Catégories:“小説以外”

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大正から昭和初期にかけては、怪談文芸の黄金時期。その時代に「妖怪(おばけ)の隊長」と呼ばれた泉鏡花、そして名だたる文人墨客・名優たちが中心となり、百物語怪談会が繰り返し催されることになったのだそう。この本はその会の模様、そこで語られた数々の怪談と、そこから誕生した怪談小説や随筆作品を1冊にまとめたものです。

泉鏡花の名前に惹かれてなんとなく買ってしまった本なんですけど、一昨年刊行の特別編「百物語怪談会 文豪怪談傑作選・特別篇」が、やはり鏡花を中心とする顔ぶれの怪談アンソロジーで、こちらはその続編ともいえる本なのだそう。「百物語怪談会」は明治末期の怪談会で、こちらは大正から昭和にかけての怪談会です。

怪談会のメンバーは、泉鏡花、松崎天民、平山蘆江、久保田万太郎、長谷川伸、芥川龍之介、菊池寛、柳田國男、里見弴、長谷川時雨などなど。びっくりしてしまうほどの豪華メンバーによる怪談会は、意外と言っては失礼なんだけど、びっくりするほど面白かったです。そういった怪談会の模様が新聞や雑誌で詳報されたというのも納得できるレベルの高さ。
どれも文字にして読んでしまうとごく短い話ばかりなんですけど、みんな語り上手ですねー。特に印象に残ったのは、妖怪好きの新派俳優・喜多村緑郎の語る悲恋話かなあ。これは泉鏡花によって「浮舟」という作品にも仕立てられて、それもこの本に収められています。そして芥川龍之介や柳田國男も参加している怪談会の実録の面白いことったら。肝心の泉鏡花の存在感が一番薄かったりして...(笑)
怪談といえば、先日「牡丹灯籠」(感想)を読んで、本来怪談の主役かなと思うお化け話がすっかり脇に回ってたのにびっくりしたところ。こちらでは、短いだけあって主役は主役のままなんですけど、それでもやっぱり相手を怖がらせるだけが主眼というわけじゃないんですね。そこはかとない郷愁が漂っていたり、江戸時代の時代物に感じるような人情を感じさせたり。今時のホラーとはまた全然違ってて、なんだかとっても古き良き時代の和やかな(?)怪談という趣があって、そういうところが好きでした。怪談もいいものですね! まず真偽を疑うのではなくて、なんとそんな出来事があったのかと、話を楽しもうという姿勢がまた読んでいて楽しい一因なのかもしれません。...でもそうですか、死神や厄病神らしき姿を見た時は、頑張って睨みつけてやらないといけないんですね。心しておかなくちゃ。(ちくま文庫)


+既読の泉鏡花作品の感想+
「夜叉ヶ池・天守物語」「高野聖・眉かくしの霊」泉鏡花
「泉鏡花短篇集」川村二郎編
「海神別荘」「春昼・春昼後刻」泉鏡花
「鏡花百物語集 文豪怪談傑作選・特別篇」東雅夫編

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北海道の富良野の東大演習林に「えぞ松の更新」を見に行った幸田文さん。北海道の自然は厳しく、えぞ松の種も毎年数知れないほど発芽しても、ほとんどのものは育つことができない状態。しかし倒木の上に着床して発芽したものは、そこでも自然淘汰されるものの、強く幸運な何本かは生き延びることができるのです。それが「えぞ松の更新」。1本の倒木の上に整然と行儀よく並んで立つえぞ松の様子に、知識のない人でも、これがえぞ松の更新だということが分かるのだそうですが...。そんな「えぞ松」ほか、木にまつわる全15編のエッセイ集。

ずっと気になってた本です。ようやく読めました。すごく良かった~。
幸田文さんは、幸田露伴の次女。だから文才がある、というわけでもないんでしょうけど、やっぱり面白かったです。文章の良し悪しというのは私には(いつも)分からないんだけど、読んでいて心地よいリズムがあるし、なんていうか、感性が独特なんですね。言葉への表わし方がものすごく素直ということなのかな。擬態語... というのかよく分からないんだけど、そういうのもとても多くて、初めて聞く言葉なんだけど、それがまたすごく表情豊かで、「言いたいこと、分かる分かるー!」という感じ。
実際に木を見に行けば、そこでもまた一般人とは違う反応を見せます。木の気持ちを汲み取り、推し量り、時には我を通してでもとことんその木の姿を見極めようとする幸田文さん。一番印象に残ったのは、「ひのき」の章に書かれた「アテ」の話。森林に携わる人々がアテのことをさんざん貶すのを見て「木の身になってごらんなさい、恨めしくて、くやし涙がこぼれます」とまで言い、特別にアテを挽くことまで頼み込むのです。実際に挽いている場面でも、アテの猛々しさが伝わってきます。

半分まで素直に裁たれてきた板が、そこからぐうっと身をねじった。裁たれつつ、反りかえった。耐えかねた、といったような反りのうちかただった。途中から急に反ったのだから、当然板の頭のほうは振られて、コンベヤを一尺も外へはみだした。すべて、はっと見ている間のことだった。

これは実は挽いている人にもかなり危険な作業だったのでは...。それでも幸田文さんは、反ったのだからまた矯められるのではないかと考えて、実際に掴んで、その固さを身をもって知らされることになります。

この中で一番古い「えぞ松の更新」は1971年1月、最後の「ポプラ」が1984年6月発表。13年半にもわたって書き継がれたことになるんですね。その間、北海道から屋久島の杉まで、日本国内の様々な木に出会ってきたという幸田文さん。人間は、たとえば杉のように何千年も生きられはしませんが、それでも幸田文さんの長いスパンで物事と付き合っている姿も印象的でした。

住むことにしろ、食べもの着物にしろ、春夏秋冬、四つの季節を経てみなければ、ひと通りのこともわかりはしない。ましてや山や川のようなものは、四季の変化どころではない。朝夕でも晴雨でも姿をかえてみせるのだから、せめて四季四回は見ておかないと、話にならないのだ(P.101~P.102)

ああ、なるほどなあ、って思います。本当にそうですね。(新潮文庫)

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うさぎのぼうや繋がりの絵本が2冊。

「ゆきがやんだら」の方は、夜中に降り始めた雪がまだ降り続いているため、バスが動かなって園はお休み。でも、飛行機が飛ばないからパパが帰って来られない、そんな日のお話。
雪が降ってる時って、なんだかいつもと違う静けさがありますよね。そして夜の一面の銀世界は、音を全部吸い取ってしまいそう。うさぎのぼうやは、きっと「わーい!」なんて歓声をあげながら走っていってると思うのに、そんな声も雪に吸い込まれてしまったみたい。そういう静けさが、絵からとっても伝わってきます。走り回って足跡をいっぱいつけたり、雪でおだんごを作ったり。そんな風に一心に遊ぶ子供を見つめるお母さんの優しく柔らかい視線がまた素敵で、とっても暖かい気持ちになれる絵本です。

そして「ぼく おかあさんのこと...」は、「ぼく おかあさんのこと...」「キライ。」そんな衝撃的(笑)な台詞で始まるお話。
なぜキライかといえば、日曜日の朝はいつまでも寝ていて、ドラマばっかり見てマンガを見せてくれないし、すぐ怒るし、早く早くとせかすくせに自分はゆっくりしてるし、それからそれから... でもそんなことを言いながらも、本当はお母さんのことが大好きなんですよね。そしてお母さんも「ぼく」のことが大好き。そんな気持ちがいっぱい伝わってくる絵本です。うさぎのぼうやは可愛いし、お母さんの表情も豊かで、すご~く語ってるんだけど、私が一番好きなのは違うところ。「ぼくが おおきく おおきく おおきくなっても」というページが大好き! 何度読んでもここでくすっと笑ってしまいます。素敵素敵♪(学習研究社・文溪堂)


+既読の酒井駒子作品の感想+
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「よるくま」「よるくま クリスマスのまえのよる」酒井駒子(「リコちゃんのおうち」)
「ビロードのうさぎ」マージェリィ・W・ビアンコ文・酒井駒子絵訳
「きつねのかみさま」あまんきみこ文・酒井駒子絵
「絵本のつくりかた1」「Pooka+ 酒井駒子 小さな世界」
「ゆきがやんだら」「ぼく、おかあさんのこと...」酒井駒子
「こりゃ まてまて」「ロンパーちゃんとふうせん」酒井駒子
「BとIとRとD」酒井駒子
「赤い蝋燭と人魚」小川未明文・酒井駒子絵
「くまとやまねこ」湯本香樹実文・酒井駒子絵
「金曜日の砂糖ちゃん」酒井駒子
「きかんぼのちいちゃいいもうと」1~3 ドロシー・エドワーズ

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現代、古代のゲルマニアのことについて知ることができる文献といえば、まずユリウス・カエサルの「ガリア戦記」、そしてタキトゥスの「ゲルマーニア」。これは帝政期ローマの歴史家であったタキトゥスによる「ゲルマーニア」です。西暦100年前後に書かれた作品。ゲルマニア地方の風土や、そこに住む様々なゲルマニア系民族の慣習・性質・社会制度・伝承などについて書かれているもの。

いやあ、面白かった! 塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読み進めているので、大体の流れがつかめてるというのが大きいと思うんですけど、ほんと楽しめました。岩波文庫の古典物は基本的に注釈が多いし、これもほんとに注釈のテンコ盛り。時には、注釈ページが章そのものの何倍もの長さの時もあるんですけど! 1章ずつがすごく短くて、その章ごとに注釈が入ってるので、1章読んで続けて注釈を読むと、まるでその章の解題みたいに読めたのも良かったです。
第1部は「ゲルマーニアの土地・習俗」、第2部は「ゲルマーニアの諸族」と分かれていて、「ゲルマーニアの境域」「ゲルマーニアの太古」「ゲルマーニアにおけるヘルクレースとウリクセース」「ゲルマーニーの体質」...などの章が、全部で46章。タキトゥスは実際にゲルマニアを訪れたことがなくて、ここに書かれていることは他者からの伝聞が主らしいし... だから信憑性も疑われていて、実際、ゲルマン民族といいながらケルト民族の話も混ざってたりするんですが、それでもタキトゥスの態度はとてもリベラルだと思うし、何より読み物として面白いから許しちゃう。(許すって)

面白かったのは、ゲルマン民族の金髪碧眼、そして立派な体躯をローマ人(タキトゥスも含めて)が羨んでいたようだということ。そうか、やっぱりそういうのって羨ましいものなんですねー。金髪のカツラなんかもあったみたいですよ! 他民族との婚姻がほとんどなくて、その特徴は純血主義的に保存されていたようです。(それが後の民族主義に繋がるのか、なんて思っちゃうけど) 当時既に爛熟していたローマ人社会とは対照的に、ゲルマン民族は全般的に品行方正な暮らしを営んでいて、不義密通なんかもほとんどなかったようです。破廉恥罪(!)を犯した人物は、頭から簀をかぶせられて泥沼に埋め込まれることに。処罰の執行を見せしめにするべき「犯行」と、隠蔽されるべき「恥行」が区別されてるところも面白いなあ。姦通した女性は、夫によって髪を切られて裸にされて、家を追い出され、鞭を持った夫に村中追い掛け回されたんだとか...。夫を失った女性が再婚ということも、まずなかったようです。でもゲルマン民族といえば、ドイツ人のあの勤勉なイメージが思い浮かぶんですけど、この頃はまだ全然みたい。ゲルマン人の1日は日没に始まって翌日の日没に終り(宴会がメインなのか)、成人男性が好きなのは狩、そして戦争。何もない時はひたすら惰眠をむさぼる生活。朝起きればまず沐浴して食事。ビールやワインを好み、タキトゥスも「彼等は渇き(飲酒)に対して節制がない。もしそれ、彼等の欲するだけを給することによって、その酒癖をほしいままにせしめるなら、彼等は武器によるより、はるかに容易に、その悪癖によって征服されるであろう」(P.108)なんて書いているほど。

巫女のウェレダのエピソードは、密偵ファルコシリーズにも登場してたので懐かしかったし、ゲルマン神話のヴォーダン(北欧神話のオーディン)が、風の神であり、飛業、疾行の神であり、死霊の軍を率いる神だからと、ローマ神話ではそれほど地位の高くない印象のメルクリウス(ギリシャ神話のヘルメス)になぞらえられているのも可笑しいし。(ヘルメスって一応十二神に入るけど、下っ端の使いっ走りのイメージなんだもん ←私は好きなんですけどね) それにオデュッセウスがその漂泊の間に北海やバルト海の方まで流されて、ゲルマーニアの土地を踏んだことがあるんだとか...。オデュッセウス自身の手によって神にささげられた神壇や、ギリシャ文字を彫りこんだ記念碑まで残っているとは、びっくりびっくり。タキトゥス自身は、「わたくしには、こういう事柄を、一々証拠をあげて立証るす気もなければ、敢えてまたこれを否認する心もない。要は人々、各々その性に従い、あるいは信を措き、あるいは措かなければよいのであろう」(P.36~37)と書いてるんですけどね。(この人のこういう態度が好きなんです)
それにしても感じるのは、ローマ人はゲルマン民族にいずれやられるだろうとタキトゥスが強い危惧を抱いていること。悲観的と言ってしまえばそれまでだけど、爛熟・腐敗したローマに対して、素朴な力強さのあるゲルマーニアを認め、賛美しているように感じられる時もありました。ゲルマン民族はタキトゥスにとって「高貴な野蛮人」だったんですね。 (岩波文庫)

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江戸時代。旗本・飯島平左衛門の邸では、正妻亡き後、妾のお国が幅を利かせるようになり、お国と正妻腹の娘・お露との仲は険悪に。そのためお露は女中のお米と共に邸を出て、平左衛門が購入した寮に別居することになります。そして、そんな2人をある日訪れたのは、顔馴染みの医者・山本志丈と、志丈に連れられて来た浪人の萩原新三郎。現在21歳でまだ妻帯していない新三郎はすこぶる美男。お露は新三郎に、新三郎もお露に心を奪われます。しかしなかなか会う機会もないまま、お露は新三郎に焦れ死。お露が亡くなったと聞いて、嘆き悲しむ新三郎。しかしそれから間もなく、新三郎はお米に再会。2人とも元気だったと知り、喜びます。そしてお露は女中のお米と共に、牡丹灯籠を手に毎晩のように通うようになり...。しかし新三郎の世話をしている関口屋伴蔵がこっそり蚊帳を覗くと、そこにいたのは幽霊としか思えない女を抱く新三郎の姿。このままでは命がないと知った新三郎は、良石和尚から金無垢の海音如来をもらい首にかけ、家には魔除けの札を張るのですが...。

人情噺や怪談噺が得意だったという初代三遊亭円朝による創作落語。これは中国明代の小説集「剪灯新話」に収録されている「牡丹燈記」が、落語の演目のために翻案されたもの。でも本来の「牡丹燈記」に由来する部分は全体から見るとほんの僅かなんですね。そのほとんどは円朝自身が作り上げた物語。今や「四谷怪談」や「皿屋敷」と並んで、日本三大怪談とされているんだそうなんですが。
実際に演じられた落語の速記をとって、それを本に仕立てたというものだという説明が序にあるんですが、落語ならではのテンポの良い台詞回しや滑らかな物語の展開がまず見事。怪談としての本筋と言えるお露と新三郎の物語に、飯島家のお家騒動や敵討ち、供蔵とその女房・お峰の因果噺が絡んで、物語は重層的に展開していきます。これほどまでに分厚い物語だったとはびっくりー。私はてっきり怪談部分だけなのかと思ってましたよ。でもその主役のはずの怪談自体は、正直それほど怖くなくて... やっぱり生きている人間の方がよっぽど怖いですね。男と女の色と欲、忠義と裏切り、そして殺人。1つの物語にこれだけのものが盛り込まれて、それでいて最後には綺麗にまとまるというのもすごいなー。これこそが名人の語り口というものでしょうか。落語にしては相当長い話なんじゃないかなと思うんですけど、きっと聞いてた人はもう本当に聞き入ってしまったでしょうね。実際に演じられた高座が見てみたくなるし、今はもう円朝自身による語りが見られないのがとっても残念。いや、他の落語家さんの語りでもいいんですけどね。今度やってるのをみつけたら、ぜひ聞いてみなくては!(岩波文庫)

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美味しいものを食べるのが大好きで、美味しそうな食べ物が出てくる場面を書くのも読むのも大好きだという上橋菜穂子さん。子供の頃から大好きな物語にどんな食べ物が登場したか話し始めたら止まらないぐらいだといいます。そんな上橋さんでも、守り人シリーズや「狐笛のかなた」「獣の奏者」の料理本を作ろうと言われた時は、戸惑ったのだそう。なぜなら、それらの料理は異世界の料理。材料となる魚も肉も実も香辛料もこの世にはないのです。しかし創意工夫が得意な料理人たちによる「チーム北海道」が結成され、物語世界の料理の実現へと動き出します。簡単に手に入る材料を使いながらも創意工夫によって生み出された料理は、きっと物語の中に登場した料理の味に近いはず。そんな数々の料理をレシピ付きで紹介していく本です。

「これがなくっちゃ」「ガッツリいきたい」「ちょいと一口」「心温まる一品」「旅のお供に」「甘いお楽しみ」の6章で紹介される料理は30品目以上。題名こそ「バルサの食卓」ですが、「守り人」シリーズだけでなく、「孤笛のかなた」や「獣の奏者」の食事のシーンも取り上げられています。
物語の一節の引用があって、そして上橋菜穂子さんのエッセイ。子供の頃の思い出からフィールドワークに出ている時の体験談、世界各地を旅した時のエピソード、作品を執筆していた時の思い出。そもそも私はあまり便乗本というのは好きではないし、美味しいものへの欲求もそれほど強くないし、そもそも料理本を作ろうなんて、いかにも~な企画じゃないですか。(失礼な物言いですが) でも、これは思ってた以上に良かったです。料理の写真もとてもいいと思うし、料理そのものも、素朴な物語の世界観をきちんと反映していると思いますね。異世界の料理の割に、どこの家庭にでもありそうな身近な和風素材を使ってるのがアレなんですが... 例えば、もっと東南アジア系の香辛料とか使っても良かったと思うんですが、まあ、身近な素材を使って作る異世界料理というのもアリなんだろうな。その分、レシピとして活用しやすいですしね。それに上橋菜穂子さんのエッセイ部分が、それほど長くはないんだけど、読んでいると物語世界の奥行きをさらに広げてくれるようで良かったです。便乗本であることは確かだとしても、きちんと地に足がついた便乗本というか。(やっぱり失礼な物言いかしら) 正直半信半疑で手に取った本だったんですけど、ちょっとほっとしました。
そして一番食べてみたくなったのは「ノギ屋の鳥飯」と「タンダの山菜鍋」! やっぱり作品の影響か、素朴なものに惹かれます。これなら気軽に作れそう。(ということは、やっぱり身近な素材というのが大きいんだな)(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「精霊の守り人」「闇の守り人」「夢の守り人」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「虚空の旅人」「神の守り人 来訪編」「神の守り人 帰還編」「蒼路の旅人」上橋菜穂子
「天と地の守り人」1~3 上橋菜穂子
「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子
「バルサの食卓」上橋菜穂子・チーム北海道

+既読の上橋菜穂子作品の感想+
「獣の奏者」1・2 上橋菜穂子
Livreに「狐笛のかなた」の感想があります

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ボルヘスによる、古今東西の幻獣案内。キリンやライオンの住む現実の動物園ではなく、スフィンクスやグリュプス、ケンタウロスの住む神話伝説の動物園。

世界中の神話や伝説に語られている幻獣を集めた本。とは言っても、もちろん全てを網羅しているのではなく、そのうちの120ほどが紹介されているに過ぎないのですが... でもボルヘスが編んだというだけあって、私にとってはそのフィルターがとても面白かった本でした。ボルヘス自身が好きな本とか読んでる本まで見えてくるようなんですよね。(というのは、ボルヘスの他の作品でも同じなんだけど) 世界各地の神話や聖書、ヘシオドスの「神統記」やオウィディウスの「変身物語」、ホメロス「オデュッセイアー」、プリニウス「博物誌」、ダンテ「神曲」、アリオスト「狂えるオルランド」、シェイクスピア、「千夜一夜物語」などなどなど。原資料にも私が好きなのがいっぱいあるから、尚更楽しいというわけですが~。そしてこの本の大きな特徴としては、例えばサラマンドラやセイレーン、バジリスク、ミノタウロスといった一般的な幻獣だけでなくて、例えば「カフカの想像した動物」「ルイスの想像した動物」「ポオの想像した動物」なんて、特定の作家が想像して描き出した動物まで載ってること。ルイスの場合、ナルニアシリーズに出てくる「のうなしあんよ」みたいなのじゃなくて、「マラカンドラ」や「ベレランドラ」のシリーズの方から採られてるというのがまた渋い。(笑)
「引用した資料はすべて原典にあたり、それを言語ーー中世ラテン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語ーーから訳出すべく、われわれは最善を尽くした」というのが素晴らしいですー。さすがに中国語や日本語は、原典にまではあたってないようですが。日本からは八岐大蛇が登場。そして中国からは竜や鳳凰、亀、一角獣といった四種の瑞獣を始め、饕餮(トウテツ)なんかも登場。「山海経」と思われる文章も。

いわゆる「辞典」として活用するには紹介されてる幻獣の数もそれほど多くないし(古今東西の幻獣って一体どのぐらいいるんだろう??)、ボルヘスのフィルターがかかりすぎてるでしょうし、もっと流通している、例えば「世界の幻獣が分かる本」的な本の方がいいでしょうけど、こちらはそういった本とはまた全然違う付加価値がありますね。 1969年の序に「誰しも知るように、むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」とありましたが、まさにその通りの書でした。楽しかった!(晶文社)


+既読のホルヘ・ルイス・ボルヘス作品の感想+
「創造者」J.L.ボルヘス
「エル・アレフ」「伝奇集」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
「幻獣辞典」ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ

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