Catégories:“歴史小説(翻訳)”

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山のような荷物を背負った行商人がやって来たのは、スキュロス島の王城の中にある女たちの館。スキュロス島はかなりの僻地にあり、王女たちは自分たちが都の流行に遅れているのを気にしていたため、行商人が広げ始めた荷物を歓声をあげて取り囲みます。王女たちが夢中になったのは、見事な衣装や宝石。しかし1人だけ、そういった服飾品には目もくれず、剣を掴んで振るい始めた姫がいました。それは少し前から館に滞在していた王女たちの従妹。その姫を見た行商人は、その姫に向かってアキレウスと呼びかけます。その行商人は、実はイタケの王・オデュッセウス。トロイア戦争に勝つためにはアキレウスの存在が必要不可欠なため、探しに来たのです。しかしアキレウスは、この戦いに参加すれば死は免れない運命。そのため母のテティスが女装をさせて、スキュロス王の宮廷に隠していたのでした。

楽しく読めるトロイア戦争。かーなり軽いんですけど、面白いです。作者のバーナード・エヴスリンという人は、ニューヨーク在住の小説家兼劇作家。芝居や映画のシナリオを書いたり演出関係の仕事をしてるそうなんですけど、この作品を読んだ限りでは、テレビのシナリオライターというイメージ! それも視聴者のニーズを敏感にキャッチする、売れっ子シナリオライター。でもその分、やっぱり軽い... たとえば、同じくアメリカ人のトマス・ブルフィンチは、これから英文学を読もうとするアメリカ人のために、気軽に基礎知識を得られる本としてギリシャ・ローマ神話とかシャルルマーニュ伝説の解説本を書いたそうなんですね。どちらもそういった知識を楽しく得られるという取っつきやすい本を書いたという点では、よく似てます。でも多分、ギリシャ神話に対するスタンスは全然違うんだろうなあ。

この「トロイア物語」の中心になってるのは、ホメロスの「イーリアス」。でも他からもかなり色んな話を引っ張ってきてますね。「イーリアス」そのものは、10年間続いたといわれるトロイア戦争の1か月ほどの期間しか描いていないんです。アキレウスの怒りに始まり、ヘクトルの葬儀まで。でもこの作品には、その前後のことも結構書かれてました。トロイア戦争に関する叙事詩は今ではかなり失われて、ホメロスの「イーリアス」と「オデュッセイア」ぐらいしかきちんと読むことができないんですけど、元々は8つの作品が1つの「叙事詩環」を構成して、トロイア戦争の全貌を描きあげるものになってるんですね。その辺りも含めて、一般的に流布してるギリシャ神話やそこから派生した作品も交えて、ついでにエヴスリンのオリジナルもたっぷり交えて書きあげたという感じです。
で、先に「軽い」と書いたんですが、ほんと軽いです。「イーリアス」の重々しさなんて、これっぽっちも感じられないほど。まあ、面白いからいいんですけどね。同じくエヴスリンに「オデュッセイア物語」というのもあるので、そちらも読んでみたくなりました。でも、どこからどこまでがエヴスリンの創作なのか分からないというのは、結構キケンかもしれないですねー。特にアテナによる「英雄作り」、これはきっとエヴスリンによる創作に違いないと思うんですが! これは強烈。こんなのが神話にあると思いたくないし、思ってもらいたくもない...。

そして併せてエヴスリンの「ギリシア神話小事典」も入手しました。まだまだ拾い読みしてる段階なんですが、テレマコスやナウシカアの項に、知りたかったことが色々と書かれていて満足。でも先に「トロイア戦争物語」を読んでしまったから、こういった記述の信憑性もどうしても疑ってかかってしまう私です。「物語」にはオリジナルがいくら入ってもいいと思うんですけどね。「小事典」には創作は入るべきではないと思うし、入ってないと思いたいんですが...。(現代教養文庫)

+既読のバーナード・エヴスリン作品の感想+
「トロイア戦争物語」バーナード・エヴスリン
「オデュッセウス物語」バーナード・エヴスリン

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ローマ帝国の五賢帝の1人、皇帝ハドリアヌスももう60歳。死病に侵されるハドリアヌスがマルクス・アウレリウスに宛てた手紙。そしてそこで語る自らの生涯。

フランスではこの作品の影響で、ハドリアヌス帝が一番人気がある皇帝となったのだそうです。それもなるほどと納得させられてしまうような、無駄がそぎ落とされた美しい文章で構築されていく、静謐で高貴な世界でした。狩とギリシャ文化を愛したハドリアヌス。ヒスパニアに生まれ、ローマで教育を受け、青年時代に軍隊生活が始まり... ハドリアヌスにとっては聡明な守護神だったトライアヌスの妻・プロティナの存在。即位。粛清事件。そして帝国内を視察する旅から旅の生活。塩野七生さんの「ローマ人の物語 賢帝の世紀」(感想)に登場するハドリアヌスとは、ほんの少し印象が違う、でもどちらにも共通しているのは、間違いなく賢帝だったということ。何といっても皇帝在位中の業績が素晴らしいですしね。常に皇帝としての義務を果たしつつ、トライアヌスが拡大した帝国内をくまなく巡察し、既存の公共施設を修理、国境の防衛線を強化、地域ごとの問題を解決してローマ帝国の平和を維持していった人なんですから。

それでも、ユルスナールの作り上げた格調高い世界、そして塩野七生さんが繰り返し書く、現代人にとって理想像のように見えるローマ人の世界を読みながらも、本当にそうだったのかな?という思いもよぎってしまうのを止められない私。というのは、以前読んだペトロニウスの「サテュリコン」(感想)のせいですね。これがもう、ローマ文化の爛熟ぶりが良く分かるというか何というか、もう本当に辟易してしまうほどの退廃ぶりを描いた作品だったので...。
ペトロニウスというのは、ネロ帝時代の文人。ネロ帝の側近だった人なんですね。だから日々ネロ帝の華やかな生活の恩恵を受けていたでしょうし、そういう特殊な部分を描いた作品なのかもしれないんですが... でもローマ人の生活の乱れぶりについては、先日読んだタキトゥスの「ゲルマニア」(感想)にも、ちらりちらりと出てきたんです。この作品は、ゲルマニア地方の風土や、そこに住む様々なゲルマニア系民族の慣習・性質・社会制度・伝承などをローマ人に紹介するもの。なのでローマ人に関してはほとんど書かれていないんですが、品行方正なゲルマン人の暮らしぶりに対して、ローマ人の乱れ切った生活ぶりを嘆くような部分があるんです。このままではいつかゲルマン人にやっつけられてしまうだろう、という不安と。ネロ帝の時代は紀元37年から68年まで。ハドリアヌス帝は117年から138年まで。実際それほど離れているわけではないので、世の中だってそう大きく変わらないはず。タキトゥスの「ゲルマニア」が、その中間の98年に書かれたとされているんだから尚更。

でも... そんなことは既に関係ないんでしょうね。実際のローマ帝国がどうであったにせよ、そんなことは大した問題ではないんでしょう。確かにハドリアヌスだって若い頃から女性関係は結構盛んだったようだし、アンティノウスという美少年を寵愛したりしてるんだけど、それも含めて、ここに描かれているのは、あまりにも美しい世界。もうひれ伏すしかないほどの。ここに描かれたハドリアヌスは確かに生きているし、ユルスナールが描き上げたかったのは、ハドリアヌス帝の姿を借りたこの人物なのだと思えてきます。
ユルスナールは、この作品の構想を20歳から25歳の間に盛ったにも関わらず、実際に今ある状態の作品として書くまでには長い年月を経なければならなかったんだそうです。ああ、分かる気がする...。ユルスナールですら、この物語を書きあげるには、ある程度の年齢を重ねることが必要だったんですね。(白水社)


+既読のマルグリット・ユルスナール作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール
「ハドリアヌス帝の回想」マルグリット・ユルスナール

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ローマに巡礼としてやってきた修道女フィデルマ。しかしひっそりとした裏通りの小さな教会堂でのミサにあずかっていた時、殺人事件に遭遇してしまうことに... という「聖餐式の毒杯」他、全5編の短編集。

7世紀のアイルランドを舞台にしたミステリ、修道女フィデルマシリーズの短編集。
短編作品も十分読ませてくれることは、シリーズ外作品の「アイルランド幻想」(オススメ!)でも既に分かっていたことなんですが、今回も切れが良い短編集になっていて、とても面白かったです。フィデルマが相変わらず冷静でな毅然とした態度で、その観察眼と洞察力、推理力を披露。でも、その高飛車で傲慢な態度も相変わらずなんですけどね... これさえなければなあ。7世紀のアイルランドが舞台というのが話の中でも十分生かされていて、その辺りもすごく面白いんですけど、肝心のフィデルマにはあまり愛着が湧かない私です...。でもちょっと思ったんですけど、原書でもここまで高飛車で傲慢なんでしょうかね? 会話の翻訳にどうも不自然さを感じるし、もしかしたら訳のせいもありそうだなあと思ってしまうんですがーー。(ということで、私はこの訳者さんの訳が苦手だったりする)
5作の中で一番面白かったのは、アイルランド全土の大王としての即位式を早く執り行わなければならないというのに、儀式に必要な王家伝来の宝剣・カラハーログが盗まれて... という「大王の剣」。あとはフィデルマがローマで事件に挑む「聖餐式の毒杯」も! 5編とも、フィデルマでなければ解決にもっと時間がかかるか、もしくは迷宮入りという事件、鮮やかに解き明かしてくれるのは快感です。
でも、7世紀の頃のローマってどうなってたんだろう? 古代ローマ帝国はもっと早い時期に東西に分裂して、東ローマ帝国(=ビザンティン帝国)しか残ってなかったと思うんだけど? 西ローマ帝国は確か5世紀に滅びたはず。イタリアが小国家に分裂するにはまだ早いのかな? (世界史、苦手だったんだよね~) この作品を読む限りでは、すでにキリスト教の本山的な雰囲気なんですが。

でもこのシリーズ、翻訳が出る順番がバラバラなんですよね。最初に出た「蜘蛛の巣」がシリーズ5作目で、次に出た「幼き子らよ、我がもとへ」が3作目なんですもん。今回は短編集だから、まあいいんだけど... 長編はやっぱり順番通りに出して頂きたい! そうでないと、フィデルマの人間的成長が楽しめないことになってしまうんですもん。実際に物事が前後して、フィデルマの反応の変化が妙な具合になってます。次はぜひ1作目を訳していただきたいな。(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「蜘蛛の巣」上下 ピーター・トレメイン
「幼き子らよ、我がもとへ」上下 ピーター・トレメイン
「修道女フィデルマの叡智」ピーター・トレメイン

+既読のピーター・トレメイン作品の感想+
「アイルランド幻想」ピーター・トレメイン

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AD76年9月。今回マルクスに助けを求めたのは、ヘレナの母・ユリア・ユスタ。27歳になるヘレナの弟・アウスル・カミルス・アエリアヌスがアテナイで勉強したいと言い出して、家族がギリシアに向かう船に乗るアエリアヌスを見送ったのは8月のこと。手紙が届くのは何ヶ月も先のことになるだろうと思いきや、オリュンピアで「神殿巡り」の旅をするギリシア団体旅行の一行と知り合いになり、そのうちの1人が死亡した事件に巻き込まれたというのです。ユリア・ユスタの頼みは、ギリシアでアエリアヌスに代わって事件の捜査を行い、アエリアヌスを予定通りアテナイに行かせて欲しいということでした。

久し振りの密偵ファルコシリーズ。これが17作目です。古代ローマ時代(ウェスパシアヌス帝の時代)を背景にしたシリーズなんですが、今回はローマ帝国の属州となっている古代ギリシャを旅する話なので特に嬉しい♪ 政治的にはローマが上位に立ってるんですけど、歴史・文化的にはギリシャが先駆者。ギリシャの文化に憧れるローマ人も多いのです。4年に1度のオリンピックの開催年を変えてまで、無理矢理参加してしまった皇帝ネロもその1人だし...(ネロの時代と結構近いせいか、何かといえばネロの名前が出てきます) 古代ローマの公用語はラテン語だけど、ギリシャ人の奴隷に勉学を習う貴族の子弟も多いし、教養がある人たちは当然のようにギリシャ語を話すし、大学に行くとかならまずはギリシャ留学だし。

今回のファルコの旅に同行するのは、5人と犬1匹という賑やかな一行。オリンピックの起源となったオリュンピアの地を訪れて体育場に行ったり、世界七不思議の1つであるゼウス像を見物したり、アポロンの神殿での神託が有名なデルポイや、デルポイとはまた違った方法で神託が行われるレバデイアのトロポニオスの神託所を訪れたりと、古代ギリシャの名所めぐりが楽しめるのもとても嬉しいところ。ギリシャ神話の様々なエピソードも紹介されます。そして良きローマ人としてのファルコの目を通して見たギリシャも面白いのです。まあ、この時代に本当にこんなパック旅行があったのかどうかは知りませんが...(笑)
でも、本来の目的は殺人事件の解決。事前に分かってたのは、今回「神殿巡り」の旅の途中に死亡した若妻のウァレリアと、3年前に白骨死体で見つかったマルケラ・カエシア。でも、まだまだ事件が起こるし、ファルコの捜査も攪乱されまくり。ファルコ大苦戦。...いや、この最後のオチには驚きました。伏線は十分すぎるほどあったんですけど、まさかまさかそうくるとは...。無理矢理な気もしますが、でもすんごいですね。これがまた視覚的効果抜群なせいか、最後のシーンがフランス映画の「太陽がいっぱい」と妙に重なって感じられました。発端も展開も結末も何もかもまるで違うのにね。映画的な幕引きでした。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「密偵ファルコ 白銀の誓い」「密偵ファルコ 青銅の翳り」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 錆色の女神」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 鋼鉄の軍神」「密偵ファルコ 海神の黄金」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 砂漠の守護神」「密偵ファルコ 新たな旅立ち」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ オリーブの真実」「密偵ファルコ 水路の連続殺人」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 獅子の目覚め」「密偵ファルコ 聖なる灯を守れ」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 亡者を哀れむ詩」「密偵ファルコ 疑惑の王宮建設」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 娘に語る神話」「密偵ファルコ 一人きりの法廷」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 地中海の海賊」リンゼイ・デイヴィス
「密偵ファルコ 最後の神託」リンゼイ・デイヴィス

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ある日クードレットが主から命じられたのは、その祖先にあたる人物や出来事などの史実を物語に編むこと。クードレットの主はポワトゥのさる大領主で、パルトゥネの殿様と呼ばれており、その一族は妖精の血を引いているといわれていました。それは気高いリュジニャン城を築城し、数々の町を築かせたメリュジーヌのこと。クードレットは早速妖精メリュジーヌとその伴侶となるレモンダンの泉のほとりでの運命の出会い、結婚、そして彼らの10人の息子たちの物語を書き始めます。

メリュジーヌ伝説は、元々はケルト的な妖精伝説。現存するテキストとしては、ジャン・ダラスによって1393年に書かれた散文の「メリュジーヌ物語」、そして1401年以降に書かれたクードレットによる韻文作品「妖精メリュジーヌ伝説」が最も古いようで、これはそのクードレットの方。でもその2つの作品以前から、メリュジーヌにまつわる口承伝承がフランス各地に存在していたようです。
この物語に登場するメリュジーヌは、上半身が美しい女性で下半身が蛇。普段は人間の女性の姿で過ごしてるんですが、実の母親の呪いによって、土曜日だけ下半身が蛇になってしまうんですね。だからメリュジーヌの夫は、土曜日のメリュジーヌがどこに行こうとも何をしていようともその秘密を探らないという約束なんです。でもこういう約束は必ず破られるもの。要するに、「鶴の恩返し」と同じ「見るな」のタブー。でもこの作品はそれだけではなく... ここに登場するリュジニャン一族は実在していて、その一族の歴史を語る物語でもあったのでした。そこにびっくり!
読んでいてとても強く感じたのは、キリスト教の影響。作中では登場人物たちが繰り返しキリスト教、特にカトリックの信者であることが強調されていて、それはメリュジーヌも同様なんです。最初の出会いの時から、神の御名を出してレモンダンの警戒を解こうとしてますし、実際結婚式はカトリックの司祭によって執り行われます。でも、その妖精たちの故郷は、アーサー王伝説で有名なアヴァロン! 文中には「トリスタンの一族の血を引いた者」や「魔法使いマーリンの弟子」という言葉も登場するし、キリスト教色が濃いとはいえ、原形がまだまだ残ってるんですねえ。

10人の子供がいようとも、いつも変わらず美しい恋人であり続けるメリュジーヌ。このメリュジーヌの存在は多くの詩人を引き付けたようで、色んな作品の中でメリュジーヌの存在が感じられるのだそう。例えばアンドレ・ブルトンの「ナジャ」や「秘法十七番」。ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」の中の挿話の題名は、「新メリュジーヌ物語」。あと、調べてたら、メリュジーヌは「メリサンド」とも呼ばれると分かって、それもびっくりです。メリサンドといえば、メーテルランクの「ペレアスとメリザンド」(感想)じゃないですか。そうか、これも水の女だったんだなー? 「ペレアスとメリザンド」でメリザンドが初めて現れたのは泉のほとりだし、こちらもそうですもんね。この「妖精メリュジーヌ伝説」は、訳が子供向けのような語り口であったこともあって、読みながらそれほど物語に入り込めなかったのが残念だったし、せっかく原文が韻文なのに散文に訳されてしまってるのが残念だったんですけど、他のメリュジーヌの物語やそれに触発された作品も読んでみたいな。(現代教養文庫)


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「妖婦ミレディーの秘密」から20年後。ルイ13世もリシュリューも既にこの世になく、まだ若いルイ14世が王位に着き、大后アンヌ・ドートリッシュが摂政になっていました。リシュリューの後釜となったのは、アンヌ・ドートリッシュと極秘結婚をしたイタリア人のマザラン。しかし重税を課したこともあり、マザランには人望がなく、世の中はマザラン派とフロンド派に二分されることに。そしてダルタニャンは、未だにトレヴィル銃士隊の副隊長としてくすぶっていました。ダルタニャンに目をつけたマザランは、かつての仲間たちを集めるようダルタニャンに要請します。

「ダルタニャン物語」の第2部。フロンドの乱(1648-1653)のフランス、そして清教徒革命(1641-1649)のイギリスが舞台となります。第1部から20年も経ってしまっているのがびっくりなんですが、その仲間たちもそれぞれの人生を送っていて、今やまるで音信不通状態だなんて! なんてこと!! でもその仲間が20年ぶりに集まることになります。歴史的背景の説明をしなければならないこともあって、前振りはちょっと長いんですが、ダルタニャンがかつての仲間を訪ね歩く頃から俄然面白くなりました。4人それぞれに主義主張や立場は違ったとしても、一度顔を合わせてしまえば良い仲間。でもここにリシュリューがいないのが、なんだか寂しくなってしまうんですよねえ。あれだけ悪役だったのに! あれだけヤなヤツだったのに! でもやっぱり大人物でしたね。小策士なマザランとは器が違ーう。

イギリスではチャールズ1世を助けようとする4人。チャールズ1世って、もっと無能などうしようもない人かと思ってたんですけど、いい人じゃないですか。(笑)...リシュリューもマザランもそうなんですけど、こういう風に歴史上の人物が肉付けされて動き出すのがまた楽しいですね。先日ホフマンで読んだスキュデリー嬢(感想)も登場してましたよ。そういえば、ルイ14世の頃の人でした! ホフマンの作品では老嬢だったスキュデリー嬢なんですけど、この時点ではまだ若く美しい女性。既に兄の執筆を手伝って、才能を発揮し始めているようです。
でもやっぱり第1部の「三銃士」ほどではなかったかな。やっぱりあちらは大傑作でしたね。こちらも面白いんだけど「大傑作」とまではいかないです。第3部への伏線もあるからかもしれません。

上に画像を出しているのは、今も入手可能のブッキング版ですが、私が読んだのは講談社文庫版。これが、文中の注釈や登場人物表にネタバレがあってびっくり... 復刊した時に訂正されてたりするのかしら? 登場人物表なら見ずに済ますこともできるけど、文中の注釈となると、ちょーっとキツいですねえ。(講談社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ダルタニャン物語」1・2 A・デュマ
「ダルタニャン物語」3~5 A・デュマ

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昇天祭の日。大学生のアンゼルムスは、市で醜い老婆が商売に出している林檎や菓子の入った籠に突っ込んでしまいます。その辺りにいた子供たちが飛び散った商品に我先にと飛びつき、アンゼルムスは老婆に中身のあまり入っていない財布を渡して逃げ出すことに。せっかくの昇天祭なのに一文無しとなってしまったとアンゼルムスが嘆いていると、ふと頭上の紫丁香花の樹から水晶の鈴のような響きが。そこにいたのは3匹の緑金の小蛇。そしてアンゼルムスはそのうちの1匹に恋をしてしまうのです。それはセルペンチナでした... という「黄金の壷」。
真夜中、サント・オノレ通りにあるスキュデリー嬢の家の戸が激しく叩かれます。それは見知らぬ若い男。侍女が玄関を開けると、外にいる時は哀れっぽいことを言っていた男は家の中に入るなり荒々しくなり、匕首まで持っていたのです。思わず助けを求めて叫ぶ侍女。すると男は小箱を侍女に持たせると、スキュデリー女史に渡して欲しいと言い残して消え去ります。折りしもパリでは宝石強奪事件が相次いで起きていた頃。その箱に入っていたのは見事な宝飾品。当代随一の金細工師・ルネ・カルディラックの作った品だったのです... という「スキュデリー嬢」。

ホフマンの作2つ。「黄金の壷」の方は古本屋で見つけた古い本で、なんと初版が昭和9年! なので当然のように旧字・旧かな使いです。検印もついてるし、題名も本当は「黄金寳壷 近世童話」。でもこれ、面白いことは面白かったんですけど... この作品は、ホフマンの作の中でも傑作とされている方らしいのに、それほどでもなかったんですよね。ホフマンらしい幻想味は素敵なんですけど、肝心のアンゼルムスとセルペンチナの場面が思ったほどなかったからかなあ。もっとこのセルペンチナの一族の話が読みたかったな。この作品では、むしろアンゼルムスに片思いする16歳のお嬢さんの方が存在感があるし、世俗的で面白かったかも。
「スキュデリー嬢」は、ルイ14世の時代を舞台にした作品。ルイ14世はもちろんその愛人・マントノン夫人も、スキュデリー嬢その人も実在の人物。でもこの主人公となるスキュデリー嬢、実は「嬢」という言葉から想像するような若い娘さんじゃなくて、73歳の老嬢なんですね。その年輪が若い娘さんには出せない味を出していて、それが良かったです。そしてこの作品、スキュデリー嬢を探偵役とするミステリでもあります。それほど積極的に事件の謎を解こうとするわけではないし、むしろ巻き込まれた被害者とも言えるんですが... 謎が解けたのも、彼女の推理力のおかげというより、人徳のおかげでしたしね。普通のミステリを期待して読むとちょっとがっかりするかもしれませんが、期待せずに読むと、ほのぼのとした時代ミステリ感が楽しめるかと。

でも「スキュデリー嬢」はともかく、自分が「黄金の壷」をちゃんと読み取れてるのか気になる... 丁度、古典新訳文庫でこの組み合わせが出てたし、そちらも読んでみようかなあ。(岩波文庫)


+既読のホフマン作品の感想+
「クルミわりとネズミの王さま」ホフマン
「悪魔の霊酒」上下 ホフマン
「黄金の壺」「スキュデリー嬢」 ホフマン

「ホフマン短篇集」ホフマン
「黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ」ホフマン

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