき女王」は現代の日本語となってしまってるんですが、こちらの「新編 燈火節」は本来の旧字・旧仮名遣いのまま。

ミッション系の東洋英和女学院を卒業後、歌人・佐佐木信綱に師事し、独身時代は深窓の令嬢、結婚後は良妻賢母の鏡のような令夫人と謳われたという片山廣子さん。ここに描かれていくのは、少女時代の暮らしぶりや結婚してからの日々のこと、短歌のこと、そしてアイルランド文学のこと。戦争を挟んでいるので、時にはかなり苦しい暮らしぶりが伺えるのですが、生来の上品さを失わずに持ち続けているのが印象に残ります。その文章の静謐さ、凛とした姿勢、そして歌人ならではの柔らかな感性がとても素敵。この感覚は、須賀敦子さんの文章を読んだ時に感じるものに近いかも。
昔の短歌の方が色が柔らかかったこととか、お好きなアイルランド文学に関してとか、色々と印象に残る文章がありましたが、その中でも私が特に惹かれたのはアーサー王伝説について語る「北極星」の章。大王ペンドラゴンのひとり子の金髪の少年「スノーバアド(雪鳥)」が山の静寂の中で天の使命を受け、「スノーバアド」から「アースアール(大いなる熊)」になったと宣言、「アーサア」と呼ばれるようになったという物語。このアーサーが天上の夢を見る場面がこの上なく美しいのです。松村みね子訳のアーサー王伝説というのも読んでみたかったなあ。その時はぜひとも旧字・旧仮名遣いで。そして旧字・旧仮名遣いといえば、フィオナ・マクラウドの訳も原文のままが読んでみたい...。松村みね子名義で訳されてるシングの「アラン島」や「ダンセイニ戯曲集」はまだ読んでないんですけど、こちらはどうなのかしら? 今度ぜひ読んでみようと思います。(月曜社)


+既読の片山廣子翻訳作品の感想+
「かなしき女王 ケルト幻想作品集」フィオナ・マクラウド
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「シング戯曲全集」ジョン・M・シング

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5年生が始まる前の晩、いつになくうきうきとした気分だったレオン・ザイゼル。学校の用意も「カボチャ頭」の用意も完璧で、レオンの気分は10のうち8。しかし学校が始まると、その気分計は徐々に低下し始めます。カボチャ頭の人形は上手く作動せず、いじめっ子のランプキンに手首と頭を万力のように締められ、その後ゴミ缶の中に頭から詰め込まれてしまい...。しかしどん底まで落ちてしまっていた気分は、ナポレオンにもらった珍しいポテトチップで少し上昇。レオンは最近ポテトチップのコレクションも始めていたのです。

タクシー運転手のコレクションはナポレオンと出会った時点で一段落してしまったようなんですが、今のレオンのコレクションはポテトチップの空き袋。そして5年の担任の先生は理科のスパークス先生で、なんと1年間ポテトチップの研究をすることに決定。そしてカボチャ頭の人形がなぜ動かないのか考察した3人の出した結論と、動かすために必要なものを得るための手段は、ポテトチップ選手権に出場すること。レオンはトリビアのためにポテトチップにまつわる様々な雑学を覚えて、味覚テストのためには手に入る限りのポテトチップを分類・整理していくことになります。そんなポテトチップ尽くしの物語。大人も楽しめる児童書、というのも最近多いんですが、これはどちらかといえば、純粋に童心で楽しむ児童書かも。1年間授業がポテトチップのことばっかりだなんて羨ましい~楽しそう~、なんてわくわくしながら読むのが相応しい気がします。

こんなマニアックなポテトチップ話を書く作者のアレン・カーズワイルも、やっぱりマニアックな人なんでしょうねえ。きっとコレクター体質に違いないです。以前カーズワイルの「驚異の発明家(エンヂニア)の形見函」も読んだんですけど、それもこんな風にマニアックでコレクターな作品だった覚えがあるし...。とは言っても、そちらの作品は、実はほとんど覚えてないんですが。年の瀬の慌しい時に読んでしまったせいなのか、文章がイマイチ合わなかったのか、期待したほど楽しめなかったんですよね。しかも、そのまま感想も書きそびれてしまって。今読んだら、またもうちょっと違う感想が出てくるのかなあ。あまりにも忘れてて情けないので、いずれリベンジしてみようと思ってます。その時は、図書館が舞台の「形見函と王妃の時計」も読めるといいな。そちらは図書館が舞台だったはずだし。(創元ブックランド)


+既読のアレン・カーズワイル作品の感想+
「レオンと魔法の人形遣い」上下 アレン・カーズワイル
「レオンとポテトチップ選手権」上下 アレン・カーズワイル

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アミーン・ジャアファリは、ベドウィン(アラブ系遊牧民)出身でありながらイスラエルに帰化し、テルアビブの瀟洒な家で最愛の妻・シヘムと共に裕福で幸せな生活を送る外科医。しかしその幸せな生活は突然終わりを告げます。病院近くで自爆テロが起きたのです。怪我人たちの世話に追われてようやく帰宅したアミーンを待っていたのは、19人の犠牲者が出たその自爆テロの首謀者が妻のシヘムだという知らせ。シヘムが妊婦を装って腹に爆弾を抱えて自爆したのが、確かに目撃されていたのです。呆然とするアミーン。なぜシヘムが幸せな生活を捨ててそのようなことをしなければならなかったのか...。自らの容疑がようやく晴れたアミーンは、学生時代からの友人・キムの助けを借りて、妻の行動について調べ始めます。

幸せな人生だと思い込んでいたアミーンの土台が崩れ落ちる一瞬。その崩落感が見事に表現されている作品。よく知っているはずの自分の夫や妻が、実はまるで知らない面を持っていた、という物語は他にもありますけど、ここでは単に夫婦間の問題だけでなくて、民族的・政治的・宗教的問題も絡まりあうので、話はさらに複雑。しかも自爆テロというのはやっぱり強烈ですよね。妊婦の姿をして爆弾を抱えて自爆するなんて、余程の覚悟がない限りできないはず。幸せにしたつもりの妻にそのようなことをされるだけでも相当の衝撃なのに、徐々に事情が明らかになってきて、アミーンは妻のことを何も理解していなかったことを思い知らされることになります。幸せにしたと思っていたことが、自己満足に過ぎなかったということ。結局のところ、人間は自分の見たいものしか見ないってことなんですねえ。
イスラエルに帰化したアラブ人、という設定が、日本人である私には今ひとつ掴みきれてないとは思うんですが... 「カブールの燕たち」とは段違いに良かったです。(ハヤカワepiブック・プラネット)


+既読のヤスミン・カドラ作品の感想+
「カブールの燕たち」ヤスミナ・カドラ
「テロル」ヤスミナ・カドラ

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タリバン政権下で既に残骸となってしまっている、アフガニスタンの首都カブール。ここに住む42歳のアティクは、刑務所の看守。夜は死刑囚を監視し、昼は彼らを死刑執行人に引き渡すのが仕事。そしてアティクが仕事を終えてようやく家に帰り着けば、妻は重い病気。既に医師からも見放されていました。話を聞いたアティクの幼馴染の友人は、妻を離縁すればいいと言い放ちます。しかしアティクの妻は天涯孤独の身。20年も一緒に連れ添ってきた仲で、しかもアティクの命の恩人なのです。

アフガニスタンが舞台の物語。アフガニスタンが舞台といえば、丁度1年ほど前に読んだカーレド・ホッセイニの「君のためなら千回でも」(感想)もそうでした。あの作品は平和な時代も描いていたんですが、こちらは完全にクーデター後の話。人々の心は既に荒みきっています。教養のある善良な青年までもが思わず売春婦の公開処刑に加わり、投げた石が頭に当たって血が流れるのを見て喜びを感じてしまうほどなんですから。でも、ものすごく良かった「君のためなら千回でも」とどうしても比べてしまって、こちらは物語としてどこか決定的に物足りない...。描きようによってはもっといい作品になったのではないかと思うんですが、小説としては作りこみ不足、まだ小説として昇華されきっていないような気がします。
それでも衝撃といっていいほど印象に残ったのは、イスラム社会の夫婦関係。幼馴染の友人と話してる時は、妻を捨てるつもりはないなんて言って友人に呆れられてるアティクなんですが、いざ家に帰ってみると態度が...! 病気をおして起きだして、家を片付け食事を作る妻に一言のねぎらいの言葉もなく、逆に責めるだけですか。何がどうなっても、悪いのは全て妻? このあくまでも自分中心の思考回路、この亭主関白ぶりは凄すぎます。もうなんだか騙されたような気がしてしまうほど。この表と裏の違いは一体? イスラム関係の本も色々読んだけど、ここまでの夫婦関係が描かれてるのは初めてです。もちろんこれが全てではないでしょうけど、これはかなりの部分で真実なんだろうな。結局のところ、亭主関白に見える夫たちは、自分に甘くて妻に甘えているだけなんでしょうけど...。

このアフガニスタンとイスラエルの作品を書いたヤスミナ・カドラはアルジェリア人。上級将校で、軍の検閲を逃れるために女性名で執筆し、その後フランスに亡命するまで正体不明の作家だったのだそうです。でも実際、この作品はとても男性的だと思いますね。みんな女性作家の作品だと本当に信じていたのかしら。(ハヤカワepiブック・プラネット)


+既読のヤスミン・カドラ作品の感想+
「カブールの燕たち」ヤスミナ・カドラ
「テロル」ヤスミナ・カドラ

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妻のメアリーが引き起こした嬰児誘拐事件がきっかけで、32年間教壇に立ってきた学校をやめさせられることになった歴史教師のトム・クリック。彼は授業のカリキュラムを無視して生徒たちに、自分の生まれ育った沼沢地帯(フェンズ)のことや、自分のこと、家族のこと、先祖のことについて語り始めます。

沼沢地帯(フェンズ)と共に語られていくのは、主人公・トム・クリックの家族とその歴史。両親のこと、「じゃがいも頭」の4歳年上の兄・ディックのこと、10代当時の恋人で今の妻でもあるメアリーのこと、そして祖先のこと。そこで語られているのは10代の赤裸々な真実。特にインパクトが強かったのは、好奇心旺盛なメアリーが主導だった10代の性のこと...! これにはかなりびっくりでしたが、嬰児誘拐事件に始まる話は、殺人もあれば自殺もあり、近親相姦もあり、堕胎もありという、人間に起こりえる様々なドラマを含んだものでした。大河ドラマであり、ミステリでもあり、サスペンスでもあり、かな。1人称で語られていくこともあって、まるで自叙伝を読んでいるような錯覚をしてしまうし、実際にはフィクション作品なのに「事実は小説よりも奇なり」という言葉を思い起こさずにはいられなかったです。歴史の教科書に載っているような無味乾燥なものではなくて、トム・クリックの語る生きた歴史。それこそが「小説」なのかもしれないですね。そんな風に読み手の心にも迫ってくる、大きな力を持った物語でした。(新潮クレストブックス)

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魔使いの弟子となって1年が過ぎ、1年目の課題「ボガート」から2年目の課題「魔女」へ。少し前にペンドルの魔女の力が増しているという報告を受けた魔使いは、魔女と対抗するためにペンドルに行くことを決め、トムはアリスの協力で、魔女から逃げる術をつけるための修行を繰り返していました。その頃、魔使いを訪ねて来たのは、ペンドルの丘の北にあるダウンハム村のストックス神父。かつては魔使いの優秀な弟子であり、しかし修行を終えた後、魔使いではなく教会の仕事を選んだという人物。そしてトムはアリスと共に久しぶりに兄のジャックの農場へと向かいます。しかし納屋は黒く焦げ、母屋の扉は壊れ、兄の家族も家畜もおらず、しかも母親から受け継いだ部屋は開けられて、そこに置かれていたトランクその他の荷物もなくなっていたのです。

魔使いのシリーズの第4弾。
いよいよアリスの親戚の魔女たちもいる、魔女の本拠地・ペンドルへ~。本当に「いよいよ」です。でもいくら優秀な弟子で修行を頑張っているとは言っても、修行2年目のトムにそれほど大きなことができるはずがありません。トムにできることは、自分にとれる最善の道を考え、それを着実に実行することだけ。魔使いやアリス、そして今はいない母親の助けがあってこそ。
今回トムは大切な家族を人質に取られて、かなり辛い思いをすることになります。でも家族の存在がトムにとって弱みであると同時に強さの源ともなっているようで、その辺りがいいですね。自分の仕事と家族のどちらかを選ばなければならないような状況にまで追い詰められる展開もあって、その辺りの対応にトムの精神的な成長も見られます。トムを弟に持ったばかりに、ジャック一家の受難の日々が続くんですが... 今回特に気になったのはエリーのこと。ただでさえ、思わぬ「魔使い」としてのトムの実態に傷ついているエリーなのに、今回のことをきちんと受け止めて消化していけるのでしょうか。もし身体や精神が元に戻れば、ジャックはこのことで大きく好転しそうな気がしますが、エリーはどうなんでしょう。どこか壊れてしまいそうでとても不安。しかし今回初登場の次兄・ジェームズがいい感じ。力強くて、ジャックよりも人間的な大きさを感じます。彼が一緒に暮らすことで、ジャック一家も落ち着くのかも。

このシリーズは最終的にどこまで進むんでしょうね。各巻冒頭にあるような「ウォードストーン」の話までいくとは思ってなかったんですけど... 今回の「魔王」は、やっぱりその話に直結するでしょうし、やっぱりその辺りまでいくのかなあ。でも今のペースで書いてたら、すごい長大なシリーズになっちゃいそう。そうなった時、ちゃんと翻訳が出続けるのかちょっと心配です。(笑)(創元ブックランド)


+既読のジョゼフ・ディレイニー作品の感想+
「魔使いの弟子」「魔使いの呪い」ジョゼフ・ディレイニー
「魔使いの秘密」ジョゼフ・ディレイニー
「魔使いの戦い」上下 ジョゼフ・ディレイニー

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一番最初の記憶は、寝かせられていた部屋の壁紙の色。色に興味を持ち、言葉を学ぶにつれて色のこと徐々に分かっていきます。緑色は嫉妬の色であり、希望の色であり、愛と多産の色。ナポレオンが流刑になったセントヘレナ島で死んだのは、寝室の壁紙に塗られたヒ素系鮮緑の顔料が毒気を発散していたから。1888年8月 27日、クラカトア火山島が噴火崩壊した後、空に輝いていたのは緑色の月。聖霊降臨節が終わってから待降節までの間、司祭が日曜日に着用するのは緑色の祭服。ローマ皇帝ネロが迫害を観覧したのは緑柱石のプリズムを通して。1434年7月20日、フランドルのブリュージュの町に現れたのは、緑色の肌をした男の子と女の子...

「琥珀捕り」と同じく、大きな流れがありつつ、枝葉末節がまたとても楽しい物語。今回は様々な色の乱舞があり、シャーロック・ホームズやコナン・ドイル、ブラウン神父、ウィトゲンシュタイン、メーテルリンク、オスカー・ワイルドその人や作品のエピソードが登場しつつ、様々な聖人たちの話があります。そしてそんな様々な小さな物語の要となっているのが、15世紀の初期フランドル派の画家・ヤン・ファン・エイクの「アルノルフィーニ夫妻の肖像」。ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵のこの絵は、人物像がとても独特で私は薄気味悪さを感じてしまうんですけど... 真ん中の鏡なんかを見ていると、まさにこういった物語を生み出すのに相応しい物語だなあって思いますね。
全体的な作りももちろん面白いんですけど、この作品の一番の魅力はこの枝葉末節な部分の楽しさというのは「琥珀捕り」同様。でも枝葉な部分が大きすぎて、全体的な枠を圧倒して、気がついたらひっくり返されてしまってるんですよね。次から次へと綺麗で楽しい夢を見させてもらっているうちに、はっと気づけばそういうことだったのか... と我に返ることになります。そしてシャムロック・ティーとは。作品そのものに酩酊させられてしまったような読後感。

本を読んでると時々、もう理屈でもなんでもなく「好きーーー!!」となる作品があるんですけど、これもその1つ。そういう作品って読み始めた瞬間、というよりも手に取った瞬間、いやもしかしたら本を目にした瞬間分かりますね。本屋でこの本を見た時、欲しくてたまらなくなりましたよ。その時は「琥珀捕り」も読んでなかったし、キアラン・カーソンという作家も知らなかったのに。でもそういうことってありますよね? そしてそういう直感には素直に従うのが吉。
一般的な意味ですごくいい作品、大好きな作品もいっぱいあるけど、これや「琥珀捕り」は、もうストーリーがとか登場人物がとかモチーフがとか、そういうのを超越したレベルで好きな作品。そんな本、1年に1冊出会えるかどうかだって分からないのに、今年は早くも2冊出会えてしまうなんて... すごいかも。(東京創元社)


+既読のキアラン・カーソン作品の感想+
「琥珀捕り」キアラン・カーソン
「シャムロック・ティー」キアラン・カーソン

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Note


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