Catégories:“2009年”

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スカアハの祖母・ドーラの店にいたニコラ・フラメル、スカアハ、ソフィーとジョシュの4人は、ドーラがあけた「レイゲート」を通ってパリへと脱出。ディー博士に追わせまいとドーラがすかさずレイゲートを破壊するものの、ディー博士は軽い切り傷とすり傷だけで逃げだし、パリにいるニコロ・マキャベリに連絡を取ります。マキャベリはすぐさま4人を見つけ出し、ロウのタルパに4人を襲わせ、自分も4人に接触するのですが...。

「アルケミスト 錬金術師ニコラ・フラメル」の続編。伝説の錬金術師ニコラ・フラメルと、世界を救う、あるいは滅ぼす力を持つ双子・ソフィーとジョシュが中心になる物語の第2弾です。
1作目の時は、北欧神話にケルト神話、ギリシャ神話にエジプト神話... と、あまりに範囲が広すぎて節操のない感じも受けてしまったんですけど、2作目では私も既に慣れてしまったらしく(あらら)、まるで違和感を感じないどころか、逆にとても面白かったです~。この作品、神話だけでなくて、歴史上の人物も色々と絡んでくるのも面白いところなんですよね。前回登場の錬金術師・ニコラ・フラメルとその妻・ペレネル、敵のジョン・ディーに加えて、今回登場したのはまずニコロ・マキャベリ。ルネッサンス期のイタリアフィレンツェに生まれて、「君主論」を書いたあのマキャベリです。今はフランスの対外治安総局(GDSC)の長官。そしてサンジェルマン伯爵。魔術師にして錬金術師、発明家であり、音楽家でもある人物。元々時空を超えて存在していた怪人と言われる人物だそうなので、こういった物語にはまさに適役ですね。今の職業はロックスター。(笑) そしてその妻は、オルレアンの乙女・ジャンヌ。いや、もうほんと楽しくて堪りませんー。マキャベリに関しては、敵ながらもなかなかいい味を出しているので、今後の展開もとても楽しみになってしまいます。3作目も早く出ないかしら!(理論社)


+既刊シリーズの感想+
「アルケミスト 錬金術師ニコラ・フラメル」マイケル・スコット
「マジシャン 魔術師ニコロ・マキャベリ」マイケル・スコット

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ノエルは、ソルトマーシュ村の副牧師を務める青年。牧師のクーツさん夫妻はあまり好きではないものの、彼らの姪のダフニと甥のウィリアムは気に入っているし、特にダフニとは恋仲。クーツ家でなかなか居心地の良い日々を送っていました。しかしクーツ牧師の家でメイドをしていたメグ・トスティックに子供ができたことから、クーツ家は大騒ぎとなります。破廉恥な行いが大嫌いなクーツ夫人によってメグは首となり、村の宿屋に滞在して出産を待つことに。メグの恋人は、宿屋のバーテンダー兼用心棒のボブ・キャンディ。しかし赤ん坊の父親はボブではなかったのです。メグは誰が父親なのか頑として口を割ろうとしないどころか、出産後、誰もメグにもその赤ん坊にも会うことができず、村では噂が飛び交います。そんな折、この土地の領主であるサー・ウィリアムの家にミセス・ブラッドリーという小柄で痩せた、眼光の鋭い女性が滞在することになって...

ミセス・ブラッドリーという精神分析医の女性が探偵役を務めるミステリ。でもこれが普通の探偵役とは全然違ーう! このミセス・ブラッドリー、声は綺麗らしいんですが、その外見描写は散々なんですよね。「小柄で、痩せていて、しわくちゃで、顔は黄ばみ、魔女を思わせる黒い目は眼光が鋭く、猛禽の鉤爪のような黄色い手をしていた」とか「トカゲ、というか、鱗に覆われた先史時代の爬虫類みたいで、甲高い、きーきーいう笑い声を聞くと、思わず飛び上がってしまう」とか... ワトスン役のノエル青年も始終ぎょっとさせられてるし、とにかく「胡散臭い」「変人」というのが第一印象。しかも物語自体も一筋縄ではいきません。何が何やらよく分からないうちに事件が起こっていて、気が付けばこのエキセントリックなミセス・ブラッドリーがノエル青年を従えて捜査に乗り出してるし。
とにかく、これまであまり読んだことのないような雰囲気。しかも物語自体に何やら妙な歪みのようなものがあるなあ、なんて思ってたんですが、訳者あとがきに「この作者はわざと強弱の付け方を逆にしてオフビートな世界を創り出しているのだ。グラディス・ミッチェルの面白さとは、盛り上がるべきところで盛り上がらず、本来なら盛り上がるはずのないところで、突如、盛り上がったりする面白さなのである。」と書かれているのを見て納得。そうか、そうだったのか。やっぱりそれがグラディス・ミッチェルの魅力だったんですね。でもやっぱり強烈ですよ、ミセス・ブラッドリーって。もしやグラディス・ミッチェル自身がミセス・ブラッドリーのような女性だった...? なんて思いたくなっちゃう。(笑)
これは慣れれば慣れるほどクセになるかもしれないです... という私も一読した時よりも、感想を書こうと思ってぱらぱらと読み返してた時の方が面白くてハマってしまって、結局また読み直してしまったし。最初に読んだ時はほんと「ワケ分からん」状態だったんですが、後から読み返してみると「そういう意味だったのか!」という文章や会話がいっぱいあって、なんだか作者にいいようにしてやられてしまったみたいです。これはシリーズの他の作品もぜひ読んでみようと思います~。(国書刊行会)

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「私」が感じたのは、ただならぬ水の気配。花冷えがする夜更けだというのに、何者かが川を泳いで渡ろうとしているのです。それは八重子だと直感的に感じる「私」。八重子がとうとう「私」の居場所を突き止めた...。相変わらず溌剌としている八重子に今の自分の姿を見せたくない「私」は、全財産を素早く隠して家を出ます。しかしその晩に限ってやけに体が軽く、じきに逃げようという気が失せ、川べりで八重子を待ち構えることに。そこに現れたのは1匹の大きな海亀でした。それは生と死の間を自由に行き来すると言われる伝説の海亀。「私」は既に死者となっていたのです...。

死者となった「私」が忘れじ川のほとりの草葉町に戻り、八重子や他の家族たちを見つめていく物語。1行の文章(詩?)と、数行の文章が交互に配置されていて、その定期的に現れるその1行の詩のような文章が、ぽつりぽつりと落ちてくる雫のように感じられて、とても印象に残ります。
死者となった「私」は様々な場面を見ることになります。今現在、そしてかつての草葉町の情景が鮮やかに浮かび上がってきて、「私」に何があったのかも徐々に明らかに...。生前の「私」が犯した罪は、やくざな弟に「こんなおれでもそこまで墜ちやしないぞ」と言わせるようなものだし、最初はそんな罪を犯した自分の不甲斐なさばかりが頭にある「私」なんですが、死者となった目で改めて家族の姿を見つめなおしていくうちに、それが自分なりの人生だった、自分らしい生き様だったと受け入れることができるようになるんですね。

去年の暮れに「水の女」というテーマでいくつか本を読んだんですが、この作品の「水」が、その時に読んだ「ペレアスとメリザンド」にものすごく重なりました。話としてはタイプが全然違うのに不思議なんですが。でも全てを受け入れる「水」という意味では同じような気がします。「ペレアスとメリザンド」のメリザンドは、その存在自体が「水」そのもの。そんなことを考えてると、この作品の八重子もまたメリザンドだったような気がしてきます。ああ、八重子もまた。いや、八重子だけではなかったのかしら。なんて思考の中の水に溺れそうになってますが、やっぱり絶えず流れ続ける水は人間の生そのものですね。ここに登場するのは正直あまりいい家族とは言えないけれど、それでも水は何もかもを同じように受け入れてくれるんだなあ。(求龍堂)


+既読の丸山健二作品の感想+
「荒野の庭」丸山健二
「水の家族」丸山健二

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以下の14編が収められた妖精物語集です。
 「妖魔の市」(クリスチナ・ロセッティ)
 「お目当てちがい」(ジョージ・マクドナルド)
 「魔法の魚の骨」(チャールズ・ディケンズ)
 「四人のこどもが世界をまわったはなし」(エドワード・リア)
 「さすらいのアラスモン」(メアリ・ド・モーガン)
 「いないいない姫」(アンドリュー・ラング)
 「王の娘の物語」(メアリ・ルイザ・モールズワース)
 「王さまを探せ マザーグースの国の冒険」(マギー・ブラウン)
 「妖精の贈り物」(F・アンスティ)
 「壺の中のお姫さま」(ラドヤード・キプリング)
 「ヒナゲシの恋」(ローレンス・ハウスマン)
 「ものぐさドラゴン」(ケネス・グレアム)
 「メリサンド姫 あるいは割算の話」(イーディス・ネズビット)
 「魔法使いの娘」(イヴリン・シャープ)

ジョージ・マクドナルドとメアリ・ド・モーガンの2作は既読です。キプリングも、多分。
今回はクリスチナ・ロセッティの「妖魔の市」が目当てで読んだんですが、これが期待に違わず、ものすごく素敵な作品でした。これは、小鬼たちが売っている美味しそうな果物に毎日のように見とれていたローラは、とうとう自分の金の巻き毛で果物を買って食べてしまい... という物語詩。不気味で、でもものすごく魅惑的で、こういうの大好き! これを読めただけでも、この本を読んだ甲斐があったと言えそう。しかも矢川澄子さん訳だし。でももちろんそれだけではなく、他の作品も楽しかったです~。
19世紀に書かれた作品なので、昔ながらの妖精物語を逆手に取ってるのも結構あって、それが楽しいんですよね。良い子の口から出てくる宝石が実は精巧な偽物だったとか、王さまが政府関係の仕事で毎日出勤してるんだけど、その出勤途中で妖精に出会ったりとか。そんな中で私が特に気に入ったのは「メリサンド姫 あるいは割算の話」。
洗礼の祝賀会っていくら気をつけても結局誰か妖精を呼び忘れちゃうし、呼び忘れた妖精に何かしら呪いをかけられて大変なことになっちゃう。それならいっそのこと祝賀会をやめてしまおうということになるんですけど、逆に妖精全員が詰めかけてきて、お姫さまは「ハゲになる」という呪いをかけられてしまうんですね。王さまが以前教母にもらった願い事をとっておいたおかげで、お姫さまは年頃になった時に髪の毛が生えるように願うことができるんですけど、その願いが「わたしの頭に1ヤードの金髪が生えますように。そして、金髪は毎日1インチづつのびて、切った場合にはその二倍の早さでのびますように」というもの。それってまるでねずみ算? おかげでエラいことになるんです... そして後は、さすがネズビットだわという展開に。(笑)
あと「ものぐさドラゴン」なんかも大好き。ケネス・グレアムは「たのしい川べ」しか読んだことなかったけど、他の作品も読んでみたくなりました。そしてもちろん、王道の妖精物語も収められています。「ヒナゲシの恋」なんてとっても可愛かったな。(ちくま文庫)

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イヴがエデンの園の禁断の木の実を食べたのは、蛇のせいではなく、自分で食べようと決めたから。しかし繊維が多くもったりとした果肉、ぼんやりとした甘さはイヴを落胆させただけ。イチジクを食べたことによって空が落ちることはなく、神の怒りを示す雷鳴が鳴り響くこともなく、自分裸なのに気付いて恥ずかしくなることもないまま、イヴは夜になって顔を合わせたアダムにイチジクを食べたことを告白し、イヴを失いたくないアダムもまたイチジクの実を食べることに。そして翌朝、いい加減待ちくたびれた頃に4人の天使たちがやって来て、2人と蛇、そして動物たちをエデンの園から追い出します。

聖書の創世記、アダムとイヴの楽園追放の物語をイヴの視点から描いた作品。創世記を物語にしたといえば、ミルトンの「失楽園」(感想)もそうなんですけど、あちらは堕天使たちがやけにカッコいいとはいえ、かなり正統派ですしね。こちらはまた全然雰囲気が違っていて面白かったです~。
アダムの最初の妻・リリスがエデンの園にいるというのもすごいなあと思ったんですが、それ以上に面白かったのは蛇のこと。ここに出てくる蛇は、まだ今のような蛇ではなくて、人間のような姿。とても興味深いのです。エデンの園の世話をしているのも蛇ですしね。丁度現代の園芸用品みたいな様々な道具を使いこなして様々な果樹の世話をしてるし、そもそも蛇の家の文化的なレベルの高いこと! しかも蛇はイヴに、まだ起きていないノアの箱舟の話やバベルの塔の話を語って聞かせるんです。世界にはまだアダムとイヴとリリスしかいないというのに、いきなり大勢の人間の話なんてされても、イヴには想像もつかないんですが。(笑) その話の中には、イヴ自身の未来の物語も含まれています。そして蛇はイヴに生きていく上で必要な様々なことを教えるんです。来るべき楽園追放の日に備えるかのように。

この物語は、聖書よりももっと様々なエピソードが語られているユダヤの創造神話からできあがったのだそう。ということで、いくつかオススメの参考文献が書かれてたんですけど、これって全然日本語訳が出ていないのでは...。うわーん、読みたい、読んでみたい! 聖書だけじゃどうしても物足りないとは前から思ってたんですよね。でも私が読みたいのは「タルムード」(ユダヤ教の聖典)みたいなのじゃなくて、もっと神話そのもの。何かいい資料はないかしら。(トパーズプレス)

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