Catégories:“ファンタジー(翻訳)”

Catégories: / /

 [amazon]
モストアッケル通りに住むある若い未亡人に子供が生まれ、かねてから挨拶を交わしていた、隣人のビンスワンゲルさんが名づけ親となります。そして1つの願い事を言うようにと言われた未亡人は、みんながわが子を愛さずにはいられないようにということを願うのですが... という「アウグスツス」他、全9編の短篇集。

ヘッセによる創作童話集。童話とは言ってもグリムやペローのようなものではなくて、どちらかといえばトルストイのような雰囲気。でも民話を膨らませたトルストイとは違って、こちらは純然たる創作です。そして童話とは言っても子供向けではなくて、むしろ青少年から大人向けの深みのある物語ですね。どれもすごく良かった~。ヘッセは「車輪の下」を読んだことがある程度なんですが、それも全然覚えてなくて...。改めて、色々と読んでみたくなりました。

特に良かったのは、やっぱり表題作の「アウグスツス」かな。これは「愛されること」の意味を考えさせられます。若い母親は「愛されること」こそが一番の幸福と考えて、息子のためにそれを願ったわけなんですが... 「愛されること」は、確かにすごく幸せなことですよね。誰だって他人は好かれたいはず。少なくとも嫌われたいとは思ってないはず。でも「愛されること」は、確かに幸せの1つではあるものの、それは一番良いことというわけではなくて...。1人の人間が日々生活し、様々な感情や行動を積み重ねてこその「愛されること」なんですね。ただ「愛される」だけではダメ。もちろん、他の人間が同じことを願ったとしても、同じ結末を迎えるとは限らないのですが。これを読んで、設定も展開も結末も全然違うんですが、オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」を思い出しました。
あと私が好きだったのは「別な星の奇妙なたより」かなあ。これは、ユートピアとも言える美しい村が雷雨と大水と地震によって破壊され、死者のための花もなくなってしまったため、1人の若者が王様に花をもらいに行くことになるという話。この村には悲しみや憎しみ、嫉妬や殺人といった悪は存在しないので、若者もそういうのをおとぎ話で読んだことがあるだけなんです。でも王都への旅の途中に生々しい戦争を目の当たりにして...。この辺りは、やっぱり第一次大戦中に書かれたということなんだろうな。この作品もそうなんですけど、陰惨さと苦しさ、そして幻想的なまでに美しい情景が対照的な作品、主人公も絶望に打ちのめされたかと思えば歓喜に打ち震えることになって、極端から極端へ走るというのが多かったかも。ヘッセ自身も、感情の振れ幅の大きな人だったのかしら。そしてこれまた全編通して感じられるのは、母の大きな存在。ヘッセ自身、心の奥底で母親を求め続けていたんでしょうね。
訳者解説に「小つぶではあるが、最もヘッセらしい物語を集めている」とある通り、物語の1つ1つは小粒かもしれないんですが、乾いた心に沁み込んでくるような繊細で美しい物語ばかり。でもヘッセ自身は、「詩人」のハン・フォークのように、自分自身の言葉を切望して、探し求め続けていたんでしょうね。「詩人」では、言葉は最終的に音楽にとって代わられることになるんですが... ヘッセの中ではどうだったのかしら? (新潮文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
昔から妖精や魔女が多く出没する国として信じられてきたスコットランド。世界で最も早く近代化を成し遂げたイギリスの中でも、近代化に目覚めるのが特に早かったスコットランドですが、同時に妖精という反近代的ともいえる存在が19世紀の初頭まで一般的な農家ではごく普通に信じられていたのです。そんなスコットランドの各地に昔から語り継がれてきた妖精物語、全20編。

収められているのは、「紡ぎ女ハベトロット」「ノルウェイの黒い雄牛」「妖精の騎士」「赤い巨人」「小さな菓子パン」「足指をつめた娘」「マーリン岩の妖精」「海豹捕りと人魚」「小姓と銀のグラス」「怪物ドレグリン・ホグニー」「羊歯の谷間の小人ブラウニー」「キツネとオオカミ」「ファイフの魔女」「真実の詩人トマス」「邪悪な王妃と美しい心の王女」「キトランピットの妖精」「アシパトルと大海蛇」「馬商人ディックと詩人トマス」「領主オー・コー」「小人の石」の全20編。
スコットランドに伝わる物語とはいっても、どうなんでしょうね。大抵は世界各地に何かしら似た物語が見つけられるものだし... 例えば「小さな菓子パン」はロシアの「おだんごぱん」そっくりだし、「キツネとオオカミ」なんて、それこそどこにでもありそうな動物寓話。「キトランピットの妖精」は「トム・ティット・トット」や「ルンペルシュテルツヘン」、「足指をつめた娘」は「シンデレラ」、「邪悪な王妃と美しい心の王女」は「白雪姫」のバリエーション。実際、最初読み始めた時は、北欧の民話集「太陽の東 月の西」的な話が多いなあと思ったぐらい。同じヨーロッパ同士、1つの話が各地に流れてバリエーションを作っていくのも当然だし、最早どんなのがどこの国らしい話というのも分からなくなってきてます、私。(汗)
それでも詩人トマスの話があればスコットランド(というかケルト)だなあと思うし、「ファイフの魔女」のファイフというのも、シェイクスピアの「マクベス」にも出てきたスコットランドの地名。ブラウニーが出てきたり、7年の間妖精の囚われの身となると聞けば、やっぱりケルト的な妖精物語。どこかで読んだような話だなと思いつつ、ケルトの雰囲気を感じられるから、やっぱりそれでいいんでしょうね。あ、題名は「怖くて不思議な」になってますが、それほど怖くも不思議でもないです。というか、全然怖くなかったです、私は。(PHP研究所)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ロージーがお母さんと一緒に住んでいるのは、アパートの一番上の階の家具付きの3部屋。お風呂を使えるのは週に2回、台所は共同。住み心地はあまり良くないのですが、ロージーのお父さんは既に亡くなり、お父さんの年金とお母さんの仕立て物の仕事では暮らしを立てるのが精一杯なので仕方ないのです。そして迎えた夏休み。ロージーのお母さんは、パーカーおくさんの仕立て物の仕事のために、ロンドン郊外にあるお屋敷に3週間通うことになっていました。お母さんが留守の間に何か役立つことをしたいと考えたロージーは、掃くことと拭くこととお皿洗いならできると、フェアファックスの市場にほうきを買いに行きます。そしてそこで出会った黒ネコに連れて行かれるようにして1人のおばあさんと出会い、ほうきと黒ネコを買い取ることに。

ロンドンに住む普通の女の子がひょんなことから黒猫の王子カーボネルと出会い、魔法のほうきを手に入れて、カーボネルにかけられている魔法を解くために奔走するという物語。これ、小学校の頃に図書館で1度読んだことがあるんです。でもその後また読みたいと思って探したんですが、題名をすっかり忘れてしまってて、図書館で探したんですがそれらしいのが見つからず...。その頃は司書さんに聞くなんてことは思い浮かばなかったので(笑)、そのままになってたんですが、岩波少年文庫で復刊されてるのを見て読んでみたら、まさにそれじゃないですか!

久しぶりに読んでみると、ちょっと物足りない部分はあるものの、やっぱり可愛らしいエブリディ・マジックでした。ロージーは、仕事が大変なお母さんのことを常に気遣うような思いやりのある女の子。 お母さんとのやりとりでも、相手のことをまず考えて、自分のやりたいことは二の次。それが最終的には良い結果を生むことも多いんですよねえ。...そんな気持ちのいい女の子なのに、あんまり仲の良い友達はいないようなのはなぜなんだろう? とも思ったりするんですけどね。貧しいからって馬鹿にされてるのかしら。(確かにそういうクラスメートもいるけど、全員とは思いがたい) 博物館に行って陶器のコレクションを見た時の「使うためのものが、博物館のケースに入れられて、ただ見られてるだけって、かなしそうだって、あたし、いつも思うの。」なんてことを言うのがとても印象的だし、お母さんの仕事先で知り合った少年・ジョンとは、あっという間に仲良くなって一緒に冒険することになるのですが。
この冒険によって、それまでの子供だけの世界だけではなくて、魔法のほうきから繋がる魔法の世界と、必要なものを手に入れるために足を踏み入れる大人の世界と、ロージー自身の世界が広がっていくのがいいんですよね。しかもカーボネルと一緒にアパートの部屋から眺めてみると、ロンドンの町が実は猫の王国とすっかり重なってるし! ごく平凡な日常の中にいるとは思えないほどの大冒険。
優しいロージーは、魔法が解ければカーボネルが自分の国に帰ってしまうのが分かっていながらも、自分にできる限りのことをしようと奔走します。その割に、カーボネルの態度が高飛車のがまた可笑しい。自分が助けてもらう側だって意識はあるのかしら! 子供の頃に読んだ時は、「呼び寄せの呪文」のせいで、目の前のご馳走を食べられずにロージーの元へと急がなくちゃいけなくなったカーボネルの怒りっぷりが印象的だったんですが、今回読んでもやっぱり可笑しかったです。(岩波少年文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
4月のある朝の6時頃。町中へと向かう始発バスを待っていた人々は、ふと空を見上げて驚きます。そこには暗い色をした巨大なまる物体が雲のようにじっとしていたのです。「火星人だ!」という叫び声がきっかけとなって辺り一帯は大騒ぎになり、非常事態宣言が発令されることに。その頃、ニュータウンの第五区のマンションのメレッティさんの家でも、宿題をするために早く起きたパオロが空に浮かぶ物体を見つけ、慌てて妹のリタを起こしていました。しかしその時2人のいるベランダに何かが落ちてきたのです。それはとても美味しいチョコレートの固まりだったのです。

これは1966年、ロダーリがローマのトゥルッロというニュータウンにある小学校で、4年生の生徒たちと作ったお話なのだそう。道理で、いつも以上に子供たちが大活躍しているわけですね~。そして中心となるのは、とっても美味しそうなケーキ。チョコレートやマジパン、パイ生地、干しブドウ、砂糖づけシトロン、生クリーム、アーモンド菓子、砂糖づけのさくらんぼ、マロングラッセ、クルミやハシバミの実、アイスクリーム... ザバイオーネ、ロゾリオ酒やマルサラ酒といった辺りは実際には見たことがないんですが、イタリア語って、もう本当にどれもこれも美味しそうな気がしてしまうのはなぜなんでしょう。(笑)
楽しいながらも、純粋なロダーリの作品に比べると面白さは少し落ちるかも... とも思ってしまったんですが、それでもロダーリらしさはたっぷり。ケーキにことよせた世界平和へのメッセージもロダーリらしいところですね。子供たちの柔軟な発想とシンプルな知恵に、頭の固い大人たちがすっかり負けているという図には、時には物事を小難しく考えるのをやめて、あるがままを受け入れてそのまま楽しもうよ、と語りかけられているような気がします。

この本は「イタリアからのおくりもの 5つのちいさなファンタジア」という叢書の中の1冊。他の4冊は「木の上の家」ビアンカ・ピッツォルノ、 「ベネチア人にしっぽがはえた日」アンドレア・モレジーニ、「ドロドロ戦争」ベアロリーチェ・マジーニ、「アマチェム星のセーメ」ロベルト・ピウミーニ。どれも楽しそうだな~。(汐文社)


    


+既読のジャンニ・ロダーリ作品の感想+
「猫とともに去りぬ」ロダーリ
「チポリーノの冒険」ジャンニ・ロダーリ
「うそつき国のジェルソミーノ」ジャンニ・ロダーリ
「パパの電話を待ちながら」ジャンニ・ロダーリ
「空にうかんだ大きなケーキ」ジャンニ・ロダーリ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
魔法の森の王・メンダンバーは、堅苦しい公式の式典に出席させようとしたり、執拗に結婚を勧めたりするエルフのウィリンや口うるさいガーゴイルの目を逃れて、1人城を出て魔法の森へ。魔法の森は、境界線はもちろんのことその地形さえ、前触れもなく頻繁に変わってしまう場所。しかし王であるメンダンバーは、特に何も考えなくても森を自由に出入りしたり、行きたい場所に行くことができる特権を持っていました。それなのに、1時間たっても、目的地の<緑の鏡ヶ淵>に辿りつかないのです。それどころか、本来入ることのできないはずの人間まで魔法の森に入り込んでいるのを発見。そして更に、魔法の森の中にあるはずのない荒地を発見。魔法の森の一部が徹底的に破壊され、何も残っていない状態となっていました。そこにドラゴンのうろこが何枚も落ちているのを見つけたメンダンバーは、偶然出会ったリスのアドバイスを受けて、魔女のモーウェンに会いに行くことに。

魔法の森シリーズの2作目。前回は、ありきたりなお姫さま教育と、世の中の頭の空っぽな王子さまたちにうんざりしているシモリーンが主役でしたが、今回中心となるのは、魔法の森の王・メンダンバー。(ようやく、シリーズ名の「魔法の森」が前面に出てきました) この王さまが堅苦しいことは大の苦手で、「頭は空っぽなのに、自分を魅力的に見せることだけは得意」な世間一般の典型的なお姫さまたちに辟易していて... という、平たく言ってしまえばシモリーンの男性版。1作目と対になってるとも言えるのかな? ...ええと、本当は原書で読むはずだったし、実際読み始めていたんですが... そうこうしてるうちに邦訳が出て、結局そちらを読んでしまいました。(汗)

いやあ、今回も可愛らしかったです~。前作と比べると、ドラゴンの出番がかなり減ってしまってそれが寂しかったし、明るくて魅力的なシモリーンに比べると、どうしてもメンダンバーが見劣りしてしまうし(いい人なんですけどね、シモリーンほどのインパクトはないから)、おとぎ話の王道を捻った設定に関しても、前回ほどのヒットではなかったんですが、それでもやっぱり可愛らしくて楽しくて、このシリーズは大好き。
今回一番面白いなと思ったのは、メンダンバー王の魔法。この人は元々魔法が使えるという人ではなくて(だから魔法使いではない)、王位を継いだ時に魔法の力も受け継いでるんですね。即位した王に、森のすみずみまで網目のように広がっている魔法を感じ取り、使う能力を与えるのは魔法の森そのものなんです。で、メンダンバーは、メンダンバーにしか見えないその魔法の糸に触れたり引っ張ったり捻ったりすることによって、魔法を使うというわけです。魔法の森の外にいる時は糸がないので、色々大変なんだけど。
もちろんシモリーンも登場します。魔女のモーウェンも。新しい仲間もできるし、その仲間が次巻にも活躍してくれそうな予感。3巻目はモーウェンが主役となるようなので、そちらもとても楽しみです。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+
「囚われちゃったお姫さま」パトリシア・C・リーデ
「Dealing with Dragons」Patricia C. Wrede
「消えちゃったドラゴン」パトリシア・C・リーデ

| | commentaire(8) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
夏休みが始まって間もなく、マリアンとその兄のジョーは、ピンホーのばば様に呼び出されます。ピンホー一族はクレストマンシー城の近くにあるアルヴァースコート村に住む魔女の一族で、ばば様はその長。近隣の他の町や村に移り住んでも、一族の者たちは皆ばば様の命令には従っているのです。ばば様の用件は、ジョーは夏休み中クレストマンシー城でブーツみがき係をしながら、クレストマンシー城の人々がピンホー一族のことに気付く気配がないかどうか確かめて報告すること、そしてマリアンは、毎日朝食後から夕食前までばば様の家で使い走りをすること。しかしそこにファーリー一族のじじ様とばば様、その娘のドロシアが現れます。口論の末、ファーリーのじじ様のかけた呪文で、ばば様がすっかりおかしくなってしまうのですが...。

大魔法使いクレストマンシーシリーズの7作目。
クレストマンシー城のお膝元でこんなことがあったなんて~~。ということで、すっごく面白かったんだけど! やっぱりクレストマンシーのシリーズが一番好きだし、その中でもこれは上位の方だなと思ったんだけど! でも「ああ、面白かった~」で終わってしまって、あんまり何も書けない私。それより、クレストマンシーシリーズを最初から読み返したいよぅ。
落ち着いて何か書けそうになったら、その時にちゃんと感想を書きますね。(徳間書店)


+シリーズ既刊の感想+
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /


くさいろの童話集

Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー

東京創元社で刊行中のラング童話集の11冊目。今回も献本で頂きました。感謝。

今回多かったのは、西アジアのお話。全20編のうち、トルコが3つ、パンジャブが3つ、アルメニアが4つ。トルコはギリシャの右隣、アジアの始まりと言ってもいい位置だし、アルメニアはそのまた右隣。そしてパンジャブという国は今はありませんが、インドの北西でパキスタンの北東... これは西アジアとは言えないかもしれませんが、それほど離れているわけでもないですよね。あと出典が不詳とはなっていても、明らかにこの辺りのお話だというのもいくつか。ラクダが出てきたり、街中に出たのがジャッカルなのかトラなのか言い争っていたり、まさにインドが舞台となっていたり。
それでもやっぱりどこかで読んだことがあるようなお話が多くて... 核となるお話は一緒でも、それぞれの地域や国の特色がでてるのがまた楽しいところなんですが、こういう民間に伝わってきた昔話は、ほんと世界中共通してるんだなと再認識しますね。アンドルー・ラング自身は神話や伝説、民話の研究で有名な民俗学者だったそうなんですけど、そういった民話の世界的な流れなんかは研究しなかったのかしら。この12色の童話集に関しても、結局のところは採取して紹介しただけなのかな? でも先日読んだ「妖精の誕生」も、当時としては国境を越えた妖精の研究というのがとても珍しかったそうなので、こちらも全世界にわたる民話の採取という時点で、本当に貴重だったんでしょうね、きっと。

今回ちょっと気になったのは、トルコの昔話だという「物言わぬ王女」。ここに登場する王女さまは、美しすぎて常に7枚のベールで顔をかくし、一言も口をきかない王女さま。この王女に口をきかせることができれば、王女と結婚できるけれど、失敗したら命がない、という危ない話。結局王子が人間の言葉を話すナイチンゲールの助けを借りて、3度王女に口をきかせることに成功するんですけど... 1回口をきくたびに、どうやらベールが破れるらしくて、王女は口をきいてしまった自分に怒り狂うんですね。この「口をきかない」というのは、王女の意地だったのかしら? それとも何かの呪い? そして7枚のベールの意味は? 7枚のベールをしていても王女の頬と唇の色が漏れ出して、歩いて3ヶ月半もかかる山肌に美しい赤みがさしてるほどなんですけど、そんなキョーレツな美貌を隠すベールがはがれた時、王子さまの目は大丈夫だったんでしょうか?(笑) この話もとても面白かったんだけど、きっとかなり省略されちゃってるんだろうなあ。ここには書かれていない部分がものすごーく気になります。

この「くさいろの童話集」、原題は「TALES FROM THE OLIVE FAIRY BOOK」。草じゃなくて、オリーブ!(笑)
ちなみにここまでは「あお」「あか」「みどり」「きいろ」「ももいろ」「はいいろ」「むらさき」「べにいろ」「ちゃいろ」「だいだいいろ」「くさいろ」で、原題はそれぞれ「BLUE」「RED」「GREEN」「YELLOW」「PINK」「GRAY」「VIOLET」「CRIMSON」「BROWN」「ORANGE」「OLIVE」。まあ、大抵はそのままなんですけどね。さて最後の12冊目は「ふじいろ」で、原題は「LILAC」。全12巻なんて、読む前は気が遠くなりそうだったけど、案外早かったかも。残すところ、あと1冊だけなんですものねえ。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
遙か昔、ギリシャで栄華を極めていたオリュンポスの神々も、キリストが生まれてからというもの、その権威は地に墜ち、今はロンドンで困窮に喘いでいました。神々がロンドンに移住したのは1665年のこと。丁度大流行中だったペストの影響でロンドンの不動産価格が底値を記録していた頃で、知恵の女神・アテナによる財テク工作の一環として計画されたのです。しかし一旦ゼウスの名前を家の名義人に記した途端、一族はその地に縛り付けられることになり、300年以上も同じ家に住みながら、倒壊寸前の家をヘパイトスの改築・修繕に頼って暮らしていくことに...。神々は今やその力を失い、僅かずつではあるものの、老い始めていたのです。

ギリシャ神話の神々が現代のロンドンに住んでるとあれば、それは読まなくちゃと思ったんですけどーーー。これがもうほんと一体何なんだか!という出だしで、やっぱり読むのやめようかと思いました...。何がどうだって、序盤がとにかくお下劣なんです。最初、犬の散歩中のアルテミスが木になってしまった女性に出会うところはいいんですけど(アポロンとダフネのエピソードの再来ですね)、その後が...! アポロンとアプロディテが何をしようと勝手ですけど、ここまで書く必要はあったのかしら?
ということで、犬の散歩のバイトで日銭を稼ぐアルテミスに、携帯電話でテレフォン・セックスのバイトに勤しむアプロディテ。英知に優れてはいてもコミュニケーション能力が限りなくゼロに近いアテナ。アポロンはいんちき霊能者としてテレビに出演してるし、エロスは今や敬虔なキリスト教徒。ギリシャ神話でお馴染みの神々がこれでもかというほど情けない姿を曝け出してます。「抱腹絶倒」とは書かれていても、もう全然そんな感じじゃないしーー。というか、この手のユーモアセンスは、私にはイマイチなのよーー。...それでもギリシャ神話だし!とかなり我慢しつつ読み進めていたら、世界が滅亡へと進み始めた頃から面白くなりました。
結論としてはそれほど目新しくもないし、特にオススメ作品とも思わないんですが、それでも終わりよければ全て良しですかね? なかなか可愛らしく収まっていたと思います。下品ながらも可愛らしい神々、と思えるようになったのがスバラシイ。話に全く要領を得ないアテナにはがっかりなんですが(もっと素敵なイメージを持ってたのにー)、その分、アルテミスやヘルメスがなかなかいい味を出していて良かったです。(早川書房)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
6月。ムーミン谷近くの山が噴火して大きな地震が起こり、遠くから海の水が押し寄せてきます。洪水のせいでムーミン谷はすっかり水浸し。避難しなくてはならなくなったムーミントロールたちの前に流れてきたのは、ムーミン一家よりももっと人数の多い家族が一緒に乗れるぐらいの大きな家でした。一家は早速その家に引越しをすることに... という「ムーミン谷の夏まつり」。
11月から4月までは冬眠するムーミンたち。しかし新年を少し過ぎた頃。ムーミントロールはふと目を覚まし、それきり眠れなくなってしまったのです。家の中は夏と一緒でも、妙に静かで寂しくて... ムーミンママの布団の上で丸まって長い冬の夜を過ごしたムーミンは、朝になると外に出てみることに。スナフキンに会いに南へ行こうと思ったのです... という「ムーミン谷の冬」。

ムーミンシリーズの4作目と5作目。
「ムーミン谷の夏まつり」は、1作目の以来の危機勃発の物語。でも彗星が地球にぶつかるというあの時にもまるで動じなかったムーミン一家が、洪水ごときでうろたえるわけもなく。(笑) 避難というよりも、もうほんと普通にお引越しですね。ピクニックのような和やかさ。みんなが新しい家に落ち着いた後でも、ムーミントロールとスノークのおじょうさんが木の上に置き去りにされるという事件が起きるんですが、ムーミンパパもムーミンママもあまり心配してないし~。はぐれたと分かった最初こそ嘆き悲しむムーミンママなんですけど、「ほんとに、あの子たちのことが、そんなにかなしいのかい」と言われて、「いいえ、ちょっとだけよ。だけど、こんなにないてもいい理由があるときには、いちどきにないておくの」ですもん。そこで一しきり泣いたら、後は希望のみ。なんて前向きなんだ!(笑)
今回は、ムーミントロールの気障な台詞にひっくり返りましたよ。「わたしがすごくきれいで、あんたがわたしをさらってしまうというあそびをしない?」というスノークのおじょうさんに対して、ムーミントロールの答えは「きみがすごくきれいだ、なんてことは、あそびにしなくていいんだよ。きみは、いまだって、ちゃんときれいなんだもの。ぼく、たいていきみをさらっちゃうよ。あしただけどさ」ですよ! それと、いつも孤高な人生を歩んでいるスナフキンが、公園の「べからず」立て札を片端から引き抜いてやろうと、ニョロニョロの種を蒔いたり、一緒に逃げ出した24人の子供たちの世話をしたりとなかなか楽しい展開です。

「ムーミン谷の冬」は、シリーズ初の冬の物語です。目を覚ましてしまうのはムーミンとちびのミイ。
冬眠中の11月から4月までの期間というのは、ムーミンたちにとって存在しないも同じ時間。北欧が舞台なのに、ムーミンが雪を見たこともなかったというのが驚きなんですが、ここに描かれているのは、まさに北欧の冬。夏とは全然雰囲気が違います。死んだように静まり返った雪の世界。「夜が明ける」とはいっても、半年は夜となる北欧は、白夜の反対の極夜の状態。1日中、薄闇のモノトーンの世界なんでしょうね。家の中にも外にも、寂寞としたイメージが漂っています。雪は音を吸収するでしょうから、一層不気味だったのでは。
「ここは、うちの水あび小屋だぜ」と言うムーミンに対して、「あんたのいうとおりかもしれないけど、それがまちがいかもしれなくてよ。そりゃ、夏にはなるほどこの小屋は、あんたのパパのものでしょうさ。でも、冬にはこのおしゃまのものですからね」と返すおしゃまさん。そう言われてしまうと一言もありませんね。よく知っている場所のはずなのに、ここは既に異世界。夏と冬でこれほど世界が変わるというのがすごいです。北欧に住む人々にとっては普通なのかもしれませんが、とてもインパクトがありました。
そしてそれだけに、春の到来がとても素敵。まだまだ雪が厚く積もり、氷も厚くはって寒いながらも、やがて水平線にお日さまが最初は糸のように細く顔を出し、それから少しずつ高く上るようになり、やがてムーミン谷にも弱い日ざしが差し込むようになります。そして雪嵐。こんな風に北欧の人々は春を迎えるんですね。目が覚めたムーミンママの「わかってますよ」という言葉がとても温かいです。ああ、特に大事件はおきない話なんだけど、シリーズ5冊読んだ中でこの作品が一番好き!(講談社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ムーミン谷の彗星」トーベ・ヤンソン
「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン
「ムーミンパパの思い出」トーベ・ヤンソン
「ムーミン谷の夏まつり」「ムーミン谷の冬」トーベ・ヤンソン

| | commentaire(5) | trackback(0)
Catégories: / /


グリム姉妹の事件簿1

Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス


11歳のサブリナと7歳のダフネのグリム姉妹は、2年前に両親が失踪して以来孤児院暮らし。孤児院のミズ・スミートはグリム姉妹のことを毛嫌いしており、2人を孤児院から引き取ってくれる家庭を見つけることが、今や彼女の一大使命となっていました。今もまた、祖母だと名乗る人物のところに連れて行かれるところ。しかしこれまで2人を送り込んだ先の人々は大抵意地悪で、時には頭がおかしいこともあり、2人をメイドや子守りとしてこきつかうか、ただ無視するばかり。その上、今回連れて行かれる先は、両親にずっと死んだと聞かされていた祖母のところなのです。サブリナはその「祖母」の偽者の家からもすぐ脱走する心づもりにしていました。しかしダフネはすぐに「レルダおばあちゃん」に懐いてしまい...。

東京創元社の創元ブックランドの新刊。今回は献本で頂きました。感謝。
本の案内に、かのグリム童話をまとめたグリム兄弟の子孫が、今はおとぎばなしの登場人物たちの見張りをしつつ、代々探偵業を営んでいるとあり、この時点で既に興味津々だったのですが、帯にはさらにジェイン・ヨーレンの「どうしてわたし自身で考えつかなかったんだろう! すっごいアイディア」という言葉が。ジェイン・ヨーレンにそんなことを言わせるとは、と読む前から期待が膨らみます。
そして実際に読んでみて。確かにこの設定は面白い~。そもそもグリム兄弟がおとぎばなしを書き留めたのは、おとぎばなしの時代の終わりが近づいたことを悟ったから。昔々はおとぎばなしに出てくる生き物たち(エヴァーアフター)と人間は共に暮らしていて、不思議なことも日常的に存在していたのに、両者は徐々にぶつかり合うようになってしまったんですね。魔法が禁止され、エヴァーアフターたちが迫害され始めたのを見たグリムは、できる限り沢山の物語を書き留め、親しくなったエヴァーアフターたちがアメリカ移住するのを手伝います。船を世話し、ハドソン川のほとりに土地を買って、エヴァーアフターたちがその土地に町を築くのを手伝うんです。でも新大陸にも徐々に人間は増えて、エヴァーアフターたちの身に再び危険が迫ります。バーバ・ヤーガに魔法をかけてもらうことによって、今の状態に落ち着くことになったんですが...。
その話がレルダおばあちゃんから出た時は、グリム一族がエヴァーアフターの後見人のような役割なのかなあと思っていたのですが、舞踏会での会話を聞いている限りでは、エヴァーアフター側にも様々な思いがあるようで! その辺りは、読んでいてちょっと複雑になってしまったんですけど... でもいずれにせよ、どちらか一辺倒の態度だけってわけじゃないのが良かったです。それに昔ながらの物語やファンタジー系の作品の登場人物が所狭しと歩き回っているのには、やっぱりわくわくしてしまいます。彼らの裏の素顔を覗き見るような楽しさ~。そして一番魅力的だったのは、レルダおばあちゃんの言う「世界一大きなウォークイン・クローゼット」! これはすごいです! この中、入ってみたい!!

今回だけで解決することと、また次回以降に続くことと。まだまだ小手調べといった感じもあるし、これでようやく登場人物たちが落ち着くところに落ち着いたので、今後ますます面白くなりそうな予感。次作も楽しみに待ちたいと思います。そして創元ブックランドの本は毎回挿絵も楽しみなのですが、今回は後藤啓介さんによる影絵調の挿絵で、これも物語の雰囲気によく似合っていて素敵です。(創元ブックランド)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
7歳の時に実の母を亡くし、13歳の時に父も亡くしたシンシンは、今は義母と半分だけ血の繋がった姉・ウェイピンとの3人暮らし。シンシンは腕のいい陶工だった父から絵と詩と書の三芸を習い、特に習字が上手でした。しかしこの1年間のシンシンの呼び名は「役立たず」。シンシンは、家の仕事を一手に引き受ける日々を送っていたのです。しかしシンシンは毎日泉にいる美しいコイに亡き母の魂を見て心を和ませていました。

ドナ・ジョー・ナポリ版「シンデレラ」。「シンデレラ」の物語は世界中に広がっていますが、その原形は中国にあったと言われていて、ドナ・ジョー・ナポリが今回の物語の舞台に選んだのも中国。ドナ・ジョー・ナポリ自身、1997年の夏に北京師範大学で創作を教えていて、その時に中国のシンデレラの物語を読むことにもなったようですね。でも舞台となっている時代はそれほど古くなくて、明代初代の皇帝・洪武帝の頃です。

この物語のシンデレラは、シンシン。でもシンシンは、欧米のシンデレラほどあからさまに義母や義姉に扱いを受けているのではないんです。もちろん日々の家の仕事は全部シンシンの仕事だし、それが不公平だというのは当然なんですが... 義姉のウェイピンは1年前から纏足をしていて、それが痛くて辛くて住んでる洞穴からも外に出られない状態。家の仕事なんてとんでもないし、足が痛いから、ついついきつい言葉を吐いてしまうんですね。それに義母の足だって纏足をした足だから、働くのに向いてないし。一家の大黒柱を亡くした家族に、奴婢を雇う余裕があるはずもなく。
もちろん義母がウェイピンに纏足をさせたのはいい結婚をさせるためで、シンシンにはさせないという時点で既に扱いの違いが出てるわけなんですが、シンシンの足は纏足をしなくても十分小さな足なんです。それもポイントですね。だって顔立ちが不細工で、足も大きいウェイピンに、シンシンは優越感を抱いてるんですもん。それにウェイピンが実の母親に可愛がられるようになったのは、父親が亡くなってから。母親は息子を産む気満々だったから、娘なんて全然眼中になくて、息子が産めないとなって初めて、母の目がウェイピンの方を向いたんです。やっと得た母の愛と価値観に囚われて、纏足をしさえすればいい結婚ができると信じてるウェイピン、なんだか可哀想です。
そんな状態だから、本家のシンデレラほど「シンデレラ vs 義母+義姉」の対比が鮮やかではないし、最終的に立場が逆転して胸がすくような展開というわけでもありません。何も知らなかったシンシンが徐々に成長して世界を知り、最後には1人の女性として自分の進むべき道を選び取るというのはいいんですけど... それでウェイピンはどうなるんでしょう? 結果的に義母と義姉を踏み台にしたようなシンシンよりも、どうしてもウェイピンの方が気になってしまいます。なんだかすっきりしないぞー。(あかね書房)


+既読のドナ・ジョー・ナポリ作品の感想+
「逃れの森の魔女」ドナ・ジョー・ナポリ
「クレイジー・ジャック」ドナ・ジョー・ナポリ
「バウンド 纏足」ドナ・ジョー・ナポリ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
ケーバーン山のふもとのグラインド村に生まれたエルシー・ピドックは、生まれながらのなわとび上手。3歳の時になわとびのつなを作ってもらって以来、一日中なわとびばかり。5つになった頃には誰にも負けないほどになり、6つの時にはエルシー・ピドックの名前はその州に知れ渡り、7つになった頃にはケーバーン山に住む妖精でさえエルシーの名前を知っていました... という「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」。
そして、どんなとこでも寝てしまうネコ。ピアノの上でも窓の棚でも、部屋の真ん中でも、ブランコの上でも、部屋の真ん中でも、ブランコの上でも... という「ねんねんネコのねるとこは」。

ファージョンの絵本2冊。
「エルシー・ピドック~」の方は、「ヒナギク野のマーティン・ピピン」でマーティン・ピピンがシルビアのために語ったお話だけを取り出して絵本にしたものです。このお話そのものも元々大好きなんですが、そのお話にシャーロット・ヴォーグの絵の柔らかい線、淡い緑を基調にした色合いがとてもよく似合っていて素敵~。夢がたっぷり~。で、お話そのものも素敵なんですけど、やっぱり石井桃子さんの訳もとてもいいんですよね。中でも「アンディ・スパンディ、さとうのキャンディ、アマンド入りのあめんぼう! おまえのおっかさんのつくってる晩ごはんは、パンとバターのそれっきり!」というなわとび歌が、子供の頃から大好きなんです。

「ねんねんネコのねるとこは」は、ファージョンの言葉にアン・モーティマーの絵がつけられた絵本。短い言葉に可愛いネコ。どのページにも気持ち良さそうに寝てるネコがいて、その表情が可愛くて、思わず撫でたくなってしまう~。ネコってほんと、いつ見ても幸せそうに寝てますものねえ。そして見開きの左ページと右ページのさりげない繋がりも楽しいのです。すぐ読み終えてしまうような絵本ですが、ネコが大好きというのが伝わってきて楽しい絵本です。(岩波書店・評論社)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / / /

  [amazon] [amazon]
トムは腹を立てていました。夏休みは弟のピーターと庭のリンゴの木の枝と枝の間に家を作ろうと前々から計画していたのに、ピーターははしかにかかり、トムはうつらないようにするために、アランおじさんとグウェンおばさんの家に行かなければならなくなったのです。アランおじさんたちが住んでるのは、庭のないアパート。万が一はしかにうつっていた時のために外に出ることもできず、友達もおらず、トムは日々退屈しきっていました。運動不足で夜も寝られなくなってしまったトムは、毎晩のように時計の打つ音を数えるのが習慣となります。古い置時計は、打つ音の数を間違えてばかり。しかしそんなある晩、夜中の1時に時計が13回打ったのです。夜の静けさに何かを感じたトムは、こっそりベッドから抜け出します... という「トムは真夜中の庭で」。
隣の家に住んでいたのは、"よごれディック"。数年前に奥さんに逃げられて以来、ディックは一人暮らしで、母さんに言わせると、ブタ小屋のブタのような暮らしぶり。運転はできないのに2台の車を持ち、1台ではウサギを、もう1台ではメンドリを飼い、卵を売って暮らしていました... という「汚れディック」他、全8編の短編集

古時計が13回打った時にだけ現れる庭園とハティという名の少女。昼間はがらくたばかりが置かれている狭苦しい汚い裏庭があるだけの場所に、広い芝生と花壇、木々や温室のある庭園が広がっていて...! 退屈だったはずの夏休みが、わくわくする真夜中の冒険に一変してしまいます。子供の頃に何度も読み返した作品なんですが、中学以降は読んでなかったかも... ものすごく久しぶりの再読なんですが、これがやっぱり良くて! 大人になって読んでも全然色褪せていないし、それどころかさらに一層楽しめるというのが素晴らしい。
でも楽しい冒険も徐々に終わりに近づいて...。小さかったハティがいつしかすっかり大きくなっていたと気づくところは切ないです。しかもそれに気付かされるのが、他人の目を通してなんですから! でも最後に彼女の名前を叫んだ時、きちんとその声が届いたというのがなんとも嬉しいところ。年齢差を越えた2人の邂逅には胸が温まります。
この作品、子供の頃読んでた時はやっぱりトム視点で読んでたと思うんですけど、大人になった今読むと、もちろんトム視点が基本なんですけど、ハティもかなり入ってたかも。読む年齢に応じて、その経験値に応じて、新たな感動をくれる本なんですね。あー、こういう子供の頃に大好きだった本を読み返すたびに、本棚に入れておいてくれた父に改めて感謝してしまうなあ。

そして「真夜中のパーティー」の方は、今回初めてです。どれもごく普通の日常から始まる物語。特に不思議なことが起きるわけでもないし、日常のちょっとした出来事と一緒に子供たちの思いが描かれているだけ。でもそれがとても鮮やかなんですね。真夜中のパーティーが親にばれないように工夫する姉弟たち、ついついニレの木を倒してしまった少年たち、貴重なイシガイを川に隠す少年たち、せっかく摘んだキイチゴを無駄にしてしまい、怒る父親から逃げ出す少女、池の底からレンガの代わりにブリキの箱を拾った少年...。特に印象に残ったのは、川の底に潜りこもうとするイシガイを見ながら密かに逡巡するダンの姿かな。これは本当にドキドキしました。兄のようなパットが大人たちに糾弾されるのに憤慨した小さなルーシーの反撃も良かったなあ。溜飲が下がります。あと、間違えてブリキの箱を拾ってきた少年のあの達成感・充実感ときたら! 読んでいるその時には、それほど大した物語には思えないのですが、後から考えると印象的な場面がとても多かったことに気づかされるような、深みのある短編集でした。(岩波少年文庫)

| | commentaire(6) | trackback(1)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
町の高い円柱のうえに立っていたのは幸福な王子の像。全身うすい純金の箔がきせられ、目には2つのサファイア、刀の柄には大きな赤いルビーがはめられ、非常な賞賛の的。そんなある夜、一羽のツバメがエジプトに向かう途中、幸福の王子のいる町を通りかかります... という「幸福な王子」他、全9編を収めた短編集。と、
画家のバジル・ホールウォードのモデルとなっていたのは、美貌の青年・ドリアン・グレイ。彼は、ちょうどアトリエを訪ねて来たヘンリー卿に自分の美しさを改めて教えられ、同時に美しさを失うことへの恐怖をも植えつけられ、そして快楽主義者であるヘンリー卿の感化で、背徳の生活へと踏み出すことに。しかしその生活による外面的な変化は全て肖像画に表れ、ドリアン・グレイ自身はいつまで経っても若い美青年のままだったのです... という「ドリアン・グレイの肖像」。

先日再読した「サロメ」が思いのほか素晴らしかったので、そちらを訳している福田恆存さんの訳で読みたかったんですけど、「幸福の王子」はどうやら訳してらっしゃらないようですね... 残念。「ドリアン・グレイの肖像」は福田恆存さんの訳なのですが。

「幸福の王子」は、実は子供の頃に大嫌いだった作品なんです。ワースト3に入ってました。何が嫌いって、幸福の王子の偽善的なところ。自分は貧しい人々を助けて満足かもしれないけど、そのために死んでしまったツバメはどうするの...?ですね。王子の思いやりが素晴らしい、なんて思わなかったし~。で、大人になった今読み返してみても、やっぱり凄い話でした。確かにツバメも納得してやってることではあるんだけど... しかも大人になってから読むと、さらに気になることがいっぱい。宝石や金箔を届けられた人は、その場は有難かったでしょうけど、金箔はともかく、立派なサファイアやルビーはどこから取ってきたのか一目瞭然のはず。疑われることにならなかったのかしら? もしそんなことにならなかったとしても、貧しくても正しく生きてきた生活がそれで一気に崩れてしまったりしなかったのかしら? 幸福の王子は、自分の目に見える範囲のほんの数人を助けたけど、その他の可哀想な人々はどうなるの? 全てに責任が取れないのなら、中途半端に手を出さない方がいいのでは?(千と千尋だね!) やっぱり幸福の王子の行動は自己中心的なものとしか映らないなあー。
そして今、他の作品を読んでみてもそういう物語ばかりでびっくりです。美しい言葉で飾られてはいるけれど、自己中心的な人々が純情な正直者を傷つける物語ばかり。赤いばらを欲しがった学生のために無意味に死んでいったナイチンゲールや、粉屋に利用されるだけ利用された正直者のハンス。死んでしまってなお、酷い言葉を投げかけられる侏儒。そんな物語も、オスカー・ワイルドの手にかかるとあまりに美しいのだけど...。オスカー・ワイルドはどんな気持ちでこういった作品を書いたのかしら。多分これが「童話集」でなければ、私も別にそこまで引っかからなかったんじゃないかと思うんですが...。(笑)

そして「ドリアン・グレイの肖像」は、肖像画がその罪を一手に引き受けてくれるという、今読んでも斬新な設定が楽しい作品。画家のバジルは画家ならではの鋭い目で「ひとりの哀れな人間に罪があるとすれば、その罪は、かれの口の線、瞼のたれさがり、あるいは手の形にさえ現れるのだ」と言うんですけど、ドリアン・グレイがいくら悪行を繰り返しても、外見は18年前に肖像画が描かれた時と同じ。顔つきは純真無垢で明るく、穢れをつけない若さのまま。
美貌の青年にとって、その美貌をなくすことは何よりも耐え難いことなんですけど、そのきっかけを作ったのはヘンリー卿。「美には天与の主権があるのだ。そして美を所有する人間は王者になれる」と言いながら、続けて「あなたが真の人生、完全にして充実した人生を送りうるのも、もうあと数年のことですよ。若さが消えされば、美しさもともに去ってしまう、そのとき、あなたは自分にはもはや勝利がなにひとつ残ってないということに突然気づくーー」なんて言うんですね。このヘンリー卿の言葉がどれも面白いし、その印象も強烈。やっぱりヘンリー卿には、オスカー・ワイルド自身が投影されてるのかしら。彼がドリアン・グレイの悪行にまるで気づいていないのが不思議ではあるんですが... 影響を与えた彼自身は快楽主義者としてではあっても、一般的な社会生活からは逸脱してませんしね。うーん、彼こそが本物だったということなのかもしれないな。あと、彼がドリアン・グレイに貸した本が背徳のきっかけになるんですけど、あれは何の本だったんだろう! 例えばマルキ・ド・サドとか?(笑)
そしてこの作品で特筆すべきなのは美へのこだわり。ドリアン・グレイ自身も美しい物が大好きで色々と収集してるんですけど、彼の存在自体がもう美しく感じられますしね。そして作品そのものもあまりに美しい...。とは言っても、その美しさは天上の美しさではなくて、堕天使の魅力なのですが。オスカー・ワイルドの美意識が全開の作品だと思います。(新潮文庫)


+既読のオスカー・ワイルド作品の感想+
「サロメ」ワイルド
「幸福な王子」「ドリアン・グレイの肖像」ワイルド
「ウィンダミア卿夫人の扇」ワイルド

| | commentaire(7) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
外で雄鶏が「コケコッコー!」と鳴き、地価の大きな暗い石造りのお勝手のせまいベッドの中で目を覚ましたのはエラ。以前は2階の綺麗な部屋で暮らしていたのに、エラの本当のお母さんは既に亡くなり、娘を2人連れた婦人がお父さんと結婚してからというもの、エラは穴倉のようなこの部屋に追いやられ、家の仕事を一手に引き受けさせられていたのです。鳴き続ける雄鶏、そして早く起きることを催促する道具たちに、エラは渋々起き上がります。しかしその時、馬具につけた鈴の音と馬のひづめが鳴る音が聞こえてきます。1ヶ月もの間留守にしていたお父さんがとうとう帰ってきたのです。

先日読んだ「銀のシギ」と同様、元は舞台のための脚本として書かれたものを小説に書き直したという作品。こちらもやはりファージョンらしい味付けがされて、元となっている「シンデレラ」の物語が楽しく膨らまされています。こちらの方が「銀のシギ」よりも賑やかですね。雪の季節の物語だし、まるでクリスマスのための贈り物みたい... なのに、こんな暑い時期に読んでしまってるんですが。(汗)
ペロー版の「シンデレラ」と違うのは、まず主人公のシンデレラに「エラ」という名前がつけられていること。でも以前読んだアーサー・ラッカムの「シンデレラ」(これはペロー版を元にC.S.エヴァンスが再話したもの)でも、同じようにエラという名前がつけられてたんですよね。やっぱり「Cinderella」という名前が「Cinder(灰)+Ella」ということだからなんだろうな、と思いつつ... 日本語のシンデレラの童話を読んでる限りでは、名前が出てきたような覚えがなかったんだけど(全然出てこなかったとも言い切れないのが微妙なとこなんだけど)、「灰かぶりのエラ」は基本なんですかね? それともファージョンか誰かが創作したものなのかな?(C.S.エヴァンスが再話したのは、ファージョンよりも後のことなので) あ、でももし基本だとしても、これは英語圏の人にとって、ですよね。ペローはフランス人だし、フランス語のシンデレラは「サンドリヨン(Cendrillon)」だから、また違うでしょうし。(この場合「Cendre」が灰)うーん、よく分からない!

ま、それはともかくとして。このエラがとても前向きな明るさを持つ女の子なのです。元話と同じく惨めな生活を送ってるはずなのに、その辛さを感じさせないほど。それも前向きになろうと頑張ってるんじゃなくて、ほんと自然体なんですよねえ。その自然体な部分は王子と会った時も変わることがありません。(その場面の会話のちぐはぐで可愛いことったら) そして子供の頃に「シンデレラ」を読んだ時、なんでお父さんは何もしてくれないんだろうと思ってたんですけど、その辺りもちゃんと織り込まれてました。お父さんは優しくて、でも優しすぎる人だったのですねー。しかも仕事で家をたびたび長いこと留守にしてるようだし。もちろん2番目の妻を離婚するなり、エラを信頼できる人間に預けるなり、何とかしようはあったとは思うんですが。(あ、でも離婚はできないのか、宗教的に)
エラのいる台所の道具が話し出すし、継母が実は○○だった、とか(笑)、頭が悪くて欲張りで太っているアレスーザと、怒りっぽくてずるくて痩せっぽちのアラミンタという2人の姉たちの対照的な姿も喜劇的だし、読んでるとやっぱり舞台向きに書かれた話だなあって思います。妖精のおばあさんは、あまり気のいい親切な妖精のゴッドマザーという雰囲気ではなくて、むしろちょっぴり怖そうな雰囲気なんですけどね。「チューイチュイ」という小鳥への呼びかけの声がとても印象的。そしておとぎ話で夢をみるのは普通はお姫さまと相場が決まっていますが、この作品では王子さま。ハート型の純金の額縁を眺めながら、運命の女性を夢見ている王子さまって一体?! でも一番良かったのは道化かな。王子の代わりに怒ったり喜んだり悲しんだりする道化。彼の意外な洞察力と、エラの父親との場面が素敵でした。賑やかでありながらほんのりと心が暖まる、この作品にぴったりの存在だと思います。(岩波書店)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
とても貧しい絵描きの卵の「わたし」が住んでいるのは、とても狭い路に面した建物の小さな部屋。光がさしてこないということはなく、高いところにある部屋からは、周りの屋根越しにずっと遠くの方まで見渡すことができました。引っ越してきたばかりのある晩、まだ友達もおらず、あいさつの声をかえてくれるような顔なじみもおらず、とても悲しい気持ちで窓のそばに立っていた「わたし」は、そこに良く知っている丸い懐かしい顔を発見します。それは昔ながらの月でした。月はまっすぐ「わたし」の部屋に差込み、これから外に出かけるときは毎晩「わたし」のところを覗きこむ約束をしてくれたのです。そして、わずかな時間ではあるものの、来るたびに空から見た色々なことを話してくれるようになります。

全部で33の月の小さな物語。夏目漱石の「夢十夜」か稲垣足穂の「一千一秒物語」か、はたまた「千一夜物語」かといった感じで、月が自分の見た情景を語っていきます。月は毎晩「わたし」の部屋に来られるわけじゃないし、来られたとしてもいられるのは、ほんのわずかな時間だけ。なので1つ1つのお話はどれも2~3ページと短いのです。でもこれがなんと美しい...!
恋人の安否を占うためにインドのガンジス川で明かりを流す美しいインド娘のこと、11羽のひなどりと一緒に寝ているめんどりの周りで跳ね回っている綺麗な女の子のこと、16年ぶりに見かけた、かつては美しい少女だった女性のこと... 様々な時代の様々な場所での出来事が語られていきます。その眼差しは、全てを静かに見守る母のような暖かさ。そして1つ1つの物語は短くても、その映像喚起力が素晴らしいんですよね。挿絵がなくても、どれも目の前に鮮やかに情景が浮かんできます。そして読み進めるほどにさらに鮮やかな情景が夢のように浮かんできて、それらが一幅の美しい絵となっているような...。「絵のない絵本」という題名も素晴らしいですね。この本って、きっと読者自身の想像力で仕上げをする絵本なんですね。
おそらくこの画家の卵は、アンデルセン自身なんでしょうね。訳者解説によると、この作品にはアンデルセン自身が様々な都市に滞在した時の情景が描き出されているのだそうです。そして、北欧生まれのアンデルセンは明るい南の国イタリアに憧れてやまなかったとのこと。童話集を読んだ時に感じたイタリアへの憧憬は、やっぱり本物だったんですね! この33編、どれも素敵でしたが~。その中でも特に印象に残ったのは、第16夜の道化役者の恋の物語。切なくて、でも暖かくて... 大切に読み続けていきたい本です。^^ (岩波書店)


+既読のアンデルセン作品の感想+
「アンデルセン童話集」1~3 アンデルセン
「絵のない絵本」アンデルセン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
以前読んだ「囚われちゃったお姫さま」の原書です。この作品があんまり楽しかったもので! 続きが早く読みたくて、先月 "The Enchanted Forest Chronicles(魔法の森年代記)" 4冊セットを買ってしまったんです。でも、一旦買ってしまうと安心して積んでしまうのは、世の常(笑)ですね。これもあやうく積まれたままの運命をたどりそうになってましたが、同じくこのシリーズがお好きだというきゃろるさんも同じ4冊セットを購入されて、しかも2冊目まで読了されてたので、背中を押されるようにしてようやく1冊目を読み終えましたー。
いやあ、やっぱり面白かった。洋書読みは、大学時代はなんとか頑張ってたんですが(英文科)、卒業以来はもうほんとたまーーーに読む程度なので時間がかかって仕方ありません。それでもこの作品は英語自体がそれほど難しくないので、比較的するすると読めました。あ、話が分かってるというのも大きいですね。1冊目は英語に慣れるために読んだので、2冊目からが本番だったのでした...。本当は2冊目を読んでから記事を書こうと思ってたのに。無事読了できて嬉しかったので思わず書いてしまう私ってば。(笑)
その2冊目の "Searching For Dragons" は、8月に「消えちゃったドラゴン」という題名で翻訳が出る予定。ということで、7月のうちには読もうと思います。頑張るぞーー。(Sandpiper)


+シリーズ既刊の感想+
「囚われちゃったお姫さま」パトリシア・C・リーデ
「Dealing with Dragons」Patricia C. Wrede
「消えちゃったドラゴン」パトリシア・C・リーデ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ノーフォークの海辺の風車小屋に住んでいるコドリングかあちゃんの子供は、全部で6人。息子はエイブにシッドにデイブにハルの4人で、それぞれに頑丈で大食漢で働き者。娘は18歳のドルと12歳のポル。ドルは丸ぽちゃの可愛い娘で、気性も素直で優しいのですが、怠け者なところが玉に瑕。12歳のポルは、ドルとは全くタイプが違い、子猫のように知りたがり屋の利口者。ある日、1ダースのダンプリングが焼けるのを待って白昼夢にふけっていたドルは、コドリングかあちゃんの「ダンプリングは、かならず三十分でもどってくる」という言葉に、今そこにあるダンプリングを食べてしまっても大丈夫だろうと考えます。

グリムの「ルンペルシュティルツキン」と同系の「トム・ティット・トット」の伝説を元にしたファージョンの創作物語。元となった伝説も巻末に収められているのが嬉しいところです。読み比べてみると、ファージョンがいかに元の話を膨らましたのかがよく分かります。この話、子供の頃も楽しく読んでたんですけど、大人になった今また読んでみると、見事に換骨奪胎されていて、改めてすごい!
まず、元の物語には女の子は1人しか出てこないのですが、こちらに登場するのはドルとポルの姉妹。王様と結婚するのはドルです。彼女は色白で金髪碧眼。とても美しく気立てもいいんですが、とにかく怠け者。そしてそのドルとは対照的なのが妹のポル。ポルは、よく日に焼けてて活動的。色んなことに鼻をつっこむし、やらなければならないことは、きびきびとこなします。外見も中身も正反対。...昔ながらのおとぎ話のヒロインに相応しいのは、やっぱりドルですよね。王さまもドルを見た途端、その美しさに惹かれてるし、のんびりしたドルのおかげで王さまは癇癪を半分に抑えることができるようになるし、あんなに怠け者なのに母性愛はたっぷりだし、ドルにはドルの良さがあります。でも冒険に相応しいのは、やっぱり聡明で活動的で勇敢なポル。元話では偶然名前が分かって、まあそれもおとぎ話としてはいいんですけど、今の物語としては詰めが甘いですよね。ポルが活躍するこの展開には、とても説得力があります。石井桃子さんが訳者あとがきで、ドルがポルを待つ場面は青髭みたいだと書いてらっしゃるんですが、本当にそうだなあ~。
それに謎めいたチャーリー・ルーンや銀のシギといった存在もいいんですよね。幻想的な月の男と月の姫の伝説も絡んで、この辺りもとても好き。あとの登場人物たちも楽しい人たちばっかりで! 二重人格な子供っぽいノルケンス王とかその乳母のナン夫人とか、どんと大きく構えたコドリングかあちゃんや単純な魅力の4人の兄さんたち... 若い小間使いのジェンも、家令のジョンも、コックのクッキーも、乳しぼりむすめのメグスも、庭師のジャックも! この作品は元々は舞台のために書かれた作品なんだそうです。そう考えてみると、4人の兄たちが食べたいものを並べ上げながら登場する場面とか、案外いいコンビのノルケンス王とポルの口喧嘩とか、楽しい場面がいっぱいです。(岩波書店)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / / /

   [amazon] [amazon] [amazon]
「おやゆび姫」「皇帝の新しい着物(はだかの王さま)」「みにくいアヒルの子」「人魚姫」「赤いくつ」「雪の女王」など、数々の美しい童話を書き残したアンデルセン。この3冊には全33編が収められています。

ムーミンを読んでたら、北欧繋がりでなんだか妙に読みたくなりました。アンデルセンって実は子供の頃はあんまり好きじゃなかったんですよね。有名な作品は一通り読んでたと思うし、去年もエロール・ル・カインの「雪の女王」の絵本を読んだし、荒俣宏編訳「新編魔法のお店」に「マッチ売りの少女」が載ってたり、「ももいろの童話集」にもアンデルセンの「小さな妖精と食料品屋」が収録されていたりと、それほど離れてたわけでもないんですが、今まで改めて手に取る気にはならなかったのに... と我ながらちょっとびっくり。でもいい機会! 本当はハリー・クラークの挿絵が楽しめる新書館版がいいかなと思ったんですが(右のヤツね)、これは結構分厚くて重いので... 結局手に取ったのは、かねてから読破計画を進めたいと思っていた岩波少年文庫版です。

改めて読んでみて真っ先に感じたのは、暖かな南の国への憧れ。「おやゆび姫」でも「コウノトリ」でも、ツバメやコウノトリが、寒い冬の訪れの前に、太陽が明るく照り綺麗な花が年中咲いているという「あたたかな国」(エジプト)へと旅立つし、「年の話」でもみんなが春の訪れを待ち焦がれてるんです。珍しくイタリアが舞台となっている「青銅のイノシシ」ではこんな感じ。

イタリアの月の光は、北欧の冬の曇り日ぐらいのあかるさがあります。いえ、もっとあかるいでしょう。なぜなら、ここでは空気までが光り、かるく上にのぼっていくからです。それにひきかえ、北欧ではつめたい灰色のナマリぶきの屋根がわたしたちを地面におさえつけます。いつかはわたしたちの棺をおさえつける、このつめたいしめっぽい土へおしつけるのです。

やっぱり北欧の人にとって冬の存在というのは、ものすごく大きいんでしょうね。白夜だし...。日本人が考える冬とはまた全然別物なのかも。(しかも私が住んでる地方は冬が緩いですから) とはいえ、そういう南の国の明るさとは対照的な「雪の女王」の美しさも格別なんですけどね。雪というイメージがアンデルセンの中でこれほど美しく花開いている作品は、他にはないかもしれないなあ。「雪の女王」は、アンデルセンの中でも後期の作品なんじゃないかな、とふと思ってみたり。
そして同じように印象に残ったのは、天国の情景。それと共に、死を強く意識させられる作品がとても多いことに驚かされました。アンデルセンは人一倍「死」を身近に感じていたのでしょうか。「貧しさ」と「死」、「心の美しさ」や「悔い改め」といったものが、多分子供の頃の私には大上段すぎて、苦手意識を持つ原因になったんじゃないかと思うんですけが、今改めて読むと、それも含めて本当に暖かくて美しい作品群だなあと思いますね。

私がこの3冊の中で特に好きだったのは、小さい頃におばあさまにエデンの園のお話を聞いて憧れて育った王子が実際にそこを訪れることになる「パラダイスの園」という作品。とてもキリスト教色の強い物語ではあるんですけど、北風、南風、東風、西風が集まる「風穴」のように、どこかギリシャ神話的な雰囲気もあってとても好き。あとは1粒のエンドウ豆のせいで眠れなかった「エンドウ豆の上のお姫さま」や、中国の皇帝のために歌うナイチンゲールのお話「ナイチンゲール」、白鳥にされた11人の兄たちのためにイラクサのくさりかたびらを編むエリザの「野の白鳥」なんかは、子供の頃から好きだし、今もとても好き。でも逆に、子供の時に読んでも楽しめるでしょうけど、大人になって改めて読んだ方が理解が深まるだろうなという作品も多かったですね。思いの他、大人向けの物語が多かったように思います。

第2巻の訳者あとがきに、アンデルセンも最初は創作童話を書くつもりがなくて、例えば「大クラウスと小クラウス」「火打ち箱」といった作品は、アンデルセンが子供の頃に祖母から聞いた民話を元にしたものだという話が書かれていました。確かに第1巻を読んだ時に、他の作品とはちょっと雰囲気の違う「大クラウスと小クラウス」には違和感を感じてたんですが、そういうことだったんですねー。やっぱり明らかに創作といった物語とは、方向性が全然違いますもん。(岩波少年文庫)


+既読のアンデルセン作品の感想+
「アンデルセン童話集」1~3 アンデルセン
「絵のない絵本」アンデルセン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
春の朝、冬眠から醒めたムーミントロールは、同じ部屋で寝ていたはずのスナフキンが既に外に出ているのに気づいて、慌てて外へ。外はとてもいい天気で、お日さまが眩しく光っていました。ムーミントロールはスニフを起こすと3人で山を登り始めます。そしてスニフが山の頂上で見つけたのは、真っ黒いシルクハット。スナフキンは自分の緑色の帽子を気に入っていたため、3人はムーミンパパのために家に持って帰ることに。

ムーミンシリーズの2作目。冬の始めに冬眠に入ってから、4月に目が覚めてシルクハットを見つけて、それにまつわる色々があって、夏の終わりにそのシルクハットの持ち主だという噂だった飛行おにがやって来て... というほぼ1年を通してのお話となっています。ということで、今回の話の中心となるのは、不思議な真っ黒いシルクハット。ええと私、シルクハットはムーミンパパのトレードマークかと思い込んでたんですが、違ったんですねー。この作品では、たったの1度、それもほんの短い時間かぶるだけ。ムーミンママに、帽子をかぶらないない方が「おもみがある」なんて言われて脱いでます。スナフキンは自分の緑色の帽子がお気に入りだし、引き取り手のなくなった帽子は、あっさり紙くずかごになってしまうことに。(それもすごい話だよね)

あれだけ大騒ぎして帽子を捨てた割に、島への冒険から帰ってきた後で、なんでまた家に持ち帰って大切に扱うことにしたのかよく分からなかったし... 中に入れた水が木苺のジュースになるから?(笑) まあ、最終的には役に立ったから良かったんですけど、今回はいくつかの点でちょっぴりもやもや、と。読み終えてみれば、最後に飛行おにがやって来てきれいに輪が閉じたとも言えるんですが、途中で焦点がちょっとぼけてて、それが残念だったかな。いずれにせよ、1作目に比べるととても無邪気な作品になってて、そのことにびっくりです。そりゃあ、彗星が衝突するぞ!なんて話に比べたら、どんな話を無邪気に感じられてしまいそうですが~(笑)まあ、童話らしく可愛らしくなったとも言えそう。本当はこっちから入る方が正解なのかもしれないな。(講談社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ムーミン谷の彗星」トーベ・ヤンソン
「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン
「ムーミンパパの思い出」トーベ・ヤンソン
「ムーミン谷の夏まつり」「ムーミン谷の冬」トーベ・ヤンソン

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
イギリス・アルプスの山中にあるストチェスターの町に住むコンラッド。コンラッドの叔父のアルフレッドは書店を経営しており、コンラッドやコンラッドの姉のアンシア、そして自分の姉である母さんを養っていました。しかしまずアンシアが大学に行くために家を出て、コンラッドも12歳で学校を卒業すると、上の学校に進学するのではなく、ストーラリー館で働くために家を出ることに。アルフレッド叔父さんが言うには、コンラッドはとても悪い業を背負っており、ストーラリー館にいる誰かを始末しない限り、今年中に死ぬ運命だというのです。

大魔法使いクレストマンシーシリーズの5作目。ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品では、このクレストマンシーシリーズが一番好きです。時系列的には「クリストファーの魔法の旅」の数年後。
クレストマンシーシリーズのこの世界には異世界がいっぱい。関連の世界だけでも12の系列に分けられていて、各系列に原則として9つずつ異世界があるんです。同じ系列の世界は地形が同じ。例えば私たちのこの世界は第12系列の世界Bなんですけど、第12系列の世界Aと違うのは、Aは魔法がごく身近な存在だけど、Bには魔法がほとんどないということだけ。あとはほとんど一緒。そしてそれらの世界での魔法の使われ方を監督するのが、大魔法使いクレストマンシー。この「クレストマンシー」というのは個人名ではなくて役職名なので、その時代のクレストマンシーが、次のクレストマンシーを選んで教育するという仕組みなんですね。
で、今回のお話は第7系列の世界が舞台の物語。とは言っても、今回は異世界同士を行き来するわけではないので(他の異世界から来る人は多々いるんだけど)、あんまり関係ないかな。イギリスのパラレルワールド程度の雰囲気です。

内容は、まあいつものような感じで、意地悪な大人とか根性悪な大人とか。(笑)
その中でコンラッドが頑張ることになるんですけど、その相棒になるのが、以前からこのシリーズでお馴染みのクリストファー。「クリストファー の魔法の旅」で出てきた時のクリストファーはほんの少年だったんですが、こちらでは大体15歳ぐらい。すっかりお洒落な青年となっています。今はまだ修行中の身で、コンラッドと一緒にストーラリー館でこき使われてるのが、まず楽しい~。微妙に性格悪いとこも楽しい~。そして毎日朝早くから夜遅くまで仕事をしながら、2人はそれぞれに自分の本来の目的を果たそうとするんですが、これが異世界が絡み合ってる場所なので、なかなか大変。まあ予想通りなんですけどね。クリストファーが少年の頃ともその後のクリストファーとも違うところが面白いんですが、他の作品を読んでかなり経つので、すっかり忘れちゃってるのが悔しいー。再読したいー。
この作品の15年ほど後の話が「魔女と暮らせば」。私が一番好きな「トニーノの歌う魔法」はその後。考えてみたら、ほとんどの作品にクリストファーが出てくるわけですね。そうか、クリストファーがシリーズを通しての主人公だったのか!(←今頃言ってる)私が読んだのは刊行順なので、シリーズが完結した時は、ぜひ時系列順に読み返してみたいな。(徳間書店)


+シリーズ既刊の感想+
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
カンザス州フラワーズの町のメイン・ストリートにあるヴァン・ゴッホ・カフェ。このカフェに魔法がつきまとうことになったのは、昔、劇場だった建物の片隅にあったせいなのかもしれません。魔法はカフェの壁にしみこんでおり、ときたまひとりでに目を覚まし、人々や動物、置物や食べ物などに影響を及ぼします。マークがこのカフェを買い取ったのは7年前のこと。やがて、まるで夢のような、ミステリーのような、素晴らしい油絵のようなカフェがあるといううわさが広がります。

ヴァン・ゴッホ・カフェでおきる、ささやかな魔法の物語。それは魔法使いや魔女が出てくるようなお話ではなくて、もっとさりげない魔法。ちょっとした奇跡のような、そんな魔法です。
...というのは、実は私の願望。実際には、もっと本当に魔法のような出来事も、結構沢山あったりします。すごく素敵なお話になりそうな始まり方だったのに、なんでこんな風に魔法を入れてしまったのかな? そういうのがない方が、むしろ良かったんじゃないかしら? なんて思ってしまいます。なぜか明るく前向きな気分になれるカフェで時間を素敵な時間を過ごしているうちに、その明るさ前向きさが、物事がいい方に向かうのを助ける... もしくはちょっとした人と人との出会いが、思いがけないものを生む... なんて感じで十分だったと思うんだけど。そうでなかったとしても、もっと魔法と現実との境目が曖昧なら良かったんだけど。ということで、私の好みからは、ちょっぴりずれていた本だったのですが。
それでも、古い友達と会うためにヴァン・ゴッホ・カフェにやって来た「スター」の話や、作家になりたくて、でもほとんど諦めかけていた作家志望の男が、自分の作品を見つける話は好きでした。うんうん、こういうのを期待してたよね、きっと。私は。(偕成社)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
昔々、バーナビーという名の少年が、1人っきりで旅から旅へと曲芸をして歩いていました。母親は生まれた時に亡くなり、バーナビーはやはり曲芸師だった父親と一緒に各地を歩いて回っていたものの、その父親も10歳の時に亡くなっていたのです。芸の上手なバーナビーはみんなに気に入られ、どこに行ってもうまくいっていました。しかし寒い冬になってくると、広場でバーナビーの芸を見てくれるお客さんはどんどん減っていきます。雪が降ってきた日、ある修道士がバーナビーを見て、家がないのを知ると修道院へと連れて帰ることに。

この本は、フランスで何百年もの間語り継がれてきた「聖母マリアの曲芸師」というお話をバーバラ・クーニーが新たな視点から解釈して、絵を添えたもの。初めてこの話をラジオで聞いた時にとても気に入って、息子が生まれたらバーナビーという名をつけようと思ったほどだっていうんですから、その感銘ぶりが分かりますね。
そしてアナトール・フランスも、この話を元に短編を書いてるそうです。何だろう? と調べていたら、岩波文庫で「聖母と軽業師」という短篇集が出てたみたい。これかな? あとアマゾンにはデータがありませんが、世界文化社・ワンダーおはなし館の「かるわざし」(谷市郎訳)とか、書肆山田の「聖母の曲芸師」(堀口大學訳)とかもあったようですね。岩波文庫版も含め、どれも絶版のようですが...。あ、白水社からアナトール・フランス小説集が出てるんですけど、その7巻にも入ってるようです。そのアナトール・フランスが書いた作品を、作曲家のマスネーがオペラにしたのだとか。

それにしてもなんて美しいお話なんでしょう! 映画の「汚れなき悪戯」を思い出しちゃいました。
今まで見たバーバラ・クーニーの絵本とは絵のタッチが全然違っていて驚いたのだけど... 白と黒が基調で、色がついているのも朱色と青と緑色だけですしね。でもそれがまた中世の雰囲気をよく表していて素敵。なんだかまるでステンドグラスの絵物語を見ているみたい。おごそかで美しくて、そして暖かくて優しくて。絵もとても細かく描きこんであって、広場にいる代書屋(?)とか修道院での写本の風景とか、その辺りが特に気になってしまってじーっと眺めてしまったわ! 何も知らないで今の時期に読んでしまったんだけど、これはクリスマスの前に読むのが良かったかもしれないですね。バーバラ・クーニー自身もクリスマスの贈り物のために描いた本のようですし~。クリスマスプレゼントにも最適の本かと♪(すえもりブックス)


+既読のバーバラ・クーニー作品の感想+
「北の魔女ロウヒ」トニ・デ・ゲレツ文 バーバラ・クーニー絵
「ちいさな曲芸師バーナビー」バーバラ・クーニー

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
4月のある朝、アドバセン近くの牧草地を歩いていたマーティン・ピピンは、道端の畑でカラス麦の種をまいている若い男を見かけます。一握りの種をまくごとに、種と同じほどの涙の粒をこぼし、時折種まきを全くやめると、激しくむせび泣く男の名前はロビン・ルー。彼は美しいジリアンに恋焦がれていました。しかしジリアンは父親の井戸屋形に閉じ込められ、男嫌いで嫁にいかぬと誓った6人の娘たちが、屋形の6つの鍵を持ってジリアンを見張っているというのです。マーティン・ピピンはロビン・ルーの望み通り、ロビンの持つプリムラの花をジリアンに届け、代わりにジリアンが髪にさしている花を持ってくるという約束をします... という「リンゴ畑のマーティン・ピピン」。
空が緑に変わりかけ、月や星が出始めた頃。ヒナギク野にいたのは、ヒナギクでくさりを編んでいる6人の女の子と1人の赤ん坊。そこにやって来たのはマーティン・ピピン。自分の子供をベッドに連れに行くためにやって来たマーティンは、6人の女の子たちのために寝る前のお話と歌を1つずつ、そしてそれぞれの子供たちの親を当てることになります... という「ヒナギク野のマーティン・ピピン」

ファージョン再読祭り、ゆるゆると開催中です。今回読んだのは旅の歌い手・マーティン・ピピンの本2冊。2冊合わせて1000ページを超えるという児童書とは思えないボリュームなんですが、読み始めたらもう止まらない! いやあ、もう本当に懐かしくて懐かしくて... 夢中になって読んでいたのは、もっぱら小学校の頃ですしね。本当に久しぶりです。

「リンゴ畑のマーティン・ピピン」は、サセックス州に伝わる「若葉おとめ」という遊戯の元となる物語を語ったという形式の作品。この遊戯は、囚われの姫を助けにきた旅の歌い手とおとめたちのストーリー。古風な歌の歌詞もとても典雅だし、三部構成で、第一部では若葉のもえぎ色、第二部では白と紅、第三部では黄色い服になるという視覚的にもとても美しい遊戯なんです。でもこれ、実はファージョンの創作。
恋わずらいのジリアンを正気に戻すためには、誰も聞いたことのない恋物語を聞かせるのが一番ということで、マーティン・ピピンが6つの物語を語ることになるんですが、この話が本当に大人っぽいんですよね。子供の頃もドキドキしながら読んでたんですが、大人になって再読しても、やっぱりドキドキしてしまうーっ。これはやっぱり子供向けの作品じゃないでしょ... と思いながら読んでいたら、やっぱり違いました。訳者あとがきによると、30歳の男性のために書かれた物語なんだそうです。女性向けではなく男性向けだったというのが意外ですが、確かにこれは30歳の男性でも十分楽しめる物語かと。6つのお話の中で特に好きなのは「王さまの納屋」と「若ジェラード」。そして「オープン・ウィンキンズ」。って、子供の時と変わらないんですけど! そんなに進歩してないのか、私!
お話とお話の間の「間奏曲」では、イギリスの娘たちが楽しむ素朴な遊びや占いの場面もありますし、それぞれのお話の後にはそれぞれの乳搾りの娘と彼氏(なんて言葉じゃ軽すぎる... やっぱり「若衆」でしょうか!)との諍いの原因も告白されたりして、枠の部分も十分楽しめます。

そして「ヒナギク野のマーティン・ピピン」は、その次世代の物語。なんとこちらの聞き手は、「リンゴ畑」の6人の乳搾りの娘たちの子供たちなんです。暗くなってきてもなかなか寝に行きたがらない女の子たちのためのお話と、それぞれの女の子たちの親当てゲーム。「リンゴ畑」では6人の外見の説明がほとんどないせいか、全員の性格の違いを掴むとこまではいかないんですが、こちらは6人が6人とも全然違ってるので、この子の親は誰?というのを通して「リンゴ畑」の6人を改めて知ることができます。
こっちのお話で特に好きなのは、これまた子供の頃と変わらず「エルシー・ピドック夢で縄跳びをする」と「トム・コブルとウーニー」。あーでも「タントニーのブタ」や「ウィルミントンの背高男」「ライの町の人魚」も捨てがたいー。なんて言ってたら全部になってしまうんだけど。エルシー・ピドックのお話は、これだけで独立した絵本にもなってますね。
そして「リンゴ畑」と同じく、間奏曲がまた楽しいんです。子供たちはみんな、マーティンに親を当てられてしまうのではないかとドキドキ。当てられないための駆け引きもそれぞれなら、当てられそうになった時や、大丈夫だと分かった時の反応もそれぞれ。マーティンは結局子供たちの涙に負け続けてしまうんですけどね。間違えたマーティンを容赦なくいじめる方が子供らしい反応かもしれませんが、私としては間違えたマーティンを慰めるような反応の方が子供の頃も好きだったし、今でもそう。って、やっぱり進歩してない私ってば。(笑)(岩波書店・岩波少年文庫)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
珍しく暖かな冬。毛皮職人のロイベンは迷った挙句、やぎのズラテーを思い切って売りに出すことに。家族みんなに愛されているズラテーでしたが、その代金8グルデンでハヌカのお祭りために必要な品物が買い揃えられるのです。しかし息子のアーロンがズラテーを連れて村を出た時には晴れていたのに、町に向かううちに空模様がにわかに変わり始め、とうとう吹雪になってしまい... という「やぎのズラテー」他、全7編。

ポーランド生まれのユダヤ人作家・アイザック・B・シンガーが、若者のために初めて書いたという本。他の2冊もそうだったんですが、シンガーの本は、まえがきもすごくいいんですよねえ。今回もぐっときちゃいました。

わたしたちのきのうという日、楽しかったこと、哀しかったこともふくめて、その日はどこにあるのか。過去とそれにまつわるさまざまな気持ちを思い出すうえに役立ってくれるもの、それが文学です。物語をする人にとって、きのうという日は、いつも身近にあります。それは過ぎ去った年月、何十年という時間にしても同じです。物語のなかでは、時間は消えない。人間たちも、動物たちも消えない。書く人にとっても、読む人にとっても、物語のなかの生きものは、いつまでも生きつづける。遠い昔におこったことは、いまもほんとうに存在する。(P.9)

本当は全文ここに載せたいぐらいですけど...! これだけじゃあ、ちゃんと伝わらないかもしれないんですけど...! でも我慢します。(笑)
シンガーは、子供時代を懐かしむかのようにワルシャワを舞台にした作品を沢山書いてるのに、実は彼の作品はポーランドでは1冊の本にもなっていないと訳者あとがきに書かれていて、びっくりです。1978年にノーベル文学賞を受賞してるんですが、その時もポーランドの新聞では「イディシ語で書く無名のアメリカ作家が受賞」と伝えられただけなんですって。その大きな原因の1つは、300万人以上いたはずのポーランドに住むユダヤ人が、ナチスの手によって殺され尽くしてしまったこと。シンガーが生まれ育ったワルシャワは、もうないんですね。そしてその結果、東ヨーロッパに住むユダヤ人たちの共通語であるイディシ語も死に絶えようとしているのだとか。そう知ってみると、一見「物語があれば、過去のこともいつも身近に感じられる」という前向きな言葉だと思ったまえがきの言葉が、また違う風に響いてきます。

「お話を運んだ馬」や「まぬけなワルシャワ旅行」にも登場した、ヘルムの村を舞台にしたお話も3編ありますし... ヘルムというのは、ポーランドに住むユダヤ人の昔話によく登場する、とんまばかりが住んでいるという架空の村です。それ以外の4編は、どれも生きることと死ぬことを主題にした物語。その中には深い信仰がこめられていました。どれも良かったんだけど、特に良かったのは上にあらすじを書いた「やぎのズラテー」かな。このお話がこの本のタイトルにもなってるんでしょうね。これはもう本当にしみじみと良かったです。
ユダヤのハヌカのお祭りや、子供たちが夢中になるグレイデルという駒遊びなど、見慣れないユダヤの風習が自然に楽しめるのも良かったし~。この本で挿絵を描いているのは、モーリス・センダックなんです。センダックも、彼自身はアメリカ生まれなんですけど、その両親はワルシャワ郊外のユダヤ人の町からアメリカに渡ったのだそう。「初代のシュレミール」に出てくる赤ん坊の表情が最高! そして雪の白さが印象に残ります。(岩波書店)


+既読のアイザック・B・シンガー作品の感想+
「お話を運んだ馬」「まぬけなワルシャワ旅行」I.B.シンガー
「やぎと少年」アイザック・B・シンガー
「ショーシャ」アイザック・B・シンガー

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /


だいだいいろの童話集

Amazonで購入
書評/SF&ファンタジー
東京創元社で刊行中のラング童話集の10冊目。今回は献本で頂きました。感謝。

さて、最初はドイツやフランス、北欧といった一般的な童話から始まったラング色の童話集のシリーズなんですけど、刊行が進むに連れて世界中にその範囲を広げてきています。前回の「ちゃいろの童話集」では、ネイティヴ・アメリカンやアフリカ、ラップランドのお話が面白かったですしね。今回は、センナの口承伝承やパターン族に伝わる話、ショナ族の昔話、ベルベル人の昔話というクレジットが並んでました。センナはアフリカ南部のザンベジ川沿い。パターン族はどうやらアフガニスタンやパキスタンのパシュトゥーン族のことみたい。ショナ族は、アフリカ南部のジンバブエの辺り。ベルベル人は北アフリカ。
とっても興味深かったのは、全ての望みを叶えてくれるシパオという魔法の鏡が白人の手に渡ってしまったから、この世のあらゆる力を白人が握ることになった、とか、魔女をやっつけた姉妹は「宣教師に会ったことがなかったので、残酷な行いができたのだ」とか、黒人の話に白人が入り込んできてる部分。こういうのはこれまでのラング童話集にはなかった部分じゃないかしら...。ラングは自分の童話集に採取した童話を入れる際に、結構手を入れてるようなんですが、そういうのは残ってるんですね。いえ、宣教師云々の部分は何も問題ないんですが、不思議なのは「魔法の鏡」。白人の行いはどう考えてもずるいし残虐すぎるんですけど! ラングのことはあまりよく知りませんが、「ありのままを伝えなければ」なんて考えの持ち主だったとも思えないし... 19世紀の人だし、逆にそういう行為を当然として受け止めていたのでしょうか。でももし黒人を同じ人間として考えていなかったとしたら、そんな風に昔話を採用するのも妙な気がする...。

あ、でもそういったアフリカ系の話だけでなく、ヨーロッパ系のお話も入ってます。フランスのオーノワ夫人の話も久しぶりにいくつか入ってましたしね。今回私が一番嬉しかったのは、西ハイランドの話が入っていたこと。アイルランドやスコットランドのお話だって2つかそこらしかなかったのに、ハイランドとはー。アンドリュー・ラングはスコットランド生まれのはずなのに、ほんと全然と言っていいほどなかったんですよね。

全12冊のはずなので、これで10冊読了。残り2冊になっちゃったんですねー。最初は先が長くて気が遠くなりそうって思ったけど、案外すんなり読破できそう。この東京創元社版の刊行が始まってから復刊され始めた偕成社文庫版も、既に全12巻揃ってるみたいです。本当は、私自身も子供の頃に読んでいた川端康成・野上彰訳の偕成社文庫版を読みたかったはずなんですけど、いつの間にかすっかり東京創元社版ばかりになっちゃいました。でも大人になってから読むなら、こちらの方が読みやすいかも。字の大きさも程よいですし、挿絵も美麗ですしね。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(1)
Catégories: / / /

 [amazon]
ムーミンパパが川に橋を渡し終え、スニフとムーミントロルが森の中に入り込む新しい道を探検して海岸と洞窟を発見した日の晩、ムーミン屋敷にやって来たのはじゃこうねずみでした。ムーミンパパが橋をかけた時に家の半分がつぶされて、あとの半分は雨に流されたというのです。そして翌日、雨が上がった庭では、全てのものがどす黒くなっていました。それを見たじゃこうねずみは、じきに彗星が地球にぶつかって、地球は滅びるのだと言い始めます。

ムーミンシリーズの1作目。ムーミンシリーズを読むのは、実はこれが初めてなんです。テレビアニメもほとんど見てなかったんですよねえ。確かにもともと無邪気に明るく楽しいイメージではなかったんですが、いきなり彗星が地球に衝突?地球滅亡?! 実はとても深い話だったんですね? びっくりしました。
とは言っても。確かに刻々と近づく地球滅亡の日を待つ物語ではあるんですが、ムーミン一家やスニフ、スナフキンやノンノンはあまりにマイペースだし~。終末物はこれまでいくつか読んだり観たりしたし、アメリカのラジオドラマでH.G.ウェルズの「宇宙戦争」が放送された時の騒ぎなんかもすごかったようですけど、ここはやっぱり別世界ですね。決して明るくないし、そこはかとなく寂寥感が漂ってるんですけど、暖かくて優しくて、何とも言えないほのぼのとした味わいがありました。
とても印象に残ったのは、新しいズボンを買おうとしたスナフキンの「もちものをふやすというのは、ほんとにおそろしいことですね」という言葉。終盤、ありったけの持ち物を持って逃げようとする登場人物たちを尻目に、「ぼくのリストは、いつでもできるよ。ハーモニカが、星三つだ」という言葉もスナフキンらしくて、すごくかっこいいです。まあ、スナフキンのレベルに到達できる人はなかなかいないでしょうけど(笑)、たとえ物を所有しても、所有した物に縛られるようになっちゃだめですよね。(講談社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ムーミン谷の彗星」トーベ・ヤンソン
「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン
「ムーミンパパの思い出」トーベ・ヤンソン
「ムーミン谷の夏まつり」「ムーミン谷の冬」トーベ・ヤンソン

| | commentaire(13) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
働き者の父さんと花を育てるのが好きな母さん、そして父さんと畑で働くのが大好きな9歳のジャック。隣の家には大好きなフローラとその両親、もうじき生まれてくる赤ちゃん。しかしそんな幸せな日々も終わりを告げることになります。雨が全く降らず、せっかく蒔いた小麦はいくら川から水を運んでも芽を出してすぐに萎れてしまい、父さんは2度目の種蒔きをするための種を買うために賭けに出るものの、あえなく惨敗。結局畑は他人の物となり、フローラのお母さんは生まれてきた赤ちゃんと共に亡くなり、父さんは虹のふもとにあるという金のつぼを手に入れるために岩壁の向こうへ。父さんを失ったのは自分のせいだと思い込んだジャックの精神は徐々に狂い始めます。

ドナ・ジョー・ナポリ版の「ジャックと豆の木」。「逃れの森の魔女」では魔女視点で描くことによって、本当は哀しい魔女の人生をあぶり出すって感じだったんですが、こちらは巨人視点ではないんですねー。物語は、ジャック視点のまま。巨人は相変わらずの悪役で、こちらはあまり変化ありません。むしろ、なぜジャックが豆の木を登らなければならなかったのか、というその行動に焦点が当てられていました。豆の木も巨人も、金の卵を産む鶏も、金の入った壷も、歌う竪琴も全て揃っているのに、「ジャックと豆の木」とはまたまるで違う物語になってるのにびっくり。子供向けの明るい勧善懲悪な童話が変わる変わる~。
ジャックには双方の両親も認める仲のフローラという少女がいるんですが、そのフローラのスペイン系の血筋を引いているということが、一般的にどのように捉えられているのかといった辺りがリアル。ジャックの幸せな日々が終わることになったのは、元はと言えば旱魃のせいなんですが、そこにジャックの父親の賭け事好きが絡むのがリアル。いろいろなことが丹念に描かれることによって、ジャックが精神に変調をきたしていく過程がリアル。で、そんなリアルな物語に、いきなり魔法の品物が絡んでも浮いてしまいそうですよね。でもその品物の扱いの部分が面白い~。なるほど!

でもこの本を読んでいて、やっぱり私、金原訳ってちょっとテンション下がるかも... なんて思ったり。金原さんといえば今や大人気の訳者さんだし、この方の訳した本を読めばハズレがないとまで言われてたりするんですけど...! 前々から、どうもあまり自分から手に取りたい気がしなくて、むしろ無意識のうちに避けてる気がしてたんですよね。作品を色々読みたいと思う作家さんがいても、どうも進みが悪いなと自分でも思ってたんですが... どうやら気のせいじゃなかったみたいです。はあー。(ジュリアン出版)


+既読のドナ・ジョー・ナポリ作品の感想+
「逃れの森の魔女」ドナ・ジョー・ナポリ
「クレイジー・ジャック」ドナ・ジョー・ナポリ
「バウンド 纏足」ドナ・ジョー・ナポリ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
寝る前にお話を聞かないと寝ようとしない、大のお話好きのナフタリ。両親からも沢山のお話を聞くのですが、字が読めるようになると、お話の本も手当たり次第読むようになります。そんなナフタリは大きくなると本の行商人となり、愛馬・スウスの引く馬車に沢山本を積んで色々なところをまわって本を売り、本を買えない貧しい子には本をプレゼントし、人々の語る様々なお話を聞き、そして自分も沢山お話を語ることに... という「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」他、それぞれ8編が収められた短編集。

アイザック・バシェヴィス・シンガーは、ポーランド生まれの作家。ナチスの迫害から逃れてアメリカに渡ったんだそうです。その執筆は英語ではなく、子供の頃から使っていたイディッシュ語。元はユダヤ人やポーランドに伝わる民話なんだろうなってお話も多いし、ユダヤ教徒の家庭に育ったシンガーらしく、ユダヤ教のラビも頻繁に登場。ハリー・ケメルマンやフェイ・ケラーマンの作品でも読んでるんですけど、ユダヤ教の風習ってやっぱり面白いなあ。
とんまな人々が住むヘルムという町を舞台にした寓話的物語もいくつかあって、繋がっていくのが楽しかったんですが、やっぱり一番印象に残ったのは、上にあらすじを書いた「お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語」。この中に登場するナフタリは、作者シンガーの理想の自画像なのだそう。お話の楽しさ面白さを人々に伝えることを生きがい旅から旅への暮らしだったナフタリは、レブ・ファリクという人物との出会いがきっかけで1箇所に根を下ろした暮らしをしたいと初めて思うようになるんですけど、この2人の会話がとても深いんです。

いちにちが終わると、もう、それはそこにない。いったい、なにが残る。話のほかには残らんのだ。もしも話が語られたり、本が書かれたりしなければ、人間は動物のように生きることになる、その日その日のためだけにな。(P.21)

きょう、わしたちは生きている、しかしあしたになったら、きょうという日は物語に変わる。世界ぜんたいが、人間の生活のすべてが、ひとつの長い物語なのさ。(P.21~22)
生きるってことは、結局のところ、なんだろうか。未来は、まだここにはない、そして、それが何をもたらすか、見とおしは立たない。現在は、ほんの一瞬ずつだが、過去はひとつの長い長い物語だ。物語を話すこともせず、聞くこともせぬ人たちは、その瞬間ずつしか生きぬことになる、それではじゅうぶんとは言えない。(P.37)

他のも一見子供向けのただ面白い話に見えて、実はとても深くじっくり味わえる作品ばかり。そしてお話の楽しさや面白さを人々に伝えたいというシンガーの思いがとても伝わってくる、暖かい作品集です。(岩波少年文庫)


+既読のアイザック・B・シンガー作品の感想+
「お話を運んだ馬」「まぬけなワルシャワ旅行」I.B.シンガー
「やぎと少年」アイザック・B・シンガー
「ショーシャ」アイザック・B・シンガー

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
紀元500年頃。ブリテン島南部で、アーサーことアルトリアス・マグナスの軍勢が、バン卿の領地に攻め込みます。アーサーはバン卿の保護と引き換えに多大な貢物を要求したのですが、バン卿はその申し出を拒否したのです。館には火がかけられ、男たちの怒号や馬蹄の音が響き渡っていました。命からがら館から飛び出した下働きの孤児の少女・グウィナは、剣を振りかざした若者から逃げるために川に飛び込み、下流に向かって泳ぎながら逃げ、冷え切った体で陸に上がり、失神。そこに現れたのは、アーサーに仕える吟遊詩人・ミルディンでした。ミルディンはグウィナを近くの小屋に運びこみます。

アーサー王伝説をテーマにした作品はものすごく沢山あって、その描き方は多種多様なんですが、その中でも「伝説はこうだったけど、真実のアーサー王の物語はこうだった」というスタンスの作品といえば、真っ先に思い出すのがバーナード・コーンウェルの「エクスカリバーの宝剣」(感想)に始まるシリーズ。あちらも相当泥臭い生臭いアーサー王物だったんですが、こちらも相当ですねえ。こちらは臭いが漂ってきそうな感じはなかったですけどね。そしてバーナード・コーンウェルの作品と、この「アーサー王ここに眠る」の違う点は、あちらはそういった真実の物語を淡々と綴っているというスタンスなのに対して(主人公が書き綴る物語が、きっとその依頼主によって好きなように脚色されるだろうという予想はあるのですが)、こちらはそういった様々な現実的なエピソードが、生きた物語に変わる瞬間を目の当たりにすることができること。

ということで、真実のアーサー王の言動をその目に見ながら、物語や伝説が生まれていくところも同時に見ることができるという楽しさのある作品です。アーサーが何をしようとも、どんな人物であろうとも、吟遊詩人であるミルディンが作り上げた単純ですっきりした、それでいて魅力的なエピソードの数々によって、人々はアーサーを好きになっていっちゃう。日頃生身のアーサー王を見ている人ですら、それらの物語が本当は真実からはずれた所にあるものだと分かってるはずなのに、それらの物語を真実の上にかぶせてしまいます。それは「人は自分が見えると思うものだけを見て、信じるように言われたことだけを信じる」というミルディンの言葉通り。(塩野七生さんの「ローマ人の物語」のカエサルの部分を思い出す!) そして「おれはあいつの名声をいい健康状態に保ってやってる語り部の医者ってとこだな」という言葉通り。アーサーの生い立ちのことも、エクスカリバーのことも、湖の貴婦人のことも、例えば緑の騎士のことも、大抵はミルディンがお膳立てをした出来事だったり、ミルディンが作りあげた物語。でもミルディンがほんの少し細工をするだけで、あとは人々が作り上げていってくれるんですねえ。実際のアーサーは粗野で乱暴な男だし、グウェニファーもそれほど若くも美しくもなかったのに、人々の記憶の中のアーサーは気高く聡明で勇敢な王者であり、グウェニファーは若く美しい貴婦人となってしまうのです。そういった物語のカラクリを私だって知らないわけでもないのに(笑)、ミルディンの「手品」がものすごく面白くて読みながらワクワクしてしまいました。物語ができていく裏側をこっそりと覗き見ているという感覚が、またいいんですよね。まるで自分もこの作品に参加して、一役買っているような気がしてきちゃう。

「アーサー王、ここに眠る」という題名は、アーサー王の墓碑銘「HIC IACET ARTHURUS, REX QUONDAM, REX FUTURUS(ここにアーサー王眠る。かつての王にして来るべき王)」から。「かつての王にして来るべき王」といえば、T.H.ホワイトの「永遠の王」(感想) を思い出す... 原題が「THE ONCE AND FUTURE KING」なんです。これは相当ぶっとんだアーサー王伝説で、面食らってるうちに終わってしまった感じなんですが、そうと分かって読み返したら、今度はもっとずっと面白く読めるかもしれないですねえ。また今度読み返してみようっと。(創元ブックランド)

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
町かどのポストのそばにはミカン箱が1つ置いてあり、そこにはジムが座っていました。今8歳のデリーが知ってる限り、もしかしたらそのもっとずっと前から、朝も晩も夏も冬も、ジムはいつだってそこにいたのです。髪は真っ白で、顔は茶色くつやつやとしていて、目は青いガラス玉のようにきらきらしたジム。ジムはデリーの住む赤レンガでできた背の高い家の並ぶ通りの番をしているのだと、デリーは思っていました。この通りにはなくてはならない人なのです。

ゆるゆるとファージョン再読祭り中です。
ファージョンは枠物語が多いんですけど、今回はレンガの家が並ぶ通りにいるジムとデリーのお話が枠で、ジムがデリーに語って聞かせたお話が中身。ジムがどんな人なんだか最初は全然分からないんですけど、地域の人々から愛されてる存在だというのだけは確かなんですよね。そんなジムのことも、お話が進むにつれて徐々に分かってきます。ケント生まれで、キャビンボーイになりたくて家を飛び出し、ゆり木馬号のポッツ船長に出会い、世界中を冒険して回って... ジムがデリーに語る最初のお話こそ、小さい頃にマメ畑を荒らしにくる鳥の見張りをしていた時のことなんですが(これもまた可愛い話なんだわ... ベーコンのサンドイッチ!)、船乗りだっただけあって、そのお話の舞台は世界中に広がってます。時には海の底へ、時には霧の向こうへ、そして時には氷の抜け道の奥へ。イギリスの街角にいながらにして、色んな冒険を楽しませてくれちゃう。やっぱり今回は語り手も聞き手も男の子ですものね!
このお話の中で私が一番好きだったのは「九ばんめの波」かな。ゆり木馬号で航海中のジムが出会うのは、海の波に酔ってしまったタラ。「おまえ、それでもさかなか! こいつはおどろきだ!」と言うジムと一緒になって、海の動物が波に酔うなんて!と思いつつ、タラの「おどろくにはあたらないさ、ジム」「さっきの波は、とてつもなく大きかったじゃないか」という言葉に、妙に納得してみたり。そして船をひっくり返そうとする九番目の大波が来た時、タラはジムに助けてもらったお返しをすることになるのですが~。これがまたスバラシイ。そこらの昔話じゃあ、まずこういうのは読めません。(笑)
海の中の王国や霧の向こうの王国はとても美しかったし、氷の洞窟も幻想的。タラや大海ヘビ、ナマズの女王、ペンギンのフリップといった面々もそれぞれに魅力的~。それに何より枠部分の最後のシメも粋で気持ち良くて! とっても素敵な読後感です。(童話館出版)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
92歳のマリアンは、この15年間は息子のガラハッドとその妻・ミューリエル、その末っ子のロバートと同居の生活。家は狭く窮屈で、日中のほとんどは部屋に面した裏庭で猫や鶏と過ごす日々。そして毎週月曜日になると、2ブロックほど歩いて友人のカルメラの家へ行きます。そんなある日、カルメラが耳の悪いマリアンにプレゼントしたのはバッファローの角でできた耳ラッパ。カルメラは、その耳ラッパを誰にも見せないで、家族がマリアンの話をしているのを盗み聞きすればいいと言うのですが...という「耳ラッパ 幻の聖杯物語」、そして短編集の「恐怖の館 世にも不思議な物語」。

先日「夢魔のレシピ」(感想)読んだレメディオス・バロと並ぶシュールレアリストの女流画家。裕福なイギリス人実業家を父に、アイルランド人を母に生まれ、父親の反対を押し切ってロンドンの美術学校に進んだ後マックス・エルンストと運命の出会いを果たし、エルンストが強制収容所に送られた後、キャリントン自身はスペインの精神病院へ。そしてその後メキシコに亡命... となかなか波乱万丈な人生を送っている人です。

「耳ラッパ」の方は、不思議な老人ホームで繰り広げられる不思議な物語。老人ホームに集まっているのは、それぞれに個性的な老人たち。家では厄介者扱いされて、それでこの老人ホームに来ることになったんでしょうけど、既に因習とか常識に囚われることなく生きることができる老人パワーがなかなかかっこいいです。この作品の主人公のマリアンはキャリントン自身がモデルで、親友のカルメラはレメディオス・バロがモデルなのだそう。そう言われてみると、先日「夢魔のレシピ」に架空の相手に書いた手紙というのもあったし、確かにバロみたいな感じ。そしてこの作品自体とても絵画的なんですけど、その中でも特にウィンクして見える尼僧の絵や、塔に閉じ込められるイメージなど、レメディオス・バロの絵画のイメージがものすごくしてました。でも私はレオノーラ・キャリントンの絵をあんまり知らないからなあ... もしかしたらキャリントン自身の絵なのかな? 実際のところはどうなんでしょう。
「恐怖の館」は、マックス・エルンストによる序文からして、これぞシュールレアリスムなのかという文章でかっこいいんですが、キャリントンの書く短編もなかなか素敵でした。アイルランド人の祖母や母、乳母からケルトの妖精物語や民間伝承を聞いて育ったとのことなんですが、そういう要素はあまり感じなかったですね。むしろ目を惹いたのは馬。この馬のイメージはスウィフトの「ガリバー旅行記」? それともこの不条理な作品群は「耳ラッパ」の帯に「92歳のアリスの大冒険」とあったように、ルイス・キャロル的? スウィフトもルイス・キャロルもアイルランド系だし、やっぱりそういうことなのかな。長めの作品もあるんですが、私が気に入ったのはむしろ掌編の「恐怖の館」「卵型の貴婦人」「デビュタント」「女王陛下の召喚状」辺り。特に「デビュタント」はレオノーラ・キャリントンの実体験に基づくと思われる作品。出たくないデビュタントの舞踏会に、自分の代わりにハイエナに出てもらったら、という物語なんですが、これが残酷童話の趣きで... 素敵♪
「恐怖の館」にはレオノーラ・キャリントンとその周囲の人々の写真が数10ページ挿入されていました。力強い顔立ちの美人さん。私としてはどちらかといえば、作品を見たかったんですけどねえ。どこで見られるんだろう?(工作舎)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

[amazon]
ここ数日というもの悩みごとを抱えていたウォルディングの司祭は、この日ようやく主教宛の手紙を書き上げます。司祭の悩みの種は、春頃から夕方になると山の端から聞こえてくる笛の音。始めはどこかの若者が村の娘に合図を送るために奏でている音だと考えていたのですが、どうやらそうではないらしいのです。その笛の調べは司祭が生まれてこの方聞いたことがないようなもので、なにやら異様な力を持っていました。そして笛の音が聞こえるたびに、娘たちがその調べを求めて丘を越えていくのです。

舞台はイギリスなんですけど、ウォルディングという場所は架空なのかな? 包容力のある司祭と善良な人々が住んで、日々労働に汗し、日曜日になれば皆教会に集まるというキリスト教的に模範的な村です。でもそんな理想的な村が、徐々に異端のものに侵食されていってしまうんですね。身も心も異界に連れ去ろうとするかのような笛の音。理性はその音に抗おうとしてても、感情はその音に連れ去られたがっていて。まるで「ハンメルンの笛吹き」の笛のように。

タイトルの「牧神」とはギリシャ神話に出てくる半人半獣の森の神・パンのこと。天候や風を司り、農業、牧畜、狩猟、漁業の守護神です。(パンと似た存在でサテュロスやフォーンがいますが、サテュロスは同じギリシャ神話の存在でもパンよりも格下で、フォーンはローマ神話の森と田園の神)
キリスト教の登場と共に異教の神として追放されてしまうことになるんですが、そのパンが19世紀末から20世紀初頭の英文学に頻繁に現れるようになったんだそうです。その役割は、文明の批判者として、物質主義に抗議する大自然の呼び声として。でも、うーん、どうなんでしょう。この「牧神の祝福」もその頃書かれた作品らしいんですが、この作品には「批判」「抗議」といった否定的な言葉は、あまり似合わないような気がしますねえ。「キリスト教批判」とか「現代文明への批判」という風に捉えることもできるんでしょうけど、それほどの主義主張を持った作品というよりも、古い異教時代の居心地の良さへの憧れとでもいったもののような... 「自然への回帰」なんて大層なものではなくて、もっと心が求める方向へと素直に向かってみたという感じがするんですが。
このウォルディングという場所は「エルフランドの王女」の国へと通じるのかも、なんて思ったりもします。ウォルディングそのものがエルフランドとなったということはあり得ないかしら...。(妖精文庫)


+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
子供部屋にいる4人の子供たちにとって、一番楽しみなのは寝る前のお話。ばあやは穴のあいた子供たちの靴下を繕いながら、その穴の大きさに見合ったお話をしてくれるのです... という「年とったばあやのお話かご」。そして、イタリアのフローレンスの丘の上の屋敷に住むブリジェットを訪ねた「わたし」が、そこでの出来事をもとにお話を語っていく「イタリアののぞきめがね」。

先日「ムギの王さま」を読んで、無性にファージョンが再読したくなっちゃいました。まずはファージョン作品集の1巻と2巻から~。
どちらも枠物語になってるので、基本的には似たような雰囲気。「イタリアののぞきめがね」はどうやらファージョン自身が友達家族の家を訪ねたイタリア旅行が軸になってるようなんですけど、「年とったばあやのお話かご」のばあやが語り手だと言ってもおかしくない感じですしね。でも細かい部分は色々と違っています。
「年とったばあやのお話かご」は、ばあやがこれまで世話をしてきた世界中の子供たちのお話。ばあやの年は一体いくつなんだか、この本での聞き手の4人の子供たちのお母さんも、そのまたお母さんもばあやの世話になってるんですけど、あのグリム兄弟もばあやがお守りをしてて、兄弟はその時に聞いた話を自分たちの童話集に入れたとかいうんですよ! ペルーのインカ王やエジプトのスフィンクスもばあやお守りをしたっていうし、ギリシャ神話のネプチューンだって、ばあやのお友達。お話だけで世界一周気分になっちゃいます。そして大きな穴には大きなお話、小さな穴には小さなお話と穴の大きさに合わせてお話の大きさも変わるんですが、小さい穴でも細かく丁寧にかがらなくてはいけない時は大きなお話になるし、穴が大きすぎる時はいいかげんにくっつけておかなければいけなくて、それほど大きなお話にならない時もあって、そういうのも楽しいです♪
「イタリアののぞきめがね」は、基本的にイタリアのお話ばかり。大人も子供も仮装して通りをかけまわるイタリアでの謝肉祭のお祭りの日には謝肉祭のお祭りのお話、パスタを切らして困ってしまった日には、昔々小麦が取れなくなってパスタが食べられなくなった時のお話、と、「わたし」の身の回りの出来事がお話になってるんです。「年とったばあやのお話かご」を読んでからこっちを読むと、挿入されるお話が少ないので、それがちょっぴり物足りないかな... それでもやっぱり楽しいんですけどね。(岩波書店)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(6) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
小さなマルーシャは、兄さんのワーニャとピーターおじいさん、そして黒猫のウラジミールとエスキモー犬のバーヤンと一緒に、森の中の松の木で作った家に住んでいました。ワーニャとマルーシャの両親は2人が小さい時に亡くなっていたのです。2人の一番のお楽しみは、夜になるとピーターおじいさんが話してくれる物語でした。

先日読んだ「アーサー・ランサムのロシア昔話」の前に出ているのが、この本。ランサム自身がロシアで採取したという昔話全21編を、おじいさんが2人の孫に語り聞かせるという枠物語になってます。 めんどりの足の生えた小屋に住む恐ろしい魔女のバーバ・ヤーガ、火の鳥や魔法の馬といった存在はロシアならではだし、そんな物語で活躍するのは3人兄弟の末のイワンだったり~。それに川に恋する「サトコ」や「雪むすめ」といった物語も、ロシアの風土ならではの物語なんですよね。日本の雪女は怖いんですけど、ロシアの雪むすめはとても可憐。
しかも枠物語って大好きなんです。こういうところにアーサー・ランサムらしさが出てるんですね。とってもあったかくて、おじいさんと2人の孫という3人が、自分たちで物語を作り上げていってる感じです。自然にお話の中に引き込まれちゃう。いいなあ、こんなおじいさん、欲しいー。
プーシキンの本にもあった「金の魚」もあれば、エルショーフの「せむしの小馬」のような物語もあり、ラング世界童話集やアファナーシェフの「ロシア民話集」、「ブィリーナ英雄叙事詩」の中で読んだ物語もあって、全体的にはそれほど目新しくないんですが、それでも既に知っている物語とは展開の仕方や結末が少しずつ違うのが楽しいところ。例えば上で挙げた「雪むすめ」も、私が知っていた物語とは結末は同じでも、その途中経過が違うんですよね。そんな中で、とても新鮮に感じられたのは「銀の小皿とすきとおったリンゴの話」。これは3人姉妹が商人の父親にお土産を頼む物語で、それだけなら「美女と野獣」のバリエーションなんですけど、それとはまた違ってて... しかも「銀の小皿と熟れたリンゴの話」というのもロシア民話にはあるんですが(右の本に入ってます)、それともまたちょっと違ってて面白いんです。父親にその2つをどうするのかと聞かれた娘の答は、「お皿の上でリンゴをまわします」というもの。さてまわすとどうなるのでしょう? それは実際に読んでみてのお楽しみ♪(パピルス)


+既読のアーサー・ランサム作品の感想+
「アーサー・ランサムのロシア昔話」アーサー・ランサム
「ピーターおじいさんの昔話」アーサー・ランサム

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」を書くことによって作家としての地位を確立したエリナー・ファージョン。これは70歳をすぎたファージョンがそれまでに書いた子供向けのお話から27編を自選して編んだ短編集。

気がついた時にはもう私の部屋の本棚に入ってた本、というのが結構沢山あるんですが、これもそのうちの1冊。だからもう何度目なのか分からないぐらいの再読です。いえね、先日ぱせりさんに、このブログを見るたびに「ムギと王さま」の本の小部屋を思い出す、なんて嬉しいお言葉を頂いてしまって! それから久々に再読したくて仕方なかったんです。でも本はまだ持ってるんですけど、今手元になく... 待ちきれなくて、図書館で借りてしまいました。(笑)
でも、私が持ってる本は全訳ではなかったらしいです。そちらは1冊で全20編。この2冊が訳されて初めて全27編が完訳されたんですね。逆に知らない作品を読めて良かったかもー。「天国を出て行く」の最後に収められてる「パニュキス」なんて、なんでそれまで訳さなかったのかしら!と思ってしまうような作品だったし。(石井桃子さんによるあとがきに、その辺りのことも書かれてましたが) でも、今も昔も特別大好きな話というのは変わりませんね。「西ノ森」と「小さな仕立て屋さん」と 「天国を出ていく」... あと「レモン色の子犬」も! 「ヤング・ケート」も! それに忘れちゃいけません、本の小部屋の話!!

その本の小部屋というのは、「ムギの王さま」のまえがきに登場する部屋のこと。ファージョンの子どもの頃に住んでた家は、どの部屋にも本が溢れ出しそうなほど置かれていたらしいんですが、その中に「本の小部屋」というのがあったんですね。で、娘時代のファージョンは、他の部屋の本棚に置いてもらえずに流れ込んできた本がごちゃごちゃ置かれ積まれてる「本の小部屋」で、何時間も何時間も過ごしたそうなんです。...私が育った家も、かなり似たような状態だったんです。どの部屋にも本が溢れ出しそうなほどあって、廊下にも本棚が当たり前のように並んでいて... だからファージョンのこの言葉を、子供の頃から実感として感じていたんだと思います。

本なしで生活するよりも、着るものなしでいるほうが、自然にさえ思われました。そして、また本を読まないでいることは、たべないでいるのとおなじぐらい不自然に。(P.4)

でも、うちにも余った雑多な本が流れ込んでいく部屋はあったんですけど、本専用の小部屋というのはなかったんですよね。それだけに、このファージョンの本の小部屋の描写には憧れてたのでした。多少、埃で目や喉が痛くなったとしても! こんな素敵な場所があったら、ほんと毎日でも入り浸ってしまうだろうな。
ここのブログやサイトは、もちろん私にとっては居心地の良い場所なんですが、他の人にもそんな風に居心地良く感じてもらえてるとしたら、これほど嬉しいことはないかも。なーんて、とっても幸せな気分に浸ってた私です。

ファージョン、やっぱり素敵です。決して派手ではないし、むしろ地味と言われてしまいそうなほどなんですが... でも私にとっては愛しくなってしまうような、宝石のような作品群。エドワード・アーディゾーニの挿絵がまたぴったりで素敵。作品はほとんど全部読んでるはずなんだけど、改めて全作品読み返したくなってきました。(岩波少年文庫)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

| | commentaire(12) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
最初はアンデルセンのようなフェアリー・テイルを書きたいと考えていたアーサー・ランサム。しかしその後ロシアの昔話の翻訳書を偶然手にした時、話そのものは楽しいのに、言葉も文体もひどくて子供向きではないことに衝撃を受け、ロシアに行って言葉を学び、自ら昔話を収集して翻訳する決意を固めたのだそう。そして翌年ロシアに向かったランサムはロシア、コーカサス、ウクライナ、トゥルケスタンから昔話を採集し、「ピーターおじさんのロシアの昔話」を書きあげます。この「アーサー・ランサムのロシア昔話」は、その第2弾のために用意していたものの、結局日の目を見なかったという作品を集めた物語集。
「鳥とけものの戦争」「白鳥の王女」「オメリヤとカワカマス」「高価な指輪」「キツネ話」「貧すれば貪するという話」「小さな家畜」「ジプシーと聖ジョージ」「天国のかじや」「兵隊と死神」「二人の兄弟」という全11編。

子供の頃、ツバメ号シリーズを愛読していたので、アーサー・ランサムの名前はお馴染みだったし、この本の存在は知ってたんですけど、なんでアーサー・ランサムがロシア...?と思ってしまって、なんとなく手に取れずにいたんですね。でもその辺りもちゃんと説明されていました。しかも面白かったー。

ロシアの民話にはロシアの民話での常識というのがあるし、それはロシアの人なら教えられなくても既に知ってること。でもそういうのはイギリス人は知らないことですしね。そのまま話を載せても仕方ないと、ランサムは結構苦労して工夫を凝らしたようです。「ピーターおじさんのロシアの昔話」では、ピーターおじさんが毎晩孫のワーニャとマルーシャに物語を語る形式になっていて、その枠の部分にロシアの昔話の理解に必要な説明を挿入。そのことによって昔話そのものもすっきりと面白くできたのだとか。こちらの「アーサー・ランサムのロシア昔話」は遺稿集なので、きちんとした枠物語になってるわけではないんですが、それでも語り手の存在は感じられるように書かれてるので、とても話の中に入りやすいです。
ただ、まえがきに、「全体の傾向は『ピーターおじさん』よりもやや暗鬱だろうが、これもまた、むかしから暗い面を持っているロシア農民世界の真実の姿なのである」とありましたが... それほど暗鬱とは思わなかったんですけど? 確かに「兵隊と死神」は、アファナーシェフの「ロシア民話集」(感想)の方が救われる結末となってましたけど、別に暗鬱とは思わなかったですねえ。むしろそんな風に結末が違うというのが興味深いです。それに例えば、結婚したカエルが最後に若く美しい王子に変わることはなくて(実際にはカエルは登場しませんが、例えばね)、「そんなうその話をしてみてもしょうがない」なんて言われると、逆に楽しくなってしまいますー。でも訳者あとがきを見ると「ピーターおじさん」にはもっとずっとスケールの大きい明るい物語が収められてるみたい。そちらも読んでみたいので、今度また図書館で借りて来ようっと!(きちんとした題名は「ピーターおじいさんの昔話」のようです)(白水社)


+既読のアーサー・ランサム作品の感想+
「アーサー・ランサムのロシア昔話」アーサー・ランサム
「ピーターおじいさんの昔話」アーサー・ランサム

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
恋人だったウィルが捨て台詞を残してアパートを去った後。自分で切り落としたザンバラ髪のまま外に出たジャッキーは、夜の公園で9台のハーレーが1人の少年を追いかけるのを見かけます。よく見るとそれは少年ではなく、子供のように小柄な男。黒ずくめのライダーから放たれた閃光は小男の杖を砕き、小男を崩れ落ちさせます。思わず小男に駆け寄るジャッキー。しかし小男は既に死んでいました。そしてジャッキーが目撃者らしき人影を探した後で再びその現場を見た時、そこに残されていたのは杖の破片だけだったのです...

これは古くから伝わる妖精物語を語りなおして1編の小説にするというシリーズ企画のために書かれた作品で、エレン・カシュナーの「吟遊詩人トーマス」(感想)も、このシリーズの1作として書かれたものなんだそうです。知らなかったー。そして現代を舞台にしたハイ・ファンタジーを書いてみたいとかねがね思っていたチャールズ・デ・リントが選んだのは「ジャックと豆の木」や「巨人殺しのジャック」やスコットランド民話に登場する「ジャック」。

カナダのオタワが舞台で、人間の世界と二重写しのように妖精の世界が存在している、というのが楽しいです。ここに住む妖精は大きく2つに分けられて、王に忠誠を誓う「祥(さきわ)いの民」と、巨人に仕える「祥(さが)なき民」。要するに善の存在と悪の存在ですね。存在することを人間に信じてもらえないと健康を保てない「祥いの民」(善)は、現在どんどん力を失い、数が減りつつあるんですが、それとは逆に「祥なき民」(悪)は力を強めてます。この「祥なき民」はさまよう死者とか幽霊とか、ホラーの本や映画の中に出てくるような存在なので、信じられてはいないまでも人々が興味を持って恐れてるからっていうんですね。この設定が面白いです。確かに「信じてない」という意味では同列だとしても、幽霊や死者を怖がってるというのはありますもんねえ。すごくうまい設定かも。
鉄に弱い妖精も人間社会の近くに住むことによって鉄に耐性をつけちゃってるし、「死の狩人」はハーレー・ダヴィッドソンを乗り回してます。キーがなくとも車のエンジンをかけて乗り回せる妖精もいます。そんな現代的な妖精とは対照的に、主人公のジャッキーは素朴な19歳。パーティやバーなどの喧騒にはまるで興味がなくて、本が好きで家にいるのが大好き。7歳の頃から切ってない金髪に、着ているものはだぶだぶのチェックのシャツに履き心地のいい古びたジーンズという、まるでヒッピーのような姿。人間と妖精が逆転してるみたいなとこも面白いです。そしてあくまでもジャックが中心とはいえ、「ケイト・クラッカーナッツ」やビリー・ブラインド、白鳥になった七人兄弟の物語など色んな民間伝承の素材が作品の中に登場してるのも楽しいところ。
でも、んんー、面白かったんだけど、あまりに勇気と幸運頼りになっているのが気になってしまうというのもあったんですよね。どうしても都合が良すぎるというか。ジャックはそういうキャラクターなんだと言われても、って感じです。「リトル・カントリー」ほどの作品とも思えなかったし、続編「月のしずくと、ジャッキーと」は読むかどうか迷い中。(創元推理文庫)


+既読のチャールズ・デ・リント作品の感想+
「リトル・カントリー」上下 チャールズ・デ・リント
「ジャッキー、巨人を退治する!」チャールズ・デ・リント

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
モーニング山脈の真東にある大きな王国・リンダーウォールの7番目の姫・シモリーンはお姫さまらしくないお姫さま。上の6人は金色の長い髪にやさしい性格で、下にいくほど美しいのに、シモリーンは髪の毛は真っ黒で、いつも三つ編みのおさげにしてるだけ。しかも背も高いのです。お姫様としてのたしなみのレッスンがつまらなくて仕方のないシモリーンは、レッスンを抜け出しては剣術を習ってみたり魔法を習ってみたり。その他にもシモリーンが興味を持つのはラテン語だったり、料理だったり、経済学だったり。そんなシモリーンに困った王様とお妃さまは、シモリーンが16歳になった時、金髪に青い目のハンサムなセランディル王子と結婚させようとします。しかしこれがろくな話もできないような退屈な王子さまなのです。結婚なんてまっぴらのシモリーンは、お城で出会ったカエルのアドバイス通りに「城出」を決行。行き着いた先はドラゴンでいっぱいの洞窟でした。シモリーンは自ら囚われのお姫さまになることを志願することに。

昔ながらのファンタジーの常識を逆手に取った作品というのは、最近の流行なんですかね? 先日読んだ「六つのルンペルシュティルツキン物語」(感想)も面白かったんですが、こちらも面白い~。もう最高!
ここに登場するシモリーン姫は、あるべき「お姫さま」の姿にうんざりして、自分から城を出てしまったお姫さま。しかも自らドラゴンの囚われの姫に志願してしまいます。「これなら親も文句ないでしょ?」といった調子。だってドラゴンに囚われるのはお姫さまのステイタスで、良い結婚に繋がるんですもん。...そんな風におとぎ話としての定石を踏まえつつ、少~しずつずらしていくのって、なんて楽しいんでしょうね。「そして2人はいつまでも幸せに暮らしました」だけを目指してる、なあーんにも考えていない王子さまやお姫さまに比べて、シモリーンはほんと生き生きとしてて可愛いです。お姫さまという役回りにこそ上手く順応できてないけど、きちんと自分の足で立ってて、誰を頼るのでもなく、自分自身で幸せになれる賢さを持っている女の子。でも世間一般的には「ドラゴンに囚われたお姫さま」なので、シモリーンを救い出すために王子が何人もやってきちゃうんですね。もちろん結婚するはずだったセランディル王子も。何てったって、ドラゴンや巨人、人喰い鬼、恐ろしい妖精の呪いから救うのが、王子が姫に求婚する時の「正しいやり方」なんですから。(笑)

シモリーンと気の合うアリアノーラも、一見ごく普通のお姫さまに見せておいて実は案外しっかり者で可愛いし、シモリーンを預かるドラゴンのカズールの洞窟がとても素敵なんです。料理や掃除をやっても構わないから、私もカズールの洞窟の図書室や宝物部屋を探検してみたい~。それに何といっても昔ながらのおとぎ話や伝説の小ネタが沢山詰め込まれているところが楽しすぎます。眠り姫やシンデレラ、かえるの王子さま、アラジンの魔法のランプ、オズの魔法使い... しかも途中で登場する王子の英雄養成学校での同級生はジョージにアーサーにジャック! 私にはこれがツボでした。(でも全部のネタが分かってるわけじゃないです... 全部知りたい☆)
これは「魔法の森」シリーズの1作目で、全部で4部作の予定なんですって。続きもすっごく楽しみ~。絶対読みます!(創元ブックランド)


+シリーズ既刊の感想+
「囚われちゃったお姫さま」パトリシア・C・リーデ
「Dealing with Dragons」Patricia C. Wrede
「消えちゃったドラゴン」パトリシア・C・リーデ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
東京創元社で刊行中のラング童話集の9冊目。今回は全25編で、多かったのはネイティヴ・アメリカンの話、アフリカの話、そしてラップランドの話。なかなか面白いのが多かったです。

特に面白かったのは、ネイティヴ・アメリカンの話。「玉運びと魔物」「玉運び、つとめをはたす」という続き物が入ってるんですけど、これがユニークなんです。
まず男の子がまじない師のおばあさんに攫われるんですね。そして、精霊に知恵と力をさずかるには断食が必要と言われて、断食をすることになるんです。10日ではまだ不足。一旦食事をして、今度は20日の断食。かなりの精霊が訪れるけど、まだ不足。さらに20日断食すると、今度は全ての精霊から知恵と力を授かることができます。男の子はそのおかげで体力的にも強くなるし、目も耳もきくようになるし、変身する力まで身につけちゃう。断食をしてそんな力をつけるなんて話、今まで読んだことなかったわ~。
力をつけると、魔物から金とどこでも渡れる小さな橋を盗み出すように送り出されて、ようやく普通の昔話らしくなるんですが...。無事盗み出して、魔物をやっつけて逃げ出してから、まじない師の家に帰れなくなっちゃうんですね。道を忘れてしまって歩き回るうちに色んな冒険をして(詳細は不明)、結婚までしちゃう。子供も3人。で、なんだかんだとあった後で死んでしまうんですけど、彼が死ぬとようやく、まじない師が再登場。死んでるのを起こして(まあ、なんて簡単な!)、魔物から金と橋を盗んできたか尋ねて、それを彼の脇の下から取り出すと(ずっとそこに隠してたのか?!)、その後の行動がまたびっくり。このまじない師の存在って、一体ー!?
題名の「玉運び」の玉は、まじない師が子供を欲しくなった時に使う玉。まじない師がぽんと玉を放ると、その玉は目当ての子供の家まで転がっていって、子供と出くわした途端にまじない師の家に戻り始めるんです。子供は綺麗な玉が欲しくて、しかもすぐ追いつけそうな気がして追いかけるんだけど絶対につかまえられなくて、まじない師の家まで来ちゃうという仕組み。これ、すごい簡単で確実な方法ですよね。(笑)(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
黒の湿地帯の奥深く、水生植物が鬱蒼と茂る暗くよどんだ沼の上にあるガル村に住んでいたのは、ポイズンという名前の少女。ポイズンの家は沼の端の小屋で、一緒に暮らしているのは父親と継母のスナップドラゴン、そしてまだ幼い妹のアザレア。そして年に1度の「魂見の夕べ(ソウル・ウォッチ・イブ)」の日。ポイズンが雪のようなきらきら光る粉のせいでぐっすり眠らされている間に、妹のアザレアがベビーベッドから攫われていたのです。攫ったのはスケアクロウ。後には妖精の取替え子(チェンジリング)が残されていました。ポイズンは妖精王から妹を取り返すために村を出ることに。

かつては人間の王国だったこの世界も、今や妖精族やゴブリン、トロールがあちらこちらに点在し、人間が森や沼地、山の中に隠れ住むようになっている時代の物語。物語の始まりは、よくあるような妖精物語なんです。主人公のポイズンは、「毒」という名前を自分でつけてしまうような少女。自我が強く好奇心が旺盛で、妹のアザレアが攫われたのをきっかけに外の世界に出て行くことになる少女。読み手は、一筋縄ではいかないポイズンに最初は反感を持ったとしても、物語が進むにつれて徐々に感情移入して... というパターン。でもこれは、妹を無事に取り戻してめでたしめでたし、という物語ではないんです。
途中で、3度ほど「もしや」と思った部分が本当にその通りで、逆に驚いたというのはあるんですが... それでも定石通りには収まらない物語に最後までわくわく。これはもうネタバレなしに語るのは難しいんですけど、物語が好きな人ならこういうことを考えたことはあるんじゃないですかね? 私自身、自分がなんとなく思い描いていた物語をそのまま本にしてもらえたような感覚でしたし。でもごく普通の妖精物語を読みたい人には、この作品はあんまり向いてないのかも...。YAのレーベルから出ている作品なんですが、むしろ大人のレーベルから出してもいいぐらいかも。個人的な好みを言えば、こういう構造の物語は大好きです。この作家の他の作品も俄然読んでみたくなっちゃいました。面白かった!

この作品挿絵もすごく素敵なんです。全ページの下にペン画(だと思う)の挿絵がずーっと入っていて、それがまた作品世界の雰囲気を盛り上げてました。この絵を描かれたのは橋賢亀さんという方で、サイトも見つけました。→コチラ。ひかわ玲子さんの「アーサー王宮廷物語」(感想)も荻原規子さんの「ファンタジーのDNA」(感想)も、菅浩江さんの「ゆらぎの森のシエラ」も、表紙はこの方が描かれてたんですかー。知らなかった! カラーと白黒とでは、ちょっと雰囲気が変わりますね。白黒の方が小悪魔的な魅力が強くなるような気がします。(創元ブックランド)


    

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
砂漠を横切って進んでいた大きな隊商(キャラバン)のの先頭に突然現れたのは、トラの皮をかけた美しくアラビア馬に乗り、見事ないでたちをした堂々とした風采の男。男の名前はゼリム・バルフ。メッカへの旅の途中で泥棒の一団に掴まっていたのを、3日前にこっそり逃げ出してきたので、隊商の一行に加えて欲しいのだと語ります。隊商の5人の商人たちは快く彼を迎え入れることに。そして食後の退屈しのぎに1人ずつ何かの物語をすることになります。

隊商の商人たちの語る6つの物語。子供の頃の私の本棚に分厚い「ハウフ童話集」が入っていたので、部分的には既読です。でも千一夜物語は大好きだったし、こういう雰囲気は本来大好物なはずなのに、なぜかこの「ハウフ童話集」だけはどうしても通読できなかったんですよねえ。その後も何度かこの本を図書館から借りてきたことがあるんですが(だってこっちの方が薄いんだもの)、その時もどうも読めず... なぜなんでしょう。
ということで、このたびようやく通読できました。(ぱちぱち) そのハウフの本で読んでたお話もあれば、先日も「べにいろの童話集」で登場したお話もあり(この話は有名なので、色んな童話本に入ってます)、あまり新鮮味はなかったんですが、これはあくまでも枠物語なので、全体を通して読むことに意義があるという感じですね。いやあ、ようやく全部通して読めて良かったです。部分的に知ってるということで、実は最後のとこまで知ってたんですけどね。あー、良かった良かった、ほっとしました。またいずれ、大元のハウフ童話集に挑戦したいと思います。(岩波少年文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

[amazon]
毎日どこかの広場で説教をする男と常に一緒にいるのは、巨大な恐ろしい犬。真っ黒の毛並みで目は硫黄のように黄色く、大きな口の中に見えるのは黄色い歯並み。男と犬の奇妙なつながりに興味を引かれた「ぼく」は、男のあとをつけるようになり... というフリードリヒ・デュレンマットの「犬」他、全18編の幻想小説アンソロジー。

18世紀から20世紀までのドイツの幻想小説。昔ながらの怪談から現代的なホラー小説、錬金術をモチーフにした作品、そしてSF風味の作品まで、かなり色々な作品が入っています。面白い作品もあったんですけど... でも、うーん、今ひとつぴんとこない作品も多かったかも... 今回ピンと来なかった作品については、いずれリベンジしようと思います。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
今まで会った人物の中で一番風変わりだったのは、H町のクレスペル顧問官。学識があり経験豊かな法律家で、有能な外交官でもあり、ヴァイオリン製作にしても超一流。しかしその奇行ぶりは、常に町中の人々の噂の種になっていました... という「クレスペル顧問官」他、全6編の短編集。

「黄金の壷」がどうもすっきりしなかったホフマンですが、こちらは面白かったです。「黄金の壷」はモチーフ的にはとても好きなはずなのに今ひとつだったのが我ながら解せないんですが...。(その後他のバージョンで読んだら面白かったです! 訳が合わなかっただけみたい)
訳者池内紀さんによる解説「ホフマンと三冊の古い本」に、ホフマンの作品ではしばしば鏡や望遠鏡が重要な小道具として登場するとありました。そして「砂男」の「コッペリウス」と「コッポラ」という2つの名前は、どちらも「眼窩」を意味する「コッパ」からきているとも。確かに気がついてみれば、鏡や望遠鏡だけでなく、目玉や眼鏡、窓といったものが、ホフマンの作品では常に異界への扉のように存在してます。その異界に待っているのは「死」。でもその「死」は物質的な冷たい死というよりも、幻想的な詩の世界への生まれ変わるためという感じ... 現実的で常識的な人々にとっては、狂気と破滅にしか見えなくても、そちらの世界に足を踏み入れた人にとっては、それは理想郷なんですよねえ。そしてホフマンは、そのどちらの世界でも生きた人なんですね。だからホフマンの作品の結末には、ちょっと異様な雰囲気を感じさせられることが多いんだろうな。ホフマンの描き出す幻想的な情景はとても美しいんですが、それは薄気味悪い不気味さと紙一重。
どれも面白かったんだけど、私が特に気に入ったのは、山の鉱山の幻想的な情景の美しさが際立っている「ファールンの鉱山」。これはどこかバジョーフの「石の花」のようでもありました。...なんだかんだ言って、幻想的な情景に惹かれてしまう私です。そして「砂男」は、バレエ「コッペリア」の原作となった作品なんですね。でもストーリーはかなり変えられていて、「砂男」の狂気を秘めた悲劇は、すっかり明るく楽しい喜劇となっちゃってます。同じ作品とは思えないわー。(岩波文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壷」「スキュデリー嬢」 ホフマン
「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / / /

[amazon] [amazon]
昇天祭の日。大学生のアンゼルムスは、市で醜い老婆が商売に出している林檎や菓子の入った籠に突っ込んでしまいます。その辺りにいた子供たちが飛び散った商品に我先にと飛びつき、アンゼルムスは老婆に中身のあまり入っていない財布を渡して逃げ出すことに。せっかくの昇天祭なのに一文無しとなってしまったとアンゼルムスが嘆いていると、ふと頭上の紫丁香花の樹から水晶の鈴のような響きが。そこにいたのは3匹の緑金の小蛇。そしてアンゼルムスはそのうちの1匹に恋をしてしまうのです。それはセルペンチナでした... という「黄金の壷」。
真夜中、サント・オノレ通りにあるスキュデリー嬢の家の戸が激しく叩かれます。それは見知らぬ若い男。侍女が玄関を開けると、外にいる時は哀れっぽいことを言っていた男は家の中に入るなり荒々しくなり、匕首まで持っていたのです。思わず助けを求めて叫ぶ侍女。すると男は小箱を侍女に持たせると、スキュデリー女史に渡して欲しいと言い残して消え去ります。折りしもパリでは宝石強奪事件が相次いで起きていた頃。その箱に入っていたのは見事な宝飾品。当代随一の金細工師・ルネ・カルディラックの作った品だったのです... という「スキュデリー嬢」。

ホフマンの作2つ。「黄金の壷」の方は古本屋で見つけた古い本で、なんと初版が昭和9年! なので当然のように旧字・旧かな使いです。検印もついてるし、題名も本当は「黄金寳壷 近世童話」。でもこれ、面白いことは面白かったんですけど... この作品は、ホフマンの作の中でも傑作とされている方らしいのに、それほどでもなかったんですよね。ホフマンらしい幻想味は素敵なんですけど、肝心のアンゼルムスとセルペンチナの場面が思ったほどなかったからかなあ。もっとこのセルペンチナの一族の話が読みたかったな。この作品では、むしろアンゼルムスに片思いする16歳のお嬢さんの方が存在感があるし、世俗的で面白かったかも。
「スキュデリー嬢」は、ルイ14世の時代を舞台にした作品。ルイ14世はもちろんその愛人・マントノン夫人も、スキュデリー嬢その人も実在の人物。でもこの主人公となるスキュデリー嬢、実は「嬢」という言葉から想像するような若い娘さんじゃなくて、73歳の老嬢なんですね。その年輪が若い娘さんには出せない味を出していて、それが良かったです。そしてこの作品、スキュデリー嬢を探偵役とするミステリでもあります。それほど積極的に事件の謎を解こうとするわけではないし、むしろ巻き込まれた被害者とも言えるんですが... 謎が解けたのも、彼女の推理力のおかげというより、人徳のおかげでしたしね。普通のミステリを期待して読むとちょっとがっかりするかもしれませんが、期待せずに読むと、ほのぼのとした時代ミステリ感が楽しめるかと。

でも「スキュデリー嬢」はともかく、自分が「黄金の壷」をちゃんと読み取れてるのか気になる... 丁度、古典新訳文庫でこの組み合わせが出てたし、そちらも読んでみようかなあ。(岩波文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壺」「スキュデリー嬢」 ホフマン

「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
5年生が始まる前の晩、いつになくうきうきとした気分だったレオン・ザイゼル。学校の用意も「カボチャ頭」の用意も完璧で、レオンの気分は10のうち8。しかし学校が始まると、その気分計は徐々に低下し始めます。カボチャ頭の人形は上手く作動せず、いじめっ子のランプキンに手首と頭を万力のように締められ、その後ゴミ缶の中に頭から詰め込まれてしまい...。しかしどん底まで落ちてしまっていた気分は、ナポレオンにもらった珍しいポテトチップで少し上昇。レオンは最近ポテトチップのコレクションも始めていたのです。

タクシー運転手のコレクションはナポレオンと出会った時点で一段落してしまったようなんですが、今のレオンのコレクションはポテトチップの空き袋。そして5年の担任の先生は理科のスパークス先生で、なんと1年間ポテトチップの研究をすることに決定。そしてカボチャ頭の人形がなぜ動かないのか考察した3人の出した結論と、動かすために必要なものを得るための手段は、ポテトチップ選手権に出場すること。レオンはトリビアのためにポテトチップにまつわる様々な雑学を覚えて、味覚テストのためには手に入る限りのポテトチップを分類・整理していくことになります。そんなポテトチップ尽くしの物語。大人も楽しめる児童書、というのも最近多いんですが、これはどちらかといえば、純粋に童心で楽しむ児童書かも。1年間授業がポテトチップのことばっかりだなんて羨ましい~楽しそう~、なんてわくわくしながら読むのが相応しい気がします。

こんなマニアックなポテトチップ話を書く作者のアレン・カーズワイルも、やっぱりマニアックな人なんでしょうねえ。きっとコレクター体質に違いないです。以前カーズワイルの「驚異の発明家(エンヂニア)の形見函」も読んだんですけど、それもこんな風にマニアックでコレクターな作品だった覚えがあるし...。とは言っても、そちらの作品は、実はほとんど覚えてないんですが。年の瀬の慌しい時に読んでしまったせいなのか、文章がイマイチ合わなかったのか、期待したほど楽しめなかったんですよね。しかも、そのまま感想も書きそびれてしまって。今読んだら、またもうちょっと違う感想が出てくるのかなあ。あまりにも忘れてて情けないので、いずれリベンジしてみようと思ってます。その時は、図書館が舞台の「形見函と王妃の時計」も読めるといいな。そちらは図書館が舞台だったはずだし。(創元ブックランド)


+既読のアレン・カーズワイル作品の感想+
「レオンと魔法の人形遣い」上下 アレン・カーズワイル
「レオンとポテトチップ選手権」上下 アレン・カーズワイル

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
魔使いの弟子となって1年が過ぎ、1年目の課題「ボガート」から2年目の課題「魔女」へ。少し前にペンドルの魔女の力が増しているという報告を受けた魔使いは、魔女と対抗するためにペンドルに行くことを決め、トムはアリスの協力で、魔女から逃げる術をつけるための修行を繰り返していました。その頃、魔使いを訪ねて来たのは、ペンドルの丘の北にあるダウンハム村のストックス神父。かつては魔使いの優秀な弟子であり、しかし修行を終えた後、魔使いではなく教会の仕事を選んだという人物。そしてトムはアリスと共に久しぶりに兄のジャックの農場へと向かいます。しかし納屋は黒く焦げ、母屋の扉は壊れ、兄の家族も家畜もおらず、しかも母親から受け継いだ部屋は開けられて、そこに置かれていたトランクその他の荷物もなくなっていたのです。

魔使いのシリーズの第4弾。
いよいよアリスの親戚の魔女たちもいる、魔女の本拠地・ペンドルへ~。本当に「いよいよ」です。でもいくら優秀な弟子で修行を頑張っているとは言っても、修行2年目のトムにそれほど大きなことができるはずがありません。トムにできることは、自分にとれる最善の道を考え、それを着実に実行することだけ。魔使いやアリス、そして今はいない母親の助けがあってこそ。
今回トムは大切な家族を人質に取られて、かなり辛い思いをすることになります。でも家族の存在がトムにとって弱みであると同時に強さの源ともなっているようで、その辺りがいいですね。自分の仕事と家族のどちらかを選ばなければならないような状況にまで追い詰められる展開もあって、その辺りの対応にトムの精神的な成長も見られます。トムを弟に持ったばかりに、ジャック一家の受難の日々が続くんですが... 今回特に気になったのはエリーのこと。ただでさえ、思わぬ「魔使い」としてのトムの実態に傷ついているエリーなのに、今回のことをきちんと受け止めて消化していけるのでしょうか。もし身体や精神が元に戻れば、ジャックはこのことで大きく好転しそうな気がしますが、エリーはどうなんでしょう。どこか壊れてしまいそうでとても不安。しかし今回初登場の次兄・ジェームズがいい感じ。力強くて、ジャックよりも人間的な大きさを感じます。彼が一緒に暮らすことで、ジャック一家も落ち着くのかも。

このシリーズは最終的にどこまで進むんでしょうね。各巻冒頭にあるような「ウォードストーン」の話までいくとは思ってなかったんですけど... 今回の「魔王」は、やっぱりその話に直結するでしょうし、やっぱりその辺りまでいくのかなあ。でも今のペースで書いてたら、すごい長大なシリーズになっちゃいそう。そうなった時、ちゃんと翻訳が出続けるのかちょっと心配です。(笑)(創元ブックランド)


+既読のジョゼフ・ディレイニー作品の感想+
「魔使いの弟子」「魔使いの呪い」ジョゼフ・ディレイニー
「魔使いの秘密」ジョゼフ・ディレイニー
「魔使いの戦い」上下 ジョゼフ・ディレイニー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
東京創元社で刊行中のラング童話集の8冊目。今回多いのはハンガリーの昔話。でも以前読んだ「ハンガリー民話集」(感想)とはまた違う物語が多かったですね。ハンガリーの民話特有の締めくくりの言葉「死んでいなければ今も生きているはずだ」は多かったけど、日本の「むかしむかし、あるところに」にあたる「あったことかなかったことか」というのもなかったし、「ヤーノシュ」もハンガリー王の「マーチャーシュ」もなく... この辺りはラングが物語を英訳する時になくなってしまったのかな? でも話そのものもあまり似てなかったように思うし、何より鳥の足の上で回転するお城が登場しなかったのが残念。イタリアやスペイン、ロシアの昔話が登場する時は聞き覚えのある物語が多いのに、なぜなのかしら~。
とはいえ、今回も挿絵の美しさを堪能したし~。相変わらず楽しかったです。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
ニータの家族がハンプトンズの海岸沿いの貸し別荘で夏を過ごすことになり、友人のキットとジャーマン・シェパードのポンチも一緒に行くことになります。夜の海で泳ぐ2人。しかしその時、キットは岩がざわざわして何かに怯えているのを感じていました。海で何か起きているらしいのです。そしてイルカにクジラが「狩人」たちに追われて怪我を負っているのを聞いた2人は、クジラを助けに向かうことに。スリィという名前のそのクジラは海の魔法使いでした。スリィに海で起きている危機を聞いた2人は、「孤高なる者」を再び海底に封印し、海に平和を取り戻すための「十二の君の歌」という儀式に参加することを承諾します。

駆け出し魔法使いシリーズの第2弾。
前作から2ヵ月後、海の呪文という題名通り海の物語となっています。今回、海の中での情景や海の魔法の描写が素敵だし、敵なのか味方なのか微妙な存在の全身白いサメの長の造形もとても良かったんですが、それでも前作のホワイトホールの突飛さに比べてしまうと、やや凡庸かも...? でも今回はむしろ、葛藤する人間ドラマというか、2人の成長物語としての面が大きいんですね。ニータとキットが内容をきちんと理解しないまま安請け合いしてしまった役割は、非常に重大なもの。一度誓ってしまった言葉はもう元には戻せないし、誰も2人を助けることはできないのです。

でも、話は面白かったんですけど... 1つ引っかかってしまったのが捕鯨に関する記述。

これまでにも、なんでも胃袋に収めてしまう日本人のことは何度も耳にしていたが、他に食べるものはいくらでもあるだろうに、と思わずにいられなかった。(P.51)

私だって何が何でも絶対に捕鯨が必要だなんて思ってませんけど、こういうところに、他文化を認められないアメリカ人の度量の狭さを感じてしまって、なんだかヤな感じ~。近くのページでニューヨーク付近の海の汚染のことも書いているんですが、アメリカ人の愚かさも書いたら、それで公平な視点になったとでも? やっぱりどうもすっきりしないです。というか不愉快だわー。

それと疑問が1つ。あの本は相変わらず図書館から借り出してるってことなんでしょうか?(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「駆け出し魔法使いとはじまりの本」ダイアン・デュエイン
「駆け出し魔法使いと海の呪文」ダイアン・デュエイン

| | commentaire(2) | trackback(2)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
レオンがお母さんの机の中から見つけたのは自分の名前が太い活字体で書かれ、学校の印章と「親展」のスタンプが押されている封筒。気になって仕方ないレオンは、4年生になる新学期の前の夜、とうとう開いて読んでしまいます。そこにあったのは、自分に対する担任や他の教師たちの厳しい評価。レオンは人並みはずれて手先が不器用で、それなのにレオンの通うクラシック学院のモットーは「敏捷な精神は敏捷な指に宿る」なのです。

ニューヨークのマンハッタンが舞台のファンタジーと思いきや、一般的なファンタジー作品とはまた全然違っていてびっくり。そもそも、主人公が通う学校からして、ものすごく個性的なんです。手先の器用さを重視するあまり、お裁縫に取り付かれている教師もいるぐらいですから! 実際、学校での授業風景は、裁縫と体育だけなんですよね。話の端々から他の授業もあるのは分かるんだけど、そっちはこれっぽっちも出てきません。そしてレオンの担任となった先生こそが、その裁縫が大好きな教師・ハグマイヤー先生。ヘルメットのような黒い髪に黒いマント、マントの留め金は2つの目玉、黒いドレスに黒いブーツ、煮込んだ肝臓色のストッキングといういかにも魔女のような外見。教室でのどんな小さな囁きも聞き逃さない地獄耳で、生徒に次々にアニマイルと呼ぶぬいぐるみを作らせては売りさばいているという噂...。
怪しげな学校に怪しげな先生。常識人に見えるレオンのお母さんが、なんでレオンをこの学校に通わせることになったのか、ものすごーく不思議。父親を早くに事故で失ってて、それほど裕福とは思えないのに、レオンは毎日タクシーで通学してるんですもん。それなりの理由があったんだろうと思うんですけどね。この作品は3部作の1作目だし、じきにその理由も分かってくるんでしょうか。

レオンの手先が不器用な本当の理由が思わぬところにあったのも楽しかったし、風変わりな客が入れ替わり立ち代り滞在するホテルでの場面も面白いです。個性豊かなホテルの面々も、親しくなるタクシー運転手のナポレオン・ドゥランジュもいい味を出してますしね。そんな大人たちの存在が、子供たちよりも余程魅力的だったかも... というのもYA向けファンタジー作品としてはちょっと異質な気がするんですが、学校の授業の場面で裁縫と体育の時間しか書かれていないことが象徴してるように、読んでいるとどこか歪みを感じるんですよね。でもそんな歪んだ不思議空間が、この物語の魅力なのかもしれません。(創元ブックランド)


+既読のアレン・カーズワイル作品の感想+
「レオンと魔法の人形遣い」上下 アレン・カーズワイル
「レオンとポテトチップ選手権」上下 アレン・カーズワイル

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
新しい家に引越しした翌日の日曜日、入ってはいけないと言われた壊れかけのガレージの中で彼をみつけたマイケル。両親が家の中にいる隙に懐中電灯を手にガレージに忍び込んでみると、山と積まれた茶箱のうしろの暗い陰に彼は塵とほこりにまみれて横たわっていました。最初はてっきり死んでいると思い込むマイケル。しかし「なにが望みだ?」という声が聞こえてきて... それは「スケリグ」でした。

この表紙に惹かれて手を取る人も多いだろうと思うんですが... 私にとっては逆にこの表紙がネックでなかなか手に取ることのできなかった本です。しかも読み始めて、何度もソーニャ・ハートネットの「小鳥たちが見たもの」を思い出してしまって、そのたびに警戒してしまったし... でもまた全然違う物語でした。良かった...(まだあの時の動揺から立ち直りきれてない私)
主人公のマイケルは、「小鳥たちが見たもの」のエイドリアンみたいに孤独と寄り添っているような少年ではなくて、サッカーと作文が得意な普通の少年。引越しはしたけれど、今までの学校にも通うことができるし、仲の良い友達もいます。でも引越し先の家はまだまだ快適に住めるような状態には程遠くて、しかも生まれたばかりの赤ちゃんは一応退院はしたんだけど、まだまだ予断を許さない状況なんですね。赤ちゃんが心配でマイケルも両親もどこか上の空。

元気なスポーツ少年のはずのマイケルが見せる繊細さも印象に残るんですが、マイケルが引っ越し先で仲良くなるミナという少女がとても魅力的。ミナは学校に行かずに家で母親に様々なことを学んでいて、何事においてもとても独創的だしパワフルなんです。マイケルは彼女に色んなことを学ぶことになるし、意気消沈中のマイケルは彼女にぐいぐいと力強く引っ張られることになります。彼女のこの力強さがあったからこそ、みんな救われることになるんですね。...でもやっぱりミナだけの力ではないですね。読後に一番強く感じたのは、この3人のバランスの良さとでもいうべきもの。誰かが誰かに助けられっぱなしというのではなくて、お互いに助け助けられて、欠けているものを補い合って、「生きる」方向へと向かっているのを感じます。これで1人欠けていたら、もしくは1人がまるで違うタイプの人間だったら、これほどのパワーは発揮されなかったでしょう。そしてどんな結末でもあり得たでしょうね。この作品を「甘(うま)し糧」のような物語にしているのは、3人それぞれの力が「1+1+1=3」ではなくて、もっと大きな力を発揮していたからだと思うのです。

スケリグは一体何者だったんでしょう。イメージとしては、トルストイの「人はなんで生きるか」に登場するミハイルだったんですけど、それにしては埃やアオバエの死骸にまみれた姿で登場するし、食事の場面では品のなさを見せつけてるし、まるで浮浪者みたい。生肉を食べているような息の臭いもありますしね。でもこの物語では、スケリグがミハイルではなかったからこそ、という気がしてならないです。マイケルやミナのように、ありのままのスケリグを受け止められるかどうかが大切だったのかもしれません。(創元推理文庫)

| | commentaire(4) | trackback(2)
Catégories: / /

 [amazon]
「うちの娘は藁から金糸を紡ぐことができます」と言ったことが王様の耳に入ったことから、窮地に陥った貧しい粉屋の娘は、城の一室に藁の山とともに閉じ込められ、3度謎の小人に助けてもらうことに... というのはグリム童話のルンペルシュティルツキンの物語。しかし、そもそも金糸を紡ぐことができるのなら、粉屋は貧しいはずがないのです。そんなヴィヴィアン・ヴァンデ・ヴェルデの疑問から生まれた6つの「ルンペルシュティルツキン物語」のバリエーション。

なぜこの物語を書こうと思ったか、というまえがきからして面白いです。昔話というのは矛盾があるもので不条理なもの、と子供の頃から悟ってたし、そういうものとして読んでたんですが、改めてその矛盾点を突かれるととっても新鮮。なぜ王様と貧乏な粉屋が話をすることになったのか、金が紡ぎだせるというのに粉屋が貧乏なままなのを王様は疑問に思わなかったのか、金を紡ぐことなど出来もしないのになぜ粉屋は娘を城に送り出してしまうのか、小人は自分で金糸を紡ぎだせるのになぜ報酬として金の指輪とネックレスを受け取るのか、なぜ小人は子どもを欲しがるのか、なぜ名前当てゲームという小人が一方的に不利な取引をすることになるのか、などなど。
「ルンペルシュティルツキン」と同じパターンの「トム・ティット・トット」をファージョンが語りなおした「銀のシギ」は子供の頃に本を持ってましたが(祖母の家に置いてるので、今もありますが)、こんな風に一度に6つも読めちゃうというのがすごいです。基本ラインが同じである程度の枠があるからこそ、そのバリエーションに作者のセンスが出るし、違いが際立ちますね。6つの物語に登場するのは、賢い娘だったり馬鹿な娘だったり、人の言うことを聞こうとしない娘だったり、強引な娘だったり。それに合わせて王様や粉屋、そしてルンペルシュティルツキンの造形もがらっと変わります。そのバランスが絶妙なんですね。それぞれに可愛らしくて良かったんですが~、この6作品の中では私はロマンティックな「藁を金に」が一番好きだなあ。ルンペルシュティルツキンも一番素敵ですしね。でも「金にも値する」の王様の鮮やかな処理も皮肉たっぷりでなかなかカッコいいです。こういう王様って素敵。ふふふ。(創元ブックランド)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
寒くて暗い11月の晩、魔使いの鐘が鳴ります。それは魔使いに仕事を頼む合図の鐘の音。しかしトムが外に見に行くと、そこには農夫ではなく、左手に杖を持った背の高い黒いフード姿の人物が立っていました。ここから一番近くに住んでいる魔使いは、トムの兄弟子にあたるビル・アークライト。咄嗟にそのアークライトなのかと思うトムでしたが、男は名乗ろうとはせず、トムに師匠宛ての手紙を渡します。それはかつて魔使いの弟子だった男で、しかし結局魔使いにはなれなかったモーガン。手紙を読んだ師匠は、翌日アングルザークの「冬の家」に行くと宣言します。

魔使いのシリーズの第3弾。
「魔使いの呪い」でも少し触れられてたんですが、今回は題名通り、魔使いの秘密が本格的に明かされることになりました。そしてそのことに密接に関係する出来事も起きることに。これまでも、魔使いって最終的には甘いというか優しいよなーと思ってたんですけど、今回はほんとズバリその印象通りの人物像です。トムには散々厳しいことを言ってるけど、それはやっぱり同じ轍を踏ませたくないという親心なんでしょうね。なんて思ってみたり。愛想が悪く見えてても、実は人一倍愛情たっぷりな人間だということがよく分かります。魔使いになると決める時には、今のトム以上に逡巡したかもしれないですね。そして今回も白黒がはっきり分けられない部分が多かったです。今までのアリスがまさにそうなんだけど... そんなアリスだからこそメグのことが誰よりも理解できるのかも。
トムのお母さんとメグって、もしや何か他にも共通点があったりするのかしら...? 続巻も楽しみ♪(創元ブックランド)


+既読のジョゼフ・ディレイニー作品の感想+
「魔使いの弟子」「魔使いの呪い」ジョゼフ・ディレイニー
「魔使いの秘密」ジョゼフ・ディレイニー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
畑を分割しないことが鉄則の農家では、長男以外の息子たちにそれぞれ仕事を見つけることが必要。そして7番目の息子である父の、さらに7番目の息子のトムは、魔使いの弟子になることになります。7掛ける7の子には素晴らしい能力があるのです。とは言え、畑や村や町を悪い魔女や魔物から安全に保ち人々を守るという大切な仕事を果たしながらも、人に忌み嫌われる魔使いという仕事に胸中複雑なトム。そして師匠となる魔使いが迎えに来たのは、トムが12歳の春のことでした。トムはウォータリー通り13番地の幽霊屋敷での試験に合格し、魔使いとして本格的に学び始めることに... という「魔使いの弟子」とその続編「魔使いの呪い」。

いやー、面白い! 最初この本を探そうとした時「魔法使いの弟子」って検索しちゃったんですけど、「魔法使い」ではなくて「魔使い」というのがポイントだったんですね。魔女とか、ボガートみたいな魔物は存在するんですけど、魔使いはあくまでも「魔使い」。魔法なんて使えないし、魔女やボガートには魔法でも力でもなく、それまで培ってきた知識と経験を駆使して立ち向かうんです。例えば魔女を拘束するのに必要なのは銀の鎖。ボガートを拘束するには、巨大なオークの木のそばに決められた大きさの穴を掘って塩(ボガートを焼く)と鉄(邪悪な力を失わせる)を混ぜたものを穴の内側に満遍なく塗り、穴の中に血を入れた皿を置いておびき寄せ、ボガートが穴の中に入ったところを分厚い石板(もちろんこの裏にも塩&鉄は塗ってある)ですかさず蓋をするという仕組み。1作目を読んだ時にそんな簡単にいくのかしら、なんて思ったりもしたんですが、私の疑問は早くも2作目の序盤で解決されてました。他にも誰か同じことを思った人がいたのかしら。(笑)

「魔使いの呪い」の解説が上橋菜穂子さんなんですが、その中でトムのことを「とても真っ当で、ぶれない」と書いてらっしゃるのを見て、ああ、ほんとその通りだなあと思いましたよ。最初、どの辺りで思ったんだったかしら... 「魔使いの弟子」で、師匠が「ボガートは何種類いると思う?」と聞いた辺りだったかしら。ほんと、真っ当。その真っ当さはおそらく作者の真っ当さなんでしょうけど。そしてその真っ当さが、話をよくある展開とはまた違った展開にしてて、それが面白いんですよね。そしてこのシリーズは「魔使いの秘密」「魔使いの戦い」へと続きます。そちらも楽しみ!(創元ブックランド)


+既読のジョゼフ・ディレイニー作品の感想+
「魔使いの弟子」「魔使いの呪い」ジョゼフ・ディレイニー
「魔使いの秘密」ジョゼフ・ディレイニー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

  [amazon] [amazon]
「あたしと魔女の扉」の続編の「あたしをとらえた光」と、3部作最後の「あたしのなかの魔法」。

んんー、一応面白かったと思うんですけど...
この作品ね、裏表紙のあらすじも巻末の解説もネタバレしまくってるんです。私は普段から解説は最後に取っておくタチだし、2冊目3冊目のあらすじは事前に読まなかったので、本当は被害に遭わずに済むはずだったんですけど... 読もうと思って本を開いた時にふと開いたページが解説のページで! しかもそこには大きなサプライズがバラされていて...! 一瞬だったのに目に焼きついてしまいましたよー。いやーっ。ネタバレ警告があったとしても無駄だったと思うんですけど、その警告すらないんですから。(こういうことがあるから、「警告さえしたらネタバレしてもいい」とは単純に思えません!)
本のあらすじや解説でネタバレというのは前々からある話なんですけど、最近特にネタバレに対する意識が低下してやしませんかね? 1巻の解説はネタバレ警告されてるからまだいいとして(でもちょっと中途半端だと思う)、2冊目の解説なんてハリー・ポッターの1巻の核心部分にまで抵触してるんですよー。そういう超有名人気作品、しかも1巻のことなら、みんな知ってて然るべきものなんですか? そして、たとえ解説を書く人がうっかりしてたとしても(人間なんだから、誰だってうっかりすることってありますよね)、そういうのって出版社のレベルで止めるべきなのでは? 読者がブログやサイトでネタバレするのだって問題だと思いますけど(最近ネタバレしてるブログがよく目につくんだな)、そういうものに対しては、まだ「見ない」という自衛手段も講じられるというもの。でも出版社自らネタバレをしてくれた日にはー。
そういえば、先日読んだベルンハルト・シュリンクの「帰郷者」も、本についてるあらすじはネタバレだと思うんです。終盤のサプライズをあっさり書いてくれてるんですもん。ネタバレって、ミステリのトリックとか最後の最後の核心部分だけじゃないですよね? これから読む人の興を殺ぐようなことするのは、やっぱり礼儀違反だと思います。もちろん個人によって感覚が違う部分なので徹底するのは難しいことですけど、読者だって日々気をつけなくちゃいけないことだし、ましてや出版社だけは絶対やっちゃいけないことだと思います。プロなんだから!

でね、この作品、面白かったんですけど、最後の展開がちょっと期待とは違う方に行ってしまって... これじゃあスーパーサイヤ人じゃないですか。(笑) 私としては、もっと違う感じで頑張って欲しかったなあ、と思ったり。その辺りがちょっと残念でした。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のジャスティーン・ラーバレスティア作品の感想+
「あたしと魔女の扉」ジャスティーン・ラーバレスティア
「あたしをとらえた光」「あたしのなかの魔法」ジャスティーン・ラーバレスティア

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
生まれてこの方、母親のサラフィナと共に逃亡生活を送ってきたリーズン。大都市は避けて、大抵はアボリジニの集落に滞在。一番長くいた場所でも5ヶ月。大抵はもっと短くて移動につぐ移動。でも必要なことは全てサラフィナが教えてくれるし、そんな生活が気に入っていたリーズン。ところが15歳の時、その生活が終わりを告げることになります。サラフィナが自殺未遂をして、精神病院に収容されたのです。リーズンはシドニーに住むサラフィナの母親・エズメラルダに引き取られることになります。しかしリーズンは生まれてこの方、エズメラルダの邪悪さについて警告され続けてきていました。2人の逃亡生活も、邪悪な魔女・エズメラルダから逃げるためだったのです。

オーストラリアを舞台にしたファンタジーの3部作の1作目。扉をあけるとそこは... といえばナルニアですが、この作品では、扉の向こうはニューヨーク。信兵衛さんに教えていただいた作品です。
ずっと母親と密着した生活をしていて、母親に教え込まれたことをそのまま信じ込んで大きくなったけれど、実は... というのはよくあるパターン。この作品の主人公のリーズンもそう。サラフィナが14歳の時に飛び出したというエズメラルダの家に引き取られて、黒魔術を操る魔女に囚われたような気分になっています。でもエズメラルダの家は、サラフィナの言った通りの家でありながらも、もっと広くて明るくて清潔なイメージなんですよね。電気や水道もないって聞いてたのにきちんとしてるし、地下倉庫にあるのは動物の死体じゃなくてワインだし。しかもあてがわれた部屋にあるのは、かねてから読んでみたいと思っていた本。祖母自身も常識的な人間に見えるし、早速仲良くなった隣家の少年・トムはエズメラルダを全面的に信用しているみたい。最初は祖母と向き合おうとしないどころか、口をきこうともしないし、食べ物も自分で調達したものしか食べようとしないリーズンなんですが、そのリーズン(理性)という名前通り、母親の言ってたことを全面的に信じたいと思いながらも、どこかおかしいと感じ始めることになります。それでも、そうそう簡単に他人を信用するリーズンではないんですが。
この作品で楽しいのは、オーストラリアとニューヨークという2つの都市で話が進むこと。真夏のオーストラリアと真冬のニューヨークですしね。そして面白いのは魔法の概念。魔法の出てくる物語は多いんですけど、魔法がこういった扱いをされてるのって珍しいんじゃないかと... 便利なんだけど、とっても扱いが難しくて、結構究極の選択を迫られることになるんです。リーズンがどんな風に危機を乗り越えることになるのか、その辺りがとっても楽しみ。続けて「あたしをとらえた光」に行きます~。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のジャスティーン・ラーバレスティア作品の感想+
「あたしと魔女の扉」ジャスティーン・ラーバレスティア
「あたしをとらえた光」「あたしのなかの魔法」ジャスティーン・ラーバレスティア

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
敵との対決に自分の存在が邪魔になると感じたケイティは、ニューヨークでの仕事を辞めて、故郷であるテキサス州コブの町へと帰ることに。そして実家の肥料店を手伝い始めるのですが、魔法とは縁のないはずだったコブで、妙なことが立て続けに起き始めたのです。ケイティはマーリンに事情を説明して相談することに。

「(株)魔法製作所」シリーズの4作目。この翻訳が出るのが待ちきれなくて、去年「Don't Hex with Texas」を読んでしまってるので再読になります。いやあ、やっぱり面白かった。そして原書でもちゃんと話が分かってたことを確認できて、ほっとしました。英文自体はあっさりしててあんまり難しくなかったんですけどね。やっぱり不安だったので...
ケイティの家族総出演が楽しくて、特におばあちゃんがいい味出してて、オーウェンが相変わらず素敵で、イドリスが相変わらず間抜けで... という辺りは以前感想を書いた時と一緒。そして原書の出版社が5作目の出版を保留してるというのが、やっぱりショック。以前そんな話を聞きましたが、まだそうなんですか。でもオーウェンの生い立ちとか敵の黒幕とか、まだまだわかってないことがいっぱいだし、作者本人は出版に意欲的だそうだし、これは出版社を替えてでもぜひ出していただきたい!...なーんて簡単に言えるようなことではないんでしょうけど。出版社側の理由としては、1作目に比べて後続巻の売り上げ部数が期待するほど伸びてないからだそうです。1作目の売り上げはいまだに順調だというのになぜ? しかも日本にまで翻訳されて快調に売れてるというのに! この辺りが日本での出版事情とはちょっと違うところなんですね。あー、続編、読みたいよぅ。こんな風に読んでて幸せになれる作品って貴重ですよぅ。(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ニューヨークの魔法使い」シャンナ・スウェンドソン
「赤い靴の誘惑」シャンナ・スウェンドソン
「おせっかいなゴッドマザー」シャンナ・スウェンドソン
「Don't Hex with Texas」Shanna Swendson
「コブの怪しい魔法使い」シャンナ・スウェンドソン

| | commentaire(0) | trackback(1)
Catégories: / / /

 [amazon]
JJ・リディも結婚し、今は4人の子供の父親。でもリディ家では11歳の次女のジェニーが天災のような存在。少し目を離しただけで家や学校から抜け出して、薄着で野山を歩き回って過ごしてばかり。人に言われた通りの行動をすることができないジェニーに、家族全員が振り回されていました。特に不満を持っていたのは、JJの妻のアイスリング。JJと家事を半分ずつ分担して、いずれは療法士の仕事に戻るつもりだったのに、ジェニーがそんな状態で、しかもJJが国内外でのコンサートに忙しくて家にあまりいられない状態なので、予定もきちんと立てられないのです。アンガス・オーグがきちんと木を届けてくれれば、JJも家でフィドル作りに専念できるはずなのですが...。

先日読んだ「時間のない国で」の続編。今回も面白かったー。というか、今回の方がパワーアップで面白かったかも! JJがいきなり4人の子供の父親になっているのには驚いたんですけどね。しかも家の中のゴタゴタの話かと思いきや、そこに見張り塚にいる幽霊と羊の姿のプーカが絡んで、気がついたら話が結構大きくなってるし...。何のために幽霊が見張り塚にいるのかとか、なんでプーカがジェニーに幽霊と友達になるように仕向けてるのかとか、それでいてなぜ自分のことを幽霊からは隠そうとしてるのかとか、なんで隣人の老人・ミッキーが急に見張り塚の上に登りたいと言い出したのかとか、謎がいっぱい。
前回ちらっとしか登場しなかったプーカが今回は前面に登場。話の半ばで「うわーっ、そういうことだったのか!」と第一弾の爆弾(私にとっては)があって、その後もどんどん面白くなります。ああ、ティル・ナ・ノグに行ってみたいな。でもそんなことになったら、ほんと帰って来られないかも~。(創元ブックランド)


+シリーズ既刊の感想+
「時間のない国で」上下 ケイト・トンプソン
「プーカと最後の大王(ハイキング)」ケイト・トンプソン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
JJ・リディは、両親と妹との4人暮らし。父は詩人で母は音楽家。母の家は代々音楽家の家系で、毎週のようにケイリーと呼ばれるアイルランド伝統のダンスパーティが開かれているのです。JJ自身もフィドルやフルートの演奏者として、ハーリングの選手として、アイリッシュ・ダンスの踊り手として、数々の賞を手に入れてきていました。しかし最近どうにも時間がないのです。父が母と出会い、母の実家の農家に移り住んだ時に夢見ていたのは牧歌的な生活。しかし今では日々農作業に追われ、詩作などまったくする余裕がない状態。そしてリディ家だけでなく、この一帯に住む大人も子供も同じ問題に悩まされていました。

毎日のように時間にに追われて「時間が足りないー」「もっと時間が欲しいー」と言っている現代人は多いはず。という私もやりたいことが多すぎて、1日24時間じゃあ到底足りない状態。でも「時間が足りない」というのは、単なる比喩的な表現での話。1日はちゃんと24時間あると納得した上で、そんなことを言ってます。ま、言ってしまえば、自分の能力を超えて欲張りすぎなんですよね、私の場合は。まさか本当に時間がなくなっているとは考えたこともありません。でもこの作品の中では、本当に時間がなくなってしまうんです。となると、ミヒャエル・エンデの「モモ」を思い出すんですが、そういうのとはまたちょっと違っていて...。いや、結果としてはかなり似た状況とも言えるんですけど、誰も他人の時間の花を奪おうとしているわけではありませんし。(笑)
アイルランドのファンタジーはチェックしてるつもりでいたんですけど、これはすっかり抜け落ちてました。まさかこんなところにあったとは! この続編の題名が「プーカと最後の大王(ハイキング)」で、それを見るまで全然気づいてなかったんです。まさか「ティル・ナ・ノグ」まで出て来ようととはーっ。時間不足に嘆く普通の世界と時間の存在していないティル・ナ・ノグの関係も面白かったし、それぞれの住人たちがまたいいんですよねえ。そして最初から最後までずっとアイルランドの伝統音楽がずっと流れ続けてるという意味では、以前読んだチャールズ・デ・リント「リトル・カントリー」(感想)みたいな雰囲気。もうほんとリバーダンスが目の前に浮かんできます。色んな曲の楽譜が入ってるので、詳しい人はもっと楽しめそう。そしてスーザン・プライスの「500年のトンネル」(感想)もなんとなく思い出しながら読んでたんですけど、それはこの表紙のせいかな? 前半こそちょっと引っかかる部分もあったんですけど、後半はそんなことなかったし、終わってみれば結構面白かった! 伏線の効いた解決も気持ち良かったので、ぜひ続きも読んでみようと思います~。(創元ブックランド)


+シリーズ既刊の感想+
「時間のない国で」上下 ケイト・トンプソン
「プーカと最後の大王(ハイキング)」ケイト・トンプソン

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
東京創元社で刊行中のラング童話集の7冊目。巻によってフランス系のお話が多かったり、北欧系が多かったり、南欧系が多かったりと少しずつ色合いが違うんですが、今回はエストニアやセルビア、リトアニア、ルーマニアといった東欧の話が多くて楽しかったです。民話としてはフランスやドイツ辺りの話が一般的な認知度が一番高いと思うんですけど、どこの話が好きかと言われれば、私は北欧が一番好き。そして東欧も好き。どこがどう違うのかは、読んでいても今ひとつ分かってないんですけどね。全部のお話を混ぜて、好きなのを適当にピックアップしていったら、多分北欧や東欧のお話が集まるはず。
そして今回「おおっ」と思ったのは、スワヒリの話が登場していたこと。「あるガゼルの物語」「人食いヌンダ」「ハッセブの話」の3つがスワヒリの話。でも「あるガゼルの物語」は「長靴をはいた猫」みたいな感じだし、小道具的には確かにアフリカなんだけど、どれも普通にヨーロッパの民話と同じように読めてしまいそうな話。それほどアフリカの特徴が出てるというわけではないです。むしろ王様を「スルタン」と呼んでるので、トルコかペルシャかってイメージになってしまうんですが... これは元々の話が英語で書かれた時点でそうなってしまったということなんでしょうね。...あ、でも今スワヒリって具体的にどこなんだろうと思って調べたら、「スワヒリ」という言葉は、アラビア語で「海岸に住む人」という意味なんだそうです。ということは、アラビア語の「スルタン」という言葉を使うのは、当たらずとも遠からず? スワヒリ語はケニア・タンザニア・ウガンダといった東アフリカの国で公用語となってるようですが、スワヒリという国はないんですね。知らなかった。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

[amazon]
ちっぽけなぼろ小屋からトレーラーいっぱいになるほどの荷物が出てくるのに驚いたアート・スリックは、2時間ほどその光景を眺めた後で、ジム・ブーマーを連れてその奇妙な地区へと向かいます... というR.A.ラファティ「われらの街で」他、全15編の短篇集。

お金では買えないものをお金で売ってくれる「魔法の店」。ふとしたことから店に迷い込むことはできても、一旦商品を買って店を出てしまえば、二度と戻ることができないかもしれない店。そんな魔法の店の物語を集めたアンソロジー。ファンタジー作品に登場する魔法のお店は大好きなので、以前からとても読みたかった1冊。それぞれの短篇につけられた荒俣宏さんの文章がまた素敵なんですよねえ。15編中、稲垣足穂「星を売る店」、ハーヴィ・ジェイコブズ「おもちゃ」、H.G.ウェルズ「魔法の店」、クリスチーナ・ロゼッティ「小鬼の市」は既読。(「小鬼の市」を読むのは、今年3度目! でも3回とも違う訳者さん)
特に好みだったのは、上にもちらっとあらすじを書いたR.A.ラファティの「われらの街で」。ちっぽけな小屋からその何倍もの大きさの品物が出てきたり、公認代書屋はタイプライターもないのに口述筆記をしていたり、隣のビアホールでは冷蔵庫もないのに注文した通りのビールがよく冷えた状態で出てきたり... でもその銘柄のスペリングが間違えていたり。ここに登場する奇妙な人々はあくまでも自然なことのように魔法を使ってるし、アートとジムに質問されても堂々と話をはぐらかしてるのが可笑しいんです。
H.G.ウェルズ「魔法の店」のような純正の魔法のお店はちょっと怖いんですけど、不思議な品が埃をかぶって置かれてるようなヤン・ヴァイス「マルツェラン氏の店」みたいな店には行ってみたくなっちゃう。いつかそんなお店がある横丁に迷い込んでみたいなあ... でもそんなことになったら、もう帰って来られなくなっちゃうかもしれないなあ。(ちくま文庫)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
ネペンテスは王立図書館で拾われて育てられた孤児。今は図書館で書記として書物の翻訳をしています。まだ16歳に過ぎないネペンテスですが、珍しい文字を読み解く勘が備わっているのです。そんなある日、ネペンテスは同僚のオリエルが空の学院に本を貰いに行くのに付き合うことになります。空の学院は馬で平原を通り抜けた先の謎めいた森にあり、その森ではどんなことでも起こり得ると言われているため、オリエルはとても怖がっていたのです。怯えたオリエルに代わってネペンテスが若者から受け取った本には、茨のような文字が書かれていました。その本を一目見て心を奪われたネペンテスは、本を司書には渡さず、自分で訳し始めることに。

図書館が舞台で、不思議な茨文字で書かれた書物が出てくる... というだけで物凄く楽しみにしていたマキリップの新作。ものすごく良かったですー!! マキリップというだけで評価が5割り増しになってしまう私なんですが(笑)、これほどの作品を読んだのは久々!と思ってしまうほど。いや、ほんと素晴らしいー。
宮殿の地下に広がる図書館、謎めいた森、魔術師たちの空の学院、そしていつか国に危機が訪れた時に目覚めるというレイン王国初代の王の眠る海辺の洞窟。それだけでも十分なほどなのに、物語の中心となっているのは、茨のような文字で書かれた書物。その本を一目見た時から、ネペンテスは茨に絡め取られてしまうことになるんです。ネペンテスが読み進めるにつれて、伝説の王アクシスと王に影のようにつき従ったという魔法使い・ケインが生きていた頃の古代エベンの物語が蘇ってきて、その物語が現実のレイン王国の物語に覆いかぶさるように重層的に響き始めます。レイン王国では、若き女王・テッサラが即位したばかり。魔術師のヴィヴェイや元司令官のガーヴィンたちが女王を守り、盛りたてていこうとしているんですが、十二の邦はいつ反乱を起こしてもおかしくない状態だし、もしかすると十二邦の外に敵がいるのかも。敵についてまだ全然掴めないでいるうちに、レイン王国の初代の王も目覚めてしまうし... その警告の言葉は「茨に気をつけよ」というもの。
...なんて説明では全然伝わらないと思いますが、とにかくマキリップらしい世界観を堪能しました。マキリップの描く世界はすっきりと綺麗に整理整頓された世界ではなくて、むしろ物がいっぱいごちゃっと詰め込まれてるようなとこがあるんですけど、それだけに様々な色彩に溢れていて、その色合いをどんどん変えていくのが本当に魅力的。もう図書館も森も空の学院も海辺の洞窟も素敵すぎるっ。登場人物も良かったですしね。私が特に気に入ったのは若き女王・テッサラ。最初はぼーっとした女の子にしか見えない彼女なんですが、実はすごいんです。ただ、途中まで魔術師のヴィヴェイを男性と思い込んでいたことだけは内緒... 元司令官(当然男性)と一緒に暮らしてるってとこで、気付くべきだったんでしょうけど...。(恥)
今回もKinuko Y. Craftさんによる表紙がとても素敵です~♪→公式サイト(創元推理文庫)


+既読のパトリシア・A・マキリップ作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」の感想)
「星を帯びし者」「海と炎の娘」「風の竪琴弾き」パトリシア.A.マキリップ
「ムーンフラッシュ」「ムーンドリーム」パトリシア・A・マキリップ
「オドの魔法学校」パトリシア・A・マキリップ
「ホアズブレスの龍追い人」パトリシア・A・マキリップ
「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ
「茨文字の魔法」パトリシア・A・マキリップ

| | commentaire(8) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
貧しい家に育ち、音楽学校でピアノを学んだ17歳の「わたし」は、フランス一の金持ちである「彼」に求婚され、結婚。寝台車で彼の城へと向かうのですが... という表題作他全10編の短編集。

「青髭」や「美女と野獣」、「長靴をはいた猫」「白雪姫」「赤ずきん」などの童話、ドラキュラや狼人間といった伝説をアンジェラ・カーターが現代の物語として語りなおした幻想童話集。七生子さんにものすごく良かった!と伺ってたし、タニス・リーの「血のごとく赤く 幻想童話集」(感想)も大好きだったので、楽しみにしてた本です。
で、読んでみて。どの作品もエロティックで陰鬱な空気が漂っていて、甘美な毒とでもいった感じでしょうか。すごく素敵でした~。「大人のための」という言葉がぴったり。血の赤と雪の白、烏の黒という色合いが「雪の子」という作品に出てくるんですけど、読んでいると、この3色がどの作品でもとても鮮やかに浮かび上がってきます。タニス・リーの「血のごとく赤く」でも、この3色の印象が強いんですけど... まあ「白雪姫」の色と言ってしまえばそれまでなんですけど... 童話における三原色なのでしょうか?(笑)

「美女と野獣」が、「野獣の求愛」「虎の花嫁」という2つのある意味正反対な物語になっているのも面白いし、狼三部作なんかもとても濃くて面白かったのだけど、私にとって一番印象が強かったのは、やっぱり表題作の「血染めの部屋」かしら。これは「青髭」を語りなおしたものです。青髭と結婚するのは、音楽学校(コンセルヴァトワール)に通っていた17歳の少女。ギロチンが首に当たる位置と丁度重なる血のようにルビーの首飾り、夫である侯爵のエロティックな版画のコレクション、夥しい白い百合が飾られている寝室、寝室の12枚の鏡、微妙に調律が狂っているベックスタイン・ピアノ... この物語全編を通して音楽が聞こえてくるのも嬉しいところなんですよね。これまでに3度結婚しているという青髭の最初の妻は、主人公も少女の頃にオペラでイゾルデを歌っているのを見たことがあるというプリマドンナ。結婚前に2人で出かけたのも「トリスタンとイゾルデ」。そして普段はドビュッシーの前奏曲やエチュードを弾いてる主人公なんですけど、見てはいけないものを見てしまった動揺をおさめるために弾くのはバッハの平均律クラヴィーア。そんな音楽の使い方もすごく効果的だと思います。主人公の造形描写に一役買ってますしね。意外性のある(でもちゃんと伏線がある)ラストも良かったな。(ちくま文庫)


+既読のアンジェラ・カーター作品の感想+
「ワイズ・チルドレン」アンジェラ・カーター
「魔法の玩具店」アンジェラ・カーター
「夜ごとのサーカス」アンジェラ・カーター
「血染めの部屋 大人のための幻想童話」アンジェラ・カーター

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
50年ほど前、ロンドンに1人の豪商と義足作りに関しては類まれな腕の持ち主の親方がいた頃の物語。足を失った豪商は早速親方を呼びつけます。そして体にきっちりと合い、軽く、ひとりで勝手に歩き出すほどの脚が欲しいと注文するのですが... という「義足」他、全14編。

先日イギリス幻想小説傑作集を読んだ時に奇妙な世界の片隅でのkazuouさんに勧められたのが、この「スペイン幻想小説傑作集」。
スペイン文学はリアリズムが主流と言われてるんですが、これはスペインに早くからキリスト教が広まっていたこと、回教徒の侵入に抵抗するために異教的要素を極力排する必要があり、民間信仰や民間伝承の幻想譚が切捨てられたこと、そして宗教改革時に、そういった物語が再び断罪されたことが大きく関係しているのだそう。でも紀元前にケルト人の侵入を受けたイベリア半島北西端のガリシア地方なんかは、雨の多い陰鬱な気候と相まって、今でも民間信仰や異教的雰囲気をかなり残してるし、神秘的・幻想的作品を沢山生み出しているのだそうです。

「イギリス幻想小説傑作集」は怪奇的な作品が多かったんですが、こちらはユーモアがかった作品が多かったかな。特に可笑しいのは上にあらすじを書いた「義足」。すごいブラックユーモアなんですけどね。まさか、義足に連れられて世界中を駆け巡ってしまうとはー。(しかも最後の最後まですごいんです) あと、貧しくとも美しい主人公で、拾った人形を大切にするうちにその人形に魂が宿ってしまう... という一見昔ながらのおとぎ話のような「人形」という作品も、実はユーモアたっぷり。でもこちらは際どい路線。シニカルな笑いなのは、骸骨になってしまった登場人物たちが可笑しい「ガラスの眼」。
ちょっと読んだことのない雰囲気でびっくりしたのは、突然世界が真っ暗闇に覆われてしまった...! という「暗闇」。火が燃えていても、目には見えないんです。なので世界が暗闇になったというより、人々が突然みんな盲目になっちゃったってことなんですけど、主人公の目覚めた頃の長閑な雰囲気が一転して、この世の終わりといった感じになるのが迫力。そしてこの本で一番幻想的な作品だなあと思ったのは(私のイメージの「幻想」ですが)、学校をずる休みした少年が原っぱの祭りに行って、射的で特賞の島を当ててしまうという「島」。これはちょっと恒川光太郎さんの「夜市」(感想)みたいな感じ。この世とあの世の境界線が曖昧で... こういう雰囲気は大好き。

この中にアルバロ・クンケイロの「ポルトガルの雄鶏」という作品があって、この短篇自体はあんまりどうってことないんですけど(失礼)、アーサー王伝説の魔法使い・マーリンが主人公の「マーリンと家族」という長編からの抜粋なんだそうです。マーリンが主人公だなんて、これは読んでみたいなあ。でも未訳。(白水uブックス)


+シリーズ既刊の感想+
「イギリス幻想小説傑作集」由良君美編
「スペイン幻想小説傑作集」東谷穎人編
「ドイツ幻想小説傑作集」種村季弘編

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
スカアハの祖母・ドーラの店にいたニコラ・フラメル、スカアハ、ソフィーとジョシュの4人は、ドーラがあけた「レイゲート」を通ってパリへと脱出。ディー博士に追わせまいとドーラがすかさずレイゲートを破壊するものの、ディー博士は軽い切り傷とすり傷だけで逃げだし、パリにいるニコロ・マキャベリに連絡を取ります。マキャベリはすぐさま4人を見つけ出し、ロウのタルパに4人を襲わせ、自分も4人に接触するのですが...。

「アルケミスト 錬金術師ニコラ・フラメル」の続編。伝説の錬金術師ニコラ・フラメルと、世界を救う、あるいは滅ぼす力を持つ双子・ソフィーとジョシュが中心になる物語の第2弾です。
1作目の時は、北欧神話にケルト神話、ギリシャ神話にエジプト神話... と、あまりに範囲が広すぎて節操のない感じも受けてしまったんですけど、2作目では私も既に慣れてしまったらしく(あらら)、まるで違和感を感じないどころか、逆にとても面白かったです~。この作品、神話だけでなくて、歴史上の人物も色々と絡んでくるのも面白いところなんですよね。前回登場の錬金術師・ニコラ・フラメルとその妻・ペレネル、敵のジョン・ディーに加えて、今回登場したのはまずニコロ・マキャベリ。ルネッサンス期のイタリアフィレンツェに生まれて、「君主論」を書いたあのマキャベリです。今はフランスの対外治安総局(GDSC)の長官。そしてサンジェルマン伯爵。魔術師にして錬金術師、発明家であり、音楽家でもある人物。元々時空を超えて存在していた怪人と言われる人物だそうなので、こういった物語にはまさに適役ですね。今の職業はロックスター。(笑) そしてその妻は、オルレアンの乙女・ジャンヌ。いや、もうほんと楽しくて堪りませんー。マキャベリに関しては、敵ながらもなかなかいい味を出しているので、今後の展開もとても楽しみになってしまいます。3作目も早く出ないかしら!(理論社)


+既刊シリーズの感想+
「アルケミスト 錬金術師ニコラ・フラメル」マイケル・スコット
「マジシャン 魔術師ニコロ・マキャベリ」マイケル・スコット

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
以下の14編が収められた妖精物語集です。
 「妖魔の市」(クリスチナ・ロセッティ)
 「お目当てちがい」(ジョージ・マクドナルド)
 「魔法の魚の骨」(チャールズ・ディケンズ)
 「四人のこどもが世界をまわったはなし」(エドワード・リア)
 「さすらいのアラスモン」(メアリ・ド・モーガン)
 「いないいない姫」(アンドリュー・ラング)
 「王の娘の物語」(メアリ・ルイザ・モールズワース)
 「王さまを探せ マザーグースの国の冒険」(マギー・ブラウン)
 「妖精の贈り物」(F・アンスティ)
 「壺の中のお姫さま」(ラドヤード・キプリング)
 「ヒナゲシの恋」(ローレンス・ハウスマン)
 「ものぐさドラゴン」(ケネス・グレアム)
 「メリサンド姫 あるいは割算の話」(イーディス・ネズビット)
 「魔法使いの娘」(イヴリン・シャープ)

ジョージ・マクドナルドとメアリ・ド・モーガンの2作は既読です。キプリングも、多分。
今回はクリスチナ・ロセッティの「妖魔の市」が目当てで読んだんですが、これが期待に違わず、ものすごく素敵な作品でした。これは、小鬼たちが売っている美味しそうな果物に毎日のように見とれていたローラは、とうとう自分の金の巻き毛で果物を買って食べてしまい... という物語詩。不気味で、でもものすごく魅惑的で、こういうの大好き! これを読めただけでも、この本を読んだ甲斐があったと言えそう。しかも矢川澄子さん訳だし。でももちろんそれだけではなく、他の作品も楽しかったです~。
19世紀に書かれた作品なので、昔ながらの妖精物語を逆手に取ってるのも結構あって、それが楽しいんですよね。良い子の口から出てくる宝石が実は精巧な偽物だったとか、王さまが政府関係の仕事で毎日出勤してるんだけど、その出勤途中で妖精に出会ったりとか。そんな中で私が特に気に入ったのは「メリサンド姫 あるいは割算の話」。
洗礼の祝賀会っていくら気をつけても結局誰か妖精を呼び忘れちゃうし、呼び忘れた妖精に何かしら呪いをかけられて大変なことになっちゃう。それならいっそのこと祝賀会をやめてしまおうということになるんですけど、逆に妖精全員が詰めかけてきて、お姫さまは「ハゲになる」という呪いをかけられてしまうんですね。王さまが以前教母にもらった願い事をとっておいたおかげで、お姫さまは年頃になった時に髪の毛が生えるように願うことができるんですけど、その願いが「わたしの頭に1ヤードの金髪が生えますように。そして、金髪は毎日1インチづつのびて、切った場合にはその二倍の早さでのびますように」というもの。それってまるでねずみ算? おかげでエラいことになるんです... そして後は、さすがネズビットだわという展開に。(笑)
あと「ものぐさドラゴン」なんかも大好き。ケネス・グレアムは「たのしい川べ」しか読んだことなかったけど、他の作品も読んでみたくなりました。そしてもちろん、王道の妖精物語も収められています。「ヒナゲシの恋」なんてとっても可愛かったな。(ちくま文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

ドイツのとある荒れ果てた森の中の古い城に住んでいたのは、ゴッケル・フォン・ハーナウという名の老人。ゴッケルにはヒンケルという妻と、ガッケライアという娘があり、3人は古い城の鶏小舎の中に住んでいました。かつてはドイツの中で最も立派な城の1つだったこの城は、ゴッケルの曽祖父の時代にフランス軍によって叩き壊され、当時飼われていた見事な家禽も食い尽くされ、それ以来荒れるにまかされていたのです。ゴッケルの曽祖父も父親も隣国ゲルンハウゼン王家の雉及び鶏の守として仕えており、ゴッケルも同じ役職につくものの、桁外れに卵好きの王に卵の浪費を強く訴えたため、王の怒りを買って宮廷から追放され、荒れ果てた父祖伝来の城に住むことになったのです。ゴッケルたちに従うのは、牡鶏のアレクトリオと牝鶏のガリーナのみ。ゴッケルは養鶏で生計を立てようと考えるのですが...。

岩波文庫版でも出ているのでそっちでもいいかなあと思ったんだけど... とは言っても、それもすっかり廃版になっちゃってるんですけど(笑)、やっぱり矢川澄子さん訳が読みたいなあと王国社版をセレクト。いえ、本当は妖精文庫のが入手できればそれが一番なのですが!
人間の言葉を理解する鶏、何でも願いの叶うソロモンの指輪、親切にしてやった鼠の恩返しなどなど、童話らしいモチーフが満載なんですが、昔ながらの童話とはやっぱりちょっと違いますね。同じドイツでも、グリム童話とは実はかなり違うかも! そういった伝承の童話の持つ雰囲気をエッセンスとして持ってるんですけど、それはあくまでもエッセンス程度で、むしろ現代の物語という感じです。これは19世紀はじめ頃に書かれた作品なんですけど、当時はとても斬新な作品だったのではないかしら。結構凝った作りだと思うんですけど、すっきりまとまっていて、読みやすかったし面白かったです。矢川澄子さんの訳だから、読みやすいのは当然なんだけど♪ 特に驚いたのはその幕切れ。鮮やかですね!
でも原書のドイツ語には、ふんだんに言葉遊びが施されてるんですって。登場人物の名前も遊び心たっぷりなのだそう。さすがに日本語訳では、そこまでは分からないんですよね。それだけがちょっぴり残念。(王国社)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
ふと気が付いたら見知らぬ人々の中におり、ヒルダという女性の衣装を借りて着替えた途端、男達に捕まり、石の砦の牢獄に閉じ込められることになってしまったエミリー。どうやら、彼らの反対勢力にある貴族の女性に間違えられているようなのです。しかし実際には、エミリーはケント育ちの27歳の普通の女性。牢番などの話から、エミリーは自分が陥った状況を知ろうとするのですが...。

「海駆ける騎士」もデビュー前の作品だったそうですが、これはもっと古い作品。そんなものまで引っ張り出してきて出版してるなんてー。そろそろネタ切れなんですかね? この勢いでタニス・リーとかパトリシア・A・マキリップの訳も出してくれたらいいのにー。

エミリーは何が何だか分からないまま牢獄に入れられたんですが、読者も何が何なのか分からないまま読み進めることになります。すぐに分かるのは、この国の2大勢力の争いに巻き込まれたらしということだけ。でも、牢獄とは言っても暗くて湿っぽい地下牢みたいなのではなくて、貴婦人用のもの。きちんと家具も暖炉もある部屋なんです。寝室なんてものまであるんですから! そしてこの部屋のバルコニーから見かけた、別の牢獄に囚われているハンサムな男性と恋に落ちるわけなんですが...
まあ牢番の目を盗んで手紙のやり取りをするとか、彼の息子が来て一波乱あったりとかするんですけど、とにかく同じ場所ばかりだし、なかなか事実が判明しないし、事態も動かないので、読んでてだんだん飽きてきてしまいました...。そもそも、本当にあらすじに書かれてるように異世界にいるのかどうかも分からないんですから。

訳者あとがきによると、この作品はDWJが「王の書」を読んでいた時に触発されて書いた作品なのだそう。「王の書」はスコットランド王ジェームズ1世が囚われの身になっていた時に遠くに見かけた娘に恋をして書いた詩で、その恋愛をDWJは娘の立場から書いたというわけなんですね。なるほどー、そういうことだったのか。でもこういう結末になるのはともかくとして、この終わり方ってどうなのよ? なんだかいかにも習作って感じで中途半端。せめて最低限の説明ぐらいはしてくれなくちゃ困っちゃう。どうせ出版するなら、もっときちんと手を入れてからにして欲しかったな。

これで母から回ってきた本も終わりかな? 改めて見ると、この表紙、目玉焼きみたいですね。(笑)(創元推理文庫)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(8) | trackback(2)
Catégories: / /

 [amazon]
土曜日の夕方、いじめっこのジョアンたちに追いかけられていた13歳のニータは、咄嗟にいつも通っている図書館に逃げ込みます。顔馴染みの司書に地下の児童室に行っておくようにと言われたニータは、大好きな本たちを眺めながら本棚と本棚の間をぶらぶらと歩き回ってるうちに、見覚えのない本を見つけて驚きます。それは「魔法使いになるには」というタイトルの本。誰かのジョークだとしか思えないニータでしたが、その中に書かれていることは、いたって大真面目な様子。ニータは夢中になってその本を読み始めます。

図書館で見つけた本がきっかけで、魔法使いになってしまうという物語。どうやら以前他の出版社から「魔法使い(ウィザード)になる方法」という題名で刊行されて絶版になっていた本が、新訳となって再登場したみたいですね。

図書館にあった「魔法使いになるには」というタイトルの本は、魔法使いの資質がある人にはきちんと書いた人間の意図通りに見えているけれど、そうでない人には別のものに見えているという設定。シャンナ・スウェンドソンの「Don't Hex with Texas」にも同じような設定があったなあ、なんて思ったんですけど、こっちの方が先です。(最後の方でハリー・ポッターを思い出すシーンがあったんですけど、それもこっちの方が先・笑) この「魔法使いになるには」という本、魔法使いの素質がない人にはどんな本に見えてるんでしょうね。図書館の司書の目には普通の本に見えていたはず。ニータの妹のデリーは、キッチンに置き忘れていた本を部屋に持って来て「手品師にでもなるつもり?」なんて言ってるんですけど、普通の人には「手品師になるには」って本に見えるのかな?
この「魔法使いになるには」の本の引用もなかなか楽しいんです。にやりとしてしまったのは、「魔法使いは言葉に愛着を抱く。たいていの魔法使いは活字中毒だ。実際、魔法使いの素質を持つ者に現れる強い徴候として、なにかを読まずして寝つくことができないという点があげられる」というくだり。あと「歴史、哲学、<魔法使いの誓約>」の章で<力ある者><素質ある者>、そして<孤高なる者>について語られている辺りも面白かったし。「この物語は形を変え、数多くの世界で語り継がれている」って、確かにね。聖書だけでなく、いくつもの異世界ファンタジーにもなってるはずですもん。(笑) そしてこの本に書かれている情報が時と場合に応じて変化していくらしいのも、いかにも魔法使いの本らしくていい感じ。ニータはまず植物と話ができるようになるんですが、ナナカマドと会話する辺りも好きだったし。

物語そのものは、もうちょっと整理できたんじゃないかという気もしたんですが... ちょっと読みにくいところがあって、何度も前に戻って読み直したりしてしまったんですが、ニータも、仲間になるキットという少年も微笑ましいし、一緒に活躍するホワイトホール(?!)のフレッドも愛嬌たっぷり。
ニータの本は図書館の本だから返さなくちゃいけないんだけど、この冒険の後どうしたのかしら? この話はシリーズ物になってて、来年には続きが刊行されるようなので、またその辺りも書かれてるんでしょうね。絶賛ってほどじゃないんだけど、なかなか可愛らしかったので、もう少し付き合ってみるかなー。(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「駆け出し魔法使いとはじまりの本」ダイアン・デュエイン
「駆け出し魔法使いと海の呪文」ダイアン・デュエイン

| | commentaire(4) | trackback(2)
Catégories: /

 [amazon]
オックスフォード大学の聖ジェローム学寮のボドリアン図書館で母を待っていたブレーク。母は一学期契約の客員教授としてオックスフォードに来ており、ゲーテの「ファウスト」に関する論文を準備中。ブレークとその妹・ダックは図書館で長い時間を過ごすしかなかったのです。待ちくたびれたブレークが本棚の本を指の節で次々に叩いていると、1冊の本に反撃されたような気がして驚きます。本が猫のようにブレークの指をふざけてたたいて、ひょいと身を隠したように感じたのです。そこに並んでいるのは古くてもろい普通の本ばかり。しかし1冊の本が床に落ちていました。それは平凡な茶色の革装の本。母に叱られてあわてて本を拾い上げると、本はブレークの手の中でほんの少し動き、本を開くとページが僅かに揺れ動きます。その本の表紙には「エンデュミオン・スプリング」というタイトルがありました。しかし本の中には何も書かれてはいなかったのです。

現代のオックスフォードの図書館が舞台となるブレークという少年の話と、15世紀、グーテンベルクが活版印刷を発明した頃のドイツのマインツを舞台にしたエンデュミオン・スプリングの物語が交互に進んでいきます。15世紀の話の方には、グーテンベルクを始め、グーテンベルクの弟子となったペーター・シェーファー、ゲーテの「ファウスト」のモデルになったとも言われるヨハン・フストなど歴史上の人物が登場。世界初の印刷物「四十二行聖書(グーテンベルク聖書)」が作られようとしている時代。そしてその時代にいたエンデュミオン・スプリングという少年の冒険が現代のオックスフォードの図書館にいるブレークの冒険に繋がっていくんです。ブレークが見つけたエンデュミオン・スプリングの本は、選ばれた者しかそこに書かれた文字を読むことができないという空白の本。
オックスフォードの図書館が舞台と聞いたら、読んでみずにはいられなかったんだけど... うーん、イマイチだったかな。設定は面白いと思うし、現代のオックスフォードの図書館が出てくれば楽しいし、グーテンベルクへの歴史的な興味もあって、途中までは面白く読めたんですけど... 肝心の登場人物がイマイチ。ブレークの妹のダックはとても聡明で、オックスフォードの教授陣を感心させるほどなのに、肝心のブレークは全然冴えない少年なんですよね。ダックにも馬鹿にされっぱなしだし、2人の母親は自分のことに夢中で、「行儀良くしなさい」「妹の面倒をみなさい」ばかり。こういうの、あまり楽しくないです。それに最後の詰めが甘すぎる! 悪役との対決もイマイチだったし、結局エンデュミオンの本は何だったっていうのよ? って感じで終わっちゃいました。
最近母がファンタジーに凝ってて、比較的新しいファンタジー作品がどんどん手元に回ってくるんだけど、どれもこれももひとつ物足りないまま終わってしまって困っちゃうなあ...。(新潮文庫)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
中国昔話大集の3冊目。今回は百物語形式で、短い物語が99話収められています。
1つだけご紹介しますね。21話「虎皮」。オチまで書いてしまってるので、この先は興味のある方だけご覧下さい。(最後の最後のオチだけは反転しないと読めないようにしてますが)


中国のこういった志怪小説には、動物の精や幽鬼の女性が登場することが多いんですけど、この話に登場するのは虎。旅をしていた男性がある宿に泊まると、突然虎が現れるんです。その男性が物陰に身を潜めていると、虎はするっと虎の皮を脱いで美しい娘になっちゃう。びっくりした男性が出てきて娘にわけを尋ねると、家が貧しくて結婚相手が見つからないから、夫になってくれる人を探してるのだという答。相手が美しい娘なものだから、男性は「じゃあ結婚しよう」ってことになります。で、虎の皮を枯れ井戸に投げ捨てちゃう。
ここまではいいんですが...
数年後、2人はまたこの宿に泊まることになるんですね。今度は息子も一緒に。で、枯れ井戸をふと覗いてみると、昔捨てた虎の皮がまだ残ってるんです。そして「お前が着ていた皮がまだあるよ」「まあ、懐かしい。せっかくだから拾ってきて下さいな」「ちょっと着てみますわ」なんて会話があるんですが...
この奥さん、虎の皮を着た途端、虎に戻ってしまいます。そこまでは予想通り。でも...
夫と息子に「躍りかかってその体を食らい尽くすと、いずこへか姿を消した」(←反転してください)

ひえーっ。そうくるか!
いや、ここまで来たら、こうなるしかないかも知れませんが... 中国物は結構読んできましたが、このパターンはちょっと珍しいかも。いやいや、やっぱり中国物は面白いです。百物語といえば怪談なんですけど、中国の怪談はあっけらかんとしててあまり怖くないとこが好き~。(アルファポリス文庫)


+既読の話梅子作品の感想+
「游仙枕」「大器晩成」話梅子編・訳
「中国百物語 中国昔話大集III」話梅子編・訳

| | commentaire(8) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
両親を亡くしたデイヴィッドは、今はバーナード大おじさんの家に引き取られていました。普段は寄宿舎学校に入っており、休暇の時はサマースクールやホリディ・キャンプに行くため、あまり家に帰ることもないのですが、今回は参加するサマースクールを知らせるハガキが来なかったため、仕方なく家に戻ることになるデイヴィッド。しかし誰もデイヴィッドがその日帰るとは思っていなかったため、大騒ぎになります。家に戻った途端揉め事続きで、しかも自分が親戚たちにとって迷惑でしかないと思い知らされたデイヴィッドは、彼らに呪いをかけるつもりで、呪いに聞こえそうな言葉の響きをぶつぶつとつぶやきながら空き地を歩き回ります。そんなことをしても、親戚に何の影響も及ぼさないことは分かっていたのですが、時々それっぽい組み合わせを見つけると大声で唱えてみるデイヴィッド。しかしついに最高の組み合わせを見つけたのです。デイヴィッドは、堆肥の山の上で重々しくその言葉を唱え、ついでに堆肥を一握り塀に投げつけます。するとその途端、塀が崩れ落ちはじめて...。

1975年に発表したという、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ初期の作品。いつものように手元に回って来ちゃいました。でもDWJ作品は、最近のより初期の方が好きなのでオッケー。
「呪い」が偶然成功してしまい、デイヴィッドが助けることになったのはルークという名の不思議な少年。会いたい時はマッチをするだけでいいんです。デイヴィッドはルークとすぐに意気投合するものの、実はルークのことを何も知りません。でも付き合い始めてすぐに、普通のルールに従って生きているのではないということだけは気付きます。

最初はハリー・ポッターみたいだなーと思いながら読んでたんですが(DWJの作品にはこういう設定が多いので、別に珍しくもないんですが)、最後まで読んでみたら、これが結構面白くて! デイヴィッドも案外しっかり育ってたのねーとか、これまで1人で頑張っていたデイヴィッドが思わぬ味方を得て、いつの間にか立場が逆転してたところも良かったんですけど、そういう細かい部分よりも、中盤から思いがけないところに繋がっていって! これがすごく楽しかったんです。ネタバレになるので詳しくは書きたくないんですけど、思いっきり私の趣味の方面に繋がっちゃうんですもん! びっくりしました。途中まで全然気付いてなかったので、いきなり気が付いてビックリ。でも日本人にはそれほど馴染み深いというわけではないんですよね。そちら方面をあまり知らない状態で読んだら、「で、結局何だったの?」となる可能性も...?(創元ブックランド)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / / /

 [amazon]
片目の野良猫のフレデリックは、その晩はネズミの王・マードックが現れないのを確かめ、ひどい悪臭のする番犬・シーザーの小屋の前を忍び足で通り過ぎ、パン屋の裏口へ。いつもパン屋の奥さん「でぶのムー」が温かいミルクの皿を階段の下に置いてくれるのです。ミルクを飲んだフレデリックは、パン屋の見習いのエントンが出した熱い灰の入ったバケツのふたで丸くなり、ネズミたちのたてる音に耳を傾け、大熊座の上に小さく光っている星を不思議に思い、その星の夢、銀色の毛とアクアマリンのように青い目、金色の爪を持ち、水晶でできた鈴がついたリボンつけた美しい猫の夢をみます。そんなフレデリックを訪ねて来たのは、しっぽをなくしたカストロ。フレデリックとカストロ、そして肩を痛めたリンゴは、三銃士ならぬ三銃猫なのです。

ドイツのファンタジー。物語には2つの流れがあって、1つはフレデリックとカストロとリンゴという3匹の猫と犬のシーザー、そしてネズミの王・マードックが率いるネズミたちの物語。もう1つは、フレデリックたちの物語や夜空に輝くちび星の物語を雪フクロウのメスランテアが銀色猫のエンリルに語って聞かせる物語。フレデリックたちの場面は冒険物語のようで楽しいし、メスランテアとエンリルの場面はそれとは対照的にとても美しいもの。帯には「魂の成長を描いた、感動のファンタジー!」とあるし、確かに3匹の猫たちが、自分にとって一番大切なものとは何なのかを知るという成長物語になってるんですが... でも、どこかしっくりと来ないんですよね。詰めが甘いというか何というか。この本の単行本版の紹介で「ふたつの物語が並行して進み、一気に感動の結末へ!」とあったんですが、ラストは言うほど盛り上がらなくて「感動の結末」という感じではなかったし。せっかくの猫の話なのに、イマイチ楽しめなくてちょっと残念。(白水uブックス)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
南に向けて6時間も飛びっぱなしだったカモメたちの一団は、見張り係がみつけたニシンの群れを目指して急降下。しかし銀色の翼のケンガーが4匹目のニシンをとりに海に潜った時、見張り係の警告の叫び声が。ケンガーが海面に頭を出した時、既に仲間たちの姿はありませんでした。警告は、海に原油が広がっていることを知らせるものだったのです。羽に原油がべっとりとついたカモメは、魚の餌食になるか餓死するさだめ。ケンガーはなんとか飛び立つことに成功するものの、やがて力尽きてハンブルクの一軒の家のバルコニーに墜落。そこにはゾルバという黒い猫がいました。自分の命が長くはないことを悟ったケンガーは、自分の産む卵をゾルバに託すことに。そして卵を食べないこと、ひなが生まれるまで卵の面倒をみること、そしてひなに飛び方を教えることをゾルバに約束させます。

ゾルバ、大佐、秘書、博士、向かい風といった猫たちと、フォルトゥナータと名づけられたカモメとの友情物語。「港では、一匹の猫の問題は、すべての猫の問題だ」「港では、一匹の猫が名誉にかけて誓った約束は、港じゅうのすべての猫の約束じゃ」という言葉のもとに、死んでいったカモメのケンガーとの約束は厳重に守られることになります。でも何でも載ってる博士の百科事典にも、カモメの育て方は載ってないんですよね。猫たちのカモメのヒナ育ては、全く手探り状態でスタート。ゾルバは綺麗な石みたいだなと思いつつも卵を温め続け、やがて生まれたヒナにハエを取ってやり、人間たちに見つからないように場所を移し、ヒナを狙わないように野良猫と下水管のネズミに話をつけます。フォルトゥナータをという名前になったヒナは、猫たちの愛情に包まれて育つんです。自分も猫だと思いたくなるほどまでに。
この猫たちがすごくいいんです。なんていうか男気があってカッコいい。私は本当は動物モノってあんまり好きじゃないんですけど、これは良かったなあ。とてもシンプルな物語なんですけど、とても力強くて愛情もたっぷり。ヨーロッパでは「8歳から88歳までの若者のための小説」という副題で刊行されたと聞いて納得です。確かに一見童話のような作品だし、すぐ読めてしまう短さなんですけど、これは単なる子供向けの作品ではないですね。子供も大人もそれぞれに楽しめる作品。なかなかいいものを読みましたー。(白水uブックス)

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / / /

 [amazon]
東京創元社で復刊中のラング童話集の6冊目。
こういう童話や昔話は、突っ込みたくなることもままあるものですが、それはしないお約束です。(笑)
それでも今回ものすごーーく突っ込みたくなってしまった作品がありました。それは「小さな灰色の男」という話。まず冒頭から。

むかしむかし、修道女と農夫と鍛冶屋の三人が、そろってほうぼうを流れあるいていた。

いや、農夫と鍛冶屋が一緒に旅をするのはいいんだけど、修道女って...?!
と、軽く突っ込みつつも続きを読むと。
この3人、旅の途中で古いお城を見つけて住み着くことになるんですね。毎日順番に1人が残って家事をして、あとの2人は外に「幸せになる道」を探しに行くという取り決め。「幸せになる道」ってナニ? というのもあるんですが、まあこれはいいとして。(笑)
留守番をしてる人の前に、「小さな灰色の男」が出てきます。

「うーっ! 腹がすいてかなわん!」「かまどに食べ物がはいってるから、お好きにどうぞ」

昔話では、見知らぬ人にも親切にするのが幸せになるための鉄則ですね。
親切にされる側は、普通なら遠慮のひとつもするところ。でも時々遠慮をしない人が出てきます。(だからといって悪いヤツだと決め付けられないのが、童話や昔話の難しいところ)この灰色の男も、作ってあった夕食を全部食べちゃう。しかもたしなめられると逆切れして暴れだし、修道女も農夫も半殺しの目に遭うことに...。でも3番目に家事のために残った鍛冶屋はこの灰色の男をやっつけるんですね。
ま、そこまではいいんです。灰色の男が死んだおかげで、お姫さまが2人と王子さまが1人魔法から解けるというのも、よくあるパターン。でも、大抵はお姫さまが3人。王子が1人混ざってるというのはものすごくレアなのではないかと思いますが。

王女たちは、助けてもらったことをたいへんありがたく思い、片方は鍛冶屋と、もう片方は農夫と結婚した。

これは順当な成り行きです。でも

そして王子は修道女を妻にし、みんないっしょに、死ぬまで幸せにくらした。

これはどうなんでしょうか! いくらいい相手が見つかったからといって、修道女が王子さまと結婚?! 魔法が解けた3人の中に王子さまがいた時点で、うすうす予想はしていたとはいえ、もうほんとひっくり返りそうになりました。
これはドイツの昔話。この「修道女」は本当に最初から「修道女」だったのでしょうか。もしそうだとしたら、ドイツ人はおかしいと思わなかったのかしら? これで3人がきょうだいだったら分かるんだけど、そうとは書いてないし。でもまともな家の女性なら、家族でもない男性2人と旅するなんてあり得ないですよね。となると、百歩譲って修道女でも構わないとしても、結婚ですよ、結婚! となると極端な話、修道女じゃなくて実は売春婦か何かだったんじゃ...? なんて考えてしまうんですが...?(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
パンドルフォじいさんが作ったかかしは、その夜のうちに怠け者の農夫に盗まれ、そして次の晩はまた別の誰かに盗まれ、だんだんとじいさんの小麦畑から遠ざかっていってしまいます。そしてある嵐の晩、かかしは稲妻に直撃され、そのショックでかかしの体の中の分子や原子や素粒子が活発に働き出したのです。翌朝、畑の脇で小麦のつぶとカブの葉としなびたニンジンを食べていた少年・ジャックは、かかしに呼びかけられてびっくり。しかし、かかしに頼まれて足をもう一本探してくると、かかしに提案されるまま、かかしの召し使いとなって一緒に世界を回ることを決めることに。

「ライラの冒険」のフィリップ・プルマンの作品。この表紙が可愛くて、以前から気になってたんですよねえ。「ライラの冒険」は、ミルトンの「失楽園」を読んでて良かったと思うような宗教観まである作品でしたが、こちらは表紙そのまんまの雰囲気の楽しい冒険物語。山賊をやっつけたかと思えばお芝居に出演、軍隊に入って突撃していたかと思えば無人島に漂流したりと、なかなか盛り沢山。
まずこのかかしが動いてる理由付けが楽しいんですよね。稲妻に打たれたせいで、体内の分子や原子、素粒子が活発に動き始めただなんて! かかしが動いたり話したりしているといえば「オズの魔法使い」や、その影響を受けていそうな「魔法使いハウルと火の悪魔」が印象的なんですが、きっとフィリップ・プルマンは、これらの作品を読んだ時に、かかしが動き出した理由が特に書かれてなかったのが不満だったに違いない。(笑)
でもこのかかし、かかしという仕事柄(?)鳥には詳しいし、生まれた時にパンドルフォじいさんに「礼儀正しく、勇ましく、誇りをもて。思いやりを忘れるな。精一杯がんばれ」と言われた通りの生き方をしているんですが、そんな理想だけでこの世間が渡れるはずものなく... しかもカブ頭のせいか脳みその豆が途中で飛び出してしまったせいか、かなりピントがズレてるんですよね。その点、召し使いとなったジャックの方が、よっぽど現状を把握してるし、さりげなくフォローしてるんですが... そのジャックにしたところで、かかしの召し使いになる前はただの貧しい少年。それほど世間を知っているわけではありません。2人で大真面目に行動していても、いつの間にかどんどんずれていっちゃう。まるでドン・キホーテとサンチョ・パンサ。
児童書だし、最初はやっぱりちょっと物足りないかな~なんて思いながら読んでたんですけど、宿敵(?)ブッファローニ家との最後のやりとりも爽やかで良かったし!(いや、あの会話には実は含みがあって全然爽やかじゃなかったのかしら...) 読み終えてみれば、なかなか可愛いお話でした。(理論社)


+既読のフィリップ・プルマン作品の感想+
「黄金の羅針盤」上下「神秘の剣」上下 フィリップ・プルマン
「琥珀の望遠鏡」上下 フィリップ・プルマン
「かかしと召し使い」フィリップ・プルマン
「マハラジャのルビー サリー・ロックハートの冒険1」フィリップ・プルマン
「仮面の大富豪 サリー・ロックハートの冒険2」上下 フィリップ・プルマン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
小人が住んでいたのは、古いお屋敷の屋根裏に仕舞われているドール・ハウスの中。その屋敷には年をとったおばあさんが1人で暮らしており、小人は屋敷の中がきちんとなっているか見回りをするのが毎晩の日課でした。そして小人とおばあさんの他にいたのは、地下室に住むドブネズミとヒキガエル。小人とドブネズミとヒキガエルは毎週土曜日になるとトランプ遊びをする習慣なのです。秋も深まったある晩、小人の家のドアを叩いていたのは、嵐に打たれてずぶ濡れになり、羽もぼろぼろになった1人の妖精。小人は妖精の魔法が怖いながらも、一晩だけ妖精を家に泊めることになります。そして妖精の語る物語を聞いた小人は、その話にすっかり夢中になってしまうことに...。

オランダの最も優れた子供の本に贈られるという「金の石筆賞」を受賞した作品なんだそうです。永遠の命を持ち、緑色のお城で毎日楽しく暮らしていたはずの妖精が、マルハナバチの死に立ち会ったことで、妖精に足りない「死」や「子孫」の存在に気付いて、それらを求めて旅をするという物語。そしてその物語を小人が毎晩のように聞くという「千夜一夜物語」のような枠物語です。
「物語が進むにつれ、『エルフや小鬼、水の精や巨人の活躍する不思議な妖精の世界』と『小人の住むお屋敷の話』が、しだいにまざりあい...」という紹介で興味を持った本なんですけど、そういう意味では期待したほどではなかったかな。確かに話を聞いてる小人は話が進むに連れてその情景を現実のことのように感じ始めるし、妖精の物語がじきに現実の出来事に連なっていくんですけど、私はもっとファンタジーのようなSFのような展開を期待してしまったので...。それに妖精の話が私にはそれほど魅力的に感じられなかったんですよね。あまりに能天気に「わたしと結婚しない? そうすれば子どもも生まれるし、死ぬこともできるわ」なんて会話が繰り返されるんですもん。しかも妖精と同じく「死」のことをまるで理解してない種族との間で。その軽さはきっと意図的だったとは思うのだけど... まあ、最後はいい感じでまとまるんですが。
一番おおっと思ったのは、ナーンジャ、カーンジャ、フキゲン・ジャーという3人の魔法使いの名前。こういうのいいなあ。エルフの2人の王子もアルサーとナイサーという名前。元の言葉はオランダ語でしょうから聞いても分からないですけど、元の言葉が知りたくなっちゃう。こういう翻訳センスっていいですねえ。(徳間書店)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
ハリー・ポッターシリーズの最終巻。私が読むのはもっと先になるかと思ってたんですけど、思いがけず手元に回ってきたので、早速読んでしまいましたー。
いやあ、シリーズが進むにつれて話は暗くなるし、ハリーはヒステリックになるし、読み続けるのがかなりツラくなってたんですけど、最後はなかなか良かったですね。読んでて楽しかったし、予定通りとはいえ、きちんと大団円になってくれて「ほっ」。特に良かったのは、前巻のあの出来事の裏にあったことや、あの人がどんな気持ちを秘めてたのかちゃんと分かったこと。これは良かったなあ。まあ、逆に言いたいこともいくつかあるんですけどね... ちょっと殺しすぎでしょ、とかね。それだけ大変だったっていうのは分かるんだけど、なんだか無駄に死にすぎたような気がすごく。あとは、クリーチャーやダーズリー一家のその後が知りたかったので、何も触れられてなかったのがちょっと残念だったり。特にダーズリー一家。あの後何もなかったのかしら。でもいきなりあんな説明聞かされても、理解できない方が普通ですよね。いくら嫌な人たちでも、そんなヒステリー起こしちゃダメだってば。>ハリー
よくよく考えてみると、魔法界の人たちってマグルと共存してるわけでもなく、ひたすら秘密にしてるわけでもなく(うちに魔女が生まれた!って喜ぶ人もいるわけだし←普通なら最初はパニックになると思うんだけど)、何をやってるんだ?何がしたいんだ?とか思ったりもするのだけど... 最初のうちにそういう説明ってありましたっけ。それとも、それは言わないお約束?(笑)
このシリーズで何が好きだったかって言ったら、魔法的な小道具ですね。これは楽しかったな。「アズカバンの囚人」でハーマイオニーが使ってた道具のように、時には、ちょっと都合良すぎるでしょ!って物もありましたが、組分け帽子とか可愛いですしね。今回は杖。杖の薀蓄をオリバンダー氏に嫌ってほど聞きたいかも、私。(静山社)


+シリーズ既刊の感想+
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上下 J.K.ローリング
「ハリー・ポッターと死の秘宝」上下 J.K.ローリング
(それ以前の感想は残っていません)

| | commentaire(10) | trackback(2)
Catégories: / /

 [amazon]
1年前に漁師だった父が海で亡くなって以来、海を憎んでいる15歳の少女ペリ。考えることをやめて海を見つめてばかりの母を置いて家を出たペリは、港のそばの宿屋で働きながら、村から離れた海辺の小さな家に暮らしていました。ペリは幼い頃からこの家に通い、1人で住んでいた老婆に不思議な物語を聞いたり魔法を教えてもらったりしていたのです。その老婆もまた、父の死の後に姿を消していました。そんなある日のこと、その村の高台にある別荘に滞在するため、王の一家が村にやって来ます。そしてペリは老婆に会いにやって来た王の息子・キールと出会うことに。

うーん、ルルル文庫って私が買うにはちょっとツラい表紙が多いんですけど...(笑)
一見、普通のラノベレーベルにしか見えないルルル文庫ですが、タニス・リーとかパトリシア・A・マキリップとか、私にとって無視できない翻訳ファンタジーを出してくれてるのがすごいんですよね。読んでないけど、ナンシー・スプリンガーやシャロン・シンの作品もあるし。まあ、タニス・リーの「パイレーティカ」は、私にとっては物足りない作品でしたが... こちらの「チェンジリング・シー」は、なかなか可愛らしい話でしたー。
ただ、マキリップらしいイメージ喚起力がいつもよりも弱い気がします... 海と魔法で、情景が広がるモチーフはたっぷりのはずなのに... 翻訳された柘植めぐみさんは、訳者あとがきによるとマキリップの作品を読んで「翻訳家になりたい!」と思われたそうなので、マキリップの魅力は十分ご存知なのだろうと思うんですけど... ここにきてレーベルの色が出てしまったのかしら。挿絵に邪魔されたってわけでもないと思うのだけど。

それにしても、今年になってから3冊もマキリップの新作が読めたなんて! それだけでも幸せだと言わなければなりませぬ。(小学館ルルル文庫)


+既読のパトリシア・A・マキリップ作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」の感想)
「星を帯びし者」「海と炎の娘」「風の竪琴弾き」パトリシア.A.マキリップ
「ムーンフラッシュ」「ムーンドリーム」パトリシア・A・マキリップ
「オドの魔法学校」パトリシア・A・マキリップ
「ホアズブレスの龍追い人」パトリシア・A・マキリップ
「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ
「茨文字の魔法」パトリシア・A・マキリップ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
大好きなタニス・リーの作品の中でも一番好きなのが、出会いとなったこの「闇の公子」。どのぐらい好きかといえば、2004年度のマイベスト本のベスト1だし(477冊中の1位!)、絶版も多いタニス・リーの本をその後全て集めて読んでしまったほどだし(苦労しましたー)、ちゃんと購入して読んだというのに、古本屋でまた「闇の公子」を見かけたら思わず買ってしまうほど。(お友達にあげたこともあるんですけど、同じものが何冊か手元にあります・笑) 浅羽莢子さんの華麗な翻訳のファンになったのも、この作品から。
その「闇の公子」が長らく入手できない状態だったんですけど、この度めでたく復刊されました!
ということで、またうちに1冊増えてしまったんですけど...(笑)
もちろん読みましたとも! いやあ、やっぱり良かったです。初めて読んだ時のような衝撃こそなかったですが、やっぱりすごいです。オムニバス形式で収められたお話のどれもが好き。もうほんとハズレなし。妖魔の王・アズュラーンの美しさと妖しさにはくらくらしてしまいます。考えてみれば、初めてたらいまわし企画の主催がまわって来た時、私はこの本を出したいがためにお題を決めたのでした... 「美しく妖しく... 夜の文学」。

前の表紙も好きだったんですけど、今回の表紙は加藤俊章さんなんですね。この方、タニス・リーの本の挿絵を沢山描いてらして、それがまた素敵なんですよねえ。実は画集も持ってます。Official Homepageはコチラ。買った時の記事はコチラ
ああ、やっぱり「闇の公子」が復刊してくれて嬉しいなあ。(しみじみ)(ハヤカワFT文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
昔、世界のてっぺんにあったのは、黄金と雪でできた環の形の島・ホアズブレス。これは1年の13ヶ月のうち12ヶ月間は冬に覆われているという場所。双子の太陽が世界の頂上ですれ違う1ヶ月間だけ、山頂の雪が溶け、柔らかな陽射しが差し込み、鉱夫たちは12ヶ月の間に掘りためた黄金を持って海を渡り、本土で様々なものと交換するのです... という「ホアズブレスの龍追い人」他、全15編の短編集。

マキリップの短編を読むのは初めてなので、ちょっと不安もあったんですけど(短編は苦手だし)、短編でもやっぱりマキリップらしく、読み始めた途端に情景が広がりました!(ほっ) でも、今までもファンタジーらしいファンタジー作品を読ませてくれてきたマキリップなんですが、今回は今まで以上に、いかにもファンタジーというモチーフを使った作品が多くて、それはちょっとびっくりだったかな。龍や吟唱詩人、魔法使い、魔法にかけられた王子、一角獣... トロールやバーバ・ヤーガといった特定地域の民話のモチーフもあったし、「雪の女王」や「美女と野獣」、蛙になった王子がお姫さまの金のまりを拾ってくる話(「かえるの王子さま」でしたっけ?「金のまり」?)といった民話や童話を、マキリップ風に味付けした作品も。ちょっとタニス・リーを思い出しちゃう。その中で少し異色だったのは、「ロミオとジュリエット」のマキリップ版。これはファンタジーではなくてミステリ風。
正直、面白さがよく分からない作品もあったんですが(あらら)、やっぱりこれはマキリップの世界。そして私が特に好きなのは、表題作「ホアズブレスの龍追い人」。これは本当に素敵でした。あと、龍に攫われたハープ奏者を探して5人が旅をする「ドラゴンの仲間」も楽しかったし、魔女のバーバ・ヤーガが自分の家(鶏の足がついてます)と喧嘩するという設定が可笑しい「バーバ・ヤーガと魔法使いの息子」も良かったです。(創元推理文庫)


+既読のパトリシア・A・マキリップ作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」の感想)
「星を帯びし者」「海と炎の娘」「風の竪琴弾き」パトリシア.A.マキリップ
「ムーンフラッシュ」「ムーンドリーム」パトリシア・A・マキリップ
「オドの魔法学校」パトリシア・A・マキリップ
「ホアズブレスの龍追い人」パトリシア・A・マキリップ
「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ
「茨文字の魔法」パトリシア・A・マキリップ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
東京創元社で復刊中のラング童話集の5冊目。今回はシチリアやカタルーニャ、そしてデンマークの昔話が多かったですね。25編中10編が、シチリアかカタルーニャのどちらか。そして7編がデンマークの昔話。つい先日イタリア民話集(感想)やスペイン民話集(感想)を読んだところなので、そちらで読んだ覚えのある話が結構ありました。でもデンマークの昔話にも、最近どこかで読んだ覚えがある作品が多かったんだけど、これはどこで読んだのかしら? 似たような趣向の本を続けて読むとダメですねえ。きちんとメモしておかなかったせいで、どれがどうだったのかすっかり分からなくなってます。(汗)
巻末には原書の目次も載ってるので、こちらには掲載されなかったお話が何か分かるようになってるんですけど、今回落とされたのはアンデルセンの童話が多かったようです。このシリーズは元々、日本で既に有名なお話よりも、それほど一般的でないものを優先的に収めるという趣旨だし、私もそれが正解だと思ってるので全然構わないんですが(関係ないけど、アンデルセンはあまり好きじゃないし)、日本のお話もいくつか落とされてました。「Urashimataro and the Turtle」は「浦島太郎」、「The Sparrow with the Slit Tongue」は「舌切り雀」でいいんだけど、「The Slaying of Tanuki」って何だろう? 「Slaying」は「殺害」だから、「文福茶釜」ではないはず... ほかに狸が出てくるような話って何かあったっけ。...あっ、「かちかち山」? ほかにも色々ありそうだけど、全然思い出せないやー。
それにしても「Tanuki」だなんて、ヨーロッパには狸はいないんでしょうか。元々は日本の動物だということなのかな。調べてみたら、狸は英語で「Raccoon dog」と言うようなんですけどね。...あ、Wikipediaによると、基本的な分布は「韓国、北朝鮮、中国、日本、ロシア東部」だそうです。日本だけというわけではないんですね。そして日本の「たぬき寝入り」という言葉は、猟師の銃声に驚いた狸が、弾が当たってもいないのに気絶する習性から来てますが、欧米では同じことを「Fox Sleep」と言うそうです。狐も同じ習性だったのか。面白いなあ。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
「中国昔話大集」のIとIIです。この話梅子さんという方は、中学の頃に「聊斎志異」や「紅楼夢」にハマって以来あれやこれやの中国物を読んだ挙句、原書にまで手を出すようになり、そうやって読んだ話を翻案・翻訳してメールマガジンで流してらして、そういった話が本になったのだそう。ちなみに「話梅子」の読み方は「フアメイズ」。「話梅」という梅を乾して砂糖をまぶした中国のお茶請けにちなんだ名前なのだそうです。私もそういった中国物は子供の頃から大好きだし、平凡社の中国古典文学全集は宝物。原書に手を出そうなんて考えたことはなかったですけどね。(笑)
で、早速読んでみたら、知らない話が色々と... やっぱり原書が読めるというのは強いですねえ。それぞれに章ごとにテーマが決められて、似たような話がまとめられています。「游仙枕」の方は幽鬼や情愛、妖怪、動物、奇妙、神仙や幻術。「大器晩成」の方は、出世、試験、賄賂、名声、処世術、習性、犯罪、異界。科挙にまつわる話や大岡裁きみたいな現実的な話も面白かったんですが、私が好きなのは、やっぱり不思議系。そういう意味では「游仙枕」の方が好みですね。結局私も「聊斎志異」が好きなんだなあー。
宋や明、清の時代の話が多かったですが、宋と明の間の元の時代の話はなかったような...? あったのかもしれないですが、ものすごく少なかったはず。やっぱりモンゴル民族の時代は少し毛色が違うんでしょうね。「杜十娘」の冒頭に「明の萬暦二十年(千五百九十二年)に日本の関白平秀吉が朝鮮を侵略した。朝鮮が助けを求めてきたので...」という文章で始まる話があってびっくりでした。日本が出てきたのは、そのぐらいかな。(アルファポリス文庫)


+既読の話梅子作品の感想+
「游仙枕」「大器晩成」話梅子編・訳
「中国百物語 中国昔話大集III」話梅子編・訳

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / / /

[amazon]
久々に読む「せむしの小馬」。先日祖母の家に行ったので、その時にこの本を持って帰ってきました。これはエルショーフが19歳の時に書いた作品で、色々なロシアの民話を元にロシア語で書かれたという詩。プーシキンや他の詩人たちがこの作品に感心して夢中になったのだそうです。
改めて読んでみると、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも出てくる物語がいくつも組み合わさっているのがよく分かります。夜のうちに小麦畑をめちゃくちゃにしてしまう馬も、火の鳥も、鯨が飲み込んだ船のことも...。そういった1つ1つの物語よりもこちらの方が断然面白いから、「ロシア民話集」を読んでいてもどこか物足りなさが残ってしまったのだけど。そして私にとって「ばかのイワン」は、これが基本なのかもしれません。トルストイの「イワンのばか」も、子供の頃から好きだったんですけどね。
私の持っているのは岩波少年文庫版ですが、これは絶版。でもお話そのものは、今でもちゃんと読めるようです。ただ訳者さんが違うので、どんな感じなのかは分かりませんが...。岩波文庫版は詩の形で訳してあるんですけど、右の画像の論創社版はきっと散文訳なんでしょうしね。挿絵からして、低学年の子供向けって感じ?
今回読んでいたら「はくらいのぶどう酒」なんて言葉があって、「ああ、舶来という言葉を覚えたのは、この本だったなー」なんて懐かしかったです。そして岩波文庫版の挿絵にはV.プレスニャコフというロシアの画家の版画風の絵葉書が使われていて、そういうのもこの本が好きなところなんですよね。(岩波少年文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
言わずと知れたハリー・ポッターシリーズの第6巻。先日最終巻が発売されて、図書館でもものすごい数の予約が入ってるというのに、なんで今頃第6巻?...と思われてしまいそうなんですが、まあ、元々あんまり真面目に読み進めるつもりもなかったので...。ホグワーツの魔法学校の組み分け帽子とか、そういうモチーフは楽しくて好きなんですけどね。世間の熱狂振りを見てると逆に引いてしまう... もっと面白いファンタジーなんていっぱいあるよって言いたくなっちゃう。でも身近に買って読んで押し付けてくれる人がいるものだから、どうやらシリーズを読破してしまいそうです。(笑)
ということで第6巻を読みましたが、これはなかなか面白かったです。いつもなら、今にも暴走しそうになるハリーにロンがくっついて、ハーマイオニーがなんとかブレーキをかけようとするという感じの展開だと思うんですけど(違いましたっけ...?)、今回はハリーとダンブルドアが組む場面が多いんですよね。しかもそれで明かされる新事実というのが多くって。
でも真面目に読んでないのが裏目に出て... というより間隔があきすぎてるのが問題なんでしょう。「不死鳥の騎士団」を読んだのは4年も前だし。前回起きた事件とか登場人物とか忘れてしまった部分が多かったのが、ちょっと痛かったかも。ジニーの気持ちに関しては、ちゃんと覚えてたんですけどね。
それにしても... ジニーはいつの間に美人になったんですか?(笑)(静山社)


+シリーズ既刊の感想+
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上下 J.K.ローリング
「ハリー・ポッターと死の秘宝」上下 J.K.ローリング
(それ以前の感想は残っていません)

| | commentaire(6) | trackback(0)
Catégories: / / / /

[amazon]
先日「勇士ルスランとリュドミーラ姫」を読んだ時に、きちんとした叙事詩の形に訳されたものが読みたーいと書いていたら、信兵衛さんに、プーシキン全集の1巻に入ってますよと教えて頂いちゃいました! 早速図書館で借りてきましたよー。分厚い1冊の中に抒情詩と物語詩が収められていて、割合としては半々ぐらい。抒情詩が想像してたよりも沢山あってびっくりです。そして物語詩の方には「ルスラーンとリュドミーラ」「コーカサスの捕虜」「天使ガブリエルの歌」が収められていました。

「ルスラーンとリュドミーラ」は借りてすぐに真っ先に読んでたんですけど、読めるのが嬉しくて、返したくなくて、じっくり読み返してしまいました。やっぱりきちんとした詩の形式に訳されてるのはいいですねえ。省略されていた部分もこちらではちゃんと訳されてるし、ほんと読めて良かったです。でも訳そのものは、岩波少年文庫版の「勇士ルスラーンとリュドミーラ姫」の方が好きかも。たとえば岩波少年文庫版で「幸なき姫は、さびしさを胸にいだいて」となってるところは、全集の方では「哀れな公女は退屈して」だし、「そして、ふしぎなねむりが幸うすいリュドミーラをつつみました」というところは「すると不思議な眠りが不幸な女をその翼で包んだ」なんですよね。きっと全集の方が原文に忠実なんでしょうけど、岩波少年文庫版はいかにも物語といった雰囲気があって好き。ちなみに昔から一番好きな場面は、岩波少年文庫版では「フィンのおきなが、勇士のそばに、立ち止まり、死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」で、全集では「そして老人は騎士の上に立ち 死の水を注ぎかけるのだった。すると傷はまたたく間に輝き始め 屍は驚くべき花のような美しさになった」でした。花のように美しい屍って... 一体?(笑)
この物語のプロローグに、入り江のそばの樫の木に金の鎖で繋がれた物知りの猫が登場するんですが(岩波少年文庫版にもあります)、これはスーザン・プライスが「ゴースト・ドラム」(感想)に使っていたモチーフ。きっと元々はロシアの民話から来てるんだと思うんですけど、先日読んだ「ロシア民話集」(感想)にも「ロシアの神話」(感想)にもトルストイの民話集(感想)にも確かなかったんですよね。でも元になる話がきっとどこかにあるはず。読みたいなあ。

他の作品でびっくりしたのは、「天使ガブリエルの歌」。後に聖母となる16歳のマリアの美しさに、神様と天使ガブリエルと悪魔が同時に目をつけてしまうというトンでもない詩なんです。でもトンでもなさすぎて逆に笑っちゃう。神様をこんな風に描いてしまって大丈夫だったのかしら?と思ったら、解説に「その反宗教的な内容からしても当時は出版を許されるはずもなく」とありました。そりゃそうだー。「手から手へと筆写されて拡められて行ったがプーシキンは後難を恐れて自筆原稿を廃棄した」のだそうです。そして今でもこの本の訳者さんが知る限りでは何語にも翻訳されていないんだとか。邦訳も、この本が出た時点ではこの全集だけだったようだし。もしそれ以降全然出てなくても驚かないなー。(河出書房新社)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
(株)魔法製作所のシリーズの4作目。前作「おせっかいなゴッドマザー」を読んでからというもの続きが気になって堪らず、とうとう原書にまで手を出してしまいました... とは言っても、5月に入手したのに、読み始めたのはようやく今月になってからなんですけどね。辞書は引かなくても大丈夫だったんですが、英語の本を読むのは日本語の本を読む時とは違って頭の中で音読するスピードになってしまうので、結構時間がかかっちゃいました。でもその分、じっくりと楽しめて良かったかも?

いやあ、今回も面白かったです。今回はケイティがテキサスの実家に帰ったこともあって、ケイティの家族総出演。おばあちゃんとお父さんとお母さんと、お兄さん3人とそれぞれの奥さん、そしてその子供たち。お兄さんたちは既にみんな結婚して家を出てるんですけど、職場は結局実家で経営してる飼料店ですしね。毎日のように顔を合わせることになるんです。オーウェンの家族とは正反対の賑やかな大家族。おばあちゃんがいい味出してます~♪ もう色々と驚かせてくれるし! そして前巻のケイティの決意もむなしく、結局テキサスにまで魔法の戦いが飛び火してしまうわけなんですが、そのおかげで会社の面々も登場してくれるのがやっぱり嬉しい♪ オーウェンが相変わらず素敵だし、マーリンとケイティのおばあちゃんがいい感じじゃないですか~。敵のイドリスは相変わらず、目の付け所はいいんだけどツメが甘くて笑わせてくれるし。
早くも次作が楽しみ。これで一応一段落して、今度はどんな展開を見せてくれるんでしょう。まだまだ明かされてない部分もあるので、そろそろその辺りがメインになるといいな。あ、この本の邦訳も出たらまた読みますけどね。そんな完璧に読み取れてるとは到底思えないですし。これこそ「1粒で2度美味しい」かも。(笑)(Ballantine Books)


+シリーズ既刊の感想+
「ニューヨークの魔法使い」シャンナ・スウェンドソン
「赤い靴の誘惑」シャンナ・スウェンドソン
「おせっかいなゴッドマザー」シャンナ・スウェンドソン
「Don't Hex with Texas」Shanna Swendson
「コブの怪しい魔法使い」シャンナ・スウェンドソン

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
秋の山で湿原に広がった真っ赤なこけのじゅうたんに足を踏み入れた「わたし」は、その美しい景色に見とれているうちに、すっかり道に迷ってしまいます。そして一番高いところから見極めようと山道を登り始めた「わたし」が見つけたのは、コタと呼ばれる、白いトナカイの皮で作ったサーメ人の小屋。その中には焚き火が燃えており、今はもういない魔術師ツォラオアイビの魔法のたいこが置かれていました。そのたいこは100年に一度、運よくコタを見つけた人にだけ、ツォラオアイビが残していった物語を聞かせてくれるのです。

ラップランドでトナカイの放牧をしてきた先住民族・サーメ人に語り伝えられてきた12編の物語。
これがもうとにかく美しい! 北極圏の厳しい自然の中で暮らす人々が語り伝えてきたのは、やはり自然にまつわる物語が中心なんでしょうね。この世に白夜ができたことや、オーロラの始まり、タビネズミ(レミング)の行進、花の中に太陽の光をたくわえて金色に熟すヒラという野イチゴ、深い緑色の目と砂金のように光る髪を持つ地の精... 山の風は、ヨイク(サーメ人特有の歌)が胸に溢れている青年が歌う声だし、初めは銀色だった花びらが赤く変わり、そして濃い青紫色になるきんぽうげの花は、美しい少女が変わったもの。白樺の木は、無理矢理な結婚から逃げ出した恋人たち。そして飼っていた銀の角を持つ真っ白なトナカイがいなくなり、魔術師のツォラオアイビも姿を消してしまったこと。
読んでいると鮮やかな色彩が浮かび上がってくるような、情景が印象的な物語ばかりなんです。生き生きとした夏も素敵なんですが、それ以上に冬の静謐な美しさが印象的で。

1つ紹介すると、「青い胸のコマドリ」は、どのようにして白夜の夏や闇に覆われる冬ができたのかが描かれる物語。
最初は光の精ツォブガが世界の南半分を、闇の精カーモスが北半分を治めていたんですが、ある時、1羽のコマドリが道に迷ってカーモスの闇に閉ざされた雪と氷の世界に入り込んでしまうんですね。そしてようやく見つけた陸地で6つの卵を産むんですけど、このままだと卵も自分も凍え死んでしまう... と、必死でツォブガに訴えるんです。そしてツォブガとカーモスの争いがあり、最終的には1年の半分をツォブガが、1年の半分をカーモスが治めるようになります。

そこでツォブガはカーモスのマントをめがけて力いっぱい熱い息を吹き付けました。火花のようないきおいでした。たちまち地平線のあたりでカーモスのマントが青い煙を上げてくすぶり、見る見るうちに炎をあげて燃え始め、東の空が金色や赤にそまってかがやきました。これが朝焼けの始まりです。

やがて秋がしのびよってきました。マントをつくろい終えたカーモスが、地平線のあたりからラップランドのようすをうかがっています。カーモスは黒い胸にたっぷりつめこんできた冷気を、今こそとばかりに力いっぱいあたりに吹きつけました。ツォブガも必死でたたかい赤い炎を吹きつけたので、カーモスのマントのすそがまた燃え始めました。西の空と地のさかいに現れる夕焼けは、こうして始まったのです。

いずれにせよ燃えるのはカーモスの黒いマント。花が咲き乱れ小鳥がさえずる青い空の世界を守ってるのはツォブガの白いつばさなんですけど、こちらは無事だというのが面白いなあ。(春風社)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
スカリーのお父さんは魔法使いで、お母さんには千里眼の持ち主。スカリー自身、魔法使いの卵で、近々「魔法紳士団」の認定試験を受ける予定。でも一家が魔法使いだなんてことは周囲には内緒。対外的にはお父さんは市場の店で時計を売り、お母さんは占星術師で、スカリーは普通の人間の学校に通っています。ところが欠席が多く授業中もぼーっとしていることの多いスカリーは、「お守り」をつけられることになってしまうのです。「お守り」としてやって来たのは、赤毛の若い女性・モニカでした。

田中薫子さんが翻訳で佐竹美保さんが挿絵。まるでDWJ作品じゃないですか。こちらも同じく「ダイアナ」さんだし、DWJの本も多い徳間書店だし、読んでいて妙な気分になってしまうー。でも同じようにテンポの良い展開ながらも、DWJに比べると物語があっさりして読みやすいですね。あっさりとした中編。こういう作品は大人からは切り捨てられやすいと思うんですけど、私はなんだか妙に好き。どこが好きかといえば、物語には書かれていない世界の奥行きが感じられるところかな。登場人物も楽しいですしね。スカリーのお父さんなんて、過去の時代を旅して帰ってくるたびに話し方が古めかしくなるんです。終盤のお母さんとの会話にはほんと笑ってしまいます。
それに、ちょっとドキッとさせてくれるところもいいのかも。スカリーと同じクラスにリジーという女の子がいるんですが、この子のおうちには車が5台あって、イタリアに別荘があるし、週末にちょっとニューヨークなんて生活を送ってるんですね。(イギリスのお話です)とてもお金持ちなのに、普通の家の子供たちが集まる学校にいるので結構苦労しています。そんなことぺらぺら喋るわけにもいかないし、服装も周囲に合わせようと苦労しているみたい。スカリーはそんなリジーにこそ、気にかけてくれる「お守り」が必要なのではないかと考えているんです。

いっぱいいろんなものを「持ちすぎてる」女の子に、そのうえなにかをつけようなんて、だれも思わないんだ。「持ちすぎてる」人も、「まるでたりない」人と同じくらいこまってるのかもしれないってことに、みんな気がつかない。こまってることの中身はちがうし、まるでたりない人にくらべたら切実じゃないかもしれないけど、でもこまってるにはちがいないのに。

あと好きだったのは、人間はみんな魔法遺伝子を持ってるという話。一生それに気づかなかったり、気づかないふりをし通す人もいるとのことなんですが、スカリーのお母さんによると、人の感性が豊かかそうでないかは、魔法遺伝子によって決まるんだそうです。「魔法遺伝子が活発な人はね、上等なグラスみたいに、打てばきれいな音で響くの。でも魔法遺伝子が働いてない人は、鈍い音しかしないのよ」(徳間書店)


+既読のダイアナ・ヘンドリー作品の感想+
「屋根裏部屋のエンジェルさん」
「魔法使いの卵」ダイアナ・ヘンドリー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
副題はトルストイ民話集。この2冊で全部で14編の物語が収められています。
どれも読んだことがある話なので、子供の頃に岩波少年文庫で読んでいたものと、入ってる話は同じなのかな? 岩波少年文庫版が手元にないので、比べられないのがもどかしいー。そして比べられなくてもどかしいといえば、訳もなんですよね。岩波文庫版は中村白葉訳、岩波少年文庫版は金子幸彦訳と訳者さんが違うので、岩波少年文庫の方は子供用に平易な訳となっているのかもしれないんですが、伝わってくるものは全く同じ。トルストイほどの文章になると、ロシア語→日本語なんて壁も既に壁じゃなくなってしまうのかしら、なんてふと思ってみたり。でもこの「イワンのばか」以下15編はトルストイ晩年の作品で、その頃のトルストイは、一般の民衆がきちんと理解できるように簡潔で平易な表現で書かれるべきだと考えていたようなので、日本語に直しても読み手に伝わりやすいのかもしれないですね。

内容的にはとてもキリスト教色が強いです。特に「人はなんで生きるか」の表題作とここに収められている「愛のあるところに神あり」「二老人」。「イワンのばか」も基本的にキリスト教色が強いんですけど、こちらに収められている作品は民話色も強いのです。「人はなんで生きるか」の方は、もっと純粋にキリスト教に近づいているような印象があります。キリスト教色が強いとは言っても、ロシアの話なのでイギリスやフランスの作品とはまた少し違う雰囲気だし、どことなく異教的な純粋さがあるような気がして結構好きなんですが。
他のたとえば「アンナ・カレーニナ」みたいな作品もいいんですが、私はこちらの方がずっと好き。芸術は宗教的なものを土台に持つべきだ、なんてことは思わないけど(トルストイはそういうことも言っていたらしい)、一般の民衆によく理解されるために簡潔で平易な表現で書かれるべきだという部分はその通りだと思いますね。私なんかからすれば、小難しい文章を書く人よりも、読み進めるにつれてすんなりと頭に入ってくるような文章が書ける人の方が頭がいいように思ってしまうんですけど、どうなんでしょう。誰にでも理解できるように表現できる方がずっと大切だと思うんですが... って、私の理解力ではあんまり難しいものは理解しきれないというのもあるんですけどねー。(笑)(岩波文庫)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
ダイアナ・ウィン・ジョーンズの短編集。18編の作品が収められています。

いかにもダイアナ・ウィン・ジョーンズらしい作品がいっぱい。ファンタジーはもちろんのこと、ホラーだったりSFだったり神話風だったりとテイストは様々なんですが、基本的に物凄く嫌な人間に振り回される話が多いですね。そして作品内にあまりに普通に魔法が存在してるんで、逆にちょっとびっくりしたり。最初の「ビー伯母さんとお出かけ」からしてそれだったので、ぐぐっと掴まれてしまいました。これはとーっても嫌なビー伯母さんに無理矢理海水浴に連れて行かれることになった3人きょうだいがうんざりする話なんですけど、観光客立ち入り禁止の海岸の岩場に入り込んだことから、とんでもない事態が巻き起こるんですよね。もう全然予想してなかったので、びっくりしたし楽しかったです。思いっきり想像してしまうー。あと「魔法ネコから聞いたお話」「ちびネコ姫トゥーランドット」と猫視点の話が2つもあったのがちょっと嬉しかったな。
これまで日本に紹介されているDWJ作品は圧倒的に長編が多いんですけど、短編も案外いけますね。ただ私の場合、短編集は基本的にそれほど得意じゃないので、途中でちょっと疲れてしまいましたが...。この1冊でおなかいっぱい、もうしばらくいいや、って感じです。(徳間書店)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / / / / /

[bk1]
ロシアの詩人・プーシキンが、子供の頃に聞いたロシアの昔話を元に詩として書き上げた作品。ここに収められているのは「サルタン王のものがたり」「漁師と魚」「死んだ王女と七人の勇士」「勇士ルスランとリュドミーラ姫」の4編で、それぞれ散文の形に訳されています。
昨日の「ハンガリー民話集」を読んでいたら、無性に読みたくなっちゃいました。子供の頃、気がついたら本棚に入ってた本です。昭和33年発行の本なので、きっと父の本だったんでしょうね。古すぎて、アマゾンには本のデータもありませんでしたよー。すっかり古びてページの色も茶色味を帯びてるんですけど、ずっと大好きで大切にしてる本です。

「サルタン王のものがたり」は、2人の姉の悪だくみのために、樽に入れられて海に流されたお妃さまと王子の話。2人は何もない島に流れ着くんですけど、トビと争っていた白鳥を助けたことから、王子は白鳥に助けられてその島の領主・グビドン公となります。で、時々こっそりお父さんの顔を見に行くんです。このグビドン公が聞いてきた不思議な話を白鳥が実現してくれるところが好き。
「漁師と魚」は、願い事を叶えてくれる金の魚の話。でも昔話にありがちな「3回」ではないのが特徴ですね。
「死んだ王女と七人の勇士」は、ロシア版白雪姫。本家の白雪姫と違うのは、姫が入り込んだ家に住んでいたのは7人の小人ではなく勇士ということ、そして姫を助けるのが許婚の王子さまだということ。
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」は、結婚式の夜に攫われてしまったリュドミーラ姫を、ルスランと他の3人の騎士たちが探しに行く物語。とても好きなのは、「フィンのおきな」が死んだ勇士ルスランに死の水と命の水をそそぐ場面。「死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」というところ。いきなり命の水をかけるのではなくて、まず死の水をかけるというのが、子供心にすごく印象的だったんですよね。そして「サルタン王のものがたり」にも出てきた魔法使いの「チェルノモールじいさん」が、あちらと同一人物のはずなのに全然雰囲気が違うのが面白いです。きっとこっちの方が本来の姿なんだろうな。

他の地方の童話に似ていても、4つの物語はそれぞれにロシアらしさを持っていて、それが他の地方の民話には全然見ない部分で、そういうところがとても好き。「勇士ルスランとリュドミーラ姫」はオペラにもなってるんですけど、元々はプーシキンの叙事詩なんですよね。子供用の本ではなくてきちんとした叙事詩の形に訳されたものがあればぜひ読みたいところなんですが... やっぱりないのかなあ。時々思い出しては探してみてるんですけどね。(岩波少年文庫)


+既読のプーシキン作品の感想+
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン
「プーシキン全集1 抒情詩・物語詩」プーシキン

| | commentaire(4) | trackback(1)
Catégories: / / /

 [amazon]
「あおいろの童話集」「あおいろの童話集」「みどりいろの童話集」に続く第4巻。
北欧系の話の多かった「あおいろ」「あかいろ」に比べて、フランス系の話が多かった「みどりいろ」はなぜかあまり楽しめなかったんですが、今回の「きいろ」は東欧やロシアの話が結構入っていて、また十分楽しめました。
東欧の童話というのはあまり知らないんですけど、ロシアと合わせてスラブ系ということになるのでしょうか。ロシアの民話は、子供の頃から大好きなんですよね。「イワンのばか」とか「せむしの小馬」とか「火の鳥」とか。あ、でも以前スーザン・プライスの「ゴースト・ドラム」を読んだ時に、ババ・ヤガーというスラブ民話の魔女が出てきたんですけど、この作品を読むまで全然知らなかったんですよね。まだまだ知らない話がいっぱいありそうだし、東欧の話も併せてもっと色々読みたいなあ。あとスラブ系の神話もほとんど知らない... これもぜひとも読んでみたいな。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
子供の頃に買ってもらってから、今まで何度読んだか分からないほど読んでいるナルニア国シリーズ。今公開中の映画「カスピアン王子の角笛」は、「ライオンと魔女」の時もとーっても微妙だったので(笑)DVDになってから気が向いたら、程度に考えてたんですけど、カスピアン王子の意外なほどのハンサムぶりに惹かれて...! ついつい映画館にまで観に行ってしまいました。
でも... やっぱり微妙。(笑)
いや、もう微妙どころではないかな。突っ込みどころ満載でしたね。カスピアン王子も確かにハンサムだったんだけど、期待したほどではなかったし... んんー、なんでこうなっちゃうんだろう。

と思っていたらふと本が目について、読み始めてしまいました。一旦読み始めると、もう止まりません。いやーん、やっぱり面白い! 怒涛の勢いで再読してしまいましたよ。映画を観る時はちょっと記憶をボカし気味にしておいた方がいいかなと思って事前に再読しなかったんですが、正解でした。記憶鮮明な状態で観に行ってたら、正視できなかったかも。やっぱり本の方がずーっとずーーっと面白いです!

たとえば映画では妙に戦争の場面が強調されてて、しかもそれが「ロード・オブ・ザ・リング」に酷似してるのが興醒めだったんですけど、本当はもっと楽しい部分もいっぱいある話なんですよね。もっとバランスの良い話だったはずなのに、なぜ? 妙に考えすぎてるのでは? もっと素直に映画化すればいいのに、なんであんな演出をしちゃうのかしら。そもそも4人がナルニアに行く場面からして、原作の方がずっと好き。映画では人物像を掘り下げようとしたのか妙な小細工をしてて、それもとっても疑問でした。(たとえば、映画のピーターよりも本のピーターの方がずっと好きだし) この「カスピアン王子のつのぶえ」は、次の「朝びらき丸東の海へ」と外伝っぽい「馬と少年」と並んで特に好きな話なのに、なんだか違う雰囲気にされてしまっていてガッカリ。
今回の映画では、個人的にはエドマンドが良かったです。特別活躍してるというわけではなかったんですけどね。なんか気に入っちゃった。そしてそれが今回一番の収穫だったかも。(岩波少年文庫)

     


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

| | commentaire(10) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
夏のサンフランシスコだというのに、全身灰色の小柄な男が厚手の黒いウールのコートに黒い手袋、帽子、サングラスという姿の3人の男たちを連れて書店に入っていくのを見て、怪訝に思うソフィー。その書店はソフィーの双子の弟・ジョシュがバイトをしている店で、ソフィーがバイトをしているカフェの真向かいにあるのです。その頃、書店の地下室では、ジョシュが突然漂ってきたペパーミントのにおいと腐った卵のにおいに吐きそうになっていました。しかし外の新鮮な空気を吸おうと階段を上るほどにそのにおいはきつくなり、1階では店主のニック・フレミングと灰色の男が対決していたのです。

アイルランドを代表する作家の1人だというマイケル・スコットの、全6巻になる予定のシリーズ1作目。...というのは読み終わってから知ったことで、読む前も読んでる最中もこの1冊で終わるのかと思っていたんですが... 本のどこにも1巻だなんて書いてないし! ページ数がどんどん残り少なくなって、これで本当に決着が付くのか?って心配してしまったじゃないですか。そういうのは先にちゃんと書いておいて欲しいなー。(小野不由美さんの「黄昏の岸 暁の天」を読んだ時とまるで同じ状態だ)

というのはともかく。
ここに登場するニコラ・フラメルとその妻・ペレネル、そして敵となるジョン・ディー博士の3人は実在の人物で、この本の中に書かれている業績も史実そのままなのだそう。そしてこの3人の他にも、アイルランドの神話の影の国の女王・スカアハや戦争の女神・モリガン、ギリシャ神話や古代エジプトの神話などに登場する三つの顔を持つ女神・ヘカテー、エジプト神話の猫の頭に人間の身体の豊穣の女神・バステト、あとは有名なライオンの身体と人間の顔を持つスフィンクス、そして北欧神話に登場する宇宙樹・ユグドラシルなどが登場します。この物語の中で重要な役割を担う「アブラハムの書」というのも、実在した書物なのだそう。
世界中のいわゆる神々と呼ばれる存在が人間よりも先に存在して地球を何万年にも渡って支配していたエルダー族という種族で、同じエルダー族が違う場所では違う名前で神として信仰されていたという部分は面白かったし、人間が絡んだ部分が神話や伝説として残っているという部分も良かったんですが、ちょっと節操がなさすぎるのではないかという印象も...。でも勢いがあってなかなか面白かったし、読み応えもあったので(なんだかんだ言っても、神話の小ネタが楽しいのね)、続きが出たら読む予定~。(理論社)


+既刊シリーズの感想+
「アルケミスト 錬金術師ニコラ・フラメル」マイケル・スコット
「マジシャン 魔術師ニコロ・マキャベリ」マイケル・スコット

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

 [amazon]
伝えられるところによると、その昔、サンダリング・フラッド(引き裂く川)と呼ばれる大河が大地を分断し、その上流の渓谷地方の東側にウエザメルと呼ばれる農場には両親を早くに亡くし、祖父母に育てられた強く頑丈な少年・オズバーンが住んでいました。オズバーンは生まれながらの詩人であり、しかもわずか12歳の時に羊の群れを襲った狼3匹を殺して、少年闘士としてその近隣では有名な存在となります。そんなオズバーンがエルフヒルドという名の同じ年頃の乙女と出会ったのは、彼が13歳になったばかりの頃のこと。しかしエルフヒルドはサンダリング・フラッドの西側の鹿の森の丘に住んでおり、2人は川越しに様々なことを語り合うものの、川は空を飛ぶ鳥以外の生き物に流れを横切ることを決して許しはしなかったのです。

北欧文学に強く影響を受けて書いたといわれる、ウィリアム・モリスの遺作。
確かに北欧文学の影響を受けているだけあって、まるでサガのような雰囲気を持つ作品。物語全体としてはオズバーンのサガで、オズバーン自身の成長物語と、オズバーンを始めとする男たちの勇壮な戦いが中心。そしてその中に、美しいエルフヒルドとの恋物語も描きこまれているという形。このロマンス自体は中世のイギリス文学にも見られるようなものなんですが、キリスト教圏というよりも北欧圏らしく、若い2人の思いがとてもストレートに描かれてます。
でも、とっても素敵な物語になる可能性が高い作品だったと思うんですが... 日本語訳がどうもとても読みにくくて話になかなか入り込めなかったこと、物語そのものにも推敲されきっていない、あまり整理されていない部分が目についてしまうのが残念でした。途中、エルフヒルドが行方不明になって、そこからはオズバーンの戦いばかりがクローズアップされることになるんですけど、この辺りが少々長すぎて冗長に感じられてしまいましたしね...。しかもオズバーンとエルフヒルドのやっとの再会も、盛り上がり不足。失踪していた間のエルフヒルドの物語を老婆が1人で全て語ってしまうというのも、その大きな要因かな。モリス自身が筆を取ったのではなくて、病床で口述筆記をしたそうなので、ある程度は仕方ないと思うんですけどね。
この老婆や2人に贈り物をする小人、そしてスティールヘッドなどの人物についても、最後に明かしてもっと盛り上げて欲しかったところです。モリスにもっと時間があれば良かったのに、残念!(平凡社ライブラリー)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
「あおいろの童話集」と「あおいろの童話集」に続く第3巻。
でも、うーん、今回は前2冊ほど楽しめなかったような... なんでかしら。北欧系の童話が入ってなかったから? フランス系(多分)の話が結構沢山収められていて、以前読んだ「おしろいとスカート」「十二人の踊る姫君」の雰囲気に近かったのに(感想)、そちらの2冊ほどにも楽しめなかったし... 物語のセレクトのせい? 訳のせい? それともカイ・ニールセンの挿絵じゃなかったから?(笑)
前2冊ではグリム童話が全然採用されていなくて、それがとても意外ながらも好ましかったんですが、今回は全21編のうち最後3作がグリムでした。でもやっぱりグリムはイマイチ。元々嫌いなわけではないんですけど(私が嫌いなのはイソップ)、今の年齢で読むならもっと地方色や民族色の豊かな作品が読みたいって思っちゃうせいなのかも。(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
年老いたオーギュストとユージェニー夫婦の住む漁師小屋に一夜の宿を求めてを訪れたのは、1人の遍歴の騎士。ハンスという名のその騎士は話好きで、老夫婦に自分のことや婚約者のベルタのことを物語ります。しかし丁度夕食を食べようとしたところに帰ってきたのは、老夫婦が娘同然に育てている15歳のオンディーヌ。2人はあっという間に恋に落ち、結婚することを決めてしまうのです。

以前フーケーの「ウンディーネ」を読んだ時から、読みたいと思っていた「オンディーヌ」。昔読んだ翻訳に愛着があることも多いし、世の新訳ブームにはあまり興味がない私ですけど、この作品はずっと入手が難しかったので、そういう場合は素直に嬉しい♪
ということで、これは19世紀前半の作家・フーケーの「ウンディーネ」を下敷きに、フランス人のジロドゥが書き上げた戯曲。でもこの2作を読み比べてみると、あらすじこそそっくりなのに、細かい部分ではかなり違ってるんですね。まず、ウンディーネとオンディーヌの造形がまるで違います。ウンディーネは騎士・フルトブラントと結婚することによって魂を得て、水の精から貞淑な人間の妻へと変貌を遂げるんですが、オンディーヌは結婚しても依然として水の精のまま、魂がないまま。無邪気な発言を繰り返してはハンスを困らせています。あと目につくのは、「ウンディーネ」ではウンディーネの叔父のキューレボルンがすごく不気味な存在として描かれいて、人間となったウンディーネとは対照的なんですが、オンディーヌの叔父である水の精の王は、オンディーヌ自身にも責任があったことを指摘するような理性的な存在。筋書きだけを見るとそっくりなのに、描き出そうとしたことは正反対みたい。

さすが新訳、とても読みやすかったです。でも読みやすい訳もいいんだけど、私の好みよりもかなり口語寄り...。こういう作品はもっと格調高い訳で読みたかったなあ、というのが正直なところでした。(光文社古典新訳文庫)


+関連作品の感想+
「水妖記(ウンディーネ)」フーケー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「オンディーヌ」ジロドゥ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
憧れの彼との初デートの日。待ち合わせ場所のコーヒーショップに入ったケイティを待ち構えていたのは、フェアリーゴッドマザーのエセリンダでした。見るからにトップクラスとは言いがたい彼女の外見に、思わず見ず知らずのシンデレラに同情してしまったケイティでしたが、なんとシンデレラはケイティ自身! 手助けはいらないとはっきり言うものの、それ以来ケイティは何かとエセリンダに付きまとわれることになってしまいます。そして、その日のデートは結局お預け。会社の警備部隊に身柄を拘束されていた妖精のアリが逃げだしたというのです。

(株)魔法製作所のシリーズ3作目。私も色々読んでますけど、今一番好きで、続きを一番楽しみにしてるシリーズがコレ!
新刊をとっとと読んでしまうのも勿体ないな~と思いつつ、これ以上我慢できませんでした。(笑)

ケイティにもようやく彼が出来て、ロマンス的などきどきは半減しちゃうのかなとちょっと心配してたんですが、全くの杞憂でした。いや、組み合わせが組み合わせだけに、よく考えたら心配する必要もなかったぐらいなんですけどね。ほんと亀々~な進展ぶり。しかも各方面から容赦なく邪魔が入るし... まだまだ始まったばかりなんだから、もうちょっと楽しい思いをさせてあげてもいいのではと思ってしまうほど。でも、前作で判明した敵は新たな資金源を得てパワーアップしてるし、そのせいで会社の方も大変だし、どう考えても時代錯誤なフェアリーゴッドマザーの活躍ぶりは痛々しく...。どこからどこまでが誰の仕業なのか分からないところもポイントですね。んん~、やっぱり面白い~。このシリーズ、ケイティ自身はもちろんのこと、その周囲の人たちの話もそれぞれに楽しくて大好きです。今回特に気になったのは、ケイティの同僚のロッドかな。彼に一体何があったんでしょう??
最後の展開はとてもケイティらしくて、彼女の立場からいえばこれも仕方ないのだろうなと思いつつ... うーん、やっぱり寂しいぞ。でもこれがケイティなんですねえ。...いや、続きが気になります。本国では新作が4月末に出るんだそうで、ただ今予約受付中。(右の画像です) うわー、思いっきり予約してしまいそうな予感...。(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ニューヨークの魔法使い」シャンナ・スウェンドソン
「赤い靴の誘惑」シャンナ・スウェンドソン
「おせっかいなゴッドマザー」シャンナ・スウェンドソン
「Don't Hex with Texas」Shanna Swendson
「コブの怪しい魔法使い」シャンナ・スウェンドソン

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ウォルターは美しく優しく賢い若者。しかし、お互いに恋に落ちて結婚したはずの美しい妻に裏切られ、富裕な商人である父の船に乗って他国を色々と見て回りたいと考え始めます。船出の前日、波止場で目に入ったのは奇妙な3人組でした。最初の1人は暗褐色のぞっとするような肌色をした小人。次は20歳ほどの花のように美しい、しかし右足のくるぶしに鉄の環をはめた乙女、そして最後は、背が高く威厳に満ちた、あまりの美しさでじっと見つめることができないような貴婦人。ウォルターは故郷を後にした後、再びその3人連れを目にすることになります。

「輝く平原の物語」と同じような、こじんまりとした中編。モリスの晩年である60代の頃に書かれたという作品です。でも「輝く平原の物語」や「不思議なみずうみの島々」のように水を越えて異界へと旅立つのではなくて... こちらの作品でも海を越えてはいるんですけどね。異界への入り口は岩壁の「裂け目」。
この作品を読んでいて一番感じたのは、「ナルニア」のC.S.ルイスへの影響。美しいけれど傲慢な貴婦人は、丁度ナルニア国に出てくる女王・ジェイディスのようだし、この世界の描写とか異界への入り方は、「銀のいす」のイメージ。別にそっくりというわけじゃないし、実際違う部分も多いんだけど、読み始めてそれが頭に一旦浮かんできたら不思議なほどしっくりきて、すっかり頭から離れなくなってしまいましたー。
相変わらずの豊かなイメージ、森の中の瑞々しい描写を楽しめたんですが、純真な乙女のはずの「侍女(メイド)」の狡猾さに驚かされたり、「女王(レイディ)」の最期の呆気なさにはこちらが呆気に取られたり。ウォルターの故郷の話はどうなっちゃったの? 行きて還りし物語ではなかったの? 形式的ではあっても、最後はきちんと閉じてくれる物語の方が好きだし、安心できるんだけどなあ...(笑)

ということで、晶文社のウィリアム・モリス・コレクションを読んできたんですが、「アイスランドへの旅」だけが入手できてなくて読めない状態。これは、アイスランド・サガゆかりの地を訪ねた6週間の旅の紀行文だそうです。私もアイスランド・サガにはものすごく興味があるので、とても読んでみたいのだけど、残念。でも、いずれ読むぞー。(晶文社)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
バーダロンは、幼い頃に魔の森の魔女にさらわれて、奴隷として育てられた少女。日々の忙しい仕事をこなしながら、時間ができると湖や森で過ごしていました。そして17歳になった夏、美しく成長したバーダロンは森のオークの木の下で見知らぬ女性に出会ったのです。鏡を覗いたことのないバーダロンには分からないものの、その女性・ハバンディアはバーダロンに瓜二つ。彼女は森に住む聖女でした。2人はすぐに親しくなり、バーダロンはやがてハバンディアに授かった知恵により、魔女の小船に乗って魔女の元から逃げ出すことになります。

「ジョン・ボールの夢」「ユートピアだより」は、ファンタジーながらも社会主義的思想が色濃く出てた作品なんですが、これは「世界のはての泉」や「輝く平原の物語」系列の中世風ロマンス。やっぱりこういう作品が好きだなあ。話の筋書き云々というより、この世界の雰囲気がほんと好きなんですよね。魔女の元を逃げ出したバーダロンが、「無為豊穣の島」「老若の島」「女王の島」「王の島」「無の島」と魔法の小船で巡る不思議な島々の様子は、まるで「ケルトの古歌『ブランの航海』序説」(感想)にも載っているようなケルトの古い航海譚のよう... そしてたどり着く「探求の城」は、アーサー王物語の世界のよう。ウィリアム・モリスがこの辺りの作品を読んでないとはまず考えられないので、おそらくその辺りを踏まえてるんでしょう。
でも、それ以外には不思議な部分が多々目につきました。まず、バーダロンは魔の森の魔女の元で奴隷として育てられてて、その生活をすごく嫌がってるんですけど、「奴隷」という言葉から想像するような生活ぶりとは思えないんですよね。魔女はバーダロンをたっぷり食べさせてるし、酷く折檻することもないようだし、バーダロンの仕事というのは森の中で生きていくために必要な日々の基本的な仕事みたい。バーダロン自身、かなりの自由時間を持っているようです。もちろん魔女が邪悪で、いずれ邪悪な目的に利用されるだろうというだけでも嫌う理由としては十分なんですけど(自分が幼い頃に母親の元から攫われたというのは、バーダロンにとってさほど重要な問題でないらしい)、その邪悪な目的というのも特に具体例が挙げられてるわけじゃないので、魔女の言いなりに嫁がされる程度のことのように思えるし。(それが嫌な相手だったら、もちろんものすごく嫌なことなんですが) それと、魔女の元から逃げ出してたどり着いた無為豊穣の島で、囚われている3人の貴婦人に出会うんですが、その3人の恋人たちを探して連れて来て助ける約束をするのはいいんですけど... その3人の恋人たちに実際に会えた時に3人が3人ともバーダロンに一目惚れしちゃうんです。最初の2人はそれでも流せる程度なんですけど、一番親切にしてくれた貴婦人の恋人とは決定的に両思い。いくらバーダロンが世間知らずだからって、これはマズイでしょー。しかも城中の男たちが皆揃いも揃ってバーダロンの美貌に心を奪われてしまうんです。神に純潔を誓っているはずの司祭までもが。それをバーダロンは何気に利用してたりして... 美人だったら何でもアリなのかーっ。

基本的には中世来の物語の形式に則ってるのに、そこから意図的に外されたらしい部分もすごく目につく作品。ものすごーく楽しめたし、こういう作品は大好きなんですけど、つきつめて考え始めると不思議な部分もいっぱい。きっと私には読み取りきれてない部分があるんでしょうけど... 誰か解説プリーズ。(晶文社)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ある初冬の晩、社会主義同盟の集まりから帰ってきた「私」は、家についた途端ベッドに転がり込んで、すぐに寝入ってしまいます。しかし翌朝、すっかり日が高くなってから目が覚め、服を着替えて外に出てみると、そこは6月上旬のようなうららかな美しい朝。空気が心地よく、そよ風が気持ち良いのです。なかなか眠気が去らないせいだと考えた「私」はテムズ川で泳ぐことを思い立ち、いつの間にか家の真正面にできていた浮桟橋から舟に乗り込むことに。しかし水の中から見た川岸の光景はいつもとはまるで違っていて、船方の青年も14世紀風の美しい服装をした洗練された紳士だったのです。その船方の青年・ディックと話すうちに、「私」がなんと未来のロンドンにいることが判明して...。

19世紀に生きる主人公が、22世紀の未来にタイムスリップしてしまうという物語。未来のイギリスはまさにユートピア。貨幣制度は既に廃止されていて、人々は生きるために働いているのではなく、自分の楽しみのために、あるいは夜の眠りを心地良くするために働いています。機械によって粗悪品が大量生産されることもなく、美しい手工芸品が喜ばれる世界。生活に追われて嫌な仕事に追われるということもなく、各自がそれぞれに好きな仕事をこなし、必要とする人に必要とする物を供給することによって自然に社会が運営されていくという仕組み。いつか「革命」がおきて、そういった世界が来ることを望んでいた主人公は、自分の生きていた時代から後に一体何が起きたのか、古老たちに聞かずにはいられません。
これはモリスにとっての理想の社会の未来図なんでしょうね。モリスにとって現実の19世紀の世の中がどんなものだったのか、そして彼の持っていた社会主義とはどのような思想だったのか、この作品を読むとよく分かります。でも、あまりに夢物語で... もちろんこの作品の中でもこれは夢物語なんですけど(笑)、ここまでくるとなんだか逆に痛々しくて、読むのがちょっとツラかったかも。
でも、満ち足りた幸せな生活を送っていると、人間の老け方も全然違ってくるというのが面白かったです。主人公はじき56歳という年齢なんですけど、未来の世界では80代ぐらいの老人と思われてるんですね。逆に20歳そこそこだと思った女性が実は40歳を過ぎていたり、がっしりと逞しい初老の男性が実際には90歳ぐらいだと分かったりして、主人公はびっくり。確かに生活に追われてると老けやすいでしょうけど、ここまで極端なのは... でも言いたいことは分かるような。(笑)(晶文社)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
由緒あるレイヴァン家の息子・ホールブライズが愛しているのは、ローズ家のこよなく美しい乙女・ホスティッジ。2人は夏至の夜に結婚式を挙げることになっていました。しかし春もまだ浅いある日のこと、乙女たちと共に海辺で海草を集めていたホスティッジは、海賊たちに攫われてしまったのです。ホールブライズは早速海辺へと向かい、そこにいた男がホスティッジの行方を知っていると知って、男の船で海賊たちの島へ。そして夢の中に出てきたホスティッジが、既にそこから「輝く平原の国」に向かったと言うのを聞いたホールブライズは、今度はその「輝く平原の国」を目指すことに...。

題名の「輝く平原の国」とは、「不死なるものたちの国」。その国は美しく平和で穏やかで、そこでは老人は若返って再び美しくなり、人々は過去を忘れ、死や老い、苦しみや悲しみを知らずに、喜びの中に幸せに暮らす... という、まさに理想郷。でもホスティッジを探しているホールブライズにとっては、そこは全然理想郷じゃないんですよね。探してるホスティッジが見つからないんですから。でもそれを抜きにしても、この理想郷はやけに胡散臭い...。最初は天国のことなのかなと思ったんですが、「輝く平原の国」の王は全然神様という感じではないし... 王はホスティッジのことなんて何も知らないし知ろうともしないし、それどころか、以前からホールブライズに恋焦がれている自分の娘の願いを叶えてやりたいなんて思ってるんです。全ての人間が幸せに暮らしているこの国で、王の娘だけが幸せではないというのもすごく変だし、他の住人たちが人間らしい感情をすっかり失ってるのも気持ち悪い。幸せに暮らす=人間らしさを失う、ではないはずなのに、みんなで幸せに暮らすために余計な感情を排除させられてしまったみたい。そして唯一まともなために誰からも助けが得られないホールブライズは、ホスティッジを探し続けるために、この理想郷を自力で脱出しなくちゃいけなくなります。
主人公が海を渡って異界へ、というこういった物語の形式に則って書かれているのは分かるのだけど、形式的にもどこか詰めが甘いような気がするし、物語としてもどこか中途半端。以前読んだ「世界のはての泉」の方が形式的にも物語的にもずっと美しかった気がするんですけど... と言いつつ、これはこれで私はすごく好きなんですけどね。ウォルター・クレインによる挿絵がても美しい1冊です。(晶文社)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス
「アイスランドへの旅」ウィリアム・モリス

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
両親が病で死に弟も恋人も去って以来、人と関わるのをやめ、北方の小さな村でひたすら植物相手に生きていた青年・ブレンダンの元を訪れたのは、不思議な女巨人・オド。オドはブレンダンに、王都・ケリオールにあるオドの学校で庭師として働いて欲しいと申し出ます。この魔法学校は、400年前国の危機を救って英雄となったオド自身によって作られた学校。魔法に使う植物を育てる庭師が1人やめてしまい、ブレンダンのような人間を必要としているというのです。魔法のことなど何ひとつ知らないブレンダン。しかしオドの申し出を受け、夏の終わりになると、収穫した種や珍しい植物などを詰めた荷物を持って魔法学校を訪れることに。

この題名を最初知った時はてっきり学園物なのかと思って、でもまさかパトリシア・A・マキリップが普通の学園物を書くなんて!?と戸惑ったんですが、やっぱりハリー・ポッターみたいな作品とは全然違いました。魔法学校は、たまたま舞台に選ばれたというだけ。...ほっ。なんて心臓に悪い題名なんだ。
ここにあるのは、パトリシア・A・マキリップ独特の静かで幻想的な雰囲気と、魔法に満ちた空気。その中で、この世界に太古の昔から存在する魔法の本質を捉えようとする物語、かな。(マキリップは、こういうのが多いですね)
オドが作った魔法学校は、その後徐々に雰囲気が変わってしまい、今は魔法使いの力を恐れる王によって厳しく管理されている状態。生徒たちは認められている魔法だけを学び、王の顧問官が先頭に立って、管理外の魔法に厳しく目を光らせています。そんな中に現れたブレンダンの無自覚ながらも生まれながらに持つ底知れぬ力が、魔法使いたちを混乱させることになります。さらに、その頃丁度現れた魔術師一座の操る幻影が果たして本当に魔法なのか、それとも手品なのかなんていう問題もあって。
話そのものはちょっと練りこみ不足なんじゃないかなあなんて思ったし、オドのことや魔法学校、そしてブレンダンのことをもっと掘り下げて欲しかったんですけど、多彩な登場人物がそれぞれに個性的で良かったし、それより何より、行間から立ち上ってくるようなマキリップならではの幻想的な雰囲気はさすが! やっぱりマキリップは大好き~。もっと色々と読みたい~。...とはいえ、この作品はマキリップの本領発揮というわけではないと思うので... 初めて読む人にはやっぱり「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」がオススメですね。(創元推理文庫)


+既読のパトリシア・A・マキリップ作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「妖女サイベルの呼び声」「影のオンブリア」の感想)
「星を帯びし者」「海と炎の娘」「風の竪琴弾き」パトリシア.A.マキリップ
「ムーンフラッシュ」「ムーンドリーム」パトリシア・A・マキリップ
「オドの魔法学校」パトリシア・A・マキリップ
「ホアズブレスの龍追い人」パトリシア・A・マキリップ
「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ
「茨文字の魔法」パトリシア・A・マキリップ

| | commentaire(4) | trackback(1)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
ラング世界童話集が復刊し始めました!
これはヴィクトリア女王時代に、アンドルー・ラングが世界各地の伝承文学からよりすぐりの作品を子供たちに提供しようと編纂した古典童話集。子供の頃に好きだったんです~。最初に日本語訳を出したのは東京創元社で、これがなんと1958年のこと。その後いくつかの出版社から出されたようで、私が持ってるのは偕成社版。全12巻のうち6~7冊持ってて、未だに祖母の家に置いてるんですが、大人になってから「川端康成訳」に気づいてびっくりだったし、そもそもこういう童話集は大好きなのに、なんで子供の頃に全部買ってもらっておかなかったんだろう!と、後から随分後悔したものです。今からでも欲しいな、なんて思ったりもしたんですけど、気がついたらアマゾンの中古で1冊1万円以上の高値がついてたりして、すっかり諦めてたんですよね。そしたら今年東京創元社から復刊されることになって! これから隔月1巻ずつ刊行されるんですって。嬉しい~。
私が持ってるのはソフトカバーで、しかもその上にぺらっとしたカバーも何もない簡易バージョンで、値段も相当安かったみたいなんですけど(笑)、今回復刊された本を見てびっくり。全然違ーう。表紙の色はタイトルに合わせてあるし、本国のオリジナル版についていたというヘンリー・J・フォードによる絵が使われていて、とても素敵です。

そして久々に読んでみて。いやあ、懐かしい。北欧の伝承童話集「太陽の東 月の西」でお馴染みの話が予想以上にいっぱい入っていてびっくりです。あと多かったのは、オーノワ夫人。このオーノワ夫人についてはあまりよく知らないんですけど、17世紀末のフランスの女流作家。オリジナルの童話を創作していたのか、それとも採取していたのかは不明ですが... どちらかといえば、オリジナルっぽい雰囲気かな。
子供の頃は原典なんて気にせず読んでたし、既に知ってる話も当然のように普通に読んでたんですけど、今改めてそういうのを意識しながら読み返してみると、面白いものですね。この童話集の最初の日本版が刊行された時、日本で手にしやすい作品や日本の昔話を除外して、改めて12冊に編み直されたのだそう。この2冊の巻末を見てみるとグリム童話が全部省かれてて、それもまた私には良かったのかも。いや、グリムもいいんですけどね。でもグリムよりも北欧系の方が好きだったし。
隔月1巻ずつの復刊で、来月には「みどりいろ」が刊行されます。楽しみ~。これを機会に全部読もうっと♪(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

| | commentaire(8) | trackback(0)
Catégories: /

 < [amazon] [amazon]
「時と神々の物語」は、「ぺガーナの神々」「時と神々」「三半球物語」の全作品及び、生前単行本未収録だった短編11編、シドニー・S・シームの挿絵も全点収録。「最後の夢の物語」は、「五十一話集」、本邦初公開の「不死鳥を食べた男」の全作品、その他2編の短編を収録。

ロード・ダンセイニの幻想短編集成全4巻の3巻と4巻。もっと早く読もうと思っていたのに、以前に1巻と2巻を読んでから(感想)、大分時間が経ってしまいました。なんせ分厚いんですよね、この4冊。3巻も4巻も、短編集が丸々3つ4つ入っているようなものだし。
この中では、3巻に収録されている「ぺガーナの神々」「時と神々」が再読です。(感想

ダンセイニの真骨頂というのは、やっぱりこういった初期の神話系の作品にあると思うんですよね。ダンセイニの文章は17世紀のジェームズ王の欽定訳聖書の格調高い文体の影響を色濃く受けていると言われていて... これはたとえば2人称が「you - your - you - yours - yourself」ではなくて「thou(複数形はye) - thy - thee - thine - thyself」が使われているとか、動詞の活用形が今とは違うとか、そういうのなんですけど、たとえば16世紀のシェイクスピアの作品なんかでも、その2つの人称形が相手との微妙な距離感によって使い分けられてたりするんですよね。いわゆる「初期近代英語」。ダンセイニの作品でこの古風な言葉が使われていたのは、もっぱら初期の作品の「ぺガーナの神々」「時と神々」「エルフランドの王女」(感想)辺りのようです。
そんな風に言葉に強いこだわりを持っていた作家といえば、J.R.R.トールキンがいるんですが... この本の解説に、トールキンはきっと最初はダンセイニの本を沢山読んで熱中したのだろうけど、細部の言語学的な注意が不十分で深みがないと批判的になったのではないか、というようなことが書かれていて、いかにもありそうだなあと笑ってしまいました。もちろん、どちらも原書で読まない限りは、本当に味わうことはできないのだけど。C.L.ムーアが言ったという「誰もダンセイニを真似ることはできないのだが、ダンセイニを読んだことのある者はたいてい誰でも一度はやってみようとするものである」という言葉だって、原書を読まない限りは本当に理解することはできないし。
ダンセイニの後期の作品は、たとえば「魔法の国の旅人」(感想)のホラ話のような軽快な作品が中心となったようで、ここに収められている沢山の短編の中にもそういった芽がいくつも見られるんですが、やっぱり私は初期の重厚な作品の方が好きですね。「ぺガーナの神々」ほどの神話とまではいかなくても、既存の神話にモチーフを取った話や、異世界との境界線をふっと越えてしまうような作品が好きです。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ

+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
一ヶ月前に母親が再婚した相手は、子供が嫌いでいつも怒ってばかりのまさに「鬼」。しかもキャスパーとジョニーとグウィニーの3兄妹は、継父の連れ子のダグラスとマルコムともまるで気が合わなかったのです。そんなある日、「鬼」がなぜかジョニーとマルコムに驚くほど大きな化学実験セットを買ってくれます。マルコムの出していた悪臭に対抗しようと、キャスパーとジョニーが一番猛烈な臭いを出しそうな薬品を混ぜ合わせていた時、「鬼」に怒られそうになって慌てたグウィニーにその液体がかかってしまい... そしてグウィニーの体はすっかり軽くなって...。

これも原作は1976年刊だというごく初期の作品。でも家族内の強烈なゴタゴタが中心で、ダイアナ・ウィン・ジョーンズらしさはたっぷり。こういうのを読むたびに、ダイアナ・ウィン・ジョーンズって相当すごい家庭で育ったのかしら、って思ってしまうのですが。
化学実験セットから巻き起こる大騒動は、想像するだけでも楽しくなってしまうようなもの。虹化剤とか動物精、龍牙塩のように、薬品の名前からある程度効果が想像できるものもあるんですが、入っている薬の1つずつの詳細な説明が読んでみたくなってしまいます。そして本文中ではさらっと登場するだけで終わってしまうんですけど、そもそもこの化学実験セットを売っていた「魔術舎有限会社」というお店が、ものすごーく面白そう。本の表紙も、この魔術舎のお店の絵なんです。この辺りがもっとじっくり読みたかった!
子供たちからすればまさに「鬼」のような父親なんですが、大人視点から読むと、いきなり男の子4人に女の子1人という5人の父親になってしまった父親側にも十分同情の余地がありますね。きっと実際にもんのすごい騒ぎでしょうからねー。(実子2人はそれまで寄宿舎生活だったので、その本領発揮を知らなかったという設定) 結局悪人はいなかった、というのがどうも出来過ぎな印象もありますが、ほどよくどたばたでほどよくストレートで、ほどよく面白かったです。(創元ブックランド)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
買ったばかりの椅子を壊したせいで、夏休みまでおこずかいナシとされてしまったジェスとフランク。どうしてもお金を稼がなければならない2人は「仕返し有限会社」を作ろうと考えます。最初の客となったのは、いつも手下を引き連れて暴れまわっている悪がきのバスター・ネル。ヴァーノン・ウィルキンズに歯を折られたことを根に持っており、ヴァーノンの歯を持ってきてくれたらフランクがバスターに借りている10ペンスをチャラにすると言うのですが... という「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」。
そしてもう1つはヴィクトリア女王の時代の物語。父親が小作農からすっかり金持ちになったせいで、村の子供たちとは縁を切って近くに住む名門コーシー家の子供たちとつきあうように言われて、すっかり不満のセシリアとアレックス。そんなある晩、霧の中から突然2人のいる台所に現れてたのは、1人の見知らぬ男。男は全身ずぶ濡れながらも、歴史の教科書から抜け出てきたような見事な中世の騎士姿。主君殺しの疑いをかけられて追放の身となった、元ゲルン伯爵、ロバート・ハウフォース卿と名乗るのですが... という「海駆ける騎士の伝説」。

日本で出版されたのは去年と最近なんですが、どちらもダイアナ・ウィン・ジョーンズの初期の作品。「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」は、児童書として初めて世に出た作品のようですし、「海駆ける騎士の伝説」はデビュー前に書かれたという作品。今のダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品の複雑さはあまり好きじゃないんですけど、比較的ストレートな初期の作品には結構好きなのがあったりするんですよね。
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」は、構成こそ比較的あっさりながらも容赦ない悪意の話で、かなり最近の作風に近かったかな... まあ、こういうのもいいんですけど、私の好みとはちょっと違う感じ。でも「海駆ける騎士の伝説」は、好みのツボど真ん中でした! なんといっても、異世界の雰囲気が中世騎士伝説の世界だし(笑)、ロバートという騎士が最初に現れた時の挿絵が! まるで「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルンなんですよぅ。(私の中では、本と映画でちょっぴりイメージが別物のアラゴルンなんですが、この場合は映画の方のイメージです) 干満の差がとても大きくて、干潮時には危険な流砂が現れるという湾は、異世界への入り口としてすごく相応しく感じられたし、河口近くにあるという城の廃墟が残っている岩だらけの島も物語の始まりに相応しい場所。まあ、言ってしまえば、ダイアナ・ウィン・ジョーンズが書く必要もない歴史ロマンスのような雰囲気なんですけど... でもすごく好き。この世界の話がもっともっと読みたいな。この作品、元々はこの場所を舞台にした6部作のうちの1つで、他の5作は「長ったらしくて、とりとめがなかったので」処分されてしまい、この「海駆ける騎士の伝説」だけが残ったようなんですね。やっぱりこれは、あとの5作の存在があるからこその世界観の深み。でも他の作品も読んでみたかった~。(早川書房・東京創元社)


+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
キャンディは、ミネソタ州のチキンタウンで生まれ育った少女。チキンタウンの歴史について調べた宿題が原因でひどく怒られたキャンディは、この2日ほど心の中でうねっていた海の波に呼ばれるように、そのまま学校を飛び出してしまいます。そして辿り着いたのは、朽ち果てて骨組みを遺すばかりの塔がそそり立っている場所。そして出会ったのは、ジョン・ミスチーフとその7人の兄弟。ミスチーフたちは何者かに追われており、ミスチーフに頼まれたキャンディは、言われるがままに灯台だというその塔に登り、火を入れることに。そして火がついた時、どことも知れない虚空の果てから、怒涛の海が打ち寄せてきたのです。

アバラット4部作の1作目だそうです。1冊ずつで完結してるのかと勝手に思い込んでたんですけど、思いっきり続き物だったんですね...。完結してから読めば良かったな。
突如現れた海の向こうには、「正午の島」から「25時の島」までの25の島々が浮かぶ世界があって、それぞれの島には人間だけでなく様々な異形の存在も... というアバラットの世界を舞台にした冒険ファンタジー。この辺りの設定は巻末の「『クレップ年鑑』抜粋」に書かれていて、この年鑑抜粋がかなり好みでした。でも、話は重厚だし、キャンディが実際に異世界に行く方法も面白かったし、アバラット側の登場人物もそれぞれに強烈(1人ずつの人物の過去のエピソードだけでも1冊書けそうなぐらい!)なんですが... うーん、実際に読んでる間はイマイチ入りきれなかったかな。「『クレップ年鑑』抜粋」を先に読んでいれば、また違ったのかもしれないんだけど... なんだか文字を目で追うだけの読書になってしまいました。私が読んだ文庫には挿絵がないんですけど、ハードカバーには著者自身による挿絵がたっぷり使われているそうなんですよね。そちらを読んだ方が異世界や異形の存在を理解しやすかったかも。
それとは関係ないんですが、元々児童書として出てる本にしては翻訳の文章が大人向けな感じでちょっとびっくりでした。いや、全体的には読みやすかったんですけど、時々あれ?と思うような単語や言葉遣いがふいっと出てきて、そのたびにびっくりするんですよね。まあ、それもまた雰囲気作りに一役買ってる気がしますが。(ヴィレッジブックス)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
コララインとその両親が引っ越してきたのは、古い大きな家の2階の部屋。1階には元女優の老女が2人、3階には変わり者のおじいさんが住んでいて、2階の半分をコララインの一家が使うのです。あとの半分は今は空き家で、境目のドアをあけた所にはレンガの壁があって行き止まりとなっています。しかしある日、母親が買い物に出かけている時にコララインがドアを開けてみると、確かにあったはずのレンガの壁がなく... コララインが向こう側に足を踏み入れてみると、そこはコララインの家とそっくりな部屋が。そして母親そっくりの女性が。しかしその女性は、本物の母親よりも背が高くて痩せていて、気味が悪いほど色が白く、目が大きな黒いボタンでできていました。

ニール・ゲイマン2冊目なんですが... うーん、微妙... 悪くはなかったんだけど、面白かったかと聞かれると困っちゃう。
せっかく個性的な名前のコララインなのに、近所の人たちには「キャロライン」と呼ばれてばかりだし、蛍光グリーンの手袋が欲しかったのに、お母さんが買おうとするのはみんなが持ってるようなグレーのブラウス。両親は家で仕事をしてるので、いつも身近にはいるんだけど、遊び相手も全然いなくて毎日が退屈。お父さんが作る食事も美味しくないんです。でも「もうひとつの世界」では、現実世界での不満が全部解消されてるんですね。名前を間違える人もいないし、部屋も服も前から欲しかったような雰囲気。だから一見、こっちの世界の方がコララインが本当に属すべき場所みたいに見えてしまうんですけど。
淡々と静かに進むので、言ってしまえば盛り上がりに欠けてるような... でも、それが必ずしも悪いというわけではなくて、これを映画にしたら結構怖くなるんじゃないかなあという雰囲気なんです。実際「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」や「ジャイアント・ピーチ」のヘンリー・セリック監督でアニメ映画が製作中なのだそう。(来年公開ですって) どんな映画になったかちょっと見てみたいかもー。(角川書店)


+既読のニール・ゲイマン作品の感想+
「スターダスト」ニール・ゲイマン
「コララインとボタンの魔女」ニール・ゲイマン

| | commentaire(0) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
紀元前6世紀、ナボニドス王時代のバビロン。香油屋の養女のティアマットは、ユダヤ人の友達・シミオンを連れて王宮へと向かっていました。シミオンはアンダリ師の率いるトゥエンンティ・スクエア・チームのメンバー。ティアマットはどうしてもチームに入りたくて、シミオンに助けてくれるよう説得するために、その理由を見せに行くことにしたのです。王宮の王妃の庭は、香油の材料となる香草を集めにティアマットがよく来る場所。ティアマットは何年も前にここで古い印章を見つけており、最近、夜の城壁でその印章にも描かれている聖なる竜、シルシュの姿を見かけていました。シルシュたちは夜になると城壁に放され、しかし飢死しかけていたのです。ティアマットが王宮に来たのは、シルシュたちに持参した残飯をあげるため。しかしティアマットがざくろをシルシュに差し出した時、2人は王の軍隊に見つかって捕まってしまうことに。

古代バビロンを舞台にした冒険物語。これは世界七不思議ファンタジーということで、古代の七不思議を1つずつ取り上げたシリーズなんだそうです。(話の繋がりはないみたいですが) ここで取り上げられてる七不思議は、バビロンの空中庭園。でも空中庭園にはものすごーくそそられるんですけど、結局最後まで話に入れなかったかも...。
まず残念だったのは、まずトゥエンティ・スクエアというゲームのことが良く分からなかったことですね。巻頭に古代都市バビロンの全景図や、地図、用語解説がついていて、そこにゲームの説明もあるんです。それによると、トゥエンティ・スクエアとは実際に古代バビロンで行われ、人気があったというボードゲームとのこと。でもでも、バックギャモンにルールが似てるなんて説明されても! バックギャモン自体知らないわけですし。このゲームが物語の中でかなり重要な役回りをしているので、やっぱりもうちょっと説明が欲しかったな。
それと引っかかってしまったのは、そもそもなんでティアがシルシュを助けたいと思ったのかという部分。どうやらティアマットは動物好きで、日頃近所のマスチフ犬を可愛がってるらしいんですけど、実際に犬が登場する場面では気分が乗らなくて無視しちゃってるし... これじゃあ、全然繋がりのないシルシュを助けるために危険を冒して王宮に忍び込む理由にまではならないんじゃ? しかもシルシュには毒があるという噂なのに。猪突猛進で、一度思い込んだらまっしぐらなティアなので、シルシュと心を通わせてしまった後の行動は理解できるんですけどね。
それでも古代世界の七不思議をそれぞれテーマに取り上げて、7作品を書くというのは面白いですね。ちなみに七不思議とは、エジプトのピラミッド、バビロンの空中庭園、オリンピュアのゼウス像、ハリカルナッソスのマウソロス霊廟、エフェソスのアルテミス神殿、アレクサンドリアの灯台、そしてロードス島の巨像。今の時点では、七不思議2作目の「セヌとレッドのピラミッド」が刊行されているようです。(集英社)


+既読のキャサリン・ロバーツ作品の感想+
「ライアルと5つの魔法の歌」キャサリン・ロバーツ
「バビロン・ゲーム」キャサリン・ロバーツ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
ナチスによって著書が焚書の対象となり、執筆・出版を禁止されたエーリヒ・ケストナーが、その執筆禁止を逆手にとって、既存の物語の再話なら執筆には当たらないだろうと、「ほらふき男爵」をはじめとする広く知られたお話を子供のために再話したもの。ドイツ国内では出版できなかったため、スイスで出版され、スイス経由でドイツの書店に登場したのだそうです。ここに収録されているのは、「ほらふき男爵」「ドン・キホーテ」「シルダの町の人びと」「オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「ガリバー旅行記」「長靴をはいた猫」の6編。

ここに収められた6編のうち、私が元々の作品を読んでいるのは「ほらふき男爵」「ガリバー旅行記」「長靴をはいた猫」の3編だけなんですが(「ドン・キホーテ」は、児童用の簡易版なら読んでるんですけど、大元のは未読)、どれも元々の話のそのままの筋なのに、ケストナーらしさがよく効いていて、お話の面白さが元のお話以上に際立っているような気がしました。テンポもいいし、ケストナー独特の語り口が楽しい~。特に「ガリバー旅行記」と「ドン・キホーテ」は元々大人向けとして書かれた本ですしね。子供が読むには、このケストナー版の方が絶対面白いでしょうね。(「ガリバー旅行記」の大人版を読んだ時は、この作者絶対病気だわ、と思った覚えが...)
ゲシュタポに2度も逮捕されながらも、周囲の作家が一斉に亡命していく中、ドイツ国内に留まって自国の崩壊を見つめてきたケストナー。でも、常に社会風刺には富んでるんですが、悲惨さや哀しさは作品に現れることがなくて、作品はあくまでも伸びやか。窮屈なところが全然ないのがすごいです。で、そこにケストナーの作品でお馴染みのレムケの挿絵がぴったり。そしてレムケの死後は、後輩のトリヤーが後を引き継いでいます。(ちくま文庫)


右手の人差し指の爪がバキッと割れてしまって、キーボードを打つのがツラい...
いえ、かなりマシになったんですけどね。イタタ。


+既読のエーリヒ・ケストナー作品の感想+
「点子ちゃんとアントン」エーリヒ・ケストナー
「ケストナーの『ほらふき男爵』」E・ケストナー
Livreに「雪の中の三人男・ガス屋クニッテル」「消え失せた密画」「一杯の珈琲から」の感想があります)

| | commentaire(4) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
アルテミス・ファウルは、何世代にも渡って悪事を働いて金を蓄えてきたた伝統的な犯罪一家・ファウル家の12歳の少年。乗っていた船がロシアのマフィアに木っ端微塵にされて父親が消息不明となって以来、母は神経症になって寝たきりの生活。アルテミス・ファウルは学校にも行かずに、父の事件で失った家運の挽回のための計画を立て始めます。それは妖精から黄金を奪う計画。人間と同じように金の好きな妖精は、それぞれに黄金を隠し持っているのです。そのためにアルテミスは「妖精の書(フェアリーズブック)」を入手し、妖精の言葉を人間の言葉に翻訳。妖精の思考回路や行動パターンを掴み、綿密な計画を立て始めます。

「アイルランドのハリー・ポッター」「悪のハリー・ポッター」などと称されて、出版前から大きな話題になったという作品。元は児童書のファンタジーでハードカバーなんですが、最近はこういう作品が文庫で読めるのが嬉しい~。
そしてこの作品が普通のファンタジーと違うのは、登場する妖精の設定。ここに出てくる妖精は、よくある「綺麗」「可愛い」「不思議」のイメージでもなく、かといってアイルランド系の妖精のようなちょっぴり意地悪なイメージでもなく... 強いて言えば、未来人間みたいな感じでしょうか。昔ながらの魔法の力は持っているんですが、人類よりも遥かに科学技術が進んでいて、すっかりハイテク武装をしてるんです。そもそも「レプラコーン」(アイルランドの伝承に出てくる妖精の種類)という言葉の起源が、実は「LEP(地底警察(ロワー・エレメンツ・ポリス)レコン」だというのが可笑しいところ。そして対するアルテミス・ファウルは、12歳ながらもその能力は計り知れないという神童という設定。伝統的な犯罪一家に生まれ育ってるので、ただ賢いというよりも、悪知恵が働くって感じなんですけどね。なのでアルテミス・ファウルと妖精の戦いは、妖精の伝統的な魔法+科学技術vsアルテミス・ファウルの情報収集+悪知恵 なんですが...
うーん、ちょっと期待はずれだったかな。
というのも、肝心のアルテミス・ファウルに全然魅力が感じられなかったんですよね。別に善と悪の対決でなくても全然構わないので、これでアルテミス・ファウルに悪の魅力があればきっと楽しめたと思うんですけど... 天才的な頭脳の持ち主という面もそれほど実感できなかったし、悪の少年のはずが、例えば母親の病状にうるうるしてるところなんかもどうも...。(悪の少年の意外な一面で、きっといい所なんでしょうけど) だからといって、妖精の方もイマイチよく分からなかったし...。一番良かったのは、アルテミス・ファウルのボディガードのバトラーだったな。あと、せっかく入手した「妖精の書」(妖精にとってはバイブルのようなもので、アルテミス・ファウルの主な情報源)の出番が、ほとんど最初だけだったというのも残念だったんですよねえ。せっかく魅力的な小道具なんだから、もっと活躍させて欲しかったです。(角川文庫)

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
老いたヴァンパイアの姫君に長年仕えてきたヴァシュは自分の死期を悟り、自分の後任となる者を探し始めます。そしてヴァシュが目をつけたのは、自分から金を巻き上げようとした青年・スネークで... という「別離」他、全9編が収められた短編集。

河出書房新社の奇想コレクション。中短編に関してタニス・リーの脂が最も乗っていたという1979年から88年にかけて発表された作品の中から、本邦初訳の9編を選んだという短編集です。タニス・リーの本領はファンタジーとホラーの中間領域の「幻想怪奇小説」にあるということから、SF系の作品は省いたセレクト。いやあ、ここのところ作品が続けざまに邦訳されてたのは嬉しかったんですけど、ジュヴナイルだったり、タニス・リーにしては...うーん... という作品が続いてて、正直物足りなかったんですよね。でも、これは久々にタニス・リーらしい作品でした~。私の一番のお気に入り「闇の公子」にはちょっと及ばないんですけど、タニス・リーらしい妖しい美しさがいっぱい。絢爛豪華で幻想的で官能的。ほの暗い夜を感じさせる作品群。「現代のシェヘラザード姫」という異名は、やっぱり彼女に相応しい!
タニス・リーの短編は、短いのに世界の広がりを感じさせてくれるところが好きなんですが、この作品の配列も絶妙。編者の中村融さんは、「いま・ここ」から次第に遠ざかるように作品を並べたのだそうです。これによって、さらに世界が広がるような感覚...。大体どの作品も良かったんですが(好みではないのも、実は少し)、私が特に好きだったのは「別離」「美女は野獣」「魔女のふたりの恋人」「愚者、悪者、やさしい賢者」、「青い壷の幽霊」辺り。その中でも、タニス・リー版「壷中天」の「青い壷の幽霊」が一番好みだったかな。あと「魔女のふたりの恋人」も好き好き♪
タニス・リーの未訳の短編はまだまだ沢山あるんです。ぜひともこの本の第2弾を出して欲しい~。それと、もちろん長編も。例えば「美女は野獣」は、フランス革命をモチーフとした大作歴史小説「The Gods Are Thirsty」からの派生作品なのだそう。その本編の方もぜひとも読んでみたいです~。(河出書房新社)


+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
そこにある古い石の壁が名前の由来となっているウォールの町。壁のただ1つの穴の向こうには妖精の国が広がっており、普段は誰も抜け出せないように、穴には見張りがつけられています。しかし9年に1度の5月1日、壁の向こうの草原に市が立つ日だけは、見張りも警戒を緩める日。そしてトリストラン・ソーンは、そんな市の日に人間の父が妖精の母に出会ってできた息子。17歳になったトリストランは、その界隈で一番の美人のヴィクトリアのために、一緒に見た流れ星を拾ってくる約束をして、壁を抜けて妖精の国へと向かうことになるのですが...。

頂き物です。
訳者あとがきには、「ハリー・ポッター」は「子ども向けだけど、大人も楽しめる」作品で、こちらの「スターダスト」は「大人向けだけど、子どもも楽しめる」と書かれてたんです。でも、実際に読んだ印象としては「ハリー・ポッター」よりも子供向けのファンタジーという印象。確かにアダルト~な場面もあるんですけど、それさえなければ、児童文学として読んだ方が楽しかったと思うんですけよね。読み方を間違えちゃったかも...。町と隣り合わせに妖精の国があるという設定は好きだし、9年ごとに開かれる市というのもソソるところ。これで旅がもっと波乱万丈でじっくり書き込まれてたら、もっと面白かったはずなのに、比較的あっさりとおわっちゃってびっくり。小説というよりも、むしろ映画のノベライズを読んでるような感じでした。この作品は、実際映画化されてるそうなんですけどね。ニール・ゲイマンは作家であると同時に脚本家でもあるそうだし、この作品も最初から映画のための書かれ方をしているということなのかな?
訳者あとがきに書かれているように、「ちょっと初々しく、ちょっとストレートで、ちょっとほほえましく、ちょっとはにかみがちで、思いっきりロマンチック」な作品。ニール・ゲイマンって、今ものすごく人気がある作家さんなんですってね。イギリスやアメリカでは、ちょっとしたタレント並みの人気みたい。調べてみると、「コララインとボタンの魔女」とか「ネバーウェア」とか「アナンシの血脈」とか面白そうな作品があるようなので、ちょっとチェックしてみようと思います。(角川文庫)


+既読のニール・ゲイマン作品の感想+
「スターダスト」ニール・ゲイマン
「コララインとボタンの魔女」ニール・ゲイマン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
悪魔の最も重要な仕事の1つは、人間を誘惑し堕落させること。これは、かつて多大な功績を挙げて今は引退している大悪魔のスクルーテイプが、新人の悪魔である甥のワームウッドに対して書き綴った31通の書簡集。なかなか上手く人間を誘惑しきれないでいるワームウッドに対して、スクルーテイプはいかに人間を惑わせてキリスト教に背を向けさせ、堕落に至らしめるか、様々な状況に応じた助言をしていきます。

人間とはいかに弱い存在か、いかに周囲の環境に染まりやすい存在かということを、ターゲットである人間自身には悟らせないように、目の前にある現実に集中させておこうとする悪魔たち。たとえば、かつてスクルーテイプが大英博物館の図書館に通っていた無心論者の男を担当していた時は、ある日突然敵(神)のことを考え始めた男に対して、すかさず外に昼食に出させて、ロンドンの町という現実を目の当たりさせたのだとか。悪魔の何世紀にも渡る根回しによって、人間は見慣れているものが目の前にある間は、見慣れないものを信じることがほとんどできなくなっているのだそうです。へえー。
時々どきりとさせられる箇所があって、知らず知らずのうちに、悪魔の思惑通りに行動していることもあるかもしれないなあって思わせられてしまいます。ルイスの人間洞察って鋭いなあ。結局のところ、全編通して悪魔の視点から書かれているんですが、同時に悪魔の言葉を通してキリスト教について語る作品でもあるんですね。そして、ここにはワームウッドからの報告の手紙は一切登場していなくて、読めるのはスクルーテイプからの返信だけ。ワームウッドがどんな泣き言や文句を言ってきたのか、想像するのもちょっと楽しかったりして。
この作品は、「指輪物語」のトールキンに捧げられているんですが... これを読んだトールキンはどんなことを感じたんだろう? というのがとっても気になるところ。トールキン側の資料に何か残ってないかしら?(平凡社ライブラリー)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

   [amazon] [amazon] [amazon]
パラレルワールドのヴェネチアは、現在、歴史上最大・最強と言われるエジプト帝国軍に包囲されているのですが、30年前の侵入を水の女王が撃退して以来、その力に守られている状態。そんな町に育った14歳のメルレは、孤児院出身の女の子。同じく孤児院出身で目の見えない13歳のジュニパと共に、追放されし者の運河にあるアーチンボルトの魔法の鏡工房に弟子入りすることになるのですが...。

ええと、上には3つ画像を出してますが、読んだのは左の2冊です。全然ダメでした... 薄々感じてはいたんですけど、私、ドイツ系のファンタジーとは相性がイマイチなのかもしれません。「ドイツ系のファンタジー」なんて大きく括ってしまうのは、危険なんですけどね。それほどドイツのファンタジーを読んでるわけでもないですし。でもイギリスのファンタジーを楽しめるほどには、ドイツのファンタジーは楽しめないことが多いのです。もう読まなくてもいいや、というドイツ系のファンタジー作家さんが、これでまた1人。まだ試してないドイツ系有名ファンタジー作家さんといえば、コーネリアス・フンケぐらいかしら。

感覚的に合わないところはともかくとして、なんていうか、設定そのものは悪くないのに、このページ数にしては物事が忙しく展開しすぎだと思いますね。弟子入りしたかと思ったら、すぐに大きな展開があって、こっちの彼と知り合ったかと思えば、もう一緒に冒険。落ち着いて状況を味わう間もありません。小説を書くというのは、基本的にまず骨格となる部分があって、そこに血肉をつけていく作業じゃないかと思うんですが、この作品は、まるで骨を半分剥き出しにした状態で歩き回ってるような... もしくは梗概? 起きた出来事や会話を羅列してるだけで、それを登場人物がどう感じているのかがほとんど書き込まれてないので、どの出来事も上滑りのように感じられてしまうー。そもそも、登場人物たちの容姿ですら、ほとんど分からない状態なんです。主人公の女の子は黒髪で、その親友はプラチナブロンド。2人とも、どちらかというと細め。それだけ。...それで? 彼らはどんな性格で、何をどんな風に感じるの? ただ単に色が白いとか黒いとか、熱いとか冷たいとか、そんな言葉だけが並んでいても、こちらには実感として何も伝わって来ないです。同じ話でも、倍ぐらいのページでもっとじっくり書いてくれれば、まだ良かったのかもしれないんですけどね。(あすなろ書房)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

     [amazon]
ロバート王亡き後、サーセイ妃は自分が摂政となって嫡男・ジョフリーを鉄の王座に座らせます。アリアはキングズランディングから脱出しますが、サンサは王城に囚われの身、ロブは北の地で王として名乗りを上げます。しかしハイガーデンではロバートの末弟・レンリー・バラシオンが、ストームズエンドでは次弟のスタンニス・バラシオンもまた、王として名乗りを上げたのです。

「氷と炎の歌」の第2部。シリーズ物なので、あらすじはごく簡単に。
「七王国の玉座」の最後で一気に分裂した王国。乱世らしく、血みどろの戦争やそれに伴う悲惨な場面が多いです。この第2部で語り手となっているのは、スターク家のアリア、サンサ、ブラン、ジョン、ケイトリン、ラニスター家のティリオン、バラシオン家からはスタンニスに仕えるダヴォス、海の彼方からはデーナリス、グレイジョイ家からはシオンの計9人。やっぱり中心となるのはスターク家だとは思うんだけど... これでもかこれでもかと悲惨な出来事が! 本当にこの作者さんは、どのキャラクターも一様に突き放してますね。というか、スターク家が中心だからこそ、彼らが一番の重荷を背負わされているということなのでしょうかー。彼らに限らず、どのキャラクターもいつどこで殺されても不思議はないという緊迫感なんですけどね。4巻の途中では、もう本当にびっくりしました...。
読んでいて楽しかったのも、やっぱりまずスターク家のパート。特にアリアのパートが好き~。サンサもそれなりに苦労してるんですけど、やっぱりアリアですよ。行方不明のナイメリアの今後の役割も気になるところ。健気なブランも可愛い~。彼のパートには、森の子供たちの緑視力、獣人や変容者と気になるモチーフが満載です。そして次に楽しいのは、デーナリスのパートかな。彼女とドラゴンたちは今後一体どうなるんでしょう? 「七王国の玉座」を読んだ時はティリオンが結構気に入っていて、こちらでもティリオンと宦官のヴェリース、ティリオンとサーセイといった辺りのやり取りは楽しかったんですが... 彼に関しては、前作の方が良かったかも。(前作の方が良かったといえば、ジョンもそうかも)
最初のうちこそ、どんな話だったか思い出せなくて戸惑ったんですが、すぐに勢いに乗れました。でもこういう作品って、どうしても初読時はストーリーを追うことに集中してしまうんですよね。本当に重層的な作品だから、ストーリーを追うだけじゃ勿体ないって良く分かってるんだけど...。シリーズ全部出揃ったら、ぜひとも再読したいです。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「七王国の玉座」全5巻 ジョージ・R・R・マーティン
「王狼たちの戦旗」全5巻 ジョージ・R・R・マーティン

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: /

  [amazon] [amazon]
墓職人ギルドの親方となったバルトロメが幼い頃に聞いたのは、ヴェヌスの名門貴族のスコルピア家とバルバロン家の確執の物語。両家はこの100年ほど反目しあっており、14年ほど前にも身の毛のよだつような事件があったのです。それは、婚約者のいたスコルピオ家の14歳のメラルダが、17歳の画工・ロレンツォと駆け落ちをしようとした事件。メラルダとロレンツォは、メラルダの侍女の密告によって宿敵・アンドレア・バルバロンに捕えられて、その婚約者に引き渡され、結局2人とも命を落とすことになったのです。それから24年後、アンドレア・バルバロンと5歳になるその娘・ベアトリクサの前に見知らぬ少年が現れて... という「土の褥に眠る者」と、シリーズ完結編の「復活のヴェヌス」。

「ヴェヌスの秘録」の3作目と4作目。1巻と2巻は、まあまあ... といったところだったんですが、3巻目の「土の褥に眠る者」は面白かった! 最初の方は「ロミオとジュリエット」みたいな感じなんですけど、もっとずっと複雑。そもそもタニス・リー版「ロミオとジュリエット」といえば、「影に歌えば」という作品もありますしね。これは「ロミオとジュリエット」だけで終わるのではなく、輪廻転生する魂の物語ともなっていました。とてもロマンティック。登場人物もそれぞれに魅力的だったし(特にベアトリクサ)、2巻のエピソードとも繋がっていたし、チェーザレ・ボルジアやその妹のルクレチアらしき人物も登場して、パラレルワールドらしさが濃く感じられるのも良かったです。
でも4巻の「復活のヴェヌス」は...。これまでの3冊で、17世紀のヴェヌス→中世のヴェヌス→ルネサンス期のヴェヌスと来て、今度はなんと未来に飛ぶんですけど... 今ひとつ物語の締めくくりらしく感じられなかったな。1巻とは密接に結び付いてるんですけど、2巻3巻はまるで無視されていたところも残念だったし。観念的に好きな部分はあったんだけど、話としてはあんまり面白く感じられませんでした。残念。(産業編集センター)


+シリーズ既刊の感想+
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

  [amazon] [amazon]
海の都・ヴェヌスで始まった秋の謝肉祭。その日、フリアンは舟を雇って、夜中の3時から運河や淵を巡って、シャーキン医師のために死体を捜していました。謝肉祭には死人がつきもの。しかし1年前は一晩で5つも遺体を見つけたフリアンも、その日は1つも死体を見つけられなかったのです。ようやく見つけたのは、謝肉祭の間、全ての人々がつけることを義務付けられている仮面を1つだけ。それは半顔で、古代ギリシャやローマの神々の彫像や彫刻を思わせる端整な目鼻立ちをした上等なもの。しかしその仮面には、剥ぎ取ろうともがいたような傷や、仮面が血を流したような鈍い錆色の切り傷が走っていたのです... という「水底の仮面」と、炎を作り出す力を持つ奴隷の少女ヴォルパの物語「炎の聖少女」。

今年はなぜかタニス・リーの未訳作品がどんどん訳されてるんですが、これもその一つ。「ヴェヌスの秘録」という4部作の最初の2巻です。私はてっきり話が続いてるのかと思って、4冊全部出揃うまで読むのを待っていたんですが、どうやら同じ主人公の話が続いていくというより、ヴェネチアのパラレルワールド、ヴェヌスの都という場所そのものが主役の話だったみたい。
これまで産業編集センターから出版されたタニス・リー作品はことごとくイマイチで(失礼)、それに比べると、このシリーズはタニス・リーらしさが出てるとも言えるのだけど... そうなったらそうなったで、やっぱり浅羽莢子さんの訳で読みたかったなーとか今更のことを思ってしまうんですよねえ。この作品の訳は柿沼瑛子さんという方で、この方の訳も悪くないんですけど、タニス・リーですし! なんせ私が最初に読んだリー作品が「闇の公子」ですから!
...というのはともかく、ヴェヌスを舞台を舞台に繰り広げられる1作目は、やや浅く感じられる部分はあるものの、妖しい雰囲気はいい感じ。2作目は、聖少女という設定がなんだかジャンヌ・ダルクっぽくて、ヴェヌスの必然性はあるのかしら?って感じもあったんですが、まあまあ。3・4作目に期待しようと思います。(産業編集センター)


+シリーズ既刊の感想+
「水底の仮面」「炎の聖少女」タニス・リー
「土の褥に眠る者」「復活のヴェヌス」タニス・リー

+既読のタニス・リー作品の感想+
「闇の公子」タニス・リー
「死の王」タニス・リー
「タマスターラー」タニス・リー
「ドラゴン探索号の冒険」タニス・リー
「白馬の王子」タニス・リー
「惑乱の公子」タニス・リー
「熱夢の女王」上下 タニス・リー
「ゴルゴン 幻獣夜話」タニス・リー
「血のごとく赤く」タニス・リー
「バイティング・ザ・サン」タニス・リー
「鏡の森」タニス・リー
「黄金の魔獣」タニス・リー
「幻魔の虜囚」タニス・リー
「幻獣の書」「堕ちたる者の書」タニス・リー
「月と太陽の魔道師」タニス・リー
「冬物語」「闇の城」タニス・リー
「銀色の恋人」タニス・リー
「妖魔の戯れ」タニス・リー
留守中に読んだ本(18冊)(「ウルフタワー」の感想)
「影に歌えば」「死霊の都」タニス・リー
「パイレーティカ 女海賊アートの冒険」タニス・リー
「銀色の愛ふたたび」タニス・リー
「悪魔の薔薇」タニス・リー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
アントーニーヌス・リーベラーリスは、「リーベラーリス」という名前から解放奴隷だったのではないかとも言われている、紀元2~3世紀頃のローマ時代の物語作家。そのリーベラーリスが古典ギリシャ語で書いたという、41のごく短い変身物語。

オウィディウスの「変身物語」(感想)みたいなものなんですが、こっちは1編ずつがとても短いです。大抵2~3ページ程度で、短いものでは10数行というものも。オウィディウスが色んな変身物語を繋ぎ合わせて、人々の心の動きなども交えて15巻の一大叙事詩としているのに比べて、アントーニーヌス・リーベラーリスは繋ぎ合わせることにも人間の感情にも無関心だったようですね。どの物語もとても簡潔に描かれてました。
でもいくら淡々と書かれてるからといって、これって相当の教養がないと書けないのでは... 元奴隷がこんな作品を書くって一体!? と思ったら、解説によると、ローマ時代の奴隷は大抵戦争捕虜で、教養溢れる知識人も結構含まれていたんだそうです。そういった人たちは、奴隷とは言っても貴族の秘書となったり、そういった貴族の子弟のギリシャ古典教育のために家庭教師になったのだそう... なるほど。

変身にはいくつかパターンがあって、罪を犯して神々の怒りを買うか、逆に神々の憐れみを受けて変身させられるというのが中心なんですが、やっぱり罰としての変身が多いですね。そして読んでいて驚いたのは、鳥に変身する物語の多さ。少なくとも半分、多分半分以上は鳥に変身する話なんです。初期ギリシャ宗教では、死者の魂は鳥の形を取って天に飛翔するとされていて、全ての人間はかつて鳥であったという主張もあったのだそうですが... 鳥のように自由に空を飛びたいという思いも、そこには反映されていたのかなあ。(講談社学芸文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
北東部でもとりわけ裕福な都・バクシャーンで、商人たちに雇われたエルリックとムーングラム。依頼は、商人たちの中でも特に羽振りが良いニコーンという男を除きたいというもの。ニコーンの後ろにセレブ・カーナがいると聞いたエルリックは、その仕事を請けることに... という「魂の盗人」、他3編。

エルリック・サーガ4冊目。
エルリック・サーガの最初の作品「夢みる都」が1961年の作品。ここに収められた4編の中で一番遅く書かれたのは表題作の「ストームブリンガー」で、これは1964年の作品。この表題作で一旦エルリック・サーガが終わってます。「メルニボネのエルリックのサーガ、ここに終わる」 ...エルリックサーガって、わずか3年で終わってたんですねー、びっくり。で、5巻からが今世紀に入ってから書かれたという作品なんですね。
この世界は「法」と「混沌」によって支配される世界。「法」は正義や秩序をもたらすけれど、同時に停滞をもたらすものであり、「混沌」は可能性を秘めてはいるけれど、同時に世界を恐怖と破壊の地獄にしてしまうもの。この2つの勢力のバランスが釣り合っていてこそ上手くいく、というのが面白いです。天使と悪魔みたいな関係じゃなかったのか! 「混沌」も、必ずしも悪いばかりじゃないんですね。エルリックは、この「法」と「混沌」の争いにまともに巻き込まれてしまいます。今回、エルリックもようやく人並みの幸せを手にいれることになるんですが、それがあるだけにラストが一層悲劇的でした。最後は北欧神話のラグナロクを思わせるような終末戦争。まさかここでローランだのオリファンだのデュランダーナの名前をここで見ることになろうとは。(笑)
とりあえず区切りがいいので、エルリック・サーガは一休みして、ムアコックのほかのシリーズにも手を伸ばしてみようかと思います。本当は紅衣の公子コルムに興味があるんだけど、復刊にはまだもう少し待たないみたい。となると、「ルーンの杖秘録」の4冊か、エレコーゼ・サーガの2冊。どっちにしようかな、やっぱり発表順で「ルーンの杖秘録」の方が順当かな...?(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
カナダのグウェンに、アイルランドのハートおばばからのメールが届きます。妖精国を大きな災いが襲おうとしており、その鍵となるのが妖精と人間の血を引くダーナ・フウェイラン。しかし彼女は準備が全くできていないため、命がけで守ってやらなければならないというのです。ダーナを守るのは、決戦の地であるカナダの人間の役割だと聞いたグウェンは、同じくカナダにいるローレル・ブラックバーンを訪ねて、一緒に戦って欲しいと訴えます。しかしローレルは、もう妖精国とは係わり合いになりたくないと考えていたのです。

O.R.メリングのケルトファンタジー第6弾。
前巻の予告通り、今回の舞台はカナダ。そして「妖精王の月」「夏の王」「光をはこぶ娘」の3冊の物語がここに1つにまとまります。カナダの歴史を辿るダーナの旅は楽しかったし、特にケルトの伝説「聖ブランダンの航海」が登場するとは思っていなかったので、嬉しいびっくり。今回新しく登場する人々もなかなか良かったし、妖精が存在するのはアイルランドだけでなくて... という概念も面白かったんだけど。
でも上下巻と長い分、どうしても冗長に感じられてしまう部分があったのと、「7者」が結局ほとんど登場しなかったのが、すっごく残念。ちゃんと出てきたのはグウェンぐらいなんですよね。カナダの人間がやらねばならなかったという前提は分かるんだけど、3つの物語の完結編となるんなら、もう少しそれらの物語の積み重ねを感じたかったなあ...。これまで登場してきた人たち同士の繋がりができて、3冊分(うまくすればもっと)の世界が繋がるんじゃないかと思ってただけに、かなり残念でした。結局、グウェンとローレルの繋がりが出来る程度。結局これまでとパターン的には一緒なのね。うーむ。(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「妖精王の月」「歌う石」「ドルイドの歌」O.R.メリング
「夏の王」「光をはこぶ娘」O.R.メリング
「夢の書」上下 O.R.メリング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
宿敵・セレブ・カーナを追ってロルミール入りするものの、キマイラたちに襲われるエルリックとムーングラム。そして辿り着いた無人の城の中には、かつてエルリックが殺した許婚のサイモリルと似た女性が眠り続けていたのです... という「暁の女王」と、ムーングラムと別れてタネローンを出たエルリックは、竜に連れていかれた都市の廃墟で父の亡霊と出会い、父が最愛の妻の元へと行けるようにするために異次元でローズウッドの箱を探すことに... という「薔薇の復讐」の、エルリック・サーガ第3巻。

前巻でコルムが語っていた、エルリックとエレコーゼと共に、ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔で闘ったという話が、こんなに早く読めるとは! エルリックにとっては、「暁の女王マイシェラ」でのエピソードの1つだったんですね~。これは、早くコルムとエレコーゼ側の話も読んでみたいなあ。ええと、ホークムーンは登場してませんでしたが、ルーンの杖は登場してました。(笑)
エルリックの世界は、<法>と<混沌>が治める世界。でもエルリックは<混沌>側、エルリックに助けを求めるマイシェラは<法>側、そのマイシェルを脅かすセレブ・カーナとウムブダ王子は<混沌>側。エルリックとセレブ・カーナは共に<混沌>側だというのに敵対してるし、かなり入り組んでます。ナドソコルという町でエルリックを襲ってくるのは<混沌側>の神で、絶体絶命のエルリックを助けるのは<法>の神だし... 最後には自分のお気に入りのシモベを助けるべく、<混沌>のアリオッホが登場するんですけどね。しかも次元が違うと神々のパワーバランスもまた違ってくるようで... そういった部分が、だんだん見えてきました。「薔薇の復讐」でも多元宇宙に関する哲学的な議論が繰り広げられて、その辺りはちょっと難しいです... でも全部読み終わった時にまたここに戻ってくれば、きっとここに書かれていることがものすごく分かるのではないかと思うんですよね。なので、今は書いてあるまま受けとめておくだけで良しとしましょう。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
エルリック・サーガの第2巻。エルリックが3人の永遠の戦士たちに出会う「この世の彼方の海」、エルリックサーガはここから始まった!「<夢見る都>」、そして初期の「神々の笑うとき」「歌う城砦」を収録。旧版では「この世の彼方の海」と「白き狼の宿命」の2冊だったものが、1冊になったもののようですね。

2巻を読み始めてすぐに、エレコーゼ、コルム公子、ホークムーンという名前が登場してびっくり。これってマイクル・ムアコックの他のシリーズの主人公たちじゃないですか! エルリックを含めたこの4人は「四戦士」、<一なる四者>であり、以前にも邂逅があった模様。コルムがエルリックに、「ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔」でエレコーゼと一緒に闘ったという話をするんです。エルリックもエレコーゼも「そんなことを言われても」って感じで、コルム公子は未来の世界から来たんだろうという話に落ち着くんですが...。その話はきっと別の作品で読めるんでしょうね。このシリーズの日本語訳は時系列順に作品が並べられているそうなんですけど、「この世の彼方の海」という作品は、実際にはかなり後になってから書かれたようですし。マイクル・ムアコックの世界の奥行きの深さを予感させる作品で、これはぜひとも他のシリーズも読まなくちゃ!って気になってしまいます。
ということで、以下覚書。

エルリック・サーガ...「メルニボネの皇子」「この世の彼方の海」「暁の女王マイシェラ」「ストームブリンガー」「夢盗人の娘」「スクレイリングの樹」「白き狼の息子」
ルーンの杖秘録...「額の宝石」「赤い護符」「夜明けの剣」「杖の秘密」(ホークムーン)
ブラス城年代記...「ブラス伯爵」「ギャラソームの戦士」「タネローンを求めて」
エレコーゼ・サーガ...「黒曜石の中の不死鳥」「剣のなかの竜」
紅衣の公子コルム...「剣の騎士」「剣の女王」「剣の王」「雄牛と槍」「雄羊と樫」「雄馬と剣」

これで合ってるのかしら...
エルリックとルーンの杖秘録は復刊済み、ブラス城年代記とエレコーゼは復刊途中、コルムはこれから? 全部読むとなったら相当な冊数になりそうですが。
この2巻で、エルリックの世界観に引き込まれる人が沢山いる、その魅力がよく分かったような気がします!(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / / /

 [amazon]
ある日怪物のように大きな海豹に出くわした漁師は、重い銛を首のすぐ下に打ち込みます。しかし海豹は血走った目で漁師を禍々しく睨んだかと思うと、海に飛び込んで姿を消してしまったのです... という「漁師とドラウグ」他、全11編が収められた短編集。

先日ノルウェー民話の「太陽の東 月の西」を読んだ時に、日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。(私の感想と、つなさんのこの本の記事はコチラ) ノルウェーといえば、それこそ「太陽の東 月の西」の編者アスビョルンセンぐらいしか知らなかったんですけど、ヨナス・リーはノルウェーの国民的作家なのだそう。海と漁師の現実の生活を描いたものや、民間伝承を元にした作品を多く書いているそうで、この本は後者の方ですね。ただ、民間伝承を元にしているとは言っても、ヨナス・リー自身の筆がかなり入っているようです。まさに民話といった素朴さが魅力の「太陽の東 月の西」に比べると、つなさんも書いてらっしゃいましたけど、こちらは物語としてかなり洗練されてる感じがしました。
ノルウェーの民話といえばトロルがいるんですけど、この作品に登場するのはドラウグという海の魔物。私は初耳だったんですが、これもノルウェーならではの存在なんだとか。姿は様々で、ある時は「漁師とドラウグ」で登場したように海豹そっくりの顔で、口が耳まで裂けていたり、別の時は船乗りの服を着ているのに頭がなくて、その代わりに海草の塊を載せていたり。頭がないせいか、帽子を深く被っていることも多いみたいです。なんとも気持ちの悪い存在のようですね... そして、姿は変わっても、「海でドラウグに出会った者は近いうちに溺れて死ぬ」というのが共通点。こういうのは、やっぱり北の海にこそ相応しい気がします。南の海にいたとしても怖いと思いますけどねー。雰囲気がまた全然違ってきちゃう。

幻想的だったり怪奇的だったりと、どの物語も北欧の雰囲気がたっぷりでそれぞれに面白かったですが、11編の中で特に気に入ったのは、ラップ人の少女といつも一緒にいた少年の物語、「ラップ人の血」。ラップ人の少女の家族は不思議な物語を沢山知っていて、少年は両親に禁じられてたにも関わらず、そこの家にいつも遊びに行くんですね。そうか、ラップ人って差別されていたのか... なんてところに無知な私なんですが、確かにラップ人といえば精霊信仰だし、キリスト教とは相容れないでしょうね。遊牧民族だから、尚更なかなか布教されないでしょうし。でも、キリスト教と異教が緩やかに混ざり合っている感覚もとても面白かったし、海の中の情景がとても美しかったです。(国書刊行会)

| | commentaire(4) | trackback(1)
Catégories: / / / /

[bk1]
今は亡き王妃・マルグヴェンの忘れ形見である王女ダユを溺愛するコルヌアイユの王・グラドロンは、ダユの望むまま、海のそばに美しい都を作り上げます。ダユはそこで享楽的な生活を送ることに。

5世紀に海没したと言われるイスの町の伝説。コルアヌイユは、フランスのブルターニュ地方にあります。ブルターニュという土地は、元々ケルト色の濃い場所なんですよね。「ブルターニュ」という名前も、アングロ・サクソン人に追われてブリテン島から逃げて来たケルト人がブルトン人と呼ばれたことからきているし。そういえば「トリスタンとイゾルデ」で、イゾルデの出身地がコルアヌイユになってるんですけど、同じ場所ということでいいのかしら? ...この作品は、シャルル・ギヨが各地に残る断片的な伝説を拾い上げ、キリスト教の聖者伝やギヨ自身の創作を交えて物語として作り上げたものだそうです。イス(YsまたはIs)というのは、「低い町」の意味。湾を埋め立てて海面より低い場所に作られていたためについた名前。フランスの首都・パリの名前の語源とも言われています。「Par Is」とは、「イスに匹敵する」という意味で、伝説の都・イスのようになりたいという願いが込められた名前。いつかパリが滅びた時にイスはもう一度海の底から蘇り、フランスの首都として君臨すると言われているのだそうです。

一見、とてもキリスト教的な物語。マルグヴェン王妃を失って一度は自暴自棄になっていたグラドロン王は、キリスト教徒になることによって立ち直るんですが、娘のダユがそれに反抗します。聖者たちにとってダユは淫婦でしかないし、イスの町は丁度ソドムとゴモラみたいな存在なんでしょうね。結局、ダユは悪魔によって身を滅ぼすことに...。でもそれはキリスト教側からの一方的な言い分。ダユの母親のマルグヴェン王妃は、王との出会い方から考えると、おそらく妖精です。なので娘のダユも妖精の血を引いていることになります。だからこそ、ダユはキリスト教化された王都に我慢できないし、イスの町にも教会を作ろうとしないんです。それどころかイスの町のことで、「古い宗教の女祭司」たちに助けを求めています。イスの町は人間の目には見えない妖精(コリガン)たちによって手入れされていますし。
ダユという名前はケルト語では「良き魔女」という意味だとありました。となると、元々この伝説には違う意味があったということなのでは? この作品はキリスト教が異教を排除したという象徴的な物語になってるんですけど、もしこの伝説の中にキリスト教的要素が全く入っていなかったら、一体どんな感じだったんでしょうね?

海底に沈んだイスの町は、ケルトの他界になってしまったようです。晴れた日は海底に沈んでいる尖塔が見えるとか、波の静かな日は教会の鐘の音が聞こえるとか... 思いがけなくイスの町に行ってしまったというエピソードも色々あるようですね。その共通点は、訪れた人間が1つの行為を行わなかったせいでイスの町は蘇ることができなかった、というもの。もし店で買い物をしていれば、ミサの答唱に応えていたら、イスは蘇ることができたのに。...でもイスが蘇ったら、パリはどうなるんだろう...?(鉱脈社)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
竜の島メルニボネの初代魔術皇帝から数えて428代目の直系に当たる白子の皇帝・エルリックは、薬と薬草の力によって生きながらえているという皇帝。従兄のイイルクーンがその座を狙っているものの、恋人のサイモリルとの平和な時間を楽しんでいました。しかしそんなある日、新王国と呼ばれる新興人類の国からメルニボネの夢見る都・イムルイルへの襲撃があり、迎え撃った戦いの場でイイルクーンがエルリックに公然と反旗を翻したのです。

本読みの憂鬱の森山樹さんにずーっとオススメされてた作品。他にも絶賛してる方は多いし、井辻朱美さんの訳で復刻されたし、気になってはいたんですが、なかなか読めず... ようやく読めました!

その膚は野ざらしのどくろの色、肩より長く垂れ落ちる髪は乳酪のように白い。細面の美しい顔からのぞくのは、つりあがった愁わしげな深紅の双眼、ゆるい黄色の袍の袖口からあらわれたほっそりした手もまた骨の色、それが巨大なただひとつのルビーから刻みだされた玉座の、両の肘かけに置かれている。

そんな描写から始まる、エルリック・サーガの第1巻。ここには「メルニボネの皇子」と「真珠の砦」の2つの長編が収録されています。
作者のマイクル・ムアコックはイギリス生まれながらもアメリカに移住したと聞いてたし、本に載ってる写真がカウボーイハット姿なので(笑)、この作品もいかにもアメリカ的なヒロイック・ファンタジー(ちょっと苦手)かと思っていたんです。が、主人公は予想外に内省的な人物でした... 暗い。(笑) エルリックは白子なので、見た目にも明らかに他のメルニボニ人とは異なってるんですけど、中身も違います。残酷なまでにあっさりと事を決定していくメルニボネの人々に対して、平和主義なのか事なかれ主義なのか、エルリックの行動や決定は、もう本当に歯がゆいほど。神々の中にただ1人迷い込んだ人間みたい。でもそんなエルリックでも、一度新興人類の王国に行ってしまうと、十分人間離れしてましたが。(笑)
エルリックは、身体的には薬がないと生きていかれないほど虚弱なんだけど、その反面、魔剣ストームブリンガーを使いこなせるほどの精神力の持ち主。でもそのストームブリンガーは、混沌の神に忠誠を誓って得たもの。剣で人々の魂を吸い取って、混沌の神に捧げ続けているんですね。これは、エルリック本人は善を成したいと考えていても、その裏には必ず悪魔が控えているようなもの。それでもストームブリンガーを手放せないエルリック。...何ていうかエルリックの中にはものすごく沢山の矛盾があるんですね。それがエルリック一番の魅力なのかもしれません。
でも、私としては混沌の神・アリオッホがものすごーく気になるんですよねえ。その姿は美青年、しかし目だけは老いた聡明さと邪悪さを持っているというアリオッホ。彼の話をもっと読みたいなあ。

続きも読もうと思ってますが、これはもう少し後で。1話ずつ完結してるようなので、ゆっくり追いかけられそうです。でも作品が長くて本が分厚くなるっていうのはいいんですけど、こんな風に2つの長編が1冊にまとめられちゃってるっていうのはどうなんでしょ。1つずつでも普通の厚みになったでしょうに。こういうのっていやー。しかもこれ、ハヤカワ文庫SFに入ってますけど、今のところはFTの方がずっと相応しい感じなんです。...それも手に取るまでに時間がかかった理由の1つなんですよね。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
旧ユーゴスラヴィアと北アイルランドの平和のために孤軍奮闘して、へとへとに疲れてアメリカに帰ってきた魔法管理官(マジド)のルパート。しかし翌日にはコリフォニック帝国の司法審問への召喚状が届きます。コリフォニック帝国は、ルパートの受け持ちの世界の中でも最も不愉快な管理区の1つ。そしてようやく戻ってきたルパートにかかってきたのは、スタン・チャーニングが死に掛けているからすぐ来いという電話。スタンはルパートとその2人の兄をマジド協会に引き入れた人物。ルパートが知っていることはほとんど全部スタンから教わったことなのです。駆けつけたルパートに、スタンは自分の後釜のマジドを選んで育てることを指示。スタンは既に候補者のリストも作っていました。

日頃は主にゲームソフトのデザインの仕事をしながら、「魔法管理官(マジド)」の仕事もしている、ルパートが主人公。新人のマジド選びと、別世界のコリフォニック帝国の紛争の後始末という難題2つを抱えて、しかも周囲に振り回されまくってもう大変、という展開。
DWJの作品を読むのはほんと久しぶり。DWJは私にとって、作品によって好き嫌いが分かれる作家さんなんですが、これは面白かったです~。まさにDWJらしい、絡み合った混沌ぶりを楽しめる作品。捻り具合もいい感じ。特に関係者のほぼ全員が集合することになるイギリス幻影大会(ファンタズマコン)というのが楽しいんですよねえ。そして中心的なモチーフとなっているマザーグースの「バビロンまでは何マイル」の使い方も素敵でした。2連目以降はダイアナ・ウィン・ジョーンズ自身による創作なんですが、まるで元々存在していたみたい。しかも物語の展開に非常に効いてて良かったです。
ただ、これは「花の魔法、白のドラゴン」の前日譚的作品なんです。とは言っても、共通点は「花の魔法~」に登場するニックがこちらにも登場してるという程度なんですが、そっちをすっかり忘れているので、それが勿体なかったかも。ニックが出てたのは覚えてるし、忘れてても本筋には影響しないんですが、この本での出来事がニックの人格形成にかなり影響してたというのだけは覚えてるので...。やっぱりこういうのって順番通りに読みたいですね。(訳してもらえただけでも有難いのですが!)(創元ブックランド)


バビロンまでは何マイル? ......How many miles is it to Babylon?
三かける二十と十マイル。 ......Threescore miles and ten.
蝋燭の灯で行けるかな? ......Can I get there by candle-light?
ああ、行って帰ってこられるさ。 ......Yes, and back again.
足が速くて軽ければ ......If your heels are nimble and light,
蝋燭の灯で行けるとも。 ......You may get there by candle-light.


+シリーズ既刊の感想+
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / / /

 [amazon]
アウヘンスキオフ城に住むキャサリンと村に住むケイトは、幼い頃から大の仲良し。なかなか自由には会えないものの、少しでも機会をみつけては一緒に過ごしていました。キャサリンが12歳になる頃、乳母のゲルダが結婚して外国に行くことになり、キャサリンの父は新しい乳母を探す代わりに、ケイトの母親のグリゼル・マックスウェル夫人と再婚。キャサリンとケイトは姉妹となることに。しかしグリゼルは魔女だったのです。野育ちのケイトが、美しく気立ての良い継子キャサリンに負けているのを見たグリゼルは、夫の留守の間にじわじわとキャサリンを追い詰め始めます。

スコットランドのギャロウェイ地方に伝わるケイト・クラッカーナッツの伝承がメインモチーフになっているんですが、ブリッグズがその背景として選んだのは17世紀半ばのスコットランド。1649年のチャールズ一世の処刑とそれに続く内戦という激動の時代を舞台にしています。読んでいると、まるで歴史小説みたい。でもそんなところに妖精や魔女が登場しても、全然違和感がないんですよね。逆に、そういう存在が本当にスコットランドやイングランドの日常に根ざした存在だったんだなあと感じられるほどです。
継母が実は魔女だったというのは、「シンデレラ」を始めとするおとぎ話によくあるパターンなんですが、先妻と後妻の娘同士が実の姉妹のように仲良くなるという展開はちょっと見ないですね。ケイトは、キャサリンを母親の悪意から守ろうとしながらも、母親に愛情を示されるとやっぱり嬉しくなるし、魔女を忌まわしく感じながらも、同時に強く惹かれるものも感じているし、キャサリンのためには魔女が死んで嬉しいけど、母親を失うのはやっぱり悲しいんですよね。でもそんな板ばさみの状況もしっかり受けとめていて、基本的に守られるだけのキャサリンよりもずっと魅力的でした。この2人、どちらも「ケイト」ですけど、「ケイト・クラッカーナッツ」と呼ばれるのは、キャサリンではなくてケイトの方。やっぱり彼女が主人公なんですね。(岩波書店)


+既読のキャサリン・ブリッグズ作品の感想+
「妖精 Who's Who」キャサリン・ブリッグズ
「魔女とふたりのケイト」K.M.ブリッグズ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
小さな村の産婆として暮らしている「わたし」は、娘のアーザと2人暮らし。「醜い女」と呼ばれる「わたし」とは裏腹に、5歳のアーザはとても美しい女の子。「わたし」は、村の女バーラの口利きで村人や近隣の貴族のお産を手伝い、アーザのために治療師として悪魔を追い払うことも勉強し始めます。

「ヘンゼルとグレーテル」を本歌取りしている作品。物語はヘンゼルとグレーテルがお菓子の家にやって来るずっと前から始まります。魔女がまだ魔女ではなかった、娘を愛する普通の母親だった頃に始まる物語。
ただ一度の失敗が女魔術師を追い込んで、娘を守るためとは言え、本物の魔女にしてしまうんですよね。「わたし」は、悪魔の誘惑に耳を貸さないように気をつけて暮らしてるんですが、それでもじわじわと周囲から追い詰められてしまいます。...でもこれを読んでると、魔女と人間の決定的な違いって何なんだろう?って思っちゃうんですよね。結局のところ、彼女は本当に魔女になったんではなくて、なったと思い込まされていただけのような気がしてしまう...。それに彼女を本物の魔女にしてしまったのは物語の上では悪魔なんですけど、本当は村人たちだと思うんですよね。病気や出産の時に、「わたし」にたびたび助けられていたのに... そのことを忘れなかったのは、ペーターという少年1人だけ。
1人の女性の哀しい末路の物語であり、同時に魔女を焼き殺してしまったグレーテルの行動に対する免罪符ともなる物語。グリム童話が残酷だというのはよく言われることですが、これもまた残酷な別の話です。(青山出版社)


+既読のドナ・ジョー・ナポリ作品の感想+
「逃れの森の魔女」ドナ・ジョー・ナポリ
「クレイジー・ジャック」ドナ・ジョー・ナポリ
「バウンド 纏足」ドナ・ジョー・ナポリ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

 [amazon] [amazon]
湖のほとりのカシの木に金の鎖で繋がれている博学の猫が語ったのは、遥か彼方の国の物語。若い魔女・チンギスは、ある日叫び声を聞きつけます。それは冷酷非常なギドン皇帝のただ1人の息子、サファ王子の声。皇帝は世継を得るために結婚し、后も無事に懐妊したものの、いざ世継が生まれるとなると自分の地位への不安を感じた皇帝は、サファを宮殿の一番高い塔のてっぺんの部屋に閉じ込めたまま忘れてしまったのです...という「ゴースト・ドラム」。
アイスランドの邪悪な魔法使い・クヴェルドルフは、最果ての国・テューレの女王が結婚相手を探していると聞き、我こそはと考えます。そしてアイスランドで一番語るのが上手いネコのトードという男に、女王の前で自分を称えてもらおうと考えるのですが、両親の死のきっかけとなったクヴェルドルフの行いを忘れていないネコのトードは、申し出をきっぱりと断ります... という「オーディンとのろわれた語り部」。

スーザン・プライス2冊。
「オーディンとのろわれた語り部」は、アイスランドの民話にヒントを得てスーザン・プライスが作り出した作品だそうです。これはこれで悪くなかったんですけど... 私にはちょっと短すぎたかも。字も大きくて読みにくかったんですよね。この2冊を比べてしまうと、断然「ゴースト・ドラム」が良かったです。なのに「ゴースト・ドラム」の画像がなくて残念。
「オーディンとのろわれた語り部」はアイスランドが舞台。でも「ゴースト・ドラム」はどこなんだろう... 1年の半分が冷たく暗い冬だという凍てついた国、ということしか書かれていません。それだけならアイスランドでも良さそうなものなんですが、北欧神話系ではないですね。むしろロシアの雰囲気。スラヴ系の神話かな? 博学の猫が語るという形式がとても雰囲気を出していて良かったし、魔女がチンギスを育てていく過程も面白かったし... 魔女は普通に子育てをするのではなくて、ゴースト・ドラムという太鼓を叩きながら歌うんです。丸1年間歌い終わった時には、最初毛布にくるまっていたはずの赤ん坊は、既に20歳の娘に! 魔法の修業も面白かったです。世界で最も大切な3つの魔法とは「言葉」「文字」「音楽」という話にも、すごく説得力があって。
一応児童書なんですけど、児童書とは到底思えない作品。壮絶に血が流され続ける暗い歴史、といったところは「エルフギフト」(感想)と共通していて、あとがきで金原瑞人さんが書かれている通り、いわゆる「教育的配慮」がまるでないんですね。でもこれが凄い迫力。短い作品ながらも強烈なインパクトがあって、ずっしりと重い手ごたえがありました。寸分の無駄もないって、こういう作品のことなのかも。この作品はシリーズ物で2作の続編があるようなので、ぜひ訳して欲しいなあ。(福武書店・徳間書店)


+既読のスーザン・プライス作品の感想+
「エルフギフト」上下 スーザン・プライス
「ゴースト・ドラム」「オーディンとのろわれた語り部」スーザン・プライス
「500年のトンネル」上下 スーザン・プライス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

   [amazon] [amazon] [amazon]
魔法の力を授かったフィンカイラの若者たちは、7つの魔法の基礎を学び終えると、力呼びの儀式のために魔法の楽器作りに取り掛かる慣わし。14歳になったマーリンもサルテリーという小さな竪琴を作ります。儀式が成功ならサルテリーはひとりでに鳴り出し、魔法の力を呼び起こすはず。しかし儀式が上手くいくかと思われたちょうどその時、弦が一斉に切れてサルテリーは空中で燃えてしまったのです。そこに現れたのは、ドワーフ族の女王であり魔術師でもあるウルナルダ。はるか北の失われし地ロストランドで伝説の皇帝竜・バルディアグが目覚めようとしており、マーリン以外にバルディアグを倒せるものはいないというのです。

ということで、3巻から5巻まで一気に読みました。3巻ではまだ作者が無理矢理波風を立ててるように感じてしまったし、読んでいて歯がゆくなってしまうほど未熟なマーリンにうんざりしてたんですが、4巻になっていきなり面白くなりました。物語の展開としてもとても自然になったと思います。作者がマーリンの頭を押さえつけておく必要もそろそろなくなった? しかも、マーリンの将来と直接的に繋がる部分があったのも面白かった。なんだかT.H.ホワイトの「永遠の王」(感想)みたい!と思う場面もありました。5巻は4巻ほどではなかったけど、まずまず、かな。
ただ、本国ではこの続編として、「アバロン」シリーズも刊行されているところなんだそうですが、それが訳されても、読むかどうかは...。今回の主人公はマーリンではないようなんですけどね。書いてる人は同じだからなー。(主婦の友社)


+シリーズ既刊の感想+
「マーリン」1・2 T.A.バロン
「マーリン」3~5 T.A.バロン

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
アンドルー宛てに送られて来たのは奇術の本。アンドルーは仕事で訪れたイギリス北部の町で、その本を送りつけてきたケイト・エンジャという女性に会うことになります。アンドルーとケイトの曾祖父は、どちらも"瞬間移動"を得意としていた奇術師。2人の奇術師の間には生涯に渡って確執があったというのですが... という「奇術師」。
爆弾テロに巻きこまれ、記憶を失った報道カメラマンのリチャード・グレイの元に、かつての恋人だというスーザンが現れます。彼女のことを何1つ思い出せないリチャード。それでもその再会がきっかけとなり、リチャードは徐々に記憶を取り戻し... という「魔法」。

クリストファー・プリースト2冊。
ご存知の方はご存知のように、去年からハヤカワ文庫FTマラソン(?)をやっているので、いずれは読むつもりでいたんです。去年は1~100を読んだので、今年は主に100番台の作品を読書中。でもこの本はどちらも300番台。そのままだと再来年になってしまうなあ、なんて思ってたんですけど... 奇妙な世界の片隅でのkazuouさんに、「いの一番に読むべき作品」と言われてしまって! いの一番とまではいかなかったんですが、読んでみました。最初はこの2冊の感想をまとめて書くつもりはなかったんですけど、でもこれはどちらもネタバレをせずに感想を書くのが難しいー。
いや、凄かったです。「語り=騙り」というのはこういうことだったのか、と思い知らされました。一体どこからどこまでが真実? ていうか、真実って何? 構築されつつ、同時に崩壊していく物語。もうね、「魔法」のオチが凄いんです。これって、これって、もしかして?!?
「奇術師」も面白かったけど、「魔法」の方が良かったな。それに「奇術師」のエンディングには、妙に既視感があるんですよね。この作品は初読だし、ラストだけ先に読んだなんてことは絶対ないし、ネタバレされてしまったなんてこともないし、他の作品を思い出しているわけでもなさそう... 多分。なのに、ラストのあの場面に関しては、受け入れ態勢がすっかり整っていたのはなぜなんでしょう。映像付きの既視感。映画の予告ですら1回も見ていないというのに。夢にでも見たのかしら、このオチ。(笑)(ハヤカワ文庫FT)


+既読のクリストファー・プリースト作品の感想+
「奇術師」「魔法」クリストファー・プリースト
「双生児」クリストファー・プリースト
「逆転世界」クリストファー・プリースト

| | commentaire(8) | trackback(2)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
アーサー王伝説で有名な魔法使い・マーリンの少年時代の物語。作者のT.A.バロンは、アメリカ生まれのアメリカ育ちながらもオックスフォード大学に留学し、ケルトの伝説やアーサー王文学に惹きつけられたのだそう。そしてどの伝説にも書かれていないマーリンの少年時代、魔法使いになるまでの物語を書いたのだそうです。
第1巻は記憶を失った少年・エムリス(マーリン)が幻の島・フィンカイラに辿り着いて、悪神・リタガウルに操られるスタングマー王を倒す物語、第2巻は荒れ果てたフィンカイラの大地を蘇らせる役目を担ったエムリスがその役目を途中で放り出した結果、母親がリタガウルの策略にひっかかってしまい、母親を助けるために7つの歌の極意を探る旅に出る物語。

アーサー王伝説をモチーフにしてるとくれば、しかも主人公がマーリンとくれば、読まずにはいられないんですけど... うーん、これはどうなんでしょう。アーサー王伝説に繋がる世界を作り上げようと色々頑張ってるのは分かるんだけど、どれもこれも小ワザに見えてしまうー。いくらギリシャ神話やケルトの伝承を持ち出してきても、それだけではアーサー王伝説の重厚さは描けないと思うんですよねえ。そしてそれ以上に、主人公に感情移入できないのがツラいところ。もうほんと、鼻持ちならない少年なんです。しかも作者が物語に波風を立てるために、マーリンをなかなか成長させないでおこうとしているように感じられてしまったのが...。主人公が失敗を通して成長していくのはいいんですけど、そこに説得力を出すかどうかは、作者の腕の見せ所のはず。それに、2巻の7つの歌の極意を知る旅という展開は、すごく面白いものになりそうだったのに、それぞれの極意があっさりと分かってしまったのが残念。この辺りがもう少しじっくりと書き込んであれば良かったのに。きっと7つというのが多すぎたんでしょうね。それなら5つとか3つでは? ケルト的には、どっちの数字でも良かったでしょうに。
これがどんな風にアーサー王伝説に繋がっていくのか見届けたいので、こうなったら全5巻読むつもりですが、次こそちょっとは成長しておいてよ、マーリン!と言いたい気分です。(主婦の友社)

これを読んでいたら、無性にロイド・アリグザンダーのプリデイン物語シリーズが読みたくなってきました。プリデイン物語シリーズ、子供の頃に好きだったんですよね。子供心にも深みが少し足りないような気はしたんですが(笑)、マビノギオン(感想)がベースになってるそうなので、今読んだらその頃とはまた違う意味でも色々と面白いのではないかと。私にとっては、初ケルトの作品だったのではないかと思います。


+シリーズ既刊の感想+
「マーリン」1・2 T.A.バロン
「マーリン」3~5 T.A.バロン

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: /

[amazon]
悪の女王バヴモルダが恐れているのは、身体に特別な「しるし」を持つ赤ん坊の誕生。バヴモルダの仇敵、フィン・ラジエルが、その子供によってバヴモルダが破滅すると予言をしていたのです。バヴモルダは辺り一帯の妊娠6ヶ月以上の女を全てとらえて城で出産させ、娘のソーシャにしるしがついた赤ん坊がいないかどうか調べさせていました。そしてとうとう、しるしがついた赤ん坊が生まれたのです。助産婦は赤ん坊を連れて逃げ、追っ手につかまる前に川まで辿り着き、赤ん坊を小舟に乗せて逃がします。赤ん坊を乗せた舟は川を下っていき、その舟を見つけたのはネルウィン族のウィローの2人の子でした。

ジョージ・ルーカス原案、ボブ・ドルマン脚本の映画「ウィロー」のノベライゼーションだそうなんですが、映画は観てません。ノベライゼーションは好きじゃないんですけど(どうもすかすかしてるイメージが...)、脚本にはないけれどジョージ・ルーカスの頭の中にあったという物語の背景や、ウェイランド・ドルーのオリジナル部分が色々と書き込まれているそうで、そういう意味では割とまともな小説になってました。
でも話自体が善と悪の対決という単純なものだし、光の女王が生まれたとは言ってもまだ赤ん坊なので、本当にその資質があるのかどうか、今ひとつ説得力がない状態。皆に愛されて、人間だけでなく動物たちにも助けられるというのも1つの資質なんでしょうけどね。そして主人公のウィローは、「指輪物語」のホビットみたいな小さな種族の生まれなんですが、小さな人を登場させる意味も全然ないのでは? うーん、何なんでしょうねえ...。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
小国・アプミーズを治めるピーター王には、ブレイズ、ヒュー、グレゴリー、ラルフという4人の息子がいました。穏やかではあっても、小さく地味なアプミーズを徐々に狭苦しく感じるようになった4人は、他国の人々の暮らしぶりを見たくてたまらくなり、とうとうピーター王は4つのくじと財宝の入った3つの合切袋を用意します。4人のうち3人は北、東、西へ旅立ち、一番短いくじを引いた者は館に戻り王国を継ぐことになったのです。くじの結果、ブレイズとヒュー、グレゴリーはそれぞれ従者と共に旅立ち、末子のラルフはお館に残ることに。しかしラルフは翌朝未明に起きると密かに旅立ちの準備を整え、南へと旅立ちます。

工芸家、装飾デザイナーとして有名なウィリアム・モリスの書いた散文ロマンス。アーサー王伝説の中にあってもおかしくないような、中世の世界を舞台にした騎士や貴婦人と探求の物語。J.R.R.トールキンやC.S.ルイスは、モリスをファンタジー作家として高く評価していて、大きな影響を受けたのだそうです。
永遠の命を得られるという「世界のはての泉」を求めるラルフ王子。最初は無邪気な若者だったラルフが、雄々しく気高い騎士へと変わっていくという寓話的な成長物語なんですけど、それがゆったりと優美に描かれているという感じで、すごく素敵でした。現代の小説が持つジェットコースター的躍動感はまるでなくて、どちらかといえば淡々と進んでいくんですけど、それが静かな深みを感じさせるというか... 読んでいると清々しい気持ちになります。そしてラルフの帰りの旅も丁寧に描かれているのが、またいいんですよねえ。行きの旅で通った町を通ることによって、ラルフの成長ぶりが再確認されているみたい。それに最後まで描かれることによって、物語が綺麗に閉じたなあと感じられました。ただ、あのグロリアという名前は何だったんだろう? それだけは気になります。やがて得る栄光(glory)のこと?
本の表紙の模様は、モリスのウォール・ペーパー"Hammersmith"と"Grafton"。初版のケルムスコット・プレス版の時のバーン=ジョーンズの木版画が挿絵として使われていて、とても素敵です~。こういう絵って大好きなんですよね。(晶文社)


+既読のウィリアム・モリス作品の感想+
「世界のはての泉」上下 ウィリアム・モリス
「理想の書物」ウィリアム・モリス
「輝く平原の物語」ウィリアム・モリス
「ジョン・ボールの夢」ウィリアム・モリス
「ユートピアだより」ウィリアム・モリス
「不思議なみずうみの島々」上下 ウィリアム・モリス
「世界のかなたの森」ウィリアム・モリス
「サンダリング・フラッド」ウィリアム・モリス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
南イングランドのサクソン人の王国で臨終の王・エアドムンドを取り囲んでいたのは、王の兄弟で唯一の生き残りのアセルリックと、王妃との間にできたアンウィン、ハンティング、ウルフウィアードの3王子。王は次の王を指名しておらず、このままでいけば、賢人会議はアセルリックを指名するのではないかと考えられていました。しかしその時、エアドムンドが意識を取り戻したのです。エアドムンドが次の王にと指名したのは、エアドムンドと森のエルフの間に出来た子のエルフギフト。母親はエルフギフトを産み落としてすぐに死に、王はエルフギフトを乳母に託して農場に住まわせ、そのままになっていました。王の言葉を聞いたアンウィンは、早速弟のハンティングにエルフギフトを討つように言い、ハンティングは兵士を引き連れて農場へと向かいます。

いやー、面白かった。一応児童書なんですけど、ものすごく生々しくて力強くて、重厚な物語でした。
表向きは血族同士で王位を巡って骨肉の争いを繰り広げる物語で、同時にゲルマン神話のオーディンやトールを信仰する人々と、唯一神であるキリストを信仰する人々の対立の物語でもあるんですけど、それ以上に、神話の世界と地続きのような物語なんです。本の紹介にも「ゲルマン神話の世界観で語られる重厚なファンタジー」とある通り、ワルキューレやオーディンが登場するし、柱に刺さっている「オーディンの約束」という剣をエルフギフトが引き抜く場面は、まるでニーベルンゲン伝説。でも、同じぐらいケルト神話の要素も入ってますね。半人半エルフのエルフギフトは、まるでケルト神話のクーフリンみたい。同じように異界で戦う技術を身につけるし、同じように死期も既に定められているんです。エルフギフトがワルキューレに連れられて行く異界の描写は、ヴァルハラというよりもむしろティル・ナ・ヌォグのイメージ... というのは個人的な印象なんだけど... そして叫ぶ石とか大釜といったモチーフもケルト的。...なんて細かいことはどうでもいいんですけど。(笑)
一応主人公はエルフギフトのはずなんですけど、でもむしろ神々の物語のような気がします。この物語に登場する人々は、それぞれに最善を尽くしてはいるんだけど、所詮は神々の操る駒にすぎないような... 神々の気紛れに振り回されてるという印象。そしてそれはエルフギフトも同じ。半分のエルフの血のせいか人間の世界にはあまり馴染んでいなかったエルフギフトも、本来なら神々の側に入る資格を持っていたようなのに、愛するワルキューレを失う覚悟でウルフウィアードの助命を嘆願した時に、その神性が失われてしまったようなんですね。それも神々の気紛れとしか思えない... だからこそ、最後にエルフギフトの血が流される必要があったのかな、とも思うんですが。...圧倒的な死と再生の物語でした。でも物語が幕を引いても、そこにあるのは平和な世の中ではないんですよね。
いや、いいですねえ、スーザン・プライス。他の作品も読んでみたいです!(ポプラ社)


+既読のスーザン・プライス作品の感想+
「エルフギフト」上下 スーザン・プライス
「ゴースト・ドラム」「オーディンとのろわれた語り部」スーザン・プライス
「500年のトンネル」上下 スーザン・プライス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
風も波も土地も、全てのものが音楽でコントロールされている世界... 歌使いになるための訓練が行われているこだまの島では、少し前から続いている嵐のために難破した本土の船の破片を探すために、年長の生徒たちが浜辺へと出てきていました。ひどい頭痛に悩まされていたライアルもその1 人。そんなライアルの耳に聞こえてきたのは、今まで一度も聞いたことがない、荒々しい歌。奇妙な船がやってきて、子供たちが食われてしまうという歌詞に、ライアルは思わず悲鳴を上げます。それは半人のマーリーの歌声。周囲の生徒たちには全く聞こえず、ライアルだけがそれを聞いたのです。一方、日頃からライアルを敵視し、上の者たちが自分の能力を軽視していると考えていたケロンは、洞窟の中で難破した船に乗っていた水夫を見つけ、その水夫を助けてこっそり本土へと渡ろうと考えていました。

エコリウムの5つの歌という言葉のない歌が支配する世界が舞台の物語。この世界の歌使いたちは時と場合に応じて、夢の歌チャラ、笑いの歌カシュ、苦しみの歌シー、恐怖の歌アウシャン、死の歌イェーンを歌い、聴いた者の記憶や感情をコントロールするという設定。歌が力を持つ世界という設定自体は、きっと他にもあるんでしょうけど、それでも魅力的。5つの歌は、ちょっと「古王国記」(感想)に出てくるハンドベルみたい。でも、巻頭に「「歌使い」たちの世界へのガイド」として、登場人物や語句に関する説明があるんですけど、こういうのって本来なら物語の中で説明されるべきですよね。まず本文ありきのはずなのに、ここの説明は物語の中の説明よりもずっと詳しいんです。全然分からない世界の物語なので、実際にはこのページがあって助かったんですけど、やっぱり何か違ーう。本文中の説明がもっと丁寧だったら良かったのに。長くなってしまうのは分かるんですけど、でも異世界を描く時には、もっときちんとに描写して欲しいです。
中には残酷な場面もあったりして、その辺りは正直好きではないんですが、マーリー(人魚)やケツァル(鳥人)といった半人たちを交えた物語自体は、なかなか面白かったです。でも主人公のはずのライアルよりも、ケロンの方が印象が強いような... まるでケロンの成長物語のようでした。(サンマーク出版)


+既読のキャサリン・ロバーツ作品の感想+
「ライアルと5つの魔法の歌」キャサリン・ロバーツ
「バビロン・ゲーム」キャサリン・ロバーツ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
スターリング城にやって来たのは、追放された魔術師のホリス・キュー。前王の時にベンの元いた世界に追放されたホリスは、そこで宗教団体を作って荒稼ぎをしていたのですが、イカサマが信者にバレて、ランドオーヴァーに逃げ込んできたのです。しかも唐草箱の中に封じ込められていた強大な魔物のゴースも解放してしまっており... という「大魔王の逆襲」。スターリングシルバー城にやってきたのはリダル王と名乗る人物。妖精の霧を超えてランドオーヴァーを征服しにやって来たというリダルに、ベンとウィロウはミスターヤを河の長のところへ避難させようと考えるのですが、その途中で魔女のナイトシェイドに襲われ、ミスターヤは攫われてしまい... という「見習い魔女にご用心」の2冊。

先日3冊読んだので、忘れないうちに続きの2冊を... ということで、やり手の弁護士が百貨店の通販カタログで魔法の国を買って、そこの王様になってしまったランドオーヴァーのシリーズ。シリーズ物で1巻が一番面白いというのはよくあることだし、実際このシリーズもそうなんですけど(笑)、でも今回読んだ4巻5巻も悪くなかったです。1冊ずつとったら、まあ普通なんですが(失礼)、4巻5巻通して読むと魔女のナイトシェイドが大きな読みどころになっていて、それが展開そのものよりも面白かったんですよね。
この2冊、どちらも3つの視点から描かれていて、そのうちの1つがナイトシェイド絡み。4巻では、ベンとナイトシェイドとドラゴンのストラボが唐草箱の中に閉じ込められるんですが、3人(?)とも記憶を失って、「騎士」「貴婦人」「ガーゴイル」として放浪することになります。この時にベンとナイトシェイドの関係が大きく変化するんです。これにはびっくり。そして記憶を取り戻した時にナイトシェイドが受けた衝撃といったら! 5巻でもその衝撃が尾を引いています。これまで以上にベンを憎むようになったナイトシェイドはベンを抹殺するために色々画策するんですが、その行動が愛情の裏返しというか、前巻で心ならずも親しくしてしまった自分への歯がゆさに見えるんです。自分の感情の揺れに動揺してしまって、その動揺を違う感情にすり替えて自分を誤魔化してるというか。目的はベンを殺すことだけなのに、その割に「見習い魔女」にきちんと魔法を教え込んでるところも、なんか意味深な気が~。これまでは、「面白いアイディアがいくつかあったので、適当に放り込んで作ってみました」的なところがあって、あと一歩何かが足りなかったんですが、5巻にしてようやく深みが出てきたような気がします。
でもこのシリーズは、とりあえずこれでオシマイ。まだまだいくらでも続きそうだし、実際決着が付いてない部分もあるんですが、本国でもどうやら今のところ5冊しか出てないようです。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「魔法の王国売ります!」テリー・ブルックス
「魔法の王国売ります!」「黒いユニコーン」「魔術師の大失敗」テリー・ブルックス
「大魔王の逆襲」「見習い魔女にご用心」テリー・ブルックス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
クーフリンもフィン・マックールもケルト神話の中に登場する人物。クーフリンの方が時代が古いです。アルスター伝説の時代。そしてフィン・マックールはその3世紀ほど後のフィアナ伝説の時代。サトクリフ自身によるまえがきにもあるように、クーフリンは叙事詩、英雄物語と呼ぶのに相応しいような荒々しい物語で、フィン・マックールは叙事詩というより民話や妖精物語といった感じかもしれません。多分、フィン・マックールの息子・アシーンが、妖精の女王・ニーヴと共に常若国ティル・ナ・ノーグに去ってしまうエピソードが入ってるのも大きいと思うんですけどね。これは浦島伝説のように、何年か経って戻って来てみたら何百年も経っていたというものです。
先日読んだO.R.メリングの「ドルイドの歌」にクーフリンの牛捕りのエピソードが描かれていたので久々にこの辺りを読みたくなって、まだ読んだことのなかったこの本を借りてきました。

ローズマリー・サトクリフの作品は、以前「ケルトの白馬」を読んだだけで(感想)、しかもそれはサトクリフのオリジナルな物語だったので、純粋な歴史物(?)を読むのは初めて。なのでこの2作しか知らないんですが、もしかしたらサトクリフの歴史物って、オリジナルには忠実だけど、その分遊び心はあまりないのかもしれないなあ、なんて思いました。読む前からそんな予感はしてたんですけどね。クーフリンに関して言えば、O.R.メリングの描き出したクーフリンの方が意外な少年らしさがあって好きだったし、フィン・マックールに関して言えば、「オシァン ケルト民族の古歌」があんまり良かったものだから(感想)、なんだかこちらがとっても散文的に思えて仕方なく... いえ、本当に散文だから仕方ないんですけど...(笑) 読みやすいのはこちらの方が上だと思うんですが、美しさとか雄々しさとか、気高さなんかがちょっと足りないような気が...。とはいえ、決してけなしているわけではなく。応用編を読む前に読むべき作品というか、この辺りの世界には、まず最初にサトクリフから入ったら楽しかったんだろうな、って感じです。きっとサトクリフは、オリジナルの空気を掴むのが上手いんでしょうね。ケルトの魅力の1つは斜陽の美。どちらも散り際が鮮やかでした。(ほるぷ出版)


+既読のローズマリー・サトクリフ作品の感想+
「ケルトの白馬」ローズマリー・サトクリフ
「炎の戦士クーフリン」「黄金の騎士フィン・マックール」ローズマリー・サトクリフ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

  [amazon] [amazon]
双子の妹・オナーがアイルランドで亡くなって1年、ローレルは再びカナダから祖父母のいるアイルランドへと来ていました。神話や伝説が好きで、妖精を信じていたオナーは、日記にローレルが知らなかった様々なことを書き残しており、どうやら何かの使命を果たす人間に選ばれていたようなのです... という「夏の王」。そして、アイルランドからカナダへと引っ越すことを決めた父親に憤慨していた少女ダーナの前に現れたのは、妖精の女王。上王(ハイキング)の使者が国境ではね返されて困っており、ダーナにその使者の役目を務めて欲しいというのです。それをすれば心の奥底にある望みを叶えてくれると言われ、ダーナは3歳の頃に突然消えたという母親のことを考えます... という「光をはこぶ娘」の2冊。

先日読んだO.R.メリングの3冊のケルトファンタジーシリーズの続きです。シリーズとは言っても話がきちんと繋がってるわけじゃないんですが、登場人物にも共通点がなかった前3冊とは違って、「妖精王の月」に出てきた人たちがちらほらと顔を見せるようになってきました。こちらも面白かったんだけど、どこか次の作品への繋ぎっぽい感じもちょっぴりあるかなあ。でも、今までは全部アイルランドが舞台で、カナダとかアメリカとかがちらっと出てくる程度だったんですけど、訳者あとがきによれば次はカナダが舞台らしいんです。そろそろ登場人物が出揃った? 次こそ色んな出会いがあるのかも~。楽しみです。
でもこのシリーズって全部で何冊になるんでしょう。Amazon.comを見る限り、次のは多分「The Book of Dreams」だと思うんですけど... 「光をはこぶ娘」の原書は2001年発行で、日本語訳が出たのは2002年。「The Book of Dreams」は2003年発行なのに、日本語訳が未だに出てないということは、何か問題でもあったのでしょうか。シリーズが終わるまで相当待たされるかもしれないですねえ。まあ、話は1冊ずつで独立してるので、次が気になって身悶えるということはないんですが。(笑)(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「妖精王の月」「歌う石」「ドルイドの歌」O.R.メリング
「夏の王」「光をはこぶ娘」O.R.メリング
「夢の書」上下 O.R.メリング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

   [amazon] [amazon] [amazon]
カナダからアイルランドに住むいとこのフィンダファーに会いに来て、一緒にアイルランド旅行に出るグウェン。しかし人質の墳墓で野営した夜、フィンダファーが妖精王に花嫁として連れ去られてしまい... という「妖精王の月」、アメリカに住む孤児のケイが、誕生日に何者からか送られてきた18冊の古い本をきっかけに、アイルランドに自分探しの旅に出る「歌う石」、カナダから親戚の農場にやって来たローズマリーとジミーは、住み込みで働いている男の行動に興味をひかれて、夜中にその男をつけるのですが... という「ドルイドの歌」の3冊。

O.R.メリングのケルトファンタジーシリーズ。O.R.メリングは5歳の時にカナダに移住したものの、アイルランド生まれで、今またアイルランドに住んでケルト色の濃い物語を書いているという作家さん。ずっと読んでみたいなと思ってたんですが、ようやく読めました!
「妖精王の月」だけ現代のアイルランドが舞台なんですが、登場する妖精の造形がとてもアイルランドらしいし、「歌う石」はトゥアハ・デ・ダナーン一族の支配するイニスフェイルの島が舞台でエリウが登場、「ドルイドの歌」はアルスター神話の時代が舞台で、クーフーリンやコノハトの女王・メーヴが登場します。噂にたがわず、どれもケルト色の濃い作品で、すごく楽しかった。主人公の女の子が素敵な男の子に出会うと必ず恋愛になってしまうのはご愛嬌なんですが(私はミディールが断然好きだ!笑)、ケルト神話をまた読み返したくなってしまうなあ。今のところ5冊出ているようだったので、とりあえず3冊借りてきたんですけど、話としては1冊ずつ独立してるんですね。でもちょこちょこと繋がりもあるので、これは最後には大きな物語となりそうな予感。残りの2冊も早速借りてくるつもり。

ところで、「妖精王の月」の2人の女の子の名前は、フィンダファーとグウェニヴァーなんですけど、フィンダファーはアイルランド系、グウェニヴァーはウェールズ系で、元は同じ名前なんだそうです。アーサー王妃のグウィネヴィアも、やっぱり元は同じ名前なのでしょうかー。「グウェニヴァー」と「グウィネヴィア」そっくりですよね。これで全然違ってたりなんかしたら、サギだわー。(講談社)
5/19追記 名前のことはその後マオさんに教えて頂きました。ありがとうございます♪


+シリーズ既刊の感想+
「妖精王の月」「歌う石」「ドルイドの歌」O.R.メリング
「夏の王」「光をはこぶ娘」O.R.メリング
「夢の書」上下 O.R.メリング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
コーンウォールの港町に、夏休みの4週間滞在することになったドルウ一家。着いた翌日は1日中雨で、サイモンとジェインとバーニイの3人のきょうだいは、早速家の中の探検を始めます。3人が見つけたのは、寝室の洋服だんすの裏に隠れていた扉と埃だらけの屋根裏部屋。そして茶色がかった分厚い羊皮紙。それは600年ほど昔に書かれた、アーサー王伝説にまつわる古文書だったのです。

アーサー王伝説がモチーフとなっている「闇の戦い」シリーズの前日譚的作品とのことで、手にとった作品。コーンウォールを舞台に、アーサー王の聖杯に「にせた形に作られた」カップや古文書を巡って、3人のきょうだいが闇と戦う物語。でも、3人の謎解きや、秘密を探り出そうとする闇の手先たちとの競争は緊迫感たっぷりだし、その手先たちはとても不気味なんですけど、闇の暗さが今ひとつ伝わって来ないんですよね。闇の側が聖杯を手にしたらどうなってしまうのかというのも、かなり概念的というか抽象的で分かりにくいし。
3人を助けてくれるメリイおじさんの正体はあっさりと見当がつくんですが、この作品ではまだ明かされてません。最後に見つかった古文書の内容も分からず仕舞い。「闇の戦い」を読めば、闇の手先たちのことも合わせてもっと分かるのかな? この作品は訳にちょっと違和感があったこともあって今ひとつだったんですけど、「闇の戦い」は浅羽莢子さんの訳だし! そちらも近々読んでみようと思います。(学習研究社)


+既読のスーザン・クーパー作品の感想+
「妖精の騎士タム・リン」スーザン・クーパー再話
「コーンウォールの聖杯」スーザン・クーパー

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

   [amazon] [amazon] [amazon]
シカゴの辣腕弁護士ベン・ホリデイは、2年前に妻とそのおなかの中にいた子供を亡くして以来、自分の殻に閉じこもりがち。弁護士会を何度もすっぽかし、最後に残った友達は同僚のマイルズ・ベネットただ1人。そんなある日、亡き妻宛てに有名デパートのクリスマスカタログが届きます。何とはなしに見ていたベンの目に飛びこんできたのは、「魔法の王国売ります」の文字。値段は100万ドル。一流デパートが出す広告とも思えないまま、ベンはその魔法の王国が気になって仕方なくなるのですが...。

ランドオーヴァーシリーズ3冊です。最初の1冊は以前にも読んだんですけど、細かい部分を忘れているので再読。(感想
いやー、やっぱり設定が面白いです。主人公が弁護士というのがいいんですよねえ。弁護士だから頭もいいし、文字通り弁も立つわけで。しかも趣味はボクシング。ちょっとは戦えるわけです。(笑)
ランドオーヴァーには魔女もいればドラゴンもいて、ノームやコボルト、シルフ、妖魔なんかもいて、思いっきりファンタジーの世界。でも主人公が大人でしかも弁護士というだけあって、物事の進め方がかなり現実的。この点、子供が主人公のファンタジーとは一味違います。そして1巻で完全にランドオーヴァーに引っ越してしまったかと思いきや、2巻3巻でもまだアメリカの場面が結構登場してました。そういうのがウリの1つなんでしょう。私としては、アメリカの場面が入るのもいいけど、基本はランドオーヴァーでお願いしますって感じなんですが。
このシリーズ、今のところ5冊出てます。5冊で完結してるのかしら? やっぱり1冊目が一番面白かったな、なんてことにもなりそうなんですけど、近いうちに読んでみようと思います。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「魔法の王国売ります!」テリー・ブルックス
「魔法の王国売ります!」「黒いユニコーン」「魔術師の大失敗」テリー・ブルックス
「大魔王の逆襲」「見習い魔女にご用心」テリー・ブルックス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon] [amazon]
いつの間にか悪夢をもたらす才能を失ってしまった夢馬のインブリは、闇の馬将軍によって、夜の悪夢の運び手から白昼夢を運ぶ任務に変えられてしまうことに。インブリは、闇の馬将軍がトレント王に宛てた「馬の乗り手(ホースマン)にご注意あれ」というメッセージを持って、生まれて初めて昼のザンスに行くのですが... という「夢馬の使命」。
トレント王が王座を退き、ドオアがザンスの王位について5年。秘密の会議をするためにゾンビーの頭の城を訪れるドオアとイレーヌ、そして3歳の娘のアイビィなのですが、城に近づいた時、イレーヌは夢馬のインブリとドラゴンとアイビィの恐ろしい幻影を見ることに... という「王女とドラゴン」。

魔法の国ザンスシリーズの6巻と7巻です。ここまでくると、もうすっかり初期のザンスシリーズからは変わってしまってますねー。登場人物たちも、すっかり世代交代の時期に来てるようです。やっぱり最初の3冊の頃の雰囲気が良かったなあ、と思ってしまいます。それでも「夢馬の使命」の方は面白かったんですけど、「王女とドラゴン」の方は... そろそろ続きを読むのがしんどくなってきました。
この「夢馬の使命」、原題が「Night Mare」なんです。そのまんま訳せば、「夜の雌馬」という意味。明らかに「Nightmare(悪夢)」とかけてるんですよね。ザンスらしいだじゃれ。で、この言葉の「Night Mare」の日本語訳が「夢馬」。そうなると「夢魔」にも通じるわけです。いつものことながら、山田順子さんの翻訳センスは見事だなあ、と本題とは関係ないところで感心してみたり。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「カメレオンの呪文 魔法の国ザンス1」ピアズ・アンソニイ
「カメレオンの呪文」「魔王の聖域」「ルーグナ城の秘密」ピアズ・アンソニイ
「魔法の通廊」「人喰い鬼の探索」ピアズ・アンソニイ
「夢馬の使命」「王女とドラゴン」ピアズ・アンソニイ

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
12世紀末のイギリス。ウェールズ近くのコルディコットの荘園領主の息子・アーサーは13歳。神父に習う読み書きの勉強は楽しいものの、目下の夢は騎士に仕える従者としての修業をすること。しかし16歳の兄は12歳の時に修業に出してもらったのに、アーサーが修業に出してもらえる見込みはまるでないようなのです。そんなある日、アーサーは父親の友人のマーリンに黒曜石の石を渡されます。絶対に秘密だと言われたその石を自分の部屋で見ていたアーサーは、石の表面に突然見知らぬ情景が映し出されて驚きます。

これは、ソニーマガジンズから全3巻の単行本で刊行されている「ふたりのアーサー」と同じ作品。角川文庫から再版されるに当たって題名が変わったようですね。でも1巻が2004年、2巻が2005年に出たのに、3巻目がなかなか出ないんです。本当は出揃ってから読もうと思ってたんだけど、積んでるのも気になるし、待ちきれなくて先に読んでしまいましたー。
獅子心王リチャードからジョン王へと移り変わろうとしているイギリスが舞台で、13歳の少年アーサーの視点から日記のように描かれていきます。最初のうちは荘園の生活が事細かに描き出されてるだけで、それはそれでとても興味深いんですが、アーサーがマーリンに石をもらってから、話が一気に動き始めるんですね。石が見せるアーサー王伝説の場面は、現実のアーサー少年の出来事とどこかしらリンクしてて、アーサー王の出生の秘密が明かされるとアーサー少年のことも明らかになったりします。...でも、そこにどういう意図があるのかはまだ不明。私はてっきりアーサー少年がアーサー王の生まれ変わりで、アーサー王がブリテンの危機に復活するという話なのかと思ったんですけど、どうやら違うようで... マーリンについてもよく分からないままだし。
それにしても、この話に登場する人たちって、ほんと全然アーサー王の話を知らないんですね。アーサー少年のおばあさんが、アーサー王のこととは知らずに眠れる王様の話をしたりするんですけど、誰もアーサー王という存在自体知らないようです。なんだか不思議になってしまうほど。字の読めない人たちはともかく、神父ですら「ティンタジェル」が何なのか全然知らないんですもん。この当時は本当にそうだったのでしょうか。
でも3巻まで全部読まないと、感想が書きにくいな。3巻は一体いつ出るんでしょう?(角川文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

   [amazon] [amazon] [amazon]
メイウェルとフリンは、アヴァロンに育った双子の兄妹。2人も生まれながらに鳥に変身できる魔力を持っており、マーリンに命じられてキャメロットのアーサー王の宮廷に入って以来、メイウェルはギネヴィア王妃の侍女として、フリンはアーサー王の小姓として仕える日々。その日メイウェルは、いつものようにミソサザイに変身して、親友であるシャロットの姫・エレインの元へと向かっていました。エレインは、心の中に写る光景をそのままタペストリーに織り上げる力を持つ少女。織り上げられた模様は、まるで見てきたかのように鮮明で、しかも少し先の未来を写し取っているのです。予言による混乱から身を守るために塔の中に閉じこもりきりなのですが、家族以外で双子の兄妹だけは、タペストリーを見ることを許されていました。そして今日メイウェルがエレインの元へとやって来たのは、メイウェルがあこがれる「白い手のユウェイン」のことで、エレインの助言が欲しかったからなのです。

「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」という3冊からなる「アーサー王宮廷物語」。
いやー、期待以上に面白かったです! アーサー王伝説を主題にした小説は沢山書かれてるんですけど、この作品の一番の特徴は、メイウェルとフリンという伝説には登場しない人物の視点から描いた物語だということ。しかもこの2人は鳥に変身できるので、本来なら見ることのできない場面もつぶさに描き出すことができるんですよね。文体がちょっと読みやすすぎる気もするんですけど、少女視点には合ってると思うし。

この作品の中で特筆すべきなのは、やっぱりエレインでしょうね。トーマス・マロリーの「アーサー王の死」には2人のエレインが登場して、これが読者の混乱の元だと思うんですけど、この作品に登場するエレインは1人だけ。そしてそのエレインの場面がすごくいいのです~。控えめで穏やかだった乙女が見せる激しい情念や、命と引き換えに1枚のタペストリーを織り上げる鬼気迫る場面が、とても印象に残ります。この作品の白眉ですね。それに「アーサー王の死」の一方のエレインが産むことになるガラハッドの出生に関しての解釈にもびっくり。でもこういう考え方ってすごく面白いです。
そしてもう1人特筆すべき人物は、アーサー王の王国の崩壊の直接的な原因となるモードレッド。モードレッドがこんなに気持ちの良い青年に描かれている作品は初めてですよー。こんなに真っ直ぐアーサー王を慕うモードレッドだからこそ、ギネヴィアとランスロットのことが許せないし、自分の出生に衝撃を受ける様子が迫ってくるんですね。以前読んだ「ひかわ玲子のファンタジー私説」で、西洋では敵は常に人間なのに、日本では「結局悪者はいなかった」というエンディングが好きだという話が出ていたんですけど、そういうのがこういうところに現れてるのかも。あと、伝説では地味な存在のサー・ユウェインも素敵だったし! サー・ユウェインとその母・モーガン・ル・フェイの絡みも良かったなあ。

従来のアーサー王伝説だと、即位した後のアーサー王個人についてはあまり描かれてなくて、ともすればランスロットの華やかさに負けがちなんですよね。武勇を発揮する場面もほとんどないし、単に妻を寝取られた男という位置づけになってしまいがち。でも騎士たちが集まってくるアーサー王の魅力というのが、最初の方で表現されているので、そういうところも好きでした。アーサー王と円卓の持つ力。だからこそ、キャメロットが徐々にその光を失っていく様子が雄弁に表されているのではないかと思いますね。
あくまでも大筋ではアーサー王伝説に忠実で、テニスンや夏目漱石に描かれたシャロットの姫を大きく登場させながらも、その解釈は独自の物語。これならアーサー王物語に詳しくない読者はもちろん、ある程度詳しい読者も楽しめるのではないでしょうかー。(筑摩書房)


+既読のひかわ玲子作品の感想+
「ひかわ玲子のファンタジー私説」ひかわ玲子
「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」ひかわ玲子
「イスの姫君」ひかわ玲子

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

[amazon]
「わたし」がその男に出会ったのは、ウォーリック城の中でのこと。まるで親友や敵や、ごく親しい近所の人の話をしているかのようにベディヴィア卿やボース卿、湖水の騎士ランスロット卿、ギャラハッド卿の話をするその男は、コネティカット州ハートフォード生まれの生粋のヤンキー。以前自分の工場の男に頭の横っぺらを殴られて気を失った時、気がついたら6世紀の英国にいたことがあるというのです。ケイ卿に囚われた彼は火刑にされそうになり、しかしその3日後に起きる皆既日蝕のことを思い出して危ういところで命拾い。魔法使いのボス卿として、マーリンを差し置いてアーサー王の大臣兼執務官となることになります。

19世紀のアメリカ人が突然アーサー王時代の英国にタイムスリップしてしまうという作品。そういうのをマーク・トウェインが書いちゃうというのがすごいなあと思ってたんですが、ようやく読めました! マーク・トウェインの時代だったらタイムスリップというだけで新鮮だったんじゃないかと思うんですが、行った先のその時代に合わせるのではなくて、現代技術(マーク・トウェインにとっての「現代」なので19世紀です) をどんどん持ち込んでしまうというのがユニーク。石鹸みたいな日常に便利なものはもちろん、電話や電気みたいな色んなものを作っちゃうんです。工場を建て、人材を育成し、最終的に目指すのは共和制の世の中。
皆既月食の日時を正確に覚えているところはあまりに都合が良すぎるし(確か○年... ぐらいならまだしも、○年○月○日○時○分に始まる、まで覚えてるんですもん)、19世紀の産業を6世紀の世の中ににこんなに簡単に移行できるはずはないとも思うんですが、それでも奇想天外な物語が面白かったです。自分の置かれた状況をくよくよと思い悩んだりせず、19世紀の知識を利用してどんどん前向きに対処していくところはいかにもアメリカ人のイメージ~。それに確かにこの時代には色々問題もあったんでしょうけど、現地の人の気持ちをあまり考えようともせずに物事をずんずん進めていっちゃうのも、アメリカ人っぽい~。(失礼) これがアメリカ人作家の作品じゃなかったら、アメリカ人に対する強烈な皮肉かと思うところです。でもどうやらこれは、南北戦争後の南部人を北部人から見た風刺的な視線といったところみたいですね。アーサー王と宮廷の騎士たちは、思いっきり頭の悪い野蛮人扱いされています。^^; (ハヤカワ文庫NV)

| | commentaire(3) | trackback(1)
Catégories: / / / / /

[amazon]
濃い霧にまかれて道に迷ったガウェインが辿り着いたのは、ゴーム谷のグリムの屋敷。ガウェインはどこか不吉なものを感じながらも、ここで一夜の宿を取ることに。夕食後、用意されていた部屋に戻ったガウェインは、寝台にグリムの娘・グドルーンがいるのを見て驚きます。なんと父親に言われて来たのだというのです。その場は礼儀正しくグドルーンを退けるガウェイン。しかしガウェインは後日グリムに、娘を襲ったという濡れ衣を着せられて訴えられ、そのために「すべての女が最も望んでいることとはなにか?」という問いの答を探すことに。

「五月の鷹」とはガウェインのこと。その題名通り、アーサー王伝説のガウェインが主人公の物語です。これは児童書なのかな? 伝説のエピソードが色々組み合わせられていたり、元の話に囚われずに自由に発展していて、意外なほど面白かったです~。特に楽しかったのは、時折他のエピソードらしきものが顔を出すところ。閉じ込められてしまったマーリンも声だけで登場しますし、あとはガウェインが1年間の探求の旅に出ている時に、とある泉に辿り着く場面が好き♪ これは「マビノギオン」で、「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」にも登場する泉です。そこには「なにかを待ち望んでいるような雰囲気」があり、ガウェインも何かをしなければいけないと感じるのですが、「たとえここに探し求めるべき冒険があるとしても、それは私がおこなうものではないのだ」と分かって、ガウェインは水を飲むだけで立ち去ることになります。確かにこれはガウェインではなくて、従兄弟のイウェインの冒険。こんな感じで、「あそこに繋がっていくのかな?」みたいな部分が色々あるんです。あとがきで訳者の斎藤倫子さんが「作者自身も楽しんで--ほとんど遊び心といってもいい感覚で--書いたもののように思われてなりません」と書かれていましたが、本当にその通りなのではないかと思います。
ガウェインの弟たち、アグラウェインやガヘリス、ガレスも個性的に描き分けられていたし、グウィネヴィアもちょっと珍しいほど素敵な女性に描かれていました。ただ1つ不満なのは、老婆・ラグニルドが必要以上に下品に振舞っているようにしか見えないこと。下品に振舞って尚、認められることが必要だった? それとも下品な性格もまたラグニルドにかけられた魔法のうち? 確かに伝説の方でもその通りなんですけど、ここに一言添えられていたら、もっと説得力があったのになあ。(福武書店)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon] [amazon] [amazon]
1194年春。ハンティントン城では、十字軍遠征から無事生還したハンティントン伯爵の嫡男・ロバートの帰還を祝う会が開かれていました。レイヴンスキープのサー・ヒュー・フィッツウォーターの娘・マリアンもまた、祝賀会に出席した 1人。マリアンの父は1年前に十字軍で戦死しており、ロバートに父の最期ことを聞けるのではないかと考えていたのです。しかしロバートがマリアンに伝えたのは、ノッティンガムの代官と結婚せよという父の言葉で...。

「シャーウッドの森の物語」全3巻。ロビン・フッド物です。
ここでのロビン・フッドは伯爵の嫡男ロバート、マリアンは騎士の娘。そしてロバートは、他の話にあるような明るくて快活な若者ではなくて、十字軍の遠征によって様々なものを失い、傷つき、悪夢や幻影に悩まされてる内省的な若者。英雄としてもてはやされても、そんな周囲を冷めた目で見ちゃってます。なので普通のロビン・フッド物とは全然雰囲気が違いました。痛快な冒険も全然ないまま、淡々と...。話が進むに連れてお馴染みの面々も登場するし、リトル・ジョンとの一騎打ちなんかもちゃんとあるんですけどね。同じように戦っても、雰囲気が全然違ーう。タックなんて、イメージ通りだったのは大食らいという部分ぐらいで、それで本人は真剣に悩んでたりするし、もうほんと悩んでばっかり! 訳者解説にロビンがハムレットみたいだってあったんですけど、この悩みっぷりを見てるとタックの方がハムレットに相応しいかも。(笑) そしてこの作品、主役はマリアンなんです。そのせいか、まるでマリオン・ジマー・ブラッドリーの作品のようにフェミニズム色の濃い作品になってました。この時代の女性の義務や立場、結婚・貞操について繰り返し繰り返し書かれ... うーん。
面白かったのは、当時の風俗についてかなり詳しく描かれていること、かな。ハンティントンの城やレイヴンスキープのマリアンの屋敷、そしてノッティンガムの祭りの賑わいや森の中などが、とても生き生きと描かれていて、それは楽しかったです。
と、そんな感じなので、従来のロビン・フッド物を期待して読むと、がっかりしちゃうかもしれません。ま、これも1つの解釈として面白かったんですけどね。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ニムエという乙女にぞっこん惚れ込んでしまい、自分の知っている全てのことをニムエに教えたマーリン。しかしそれが仇となり、マーリンはニムエに荒野の岩の中に閉じ込められてしまうことに... というのは、トーマス・マロリー「アーサー王の死」に伝えられるエピソード。ここに描かれているのは、岩の中に入ったのは実はマーリンの自発的な意志で、しかもマーリンはそこで長い眠りについているだけ、という物語。時々目を覚まし、自分の生涯のことを追想し、またしても夢の世界に漂っていきます。

マーリンのみる9つの夢の物語。副題が「アーサー王伝説物語」なんですが、実際にはほとんどアーサー王伝説には関係なかったです。冒頭のマーリンとニムエのエピソードぐらいで、アーサー王の名前も騎士たちの名前も全然でした。それでも中世の騎士たちの時代を彷彿とさせる雰囲気はたっぷり。1つ1つの物語はごく短くて、いかにも夢らしく断片的なんですが、同時にとても幻想的なんですよね。特に最初の「さまよえる騎士」で活躍するサー・トレマリンなんて、見た目も冴えない中年の酒飲みの騎士。全然勇ましくないし、時には騎士とは言えないような作戦で敵に勝とうとするし、「高潔」という言葉からは程遠いところにいるんです。話も設定こそファンタジーっぽいんですけど、どちらかといえばミステリ系で、最後にびっくり。なのに、この中にあるだけで、1枚紗がかかったような感じになるんですよね。どこか特別な空気に包まれているような...。
9編の中で私が特に気に入ったのは、「乙女」と「王さま」。「乙女」での犬の描写はあまりにリアルで、それだけでも別世界にさまよい込んだような錯覚があったし、「王さま」に登場する緑のマントの男がとても不思議で魅力的。そしてそんな物語に、アラン・リーの挿画がふんだんに使われていて、とても美しい一冊となっています。(原書房)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

[amazon] [amazon]
「おしろいとスカート」
妖精に育てられた少年王スーシとミニョン・ミネット姫の物語「ミニョン・ミネット」、貧しい農夫が撫子の鉢と銀の指輪を残した娘のフェリシアは実は姫君だった...という「フェリシア-または撫子の鉢」、宮殿の門衛となったジョンは、姫を笑わせるために、姫に求婚し定め通り幽霊屋敷で一夜を明かすという「ジョンと幽霊」の3編。
「十二人の踊る姫君」
2人の妖精の女王の座の争いに人間が巻き込まれる「ロザニー姫と浮気な王子さま」、12人のお姫さまの靴が朝になると擦り切れている謎を解けばお姫さまの1人と結婚できるという「十二人の踊る姫君」、一度は富豪になりながら全てを失った男が禁断の扉を開ける「笑わぬ男」、芝生の真ん中にいる兵士の謎を解く「ロシア皇后のすみれ」の4編。

日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。元々この2冊は1冊で、「おしろいとスカート」という題名だったみたいです。この題名は、妖精物語の変遷史の中で「パウダー(おしろい)」と呼ばれる時期と「クリノリン(スカート)」と呼ばれる時期があったことから来ているのだそう。クリノリンというのは、下に輪状の骨組みを入れてスカートをふわっと膨らませたスタイル。でも妖精物語の黄金期とも言える「パウダー」時代の作品は沢山あるのに、「クリノリン」時代の物語を探すのは、なかなか大変だったのだとか... それならなんで「クリノリン」と名付けられるような時期があるの? なんて思っちゃうんですけど、これはビクトリア時代と重なってるようなので、もしかしたら妖精は人気でも、物語よりも絵画の方が多かったのかもしれないですね。「パウダー」期と「クリノリン」期の作品の違いは、アールヌーボーとアールデコの違いみたいなイメージでした。(なんとなく、ですけどね)

私が特に好きだったのは「ミニョン・ミネット」かな。「ミニョン・ミネット」に登場するディアファニー姫は、ジョージ・マクドナルドの「かるいお姫さま」みたいだけど、マクドナルドはこの物語からヒントを得たのでしょうか? 「フェリシア-または撫子の鉢」は王子さまにおっと驚いたし、「ジョンと幽霊」はトルストイの「イワンのばか」みたいな感じ。「ロザニー姫と浮気な王子さま」は、競い合う妖精が大迷惑なんですけど、なんか許せてしまうし、「十二人の踊る姫君」は、エロール・ル・カインの絵本でも美しかったけど、こちらも素敵でした。話が微妙に違うのがまた楽しいです。「笑わぬ男」は、ホラー系。「ロシア皇后のすみれ」は、以前どこかで読んだことがあるんですけど、これって実話だったんですね。微笑ましい~。
そしてこの2冊には、カイ・ニールセンの挿絵がついてるんですけど、これがまた美しいのです。どちらも表紙の画像が出なくて残念~ なので、洋書の画像を出しておきますね。カイ・ニールセンの描く女性は皆柳腰で、どこか竹久夢二の絵を思い出します。でもとても華奢なんですけど、すっと伸びた背筋が凛としてるんです。特に好きだった絵は、ミニョン・ミニット姫がスーシを助けに行く場面。これは文句なしに美しいです。あとディアファニー姫が飛んでいってしまう場面と、フェリシアがおしゃべりな牝鶏の話を聞く場面は、2人の驚いたような表情がとても可愛いくて~。案外表情が豊かなんですね。カイ・ニールセンが活躍したのはアール・ヌーボー期なので、彼の描く絵の構図にもどこか日本の影響が感じられるようで、宮廷風の華やかさながら、なんだかとても懐かしい気がしました。(新書館)

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
ピーター、シーラ、ハンフリーにサンディーは、ラディクリフ村に住んでいる4人きょうだい。ある日、1人で町の歯医者に行ったピーターが、治療の後ぶらぶらとお店を見て歩いていると、いつの間にか見慣れない薄暗い通りに入り込んでいました。覗き込んだ小さな店の中には、ピーターが丁度欲しがっていたような小さな船が。ピーターは、店の奥から出てきた黒い眼帯をした年を取った男の人から、「いまもっているお金全部と--それから、もうすこし」を使ってその船を買うことに。

これは子供の頃から大好きな作品。北欧神話を知ったのは、この物語がきっかけなんです。だってこの物語に登場する「とぶ船」は、北欧神話の神フレイのスキードブラドニールなんですもん。そもそもピーターにこの船を売ったのは、オーディンその人。というので再読したかったのもあるんですけど... それよりも、この話にもそういえばロビン・フッドが出てきたなあ、なんて思って本棚から出してきたら、思わず最初から最後まで読んでしまったんですよね。イギリスの児童文学に多い4人きょうだいの冒険物です。

子供たちの冒険の行き先は、空間移動しさえすれば行ける現代の場所から、時間も超えなくてはいけない歴史の中まで様々。でも単に「あそこに行こう」で行って帰るだけじゃなくて、1つの冒険が次の冒険へと繋がっていくのがいいんです。例えば現代のエジプトの「岩の墓」を見に行って、そこの壁にとぶ船と4人の神々の話が書かれていると知り、次にその話が書かれたアメネハット一世の時代のエジプトに行くことにしたり。(エジプトへの旅が現在と過去を合わせて3度もあるんですけど、当時はエジプトが人気だったのかな?)
アースガルドに行って北欧神話の神々と会う場面も堪らないんですが、冒険の中で一番好きなのは、ウィリアム征服王時代のイギリス(1073年)へ行ってマチルダという少女に会うところ。マチルダと仲良くなった4人は、後でまた同じ時代に行って、マチルダを4人の住む現代(1939年)に招待するんです。過去の人間をあっさり連れて来ちゃうというのは子供の頃もびっくりだったけど、今読んでもやっぱり大胆。で、このマチルダがいいんですよねえ。マチルダが古いノルマン教会を見ている場面がすごく好き。マチルダは現代の生活を楽しみながらも、自分は自分の時代で自分らしく生きなければと言って帰っていきます。そしてロビン・フッドの時代への冒険は、マチルダを迎えに行く途中で船から落とした模型機関車を探しに行くというところで登場します。

これだけの冒険をしながら、4人が徐々に魔法を信じなくなっていくのが、子供の頃どうしても納得できなかった部分なんですけど、今読むと、文字通りの意味じゃないのが分かって、違う感慨が。
あと、4人の食べる夕食が、子供の頃も不思議だったんですけど、今読んでもやっぱり不思議。ピーターは干し葡萄を一握りとチョコレートビスケット2つ、シーラはジャムトースト2つにチョコレートを1杯、ハンフリーはオレンジ1つリンゴ1つに、レモンに砂糖を沢山入れて作ったレモネードが1杯、サンディーは金色のシロップをかけたいり米に、ミルク1杯とバナナ1本なんですよー。これが毎日。サンディーの「金色のシロップをかけたいり米」って何だろう。蜂蜜をかけたシリアルかな? 描写がなんとも美味しそうです♪(岩波少年文庫)

| | commentaire(0) | trackback(1)