Catégories:“文学・作家研究”

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1985年に、ハーヴァード大学で6回の講義をすることになり、カルヴィーノが選んだ主題は「次の千年紀に保存されるべきいくつかの文学的な価値」。カルヴィーノの急逝により、その講義が実現することはありませんでしたが、これは事前にカルヴィーノが書き上げていた、6回のうちの5回分の講義の草稿を本にしたものです。

以前カルヴィーノの「なぜ古典を読むのか」を読んだ時に、題名通りの内容は最初の1章だけで、後はバラバラの文章の寄せ集めなんだなあーとちょっとがっかりしてた時に、overQさんがこっちの本の方がまとまった文学話になってますよ!と教えて下さった本。それから随分時間が経ってしまいましたが、ようやく読めましたー。

カルヴィーノが21世紀の文学に必要だと考えていたのは、「軽さ」「速さ」「正確さ」「視覚性」「多様性」。この5つのキーワードを通して、ギリシャ神話やオウィディウス、ルクレーティウスといった古代の文学から20世紀の文学までを考察しながら、カルヴィーノの目指してきたところを示しつつ、それが同時に21世紀以降の文学への提言ともなっている論です。こういうキーワードで文学を考えるのって、斬新だし面白いですね。これは案外文学以外にも広く通じるキーワードなんじゃないかしら。そしてこの本から感じられるのは、文学に対するカルヴィーノの真摯で愛情たっぷりの態度。
どれも面白かったんだけど、一番印象に残ったのは最初の「軽さ」かな。常々カルヴィーノの作品には、身ごなしの軽さを感じてましたしね。そんなカルヴィーノが小説を書き始めてすぐに気づいたのは、小説の素材となる様々な出来事と、文章を活気付かせる軽妙さの間に大きな隔たりがあるということ。それからは常にこの重さ、とりわけ物語の構造や言葉から重さを取り除こうとしてきたといいます。ここでの「軽さ」とはもちろん軽薄さではなくて、思慮深い軽やかさ。文章に取り付いて世界をじわじわと重苦しく不透明にしてしまう重さから逃れるためには、別の視点、別の論理、別の認識と検証で世界を見直さなければならないというんですね。カルヴィーノが作家として発表した1作目が、パルチザンでの体験を元にしたという「くもの巣の小道」ですものね。そういった経歴の持ち主だということも、大きな要因なんでしょう。
書かれていなかった6回目は「一貫性」になるはずだったようです。これはメルヴィルの「書記バートルビー」に触れる予定だったということしか分かってなくて... もう読むことができないなんて、とっても残念。(朝日新聞社)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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アイルランドによく見られる「取り替え子(チェンジリング)」の伝承。赤ん坊や女性が妖精に攫われて、知らない間に妖精が入れ替わっているというこの伝承をキーワードに、W.B.イェイツ、ロード・ダンセイニ、ブラム・ストーカー、オスカー・ワイルド、ラフカディオ・ハーン、コナン・ドイル、ジェイムズ・ジョイスといった19世紀末から20世紀初頭にかけてのアイルランドにゆかりの深い作家たちを取り上げ、その作品を見ていく本。

「ドラキュラ」や「ドリアン・グレイの肖像画」、そして「雪女」といった作品の中に「取り替え子」のモチーフを見るというのはなかなか興味深いです。そういう特徴が「取り替え子」だけの特徴なのかというと、それはどうだろうという気もするし、ちょっとこじつけかなと思う部分もあるんですけど、アイルランドにゆかりの作家たちだけに、意識的であれ無意識であれ、そういう伝承系モチーフを自作に転用してるというのは十分考えられますものね。
でもそういう文学的な考察よりも、実際の「取り替え子」の話の方が私にとってはインパクトが強かったです。
「取替え子」という発想自体、実はすごく人間の闇の部分を示してると思うんですよね。この本にも「妖精を見る」ということは「耐え難い苦しみを精神的に乗り越えようとしたり、動揺した共同体の安寧を取り戻すための知恵であり手段だった」とあります。「取替え子」という言葉は、気に入らない赤ん坊や妻をある意味合法的に葬り去る手段にも通じるもの。そもそも自分の子が本当の子供なのか取り替え子なのか見分ける「ぜったい確かなやりかた」とされていたのは、その子供を火の上にかざして、「燃えろ、燃えろ、燃えろ、悪魔のものなら燃えてしまえ、けれど神様、聖者さまの下さりものなら傷つくまい」と唱えるやり方なんですから。もしこの子供が取り替え子だったら、叫び声をあげて一目散に煙突から上に逃げていくそうなんですけど、普通の子だったらどうなるんでしょう。命を取り留めたとしても酷い火傷を負うはず。それって魔女裁判の「水に沈めて浮かんできたら魔女、沈んだら人間」みたいな判定に通じるものがありますよね。結局、普通の人間だったら死んでしまうわけで... 19世紀末には、そんな風に「妖精を見る」ことは社会的・法律的に許されなくなってたそうですが、この本の中で紹介されているブリジット=クリアリーの焼殺事件だって19世紀末の出来事。本当に怖いです。ええと何が怖いって、まずそうやって都合の悪いものを「なかったこと」にしようとすること。そしてそういう集団のヒステリックなパワーかな。一度走り出しちゃったら、もう誰にも止められないんですものね。(平凡新書)

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「音楽と文学の対位法」が新聞書評に取り上げられていた時に引き合いに出されていたのは、「のだめカンタービレ」の中の千秋の「楽譜どおりに弾け!」という台詞。その台詞がきっかけになって、青柳いづみこさんは「のだめカンタービレ」を読むことになったのだそうです。そしてさらに一色まこと「ピアノの森」、さそうあきら「神童」を読むことに。それらの作品は実際にクラシックに携わっている人々にきちんと取材調査した上でかかれたもの。「クラシック界のジョーシキは社会のヒジョーシキ」と言われるほど特殊なしきたりの多いクラシックの世界を、そういった漫画作品を通じて分かりやすく紹介していく本です。

私自身は「のだめカンタービレ」しか読んでないんですけど、メインに取り上げられているのが「のだめ」だったので、すごく面白かったです~。初見や暗譜、楽譜通り弾くという部分はまあ自分の経験からも多少は分かるんですけど、コンクールや演奏会、留学、そしてオーケストラとなるとまるで知らない世界ですしね。この本は、「のだめ」の解説書としてもすごく面白く読めるし、「のだめ」が実はとてもきちんと描かれた作品だということも分かります。のだめの弟が言っていた「不良債権」のこと、のだめのためのハリセンやオクレール先生の選曲のこと、そしてお父さんに愛されなかったのかもしれないターニャとお母さんに愛されすぎたフランクの違い、そして指揮者とオーケストラの関係のことなどなど、とても面白かったです。のだめの弾いている曲は、どれもとてものだめらしかったのですねー!!
そしてもちろん「のだめ」の話ばかりではありません。のだめ以外の話の中で特にへええと思ったのは、国際コンクールは「男の子は音楽なんてやるもんじゃありません!」と反対する親を説得する手段に使われているらしい、ということ。第一回ジュネーヴ・コンクールで優勝したミケランジェリも、第一回ブゾーニ・コンクールで4位入賞したブレンデルも、1960年のショパンコンクールで優勝したポリーニも、家族にピアニストになることを反対されていて、コンクールで優勝もしくは入賞してようやくピアニストになることを許されたんですって。びっくり! 他にもコンクールで弾く時は審査員を敵に回さない弾き方をしなければいけないこととか、青柳いづみこさんご自身の経験を踏まえた留学のエピソードとか... 私も知ってるピアニストの名前も色々登場して、その辺りも興味深かったです。
「のだめ」を愛読してる人にはきっと面白いはず! ぜひぜひ♪(文春新書)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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フランスに留学中、クラスレッスンで弾いたラヴェルの「オンディーヌ」に「もっと濃艶に歌って弾くように」と注意されたという青柳いづみこさん。実際、その後老若男女様々な国籍のピアニストの「オンディーヌ」に出会うことになるのですが、そのイメージは一貫して「男を誘う女」。しかし青柳いづみこさん持つオンディーヌのイメージは、ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」のメリザンドのように、人に媚びず、その美しさだけで人を惹きつける女なのです。このことから、青柳さんはオンディーヌとメリザンドについて、そして水の精について考え始めます。

神話や伝承の中の水の精の姿、文学作品の中に見られる水の精、そして「オンディーヌ」と「ペレアスとメリザンド」の物語、それらの音楽が考察されていきます。序盤はこれまで私も好きで読んできた神話や伝承の本の総まとめといった感じ。でも水の精の文学作品の方は、あんまり読んでない... フーケーの「ウンディーネ」(感想)と、ジロドゥの「オンディーヌ」(感想)ぐらいですね。この本を読んでいて読んでみたくなったのは、メーテルリンクの「ペレアスとメリザンド」、キーツの「エンディミオン」、ハウプトマン「沈んだ鐘」、ベルトラン「夜のガスパール」。でも市内の図書館にはどれもないし! ネット書店を調べても絶版本ばかりー。ただ、この本にも「ペレアスとメリザンド」のあらすじは載っていました。そしてどこにも「水の精」だなんて書かれていないメリザンドなのに、なぜ「水」を連想させるのかにもすごく納得。彼女は水そのものだったのか!

この本は同じタイトルのCD「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」と同時発売だったそうです。CDに収められているのは、以下の11曲。同時に記念リサイタルも開かれたのだそう。
 「エステ荘の噴水」リスト
 「水の戯れ」ラヴェル
 「水の反映(映像第1集)」ドビュッシー
 「オンディーヌ(夜のガスパール)」ラヴェル
 「オンディーヌ(プレリュード第2集)」ドビュッシー
 「バラード第2番op.38」ショパン
 「バラード第3番op.47」ショパン
 「ローレライ(歌の本)」リスト
 「波を渡るパオラの聖フランチェスコ(伝説)」リスト
 「バルカロール(サロン小品集)」ラフマニノフ
 「シチリアーナ(ペレアスとメリザンド)」フォーレ

本の最終章には、このCDに収録した曲にまつわるエピソードも多数紹介されていて、そちらも興味深かったです。たとえば「水の戯れ」のラヴェルと「水の反映」のドビュッシーの「水」の表現の違い。

ラヴェルがほんの一瞬かすめるようにしか使わなかった全音音階(すべての音が全音関係にある)を、ドビュッシーはよどんだ水を表現するために頻繁に使う。同じように左右の手のすばやい交替でかきならされるアルペジオのパッセージを、ラヴェルは透明感のある長七で、ドビュッシーは不気味な全音音階のひびきで書いているのは象徴的だ。もし、彼らの水を飲めといわれたら、ラヴェルの水は飲めるけれども、ドビュッシーの水は、あおみどろが浮かんでいたりして、あまり飲みたくない、そんな気がしないだろうか?

ドビュッシーの水は、あおみどろ入りですか?!(笑)
こちらのCDも合わせて聞きましたが、本当に水・水・水ばかり。水の揺らめきや煌きがたっぷりで美しかったです。(いや、時にはあおみどろも入ってるんですけど・笑) 青柳いづみこさんのピアノ、好きだわ~。(みすず書房)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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本当は「窯変」を読み終えてから読もうと思っていた「源氏供養」。我慢できなくて読んでしまいましたー。先日読んだ10巻で源氏の君も亡くなったし、まあいいかなと思って。いや、「窯変」を読んでいると、ものすごく「あとがき」が読みたくなるんです。でも「窯変」に「あとがき」はなくて、あるのは裏表紙の著者の一言だけ。まあ、それはそれでいいとは思うんですよ。白い表紙にフランス映画のワンシーンのような写真、そして各帖の冒頭には1行の言葉とそのフランス語訳があるようなこの本には! でもやっぱり「窯変」の後ろにあるものが色々と知りたくなってしまうんですね。

そして、あとがきを読みたくなるということは、やっぱり「窯変源氏物語」が生まれるきっかけについても知りたかったんだと思うんですけど、この「源氏供養」を読んでみると、「窯変」が生まれた背景には、どうやら瀬戸内寂聴さんの「女人源氏物語」があったようです。

"瀬戸内源氏"では、光源氏という男性を中心にして、それを取り囲む同士年のように語り手の女性達がいます。それぞれに光源氏との距離を取ってぐるりと取り巻くこの構造を見た時、「そうか、源氏物語がなんだかもう一つピンと来なかったのは、光源氏という男がどういう男かさっぱり分からなかったからなんだ!」と私は思いました。

「源氏物語の中で、光源氏は"空洞"として存在している」と。「だったら自分がその空洞の中に入っちゃえ」と、愚かにして無謀なことを考えたのは、この私です。

なるほどー。そういうことだったのか。

「源氏物語」という作品の性格上、この本でも男女の関係を見ていく部分がとても多いんですが(特に下巻はほとんどそれだけかも)、私が面白く読んだのは、源氏物語の中の対句的表現や図象学的解釈。紫式部は漢文学者の娘だっただけあって、「源氏物語」には漢詩的なレトリックが色々と潜んでいるみたい。あとは当時の風俗・習慣その他諸々の解説。身分のことや住まいの場所に関する説明も勉強になったし、桐壺帝の年齢設定とか、弘徽殿の大后を唐代の武則天になぞらえているのも面白かったし。あと「窯変」を書くために、和歌を改変したり、新たに和歌や漢詩、手紙を創作したという部分も興味深いです。やっぱりそうだったのかあ。
本編の「窯変」ほどの密度じゃないし、さらさらと読み流してしまえるような本だったんですけど、「窯変」を踏まえて読むにはやっぱり面白かった。それにあとがきに、源氏物語を映画にしたいと考え「文字による源氏物語の映画化」をしてしまったという言葉があって、これにとっても納得しました。うん、確かに「窯変」ってそういう作品ですよね。
ということで、11巻以降を読むのも楽しみです♪(中公文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「源氏供養」上下 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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イギリスを理解する上で無視することができないのが「階級」という概念。その中でも一括りにされがちな「ミドル・クラス」は実は「アッパー」「ミドル」「ロウアー」という区分に分かれており、その中でも「ロウアー・ミドル・クラス」は、イギリス人の階級に関するこだわりがはっきりと現れる部分。しかしそれらの区分にこだわること自体がスノッブと思われがちなため、敢えて言葉に出したがらないイギリス人も多いのです。そんなロウアー・ミドル・クラスを中心に、イギリスの人々やイギリスの文学を改めて考えていく本。

以前読んだ「不機嫌なメアリー・ポピンズ」もすごく面白かったんですけど、こちらも面白かったです。やっぱりこういう知識は、イギリス文学を読む上では必須ですね。知ってるのと知らないのとでは、もう全然理解度が違ってしまうんですもん。大学の英文科だって、こんなこと教えてくれないし!

そしてイギリスの階級で一番厳しい視線にさらされてるのが、ロウアー・ミドル・クラスということらしいです。上流階級からそういう目で見られるならともかく、同じミドルクラスの中にいるはずの人たちから笑いものにされて、はっきりと線引きされてしまうとは...。
その原因は、まずロウアー・ミドル・クラスの人々の強い上昇志向。中身が伴ってないのに外見的なことだけ上の階級の人たちの真似をすることが「分をわきまえない」と嘲笑されるんですね。そしてこのクラスの人たちが上の真似をして身に着けた生活習慣や趣味、言葉遣いが逆に「ロウアー・ミドル・クラスっぽい」と揶揄されることに...。確かに、無理にお上品ぶる人たちに白い目が向けられるというのは分かる気がするし、それだけならそれほど問題もないはず。でもここで問題なのは、ロウアー・ミドル・クラスの人たちが上のクラスの真似をするのは、必ずしも自分たちの上昇志向のためだけではないということ。たとえば高級商店の店員だったり教師だったりとアッパー・ミドル・クラスと直に接する仕事についていることの多い彼らは、その場に相応しい服装や言葉遣いを求められるというんです。しかも限られた収入の中でやりくりしなくちゃいけないっていうんですから! それで嘲笑されてたら、それはちょっとお気の毒。でもどうやらそういう状況が斟酌されることはないみたい。素朴なワーキング・クラスの方がロウアー・ミドル・クラスよりも魅力的とされているっていうんだから、びっくりです。

そうか、ジェローム・K・ジェロームの「ボートの三人男」は、ロウアー・ミドル・クラスの小説だったのか。ジョージ・ギッシングもロウアー・ミドル・クラスの作家なら、P.G. ウッドハウスの「ジーヴス」も、ロウアー・ミドル・クラスの執事。(カズオ・イシグロの「日の名残り」の執事のモデルはジーヴスなんですって)「タイムマシン」などSF作品で有名なH.G.ウェルズが実はロウアー・ミドル・クラスの小説を沢山書いてたなんていうのもびっくりでした。(中公新書)


+既読の新井潤美作品の感想+
「不機嫌なメアリー・ポピンズ」新井潤美
「階級にとりつかれた人々」新井潤美

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先日吉岡幸雄さんの「日本の色辞典」(感想)を読んだ時に、改めて読みたいと思っていた「源氏物語」。古典中の古典だけあって、本当にいろんな方が書いてらっしゃるんですよね。私も漫画を含めていくつか手にしたことはあるんですが、最後まで読んだものがあるかどうか...。改めて調べてみると色んなのがあって、どの版にするか迷ってしまいましたよー。今回読みたいなと思ったのは、翻案作品ではなくなるべく原典に近いもの。となると与謝野晶子訳か谷崎潤一郎訳か... はたまた円地文子訳というのも気になるし、玉上琢彌訳というのはどうなんだろう? 一番みやびな日本語になってるのは谷崎潤一郎訳かもしれないな... でも歌人の与謝野晶子の訳というのも捨てがたいし... 円地文子も評判いいみたいだし... などなど激しく迷いつつ、結局与謝野晶子訳を選んでみました。

結果的に、与謝野晶子訳はとても読みやすかったです。昭和13年の現代語訳だから適度に風情もありますしね。和歌の解釈がないんですけど、これも雰囲気で読めちゃう。でも源氏が生きている間の話は面白く読んだんですが、「宇治十帖」に入ってからは集中力が途切れてしまって... ちょっと斜め読みになっちゃいました。(^^ゞ
そして「まろ、ん?」は「大掴源氏物語」という副題の通りの本。源氏物語のそれぞれの1帖を長いものも短いものも見開き2ページの8コマ漫画にしてしまっていて、これ1冊で源氏物語の概要が分かってしまうというスゴイ本です。(笑) これは以前にも読んでいるので再読。
源氏系は栗顔(まろ→まろん→栗)、頭中将系は豆顔になってるので人間関係も掴みやすいし、登場人物系図や主な官位表もその都度登場するので、ほんと分かりやすいんです。それに小泉吉宏さん、概略を書くのが上手いし~。与謝野晶子訳を読みながら自分がちゃんと理解できてるか、こちらの本で復習しつつ読んだのでした。

「まろ、ん?」で一番「おおっ」と思うのはこの部分。

秘め事が知れたら恋人や妻を苦しめるというのに それを告白することが誠実なことだと思っている人がいる。だがそれは自分の罪悪感から解放されたいと思っているだけだ。つまり甘えているだけである。

こういうところを読むと、そうだ「ブッタとシッタカブッタ」やなんかを書いてる人だったんだわーって改めて思い出します。(笑)

今度は谷崎源氏を読んでみたいな。(角川ソフィア文庫、幻冬舎)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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