Catégories:“ファンタジー(翻訳)”

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中国昔話大集の3冊目。今回は百物語形式で、短い物語が99話収められています。
1つだけご紹介しますね。21話「虎皮」。オチまで書いてしまってるので、この先は興味のある方だけご覧下さい。(最後の最後のオチだけは反転しないと読めないようにしてますが)


中国のこういった志怪小説には、動物の精や幽鬼の女性が登場することが多いんですけど、この話に登場するのは虎。旅をしていた男性がある宿に泊まると、突然虎が現れるんです。その男性が物陰に身を潜めていると、虎はするっと虎の皮を脱いで美しい娘になっちゃう。びっくりした男性が出てきて娘にわけを尋ねると、家が貧しくて結婚相手が見つからないから、夫になってくれる人を探してるのだという答。相手が美しい娘なものだから、男性は「じゃあ結婚しよう」ってことになります。で、虎の皮を枯れ井戸に投げ捨てちゃう。
ここまではいいんですが...
数年後、2人はまたこの宿に泊まることになるんですね。今度は息子も一緒に。で、枯れ井戸をふと覗いてみると、昔捨てた虎の皮がまだ残ってるんです。そして「お前が着ていた皮がまだあるよ」「まあ、懐かしい。せっかくだから拾ってきて下さいな」「ちょっと着てみますわ」なんて会話があるんですが...
この奥さん、虎の皮を着た途端、虎に戻ってしまいます。そこまでは予想通り。でも...
夫と息子に「躍りかかってその体を食らい尽くすと、いずこへか姿を消した」(←反転してください)

ひえーっ。そうくるか!
いや、ここまで来たら、こうなるしかないかも知れませんが... 中国物は結構読んできましたが、このパターンはちょっと珍しいかも。いやいや、やっぱり中国物は面白いです。百物語といえば怪談なんですけど、中国の怪談はあっけらかんとしててあまり怖くないとこが好き~。(アルファポリス文庫)


+既読の話梅子作品の感想+
「游仙枕」「大器晩成」話梅子編・訳
「中国百物語 中国昔話大集III」話梅子編・訳

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両親を亡くしたデイヴィッドは、今はバーナード大おじさんの家に引き取られていました。普段は寄宿舎学校に入っており、休暇の時はサマースクールやホリディ・キャンプに行くため、あまり家に帰ることもないのですが、今回は参加するサマースクールを知らせるハガキが来なかったため、仕方なく家に戻ることになるデイヴィッド。しかし誰もデイヴィッドがその日帰るとは思っていなかったため、大騒ぎになります。家に戻った途端揉め事続きで、しかも自分が親戚たちにとって迷惑でしかないと思い知らされたデイヴィッドは、彼らに呪いをかけるつもりで、呪いに聞こえそうな言葉の響きをぶつぶつとつぶやきながら空き地を歩き回ります。そんなことをしても、親戚に何の影響も及ぼさないことは分かっていたのですが、時々それっぽい組み合わせを見つけると大声で唱えてみるデイヴィッド。しかしついに最高の組み合わせを見つけたのです。デイヴィッドは、堆肥の山の上で重々しくその言葉を唱え、ついでに堆肥を一握り塀に投げつけます。するとその途端、塀が崩れ落ちはじめて...。

1975年に発表したという、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ初期の作品。いつものように手元に回って来ちゃいました。でもDWJ作品は、最近のより初期の方が好きなのでオッケー。
「呪い」が偶然成功してしまい、デイヴィッドが助けることになったのはルークという名の不思議な少年。会いたい時はマッチをするだけでいいんです。デイヴィッドはルークとすぐに意気投合するものの、実はルークのことを何も知りません。でも付き合い始めてすぐに、普通のルールに従って生きているのではないということだけは気付きます。

最初はハリー・ポッターみたいだなーと思いながら読んでたんですが(DWJの作品にはこういう設定が多いので、別に珍しくもないんですが)、最後まで読んでみたら、これが結構面白くて! デイヴィッドも案外しっかり育ってたのねーとか、これまで1人で頑張っていたデイヴィッドが思わぬ味方を得て、いつの間にか立場が逆転してたところも良かったんですけど、そういう細かい部分よりも、中盤から思いがけないところに繋がっていって! これがすごく楽しかったんです。ネタバレになるので詳しくは書きたくないんですけど、思いっきり私の趣味の方面に繋がっちゃうんですもん! びっくりしました。途中まで全然気付いてなかったので、いきなり気が付いてビックリ。でも日本人にはそれほど馴染み深いというわけではないんですよね。そちら方面をあまり知らない状態で読んだら、「で、結局何だったの?」となる可能性も...?(創元ブックランド)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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片目の野良猫のフレデリックは、その晩はネズミの王・マードックが現れないのを確かめ、ひどい悪臭のする番犬・シーザーの小屋の前を忍び足で通り過ぎ、パン屋の裏口へ。いつもパン屋の奥さん「でぶのムー」が温かいミルクの皿を階段の下に置いてくれるのです。ミルクを飲んだフレデリックは、パン屋の見習いのエントンが出した熱い灰の入ったバケツのふたで丸くなり、ネズミたちのたてる音に耳を傾け、大熊座の上に小さく光っている星を不思議に思い、その星の夢、銀色の毛とアクアマリンのように青い目、金色の爪を持ち、水晶でできた鈴がついたリボンつけた美しい猫の夢をみます。そんなフレデリックを訪ねて来たのは、しっぽをなくしたカストロ。フレデリックとカストロ、そして肩を痛めたリンゴは、三銃士ならぬ三銃猫なのです。

ドイツのファンタジー。物語には2つの流れがあって、1つはフレデリックとカストロとリンゴという3匹の猫と犬のシーザー、そしてネズミの王・マードックが率いるネズミたちの物語。もう1つは、フレデリックたちの物語や夜空に輝くちび星の物語を雪フクロウのメスランテアが銀色猫のエンリルに語って聞かせる物語。フレデリックたちの場面は冒険物語のようで楽しいし、メスランテアとエンリルの場面はそれとは対照的にとても美しいもの。帯には「魂の成長を描いた、感動のファンタジー!」とあるし、確かに3匹の猫たちが、自分にとって一番大切なものとは何なのかを知るという成長物語になってるんですが... でも、どこかしっくりと来ないんですよね。詰めが甘いというか何というか。この本の単行本版の紹介で「ふたつの物語が並行して進み、一気に感動の結末へ!」とあったんですが、ラストは言うほど盛り上がらなくて「感動の結末」という感じではなかったし。せっかくの猫の話なのに、イマイチ楽しめなくてちょっと残念。(白水uブックス)

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南に向けて6時間も飛びっぱなしだったカモメたちの一団は、見張り係がみつけたニシンの群れを目指して急降下。しかし銀色の翼のケンガーが4匹目のニシンをとりに海に潜った時、見張り係の警告の叫び声が。ケンガーが海面に頭を出した時、既に仲間たちの姿はありませんでした。警告は、海に原油が広がっていることを知らせるものだったのです。羽に原油がべっとりとついたカモメは、魚の餌食になるか餓死するさだめ。ケンガーはなんとか飛び立つことに成功するものの、やがて力尽きてハンブルクの一軒の家のバルコニーに墜落。そこにはゾルバという黒い猫がいました。自分の命が長くはないことを悟ったケンガーは、自分の産む卵をゾルバに託すことに。そして卵を食べないこと、ひなが生まれるまで卵の面倒をみること、そしてひなに飛び方を教えることをゾルバに約束させます。

ゾルバ、大佐、秘書、博士、向かい風といった猫たちと、フォルトゥナータと名づけられたカモメとの友情物語。「港では、一匹の猫の問題は、すべての猫の問題だ」「港では、一匹の猫が名誉にかけて誓った約束は、港じゅうのすべての猫の約束じゃ」という言葉のもとに、死んでいったカモメのケンガーとの約束は厳重に守られることになります。でも何でも載ってる博士の百科事典にも、カモメの育て方は載ってないんですよね。猫たちのカモメのヒナ育ては、全く手探り状態でスタート。ゾルバは綺麗な石みたいだなと思いつつも卵を温め続け、やがて生まれたヒナにハエを取ってやり、人間たちに見つからないように場所を移し、ヒナを狙わないように野良猫と下水管のネズミに話をつけます。フォルトゥナータをという名前になったヒナは、猫たちの愛情に包まれて育つんです。自分も猫だと思いたくなるほどまでに。
この猫たちがすごくいいんです。なんていうか男気があってカッコいい。私は本当は動物モノってあんまり好きじゃないんですけど、これは良かったなあ。とてもシンプルな物語なんですけど、とても力強くて愛情もたっぷり。ヨーロッパでは「8歳から88歳までの若者のための小説」という副題で刊行されたと聞いて納得です。確かに一見童話のような作品だし、すぐ読めてしまう短さなんですけど、これは単なる子供向けの作品ではないですね。子供も大人もそれぞれに楽しめる作品。なかなかいいものを読みましたー。(白水uブックス)

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東京創元社で復刊中のラング童話集の6冊目。
こういう童話や昔話は、突っ込みたくなることもままあるものですが、それはしないお約束です。(笑)
それでも今回ものすごーーく突っ込みたくなってしまった作品がありました。それは「小さな灰色の男」という話。まず冒頭から。

むかしむかし、修道女と農夫と鍛冶屋の三人が、そろってほうぼうを流れあるいていた。

いや、農夫と鍛冶屋が一緒に旅をするのはいいんだけど、修道女って...?!
と、軽く突っ込みつつも続きを読むと。
この3人、旅の途中で古いお城を見つけて住み着くことになるんですね。毎日順番に1人が残って家事をして、あとの2人は外に「幸せになる道」を探しに行くという取り決め。「幸せになる道」ってナニ? というのもあるんですが、まあこれはいいとして。(笑)
留守番をしてる人の前に、「小さな灰色の男」が出てきます。

「うーっ! 腹がすいてかなわん!」「かまどに食べ物がはいってるから、お好きにどうぞ」

昔話では、見知らぬ人にも親切にするのが幸せになるための鉄則ですね。
親切にされる側は、普通なら遠慮のひとつもするところ。でも時々遠慮をしない人が出てきます。(だからといって悪いヤツだと決め付けられないのが、童話や昔話の難しいところ)この灰色の男も、作ってあった夕食を全部食べちゃう。しかもたしなめられると逆切れして暴れだし、修道女も農夫も半殺しの目に遭うことに...。でも3番目に家事のために残った鍛冶屋はこの灰色の男をやっつけるんですね。
ま、そこまではいいんです。灰色の男が死んだおかげで、お姫さまが2人と王子さまが1人魔法から解けるというのも、よくあるパターン。でも、大抵はお姫さまが3人。王子が1人混ざってるというのはものすごくレアなのではないかと思いますが。

王女たちは、助けてもらったことをたいへんありがたく思い、片方は鍛冶屋と、もう片方は農夫と結婚した。

これは順当な成り行きです。でも

そして王子は修道女を妻にし、みんないっしょに、死ぬまで幸せにくらした。

これはどうなんでしょうか! いくらいい相手が見つかったからといって、修道女が王子さまと結婚?! 魔法が解けた3人の中に王子さまがいた時点で、うすうす予想はしていたとはいえ、もうほんとひっくり返りそうになりました。
これはドイツの昔話。この「修道女」は本当に最初から「修道女」だったのでしょうか。もしそうだとしたら、ドイツ人はおかしいと思わなかったのかしら? これで3人がきょうだいだったら分かるんだけど、そうとは書いてないし。でもまともな家の女性なら、家族でもない男性2人と旅するなんてあり得ないですよね。となると、百歩譲って修道女でも構わないとしても、結婚ですよ、結婚! となると極端な話、修道女じゃなくて実は売春婦か何かだったんじゃ...? なんて考えてしまうんですが...?(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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パンドルフォじいさんが作ったかかしは、その夜のうちに怠け者の農夫に盗まれ、そして次の晩はまた別の誰かに盗まれ、だんだんとじいさんの小麦畑から遠ざかっていってしまいます。そしてある嵐の晩、かかしは稲妻に直撃され、そのショックでかかしの体の中の分子や原子や素粒子が活発に働き出したのです。翌朝、畑の脇で小麦のつぶとカブの葉としなびたニンジンを食べていた少年・ジャックは、かかしに呼びかけられてびっくり。しかし、かかしに頼まれて足をもう一本探してくると、かかしに提案されるまま、かかしの召し使いとなって一緒に世界を回ることを決めることに。

「ライラの冒険」のフィリップ・プルマンの作品。この表紙が可愛くて、以前から気になってたんですよねえ。「ライラの冒険」は、ミルトンの「失楽園」を読んでて良かったと思うような宗教観まである作品でしたが、こちらは表紙そのまんまの雰囲気の楽しい冒険物語。山賊をやっつけたかと思えばお芝居に出演、軍隊に入って突撃していたかと思えば無人島に漂流したりと、なかなか盛り沢山。
まずこのかかしが動いてる理由付けが楽しいんですよね。稲妻に打たれたせいで、体内の分子や原子、素粒子が活発に動き始めただなんて! かかしが動いたり話したりしているといえば「オズの魔法使い」や、その影響を受けていそうな「魔法使いハウルと火の悪魔」が印象的なんですが、きっとフィリップ・プルマンは、これらの作品を読んだ時に、かかしが動き出した理由が特に書かれてなかったのが不満だったに違いない。(笑)
でもこのかかし、かかしという仕事柄(?)鳥には詳しいし、生まれた時にパンドルフォじいさんに「礼儀正しく、勇ましく、誇りをもて。思いやりを忘れるな。精一杯がんばれ」と言われた通りの生き方をしているんですが、そんな理想だけでこの世間が渡れるはずものなく... しかもカブ頭のせいか脳みその豆が途中で飛び出してしまったせいか、かなりピントがズレてるんですよね。その点、召し使いとなったジャックの方が、よっぽど現状を把握してるし、さりげなくフォローしてるんですが... そのジャックにしたところで、かかしの召し使いになる前はただの貧しい少年。それほど世間を知っているわけではありません。2人で大真面目に行動していても、いつの間にかどんどんずれていっちゃう。まるでドン・キホーテとサンチョ・パンサ。
児童書だし、最初はやっぱりちょっと物足りないかな~なんて思いながら読んでたんですけど、宿敵(?)ブッファローニ家との最後のやりとりも爽やかで良かったし!(いや、あの会話には実は含みがあって全然爽やかじゃなかったのかしら...) 読み終えてみれば、なかなか可愛いお話でした。(理論社)


+既読のフィリップ・プルマン作品の感想+
「黄金の羅針盤」上下「神秘の剣」上下 フィリップ・プルマン
「琥珀の望遠鏡」上下 フィリップ・プルマン
「かかしと召し使い」フィリップ・プルマン
「マハラジャのルビー サリー・ロックハートの冒険1」フィリップ・プルマン
「仮面の大富豪 サリー・ロックハートの冒険2」上下 フィリップ・プルマン

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小人が住んでいたのは、古いお屋敷の屋根裏に仕舞われているドール・ハウスの中。その屋敷には年をとったおばあさんが1人で暮らしており、小人は屋敷の中がきちんとなっているか見回りをするのが毎晩の日課でした。そして小人とおばあさんの他にいたのは、地下室に住むドブネズミとヒキガエル。小人とドブネズミとヒキガエルは毎週土曜日になるとトランプ遊びをする習慣なのです。秋も深まったある晩、小人の家のドアを叩いていたのは、嵐に打たれてずぶ濡れになり、羽もぼろぼろになった1人の妖精。小人は妖精の魔法が怖いながらも、一晩だけ妖精を家に泊めることになります。そして妖精の語る物語を聞いた小人は、その話にすっかり夢中になってしまうことに...。

オランダの最も優れた子供の本に贈られるという「金の石筆賞」を受賞した作品なんだそうです。永遠の命を持ち、緑色のお城で毎日楽しく暮らしていたはずの妖精が、マルハナバチの死に立ち会ったことで、妖精に足りない「死」や「子孫」の存在に気付いて、それらを求めて旅をするという物語。そしてその物語を小人が毎晩のように聞くという「千夜一夜物語」のような枠物語です。
「物語が進むにつれ、『エルフや小鬼、水の精や巨人の活躍する不思議な妖精の世界』と『小人の住むお屋敷の話』が、しだいにまざりあい...」という紹介で興味を持った本なんですけど、そういう意味では期待したほどではなかったかな。確かに話を聞いてる小人は話が進むに連れてその情景を現実のことのように感じ始めるし、妖精の物語がじきに現実の出来事に連なっていくんですけど、私はもっとファンタジーのようなSFのような展開を期待してしまったので...。それに妖精の話が私にはそれほど魅力的に感じられなかったんですよね。あまりに能天気に「わたしと結婚しない? そうすれば子どもも生まれるし、死ぬこともできるわ」なんて会話が繰り返されるんですもん。しかも妖精と同じく「死」のことをまるで理解してない種族との間で。その軽さはきっと意図的だったとは思うのだけど... まあ、最後はいい感じでまとまるんですが。
一番おおっと思ったのは、ナーンジャ、カーンジャ、フキゲン・ジャーという3人の魔法使いの名前。こういうのいいなあ。エルフの2人の王子もアルサーとナイサーという名前。元の言葉はオランダ語でしょうから聞いても分からないですけど、元の言葉が知りたくなっちゃう。こういう翻訳センスっていいですねえ。(徳間書店)

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