Catégories:“小説以外”

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大正から昭和初期にかけては、怪談文芸の黄金時期。その時代に「妖怪(おばけ)の隊長」と呼ばれた泉鏡花、そして名だたる文人墨客・名優たちが中心となり、百物語怪談会が繰り返し催されることになったのだそう。この本はその会の模様、そこで語られた数々の怪談と、そこから誕生した怪談小説や随筆作品を1冊にまとめたものです。

泉鏡花の名前に惹かれてなんとなく買ってしまった本なんですけど、一昨年刊行の特別編「百物語怪談会 文豪怪談傑作選・特別篇」が、やはり鏡花を中心とする顔ぶれの怪談アンソロジーで、こちらはその続編ともいえる本なのだそう。「百物語怪談会」は明治末期の怪談会で、こちらは大正から昭和にかけての怪談会です。

怪談会のメンバーは、泉鏡花、松崎天民、平山蘆江、久保田万太郎、長谷川伸、芥川龍之介、菊池寛、柳田國男、里見弴、長谷川時雨などなど。びっくりしてしまうほどの豪華メンバーによる怪談会は、意外と言っては失礼なんだけど、びっくりするほど面白かったです。そういった怪談会の模様が新聞や雑誌で詳報されたというのも納得できるレベルの高さ。
どれも文字にして読んでしまうとごく短い話ばかりなんですけど、みんな語り上手ですねー。特に印象に残ったのは、妖怪好きの新派俳優・喜多村緑郎の語る悲恋話かなあ。これは泉鏡花によって「浮舟」という作品にも仕立てられて、それもこの本に収められています。そして芥川龍之介や柳田國男も参加している怪談会の実録の面白いことったら。肝心の泉鏡花の存在感が一番薄かったりして...(笑)
怪談といえば、先日「牡丹灯籠」(感想)を読んで、本来怪談の主役かなと思うお化け話がすっかり脇に回ってたのにびっくりしたところ。こちらでは、短いだけあって主役は主役のままなんですけど、それでもやっぱり相手を怖がらせるだけが主眼というわけじゃないんですね。そこはかとない郷愁が漂っていたり、江戸時代の時代物に感じるような人情を感じさせたり。今時のホラーとはまた全然違ってて、なんだかとっても古き良き時代の和やかな(?)怪談という趣があって、そういうところが好きでした。怪談もいいものですね! まず真偽を疑うのではなくて、なんとそんな出来事があったのかと、話を楽しもうという姿勢がまた読んでいて楽しい一因なのかもしれません。...でもそうですか、死神や厄病神らしき姿を見た時は、頑張って睨みつけてやらないといけないんですね。心しておかなくちゃ。(ちくま文庫)


+既読の泉鏡花作品の感想+
「夜叉ヶ池・天守物語」「高野聖・眉かくしの霊」泉鏡花
「泉鏡花短篇集」川村二郎編
「海神別荘」「春昼・春昼後刻」泉鏡花
「鏡花百物語集 文豪怪談傑作選・特別篇」東雅夫編

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北海道の富良野の東大演習林に「えぞ松の更新」を見に行った幸田文さん。北海道の自然は厳しく、えぞ松の種も毎年数知れないほど発芽しても、ほとんどのものは育つことができない状態。しかし倒木の上に着床して発芽したものは、そこでも自然淘汰されるものの、強く幸運な何本かは生き延びることができるのです。それが「えぞ松の更新」。1本の倒木の上に整然と行儀よく並んで立つえぞ松の様子に、知識のない人でも、これがえぞ松の更新だということが分かるのだそうですが...。そんな「えぞ松」ほか、木にまつわる全15編のエッセイ集。

ずっと気になってた本です。ようやく読めました。すごく良かった~。
幸田文さんは、幸田露伴の次女。だから文才がある、というわけでもないんでしょうけど、やっぱり面白かったです。文章の良し悪しというのは私には(いつも)分からないんだけど、読んでいて心地よいリズムがあるし、なんていうか、感性が独特なんですね。言葉への表わし方がものすごく素直ということなのかな。擬態語... というのかよく分からないんだけど、そういうのもとても多くて、初めて聞く言葉なんだけど、それがまたすごく表情豊かで、「言いたいこと、分かる分かるー!」という感じ。
実際に木を見に行けば、そこでもまた一般人とは違う反応を見せます。木の気持ちを汲み取り、推し量り、時には我を通してでもとことんその木の姿を見極めようとする幸田文さん。一番印象に残ったのは、「ひのき」の章に書かれた「アテ」の話。森林に携わる人々がアテのことをさんざん貶すのを見て「木の身になってごらんなさい、恨めしくて、くやし涙がこぼれます」とまで言い、特別にアテを挽くことまで頼み込むのです。実際に挽いている場面でも、アテの猛々しさが伝わってきます。

半分まで素直に裁たれてきた板が、そこからぐうっと身をねじった。裁たれつつ、反りかえった。耐えかねた、といったような反りのうちかただった。途中から急に反ったのだから、当然板の頭のほうは振られて、コンベヤを一尺も外へはみだした。すべて、はっと見ている間のことだった。

これは実は挽いている人にもかなり危険な作業だったのでは...。それでも幸田文さんは、反ったのだからまた矯められるのではないかと考えて、実際に掴んで、その固さを身をもって知らされることになります。

この中で一番古い「えぞ松の更新」は1971年1月、最後の「ポプラ」が1984年6月発表。13年半にもわたって書き継がれたことになるんですね。その間、北海道から屋久島の杉まで、日本国内の様々な木に出会ってきたという幸田文さん。人間は、たとえば杉のように何千年も生きられはしませんが、それでも幸田文さんの長いスパンで物事と付き合っている姿も印象的でした。

住むことにしろ、食べもの着物にしろ、春夏秋冬、四つの季節を経てみなければ、ひと通りのこともわかりはしない。ましてや山や川のようなものは、四季の変化どころではない。朝夕でも晴雨でも姿をかえてみせるのだから、せめて四季四回は見ておかないと、話にならないのだ(P.101~P.102)

ああ、なるほどなあ、って思います。本当にそうですね。(新潮文庫)

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うさぎのぼうや繋がりの絵本が2冊。

「ゆきがやんだら」の方は、夜中に降り始めた雪がまだ降り続いているため、バスが動かなって園はお休み。でも、飛行機が飛ばないからパパが帰って来られない、そんな日のお話。
雪が降ってる時って、なんだかいつもと違う静けさがありますよね。そして夜の一面の銀世界は、音を全部吸い取ってしまいそう。うさぎのぼうやは、きっと「わーい!」なんて歓声をあげながら走っていってると思うのに、そんな声も雪に吸い込まれてしまったみたい。そういう静けさが、絵からとっても伝わってきます。走り回って足跡をいっぱいつけたり、雪でおだんごを作ったり。そんな風に一心に遊ぶ子供を見つめるお母さんの優しく柔らかい視線がまた素敵で、とっても暖かい気持ちになれる絵本です。

そして「ぼく おかあさんのこと...」は、「ぼく おかあさんのこと...」「キライ。」そんな衝撃的(笑)な台詞で始まるお話。
なぜキライかといえば、日曜日の朝はいつまでも寝ていて、ドラマばっかり見てマンガを見せてくれないし、すぐ怒るし、早く早くとせかすくせに自分はゆっくりしてるし、それからそれから... でもそんなことを言いながらも、本当はお母さんのことが大好きなんですよね。そしてお母さんも「ぼく」のことが大好き。そんな気持ちがいっぱい伝わってくる絵本です。うさぎのぼうやは可愛いし、お母さんの表情も豊かで、すご~く語ってるんだけど、私が一番好きなのは違うところ。「ぼくが おおきく おおきく おおきくなっても」というページが大好き! 何度読んでもここでくすっと笑ってしまいます。素敵素敵♪(学習研究社・文溪堂)


+既読の酒井駒子作品の感想+
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「よるくま」「よるくま クリスマスのまえのよる」酒井駒子(「リコちゃんのおうち」)
「ビロードのうさぎ」マージェリィ・W・ビアンコ文・酒井駒子絵訳
「きつねのかみさま」あまんきみこ文・酒井駒子絵
「絵本のつくりかた1」「Pooka+ 酒井駒子 小さな世界」
「ゆきがやんだら」「ぼく、おかあさんのこと...」酒井駒子
「こりゃ まてまて」「ロンパーちゃんとふうせん」酒井駒子
「BとIとRとD」酒井駒子
「赤い蝋燭と人魚」小川未明文・酒井駒子絵
「くまとやまねこ」湯本香樹実文・酒井駒子絵
「金曜日の砂糖ちゃん」酒井駒子
「きかんぼのちいちゃいいもうと」1~3 ドロシー・エドワーズ

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現代、古代のゲルマニアのことについて知ることができる文献といえば、まずユリウス・カエサルの「ガリア戦記」、そしてタキトゥスの「ゲルマーニア」。これは帝政期ローマの歴史家であったタキトゥスによる「ゲルマーニア」です。西暦100年前後に書かれた作品。ゲルマニア地方の風土や、そこに住む様々なゲルマニア系民族の慣習・性質・社会制度・伝承などについて書かれているもの。

いやあ、面白かった! 塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読み進めているので、大体の流れがつかめてるというのが大きいと思うんですけど、ほんと楽しめました。岩波文庫の古典物は基本的に注釈が多いし、これもほんとに注釈のテンコ盛り。時には、注釈ページが章そのものの何倍もの長さの時もあるんですけど! 1章ずつがすごく短くて、その章ごとに注釈が入ってるので、1章読んで続けて注釈を読むと、まるでその章の解題みたいに読めたのも良かったです。
第1部は「ゲルマーニアの土地・習俗」、第2部は「ゲルマーニアの諸族」と分かれていて、「ゲルマーニアの境域」「ゲルマーニアの太古」「ゲルマーニアにおけるヘルクレースとウリクセース」「ゲルマーニーの体質」...などの章が、全部で46章。タキトゥスは実際にゲルマニアを訪れたことがなくて、ここに書かれていることは他者からの伝聞が主らしいし... だから信憑性も疑われていて、実際、ゲルマン民族といいながらケルト民族の話も混ざってたりするんですが、それでもタキトゥスの態度はとてもリベラルだと思うし、何より読み物として面白いから許しちゃう。(許すって)

面白かったのは、ゲルマン民族の金髪碧眼、そして立派な体躯をローマ人(タキトゥスも含めて)が羨んでいたようだということ。そうか、やっぱりそういうのって羨ましいものなんですねー。金髪のカツラなんかもあったみたいですよ! 他民族との婚姻がほとんどなくて、その特徴は純血主義的に保存されていたようです。(それが後の民族主義に繋がるのか、なんて思っちゃうけど) 当時既に爛熟していたローマ人社会とは対照的に、ゲルマン民族は全般的に品行方正な暮らしを営んでいて、不義密通なんかもほとんどなかったようです。破廉恥罪(!)を犯した人物は、頭から簀をかぶせられて泥沼に埋め込まれることに。処罰の執行を見せしめにするべき「犯行」と、隠蔽されるべき「恥行」が区別されてるところも面白いなあ。姦通した女性は、夫によって髪を切られて裸にされて、家を追い出され、鞭を持った夫に村中追い掛け回されたんだとか...。夫を失った女性が再婚ということも、まずなかったようです。でもゲルマン民族といえば、ドイツ人のあの勤勉なイメージが思い浮かぶんですけど、この頃はまだ全然みたい。ゲルマン人の1日は日没に始まって翌日の日没に終り(宴会がメインなのか)、成人男性が好きなのは狩、そして戦争。何もない時はひたすら惰眠をむさぼる生活。朝起きればまず沐浴して食事。ビールやワインを好み、タキトゥスも「彼等は渇き(飲酒)に対して節制がない。もしそれ、彼等の欲するだけを給することによって、その酒癖をほしいままにせしめるなら、彼等は武器によるより、はるかに容易に、その悪癖によって征服されるであろう」(P.108)なんて書いているほど。

巫女のウェレダのエピソードは、密偵ファルコシリーズにも登場してたので懐かしかったし、ゲルマン神話のヴォーダン(北欧神話のオーディン)が、風の神であり、飛業、疾行の神であり、死霊の軍を率いる神だからと、ローマ神話ではそれほど地位の高くない印象のメルクリウス(ギリシャ神話のヘルメス)になぞらえられているのも可笑しいし。(ヘルメスって一応十二神に入るけど、下っ端の使いっ走りのイメージなんだもん ←私は好きなんですけどね) それにオデュッセウスがその漂泊の間に北海やバルト海の方まで流されて、ゲルマーニアの土地を踏んだことがあるんだとか...。オデュッセウス自身の手によって神にささげられた神壇や、ギリシャ文字を彫りこんだ記念碑まで残っているとは、びっくりびっくり。タキトゥス自身は、「わたくしには、こういう事柄を、一々証拠をあげて立証るす気もなければ、敢えてまたこれを否認する心もない。要は人々、各々その性に従い、あるいは信を措き、あるいは措かなければよいのであろう」(P.36~37)と書いてるんですけどね。(この人のこういう態度が好きなんです)
それにしても感じるのは、ローマ人はゲルマン民族にいずれやられるだろうとタキトゥスが強い危惧を抱いていること。悲観的と言ってしまえばそれまでだけど、爛熟・腐敗したローマに対して、素朴な力強さのあるゲルマーニアを認め、賛美しているように感じられる時もありました。ゲルマン民族はタキトゥスにとって「高貴な野蛮人」だったんですね。 (岩波文庫)

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江戸時代。旗本・飯島平左衛門の邸では、正妻亡き後、妾のお国が幅を利かせるようになり、お国と正妻腹の娘・お露との仲は険悪に。そのためお露は女中のお米と共に邸を出て、平左衛門が購入した寮に別居することになります。そして、そんな2人をある日訪れたのは、顔馴染みの医者・山本志丈と、志丈に連れられて来た浪人の萩原新三郎。現在21歳でまだ妻帯していない新三郎はすこぶる美男。お露は新三郎に、新三郎もお露に心を奪われます。しかしなかなか会う機会もないまま、お露は新三郎に焦れ死。お露が亡くなったと聞いて、嘆き悲しむ新三郎。しかしそれから間もなく、新三郎はお米に再会。2人とも元気だったと知り、喜びます。そしてお露は女中のお米と共に、牡丹灯籠を手に毎晩のように通うようになり...。しかし新三郎の世話をしている関口屋伴蔵がこっそり蚊帳を覗くと、そこにいたのは幽霊としか思えない女を抱く新三郎の姿。このままでは命がないと知った新三郎は、良石和尚から金無垢の海音如来をもらい首にかけ、家には魔除けの札を張るのですが...。

人情噺や怪談噺が得意だったという初代三遊亭円朝による創作落語。これは中国明代の小説集「剪灯新話」に収録されている「牡丹燈記」が、落語の演目のために翻案されたもの。でも本来の「牡丹燈記」に由来する部分は全体から見るとほんの僅かなんですね。そのほとんどは円朝自身が作り上げた物語。今や「四谷怪談」や「皿屋敷」と並んで、日本三大怪談とされているんだそうなんですが。
実際に演じられた落語の速記をとって、それを本に仕立てたというものだという説明が序にあるんですが、落語ならではのテンポの良い台詞回しや滑らかな物語の展開がまず見事。怪談としての本筋と言えるお露と新三郎の物語に、飯島家のお家騒動や敵討ち、供蔵とその女房・お峰の因果噺が絡んで、物語は重層的に展開していきます。これほどまでに分厚い物語だったとはびっくりー。私はてっきり怪談部分だけなのかと思ってましたよ。でもその主役のはずの怪談自体は、正直それほど怖くなくて... やっぱり生きている人間の方がよっぽど怖いですね。男と女の色と欲、忠義と裏切り、そして殺人。1つの物語にこれだけのものが盛り込まれて、それでいて最後には綺麗にまとまるというのもすごいなー。これこそが名人の語り口というものでしょうか。落語にしては相当長い話なんじゃないかなと思うんですけど、きっと聞いてた人はもう本当に聞き入ってしまったでしょうね。実際に演じられた高座が見てみたくなるし、今はもう円朝自身による語りが見られないのがとっても残念。いや、他の落語家さんの語りでもいいんですけどね。今度やってるのをみつけたら、ぜひ聞いてみなくては!(岩波文庫)

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美味しいものを食べるのが大好きで、美味しそうな食べ物が出てくる場面を書くのも読むのも大好きだという上橋菜穂子さん。子供の頃から大好きな物語にどんな食べ物が登場したか話し始めたら止まらないぐらいだといいます。そんな上橋さんでも、守り人シリーズや「狐笛のかなた」「獣の奏者」の料理本を作ろうと言われた時は、戸惑ったのだそう。なぜなら、それらの料理は異世界の料理。材料となる魚も肉も実も香辛料もこの世にはないのです。しかし創意工夫が得意な料理人たちによる「チーム北海道」が結成され、物語世界の料理の実現へと動き出します。簡単に手に入る材料を使いながらも創意工夫によって生み出された料理は、きっと物語の中に登場した料理の味に近いはず。そんな数々の料理をレシピ付きで紹介していく本です。

「これがなくっちゃ」「ガッツリいきたい」「ちょいと一口」「心温まる一品」「旅のお供に」「甘いお楽しみ」の6章で紹介される料理は30品目以上。題名こそ「バルサの食卓」ですが、「守り人」シリーズだけでなく、「孤笛のかなた」や「獣の奏者」の食事のシーンも取り上げられています。
物語の一節の引用があって、そして上橋菜穂子さんのエッセイ。子供の頃の思い出からフィールドワークに出ている時の体験談、世界各地を旅した時のエピソード、作品を執筆していた時の思い出。そもそも私はあまり便乗本というのは好きではないし、美味しいものへの欲求もそれほど強くないし、そもそも料理本を作ろうなんて、いかにも~な企画じゃないですか。(失礼な物言いですが) でも、これは思ってた以上に良かったです。料理の写真もとてもいいと思うし、料理そのものも、素朴な物語の世界観をきちんと反映していると思いますね。異世界の料理の割に、どこの家庭にでもありそうな身近な和風素材を使ってるのがアレなんですが... 例えば、もっと東南アジア系の香辛料とか使っても良かったと思うんですが、まあ、身近な素材を使って作る異世界料理というのもアリなんだろうな。その分、レシピとして活用しやすいですしね。それに上橋菜穂子さんのエッセイ部分が、それほど長くはないんだけど、読んでいると物語世界の奥行きをさらに広げてくれるようで良かったです。便乗本であることは確かだとしても、きちんと地に足がついた便乗本というか。(やっぱり失礼な物言いかしら) 正直半信半疑で手に取った本だったんですけど、ちょっとほっとしました。
そして一番食べてみたくなったのは「ノギ屋の鳥飯」と「タンダの山菜鍋」! やっぱり作品の影響か、素朴なものに惹かれます。これなら気軽に作れそう。(ということは、やっぱり身近な素材というのが大きいんだな)(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「精霊の守り人」「闇の守り人」「夢の守り人」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「虚空の旅人」「神の守り人 来訪編」「神の守り人 帰還編」「蒼路の旅人」上橋菜穂子
「天と地の守り人」1~3 上橋菜穂子
「流れ行く者 守り人短編集」上橋菜穂子
「バルサの食卓」上橋菜穂子・チーム北海道

+既読の上橋菜穂子作品の感想+
「獣の奏者」1・2 上橋菜穂子
Livreに「狐笛のかなた」の感想があります

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ボルヘスによる、古今東西の幻獣案内。キリンやライオンの住む現実の動物園ではなく、スフィンクスやグリュプス、ケンタウロスの住む神話伝説の動物園。

世界中の神話や伝説に語られている幻獣を集めた本。とは言っても、もちろん全てを網羅しているのではなく、そのうちの120ほどが紹介されているに過ぎないのですが... でもボルヘスが編んだというだけあって、私にとってはそのフィルターがとても面白かった本でした。ボルヘス自身が好きな本とか読んでる本まで見えてくるようなんですよね。(というのは、ボルヘスの他の作品でも同じなんだけど) 世界各地の神話や聖書、ヘシオドスの「神統記」やオウィディウスの「変身物語」、ホメロス「オデュッセイアー」、プリニウス「博物誌」、ダンテ「神曲」、アリオスト「狂えるオルランド」、シェイクスピア、「千夜一夜物語」などなどなど。原資料にも私が好きなのがいっぱいあるから、尚更楽しいというわけですが~。そしてこの本の大きな特徴としては、例えばサラマンドラやセイレーン、バジリスク、ミノタウロスといった一般的な幻獣だけでなくて、例えば「カフカの想像した動物」「ルイスの想像した動物」「ポオの想像した動物」なんて、特定の作家が想像して描き出した動物まで載ってること。ルイスの場合、ナルニアシリーズに出てくる「のうなしあんよ」みたいなのじゃなくて、「マラカンドラ」や「ベレランドラ」のシリーズの方から採られてるというのがまた渋い。(笑)
「引用した資料はすべて原典にあたり、それを言語ーー中世ラテン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語ーーから訳出すべく、われわれは最善を尽くした」というのが素晴らしいですー。さすがに中国語や日本語は、原典にまではあたってないようですが。日本からは八岐大蛇が登場。そして中国からは竜や鳳凰、亀、一角獣といった四種の瑞獣を始め、饕餮(トウテツ)なんかも登場。「山海経」と思われる文章も。

いわゆる「辞典」として活用するには紹介されてる幻獣の数もそれほど多くないし(古今東西の幻獣って一体どのぐらいいるんだろう??)、ボルヘスのフィルターがかかりすぎてるでしょうし、もっと流通している、例えば「世界の幻獣が分かる本」的な本の方がいいでしょうけど、こちらはそういった本とはまた全然違う付加価値がありますね。 1969年の序に「誰しも知るように、むだで横道にそれた知識には一種のけだるい喜びがある」とありましたが、まさにその通りの書でした。楽しかった!(晶文社)


+既読のホルヘ・ルイス・ボルヘス作品の感想+
「創造者」J.L.ボルヘス
「エル・アレフ」「伝奇集」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
「幻獣辞典」ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ

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今までになく酷いうなされ方をしているダランベールを心配したレスピナッス嬢は、夜中看病しながら、その気違いじみた支離滅裂な話し振りのうわ言を書き留めます。そして朝になって呼んだ医者のボルドゥーに、その時に書き留めておいたことを話すことに。レスピナッス嬢が驚いたことに、ボルドゥーはそのうわ言のメモから意味を掴みレスピナッス嬢に解説、やがて2人はそれについて議論をし始めることに... という表題作「ダランベールの夢」他全5編。

ディドロは、18世紀フランスの啓蒙思想家であり作家である人物。18世紀を代表する書物「百科全書」の編纂・刊行に関わった百科全書派の中心的な人物です。(他にはダランベールやヴォルテール、ジャン=ジャック・ルソー、モンテスキューの名も) この「百科全書」は、当時の技術的・科学的な知識の最先端を集めて紹介しながら、同時に古い世界観を打ち破り、社会や宗教・哲学等への批判を行っているので、宗教界や特権階級から危険視されたんだそうで... そしてその購読者は、実際にフランス革命の推進派と重なっているのだそうで... やっぱり危険だったのか。(笑)

5編とも全て対話形式の作品となっています。訳者による「はしがき」に、ディドロの著作や18世紀の思想にまだあまり馴染みのない読者は、まず「肖像奇談」を読んで、次に「或哲学者とXXX元帥夫人との対談」、そして最後に3部作を順を追って読むのが読み易いと書かれていたので、今回その通りに読んでみました。実際「肖像奇談」は一番分かりやすいです。話として普通に面白い。最後のオチもいいですねえ。と言いつつ、以前どこかで読んだような気もしたのだけど。どこかのアンソロジーに入ってたのかな? 次の「或哲学者とXXX元帥夫人との対談」は、それよりもちょっと難しい... 難物というほどではないのだけど。そして3部作。最初の「ダランベールとディドロの対談」は面白かったー! 圧力を通じて現れる死力と場所の移動を通じて現れる活力、静止的感性と能動的感性、そして静止的感性から能動的感性への移行。一見小難しいんだけど、よく読んでみると案外分かりやすいです。ええと、こういうのが唯物論なんですかね?(すみません、よく分かってません) でも次の表題作「ダランベールの夢」では、話が一気に多岐に渡ってしまって、ついていけないー。対話形式だし、文章的には比較的読みやすいんだけど、何なんだ、これは??? で、3部作最後の「対談の続き」は、また少し分かりやすくなって。
ディドロという人は、ごく普通のこととかちっちゃいことをわざと大げさに言い立てて、相手の反応を見て楽しむようなところがあるんですかね? なぜ真っ直ぐ等身大に表現できない? なんて思ってしまったんですが、その反応、合ってるのでしょうか。(笑) で、驚いたのはその内容の新しさ。なんだか今の時代に書かれてると言われてもおかしくないようなことが色々と書かれていて、これが18世紀に書かれたということにびっくりです。これはきっと内容がきちんと分かればどれもすごく面白いんでしょうね。まあ、最初から1度読んですんなり理解できるようなものとは思ってなかったので、面白かった部分もあったということが大収穫。ゆっくりじっくり付き合っていきます。(岩波文庫)

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民衆の間で信仰されてきた小人や巨人、そして妖精たち。しかしそういった存在が息づいていた民間信仰は、人々の生活にキリスト教が入ってくるに従って邪教と見なされるようになり、徐々に人々の生活圏から排除されることになります。キリスト教が世界を席巻するに従って排除されていったのは、ギリシャ・ローマの神々たちも同様。それらの神々は、地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇の中に生きる悪霊とされてしまうのです。...そんな風に追いやられ、呪われることになった神々や精霊たちに関するエッセイ。「流刑の神々」がギリシャ・ローマの神々に関して、「精霊物語」は民間信仰の小人や巨人、妖精たちについてです。

ハイネによるエッセイ2編。両者の成立には17年という歳月の隔たりがあるそうですが、古代の自然信仰やギリシャ・ローマの神々に対する信仰が、キリスト教の浸透によって邪教として抹殺されていくことになったことということで、そのテーマは同じです。
新しいものに古いものが駆逐されるというのはよくあることだし、例えば日本にも、文明開化によって西洋の文化が入ってきた途端、日本古来の文化がないがしろにされるようになったという歴史がありますよね。でも西洋文化に流れてしまったのは国民性というのも大きかったはずだし、結局「和洋折衷」で、新しい物に負けそうになりながらも、古い物も残るところには残っています。そもそも日本は、古くから仏教と神道が両立してきた国。キリスト教が異教に対して行ったような徹底的な排除というのは経験してないんですねえ。でももし徳川幕府が鎖国してキリスト教を締め出さなかったら、今頃どうなってたのかしら?
キリスト教に限らず宗教というのは激しさを持ってることが多いのだけど(特に初期)、それでもキリスト教の激しさってすごいですね。隣人には寛容なはずのキリスト教も、異教徒に対しては驚くほど非寛容。あの徹底した排除っぷりは、ほんとすごいと思います。古来の信仰や、それにまつわる文化、その中に息づいていた異教の神々たちを完全に駆逐してしまおうとするんですもん。でもキリスト教がどれだけ網を張巡らしても、古代信仰の一部は、邪教や迷信と決め付けられ変容しながらも零れ落ちていくんですね。そしてあるものは伝説として残り、あるものは祭りなどの習俗に残り、抹殺されずに農民たちの間に残った物語はグリムによって採取されて本として残ることになるわけで。

「流刑の神々」は、若き日の柳田国男にも多大な影響を与えた作品なんだそうです。なるほど、こういうのを読んでいたのですね。ワーグナーの「タンホイザー」や「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」といった作品群を思い起こさせる伝説も紹介されてたし、他にも色んな伝承に触れられたり、紹介されてるのが面白かったー。中でも興味深かったのは、シェイクスピアの「マクベス」の魔女は、その元ネタとなった古い伝説の中では、3人のヴァルキューレだったという話! そうだったんだ! 「流刑の神々」で紹介されてる、うさぎ島に住む老人がユピテル(ゼウスね)だったなんて話も面白かったし、牧童として暮らしていたアポロンや、今もまだ祭りを行っているバッカス... いつまででも読み続けていたくなっちゃいます。でもドイツの人なのに、ギリシャ神話を取り上げてる割に、ゲルマン(北欧)神話についてはあまり触れてないのが少し不思議。ハイネがユダヤ人だったということは... 関係あるのかしら?(岩波文庫)

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「紫式部日記」は、「源氏物語」を書いた紫式部の宮仕え回想録。自分が仕える彰子の初めての出産やそれにまつわる様々な出来事、彰子のこと、宮中でのこと、女房のあるべき姿などを語っていく作品です。森谷明子さんの「千年の黙」に、紫式部日記の内容的な場面が色々あったので、読みたいなと思ってたんですよねえ。
文庫だと岩波文庫と講談社学術文庫と、今回私が選んだ角川ソフィア文庫が現在入手可能。どれにするか迷ったんですけど、岩波文庫版はどうやらそっけないほどあっさりしてるようなのでボツ。講談社学術文庫版は「全訳注」で、上下巻だし多分詳細なんでしょうけど... 私が行った書店には置いてなくて残念。こちらの角川ソフィア文庫は、原文とその訳、そして解説が充実しているようだし、このシリーズは多少当たり外れがあるんだけど、こちらにしてみました。

結論としては。確かに面白かったし、解釈もとても充実してたし... 当時の時代的背景から宮中での様子から、分かりやすく詳しく説明されているし、長く宮中にいる間に、最初は「女房なんて」と思っていた紫式部の変わっていく様子が指摘されてて、これは本当にすごく面白かったですね。あと、紫式部がこの日記を書いてるのも、ただの個人的な日記というだけではなく、藤原道長側の記者として書いていたような部分とか。ただ、これは本当に一般的な解釈なのかしらと疑問に思った箇所があったのと、あとは現代語訳や解説文が私の好みよりもちょーっと軽かったのが... あ、でもこれは私が軽く感じてしまっただけで、同じ訳を現代的で素晴らしいと感じる方も必ずいるはずなので、一概にどうだとは言えないんですけどね。少なくとも、この本を最初に読んだら、これで紫式部像や彰子像が固定されてしまいそう的な充実度はありました。「千年の黙」に登場する紫式部や彰子とは、ちょっぴり雰囲気が違いますが~。
ここに収められているのは全文ではないので、いずれは講談社学術文庫版も読んでみたいな。あ、「紫式部日記」と合わせて「御堂関白記(藤原道長の日記)」を読んでみるのもいいかもしれないですねー。(角川ソフィア文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「七姫幻想」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

+関連シリーズ作品の感想+
「論語 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」加地伸行
「陶淵明 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」釜谷武志
「李白 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」筧久美子
「老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」野村茂夫
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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世界の名ピアニストを論評して欲しいと言われ、はじめは戸惑いを覚えたという青柳いづみこさん。しかし資料を読み込むうちに、雲の上の存在のようなピアニストたちもまた、同じようにステージ演奏家に特有の苦悩に直面していたと分かり、気持ちが変わったのだそうです。ここで取り上げるのは、スビャトスラフ・リヒテル、ベネデッティ=ミケランジェリ、マルタ・アルゲリッチ、サンソン・フランソワ、ピエール・バルビゼ、エリック・ハイドシェックの6人。この6人を論じ、そのことを通して、20世紀後半以降のクラシック音楽を取り巻く環境の問題、商業主義の弊害や、何度も繰り返す演奏行為そのものの難しさなども炙り出していきます。

バルビゼはかつての青柳さんの師だし、ハイドシェックは青柳さんご本人が親しい仲。よくご存知なんですね。でも直接知らなかったとしても、本人と直接関わり合った人々の話を聞いたり資料を読んだり... そのピアニストの音楽的生い立ちや音楽性を知るのはもちろんのこと、音楽を聴いて映像を見て、具体的な演奏技術や、演奏時の精神的な状態にまで触れて、単なる批評家にはなかなか踏み込めない領域まで踏み込んで書いているのが、とても面白いし興味深いところ。
この中でアルゲリッチだけはある程度知ってたんですが、他はほとんど知らなくて、すごく面白かったし興味深かったです。特にリヒテル。正規の音楽教育を全然受けないで育った人だったんですか! チェルニーなんて弾いたことがなくて、最初に弾いたのがショパンのノクターンの第1番って...! ワーグナーやヴェルディ、プッチーニのオペラのピアノ用編曲を片っ端から弾いて、早く寝ろとお母さんに怒られたんですって。ピアニストって小さい頃から猛特訓を受けてるイメージなんですけど、全然ちがいますね。やっぱり天才だったのか。「君はピアノが好きじゃないね」と言われたリヒテルが「私は音楽の方が好きなんです」と答えたというエピソードもとても印象深いです。
そしてハイドシェックの章では、ピアニストがピアニストであり続けることの難しさを目の当たりにさせられることに。訴訟問題でディスクが長い間出ないうちに、すっかり最新流行のピアニストではなくなってしまったことに気づくハイドシェック。新しいディスクがリリースされないと、雑誌のインタビューもラジオの出演依頼もなく、批評家も演奏会に来てくれなくなり、新聞や雑誌の批評も出なくなるんですって。そして左腕の故障。演奏会腕や手の故障の噂が業界に広まると仕事が来なくなると誰にも相談できずにじっと耐えるなんて... 痛々しすぎる。
そう思って読み返してみると、どのピアニストもそれぞれに転換期というものがあるんですよね。リヒテルは暗譜するのをやめ、ミケランジェリは弾き方が変わり、アルゲリッチはソロで弾かなくなる。その意味で一番印象に残ったのはミケランジェリ。まさに楽譜通りでミスタッチなど1つもない完成度を誇る非の打ち所のない演奏で知られるミケランジェリも、若い頃はイタリアのオペラ歌手のように時には熱く目にも留まらぬ速さで、時にはしっとりと歌いまくるピアノを弾いていたんだとか。でもその彼が、第二次世界大戦で変貌してしまうんですね。自分自身の体の変調だって本人にとって辛いのはとても分かるんだけど、それはまだ仕方ないのないこと。そういった外的で暴力的な影響によって人格まで変わってしまうような体験って...。

最後にそれぞれのピアニストの青柳さんの推薦盤紹介みたいなのがあれば良かったんだけど... アマゾンのレビューには「巻末にはそれぞれのピアニストのお勧めCDリスト付き」なんて書いてあるんだけど、どこだろう? ページが抜けてるのかしら? 巻末には参考文献とあとがきしかないんだけど! 書店で他の本もチェックしてみなくてはー。でもバルビゼとフェラスのデュオや、ハイドシェックのベートーベン全集をぜひ聴いてみたくなったし、ミケランジェリの「幻の高次倍音」や「重たいのに透明。濃淡が刻々と変化する」音を体感してみたくなりました。(白水社)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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コンピューター・グラフィックスを駆使して制作された映画「シュレック」は、実はヨーロッパ中世文明がはぐくんだ色のイメージを見事に使っている映画なのだそうです。シュレックの醜さを強調しているのは、やや黄色味を帯びた緑の顔の色であり、夜になると醜く変身してしまうフィオナ姫も同様。しかし昼間の美しいフィオナ姫は、深く落ち着いた緑色のドレス姿。このように相反する美醜をいずれも緑で表現しているのが、中世ならではの色の世界。中世の緑色は、春の自然の美しさを表し、青春と恋愛を示す色であると同時に、混乱と破壊を示す悪魔の色。こういった中世ヨーロッパの人間が共有した色彩に対するイメージや、それぞれの色に付加された意味合いを知ることを通して、中世の人々の心の世界と社会のありかたを探っていく本。

本来中世とは西ローマ帝国が滅亡した5世紀後半からビザンティン帝国が滅びる15世紀半ばまでを示す言葉ですが、本書が対象としているのは12世紀から15世紀まで。ロマネスク様式からゴシック様式となった聖堂に色鮮やかなステンドグラスが作られ、美しい写本が次々と制作され始めたのが12世紀後半で、その頃から世俗の文学作品や造形芸術の創作にも色が登場してきたんですね。
中世で最も美しく鮮やかと考えられていたのは赤であり、最も汚い色は黄褐色。最も目立たない色は淡紅色。白や赤、青の色のイメージがいいのは分かるけど、緑や黄色は負のイメージが強い、というのは意外でした。確かに黄色には「嫉妬深い」なんて意味もあるし、まだなんとなく分かる気もしますが... 実は犯罪者の烙印の色であり、人を蔑視する色であり、ユダヤ人を区別する色でもあり。ヨーロッパでは長い間忌み嫌われてきた色なんだそうです。黄色は金色に通じるかと思ってたんですが、銀が白に通じても、黄色と金色が同一視されることはないのだとか。でもでも、緑は新緑の色じゃないですか! そりゃあ「green」にだって嫉妬とかそういう負の意味はあるし、他にもアーサー王伝説に登場する緑の騎士とか、妖精関係とか、ちょこちょことありますけどね。でも五月祭や聖パトリックの祝日なんて緑の日じゃないですか。ロビン・フッドとその一味だって緑の服が定番だし! でも陽気な青春の色であり、恋と結婚の色であり、生命の誕生と再生の色である緑ではあっても、同時に移ろいやすい未熟な色であり、混乱と破壊、淫乱と怠惰の色でもあるのだそうです。しいては悪魔の色。(そこまでとはね) まあ、染色で緑色を出す難しさも絡んでいたようなんですけどね。青に染めて次に黄色で染める、という二重の工程が必要なので高価だったというのもあって。(自然の色から、すんなりと緑を染めることができないというのは、志村ふくみさんの本にもありました)

色のイメージを知ることによってその暗示するところを知るという部分では、たとえばアーサー王伝説のうちの1つ、トリスタンとイズーの物語には、「金髪のイズー」と「白い手のイズー」が登場するんですけど、金色はそれだけで美しく高貴な人物であることを示すもの。でも「白い手のイズー」の白は、その美しさと同時に、形ばかりの妻という「白い結婚」を示唆するものでもあり... そういうのもすごく興味深かったですし。あと、色の組み合わせも。たとえば黄色と緑はどちらも負のイメージが強い色で、その2つを組み合わせると否定的な意味は一層強力になるんですが、たとえば物語や絵画に登場する騎士が黄色と緑の紋章を使っていたら、それは常軌を逸する人物だという暗示。そして黄色と緑の衣服といえば、道化服のミ・パルディ。ミ・パルディというのは、たとえば右半身が緑で左半身が黄色、というような全く違う2色使いをした服のことで、これは道化師の服の定番なんですが、道化が着るだけでなくて、一般の人々も政治的な意図で着用することがあったようなんです。たとえばシャルル6世妃となるイザボー・ド・バヴィエールをパリ市に迎え入れる時、市民はみんな赤と緑のミ・パルディを着たのだそうです。赤と緑はクリスマス... じゃなくてシャルル6世の色であり、王への恭順と王妃への歓迎を表すもの。即位式の時なんかも、王の色を2色身にまとうことによって王への恭順の意を示したんだそうです。でも他国の権力者を迎え入れる時は、パリ市の紋章の色を身につけて歓迎の意を示したり。
なぜ2色かといえば、2色使いが流行ってたかららしいんですが(笑)、そもそも沢山の色を使うことは気紛れを表すことで、よくないんですって。品も良くないし、人格も疑われるんだとか。そして同じ2色使いでも縞柄になってるとまた大変。これは娼婦のしるしとなり、身持ちの悪さを表してしまうのだそうで...。

そんな話が満載の本で、すごく面白くてメモを取りまくってしまいました。こういった知識があれば、中世の文学作品だけでなく、絵画作品も一段深く理解し楽しむことができますね。というかそういう作品に触れる時にはこういう知識も必須なんだなあ。読んで良かった!(講談社選書メチエ)

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「印象主義音楽の創始者」「音の画家」などと言われ、その境界線が曖昧な雰囲気が、西洋音楽史では印象派的な扱いを受ける原因となっているドビュッシー。しかし彼の曲は、目で見た風景を切り取ってその印象を素早く描きとめる印象派とは違い、いったん自分の中に取り入れて熟成し、その後再び外に出て音となるというもの。出来上がったものは似ていても、その精神は違うのです。...この本ではドビュッシーの曲を弾くための土台作りとなるレッスン方法を紹介し、ドビュッシーの代表的な曲をとりあげて、その曲の解釈や基本的な奏法を紹介していきます。

ピアノの曲を弾くというのは、ただ譜面だけ追えばいいというものではないんですね。作曲家のことを知り、その曲の背景を知ることによって、より深い演奏ができるはず。ということで、ドビュッシーの人生をたどりながら、その人となりや生きた時代を知り、作品にこめられた思いを感じ取り、それをそのままピアノの音として表現しよう、という本です。実践的なピアノ奏法だけでなく、ドビュッシーを弾くために必要な基礎的レッスンのやり方も紹介されてて、実際にピアノに向かった時の手の形の写真や、楽譜への詳細な書き込みなんかもあったりして、青柳いづみこさんの行うレッスンをそのまま紙上に移し変えたような感じ。まず巻頭には、ドビュッシーが好きだった名画がカラーで掲載されていますしね。この絵からあの曲が生まれた、なんていうのもすごく興味深いですね。ドビュッシーのピアノ曲を弾きたいと思っている人にとっては、すごく勉強になる本のはず。そしてここに書かれてることは、ドビュッシー以外にも通じるはず。
という私自身は、中学生の頃にアラベスクの1番と2番を弾いたことがあるだけで、ドビュッシーなんて全然弾けないんですが...。でもその1番と2番でも、たとえば伸ばした指で弾くのが向いている1番に、曲げた指で弾くのが向いている2番、なんてことも知らなかったし! 1番の対位法的な部分にはバッハの影響が色濃く感じられることも、2番にはオーケストラ的な書法が多く見られるということも知らなかったし! オーケストラ的な書法が見られる部分では、それに即した様々なタッチ、例えばフルートなら指を平らにして指先にあまり力を入れないで弾き、オーボエは指先を立てて力を集中させてよく通る音を出す、ファゴットはゆっくりとしたタッチであたたかい素朴な音を出すといいんですって。そうなのか~。
ドビュッシーが1つのタイトルに持たせた二重の意味については、もうちょっと知りたかったんだけど、上にも書いたような様々な楽器の音の表現とか、あとたとえば星のようにキラキラ光る音とかオパールのような神秘的な音の出し方なんかも面白かったし、あとはやはりドビュッシーが好んだ絵画や文学の話が興味深かったですね。メーテルリンクの原作をドビュッシーがオペラにした「ペレアスとメリザンド」もちょっと前に読んだし、アンデルセンの「パラダイス」は先日読んだばかり! アーサー・ラッカムやが挿絵を描いた「真夏の夜の夢」「ケンジントン公園のピーターパン」「ウンディーネ」、エドマンド・デュラックの「人魚姫」も、まとめて読みましたよ~。そうか、ドビュッシーはラッカムが好きだったのね~。あと海の下に沈んだイスの町の伝説なんて、私の大好物! その辺りも楽しかったです。(春秋社)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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ピアニストの思考の流れを、例えば右手や左手、足、肘、鍵盤、ペダル、椅子、眼、耳、ステージ、衣装、メイク、調律、アンコール、プログラムといったテーマごとに読みきりエッセイを書いてはどうかと提案され、その項目を見た途端に思考がすさまじい勢いで回転し始めたという青柳いづみこさん。30代の女性ピアノレスナー(ピアノの先生ってことみたいですね)を対象に、ムジカノーヴァに連載していたエッセイです。

いやあ、面白かった。音楽と本を結びつけるエッセイが多い青柳いづみこさんですが、これはほぼ純粋に音楽の話ばかり。30代の女性ピアノレスナーが対象だというのはあとがきを読むまで知らなかったんですが、最初の「曲げた指、のばした指」からして、もうほんと私にとってはタイムリーな話題で! だって私は子供の頃に「曲げた指」で習ってたのに、今は「のばした指」でも弾けるようになろうとしてるとこなんですもん。たとえばバッハなら「曲げた指」でもいいと思うんだけど、ショパンとかシューマンみたいなロマン派を弾こうと思ったらやっぱり「のばした指」の方が綺麗な音色で弾けると思うし、実際ショパンのエチュードなんかは「のばした指」じゃないと技術的に難しい部分もあるみたいですね。あと脱力の概念なんかも、私が子供の頃は全然なかったんですよねえ。そして、ここに書かれてる「さかだち体操」や「タイの練習」は青柳さんオリジナル? もっと詳しく知りたい! 一応本には図も載ってるんだけど、これだけではちょっと分かりづらいし、やってみても合ってるのかどうか謎なんです。だって、たとえば「小指をさかだちさせたままの状態で薬指を根元から動かしてみる。たいてい、ガチンガチンに固まっていてうまく動かせない」とあるんですけど、薬指、簡単に動いちゃいます。脱力できてるってことならいいんだけど、どっちかといえば、やり方が違うような気もするー。いやーん、実地に指導していただきたくなってしまうー。

前半は、実際に自分でもピアノを弾く人向けかもしれないですね。でも後半は、ピアノを弾かない人でも楽しめるようなエピソードも満載です。例えば色んなピアニストのこととか。ポリーニは大抵の曲は1回弾けば覚えられたとか(完璧に弾きこなすだけでなく、そんなことまでできたとは、びっくり!)、アルゲリッチが、プロコフィエフの「協奏曲第3番」を一度も弾いたことがなかったのに、寝てる間に練習してるのが聞こえてきていただけで覚えてしまって、弾けるようになってしまったとか。寝てる間に聞いた曲が弾けるって、一体...?! それってすごすぎでしょう! 人間技とは思えないー。
いや、ほんと勉強になりました。図書館で借りて読んだんだけど、手元に欲しいぐらい。「指先から感じるドビュッシー」にも技術的なことが載ってるそうなので、そちらも読んでみようと思います。...でも本もいいけど、やっぱりそれより一度実地にレッスンを受けてみたい。私の場合、どう考えても青柳いづみこさんのお弟子さんたちのレベルには程遠いので、到底無理なのだけど。ああー、うまくなりたいなー。(中央公論新社)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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東方遠征中のアレクサンドロス大王が師匠であるアリストテレスにインドの様子を書き送った「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙」と、広大なキリスト教王国を治めているという司祭ヨハネから西欧の君主に宛てた2種類の「司祭ヨハネの手紙」という、中世ヨーロッパに広く伝わっていた「東方の驚異」のうち代表的な3編を収めたという本。

「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙」は、7世紀頃に成立したと言われるもの。アレクサンドロス大王の東方遠征にまつわる話は、ギリシャ語やラテン語や各国の言葉で語られ書き継がれ、12世紀末以降には「アレクサンドロスもの」としてその奇譚ぶりを大いに発揮することになったのだそうです。実際のアレキサンダー大王は、紀元前4世紀の人ですけど、色々と想像が膨らんだんでしょうね~。逸話が逸話を呼んで、真実の東方遠征とはかなりかけ離れたものになっちゃってるんでしょうけど、それがまた面白いです。インドの王宮の豪華さなんかは予想範囲内なんですが、ここで注目したいのが様々な怪物たち。象よりも巨大な河馬が現れたなんていうのはまだ序の口で、三つの頭にとさかをつけた巨大なインド蛇とか、鰐の皮に覆われた蟹の大群、雄牛のように巨大な白ライオン、人間のような歯で噛み付いてくる蝙蝠の大群、額に三本の角を持った象より大きな獣に次々に襲われてもう大変。さらに奥地に行くともっと奇妙な生き物がどんどん登場して、まるで西欧版「山海経」って雰囲気です。しかも一番奥では、ギリシャ語とインド語で予言を語る2本の聖樹がアレクサンドロス大王の運命を予言します。

そして「司祭ヨハネの手紙」は、伝説的な東方キリスト教国家の君主・プレスター・ジョン(ジョン=ヨハネ)からの手紙。この司祭ヨハネは、東方の三博士の子孫で「インド」の王という設定。まあ、この当時「インド」と一言で言っても範囲がとても広くて、現在のインドやその辺りのアジア一帯はもちろんのこと、中近東やエチオピア辺りまで含んでいたそうですが。「アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙」の影響を多々受けて成立したというのが定説なんだそうです。
これは12世紀のヨーロッパの人々に夢と希望を与えて熱狂させた文献なんですって。こういうのを読んで、マルコ・ポーロみたいな旅行家たちが、幻のキリスト教王国を求めて東方に旅立ったんですね~。でもすごいです、この豪華っぷり。半端じゃありません。黄金の国ジパングの伝説なんて、もうすっかり薄れてしまうほどの絢爛ぶり。とてもじゃないけど、キリストの教えに適うものとは思えません~。(笑)(講談社学術文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」ティルベリのゲルウァシウス
「西洋中世奇譚集成 東方の驚異」逸名作家

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昭和38年の暮れに富士山に山小屋を建て、翌39年の晩春から東京と山を往復する生活を始めたという武田泰淳一家。徐々に小屋の中を整えながら、近隣の湖や下の村に出かけて行くようになったのだそう。そして泰淳氏と代わる代わるつけるということで、百合子夫人の日記が始まります。泰淳氏やお嬢さんの花子さんも時々書き手として登場する山の日記。

以前、武田泰淳氏の「十三妹」(中国物です)は読んでるんですけど、百合子さんの本を読むのは初めて。随分前にたら本でみらくるさんが出してらして(「秋の夜長は長編小説!」「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」)、読んでみたいなあと思いつつそのままになってたんですが、先日小川洋子さんの「心と響き合う読書案内」(感想)にも登場して! もうこれは読むしかないと観念(笑)しました。日記を書いているのは、主に百合子さん。泰淳氏と当時小学生だった花子さんも時々登場します。

ごく普通の日記なんです。日々の暮らしのこと、何を食べたとか誰に会ったとか、何を買ったとか(その値段も)、何があったとか何をしたとか、つらつらと書かれてるだけの日記。例えば、初めて山荘に暮らし始めた時の百合子さんの初めての日記は、昭和39年7月18日のもの。

七月十八日(土)
朝六時、東京を出て九時少し過ぎに着く。大月でお弁当三個。管理所に新聞と牛乳を申し込む。
夕方、溶岩拾い。
夜、風と雨。夜中にうぐいすが鳴いている。大雨で風が吹いているのに鳴いていた。(上巻P.15)

あー、でもこれは初日なので、イマイチ日常的ではないですね... じゃあ、次の日。

七月十九日(日)
朝、十時ごろまで風雨。
ひる ホットケーキ。
午後、河口湖まで買出し。馬肉(ポコ用)、豚肉、トマト、ナス。
河口湖の通りは大へんな人出と車の排気ガスで、東京と同じにおいがしている。湖上はボートと遊覧船とモーターボート。湖畔は、紙クズと食べ残しのゴミの山と観光バスと車で、歩くところが少ない。
夜はトンカツ。
くれ方に散歩に出たら、富士山の頂上に帽子のように白い雲がまきついて、ゆっくりまわって動いている。左の方から麓から七合目までぐらい、灯りの列がちらちら、ちらちら続いている。登山の灯だろうか。花子に見せてやろうと家まで降りてきて連れて出ると、もう富士山は全部雲におおわれて、富士山がどこにあるのかも分からない。灯りも見えない。本当に、あっというまに、雲がおりてきたのだ。(上巻P.15~16)

これは買い物の値段が入ってませんが~(笑)、でも全体的にこんな雰囲気なんです。格別どうということのない日々の営みを中心に、山での様子が書かれているだけのはずなのに...! なんでこんなに心ががっしりと掴まれちゃうんでしょうね。小川洋子さんは武田百合子さんのことを「天才」と書いてらしたし、そうなんだろうなと私も思います。日々が恙無く続いていって... そんな日々が続いていく幸せがしみじみと感じられたり、ふとした表現にハッとさせられたり。これは本当にただものではありません。私は10年以上も前にパソコン通信のオフに参加した時から「文章は人を表す」と言い続けてるんですけど(笑)、ほんと、百合子さんの姿がここにくっきり鮮やかに浮かび上がってきますね。元々他人に読ませるために書いてるものではないので、余計に素の百合子さんが見えてくるんでしょうね。嫌なことを言われれば、負けずに言い返してしまう百合子さん。まあ、土地の人が言うようにきついと言えばきついんですけど(笑)、むしろ大らかでさっぱりとした気性が素敵。やっぱりそんじょそこらの女性とは違いますよ。それも昭和40年頃のことだから、きっと相当目立ってたんだろうなあ。印象に残る言葉はそれこそ山のようにあったんですが、一番強烈だったのは、これ。

ポコ、早く土の中で腐っておしまい。(中巻P.159)

この言葉に、百合子さんの悲しさやるせなさがいっぱい詰まってると思うんですよね。
そしてすごく哀しくなったのは、終盤のこの2つ。

年々体の弱ってゆく人のそばで、沢山食べ、沢山しゃべり、大きな声で笑い、庭を駆け上り駆け下り、気分の照り降りをそのままに暮らしていた丈夫な私は、何て粗野で鈍感な女だったろう。(下巻P.396)

来年、変らずに元気でここに来ているだろうか。そのことは思わないで、毎日毎日暮らすのだ。(下巻P.428)

でも、これ以外にもハッとさせられる表現が本当にいっぱい!
その泰淳氏とも仲も良くて素敵なご夫婦です。色んなことを喋ったりじゃれ合ったり、時には喧嘩をしたり。時には泰淳氏を「震え上がらせるほど」怒らせたり。

帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。(下巻P.126)

...と書いたのは百合子さんですけど、泰淳氏も似たようなことを感じていたに違いない! 何とも素敵な微笑ましい夫婦像でした。 (中公文庫)

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かつて神聖なる丘の聖なる泉のほとりに暮らしていたユニコーンたちは、ワイバーンに故郷の土地を奪われ、流離いの末に、現在住む谷へ。それ以来ユニコーンたちは、いつか自分たちを故郷に連れ戻してくれるという予言の「ファイアブリンガー(炎をもたらすもの)」の出現をひたすら待ちわびていました。そして今、ユニコーンを率いていたのはカラー王とその息子・コーア王子。コーア王子の息子・ジャンはようやく6歳になったばかりの、そろそろ青年になろうというユニコーン。まだまだ悪戯好きの子供で、平気で掟を破る問題児で...。

ファイアブリンガーの3部作。↑に書いたのは1冊目「炎をもたらすもの」のあらすじです。主人公はユニコーンの王子。ユニコーンの他にもワイバーン、グリフィン、パンがいるような異世界が舞台。1冊目で主人公の成長があり、2冊目でぐんと世界が広がり、3冊目で他者理解が深まるって感じでしょうかー。1冊目は主人公の成長物語だし、ちょーっとありきたりな感じなんですけど、人間ではなくユニコーンが主人公なのはどうしてだろうと思ってたんです。2冊目を読んでその理由がよく分かりましたよ。なあるほど!
各種族にそれぞれの創世神話が語り継がれていて、英雄伝説や大きな出来事が語り部によって歌い継がれていて、それぞれに歴史や古いしきたりがあるんです。最初は自分たちの種族が一番神に愛されてると思い込んでいても、実際はそうではないことに気づいて、他の種族にはその種族の価値観があることを知り、お互いを尊重することを学ぶことになります。もちろん同じ種族の中でも価値観は様々。2冊目3冊目で大きな秘密があることが分かって、それが妙に長く引っ張られるんですよね。それがあんまり好みじゃなかったというのはあるんですけど... ここまですると誰を信用すればいいのか分からなくなってしまうし、あんまり感心しなかったんですけど... それでも他者の価値観に触れるという意味では、この出来事にも十分意義があったのかも。神話が生きているのを感じられる世界観は好みだし! 1冊目よりも2冊目3冊目とぐんぐん世界が深まっていくのが良かったです。(創元ブックランド)


+既読のメレディス・アン・ピアス作品の感想+
「ダークエンジェル」メレディス・アン・ピアス
「炎をもたらすもの」「闇の月」「夏星の子」メレディス・アン・ピアス

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小さい頃は寝る前のお話が大好きだったのに、いつしか読書嫌いとなっていく子供たち。

読書嫌いが国語教育のせいばかりとは思いませんが、国語の授業によって読書好きが増えるということは、あまりないかもしれないですね。本が好きになる人は、国語の授業とはまるで関係ないところで本を好きになってるはず。少なくとも私はそうでした。だって、国語の授業で求められるのは正しい理解なんですもん。この文章は何に関するものなのか、この文章からはどういったことが読み取れるか、この時作者は何を言いたかったのか。あるいは、ここに入る接続詞は何なのか、この言葉を漢字で書きなさい... そんな設問ばっかり。そして読書感想文の提出。学校では本を読むことは教わるけれど、本を好きになることは教わらない、という言葉に同感です。
そこで現役の高校教師でもあるダニエル・ペナックが打ち出したのは、本の読み聞かせ。予備知識一切なしで、メモも何もとらずにとにかく読んでいるのを聴けばいい、という状況を作り出すこと。そしてひたすら読み聞かせているうちに、続きが気になった生徒たちは、逆に自分から本を手に取るようになったのだそうです。
ここでダニエル・ペナックが選んだのはパトリック・ジュースキントの「香水」なんですけど、見た目に威圧感のある思いっきり大きな単行本、でも実は字も余白も大きい、という本を選んだというのが、ペナックらしくて可笑しい♪

ここから考えられるのは、まず「読書と引き換えに何も求めないこと」の大切さ。実際、本を読むのは大好きな私ですが、その本を分析しろと言われても無理。荷が重いです。せいぜい感想を書く程度。同じ本を読んでも、その時々の経験値や精神状態によって印象が変わってくるのは当然だし、同じ作品を読んでも人によって受け止め方が違うのは当然のこと。一般の本好きとしては、評論家のように読む必要はないんですもん。たとえ誤読してたって、読みが浅くったって、そんなの他人には関係ないし。そんな自由があった上で、他人と本を読む楽しみを共有できれば、それ以上言うことはないかも。

「本嫌いのための新読書術」という副題なんですが、これは本が嫌いな人間に向けての本ではないです。むしろ本嫌いの周辺のための本。本嫌いの子供を持つ親、そして学校の国語教師に向けて書かれたような本。中身は確認してないんですけど、右の画像の「ペナック先生の愉快な読書法 読者の権利10ヶ条」という本と一緒なんじゃないかしら。同じとこから出てるけど、題名を変えたんですね、きっと。(藤原書店)


読者に与えられた権利10ケ条(あるいは読者が絶対に持ってる権利)とは。
  1. 読まない
  2. 飛ばし読みする
  3. 最後まで読まない
  4. 読み返す
  5. 手当たり次第になんでも読む
  6. ボヴァリズム(小説に書いてあることに染まりやすい病気)
  7. どこで読んでもいい
  8. あちこち拾い読みする
  9. 声を出して読む
  10. 黙っている


+既読のダニエル・ぺナック作品の感想+
「人喰い鬼のお愉しみ」D.ぺナック
「人喰い鬼のお愉しみ」「カービン銃の妖精」ダニエル・ぺナック
「散文売りの少女」ダニエル・ぺナック
「ムッシュ・マロセーヌ」ダニエル・ペナック
「片目のオオカミ」ダニエル・ペナック
「カモ少年と謎のペンフレンド」ダニエル・ペナック
「奔放な読書」ダニエル・ぺナック

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スペイン出身の女性シュールレアリストの画家・レメディオス・バロの書いた散文や自作解説を集めた本。みたい夢を見るためのレシピや、実際に見た夢のこと、自動記述などの「夢のレシピ」、擬似学術論文や創作した手紙、物語や劇の断片の「魔女のテクスト」、バロ自身によるバロ展「イメージの実験室」、インタビューや書簡を集めた「地球の想い出」、バロ自身の生い立ちやレオノーラ・キャリントンとの交友を綴る訳者・野中雅代による「メキシコの魔法の庭」の全5章。1999年のレメディオス・バロ展の開催記念として出版された本。

寓話的で幻想的な絵画の多いレメディオス・バロ。私が知ったのは、小森香折さんの「ニコルの塔」(感想)を読んだ時で、それでものすごく好きになっちゃったんですよね。レメディオス・バロ関係の本がどれも入手できなくて、洋書で画集を買ってしまったぐらい。ガルシア・マルケスの「百年の孤独」(感想)や、トンマーゾ・ランドルフィの「月ノ石」(感想)もバロの絵が表紙に使われていたし、サンリオ文庫版のトマス・ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」もそうみたい。

この本に収録されているバロの絵は全て白黒なので、作品自体は画集などで見るのがお勧めなんですが、バロ自身による作品解説があるのがとても興味深いんです。それに楽しそうなお遊びも色々と。全体的には、正直あまり文才があるようには感じられないんですが(失礼)、それでもバロの絵の1枚1枚の背後に確かに存在する物語を感じることができるような1冊。バロの自由な精神とその遊び心、どこか抑圧された不安定さ、などなど。
面白かったのは、「エロティックな夢をかきたてるレシピ」。これはブルトンを中心にパリのシュールレアリストたちがよくしたというゲームで、社会の常識をブラック・ユーモアで覆し、同時に想像力を解放するというものなのだそう。バロはメキシコに行った後もレオノーラ・キャリントンらの友人とこのゲームをしているんですね。この「エロティックな夢をかきたてるレシピ」もその1つ。本当の料理本のように、まことしやかに作り上げられたレシピは、時にブラックユーモアを交えながらも明るい遊び心たっぷり。
親友だったというレオノーラ・キャリントンのことにも頻繁に触れられていました。彼女もシュールレアリストの画家。「耳ラッパ」「恐怖の館」などが刊行されてるので、こちらも近いうちに読むつもり。


バロの絵が表紙になってる本を集めるとこんな感じ。右2冊は洋書で、私が持ってるのは右から2番目。

    

アマゾンの和書ではバロの本は2冊しか見つからなかったんですけど、そのうちの1冊が今回読んだ「夢魔のレシピ」で、もう1冊はリブロポートから出ている「予期せぬさすらい」。これが私の持っている「Remedios Varo: Unexpected Journey」の日本語訳みたいです。(工作舎)

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ウォルター・スコット邸を訪れることによって、才能が開花したというアーヴィング。そのアーヴィングが書いた作品を集めたのが、この「スケッチ・ブック」。原書の「スケッチ・ブック」には、エッセイと短編小説を取り混ぜて全32編が収められているそうですが、日本の文庫にはその中から「わたくし自身について」「船旅」「妻」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「傷心」「寡婦とその子」「幽霊花婿」「ウェストミンスタ-寺院」「クリスマス」「駅馬車」「クリスマス・イーヴ」「ジョン・ブル」「スリーピー・ホローの伝説」という全9編が収められています。

読む前にエッセイと短編小説が混ざっていること知らなかったので、スタンスが取りづらくて困った部分もあったんですが、まさに「スケッチ・ブック」という名に相応しい作品集でした。この中で有名なのは、やっぱり「リップ・ヴァン・ウィンクル」と「スリーピー・ホローの伝説」でしょうね。「リップ・ヴァン・ウィンクル」は西洋版浦島太郎。おとぎ話の本にもよく収められてます。「スリーピー・ホローの伝説」はジョニー・デップ主演でティム・バートンが映画化してますよねー。
この2つの作品ももちろんいいんですが(「スリーピー・ホローの伝説」は映画と全然違っててちょっとびっくり)、私が気に入ったのは「幽霊花婿」という物語。...申し分なく美しく教養あふれる婦人に育ったフォン・ランドショート男爵令嬢の結婚相手となったのは、フォン・アルテンブルク伯爵。しかし彼は男爵の城に向かう途上で盗賊に殺されてしまい、道中で出会って同行していた友人のヘルマン・フォン・シュタルケンファウストがそのことを知らせに男爵の城に向かうのですが... という話です。それほど珍しい展開ではないし、ある程度予想がついてしまうんですが、とても可愛らしくて好き。
でもね、この男爵令嬢を育て上げたのは未婚の叔母2人なんですが、この2人、若い頃は「たいした浮気もので、蓮葉女」だったとあるんですよ。で「年とった蓮葉女ほど、がっちりして用心ぶかく、無情なほど礼儀正しい付きそい役はまたとないのである」ですって。欧米の作品には時々厳しすぎるほど厳しい老婦人が登場することがありますけど... というか、そういうの多いんですけど、彼女たちはもしやみんな若い頃は蓮っ葉な浮気者だった? あの人もこの人も? 想像すると可笑しくなっちゃいます。(新潮文庫)


+既読のワシントン・アーヴィング作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング
「スケッチ・ブック」ワシントン・アーヴィング

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第1部では「天地の創造とそれらが配列され装飾された仕方」、第2部では「世界を三つの部分に区分し、その各部を土地や時代に応じて、起こっては倒れた王国の叙述とともに論じた」という著述の、第3部を収めたのが本書。神聖ローマ帝国のオットー4世に、公務の合間の時間に語り聞かせるために集められた各地方の驚異現象集。

ティルベリのゲルウァシウスというのは12世紀の聖職者だったという人物。このゲルウァシウスが南仏やスペイン、イタリアやイングランドで直接採集、あるいは友人から仕入れた不思議な話、訪れた土地で実際に体験した不思議な出来事が全部で129話、まことしやかに語られていきます。自分自身で体験しなかったら、自分の目で見なかったら、こんなの到底信じられなかったはず~と言ってみたり、聖書や聖アウグスティヌスの「神の国」など古典的著作を引き合いに出しながら、そういった怪しげな話の真実味を出すやり口がすごく巧みで、それでいて語られる話は突拍子もないものが多いのが面白いんですよね。特に驚いたのは、途中で魔術師として登場するヴェルギリウス。これは古代ローマの詩人のヴェルギリウスと同一人物。「アエネーイス」を書いた偉大な詩人が、一体いつの間に魔術師になってしまったんでしょう! でもこれって、特にイタリアで好まれた逸話なんだそうです。他にもナポリの肉市場には肉を腐らせないような魔術がかけられていたり、どちら側を通るかによって幸運が左右される市門のパロスの頭像があったり、風を変える喇叭をくわえた男の青銅像などなど、奇妙奇天烈な話がいっぱい。
欧米の中世史家の間では人気急上昇中の作品なのだそうです。博物誌系の本が好きな人は楽しめるでしょうね。私は読んでてちょっと疲れたけど。(笑)(講談社学術文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」ティルベリのゲルウァシウス
「西洋中世奇譚集成 東方の驚異」逸名作家

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これまで読んだ「一色一生」「語りかける花」「色を奏でる」は、基本的に糸を染める話だったはず。あとはその糸を織ったり、そういった仕事を通して出会った出来事や人々のエピソード。もちろん今回もそういう話が多いんです。志村ふくみさんが初めて織り上げた着物「秋霞」の話は何度か登場することもあってとても印象的だし、偶然巡り合ったみづね桜を染める時の色の霊力の話や、染める時は花が咲く前に幹全体に貯えた色をいただくという話、いつか日本の紫草で染めたいという話などもとても素敵。題名の「ちよう、はたり」も、遠くからかすかに聞こえてくる機の音。

でも今回は、海外へ行った時のエピソードや志村ふくみさん御自身が読まれた本の話など、話題がこれまでになく広がっていたように思います。例えば韓国で母娘の染織展を開くことになった話。例えば正倉院の染織のルーツを辿るためにイランを訪れる話。「私はかつて、世界で最も美しいものの降り注いだ国はペルシャだと思い定めていた」という言葉... これは私自身も思っていたことなんですけど! 写真や書物を通してしか知らないペルシャですが、あのモスク、美しいブルーのタイル、ペルシャ絨毯、アラビア文字... 私も実際行ってみたら「人は外国にいってはじめて故国のことがわかるものだ」とつくづく思うようになるのでしょうか。
本の話も興味深いですね。インドに持っていったグレアム・グリーン、トルコやイランに持っていったドストエフスキー。富本憲吉氏の「織の仕事はいやでも毎日する、何かほかのことをやりなさい、私は数学と建築の勉強だった。あなたは何か?」という問いに対する志村さんの答は「本を読むことです」。それを聞いた富本憲吉氏の「よし、きまった。それが栄養源だし、潤滑油なんだ」という言葉。とても印象に残ります。(ちくま文庫)


+既読の志村ふくみ作品の感想+
「語りかける花」志村ふくみ
「ちよう、はたり」志村ふくみ
Livreに「一色一生」「色を奏でる」の感想があります)

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英国ベタ誉めはもうたくさん!英語の喋れる祇園の元クラブホステスが渡英して、たまたま『エイリアン』で知られるリドリー・スコット監督の大邸宅のハウスキーパーとなって13年。その間に見聞した貴族や大富豪から一般大衆までの、イギリス人の赤裸々な姿を辛口とモーモアで綴った英国暮らし体験記。(「BOOK」データベースより)

感想はのちほど。(文春文庫)

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1817年8月29日。スコットランドの境界地方にあるセルカークという古めかしい小さな町に到着したアーヴィングはそこに1泊することに。アーヴィングがエディンバラからこの地にやって来た目的は、まずメルローズ寺院の遺跡とその周辺を訪れること、そして「北方の偉大な吟遊詩人」ウォルター・スコットに一目会うこと。翌朝、早い朝食を取ると、アーヴィングはメルローズ寺院に向かう途中でウォルター・スコットの住むアボッツフォード邸に寄り、都合を聞くだけのつもりだったはずのところを思いがけず暖かい歓待を受けることになります。

ワシントン・アーヴィングというのは「リップ・ヴァン・ウィンクル」や「スリーピー・ホロウ」を書いた人。「スリーピー・ホロウ」は、ジョニー・デップ主演でティム・バートンが映画化してますよね。そのアーヴィングの才能が花開く転機となったと言われているのが、このスコットランドへの旅なのだそうです。
最初は紹介状を持参でほんの短い時間だけ訪問をするつもりだったアーヴィングなんですが、ウォルター・スコット自身に会った途端、その計画は簡単に崩れ去ってしまいます。既に朝食を食べていたにも関わらず、スコット邸で2度目の朝食を食べることになり... 「スコットランドの丘陵の朝の澄み切った美味い空気を吸いながら馬車を走らせて来たのなら、もう一度朝食をとるぐらい、なんでもないはずだ」(by ウォルター・スコット)ですって!(笑) そして朝食の後は、ウォルター・スコットの長男の案内でメルローズ寺院へ、それが終わればウォルター・スコットの案内で周辺の散歩、翌日はヤロー川にまで足を伸ばしての散策、次の日は馬車でドライバラ寺院へ、とすっかり計画が立てられてしまうんです。そんなアーヴィングがスコット邸に滞在した数日間が描かれているのがこの本です。
私はウォルター・スコットの作品が大好きだし、スコットランドにも興味があるので、すっごく楽しめました。やっぱり民族の歴史や地方の伝説に対して深い造詣があった人なんですねえ。アーヴィングとの会話のはしばしに、土地の伝説や物語が織り込まれているのも楽しいし、特に詩人トマスが妖精の女王に会った場所が本当にあるなんて、行ってみたくなっちゃいます。それに、そんな物語や伝説の残るスコットランドの地やその自然をこよなく愛して、そこに暮らす毎日を楽しんでいる様子がすごく伝わってきます。しかも、その当時既に巨匠とされていたウォルター・スコットなのに、土地の人たちと気軽につきあう気さくな人柄が素敵。周囲の人々もウォルター・スコットを敬愛してますしね。もちろんアーヴィング自身も。でも黙って想いを胸にしまっておけない性分だというアーヴィング、実際に目にした境界地方にまるで樹木がないことに失望して、そのことをウォルター・スコットに伝えたり、ここ数年スコットランドに溢れているイングランド人観光客たちについてこぼすウォルター・スコットに対しては、それはロマンティックなイメージを描き出したウォルター・スコットにもかなりの責任があるのではないかと言ったりしてます。そんなアーヴィングの率直なところも好印象な作品です。
元々ウォルター・スコットの作品は全部読みたいと思ってましたが、その思いがますます強くなっちゃいました。未訳の「ロブ・ロイ」も、ぜひ日本語に訳していただきたい~。それに「マーミオン」みたいな絶版の本も、ぜひ復刊していただきたいです~。(岩波文庫)


+既読のワシントン・アーヴィング作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング
「スケッチ・ブック」ワシントン・アーヴィング

+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

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1949年10月。19歳のフランク・マコートは船で単身ニューヨークへと向かいます。船の食堂で隣席に座った司祭は、アイルランド出身ながらもロサンゼルスの教区に長いため、アイルランド訛りがほとんど消えているような人物。その司祭に、同じ船に乗り合わせているケンタッキーのプロテスタントの老夫婦はとてもお金持ちなので、愛想良くしておいた方がいいと言われるフランク。しかし顔はにきびだらけで目は爛れており、歯は虫歯でぼろぼろのフランクには、司祭とも満足に話せない状態なのに、老夫婦の前でどうやって振舞ったらいいのかまるで分からないのです。

「アンジェラの灰」の続編。アイルランドから憧れの地・アメリカに脱出しても、なかなか簡単には上手くいかないのは予想通り。しかしアイルランドのリムリックにいる家族は、フランクがアメリカでそこまで苦労しているなんて夢にも思わず、その送金をすっかり当てにしているというのも予想通り。アンジェラ自身、アメリカで上手くいかずに結局アイルランドに戻る羽目になったはずなのに、覚えてないのかな... きちんきちんと送金してるのにそれ以上要求されるとことか、ちょっといやーん。
でもこの「アンジェラの祈り」は、「アンジェラの灰」のように不幸が雪だるま式に膨らんでいく話というわけじゃないんですね。フランクはちゃんと仕送りしてるし、空腹でも何があっても、行き倒れになるわけじゃないんですよね。すっかり不幸な話を読んでるつもりになってたら、リムリックでは新しい服や靴を買うことができてるどころか、新しい家に移ることになってびっくり。そ、そうだったのか。フランクの暮らしも、ほんの少しずつではあっても上向きになっていきます。金持ちにはほど遠くても、きちんきちんと食べていくことのできる暮らし。もちろん、実際には並大抵の苦労ではなかったんでしょうけど... しかも別に私は不幸な話を読みたいわけではないんだけど(むしろそういう話は苦手だし)、なんだか釈然としないものを感じてしまいました...。自分のアイルランド訛りや爛れた目、ぼろぼろの歯にコンプレックスがあって、この世の中で一番不幸そうに振舞っているフランクでも、大学に行くこともできれば、美しい女の子と恋愛することもできるようになるんですもん。いずれにせよ、「アンジェラの灰」の時のようなどうしようもない、出口のないやるせなさはありません。まあ、この人生が最終的にハッピーエンドで終わるのかどうかは、まだまだこれからのフランク次第なんですけどね。
「アンジェラの灰」の灰の意味も、この作品で分かります。でも、そういう意味でも書かれるべき作品だったんでしょうけど、前作の方が力強くて惹きこまれたかも...。前作はそれだけで光ってたけど、こちらは前作あってこその作品なんですよね。(新潮クレストブックス)


+既読のフランク・マコート作品の感想+
「アンジェラの灰」上下 フランク・マコート
「アンジェラの祈り」フランク・マコート

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大正時代の歌人であり、松村みね子名義で戦前のアイルランド文学の翻訳をしていた片山廣子さんのエッセイ。
以前フィオナ・マクラウドの「かなしき女王 ケルト幻想作品集」でこの方の文章に触れて、もっと読んでみたいと思ってたんですよねえ。その「かなしき女王」は現代の日本語となってしまってるんですが、こちらの「新編 燈火節」は本来の旧字・旧仮名遣いのまま。

ミッション系の東洋英和女学院を卒業後、歌人・佐佐木信綱に師事し、独身時代は深窓の令嬢、結婚後は良妻賢母の鏡のような令夫人と謳われたという片山廣子さん。ここに描かれていくのは、少女時代の暮らしぶりや結婚してからの日々のこと、短歌のこと、そしてアイルランド文学のこと。戦争を挟んでいるので、時にはかなり苦しい暮らしぶりが伺えるのですが、生来の上品さを失わずに持ち続けているのが印象に残ります。その文章の静謐さ、凛とした姿勢、そして歌人ならではの柔らかな感性がとても素敵。この感覚は、須賀敦子さんの文章を読んだ時に感じるものに近いかも。
昔の短歌の方が色が柔らかかったこととか、お好きなアイルランド文学に関してとか、色々と印象に残る文章がありましたが、その中でも私が特に惹かれたのはアーサー王伝説について語る「北極星」の章。大王ペンドラゴンのひとり子の金髪の少年「スノーバアド(雪鳥)」が山の静寂の中で天の使命を受け、「スノーバアド」から「アースアール(大いなる熊)」になったと宣言、「アーサア」と呼ばれるようになったという物語。このアーサーが天上の夢を見る場面がこの上なく美しいのです。松村みね子訳のアーサー王伝説というのも読んでみたかったなあ。その時はぜひとも旧字・旧仮名遣いで。そして旧字・旧仮名遣いといえば、フィオナ・マクラウドの訳も原文のままが読んでみたい...。松村みね子名義で訳されてるシングの「アラン島」や「ダンセイニ戯曲集」はまだ読んでないんですけど、こちらはどうなのかしら? 今度ぜひ読んでみようと思います。(月曜社)


+既読の片山廣子翻訳作品の感想+
「かなしき女王 ケルト幻想作品集」フィオナ・マクラウド
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「シング戯曲全集」ジョン・M・シング

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1971年からイランの大学で教鞭をとってきたアーザル・ナフィーシーは、1995年の秋、最後の大学を辞めた時にかねてからの夢を実現する決意をします。そして教え子の中から最も優秀で勉強熱心な7人を選び、毎週木曜日の朝に自宅で文学について話し合うということ。そして集まったのは詩人のマーナー、「お嬢さま」のマフシード、コメディアンのヤーシー、「問題児」アージーン、物静かな画家・ミートラー、自立したいという欲求と認められたいという欲求の狭間で揺れ動いていたサーナーズ、そして「チェシャ猫」ナスリーン。ナスリーンは最後まで一緒にいられなかったものの、彼らは2年近くの間、ほぼ毎週木曜日になるとアーザルの家にやってきて、ヴェールとコートを脱ぎ捨て、小説と現実の関係について話し合うことに。

主にナボコフ「ロリータ」、フィッツジェラルド「華麗なるギャツビー」、ジェイムズ「デイジー・ミラー」、オースティン「高慢と偏見」を通して、筆者が大学で教えていた数年間、そして木曜日の秘密の授業をしていた2年足らずのイランの状況を描き出していくという作品。イラン革命の後のイランでは、頽廃的な西洋文化は全て悪とされていて、これらの小説も本屋の棚からどんどん消えていってるような状態なんですね。普通の人々もちょっとしたことで何年間も投獄されたり、簡単に殺されたりというかなり厳しい状況。男性にももちろん厳しいんですが、ほとんど人格を認められていない女性に対する厳しさはそれを遥かに上回るもの。そんな状況の中で生きている女性たちの思いを吐露していきます。
もちろん「テヘラン」で「ロリータ」を読むというそのイメージのギャップはとても面白いと思うし、授業で「華麗なるギャツビー」をめぐる裁判を開いたりといった事柄はそれぞれにとても興味深かったんですが... あまり私には伝わってきませんでした。同じ時代のことを書いている新藤悦子さんの「チャドルの下から見たホメイニの国」(感想)を夢中になって読んだのとは対照的。どこがどう違うのか今ひとつ分からないのですが... いや、本当は感覚的には分かってるんですが...
その中の1つの要因は、本の解釈にそれほど感銘を受けなかったってことですね。私が未読の本も沢山登場してましたが、少なくとも「ロリータ」「華麗なるギャツビー」「デイジー・ミラー」「高慢と偏見」は既読。オースティンの長編だって全部読んでるし。でも例えば「ロリータ」での、「ハンバートは自分が求めるロリータをつくりだし、そのイメージに固執した」という読み方、そしてそれをイランの男女関係に重ねていく部分には「なるほど」と思うんですけど、正直もっとイラン人ならではという読み方を期待してたので... 結局のところ、それが一番大きかったんだろうなと思います。もちろんそれは、私自身が「自分が求める彼女たちをつくりだし、そのイメージに固執した」とも言えるのかもしれませんが...(白水社)

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体調を崩していたにもかかわらず、アイオワ・シティで行われるIWP(International Writing Program)という長期プログラムに参加した水村美苗さん。そのプログラムに参加している作家は総勢20名以上。日本人は水村美苗さんのみで、中国、韓国、ヴェトナム、ビルマ、モンゴル、ボツワナ、イスラエル、ポーランド、ルーマニア、ハンガリー、ウクライナ、リトアニア、ボスニア、イギリス、アイルランド、ドイツ、ノルウェー、チリ、アルゼンチンの詩人や小説家という多彩な顔ぶれとなります。そしてこの時水村美苗さんは、地球のありとあらゆるところで、金持ちの国でも貧乏人の国でも様々な政治状況のもとで、様々な言語によって人は書いている、と実感することに。

日本語と日本語の文学に対する危機感について論じる作品。「日本文学が「文学」という名に値したころの日本語さえもっと読まれていたらと、絶望と諦念が錯綜するなかで、ため息まじりに思っている人たちに向けて書かれているのである」として、「普遍語」「現地語」「国語」の3つの概念から言語について考えていきます。
まず、この「普遍語」「現地語」「国語」の概念が面白いんです。それに日本語における漢字・ひらがな・カタカナのことについても漠然としか知らなかったので、すごく興味深く読みました。漢文の返り点って、平安時代からつけられていたんですね! 漢文を読みやすくするために、平安時代の人々は漢文の横に返り点をつけ、助詞や語尾を書き添えるようになったのだとか。最初は漢字をそのための表音文字として使ってたそうなんですけど(真仮名)、やがてその文字が省略されカタカナとひらがなが生まれることになったのだそう。その頃の日本における「普遍語」は漢文。
でも、かつてはギリシャ語やラテン語、その他聖典や教義書を書く言葉だった「普遍語」が長い年月を経た今、英語の一人勝ちになってるというんですね。

多少冗長に感じられた部分もあったし、近代日本文学に対する個人的な感傷も感じたし、最終的な結論も少し急ぎすぎているような気がします。それでも1章のアイオワ大学での話、パリでの講演から続いて自然に展開していく論はとても面白かったし、興味深く読みました。ただ、確かに1人1人が日本語を大切にしていかないと日本語の存続も危ぶまれる状況にはなるのかもしれないし、既に「美しい日本語」が失われつつあるというのは日々感じてるのだけど、やっぱり日本語とその文学が亡びることはないと思いますね。たとえ全てが英語に置き換えられてしまっても、ギリシャ・ローマ文学といった過去の言葉で書かれた文学を読み、その原典を参考にする人間は決していなくならないのとは同じように。そもそも第1章で、自分の言葉で書き続けている作家たちのエピソードがあったではないですか。もちろん、そのためにはそれぞれが意識を持つことがとても重要なのだけど。

「私小説From Left to Right」を唯一訳すことのできない言語は英語... ほんとだ、確かにその通りですね! いや、これは盲点でした。(笑)(筑摩書房)


+既読の水村美苗作品の感想+
「本格小説」上下 水村美苗
「私小説 from left to right」水村美苗
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「日本語が亡びるとき」水村美苗

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プロのピアニストでありドビュッシー研究家でもあるという青柳いづみこさんのエッセイ。「モノ書きピアニストはお尻が痛い」は、音楽雑誌などに掲載された文章を集めたもの。「ショパンに飽きたら、ミステリー」は、古今東西のミステリ作品に描かれた様々な音楽シーンを、鋭い視点で解説したもの。こちらは再読です。

以前読んだ「ショパンに飽きたら、ミステリー」がすごく面白かったので、「モノ書きピアニストはお尻が痛い」も楽しみにしてたんです。でも「ショパンに飽きたら~」が本を読みたくて堪らなくなる本だとすれば、「モノ書きピアニストは~」は音楽が聴きたくて堪らなくなる本かな。一番よく話がでるのはやっぱりドビュッシー。でもドビュッシーのピアノ曲っていったら、私は「2つのアラベスク」しか弾いたことないし、あんまりよく知らないのです。ちょっと勿体なかったかも。

面白いなと思った部分はいくつかあったんですが、読み終わってみて一番印象に残ってるのは、水の女の文学とその音楽の話や、ラヴェルとドビュッシーの話とか、その辺り。右に画像を出したのは書籍の「水の音楽」なんですが、これとセットでCDの「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」も出てるんですよね。水をテーマにドビュッシー、リスト、ラヴェル、ショパン、フォーレを弾いたという1枚。青柳いづみこさんのピアノ、聴いてみたいなあ。「ピアノは、水に似ている」と書いてらっしゃるんですが、ピアノで水の音を表現できるのは、既にに相当練習を積んでる人だけですよね。「リストのダイナミックな水は、指のバネをきかせ、ひとつひとつの音の粒をきらめかせる。そこに手首の動きを加えると、ラヴェルの神秘的な水になる。対してドビュッシーの澱んだ水を弾くときは、指の腹を使い、すべての響きがないまぜになるように工夫する」そうですけど!
あ、↓の部分も面白いなと思ったところ。

楽器の奏者には、楽器特有の顔がある。小さいころからたくさんの音を操る訓練を受けてきたピアノ科は、頭脳明晰学力優秀で、なんでもてきぱきやっつける。いっぽう、ある程度の年齢になって始める管楽器科は、学校の勉強はイマイチかもしれないが、楽器に対する愛情は群を抜き、変に管理されていないのでその分人間的だ。その違いが、顔や態度に出る。(P.108)

あー、分かる気がする!(笑)

そして続けて「ショパンに飽きたらミステリー」も再読してしまいました。やっぱり面白い~。1年中実技レッスンや実技試験、コンクールやオーディションなどに神経を尖らせてる演奏科の学生にとって、ミステリは手軽で最上の気分転換で、クラシックの演奏家にはミステリファンが多いのだそう。言われてみると、私の周囲で声楽やピアノをやってる人にも、確かにミステリ好きが多いです。でもコンサート前のピアニストの気分はほとんど殺人者って...(笑)
一番好きなのは、ヴァン・ダインのシリーズ物の主人公ファイロ・ヴァンスのピアノの腕前に関する話。「カナリヤ殺人事件」ではブラームスの「カプリッチォ第一番」という曲を弾いているヴァンス。それを読んで「素人としてはよく弾けるほうだろう。私立のお嬢さん音大くらいには合格するかもしれない」と書いてます。でもこれには続きが。

...と思って「ドラゴン殺人事件」を読んだら、これがすごい!「未解決の知的問題に深くとらえられた」ヴァンスは、苦悩に満ちた様子で、夜中の三時に、かのベートーベン至高のソナタ第二十九番「ハンマークラヴィーア」の長大なアダージオを弾きはじめるのである。お嬢さん音大だなんて言って、ゴメンナサイ。(P.33)

こんな調子で進んでいくんですよ。楽しいです♪(文春文庫・創元ライブラリ)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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パリ左岸の静かな地区に住む著者は、自分の住むアパルトマンの近所に「デフォルジュ・ピアノー工具と部品」という小さな店があるのに気付きます。毎朝子供を幼稚園に送り迎えする度に店の前を通り、ピアノの修理に使う工具や部品を眺め、時には店の正面にあるカフェから店を眺める著者。そのうち、もう一度自分のピアノが欲しいという思いがふくれあがります。そしてとうとう店の扉を叩くことに。店の主人に、中古ピアノはなかなか手に入らないと言われながらも、店に通う著者。そんなある日偶然目にしたのは、店の奥の光溢れる空間。そこは、ありとあらゆるピアノとその部品で埋め尽くされているアトリエでした。

この作品は再読。以前読んだのは丁度5年前、ブログを始める直前です。その後また読みたいなと思いつつ、なかなか通して読むところまではいかなかったんですが、ようやくじっくり読み返せました。
何度読んでも本当に素敵な作品。楽器を弾かない人にももちろん楽しめると思うんですけど、特に子供の頃にピアノが大好きだった人、大人になってからも弾きたいと思ったことがある人は、そのまま楽器屋さんに直行したくなっちゃうかもしれませんー。そしてまた先生について習いたくなっちゃうかも。という私は大学生になって上京する時にピアノをやめてしまったんですが、あそこでやめてなければ... って思っちゃう。ああ、細々とでも続けていれば...! そしてそして、ベビーグランドピアノが欲しいですーっ。そうでなくても、今通ってるサックス教室にグランドピアノがあって、触りたくて仕方ないのを毎週我慢してるというのに、ほんと酷な作品だわ。(笑)
リュックのアトリエにものすごーく行ってみたくなるけど、これは絶対無理。著者もそんなこと望んでないでしょうし。でもせめて、今からでもアンナみたいな先生にめぐり合えたらいいのにな。そしたら家の真ん中に可愛いベビー・グランドピアノを置いて、いつでも熱心に練習するのに。ああ、やっぱり無理かしら。(新潮クレストブックス)

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熊井明子さんといえば「ポプリの人」というイメージしかなかったんですが、やっぱりそのポプリのイメージそのままの本でした。少女だった頃の話から、映画監督の熊井啓氏と結婚したこと。そして結婚後のことなどが色々綴られていて、実際にはポプリの話はあまり出てこないんですけど、その土台はやっぱり「ポプリ=乙女」なイメージ。このエッセイが書かれた時、熊井明子さんはもう30台後半になってらしたはずなんですけど、まだまだ少女らしさを残してらしたんですねー。お好きな詩が沢山引用されてるところも一昔前の文学少女という感じだし... たとえば内藤ルネさんデザインのハンカチの話が出てくるところでは、以前読んだ田辺聖子さんのエッセイを思い出してしまいます。田辺聖子さんは中原淳一さんがお好きで、そのことを書いてらしたので、内藤ルネさんのお名前が出てきてたかどうかはさだかではないのですが...。随所で時代を感じさせるし、そもそも私自身が全然乙女系じゃなかったので、読んでてちょっとツラい部分もあったんですけど、それでも気がついたらするすると最後まで読んでしまいました。
読んだ後でちょっと調べてみたら、熊井明子さんのご主人の熊井啓氏は2007年に亡くなってたんですね。ということは1962年に結婚してらっしゃるので結局、40年目のルビー婚式... か、45年目のサファイア婚式までだったのかあ...(文中にそういう話が出てくるのです) でも1972年公開の「忍ぶ川」の前後で体の具合が相当悪くて生死の境をさまよったような話が出てくるので、「2007年に亡くなった」というよりも「2007年まで生きていた」という方が強いかも。最近まで生きてらしたと知って、なんだかちょっとほっとしてしまいました。(じゃこめいてい出版)

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高柳佐知子さんの家の庭の花壇は、春先から秋の終わりまで絶えず花が咲き続けているのだそう。季節ごとに咲いている花を買ってきて植えているのではなく、元々植えられている花が次から次へと咲くのです。そういった花壇や庭を手入れしているのは、庭仕事が大好きだという高柳佐知子さんのお母さん。そんなお母さんが世話している庭の一年間を、高柳佐知子さんが記録していきます。

まえがきに「私のうちの小さな庭の小さな花壇」とあるんですが、全然小さくなんてありません。全体図もあって、植わっている木の名前が書かれてるんですけど、もう数えるのが大変なほど沢山あって! これで「小さな庭」だなんてどこが!?です。これってまるで、全然太ってないむしろ痩せてる女の子が「今度こそダイエットしないとヤバイ~」なんて言ってるようなものなのでは。(笑)
読んでいたら、私もこんな庭が欲しいー!!と悶えてしまいそう。でもここまで広かったら、私には世話ができないな。うちの母は植物を枯らす名人なので、高柳佐知子さんのお母さんみたいなことは期待できないし...。この4分の1ほどの広さでいいや。それでも十分広そうですもん。って、それも今の状態ではまず無理なんだけど。(笑)(河出書房新社)


+既読の高柳佐知子作品+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

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翻訳家の青山南さんの奥様はフリーのライター。2人のお子さんが出来て、翻訳家という比較的時間が自由になる仕事の青山南さんも子育てに本格的に参戦して... という子育てエッセイ。

プロローグの「夕日をながめるぜいたく」が、まず面白いです~。「ひとりの男とひとりの女がひっそりと暮らしている空間に赤んぼが出現したらどういうことになるか?」という文章から始まるんですが、もうほんと実感がこもってます。
まず部屋が狭くなる... 赤んぼの寝る布団を家の中の一番良い場所に置くために、狭い部屋はますます狭くなり、赤んぼを踏んじゃいけないので、部屋の中が自由に歩けなくなる... 数ヶ月過ぎてそれにも慣れた頃、赤んぼは右に左に動きだして部屋は一層狭くなる... しかし狭い部屋にも既に慣れてきているので、さらに狭くなったことに気がつかない... そして寝返りという、これまた部屋がどんどん狭くする行動を心待ちにするようにさえなる...。
世の中、主夫も徐々に増えているようですが、やっぱり一般的な会社勤めをしている男性に子育てはなかなかできないですよね。ちょっぴり奥さんの手伝いをしたり、休日に子供の相手をした程度で、子育てに積極的に参加してると思ってる男性も多いかも?(世間一般の実態はよく知りませんが) でも青山南さんは正真正銘、子育てに参加してるなあって思っちゃう。しかもいいお父さんなんだなあ、これが。ご本人はすぐヒステリーを起こすようなことを書かれていますが、きっと娘さんたちの自慢のお父さんなんでしょうね。

+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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「小説そのものも楽しいが、その周辺のことを知るともっと楽しい」という青山南さん。ゴシップというと下世話な噂話を想像してしまうんですが、そういった興味本位の噂話の本ではありません。ここで言うゴシップとは、作品や作家、出版業界の周囲の様々な話題のこと。

ええと、文章を書いてるのが青山南さんですしね、エッセイとしては読みやすいんですけど... 他のエッセイほど楽しめなかったのは、やっぱり私があんまりアメリカ小説を読んでいないからなんだろうなあ... もちろん知らなくても面白く読める部分もあるんですけど、たとえばポール・オースターの章は他の作家さんの章よりずっと楽しく読めたことを考えると、もっと知っていればきっともっと楽しめたんでしょう。
そんな私にとって一番面白かったのは、コラムに関する章。「それにしても、あれはどうにかならないものか。読んだコラムがおもしろかったときにそれをたたえるためにつかう、「良質の短篇小説でも読むような」とか「一級品の掌編にでもめぐりあったような」という常套句。あれはよそうよ。」という文章にはドキッ。確かにここで短編小説を引き合いに出す必要なんて全然ないですよねえ。でも私もそういうことを書きたくなっちゃうことがあるからなあ。青山南さんが書いてらっしゃるように「コラムは、うまくいった場合でも、よくできた短篇程度のものにすぎない、という意識がかくれている」というわけではないんだけど、でもやっぱりそうなのかも...。で、「これはもはやスポーツライティングではない」なんて言い始めるんですね。(笑)
あとはデビュー前に原稿を突っ返されたり、デビュー後でも原稿がボツになったりという話。時にはどっちも体験してない人もいるようですが、やっぱり結構大変みたい。それでも書き続けなければ作家として大成することはできないし... 成功するには純粋な才能の他にも、確固とした自信や強い精神力が必要なんでしょう。せっせと投稿し続けて、しまいには出版社がそのパワフルさに負けてしまうというケースもあるようだし。そしてスティーヴン・キングみたいな人気作家でも、短篇60篇(!)と長篇4篇がボツになってるそうなんですが、まるでめげずに「ぼくはいくらでも書けるから、そんなの、ものの数じゃないヨ」と明るいんですって。やはりこういう作家が最後まで生き残るんだな。(晶文社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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1つ前の「アリゼの村の贈り物」の感想で、エッセイ向きじゃないかなと書いた部分が全開の本。うん、やっぱり美味しいお菓子や庭の花で作る小物の作り方は、こっちの本の方が似合いますね。高柳佐知子さんが住んでらっしゃるのは、ご本人曰く「カントリーといえるような美しい風景」ではなくて「中途半ぱな田舎」だそうなんですけど、それでも広いお庭には花が咲き乱れて、お友達が送ってくれた箱いっぱいの野のスミレを植えたり、そんなお庭でイースターの卵さがしをしたり、庭のテーブルで食事やお茶をしたりと生活を満喫している様子がとても楽しそう。あと、洋書店で偶然絵本に出会って以来ファンだというターシャ・テューダーさんに会った時のことや... エプロンや帽子、ほうきやはしごのこと、飛行船のこと、放浪人のこと、屋根裏部屋のことなど、お好きなものが色々紹介されています。
そして私が一番のお目当てにしてたのが、高柳さんのお好きな児童文学の話。やっぱりコレが一番面白かった...!
「お伽の国の言葉」と「読書人の黄金時代」のページはカラーのイラストと共に沢山の本やその中の言葉が紹介されていて、私もイギリスの作家の本が大好きだし、子供の頃から大好きな本がいっぱい登場するので、嬉しくなってしまう~。ここに、ファージョンの「西ノ森」から「詩みたいなものですわね」という言葉が出てくるとは! でも高柳佐知子さんが本格的に児童文学やファンタジーと出会ったのが20代半ばだというのがちょっとびっくり。もっと小さい頃から親しまれていたのかと思ってました。ある日、電車での時間潰しのために「大きな森の小さな家」(ワイルダー)をふと手に取ったことから始まったのだそうです。それからの数年間は「読書人にとっての黄金時代」だったとのこと。それでここまで影響されたというのもスゴイなあ... でもそれは本当に幸せな数年間だったんでしょうね。他人事ながらものすごく分かる気がします。(大和出版)


+既読の高柳佐知子作品+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

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日本の伝統的な色の辞典。
色の名前とその由来、それらの色の元になる自然界の原料、その組み合わせや染め方、色と色との微妙な違いのこと、歴史の中でのその色の扱われ方や著者の考察・推論などが、色見本と共に紹介されていきます。

「辞典」ですし、最初は本当に辞典のように自分の興味のある色についてその都度ピックアップして読もうと思っていたんですが、説明の文章の思わぬ読み応えに、結局最初から最後まで通して読んでしまいました。いやあ、勉強になるし、何より面白い! 日本の色らしく、万葉集や古事記、源氏物語や枕草子など日本の古典文学からの記述も多いです。その中でも特に目立つのは源氏物語。この本に引用されている源氏物語の中の色にまつわる文章を見ていると、平安時代の雅びな文化を再認識してしまいますね。やっぱり平安時代の貴族って物質的にも精神的にも豊かだし、美意識も高いなあ。色の名前ももちろん素敵だし、そんな色に心情を託すのも素敵。色という視点から源氏物語を改めて読んでみたくなってしまいます。あとは、もちろん中国絡みのエピソードも多いですし... でも中国ならお隣だし、歴史的にも付き合いが長いので分かるんですが、ヨーロッパやアジア諸国、たとえば古代ギリシャ・ローマ、古代エジプト、さらにはアンデス文明やマヤ・アステカ文明にまで話が及ぶにつれ、著者の見識の豊かさに驚かされてしまいます。そして古代ギリシャ・ローマ帝国の帝王の衣服の象徴的な色となった帝王紫、貝からとる紫色の話については、リンゼイ・デイヴィスの密偵ファルコシリーズにも書かれていたので、なんだか嬉しくなってしまったり。
実際に著者の工房で染められたものが見本として採用されているようです。それぞれの色の見本はもちろんのこと、日本の四季を豊かに表現する襲の色目の美しいこと! それぞれの色に縁の品々の写真などもオールカラーで収められているので、眺めているだけで楽しめますし、じっくりと読めば一層楽しい1冊です。(紫紅社)

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こういう本の感想は滅多に書かないんですけど... 手芸家の高橋恵美子さんのエッセイです。

子供の頃から物を作るのが大好きで、手芸に限らず常に色んなものを作ってきた私なんですが、今まで針と糸の縫い物だけは相性がイマイチ、とずっと思っていたんですよね。ミシンなんて持ってないし買う予定もナシ。布を裁断するなんて大の苦手。これから先も縫い物は必要最低限しかしないだろうと思っていたんですが...。
最近、自分でもちょっと針と糸に対して気持ちが和らいでるのを感じてはいたんです。(笑)でも縫い物の本は大抵ミシンで作るのが前提。確かに布の大きさや何やかやはミシンでも手縫いでも一緒だし、基本的に「縫う」という作業も同じはず。でも、なんか億劫... だったんですよね。そんな時に見つけたのが手縫いオンリーのバッグの本。丁度18色の糸セットを入手していたこともあって(本来は違う用途のためだったんだけど)、すっかりハマってしまいましたよ! それから半月ほどで、バッグを4つと共布のポーチその他をざくざくと作ってしまったほど。
「基本からはじめる手ぬいのバッグ」と「手ぬいでチクチクやわらかいバッグ」には、「手縫い」という言葉からはちょっと想像できなかったような素敵なバッグが沢山紹介されています。しかも綺麗な色糸のステッチをポイントにして見せてしまうのが可愛くて~♪ このセンスに心がぐぐっと鷲掴みにされちゃいました。そしていざ作り始めてみると、説明がとても分かりやすくて案外すいすいと作れるし。

とは言っても、普段ならそんな風にハマってもエッセイまでは読まないと思うんですけどね。バッグの本で既に感じるものがあったせいか、こちらにまで手を伸ばしてしまいました。んんー、やっぱりいいかも。たとえばなぜミシンじゃなくて手縫いなのかという部分では、私も似たようなことを感じていたし。確かにミシンの方が丈夫に綺麗にしかも速く縫えるでしょうけど、手縫いのちくちくと縫い進める感覚の方が私には合ってると思うし、手縫いならではの柔らかい仕上がりも好き。縫いながら微妙な加減ができるところもいいし、両手の範囲内で細々と作業するのも好き。ミシンの出し入れに関しては私も億劫と思うだろうし、それで結局縫い物から遠ざかってしまうなんて、いかにもありそう。(笑)

この本の中の「色いろふきん」という章に、傍に白い布を置いておいて、残り糸がでた時にちょこちょこと刺しておくと自然に布巾が出来てしまう...というエピソードがありました。これを読んだ時にいいなあ私もやりたいなあと思ったんですが、実際にその布巾の写真を見てみると、ほんとすごく可愛い! せっかく綺麗な色の糸を使ってるんだし、私も今日からやってみようっと。(主婦と生活社)


ちなみに↓の2冊もここ数ヶ月のマイブーム。トルコの女性がかぶるスカーフにつける縁飾りのことを「オヤ」と言うんですが、左の「ビーズの縁飾り」は、そのオヤのうちビーズを使ったボンジュックオヤにヒントを得ている本。基本的にレース編みの技法で作っていきます。そして右の「トルコの可憐な伝統レース イーネオヤ」は、縫い針と糸で編んでいくイーネオヤの本。どっちもものすごく可愛いんです♪
 

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中国古典の中から365の言葉を選び、1年365日毎日一言ずつ紹介していくという形で構成された本です。何がきっかけで私ってばこんな本を買ったんだっけ、と思いつつ、ずーっと積みっぱなしなので読んでみたんですが...
うーん、様々な名言を知るという意味では良かったんですけど、あまり私向きの本ではなかったみたい。これって一種のビジネス書ですよー。現在管理職にある人間や経営者、あるいはそういった地位を目指す人が読むべき本なのでは。というか、毎日の言葉そのものがそうだというわけではなくて、その言葉に対する解説が思いっきり管理職 and 経営者向けなんです。
改めてアマゾンの紹介を見てみると

先人の英知の結晶である中国古典指導者の心得から処世の知恵に至るまで、ビジネスマンが気軽に読め、かつ実践に役立つ珠玉の言葉、365篇を平易に解説。

やっぱりビジネスマン向けの本だったのかーっ。

ちなみに今日5月11日の言葉は礼記から、「細人の人を愛するや姑息を以ってす」。
「細人」は君子の反対で詰まらない人間という意味。本当は次のような対句になっているのだそうです。

君子の人を愛するや徳を以ってし
細人の人を愛するや姑息を以ってす。

言葉通りに取れば愛の深さの違いって感じですが、君子と細人とでは人間のレベルが違うということだとのこと。
まあ、日付と言葉に特に関連はないんでしょうけどね。(笑)(PHP文庫)

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ウンベルト・サバ、ジュゼッペ・ウンガレッティ、エウジェニオ・モンターレ、ディーノ・カンパーナ、サルヴァトーレ・クワジーモドという20世紀を代表する現代イタリアの5人の詩人たちについて書いた「イタリアの詩人たち」、そして須賀敦子さんによる翻訳で、「ウンベルト・サバ詩集」「ミケランジェロの詩と手紙」「歌曲のためのナポリ詩集」。

「須賀敦子全集」のほとんどがエッセイだったんですが、この第5巻は須賀敦子さんによる翻訳が中心。最初の「イタリアの詩人たち」こそ現代詩人たちの紹介と批評になってるんですが、それ以降は全て翻訳です。でも読んでいて、これこそが須賀敦子文学の原点なんだなあという感じでした。やっぱりイタリアの文学、特に詩を愛していたからこそ、エッセイのあの文章が生まれてきたんでしょうね。
そして「イタリアの詩人たち」は、特に須賀敦子さんの核心に迫る部分なのではないでしょうか。5人の詩人たちの作品とその魅力が、それぞれに美しく透明感のある、1人1人の詩人に相応しい言葉で翻訳されていきます。私はあまり詩心がないんですけど、それでもやっぱり須賀敦子さんの言葉は沁みいってくるものがありますねえ。声に出して朗読してみたくなります。そして私が特に気に入ったのは、精神分裂症のために放浪と病院生活を繰り返しながら散文詩を書いていたというディーノ・カンパーナの作品。散文なので分かりやすいという部分もあるんですけど、とにかく美しい! 須賀敦子さんも書いてますが、狂気の中に生きていたからこそ純粋に詩の世界を追求することができたというのは、やはり詩人として幸せなことだったのでしょうね。もっと色んな作品を読んでみたいな。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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「いろいろ月記」は、バッグアーティストの中林ういさんが、4月は「草のみどり」、5月は「空のあお」というように月ごとのテーマカラーを決めて、その時々の自然の情景や、それらの情景に触発されて作った手作りの物を紹介したりしていく本。見慣れた聞き慣れた行事でも、ちょっとした思い付きのイベントでも、ほんの少しの手作りで一層楽しく素敵になるんですよね。こういうのは、毎日をただ「忙しい~」と慌しく過ごしているとできないワザだな。(「忙しい」っていう言葉は、一回口にするごとにテキメンに心をなくしていくように思えてイヤ) しかも中林ういさんが、ごく自然体のままで色んなことを楽しんでるって感じなのが素敵。(何事においても、どこか気負ってるのを感じさせる人って見ていて痛々しくなっちゃう) その時々に披露される中林家にまつわるエピソードも楽しいものばかりだし、読んでいると自分もゆったりとした気分で日本の四季を楽しみたくなります。
そして「サルビア歳時記」は、木村衣有子さんの文章、セキユリヲさんのイラスト、徐美姫さんの写真で、こちらも素敵なんですよ~。その月ごとの花や行事、料理、季語、その月に相応しいかさね色などが紹介されていく本です。かさね色では、その季節の花の美しい色そのものだけでなく、色あわせも楽しめるところがポイントですね。おお、こういう色合わせができるんだ、綺麗! と新鮮な気持ちで眺めたりなんかして。その月に忘れないようにしたい三箇条が書かれているところも楽しいし。ただ、見た目にも色彩を楽しめるように作られている本なのに、最後の3月の章だけは白黒なんですよね。予算の関係なのかもしれませんが、せっかくなのに残念。

以前読んだおーなり由子さんの「ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記」(感想)も可愛かったけど、私の好みとしてはこんな風に月ごとになってる方が、心地よく季節のうつろいが感じられて好きかも。そしてこの2冊、表紙の色のトーンがとてもよく似ていて、まるで双子本みたいなんです。この画像からは分かりにくいんですが、「いろいろ月記」の表紙の実の色が「サルビア歳時記」の地の色とほとんど同じだし。同じ日にこの2冊を手に取るというのもすごいなあ、なんて並べて眺めながらほけほけと感じていたり。(PHP研究所・ピエ・ブックス)

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「自負と偏見」や「エマ」などの作品群で、一貫して18世紀の上中流(アッパーミドルクラス)の人々を描き続けたジェイン・オースティン。そんなジェイン・オースティンが親しかった姉・キャサンドラなどに送った書簡集。

この本を読むと、ジェイン・オースティンって筆まめだったんだなあと思っちゃうんですけど、これでもかなりの数が失われてしまっているのだそう。姉のキャサンドラは晩年ジェインの手紙を読み返して、人の目に触れて欲しくない手紙を燃やし(姪のキャロラインの回想では「その大部分を燃やし」と表現されているとのこと)、残したものでも不適当と感じた箇所は切り取ってしまったのだそうです。なんてこと! でもその頃はイギリスもヴィクトリア朝に入っていて、すっかりお堅い雰囲気になっていたでしょうしね。ジェインの若い頃(ジョージ3世時代)の自由闊達な雰囲気は既にあまりなかったでしょうし... まあ、気持ちは分からないでもないです。読めないのは残念ですが、残っている手紙だけでも当時の中流階級の人々の日々の暮らしが分かって楽しいんだから良しとしなくては。ちなみに当時の手紙は今の電話のような感覚とありましたが... むしろメール感覚ですかね?

そして一読しての印象は、意外と辛辣なことを書いているということ。特に「綺麗で軽薄な蝶々?」と題された20代の手紙を集めた第1章での

シャーボーンのホール夫人は、予定日の数週間前に死産してしまいました。何かショックを受けたからだということです。うっかり夫の姿を見てしまったのでしょう。

このくだりにビックリ。ひえー、凄いこと言いますね。ここまでキツいブラックユーモアは他の手紙には見当たらなかったので、キャサンドラが燃やしたり切り取ったりした手紙には、こういった類のことが多かったのかも。こういうことを書く人だったのかあ。
作品の中では一貫して「品」にこだわり続けたジェイン・オースティンですが、作中でほとんど全部の登場人物たちの欠点をさらけ出しているように、手紙でも辛辣な人物観察は留まるところを知らなかったようです。そして、ジェイン・オースティンの素顔は、どうやら「マンスフィールド・パーク」のファニーのような、あるいは「分別と多感」の姉のエリナーのようなタイプではなくて、恋をした時はむしろエリナーの妹のマリアンタイプ。「エマ」の主人公・エマような早とちりも多かったんじゃないかしらと思うんですが、一番近いのは、やっぱり「自負と偏見」のエリザベス? この本の前に読んだのが「マンスフィールド・パーク」だったので、どうもそのイメージが強いんですけど、やっぱりあんな地味なタイプではないですよね。(笑) 完全無欠ではないからこその茶目っ気が可愛らしいです。(岩波文庫)


+既読のジェイン・オースティン作品の感想+
「自負と偏見」オースチン
「エマ」上下 ジェイン・オースティン
「分別と多感」ジェイン・オースティン
「マンスフィールド・パーク」ジェイン・オースティン
「ジェイン・オースティンの手紙」ジェイン・オースティン
「説きふせられて」ジェーン・オースティン
「ノーサンガー・アベイ」ジェーン・オースティン

+既読のジェイン・オースティン関連作品の感想+
「ジェイン・オースティンの読書会」カレン・ジョイ・ファウラー

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NHKのラジオ中国語講座に1年半に渡って連載したという「中国古今人物論」を加筆修正したもの。「劉備」「仙人」「関羽」「易的世界」「孫子」「李衛公問対」「中国拳法」「王向斎」の8章に分けて、「中国」というキーワードのみで興味に任せて綴っていった、中国に関する「雑多な読み物」。

最初は人物伝でいくつもりだったらしくて、三国志で有名な「劉備」に始まり、その後も「仙人」や「関羽」とくるんですが、ふと気がつけば、話は易や兵法、そして拳法へ... 一読した印象は雑多というよりも何というよりも「アンバランス」でした。でもね、人物伝で通してもおそらく面白い読み物になったとは思うし、実際、関羽が理想的な神さまになってしまう話なんかも面白かったんですけど、この辺りはどちらかといえば、不特定多数の読者のために広く浅く読みやすい物を書いたという感じ。それよりも本文の半分近くを占めている「中国拳法」と「王向斎」の章がやけにマニアックで面白かった! 中国拳法に特化してしまうと、ラジオ講座の連載にはあんまり相応しくないかもしれないですけど、これだけで1冊書いてしまっても良かったのでは? なんて思ってしまうほど。やっぱりこの方は、あんまり型にはめたようなことをしない方が力を発揮するタイプの作家さんなんでしょうねー。しかもこの「中国拳法」や「王向斎」の章は、そのまま小説のネタになりそうなエピソードがいっぱい。いつか本当に小説で読める日が来るのかも?(笑)
あと私が気になったのは、「李衛公問対」。これは唐の時代に李世民(太宗皇帝)とその重臣・李靖が対談したという体裁の兵法書なんですけど、実際には兵法オタクが書いた本らしいです。そういう存在って、いつの時代にでもあるものなんですねー。諸葛亮のあの計略は実際にはどんなものだったんだ...?みたいなやり取りもあったみたい。ちょっと読んでみたくなっちゃいました。(文春新書)


+既読の酒見賢一作品の感想+
「陋巷に在り」1・2 酒見賢一
「陋巷に在り」3・4 酒見賢一
「陋巷に在り」5・6 酒見賢一
「陋巷に在り」7・8 酒見賢一
「陋巷に在り」9・10 酒見賢一
「陋巷に在り」11・12 酒見賢一
「陋巷に在り」13 酒見賢一
「語り手の事情」酒見賢一
「聖母の部隊」酒見賢一
「ピュタゴラスの旅」酒見賢一
「泣き虫弱虫諸葛孔明」酒見賢一
「中国雑話 中国的思想」酒見賢一
Livreに「後宮小説」「墨攻」「童貞」「周公旦」の感想があります)

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カメラマンでありデザイナーでもあるベン・ジョンソンは、雑学コレクター。毎年クリスマスになると友人たちに贈っていたちょっとした冊子は、じきに1冊の本としてまとめられ、100万部を超えるベストセラーになることに... ということで、いまむるさんに教えて頂いた本でーす。全ページものすごい雑学のオンパレードなので「読んだ」とはちょっと言い難いんですが、一応最後まで目を通したので...(笑)
ええと、こういう本はどうやって紹介すればいいんでしょう? アマゾンのこの本のページを見ると、本の掲載項目の一部が紹介されていたので、それをそのままコピペしてしまうと

チャールズ皇太子の偽名、結婚記念日の贈り物、英国国歌、ノアの方舟の仕様、シャーロック・ホームズ・シリーズに登場するベーカー・ストリート・イレギュラーズとは?、英国流「天下分け目の戦い」とは?、ビートルズのアルバム『サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』ジャケットに登場する人物リスト、英国のビッグマック仕様、ケンブリッジ対オクスフォードのボート・レース歴代戦績、歴代ボンド映画の敵・女・車、ボウタイの結びかた、コックニーのアルファベット、英国ブラのサイズ、チェス用語、コーヒー・ショップで使うスラング、サリーの巻き方、エモーティコン、英国硬貨仕様、複合語の複数形、矛盾する語句例、男女交際略号、占いの種類、人の名前を冠した食べ物、花ことばの歴史、英国サッカーチームのニックネーム、ワールドカップ優勝国と決勝戦のスコア、フリーメーソンの階級、英国競馬レース・グランドナショナル歴代優勝馬、ヘンリー8世の妻、英語の回文、有名な馬の名前、狩りのシーズン、アイルランドの決闘体系、円卓の騎士、編み物の略号、有名な臨終の言葉、有名な左利きの人、ロンドンの地下鉄、ミス・マープル・シリーズの殺人方法、マティーニの作り方、医学略語、英国諜報部について、英国軍の階級組織、よくスペルを間違える単語、英国歴代君主、ヴィクトリア時代の服喪、さまざまな殺人の呼び方、タイタニックの積荷詳細、英国パスポートの文言、英語の早口ことば、結婚にまつわる迷信、ワインボトル用語、外国語由来の英単語など

もちろん全部が全部興味のあることってわけじゃないんですけど、でも面白いです。いやあ、これはほんと凄いですよー。隅から隅まで雑学だらけ。「そんなこと知っててどうする?」って言いたくなるようなことから「へええ、そうなんだ!」まで、取り上げられている事柄も様々。それにやっぱり英国人向けですからね。そのまんま訳しても分からない部分が多いだろうと、訳注もさりげなく充実してます。でもこれを日本語に訳すのは本当に大変だったでしょうね。
一気に読むより、何かの折にふと手にとって開いたページを読むというのが正しい読み方かと。本国英国では、飲食物に関するトリビアの第2弾と、スポーツとゲームに関する第3弾が出て、そっちも人気だそうです。(日経BP社)

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美しい書物はどのようにしてつくられてきたか。中世イギリスの辺境の島で修道僧たちによってつくられた福音書。グーテンベルクやカクストンら初期印刷術者によってつくられた書物。そして、ウィリアム・モリスの理想の書物―。書物の美しさの精髄を豊富な図版を駆使して解き明かす。本を愛してきた人間の情熱とその運命を人間味あふれる数々のエピソードをまじえて物語る、たのしい書物の文明史。(「BOOK」データベースより)...ということで、「中世の彩飾写本」「初期印刷術」「彩色図版のあるイギリスの書物」「プライヴェート・プレスの時代」という4章に分けて、書物の歴史や変遷を見ていく本です。

ええと、これは結構楽しみにしてた本なんですけど、あんまり面白くなかったです... 著者はイギリスの古書業界では結構有名な方のようだし、図版がたくさん紹介されてるのは良かったんですが、なんといっても文章が。うーん、これはきっと翻訳の問題なんですね。文章中に注釈が入れ込まれているのが、なんとも邪魔で仕方ありませんでしたー。それにその時話題にしている図版が全然違うページに挟み込まれていたりするのも不便だったし。(時には何十ページも戻ることも!)
それと、これは著者がイギリス人だから仕方ないかなとも思うんですけど、3章の「彩色図版のあるイギリスの書物」はちょっと余計に感じられてしまいました。4章のモリス他のプライベートプレスに関しても、それほど目新しいことは書かれていなかったので、この辺りについてはウィリアム・モリス自身の「理想の書物」なんかを読む方がずっといいと思いますね。3・4章はあっさり省いてしまって、もっと1・2章を掘り下げて欲しかったかな。いや、むしろ「ケルズの書」辺りを直接眺める方が、余程楽しかったかも。なんて言ったら、この本の存在価値は...?(笑)(晶文社)

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「三六六日の絵ことば歳時記」という副題通り、1年366日の1日ごとに1ページ、その日が何の日だとか各地のお祭や行事、その季節ならではのお料理のレシピ、身近な草花や鳥や虫のこと、星座のこと、そしてそういうことからおーなりさんが思い出すエピソードなどを、優しいイラストを交えて書き綴っていった本。
タイトルを「ひらがな暦」としたのは、歳時記や暦に詳しくない人でも楽しめる、ひらがなのようにやさしい本にしたいから、とあとがきにありましたが、本当にその通りの本になってます。いやあ、可愛い本だなあ。こういう本って、本当は全部通して読んだりしないで、その日その日に毎日少しずつ読むべきなんですよね。私は図書館で借りてしまったので、結局通して読んでしまったのだけど...。今この季節に夏のことを読むのは、ちょっぴり妙な感じ。
今日、1月21日は大寒。「一年中で一番、寒い日。」(新潮社)


+既読のおーなり由子作品の感想+
「しあわせな葉っぱ」おーなり由子
「ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記」おーなり由子
Livreに「きれいな色とことば」「月の砂漠をさばさばと」「モーラと私」の感想があります)

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白黒の猫のMikaと「わたし」の日々の遊びの本。2人のおもちゃ箱には、古いものから新しいものまで沢山のお気に入りのおもちゃが詰まっています。そして毎日のように、次から次へとおもちゃを取り出しては遊びを考えているのです... 19のおもちゃと遊びを、絵と写真と詩で紹介していく本です。

古いフランスのおもちゃ写真とイラストが中心の本。うわあ、なんて可愛い!!
こみねゆらさんのイラストも素敵だし、蚤の市で見つけたようなおもちゃも可愛い~。と思ったら、ここに載っている写真のおもちゃは、描いたイラストからこみねゆらさんがご自分で作られたものなのだそう。すご~い。だからこんなにお互いにしっくり馴染んでるんですね。実際にゲーム盤とゲームの駒がついていて、切り取って遊ぶようになっているのだけど... こんな本を切り取れるわけがありません! 普通の本の帯の半券だって切り取るのを躊躇するというのにぃ。ああ、なんでこういうの本が絶版? 図書館で借りてきたんだけど、やっぱり手元に欲しいなあ。
ちなみに、こみねゆらさんの公式サイトはコチラ。(白泉社)


+既読のこみねゆら関連作品の感想+
「妖精王の月」「歌う石」「ドルイドの歌」O.R.メリング
「夏の王」「光をはこぶ娘」O.R.メリング
「夢の書」上下 O.R.メリング
「空とぶじゅうたん」1・2 新藤悦子・こみねゆら
「こもれび村のあんぺい先生」「にこりん村のふしぎな郵便 」「トチノキ村の雑貨屋さん」「ゆうすげ村の小さな旅館」茂市久美子
「風の誘い」茂市久美子
「仏蘭西おもちゃ箱」こみねゆら

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先日読んだ伊勢英子さんの「カザルスへの旅」で興味を持ったパブロ・カザルスなんですが(感想)、イギリスのチェリスト、ジュリアン・ロイド・ウェッバーによる本があるのを見つけたので、読んでみました。(ちなみに「オペラ座の怪人」の人はアンドリュー・ロイド・ウェバー ←自分のためです・笑) 確かにカザルスを紹介する本ではあるんだけど、エッセイあるいは小説的な文章の本ではなくて、カザルス自身、及び周囲の人々の言葉を拾っていくことによって紹介する本でした。とてもシンプルな作りだし、伊勢英子さんの本でクローズアップされていたようなスペインからフランスへの亡命にまつわるエピソードに関してはあまり読めなかったのだけど... チェロの奏者として、指揮者として、あるいは1人の人間としてのカザルスの姿が、様々な人間の言葉によって浮かび上がってきます。
そしてこの本を読んでいる間中ずっと聴いていたのは、パブロ・カザルスのバッハ無伴奏チェロ組曲。あとは、ホワイトハウスで演奏された「鳥の歌」。ああ、これがカザルスの音なんだなと、しみじみと。いやあ、いいですねえ。心に切々と染み入ってくるようです。(ちくま文庫)

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癌で亡くなったお父さんのこと、高校生となった2人の娘さんのこと、犬のグレイのこと。空のこと、風のこと、雲のこと、絵を描くこと、そして自分のこと。2年もの間、空の底に棲んで、昨日と明日の境目で「空の断片」を切り取っては、「その形や色をことばにおきかえて 空のあなをうめて」いく作業をし続けていたといういせひでこさんの、日常を切り取ってスケッチしたようなエッセイ集。

このエッセイは、「雲のてんらん会」の絵本(感想)とほぼ同時期に書かれていたみたいですね。この2冊はセットで楽しむべき本なのかも。それぞれのエッセイのタイトルも、「はぐれ雲」「ひつじ雲」「ひこうき雲」「徒雲」「線状巻雲」「北海道の雲」... と、雲や空を感じさせるものばかりです。毎日の空に浮かぶ様々な雲にはそれぞれの物語があるように、それらを集めたこの本もまた、まさに「雲のてんらん会」という言葉に相応しいものになってます。こうやって空の雲を言葉に置き換えていくことによって、伊勢さんご自身が様々な出来事を乗り越えるための静かなパワーを生み出していたのかも。
この本の表紙の絵は、「五月の歌」というタイトルで、真っ青な空の下で少年が一心にチェロを弾く絵。聖路加国際病院の小児科病棟にあるのだそうです。小児科病棟にこんな絵が飾られているだなんて素敵だな。(理論社)

昨日と明日に境はなく
それでも後ろをふりとばして
歩いていく中で
出会った雲や風や光。
毎日かきかえられる空の地図。
透明なはさみをもって
空の底に棲む私。
切りとられた「空の断片」は
スケッチ帖からはみ出し
ポケットからこぼれ出し
行き先をさがしていた。
ていねいにひろって
そらのひきだしにしまった。


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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「風の又三郎」に描いている伊勢英子さんの絵が気に入って、相手がどこの誰なのかもまるで知らないまま、94年に毎日新聞に連載することになっていた「『死への医学』への日記」の挿絵を頼んだという柳田邦男さん。それ以来、伊勢さんは柳田さんの本の装幀や挿絵を手がけるようになったのだそうです。その柳田邦男さんと伊勢英子さんが、それぞれの心の原風景を探そうとするduoエッセイ。お題となっているのは、「かなしみ」「空」「ころぶ」「存在理由」「忘れる」「音楽」「マイウェイ」「眠る」「身体感覚」「笑う」「夢」「自立」。それぞれご自分のエッセイにご自分で挿絵を描いています。

以前伊勢英子さんの「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」を読んだ時に、日常&読んだ本log のつなさんに教えて頂いた本です。(記事
まず、プロローグでお2人の対談があるんですけど、ここで伊勢英子さんが仰ってる言葉が良かったなあ。

自分探しの旅というのは、いろいろなものを捨てて行くものではないんです。じつは「今」を意識することに戻り、そのたびに幼少期の原風景まで戻って行くみたいな旅です。捨てるのではなく何度でも拾いにいく。ただ五歳のとき感じたものを思い出すことはできても、今は五歳のときとは絶対違う歩き方でその同じ風景を感じたり見たりしている。そういう意味で、一見、五歳とか六歳の原風景にたどり着き、それを大事にするということは一見、後ろを向いているようでいて、本当はすごく前向きの姿勢なのではないかと思うんです。

これには全くの同感ですね。や、私は「自分探しの旅」=「いろいろなものを捨てて行く」とは考えたことがないのだけど...。だって現在のその人間があるのは、様々な過去の積み重ねである以上、捨てるなんてことはできない相談なわけですし。そうなると、自分の中の色々な引き出しの大元となった風景を探すという行動も、後ろ向きにはなりようがないわけで。というのは精神的な意味でですけど、物質的な意味でもね。そして同じ物に出会っても以前とは違う感じ方をするようになるのは全然不思議なことではない以上、「以前の自分」を知ることは、改めて一歩前に踏み出すのに大切なことじゃないかと。

お2人とも文章がとても読みやすくて、読んでるはしから胸の奥底にすとんと入ってくるようでした。伊勢英子さんの相変わらずの感受性の鋭さにはっとさせられるし。そして今回驚いたのは、柳田邦男さんの絵が想像していた以上に素敵だったこと。誠実な人柄を表しているかのような、静かなたたずまいを持つ花の絵の数々... いやあ、すごいな。さすが中学の頃に画家になりたいと思ったことがあるというだけのことはありますね。 (講談社)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

+既読の柳田邦男作品の感想+
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「砂漠でみつけた一冊の絵本」柳田邦男

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南仏ピレネー山中、カタロニアの小さな村プラドに住んでいたチェロ奏者のパブロ・カザルス。スペインの内戦が激しくなり、一層強くなるフランコの独裁から逃げるように亡命したカザルスは、パリに住むこともできなくなった晩年を、このプラドの村で過ごすことになります。あらゆる権力に背を向け、平和と愛のためだけに弓を手にしたというカザルス。そんなカザルスを追う旅の記録が表題作「カザルスへの旅」。あと、芸大の大学院時代に自分探しのためパリへと飛び出した「パリひとり時代」、絵本を勉強している画学生たちと東北・遠野へと旅立った「もうひとつの旅」、そして幼い子供の頃と再会する幻想的な掌編「はこだて幻想」の全4編が収められた本。

去年の暮れに「ルリユールおじさん」「絵描き」を読んで以来、すっかりハマってしまった伊勢英子さん。続けて「旅する絵描き パリからの手紙」「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」を読んで、昨日も「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」と読んだわけなんですが、今日読んだのは、今年の始めに掲示板でぽぷらさんに教えて頂いた「カザルスへの旅」。これは、少女時代の伊勢さんのチェロの師であった佐藤良雄氏の、そのまた師であったカザルスに自分も魅せられてしまった伊勢さんが、カザルスに出会うために出た旅の記録。これだけで1冊の本になっているのかと思ったら、他の旅の記録も一緒に入っていて驚きましたが... でも全ての共通項は「チェロ」。そして一番強く印象に残ったのは、やっぱり表題作「カザルスへの旅」でした。

でもこれを読んでいて一番残念だったのが、私がパブロ・カザルスの演奏を聴いたことがないこと! 名前は知ってるし、もしかしたら耳にしたことはあるのかもしれませんが... ちゃんと意識して聞いたことがないんですよね。チェロという楽器もとても好きなのに。演奏を知ってるのと知らないのとでは、きっと感じられる深みも全然違ってくるんだろうなあ... と思いつつ、それでも伊勢英子さんの筆を通して出会ったカザルスに魅了されました。彼の弾いたチェロの音が想像できるような気がしてくるほど。この情景は、伊勢英子さんの絵本「1000の風・1000のチェロ」でも出会うことができるんでしょうね。この絵本は、阪神淡路大震災復興支援チャリティー「1000人のチェロ・コンサート」を描いたものだそうなのだけど。
先に「グレイ」の2冊や「マキちゃんの絵にっき」で、伊勢さんのおうちのことを読んでいたこともあって、この2週間の旅が伊勢さんにとってどれだけ大きなものだったか、痛いほど分かる気がします。結婚しても、2人の子の母親になっても、伊勢英子さんはあくまでも伊勢英子さんでしかいられなかったんですね。夫と2人の子供を置いていくことで実家のお母様にも相当非難されたようですが、それでも行かずにはいられなかった、そんな誤魔化しようもない思いがこの本を通じて溢れ出してくるようです。手作りの旅なので、途中で思わぬ回り道をすることもありますし、時には失敗することもあるんですが、その一歩一歩が大きく光ってるし、旅先で出会う人1人1人がとても印象的。特にクレモナでのマエストロとの出会いには驚かされますが... それ以外の人々もそれぞれにくっきりと鮮やかでした。
やっぱりカザルスの曲を聞いてみなくちゃいけないですねえ。聴くなら、バッハの無伴奏チェロ組曲がいいかな?(中公文庫)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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マキちゃんはおとうさんとおかあさん、1つ年上のおねえちゃんのマエちゃんと4人家族。横浜にはやさしいおじいちゃんとおばあちゃんがいて、保育園にはおともだちがいっぱい。でもマキちゃんは、おなかのいちばんでっぱったところよりすこし上のあたりに、ときどき、そうっと風がふいているような気がすることがあるのです... という「マキちゃんの絵にっき」と、伊勢英子さんの家にいるのは、シベリアンハスキーのグレイと、プレイリードッグのぶう。ぶうの可笑しくも可愛らしいしぐさや行動を見ているだけで幸せになれそうな、観察日記「ぶう」。

どちらも、伊勢英子さん自身による挿絵がたっぷり詰まったエッセイ集。あ、でも「マキちゃんの絵にっき」は挿絵なんですけど、「ぶう」は絵の方が多くて、エッセイマンガといった方が近いかも。どちらもとても暖かい本です。
「マキちゃんの絵にっき」は、お仕事が忙しいお父さんとお母さん、おねえちゃんのマエちゃん、やさしい保育園の先生たちといった周囲の人々が保育園に通うマキちゃんの視点から描かれています。マキちゃんは、本当はもっとお母さんと一緒にいたいんですけど、お母さんは絵の仕事で忙しいんですよね。もっと絵本を読んで欲しいし、もっと遊んで欲しい... でもそういうのをちょっとずつ出しながらも、それでも引き際を心得ているところが不憫ながらも可愛い~。そしてマキちゃんの寂しさをしっかり感じていて、マキちゃんに悪いなと思いつつも、忙しい時にマキちゃんがぐずぐずしてると不機嫌になるし、おねしょをしていると怒ってしまうし、忙しくなると寝る前の絵本の読み聞かせを省略して、ついつい仕事に没頭してしまう伊勢英子さんの姿も透けて見えてきます。結局、自分のペースでしかいられないんですよね。なんか分かる気がするなあ。
そして「ぶう」の方は、プレイリードッグのぶうの話。リスの仲間のプレイリードッグは、ペストや野兎病などの感染症を媒介するとして現在は輸入禁止となっているそうですが、体長30cmぐらいの薄茶色をした可愛い動物。そのぶうのイラストがこれでもかというほど収められていて、それがまたぶうの一瞬一瞬の表情を見事にとらえていて、むちゃくちゃ可愛い! いかにぶうが伊勢家で可愛がられていたか、毎日の様子を見守られていたか、手に取るように分かります。でも単に「可愛い可愛い」だけでなくて、生き物につきものである「死」をも直視させるところが、伊勢英子さんの本の特徴なのかもしれないな。(中公文庫)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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英仏百年戦争とは、中世末の14世紀からイギリスとフランスの間で行われた戦争のこと。教科書的には、序盤は、黒太子エドワードの活躍でイギリスが圧倒的に優勢だったものの、ジャンヌ・ダルクが登場してからはフランスが勢いを盛り返して、最終的にはフランスの勝利に終わる戦争。でも平均的なイギリス人の認識では、英仏百年戦争はフランスの勝利ではなく、イギリスの勝利に終わっているのだそうです! その原因となっているのは、シェイクスピアの史劇。「ジョン王」「リチャード2世」「ヘンリー4世」「「ヘンリー5世」「ヘンリー6世」「エドワード3世」といった作品群はそのまま英仏百年戦争の時代に重なるものなんですが、イギリスでは小難しい歴史書なんかよりもシェイクスピアの方が余程読まれているだけあって、史劇としての演出が誤解を招いたようですね。でも「英仏百年戦争」と言う概念自体、シェイクスピアよりも遥か後世に生まれたもの。本当にこの戦争は英仏戦争だったのか、そして本当に百年戦争だったのか、根本から見直す本です。

先日、ポール・ドハティの「赤き死の訪れ」を読んだ時に、森山さんに教えて頂いた本です。イギリスの歴史小説が好きな割に全然知識が足りない私にとっては、ものすごーく勉強になる本でした! 佐藤賢一さんの小説もそのうち読んでみようかしら... いかにも私好みな題材を取り上げてる割に、どうも今ひとつソソられなくて読んでなかったんですが。(^^ゞ

一般的には1337年から1453年までとされている百年戦争なんですが、その前史として、古来ケルト民族の土地だったグレイト・ブリテン島に4世紀にはアングロ・サクソン人が移住した辺りから、1066年のウィリアム1世によるノルマン朝の成立までの経緯も説明してくれているので、ものすごく分かりやすいです。英国がなぜそれほどフランスにこだわったのかも、この本を読めばよーく分かります。そうそう、イギリス王家やイギリス貴族とはいえ、元々はフランス人なんですものね。イギリスなんて、海外植民地にすぎなかったんですものねー。そしてこの本を通して読んでみると、英仏百年戦争によって「イギリス」「フランス」という国ができたのだという作者の解釈もとても納得できるものでした。
作中に随時挿入されている地図もありがたいし、巻末の年表や家系図もとても便利。複雑怪奇な人物相関図もこれで一目瞭然。やっぱり長い目で見て書いてる本っていいですね。点と点が繋がって線になってきたものが、それぞれ繋がって面になっていく感覚。シェイクスピアの史劇も「ジョン王」(感想)ぐらいしか読んでないし、いずれちゃんと読まなくちゃいけないなあ。(集英社新書)

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なんで「食物漫遊記」だけ画像がないんだろう...。去年ちくま文庫で復刊になっているのを知って、買っておいた3冊です。内容の説明をするまでもなく、もう題名通りのエッセイ。

うーん、面白かったことは面白かったんですけど、一番楽しみにしてた「書物漫遊記」よりも「贋物漫遊記」の方が楽しめたというのはどういうことなんだろう。「食物漫遊記」を読んで「あー、美味しそう!」と涎をたらすこともなく、「書物漫遊記」を読んで「この本、読みたいっっ」となることもなく... 「書物漫遊記」で紹介されていた、久生十蘭の「新西遊記」はちょっと読んでみたくなったんですけどね。
とは言っても、決して詰まらなかったわけでもなく。
博学ぶりは堪能させてもらったし、面白いエピソードはいっぱいあったし。でもそういった本や食べ物を元ネタにしていても、種村季弘さんご自身のエピソードが展開されていくので、元ネタという意味で期待して読むのは間違っていたのかもかもしれないなあ...。で、なんで「贋物漫遊記」が一番面白かったかといえば、きっとどんなところからでもエピソードを捻り出して来れる方なので、逆に「食物」「書物」といったシバリのない、もう少し漠然とした「贋物」の方が本領発揮だったのかも、なんて思ったりもします。こちらにも自然に本の話題は登場しますしね。実はシバリをつける必要なんて、全然なかったのではないでしょうかー。しかもどこからどこまでが本当なのか分からないエピソード群。「この話は作ってるでしょ!」と言いたくなることも何度かあったので、結局のところ全てが「贋物漫遊記」だったのかもしれません。(笑)
...それにしても、高橋勝彦さんの作品の中に出てくる人形師の泉目吉って、実在の人物だったんですね! 恥ずかしながら全然知らなかった(なぜか考えてもみなかった)ので、こちらの本に名前が登場していてびっくりでした。(ちくま文庫)

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引越しと旅が趣味の「絵描き」は、建築家の夫と子供2人の4人暮らし。家を変えるたびに家の中を自分の好みの色で塗り替える一家の今度の家は、床のじゅうたんも壁も家具もカーテンもクッションも全てブルーグレー。友人の家にハスキーの子犬が生まれたと聞いた絵描き一家は、ブルーグレーの部屋や庭にハスキー犬がいる様子を想像してうっとりし、離乳がすむ頃にひきとりに行く約束をします。そしてやって来たのは、体全体が銀白色で鼻も瞳も真っ黒な「グレイ」でした... という「グレイがまってるから」と、その続きの「気分はおすわりの日」。

伊勢英子さんの家にやってきた、ハスキー犬のグレイにまつわるエッセイ。基本的に伊勢さんの視点なんですが、時々グレイの視点になったりして、それがまた可愛いのです~。そして合間には、伊勢さんによるスケッチがふんだんに!
うちにも以前犬がいたし、しかもまるでしつけがなっていない犬だったので(笑)、グレイのエピソードがどれもものすごーく身近に感じられました。伊勢一家のように「夜犬ヲ鳴カサナイデクダサイ。メイワクシマス」などという手紙を受け取ったことこそないんですけど、きっと文句を言いたかった人もいたんだろうな...。やっぱり毎日の散歩がある分、犬を飼うのって結構大変ですよね。うちの犬も散歩に行きたくて鳴き始めるのが毎朝4時とかそんな時間で、しかも一度鳴き始めたら連れて行ってもらえるまで鳴き続けるので、体力的にも結構キツかったです...。でも実際には「大変」以上に楽しいこともいっぱい。この本でも淡々と綴っているようでいて、グレイと一緒にいられた幸せが一杯詰まっていて、それがとてもかけがえのないものだったというのがしみじみと伝わってきました。
ただ、「グレイがまってるから」の文庫化に際して「そして四年...」が書き下ろされたんだそうですが... ここにこの書き下ろしはちょっと雰囲気的にどうなんでしょう。「気分はおすわりの日」では、それほど違和感を感じないのだけど。(こちらには「そして三年...」が入ってます) あと、この続編で「グレイのしっぽ」というのもあるようですね。それも読んでみたいなあ。ちょっとツラい話になるのかもしれませんが...。(中公文庫)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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新聞や雑誌に連載されていた文章や、日記。染色家で人間国宝の志村ふくみさんの、「一生一色」に続く2番目のエッセイ集。

以前読んだ「一生一色」「色を奏でる」と重なる部分も多い分、それほど新鮮味はなかったんですが、やっぱりしみじみとした美しさを感じさせられる本でした~。前に読んだ2冊は梅や桜といった木から染める話が多かったように思うし、今回も群馬県水上の藤原中学校で桜を染めるエピソードがとても良かったんですが、こちらの本は野の花を摘んで染めるというエピソードも多かったのが印象的でした。それまでは邪魔もの扱いだった「からすのえんどう」が少し黄味がかった薄緑に染まり、すっかり見る目が変わってしまった話、げんのしょうこやれんげ草、よもぎなど様々な野草で染めた糸の群れは、野原そのもののの色合いになっている話、散歩の時に道端に咲いている花に呼ばれてみれば、それは曙草。日々小さな花の声にも気づき、その美しさを愛で、「色をいただく」気持ちがあればこそ、積み重ねられていくものもあるんでしょうね。
藤田千恵子さんによる解説の「本を読むのに資格は要らない。年齢、経験、能力も不問。...と思っていたけれど、そうだろうか。この『語りかける花』を読み進むうち、はたと思った。読む側にも力量がいるのではなかろうか、と」という言葉も印象に残ります。志村ふくみさんの文章は難解どころか、むしろとても読みやすいものなんですが、「読みやすい文章というのは、むしろ、危険なのだ。どんな宝がどこに潜んでいるのかわからないのに、速度が増してしまうからである」とのこと。私にとっては、読みやすければ読む速度が増すというものではないんですが... それでも言いたいことはすごくよく分かります。志村ふくみさんの文章は、しっかりと受け止めながら感じながら読みたいなあって思いますもん。(ちくま文庫)


+既読の志村ふくみ作品の感想+
「語りかける花」志村ふくみ
「ちよう、はたり」志村ふくみ
Livreに「一色一生」「色を奏でる」の感想があります)

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前身である探偵作家クラブの時代を含めて、60周年を迎えた日本推理作家協会の機関誌に残っている、かつて大作家たちが集まって行っていた様々な試みの記録。例えば江戸川乱歩と大下宇陀児の将棋対決や、甲賀流忍者を招いての忍術の講演並びに実演。北村薫氏がテーマを選んでそれらの試みを振り返りつつ、その件について詳しいゲストを呼んで鼎談を行うという企画の本です。

企画そのものも面白いし、その都度呼ばれるミステリ作家たちも豪華な顔ぶれ。しかも各界のプロと呼ばれる人間も招いての対談なので、素人だけでは分からない部分に触れられていたのが面白かったです~。例えば、将棋のプロが江戸川乱歩の棋譜を見れば、その性格がある程度想像できるといったような部分ですね。今の時代にも本物の忍者っているんだ!って、そんな初心者レベルでもびっくりさせられたし。(笑)
個人的にとても共感したのは、活字や朗読の「そのもののイメージを目の前に出されるのと違う」、受け取り手の想像力がつくり上げる部分が大きいという面こそが物語を豊かにしているという話。これは「声」の章での宮部さんとの対談の中で出てきた話なんですが、「落語」の章の、池波正太郎作品は一見するとスカスカなのに、会話と会話の間の情報を自分で補って刺激されるから、短編を読んでも長編を読んだような充実感がある、という話に繋がってきました。ほんと、そうなんですよね。
それから面白かったのは、落語とミステリは本来相反するものだという話。落語は観客が先に知っているからこそ笑えるものだから、観客が犯人を知らないと真剣に聞いてしまって笑える状態にはないわけで... だからミステリ的な新作は難しいのだそうです。全然考えたことなかったけど、そう言われてみると確かにそうだなあ。なるほどぉ。
作る側も楽しかっただろうな、なんて思っちゃう色々と凝った作りの本なんですけど、さらに付録としてCDが1枚ついてます。収められているのは、横溝正史原作の文士劇「びっくり箱殺人事件」のラジオ放送と、江戸川乱歩インタビュー、江戸川乱歩の歌う「城ヶ島の雨」、甲賀三郎自作朗読「荒野」の4つ。こんな貴重な音源が江戸川乱歩邸に残っていたとは! そして、こうしてCDで聞けるのがすごいです。(角川書店)


+既読の北村薫作品の感想+
「北村薫のミステリびっくり箱」北村薫
Livreに、これ以前のいくつかの作品の感想があります)

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蔵書票の本2冊。「蔵書票の美」の方は、蔵書票の由来に始まり、日本と西洋の違い、その歴史やデザインの変遷などを分かりやすく説明している本。実際の蔵書票の画像もたくさん収録されているし、巻末にはラテン語の金言・警句集なんかも入ってます。「書物愛 蔵書票の世界」の方にも、蔵書票の歴史なんかは書かれているのだけど、日本書評協会の本だけあって、日本人蔵書票作家の紹介にかなりのページが割かれていました。あと具体的な制作技法も。

蔵書票とは所蔵者を示す小票のこと。大抵は本の見返しなんかに貼って使います。日本でいえば、蔵書印みたいなものですね。日本のような和紙の柔らかい本には蔵書印を押すのが適していたんですけど、西洋の厚手の固い表紙をつけた本には蔵書票を貼る方が適していて、それで発展したのだそうです。本がとても高価だった時代には、必要に迫られて... だったんでしょうけど、この蔵書票のデザインが様々で、しかもとても素敵なので、今や本の所蔵を示すという本来の目的のためだけでなく、蔵書票を色々集めたいというコレクターを生んでるんですね~。あ、蔵書票に興味がある方には、長年仲良くして頂いてるいまむる嬢主催の蔵書票部というのもあります。→コチラ

子供の頃から蔵書印や蔵書票に憧れていた私。以前、高宮利行さんの「西洋書物学事始め」(感想)を読んだ時に蔵書票の章がとても面白くて、しばらく忘れていたその思いがふつふつと再燃してきてたんですよね。この本を読んでたらますますうずうずしてきて、画像ソフトでいくつか作ってみてしまいましたよー。本当は銅版画とか木版画とかで作った方が遥かに味が出るんでしょうけど、まあとりあえず。(右の画像です... クリックすると、ポップアップ画面で実物大となります)

そして今ものすごーく見て見たいのは、左の本。「黄金期の西洋蔵書票 Golden Age Exlibris ......Graphics of the Art Nouveau and Art Deco periods」です。アールヌーボーやアールデコは大好き。その時代の蔵書票をカラーで再現したという本は、いかにも素敵そうです。私好みかも。でもカラーだけあって、お値段は6300円! さすがに気楽にぽちっとしてしまうわけにはいきません~。(小学館ライブラリー・平凡社新書)

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須賀敦子さんの全集の第2巻。これは既読の「ヴェネツィアの宿」(感想)と「トリエステの坂道」(感想)、そして1957年から1992年までのエッセイが収められた1冊。以前、手元の本の文庫のカバーが2巻なのに中身が1巻でびっくりしたと書いたんですが、その後無事に版元さんに交換して頂けました♪ 文庫版の全集では、まだ5巻が発刊されていないので、今のところこれが最後の1冊です。やっぱりこの辺りのエッセイはいいですねえ。読んでいてとても好き。でも「ヴェネツィアの宿」と「トリエステの坂道」については以前感想を書いたので、まあいいとして。今回は全集でしか読めない1957年から1992年のエッセイについて。

須賀敦子さんは、まずフランスに留学して、それからイタリアへと行って、結局そこで結婚することになるんですけど、今回このエッセイの中では、フランスとイタリアの違いについて時々触れてらっしゃるのが印象に残りました。フランスには2年滞在したのに、フランス語「いっこうにモノにならなかった」のに比べて、イタリアにはたったの2ヶ月の滞在で日常会話に不自由しない程度に話せるようになったという話。もちろん、英語やフランス語は日本の学校での勉強、イタリア語は現地の外国人大学だったという環境の違いは大きかったでしょうし、フランスでは随分嫌な思いもしたのに比べて、イタリアでは須賀さんが1つ単語を覚えるたびに喜んでもらえたりして、それもあってイタリア語にはずるずるとのめりこむように取り組んだのだそう。

パリの早口のフランス語になやまされていた私は、イタリアに来て、ほっとした。まだほとんどその国のことばは知らなかったのだが、イタリア語のゆるやかさ、音楽性がたいそう身近で、やさしい感じをうけたのである。そのせいか、自分にもわからぬ速さ、自然さで、イタリア語をおぼえることができたように思う。

ああ、分かるなあ、って思っちゃいました。私もフランス語を断続的に何年か勉強してるんですけど、全然モノにならないままなんですよね。って、もちろん私の勉強不足が最大の要因なんですが(笑)、いくら勉強しても話せるようになる気がしないんです。須賀さんがたったの2ヶ月でイタリア語の日常会話を操れるようになったと聞くと、すごい語学の天才?!って感じだし、実際才能はある方なんでしょうけど、でもイタリア語だったらそれもあり得るかもって思うんです。
私が以前フランスに行った時は、励ましてくれるような人こそいても、意地悪するような人には当たらなかったので、別に須賀さんみたいにフランスに対して悪印象を持ってるわけじゃないんですけど... やっぱり日本語とイタリア語って、発音的にも相性がいいと思うんですよね。それに確かに音楽的で耳にやさしいし、フランス語よりも聞き取りやすそう。実際、以前イタリアに行った時に、事前に初心者用の本をざっと見ていた程度だったのに、お店の人や街の人たちが言ってることもなんとなく分かる部分が多くて、びっくりした覚えがあります。「フィレンツェに何日いるの?」と聞かれて、ごく自然に「10日間」って答えていたり。本屋で地図を調べていたら、現地のおじさんたちが「どこに行くんだ?」と一緒に探してくれて、文章にはならないながらも、なんとなくコミュニケーションが取れていたり。私の場合、大学の第二外国語がスペイン語で、スペイン語とイタリア語って同じ日本語の中の方言のように似てる部分が多いので、ある程度素地ができていたとも言えると思うんですが。
もしかしたら自分にはイタリア語の方が向いてるかも、なんて思いつつフランス語を続けていたんですけど、やっぱり自分にとってはイタリア語の方が居心地がいい言葉かもしれないなあ、って改めて思っちゃいました。来年はイタリア語に挑戦してみようかしら? 現地で勉強、なんてことは到底できないし、せいぜいNHKのラジオ講座ぐらいなんですけどね。もちろんイタリア語にはイタリア語の難しさがあるでしょうし、1つの単語を覚えるたびに喜んでくれるイタリア人気質の後押しは期待できないので(笑)、とてもじゃないけど数ヶ月でマスターなんてできないでしょうけど、もしかしたら私も私なりに、ずるずるとのめりこんでしまうかもしれないなあ、なんて思ったりします。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
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+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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全集の第3巻。20世紀フランスを代表する作家の1人、マルグリット・ユルスナールの作品や登場人物、そしてユルスナール自身に、自分自身の軌跡に重ね合わせていくエッセイ「ユルスナールの靴」。旅を通して出会った様々な人や訪れた街。そこで出会った建造物について書いた12のエッセイ「時のかけらたち」。ユダヤ人たちが高い塀に閉じ込められるようにして住んでいたゲットと呼ばれる地区、トルチェッロのモザイクの聖母像、コルティジャーネと呼ばれる高級娼婦など、主に水の都・ヴェネツィアの影の部分を訪れた旅と記憶の旅「地図のない道」。そして1993年から1996年にかけての18編のエッセイ。

全集の中でも、妙に読むのに時間がかかってしまった1冊。でも決して読みにくかったのではなくて、なんだか思考回路がどんどん広がりすぎてしまったせい。特に「ユルスナールの靴」は、ユルスナールの作品を実際に自分で読まなければという焦燥感に駆られてしまって... 結局は読まずに1冊手元に用意しただけで終わってしまったのだけれど。
その「ユルスナールの靴」の冒頭はこんな文章。

きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。

次の「時のかけらたち」は、実際に足が踏みしめて歩くことになる石畳の道の話がとても印象的だったし、「地図のない道」は、人間としての足場や立ち位置を考えさせられるしエッセイ。この3巻は、「足」がテーマとなるものばかり集めたのかな?
意外な収穫だったのは、「時のかけらたち」の「舗石を敷いた道」の章で語られる「アエネーイス」の話。これは、須賀さんが日本に帰ってしばらくすると、歩きにくいはずの舗石の道が無性に懐かしくなるという話が発展して、ウェルギリウスの「アエネーイス」の中の描写へと話が広がるんですけど、以前「アエネーイス」を読んだ時に納得しきれていなかった部分が、須賀さんの文章を読んですとんと腑に落ちてしまいました... とは言っても、「アエネーイス」にはそんな部分が多かったので、まだまだ理解しきれてないのだけど。でもやっぱり日本語にするとウェルギリウスらしさや良さがさっぱりなくなってしまうみたいで、その辺りにも納得。って、自分の読解力や理解力を棚に上げて勝手なことを言ってるのは重々承知ですが。(笑)
須賀さんの「アエネーイス」の講義、聴きたかったな~。(河出文庫)


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フランスの商業美術家・ジャン・マルク・コテが、1900年に開催されるパリ万博に向けて請け負ったのは、丁度100年後、西暦2000年の生活を描いたシガレットカードの製作の仕事。そのカードは、結局発注した玩具メーカーの操業停止によって、配布されないまま埋もれてしまうことになるのですが、そのまま残っていた1組のカードが100年後、SF作家のアイザック・アシモフによって蘇ることになります。

先日の第39回たらいまわし企画「夢見る機械たち」の時に、日常&読んだ本logのつなさんが挙げてらした本。(記事) 古いイラストを見るのは大好きなので、眺めてるだけでも楽しい本でした~。つなさんからも伺ってたんですけど、ほんと飛ぶものが多くてびっくり。全部で50枚のカードが紹介されてるんですが、そのうち何らかの形で人間が飛ぶ機械を描いているのは全部で18枚あるんです。空を飛ぶことにこだわらず、人間が移動する手段としての機械を合わせると、半数を超えてしまって、この当時そちら方面への期待が大きかったのがすごく良く分かります。その後、2つの世界大戦を経てかなり進歩してしまった分野なので、ほんの2~3人しか乗れない飛行機や、人間がイカロスみたいに羽(動力装置付き)を装着して飛行している絵に、この頃はこの程度の発想だったのかあ、とちょっと微笑ましくもなるんですけどね。でも、飛行機野郎がカフェでドライブスルーしてたりするし! それに羽を付けた消防士が消火活動をしたり、建物の上の階にいる人間を救出してるのは、いいかもしれないなあ。...とは言っても、アシモフは「勢いよく羽ばたけば、火元を煽ることになって、火の勢いがますます強くなるのではないだろうか」と書いてるし、どうやってポンプで水をそこまで吸い上げるかなどの問題を指摘していて、確かにあまり現実的ではないのだけど。(笑)
私が一番楽しめたのは、これまた意外と多かった海中の絵かな。潜水帽をかぶって海底を散歩したり、水中ハンティングをしたり、時にはゲートボールをしたり(笑)、魚に乗ってのレースを楽しんだり。鯨のバスや、1人のりタツノオトシゴまで登場。アシモフが指摘するまでもなく、羽で空を飛ぶ以上に現実味が薄い分野なんだけど(笑)、「海底二万里」みたいで夢があって好きです♪

アシモフのコメントはちょっぴり辛口なんですが... こういうのって、実際に実現してるようなカードがいっぱいあったら、「へええ、すごいな」と感心はしても、結局のところ感心止まりだと思うんですよね。現実からは少しズレてるからこそ楽しめる部分って、実はとても大きいのではないかと。一昔前のSF黄金期(と書いてる私自身はよく知らないのだけど)によくあったような未来都市の予想図(たとえばドラえもんの元々いた未来とか)とはまた違う発想がここにはあって、この素朴さがすごく好きです。(パーソナル・メディア)

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須賀敦子全集最終巻。ここに収められているのは、両親や後に夫となるペッピーノに宛てた書簡集、『聖心(みこころ)の使徒』所収のエッセイ、「荒野の師父らのことば」、未定稿「アルザスの曲りくねった道」とそのノート、そして年譜。

両親、特にお母さんへの手紙は、全体を通してとても明るいトーン。手紙はかなりの頻度で出されていたようで、日常生活のこまごまとしたことが色々と書かれています。でも、「忙しい毎日だけど、元気なので心配しないで」という思いがとても強くて、それだけに、逆にかなり無理して頑張っていたのではないかと思ってしまうほど。ちょっぴり痛々しかったです...。そしてそんな両親への手紙と対照的なのが、夫となるペッピーノへの手紙。こちらには素直な心情が吐露されていて、ペッピーノに対する信頼の大きさがすごく伝わってきます。抑えられた情熱が文面からあふれ出してきそう、なんて思いながら読んでいたら、徐々に2人の間で愛情が高まり、そして深まっていく様子が手に取るように... きゃっ。
そして残念で堪らなくなってしまったのは、最晩年に構想中だった小説「アルザスの曲りくねった道」が、結局未完のままに終わってしまったこと。ああ、これは完成された作品を読みたかったなあー...。

時代こそ少しズレてますが、うちの母も須賀さんと同じ「丘の上の学校」にいたので、須賀さんのこと知ってたりしたのかしら、少なくとも共通の知人は結構いるはず、なんて思いながら読んでいたら、いきなり私の友達のお祖父さんの名前が登場してびっくり。という私にとっても「丘の上の学校」は母校なので、そこで一緒だった友達。そのお祖父さんは既に亡くなってるので、もう須賀さんの話を聞くことはできないのだけど。
そんなこんなもあって、須賀さんの少女時代~大学時代のエピソードが書かれている「遠い朝の本たち」や「ヴェネツィアの宿」には、妙に思いいれがあったりします。今回は、普段なら読み飛ばしてしまいそうな年譜までじっくりと読んでしまいましたー。もしかしたら私が大学の時に入っていた寮に、かつて須賀さんもいらしたのかしら? なんてちょっとミーハー興味混じりですが。^^; (河出文庫)


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須賀敦子さんの全集の文庫版第7巻は、須賀さんがローマ留学時代に1人で企画から執筆、原稿の邦訳などをこなし、コルシア書店で出版して、日本に発送していたという全15号の冊子「どんぐりのたわごと」と、夫・ペッピーノの死から4年、翻訳の仕事をしながらミラノに住み続けた須賀さんの、ミラノを去ることになるまでの日記。

こちらも6巻に引き続き、ちょっととっつきにくい面がある1冊、かな。論文のような難しさこそないんですが、「どんぐりのたわごと」は、かなりキリスト教色の強い読み物ですしね。私にとってはキリスト教色云々よりも、この6巻は全体を通してひらがな率が妙に高くて、それがちょっと読みにくかったんですが...。でも、印象に残る文章が色々とありました。特に印象に残ったのは、「どんぐりのたわごと」の第3号に載っていたダヴィデ・マリア・トゥロルド神父の詩。彼はコルシア書店の中心的存在で、以前須賀さんの「コルシア書店の仲間たち」(感想)を読んだ時にもかなり前面に描かれてた人物です。2m近い大男で、人間自体もとても大きくて、その分懐はとても深いけれど、カトリック特有のこまごまとした様式的なものにはちょっと合わないんじゃ...? という印象だった人。もちろん繊細なところも持っているのは分かっていたのだけど、その彼がこんな詩を書いていたとは...。この詩を読んでるかどうかで、彼に対する理解は相当違ってくるのでは、なんて思ってしまうほど、ちょっと衝撃的でした。
そして第7号には、後に酒井駒子さんが挿絵をつけて絵本にした「こうちゃん」(感想)の原文が載ってます。酒井駒子さんの絵はとても素敵だったし、これを読んでいると改めてあの絵本を読み返したいなあと思ってしまったのだけど、今回、絵を抜きに字だけを読んでみて、すごく自分の中に入ってきたような気がしました。
あと、私が一番好きだったのは、第8号に収められているジャン・ジオノによる「希望をうえて幸福をそだてた男」の話。須賀さんがイタリア人の友人に宮沢賢治の話をしたのがきっかけで教えてもらったという物語なんですが、これはとても素敵でした~。「こうちゃん」やこの「希望をうえて幸福をそだてた男」は、キリスト教色もあまり強くないので、比較的とっつきやすいかも。
そして後半は、須賀さんの日記。後に書かれたエッセイとは違って、こういったプライベートな日記には、人の私生活を勝手に覗き込むような居心地の悪さを感じるんですが... 須賀さんが夫のいないミラノでの生活に限界を感じていたこと、それでも続いていく慌しい人間関係に、充実しながらも疲れていたことなどが感じられるようで、とても興味深いです。(河出文庫)


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須賀敦子さんの全集の文庫版第6巻は、ナタリア・ギンズブルグ論、イタリア中世詩論、イタリア現代詩論、文学史をめぐって、という4章に分けられた「イタリア文学論」と、須賀さんが邦訳したナタリア・ギンズブルグ作品、アントニオ・タブッキ作品、そしてイタロ・カルヴィーノの「なぜ古典を読むのか」につけられたあとがきを集めた「翻訳書あとがき」。

これまで読んだ全集の1巻と4巻は、一般人向けのエッセイということもあってとても読みやすかったのだけど、こちらの6巻は、「翻訳書あとがき」はともかく、もっと専門的でちょっととっつきにくかったかも。特に「イタリア文学論」の中のイタリア中世詩と現代詩。ここに紹介されてる作家なんて、全然と言っていいほど読んでないですしね... かろうじて、ダンテの「神曲」ぐらいですね。ウンベルト・サーバを始めとするイタリア現代詩人の名前は、須賀さんのエッセイを通じて名前を知った程度だし。しかも中には研究論文らしき文章も混ざってるので、難易度がかなりアップ...。須賀さんの訳でいくつかの詩が読めるのは、とても嬉しかったんですけどね。紹介されている作品に対する須賀さんの愛情がひしひしと感じられるだけに、自分の知識のなさがクヤシくなってしまいます。あ、でもナタリア・ギンズブルグ論はとても面白くて、「ある家族の会話」をぜひとも読んでみたくなりました! あと、アントニオ・タブッキも結局まだ「インド夜想曲」しか読んでないので、他の作品も読みたいなあ。
それと、詩論では原文が沢山紹介されてるんです。(日本語の文章の中にイタリア語が多用されてるのも、素人には読みにくい一因なんですが) 実際にイタリア語での朗読が聴いてみたい! イタリア語って本当に音楽的な言語だし、意味が分からないなりにも豊かに感じられるものがありそうです。(河出文庫)


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須賀敦子さんの全集の文庫版第4巻。この巻に収められているのは、少女時代から大学時代にかけて読んだ本とその本にまつわるエピソードを描いた「遠い朝の本たち」、1988年から1995年にかけて発表された書評を中心とした「本に読まれて」、1991年から1997年にかけて発表された単行本未収録の「書評・映画評ほか」の3編。「本に読まれて」は再読。

須賀敦子さんの全集で1巻の次に手に取ったのは、本にまつわるエッセイが中心の4巻。「遠い朝の本たち」では、どんな本が須賀敦子さんの血肉となっていったのかよく分かります。その本に出会うきっかけとなった、周囲の人々の存在の大きさも。特にイタリアに行った後も、日本語が駄目にならないようにと森鴎外訳の「即興詩人」を送ってきた父親の存在は印象的。
そして「本に読まれて」「書評・映画評ほか」では、本当に沢山の本が紹介されています。本を読んで感じたことを素直に表現しているだけといった感じなのに、こんなに過不足なく紹介しているというのが、やっぱりスゴイなって思っちゃう。しかもさらりと深いんです。やっぱりいいなあ。実際には、その「素直に表現する」ということが、すごく難しいと思うんですけどね... これは「遠い朝の本たち」の中の「葦の中の声」の章に繋がってくるんでしょうね。アン・リンドバーグのエッセイを読んだ時に須賀さん感じたこと。

アン・リンドバーグのエッセイに自分があれほど惹かれたのは、もしかすると彼女があの文章そのもの、あるいはその中で表現しようとしていた思考それ自体が、自分にとっておどろくほど均質と思えたからではないか。だから、あの快さがあったのではないか。やがて自分がものを書くときは、こんなふうにまやかしのない言葉の束を通して自分の周囲を表現できるようになるといい、そういったつよいあこがれのようなものが、あのとき私の中で生まれたような気がする。

私には、須賀さんの文章こそ「均質」で「まやかしのない言葉」に感じられるな。でも強く憧れてるだけじゃあ、須賀さんのように、そういった文章が書けるようにはならないんですよね。(河出文庫)


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須賀敦子さんの全集の文庫版第1巻。まだ7巻が出てないし、先日出たばかりの3巻はまだ買ってないし、読むのがもったいないような気がしてしばらく寝かせてたんですけど、読まない方がもったいないので(笑)、ようやく読み始めました。この中に収められてるのは、「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「旅のあいまに」の3つ。「コルシア書店の仲間たち」だけは既読。(感想) 「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」は独立した本にもなっているのだけど、「旅のあいまに」は全集でしか読めない作品なのかな? これはミセス誌に連載されていたエッセイ。

そして「ミラノ 霧の風景」は、須賀さんがイタリアにいた13年間の日々や知り合った友人たちとのエピソードが綴られてるエッセイです。これがどうやら須賀さんのデビュー作だったようですね。

乾燥した東京の空には1年に1度あるかないかだけれど、ほんとうにまれに霧が出ることがある。夜、仕事を終えて外に出たときに、霧がかかっていると、あ、この匂いは知ってる、と思う。10年以上暮らしたミラノの風物でなにがいちばんなつかしいかと聞かれたら、私は即座に「霧」とこたえるだろう。

という冒頭の文章からしてとても印象的。ロンドンの霧も目じゃないほどのミラノの霧は、今はそれほどひどくなくなってしまったそうなんですけど、ミラノに霧が出るなんて全然知らなかったな。私が以前イタリアに行ったのは10月だったし、まだ霧なんて全然なかったし。先にこの本を読んでいたら、11月に行きたいと思ったかしら。でも飛行機がちゃんと降りてくれなきゃ困るから、やっぱりそういうのは旅行者には向いてないですね。(笑)
読んでいて一番印象に残るのは、須賀さんのしなやかな強さ。自分自身をしっかり持ってらっしゃること。日本にいてもイタリアにいてもどこにいても、周囲の環境に呑まれてしまうことなしに、しなやかに須賀さんらしさを持ってらしたのでしょうね。この本の中にも、普段親しくしてるイタリア人たちが急に遠い存在に感じられてしまったというエピソードが書かれているし、ここには書かれていないような嫌な思いもきっと色々とされたのだろうなとは思うんですが...。日本文学をイタリア語に翻訳する仕事で知り合った編集者のセルジョや、ご主人と知り合うきっかけとなったマリア、コルシア書店で精力的に頑張っていたガッティなど、須賀さんが大切に思うお友達がそれぞれにくっきりと鮮やかに描かれています。読んでいて心地いいとはこのことなのかしら。と思ってしまうぐらい没頭してしまいました。しばらくこの文章に浸ろうと思います。(河出文庫)


で、次は2巻を読もうと思ったのだけど!
手に取ってみたら、本のカバーは確かに2巻になってるのに、中身はなんと1巻でした...。もう買ったお店のレシートなんてないんですけどぉ。河出書房に言ったら、取り替えてもらえるものでしょうか... がっくり。2巻に入ってる「ヴェネツィアの宿」も「トリエステの坂道」も既読なので、とりあえず後回しにしようっと。


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「ナルニア国物語」のC.S.ルイスの自叙伝。幼かった時のこと、家族のこと、特に兄との親密だった関係のこと、母との別離とそれに伴う家族関係の変化のこと、寄宿学校での教育やそこで得た友人たちとのこと。そして兵役を経てオックスフォード大学に復学したこと。幼年期から、モードリン学寮の特別研究員に選ばれ、キリスト教を受け入れるようになった頃までのことを辿っていきます。

本来は、無心論者だったC.S.ルイスが紆余曲折を経てキリスト教を信じるようになった過程を書こうとした本のようなんですけど、実際にはあまり宗教的な匂いが感じられなかったです。キリスト教について大きく取り上げられているのは2度だけでしたしね。1度目は、ほのかに持っていた信仰心を失ってしまった14歳の頃。そして30歳過ぎに信仰心を取り戻した時が2度目。そのキリスト教の信仰を取り戻したことが書かれている章は、意識的に書かれずに終わってしまったことも多かったようで、かなり抽象的なんです。これじゃあインパクトがあるどころか、ほとんど印象にも残りません...。唯一、キリスト教という心の支えを得たことで、「喜び」を失ってしまったようなところは興味深かったんですが。
それより、他のエピソードがものすごく面白かったです! 特に子供時代の回想部分が素晴らしい~。ルイスと兄の過ごした日々がすごくリアルに蘇ってくるようだし、それにルイスが読んでいた本! ルイスの本の好みは、私自身が好きなジャンルでもあるので、ものすごーく興味深く読めました。特にロングフェローの詩「オーラフ王の伝説」の中の「テグネールの頌詩」で、初めて北欧神話に出会った時の感動は印象的。この作品、読んでみたいなあ。日本語には訳されてないのかしら。そしてこの本を読んでたら、他にも「私も読みたいと思っていたんだった...!」という本を色々思い出しちゃいました。
そして様々な生活描写の中に、ナルニアの面影が垣間見えるようで懐かしかったです。特にルイス自身の母が亡くなる場面では、「魔術師とおい」のディゴリーと母親の関係を思い出すし、もしかしてノック先生は「ライオンと魔女」のカーク教授のモデル? ルイスと兄は、3歳の年齢の差のせいで違う寄宿学校に入ることになるんですけど、新学期の寄宿舎に向かう時は途中の駅まで一緒で、その学期が終わって帰省する時はその駅で再会するんですね。こういうところを読むと、ついついペベンシーきょうだいがカスピアン王子のふく角笛に呼び出される場面を思い出しちゃう。ナルニアを知らなくても読める本だとは思いますが、やっぱりこれはナルニアを知っていてこその本かもしれないですね。(ちくま文庫)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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吉野朔実さんの「犬は本よりも電信柱が好き」の「京都マニア」の章に紹介されていた本をくまなく読もう企画第3弾。この章では8冊紹介されていて、既に感想をアップしている入江敦彦さんの本4冊の他に、「桂離宮-日本の庭園美6」という本も見てるので(これは普通の写真集なので、感想は書きませんが)、これで5冊目。「草菜根」(中東久雄)と「京 花背 摘草料理」(中東吉次)は、料理本なので見ないかも。となると後は「人が見たら蛙に化(な)れ」(村田喜代子)だけなんですけど、この「遊鬼」を読み始めた途端、この「人が見たら蛙に化れ」という言葉が何度も出てきてびっくりでした。そう繋がるのかあ。「人が見たら蛙に化れ」は骨董の世界を描いた小説で、これも面白そうなんですけど... 大丈夫かな、結構分厚いので今の私には気分的にちょっと重いのだけど。読めるかな。

というのはともかく、「遊鬼」です。白洲正子さんという方は、とても恵まれた環境に生まれ育った方だと思うんですけど、やっぱりそれを生かせるかどうかは本人にかかってますよね。それを見事に生かしきった方だったんだなあ、と改めて思いました。この「遊鬼」は、彼女が師と仰いだり友人として付き合った人々のことなどを書き綴った随筆集なんですが、才能があるところには才能がある人が集まるというか、個性は別の個性を呼ぶというか、本当に強烈な人がいっぱい。そして、そんな強烈な才能と個性の持ち主に囲まれて、様々なことを貪欲に吸収されたんですね。「大往生 梅原龍三郎」の章の最後に、「それからひと月も経たぬうちに白州は亡くなった。つづいて加藤唐九郎、そして梅原先生、私にもどうやらこの世は色あせて、味けないところになって行くようである」とあるんですが、その気持ちも分かるような...。図書館で借りた本で、感想を書くのが期限に間に合わなかったので、ちゃんとメモできなかったんですが、含蓄のある言葉もいっぱいありました。洋画家の梅原龍三郎さんが描いたと仰る薔薇の絵が見つからなくて困ったという話に対する小林秀雄氏の言葉とかね。さらりと書かれているんだけど、ものすごくインパクトがありました。
特に強く印象に残ったのは、タイトル「遊鬼」の元となった鹿島清兵衛の生き様を描いた「遊鬼 鹿島清兵衛」。これは凄まじいです。事実は小説より奇なり、とはこのことか。あと、この本の表紙の桜の絵を描いた早川氏の「創る 早川幾忠」という章も、なんだかとても好きだったなあ。(新潮社)


+既読の白洲正子作品の感想+
「日本のたくみ」白洲正子
「西行」白洲正子
「遊鬼」白洲正子

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17世紀の数学者フェルマーが書き残した様々な定理のうち、その死後350年経っても誰1人証明できないままに残ってしまった「フェルマーの最終定理」に関する本。以前ごとうさんに、「ノンフィクションが嫌いでないならば、お勧め」と、教えて頂いた作品です。いや、ノンフィクションは実際あまり得意ではないんですけど... 数学は好きな方だったし... とは言っても「フェルマーの定理ってどんなんだっけ?」状態だったんですけど(笑)、ちょっと面白そうだったので読んでみました。

そもそもフェルマーの定理というのは、古代ギリシャ時代のピュタゴラスの定理を発展させたもの。ピュタゴラスの定理というのは、「直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい」というアレです。方程式にすると、「x2 + y2 = z2」ですね。そして、この場合式の指数は2なわけなんですが、これを3やそれ以上の数にすると、それまで無限の解を持っていた式が、全く整数解を持たない式となってしまうというんですね。これがフェルマーの最終定理と呼ばれるもの。
フェルマーは何か定理を見つけるたびに愛読書だった「算術」という本の余白に書き込んでいて、その書き込みは48にも上ったのだそう。でもそのほとんどの証明は書かれてなくて(きちんと証明されていなければ定理とは言えないんでしょうけど、フェルマーにとっては定理だった)、それを後の数学者たちが1つずつ解いていってるんですね。でもこの定理に関しては、フェルマーの死後誰1人として解くことができなくて、それで「最終定理」なんて名前で呼ばれるようになったというわけです。「この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」なんてふざけたことを書き残してたらしいんですよ! 全く、人が悪いというか悪戯好きというか、とんでもない人ですね、フェルマーってば。(笑)
で、この定理の証明に成功したのが、プリンストン大学にいたアンドリュー・ワイルズ。10歳の時に初めてこのフェルマーの最終定理を知って以来、それを解くのに憧れて、結局数学者になってしまったという人なんです。

この定理の証明を延々と書かれても、きちんと理解できるのは世界でもほんの一握りの人間だけだそうだし、高校まで数学を勉強した程度じゃあ、何言ってんだかぜーんぜんワケわかんないって状態になるはず。でもこの本では、そういう証明方法とかじゃなくて、フェルマーの定理やその元になったピュタゴラスの定理のこと、それに関わってきた数学者たちの歴史なんかが丁寧に書かれることによって、とても読みやすい本になってました。数論の歴史、ですね。女性数学者たちの歴史なんかも面白かったし、この定理の証明に複数の日本人数学者が大きな役割を担っていたというのがねー、読んでてなんだか嬉しかったり。極東の人間なんてろくすっぽ取り上げられないで終わってしまうことも多いらしいんですけど、きちんと書かれていたのが良かったですね。しかも、一度は完全に証明できたかと思われた証明に致命的な欠陥が発見されて、一時は最早解決不可能かという様相を呈するんです。ドラマティックな盛り上がりも十分。面白かったです。(新潮文庫)

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吉野朔実さんの「犬は本よりも電信柱が好き」の「京都マニア」の章に紹介されていた本をくまなく読もう企画第2弾。「京都な暮らし」は、実際は紹介されてなかったんですけどね。これは京都の四季折々の慣習や何かの本。
ということで、「京都人だけが食べている」「京味深々 京都人だけが食べている2」がメインだったわけなんですが、ああー、美味しそうでした! 美味しそうなお店がいっぱい紹介されてました。特に行きたくなったのは、吉野朔実さんも絶賛のなかひがし(懐石)かな。つるやの丼はやっぱり美味しそうだし、西陣江戸川のうな重も。新福菜館本店の炒飯のこの色もそそる... あと、わざわざ京都で?って感じもしますけど、吉加寿のお好み焼きや蛸虎のたこ焼きもちょっと試してみたくなったし、冷麺大好きの私としては、年中冷麺が食べられるという中華のサカイ本店にも行ってみたーい。お菓子関係では、松屋藤兵衛(和菓子)、緑寿庵清水(金平糖)、濱長本店(ところてん)辺り。そして生麩餅や麩饅頭目当てで中村軒と麩嘉。生麩大好きなんです。
 
でも、肝心の桂離宮付近のお店は、中村軒と隆兵そばしか載ってなくてざんねーん。(一応事前リサーチの一環ですから) どちらもその日お店がお休みなんですよぅ。中村軒の生麩餅食べたかったな。で、嵐山まで範囲を広げてみても、新八茶屋とサガパーというところしか載ってない... しかもこれは2つともソフトクリームのお店。私はソフトクリームは食べられないし。これはやっぱり、嵐山には「よそさん」相手のお店が多いってことかもしれないな。(実際多いんだけど)
文章のはしばしに見え隠れしてる京都人のプライドも、第三者として読めば面白いです。これで時々ふっと引きずり寄せられることさえなければ良かったんですけどね。...こればっかりは、わざわざ他の地方を引き合いに出さなくても京都万歳だけでいいじゃないですかーって言いたくなっちゃう。でもとりあえず、今回読む入江敦彦さんの本はこれでオシマイです。ああ、おなかいっぱい。ごちそうさまでした。(光文社知恵の森文庫・幻冬舎文庫)


+既読の入り江敦彦作品の感想+
「京都人だけが知っている」入江敦彦
「京都人だけが食べている」「京味深々 京都人だけが食べている2」「京都な暮らし」入江敦彦

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「東京や大阪が基本的にそこで生まれ育った者たちによって紹介されるのに対し、京都は、なぜか京都人以外に語られることが多い」という京都について、京都人として語ってしまった、京都出身でロンドン在住のエッセイスト・入江敦彦さんの本。

先日読んだ吉野朔実さんの「犬は本よりも電信柱が好き」の「京都マニア」の章に紹介されていた本をくまなく読もう企画(なんやそれ)第1弾。入江さんの本、京都でバカ売れしてるらしいですねーと言う吉野朔実さんに対して、入江さんの答は「京都人は京都マニアですからね」というもの。これには思わずニヤリとしました。確かにその通りかもー。
京都人が書いた京都の本、確かに面白いです。「よそさん対策」のことを始めとして、京都人特有の論理にはなんとなく聞き知ってた部分も多いのだけど、愛憎相半ばするって感じながらも、そこここに京都人としてのプライドが見え隠れしてるのが面白かったし、もちろん知らなかった話もちょこちょこと。例えば、入江敦彦さんはお母さんに「平野さんに産んでしもうて私が悪かった」なんて言われたそうなんですが、その表現は全くの初耳! 平野さんというのは平野神社のことで、北野天満宮の先にあることから、「北野を越えて」=「汚のう肥えて」を掛けて不細工な人を意味する京言葉なんですって。これにはびっくり。
ただ、京都に関しての「憎」には屈折した(笑)愛情が感じられたからいいんですけど、その他の場所に対して、はっきり見下してるのが感じられてしまうのがちょっと... だったかな。別に私だって生粋の大阪人じゃないけど、その辺りには少々不愉快になりました。そんなこと今更強調されなくても、大阪が京都からも神戸からも「一緒にせんといて!」って思われてるっていうのは、前々から言われてることだし!
でもまあ、大阪と京都の仲の悪さについては、この本に書かれてる通りみたいですね。丁度近くにいた生粋の大阪人に、大阪人が京都人を嫌いって本当なのかと聞いてみたら、本当だと言ってました。「おー、ほんまやで。あいつら常識が通用せえへん。異国や異国。」ですって。えええ、そうなんだー。長年大阪に住んでるのに、全然知らなかった。まあ、全員が全員そう思ってるってわけでもないでしょうけど。まだまだ私も大阪人度が低いんだな。(笑)
ま、そんなこんなで色々思うところはあった本でした... が(笑)、全体的には面白かったです。そういえば、そろそろ千枚漬の季節ですね。食べたいなあ~。(洋泉社)


+既読の入り江敦彦作品の感想+
「京都人だけが知っている」入江敦彦
「京都人だけが食べている」「京味深々 京都人だけが食べている2」「京都な暮らし」入江敦彦

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吉野朔実さんが「本の雑誌」に連載しているエッセイ漫画「吉野朔実劇場」の4冊目。これだけが市内の図書館の蔵書になくて読めなかったんですが、ようやく読めましたー。
これで既刊5冊全部読んだわけですが、今まで京都の話なんて出てましたっけ? 吉野朔実さんがそんなに京都がお好きとは知りませんでしたよぅ。東京から約2時間半、お一人でもお友達とでも気軽に行くし、もう何度行ったか分からないぐらいなんだとか。...でね、ここで吉野朔実さんは桂離宮に行くんです。本当は3ヶ月前から申し込まなくちゃいけないのに裏技で。いや、その裏技はどうでもいいんですけど! 私も今度桂離宮に行くんですよぅ、来月!紅葉の時期を狙って!(7月には修学院離宮に行きました... 来年は苔寺? 笑)
うわあ、なんていいタイミング。おかげで「京都マニア」の章を食い入るように読んでしまったじゃないですかー。えっ、「なかひがし」というお店は3ヶ月前から予約が必要って! 古伊万里好き好き♪ お店、行ってみたーい。桂離宮の近くにある和菓子のお店でお昼ご飯を食べたって、それは普通のお昼ご飯のメニューなんですか?! うぉー気になるぞーー。
そして、ここに紹介されてる京都の本は、全部読みます!読みますとも! と珍しくやる気を見せる私なのでありました。(笑)

えっと、今回ももちろん面白かったです。いつもよりも紹介本既読率が微妙に高かったかな? 「月下の一群」が無性に読みたくなっちゃった。田口俊樹氏がさりげに登場してるところに「きゃーっ」。そして今回は春日武彦さん、西田薫さん、山本充さんとの対談だったんですが、ニヤリとしてしまったのは、山本氏の

電車の中で何がいちばん読まれてるかはわかりませんが、僕の場合、おっ文学っぽいと思って覗くと村上春樹ということが多いですね。で、「やれやれ」と思う。(笑)

という言葉。で、本好きな人も村上春樹作品は読むけど、電車の中ではまず読まないとして、春日氏の言った理由が

恥じらってね。村上春樹を読むのが恥ずかしいんじゃなくて、それを覗いて「あ、村上春樹だ」ってわかるようなやつにいろいろ思われちゃうのが嫌なんだよ。

ってところに、さらにニマニマ。(笑)
あ、「ジャイアンツ・ハウス」の司書さんは、私は「すごくヤセてる」方に一票です♪(本の雑誌社)


+シリーズ既刊の感想+
「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」吉野朔実
「弟の家には本棚がない」「本を読む兄、読まぬ兄」吉野朔実
「犬は本よりも電信柱が好き」吉野朔実

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漫画家の吉野朔実さんが「本の雑誌」に連載している「吉野朔実劇場」の3冊目と5冊目。1・2冊目が以前角川文庫になったので、3冊目以降もそれを買おうと思って待ってたのに、全然文庫にならないので図書館で借りてきてしまいましたー。しかし図書館の蔵書には4冊目の「犬は本よりも電信柱が好き」だけがないんです... なぜ?

今回で面白かったのは、「弟の家には本棚がない」の「『酸素男爵』を知りませんか」という章!
本を買うのに、絶対書店で手に取って買う派もいるでしょうし、オンライン書店を利用する派もいると思います。私の場合は、書店で背表紙を眺めながら本を探すのも好きなんですけど、何といっても本は重いですしね。改めて実物を確かめなくても買うと決まってる本はオンラインで注文してます。吉野朔実さんも、オンラインで注文が多いみたい。でも、その時点での遊び心が、私とは全然ちがーう。私の場合、本来の目的とは関係ない本ってあんまり買わないんです。せいぜい、同じ作者の別の本とか関連本を併せて買うぐらい。その点、吉野朔実さんは! たとえば、とあるオンライン書店で「男爵」を検索してみて、69件ヒットしたとします。そしたら続けて「公爵」「侯爵」「子爵」「伯爵」なんかもやってみて、男爵のヒット件数の方が多いことから、「どうも『男爵』が一番変わり者が多いらしい」と考えて、その手の面白そうな本を見つけては注文しちゃう。これは、検索ができるオンライン書店ならではですねー。そういう使い方って全然思いつきませんでした。面白いなあ。で、「酸素伯爵」が在庫切れで届かなくてがっかりした吉野朔実さんは、そのストーリーを色々想像しては叫ぶのです。

「読みたいーっ 読んでがっかりしたいー!!」

手に取った本が実は全然面白くなくて大失敗、というのは、本の選ぶ側の責任もあると思うんですけど(その本が自分の好みかどうか、なんとなく匂いで分かりますよね?)、「がっかりしたいー!!」というのが、またいいんですよねえ。そういう楽しみ方もあるのかあ。と、目からウロコ。ついでに、「穴堀り男爵」をベースに、「木のぼり男爵」「まっぷたつの子爵」「不在の騎士」「ほらふき男爵の冒険」を混ぜこんだ漫画も、面白かったです。自分が5冊とも読んでるのが、妙に嬉しかったり♪

「本を読む兄、読まぬ兄」も面白かったです。でもだんだん本の内容よりもエッセイ(漫画ですが)の方がメインになってるような...。エッセイの中には登場しないのに、その内容から連想したような本を冒頭で紹介、というのが半分ぐらいあるんですよね。エッセイだけでも面白いからいいんだけど、やっぱりこのシリーズは純粋に本にまつわるアレコレを読みたいなあ、というのが正直なところかな。(本の雑誌社)


+シリーズ既刊の感想+
「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」吉野朔実
「弟の家には本棚がない」「本を読む兄、読まぬ兄」吉野朔実
「犬は本よりも電信柱が好き」吉野朔実

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「あの頃ぼくらはアホでした」「ちゃれんじ?」「さいえんす?」「夢はトリノをかけめぐる」に続く、5冊目のエッセイ集。「年譜」「自作解説」「映画化など」「思い出」「好きなもの」「スポーツ」「作家の日々」という7章。

これまでのエッセイ集で触れられていて知ってた部分もちょこちょこあったんですけど、生まれてからの年譜から始まっていることもあり、今までのエッセイの総まとめといった感がありました。「あの頃ぼくらはアホでした」の学生時代、5年間のサラリーマン生活、そして作家への転身。なかなか売れずに苦しむものの、いつの間にか作品に次々と映画化の話が舞い込むような作家への変身。東野圭吾作家史といったところですね。東野さんの作品はほとんど読んでるので、自作の解説もすごく興味深かったです。
でもこれは、東野圭吾さんにとっておそらく最後のエッセイ集になるのだとか。「たぶん最後の御挨拶」というのは、やっぱりそういう意味だったんですねえ。作家になった当初はエッセイを書くのを当然だと思い、プロの作家になったという実感もあって喜んでエッセイの仕事を引き受けていたという東野圭吾さんですが、実はずっと違和感を感じていたのだそう。デビューとなった江戸川乱歩賞はエッセイを書く能力とは無関係。実際エッセイを書くのは苦手。もうエッセイは書かないという決断は、「身体が軽くなったような気さえ」することだったんだそうです。苦手とは言っても、私は東野圭吾さんのエッセイは十分面白いと思うし、楽しみにしているファンも多いと思うんですけど、確かに「訴えたいことは小説で」という考えも分かりますしね。「そんな時間があるなら、小説を書け」という言葉に反論できないというのも、読者としてすごくありがたい姿勢なわけで。や、もちろん、「たぶん最後」というのは「絶対に最後」という意味ではないんですけど... それは東野さんにとっては、「ちゃれんじ?」や「さいえんす?」の「?」と同じようなものなんでしょう。
そしてこの表紙! もしかして東野さんの猫のぷん(夢吉)ですか!? すごーい。東野さんご自身による猫のイラストも可愛いです~。(文藝春秋)


+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「赤い指」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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「ぐりとぐら」「ちいさいおうち」「ハイジ」「赤毛のアン」「若草物語」「おだんごぱん」「ちびくろ・さんぼ」など、22の童話や児童書の中に登場する食事の風景を再現した本。レシピ付。

先日図書館で書架整理をしてる時にふと目についた本。童話って、たとえばどんな童話?と思って開いてみると、開いたそのページに「ぐりとぐら」のカステラの写真が載ってるじゃないですか!
うわあ、あのカステラ、どうやって作ったのか、ずっと気になってたんですよぅ。大人になってからは、きっとちょっと甘めの玉子焼きだろうなと思ってたんですが、小麦粉も混ぜてますしね。(卵を拾ったぐりとぐらが材料として持参したのは、小麦粉、バター、牛乳、砂糖) そもそも、あれは何の卵? というところから、頭の中はいつもはてなマークでいっぱい。卵は1個しかないのに、あんなに沢山の動物に分けられるほどのカステラが作れちゃうし、しかも殻の中に野ねずみのぐりとぐらが2匹とも余裕で入れちゃうんですからねえ。ニワトリの卵じゃ絶対小さすぎるし。もっと大きな卵を生みそうといえば... やっぱりダチョウ?(笑)
ということで、それ以来私の中では、あれはダチョウの卵ということになってるんですが... いや、なぜダチョウの卵が森の中に落ちていたかについては、更に謎が増えちゃうんだけど。それ以前に、あの森の中でカステラを食べてるメンバーからしてあり得ないんだけど。(笑)

で、家に持って帰って、ワクワクしながら読み始めたんですが...
ちなみに、巻末についてるレシピによると、材料はぐりとぐらが持参したものとほぼ一緒。(卵は3つだけど)

1.フライパンに油を塗っておく
2.ボールに卵を割りほぐし、泡だて器で泡立てる。ある程度泡立ったら、砂糖を加え更に泡立てる
3.十分泡立ったら、牛乳を加え更に泡立てる
4.ふるった粉を加え、さっくりと混ぜ、粉が見えなくなったら、溶かしバターを加えて切るように混ぜ、フライパンに流し、表面に霧を吹きかけ...

ここまでは良かったんですが、次の1行で目をむきました。

150度のオーブンで50分ほど焼く

なんですとー!?!
ぐりとぐらのカステラは、焚き火で焼いてるんですよ! それを何ですか、オーブン?
フライパンに入れたのは、雰囲気を出すためだけだったんですか? ナニソレ!!(きーっっ)


読了本に入れるのはやめようかと思ったんですが、やっぱりネタになるのでアップします。(爆)(北方新社)

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岸本佐知子さんの幼い頃、何でも話せる無二の親友だったのは大ニグ、中ニグ、小ニグ。いつの頃からニグになったのかは定かではないけれど、気がついた時にニグはニグになっていました。何でも教えてくれて、何でも聞いてくれたニグ。そのニグによく似たニグに、岸本さんは半年ほど前に出会って... という「ニグのこと」他、雑誌「ちくま」に掲載された全48の文章を集めた本。「気になる部分」に続くエッセイ第2弾。

「気になる部分」(感想) も面白かったんですけど、こちらも面白かったです~。大笑いするというより、始終ニヤリとさせられてる感じ。ほんとこの方の思考回路ってどうなってるんでしょう... それはさすがにネタだろう!と突っ込みたくなる部分もあるんですけど、岸本佐知子さんのことだからやっぱり素なのかもしれない... なんて思ったり。岸本さんの文章には妙に地に足の着いた危なさがあるので、本当のような気がしてくるんですよね。コアラの鼻がはめこみ式だというのも、思わず笑ってしまうけど説得力があるし、漢字が妙なものに見えてくるのは、私自身も時々... でもこの方が生きているのは、本当にこの同じ世界なのでしょうかー。まさかパラレルワールドなんてことは? 息をするように自然に、ふっと別世界に入り込んじゃうんですね。でもこうやって文章を読んでるから面白がってられるけど、妄想の世界に入り込んだ岸本さんと実際に接してる人はどうなんだろう?(笑)
町で出会った人や出来事に妄想が膨らむのも、翻訳の仕事をしながら、思考がどんどん別の方に飛んでいってしまうのも日常茶飯事。この方、実は小説家にも向いているのでは...。「"訳が分からないこと"として片づけられてしまった無数の名もない供述、それを集めた本があったら読んでみたいと思うのはいけない欲望だろうか。そこには純度百パーセントの、それゆえに底無しにヤバい、本物の文学があるような気がする。」という文章が146ページにあるんですが、岸本さんの文章こそ、それのような気がするわ!
イラストが素敵だなあ、そういえば本そのものも素敵だなあと思ったら、装幀とイラストはクラフト・エヴィング商會でした。おお、やっぱり♪(筑摩書房)

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紀元前100年、ローマの貴族の家に誕生したユリウス・カエサル。ローマ史上最大の英雄・カエサルはどのような時代に生まれて、どのような育ち方をしたのか。どのように世に出たのか。前半はカエサルの誕生から若い頃のエピソードを、後半は2000年経っても未だに世界中で読まれている「ガリア戦記」を中心に、有名な「賽は投げられた」のルビコン川までの、カエサルの前半生の姿を描き出します。

先に読んだ「ローマ人の物語 危機と克服」でも何度も名前が登場していて、塩野七生さんのカエサル好きが伺えるなあと思っていたのですが、やっぱりカエサルの部分には力が入っていますね! 「ガリア戦記」を読む前に、と思って読んだんですが、いやあ、面白かったです。
何が面白かったかといえば、肝心の「ガリア戦記」以前。(あらら) 後に圧倒的な天才ぶりを見せ付けるカエサルですが、実は若い頃のカエサルは借金王のプレイボーイだったんだそうで! お洒落には人一倍気を使うダンディぶりで、これぞと思う女性には贈り物攻撃。でも女性関係が派手な割に、相手の女性に恨まれることが全然なかったのだとか。(ここで塩野七生さんの洞察が鋭いです!) お洒落にお金を使い、女性には高価な贈り物、しかも私費で公共事業なんかもやっちゃうんですから、借金は莫大な額になってます。でもその借金をほとんど気にしなかったというのが、やっぱり大物なんですね。自分の資産を増やそうとするわけではなかったというのもポイントなんでしょう。そして借金が莫大な額になると、債権者と債務者の立場は逆転してしまうんですね。知らなかった。(笑)

そんなカエサルが本格的に芽を出し始めたのは、クラッススとポンペイウスと始めた三頭政治とガリアへの遠征。
ガリアとはギリシャ語で「ケルト」のことなんですよね。(それもあって「ガリア戦記」を読もうと思ったわけです) 位置的には現在のフランスとその周辺で、途中2度ブリタニア(現イギリス)にも上陸しています。ウィンストン・チャーチル曰く、このカエサルの上陸をもって英国の歴史が始まったのだとか。(その発言って英国人としてどうよ? と思ってしまいますが) このガリア戦記の部分から見えてくるのは、カエサルの戦略や決断の確かさ、そして度量の広さ。「お前達の命よりも私の栄光が重くなったら指揮官として失格なのだ」なんて発言もあって、部下の心の掴みもばっちり。やっぱりプレイボーイとして遊んで人生経験を積んでいたからこそでしょうかー。(笑) 時には同盟していたはずのガリア人に裏切られることもあれば、味方の兵士たちが浮き足立ってしまうこともあるんですけど、その戦略家としての手腕は確かですね。勝った後の敵の扱い方とかも、見てるとやっぱりすごいなって思っちゃう。

で、「ローマ人の物語」の後に「ガリア戦記」も読みました。やっぱり「ローマ人の物語」を先に読んでおいて良かった、というのが正直なところ。ガリア人の部族名の訳などが微妙に違うので、その辺りは分かりづらかったんですけど、その時ローマでは何が起きていたか、なんてことは「ガリア戦記」だけでは分からないですしね。塩野七生さんが作り上げたカエサルの造形もあいまって、単体で読むよりもかなり理解できたのではないかと。(新潮文庫・岩波文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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19世紀のイギリスを代表する装飾芸術家・ウィリアム・モリスにとって最も重要な芸術は「美しい家」であり、次は「美しい書物」。中世の美しい写本を愛したモリスはヴィクトリア朝の本粗悪さを嫌い、晩年、私家版印刷所ケルムスコット・プレスを設立します。そこでは良質の紙やインク、行間や語間、余白、挿絵と調和する活字作りに拘った、モリスの理想の書物作りが追求され、自著やチョーサー作品集など53点の書物が刊行されることに。この本はそんなモリスのエッセイや講演記録、インタビュー記事などを1冊に集めたものです。

実際にケルムスコット・プレスでの本造りが行われていた期間に書かれたり語られたりしたものだけあって、ここに収められたモリスの書物芸術論はとても具体的。そして、美しい本を作るのも醜い本を作るのも手間と費用の面から言えばほとんど同じなんだから、それなら美しい本を作りたいというモリスの考え方はとても印象的。...でもね、粗悪本と手間と費用がそれほど変わらないとは言っても、良質の紙やインクを使用する以上、それなりの代金がかかりますよね。字間や行間が広い方が読みやすいと信じていた頑固一徹な植字工たちに自分の考えを浸透させるのも、きっと相当大変だったはず。...苦労した甲斐あって、ケルムスコット・プレスの本は本当に素晴らしいし、書物史の中で重要な役割を果たしてると思いますが!

そしてこの中に付録として「ウィリアム・モリスの愛読書」というのもあって、「良書百選」というアンケートに対する回答が収録されていました。モリスが中世の騎士道ロマンスが好きだったというのは知ってたんですけど、ここまで好きな作品が重なるとは! いえ、もちろんモリスの方が遥かに幅広く読んでますけど、モリスにとってバイブル的存在だという本は私もかなりの確率で読んでて、しかも好きな作品ばかり! バイブル的存在の中で全然読んだことがないというのは、ヘロドトスと「ヘイムスクリングラ」の2つだけですね。ヘロドトスは丁度読みたいなと思ってたところだし、ヘイムスクリングラも日本語訳さえあれば...です。これは、モリスのリストから未読本を選んで読めば、かなりの確率で私好みだということだなあ。(にやり)
折りたたみのところにブックリストを載せておきますので、興味のある方は「Lire la suite」をクリックして下さい。ここのブログに感想があるものに関しては、右側に作品名を書いてリンクしておきます。...それにしても「ヘブライ聖書」(旧約聖書のこと)がバイブル的存在って... あまりにそのまんまだわ!(笑)

ケルムスコット・プレスから刊行された53冊は、福岡大学のサイトでもリストと一部画像が見れます→コチラ。モリス自身の作品と、あとはモリス好みの作品って感じですね。1冊でいいから、こういう本を自分の物にしてみたいー。(一番欲しいのは中世の写本だけど)(ちくま学芸文庫)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス

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ニューヨークで出会って結婚したものの、貧しさのあまり暮らしていくことができず、フランクの両親は子供たちを連れてアイルランドのリムリックへと戻ることに。父のマラキは、口ばかり達者で甲斐性なしの飲んだくれ。暖炉のわきでうめくだけの信心深い母親・アンジェラ。一家がアイルランドに渡ったのはフランクが4歳、すぐ下の弟のマラキが3歳、双子の弟のオリバーとユージーンが1歳の時のことでした。

1997年のピュリッツァー賞伝記部門を受賞したという、フランク・マコート自身の子供の頃を描いた作品です。

子供のころを振り返ると、よく生き延びたものだと思う。もちろん、惨めな子供時代だった。だが、幸せな子供時代なんて語る価値もない。アイルランド人の惨めな子供時代は、普通の人の惨めな子供時代より悪い。アイルランド人カトリック教徒の惨めな子供時代は、それよりもっと悪い。

貧しくてひもじくて、それでも父親はわずかに稼いだ金や失業手当を持ってパブに行ってしまい、子供たちは空腹のまま布団に入る毎日。妹のマーガレットや弟のオリバーとユージーンが死んだのも貧しさのせいだし、フランクの腸チフスや結膜炎ものすごく酷くなったのも、貧しさのせい。仕事が長続きしないのに、ほんのわずかのお金も飲んでしまう父親のせいで、母親は近所の人に食べ物を借りて、子供たちに食べさせる生活。後の方で、フランクが空腹のあまり、フィッシュアンドチップスが包まれていた新聞紙の油をなめるシーンが出てきます。強烈です。「油の染みが一つもなくなるまで、ぼくは新聞をちゅうちゅうと吸う」 ...確かにアイルランドのカトリック教徒の子供たちの悲惨さは、桁違いかもしれないですね。
それでも決してお涙頂戴ではなくて、ほんのりユーモアまじりに語られているのがいいのです。悲惨な状況ではあるけど、フランクたちは決して不幸ではないし...。父親が語ってくれるクーフリンの物語を、フランクが大事に自分だけのものにしていたり、早朝の父親を独り占めして密かに喜びを感じている部分なんて、読んでいるとほんのりと暖かくなります。告解のエピソードも微笑ましいです。幼い頃の告解は司祭が笑いをこらえるのに必死になるような無邪気な内容なんですが、徐々に大きくなって異性への関心が育つにつれて、素直に告解できるような内容ではなくなってくるんですね。そうなると、フランクは教会に行かなければと思いつつも、なかなか入ることができなくなっちゃう。そして、おできのように大きく腫れ上がった罪の意識が自分を殺すことのないようにと1人祈ることに... 一人前の大人になったように見えながら、まだまだ子供の部分を見せるフランクが可愛いです。

「アンジェラの灰」の「灰」とは何なのか、この作品にははっきりと書かれていません。アンジェラが時々眺めている暖炉の灰とか、煙草の灰というのも考えられるんですけど、私は最初この題を見た時に、「ashes to ashes, dust to dust」(灰は灰に、塵は塵に、という埋葬の時の言葉)なのかなと思いました... が、アンジェラはまだ生きてるので、違うみたい。(笑)
あとがきによると、続編の「アンジェラの祈り」を読むと分かるのだそうです。(新潮文庫)


+既読のフランク・マコート作品の感想+
「アンジェラの灰」上下 フランク・マコート
「アンジェラの祈り」フランク・マコート

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日々のちょろいも 2ndのちょろいもさんに教えて頂いた本なんですが、これがこれが凄かった...! 全編通して面白いんだけど、凄いのは第1章。これは、「本を読む」とはどういうことかという話ですね。もう何ていうか、日頃私が感じていたことをズバッと文章にしてくれたような感じ。色んな作家さんの本からの引用を含め、メモを取りまくっちゃいました。
ご本人の文章から1つ引用すると

本を読む時間がない、と言う人は多いが、ウソだね。その気になれば、ちょっとした時間のすき間を利用して、いくらでも読めるものなのである。たとえ、それが二分、三分といった細切れ時間であっても、合計すれば一日二十、三十分にはなるはずだ。一ページ一分かかるとしたって、毎日三十ページ近くは読める。土日に少し時間を稼げば、新書程度の分量なら一週間に一冊は読了できる。要は、ほんとうに本が読みたいかどうか、なのだ。(P.34)

「本を読んでる時間がなくて~」という人は、要するに読書の優先順位がそれほど高くないってことなんですよね。
そう理解してます、いつも。別にそれがいいとか悪いとかではなくて。

そしてもう1つ。

本一冊を読んで、いきなり自己を変革しようというのはあまりに安易だ。そして、なにか「ためになる」ことがないと、本に手を出さない姿勢もいびつだ。それもこれも「本を読む」ことのほんとうの楽しさを知らないから、いつまでたっても即効性を謳う本ばかりに手を出してしまうのである。本は栄養ドリンクではない。(P.28)
他の作家さんの文章も1つだけ引用させて下さい。
文学、芸術に関する限り、私たちは楽しさよりも先ず、何かしら<ためになること>を追うようだ。楽しむための文学を、たとえば中間小説、大衆小説などと呼んで区別するところにも、自らの手で楽しむことを卑小化する傾向が見られはしまいか。感覚の楽しみが精神の豊かさにつながっていないから、楽しさを究極の評価とし得ないのだ
楽しむことのできぬ精神はひよわだ。楽しむことを許さない文化は未熟だ。詩や文学を楽しめぬところに、今の私たちの現実生活の楽しみかたの底の浅さも表れていると思う。(P.28)

これは谷川俊太郎さんの『「ん」まであるく』(草思社)から。
そうだよね、やっぱり基本は「楽しむ」だよねっ。
以前読んだカルヴィーノの「なぜ古典を読むのか」にも、「古典は義務とか尊敬とかのために読むものではなくて、好きで読むものだ」 という言葉がありましたよ。やっぱり「楽しむ」こそが、読書の基本。それだけが全てと言いたいぐらいの、基本中の基本。

ということで、読みたくなるような本もいっぱい登場したんですけど、その中でありゃりゃーとなっちゃったのは、ギッシングの「ヘンリ・ライクロフトの私記」と谷沢永一の「紙つぶて」でした。
 

「ヘンリ・ライクロフトの私記」については、「およそ読書人と呼ばれる人の本棚に、これがないことはありえない」。
そして、「紙つぶて」が本棚に並んでない人が、「いやあ、本っていうとさあ」なんて抜かしても、無視するに限る、だそうで...
すみません、どちらも未読です。でもそんな私でも、本を楽しむことにかけては誰にも負けませんわ!

「ヘンリ・ライクロフトの私記」は面白そうなので、早速探してみようかと~。あ、「紙つぶて」も読んでみたいんだけど、こちらは「稀代の絶品書評コラム全455篇」とのことなので、もう少し日本文学を読んでからの方がいいかも。押さえるべき作品を全然押さえてない私ですから、猫に何とやらの状態になってしまいそうです。(光文社新書)

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ふとしたことでカヤックに乗ることになり、夢中になっていったという梨木香歩さん。琵琶湖や北海道、アイルランドやカナダの水辺にいる時に見えてきたことや感じたこと、そしてカヤックの上から見た水辺の風景などを綴る、Webちくまに連載されていたというエッセイです。

梨木さんがカヤックに乗られるとは、これを読むまで知りませんでした! 梨木さんの作品を読むたびに、自然やその中の生命の存在を感じていたし(特に植物)、「家守綺譚」や「沼地のある森を抜けて」では、特に水の存在がすごく感じられたんですけど、その裏には、こういう体験があって、こういう時間を大切に持っていらっしゃる方だったのですねー。カヤックに夢中になりながらも、梨木さんの目はとても冷静にその水辺の情景を捉えて、淡々と描き出していきます。まるで梨木さんご自身の思いが水鏡に映し出されていくよう。もしくは、梨木さんご自身の中に太古の海が存在しているよう。梨木さんはこのようにして、いつも「自然」や「生命」と通じ合ってらしたのですね。
とても静かで硬質、冷たい水の清冽さを感じさせるようなエッセイでした。でも、それだけだと少し距離の遠い物語になりそうなところだったのが、梨木さん言うところの「愚かな体験」のおかげで、ぐんと身近に感じられるのも嬉しいところです。ふふふ、意外な一面... でもなんとなく納得できますね。(笑)(筑摩書房)


+既読の梨木香歩作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「ぐるりのこと」の感想)
「沼地のある森を抜けて」梨木香歩
「水辺にて」梨木香歩
「ミケルの庭」「この庭に 黒いミンクの話」梨木香歩
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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1冊目は、カポーティの若き日の紀行文の「ローカル・カラー」と、著名人について書いた「観察記録」。2冊目は、ソ連でオール黒人キャストのミュージカル「ポギーとベス」を上演することになったアメリカの劇団に随行した時の記録「詩神の声聞こゆ」と、京都でのマーロン・ブランド会見記「お山の大将」と、日本人の印象を書いた「文体ーーおよび日本人」。

うーん、とても感想が書きにくい...。どれも小説ではない、ってせいもないのでしょうけど、やっぱりそれも関係あるのかな。まず1冊目の「ローカル・カラー」や「観察記録」は、スケッチと呼ぶのが相応しいような文章。そして「詩神の声聞こゆ」は、カポーティが「初めて短篇喜劇風"ノンフィクション・ノヴェル"として構想した」という作品。
でも私がこの2冊のうちで一番好きなのは、そういう風に表題作となるような作品ではなくて、まずジャン・コクトーの紹介でフランス文学の大女流作家コレットに会った時のことを書いた「白バラ」でした。8ページほどの短い作品なんですが、最初は緊張していたカポーティが、一瞬にしてコレットという人物に魅せられ、その後も影響を受け続けたのが十二分に分かるような気がします。コレットの最後の言葉も印象的。それと、映画「サヨナラ」の撮影のために京都に来ていたマーロン・ブランドと会った時のことを書いた「お山の大将」も好き。ある人物を叙述する時、決してその人が満足するように描かなかったというカポーティですが、そういった人々の中でもっとも心を痛めたのがマーロン・ブランドだったのだそうです。でも、私はすごくいい文章だと思うんだけどな。成功者という位置には相応しくないほどの、強い感受性を持った青年像が浮かび上がってくるようです。

この2冊には、それぞれ「犬が吠える」という副題が付いていて、それはカポーティがアンドレ・ジッドに教えてもらったアラブの諺「犬は吠える、がキャラバンは進む」から来ているのだそうです。解説で青山南さんも書いてたけど、確かに犬は吠えるもの。それでもカポーティは、進み続けていたということなのでしょうね。(ハヤカワepi文庫)


+既読のトルーマン・カポーティ作品の感想+
「カメレオンのための音楽」トルーマン・カポーティ
「ローカル・カラー/観察記録」「詩神の声聞こゆ」トルーマン・カポーティ

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コロンブス、ベートーベン、エジソン、イソップ、ガロア、シェークスピア、二宮尊徳、ゲーテ、ダンテ、スタンダール、毛沢東、カミュ、ニーチェ、聖徳太子、カフカ、マルクス、紫式部、セルバンテス、トロツキー、孟子、キリスト、プラトン、リルケという23人の世界史上の「英雄」を取り上げて、寺山修司流にそれらの人物を切り、その正体に迫る本。

先日読んだ「不思議図書館」が面白かったので(感想)、次はこの本を選んでみたんですが... うーん、こちらは私には今ひとつ合わなかったみたい。
イソップに関しては私も大嫌いなので...! 「主人持ちのユーモア」「奴隷の教訓」という言葉には深~く納得だったんですが(笑)、コロンブスに関しては、寺山氏が「私が勝手に書き直したコロンブス像」として書いてる文章が、まさに私がコロンブスに抱いていたイメージそのままで、この文章が書かれた当時は、そう考えられてはいなかったのかしら? なんて逆に疑問に思ったり... そのほかの部分では、それはちょっとひどいんじゃないの、と言いたくなるような部分も色々とあって、正直あまり楽しめなかったです。寺山氏による人物分析は、あくまでも現代の、それも1970年代の価値基準を持った人間によるもの。「英雄」たちが生きていた当時の世相や社会背景なんかををまるで無視して、ここまで切り捨てちゃってもいいものなのかな? 何も考えずに楽しむべき本だったのかもしれないんですが、私にはそうはできなかったし、なんだかまるで寺山修司氏の持つ歪みを直視させられているようでツラかったです。もちろんこういった人物分析は、1970年の時代に「英雄」たちを蘇らせるという行為でもあったのかもしれないし、彼なりの「英雄」たちへの敬意の表し方だったのかもしれないんですが。
それでも、「もし、サザエさんが卵を立てなければならないとしたら」というところで出てくる発想は面白い♪ 「ゲーテ」の「ウェルテル」や二宮尊徳との対談も、紫式部の現代版シュミレーションも楽しめました。(角川文庫)


+既読の寺山修司作品の感想+
「不思議図書館」寺山修司
「さかさま世界史 英雄伝」寺山修司

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若い頃からヨーロッパの不思議物語を集め始め、徐々に日本の不思議物語にも目を向けるようになったという澁澤龍彦氏の、日本やヨーロッパ、あるいはインドや中国における不思議譚・怪異譚を紹介する本。

本人が文庫版あとがきに書いているように、軽い読物として書き流してる部分が目につきますし、既にどこかで聞いたような話も多かったんですけど、古今東西の不思議譚を網羅しての考察は楽しかったし、文章もいつものことながら、全然古さを感じさせなくて読みやすかったです。自分の好きなものを、気楽にコレクションしてるという感じがいいんでしょうね。前口上にも、「私は学者ではないから、七面倒くさい理窟をつけるのはあまり好きなほうではなく、ただ読者とともに、もっぱら驚いたり楽しんだりするために、五十篇に近い不思議物語をここに集めたにすぎないのである。したがって、読者のほうでも、あまり肩肱張らずに、私とともに驚いたり楽しんだりして下さればそれで結構なのである」とありました。確かにそういった読み方が相応しい本。さすが河出文庫の澁澤龍彦コレクションの1冊目、澁澤作品の入門編にぴったりの本かも。

「最も古い神話や伝説のなかに、私たちは最新のSFのテーマを発見することができる」なんていうのも面白かったし...
あと一番印象的だったのは、「ヨーロッパでは、ユートピアの別世界に到達するためには、いつも危難にみちた海を越えてゆく必要があった。ところが中国では、桃源郷に到達するには、ただ洞窟や木の洞をひょいとくぐり抜けたり、壺の中へひょいと身を躍らせるだけで十分だったらしいのである」という部分。確かにその通りですねー。中国でも、仙人の住む蓬莱山は海上にある島だと考えられていて、秦の始皇帝は不老不死の薬を求めて徐福を派遣してるんですけど、なぜか山のイメージが強いです。海の上にはあっても、やっぱり蓬莱「山」だから?(笑)
やっぱりヨーロッパにおけるヴァイキングのような存在がなかったからなんでしょうかねえ。倭寇はあったけど、明の時代だからあまり古くないし、時代を遡っていっても、やっぱり常に海よりも内陸部に目が向いてるような気がするし...。仙人の修行は基本的に山で行われるし。(多分・笑)
そしてヨーロッパの海とユートピアの関係って、感じてはいたけど、そういえば理論的にはまるで分かってないことに気付いてしまいました。そういうのって、既に論じられてるんでしょうね。そういう本が読みたくなってきたなあ。何かいいのないかなあ。(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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帯に「図書館長・寺山修司が、珍書・奇書を大公開!」とあって、これは面白そう!と手に取ったんですが、実際面白かったです。ヨーロッパやアメリカに行くたびに古本屋や古本市で見つけて蒐集してきたという、寺山修司の蔵書コレクションを紹介する本。「書物の迷路あそび」という章にも「ヨーロッパへ旅行するたびに探しまわった迷路に関する文献も、かれこれ棚一段分ぐらいになった」という文章があるように、少しずつ集められてきた本たちのようです。

さすがに寺山修司氏、興味の向かう方向が独特ですね。「髭のある女の実話画報」「フェチシズムの宇宙誌」「大男を愛するための図鑑」「変わった殺人のための大百科」「サディズム画集の中の馬男たち」などなど、目次を見ているだけでも一種独特の妖しげな雰囲気が漂うんですが、実際に紹介されている本もユニークなものばかり。「奇書・珍書コレクション」という紹介に相応しい1冊です。実際にその本や雑誌に掲載されていた写真や図版も転載されてるのが、また楽しいんですよー。
「書物の迷路あそび」に紹介された様々な迷路、そしてその用途(ボルヘスの「ふたりの王とふたつの迷宮」が読んでみたくなりました)、「髭のある女の実話画報」で紹介されている髭のある貴婦人・クレメンチーヌ・デュレのエピソード。デュレ夫人の写真は、男装の麗人というよりも、男の人が女装してるようにしか見えないんですが、きちんとした医者が、彼女をれっきとした女性だと太鼓判押してるというんだから驚き。子供も産んでるんですよね。しかも、立派な髭を生やしたデュレ夫人は、県知事によって男装を許されたのだとか...! 当時の女性と男性の社会的な立場の違いを、思わぬところで再確認させられちゃいます。あと、面白かったのは、自殺機械を発明し実演する男たちを紹介した「変わった殺人のための大百科」とか、「だまし絵の美術史」のだまし絵画家同士の対決とか、「フェチシズムの宇宙誌」とか... 中国の男性が、纏足された小さな足に感じる「繊細な甘さ」と「刺激的な趣味」って! そうなんだ!(笑)
ミステリ好きさんにとっては、ミス・マープルそっくりさんコンテストの話題とか(選ばれた老嬢の写真付き)、新聞に掲載されたエルキュール・ポワロの死亡記事が興味を引きそう。1枚の図版を見て推理する「軽食スタンド殺人事件」なんかも面白そうでした。これがもうちょっとちゃんと推理できるようになっていれば、もっと良かったんですけどね。 (角川文庫)


+既読の寺山修司作品の感想+
「不思議図書館」寺山修司
「さかさま世界史 英雄伝」寺山修司

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突然ネコから20歳前後の青年になってしまった夢吉。同居している作家のおっさん(東野さんご本人)には、なってしまったものは仕方ない、せっかく人間として生きてみろと言われ、なぜか冬期オリンピックの様々な選手たちに話を聞きに行くことに。

前半は、冬季五輪競技の紹介、後半は実際にトリノに行ってのオリンピック観戦記。
冬季五輪は嫌いじゃないんですけど、時差があったりすると、すぐに観るのが億劫になってしまう私。それぞれの競技をきちんと観たら、きっとハマるんでしょうけど、一度タイミングを逃してしまうと、どうでもよくなってしまうんですよねえ。それにオリンピックの場合、メダルの数を数えたがるマスコミが鬱陶しいし。結局、トリノ五輪も全然観ないまま終わってしまいました。そんな状態だったので、この本も、まあ、そこそこ。全作品を読んでる東野さんの本だから読んだけど、そうでなければ読まなかったんじゃないかと...。夢吉の視点で書かれていくのは楽しいんですが、やっぱり私はエッセイよりも小説がいいな。
ということで、この本の中で予告されていた、アルペンスキーヤーが主人公という「フェイク」が楽しみです。今はマイナーでも、実は面白い競技って色々とあると思うんですよね。「鳥人計画」(スキーのジャンプ競技の話)だって面白かったんだし、この本の中では「書いても出してくれる出版社がない」と否定的でしたけど、ぜひ小説の中でそういう競技を取り上げて頂きたいものです。こういうエッセイよりも、小説の方が遥かに効果的なのではないかと思うんですけどねえ。(光文社)


+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「赤い指」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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「ピーターとペーターの狭間で」(感想)、「翻訳家という楽天家たち」(感想)と同じように、本の雑誌社に掲載された翻訳にまつわるエッセイを1冊の本にまとめたものです。
「ピーターとペーターの狭間で」では純粋に翻訳秘話みたいな部分が面白かったし、「翻訳家という楽天家たち」では、もう少し範囲を広げた翻訳や読書周辺のあれこれが面白かったんですが、今回はまた一段と範囲が広がってたかな? 読みたい本が色々出てきちゃいました。100文字でのねあ。さんが、たらいまわし企画第23回「笑う門には福来たる! "笑"の文学」(記事)で出してらして気になってた「新明解国語辞典」がここでも登場していて、あんまり可笑しいので、ついついポチッとしちゃったし、この本の後に文藝春秋から訳が出たという「ジ・オフィシャル・ポリティカリー・コレクト・ディクショナリー・アンド・ハンドブック」とか... これは邦題が分からないんだけど、 「当世アメリカ・タブー語事典―多文化アメリカと付き合うための英語ユーモア・ブック。」かな?(違うかも)  あと、青山南さんが同じ翻訳家としてヒロインに共感させられてしまったという、多和田葉子さんの「アルファベットの傷口」! これが読みたい。(でもamazonで酷評されててびっくり) それから「頭の中の涼しい風」の章で、本の荷造りで書架があいてくるのを見て青山さんが思い出したという、「ジッドの日記」。その中で、ジッドも本の荷造りをしていて、だんだん書架があいてくるのを「頭の中を涼しい風が通る」ようだと表現してるんですって。これが気になります。(でも全5巻で31,500円なんて本なのね。凄そう...)
あと面白かったのは、本の裏表紙のバーコードとの闘いを続ける絵本作家・レイン・スミスのエピソード。バーコードの存在が許せないレイン・スミスが、バーコードを逆手にとって色々工夫しちゃうのが楽しい~。あとはやっぱり青山さんの文章ですね。ふとした拍子に素顔が出てくるって感じですごく好きです。(本の雑誌社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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副題は「クレオパトラから樋口一葉まで」。1回に1人ずつ古今東西の有名人をお招きして、その方のためだけにお料理を作るというもの。NHKの「今日の料理」のテキストに連載されていた記事が1冊の本にまとめられたものです。
ここのレストランに招かれているのは、クレオパトラ7世、サンタクロース、聖徳太子、玄奘三蔵、シンドバッド、源義経、チンギス・ハーン、ドラキュラ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、山内一豊の妻・千代、シェイクスピア、ヨハン・セバスチアン・バッハ、コロンブス、ナポレオン1世、河童の河太郎、アンデルセン、チャールズ・ダーウィン、ファーブル、トルストイ、ジェロニモ、近藤勇、アントニ・ガウディ、シュバイツァー、樋口一葉、南方熊楠という総勢25人。

これはsa-ki さんに教えて頂いた本。たらいまわし企画・第24回「五感で感じる文学」です。レシピは、実際にあったものを採用している場合もあるけれど、ほとんどがシェフである河合真理さんの考案だとのこと。できるだけそれぞれの人物の時代や土地にあったと思われる食材や調理器具を使い、お料理を作り上げていったのだそうです。まず、その回お招きする方についての紹介があり、次にシェフによるメニュー説明、お料理の写真、そして実際のレシピ、という構成。普段は、直接料理の写真を見てしまうよりも、文字からの情報として入ってきた方が、「美味しそう~」となる私なんですが、この本はとっても美味しそうでした! それぞれの人物に合わせて作ったお料理そのものももちろんなんですが、写真のためのコーディネートがまた凝ってるんですよね。鮮やかでとっても綺麗。それぞれのお客さまにぴったり~。
美味しそうな料理がいっぱいある中で一番気になったのは、シンドバッドのためのメニューのデザートで出される「ココナッツとフルーツの宝石見立て」。ココナッツを大粒の真珠に、果物をルビーなどの宝石に見立てて、輝くデザートを作ったというもの。これは作りが単純なせいかレシピが載ってなかったんですが、このキラキラの部分は一体何なのかしら! とっても綺麗。そしてびっくりしたのが、トルストイのためのメニューでメインディッシュとして出される「イラクサのシチュー」。グリム童話や何かでしょっちゅう登場して主人公を泣かせてるイラクサは、なんと食べられる植物だったんですか! 今はもうすっかり採る人が減ってしまったそうですが、以前は日本でも山菜として新芽を食べていたのだそうです。ますますびっくり。そして採る人が減ったのは、やはりその棘のせいなのだそう。「刺さるといつまでもチクチクと痛み、細くて抜きにくい」だなんて、やっぱり痛そう... 童話でイラクサを紡いでる場面、結構ありますよね。さぞかし手が腫れ上がったに違いない... このイラクサのシチューは、実際にトルストイの若い頃の食事の記述の中に登場するのだそうです。
実際に自分で作ってみようとは思わないけど(ダメダメ)、誰かが作ってくれるならぜひ食べてみたい... って、それはあまりに虫が良すぎますね。でも自分もぜひ招いて欲しくなってしまう、そんな素敵なレストランでした。(NHK出版)

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古典文学ではなく、比較的最近英訳された11編の日本の小説を元に、原作とその英語版の対比をしながら考察していきます。ここで取り上げられているのは、吉本ばなな「キッチン」、村上龍「69」、小林恭二「迷宮生活」、李良枝「由煕」、高橋源一郎「虹の彼方に」、津島佑子「山を走る女」、村上春樹「象の消滅」、島田雅彦「夢使い」、金井美恵子「兎」、椎名誠「岳物語」、山田詠美「トラッシュ」。

翻訳家の青山南さんの本だけあって、翻訳家としての立場からの意見も沢山。翻訳家志望の人にとても勉強になりそうな1冊です。面白かったー。翻訳作業って、単に言葉を別の言葉で置き換えるだけでなくて、その言葉が背負ってる文化を伝えることでもありますよね。この本の中でも、単に言葉の対比だけでなく、日本語版と英語版の雰囲気の違いやその原因、日本特有の固有名詞やその言葉によって伝わるもの、その訳し方など様々な部分に着目していくんですが、もう「なるほど」がいっぱい。
ただ、私がこの中で読んだことあるのは、「キッチン」と「69」だけだったんです。実際に原文を読んでいたら、きっともっと理解できたろうなと思うと、ちょっと勿体なかったり... と言いつつ、「キッチン」だけは、英語版も読んだことがあるんですが! というか、実は吉本ばななさんの作品を初めて読んだのは、英語版「キッチン」だったんですが!...と書くと、なんだか凄そうなんですけど、英語の本とは言っても、「キッチン」の英語自体は全然難しくなくて、中学生レベルの英語で読めそうな感じです。当時、読まず嫌いだったわけでもないんですが、吉本ばななさんに特に興味もなく素通りしていたら、友達が英語版をプレゼントしてくれて... しかも入院中で暇にしていた時だったもので、あっさりと読むことに...。(笑)
で、その「キッチン」なんですが、英語の文章を読んでいるのに、なんだかするんと身体の中に入ってくる感覚だったんです。原文は一体どんな感じなんだろう? と、退院後に日本語版も読むことになったのでした。ということで、「キッチン」だけはどちらの雰囲気も分かっているわけで、この章が一番面白かったです。この「キッチン」に関しては、青山さんは、翻訳されたからこそ分かりやすくなった部分があると指摘されてますし、確かに私もそう思いました...。日本語版も英語版も雰囲気としては同じなんですけど、英語の方が論理的で分かりやすい文章。逆に日本語の表現を見て、へええと思った覚えがあります。

他の作品では、例えば村上龍さんの「69」で、「林家三平そっくりの男」という言葉を単なる容貌を説明するような言葉に置き換えたことから、失われてしまった日本語のニュアンスのこととか、島田雅彦さんの「夢使い」で、日本語と英語がちゃんぽんになってる部分がきちんと英語に訳されていることによって、伝わらなくなってしまった会話の雰囲気とか、椎名誠さんの「岳物語」でも、文章の順番が緻密に入れ替えられて端正になった分、椎名さん特有の「勢いのままだらだらと書いた」雰囲気はなくなってしまったとか、そういう話が面白かったです。なるほど~。
行間のニュアンスまで上手く訳されているものがあれば、まるで違う雰囲気の作品になってしまっているものもあり、やっぱり翻訳者の方って大変ですね。とても興味深かったです。(集英社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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カリブ海の西インド諸島出身の黒人モデル、西荻窪の古本屋店主、ボート・ピープルとしてベトナムを出国し、今はベトナム料理店経営者の女性など、東京で暮らす外国人15人に青山南さんがインタビュー。東京にいる外国人を取材するという上で、青山南さんがつけた条件は、フリーランサーであり、30~40代だということ。それは会社に言われて来てるのではなく、自分の意思で東京にいるということ。そして自分なりの人生観を作り始めた年齢だということ。若いと、「夢」ばかり聞かされそうだから。

これらの人々に取材したのは1987年から2年間。日本が丁度バブル景気だった頃で、彼らが経済的にも稼ぎやすかった時期なんですよね。それからバブルも弾けて暮らしにくくなって、彼らのうち半分はもう日本にはいないとのこと。
そんな風に、自分たちの嗅覚に従って、暮らしやすい国に気軽に移っていく人々のフットワークの軽さが羨ましくなってしまうのだけど... そういうのって隣の芝生が青く見えるだけなのかな。1つの国に落ち着く幸せと、気軽に移動できる幸せがありますよね。でも日本語が母国語の人にとっては、日本の外に出たら即外国語に取り囲まれてしまうわけだけど、例えば英語圏の人だったら、気軽に行ける範囲が広いわけで。やっぱり条件が違うよね、と思っちゃう。外国で暮らしてみたいと思いつつ日本に居続けてるのは、結局、ただ単に自分の行動力と決断力がないだけなんですが。
...でも、まあこれも悪くなかったんですけど、やっぱり本関係のエッセイの方が面白いです。(朝日文庫)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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自分の読む遅さを以前は結構悩んだという青山南さん。きちんと読んでいるから遅いのか、それとも集中力がないから遅いのか。しかし「きちんと読む」とはどういうことなのか。そんな話から始まる、青山南さんの読書にまつわるエッセイ。

奇妙な世界のまんなかでのkazuouさんに教えて頂いた本。面白かったです! やっぱり青山さんの本や読書に関する話は面白ーい。これってもしかしたら、本の読み方が全然違うせいもあるのかしら? これまで読んだエッセイでも感じていたのですが、私の本の読み方はどうやら青山さんとは正反対みたいなんですよね。私は、面白い本は一気に読んじゃうし、読んでいるうちに夢中になって気がついたら朝になってることもあるし、歩きながらでも本を読むし(人にも物にもぶつかったことないですよー)、面白くない本を途中でやめることもあるし。(なかなかその世界に入れない時は、とりあえず寝かせて熟成することが多いです ←次に読む時に、案外すんなりと入れたりする) もちろん拾い読みの楽しさや索引読みの便利さとか、頷きたくなる部分も多いんですけどね。
池澤直樹さんが言われていたという、「小説って、読むのにあるスピードがいるでしょう」という言葉には私も同感。「じっさい、かなりのスピードで読むなら、たいていの小説はそこそこおもしろい」という青山さんの言葉は、まさに私のことかもしれません。もちろん、じっくりゆっくり読むのに向いている本もあるし、私自身ゆっくり読むこともあるんですけど、基本的には、自分のペースで読めないと、本って全然面白くなくなっちゃうんですよね。「時間もかからなかったし、まあいいか、と評価が甘くなるのか?」というのとはちょっと違うんですが... それでも確かに「これだけ時間をかけたのに」とがっくりくる度合いは、私の場合は少ないかも。
様々なエピソードの中でとても印象的だったのが、アーウィン・ショーのインタビューの中にあった、ニューヨーカーの編集者が言っていたという、小説の最後のパラグラフをばっさり切る話。へええ、余韻が残る作品というのは、そうやって作られるのか! でも言われてみると本当にそうなのかも。なんだか分かる気がします。(早川書房)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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表紙の写真は、緑色の硝子細工のようなオブツーサ。南アフリカの砂漠地帯が原産の多肉植物。それ以外にも、水も土もなしで、根も葉もないのに花の咲くコルチカム、砂漠の宝石のようなイシコロマツバギク、翡翠色のヒスイカズラなど、一風変わった植物が紹介されている本です。

これは、風待屋の sa-ki さんに教えて頂いた本。オブツーサがあんまり綺麗なので、思わず速攻で図書館で借りてきちゃいました。この緑の丸い葉っぱ、ゼリーみたいにぷよっとしてるのかと思ったら、案外硬くてしっかりしてるんだそうです。丸い葉っぱに光を取り入れる透明な窓がついてから、こんな風に透明感のある緑色に見えるんですって。不思議ですよねえ。それにとっても綺麗!
黄色いオシロイバナはうちにもあるし、幻の青いケシとか桃色タンポポとか、園芸店で見かけたことのある品種も結構あったので、題名ほど「ひみつの植物」という感じはしなかったんですが、知らなかったのも色々ありました。それにこのオブツーサが見られただけでも、満足満足。藤田さんが子供の頃に好きでよく眺めていたという学研の植物図鑑は私も大好きだったので、すごく気持ちが伝わってくるようで、その辺りもとても楽しかったです。そして本好きにとって嬉しいのは、植物にまつわる本の話題もあることですね。著者の藤田雅矢さんは、農学博士でありながら、同時に「糞袋」でファンタジーノベル大賞を受賞した作家さんでもあるんです。「文学のかをり」という章では、チューリップ、ハエトリグサ、薔薇、モートンベイ・チェスナッツといった植物と共にそれにまつわる文学作品が紹介されています。「植物SF文学」という題のコラムでは、藤田さんのお気に入りの本+αも。

こういった珍しい植物を楽しめる植物園のデータもあるし、育ててみたい人のために、お取り寄せできるお店のデータや育て方のポイントが付いているのが嬉しいところ。インターネットを通じて購入できるお店も多いようですね。インターネットって本当に便利だなあ。この本は、自分でも買ってしまいそうです。オブツーサ、触ってみたいなー。(WAVE出版)

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「言葉の標本函」という名の下に編集された3冊。それぞれ「夢」「オブジェ」「天使・怪物」というキーワードによって、100編以上の断章が紹介されていきます。

登場率の高いのは、プリニウス、ダンテ、ニーチェ、ユイスマンス辺り。最初に通して1回ずつ読んでから、3冊それぞれで気になった断章をチェックしながら読み返したんですけど、あっちで気になるのは、やっぱりこっちでも気になるらしいです。あまり深く考えずに適当に選んでるだけなのに、自分の好みの傾向がちゃんと現れてるのが可笑しい♪ 中でも「解放されたエルサレム」(タッソー)は、3冊それぞれでチェックしてしまいました。「さかしま」(ユイスマン)もそうだったかな? これはぜひとも読まなくちゃいけません。とはいっても、その作品が、ここで読んだ通りの雰囲気とは限らないんですけどね。たとえばダンテの「神曲」やミルトンの「失楽園」みたいな既に読んでいる作品も、ここで改めて読むとまた違った表情でしたし。

他の作家さんの作品の紹介ばかりなんですが、澁澤さんの好みが見えてくるし、何よりご自身が訳してらっしゃるものも多くて、何とも澁澤ワールド。そして3冊の中で澁澤龍彦的エッセンスが一番強く感じられたのは、「天使から怪物まで」でした。「編者による序」に、「『天使から怪物まで』と題して、私が本巻にあつめた百十八篇の断章は、いわば私の主宰する、サドのそれにも比すべき乱交パーティの円環だと思ってくだされば幸甚である」とある通り。私自身、元々天使と悪魔にすごく興味があるというのもあって、これが一番面白かったです。3冊の中では、「オブジェ」がちょっと落ちたかな... 物もいいんだけど、人の方が読んでて楽しかったですね。(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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1960年代後半から1980年代初めまで、女性誌「ミセス」を始めとして、様々な雑誌やPR誌に書かれてきた文章を1冊にまとめたもの。

読んでみると、他の作品とはちょっと雰囲気が違っていてちょっとびっくり。いつも感じるような圧倒的な博識ぶりはあまり感じられなくて、もっと澁澤氏が身近に感じられるような気軽なエッセイでした。やっぱり女性誌に執筆ということで、書き方も少し砕けていたんでしょうか。そして更にびっくりしたのが、全然古さを感じさせないこと。執筆されてから50年も経とうかという文章もあるんですけど、今読んでも全然違和感がないんですよね。日常についての話が中心となっているので、もちろん時代を感じさせる部分もあるんですが、それを考えてもほとんど、全くと言っていいほどです。
この本は、元々は「夢のある部屋」の部分だけが単行本として刊行されてたところに、編集部が関連のあるエッセイを選んで、「夢のある風景」という章として付け加えたようです。普段なら内容がカブってるのはあまり好きじゃないんですが、この本に関しては、ほとんど気になりませんでした。(妙に貞操帯の話が多いけど...) むしろ「夢のある部屋」の「鏡の魔法」という章に掲載されている写真の凸面鏡の来歴が、「夢のある風景」の「横浜で見つけた鏡」の章で語られていたりするのが楽しいです。そしてエッセイの中で愛蔵品の数々が紹介されていくのですが、ここに写真も収録されているのが嬉しいところ。居間に置かれた古い時計や愛蔵のガラス器、サド侯爵も部屋に飾っていたという髑髏(しゃれこうべ)、四谷シモン作の球体関節人形などなど。表紙の画像も、澁澤氏の部屋の写真です。

河出文庫の澁澤作品は以前から少しずつ集めてるんですが、最近河出文庫の装幀が変わってしまいましたよね。この「夢のある部屋」は古い方の装幀なんですけど、私の手元にも、既に新しい装幀の本が何冊かあります。これじゃあ、並べた時に気になっちゃう。もっと早く買い揃えておけば良かった。でも、どうやらずっと入手できない状態だった作品も新装版で再版され始めてるようで嬉しいです~。「胡桃の中の世界」も、ぜひとも再版して欲しいなあ。(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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今では当たり前のように存在しているジョン・アーヴィングの「ガープの世界」も、この題名に落ち着くまでには紆余曲折がありました。村上春樹氏は「ガープ的世界の成り立ち」、青山南氏は「ガープが世界を見れば」、斉藤英治氏は「ガープ的世界」、そのほかにも「世界、ガープ発」「ガープによる世界」「ガープによる世界解釈」など、様々な題名が登場。静かだが苛烈なる戦いを繰り広げていたのです。... という「ガープ戦史」など、青山さんの日々の翻訳の仕事を通して描く裏話エッセイ集。

「翻訳家という楽天家たち」(感想)に引き続きの青山南さんのエッセイ。「翻訳家という楽天家たち」よりも純粋翻訳裏話という感じですね。(イーディも登場しないし・笑) この本の最初のエッセイが「本の雑誌」に発表されたのが1981年2月ということで、25年も経ってしまうと、さすがに時代を感じてしまう部分も目についたんですが、それでもやっぱり面白かったです。
例えば、一番最初に出てくる「失語症で何が悪い」は、5つも6つも続く「Hi」をどうやって訳すかというエピソード。たまに出てくる「Hi」なら、「やあ」でも「よお」でもいけますが、この時訳してらした本は、登場人物たちのボキャブラリーが貧困で、「Hi」が5つも6つも続けて出てきてたんだそうです。それはやっぱり困りますよね。「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」「やあ」じゃあ、読んでる方もちょっと...。で、青山さんは、全部おなじ言葉に統一するのも味気ないからと、結局「やあ」「おやっ」「なんだい」「よお」「へえ」「ケェッ」、最後の合唱はみんなまとめて「参ったね」と訳してしまったとのこと。面白いなあ。特にこの最後の「参ったね」。そんな風に訳せちゃうんですね。
そして、私もリチャード・ブローティガンの「愛のゆくえ」はとても面白く読んだので(感想)、「ブローティガン釣り」や「翻訳書のタイトルについて」の章は、特に楽しく読めました。やっぱり「愛のゆくえ」という題名はどうかと思いますよねえ。原題を直訳すると「堕胎、1966年のある歴史ロマンス」なんですもん。「愛のゆくえ」では、人にもオススメしづらいし、そもそも売れるとは思えないのですが...。でも最初にこの題名を出したのは新潮社なんだそうですけど、ハヤカワepi文庫版も「愛のゆくえ」になってるんですよね。既にすっかり定着してしまったのかしら。そして一緒に、ボリス・ヴィアンの「日々の泡」と「うたかたの日々」の話も。この2つの題名は今現在どちらも健在ですが、今後どうなるのか楽しみですね。(という私も「日々の泡」の方が好きですが!) 

上のアマゾンとBK1のリンクはちくま文庫版になってますが、私が読んだのは本の雑誌社版。どちらにしても現在新刊では入手できないのですが...。次は、読書そのものをテーマにしたというエッセイ集、「眺めたり触ったり」を探してみようと思いますー。小説なら、気に入った作家さんの本を片っ端から読む私ですが、同じ人のエッセイを何冊も読むなんて、ちょっと珍しいかも。(エッセイの場合、話題がどうしてもかぶってきちゃうことが多いのがイヤなんですよね)(本の雑誌社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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翻訳家の岸本佐知子さんのエッセイ。第23回たらいまわし企画「笑う門には福来たる! "笑"の文学」で、空猫の図書室の空猫さんと(記事)、コウカイニッシ。のあさこさんが挙げてらした本です。(記事

帯の「抱腹絶倒」の言葉に納得のエッセイ集。岸本さんの思考回路、面白すぎ! 小学校の算数のテストの時、「ある人が、くだもの屋さんで20円のリンゴを7こ買おうとしたら、10円たりませんでした。その人はいくら持っていたでしょうか」という問題を読めば、その"ある人"のことが気の毒になり始めて、どうかすると同情が淡い恋心に変わってしまい、思いを馳せているうちに、テスト終了になってしまっていたという岸本さん。ごく普通だったはずの話が、気づけばすっかりシュールになってます。流行のポジティブ・シンキングをやってみようと、寝る前に布団の中で美しいを思い浮かべるものの、最後には必ず目を覆うばかりの地獄絵図と成り果ててしまったりとか... なぜ一面の菜の花畑に河童が出てくるんですか! しかもその河童一匹のために一面が火の海になってしまうとは...!
という私が一番最初に笑ったのは、本文2ページ目に載ってた、茶碗蒸しのつくり方に関する穴埋め問題。「...このとき、醤油を入れすぎると( )が悪くなってしまいます」 私が笑った回答は、岸本さんご自身の回答ではなかったんですが。 (笑)

ただ、翻訳家さんのエッセイということで、もっと本や仕事にまつわるエピソードを読めるのを期待してたのに、そういった部分はあんまりなくて、それが少し残念でした。全部で4章に分かれてるんですけど、そういった話は最後の章だけなんですもん。もっと今の仕事にまつわる面白い話、読んだ本の話などを読みたかったなー。岸本さんの翻訳された本は読んだことがないんですが、なんだか不思議な雰囲気の作品のようで、そちらもちょっと気になります。(白水uブックス)


+既読の岸本佐知子作品の感想+
「気になる部分」岸本佐知子
「ねにもつタイプ」岸本佐知子

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翻訳家の青山南さんのエッセイ。unaG-2nd Seasonのうなさんが、前回のたらいまわし「笑の文学」に挙げてらした本。(記事) アメリカ文学にはとんと疎い私なんですが(じゃあどこが得意なんだと聞かないように)、読んだばかりのミラン・クンデラやパトリック・マグラアのエピソードも出てきて、とってもタイムリー♪(と言いつつ、どちらも今ひとつ楽しめなかったのですが...(^^;)
名前の表記を巡って深く静かに進行する論争の話とか、世界各国の翻訳事情の話、「こころ」で訳す話、日本の翻訳家が作家に出した質問状の話。こういう話は楽しいなー。でもでも、ロレンス・ダレルの翻訳をやっていた富士川義之氏が、どうしても分からない文章の意味を作者に問い合わせた時の返事にはびっくり。そういうものなんですか! でもって、青山南さんが各作家さんがどう答えるかコメント付きで予想してるのが、また楽しいのです。
あと私としては無視できないのは、「あるスピーダーの告白」。要するに速読者の話です。以前オハイオ州で速読チャンピオンだったという(アメリカには速読試合なんてものがあるんですか!)、ウィリアム・H・ギャスの話が、また面白いんです。速読者たちの読み方が凄くって。ええと、速読者たちが本を読むのは、まさしくサイクリングのようなもの。田園(本のページ)を突っ走り、目的地に向かって快走し、頬に風すら感じるのだとか。へええ、そうなんですかー。いや、分かるような気はしますが。(笑)
それと

「速読者は、名人が魚をさばくみたいに、本をさばく。エラは捨て、尾も、ウロコも、ヒレも捨てる。たちまちのうちに骨のない切り身がずらりと並ぶ」
その点、遅読者はエラとか尾とかウロコとかヒレばっかながめている、とギャスは言う。うーん、その通りだ。まったく。そういえばあら煮も好きだし。

なるほどねー。ああ、なんだか分かるような気がするなあ。
かくしてギャスは、「テキストを完全に無視することによって、チャンピオン・メダルを手にいれた」のだそうです。...それって、それって、一体何のために本を読んでるんですか!!(爆)

あとは、翻訳本の文章が合わなかった時に、「訳文がほんとうにひどい」「訳文が性にあわない」の2つの理由があるけれど、大抵の場合は、「訳がひどいんだよなあ」って吹聴して廻るという話。ああ、確かにそうかもしれないですねー。私はまず言わないけど。いえ、苦手な訳者さんというのはいますけど。
そして書評では、訳文に言及する人としない人は、はっきり分かれるんだそうです。これも、私はまず言わないタイプだな。(書評を書いてるとしたらですが) だって絶対的な評価として、その文章がに良いとか悪いとか、私には分からないんですもん。もちろん、好きな文章とか読み心地の良い文章はあるし、嫌いなタイプの文章、読みにくい文章もあります。何度読み返しても意味が伝わってこないような文章を読むと、「下手くそー」って思いますしね。でも、「読み心地の良い文章=自分の好きな文章」だけど、「自分の好きな文章=文章が上手」かどうかは分からない...。私が1人で「下手くそー」と思ってても、それが実はものすごい美文なのかもしれないし、「あの作家は文章が上手い」と言われるのを聞いて、「あんな読みにくい文章が?」と思うこともあるわけで。
まあ、私にとっては、自分の読み心地良い文章が一番大切だから、絶対的な基準はそれほど問題じゃないですけどね。
あ、でも書評の最後に訳について書くと、それが不思議なほどハマるんだそうです。一通りのことを書いた後で、最後に「訳文は読みやすい」とか、「なお、訳文に気になるところがいくつかあった」とか付け加えるのがコツ。(笑)

青山南さんの文章は、とても読みやすくて楽しかったので(書くとしたらこんな感じ・笑)、今度はうなさんが一緒に挙げてらした「ピーターとペーターの狭間で」や、青山さんが訳されてる本も、探して読んでみようと思います。(ちくま文庫)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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たらいまわし企画・第23回「笑う門には福来たる! "笑"の文学」の時に、おかぼれもん。のpicoさんが挙げてらした本。(記事
群ようこさんの、様々な音にまつわるエッセイです。

友達のお姉さんの影響もあって、小学校の時からビートルズやストーンズといったロック系にのめりこんでいたという群ようこさん。私も中学頃からは洋楽ロック一辺倒だったし、「そうなったらもう、歌謡曲なんて屁のようなものだった」というのは、すごくすごくすごーーーく良く分かるのだけど... それなのに、なぜまたいきなり、北島三郎の「函館の女」に「がーん」と来てしまうのかしら! 「好きになるはずがないと思えば思うほど気になって仕方がない」という気持ちは分からなくもないけど、なんでよりによって「函館の女」! しかも次に気になったのが、中条きよしの「うそ」って...!(笑)
私は洋楽が好きになってから、どんどん時代を遡って聴いていったので、古いのも大好きだし、ストーンズやジャニス・ジョプリン、プリンス、トーキング・ヘッズ、マービン・ゲイ、マーク・ボランといった名前を見てるだけでも嬉しくなっちゃうんですが(とは言っても、このメンツって時代がバラバラだな)、群さんご自身も書いてらっしゃるように、洋楽ファンは洋楽一辺倒のことも多いと思うんですよね。それなのに群さんは結構広く聞いてらしたようで... あとは「ええっ、そういうのも...?!」の連続。そこに登場する面々に時代のギャップを感じてしまったこともあり、なんだか終始妙な気分でした...(^^;。

やっぱり一番面白かったのは、愛猫「しい」のテーマソングの話ですね。猫を膝に乗せたり抱っこしている時に、無意識のうちにわけの分からない歌を口づさんでることに気づいていたという群さん。漫画家さんには変わった人が多いとか友達と笑いながらも、実は笑えないことに気づいてしまいます。このテーマソングは即興で口をついてくるものらしいんですけど、歌詞がすごいんですよー。猫に対する愛情がたっぷり。第三者がその場にいたらびっくりするだろうなあ...。そういえば私はまだ歌が口をついてくるほどではないし、赤ちゃん言葉にもならないや、と自分はまだまだ飼い主として甘いということに気づいたのでした。(幻冬舎)

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フランス大使館から東京日仏学院に転職、その後レストランオーナーシェフを務めたのち、現在はレストランプロデュースや料理家、商品開発、ハウジング、講演、執筆活動など多才ぶりを見せるパトリス・ジュリアンさんのエッセイ。たらいまわし企画第21回「教えてください!あなたのフランス本」でLINさんが挙げてらした本です。(記事

この1冊にパトリス・ジュリアンさんの日々の生活に対する様々な拘りが詰まっていて、「こういう部分に拘るのねー」とか「分かる分かる、そうだよね」「それはちょっと違うんじゃ?」が楽しかったし、大学時代に入り浸ってたFOB COOPを始めとして、知ってる場所が意外と沢山登場したのも懐かしかったんですが、もう少し早く出会ってたら、もっと楽しめたかも。言ってみれば、読んで啓発されて、自分なりのスタイルを作り上げる一助となるような本だと思うんですが、今の私の場合、曲りなりにも生活スタイルも自分自身も確立してしまってるので...。「なるほど」と思いながらも、どこか客観的に読んでしまう部分も多かったような気がします。
とは言っても、「自分」を探している時に読むと、大きな影響を受けそうな本。(もちろん、そっくりそのままこの本の真似をしても仕方ないですが!) 生活がマンネリに感じられたり、何か迷いが出てきた時に読み返すと、また新鮮な気持ちに戻れそうです。(幻冬舎文庫)

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ほぼ日刊イトイ新聞に届いた「まつがいネタ」の投稿を厳選して1冊にまとめた本。その数、なんと700発だそうです。いやあ、面白かった。特に「時代物」~「電話」は、涙が出るほど笑いました。...でもそれ以降は、笑いの発作がすっかりおさまってしまったらしくて、ニヤリ程度。太字大文字で強調されてるところより、普通の字で書かれてるところの方が笑えるって、ちょっと笑いのツボがズレてるのかしら? 他の人はもっと全部爆笑できるのかな? でもおじーちゃんおばーちゃんが間違えるネタも可愛いけど、真面目に仕事してる人が予期していない時に放つ「言いまつがい」の方が絶対笑えるんだもん。

そして1つびっくりしたネタ。このネタ、私も体験してます。もしや同じ電車に乗っていたのでしょうか!

○十三
中学時代、大阪の電車に乗っていたときのこと、「次はぁ~、じゅうそう~、十三~」。着いてみたら十三の一つ手前の駅だった。電車が発車し、乗客の混乱がおさまった頃に「次もぉ~、じゅうそう~、十三~」。動揺のカケラもないアナウンスに、こっちが動揺した。

いやあ、あの時はびっくりしました。そして、「うわあ、やるなあ」でした。(新潮文庫)

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die Mitternachts Musik ~真夜中の音楽のみーしゃさんに教えて頂いた本。1960年1月から1964年10月まで、プラハのソビエト学校に通った米原万里さんのエッセイです。その頃の万里さんの親友は、下ネタに詳しく、男女のことを1から10まで米原万里さんに教えてくれたギリシャ人のリッツア、嘘つきながらも皆に愛されたルーマニア人のアーニャ、そして美人で学年一の優等生のユーゴスラビア人のヤスミンカ。日本に帰ってから続いていた文通もそのうち途絶えてしまうのですが、1980年代後半、東欧の共産党政権が軒並み倒れてソ連邦が崩壊していった時期、万里さんはプラハ時代の学友のことが気になって仕方なくなります。そして何度も旅して、旧友たちの消息をたずねることに。そして再会した時目の当たりにすることになったのは、10代だった当時は思いも寄らなかった現実でした。

10代の頃の思い出話が面白可笑しく書かれていて、特に最初の章のリッツァが明るいので、最初は面白く読んでいたんですが、だんだん辛くなってしまいました...。リッツァのいるはずのプラハにも、「プラハの春」が始まったかと思えば、ワルシャワ条約機構軍の戦車がチェコスロバキアを占領。アーニャ自身はイギリスにいるものの、彼女の家族のいるルーマニアはチャウシェスク政権が倒れて混乱。ヤスミンカの国ユーゴスラビアは内戦状態。生きてるのかどうかも分からない状態です。
状況としては、いつ家族皆殺しになるか分からない不安を抱えているヤスミンカが一番きついとは思うんですが、それでも自分の選んだ道を自分の足で歩んでるリッツァとヤスミンカはまだ... でもアーニャの場合は...。アーニャの両親との会話も兄のミールチャとの会話も、アーニャ自身との会話も、読んでいて辛くて仕方なかったです。子供の頃から様々な国の子供たちと接していた米原万里さんですら、「自分のノー天気加減を思い知って」しまうのなら、その空気すら感じたことのない日本人はどうなってしまうんでしょう。
それぞれの子供たちの祖国に対する愛国心に関するくだりには胸が痛くなりました。そして社会主義の国での生活は何かにつけ不自由なのだろうと思っていたのですが、学費が無料だったんですね。ドイツではオペラやコンサートは高価な贅沢だけど、チェコではもっと身近で、毎日の生活に文化が息づいていたというのがびっくり。そして、ロシアでは皆が才能を大切にしていて、妬みで引きずり落とそうとする人間などいなかったことも。知らなかったことが沢山あってとても興味深かったですし、色々と考えさせられました。(角川文庫)


+既読の米原万里作品の感想+
「ヒトのオスは飼わないの?」米原万里
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」米原万里

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先日有栖川さんのサイン会に行ってきました。これはその時のエッセイ本。映画とミステリーと阪神タイガース(笑)について、様々な媒体に書かれた文章を集めた本です。
色々頷ける部分があったんですけど、その中で一番同意したくなったのは、最近のハリウッド映画がつまらなくなったという話。映像技術は進歩してるけど、脚本がいい加減になっている、「『大脱走』や『ポセイドン・アドベンチャー』のビデオを観て勉強してもらいたい」という部分には、思わず深く頷いてしまいました。「ポセイドン・アドベンチャー」もいい映画ですけど、それより「大脱走」ですよ。大好き! あのテーマ曲を聞くだけで場面が蘇ってきちゃいます。主役のスティーブ・マックイーンはもちろん、脇も味のある役者さんが固めてて(チャールズ・ブロンソンが渋くて好きでした)、それ以上に話が良かったんですよね。初めて観たのは中学の時で、テレビの洋画劇場だったんですけど(笑)、もう手に汗握って観てました。今の映画にはあまりそそられないけど、古いハリウッド映画ってほんと好きです。あと、「洋画のタイトルから格調が失われて久しい」という話は、私もずっと同じことを思ってました。何でもかんでも、英題そのままのカタカナの題名にしなくてもねえ。以前、昔の洋画の邦題名を決める時の話を聞いたことがあるんですが(誰だったか忘れたんですけど、淀川長治氏や水野晴夫氏のような映画人だったような気が)、その頃はぴったりの邦題を決めるのに結構苦労して、でもその甲斐あって「巴里祭」や「俺たちに明日はない」みたいな素晴らしい邦題が生まれたって言ってたんですよね。こういう伝統(?)が失われちゃったのって、ほんと勿体ないと思います。今もやってくれればいいのに。
ミステリ関連では、これは映画の部分に書かれていたんですけど、ミステリの探偵たちの話も面白かったです。例えばホームズは、化学や地質学に精通してる割に文学や哲学についてはまるで無知だし、地動説も知らないという偏りよう、しかもコカインの愛飲者。でもミステリ作品の中には、ホームズ以上に近寄りたくないような奇人変人がうようよしてるという話。身体的に色んなハンディキャップを持つ名探偵も多いけれど、それは物語を盛り上げる効用だけでなくて、「人間はパーフェクトなものを信じないから」、「過剰な推理能力と交換されるべき欠落」ではないだろうかという話。まあ、時にはスーパーマンみたいな名探偵もいますけど、基本的に人間臭い方が魅力的ですね... それにもしスーパーマン探偵だったら、事件が始まった途端に解決できるはずだから、話が続かないですね。(笑)
その他にも、思わず笑ってしまうような部分が色々と。私はタイガースには興味ないんだけど、タイガースファンを見てるのは好きなので、その部分も意外と楽しめました。有栖川さんのエッセイは、やっぱり好き。文章を読んでいても口調が感じられるし、同じ生活圏だということもあって、いたずらの共犯者めいた楽しさもあるんですよね。(というのは、ご本人には心外かも...)(講談社)

ちなみに火村シリーズの長編が6月に新潮社から出るのだそう。秋には... という話だった学生編は、ちょっと怪しげかな?? 出るといいですねえ。

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以前書店で見かけて気になってたんですけど、私、吉野朔実さんのストーリー漫画を読んだことがないんですよね...。でもくるくる日記のkyokyomさんが読んでらして、やっぱり楽しそうなので読んでみました。「本の雑誌」に連載されていた書評漫画「吉野朔実劇場」が本にまとめられたもので、漫画だけでなく、沢田康彦さん、穂村弘さん、北上次郎さん、柴田元幸さんとの対談も収められています。

ええと、確かに書評といえば書評なんですけど、むしろ吉野朔実さんご自身や周囲の人々の本にまつわるエピソード集といった方が正しいかも。ご家族とのエピソードも面白いです。そしてこの読書の幅の広さが素晴らしい~。誰もが知っている有名な本やベストセラー本に混ざって、料理の本や病気の本、図鑑なども混ざっているのがまた楽しいところです。エピソードとしての面白さから言えば、「お父さんは時代小説が大好き」の方が上だったと思うんですけど(お友達との本のやり取りとか、「羊たちの沈黙」が3冊も集まってしまったエピソードとか)、「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」の方が頷けるような部分が多かったかな? 特に「いつも本が入っている」の章は、そのまま私に当てはまるので...! という私も、どんなに近所への外出の時でも鞄に本がないと不安だし、出先で上巻を読み終わってしまって、2冊目の下巻を買ってしまったこと、もちろんありますとも...(^^;。

「お父さんは時代小説が大好き」を読んでいて私も読みたくなったのは、斉須政雄「十皿の料理」、レオ・レオーニ「平行植物」、オリバー・サックス「妻を帽子とまちがえた男」、そして吉野朔実さんが子供の時に読みたかったというカート・ヴォネガットJr.の「猫のゆりかご」。(「飛ぶ教室」と一緒に挙げられてるとあれば、そりゃ読まなくちゃならないでしょう)
「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」では、やっぱりポール・オースターでしょうね。「つまらなくもないけど...」 と、新作が出るたびになんとなく買ってしまう気持ち、すごく分かります。吉野朔実さんの場合は、映画「スモーク」や「ブルー・イン・ザ・フェイス」を観てから本格的にファンになって、「偶然の音楽」を読んでから「幽霊たち」を再読すると、初回に比べてすごく面白く読めたのだそう。「どの作品もディテールには好きなところがあって、いつも気持ちはすんなり入れて楽しくはあったのですが、それだけで好きと言えなかったのは何故でしょう???」というのは、私にもそのまま当てはまる言葉。私も今度未読の「偶然の音楽」を読んでみようと思いますー。(角川文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」「お母さんは『赤毛のアン』が大好き」吉野朔実
「弟の家には本棚がない」「本を読む兄、読まぬ兄」吉野朔実
「犬は本よりも電信柱が好き」吉野朔実

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「ダイヤモンドLOOP」や「本の旅人」に連載されていたというエッセイをまとめた本。この題名から、もっと理系よりの内容かと思っていたのですが、それほどでもないんですね。やっぱり「さいえんす」とひらがなだし、しかも「?」が付いてるだけあります。(笑) 気軽に楽しめるタイプのエッセイ。ダイエットやインターネットのような身近な話題から、科学技術の進歩がミステリにどのような影響を与えているのか、何のために数学を学ぶのかなど話題は様々。軽そうでいて意外と真面目な内容なんですけど、全然堅苦しくはありません。
その中で特に印象に残ったのは、「理系はメリットか」の章。ここでは理系人間であることに対するデメリットがいくつか挙げられているんですが、そのうちの1つは科学的整合性に囚われてしまい、大胆な発想ができなくなるということ。何にせよ得意分野を持っているというのは、作家さんにとってかなりの強みだろうと思っていたんですけど... へええ、違うんですか。そうですか。

出版事情を取り巻く問題のことなども書かれていました。東野さんご自身、デビュー当時は西村京太郎氏や赤川次郎氏の売り上げで育ててもらっていたとのことで、今は東野さんが後進の作家を育てる役回り。でも新刊本がなかなか売れなくなっている現在、それも厳しい状況になってきているとのこと。
確かに、図書館で何人に読んでもらっても作家や出版社には1冊分の利益しか入らないというのは良く分かるんですけど... でもそれは今の玉石混合状態の出版事情も大きいと思うんですよね。そもそも刊行される新刊の数が多すぎるし... 元々図書館派という場合はともかく、普段は新刊を買ってる人でも、面白くもない本をつかまされて、次は図書館で借りるか新古書店で購入しようと考えても不思議はないですもん。私としては、最初は図書館で借りたのがきっかけで読んだとしても、手元に置きたくなるような本は自分で購入することにしてるし、そういう本こそ世の中に出して頂きたいんですけど...!(例えば、前エントリの「夜市」のように、思わず本屋に走ってしまうとか) 
それに今の状態じゃあ絶版までのサイクルが早すぎて、自分が読みたい本を探すには新古書店に行くしかないという状況も多いんですよね。新刊本の波に押されて、こんな本が絶版に?!ってことも多いです。となると、新古書店を悪者扱いなんて私にはできません。でも本当に欲しい本は、なかなか新古書店には出なかったりするんですよぅ! やっぱり滅多に売りに出されない、手元に置いておきたいと思う人が多い本っていうのも絶対ありますよね。(角川文庫)


+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「赤い指」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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ハードボイルド作家・原りょう氏のエッセイ集。10年前に単行本で刊行されていた「ミステリオーソ」に、その後書かれたエッセイや対談、短編が加えられ、「ミステリオーソ」「ハードボイルド」という2冊の本になって再登場しました。「ミステリオーソ」に書かれているのは、原氏の自伝的なことと、ジャズ、そして映画の話。こちらにも本の話も入ってるんですが、本については主に「ハードボイルド」に収められてます。こちらは、読者として作家として、好きな作品や自分の作品について。

読む前は、本の話がメインの「ハードボイルド」の方が楽しめるかなと思っていたんですが、両方読み終えてみれば、ジャズ話が予想外に面白くて「ミステリオーソ」の方が好みでした。「ハードボイルド」もいいんですけど、ここで言及されてる作品って、ほとんどが翻訳物のハードボイルド&ミステリなんですよね。私の場合、ハードボイルドには元々それほど強くないし(レイモンド・チャンドラーもダシール・ハメットも「一応」読んだ程度)、最近はミステリから気持ちが離れ気味なので、本の紹介を読んでいても、「これ、読んでみたい!」にならなくて... いや、それは積読本が増えなくて幸いだったと言うべきかしら。でも沢崎シリーズのバックグラウンドが垣間見えて、楽しかったです。決して万人向けという感じのエッセイではないのですが、沢崎シリーズのファンならきっと楽しめるだろうなという作品ですね。(ハヤカワ文庫JA)


+既読の原尞作品の感想+
「愚か者死すべし」原りょう
「ミステリオーソ」「ハードボイルド」原りょう
Livreに「そして夜は甦る」「私が殺した少女」「天使たちの探偵」「さらば長き眠り」の感想があります)

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ダイアナ・ウィン・ジョーンズによる、ファンタジー用語ガイドブック。ダイアナ・ウィン・ジョーンズ流の皮肉混じりの解釈が面白いのですが、その中でも特に可笑しかったのが「行方不明の世継」について。

驚くべき頻度で出現する。どんなときでも、ファンタジーランドの国々の半分は、自国の世継の王子/王女を見失っている。もっとも、<規定>によれば、行方不明の世継は、ひとつのツアーにつきひとりしか参加できないことになっている。(中略) そして、その人物に自分の王国を取り戻させることが、あなたの探索の一部なのである。これは迷惑以外の何物でもない。行方不明の世継は皆、輝くばかりに純真で(まぶしさにめまいがしそうな相手もいる)、大部分は分別というものをほとんど持っていない。それはつまり、自分の本当の身分についてのヒントを出されても、まったく気づかないということである。そういうわけで、代わりにあなたが気づいてやらなければならない。(以下略)

そして「指輪」。「剣と同じぐらい魔術的に危険な品」だそうで、まず色んな石がはめられている場合の説明があるんですが、最後に

内側にルーン文字の刻まれた、なんの飾り気もない指輪。このたぐいの指輪は、疫病のごとく避けること。<規定>によれば、飾り気がなければないほど、指輪の魔法の力も呪われている度合いも増すのである。

これって、指輪物語のあの指輪のことですか?(笑)

物語ではないし、母(D.W.J.ファン)からまわってきたんじゃなければ読まなかっただろうって本なんですが、思ったより楽しめました。まあ、やっぱりファン向けの本だとは思うんですけどね。という私は、本当は特にファンというわけじゃないのに(失礼)、あと3冊でコンプリートしてしまいそうです。でもこの人の本って、当たり外れが激しいからなあ。あと3冊、面白ければいいんだけど... (東洋書林)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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Boiled Eggs Onlineで連載中だという三浦しをんさんのエッセイ集。三浦しをんさんの本を読むのは初めてです。以前から時々名前を見かけて気になっていたところ、かなめさんが、すごい勢いで読み進めてる! と思ったら、先日のたらいまわし企画「心やすらぐ本」でも、LINさんが「しをんのしおり」を出してらっしゃるし、ざれこさんのところにも「桃色トワイライト」が! そして「しをんのしおり」を早速読まれたというBryumさんからの強力プッシュが...! なんだかすっごく面白そう。ということで、即入手、早速読ませていただきました。(笑)

いやあ、面白かった。読んでいると、なんだか最初、ネットのお友達Hちゃんの文章(大好き!)みたいな雰囲気で、思わずしをんさんのプロフィールをチェックしてしまいましたが...。(^^ゞ 
中でも一番可笑しかったのが、「人生劇場 あんちゃんと俺」の章。友人の「あんちゃん(仮名)」と青山に出かけたしをんさん、表参道のフランス料理店の厨房で働く4人の男を見て、妄想話を繰り広げるんですが、最初は普通に男の職場的なリアルさを出していた会話は、気づけばカ○ネタへと...。それ自体も面白いのに、さらに「あらら、AとDが実はデキてるんだ」「そういうことになりましたね。もう一緒に住んでるみたいだ」という部分に、うぷぷぷぷっ。しかもなぜかそれが「妄想抑止ヘッドギア」の話まで発展してしまうんです。いやーん、可笑しすぎる! あと、「超戦隊ボンサイダー」の章の、京都でいきなりボンザイダーの設定を考えるところも面白かったなあ。これも気づけばカ○ネタへといっちゃうんですよね(^^;。
漫画ネタは、半分ぐらいしか分からなかったのが少し残念だったんですが(こういうのって、元ネタが分からないとちょっとツライですね)、でも面白かったので、ぜひ他の本も読んでみようと思います。次は古本屋の話という「月魚」かな。あ、でも年内は積読本消化に勤しむ予定なので、来年にでも。(新潮文庫)


+既読の三浦しをん作品の感想+
「しをんのしおり」三浦しをん
「月魚」三浦しをん

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以前、「トリエステの坂道」を読んだ時に(感想)、OMBRE ET LUMIERE の37kwさんにお勧めということで教えて頂いたのが、この「ヴェネツィアの宿」。そして合わせて「コルシア書店の仲間たち」「ミラノ 霧の風景」「ユルスナールの靴」。すっかり遅くなってしまったんですけど、そのうちの2冊を読んでみました。

まず「ヴェネツィアの宿」は、日本にいた頃の生活や、須賀さんご自身の日本での家族での思い出を中心に、留学先のフランスやイタリアでのことを書き綴ったエッセイ。心に思い浮かぶまま自由に書きとめられたという感じで、時系列順に並んでいるわけではないのですが、全体としては大きなまとまりを感じさせる1冊。やっぱり須賀さんは、いいですねえ。良いことも悪いことも、真っ直ぐな視線で受け止めて、落ち着いた静かな文章で描き出していくという感じ。特に印象に残るのは、彼女の父親のこと。贅沢が好きで、仕事に身が入らず、家族を置いて1年間ヨーロッパとアメリカに行ってしまったという父親。後に家を出て愛人の元へと行ってしまった彼の姿は、最初は短気で身勝手なイメージばかりだったのですが、やはり父と娘の繋がりは濃かったのですね。最後の「オリエント・エクスプレス」の章でそのイメージが覆されるシーンが堪らなかったです。あと、時代はかなり違うんですが、私も須賀さんと同じ風景を見ていたことがあるので、その部分が特にものすごく懐かしかったし興味深かったです。

そして「コルシア書店の仲間たち」は、ローマに留学していた須賀さんが、コルシア・デイ・セルヴィ書店の一員として加わった頃のことを書いたエッセイ。コルシア・デイ・セルヴィ書店は、書店でありながらただの書店ではなく、左翼系のカトリックの活動の場なんですね。この書店に、階級も職業も人種も年齢も様々な人間が出入りしるんですが、この人々こそが、須賀さんがイタリアで得た初めての仲間。そしてこの書店こそが、イタリアで初めて得た自分自身の居場所。後に須賀さんが結婚するペッピーノ氏も、ここの一員です。このエッセイに登場する人々は、文章を読んでいるだけでも、それぞれに鮮やかに浮かび上がってくるんですが、その中でも一番印象が強かったのは創始者のダヴィデ・マリア・トゥロルド神父。爆撃で瓦礫の山となったミラノの都心を親友のカミッロと一緒にが颯爽と歩いている場面なんて、ほんと目の前に情景が浮かんでくるようでした。でも出会いもあれば別れもあり、須賀さんは最愛の夫を失い。書店の理念も徐々に形を変えて... コルシア・デイ・セルヴィ書店と共に、1つの時代終焉を見たような思いがして切なかったです。

次は「ミラノ 霧の風景」「ユルスナールの靴」を探してみよう。(文春文庫)


+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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ネコ6、ヒト2、イヌ1という家族構成の、米原万里さんの飼い犬、飼い猫エッセイ。
米原万里さんの本を読むのは初めてです。そもそもエッセイってあまり読まないですしね。エッセイも嫌いじゃないし、一時軽くハマってたこともあるんですけど、最近ではオススメされたり貸してもらったりしない限り、積極的には手に取らなくなっちゃいました。(これは!という作家さんのエッセイなら読みますが) というこの本は、母から回ってきた本。多分私が猫溺愛中だから貸してくれたんだろうと思うんですけど、母自身は動物と一線引くタイプ。なんでこんな動物大好き本を読んだのか不思議?。というのはともかく。
いやあ、面白かったです。この原稿を書いてる時の米原さんはロシア語会議通訳だったというのに、まるで本職のエッセイストみたい。嬉しくなったりワクワクしたり、ほろりとしてしまったり... 読みながら何度か吹き出しちゃいましたよ。読みながら思わず拳を握りしめてしまうオオバカ嫁の話(怒)のように胸が痛くなるような話もあるんですけど、最初に猫を拾った時の話や、そこに犬を連れ帰った時のこと、さらにモスクワ出張で一目惚れして連れ帰った猫のことなど、ほんといいんです。それにしても、モスクワの空港のあの愛想のカケラもないようなおねーさんたちが、別人のように愛想がよくなるなんて!(驚)
特に犬のゲンにまつわるエピソードもすごく良くて、もうゲンが大好きになっちゃいました。最初は誰が来ても吠えなかったゲンも、ある日を境に吠えるようになるんですよね。獣医さんの言うその理由がまたなかせるんです。
やっぱり動物はいいですね。という私も、今この文章を打ってる時点で猫が膝の上で寝ていて、しかも左手を枕にしてしまっているので、右手だけでタイピング中。普段よりも3倍ほど時間がかかります。でもいくら不便でも、追い払う気にはなれないんですよね。この温かさは何ものにも替えがたいです♪(文春文庫)


+既読の米原万里作品の感想+
「ヒトのオスは飼わないの?」米原万里
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」米原万里

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朝日新聞の読書欄に連載されていた、辻邦生さん・水村美苗さんの文学をめぐる往復書簡。水村さんの「できれば辻さんには一面識もないままに書いてみたい。新聞紙面でいただくお手紙から想像されるだけの辻さんに宛てて書いてみたい。また、新聞紙面でしか通じ合えないという状況のもとで書き、二人の手紙をより必然的なものにしたい」という言葉から、事前の顔合わせもなく進められたのだそうです。

まず、お2人の文学的素養の深さが素晴らしい! ここで話題に上る作品に対する考察や文学に対する思いなどを読んでいると、自分の読み方がいかに浅いか反省させられちゃいます。同じようにベッドに寝転がってお煎餅を齧りながら読んでいても(比喩です)、なんという違い! しかもお2人の語る文学は、自由自在に古今東西を駆け巡るのですね。水村さんの才気溢れる考察を、辻邦生さんが深い懐で受け止め、さらに発展させていくという感じ。自分が投げかけた話題を相手がどのように受け止めてくれるのか、そしてどのように発展させてくれるのか待ち構える緊張感があって、しかも想像以上の発展を見せてくれた相手に対する素直な感嘆があって、1つの仕事である以上に、楽しんでわくわくしているのが伝わってきます。しかも深く濃い「文学論」でありながら、書簡ということもあって読みやすく分かりやすいんです。その文章の美しいこと。ああ、こういう文章が書けるようになりたい...。
この中で一番印象に残ったのは、トルストイの「イワンのばか」についてでした。「イワンの国の価値は文学を通してしか解せないのに、その国には文学を解する人は入れないのです」という水村さんの言葉。うわあ、確かにその通りですね。これがそんな風に読める物語だったとは... 深いなあ。

本当は水村さんの「続明暗」を読むべく、漱石の「明暗」を読んでいたのですが、ふとこちらを開いてみると止まらなくなってしまって、ついつい先に読んでしまいました。ここに紹介されている本のうち既読は3分の1ほどしかなかったんですが、少しずつでも読んでいきます! 「文学を面白く読めるというのは、『幸福』を知るということと同じ」という水村さんの言葉が素敵です♪(朝日文庫)


+既読の辻邦生作品の感想+
「西行花伝」辻邦生
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗

+既読の水村美苗作品の感想+
「本格小説」上下 水村美苗
「私小説 from left to right」水村美苗
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「日本語が亡びるとき」水村美苗

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おかぼれもんのpicoさんが、たらいまわし企画・第16回「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」で挙げてらした「御馳走帖」と(その時の記事はコチラ)、その時に「猫飼いには必須項目」だと教えて頂いた「ノラや」です。
「御馳走帖」は、食べ物に関する話ばかりぎっしり詰まったエッセイ。食べたい物ばかり78品目も並べ挙げた「餓鬼道肴蔬目録」が圧巻だと伺っていたんですけど、確かに!  「じゆん、じゆん、じゆんと焼け」た油揚げに、すぐにお醤油をかけると「ばりばりと跳ねる」様子もほんと美味しそうだったし、あと、百閒先生の郷里では沢庵のことを「かうこ」と言うんだそうです。「おかうこ、かりかり、お茶漬けさぶさぶ」、美味しそう!
そして特に面白かったのが「百鬼園日暦」。晩酌にも、百閒先生ならではの姿拘りがあるんですね。これが、美味しいお酒なら何でも、っていうわけでもなく... 飲むのは決まって、月桂冠の壜詰か恵比寿麦酒。麒麟麦酒は味がするからダメ。毎日一定の味がすることが大切なので、「特にうまい酒はうまいという云う点で私の嗜好に合はなくなる」んですって。銘酒の生詰を貰った時も、「利き酒としての話なら褒め上げるに吝かではないが、私の食膳には常用の味と違ふと云う点でその銘酒は失格」、そして即料理酒へと... うわー、勿体ない... いや、百閒先生、これだけ食への情熱がありながら、普通の美食家とはまた少し違うところがいいです。いかにも偏屈そうなのに、何ともいえない愛嬌が感じられる文章も素敵。

そして「ノラや」の方は、猫エッセイ。ひょんなことから、ご飯をあげるようになった野良猫の子に「ノラ」と名づけた百閒先生。でも1歳半ぐらいの頃、出かけたきり帰って来なくなっちゃうんですよね。それからが大変。新聞に猫探しの広告を出したり、近所の販売店に折り込み広告を入れてもらったり、外人用に英文のも作ったり... それぞれにかなりの反響があるものの、ノラはなかなか帰って来なくて。
猫は特に好きじゃなかったはずの百閒先生ですが、毎日泣き暮らしてます。これが比喩ではなく、本当に嗚咽してるんです。ちょっと尋常じゃない嘆きぶり。でも気持ちはすごーく分かります...。うちの猫は基本的に家猫だから滅多に外には出さないんですけど、それでも祖母の家にいる時なんかは、どんなところから外に出られるか分からないんで、時々探し回ることになるんですよね。大抵は、名前を呼んでるうちに欠伸まじりに出てくるんですけど、なかなか出てこないとほんと不安になるし、これで外に行ったっきりになっちゃったら、ほんとどうしたらいいか分からないかも... 子供のみたいに泣き続けてる百閒先生の姿が、なんだかとっても身近な人のように感じられました。(中公文庫)


+既読の内田百閒作品の感想+
「夢十夜」「冥途」「猫町」
「ノラや」「御馳走帖」内田百閒

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文芸ポストに連載されていたという竹内真さんのお笑い論。爆笑問題やルミネtheよしもと、テツandトモや高山アナ、伊東四朗や三谷幸喜といった面々の「笑い」について切り込んでいきます。

私は普段ほとんどテレビを見てないので、相当の売れっ子の芸人さんも良く知らなかったりするんですけど、テレビでそういう番組を見てる時って、面白いか面白くないかが全てで、面白ければ反射的に笑うだけですよね。しかもその場だけで、すぐ流れちゃう。でもその「笑い」をきちんと分析すると、こういう姿が見えてくるのかーというのがすごく新鮮でした。例えば爆笑問題とツービートを対比させて。同じ「毒舌」でも、その根底にあるものは全然違っていて、はっきりと社会批判をしているツービートに対して、爆笑問題の笑いは、竹内さんいわく、風刺ではなく「物語」への笑い。偶然同じように2001年のえひめ丸沈没事件を扱ってるのがあるんですが、比べてみると実はものすごーく違うのが分かって面白いです。(ここでは具体的な違いについては書けないけど...)
ただ漫然とテレビを見て笑ってるだけでは、なかなか気付かない部分なんじゃないかと思いますが、読んでるともう本当に納得。いやー、目からウロコが落ちました。(小学館)


+既読の竹内真作品の感想+
「図書館の水脈」竹内真
「真夏の島の夢」竹内真
「じーさん武勇伝」竹内真
「自転車少年記」竹内真
「笑うカドには お笑い巡礼マルコポーロ」竹内真
「オアシス」竹内真
「ワンダー・ドッグ」竹内真
「ビールボーイズ」竹内真
「シチュエーションパズルの攻防」竹内真
Livreに「粗忽拳銃」「カレーライフ」「風に桜の舞う道で」の感想があります)

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シャンソン歌手の石井好子さんが、昭和38年に出されたという料理エッセイ「巴里の下オムレツのにおいは流れる」と、去年出たそのレシピ版。画像はレシピ版の方なんですけど、この表紙を見てるだけでもそそられませんか~?(でもちょっと色が暗いですね... 本物の方がずっと素敵です) エッセイ本の方は、Amazonでもbk-1でも画像がなくて残念。こちらもとっても可愛いのです。
白系ロシア人のマダムのアパートに住んでた頃に食べたというオムレツや、アメリカで食べたスパニッシュ・オムレツ、ロシアふうの卵「エフ・ア・ラ・リュス」、パリのヴェベールという店で食べた「ヴェベールの卵」、女優トルーデ・フォン・モロの家で食べた半熟卵と油で揚げた食パンのミミ... 卵料理だけをとっても次から次へと登場。どれもそれほど凝ったものじゃなくて、むしろ日常生活の中で簡単に作れるような気軽なお料理がほとんどなのに、そこにほんの一手間かけるだけで、おもてなし料理としても通用するようになるんですね。私の場合、いつもなら直接写真を見るよりも、美味しそうな文章を読んでいる方が想像がどんどん膨らんで好きなんですが、でも今回2冊合わせて見るのもすごく楽しかったです。レシピ版の写真に写ってるお料理の小物なんかもすごく素敵だし。そしてお料理と共に語られる、石井さんのパリにいた頃の思い出話も楽しいんですよー。60年代の巴里の街角の雰囲気が感じられます。「巴里の屋根の下」の歌が聞こえてきそう。(あれは1930年の映画ですが)
今度スタッフ・ド・トマトとレタススープを作ってみようかな♪

これは、先日のたらいまわし企画第16回「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」で、Cross-Roadの瑛里さんが出してらした本。(瑛里さんのその時の記事はコチラ) いやー、ほんと美味しそうな本でした!(暮らしの手帖社・扶桑社)

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「トマシーナ」で、あんまりひどい獣医が出てきたもので、ほのぼのする獣医さんの話が読みたくなりました。ドクター・ヘリオットはヨークシャーの小さな町で50年間も獣医をしてきた人なんですけど、グラスゴー出身なんだそうなんです。「トマシーナ」のマクデューイもグラスゴーにいたという設定。なんか似通ってる?! これは続けて読めという意味?!(笑)

「ドクター・ヘリオットの犬物語」は、文字通り犬のエピソードばかり集めた本。前に「ドクター・ヘリオットの猫物語」(感想)を読んだんですが、丁度それの犬版ですね。読んでると一昨年死んだうちの犬のことを思い出しちゃって途中ちょっと辛くなったんですが... でもこちらも良かったです。美食家のでぶ犬だったのに、すっかりスポーツマンとなってしまったトリッキー・ウーのエピソードが良かったなあ。でも、こっちも良かったんだけど、それ以上に良かったのが「Dr.ヘリオットのおかしな体験」。これは第二次世界大戦中に英国空軍に入隊したドクター・ヘリオットが、厳しい訓練の合間に今まで診てきた動物たちのことや、出産を控えている妻のヘレンのことなどを思い出すという形式。背景に戦争があるのに、ドクター・ヘリオットのほのぼのとした味わいは変わらなくて、妻に会いたくて何度か抜け出した話なんかが面白おかしく綴られていきます。「犬物語」「猫物語」と違って、牛や馬、豚の話が多いんですけど、犬や猫みたいな小動物だけじゃなくて、家畜たちもしっかり飼い主たちの家族の仲間入りをしてるんですね。飼い主たちの一喜一憂が伝わってきて、なんだか読んでいるだけでもドキドキ...
「Dr.ヘリオットのおかしな体験」は、結構分厚い本なのにするすると読めちゃいます。もちろん1つずつのエピソードが短くて読みやすいというのもあると思うんですけど、池澤夏樹さんの訳文の読みやすさも大きいかと。(集英社文庫)


+既読のジェイムズ・ヘリオット作品の感想+
「ドクター・ヘリオットの猫物語」ジェイムズ・ヘリオット
「ドクター・ヘリオットの犬物語」「Dr.ヘリオットのおかしな体験」ジェイムズ・ヘリオット

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アナ・トレントというのは、スペインの女優さん。アナ・トレントの鞄とは、彼女がヴィクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」という映画に出演した時に手にしていた鞄のこと。これがクラフト・エヴィング商會は気になって仕方なくて、仕入れの旅に出ることになります。そして途中で様々な一品物の商品を手に入れることに...。

せっかく「ミツバチのささやき」を引き合いに出しているからには、もっとあの映画の雰囲気を思い出させてくれるような商品を揃えて欲しかった気もするのですが... 映画に繋がりが感じられるのって、せいぜい最初に登場する携帯用のシガレット・ムービーや、「ひとりになりたいミツバチのための家」ぐらいなんですよね。それが少し残念。でも「どこかにいってしまったものたち」のような系統の、とてもクラフト・エヴィング商會らしい本です。(装幀の色も良く似てますねー)
私が惹かれたのは、携帯用のシガレット・ムービー、稲妻の先のところ、古代エジプト人が魂の重さを量るときに使った羽・Maat にちなんだ、羽のような有るか無きかのはかないお菓子・マアト。あと、分かる人には分かると思いますが(笑)、どうしても気になってしまうのが「F」の小包み... この「F」ってどこから出てきたのかしら! それがすっごく気になります。しかも他の商品を見てると、もしやこれはあの本がヒントになって...? というのがちらほらあったりして、商品そのものよりも、クラフト・エヴィング商會さんの読書傾向がものすごーく気になってしまう私なのでした。(^^ゞ (新潮社)


+既読のクラフト・エヴィング商會の感想+
「アナ・トレントの鞄」クラフト・エヴィング商會
「犬」「猫」クラフト・エヴィング商會プレゼンツ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

+既読の吉田篤弘作品の感想+
「百鼠」吉田篤弘
「78」「十字路のあるところ」吉田篤弘
「という、はなし」吉田篤弘
「空ばかり見ていた」吉田篤弘
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「小さな男*静かな声」吉田篤弘
Livreに「フィンガーボウルの話のつづき」「つむじ風食堂の夜」「針がとぶ」の感想があります)

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宗の 素晴らしきかな、人生の宗さんに教えて頂いた本。1月から12月までの章に分かれていて、日常の家事を中心に四季折々の暮らしのこと、海外での思い出が綴られていきます。初版は昭和51年なんですが、それから30年ほどでどれだけ日本の主婦の「家事」が変わってしまったのかと考えるとびっくりです。確実に便利になってはいるけれど、日本古来の伝統とか優雅さは確実に失われているような... 昔ながらの生活の、なんと贅沢なことか。...物質的な贅沢じゃなくて、心の豊かさなんですよね。こんな風に日々の生活に気を配って過ごせたらいいなあ。
特に印象的だったのは、その月の月給袋の中身がだんだん軽くなってくると作るというオニオンスープ。材料はたまねぎだけでも、こっくりした美しい色や味を出すために飴色になるまで中火で気長に炒めて、熱々のスープのためにスープ皿はもちろん温めておいて、手間暇は十分かかってるんですよね。時にはこくをつけるために、炒める時に小麦粉を入れたり、水の代わりに牛乳を入れたり。でもそんな余分の買い置きもない時は、せめて仕上げにチーズをたっぷりとすりおろしてかけて。こんな贅沢なスープが「月末スープ」だなんて素敵~。

そういえば、今年のお盆は祖母の家にいたので、色々と手伝うことになったんですけど... というか私が最初から最後まで1人で全部しなくちゃいけなくなったのって初めてだったんですけど、祖母が「もう面倒だから○○はしなくてもいい」「略式にしてしまいましょう」と言うたびに、なんだかちょっぴり悲しかったんですよね。やるやらないはともかくとして、せっかくの機会だしと一通りのことは教わっておきたいなと思ったし、まあ実際には出来なかった部分もあるんですけど、私としてはとても良い経験になりました。これまで祖母や母がやってるのを手伝ってはいても、自分で全部やるとなるとまた別ですしね。(でも以前は形式ばったことがすごく嫌いで、そういうのに反発してたのに、私も変わったものだわー 笑)

そして読んでいると、突然彫金のページが出てきたのでびっくり。ここ数年はやってないんですけど、私もずっとやっていたのでなんか嬉しーい。(彫金と言うと分かりづらいですが、要は普通のジュエリー作りです) この方、木彫りも物凄くお上手なようなのに(木じゃくしに付けられた彫りが素敵)、彫金もされるとは。写真にうつっている道具類を見てると、なんか懐かしい...。 

少し時代がかった優しい語り口といい、毎日の暮らしをとても大切にしているようすから、暮しの手帖社から出ている「すてきなあなたに」を思い出しました。こちらも大好きなんです。あと、和の暮らしを教えてくれる本といえば、やっぱり「しばわんこ」シリーズでしょう。こちらもオススメです~。(文化出版局)

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夢枕獏氏のこの作品に対する思いを語ったエッセイや、映画「陰陽師II」の第一稿と第四稿、映画で安倍晴明役を演じた野村萬斉氏、山口博氏、志村有弘氏らとの対談、登場人物・作品詳解など、人気シリーズ「陰陽師」にまつわることを集めた1冊。

実は野村萬斉氏との対談目当てだったんですが(笑 ←もちろん「陰陽師」シリーズは大好きですが!)、その対談も面白かったし(映画の裏話とか、演技中のトリップや呪の話など)、あと夢枕獏さんの安倍晴明・源博雅の誕生秘話、特に源博雅に関する辺りも良かったです。博雅が実在の人物だというのは知ってたんですけど(とは言っても、以前あとがきか何かで読んだ程度ですが...)、実際に色々な逸話が残っている人物だったんですねー。博雅が無自覚の天才という辺り、なるほどなあという感じ。博雅自身は自分の能力に気付いていないけれど、晴明だけはは知っているから「博雅、おまえはすごい」という言葉が頻繁に出てくるんですね。なるほどー。
以前読んだ「七人の安部晴明」というアンソロジーは、いかにも晴明人気に便乗した感じがあったんですが、こちらは晴明の生きていた時代がぐっと身近に感じられる1冊でした。登場人物・作品詳解で、晴明と博雅の会話を読んでたら、またシリーズを読み返したくなっちゃった。(文春文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「陰陽師-付喪神ノ巻」「陰陽師-生成姫」「陰陽師-鳳凰の巻」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「陰陽師 龍笛の巻」夢枕獏
「陰陽師 鳳凰ノ巻」夢枕獏
「『陰陽師』読本 平安の闇に、ようこそ」夢枕獏

+既読の夢枕獏作品の感想+
「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」夢枕獏
「シナン」上下 夢枕獏
(Livreに「猫弾きのオルオラネ」「羊の宇宙」「大帝の剣」の感想があります)

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イギリスの北部ヨークシャーの田園地帯に住む、獣医歴50年のドクター・ヘリオット。牛や馬などの大型の家畜が中心ではあるものの、その長い獣医人生の中で出会った猫たちは数知れず。仕事を通して、あるいはプライベートで出会った猫たちの10のエピソードをまとめた作品集です。

この本は、本が好き!お気軽読書日記のもろりんさんのオススメ。いやー、良かったです。このドクター・ヘリオットという人が本当に誠実なお医者さま。具合が悪そうな患者を診ては心を痛め、飼い主のことを力づけながら、命を救うために一生懸命になってくれる人。獣医である以前に、1人の大の動物好き人間なんですよね。
でもそんなドクター・ヘリオットにも、家の裏に住み着いた2匹の山猫だけには、何ともできないんです。置いた餌は食べるし、薪小屋に作った寝床は利用するものの、家には決して入ろうとしない2匹。去勢手術をするために無理矢理捕まえたドクター・ヘリオットのことをいつまでも怖がっていて、ドクターの奥さんのヘレンはそのうち撫でさせてもらえるようになるのに、ドクター・ヘリオットだけは相変わらず毛嫌いされてるんです。猫好きにとって、猫に毛嫌いされることほど堪えることってないですよね... 多少なりとも猫の扱いに自信があるとくれば尚更。...こんなに好きなのに! というもどかしい思いが伝わってきます。そして... というのは読んでのお楽しみ。
もちろん動物相手のことなので、時には死も訪れることになるんですが、それでも優しくて暖かいドクター・ヘリオットの語り口にはほのぼのとしてしまいます。レズリー・ホームズ氏による挿絵もとても可愛いです♪

この「猫物語」の他にも、「ドクター・ヘリオットの犬物語」を始めとして、色々な本が出ているようです。そちらもぜひ読んでみたいな。(集英社文庫)


+既読のジェイムズ・ヘリオット作品の感想+
「ドクター・ヘリオットの猫物語」ジェイムズ・ヘリオット
「ドクター・ヘリオットの犬物語」「Dr.ヘリオットのおかしな体験」ジェイムズ・ヘリオット

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極度の飛行機恐怖から、それまで海外旅行処女だった恩田さん。しかし取材旅行のために、とうとうイギリスとアイルランドへと行くことに... というエッセイ。というか旅行記。飛行機を怖がる人は結構いますけど、恩田さんほど怖がる人は珍しいのでは? なんせ、何度乗っても慣れるどころか、相変わらずの顔面蒼白、空港に着いた辺りから記憶が曖昧になっちゃうほどなんですもん。「あんな鉄の塊が空に浮くなんて信じられない」と言う人はよくいるし、その気持ちは良く分かるんですけど... でも、ここまでって。(笑)
そんな「怖い」がひたすら前面に出てるんですが、その合間には小説や映画の話がいっぱい。そして新作にも繋がりそうなアイディアがいっぱい。今回は、そのアイディアの部分が特に面白かったです。

「歴史上の人物で誰が好きか」という話から、歴史上の人物が探偵役となるミステリの話になり、「比較的最近の有名人で探偵を押し付けられそうなのは誰?」という話に。そして実際に、マザー・テレサやガンジーが探偵をやってみた時のさわりが書かれてるんです。それがすっごく面白そう。読んでみたいー。そしてさらに、アイルランドのタラを訪れた時に、恩田さんが頭の中で見た情景... こちらはきっと本当に新作に繋がるのでしょうね。「小説以外」を読んだ時も感じたんですけど、恩田さんにとって作家という職業は本当に天職なんだなあと、またしても実感させられちゃいました。

あ、恩田さんはそれほどひどい食事には当たらなかったようですね。いいなあ。私がイギリスに行ってた時は大変でした...。特に寮の食事は最悪だったので、ひたすらパブで食事してました。(パブは結構美味しい)
今回のイギリス取材で、理瀬のイギリス留学時代の話もいよいよ具体化? ますます恩田さんの作品に注目なのでした。(講談社)

これで恩田さんの作品は再びコンプリートです♪


+既読の恩田陸作品の感想+
「夏の名残りの薔薇」恩田陸
「小説以外」恩田陸
「ユージニア」恩田陸
「蒲公英草紙」「光の帝国」恩田陸
「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」恩田陸
「ネクロポリス」上下 恩田陸
「エンド・ゲーム」恩田陸
「チョコレートコスモス」恩田陸
「中庭の出来事」恩田陸
「朝日のようにさわやかに」恩田陸
「木洩れ日に泳ぐ魚」恩田陸
「いのちのパレード」恩田陸
「猫と針」恩田陸
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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■「雨鱒の川」川上健一 [amazon]
本が好き!お気軽読書日記のもろりんさんのオススメ。美しい自然を舞台にしたなんとも美しい純愛物語。中心となっている2人が10年経ってもまるで変わらないのは、変わりゆく自然との対比? 評判通り、方言がいい味を出していました。東北の言葉ってほとんど馴染みがないし、最初は全然意味が分からなくて、読みづらかったんですけどね。(集英社文庫)


■「時計坂の家」高楼方子 [amazon]
Cross-Roadの瑛里さんが、先日BookBatonで思い入れのある作品として挙げてらしたので興味を持っていたところ、たらいまわし企画でも妖精と黒薔薇の書架のつばきさんが挙げてらっしゃいました。これは児童書ですが、とても奥が深いファンタジー。読み返すたびに新たな発見がありそうな作品です。作中ではC.S.ルイスのナルニアが引き合いに出されていたんですが、この独特の雰囲気は、フィリッパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」に近いような気がします。高楼方子さん、いいですねえ。他の作品も読んでみたいな。(リブリオ出版)


■「ぐるりのこと」梨木香歩 [amazon]
これはエッセイ。境界線とそのこちら側、向こう側の話が多かったです。で、改めて考えてみると梨木さんの書かれる物語もそういう話が多いような。(新潮社)


■「プールに住む河童の謎」緑川聖司 [amazon]
児童書です。「晴れた日は図書館へいこう」が面白かったので、期待していた緑川聖司さんの新作。こちらもなかなか可愛らしい作品でした。森友典子さんのイラストも作品のイメージにぴったり。大人のミステリ読みはすぐにピンと来るでしょうけど、この謎がまた児童書にぴったりだし~。相馬くん、可愛かったなあ。でも宝石店に関する記述には納得できないものがいくつか。こんなことを子供が本当に信じ込んだらイヤだわあ。(小峰書店)


■「ベルガリアード物語」全5巻 デイヴィッド・エディングス [amazon]
Baroque Midnight Gothic Twilightの森山樹さんに教えて頂いたシリーズ。異世界ファンタジー好きには堪らない本格的なエピック・ファンタジー。「指輪物語」の本流を汲む作品だと解説にはあったけど、読み始めはむしろロイド・アリグザンダーのプリデイン物語のシリーズみたいでしたね。面白かったです。かなりボリュームのある作品なのですぐには無理だけど、これは絶対また再読したくなるだろうな。この物語の前日譚(?)「魔術師ベルガラス」全3冊が今月から出始めてるそうなので、そちらも買ってこなくっちゃ。(ハヤカワ文庫FT)


■「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ [amazon]
どれもものすごーくダイアナ・ウィンジョーンズらしい作品で、続けて読むとちょっと胸焼けがしそう... とは言っても、どれも作風は違っていて、DWJの引き出しの多さにびっくりなんですけどね。「マライアおばさん」は、ほんとヤなヤツだらけで、誰が味方なのかも分からないほど。毒気がいっぱい。「七人の魔法使い」の方が明るくて楽しかった。本当にこの終わりでほんとにいいの?って感じでしたが...。「時の町の伝説」はタイムトラベル物。ちょっとややこしかったけど、歴史の捉え方が面白かったです。(徳間書店)


■「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」パトリシア・A・マキリップ [amazon] [amazon]
どこまで行ったらお茶の時間の七生子さんのオススメ。どちらも重厚で寡黙な独特のな雰囲気がすごく素敵な作品でした。まるで神話みたい。少しでも飛ばすとすぐ分からなくなってしまいそうで、そういう緊張感も久しぶりでした。マキリップも色々と読んでみたい! 「影のオンブリア」の「オンブリア(Ombria)」は、舞台となる都の名前。それ自体が影を連想させる言葉なので(仏語の「影」はombre、伊語だとombraだし)重箱読みしてるような妙な気分だったんですけど、読んでみるとなんともぴったりな名前でした。KinukoY.Craftさんのイラストの表紙も、ほんとぴったりで素敵。この「影のオンブリア」を原作として、岡野玲子さんが「コーリング」を描かれてるのだそうです。→間違いでした。「妖女サイベルの呼び声」が原作なんですって。maki さん、ありがとうございます!(ハヤカワ文庫FT)


■「ウルフタワー」全4冊 タニス・リー [amazon]
訳のせいもあるんでしょうけど、これじゃあまるでライトノベル。コバルトに入っててもおかしくないぐらい。原文がどうなってるのかは知らないですけど、なにもこんなに軽く訳さなくても...。たまに惹かれる部分はあるものの(主人公の相手役がかっこよかった)、全体にタニス・リーらしさがあまり感じられなくて残念。(産業編集センター)

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「長い長いお医者さんの話」で有名なチェコの作家、カレル・チャペック。この中では「ダーシェンカ」を最初に読んだんですけど、全編これ犬の話。「ダーシェンカ」とは、フォックステリアの子犬の名前で、チャペックがもうほんとべた惚れになってるのが可笑しいのです。子犬を大人しくさせるためにお伽話を作ってみたり、「子犬の写真をうまく撮るには」では、なかなか大人しく写真を撮られてくれない子犬のことが面白可笑しく書いてたり。...でも続けて「チャペックの犬と猫のお話」を読んだら、「ダーシェンカ」の内容もそっくりそのまま入ってました(^^;。 とは言っても、「ダーシェンカ」の方が余裕たっぷりのページ作りがされてるので、同じ部分を読むなら「ダーシェンカ」の方がオススメかも。
「チャペックの犬と猫のお話」は、内容的には「ダーシェンカ」の倍以上あって、こちらは犬だけでなく猫の話も色々と入ってます。日本では犬派と猫派に分かれちゃうことが多いですけど、海外だとどちらも飼ってる人って結構多いですよね。チャペックもそう。でもどっちも雌だから、どんどん子供を産んで、どんどん増えていっちゃう。周囲の人にあげまくってるようですが、「じきに、みんなが私のことを避けているような気がし始めた」というのが可笑しいです。 
「園芸家12ヶ月」では、そんな犬猫を溺愛するのとはまた違って、園芸マニアなチャペックの一面を見ることができます。私みたいに普段は水遣りをするだけの怠慢ガーデナーからすると、もうほんと黙って尊敬するしかないマニアックぶり。でも気持ちは分かるんですよね~。雨が降っても風が吹いても、晴れの日が続いても苦労が絶えないチャペック。読みながら、思わずニヤニヤしてしまう方も多いのでは。ほんとチャペックのマニアックぶりが可笑しいです♪(新潮社文庫・河出文庫・中公文庫)


+既読のカレル・チャペック作品の感想+
「ダーシェンカ」「チャペックの犬と猫のお話」「園芸家12ヶ月」カレル・チャペック
「イギリスだより」「スペイン旅行記」カレル・チャペック
「ロボット」チャペック
「チェコスロヴァキアめぐり」カレル・チャペック
「北欧の旅」カレル・チャペック

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新作が出たら必ず読みたいと思ってる作家さんは何人かいますが、恩田さんもその1人。でも去年の後半から半年ほど図書館自粛生活をしていたせいで、新作を全然読めてなかったんですよね。うっかりしてる間に、加納朋子さんも近藤史恵さんも、西澤保彦さんも東野圭吾さんもはやみねかおるさんも、クラフト・エヴィング商會さんも新作が出てるじゃないですかーっ。恩田さんなんて先日出たばかりの「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」はもちろん、「小説以外」も「ユージニア」もまだ読んでないんですよぅ! 多作の作家さんは、次から次へと読めるので幸せなんですが、一度中断すると追いかけるのが大変。(でも柴田よしきさんはさらに上手で、「ワーキングガール・ウォーズ」「窓際の死神」「夜夢」「シーセッド・ヒーセッド」の4冊!)
ということで、まずは「小説以外」です。恩田さん初のエッセイ集。エッセイは苦手とのことですが、デビュー15年ともなると結構沢山あるものなんですねえ。でも1つずつが短いし、何といっても面白いのです! もうさくさく読めちゃいます。この中で一番面白かったのは、OLと作家の二足のわらじを履いてた頃のエピソード。(「二重生活」の章をぜひ読んでみて!) そして驚いたのは、恩田さんが未だに自分が小説家であるという実感を持っていないということ。今も最大の娯楽は読書で、面白い本を読むたびに「いいなあ、私も作家になりたいなあ」って思ってしまうのだそうです。あれだけ作品を出してるのに!(笑) そんな風に小説家になれるって本当に幸せなことですねー。そしてデビュー作「六番目の小夜子」を書くきっかけとなったのが酒見賢一さんの「後宮小説」だったというのも、ちょっとびっくりでした。

本に関する話題もとても面白かったんですが(読みたい本がまた増えてしまうー)、この中で私が一番反応したのは「ロマンチック・コメディの生きやすい世界を!」の章。映画は嫌いじゃないけど、あまり詳しくない私。最近またちょっとビデオやDVDを観るようになってきてるんですけど、ずーーーーっと何も観てない状態が続いてたんですよね。...そんな私でも白黒映画やカラーになりたての頃の映画にハマって集中的に見ていたことはあるんです。その時に大好きだったのが、ここで恩田さんが挙げてらっしゃる「或る夜の出来事」。(→の画像はカラーですけど、映画は白黒) 物語は典型的なボーイ・ミーツ・ガール物なんですが、とにかく粋でお洒落なんです。「ジェリコの壁」だとかヒッチハイクのシーンだとか、その後色んな映画で真似されて有名になったシーンも色々とあるし、クラーク・ゲーブルはそれほど好みじゃないんだけど、役柄にはぴったりだし、ヒロインのクローデット・コルベールがとにかく可愛いし♪ ...こうやって読んでいると、私もロマンチック・コメディが一番好きなのかもしれないなあ、なんて思ったりして。だから恩田さんの「ライオン・ハート」が大好きなのかもしれないなあ。
あ、でも恩田さんは「擦れ違いフェチ」だそうなんですけど、私は擦れ違いだけはあまり好きじゃないんです... 最悪なのがシェイクスピアの擦れ違い物の喜劇。ほどほどにしてくれれば大丈夫なんですけど、やっぱりあれはちょーっとやり過ぎなのでは...(^^;。(新潮社)

そして恩田さんですが、6月には「蒲公英草紙 常野物語」が発売なのですね。副題が「常野物語」ということは、これが「小説以外」の中のエッセイにも書かれていた「光の帝国」の続編なのでしょうか。(エッセイの中では、「エンド・ゲーム」になってたけど) 楽しみです!


+既読の恩田陸作品の感想+
「夏の名残りの薔薇」恩田陸
「小説以外」恩田陸
「ユージニア」恩田陸
「蒲公英草紙」「光の帝国」恩田陸
「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」恩田陸
「ネクロポリス」上下 恩田陸
「エンド・ゲーム」恩田陸
「チョコレートコスモス」恩田陸
「中庭の出来事」恩田陸
「朝日のようにさわやかに」恩田陸
「木洩れ日に泳ぐ魚」恩田陸
「いのちのパレード」恩田陸
「猫と針」恩田陸
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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歌手のにしきのあきらさんの話に始まり、在日韓国・朝鮮人から、アメリカのコリアン、ベトナムのコリアンなど、世界のコリアンを取材し掘り下げていくノンフィクション。コウカイニッシ。のあさこさんが第5回のたらいまわし企画「あなたが感銘を受けた本は?」で、紹介されていた本です。読もうと思いつつ積んでたんですが、「GO」を読んだ今が丁度いいと思って。韓国人の友達に色々と教えてもらうこともあっても、知ってるようで良く知らない世界ですしね...。
読んでいて一番衝撃度が強かったのは、在日韓国・朝鮮人が日本人に自分の国籍を打ち明けた時のエピソード。通名を使っていれば日本人と同じように接してもらえるけれど、自分が嘘をついているような気がして重苦しくなってきて、思い切って日本人の親友に自分が韓国(朝鮮)人であることを打ち明けると、そこに返ってくるのは、「韓国人も日本人も関係ない」「そんなこと気にしない」という答。時には「わかった。あんたが韓国人いうことは誰にも言わんからね」と言われることもあるという話。
「日本人も韓国人も関係ない」という言葉は、その友達を思う日本人の素直な心情のはず。でも勇気を振り絞って打ち明けた当人にとっては、あまりに当たり障りのない答。「日本人の友人との絶望的な隔たりに孤立感を深め」、「一緒に考えてくれない」「もう何を話しても、どうせわからへん」という気持ちにさせられるだけだというのです。...私自身はそういう受け答えをしたことはないと思うんですけど、でも一歩間違えれば言ってたかもしれないわけで...(もちろん当たり障りのない答というつもりは全くなく、ですね) ここで、「どこが駄目なの?」と思う人もいるのでは? もちろん相手が全力でぶつかってきた時には、こちらも全力返さなければならないんですけど... 身につまされます。

読んでいると、自分が知らないでいることすら知らない「知らない」も色々と。(実は一番驚いたのはベトナムでの章でした) でもやっぱり、「知らない」では済まされないことって多いですよね。
そしてこの本の何が素晴らしいといえば、やはり取材なさっている野村進さんの姿勢でしょうね。おもねるわけでもなく、見下ろすわけでもなく、とてもリベラルな視点で書いているという感じ。講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞というのも頷けますし、「感銘を受けた本」で登場するのも納得です。(講談社+α文庫)

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「河童が覗いた」シリーズは、以前「ヨーロッパ」「インド」と「トイレまんだら」を読んでるんですが(「インド」と「トイレ」は特にオススメ)、この2冊は未読だったんです。前回のたらいまわし企画で、おかぼれもん。のpicoさんが、この「仕事場」も圧巻だと仰ってたので読んでみました。この際、「覗いた」シリーズを全部読んじゃおうということで、「ニッポン」も一緒に。
...って、たら本で紹介された本が続いてますね。(笑) いやね、この企画に参加し始めた頃は、積読本は沢山あるし図書館にも予約を入れまくってるしで、息が詰まりそうになってたんです。せっかく面白い企画に参加してるのに、紹介されてる本もなかなか読めないし。でも去年の暮れから集中的に積読本を消化して少し身軽になったのと、図書館の利用を控え気味にしているおかげで、最近ようやく紹介されている本に手を伸ばす余裕が出てきました。たら本だけでなく、掲示板などで教えて頂いた本ももちろん読みますよー。やっぱり自分の環境は自分で整えないとねっ。という当たり前のことに、今さらのように気付いた私です。(^^ゞ

「河童が覗いたニッポン」は、「覗いた」シリーズ2作目。「京都の地下鉄工事」や「皇居」、「裁判」、「刑務所」など14の「覗いた」が紹介されていきます。この中で一番興味深かったのは、「入墨と刺青」。ここでは刺青には「ほりもの」というルビがふられて、徹底して「入墨(いれずみ)」と区別されてるんです。それもそのはず、入墨(いれずみ)は昔から犯罪者が刑罰として肌に彫り込まれた刻印のこと。それに対して刺青(ほりもの)は、自らの意志で肌に彫り込んだ装飾的なもの。「いれずみ」という言葉は、「前科者」のイメージになっちゃうんですって。そういう区別があったんですね! 他の章もそれぞれに、河童さんならではの好奇心と視点が面白かったです。「集治監」「裁判(傍聴のすすめ)」や「刑務所」など、考えさせられる部分も結構あったし。
そして「河童が覗いた『仕事場』」は、井上ひさしさん、坂東玉三郎さん、辻村ジュサブローさん、岸田今日子さん、三宅一生さんなど49人の仕事場紹介。いや、これはほんと圧巻です。仕事場の描写を通して本人が見えてくるところがいいですねー。まあ、有名人の仕事場が面白いのは、ある意味分かりやすいんですけど、かつて妹尾河童さんの痔を手術した外科病院の手術室まで面白いというのが凄いです。特に印象が強かったのは、雲を専門に描く背景画のベテラン・島倉二千六さんとジャズ・ピアニストの山下洋輔さんの仕事場かな。や、でもほんと凄いんですよ、どれも。一見の価値アリです。
どちらの本も、相変わらずの緻密なイラストとぎっしり詰まった手書きの文字。ほんと読み応えがありましたー。

「河童が覗いたニッポン」は、新潮文庫の表紙が出ないので、講談社文庫の画像を使ってます。この2冊の表紙、基本は同じテイストなのに、随分と明度が違いますね。(新潮文庫・文春文庫)

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昨日読んだ「インド夜想曲」の訳者、須賀敦子さんのエッセイ。これも前回のたらいまわし企画「旅の文学」で、コウカイニッシ。のあさこさんが紹介されていた本です。「ゆるやかでとても深くて、やさしい」だなんて、それは何とも読みたくなってしまうではないですかー。
最初は須賀さんがユダヤ人の詩人・サバに憧れてトリエステの街を訪れたことに始まり、イタリア人のご主人とのこと、お姑さんや義弟夫婦のこと、イタリアで出会った人々のことなど、合わせて12編のエッセイが収められています。でも確かにエッセイではあるんですけど、まるで物語を読んでいるみたいでした。情景も登場人物もとても生き生きとしていて、場面場面が浮かんでくるんですよね。文章も読んでいて心地良いし... 日本語としてもとても美しいと思うし、その美しさ以上に、穏やかに優しく包み込んでくれるような懐の深さが心地よかったです。
トリエステという街の名前から、どうしても「triste(悲しい)」という言葉を連想してしまって、なんだか物哀しい気持ちで読み始めてしまったんですけど、でもそれもあながち間違ってなかったのかも...? という静かな余韻が残りました。これは確かに「ゆるやかでとても深くて、やさしい」ですね。しかも芯の強さもあって。...いいなあ、須賀敦子さん。他の作品もぜひ読んでみなくっちゃ。(新潮文庫)


+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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漫画家の喜国雅彦さんによる、古本蒐集にまつわるエッセイ。山口雅也さんや京極夏彦さん、奥様の国樹由香さんと共に江戸川乱歩邸を訪問した話に始まり、デパートの古書市でのエピソード、古本集めの先生・二階堂黎人さんとの古本屋巡り、我孫子武丸さんの家の書庫整理の話、函欠け本の函作成、いつ開いているのか分からない「幻影古書店」の話、1日でどれだけのポケミスを見つけられるかに挑戦したポケミスマラソン、豆本作成、有栖川有栖さんの「鮎川哲也本棚」に刺激を受けるオンリー本棚の話題などなど。巻末には古書友達との座談会、そして出久根達郎さんや北村薫さんとの対談も。
これは面白いですっ。漫画家としての喜国さんは勿論知ってましたが、これほどの古書マニアとは全然知りませんでしたー。
稀覯本収集家のマニアっぷりについては、紀田順一郎さんの小説「古本屋探偵の事件簿」で初めて読んでびっくりしたんですけど、やっぱりあれは真実だったんですねえ。いやー、私も相当本の多い家庭に生まれ育ってるし(大地震が来たら真剣に危ないと言われてたんですが、母の地震対策のおかげで震度5でもなんとか無事でした)、古本もよく買いますけど、もう全然世界が違うんですね。私が古本を買うのは、基本的に絶版本など手に入りにくい本を探すため。あくまでも読むためのもの。でも古書マニアにとって本とは読むものではなく、ただ所持するべきものだったとは。買っても全然読まないなんて! 空気にも触れさせたくないほどの人もいるなんて!
いやー、本当にディープでマニアックな世界なんですねー。(感心)
色んなエピソードが面白おかしく書かれていて、ほんと読んでて楽しいです。でもこれを読んで、私なんて単なる平凡な本読みに過ぎないってことをしみじみと実感いたしました。(うちの家族もね・笑) あ、でも祖母の家には、ここに登場してるような本が結構あるんです。夢野久作とか乱歩の函入りの全集とか。ここには登場しないけど、1960~70年代ぐらいのSFマガジンが揃ってたり。あれって売れば結構な値段になるのかも... なんて思ってしまいました。や、売りませんけどね。少なくとも私が読むまでは。(笑)
この本と合わせてココを見るとさらに楽しいです。(双葉文庫)

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取り上げられているのは、ルドヴィヒ2世、ゲオルギー・イヴァーノヴィッチ・グルジエフ、ロベール・ド・モンテスキュー、ウィリアム・ベックフォード、ジル・ド・レエ、サンジュスト、ヘリオガバルスという、3世紀から20世紀までの異端とされる7人の人物。同じ澁澤氏による「世界悪女物語」の男性版といったところでしょうか。ヴィスコンティ監督の映画で有名になったルドヴィヒ2世なんかは結構知ってたんですけど、全然名前を聞いたこともない人もいて、でもなかなか面白い人物が揃っていて楽しかったです。それぞれに写真や肖像画、彫像などが掲載されているというのも嬉しいところ。素直にハンサムだなあと思う人もいるんですけど、「えっ、この顔でそんなにモテたのかっ」なんて思っちゃう人も...。(殴)(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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2000年も昔に、古代ローマの博物学者プリニウスが記した「博物誌」全37巻。その「博物誌」から、澁澤龍彦氏が興味のある部分をランダムに紹介していった本。
この本で一番可笑しかったのは、プリニウスのことを引用魔だと言ってる割に、澁澤氏の引用も相当なこと。アリストテレスやヘロドトスの丸写しだと言いながら、澁澤氏も「博物誌」を丸写ししてたりしませんか...?(笑) とは言っても、引用するだけでなく、それらの引用に対するツッコミも充実。「博物誌」は読んでみたいけど、本格的に読もうと思ったら物凄く大変だし、これは丁度いい入門編にもなりますね。それにしても、絶対存在しないと思えるようなものでも、まことしやかに語られてるのって、ほんと面白いなあ。
で、この中に、一本脚でぴょんぴょん飛んで移動するという単脚族の話が登場するんですよね。暑くてたまらない時には地面に仰向けになって寝て、足で影を作って涼むって... これはどこかで読んだことが! しかも挿絵もあったはず。やっぱりナルニア? だとしたら、「朝びらき丸東の海へ」かしら? 手元に本がないから確認できなーい。(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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44歳にして突然スノーボードを始めた「おっさんスノーボーダー」こと東野圭吾さんのエッセイ集。もうほんと、スノーボードに始まりスノーボードに終わるんですけど(途中、サッカーのワールドカップ観戦やカーリング奮闘記なんかもあるんですけどね)、いや、楽しいです。まあ、こんなにハマちゃって... と読んでいて微笑ましくなってしまうほど。それに、作家東野圭吾とは、こんな人だったのか!というのも楽しめます。まあ、今までにも「あの頃ぼくらはアホでした」みたいなエッセイ作品はあったので、楽しい方だというのは分かっていたのですが♪ 読みながら、やっぱり大阪人のノリだなあと嬉しくなってみたり。(笑)
それにしても、巻末の写真、かっこいい! 2年でこんなに滑れるようになるのかー。さすが仕事そっちの(以下略)。...あ、黒田研二さん、二階堂さん、貫井さん、笠井さん、京極さんなど、作家さんの名前が登場するのも楽しいです。(実業之日本社)


+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「赤い指」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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お久しぶりの田辺聖子さん。以前は大好きでよく読んでたのに、気がついたらいつの間にか、あまり手に取らなくなってました。もう、何を読んだのかも良く分からなくなってるんですけど、その中でも特に「私的生活」「苺をつぶしながら」「日毎の美女」は大好きで、表紙が擦り切れるぐらい読んでたんですよねー。独特のほんわりした大阪弁も大好きで。
この本は、田辺聖子さん初の日記。「これ、なかなか良かったよ」とポンと渡されたので、最初はそれしか知らなかったんです。前半は、仕事のことと家族のことが中心。執筆に対談に講演会に文学賞の選考員にと、言わば分刻みのスケジュールをこなしてらっしゃる田辺さんですが、ご主人は車椅子生活だし、お母様も100歳近いから大変そう。でも常に前向きだし、楽しいこと明るいことを大切にしているのが、田辺さんらしくって素敵。で、田辺さんが小説を書き続けているのは、好きなタイプの男性や女性を書きたいからだというクダリで、「おお、なるほど?」と、好きな登場人物たちを思い出してみたり。
後半は、なんとご主人の介護日記でした。わー、吸入とか吸引とか、懐かしい言葉。という私も、そういえば、ほんの数年前は介護に明け暮れてたのでした... や、別に1人でやってたわけじゃないし、仕事もフルでしてたので、明け暮れてたわけではないんですけど(笑)、なんか遠い昔のことみたい。でもこの雰囲気はすごく分かります。周囲の人たちに助けられながら、時には飲みにも行きながら、仕事量を減らしたりすることもなく頑張ってらっしゃる田辺さん。きっとここで「せめてもうちょっと仕事量を減らせば...」と感じる方もいるんじゃないかと思うんですが... でも本人の体力さえもつのなら、この方が絶対いいよ。(と思う)
この本のはじめに、日記というのは、楽しいことはほんの2?3行しか書かないのに、楽しくないことを書く時は熱が入るものだ、というような趣旨のことが書かれていて、なるほどそんなものかもしれないなあ、とちょっと可笑しかったです。楽しい時も悲しい時も、田辺聖子さんはあくまでも田辺聖子さん。この日記から見えてくる姿は、私の思い描いていた田辺聖子さんの姿とぴったり重なってくれて、なんだか嬉しかったな。(角川書店)


+既読の田辺聖子作品の感想+
「残花亭日暦」田辺聖子
「ジョゼと虎と魚たち」田辺聖子

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綺麗な表紙に惹かれて、衝動買い。インターネット古本書店さんの海月(くらげ)書林の市川慎子さんが出された本です... って、私はまだ古本屋を利用させて頂いたことはないし、そもそも名前にぼんやりと聞き覚えがあった程度なのですが、でもこの本が素敵なのです!
もう何ていうか、見てるだけでうっとり。本作り心も刺激されるし(最近全然作ってませんが...)、装幀好き心も刺激されるし(これは本作り心と一緒かしら)、とにかくツボ。昭和20年辺りからの本を中心に、写真が沢山収められてるんですが、眺めてるだけで幸せになっちゃう。この頃の本って、今とはまた違う味わいがあっていいですよね。「大正ロマン」に対して、「昭和モダン」。いいなあ。もうほんと、どれも読みたくなっちゃいます。そうそう、両親祖父母の本棚を見てると奥付に著者印と検印紙がついてる本がよくあるんですが、そういうのも子供の頃から大好きだったんですよね。
森茉莉さんの「マドモワゼル ルウルウ」も素敵だし、内藤ルネさんの本も独特の雰囲気だし、先日「たらいまわし企画」に出した宇野亜喜良さんの名前も登場してるし... これが昭和43年発行という「宝石泥棒」(立原えりか著)なんですけど、古新しくてかっこイイ! 歴代の「暮しの手帖」の表紙も凄いなあ。いいなあ。花森安冶さんの装幀本というのも、素敵すぎです...。手芸本には、母が持ってる本も。小さい頃、母が刺繍とか編み物をする傍らで、そういう本を眺めていたのも懐かしい。それと「洋酒マメ天国」、可愛い! これ好き!
とまあ、1人で興奮してますが、とにかく素敵な本です。本好きさんは(というより装幀好きさんかな)、一度ぜひ手に取ってみて下さいませ♪(PIE BOOKS)

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小泉喜美子さんによる、海外ミステリガイドブック。本格物、変格物、ハードボイルド、クライム・ストーリィ、警察小説、スパイ小説、ユーモア・ミステリー...と、様々なミステリ作品が紹介されていきます。
元々は雑誌の連載で、実に30年近く前に書かれた文章なんですが、今読んでも全然古くないどころか、歯切れが良ければテンポも良くって読んでいて楽しい本。で、小泉さんならではのミステリに対する美学というか拘りがふんだんに入っていて、それがとてもいいんですよね。なんせ初っ端から、「殺人をテーマに好んで扱うジャンルだけに、ミステリーは美しく、洗練されていなければならない」ですよー。小泉さんご自身の洒落たミステリ作品は、こういったとこから生まれてきたんでしょうね。で、読んでいると色々と「なるほど」と思う部分があったんですが、その中で一番「おお」と思ったのは、ミステリ作品が歌舞伎や浄瑠璃みたいな江戸文芸の「お約束ごと」と通じるという部分。これは小泉さんご自身も感じてらしたところに、都筑道夫さんが書いてらしたんだそうです。「マンネリズムを逆手にとることによって、成立する芸術形式」ですって。ほおぉ、なるほど。
それにしても、こういう本を読むと、読みたい本がどんどん増えちゃうのがコマリモノ。でも海外ミステリガイドブックとしても貴重な1冊でした。(既に絶版ですが...)(新潮文庫)


+既読の小泉喜美子作品の感想+
「殺人はお好き?」小泉喜美子
「メインディッシュはミステリー」小泉喜美子
「弁護側の証人」小泉喜美子

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「泣かない子供」と対になるようなエッセイ集。あとがきにも、「泣かない子供」だった江國さんが、5年経って「泣く大人」になったのだと書いてありました。でもむしろ、その2つのエッセイの間に書かれた「いくつもの週末」と、すごく好対照になってるような。「いくつもの週末」は、江國さんが結婚2~3年目頃に書かれたというエッセイ集なんですけど、ものすごーく尖っていて、読んでいて凄く痛かったんですよね。この人はなんで結婚なんてしたんだろう?って思ってしまったほど。でもこっちの「泣く大人」の江國さんは、もっと穏やかで落ち着いていて幸せそう。やっぱり自分自身の場所を見つけたっていうのが大きいんだろうなあー。「分かる分かる!」ではなく、静かに「分かるなあ」と思う部分が多かったです。
で、最後の4章は読書日記になってるんですけど、江國さんの紹介を読んでいると、どれも読みたくなって困っちゃいます。特にA.A.ミルンの「幸せなダイアナ」。うー、これはほんと読んでみたい。それと月が欲しいと思いつめてまわりを困らせる王女さまの童話。ファージョンの「ムギと王様」の中に入ってる話でも、そういうのがあったなあ。ジェームズ・サーバーで検索してみると... きっとこれでしょうね、「たくさんのお月さま」。これも読んでみたいな。あと、先日読んだばかりの「体の贈り物」が載ってたのが妙に嬉しかったり♪ や、ほんと良かったですもんね、この本は。(角川文庫)


+既読の江國香織作品の感想+
「泣く大人」江國香織
「ウエハースの椅子」江國香織
「泳ぐのに安全でも適切でもありません」江國香織
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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たらいまわし企画第5回「あなたが感銘を受けた本は?」で、picoさんが挙げてらした本。白洲正子さんの本は、「西行」を積んでいたんだけど、そちらはすっかり忘れてました...(^^;。
picoさんの紹介を見た時に、何を考える間もなく、志村ふくみさんの「一色一生」「色を奏でる」を連想したんですが、本当にこの本の中で志村ふくみさんが紹介されていたのでびっくり!picoさんは、「プロじゃない人は嫌いです。贋作師話に特に感銘しました。」と書かれてただけだったのに...。何か通じるものがあったのでしょうか♪ (というか、見当違いのことを書き込んでなくて良かったーと安心したのですが・笑)

で、この本なんですが、「藝術新潮」に1年半に渡って連載されていたというもの。18章の中で、扇や染色、石積み、焼きもの、木工... と、様々な分野の職人さんたちが紹介されていきます。この中で一番印象に残ったのは、砥石のくだり。「良質の仕上げ砥石になればなる程、刃物を選び、悪い刃物を砥ぐと、血の匂いがするが、よい刃物を合わせると、忽ち吸いついて、香のような芳香を放つ」ですって。ここで砥いでるのは、木工用の道具なんですよー。日本刀の話じゃないのに、なんだかびっくりしてしまいます。というか、ちと怖い...。あと、ジュエリー・デザイナーの朝山早苗さんが載ってたのには驚きました。前の仕事柄、朝山さんのデザインもよく扱ってたんですけど、この本に載るほどの方だったとは... いやん、失礼(^^;。
様々な職人さんたちのそれぞれの拘りの姿を見ていると、「なるほどなあ...」がいっぱいあって、なんだかまるで目の前が開けるような気が。いや、ほんと「感銘を受けた本」に選ばれるのも納得の1冊でした。(新潮文庫)


+既読の白洲正子作品の感想+
「日本のたくみ」白洲正子
「西行」白洲正子
「遊鬼」白洲正子

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「南ドイツ新聞マガジン」に連載している(どうやら現在も継続中みたいです)という、アクセル・ハッケのコラムを本にまとめたもの。なかなかシュールでウィットが効いてて、面白かったです。特に面白いのは、冷蔵庫との対話シリーズ。「捨てられるのではないか」と常に怯えてる、ちょっぴり古い型の冷蔵庫の名前はボッシュ。彼がなんとも言えないいい味を出しています。で、ビール片手のハッケとボッシュの会話は、完全におやじのぼやきなんですよね。(笑)
でもハッケときたら優柔不断だし、要らない物も捨てられないし、冒険心がまるでない小心者だし、新しい物、特に機械関係は大の苦手だし、奥さんのパオラにやり込められるのももっともだーって感じ。私だって、これじゃあやり込めたくなっちゃいますよぅ。それでもハッケとパオラはやっぱりいいコンビだし、2人の息子のルイスも合わせて、とってもいい家族なんですけどね。
いつもコンビを組んでいるミヒャエル・ゾーヴァのイラストが今回は表紙しかないのは残念でしたが、でもこの話にゾーヴァだったらどんな絵をつけるのかな、と想像するのも楽しいです。(三修社)


+既読のアクセル・ハッケ作品の感想+
「キリンと暮らす クジラと眠る」アクセル・ハッケ ミヒャエル・ゾーヴァ
「冷蔵庫との対話」アクセル・ハッケ

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幼い頃、一番の仲良しだったクマのぬいぐるみのことを思い出し、今あのクマちゃんに会ったらどんな挨拶をすればいいだろう... と悩む著者。しかし図書館で借りた「人とクマ/そのフェアな共存のための入門書」にあったのは、「落ち着いてじっとしていれば、クマのほうが、あなたから逃げていくでしょう」という言葉だったのです!
帯にある言葉は、「ひとと動物たちとのパートナー学」。キリンやペンギンのようなメジャーな動物から、ミミズやゴキブリ、ヒキガエルのようなあまり人気があるとは思えない生き物にまでスポットが当てられて、考察されていきます。嘘か本当か分からないようなことがまことしやかに書かれていて、そのちょっと斜めの視線がいいのです?。動物ごとのサブタイトルも面白いし! ゴキブリなんて、「命がけの片思い」ですよ。「ゴキブリほど人間に近づこうと絶望的な努力を試みてきた生き物がほかにいただろうか?」ですって!(笑) あ、でも私が好きだったのはゴキブリのページよりも(笑)、「スーパーモデルたちの孤独」フラミンゴの話だったんですけどね。美にこだわりを持つフラミンゴは、「ヴォーグ」や「エル」みたいなファッション誌を持っていくと喜ぶし、はげたおじさんを見かけると、そっと顔をそむけるのです。(笑)(講談社)


+既読のアクセル・ハッケ作品の感想+
「キリンと暮らす クジラと眠る」アクセル・ハッケ ミヒャエル・ゾーヴァ
「冷蔵庫との対話」アクセル・ハッケ

+既読のミヒャエル・ゾーヴァ作品の感想+
「キリンと暮らす クジラと眠る」アクセル・ハッケ ミヒャエル・ゾーヴァ
「ミヒャエル・ゾーヴァの世界」ミヒャエル・ゾーヴァ

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