Catégories:“文学・作家研究”

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アーシュラ・K・ル=グウィンによる、ファンタジー・SF論。各地で行われた講演会やエッセイのために書かれた原稿を集めたものです。「夜の言葉」というタイトルは、「わたしたちは、人間は昼の光のなかで生きていると思いがちなものですが、世界の半分は常に闇のなかにあり、そしてファンタジーは詩と同様、夜の言葉を語るものなのです」という言葉からきたものなのだそう。

ル=グウィンの本は「ゲド戦記」以外あまり読んでいないし、SFに苦手意識を持つ私は、傑作と名高い「闇の左手」も今ひとつだったんですが、この本はとても面白かったです。でもファンタジーやSFファンにとっても、すごく興味深く読める本だと思うんですけど、どちらかといえば創作をする人にとって勉強になる本なのかも。
その創作という意味で一番印象に残ったのは、ファンタジー作品の持つべき文体に関して語っている「エルフランドからポキープシへ」という章。ほんの数箇所の言葉を変えるだけで、エルフランドの話のはずがワシントンDCを舞台にした現代小説に変わってしまう例や、E.R.エディスン、ケネス・モリス、J.R.R.トールキンの3人の文を例に出しての話で、この辺りは本当は原文で読まなくちゃきちんと理解できないだろうと思うんですが、すごく興味深かったです。あと、フリッツ・ライバーとロジャー・ゼラズニイの2人が口語体のアメリカ英語と古文体を場面に応じて使い分けてるとした上で、こんなことを書いていました。

シェイクスピアに深く精通し、きわめて広範なテクニックを展開しているライバーが、いかなるものであれ、雄弁にして優美なる一定の調子を保ちつづけられないはずがないのは百パーセント確かだというのに。ときどきわたしは考えこんでしまいます。この二人の作家は自らの才能を過小評価しているのではないか、自身に対する自信を欠いているのではないか、と。あるいは、ファンタジーがシリアスに取り上げられることがほとんどないこの国のこの特異な時代状況が原因で、二人ともファンタジーを真面目に考えることを恐れているのかもしれない。

確かにフリッツ・ライバーの作品の訳は時と場合に応じて変わっていたような覚えがありますが... 日本語訳だけしか読んでないとそんな風にすごい人だとは、なかなか分からないわけで。そうだったのか。ちょっとびっくり。
あとは、「善」と「悪」の二勢力の単純な対立と思われがちな「指輪物語」において、たとえばエルフにはオークが、アラゴルンには黒い騎手が、ガンダルフにはサルーマンが、フロドにはゴクリが、というように輝かしく見える人物もそれぞれに黒い影を伴っているという話は、「ゲド戦記」の第1巻を思い起こさせて興味深かったし、他にも色々と「ほおお」と思う部分がありました。この場ではちょっとまとめにくいんですけどね。(岩波現代文庫)


+既読のアーシュラ・K・ル=グウィン作品の感想+
「闇の左手」アーシュラ・K・ル・グイン
「ゲド戦記」アーシュラ・K・ル=グイン
「夜の言葉」アーシュラ・K・ル=グウィン

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みなみらんぼう、桂宥子、猪熊葉子、井村君江、鷲津名都江、森省二、上野瞭、小原信、横川寿美子、田中貴子、吉田新一、松田司郎という、児童文学やファンタジーに造詣の深い12人によるファンタジー論。タイトルに「大学」なんてついてますが、堅苦しいものではなくて、むしろ一般向けの特別講習みたいな感じですね。

色々面白い話があったんですけど、その中で「へええ」と思ったのは、横川寿美子さんの「アヴォンリーという名のファンタジーランド 赤毛のアンの世界」。全体の要旨は「赤毛のアン」の物語の中の「ほっとした気分になれる」要素とは何かという、私としてはそれほど興味を引かれないものだったんですが、アヴォンリーという場所の特異性が指摘されてたのが面白かったです。「赤毛のアン」といえば、そこから派生してプリンスエドワード島の写真集なんかも出てることからも分かるように、いつか行ってみたいと思う人がすごく多い場所。アンは色んな場所を見ては感激して、自分だけの呼び名をつけているし、とても美しい場所だというイメージがあります。でもアヴォンリーではあれだけ景色の描写が念入りにされているのに、物語の冒頭はそうでもないんですよね。マシュウがアンを迎えに行った駅とか、そこから馬車に乗って眺めた景色とか、そういうのは全然描かれていないんです。
どこからあの描写が始まるかといえば、それは「歓喜の白い路」のりんごの並木道から。横川寿美子さんいわく、赤毛のアンの世界では、ここが外界とアヴォンリーを結ぶトンネルとなっていて、アヴォンリーはファンタジーランドの性質をそっくり持った異界となっているのだそうです。ファンタジーランドなのは、アヴォンリーを中心にせいぜい5マイル程度。時にはその外の世界へと出かけることはあるけれど、外に出てしまうとやっぱりまた描写がなくなってしまうのだとか。...そうなんですか! 最初に駅に着いてから途中までの描写が全然ないのは気づいてたし、アヴォンリーに着いた時のアンの感激を際立たせるためかなあ、なんてぼんやり思ってたんですけど、なんとアヴォンリーがファンタジーランドだったとは。これは今まで考えもしませんでしたが、あり得る話ですね。面白いなあ。

そのほかの論も、トールキンやルイス・キャロル、マザーグースやマッチ売りの少女、ピーター・パン、星の王子さま、宮澤賢治など、誰もが知ってるような身近な作家や作品を取り上げていて、なかなか面白かったです。(DHC)

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日常&読んだ本logのつなさんが読んでらして、気になった本。(記事) 宮澤賢治作品といえば、本当に有名どころしか読んでないのに大丈夫かしら、という心配もあったんですが、結果的には全然問題ありませんでしたー。良かった。知らない本が沢山出てくると「読みたい、でも読めない」で妙に苦くなることがあるんですけど、この本はそれほど作品を知らないながらもとても楽しめたし、穏やかに「ああ、また今度改めて読んでみよう」という感じ。もちろん、紹介されてる本が読みたくてうずうずするようなのもいいんですけどねー。今の私の気分にはちょっとツラいので。で、この本の表紙を見た時に「迷宮レストラン」(感想)を思い出したんですけど、数々の料理が鮮やかな写真で紹介されていた「迷宮レストラン」(とても綺麗でした!)とは一味違って、こちらは表紙と同じ出口雄大さんの挿画がとても柔らかくて、これも素敵でした。
後に菜食主義で粗食になってしまう宮澤賢治ですが、意外とハイカラで贅沢で新し物好きだったんですね。育ったおうちもなかなか裕福だったようですし。言われてみたら、確かに裕福な生活を知らなければ書けないような部分も多かったなあと思うんですが、実際には「雨ニモマケズ」のイメージが強いのでちょっとびっくりでした。生前には作品は全然売れなかったと聞いてましたしね。今は当たり前のようにあっても、当時はきっと贅沢だったりハイカラだったりしたんだろうなあというものや、その頃の日本人はあまり好まなかったという食べ物がいっぱい登場します。食に対する冒険心があった人なんですね。例えば「ビフテキ」「サンドヰッチ」といった言葉からも、そんなハイカラな雰囲気が伝わってきますね。そして忘れちゃいけないのは、幻想的な食べ物や飲み物。「チュウリップの光の酒」、飲んでみたーい。

そしてこの本を読んでいて一番読みたくなった宮沢賢治作品は、「十力の金剛石」。角川文庫版「銀河鉄道の夜」に入ってたので、これだけは読んでみました。これは、王子が大臣の子と虹を追いかけるうちに一面の宝石の世界に迷い込む話。ここではトパァズやサファイアやダイアモンドの雨が降り、野原には天河石(アマゾンストン)の花に硅孔雀石(クリソコラ)の葉を持つりんどう、猫睛石(キャッツアイ)の草穂、かすかな虹を含む乳色の蛋白石のうめばちそう、碧玉の葉に紫水晶の蕾を持つとうやく。琥珀や霰石(アラゴナイト)の枝に真っ赤なルビーの実を持つ野ばら。それだけ美しい場所なのに、草も花も「十力の金剛石」がまだ来ないので「かなしい」と歌うんですね。みんなが待ち望む「十力の金剛石」とは一体何なのか...
宝石の場面もワクワクしますし(漢字で書く宝石名が、また好みなんです♪)、その後の優しい情景もとても素敵です。(平凡社・角川文庫)


+既読の宮澤賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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amazonの本の紹介によると、
「指輪物語」「ゲド戦記」「ナルニア国ものがたり」。子どもたちを、そして今や大人たちをも惹きつけてやまない、魔法ファンタジーの不思議な魅力の秘密を解きほぐしていく。伝承の世界にその系譜を探り、細部のリアリティにその力を見出し、さらにそこには危険な罠すらひそんでいることも明らかにする、本格的な案内の書。
とのこと。脇明子さんの訳してらっしゃるファンタジー作品を何冊か読んでいるので、手に取ってみたんですが...

書かれていることに頷ける部分もあるし、「ゲド戦記」や「指輪物語」「ナルニア」についても興味深いことが書かれていたのに、しかもせっかくケルト神話やアーサー王にも触れられていたのに、なんかカチンと来てしまって、あまり楽しめなかったです...
なんだか上から目線の決めつけが多いように感じてしまったんですよね。例えば、ライトノベルやゲーム、アニメを十把一絡げに切り捨ててみたり。「ご都合主義のライトノベルの類が、読むに値しない本であることはかんたんに説明できる」とかね。いや、ライトノベルにご都合主義の作品は多いのかもしれないし、批判するのはいいんです。でもね、この方は、本当にライトノベルを読まれたことがあるのかしら? 1冊や2冊手に取ってみただけで、他の人から話を聞いただけで、全体を批判してしまってるのでは? そんな印象を受けました。私もあまり詳しくないですけど、私自身が読んだいわゆるライトノベルと呼ばれるレーベルの作品は、ご都合主義の作品ばかりじゃなかったですよ! 確かに一部を見て全体が分かることだってあるけれど、この方の場合は、一部から全体像を決め付けすぎのように感じられてしまいます... それもきっと、上から目線だからなんだろうな。主観的な意見が、既成事実であるかのように書かれているのも気になるし。
そしてもう1つ。「読むに値するファンタジー」の話は沢山出てくるんですけど、そうでない作品、脇明子さんが「とうていいいとは思えないようなファンタジー作品」とは何なのかというのが書かれていないところも疑問。これはきちんと書いて欲しかった。なぜ「具体的に作品名を挙げるわけにはいかない」のか私には理解できなかったし、具体的な作品名がない限り、読者が自分でその作品のことを改めて考えることもできないわけじゃないですか。具体的な作品名を挙げることによって様々な問題も出てきてしまうのかもしれないけど、ここまで書いておいて、それは中途半端ですってば。そういう部分が抜けてるから、この本全体が上っ面だけのことに見えてきてしまうのではないかしら。なんて思いました。エンデの「魔法のカクテル」とダールの「チョコレート工場の秘密」についての否定的な意見は、きちんと書かれてたんですけどね。

ただ、これだけは絶対的に同意できるというのがありました。それは、「ナルニア」は全7巻を一気に読むのではなく、1冊ずつじっくりと読み返して、馴染んでから次に進んだ方がいいということ。「たとえ最後で裏切られたように感じても、それまでにゆっくりと育ててきた愛情が色褪せてしまうことはなかっただろう」というのは、まさにその通りだと思いますね。そういう意味でも、子供の間に読んだ方が幸せな本の1つだと思います。...でもだからって、「ナルニア」のこの激しいネタバレは許されないですけどね! 「ナルニア」を最後まで読んでない方は、読まない方が身のためです。(岩波新書)

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世界中で愛されているイギリスの伝説上の義賊・ロビン・フッド。そのロビン・フッドがまず現れたのは、イギリス中世のバラッドでのこと。その後、ルネサンス演劇に登場し、近代のバラッドに歌われ、音楽劇やパントマイムとなり、詩や小説に描かれ、児童文学となり、何度も映画化されています。最初はヨーマン(自作農)出身のアウトローとして描かれていたロビン・フッドが、16世紀後半には「ハンティンドン伯爵」の仮の姿とされるなど、徐々にその姿を変容させていくことに注目し、様々な媒体の中に登場するロビン・フッドの姿を追っていく本です。

私が最初に読んだロビン・フッド物は、ハワード・パイルの「ロビン・フッドのゆかいな冒険」。これにはマリアンは登場しないので、マリアンが初めて登場したのはルネサンス以降だと聞いても、「へー、そうだったのか」程度。こういう作品で、時代が進むに連れてだんだんメンバーが豪華になっていくのはよくある話ですものね。でも、最初は庶民中の庶民として描かれていたロビン・フッドが、いつしか「実は伯爵だった」みたいな描かれ方をするようになったというのは、正直あまり嬉しくないかも...。ロビン・フッドは、やっぱり陽気で楽しくて、誰にも負けないぐらい強くって(時々負けるけど)ってところがいいんです。上品な貴族になっちゃったロビン・フッドなんて見たくなーい。
とまあ、知らなくても良かった部分を知ってしまったこともあり、えーと、私はロビン・フッドの何を知りたいと思ってたんだっけ。と、読後ちょっと考え込んでしまいました... 全体的な掘り下げ方も物足りなかったし、私としては読む必要がない本だったかも。とはいえ、ロビン・フッド関連の作品がものすごく沢山紹介されているので、その面ではとっても参考になりました。(岩波新書)

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先日「アーサー王の剣」を読んだ時に、日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。エロール・ル・カインの画集とされていますが、むしろムックと言った方が相応しいと思います。エロール・ル・カインの紹介と共に絵が沢山収録されていて、未訳の絵本の絵も見られるのが嬉しいところ。時には純粋に西洋風だったり、時には東洋風のエキゾチシズムたっぷりだったり、その絵柄は自由自在。日本的な絵も描いてるんですよー。日本では出されてないんですが、「竹取物語」にはもうびっくり。まさに日本で描かれた絵本に見えます。まるで弁慶みたいな男性が欄干を上ろうとしている絵なんかもありました。(笑) 中国のお話の絵本は、もう中国の絵としか言いようがないし...。タッチも色使いもまさに、です。シンガポールで生まれ、インドに育ち、その後英国に渡ることになったというエロール・ル・カインの中には、あまり芸術的な国境は存在しなかったのかもしれないですね。
ヨーロッパ的色調の濃いハリウッド映画を見て育ち、そこから様々な影響を受けたというエロール・ル・カイン。「ニールセンやデュラック、ピアズリーの作品を初めて見たとき、それに影響されるというより僕はこう感じました。これは僕の世界だ。前から知っていた世界だと。」「僕はいいところだけをかすめとるカササギみたいなものです」という言葉が印象的でした。その構図の上手さも映画仕込みなのでしょうか。どの作品にも濃やかな気配りがされていて、文章以上に絵の方が雄弁だと言えそうなほどなのがすごいです。しかもこのユーモアセンス、好き♪

折りたたみ部分に並べたのは、今回一緒に読んだ絵本。これだけ画像を並べると壮観~。「サー・オルフェオ」と「キューピッドとプシケー」だけは神話絡みなので独立した記事にしましたが、この辺りも民間伝承がメインですね。「キャベツ姫」だけは、文章も絵もエロール・ル・カイン。
今まで読んだ絵本の中で、私が一番好きなのは「おどる12人のおひめさま」! これはグリム童話です。この話は子供の頃から好きだったんですけど、エロール・ル・カインの絵がまたとても素敵なんです。どれか1冊だけ手元に置いておく絵本を選ぶとしたら、私はこの本を選ぶなあ。あ、でも「キューピッドとプシケー」も素敵だし... どれも捨てがたいですけどね。(ほるぷ出版)


+エロール・ル・カイン作品の感想+
「アーサー王の剣」エロール・ル・カイン
「サー・オルフェオ」アンシア・デイビス再話 エロール・ル・カイン絵
「キューピッドとプシケー」エロール・ル・カイン
「イメージの魔術師 エロール・ル・カイン」
 

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ファンタジー小説を書いていると、しばしばぶつけられる「ファンタジーって、何...?」という素朴な疑問。小説家としてデビューして10年経ち、ひかわ玲子さんご自身の問いでもあったという、ファンタジーとは何なのかについて考えていく本です。豊田有恒、金蓮花、小沢淳、前田珠子各氏との対談も。

ひかわ玲子さんといえば、実は漫画家さんなのかと思い込んでたんです。でもプロフィールを見ると、「翻訳家を経て小説家としてデビュー」とあるだけで、漫画に関しては全然。じゃあ「花とゆめ」に描いてらっしゃるあの人は...? と思っていたら、どうやらそれは「ひかわきょうこ」さんだったようで... とほほ。(なんて失礼なヤツだ)
そんな私がなぜこの本を手に取ったかといえば、まず石堂藍さんの「ファンタジーブックガイド」(私のバイブル)に取り上げられていたから。それと今度、ひかわ玲子さんが書いてらっしゃる「アーサー王宮廷物語」を読んでみようと思っているから。

小説というものは全般に架空の出来事を書いているという意味でファンタジーとも言えるんですが、ここで取り上げているのは、ファンタジーと呼ばれるジャンル。ファンタジーと一言で言っても異世界物だったり、架空の歴史だったり、日常の中の不思議だったり色々あるんですが、ここでは特に異世界ファンタジーについて。(ひかわ玲子さんの中では「ファンタジー」といえばまず異世界物なのかな?)
「ファンタジーなんて、神話や伝説を集めてくれば、すぐにできる」なんて言葉に苦笑させられることも多いんだそうですが、ひかわさんは逆に世界そのものが架空だからこそ、中身が絵空事になっては駄目なんだと書いています。例えば渋谷の街を舞台にした話なら、たとえそれが絵空事でも、渋谷という実在の街のリアリティに頼ることができるけれど、ファンタジーで架空の世界を描く場合、舞台も架空なら描いている事柄も架空の出来事。そこに息を吹き込むのは、実はとても大変なこと。
そして、日本人なのになぜ金髪碧眼の白人の話を書くのかという質問もよく受けるそうなんですが、それはファンタジーにとって異国趣味(エキゾチシズム)が非常に大切だから、なのだそうです。日常とは切り離された世界だからこそ、想像力が広がるってことですね。海外のSFやファンタジーで黒髪の美女が登場するのも、それと同じことなんだそうで... へええ、そうなのか。
でもいくら金髪碧眼の白人が動き回っていても、日本人であるひかわ玲子さんの中から生まれてきた作品である以上、それは欧米で生まれたファンタジーとは本質的に違うもの。書き手の生まれ育った文化・風俗・社会が現れていて、キリスト教世界ではあり得ない日本人的世界になってるんだそうです。逆にそれが現れていなければ、絵空事で終わってしまっている、とも。確かにトールキンの「指輪物語」はとても大英帝国って感じだし、アメリカのファンタジーはどれもアメリカ的ですものね。あまり考えたことがなかったんですが、たとえ西欧的な世界を舞台にはしていても、日本人の書くファンタジーは日本人にしか書けない作品なのかも。
対談もそれぞれに面白かったし、ファンタジーについて色々新しい面が見られたし、これはひかわさんのアーサー王物が楽しみになってきました。早く読みたいな~。(東京書籍)


+既読のひかわ玲子作品の感想+
「ひかわ玲子のファンタジー私説」ひかわ玲子
「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」ひかわ玲子
「イスの姫君」ひかわ玲子

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