Catégories:“歴史・時代小説”

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日限の親分が若だんなのところへ。最近通町で横行している質の悪い掏摸は、おそらく打物屋の老舗の大店の次男坊が飴売りの女の共謀。しかし肝心の証拠がまるでなく、親分は困り果てていました... という「いっちばん」他、全5編の連作短編集。

しゃばけシリーズの第7弾。「ひなのちよがみ」だけは雑誌掲載時に既読。
相変わらずのしゃばけワールドで、若だんなだけでなく妖たちも相変わらず。このシリーズはマンネリになろうが何しようがこのまま頑張って欲しいなと思う気持ちと、でもそろそろ狐者異を再登場させてみても面白いんじゃ?という気持ちと半分半分なんですよね。まあ、もし畠中恵さんがそろそろ終わりにしたいと思ったとしても、まあ出版社が止めさせてくれないでしょうけど。
今回は妖たちが勢ぞろいする「いっちばん」が楽しかった! みんな若だんなを喜ばせようと頑張るんですけど、なかなか上手くいかないまま最後になだれ込んで、気がついたら事件もすっかり解決してマシタ! というこの構成が素敵。そして「餡子は甘いか」では、相変わらず菓子作りが下手な栄吉が頑張っている様子が見られて、こちらもいいですねえ。器用貧乏な人よりも、栄吉みたいなタイプの方が一度コツを掴んだら安定度はずっと高いはずだし、これからも負けずに頑張って欲しいな。(新潮社)


+シリーズ既読の感想+
「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「おまけのこ」
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「いっちばん」畠中恵

+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「こころげそう 男女九人お江戸の恋ものがたり」畠中恵
Livreに「百万の手」の感想があります)

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紀元前265年、シチリアの第一の強国・シラクサがメッシーナに進攻し、メッシーナはローマに救援を要請。ローマはメッシーナとは同盟関係になく、しかもローマの軍団はいまだ海を渡ったことがないにもかかわらず、メッシーナの要請を受諾することを決定します。もしローマが断れば、メッシーナがカルタゴに頼ることは目に見えており、カルタゴがメッシーナを手に入れると、ローマまでもが危うくなってくるのです。結果的にメッシーナとシラクサを手に入れたローマにカルタゴが強い危機感を抱き、第一次ポエニ戦役(紀元前264~紀元前241)が勃発することに。

ローマとカルタゴとの間に闘われたポエニ戦役を中心に対外戦争の時代を描く巻。第一次ポエニ戦役の勃発する紀元前264年から、スペイン全土を領有することになる紀元前133年までの130年間を、プロセスを丹念に追いながらみていきます。カルタゴといえば、ローマの祖・アエネイアスと恋に落ちたディードの国~。なんですけど、ここではそういった伝説的なことには全く触れないんですね。「ローマは一日にして成らず」の時とは違って、今回はアレクサンダー大王のことなんかもきちんとしたスタンスで書かれていたように思います。

いや、この巻はほんと面白かった。面白いとは聞いてたんですけど、ほんとすっごく面白かった。子供の頃にハンニバルの本を読んだことがあるんですけど、そもそも戦争物は好きじゃなかったし、印象に残ってるといえば、せいぜい象ぐらいだったんです、私。(汗)
でも海軍どころか輸送船すら持っていなかったローマが、地中海最強の艦隊を擁する海運国カルタゴに対するために船を作って船の漕ぎ手を育成して、陸戦が得意なローマ軍ならではという工夫を凝らして... なんて読んでるとほんとワクワクしてしまいます。やっぱりこの柔軟さがローマの武器なんですねー。そして2人の対照的な男たち。まずは孤高の男・ハンニバル。彼に最後まで付き従った兵士たちにとって、ハンニバルは父親のようなものだったのではないでしょうか。兵士たちはハンニバルの背中を親父の背中のように見て育っていったに違いない。そしてハンニバルの好敵手・スキピオ。こちらは孤高なハンニバルとは対照的な、人の心を掴むのが上手い大らかで人懐こい青年。彼ら2人の姿が対照的に描き出されていて、それだけポエニ戦役の明暗がはっきりと現れているような気がします。

そして今回もローマの特徴として色々出てきたんですけど... 敗軍の将に責任を求めないこととか、軍の総司令官である執政官に一度任務を与えて送り出したら最後、元老院ですら口出しはしないこととかね。戦争続きで国庫が空になっても、簡単に増税したりしないとかね。でも旧敵国にとってはとても温情なはずの措置も、一歩間違えると弱腰と間違えられちゃう。ここで塩野七生さんが強調しているのは、こういった「穏やかな帝国主義」が成功するには、双方共に納得して許容している必要があるということ。確かにそうかもしれないなあ。そして紀元前146年、ローマはそれまでの「穏やかな帝国主義」から「厳しい帝国主義」に方針を転換することになるんですが、この辺りが納得できるのは、確かにこれまでのプロセスを丹念に見てきたからこそなんですね。(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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1492年夏。シエナの街のカンポ広場で馬を走らせていたチェーザレ・ボルジア。チェーザレはあと1ヶ月で17歳という頃で、ピサ大学に通う学生。その日は、シエナの街の恒例の年中行事であるパーリオ(競馬)出場のために、練習をしていたのです。そこにローマにいる父親・ロドリーゴ・ボルジアからの書状が届きます。それは、その日行われた法王を選出する枢機卿会議コンクラーベで、チェーザレの父親が新法王に選ばれてアレッサンドロ6世となったという知らせ。そして父に呼ばれて、チェーザレもローマに向かうことになったのです。

高校の時に読んだ本の再読です。ちょっと前にタニス・リーの「ヴェヌスの秘録」(感想感想)を読んだ時に、明らかにチェーザレ・ボルジアやその妹のルクレチアがモデルとなっている人物が出ていて、その時からもう一回読みたいなあと思っていたんです。今年になって読んだマイケル・スコット「マジシャン 魔術師ニコロ・マキャベリ」(感想)にも、マキャベリが登場するだけあってこの時代のエピソードが出てきましたしね。そして高校の時になんでこの本を手に取ったかといえば、多分、川原泉さんの「バビロンまで何マイル?」がきっかけ。(笑)

チェーザレがヴァレンティーノ枢機卿として存在する時代「緋衣」、枢機卿職をおりてから野心のままに突き進む「剣」、そして父の法王が亡くなってからの「流星」と3部構成。1492年といえば、そういえばコロンブスがアメリカ大陸を発見した年なんですねえ。地球のあっちとこっちでは、こんなことがあったのか。(笑)
今回読んでいてちょっと意外だったのは、妹のルクレツィアの出番が少なかったこと。これだけだったかしら? 以前読んだ時はすごく印象に残ったような気がしてたんだけど...? 例えばダンスのシーンがあるんですけど、そういうのを自分で勝手にイメージを膨らましてしまったのかしら。そして今回いいなあと思ったのは、ドン・ミケロット。いつも影のようにチェーザレについている存在。チェーザレの右手で、彼の存在だけで誰かの死を意味すると言われる美しい青年。まあ、こうやって読むと、かなり美化されてるんだろうなって思いますが~。

以前読んだ時もものすごくさっぱりした(というか、そっけない?)作品だとは思ったし、今もそう思うんですが、「ローマ人の物語」に比べると遥かに小説らしいですね。(新潮文庫)


+既読の塩野七生作品の感想+
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

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父と息子と僅かな人々を連れてトロイを脱出したアエネアスが、長い航海の果てにローマ近くの海岸に辿りつき、土地の王女を妻にしてそこに定住、その血を引くロムルスが後にローマを建国することになった... というのは、ローマ人たちに信じられていた建国の物語。「知力では、ギリシア人に劣り、体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣るのが、自分たちローマ人である」と自ら認めるローマ人がなぜあれだけの大文明圏を築き上げ、長期にわたって維持することができたのか... それを考えつつローマ帝国の興亡を描きあげる超大作の序章です。

リンゼイ・デイヴィスのファルコシリーズ(感想)にハマって、ヴェスパシアヌス、ティトゥス、ドミティアヌスという3人の皇帝について知りたくてその部分を読み、その後カエサルの前半部分だけを読んだ「ローマ人の物語」。今度は最初の1巻です。やっぱり最初の1冊目から順番に読むというのは重要ですね。例えばファルコシリーズに散々出てくるローマでの役職のことなんかもこの最初の2冊(ハードカバーでは1巻)に出てくるし。ローマにある丘のこともよく分かるし。でも読みながらちょっと混乱してしまったんですけど、これってあくまでも「小説」だったんですね。塩野さんが調べたことを想像を交えて書いた小説。こんなに歴史解説書のような書き方をしているのに、それでも小説なのか!というところで、どうも私としては受け入れがたいものがあるんですが...。

いえ、ローマ部分はいいんです。各人の造形や出来事を膨らませて書いているのが分かるから。でもね、文庫の1巻途中からギリシャについての記述が始まるんですよね。「では、ローマよりは先発民族であったギリシア人は、ローマからの調査団を迎える前五世紀半ばまでに、どのような歩みをしてきたのであろうか」なんて文章で始まって、完全に説明口調で書かれてしまうと、そこはどうしても純粋な解説を読んでいるような頭になってしまうわけです。そこは純然たる事実が書かれているのだろうと思ってしまう。でもそうではないんですね。実際その内容はホメロスの「イーリアス」「オデュッセイア」、アイスキュロスの「アガメムノーン」を始めとするギリシャ悲劇、ヘロドトスの「歴史」といった作品の要約を繋ぎ合わせたようなもの。トロイ戦争から帰ったアガメムノンが浴室で殺されたのはお話だろって分かるとしても、そういういかにも「お話」ってとこ以外は、事実だと思い込む人も多いんじゃないかなあ...。もう少し気を配って書いて欲しいなって思っちゃう。こういうとこも塩野さん流の小説なんだとしたら、どこまで信じて読んだらいいのか分かりませんー。
なんて書きましたが、ローマ人の部分は面白いです。ローマ人がなぜギリシャ人よりもエトルリア人よりも強い勢力となり、そして長い間生き残ったか。それがすごく分かります。私としては、カエサルの部分を読んだ時も思ったんですけど、敗者を滅ぼすのではなくて同化させる道を選んだことじゃないかと思いますね。もちろん寛容な宗教の存在も大きかったでしょうけどね。(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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千蔭お駒が妊娠。つわりが酷く何も食べられないお駒のために、千蔭と八十吉は巴之丞の元へ。お駒の母・佐枝が、お駒は珍しいものの方が喜んで口にするかもしれないと言い、珍しいものなら巴之丞が詳しいと考えたのです。巴之丞のおすすめは、乃の字屋の猪鍋。最近江戸で流行っており、店の外まで行列ができるほどだというのですが... という「猪鍋」他、全3編

猿若町捕物帳第4弾。いやあ、面白かった。このシリーズ、最初はちょっと地味かなと思っていたのですが、進むにつれてどんどん面白くなりますね! 今回の注目は「おろく」。彼女がいい味を出してるんですよねえ。そしてもしやこのままいっちゃうの...? と思いきや、千蔭がまたかっこいいところを見せてくれるし。ま、人が良いにもほどがあるって感じもしますが。梅ヶ枝も巴之丞も元気です。今回、梅ヶ枝がなんだか可愛らしかったなあ。

それにしても日本人作家さんの本を読むのはほんと久しぶり。先月の仁木英之さん「薄妃の恋 僕僕先生」以来かな? 最近は翻訳物オンリーでいきたいぐらい、翻訳物に気持ちが向いてしまってるんですが、近藤史恵さんはやっぱり大好き。特に好きなのは、どうしてもデビュー作の「凍える島」とか「ガーデン」「スタバトマーテル」「ねむりねずみ」「アンハッピードッグス」といった初期の作品なんだけど... いや、「サクリファイス」も久々に「キター!!」って感じだったんですが(笑)、でもこういうのもいいなあ。可愛いとか美味しいのもいいんですけどね。そういうのは読んでてすごく楽しいんだけど、近藤史恵さんらしさが少し薄めのように感じられてしまうんですよね。このシリーズは、私の中では既にそちらよりも上になってきてます。我ながらちょっとびっくりですが。(光文社)

+シリーズ既刊の感想+
「巴之丞鹿の子」「ほおずき地獄」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「にわか大根」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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5年ぶりに姿を見せた師匠の僕僕とともに、桃花の花びらが舞う街道をゆく王弁。光州を出た2人は釣りをし、花を愛で、酒を飲みつつのんびりと南西へと向かい、僕僕が長江で呼び出した巨大な亀の珠鼈(しゅべつ)と共に荊州江陵府の春の祭りへ。そこで王弁が見つけたのは荊州一の料理人を決めるという料理大会の高札でした...という「羊羹比賽」他、全6編の連作短編集。

可愛らしい女の子の姿をした仙人「僕僕先生」の続編です。連作短編集と書きましたが、長編と言ってもいいような感じですね。前回のラストで僕僕が去ってから5年の月日が流れ、王弁は仙道に通じたものとして皇帝に「通真先生」という名前をもらい、立派な道観を建ててもらって薬師としてひとり立ちしています。
僕僕が空白の5年間に何をしていたのか、なぜ今帰って来たのか、どんどん南下して王弁をどこに連れて行こうとしているのかなど、その辺りははっきりと語られてないんですが、どうやらまだしばらく物語は続きそうだし、じきに明らかにされるのかな? 王弁は少しずつ一人前になってきたものの、まだまだ僕僕にいいようにからかわれてるんで、そんな2人のやり取りが相変わらずほのぼのとして楽しいです~。その2人と一緒に旅することになる亀の珠鼈や薄妃もいい味を出してましたしね。いい感じで安定してました。今回は爺さんの姿にはならないんですけどね。ほっとしたような、ちょっぴり残念なような。(笑)
でもほんとになんでどんどん南に行っちゃうのかしら。南に何かあるのかな?(新潮社)


+シリーズ既刊の感想+
「僕僕先生」仁木英之
「薄妃の恋 僕僕先生」仁木英之

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明治31年(1898年)。仏典の研究のために清国へと渡った能海寛(のうみゆたか)は漢口の街に到着。準備を整え人夫を雇って出発した能海に接近してきたのは、英国商社のジャーデン・マセソン社のトーマス・ヤンセン。あくまでも日本の仏教を立て直すために原典を求め、そのために東本願寺法主からダライ・ラマ13世への親書を携えて拉薩を目指しているつもりの能海でしたが、外の人間たちからは、彼は日本政府の意を受けて西蔵を目指す密使だと見られていたのです。能海は知らないうちに、「グレートゲーム」に巻き込まれていくことに。

日清戦争と日露戦争の間の時期を背景に、清や西蔵(チベット)、そしてそれらの国々を巡るを各国の思惑を描いた骨太な歴史ミステリ。能海寛はもちろんのこと、河口彗海や寺本婉雅、成田安輝など実在の人物たちが登場します。
能海が本人も知らないうちに歴史の一駒にされていたという設定はとても面白かったし、チベットのラサへと向かう厳しい道のりもとても迫力があって、英国のジャーデン・マセソン社のエージェントの介入、能海を助ける山の民や清国人たちとのやり取りもなかなか良かったんですけど、これだけのことを描きあげるには枚数が足りなかったのではないかしら? このページ数にしてはかなりよく描き込まれてると思うし、能海もなかなかいい感じなんですけど、全体から眺めた時にどこか物足りないものがありました。最後も、ある程度は歴史物の宿命とはいえ、後味があまりにも良くないですしね... なんでこんな幕引きにしちゃったのかしら。このラストで作品全体の印象も変わってしまうんだけどなあ... ここまできちんと作り込んできてるのに、なぜ?(小学館文庫)


+既読の北森鴻作品の感想+
「共犯マジック」北森鴻
「蜻蛉始末」北森鴻
「親不孝通りディテクティブ」北森鴻
「螢坂」北森鴻
「瑠璃の契り」北森鴻
「写楽・考」北森鴻
「暁の密使」北森鴻
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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