Catégories:“2009年”

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初公判予定日の数日前に冠状動脈血栓症で死亡したハンバート・ハンバート。彼は「ロリータ、あるいは妻に先立たれた白人男性の告白録」という原稿を書き上げて弁護士に託していました。ハンバート・ハンバートとは、1910年にパリに生まれた人物。パリで1度結婚するものの離婚して渡米。下宿先のヘイズ夫人の12歳の娘・ドロレス(ロリータ)に少年時代の恋人・アナベルの面影を見て惹かれるものの、ヘイズ夫人と結婚することになるのですが...。

なぜか既視感がとても強かった作品。文庫本の裏表紙にも「ここまで誤解多き作品も数少ない」とあるし、他のところでも「思い描いているのとはまるで違う作品のはず」とか「先入観を覆される作品」みたいなことが書かれてるのを読んだことがあるんですけど、全然違いました。私が思い描いてる通りにどんどん展開していって、なんだか怖いぐらい。この作品は絶対に未読だし、映画も観たことないし、あらすじすら聞いたことないはずなのに、なぜ?!
周知の通り、「ロリータ・コンプレックス」という言葉の元になった作品なんですが、それについては、まあ「オイディプス王」と「エディプス・コンプレックス」よりは近いかなって感じですね。それより、これもまた「信用できない語り手」なんだなあという意味で面白かったです。この物語をロリータの目を通してみると一体どんな物語になるのかしら! そもそもハンバートの目を通して見るロリータは、ちょっぴり下品な小悪魔的魅力なんですけど、実際のところはどうだったのかしらーなんて思っちゃう。どうしても美少女とは思えないんですよねえ。可笑しかったのは、ハンバートがロリータと結婚して子供を作ったら、子供がニンフェットな年齢になった時に自分はまだ男盛りで... なんて考えをめぐらせてたりすること。この妄想振りが可笑しいです。外見にかなり自信があるようだけど、まだまだいけると本気で思ってるのか!(笑) それにしても「ニンフェット」って言葉はすごいですね。この言葉だけで、これほどのイメージの広がりを感じさせられてしまうなんて。
随所にフランス語の会話や言葉遊び、古今の文学からの引用がちりばめられていて、そういう意味でも面白かったです。(新潮文庫)

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夏も終わったある日。るるこはおねえさんと一緒に隣町のおばさんのところに遊びに行くことになります。その時るるこがかぶろうとしたのは、大好きなむぎわらぼうし。でもおねえさんは、もう夏も終わったし、そんなむぎわらぼうしをかぶって行くなら、るるこのことは連れていかない、と言うのです。

もろりんさんに教えていただいた絵本。伊勢英子さんも竹下文子さんも大好きなのに、特に伊勢英子さんの本は全部読みたいと思っていたのに、なんとなくしばらく遠ざかってしまっていて、読むのは久しぶりです。
今は夏といえば暑いというだけで、早く秋になってくれないかなーなんて思ってるだけなんですが、子供の頃の夏のわくわくを思い出すようなお話でした。そして夏の終わりの時のあの微妙な感じも。そうそう、夏の終わりを感じる頃って、なんだか物寂しくなるんですよね。帽子もなんだけど、夏服が仕舞われてしまうのを見るのがなんだか寂しくて。特に子供の頃って毎年のように成長するから、お気に入りだった服もどんどん着られなくなっちゃうし。
そしてこの本では、いつもの伊勢英子さんの絵とはタッチが少し違うと聞いてたんですが、ほんとに違う! びっくりしながら読んでいたら、そこにいきなり目の前に現れた夏の海。お日さまの陽射しが眩しくて、波や水しぶきがきらきら光ってる、まさに夏の海。ああ、やっぱり伊勢英子さんの絵は素敵だなあ。(講談社)


+既読の竹下文子作品の感想+
「風町通信」竹下文子
「木苺通信」竹下文子
「星とトランペット」竹下文子
「窓のそばで」「星占師のいた街」竹下文子
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ

+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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フランシス・オームが住んでいるのは、望楼館と呼ばれる建物。24世帯が暮らせるように設計されているのですが、現在住んでいるのは7人だけ。まずフランシスとフランシスの両親。いつも白い手袋をはめている37歳のフランシスは彫像となりきる仕事をしており、趣味は他人が大事にしているものをコレクションすること。父は椅子に座り続け、母はベッドに寝たきり。そして常に汗と涙を流し続けているピーター・バッグ、部屋に閉じこもってテレビばかり見ているクレア・ヒッグ、まるで犬のような「犬女」、最後は極端に綺麗好きの門番。望楼館はかつては偽涙館と呼ばれた16世紀の荘園の領主館(マナーハウス)であり、オーム家が何世紀にもわたって所有してきたもの。しかし今はオーム家も没落し、現在のこの姿に改装されていたのです。そんなある日、玄関の告知板に18号室に新しい住人が入るというメモ用紙が貼られ、今の静かな生活を失いたくない住人たちは恐慌に陥ります。

ああ、面白かった~。ここ3日間ほど小出しにしながら読んでたんですけど、もう現実の世界に戻って来られなくなりそうになりました。不思議で、でもなぜだかとても馴染んでしまう雰囲気。境目を意識させられるというか。これは好き嫌いが分かれるかもしれないですね。挿絵は作者自身によるものなんだそうで、かなりシュールな人物像がついてます。これを見て思い出したのが、マーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」。タッチは全然違うんですけどね。そしてティム・バートンの世界にも通じるような...。主人公のどこか歪んでいる「物」へのこだわりは「アメリ」を思い出すし。愛し愛されたいとは思っているのに、求めていた形での愛がなかなか得られない人々。
舞台となる望楼館はまるで時間が止まってしまっているような場所。ここに住む人々の時間も止まってしまってるようで、みんなそれぞれに自分の内面にこもって、過去の時間に生きています。かつては素晴らしい邸宅だった望楼館も今は哀しいほどの荒廃ぶりだし、このまま建物も人々もじわじわと消滅していってしまいそうな感じなんですが、そこに登場するのがアンナ・タップという女性。彼女の登場によって、止まっていた時間がまた動き出すことになります。
傷つきやすく臆病な登場人物たちの姿そのままに、物語そのものも少しずつ少しずつ近づいてくるような印象。短い章の積み重ねで丹念に追っていくせいか、全体の長さを感じさせないし、とても読みやすくて~。印象に残る場面が色々あったんだけど、特にフランシスの父と母の意識がそれぞれに過去を辿って最終的に出会う場面が素敵でした。(文春文庫)

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JJ・リディは、両親と妹との4人暮らし。父は詩人で母は音楽家。母の家は代々音楽家の家系で、毎週のようにケイリーと呼ばれるアイルランド伝統のダンスパーティが開かれているのです。JJ自身もフィドルやフルートの演奏者として、ハーリングの選手として、アイリッシュ・ダンスの踊り手として、数々の賞を手に入れてきていました。しかし最近どうにも時間がないのです。父が母と出会い、母の実家の農家に移り住んだ時に夢見ていたのは牧歌的な生活。しかし今では日々農作業に追われ、詩作などまったくする余裕がない状態。そしてリディ家だけでなく、この一帯に住む大人も子供も同じ問題に悩まされていました。

毎日のように時間にに追われて「時間が足りないー」「もっと時間が欲しいー」と言っている現代人は多いはず。という私もやりたいことが多すぎて、1日24時間じゃあ到底足りない状態。でも「時間が足りない」というのは、単なる比喩的な表現での話。1日はちゃんと24時間あると納得した上で、そんなことを言ってます。ま、言ってしまえば、自分の能力を超えて欲張りすぎなんですよね、私の場合は。まさか本当に時間がなくなっているとは考えたこともありません。でもこの作品の中では、本当に時間がなくなってしまうんです。となると、ミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出すんですが、そういうのとはまたちょっと違っていて...。いや、結果としてはかなり似た状況とも言えるんですけど、誰も他人の時間の花を奪おうとしているわけではありませんし。(笑)
アイルランドのファンタジーはチェックしてるつもりでいたんですけど、これはすっかり抜け落ちてました。まさかこんなところにあったとは! この続編の題名が「プーカと最後の大王(ハイキング)」で、それを見るまで全然気づいてなかったんです。まさか「ティル・ナ・ノグ」まで出て来ようととはーっ。時間不足に嘆く普通の世界と時間の存在していないティル・ナ・ノグの関係も面白かったし、それぞれの住人たちがまたいいんですよねえ。そして最初から最後までずっとアイルランドの伝統音楽がずっと流れ続けてるという意味では、以前読んだチャールズ・デ・リント「リトル・カントリー」(感想)みたいな雰囲気。もうほんとリバーダンスが目の前に浮かんできます。色んな曲の楽譜が入ってるので、詳しい人はもっと楽しめそう。そしてスーザン・プライスの「500年のトンネル」(感想)もなんとなく思い出しながら読んでたんですけど、それはこの表紙のせいかな? 前半こそちょっと引っかかる部分もあったんですけど、後半はそんなことなかったし、終わってみれば結構面白かった! 伏線の効いた解決も気持ち良かったので、ぜひ続きも読んでみようと思います~。(創元ブックランド)


+シリーズ既刊の感想+
「時間のない国で」上下 ケイト・トンプソン
「プーカと最後の大王(ハイキング)」ケイト・トンプソン

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トロイア戦争に10年、そしてエーゲ海を彷徨うこと10年。20年の留守の後にオデュッセウスが見出したのは、オデュッセウスだけをひたすら待っていたペネロペイア。従妹であるトロイアのヘレネほど美しくはないものの、ペネロペイアは頭が良く貞節な妻、とホメロスの「オデュッセイア」では伝えられていますが... ペネロペイアと、オデュッセウスの帰還の後吊るし首にされた12人の女中たちが冥界で語る、また別の「オデュッセイア」の物語。

以前読んだ「侍女の物語」がとても面白かったマーガレット・アトウッド。あれは旧約聖書のエピソードを元にしてたんですけど、こちらはギリシャ神話。ホメロスの「オデュッセイア」(感想)です。先日読んだベルンハルト・シュリンク「帰郷者」(感想)に続いての「オデュッセイア」ネタ。ギリシャ・ローマ時代の目ぼしい作品はほとんど読んでしまっているので、こういうところでも読めるなんて嬉しいです~。これは英国のキャノンゲイト社が主催する「新・世界の神話」企画の一環なのだそう。世界の超一流の作家たちによる神話が毎年数作ずつ刊行されて、2038年には100冊目が配本される予定なのだとか。これまた楽しそうな企画ですよね。

で、この作品、ペネロペイアが中心となって語り、その合間に処刑された12人の女中たちがギリシャ悲劇のコロス風に歌い、終盤では現代的な裁判が行われたりと工夫はあるんですが...
うーん、ちょっと描きこみ不足ですかね。どうも圧倒的に枚数が少なすぎた気がします。なんでこんなに軽く流してしまうんだろう? もしかしたら枚数制限でもあったのかな? オデュッセウスの遍歴の中の一つ目の巨人キュクロプスとの戦いが、実は酒場の片目のあるじとの勘定の不払いをめぐる争いだったとか、女神カリュプソとの愛の日々は、実は高級娼館で寄居虫になってただけだったとか、そういうのはいいんですけど... そういうのを出すんであれば、ペネロペイア側もそれに応じてもっと変化させて欲しかったし、それでも敢えて「気高い方のバージョン」を信じるというんだったら、それ相応の作りにして欲しかった気がしますねえ。なんだか中途半端。マーガレット・アトウッドなら本当はもっと全体的に作りこむことができたはずなのに! それだけの力がある人だと思うのに! 目新しさがなくてとっても残念。そもそもこの題名自体、意味が分かりませんよね... このシリーズの他の作品も読んでみようと思ってるのだけど、他のもこんな感じだったら悲しいなー。(角川書店)


+既読のマーガレット・アトウッド作品の感想+
「侍女の物語」マーガレット・アトウッド
「ペネロピアド」マーガレット・アトウッド

+既読の新・世界の神話シリーズ作品の感想+
「ペネロピアド」マーガレット・アトウッド
「永遠を背負う男」ジャネット・ウィンターソン
「恐怖の兜」ヴィクトル・ペレーヴィン

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読売新聞に連載されていたというファンタジー&SF作品の読書案内。「小谷真理のファンタジー&SF玉手箱」からの改題。

語り口からすると小中学生辺りの子供が対象としか思えないんですが、挙げられている作品は大人でも楽しめる作品ばかり。むしろ小中学生にはちょっと手ごわいんじゃ... という作品も混ざっているので、高校生辺りが対象なのかな? ファンタジーやSFの中でも幅広いジャンルから満遍なく選んでいるという印象です。私はファンタジーはともかくとしてSF作品には疎いんですけど、そんな私でも題名を知っている作品ばかりですから、かなりの名作・定番作品のラインナップとも言えそう。
どれも平易な語り口での紹介なのですが、それだけにその本の良さを素直に表しているように思います。そしてポイントを鋭く突いていますね。例えば超定番の筒井康隆「時をかける少女」。これはラベンダーのような香りと共にタイムスリップしてしまうという話。

ラベンダーは、香水に使われる植物の名前ですから、なんだかちょっと大人っぽくてロマンティックな印象がありますね。未知の世界に足をふみこんでしまった少女の冒険物語は、はじめて大人の世界をのぞきこんでしまったときの、あの胸がときめくような、高揚感をもっています。大人になってから昔をなつかしむときには決まって、青春時代の思い出がいちばん強烈に思い出されますから、時間小説と青春小説が重なりあうのはそんなに不思議なことではないのでしょう。子どもから大人になるということ自体が、時間の区切りをジャンプすることなのかもしれませんね。

確かに私もこのラベンダーという言葉にとても惹かれた覚えがあります。この本を読んだ小学生の頃は、ラベンダーの香りなんて知らなかったんですが、知らないなりにも、確かに大人っぽくてロマンティックなイメージがあったし、確かにそういう香りを感じてワクワクしてました。...この本を読んでると、そういう素直なわくわくドキドキ感をいつまでも大切にしたいものだなあと改めて実感してしまいます。
大野隆司氏の猫版画も、それぞれの本の雰囲気がよく出ていて楽しいです。(中央公論新社)


+既読の小谷真理作品の感想+
「ファンタジーの冒険」小谷真理
「星のカギ、魔法の小箱」小谷真理

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東京創元社で刊行中のラング童話集の7冊目。巻によってフランス系のお話が多かったり、北欧系が多かったり、南欧系が多かったりと少しずつ色合いが違うんですが、今回はエストニアやセルビア、リトアニア、ルーマニアといった東欧の話が多くて楽しかったです。民話としてはフランスやドイツ辺りの話が一般的な認知度が一番高いと思うんですけど、どこの話が好きかと言われれば、私は北欧が一番好き。そして東欧も好き。どこがどう違うのかは、読んでいても今ひとつ分かってないんですけどね。全部のお話を混ぜて、好きなのを適当にピックアップしていったら、多分北欧や東欧のお話が集まるはず。
そして今回「おおっ」と思ったのは、スワヒリの話が登場していたこと。「あるガゼルの物語」「人食いヌンダ」「ハッセブの話」の3つがスワヒリの話。でも「あるガゼルの物語」は「長靴をはいた猫」みたいな感じだし、小道具的には確かにアフリカなんだけど、どれも普通にヨーロッパの民話と同じように読めてしまいそうな話。それほどアフリカの特徴が出てるというわけではないです。むしろ王様を「スルタン」と呼んでるので、トルコかペルシャかってイメージになってしまうんですが... これは元々の話が英語で書かれた時点でそうなってしまったということなんでしょうね。...あ、でも今スワヒリって具体的にどこなんだろうと思って調べたら、「スワヒリ」という言葉は、アラビア語で「海岸に住む人」という意味なんだそうです。ということは、アラビア語の「スルタン」という言葉を使うのは、当たらずとも遠からず? スワヒリ語はケニア・タンザニア・ウガンダといった東アフリカの国で公用語となってるようですが、スワヒリという国はないんですね。知らなかった。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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