Catégories:“文学・作家研究”

Catégories: /

 [amazon]
たったの一言口をきいただけで、出身階級が分かってしまうというイギリス英語。そして外見について何らかの評価を下す以前に、その人間の属する階級を無意識のうちに考えてしまうというイギリス人。文学作品を読めば、登場人物の住んでいる場所や読む新聞、食べる物、言葉遣い、仕事や学歴などの情報から階級がはっきり読み取れるようになっているといいます。なので文学をテレビや映画など他の媒体に移す時は、階級とアクセントが切っても切り離せない問題。イギリスの階級にはアッパークラス、ミドル・クラス、ワーキング・クラスという大きな分け方がありますが、この本では特にミドル・クラスを「アッパー・ミドル」「ミドル・ミドル」「ロウアー・ミドル」と分けて、その観点からイギリスの文学や映画を論じていきます。

いやあ、面白かった! 著者の新井潤美さんは小学校時代からもっぱら海外で教育を受けた方のようで、イギリスのアッパー・ミドル・クラスやロウアー・ミドル・クラスの寄宿学校も経験されてるんですよね。イギリスの階級を肌で感じる生活を送ってきた方だけに、具体的な例を挙げての説明にはとてもリアリティがありました。私もイギリス人作家の作品は今までも結構読んでますが、細かい階級について知らずに読んでいた部分が多かったので、ものすごく勉強になりましたー。しかも最近、ジェイン・オースティンの作品を何作か立て続けに読んだところでしたしね。それらの作品で一貫して描かれているアッパー・ミドル・クラスの人々や、同じ階級内でも微妙な上下関係とやそのこだわりぶりがとても良く理解できて面白かったです。なんで「エマ」で、主人公のエマが私生児のハリエットをそれほど引き立てていたかも分かったし、そもそもなんでそういう設定が使われていたかも分かったし。
それにそういった作品に出てくる住み込みの女性家庭教師(ガヴァネス)、メアリー・ポピンズみたいな乳母(ナニー)、そして「レベッカ」の主人公がしていたようなコンパニオンの話もすごく面白かったです。「ガヴァネス」は良家の子女を教育する仕事。「コンパニオン」は裕福な独身女性や未亡人の身の回りの世話をしたり、話し相手になるという仕事。通常、アッパー・ミドル・クラスかそれ以上の階級の独身女性が、家の事情などによってやむを得ずつく仕事で、普通の使用人よりも一段上の存在なのだそうです。それに対して、両親の代わりに子供を躾ける「ナニー」はワーキング・クラスやロウアー・ミドル・クラス出身者が一般的で、自分自身が教わったこともないマナーや話し方を仕込まなければならなかったのだそう。映画の「メアリー・ポピンズ」では、メアリー・ポピンズがやけに優しくて愛想が良くて違和感だったんですけど、やっぱり本のつっけんどんなメアリー・ポピンズこそが典型的な「古き良きナニー」だったんですねっ。
どの章もそれぞれに面白くて、ここには書ききれないぐらい。この本の中では、文学作品だけでなくて、そこから映画化された作品のことも例に挙げて、その階級へのこだわりがどんな風に反映されているか(あるいはされていないか)なんていう考察もあって、本好きさんだけでなく、映画好きの方にも楽しめる1冊なのではないかと♪

取り上げられている文学作品
I.ラヴ・コメディ今昔...
  「エマ」(ジェイン・オースティン)、「ブリジット・ジョーンズの日記」(ヘレン・フィールディング)(オースティン「高慢と偏見」も)
II.働く女たち...
  「ジェイン・エア」(シャーロッテ・ブロンテ)、「メアリー・ポピンズ」(P.L.トラヴァース)、「レベッカ」(ダフネ・デュ・モーリア)
III.階級と男たち...
  「大いなる遺産」(チャールズ・ディケンズ)、「眺めのいい部屋」(E.M.フォースター)、「コレクター」(ジョン・ファウルズ)
IV.イギリス人が異世界を描けば...
  「タイム・マシン」(H.G.ウェルズ)、「時計じかけのオレンジ」(アントニー・バージェス)、「ハリー・ポッター」(J.K.ローリング)
V.マイノリティたちのイギリス...
  「日の名残り」(カズオ・イシグロ)、「郊外のブッダ」(ハニーフ・クレイシ)

これらの作品を元にして作られた映画も併せて取り上げられています。(平凡社新書)


+既読の新井潤美作品の感想+
「不機嫌なメアリー・ポピンズ」新井潤美
「階級にとりつかれた人々」新井潤美

| | commentaire(4) | trackback(1)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
ヒンドゥー教の代表的な聖典と言われる「バガヴァット・ギーター」は、「マハーバーラタ」の中に収められている神の歌。「マハーバーラタ」の第6巻に収められていて、宗教上特に重視されている箇所なのだそう。先日読んだ「ナラ王物語」は、確か「マハーバーラタ」の3巻辺りだったはず... 全18巻の「マハーバーラタ」をちょっとずつ切り崩す計画は着々と進行中です。(笑)
...とは言ってもこの「バガヴァッド・ギーター」、私はつい最近まで知らなかったのです。知ったのは、前回のたら本41回「私家版・ポケットの名言」で、AZ::Blog はんなりとあずき色のoverQさんが挙げてらしたから。(記事) 挙げてらした文章がかっこ良かったから。(そういう理由か!)

万物の夜において、自己を制する聖者は目覚める。万物が目覚める時、それは見つつある聖者の夜である。

ねね、かっこいいでしょう?
で、岩波文庫からその名もずばりの訳本が出てるんですけど、難しそうなので、上村勝彦さんの解説本を一緒に読むことにしたんですが... やっぱり難しかった。ちょっと気が緩むと文字を目が追ってるだけの状態になってしまうので、何度も繰り返して読んでしまいましたよ。

ええと、ものすごく簡単に言うと、「マハーバーラタ」とはバラタ王族の歴史を描いた叙事詩。そしてその中の「バガヴァッド・ギーター」は、内部分裂によって王族同士の戦争となってしまった時に、親族や師や友人を殺してまで勝っても虚しい... とやる気を失ってしまったアルジュナ王子に、クリシュナ神の生まれ変わりの人物が「それは違う」と諭す物語なんです。
面白いところがいくつか。たとえばヒンドゥー教では苦行を全然オススメしてないところとか。「バガヴァッド・ギーター」では、食事の面でも睡眠の面でも調和の取れた生活をして、心身共に健康を保つことがとても大切なんだそうです。どうも心身をいじめて極限状態にしてそれに耐えるというイメージがあったので、ちょっと意外でした。インドの行者といえば、大抵ガリガリに痩せているからでしょうか。(という絵が多いのかも) 滅多に人のしない苦行なんかをすると周囲にもてはやされるし、どうしてもそれを自慢に思う気持ちが出てきてしまいがちなので、逆効果なのだそう。釈尊自身、激しい苦行をした後でそれが無益だと気づいて、苦行を捨てたそうですしね。瞑想に入って悟りを開いたのはその後。それと、ヒンドゥー教ではあんまり早く修行を始めるのも推奨されていないということ。まずは勉学に励み、結婚して家長としての義務を果たし、孫ができる頃に森林に隠遁して、最後に聖地巡礼をして死ぬ、というのが理想なんだそうです。

そして上に引用した文は、第2章の文章。文字通りでいけば、「万物が眠っているとき聖者は目覚め、万物が目覚めているとき聖者は眠る」という意味だそうですが... 愚者は目や耳といった感覚器官によって対象を認識するし、その感覚に執着するけれど、聖者はそういった感覚を制御して、非常に静寂な瞑想状態の中で真理を知ろうとする、すなわち愚者と聖者の行動は正反対である、ということを暗示しているのだそうです。やっぱり難しーい。でも、面白かったです。(岩波文庫・ちくま学芸文庫)


+インド神話関連作品の感想+
「屍鬼二十五話 インド伝奇集」ソーマデーヴァ
「ラーマーヤナ」上下 ヴァールミーキ
「インド神話 マハーバーラタの神々」上村勝彦
「ラーマーヤナ」ヴァールミーキ
「マハーバーラタ ナラ王物語 ダマヤンティー姫の数奇な生涯」
「バガヴァッド・ギーター」「バガヴァッド・ギーターの世界」上村勝彦

| | commentaire(0) | trackback(0)
«  1  |  2  |  3  |  4  | All pages

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2008-2009 四季. All rights reserved.