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日本の伝統的な色の辞典。
色の名前とその由来、それらの色の元になる自然界の原料、その組み合わせや染め方、色と色との微妙な違いのこと、歴史の中でのその色の扱われ方や著者の考察・推論などが、色見本と共に紹介されていきます。

「辞典」ですし、最初は本当に辞典のように自分の興味のある色についてその都度ピックアップして読もうと思っていたんですが、説明の文章の思わぬ読み応えに、結局最初から最後まで通して読んでしまいました。いやあ、勉強になるし、何より面白い! 日本の色らしく、万葉集や古事記、源氏物語や枕草子など日本の古典文学からの記述も多いです。その中でも特に目立つのは源氏物語。この本に引用されている源氏物語の中の色にまつわる文章を見ていると、平安時代の雅びな文化を再認識してしまいますね。やっぱり平安時代の貴族って物質的にも精神的にも豊かだし、美意識も高いなあ。色の名前ももちろん素敵だし、そんな色に心情を託すのも素敵。色という視点から源氏物語を改めて読んでみたくなってしまいます。あとは、もちろん中国絡みのエピソードも多いですし... でも中国ならお隣だし、歴史的にも付き合いが長いので分かるんですが、ヨーロッパやアジア諸国、たとえば古代ギリシャ・ローマ、古代エジプト、さらにはアンデス文明やマヤ・アステカ文明にまで話が及ぶにつれ、著者の見識の豊かさに驚かされてしまいます。そして古代ギリシャ・ローマ帝国の帝王の衣服の象徴的な色となった帝王紫、貝からとる紫色の話については、リンゼイ・デイヴィスの密偵ファルコシリーズにも書かれていたので、なんだか嬉しくなってしまったり。
実際に著者の工房で染められたものが見本として採用されているようです。それぞれの色の見本はもちろんのこと、日本の四季を豊かに表現する襲の色目の美しいこと! それぞれの色に縁の品々の写真などもオールカラーで収められているので、眺めているだけで楽しめますし、じっくりと読めば一層楽しい1冊です。(紫紅社)

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こういう本の感想は滅多に書かないんですけど... 手芸家の高橋恵美子さんのエッセイです。

子供の頃から物を作るのが大好きで、手芸に限らず常に色んなものを作ってきた私なんですが、今まで針と糸の縫い物だけは相性がイマイチ、とずっと思っていたんですよね。ミシンなんて持ってないし買う予定もナシ。布を裁断するなんて大の苦手。これから先も縫い物は必要最低限しかしないだろうと思っていたんですが...。
最近、自分でもちょっと針と糸に対して気持ちが和らいでるのを感じてはいたんです。(笑)でも縫い物の本は大抵ミシンで作るのが前提。確かに布の大きさや何やかやはミシンでも手縫いでも一緒だし、基本的に「縫う」という作業も同じはず。でも、なんか億劫... だったんですよね。そんな時に見つけたのが手縫いオンリーのバッグの本。丁度18色の糸セットを入手していたこともあって(本来は違う用途のためだったんだけど)、すっかりハマってしまいましたよ! それから半月ほどで、バッグを4つと共布のポーチその他をざくざくと作ってしまったほど。
「基本からはじめる手ぬいのバッグ」と「手ぬいでチクチクやわらかいバッグ」には、「手縫い」という言葉からはちょっと想像できなかったような素敵なバッグが沢山紹介されています。しかも綺麗な色糸のステッチをポイントにして見せてしまうのが可愛くて~♪ このセンスに心がぐぐっと鷲掴みにされちゃいました。そしていざ作り始めてみると、説明がとても分かりやすくて案外すいすいと作れるし。

とは言っても、普段ならそんな風にハマってもエッセイまでは読まないと思うんですけどね。バッグの本で既に感じるものがあったせいか、こちらにまで手を伸ばしてしまいました。んんー、やっぱりいいかも。たとえばなぜミシンじゃなくて手縫いなのかという部分では、私も似たようなことを感じていたし。確かにミシンの方が丈夫に綺麗にしかも速く縫えるでしょうけど、手縫いのちくちくと縫い進める感覚の方が私には合ってると思うし、手縫いならではの柔らかい仕上がりも好き。縫いながら微妙な加減ができるところもいいし、両手の範囲内で細々と作業するのも好き。ミシンの出し入れに関しては私も億劫と思うだろうし、それで結局縫い物から遠ざかってしまうなんて、いかにもありそう。(笑)

この本の中の「色いろふきん」という章に、傍に白い布を置いておいて、残り糸がでた時にちょこちょこと刺しておくと自然に布巾が出来てしまう...というエピソードがありました。これを読んだ時にいいなあ私もやりたいなあと思ったんですが、実際にその布巾の写真を見てみると、ほんとすごく可愛い! せっかく綺麗な色の糸を使ってるんだし、私も今日からやってみようっと。(主婦と生活社)


ちなみに↓の2冊もここ数ヶ月のマイブーム。トルコの女性がかぶるスカーフにつける縁飾りのことを「オヤ」と言うんですが、左の「ビーズの縁飾り」は、そのオヤのうちビーズを使ったボンジュックオヤにヒントを得ている本。基本的にレース編みの技法で作っていきます。そして右の「トルコの可憐な伝統レース イーネオヤ」は、縫い針と糸で編んでいくイーネオヤの本。どっちもものすごく可愛いんです♪
 

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中国古典の中から365の言葉を選び、1年365日毎日一言ずつ紹介していくという形で構成された本です。何がきっかけで私ってばこんな本を買ったんだっけ、と思いつつ、ずーっと積みっぱなしなので読んでみたんですが...
うーん、様々な名言を知るという意味では良かったんですけど、あまり私向きの本ではなかったみたい。これって一種のビジネス書ですよー。現在管理職にある人間や経営者、あるいはそういった地位を目指す人が読むべき本なのでは。というか、毎日の言葉そのものがそうだというわけではなくて、その言葉に対する解説が思いっきり管理職 and 経営者向けなんです。
改めてアマゾンの紹介を見てみると

先人の英知の結晶である中国古典指導者の心得から処世の知恵に至るまで、ビジネスマンが気軽に読め、かつ実践に役立つ珠玉の言葉、365篇を平易に解説。

やっぱりビジネスマン向けの本だったのかーっ。

ちなみに今日5月11日の言葉は礼記から、「細人の人を愛するや姑息を以ってす」。
「細人」は君子の反対で詰まらない人間という意味。本当は次のような対句になっているのだそうです。

君子の人を愛するや徳を以ってし
細人の人を愛するや姑息を以ってす。

言葉通りに取れば愛の深さの違いって感じですが、君子と細人とでは人間のレベルが違うということだとのこと。
まあ、日付と言葉に特に関連はないんでしょうけどね。(笑)(PHP文庫)

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ウンベルト・サバ、ジュゼッペ・ウンガレッティ、エウジェニオ・モンターレ、ディーノ・カンパーナ、サルヴァトーレ・クワジーモドという20世紀を代表する現代イタリアの5人の詩人たちについて書いた「イタリアの詩人たち」、そして須賀敦子さんによる翻訳で、「ウンベルト・サバ詩集」「ミケランジェロの詩と手紙」「歌曲のためのナポリ詩集」。

「須賀敦子全集」のほとんどがエッセイだったんですが、この第5巻は須賀敦子さんによる翻訳が中心。最初の「イタリアの詩人たち」こそ現代詩人たちの紹介と批評になってるんですが、それ以降は全て翻訳です。でも読んでいて、これこそが須賀敦子文学の原点なんだなあという感じでした。やっぱりイタリアの文学、特に詩を愛していたからこそ、エッセイのあの文章が生まれてきたんでしょうね。
そして「イタリアの詩人たち」は、特に須賀敦子さんの核心に迫る部分なのではないでしょうか。5人の詩人たちの作品とその魅力が、それぞれに美しく透明感のある、1人1人の詩人に相応しい言葉で翻訳されていきます。私はあまり詩心がないんですけど、それでもやっぱり須賀敦子さんの言葉は沁みいってくるものがありますねえ。声に出して朗読してみたくなります。そして私が特に気に入ったのは、精神分裂症のために放浪と病院生活を繰り返しながら散文詩を書いていたというディーノ・カンパーナの作品。散文なので分かりやすいという部分もあるんですけど、とにかく美しい! 須賀敦子さんも書いてますが、狂気の中に生きていたからこそ純粋に詩の世界を追求することができたというのは、やはり詩人として幸せなことだったのでしょうね。もっと色んな作品を読んでみたいな。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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「いろいろ月記」は、バッグアーティストの中林ういさんが、4月は「草のみどり」、5月は「空のあお」というように月ごとのテーマカラーを決めて、その時々の自然の情景や、それらの情景に触発されて作った手作りの物を紹介したりしていく本。見慣れた聞き慣れた行事でも、ちょっとした思い付きのイベントでも、ほんの少しの手作りで一層楽しく素敵になるんですよね。こういうのは、毎日をただ「忙しい~」と慌しく過ごしているとできないワザだな。(「忙しい」っていう言葉は、一回口にするごとにテキメンに心をなくしていくように思えてイヤ) しかも中林ういさんが、ごく自然体のままで色んなことを楽しんでるって感じなのが素敵。(何事においても、どこか気負ってるのを感じさせる人って見ていて痛々しくなっちゃう) その時々に披露される中林家にまつわるエピソードも楽しいものばかりだし、読んでいると自分もゆったりとした気分で日本の四季を楽しみたくなります。
そして「サルビア歳時記」は、木村衣有子さんの文章、セキユリヲさんのイラスト、徐美姫さんの写真で、こちらも素敵なんですよ~。その月ごとの花や行事、料理、季語、その月に相応しいかさね色などが紹介されていく本です。かさね色では、その季節の花の美しい色そのものだけでなく、色あわせも楽しめるところがポイントですね。おお、こういう色合わせができるんだ、綺麗! と新鮮な気持ちで眺めたりなんかして。その月に忘れないようにしたい三箇条が書かれているところも楽しいし。ただ、見た目にも色彩を楽しめるように作られている本なのに、最後の3月の章だけは白黒なんですよね。予算の関係なのかもしれませんが、せっかくなのに残念。

以前読んだおーなり由子さんの「ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記」(感想)も可愛かったけど、私の好みとしてはこんな風に月ごとになってる方が、心地よく季節のうつろいが感じられて好きかも。そしてこの2冊、表紙の色のトーンがとてもよく似ていて、まるで双子本みたいなんです。この画像からは分かりにくいんですが、「いろいろ月記」の表紙の実の色が「サルビア歳時記」の地の色とほとんど同じだし。同じ日にこの2冊を手に取るというのもすごいなあ、なんて並べて眺めながらほけほけと感じていたり。(PHP研究所・ピエ・ブックス)

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「自負と偏見」や「エマ」などの作品群で、一貫して18世紀の上中流(アッパーミドルクラス)の人々を描き続けたジェイン・オースティン。そんなジェイン・オースティンが親しかった姉・キャサンドラなどに送った書簡集。

この本を読むと、ジェイン・オースティンって筆まめだったんだなあと思っちゃうんですけど、これでもかなりの数が失われてしまっているのだそう。姉のキャサンドラは晩年ジェインの手紙を読み返して、人の目に触れて欲しくない手紙を燃やし(姪のキャロラインの回想では「その大部分を燃やし」と表現されているとのこと)、残したものでも不適当と感じた箇所は切り取ってしまったのだそうです。なんてこと! でもその頃はイギリスもヴィクトリア朝に入っていて、すっかりお堅い雰囲気になっていたでしょうしね。ジェインの若い頃(ジョージ3世時代)の自由闊達な雰囲気は既にあまりなかったでしょうし... まあ、気持ちは分からないでもないです。読めないのは残念ですが、残っている手紙だけでも当時の中流階級の人々の日々の暮らしが分かって楽しいんだから良しとしなくては。ちなみに当時の手紙は今の電話のような感覚とありましたが... むしろメール感覚ですかね?

そして一読しての印象は、意外と辛辣なことを書いているということ。特に「綺麗で軽薄な蝶々?」と題された20代の手紙を集めた第1章での

シャーボーンのホール夫人は、予定日の数週間前に死産してしまいました。何かショックを受けたからだということです。うっかり夫の姿を見てしまったのでしょう。

このくだりにビックリ。ひえー、凄いこと言いますね。ここまでキツいブラックユーモアは他の手紙には見当たらなかったので、キャサンドラが燃やしたり切り取ったりした手紙には、こういった類のことが多かったのかも。こういうことを書く人だったのかあ。
作品の中では一貫して「品」にこだわり続けたジェイン・オースティンですが、作中でほとんど全部の登場人物たちの欠点をさらけ出しているように、手紙でも辛辣な人物観察は留まるところを知らなかったようです。そして、ジェイン・オースティンの素顔は、どうやら「マンスフィールド・パーク」のファニーのような、あるいは「分別と多感」の姉のエリナーのようなタイプではなくて、恋をした時はむしろエリナーの妹のマリアンタイプ。「エマ」の主人公・エマような早とちりも多かったんじゃないかしらと思うんですが、一番近いのは、やっぱり「自負と偏見」のエリザベス? この本の前に読んだのが「マンスフィールド・パーク」だったので、どうもそのイメージが強いんですけど、やっぱりあんな地味なタイプではないですよね。(笑) 完全無欠ではないからこその茶目っ気が可愛らしいです。(岩波文庫)


+既読のジェイン・オースティン作品の感想+
「自負と偏見」オースチン
「エマ」上下 ジェイン・オースティン
「分別と多感」ジェイン・オースティン
「マンスフィールド・パーク」ジェイン・オースティン
「ジェイン・オースティンの手紙」ジェイン・オースティン
「説きふせられて」ジェーン・オースティン
「ノーサンガー・アベイ」ジェーン・オースティン

+既読のジェイン・オースティン関連作品の感想+
「ジェイン・オースティンの読書会」カレン・ジョイ・ファウラー

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NHKのラジオ中国語講座に1年半に渡って連載したという「中国古今人物論」を加筆修正したもの。「劉備」「仙人」「関羽」「易的世界」「孫子」「李衛公問対」「中国拳法」「王向斎」の8章に分けて、「中国」というキーワードのみで興味に任せて綴っていった、中国に関する「雑多な読み物」。

最初は人物伝でいくつもりだったらしくて、三国志で有名な「劉備」に始まり、その後も「仙人」や「関羽」とくるんですが、ふと気がつけば、話は易や兵法、そして拳法へ... 一読した印象は雑多というよりも何というよりも「アンバランス」でした。でもね、人物伝で通してもおそらく面白い読み物になったとは思うし、実際、関羽が理想的な神さまになってしまう話なんかも面白かったんですけど、この辺りはどちらかといえば、不特定多数の読者のために広く浅く読みやすい物を書いたという感じ。それよりも本文の半分近くを占めている「中国拳法」と「王向斎」の章がやけにマニアックで面白かった! 中国拳法に特化してしまうと、ラジオ講座の連載にはあんまり相応しくないかもしれないですけど、これだけで1冊書いてしまっても良かったのでは? なんて思ってしまうほど。やっぱりこの方は、あんまり型にはめたようなことをしない方が力を発揮するタイプの作家さんなんでしょうねー。しかもこの「中国拳法」や「王向斎」の章は、そのまま小説のネタになりそうなエピソードがいっぱい。いつか本当に小説で読める日が来るのかも?(笑)
あと私が気になったのは、「李衛公問対」。これは唐の時代に李世民(太宗皇帝)とその重臣・李靖が対談したという体裁の兵法書なんですけど、実際には兵法オタクが書いた本らしいです。そういう存在って、いつの時代にでもあるものなんですねー。諸葛亮のあの計略は実際にはどんなものだったんだ...?みたいなやり取りもあったみたい。ちょっと読んでみたくなっちゃいました。(文春新書)


+既読の酒見賢一作品の感想+
「陋巷に在り」1・2 酒見賢一
「陋巷に在り」3・4 酒見賢一
「陋巷に在り」5・6 酒見賢一
「陋巷に在り」7・8 酒見賢一
「陋巷に在り」9・10 酒見賢一
「陋巷に在り」11・12 酒見賢一
「陋巷に在り」13 酒見賢一
「語り手の事情」酒見賢一
「聖母の部隊」酒見賢一
「ピュタゴラスの旅」酒見賢一
「泣き虫弱虫諸葛孔明」酒見賢一
「中国雑話 中国的思想」酒見賢一
Livreに「後宮小説」「墨攻」「童貞」「周公旦」の感想があります)

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