Catégories:“2009年”

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ルビコン川を渡ったカエサルと彼に従う第十三軍団は、何の抵抗も受けずに北伊属州と本国ローマをへだてる境界の町・リミニの城に無血入城を果たします。ここで待っていたのは、現職の御民官・アントニウスとカシウス。四千五百ほどの兵しか持たずに、しかも戦闘に不向きな真冬のこの時期にルビコン越えなどしないだろうというポンペイウスと元老院派の予測を完全に覆したカエサル。その後の行動にも迷いがなく、ポンペイウスをはじめとする元老院派の多くが首都ローマを脱出することに。

ハンニバルが言ったという「肉体のほうが先に成長してしまい、内臓の発達がそれに伴わない」という言葉が、その通りなんだなあと実感できてしまう時代。
塩野七生さんのカエサルへの愛情が感じられるのは前巻と同じなんですが、面白さという意味ではこっちの方が上だったかも。前の巻では、「ガリア戦記」以前の話は面白かったものの、肝心の「ガリア戦記」が今ひとつ面白く感じられなかったんですよねえ。それは塩野七生さんがどうこういうよりも、元々の「ガリア戦記」のせいのような気もしますが。というか、それ以前に自分のせいですね、きっと。ガリア人の民族名とか個人名が全然覚えられなかったので... 「ガリア戦記」の簡潔な文章は素晴らしいし、そこからはカエサルの頭の良さがうかがい知れて、そういうところはすごいです。
そして文章的、内容的には「ガリア戦記」に劣るとされているようですが、こちらの「内乱記」の方が、私には読み物としては楽しいようで~。基本的にカエサル視点で描かれているので、ポンペイウスには若干不利なのではないかと思うんですけど、それでもやっぱりカエサルの方が格上ですね。11巻では軍人として、12巻では政治家としてのカエサルの姿が余すことなく描かれていました。戦時では力を発揮しても平時には失策ばかりのアントニウスや、平時には力を発揮できる才能があるのに軍事的才能が乏しいために、軍事的才能が豊かな若者がつくことになったオクタヴィアヌスなどを見てると、カエサルの非凡さがよく分かるー。ほんと先の先まで読んでたんですね。そしてカエサルにコピーライターの才能もあったというのは、まさに!(笑)
カエサルの周囲には様々な人がいたわけなんですが、その中ではキケローの姿が印象に残ります。政治的信条からカエサルの敵にはなっても、友人であることは一貫して変わらなかったというキケロー。知識はあっても先読みができないキケローは、なんだか肝心なところで損してばかりだったようにも見えるんですけど、カエサルの友情を信じながらもドキドキしてるキケローが妙に愛嬌があって可愛いです。書くことが大好きだったというキケローの手紙の書きっぷりも楽しいし。そういうキケローを通して見えてくるカエサルの魅力、というのもいいですね。でもほんとカエサル暗殺は、本当に尻すぼみだったんですね...。これほどまでにお粗末な暗殺だったとは。情けない。(情けないといえばアントニウスやクレオパトラもね)(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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トンネル露地の部屋に姉と2人で暮らしている少年・ピン。姉は売春婦。相手が敵兵でも気にしません。ピン自身はピエトロマーグロの親方の靴屋で働いているはずなのですが、親方は1年の半分は牢屋暮らしをしている状態。結局、たちの悪い悪戯をしたり卑猥な言葉や悪態を吐き散らしながら、大人の世界に首を突っ込む日々。2人の母は既に亡くなり、存命中は訪ねてきていた船乗りの父親も、それ以来すっかり間遠になっていました。ある日酒場の大人たちに、姉の客のドイツ人水兵からピストルを盗んで来いと言われたピンは、姉と水兵がベッドにいる間に部屋に忍び込みます。

第二次世界大戦中のイタリアが舞台に、落ちこぼれのパルチザンの部隊に参加したピンを描く物語。でもファシズムとか、それに対抗するパルチザンの存在は背景に過ぎないような気がします。迫ってはくるんですけど、実際の戦闘場面なんかほとんどないですしね。あくまでもピンの物語。

このピンという少年、大人と対等に付き合ってもらおうとして頑張って背伸びをしてるんですけど、実際にはちゃんと相手にしてくれる大人なんてなかなかいないんですよね。結局ただの悪たれ扱いされてる。だからといって、子供同士の仲間もいないんです。その辺りのお母さん連中は自分の子供に、あんな育ちの悪い子と付き合っちゃいけませんって言ってるぐらいですから。そして気がつけば、ものすごく孤独な存在になってるピン。話すことが下ネタばかりなのは、売春婦の姉と2人の暮らしが長いから。実はその話題しか知らないだけ。しかも大人相手に対等な口を利くためには、際どいことを言って注目を浴びるしかないと思ってるから。だから「ませた子供だ」とかそういうのとは、また全然違う。多少目端が利いてしまうだけに、逆にとても痛々しい。本当は歌がとても上手なので、そういうところで感心させればいいようなものなんだけど...
本当はまだまだ子供なのに、子供らしさが全然ないのは(子供らしさがないだけで、子供っぽさはある)、やっぱり戦争と家庭環境のせいなんでしょうね。せめて母親がもう少し長く生きていれば。それか戦争中でなければ。昨日までの友達が明日は敵になっていたり、味方だと思っていた人物が裏切って何人もの人間が殺されたり、という場面を目の当たりにさせられてしまうピン。戦争って、こんな風にして子供から子供らしさを奪うものでもあるんですね。ピンはどこに行っても居場所を探してます。そんなピンに差し伸べられた手は大きくて暖かかったんですが... 読後に残ったのは、圧倒的な哀しさでした。

でも、以前「カルヴィーノの文学講義」を読んだ時の印象では、この「くもの巣の小道」があんまり重苦しくなってしまったから「軽さ」を目指すことになったのかなって感じだったんですけど、この作品を読んでみるとちょっと印象が違っていてびっくりです。実際には、この作品にも既に十分「軽さ」があるじゃないですか。もちろん十分重くもあるんですけどね。「軽さ」がありながら、その視点は容赦なく実態を抉り出しているという印象です。(ちくま文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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新しい家に引越しした翌日の日曜日、入ってはいけないと言われた壊れかけのガレージの中で彼をみつけたマイケル。両親が家の中にいる隙に懐中電灯を手にガレージに忍び込んでみると、山と積まれた茶箱のうしろの暗い陰に彼は塵とほこりにまみれて横たわっていました。最初はてっきり死んでいると思い込むマイケル。しかし「なにが望みだ?」という声が聞こえてきて... それは「スケリグ」でした。

この表紙に惹かれて手を取る人も多いだろうと思うんですが... 私にとっては逆にこの表紙がネックでなかなか手に取ることのできなかった本です。しかも読み始めて、何度もソーニャ・ハートネットの「小鳥たちが見たもの」を思い出してしまって、そのたびに警戒してしまったし... でもまた全然違う物語でした。良かった...(まだあの時の動揺から立ち直りきれてない私)
主人公のマイケルは、「小鳥たちが見たもの」のエイドリアンみたいに孤独と寄り添っているような少年ではなくて、サッカーと作文が得意な普通の少年。引越しはしたけれど、今までの学校にも通うことができるし、仲の良い友達もいます。でも引越し先の家はまだまだ快適に住めるような状態には程遠くて、しかも生まれたばかりの赤ちゃんは一応退院はしたんだけど、まだまだ予断を許さない状況なんですね。赤ちゃんが心配でマイケルも両親もどこか上の空。

元気なスポーツ少年のはずのマイケルが見せる繊細さも印象に残るんですが、マイケルが引っ越し先で仲良くなるミナという少女がとても魅力的。ミナは学校に行かずに家で母親に様々なことを学んでいて、何事においてもとても独創的だしパワフルなんです。マイケルは彼女に色んなことを学ぶことになるし、意気消沈中のマイケルは彼女にぐいぐいと力強く引っ張られることになります。彼女のこの力強さがあったからこそ、みんな救われることになるんですね。...でもやっぱりミナだけの力ではないですね。読後に一番強く感じたのは、この3人のバランスの良さとでもいうべきもの。誰かが誰かに助けられっぱなしというのではなくて、お互いに助け助けられて、欠けているものを補い合って、「生きる」方向へと向かっているのを感じます。これで1人欠けていたら、もしくは1人がまるで違うタイプの人間だったら、これほどのパワーは発揮されなかったでしょう。そしてどんな結末でもあり得たでしょうね。この作品を「甘(うま)し糧」のような物語にしているのは、3人それぞれの力が「1+1+1=3」ではなくて、もっと大きな力を発揮していたからだと思うのです。

スケリグは一体何者だったんでしょう。イメージとしては、トルストイの「人はなんで生きるか」に登場するミハイルだったんですけど、それにしては埃やアオバエの死骸にまみれた姿で登場するし、食事の場面では品のなさを見せつけてるし、まるで浮浪者みたい。生肉を食べているような息の臭いもありますしね。でもこの物語では、スケリグがミハイルではなかったからこそ、という気がしてならないです。マイケルやミナのように、ありのままのスケリグを受け止められるかどうかが大切だったのかもしれません。(創元推理文庫)

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1986年2月。10歳の時に宇宙飛行士を目指していた両親を失い、母方の祖父に引き取られた少女・サイは、17歳になっていました。母方の祖父は元判事で、引退した後は北ヒマラヤの高地にある古い屋敷に愛犬のマットと料理人と共に暮らす日々。修道学校をやめたサイは近所に住むオールドミスのノニに勉強を習い、やがてノニが科学と数学を教えきれなくなると、家庭教師・ギヤンに数学を習うことに。そんな暮らしにある日侵入してきたのは、判事の狩猟用のライフルを狙ってやって来たネパール系の少年たち。インド、ブータン、シッキムの境界はこの辺りでは曖昧で、ネパール系インド人たちは自分たちの国または自治州を求めて集団で暴動を起こしていました。

中心となる登場人物はインド人ばかりなのに、純粋にインド人らしいインド人がほとんどいないのに、まずびっくり。サラを引き取った老判事は、元々は農民のカーストの貧しい家の出身なのに、頭の良さでケンブリッジ大学に留学したという人物。イギリスにいる間は全然イギリスに馴染めなかったのに、帰国後はまるで自分自身がイギリス人みたいな振る舞いなんです。近所に住んでいてサラの家庭教師を引き受けたノニとローラの姉妹も、経済的に豊かで、特にローラの娘がイギリスのBBCにいることもあって、すっかりイギリス贔屓。そしてそれはサイにも受け継がれています。サイはインド人なのに中身は英国人みたい。インドについてほとんど何も知らないんです。両親と暮らしていたのはロシアだし、インドに戻っても修道学校に入ってたし、両親が亡くなってからは祖父の家に来て、食事も当然のように手づかみではなくナイフとフォークを使いますしね。英国風の紅茶は淹れられても、インド風のチャイの淹れ方は知らないし。老判事の家の料理人は、先祖代々白人に仕えてきたことを誇りにしていたので、勤め始めた時はインド人の主人を不満に思っていたほど。今はアメリカに渡った息子が自慢の種。でもその息子はアメリカに不法滞在して、ニューヨークの飲食店で働いてはクビになるのを繰り返し。周囲にいるのはアジア人やアフリカ人ばかり。インドの歴史に白人がしたことは分かっていても、それでもやっぱり白人に憧れてて、同じアジア人に差別感情を抱いていたりします。みんな欧米文化に対して屈折した憧れを持ってるんです。
それでも、そのまま何もなければ良かったんでしょうけど...
ネパール系インド人たちのゴルカ民族解放戦線(GNLF)の運動に巻き込まれたことが引き金となって、それぞれの不自然さが浮き彫りになっていきます。

「喪失」とひとことで言っても、この作品には色々な喪失が登場すると思うんですけど、一番印象に残ったのは「純粋なインド」の喪失でしょうか。インドは厳格なカースト制度のある国だし、そういう意味でも問題は色々あるんでしょうけど、最初はボタンを掛け違えていただけだっただろうと思うんですよね。でも他国の介入によって、気づけば取り返しのつかないところまで掛け違ってしまっていたという現実に直面させられます。ローラが娘に言ったように、インドは最早「沈みゆく船」で、「扉は永久に開いていない」ようです。
孤独な人々が孤独なまま寄り添って暮らしながら、本質的な孤独からは目を背けているみたい。未来に対する希望も何もないままなのも、綺麗事ではないインドそのままの状況を描いたと言えるのかもしれないですね。(ハヤカワepiブック・プラネット)


+既読のキラン・デサイ作品の感想+
「グアヴァ園は大騒ぎ」キラン・デサイ
「喪失の響き」キラン・デサイ

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タイにやって来るのは、6月はドイツ人、7月はイタリア人、フランス人、イギリス人、アメリカ人、8月は日本人、9月は中国人とオーストラリア人。そして「ぼく」はこの夏、あるアメリカ人の女の子に出会っていました... という「ガイジン」他、全7編の短編集。

タイを舞台にした短編集。タイ人作家の作品を読むのは初めてなんですが、カズオ・イシグロやジュンパ・ラヒリ、チャンネ・リーらと同じように英語で作品を書く作家なんですねー。シカゴに生まれ、タイで育ち、タイの大学とアメリカのコーネル大学で学位を取得後、ミシガン大学大学院のクリエイティブ・ライティング・コースで創作を学んだというインテリ作家。
観光客としてタイを訪れたことはあるし、日本で育ったタイ系の知り合いはいるんですけど、実際にタイの人を知ってるかといわれるとやっぱり「知らない」です。そもそも観光で訪れても、現地に生まれ育つ人々のことを知る機会ってあまりないですしね。彼らにとっても、訪れている観光客は十把一絡げに「観光客」で、それ以上のものでもそれ以下のものでもないでしょうし。そんな、普段なかなか感じることのできない現地の人々の生活や息遣いが直に伝わってくるような短編集。観光客には見えてこない生活がそこにはあるんだな、というごく当たり前のことを思い出させてくれるような作品群です。
でもね、読み終わってみると、やっぱりアメリカで教育を受けてる作家さんなんだなあ、というのも思ってしまいました。ここに描かれているタイ人たちの生活は生々しいようでいて、一番深くて汚い部分は綺麗に覆い隠しているような印象もあって... 現地の人々の生活が見えてくると思ってても、やっぱりそれはちょっと違うのかも、って思ってしまったんです。この短編集の最後に収められている「闘鶏師」なんかは、結構すごいんですけどね... でもどこか最終的な泥臭さが足りないような。そしてそんなところが欧米でベストセラーになった所以なのではないかと思ってみたり。
とは言っても、それでも素晴らしい作品だったと思うんですけどね。短編が苦手な私にも、ものすごく面白かったですし。(ハヤカワepiブック・プラネット)

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アイルランド語の物語を独特の口上で語り始めるのが好きだった父のように話を語り起こせたら。...父が得意だったのは船長もののお話。そのお話は、しばらく聞き入っていて始めてそれが単なる前口上に過ぎず、肝心の物語はまだ始まってないと分かるものだったり、果てしない入れ子構造だったり... 「嵐の夜、ビスケー湾でのこと、船長と船乗りたちが火を囲んで座っていた。突然、ひとりの船乗りが、船長、お話をしてくださいよ、と言った。そこで船長がこんなふうに語りはじめた。嵐の夜、ビスケー湾でのこと、船長と船乗りたちが火を囲んで座っていた。突然、、ひとりの船乗りが、船長、お話をしてくださいよ、言った。そこで船長がこんなふうに語り始めた...」 果てしない入れ子物語の拷問が続くのか、それとも7番目か8番目の船長がお話の中に乗り出していってくれるのか、それは誰にも分からないのです。

AからZまでの章題の元に書かれていく物語。そこに書かれているのは堤防の決壊を食い止めたオランダ人の少年の物語だったり、フェルメールの絵に関する薀蓄だったり、チューリップ狂時代のことだったり、中世の聖人たちの物語だったり、様々な民話だったり、ギリシャ神話やローマ神話のエピソードだったり... アイルランド生まれの作家であり詩人でもあるキアラン・カーソンなので、アイルランドの神話や民話も登場します。そして、それらの物語の語り手も様々。一番の語り手は「わたし」なんですけど、「わたし」の父親が語った物語、その父親の語った冒険王ジャックの物語などなど、どんどん入れ子になっていくという構造。訳者あとがきに「物語の尻取りゲーム」という言葉があるんですけど、まさにその通りですね。ほんのゆるやかな繋がりで物語は広がり発展し続けていきます。作中に出てくるアテネとアリアドネが織り上げる織物のように、様々な物語がそこには描き出されて... そしてそこに点在しているのが、道しるべのようにばら撒かれた琥珀。様々な色彩に溢れた物語を琥珀がゆるやかに結びつけていきます。
これは千夜一夜物語のように一夜に一章ずつ読んでいくのが相応しい作品かも。私も読むのに結構時間をかけたんですが、もっともっとゆっくり読んでも良かったかもーっ。1つの中心となるストーリーがあって展開していくタイプの作品ではないですしね。だからといって、途中から読んでも構わないというタイプの作品ではないのだけど。一旦この世界に迷い込んでしまったら、もう抜けられないというか抜けたくないというか... いつまでも読んでいたかった。ということで、一度読み終わってしまったんですけど、もう一回、26夜かけて1章ずつ読み返していくつもりです。(東京創元社)


+既読のキアラン・カーソン作品の感想+
「琥珀捕り」キアラン・カーソン
「シャムロック・ティー」キアラン・カーソン

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紀元前100年、ローマの貴族の家に誕生したユリウス・カエサル。ローマ史上最大の英雄・カエサルはどのような時代に生まれて、どのような育ち方をしたのか。どのように世に出たのか。前半はカエサルの誕生から若い頃のエピソードを、後半は2000年経っても未だに世界中で読まれている「ガリア戦記」を中心に、有名な「賽は投げられた」のルビコン川までの、カエサルの前半生の姿を描き出します。

再読です。感想は以前書いたので今回は文章の抜書きだけ。塩野七生さんの文章も誰かの発言も入り混じってます。


「人は、仕事ができるだけでは、できる、と認めはしても心酔まではしない。」(8巻P.72)
「きみたちにはわからないのかね、あの若者の中には百人ものマリウスがいることを」(8巻P.79)
「読書の趣味は、経済的に余裕ができたからはじめる、というものではない」(8巻P.121)
「女とは、モテたいがために贈物をする男と、喜んでもらいたい一念で贈物をする男のちがいを、敏感に察するものである。」(8巻P.124)

「敵への不審だけででいる戦争とはちがって、政治は、敵でさえも信頼しないことにはできないのである。」(9巻P.89)
「戦争は、死ぬためにやるのではなく、生きるためにやるのである。戦争が死ぬためにやるものに変わりはじめると、醒めた理性も居場所を失ってくるから、すべてが狂ってくる。」(9巻P.91)

「復讐とは、彼にすれば、復讐に燃える側もその対象にされる側も、同じ水準にいなければ成立不可能な感情なのである。」(10巻P.21)
「だが、わたしが、お前たちの命よりも自分の栄光を重く見たとしたら、指揮官としては失格なのだ」(10巻P.91)
「ゲームと戦争は根本的なところでちがう。ゲームでの駒は思いのままに動かせる木片にすぎないが、戦争での駒は、感情をもつ人間である。ゆえに、形に現れにくく数でも計りがたい要素を、考慮にいれなければ闘えない"ゲーム"なのだ」(10巻P.97)
「他者から良く思われたい人には権力は不可欠ではないが、何かをやり遂げたいと思う人には、権力は、ないしはそれをやるに必要な力は不可欠である」(10巻P.177)
「ここを越えれば人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」(10巻P.234)


前回はこの3冊を読んだ後に「ガリア戦記」にいってしまって「ルビコン以後」は結局読まなかったんですよね。今回はちゃんと読みます。(まだ入手してないけど)でも、同じ戦記でも、私にはカエサルよりもハンニバルvsスキピオの方がずっと面白かったな。やっぱり英雄には好敵手の存在が不可欠。でもカエサルにはカエサルだけで、好敵手と呼ぶのに相応しい人物がいないんですよね。それが物足りないです。(塩野七生さんのカエサルへの愛は十分感じるんですけどねー)(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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