Catégories:“ファンタジー(翻訳)”

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メイウェルとフリンは、アヴァロンに育った双子の兄妹。2人も生まれながらに鳥に変身できる魔力を持っており、マーリンに命じられてキャメロットのアーサー王の宮廷に入って以来、メイウェルはギネヴィア王妃の侍女として、フリンはアーサー王の小姓として仕える日々。その日メイウェルは、いつものようにミソサザイに変身して、親友であるシャロットの姫・エレインの元へと向かっていました。エレインは、心の中に写る光景をそのままタペストリーに織り上げる力を持つ少女。織り上げられた模様は、まるで見てきたかのように鮮明で、しかも少し先の未来を写し取っているのです。予言による混乱から身を守るために塔の中に閉じこもりきりなのですが、家族以外で双子の兄妹だけは、タペストリーを見ることを許されていました。そして今日メイウェルがエレインの元へとやって来たのは、メイウェルがあこがれる「白い手のユウェイン」のことで、エレインの助言が欲しかったからなのです。

「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」という3冊からなる「アーサー王宮廷物語」。
いやー、期待以上に面白かったです! アーサー王伝説を主題にした小説は沢山書かれてるんですけど、この作品の一番の特徴は、メイウェルとフリンという伝説には登場しない人物の視点から描いた物語だということ。しかもこの2人は鳥に変身できるので、本来なら見ることのできない場面もつぶさに描き出すことができるんですよね。文体がちょっと読みやすすぎる気もするんですけど、少女視点には合ってると思うし。

この作品の中で特筆すべきなのは、やっぱりエレインでしょうね。トーマス・マロリーの「アーサー王の死」には2人のエレインが登場して、これが読者の混乱の元だと思うんですけど、この作品に登場するエレインは1人だけ。そしてそのエレインの場面がすごくいいのです~。控えめで穏やかだった乙女が見せる激しい情念や、命と引き換えに1枚のタペストリーを織り上げる鬼気迫る場面が、とても印象に残ります。この作品の白眉ですね。それに「アーサー王の死」の一方のエレインが産むことになるガラハッドの出生に関しての解釈にもびっくり。でもこういう考え方ってすごく面白いです。
そしてもう1人特筆すべき人物は、アーサー王の王国の崩壊の直接的な原因となるモードレッド。モードレッドがこんなに気持ちの良い青年に描かれている作品は初めてですよー。こんなに真っ直ぐアーサー王を慕うモードレッドだからこそ、ギネヴィアとランスロットのことが許せないし、自分の出生に衝撃を受ける様子が迫ってくるんですね。以前読んだ「ひかわ玲子のファンタジー私説」で、西洋では敵は常に人間なのに、日本では「結局悪者はいなかった」というエンディングが好きだという話が出ていたんですけど、そういうのがこういうところに現れてるのかも。あと、伝説では地味な存在のサー・ユウェインも素敵だったし! サー・ユウェインとその母・モーガン・ル・フェイの絡みも良かったなあ。

従来のアーサー王伝説だと、即位した後のアーサー王個人についてはあまり描かれてなくて、ともすればランスロットの華やかさに負けがちなんですよね。武勇を発揮する場面もほとんどないし、単に妻を寝取られた男という位置づけになってしまいがち。でも騎士たちが集まってくるアーサー王の魅力というのが、最初の方で表現されているので、そういうところも好きでした。アーサー王と円卓の持つ力。だからこそ、キャメロットが徐々にその光を失っていく様子が雄弁に表されているのではないかと思いますね。
あくまでも大筋ではアーサー王伝説に忠実で、テニスンや夏目漱石に描かれたシャロットの姫を大きく登場させながらも、その解釈は独自の物語。これならアーサー王物語に詳しくない読者はもちろん、ある程度詳しい読者も楽しめるのではないでしょうかー。(筑摩書房)


+既読のひかわ玲子作品の感想+
「ひかわ玲子のファンタジー私説」ひかわ玲子
「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」ひかわ玲子
「イスの姫君」ひかわ玲子

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「わたし」がその男に出会ったのは、ウォーリック城の中でのこと。まるで親友や敵や、ごく親しい近所の人の話をしているかのようにベディヴィア卿やボース卿、湖水の騎士ランスロット卿、ギャラハッド卿の話をするその男は、コネティカット州ハートフォード生まれの生粋のヤンキー。以前自分の工場の男に頭の横っぺらを殴られて気を失った時、気がついたら6世紀の英国にいたことがあるというのです。ケイ卿に囚われた彼は火刑にされそうになり、しかしその3日後に起きる皆既日蝕のことを思い出して危ういところで命拾い。魔法使いのボス卿として、マーリンを差し置いてアーサー王の大臣兼執務官となることになります。

19世紀のアメリカ人が突然アーサー王時代の英国にタイムスリップしてしまうという作品。そういうのをマーク・トウェインが書いちゃうというのがすごいなあと思ってたんですが、ようやく読めました! マーク・トウェインの時代だったらタイムスリップというだけで新鮮だったんじゃないかと思うんですが、行った先のその時代に合わせるのではなくて、現代技術(マーク・トウェインにとっての「現代」なので19世紀です) をどんどん持ち込んでしまうというのがユニーク。石鹸みたいな日常に便利なものはもちろん、電話や電気みたいな色んなものを作っちゃうんです。工場を建て、人材を育成し、最終的に目指すのは共和制の世の中。
皆既月食の日時を正確に覚えているところはあまりに都合が良すぎるし(確か○年... ぐらいならまだしも、○年○月○日○時○分に始まる、まで覚えてるんですもん)、19世紀の産業を6世紀の世の中ににこんなに簡単に移行できるはずはないとも思うんですが、それでも奇想天外な物語が面白かったです。自分の置かれた状況をくよくよと思い悩んだりせず、19世紀の知識を利用してどんどん前向きに対処していくところはいかにもアメリカ人のイメージ~。それに確かにこの時代には色々問題もあったんでしょうけど、現地の人の気持ちをあまり考えようともせずに物事をずんずん進めていっちゃうのも、アメリカ人っぽい~。(失礼) これがアメリカ人作家の作品じゃなかったら、アメリカ人に対する強烈な皮肉かと思うところです。でもどうやらこれは、南北戦争後の南部人を北部人から見た風刺的な視線といったところみたいですね。アーサー王と宮廷の騎士たちは、思いっきり頭の悪い野蛮人扱いされています。^^; (ハヤカワ文庫NV)

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濃い霧にまかれて道に迷ったガウェインが辿り着いたのは、ゴーム谷のグリムの屋敷。ガウェインはどこか不吉なものを感じながらも、ここで一夜の宿を取ることに。夕食後、用意されていた部屋に戻ったガウェインは、寝台にグリムの娘・グドルーンがいるのを見て驚きます。なんと父親に言われて来たのだというのです。その場は礼儀正しくグドルーンを退けるガウェイン。しかしガウェインは後日グリムに、娘を襲ったという濡れ衣を着せられて訴えられ、そのために「すべての女が最も望んでいることとはなにか?」という問いの答を探すことに。

「五月の鷹」とはガウェインのこと。その題名通り、アーサー王伝説のガウェインが主人公の物語です。これは児童書なのかな? 伝説のエピソードが色々組み合わせられていたり、元の話に囚われずに自由に発展していて、意外なほど面白かったです~。特に楽しかったのは、時折他のエピソードらしきものが顔を出すところ。閉じ込められてしまったマーリンも声だけで登場しますし、あとはガウェインが1年間の探求の旅に出ている時に、とある泉に辿り着く場面が好き♪ これは「マビノギオン」で、「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」にも登場する泉です。そこには「なにかを待ち望んでいるような雰囲気」があり、ガウェインも何かをしなければいけないと感じるのですが、「たとえここに探し求めるべき冒険があるとしても、それは私がおこなうものではないのだ」と分かって、ガウェインは水を飲むだけで立ち去ることになります。確かにこれはガウェインではなくて、従兄弟のイウェインの冒険。こんな感じで、「あそこに繋がっていくのかな?」みたいな部分が色々あるんです。あとがきで訳者の斎藤倫子さんが「作者自身も楽しんで--ほとんど遊び心といってもいい感覚で--書いたもののように思われてなりません」と書かれていましたが、本当にその通りなのではないかと思います。
ガウェインの弟たち、アグラウェインやガヘリス、ガレスも個性的に描き分けられていたし、グウィネヴィアもちょっと珍しいほど素敵な女性に描かれていました。ただ1つ不満なのは、老婆・ラグニルドが必要以上に下品に振舞っているようにしか見えないこと。下品に振舞って尚、認められることが必要だった? それとも下品な性格もまたラグニルドにかけられた魔法のうち? 確かに伝説の方でもその通りなんですけど、ここに一言添えられていたら、もっと説得力があったのになあ。(福武書店)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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1194年春。ハンティントン城では、十字軍遠征から無事生還したハンティントン伯爵の嫡男・ロバートの帰還を祝う会が開かれていました。レイヴンスキープのサー・ヒュー・フィッツウォーターの娘・マリアンもまた、祝賀会に出席した 1人。マリアンの父は1年前に十字軍で戦死しており、ロバートに父の最期ことを聞けるのではないかと考えていたのです。しかしロバートがマリアンに伝えたのは、ノッティンガムの代官と結婚せよという父の言葉で...。

「シャーウッドの森の物語」全3巻。ロビン・フッド物です。
ここでのロビン・フッドは伯爵の嫡男ロバート、マリアンは騎士の娘。そしてロバートは、他の話にあるような明るくて快活な若者ではなくて、十字軍の遠征によって様々なものを失い、傷つき、悪夢や幻影に悩まされてる内省的な若者。英雄としてもてはやされても、そんな周囲を冷めた目で見ちゃってます。なので普通のロビン・フッド物とは全然雰囲気が違いました。痛快な冒険も全然ないまま、淡々と...。話が進むに連れてお馴染みの面々も登場するし、リトル・ジョンとの一騎打ちなんかもちゃんとあるんですけどね。同じように戦っても、雰囲気が全然違ーう。タックなんて、イメージ通りだったのは大食らいという部分ぐらいで、それで本人は真剣に悩んでたりするし、もうほんと悩んでばっかり! 訳者解説にロビンがハムレットみたいだってあったんですけど、この悩みっぷりを見てるとタックの方がハムレットに相応しいかも。(笑) そしてこの作品、主役はマリアンなんです。そのせいか、まるでマリオン・ジマー・ブラッドリーの作品のようにフェミニズム色の濃い作品になってました。この時代の女性の義務や立場、結婚・貞操について繰り返し繰り返し書かれ... うーん。
面白かったのは、当時の風俗についてかなり詳しく描かれていること、かな。ハンティントンの城やレイヴンスキープのマリアンの屋敷、そしてノッティンガムの祭りの賑わいや森の中などが、とても生き生きと描かれていて、それは楽しかったです。
と、そんな感じなので、従来のロビン・フッド物を期待して読むと、がっかりしちゃうかもしれません。ま、これも1つの解釈として面白かったんですけどね。(ハヤカワ文庫FT)

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ニムエという乙女にぞっこん惚れ込んでしまい、自分の知っている全てのことをニムエに教えたマーリン。しかしそれが仇となり、マーリンはニムエに荒野の岩の中に閉じ込められてしまうことに... というのは、トーマス・マロリー「アーサー王の死」に伝えられるエピソード。ここに描かれているのは、岩の中に入ったのは実はマーリンの自発的な意志で、しかもマーリンはそこで長い眠りについているだけ、という物語。時々目を覚まし、自分の生涯のことを追想し、またしても夢の世界に漂っていきます。

マーリンのみる9つの夢の物語。副題が「アーサー王伝説物語」なんですが、実際にはほとんどアーサー王伝説には関係なかったです。冒頭のマーリンとニムエのエピソードぐらいで、アーサー王の名前も騎士たちの名前も全然でした。それでも中世の騎士たちの時代を彷彿とさせる雰囲気はたっぷり。1つ1つの物語はごく短くて、いかにも夢らしく断片的なんですが、同時にとても幻想的なんですよね。特に最初の「さまよえる騎士」で活躍するサー・トレマリンなんて、見た目も冴えない中年の酒飲みの騎士。全然勇ましくないし、時には騎士とは言えないような作戦で敵に勝とうとするし、「高潔」という言葉からは程遠いところにいるんです。話も設定こそファンタジーっぽいんですけど、どちらかといえばミステリ系で、最後にびっくり。なのに、この中にあるだけで、1枚紗がかかったような感じになるんですよね。どこか特別な空気に包まれているような...。
9編の中で私が特に気に入ったのは、「乙女」と「王さま」。「乙女」での犬の描写はあまりにリアルで、それだけでも別世界にさまよい込んだような錯覚があったし、「王さま」に登場する緑のマントの男がとても不思議で魅力的。そしてそんな物語に、アラン・リーの挿画がふんだんに使われていて、とても美しい一冊となっています。(原書房)

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「おしろいとスカート」
妖精に育てられた少年王スーシとミニョン・ミネット姫の物語「ミニョン・ミネット」、貧しい農夫が撫子の鉢と銀の指輪を残した娘のフェリシアは実は姫君だった...という「フェリシア-または撫子の鉢」、宮殿の門衛となったジョンは、姫を笑わせるために、姫に求婚し定め通り幽霊屋敷で一夜を明かすという「ジョンと幽霊」の3編。
「十二人の踊る姫君」
2人の妖精の女王の座の争いに人間が巻き込まれる「ロザニー姫と浮気な王子さま」、12人のお姫さまの靴が朝になると擦り切れている謎を解けばお姫さまの1人と結婚できるという「十二人の踊る姫君」、一度は富豪になりながら全てを失った男が禁断の扉を開ける「笑わぬ男」、芝生の真ん中にいる兵士の謎を解く「ロシア皇后のすみれ」の4編。

日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。元々この2冊は1冊で、「おしろいとスカート」という題名だったみたいです。この題名は、妖精物語の変遷史の中で「パウダー(おしろい)」と呼ばれる時期と「クリノリン(スカート)」と呼ばれる時期があったことから来ているのだそう。クリノリンというのは、下に輪状の骨組みを入れてスカートをふわっと膨らませたスタイル。でも妖精物語の黄金期とも言える「パウダー」時代の作品は沢山あるのに、「クリノリン」時代の物語を探すのは、なかなか大変だったのだとか... それならなんで「クリノリン」と名付けられるような時期があるの? なんて思っちゃうんですけど、これはビクトリア時代と重なってるようなので、もしかしたら妖精は人気でも、物語よりも絵画の方が多かったのかもしれないですね。「パウダー」期と「クリノリン」期の作品の違いは、アールヌーボーとアールデコの違いみたいなイメージでした。(なんとなく、ですけどね)

私が特に好きだったのは「ミニョン・ミネット」かな。「ミニョン・ミネット」に登場するディアファニー姫は、ジョージ・マクドナルドの「かるいお姫さま」みたいだけど、マクドナルドはこの物語からヒントを得たのでしょうか? 「フェリシア-または撫子の鉢」は王子さまにおっと驚いたし、「ジョンと幽霊」はトルストイの「イワンのばか」みたいな感じ。「ロザニー姫と浮気な王子さま」は、競い合う妖精が大迷惑なんですけど、なんか許せてしまうし、「十二人の踊る姫君」は、エロール・ル・カインの絵本でも美しかったけど、こちらも素敵でした。話が微妙に違うのがまた楽しいです。「笑わぬ男」は、ホラー系。「ロシア皇后のすみれ」は、以前どこかで読んだことがあるんですけど、これって実話だったんですね。微笑ましい~。
そしてこの2冊には、カイ・ニールセンの挿絵がついてるんですけど、これがまた美しいのです。どちらも表紙の画像が出なくて残念~ なので、洋書の画像を出しておきますね。カイ・ニールセンの描く女性は皆柳腰で、どこか竹久夢二の絵を思い出します。でもとても華奢なんですけど、すっと伸びた背筋が凛としてるんです。特に好きだった絵は、ミニョン・ミニット姫がスーシを助けに行く場面。これは文句なしに美しいです。あとディアファニー姫が飛んでいってしまう場面と、フェリシアがおしゃべりな牝鶏の話を聞く場面は、2人の驚いたような表情がとても可愛いくて~。案外表情が豊かなんですね。カイ・ニールセンが活躍したのはアール・ヌーボー期なので、彼の描く絵の構図にもどこか日本の影響が感じられるようで、宮廷風の華やかさながら、なんだかとても懐かしい気がしました。(新書館)

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ピーター、シーラ、ハンフリーにサンディーは、ラディクリフ村に住んでいる4人きょうだい。ある日、1人で町の歯医者に行ったピーターが、治療の後ぶらぶらとお店を見て歩いていると、いつの間にか見慣れない薄暗い通りに入り込んでいました。覗き込んだ小さな店の中には、ピーターが丁度欲しがっていたような小さな船が。ピーターは、店の奥から出てきた黒い眼帯をした年を取った男の人から、「いまもっているお金全部と--それから、もうすこし」を使ってその船を買うことに。

これは子供の頃から大好きな作品。北欧神話を知ったのは、この物語がきっかけなんです。だってこの物語に登場する「とぶ船」は、北欧神話の神フレイのスキードブラドニールなんですもん。そもそもピーターにこの船を売ったのは、オーディンその人。というので再読したかったのもあるんですけど... それよりも、この話にもそういえばロビン・フッドが出てきたなあ、なんて思って本棚から出してきたら、思わず最初から最後まで読んでしまったんですよね。イギリスの児童文学に多い4人きょうだいの冒険物です。

子供たちの冒険の行き先は、空間移動しさえすれば行ける現代の場所から、時間も超えなくてはいけない歴史の中まで様々。でも単に「あそこに行こう」で行って帰るだけじゃなくて、1つの冒険が次の冒険へと繋がっていくのがいいんです。例えば現代のエジプトの「岩の墓」を見に行って、そこの壁にとぶ船と4人の神々の話が書かれていると知り、次にその話が書かれたアメネハット一世の時代のエジプトに行くことにしたり。(エジプトへの旅が現在と過去を合わせて3度もあるんですけど、当時はエジプトが人気だったのかな?)
アースガルドに行って北欧神話の神々と会う場面も堪らないんですが、冒険の中で一番好きなのは、ウィリアム征服王時代のイギリス(1073年)へ行ってマチルダという少女に会うところ。マチルダと仲良くなった4人は、後でまた同じ時代に行って、マチルダを4人の住む現代(1939年)に招待するんです。過去の人間をあっさり連れて来ちゃうというのは子供の頃もびっくりだったけど、今読んでもやっぱり大胆。で、このマチルダがいいんですよねえ。マチルダが古いノルマン教会を見ている場面がすごく好き。マチルダは現代の生活を楽しみながらも、自分は自分の時代で自分らしく生きなければと言って帰っていきます。そしてロビン・フッドの時代への冒険は、マチルダを迎えに行く途中で船から落とした模型機関車を探しに行くというところで登場します。

これだけの冒険をしながら、4人が徐々に魔法を信じなくなっていくのが、子供の頃どうしても納得できなかった部分なんですけど、今読むと、文字通りの意味じゃないのが分かって、違う感慨が。
あと、4人の食べる夕食が、子供の頃も不思議だったんですけど、今読んでもやっぱり不思議。ピーターは干し葡萄を一握りとチョコレートビスケット2つ、シーラはジャムトースト2つにチョコレートを1杯、ハンフリーはオレンジ1つリンゴ1つに、レモンに砂糖を沢山入れて作ったレモネードが1杯、サンディーは金色のシロップをかけたいり米に、ミルク1杯とバナナ1本なんですよー。これが毎日。サンディーの「金色のシロップをかけたいり米」って何だろう。蜂蜜をかけたシリアルかな? 描写がなんとも美味しそうです♪(岩波少年文庫)

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