Catégories:“ファンタジー(翻訳)”

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  [amazon] [amazon] 先日エロール・ル・カインの絵本をまとめ読みしてから(記事)、絵の美しい本を無性に読みたくなって、今度はアーサー・ラッカムの本を借りてきました。こちらは絵本というより、普通の児童書ですね。ラッカムの本は、以前ワーグナーの「ニーベルングの指環」全4巻を読んで以来。上に画像を出したのは「シンデレラ」(C.S.エヴァンス編)と「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル)だけですが、他にも「ウンディーネ」(M.フーケー)、「リップ・ヴァン・ウィンクル」(ワシントン・アーヴィング)、「ピーター・パン」(J.M.バリー)を読みました。

「リップ・ヴァン・ウィンクル」と「ピーター・パン」は、1冊の本に40~50枚ものカラーの挿絵が入っていて、それはそれでとても堪能できたんですが... 読んでいて面白かったり、本として好きだったのは「シンデレラ」「ウンディーネ」「不思議の国のアリス」の方かな。絵を見たいだけなら画集を見ればいいんですけど、本として読むからには、絵だけを求めてるというわけではないのでしょう、きっと。特に「ウンディーネ」は、フーケーの原作もとても美しくて哀しい異種族婚礼譚で大好きな話。(感想) ラッカムの絵がまた特別美しくて、その作品にとてもよく似合ってるように思いました。ものすごく素敵~。(右の絵は風に語りかけているウンディーネ)
「不思議の国のアリス」は、本当はジョン・テニエルの絵が有名ですが、ラッカムの絵もいいですねえ。このお話を読んだのも随分と久しぶり。ご存知の通りナンセンスたっぷりのお話なんですが、こまめに注釈がついているのもとても親切で良かったです。作中に変形されて出てくる詩の元の文章とか、駄洒落部分が原文ではどうなってるか、とかね。やっぱり面白いなあ。
そして「シンデレラ」は、上の表紙の画像にもある通りの影絵のような絵ばかり。ラッカムってこういう絵も描いてるんですねー。知らなかった。普段の絵もとても好きなんですが、こういうのも好き~。話はペロー版が元になってるようなんですが、C.S.エヴァンスによって近代的な演出がされていて(シンデレラが実母の死後に寄宿学校に入れられたり)、お話もとても面白かったです。(新書館)

そして絵の美しい本、次回はカイ・ニールセンの予定です。(笑)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵
 

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ルームメイトのジェンマと一緒に、デートのための服を買いに行ったケイティ。最高に素敵な靴を見つけてからコーディネートを組み立てるべきだと主張するジェンマに連れられて行った先にあったのは、リンゴ飴のように艶やかな真っ赤なピンヒール。売り場に居合わせた同僚の妖精、トリックスとアリにも勧められるのですが、200ドルという値段はケイティには高価すぎるものでした。そして週末のイーサンとのデートでは魔法絡みのごたごたがあったものの、楽しく過ごして出勤した次の月曜日。オーウェンの鍵のかかったデスクの中のメモが盗み見られるという事件が起こり、ケイティはマーリンに言われてスパイを探り出すことに。

「ニューヨークの魔法使い」の続編。前作も面白かったんですけど、今回も面白かったです~。
ケイティが今回巻き込まれるのはスパイ騒動。会社の中にいるかもしれないスパイを最初は隠密に、やがてはおおっぴらに探し出さなければならなくなります。膨大な数の内部告発のメールに悩まされつつ、すっかり気持ちがバラバラになってしまった職場を元通りにすることも考えつつ、マーケティングの方も放っておくわけにいかず、手に余る仕事にあたふたするケイティなんですが、丁度そんな時にケイティの両親がニューヨークに遊びに来ることになってまた大変。しかもケイティの母親にも、妖精の羽だのガーゴイルだのが見えてるらしいと分かった日には!(笑) さらに今回のケイティは、なぜか会社の敵・イドリスのターゲットになってしまって、何度もちょっかいを出されることになるんですけど、このイドリス、悪役のはずなのにやることがどこか抜けてて、それもまた楽しくて♪
でもって、今回特に楽しかったのはケイティの恋を巡るお話でした~。いや、もう、こんな展開になるとはびっくりびっくり。個人的にはオーウェルが一番好きなんですけど、イーサンもすごくいい人だし、ケイティの踏ん切りさえつけばって思ってたんですけど、踏ん切りがつく前になんとなんと! これはもちろんイーサン自身の気持ちやプライドもあるんでしょうけど、ケイティに対する思いやりもあるのかな? 本当は、最後にまた会話の場面を作って、次巻に繋げて欲しかったところなんですけどね。実際にはオーウェンがすっかり場を攫ってくれちゃったので、あれ以上はどうしようもなかったかも。(オーウェルってば、カッコ良すぎ~)
次回はどうなるんでしょうね? 今回はケイティの恋路全開だったので、次回はまた1巻の時みたいこの設定を生かした話が読めるといいな。何はともあれ楽しみ楽しみ。今シリーズ物で一番楽しみなのがこの作品かも。読み終わった途端に、また最初から読み返してしまいました。(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ニューヨークの魔法使い」シャンナ・スウェンドソン
「赤い靴の誘惑」シャンナ・スウェンドソン
「おせっかいなゴッドマザー」シャンナ・スウェンドソン
「Don't Hex with Texas」Shanna Swendson
「コブの怪しい魔法使い」シャンナ・スウェンドソン

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夏至の前日の夕方、ダンとユーナの兄妹は、両親の地所で自分たちが「野外劇場」と呼んでいる場所に行き、3頭の牝牛相手に「夏の夜の夢」を演じます。おとうさんにシェイクスピアの戯曲を短く書き直してもらい、おかあさん相手に何度も練習して台詞を暗記したのです。上手く演じられて嬉しくなった2人は、思わず最初から最後まで3回も演じてしまうことに。そして腰を下ろして持ってきたおやつを食べようとした時、妖精のパックが現れて...。

妖精パックが連れてくる歴史上の人物たちが、自分の体験談をダンとユーナという兄妹に語り聞かせてくれるという形式の連作短編集。これを読む前にシェイクスピアの「夏の夜の夢」も再読しちゃいました。シェイクスピアに限っては悲劇の方が好きなんですが、「夏の夜の夢」はとても好きな作品。でも随分前に読んだっきりなので、細部はすっかり忘却の彼方... 読み返して良かった。現在の可憐な妖精像を作り出したのはシェイクスピアだとこの間読んだところなので、以前読んだ時とは違った部分に注目して読めたし、福田恆存氏の訳もすごく良かったし。右の画像は私が読んだ新潮文庫版。この表紙も素敵ですよねー。

で、こちらの「プークが丘の妖精パック」ですが、これもすごく面白かったです!
まず、なんで登場する妖精がパックだけなのか、他の妖精は今はどうしてるのかという部分で、パックの説明にはすごく説得力があったし... これは上手い。そして中で語られる物語を読んでいて、どことなくローズマリー・サトクリフの本の題名を連想しちゃうなと思っていたら(中身は読んでないので、題名だけ)、サトクリフもこの作品に影響を受けてるんだそうです。ちょっとびっくり。でもやっぱりこれは、他の作家さんに影響を与えるタイプの本だろうな。1つ1つのお話も面白かったし、大きな歴史の流れを追うという意味でもすごく面白かった。パック自身が、「どうだった? ウィーランドが剣を与え、その剣が宝をもたらし、宝が法律を生んだ。オークが伸びるように自然なことだ」と言ってますが、まさにその通りですねー。しかも読者にとっても2人の子供たちにとっても単に歴史の教科書に載ってるってだけだった出来事が、語られることによって生き生きと再現されてました。
でもどんなに面白い話を聞いても、家に帰る時間になると、子供たちはオークとトネリコとサンザシの魔法で全てを忘れちゃうんです。なんだか気の毒。もちろん次にパックに会った時に、ちゃんと全部思い出すことにはなるんですが...。ちなみにパックという妖精は、ケルト神話のプークが原型と言われてるので、この題名は要するにパックの丘のパックってことですね。偶然アメリカ版を見つけたら、表紙がラッカムでした。ラッカムの絵は表紙だけなのかしら。中も見てみたーい。(光文社古典新訳文庫)


+既読のラドヤード・キプリング作品の感想+
「少年キム」ラドヤード・キプリング
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「キプリング短篇集」キプリング

+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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シャーマン・ポッツは、カスピドールのドラゴンたちと1ヶ月ぶっつづけの戦いを終えて、今はマクガルヴィーランドで休息中。普段のシャーマンは吃音と赤面症に悩む思春期真っ只中の16歳の少年なのですが、カスピドールでのシャーマンはサー・シャーム、ハイテク軽量タイプの鎧姿でドラゴンと戦う戦士。しかしこれはミスター・マクガルヴィーの図書室の本の中の出来事。1年以上前に、ヒステリーの母親と手のかかる妹のことを考えて重いため息を23回ついた時、転相(フェイジング)を発見し、それ以来ため息1つで転相し様々な世界で冒険を続けているのです。

シャーマン・ポッツとしての現実の世界と同時進行で 、いくつもの世界の物語が繰り広げられていきます。まず図書室のあるマクガルヴィー・ランド、ここには魔法の図書室があり、様々な冒険の元となっています。そして冒険をする場となるのは、ドラゴンの脅威にさらされ続けているカスピドール(サー・シャーム)、超能力悪鬼と戦う近未来のニューヨーク(シャーム巡査部長)、SFのスペースコロニーの世界(シャーム司令官)など、様々な世界。その都度、シャーマンの一人称も「ぼく」「わたし」「おれ」などに変わります。シャーマンはそれぞれの世界で尊敬されるヒーローを演じてるんですが、ある日「情欲の子猫たち」というエロ本を図書室に持ち込んでから、その世界がゆがみ始めるんですね。
でも、これだけなら楽しそうに思えるかもしれないんですけど... これがなかなかの難物でした。設定の説明がないまま世界が次から次へと変わって分かりにくかったし、根本にあるのがシャーマンの青臭~い青春物語。吃音と赤面に悩みながらも、徐々に成長していく主人公... と言えば聞こえがいいんですけど、この部分があまり面白くなくて、ただの現実逃避にしか思えませんでした。 (ハヤカワ文庫FT)

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トロント大学で行われた第2回国際ケルト会議の後、デイヴ、ケヴィン、ポール、ジェニファー、キムの5人は、世界的な権威であるマルクス博士の秘書のマットに頼まれ、博士がホールから抜け出す手伝いをすることに。7人は無事に博士の宿泊先のホテルの部屋にたどり着きます。しかしマルクス博士は、実はこの世界の人間ではなかったのです。時の渦巻きの中には数多くの世界があり、それらのほとんどは、最も優れた創造物であるフィオナヴァールの不完全な反映。マルクス博士とマットは、そのフィオナヴァールから来た魔道士のローレン・シルヴァークロークと、かつてのドワーフの王だったのです。2人は5人に自分たちの世界に来て、王の治世50年の祭りに出席して欲しいというのですが...。

フィオナヴァール・タペストリーシリーズ3部作の第1部。
ものすごーくケルト神話と「指輪物語」の影響が強く感じられる作品。ガンダルフもいればギムリもいて、エルフとしか思えない種族なんかもいて、その辺りはものすごく分かりやすいです。(登場人物がものすごく多いので、名前を覚えるのは大変だけど) しかもいにしえの伝説を歌で歌ってみたり... これだけ見ると、トールキンの二番煎じにしか見えないですね。ケルトの名称やモチーフを使ってるのも意味不明。でもユニークなのは、この後。まあ「指輪物語」のような旅には出なかったとしても、少なくとも5人が一丸となって闇と戦うんだろうと思っていたんですが、この物語では全くそうではありませんでした。行動はてんでバラバラだし、協調性なんて全然ナシ。(やっぱり欧米人はゴレンジャーにはならなかったか!) でも1人1人の動きがそれぞれ重要になってきて、これは「タペストリー」という言葉が相応しいかもしれません。物語冒頭では、必要なのはキムだけで、あとの4人はおまけという印象が強かっただけに、これは意外。5人が元いた世界から持ち続けていたそれぞれの悩みや感情が、フィオナヴァールの世界での展開と絡み合って昇華されてるのがいい感じ。
でもね、フィオナヴァールが本当に最も優れた世界なら、その中だけで全てが解決しそうなもの。なんで異世界の助けが必要になるの?って思っちゃうし、実際にフィオナヴァールの場面になっても、それほど優れた世界とは思えなかったです...。王の治世50周年のお祭りに呼ばれたなんていう理由も、5人に対してアンフェアでしょう。その後の5人の身に降りかかることを考えれば尚更。それより何よりも、1部がこんな終わり方で、2部3部が未訳のまま放ったらかしにされているというのが解せないですね。(ハヤカワ文庫FT)

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夏の終わり。学校に行った妹のリジーとジェニーの帰りを待っていたベッキーが農場の柵戸に腰掛けて空を見上げていると、そこにやって来たのは、荷物を背負って細い杖を持った男性でした。それはレノルズさん。レノルズさんはベッキーたち三姉妹の家に住み込んで父親の仕事を手伝うことになります。姉妹はレイノルズさんが滞在している間、時々不思議な物語をしてもらうことに。

読み始めてすぐ思ったのは、ファージョンの「リンゴ畑のマーティン・ピピン」みたい!ということ。「リンゴ畑のマーティン・ピピン」は、ある日ふらりとやって来たマーティン・ピピンが、6人の年頃の娘たちに1つずつ民話に題材を取ったような物語をしていく話なんですが、その「ふらりとやって来た」と「民話に題材を取ったような」というのが似てるんです。こちらの場合、ベッキーもリジーもジェニーも「年頃」というにはまだ少し早いみたいだから、「ヒナギク野のマーティン・ピピン」でもいいんですけどね。(「ヒナギク野」では6人の女の子たち相手に話をするんですが、その6人の女の子はそれぞれ「リンゴ畑」の6人の娘たちがその後結婚して産んだ娘) で、今回なんでこの本を読んだかといえば、レノルズさんのお話のうちの1つが「タム・リン」だからなんです。昨日読んだ「妖精の騎士タム・リン」(感想)と「タム・リン」繋がり。
元々アン・ローレンスは、民間伝承を素材にした物語を書いていることで有名なのだそうですね。でもここで語られる物語も民話風だし、きっとそういうところに題材を取ってると思うんですけど、出来上がったものはどこか現代風。それぞれの物語に登場する少女たちが、それぞれ自分の力で自分の道を切り開いてるからかな。あと描写もそうなのかも。
でもレノルズさんのお話そのものは面白いんですけど、もう少し枠組みの方に工夫が欲しかったです。三姉妹とレノルズさんのやりとりもあるし、そのうち彼女たちの母親も登場するんですが、どうも単にお話からお話への繋ぎという感じ。せっかくそれぞれの物語に登場する少女が三姉妹に重なるような部分もあるし、特に少女から大人になりつつあるベッキーに重なる部分があるんだから、枠をもう少し膨らましてくれたら、きっともっと魅力的になったのに。それを考えると、題名も「幽霊の恋人たち」なんかよりも、副題の「サマーズ・エンド」の方が断然ぴったり。(原題も「Summer's End」) でも「サマーズ・エンド」なんていきなり書いてあっても、何のことやら意味が通じないですよね... かと言って「夏の終わり」じゃあ、あんまり読みたくならなさそうだし... なんだか勿体ないなー。(偕成社)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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吟遊詩人トーマスがやって来たのは、風が狂ったように吹き荒れる陰鬱な秋の夜のこと。犬のトレイが何かを聞きつけたように身を固くし、ゲイヴィンとメグが、こういう夜は死者が馬で走り回っているのだろうと考えていたその時、扉の外にはひどく背の高いずぶぬれの男が立っていたのです。病気で倒れたトーマスをメグは看病し、やがて病の癒えたトーマスはメグやゲイヴィンに様々な物語を語り、歌を歌います。そしてトーマスは、メグたちの隣人の少女・エルスペスと出会うことに。

吟遊詩人トーマスとは、13世紀に実在したといわれるスコットランドの詩人・トーマス・ライマーのこと。日本語のWikipediaには紹介がないんですが、英語のページにはありました。(コチラ) 妖精を歌ったバラッドとしては、これとタム・リンが有名なんですよね。(この2つの比較ページがありました... 英語ですが。コチラ) ケルト神話を読み進めている今の私にぴったりの作品。実際読んでみても、なかなか素敵な話でした!
この話の主要な登場人物は、メグとゲイヴィンという老(中年?)夫婦、トーマス、そしてエルスペス。この4人それぞれの章によって構成されています。まずはトーマスの到来と、その滞在を語るゲイヴィンの章。次は4つの章の中で一番長いトーマスの章。この1章だけで物語の半分ほどあるんですよね。でも、てっきりここでトーマス自身のことが分かるのかと思いきや、いきなり妖精の女王の魅力に絡め取られて、えええっ、どうするの?!状態。そして次のメグの章ではトーマスの帰還が、最後のエルスペスの章では晩年のトーマスの姿が描かれることになります。井辻朱美さんが訳者あとがきで

訳していてふしぎでもあり、興味深かったのは、Aという人物の視点から描かれたBという人物が謎めいていて不思議なので、Bの一人称部分にはいりさえすれば、この人物の本質がわかるだろうと思うのだが、実際にBの語り部分にはいってみると、謎はあいかわらず解けないということである。Aの目にうつっていたBとはちがうBがそこにいて、しかもBの目にうつるAも、Aの語りの部分とはまったくちがったふうに描かれている。(中略) かくして四人の主要人物は、四方向からちがった光で照らしだされる四つの像になる。物語は四倍の奥行きをもち、意味をもつ。

と書いてらっしゃるのですが、もうまさにその通り! 良くも悪くも期待を裏切られました。こういうのも面白いなあ。
それにしても、ほんと幻想的な作品でした。メグとゲイヴィンの家の描写でさえ幻想的に感じられてしまうんだから、エルフランドときた日にはもう! あれは結局何だったんだろう?って部分もあったんですけどね。でもエルフランドの場面がとても長かったので、これと普通の人間の世界のどっちが本当の世界なのか分からなくなってきちゃいそうでした。もしかしたら、ゲイヴィンやメグ、エルスペスのいる現実の世界の方が夢の中の出来事だったのかな、なんて思えてきちゃいます。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のエレン・カシュナー作品の感想+
「吟遊詩人トーマス」エレン・カシュナー
「剣の輪舞」エレン・カシュナー

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