Catégories:“2009年”

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人類の古代史に燦然と輝く2つの叙事詩「イリアス」「オデュッセイア」。しかしその作者とされるホメロスという人物については、未だに生まれた年も生まれた場所も判明していません。「イリアス」はともかく、「オデュッセイア」はホメロスの作品ではないとする説もあります。しかしこの時代に諸国を巡り歩く詩人たちが「イリアス」や「オデュッセイア」となるような物語を歌い上げていたのは確かであり、それらの作品をまとめあげ、内容豊かな叙事詩に仕上げた人物が「ホメロス」とされているのです。このギリシャに生れた盲目の吟遊詩人・ホメロスと彼の2つの主要な作品を、その筋を辿りながら解説していく本。

「イリアス」(感想)「オデュッセイア」(感想)は既に読んでるんですが、先日読んだ「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ物語」での阿刀田高氏独自の視点がとても面白かったし、開眼する部分が多々あったので手に取ってみました... が。
確かにこちらも、すごく読みやすくて分かりやすいです。「イリアス」や「オデュッセイア」に興味がありつつも、ちょっと敷居が高そうで... なんて思ってる人には、入門編として最適でしょうね。こういう本を一回読んでおけば、とっつきにくい叙事詩の間口もぐーんと広がるはず。でも逆に、そういった叙事詩を既に読んでいる場合は... 阿刀田高さんご自身がギリシャやトルコを訪れた時のエピソードも交えて、面白おかしく語られていくし、そういう意味では楽しく読めるんですが... ギリシャ神話関連の本を読んだ時ほどには新鮮味が感じられなかったかも~。それがちょっぴり残念でした。 (新潮文庫)


+既読の阿刀田高作品の感想+
「新トロイア物語」阿刀田高
「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ神話」阿刀田高
「ホメロスを楽しむために」阿刀田高
「旧約聖書を知っていますか」阿刀田高

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10年間かかったトロイア戦争が終結。トロイアの町が陥落し、ギリシャ勢は帰国することに。オデュッセウスも3艘の船に戦利品を満載して家路につきます。しかしポセイドンの怒りを買っていたオデュッセウスが故郷のイタケ島に帰りつくには、さらに10年の歳月が必要だったのです。

「トロイア戦争物語」に引き続き、楽しく読める「オデュッセイア」です。でも面白さで言えば、「トロイア戦争物語」の方が上だったかな...。こちらも面白いことは面白いんだけど、「まあまあ」程度でした。読後、なんで「まあまあ」程度だったんだろうとちょっと考えてしまったんですけど、もしかしたら「オデュッセイア」は、既に完成されていて、あまり手を加える余地がないからかもしれないですね。「トロイア戦争物語」の中心になっている「イーリアス」だと、10年の戦争のうちほんの数週間のことしか書かれていないから、結構前後とか合間とかに付け加える余地があるんです。人間を間に挟んだ神々同士のいがみ合いも、結構ふくらませられるものだし。でも「オデュッセイア」は、そういう意味ではあまりふくらませ甲斐のない作品なのかも。あ、でも回想シーンの多い本家の「オデュッセイア」に比べて、こちらはきちんと時系列順に話が進んでいたので、とても分かりやすくはなってましたが~。

1つ「おっ」と思ったのは、キルケの島でのこと。オデュッセウスの船がキルケの島に着いたあと、乗組員たちは2手に分かれて、半数が島にある城を探りに行くんですね。それは魔女のキルケの住む城なんですが、みんなそんなこととは知る由もなく。で、警戒した1人を除いて、その城でキルケにもてなされることになるんですが... 結局、その人々は豚に変えられてしまうんです。原典では、ごちそうを食べ終わった頃にキルケが杖で人々を触ると豚に変身すると書かれてるだけなんですけど、このエヴスリンの物語では、その前段階としてごちそうを食べる場面があって、それがまるで豚みたいな食べっぷり。まるで「千と千尋の神隠し」の最初の場面みたい! もしや宮崎駿氏はこの作品を読んだのかしら~などと思ってしまったのでありました。(現代教養文庫)


+既読のバーナード・エヴスリン作品の感想+
「トロイア戦争物語」バーナード・エヴスリン
「オデュッセウス物語」バーナード・エヴスリン

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山のような荷物を背負った行商人がやって来たのは、スキュロス島の王城の中にある女たちの館。スキュロス島はかなりの僻地にあり、王女たちは自分たちが都の流行に遅れているのを気にしていたため、行商人が広げ始めた荷物を歓声をあげて取り囲みます。王女たちが夢中になったのは、見事な衣装や宝石。しかし1人だけ、そういった服飾品には目もくれず、剣を掴んで振るい始めた姫がいました。それは少し前から館に滞在していた王女たちの従妹。その姫を見た行商人は、その姫に向かってアキレウスと呼びかけます。その行商人は、実はイタケの王・オデュッセウス。トロイア戦争に勝つためにはアキレウスの存在が必要不可欠なため、探しに来たのです。しかしアキレウスは、この戦いに参加すれば死は免れない運命。そのため母のテティスが女装をさせて、スキュロス王の宮廷に隠していたのでした。

楽しく読めるトロイア戦争。かーなり軽いんですけど、面白いです。作者のバーナード・エヴスリンという人は、ニューヨーク在住の小説家兼劇作家。芝居や映画のシナリオを書いたり演出関係の仕事をしてるそうなんですけど、この作品を読んだ限りでは、テレビのシナリオライターというイメージ! それも視聴者のニーズを敏感にキャッチする、売れっ子シナリオライター。でもその分、やっぱり軽い... たとえば、同じくアメリカ人のトマス・ブルフィンチは、これから英文学を読もうとするアメリカ人のために、気軽に基礎知識を得られる本としてギリシャ・ローマ神話とかシャルルマーニュ伝説の解説本を書いたそうなんですね。どちらもそういった知識を楽しく得られるという取っつきやすい本を書いたという点では、よく似てます。でも多分、ギリシャ神話に対するスタンスは全然違うんだろうなあ。

この「トロイア物語」の中心になってるのは、ホメロスの「イーリアス」。でも他からもかなり色んな話を引っ張ってきてますね。「イーリアス」そのものは、10年間続いたといわれるトロイア戦争の1か月ほどの期間しか描いていないんです。アキレウスの怒りに始まり、ヘクトルの葬儀まで。でもこの作品には、その前後のことも結構書かれてました。トロイア戦争に関する叙事詩は今ではかなり失われて、ホメロスの「イーリアス」と「オデュッセイア」ぐらいしかきちんと読むことができないんですけど、元々は8つの作品が1つの「叙事詩環」を構成して、トロイア戦争の全貌を描きあげるものになってるんですね。その辺りも含めて、一般的に流布してるギリシャ神話やそこから派生した作品も交えて、ついでにエヴスリンのオリジナルもたっぷり交えて書きあげたという感じです。
で、先に「軽い」と書いたんですが、ほんと軽いです。「イーリアス」の重々しさなんて、これっぽっちも感じられないほど。まあ、面白いからいいんですけどね。同じくエヴスリンに「オデュッセイア物語」というのもあるので、そちらも読んでみたくなりました。でも、どこからどこまでがエヴスリンの創作なのか分からないというのは、結構キケンかもしれないですねー。特にアテナによる「英雄作り」、これはきっとエヴスリンによる創作に違いないと思うんですが! これは強烈。こんなのが神話にあると思いたくないし、思ってもらいたくもない...。

そして併せてエヴスリンの「ギリシア神話小事典」も入手しました。まだまだ拾い読みしてる段階なんですが、テレマコスやナウシカアの項に、知りたかったことが色々と書かれていて満足。でも先に「トロイア戦争物語」を読んでしまったから、こういった記述の信憑性もどうしても疑ってかかってしまう私です。「物語」にはオリジナルがいくら入ってもいいと思うんですけどね。「小事典」には創作は入るべきではないと思うし、入ってないと思いたいんですが...。(現代教養文庫)

+既読のバーナード・エヴスリン作品の感想+
「トロイア戦争物語」バーナード・エヴスリン
「オデュッセウス物語」バーナード・エヴスリン

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「まっくろネリノ」の家族は、とうさんとかあさん、そして兄さんが4人。でも父さんも母さんも毎日えさ探しに忙しいし、綺麗な色をした兄さんたちは、ぼくとちっとも遊んでくれないんだ。それは、ぼくだけが真っ黒だから。

またしても、「大人のための絵本の本」(感想)で気になった絵本です。だってだって、色がとっても綺麗なんですもん~。紹介されていたのは、この表紙の絵と、中の鮮やかな黄色地のページ。そして図書館で借りてみたら、やっぱりとっても色が綺麗な絵本でした。全体的な色合いは暗めなんですけどね。それだけに、紹介されていた黄色のページがとても鮮やか! 絵本の作者のヘルガ=ガルラーはオーストリア人。本職はデザイナーで、織物や室内装飾、映画のアニメーションの仕事など幅広く活躍している方なのだそうです。まあ、このネリノの一家が何なのかはよく分からないんですが...。お父さんとお母さんを見る限りでは、鳥なのかな? ネリノ自身は、丁度「まっくろくろすけ」みたいな感じです。(笑)
一人ぼっちで寂しかったネリノが、一人ぼっちじゃなくなるお話。自分の真っ黒な色にコンプレックスを感じていたけど、そんなありのままの自分の良さに気付いて、他のひとにもその良さを認めてもらうことができたというお話。そう言ってしまえば、とても単純なものなんだけど、でもこのネリノが自分の真っ黒さを生かす機智なんかも見せてくれて、それもすごく楽しいんです。
なんだかいいな、この絵本。手元に欲しいな。(偕成社)

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フランス軍が敗北し、プロシャ軍がルアン市に入場。プロシャ軍は厳しい軍規によってこの町を支配するものの、噂になっていたような残虐行為をここでは一切せず、ルアン市民も徐々に平生の姿を取り戻します。ドイツ軍将校のつてを利用して司令官から出発許可証をもらい、10人が大きな乗合馬車で一緒にディエップに向けて出発することに。ブドウ酒問屋を営むロワゾー夫妻、上流階級に属する大物のカレ=ラマドン氏夫妻、ユベール・ド・ブレヴィル伯爵夫妻、修道女2人、共和主義者のコルニュデ、そして太った娼婦... その体つきからブール・ド・シュイフ(脂肪のかたまり)と呼ばれている女性でした。

乗合馬車に乗り合わせた10人の作りだす1つの世界。他にも登場する人間はいますが、中心となるのはあくまでもこの10人だけ。しかしここには、1つの完全な世界が作り出されています。
一言で言ってしまえば、とても嫌な話。そしてとても身につまされる話。でも人間の本当に醜い部分を、こんな風に描きだしてしまうのは、やっぱり凄いなあと思いますね。もしここに自分がいたら、どうなんでしょう。そう思わずにはいられません。心の奥ではダメだと分かっていても、やっぱり安易な方へと流れていってしまうのではないかしら...。誰が入れ替わっても、これ以外の結末というのはあり得ないんじゃないか、そう思えてしまうような、ものすごく底力のある作品。
社会的弱者であり、お上品な人たちに蔑まれる娼婦。でも他人のことを思いやり、我慢するということを知っているのは、みなに蔑すまれる「脂肪のかたまり」だけなんですね。どれほど立派な服装をしていても、教養があったとしても、顔立ちが美しかったとしても、それは単なる外側の飾り物。同じ人間をこんな風に踏みつけにしていいはずがないんだけど... でもこの面々は、目的地に着いて解散した途端、娼婦のことなんて忘れてしまって、きっともう一生思い出さないんだろうな。もしこの物語がキリスト教的寓話なら、最終的に天国の門で聖ペテロにどう扱われるかまで描かれるところですが、そうじゃないですしね。これは現実に起こりうること。他の人々のために自分を殺すことを知っている娼婦だけど、彼女が最終的に救われるとは限らないわけです。だからこそ人生の縮図を感じさせるし、娼婦の思いが一層響いてくるんでしょう。

...それでも俗人どもはまだ仕方ないかも。でもね、この修道女って...!(岩波文庫)

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ローマ帝国の五賢帝の1人、皇帝ハドリアヌスももう60歳。死病に侵されるハドリアヌスがマルクス・アウレリウスに宛てた手紙。そしてそこで語る自らの生涯。

フランスではこの作品の影響で、ハドリアヌス帝が一番人気がある皇帝となったのだそうです。それもなるほどと納得させられてしまうような、無駄がそぎ落とされた美しい文章で構築されていく、静謐で高貴な世界でした。狩とギリシャ文化を愛したハドリアヌス。ヒスパニアに生まれ、ローマで教育を受け、青年時代に軍隊生活が始まり... ハドリアヌスにとっては聡明な守護神だったトライアヌスの妻・プロティナの存在。即位。粛清事件。そして帝国内を視察する旅から旅の生活。塩野七生さんの「ローマ人の物語 賢帝の世紀」(感想)に登場するハドリアヌスとは、ほんの少し印象が違う、でもどちらにも共通しているのは、間違いなく賢帝だったということ。何といっても皇帝在位中の業績が素晴らしいですしね。常に皇帝としての義務を果たしつつ、トライアヌスが拡大した帝国内をくまなく巡察し、既存の公共施設を修理、国境の防衛線を強化、地域ごとの問題を解決してローマ帝国の平和を維持していった人なんですから。

それでも、ユルスナールの作り上げた格調高い世界、そして塩野七生さんが繰り返し書く、現代人にとって理想像のように見えるローマ人の世界を読みながらも、本当にそうだったのかな?という思いもよぎってしまうのを止められない私。というのは、以前読んだペトロニウスの「サテュリコン」(感想)のせいですね。これがもう、ローマ文化の爛熟ぶりが良く分かるというか何というか、もう本当に辟易してしまうほどの退廃ぶりを描いた作品だったので...。
ペトロニウスというのは、ネロ帝時代の文人。ネロ帝の側近だった人なんですね。だから日々ネロ帝の華やかな生活の恩恵を受けていたでしょうし、そういう特殊な部分を描いた作品なのかもしれないんですが... でもローマ人の生活の乱れぶりについては、先日読んだタキトゥスの「ゲルマニア」(感想)にも、ちらりちらりと出てきたんです。この作品は、ゲルマニア地方の風土や、そこに住む様々なゲルマニア系民族の慣習・性質・社会制度・伝承などをローマ人に紹介するもの。なのでローマ人に関してはほとんど書かれていないんですが、品行方正なゲルマン人の暮らしぶりに対して、ローマ人の乱れ切った生活ぶりを嘆くような部分があるんです。このままではいつかゲルマン人にやっつけられてしまうだろう、という不安と。ネロ帝の時代は紀元37年から68年まで。ハドリアヌス帝は117年から138年まで。実際それほど離れているわけではないので、世の中だってそう大きく変わらないはず。タキトゥスの「ゲルマニア」が、その中間の98年に書かれたとされているんだから尚更。

でも... そんなことは既に関係ないんでしょうね。実際のローマ帝国がどうであったにせよ、そんなことは大した問題ではないんでしょう。確かにハドリアヌスだって若い頃から女性関係は結構盛んだったようだし、アンティノウスという美少年を寵愛したりしてるんだけど、それも含めて、ここに描かれているのは、あまりにも美しい世界。もうひれ伏すしかないほどの。ここに描かれたハドリアヌスは確かに生きているし、ユルスナールが描き上げたかったのは、ハドリアヌス帝の姿を借りたこの人物なのだと思えてきます。
ユルスナールは、この作品の構想を20歳から25歳の間に盛ったにも関わらず、実際に今ある状態の作品として書くまでには長い年月を経なければならなかったんだそうです。ああ、分かる気がする...。ユルスナールですら、この物語を書きあげるには、ある程度の年齢を重ねることが必要だったんですね。(白水社)


+既読のマルグリット・ユルスナール作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール
「ハドリアヌス帝の回想」マルグリット・ユルスナール

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魔法の森の王・メンダンバーは、堅苦しい公式の式典に出席させようとしたり、執拗に結婚を勧めたりするエルフのウィリンや口うるさいガーゴイルの目を逃れて、1人城を出て魔法の森へ。魔法の森は、境界線はもちろんのことその地形さえ、前触れもなく頻繁に変わってしまう場所。しかし王であるメンダンバーは、特に何も考えなくても森を自由に出入りしたり、行きたい場所に行くことができる特権を持っていました。それなのに、1時間たっても、目的地の<緑の鏡ヶ淵>に辿りつかないのです。それどころか、本来入ることのできないはずの人間まで魔法の森に入り込んでいるのを発見。そして更に、魔法の森の中にあるはずのない荒地を発見。魔法の森の一部が徹底的に破壊され、何も残っていない状態となっていました。そこにドラゴンのうろこが何枚も落ちているのを見つけたメンダンバーは、偶然出会ったリスのアドバイスを受けて、魔女のモーウェンに会いに行くことに。

魔法の森シリーズの2作目。前回は、ありきたりなお姫さま教育と、世の中の頭の空っぽな王子さまたちにうんざりしているシモリーンが主役でしたが、今回中心となるのは、魔法の森の王・メンダンバー。(ようやく、シリーズ名の「魔法の森」が前面に出てきました) この王さまが堅苦しいことは大の苦手で、「頭は空っぽなのに、自分を魅力的に見せることだけは得意」な世間一般の典型的なお姫さまたちに辟易していて... という、平たく言ってしまえばシモリーンの男性版。1作目と対になってるとも言えるのかな? ...ええと、本当は原書で読むはずだったし、実際読み始めていたんですが... そうこうしてるうちに邦訳が出て、結局そちらを読んでしまいました。(汗)

いやあ、今回も可愛らしかったです~。前作と比べると、ドラゴンの出番がかなり減ってしまってそれが寂しかったし、明るくて魅力的なシモリーンに比べると、どうしてもメンダンバーが見劣りしてしまうし(いい人なんですけどね、シモリーンほどのインパクトはないから)、おとぎ話の王道を捻った設定に関しても、前回ほどのヒットではなかったんですが、それでもやっぱり可愛らしくて楽しくて、このシリーズは大好き。
今回一番面白いなと思ったのは、メンダンバー王の魔法。この人は元々魔法が使えるという人ではなくて(だから魔法使いではない)、王位を継いだ時に魔法の力も受け継いでるんですね。即位した王に、森のすみずみまで網目のように広がっている魔法を感じ取り、使う能力を与えるのは魔法の森そのものなんです。で、メンダンバーは、メンダンバーにしか見えないその魔法の糸に触れたり引っ張ったり捻ったりすることによって、魔法を使うというわけです。魔法の森の外にいる時は糸がないので、色々大変なんだけど。
もちろんシモリーンも登場します。魔女のモーウェンも。新しい仲間もできるし、その仲間が次巻にも活躍してくれそうな予感。3巻目はモーウェンが主役となるようなので、そちらもとても楽しみです。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+
「囚われちゃったお姫さま」パトリシア・C・リーデ
「Dealing with Dragons」Patricia C. Wrede
「消えちゃったドラゴン」パトリシア・C・リーデ

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