Catégories:“小説以外”

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Boiled Eggs Onlineで連載中だという三浦しをんさんのエッセイ集。三浦しをんさんの本を読むのは初めてです。以前から時々名前を見かけて気になっていたところ、かなめさんが、すごい勢いで読み進めてる! と思ったら、先日のたらいまわし企画「心やすらぐ本」でも、LINさんが「しをんのしおり」を出してらっしゃるし、ざれこさんのところにも「桃色トワイライト」が! そして「しをんのしおり」を早速読まれたというBryumさんからの強力プッシュが...! なんだかすっごく面白そう。ということで、即入手、早速読ませていただきました。(笑)

いやあ、面白かった。読んでいると、なんだか最初、ネットのお友達Hちゃんの文章(大好き!)みたいな雰囲気で、思わずしをんさんのプロフィールをチェックしてしまいましたが...。(^^ゞ 
中でも一番可笑しかったのが、「人生劇場 あんちゃんと俺」の章。友人の「あんちゃん(仮名)」と青山に出かけたしをんさん、表参道のフランス料理店の厨房で働く4人の男を見て、妄想話を繰り広げるんですが、最初は普通に男の職場的なリアルさを出していた会話は、気づけばカ○ネタへと...。それ自体も面白いのに、さらに「あらら、AとDが実はデキてるんだ」「そういうことになりましたね。もう一緒に住んでるみたいだ」という部分に、うぷぷぷぷっ。しかもなぜかそれが「妄想抑止ヘッドギア」の話まで発展してしまうんです。いやーん、可笑しすぎる! あと、「超戦隊ボンサイダー」の章の、京都でいきなりボンザイダーの設定を考えるところも面白かったなあ。これも気づけばカ○ネタへといっちゃうんですよね(^^;。
漫画ネタは、半分ぐらいしか分からなかったのが少し残念だったんですが(こういうのって、元ネタが分からないとちょっとツライですね)、でも面白かったので、ぜひ他の本も読んでみようと思います。次は古本屋の話という「月魚」かな。あ、でも年内は積読本消化に勤しむ予定なので、来年にでも。(新潮文庫)


+既読の三浦しをん作品の感想+
「しをんのしおり」三浦しをん
「月魚」三浦しをん

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以前、「トリエステの坂道」を読んだ時に(感想)、OMBRE ET LUMIERE の37kwさんにお勧めということで教えて頂いたのが、この「ヴェネツィアの宿」。そして合わせて「コルシア書店の仲間たち」「ミラノ 霧の風景」「ユルスナールの靴」。すっかり遅くなってしまったんですけど、そのうちの2冊を読んでみました。

まず「ヴェネツィアの宿」は、日本にいた頃の生活や、須賀さんご自身の日本での家族での思い出を中心に、留学先のフランスやイタリアでのことを書き綴ったエッセイ。心に思い浮かぶまま自由に書きとめられたという感じで、時系列順に並んでいるわけではないのですが、全体としては大きなまとまりを感じさせる1冊。やっぱり須賀さんは、いいですねえ。良いことも悪いことも、真っ直ぐな視線で受け止めて、落ち着いた静かな文章で描き出していくという感じ。特に印象に残るのは、彼女の父親のこと。贅沢が好きで、仕事に身が入らず、家族を置いて1年間ヨーロッパとアメリカに行ってしまったという父親。後に家を出て愛人の元へと行ってしまった彼の姿は、最初は短気で身勝手なイメージばかりだったのですが、やはり父と娘の繋がりは濃かったのですね。最後の「オリエント・エクスプレス」の章でそのイメージが覆されるシーンが堪らなかったです。あと、時代はかなり違うんですが、私も須賀さんと同じ風景を見ていたことがあるので、その部分が特にものすごく懐かしかったし興味深かったです。

そして「コルシア書店の仲間たち」は、ローマに留学していた須賀さんが、コルシア・デイ・セルヴィ書店の一員として加わった頃のことを書いたエッセイ。コルシア・デイ・セルヴィ書店は、書店でありながらただの書店ではなく、左翼系のカトリックの活動の場なんですね。この書店に、階級も職業も人種も年齢も様々な人間が出入りしるんですが、この人々こそが、須賀さんがイタリアで得た初めての仲間。そしてこの書店こそが、イタリアで初めて得た自分自身の居場所。後に須賀さんが結婚するペッピーノ氏も、ここの一員です。このエッセイに登場する人々は、文章を読んでいるだけでも、それぞれに鮮やかに浮かび上がってくるんですが、その中でも一番印象が強かったのは創始者のダヴィデ・マリア・トゥロルド神父。爆撃で瓦礫の山となったミラノの都心を親友のカミッロと一緒にが颯爽と歩いている場面なんて、ほんと目の前に情景が浮かんでくるようでした。でも出会いもあれば別れもあり、須賀さんは最愛の夫を失い。書店の理念も徐々に形を変えて... コルシア・デイ・セルヴィ書店と共に、1つの時代終焉を見たような思いがして切なかったです。

次は「ミラノ 霧の風景」「ユルスナールの靴」を探してみよう。(文春文庫)


+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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ネコ6、ヒト2、イヌ1という家族構成の、米原万里さんの飼い犬、飼い猫エッセイ。
米原万里さんの本を読むのは初めてです。そもそもエッセイってあまり読まないですしね。エッセイも嫌いじゃないし、一時軽くハマってたこともあるんですけど、最近ではオススメされたり貸してもらったりしない限り、積極的には手に取らなくなっちゃいました。(これは!という作家さんのエッセイなら読みますが) というこの本は、母から回ってきた本。多分私が猫溺愛中だから貸してくれたんだろうと思うんですけど、母自身は動物と一線引くタイプ。なんでこんな動物大好き本を読んだのか不思議?。というのはともかく。
いやあ、面白かったです。この原稿を書いてる時の米原さんはロシア語会議通訳だったというのに、まるで本職のエッセイストみたい。嬉しくなったりワクワクしたり、ほろりとしてしまったり... 読みながら何度か吹き出しちゃいましたよ。読みながら思わず拳を握りしめてしまうオオバカ嫁の話(怒)のように胸が痛くなるような話もあるんですけど、最初に猫を拾った時の話や、そこに犬を連れ帰った時のこと、さらにモスクワ出張で一目惚れして連れ帰った猫のことなど、ほんといいんです。それにしても、モスクワの空港のあの愛想のカケラもないようなおねーさんたちが、別人のように愛想がよくなるなんて!(驚)
特に犬のゲンにまつわるエピソードもすごく良くて、もうゲンが大好きになっちゃいました。最初は誰が来ても吠えなかったゲンも、ある日を境に吠えるようになるんですよね。獣医さんの言うその理由がまたなかせるんです。
やっぱり動物はいいですね。という私も、今この文章を打ってる時点で猫が膝の上で寝ていて、しかも左手を枕にしてしまっているので、右手だけでタイピング中。普段よりも3倍ほど時間がかかります。でもいくら不便でも、追い払う気にはなれないんですよね。この温かさは何ものにも替えがたいです♪(文春文庫)


+既読の米原万里作品の感想+
「ヒトのオスは飼わないの?」米原万里
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」米原万里

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朝日新聞の読書欄に連載されていた、辻邦生さん・水村美苗さんの文学をめぐる往復書簡。水村さんの「できれば辻さんには一面識もないままに書いてみたい。新聞紙面でいただくお手紙から想像されるだけの辻さんに宛てて書いてみたい。また、新聞紙面でしか通じ合えないという状況のもとで書き、二人の手紙をより必然的なものにしたい」という言葉から、事前の顔合わせもなく進められたのだそうです。

まず、お2人の文学的素養の深さが素晴らしい! ここで話題に上る作品に対する考察や文学に対する思いなどを読んでいると、自分の読み方がいかに浅いか反省させられちゃいます。同じようにベッドに寝転がってお煎餅を齧りながら読んでいても(比喩です)、なんという違い! しかもお2人の語る文学は、自由自在に古今東西を駆け巡るのですね。水村さんの才気溢れる考察を、辻邦生さんが深い懐で受け止め、さらに発展させていくという感じ。自分が投げかけた話題を相手がどのように受け止めてくれるのか、そしてどのように発展させてくれるのか待ち構える緊張感があって、しかも想像以上の発展を見せてくれた相手に対する素直な感嘆があって、1つの仕事である以上に、楽しんでわくわくしているのが伝わってきます。しかも深く濃い「文学論」でありながら、書簡ということもあって読みやすく分かりやすいんです。その文章の美しいこと。ああ、こういう文章が書けるようになりたい...。
この中で一番印象に残ったのは、トルストイの「イワンのばか」についてでした。「イワンの国の価値は文学を通してしか解せないのに、その国には文学を解する人は入れないのです」という水村さんの言葉。うわあ、確かにその通りですね。これがそんな風に読める物語だったとは... 深いなあ。

本当は水村さんの「続明暗」を読むべく、漱石の「明暗」を読んでいたのですが、ふとこちらを開いてみると止まらなくなってしまって、ついつい先に読んでしまいました。ここに紹介されている本のうち既読は3分の1ほどしかなかったんですが、少しずつでも読んでいきます! 「文学を面白く読めるというのは、『幸福』を知るということと同じ」という水村さんの言葉が素敵です♪(朝日文庫)


+既読の辻邦生作品の感想+
「西行花伝」辻邦生
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗

+既読の水村美苗作品の感想+
「本格小説」上下 水村美苗
「私小説 from left to right」水村美苗
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「日本語が亡びるとき」水村美苗

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おかぼれもんのpicoさんが、たらいまわし企画・第16回「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」で挙げてらした「御馳走帖」と(その時の記事はコチラ)、その時に「猫飼いには必須項目」だと教えて頂いた「ノラや」です。
「御馳走帖」は、食べ物に関する話ばかりぎっしり詰まったエッセイ。食べたい物ばかり78品目も並べ挙げた「餓鬼道肴蔬目録」が圧巻だと伺っていたんですけど、確かに!  「じゆん、じゆん、じゆんと焼け」た油揚げに、すぐにお醤油をかけると「ばりばりと跳ねる」様子もほんと美味しそうだったし、あと、百閒先生の郷里では沢庵のことを「かうこ」と言うんだそうです。「おかうこ、かりかり、お茶漬けさぶさぶ」、美味しそう!
そして特に面白かったのが「百鬼園日暦」。晩酌にも、百閒先生ならではの姿拘りがあるんですね。これが、美味しいお酒なら何でも、っていうわけでもなく... 飲むのは決まって、月桂冠の壜詰か恵比寿麦酒。麒麟麦酒は味がするからダメ。毎日一定の味がすることが大切なので、「特にうまい酒はうまいという云う点で私の嗜好に合はなくなる」んですって。銘酒の生詰を貰った時も、「利き酒としての話なら褒め上げるに吝かではないが、私の食膳には常用の味と違ふと云う点でその銘酒は失格」、そして即料理酒へと... うわー、勿体ない... いや、百閒先生、これだけ食への情熱がありながら、普通の美食家とはまた少し違うところがいいです。いかにも偏屈そうなのに、何ともいえない愛嬌が感じられる文章も素敵。

そして「ノラや」の方は、猫エッセイ。ひょんなことから、ご飯をあげるようになった野良猫の子に「ノラ」と名づけた百閒先生。でも1歳半ぐらいの頃、出かけたきり帰って来なくなっちゃうんですよね。それからが大変。新聞に猫探しの広告を出したり、近所の販売店に折り込み広告を入れてもらったり、外人用に英文のも作ったり... それぞれにかなりの反響があるものの、ノラはなかなか帰って来なくて。
猫は特に好きじゃなかったはずの百閒先生ですが、毎日泣き暮らしてます。これが比喩ではなく、本当に嗚咽してるんです。ちょっと尋常じゃない嘆きぶり。でも気持ちはすごーく分かります...。うちの猫は基本的に家猫だから滅多に外には出さないんですけど、それでも祖母の家にいる時なんかは、どんなところから外に出られるか分からないんで、時々探し回ることになるんですよね。大抵は、名前を呼んでるうちに欠伸まじりに出てくるんですけど、なかなか出てこないとほんと不安になるし、これで外に行ったっきりになっちゃったら、ほんとどうしたらいいか分からないかも... 子供のみたいに泣き続けてる百閒先生の姿が、なんだかとっても身近な人のように感じられました。(中公文庫)


+既読の内田百閒作品の感想+
「夢十夜」「冥途」「猫町」
「ノラや」「御馳走帖」内田百閒

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文芸ポストに連載されていたという竹内真さんのお笑い論。爆笑問題やルミネtheよしもと、テツandトモや高山アナ、伊東四朗や三谷幸喜といった面々の「笑い」について切り込んでいきます。

私は普段ほとんどテレビを見てないので、相当の売れっ子の芸人さんも良く知らなかったりするんですけど、テレビでそういう番組を見てる時って、面白いか面白くないかが全てで、面白ければ反射的に笑うだけですよね。しかもその場だけで、すぐ流れちゃう。でもその「笑い」をきちんと分析すると、こういう姿が見えてくるのかーというのがすごく新鮮でした。例えば爆笑問題とツービートを対比させて。同じ「毒舌」でも、その根底にあるものは全然違っていて、はっきりと社会批判をしているツービートに対して、爆笑問題の笑いは、竹内さんいわく、風刺ではなく「物語」への笑い。偶然同じように2001年のえひめ丸沈没事件を扱ってるのがあるんですが、比べてみると実はものすごーく違うのが分かって面白いです。(ここでは具体的な違いについては書けないけど...)
ただ漫然とテレビを見て笑ってるだけでは、なかなか気付かない部分なんじゃないかと思いますが、読んでるともう本当に納得。いやー、目からウロコが落ちました。(小学館)


+既読の竹内真作品の感想+
「図書館の水脈」竹内真
「真夏の島の夢」竹内真
「じーさん武勇伝」竹内真
「自転車少年記」竹内真
「笑うカドには お笑い巡礼マルコポーロ」竹内真
「オアシス」竹内真
「ワンダー・ドッグ」竹内真
「ビールボーイズ」竹内真
「シチュエーションパズルの攻防」竹内真
Livreに「粗忽拳銃」「カレーライフ」「風に桜の舞う道で」の感想があります)

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シャンソン歌手の石井好子さんが、昭和38年に出されたという料理エッセイ「巴里の下オムレツのにおいは流れる」と、去年出たそのレシピ版。画像はレシピ版の方なんですけど、この表紙を見てるだけでもそそられませんか~?(でもちょっと色が暗いですね... 本物の方がずっと素敵です) エッセイ本の方は、Amazonでもbk-1でも画像がなくて残念。こちらもとっても可愛いのです。
白系ロシア人のマダムのアパートに住んでた頃に食べたというオムレツや、アメリカで食べたスパニッシュ・オムレツ、ロシアふうの卵「エフ・ア・ラ・リュス」、パリのヴェベールという店で食べた「ヴェベールの卵」、女優トルーデ・フォン・モロの家で食べた半熟卵と油で揚げた食パンのミミ... 卵料理だけをとっても次から次へと登場。どれもそれほど凝ったものじゃなくて、むしろ日常生活の中で簡単に作れるような気軽なお料理がほとんどなのに、そこにほんの一手間かけるだけで、おもてなし料理としても通用するようになるんですね。私の場合、いつもなら直接写真を見るよりも、美味しそうな文章を読んでいる方が想像がどんどん膨らんで好きなんですが、でも今回2冊合わせて見るのもすごく楽しかったです。レシピ版の写真に写ってるお料理の小物なんかもすごく素敵だし。そしてお料理と共に語られる、石井さんのパリにいた頃の思い出話も楽しいんですよー。60年代の巴里の街角の雰囲気が感じられます。「巴里の屋根の下」の歌が聞こえてきそう。(あれは1930年の映画ですが)
今度スタッフ・ド・トマトとレタススープを作ってみようかな♪

これは、先日のたらいまわし企画第16回「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」で、Cross-Roadの瑛里さんが出してらした本。(瑛里さんのその時の記事はコチラ) いやー、ほんと美味しそうな本でした!(暮らしの手帖社・扶桑社)

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