Catégories:“文学・作家研究”

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「わたしには呪われた才能がある。どんなものでもひと目見ただけで、すぐに形式が見えてしまうのだ」というプロップ。彼はアファナーシエフの「ロシア昔話集」を読み始めた時、全てのプロットの構成が同じだということがたちどころに分かり、それがきっかけで「昔話の形態学」研究に取り掛かることになったのだそう。そのプロップの論文集「口承文芸と現実」に収められている13編のうちから7本を選んで収めた本。「魔法昔話の構造的研究と歴史的研究」「異常誕生のモチーフ」「口承文芸における儀礼的笑い」「口承文芸の世界におけるオイディプス」「口承文芸の特徴」「口承文芸と現実」「口承文芸の歴史性とその研究方法」

小さい子供の頃に読むならともかく、ある程度大きくなってから読んだら、昔話のプロットがいくつかのパターンに分かれてるだけだということは、当然すぐ分かることですよね。「呪われた才能」なんて、大げさな。...なーんてちょっと斜め視線で読み始めたこの本なんですが、いや、ごめんなさい。とっても面白く読めました。抽象的な理論のところは今一つ掴み切れてないんですが、昔話の中に見る具体的なモチーフに関しては、すごく参考になりました! それは「異常誕生のモチーフ」「口承文芸における儀礼的笑い」「口承文芸の世界におけるオイディプス」の3章。

「異常誕生のモチーフ」
異常誕生の最も一般的な形態は、聖母マリアと同じく処女懐胎。今でこそ妊娠に関する男女の役割がきちんと解明されていて、それが常識となってるんですけど、それ以前の人々は男性の役割を理解してなくて、そういう行為を妊娠に直接結び付けて考えることもなかったと知ってびっくり。そうだったんだ...。でも確かに、教えられなければ分からないことかもしれないですねえ。その場合、妊娠に直接関係するのは、女性が食べる果実(エンドウ豆やリンゴ、ココナッツ、ナッツ、葡萄、ザクロなど)であったり、呪文であったり、飲み水であったり。さらに、遺体の一部を食べることによって妊娠することもあったり。昔話で魚が大きな役割を果たしていることが多いのは、魚の「多産」という特徴からなのだとか。(ロシアの昔話には、確かに魚絡みの話が結構あるかも) そして物語の中で、時々子供が異様に速く成長するのは、主人公が救済者、あるいは英雄として異常誕生しているため。生まれた時に既に災厄が起きているので、即座に救済に着手しなければならないんですね。(笑)

「口承文芸における儀礼的笑い」
そして「笑わない王女」の話。この話にもいくつかパターンがありますが、これも研究者にとっては興味の尽きない話なのだそう。「笑い」というのは、かつては宗教的に独特な意味を持っていたんだそうです。生者が死者の国に入り込む時、あるいは死者の国にいある間「笑い」はタブー。生者は笑うことによって自分が生者であることを暴露してしまうのだそうです。そして逆に、生者の国に戻ってきた時には「笑い」が必須となるんですね。「笑い」は人間を悲しみから解放する力があり、生命を生み出す力があるものなんですって。「笑い」は生命を創造する呪術的手段であり、天地を創造する神もまた笑うのです... というのは、キリスト教以前の神々。キリスト教では笑うのは悪魔であり死神であり、キリスト教の神は決して笑わないのだとか。(知らなかった)

「口承文芸の世界におけるオイディプス」
そして「オイディプス」型の物語について。これも構造的にかなり典型的な魔法昔話なんだそうです。オイディプスといえば悲劇なんですけど、この型の物語では、全ての出来事の前にまず予言があり、そのために主人公が生まれた場所を離れることになり、後年戻ってきた時に父を殺して実の母と結婚する、あるいは血の繋がった妹と結婚するという近親婚が行われ、主人公が王位につく、やがて妻が実は血を分けた肉親だったというのが判明する、というのが基本的なパターン。なぜ王は殺されなければならないのかというのも、必ず行われる近親婚も、権力移譲が妻(女性)を介して行われるというのもどれも重要ポイントで... というそんな話。

上の3つは適当に抜き出したので、ちょっと妙になってるところもあると思うんですが...
中沢新一さんのカイエ・ソヴァージュのシリーズ(感想)を思い出すなー。どれもじっくり読みこんでおきたい論文でした。でも一番最初に収められている、レヴィ=ストロース教授の批判に応える「魔法昔話の構造的研究と歴史的研究」は、今までプロップの著作をまるで読んだことのない私にとっては(しかもレヴィ=ストロースについてもほとんど知らない)、イマイチ分かりづらかった... それまでの経緯を全然知らないですしね。反論の熱さには圧倒されましたが、この2人、お互い相手の論文を読むだけでなく直接論じ合えれば、きっとまた全然違う結果が生まれたでしょうに。西と東に分かれてしまっていたのが惜しいという感じです。そして後半の「口承文芸の特徴」「口承文芸と現実」「口承文芸の歴史性とその研究方法」の3つは、口承文芸に関しての研究の本筋と言えるものだし、本来ならここを読みたかったはずなんだけど、抽象的な論となっていると私にはちょっと難しくて。やっぱり具体例が多く挙げられている3つのモチーフに関する部分が一番面白く読めました。(講談社学芸文庫)

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西洋の文化を理解するためには欠かせないと言われている聖書の知識。しかし天地創造を扱う創世記はともかく、読みづらい部分も多いのです。キリスト教の信者ならともかく、あまりキリスト教との接点がない人間にとって、聖書を最初から最後まで読み通すのはとても大変なこと。そんな読者向けの聖書の解説本。枝葉末節は切り捨てて、有名なエピソードに絞って紹介していきます。

大学に進学する時にも、外国の文学を学ぶつもりなら聖書とギリシャ神話だけは読んでおきなさい、と学校で言われたんですよね。幸いギリシャ神話は子供の頃から好きだったし、聖書も、こちらは別に好きだったわけじゃないんですが(笑)カトリック系の学校に長く通っていたので、比較的読んでいる方。全部きっちり読み通してるわけじゃないけど、旧約聖書は物語として面白いですしね。あとは新約聖書の黙示録とか。なので、それほど初心者というわけじゃないんですが... ギリシャ神話関連の本では阿刀田さん独自の視点が楽しかったし! そちらを読んだ時に、この「旧約聖書を知っていますか」が良かったと教えてもらったので、さっそく読んでみました。
阿刀田高さんのスタンスは、1人の異教徒として、気楽な雰囲気で聖書を分かりやすく読み解いてみた、というもの。そのスタンスというか距離感が、読んでいてまず心地良かったです。やっぱりこういう宗教がらみの本は何かと難しいから... 信仰心が篤い人だと、深く踏み込めるでしょうけど、初心者向けの本じゃなくなっちゃいそうだし、一般の人のために解説するんなら、あまり信仰を持っていない人の方が客観的な態度をとれていいかもしれないですね。

聖書の中のエピソードに関しては、既に原典を知っている分、特に目新しいものはなかったんですが、それでもすごく久しぶりだし~。やっぱり阿刀田さん独自の視点が面白かったです。長年読んでいながら気がつかなかった矛盾点もあったし... たとえば創世記の最初のところで、6日目にもう男と女を作ってしまってたってほんと?! アダムが生まれて、その肋骨からイブ、と思い込んで読んでたから、こんな基本的なところにも気づいてなかったわ! そして創世記がイスラエルの民族にとっての神話だという話のところで、素人の推測と断りながらも書かれている文章に説得力がありました。

神話というものが歴史の中に入り込むのは、たいてい王国が隆盛を極めた時である。周囲の群雄勢力を平定し、強力な王国が誕生して、権勢ゆるぎない王が君臨すると(中略)その礎の確かさを文献として書き残したくなる。つまり神から与えられた王座なのだということを、あと追いの形で記録したくなる。

確かにそうなんだけど! 普通の神話を読んでる時はそういうのも当然頭にあるわけなんですけど、聖書に関しては全然考えたこともなかったなあ...。なるほど。身近にありすぎて気付かなかったわー。やっぱり時には一歩引いて眺めてみることが必要ですね。様々なエピソードの整合性のなさに関しても、いくつもの民族の持つ英雄譚や伝承が交錯して、聖書の中に吸収されたせいだと言われてみるとあっさり納得できますしね。そうか、聖書も普通の神話と何も変わらないんだなー。(笑)(新潮文庫)


+既読の阿刀田高作品の感想+
「新トロイア物語」阿刀田高
「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ神話」阿刀田高
「ホメロスを楽しむために」阿刀田高
「旧約聖書を知っていますか」阿刀田高

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人類の古代史に燦然と輝く2つの叙事詩「イリアス」「オデュッセイア」。しかしその作者とされるホメロスという人物については、未だに生まれた年も生まれた場所も判明していません。「イリアス」はともかく、「オデュッセイア」はホメロスの作品ではないとする説もあります。しかしこの時代に諸国を巡り歩く詩人たちが「イリアス」や「オデュッセイア」となるような物語を歌い上げていたのは確かであり、それらの作品をまとめあげ、内容豊かな叙事詩に仕上げた人物が「ホメロス」とされているのです。このギリシャに生れた盲目の吟遊詩人・ホメロスと彼の2つの主要な作品を、その筋を辿りながら解説していく本。

「イリアス」(感想)「オデュッセイア」(感想)は既に読んでるんですが、先日読んだ「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ物語」での阿刀田高氏独自の視点がとても面白かったし、開眼する部分が多々あったので手に取ってみました... が。
確かにこちらも、すごく読みやすくて分かりやすいです。「イリアス」や「オデュッセイア」に興味がありつつも、ちょっと敷居が高そうで... なんて思ってる人には、入門編として最適でしょうね。こういう本を一回読んでおけば、とっつきにくい叙事詩の間口もぐーんと広がるはず。でも逆に、そういった叙事詩を既に読んでいる場合は... 阿刀田高さんご自身がギリシャやトルコを訪れた時のエピソードも交えて、面白おかしく語られていくし、そういう意味では楽しく読めるんですが... ギリシャ神話関連の本を読んだ時ほどには新鮮味が感じられなかったかも~。それがちょっぴり残念でした。 (新潮文庫)


+既読の阿刀田高作品の感想+
「新トロイア物語」阿刀田高
「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ神話」阿刀田高
「ホメロスを楽しむために」阿刀田高
「旧約聖書を知っていますか」阿刀田高

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先日酒井駒子さん絡みで読んだ「絵本のつくりかた」の2です。こちらの副題は「フランスのアーティスト10名が語る創作のすべて」。副題通り、フランスの絵本がいっぱい! 「アーティスト10名が語る」となってますが、もう既に亡くなってる方の絵本も紹介されてるので、絵本作家さんとしては全部で15人。でもその名前だけを出しても、分かりにくいので...(笑) 見つかる限りの本の書影を出してみました。

まずは第1章、「忘れることのできない素敵な昔の絵本たち」。ここで紹介されているのはアンドレ・エレ、ジャン・ド・ブリュノフ、レオポルド・ショヴォー、ナタリー・パラン、フェオドール・ロジャンコフスキー。

   

一番惹かれたアンドレ・エレの絵本の表紙がないのが悲しいですが~。おもちゃ箱の中の人形たちが遊んでいるみたいな、可愛くて賑やかで楽しい雰囲気の絵なんです。ドビュッシーの楽譜に絵をつけたりもしてたみたい。でも邦訳されたのは、どうやら「ノアのはこぶね」という本だけらしく...。図書館に蔵書があるようなので、さっそく予約を入れてみましたが! と思ってたら、こんなページを見つけました。あとこんなのも。改めて見ると、なんだかコミックっぽい絵ですね。
ぞうのババールシリーズは、実際にはほとんど読んだことないんだけど、でも可愛いですよね。どうやらフランス語版は筆記体風の文字になってるようで(手書き?)、その柔らかい雰囲気が絵にぴったり。元々はお母さんが息子のために作ったお話を、画家のお父さんが絵本に仕立てたんだとか。やっぱりそういうのは基本なんだな~。

そして第2章、「絵本が生まれるところ」。ここで紹介されているのは、アネット・チゾン&タラス・テイラー、アン・グッドマン&ゲオルグ・ハレンスレーベン、リリ・スクラッチィ、ジョエル・ジョリヴェ、アンドレ・フランソワ。リリ・スクラッチィの邦訳絵本は見つかりませんでしたが...。

   

この中で一番好きなのは、バーバパパシリーズ。最初はペンと水彩画で描いていたけど、印刷すると黒い線が鮮明に出ないので、黒いふちどり線を描いたら一旦それを透明なシートにプリントしておいて、別の紙に彩色した絵に重ねて完成、という手間のかかる作業をしてるんだそうです。そして最初にバーバパパを描いたその日にたまたま赤鉛筆しか持ってなかったから、バーバパパはピンクになったんですって。(笑)
リサとガスパールも可愛いですね。でも私、この2人のことをずーっとウサギだとばかり思ってたんですけどーーー。リサとガスパールは何の動物なのかという質問に、「いたち? うーん、犬でもないし...」だなんて! うわあ、衝撃的事実だ。
それにしても、緻密に計算されているバーバパパシリーズに、大胆な勢いで描かれてるリサガスシリーズ。なんだかとっても対照的です。実際、絵のタッチも全然違うしね。

そして最後の第3章は「もっと深く絵本を知る」。リオネル・コクラン、ポール・コックス、エマニュエル・ピエール、グレゴワール・ソロタレフ、トミ・ウンゲラーの5人。

    

エマニュエル・ピエールの絵本は見つかりませんでしたが、「すてきな三にんぐみ」は有名ですね。このトミ・ウンゲラーが、結構アダルト~なものにも携わってると知ってびっくり。でも、この辺りのアーティストたちは、私はあんまり馴染みがないので、なんとも... えへへ。(美術出版社)


+シリーズ既刊の感想+
「絵本のつくりかた1」「Pooka+ 酒井駒子 小さな世界」
「絵本のつくりかた2 みづゑのレシピ」

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寒空の下、道をゆくのは1人の吟遊詩人。かつてこの地方には多くの詩人たちがいましたが、彼はその最後の1人。今やすっかり年老いて、放浪の竪琴弾きとしての貧しい暮らしに苦しんでいました。時代は移り代わり、古い慣習は消え、最早大広間の上席について、華やかに着飾った領主やその奥方に即興の調べを聞かせることもなくなっていたのです。飢えて疲れきっていた彼は、ヤロウ河畔のニューアーク城のアーチをくぐります。しかしこの城の公爵夫人に思いがけない暖かいもてなしを受けると、彼の中の吟遊詩人としての誇りが甦ります。そして名君と言われたフランシス伯爵のこと、これほどの勇者はないと言われたウォルター伯爵のこと、バックルー一族の古の戦士たちにまつわる古い武勲物語を歌うことに。

ウォルター・スコットの「最後の吟遊詩人の歌」の原文と日本語訳、そして佐藤猛郎氏による作品研究が収められている本。
「最後の吟遊詩人の歌」は、序詩と吟遊詩人が歌う6曲の古い歌からなる作品。英国における吟遊詩人の活躍は、英語が一応成立した13世紀頃から、エリザベス一世に弾圧されるようになった16世紀末ぐらいまでなんだそうで、この作品の吟遊詩人が生きてるのは、まさにその末期の時代。そしてその吟遊詩人が歌う物語は、時代がもっと遡ります。もてなしてくれた公爵夫人の祖先の物語。他の一族の戦い、ロミオとジュリエット的な恋愛、そして魔術。登場するのは実在の人物ばかりで、ここで歌われる出来事にも史実が多いのだそう。ウォルター・スコット自身の祖先で、実際に歌人だった「Walter Scot of Satchells」が書き残した「スコット一門正史」が元になってるんだそうです。
私が一番好きなのは中世に作られた叙事詩なんですけど、でもウォルター・スコットが19世紀に作ったこの作品も、ものすごく素敵でした。吟遊詩人がいた当時の情景が目の前によみがえってくるみたい。今は年老いた吟遊詩人が語るという枠物語の形式を取っているので、尚更そういった印象になったのかもしれません。読みながらもう、静かに熱くなりました!(なんて書くと意味不明ですが...) ああ、こういう作品、もっともっと読みたいなあ。

「作品研究」では、老吟遊詩人に焦点を当ててウォルター・スコットが表現しようとしたものを探っていて、その辺りがとても参考になりました。年老いて疲れ果てた吟遊詩人の姿が、今はもうすっかり衰えてしまったスコットランドを表してるようだ、とかね。それに「Bard(歌人)」と「Minstrel(吟遊詩人)」の違いやその社会的身分について触れられているのも、すごく興味深かったです。「Bard」は、ケルト系の氏族の領主に直属する存在。世襲制で、領主一族の系図や武勲を暗誦する人。饗宴の席で竪琴に合わせて歌うだけでなく、領主の子弟の教育を受け持ち、戦いにおいては使節の役目も果たすとか。身分としては、領主、乳兄弟に次ぐ高いもので、その次に鼓笛手、布告役、一般家臣と続きます。それに対して「Minstrel」は、「中世期において、詩と音楽で生計を立て、竪琴に合わせて、自作の、あるいは他人が書いた詩を歌ってきかせることを職業とする人々」のこと。
北欧系の「Scald(歌人)」のようにゲルマン系諸民族の間でも「Glee」「Jongler」「Minstrel」と呼ばれる歌人と芸人の中間のような人々が存在して、ドイツでは「Minnesinger」、南フランスでは「Troubadour」といった宮廷歌人になっていったんだそうです。でも一時は王侯に仕える身分にまでなった「Minsutrel」も時の移り変わりと共にすっかり落ちぶれることに...。「言い伝える」じゃなくて「書き残す」時代になってしまうんですね。(評論社)


+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

+既読のウォルター・スコット関連作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング

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全6章でロシア人にとっての死生観や異界について語っていく本。
第1章 「この世」と「あの世」のしきい ... ロシアの農民への死の予告や死の迎え方、戻ってくる死者について
第2章 家の霊域に棲むもの ... ロシアの家の隅にしつらえられる祭壇やペーチカ、家神・ドモヴォイについて
第3章 ロシア・フォークロアにおける「死」の概念 ... 民族宗教詩や昔話の中の死
第4章 「聖なるロシア」の啓示 ... 民族宗教詩「鳩の書」について
第5章 ロシア的終末論 ... 反キリストについて
第6章 天国と地獄の幻景 ... スラブ神話における宇宙の成り立ち

ロシアの農民たちにとっての死や、ドモヴォイやペーチカについて書かれている最初の2章は具体的なエピソードが多いし、とても興味深いです。こういう土着の習慣や信仰というのは、ロシア文学を理解する上でも重要なポイントになるのかもしれないですね。そして第3章・第4章に出てくる民族宗教詩というのも全然知らなかったので、そういうのもとても勉強になりました。
でも私が個人的に一番読みたかったのは、キリスト教が入ってくる以前の純粋なスラヴ神話に関する第6章。そういう話はあんまり載ってないのかなーとちょっと諦め気味になってたので、これが本当に嬉しかった! 古代スラヴ人がそういった神話を書き残すすべを知らなかったために、その多くは失わせてしまっているというのが、ものすごく残念。でも少なくとも、古代スラヴ人は宇宙を巨大な卵として捉えていたようです。「宇宙卵」を産んだのは、世界を創造したと言われる2羽の「宇宙鳥」。

宇宙卵の殻は天、薄皮は雲、白身は水(大海)、黄身は地、である。黄身(地)は白身(水)に囲まれた形で卵の真ん中に浮かんでいる。黄身の上方の部分は人間の住む世界であり、下方は黄泉の国、死者たちの世界である。黄泉の国へ行くには、地を取り囲んでいる大海を越えて行かなければならない。あるいは深い井戸を掘って地を貫いて行かなくてはならない。

地(地上界と地下界を含む)と九つの天は一本の「世界樹」(「宇宙樹」)によって繋がれている

「世界樹(宇宙樹)と」いうのが面白いですね。これは北欧神話と同じ。しかも北欧神話でも、世界の数は全部で9つ。民族が違えば、たとえ住んでいる場所が距離的に近くても、まるで違う世界観を持っている方が普通なのに、この共通点は興味深いです。あと他の章にあったんですが、古代スラヴ人は、死ぬとみな卵とかガラスのようなつるつるとした高い山を登らなければならないと信じてたそうなんですね。そういう話も実際、北欧の民話を集めた「太陽の東 月の西」に載ってたし、思ってる以上に共通点がありそう。ああ、もっとこういう話が読みたいー。(岩波新書)

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1971年からイランの大学で教鞭をとってきたアーザル・ナフィーシーは、1995年の秋、最後の大学を辞めた時にかねてからの夢を実現する決意をします。そして教え子の中から最も優秀で勉強熱心な7人を選び、毎週木曜日の朝に自宅で文学について話し合うということ。そして集まったのは詩人のマーナー、「お嬢さま」のマフシード、コメディアンのヤーシー、「問題児」アージーン、物静かな画家・ミートラー、自立したいという欲求と認められたいという欲求の狭間で揺れ動いていたサーナーズ、そして「チェシャ猫」ナスリーン。ナスリーンは最後まで一緒にいられなかったものの、彼らは2年近くの間、ほぼ毎週木曜日になるとアーザルの家にやってきて、ヴェールとコートを脱ぎ捨て、小説と現実の関係について話し合うことに。

主にナボコフ「ロリータ」、フィッツジェラルド「華麗なるギャツビー」、ジェイムズ「デイジー・ミラー」、オースティン「高慢と偏見」を通して、筆者が大学で教えていた数年間、そして木曜日の秘密の授業をしていた2年足らずのイランの状況を描き出していくという作品。イラン革命の後のイランでは、頽廃的な西洋文化は全て悪とされていて、これらの小説も本屋の棚からどんどん消えていってるような状態なんですね。普通の人々もちょっとしたことで何年間も投獄されたり、簡単に殺されたりというかなり厳しい状況。男性にももちろん厳しいんですが、ほとんど人格を認められていない女性に対する厳しさはそれを遥かに上回るもの。そんな状況の中で生きている女性たちの思いを吐露していきます。
もちろん「テヘラン」で「ロリータ」を読むというそのイメージのギャップはとても面白いと思うし、授業で「華麗なるギャツビー」をめぐる裁判を開いたりといった事柄はそれぞれにとても興味深かったんですが... あまり私には伝わってきませんでした。同じ時代のことを書いている新藤悦子さんの「チャドルの下から見たホメイニの国」(感想)を夢中になって読んだのとは対照的。どこがどう違うのか今ひとつ分からないのですが... いや、本当は感覚的には分かってるんですが...
その中の1つの要因は、本の解釈にそれほど感銘を受けなかったってことですね。私が未読の本も沢山登場してましたが、少なくとも「ロリータ」「華麗なるギャツビー」「デイジー・ミラー」「高慢と偏見」は既読。オースティンの長編だって全部読んでるし。でも例えば「ロリータ」での、「ハンバートは自分が求めるロリータをつくりだし、そのイメージに固執した」という読み方、そしてそれをイランの男女関係に重ねていく部分には「なるほど」と思うんですけど、正直もっとイラン人ならではという読み方を期待してたので... 結局のところ、それが一番大きかったんだろうなと思います。もちろんそれは、私自身が「自分が求める彼女たちをつくりだし、そのイメージに固執した」とも言えるのかもしれませんが...(白水社)

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