Catégories:“歴史小説(翻訳)”
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高貴な英国貴族の広大な屋敷に生まれ育ったオーランドー。エリザベス一世と血縁であり、大層気に入られていたオーランドーは美しく成長して宮廷に出仕。領地や屋敷、ガーター勲章を賜り、女王行幸の際には必ずお供することに。しかしロンドンの宮廷で出会ったロシアの姫君との恋愛、そして破局の後、オーランドーは屋敷に戻って読書に耽り、数多くの劇や詩を書くことになります。
文庫本の裏表紙の説明に
オーランドーとは何者? 36歳の女性にして360歳の両性具有者、エリザベス1世のお気に入りの美少年、やり手の大使、ロンドン社交界のレディ、文学賞を受賞した詩人、そしてつまりは... 何者? 性を超え時代を超え、恋愛遍歴を重ね、変化する時代精神を乗りこなしながら彼/彼女が守ってきたもの。...
とあるので、SF作品なのかと思って読み始めたんですが、全然そうではありませんでした。(良かったー) むしろ歴史小説ですね。でもオーランドーはエリザベス1世(1533-1603)の時代に生まれて、20世紀になるまでずっと生き続けることになるんですけど、時代はオーランドーが執筆に没頭していたり、7日間ほど目覚めないといった状態の間にごく自然に移り変わっちゃうし、周囲のメンバーもそのままなので、その時代時代の風物や流行が入れ替わるだけ。ごく自然な流れの話として読めてしまうほど。オーランドーがそれらの時代の移り変わりの生き証人となっている物語とは言えそうですが。
その300年以上に渡る時代の流れが何を表しているかといえば、オーランドーの家のモデルとされるサックヴィル家人々の歴史であり、ヴァージニア・ウルフと同時代のサックヴィル家の1人娘、そして女流作家となったヴィタ・サックヴィルの生涯なのだそうです。少年の頃のオーランドーや、まだ男性で大使をしていた頃のオーランドーの肖像画、そして女性となった後のオーランドーの写真が出てくるんですけど、その写真はヴィタの写真だし、肖像画はヴィタの祖先の肖像画とのこと。(どれも同一人物としか思えないほどそっくりですよー)
そしてこの300年は、エリザベス朝以降の英文学の流れも表しているのだそう。この英文学の流れがまたとても面白いんですよね。大学の英文学史の授業で名前を習ったり実際に作品を読んだ詩人や作家が次々と~。エリザベス朝の文学は、女性とは無縁で、シェイクスピアの劇のヒロインも演じたのは少年たち。そして男性に生まれたオーランドーが突然女性になってしまったのは、エリザベス朝が終わり、英文学に女性が登場するようになった17世紀末頃。確かにとても意図が感じられますね。
そしてオーランドーは男性の時も女性になってからも、名前は変わらずオーランドー。私としては「狂えるオルランド」(シャルルマーニュ伝説に出てくる騎士・ローランと同一人物)が真っ先に思い浮かぶんですが、やっぱりその線が濃厚のようで~。この作品でオーランドーの恋のお相手となるロシアのお姫様のポートレートは、ヴァージニア・ウルフの姪のアンジェリカのものだそうだし。アンジェリカといえば「狂えるオルランド」に出てくる異国のお姫さま! ほかにも色々な含みがあるみたい。作品そのものもすごく面白かったんだけど、そういう色々なことを教えてくれる訳者の杉山洋子さんによる解説「隠し絵のロマンス -伝記的に」もとても良かったです。(ちくま文庫)
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1625年4月。ガスコーニュ地方の古い貴族の家に育ったダルタニャンは、父親から15エキューの金と妙な色合いの馬、銃士隊の隊長・トレヴィル宛の紹介状、そして母親からはどんな傷にも効くという万能の軟膏の作り方を伝授され、パリへと向かいます。途中、マンの町で馬のことを笑われて、笑った男たちに殴りかかるものの、逆に殴り倒され、しかも気を失っている間にトレヴィル宛の紹介状を取られてしまうという出来事もあるものの、ダルタニャンは無事にパリのトレヴィルの屋敷に辿り着き、アトスとポルトス、そしてアラミスと知り合うことに。
「三銃士」は子供の頃に大好きだったんですけど、それが「ダルタニャン物語」のごく一部だと知ったのは大人になってから。小学校の頃に読んでたのは岩波少年文庫だし、きちんとしたのを読んでみたかったんですよねえ。でも全11巻だし長いですからね。読みたい読みたいと思いつつ早何年。いえ、去年だって北方水滸伝全19巻とか窯変源氏物語全14巻を読んでるし、読めば読めないわけじゃないはずなんですけど... 長い作品には、やっぱり何かきっかけが欲しいわけです。で、先日丁度いいきっかけがあったので読んでみることに~。
いやあ、やっぱり面白かった。訳が古めで騎士のことを「武士」、剣のことを「刀」なんて言ってるし、「枢機卿」も「枢機官」になってるんですけどね。そして逆に「妹のアドレスをダルタニャンに教えた」なんて文章があって、「アドレス? URL?」なんて思ってしまったり。(笑) でもこの面白さには、全然影響しないですね。今読んでもミレディーの悪女ぶりは凄まじいし、ダルタニャンって実は結構女ったらしだったのね...とびっくりしてみたり。アトスとポルトスとアラミスも、久しぶりで懐かしかったです! これは続きを読むのも楽しみ~。
今回読んだ「友を選らばば三銃士」「妖婦ミレディの秘密」の2冊で第1部、普通の「三銃士」に当たります。私が読んでいるのは図書館にあった講談社文庫版なので、ここでリンクしているブッキング版とは違うんですが、訳者さんが同じなので多分一緒かと。そして3~5巻は第2部で「二十年後」、6~11巻が第3部で「ブラジュロンヌ子爵」。この「三銃士」の時、ダルタニャンは20歳なんですけど、第2部ではいきなり40歳になっちゃうってわけですか。びっくり! 次は3~5巻を借りて来ようっと。(講談社文庫)
+シリーズ既刊の感想+
「ダルタニャン物語」1・2 A・デュマ
「ダルタニャン物語」3~5 A・デュマ
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1379年6月。ジョン・クランストン卿はランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの豪華な晩餐に招かれます。甥のリチャード2世の摂政を務めるジョン・オブ・ゴーントは野心の強い人物。この晩餐は、巨万の富を築いているクレモナの領主を接待するためのもの。国王を始めとするこのえり抜きの賓客たちと共に、なぜ自分が招かれているのかと不思議に思うクランストン。しかしその時、イタリア人の持ち込んだ不思議な謎が解けるかどうかという賭けを持ち出されたのです。それは、イタリア人の持つ郊外の館の「緋色の部屋」で4人もの人間が死んだ謎。イタリア人は、謎が解けない方に千クラウンを賭けるといいます。まんまとジョン・オブ・ゴーントの思惑に引っかかったことを悟りながらも、クランストンはその賭けに応じることに。
14世紀イギリスを舞台にした、検死官クランストン卿とアセルスタン修道士のシリーズ第3弾。
今回は「緋色の部屋の謎」、聖アーコンウォルド教会の敷石の下から発見された白骨死体の謎、そしてフラックフライアーズの修道院での連続殺人事件の謎と大きな謎が3つ。その中でも一番重要なのは「緋色の部屋の謎」。期限は2週間、解けなければ千クラウン払わなければならないんですから。でも連続殺人鬼を放置しておくわけにもいかないし、白骨死体のせいで奇跡騒ぎが起きてしまうし、どれも早急に解決しなくちゃいけません。
大酒飲みで大食らいで、所構わずげっぷやおならをしているクランストン卿。(これでも貴族!) モード夫人の「あなたって大口ばかりたたいて、大食らいでーー取り柄は、心が大きいことだけだわ。ときどき誰よりも賢くなることがあるけれど、それ以外のときは」という言葉がぴったり。本当はとても切れ者だし、実は権力には負けないまっとうな精神の持ち主なんですけどねえ。わざと酔いつぶれる寸前の酔っ払いという仮面をかぶってそれを隠しているみたい。彼が唯一恐れているのは、小柄なモード夫人だけ。夫人と生まれたばかりの双子の息子たちを溺愛する、いいお父さんです。そんなクランストンに比べると、アセルスタンは堅実でやや地味に見えるんですが... でもクランストン卿と比べたら誰でも地味に見えてしまうかも。アセルスタンもいい味出してます。今回は特に純な一面を見せてくれますしね。そんな2人が事件の捜査に乗り出すんですが、推理の部分で活躍するのはもっぱらアセルスタン。クランストンはほとんどのことをアセルスタンに任せっぱなしです。でも最後に見事なところを見せるのがクランストン。
このシリーズの大きな特徴である14世紀末の英国の風俗描写は相変わらず。排泄物の臭いが今にも漂ってきそうです。そんな不潔なロンドン下町の描写と対照的なのが、ジョン・オブ・ゴートの豪華極まりない晩餐会。リチャード2世とジョン・オブ・ゴーントの関係もとてもリアルでいいですねえ。歴史がどうなったのか知ってる読者としては、色々ニヤリとさせられちゃう箇所が~。そして一見穏やかに見えるけれども、実は権力欲が渦巻いている修道院の世界も面白いし。そんな歴史的な面白さも味わえるミステリです。(創元推理文庫)
+シリーズ既刊の感想+
「毒杯の囀り」ポール・ドハティ
「赤き死の訪れ」ポール・ドハティ
「神の家の災い」ポール・ドハティ
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ダヴンホール島のチャイナタウンで生まれ育ったマークは、生まれつき真っ白い髪をした少年。そのマークが、母親の足元に見知らぬ男の死体が横たわってるのを見たのは19歳の時。マークはそのまま回れ右をして島を出て行きます。島と本土を行き来する小さい船で働きながら、決して島に降り立とうとはしないマーク。そして15年が経った時。ダヴンホール島にやって来た青いドレスの娘に心を奪われたマークは、娘がなかなか戻って来ないのに苛立ち、15年ぶりに島に降り立ちます。しかし娘は見つからず、マークは母と再会。そして15年前に死んだ男の声、バニング・ジェーンライトの生涯を語る声を聞くことに...。
裏表紙に「仮に第二次大戦でドイツが敗けず、ヒトラーがまだ死んでいなかったら...」と書いてあったので、てっきりヒトラーのif物、第二次世界大戦でナチスが勝ち、その勢力が全世界に及んでいく話なのかと思ったら! いや、確かにヒトラーは生きてるんですけどね。そういう話ではなかったんですね。そして裏表紙に「ヒトラーの私設ポルノグラファーになった男を物語の中心に据え」ともあったので、最初に出てくる少年がそのポルノグラファーになるのかと思ったんですけど、どうやらそれも違うみたいで、そうこうしてるうちにバニング・ジェーンライトの話が始まっちゃうし。しかもそのバニング・ジェーンライトの話の中にも、いくつもの話の流れがあるんです。面白くてどんどん読み進めてしまうんですけど、えっ、これってどういうこと? 話はあとでちゃんと繋がるの? このまま読み進めちゃって本当に大丈夫...? なんて不安になってしまいました。
それでもとりあえず読み続けてたら。「あっ」と思った瞬間全てが繋がってました。そうか、よく分からなかったあの場面はこういうことだったのか! あれもこれも、そういうことだったのか! いきなり目の前がクリアになりました。オセロゲームで、いきなりパタパタと駒がひっくり返って、黒一色に見えた盤上が白一色になってしまった時みたいな感覚。
そうか、これはパラレルワールドじゃないんですね。パラレルワールドと言えるほど平行してないもの。捩れて絡まりあって侵食しあってます。そうか、クリストファー・プリーストの「双生児」か。あと、先日読んだばかりのガルシア=マルケス「百年の孤独」も? いや、凄かったな。これはもう一同最初に戻って読み返してみなくっちゃ。そうすれば、もう少し全体像を掴みながら読めるよね。ああ、作者の理解力を持ってこの作品を読みたい。って、理解力のなさを暴露してるようですが、そこはそれ、隅々まで理解したいということで♪
...で、結局カーラって誰だったんでしょうか?(す、すみません、よく分からなくて...)(白水uブックス)
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唐の高宗皇帝の時代。33歳の狄仁傑(ディー・レンチエ)判事は山東省の平来(ポンライ)の知事に任命され、腹心の助手・洪亮(ホン・リャン)と共に平来へ。途中襲ってきた義賊の馬栄(マー・ロン)と喬泰(チャオ・タイ)もディー判事の助手となり、4人は平来の町に到着。そこで待っていたのは、前任の判事が密室状態の書斎の中で亡くなっていたという不可解な事件でした。
先日、三省堂版の「中国黄金殺人事件」を読んだんですが、それと訳者さんが違うだけで、同じ作品です。いやー、翻訳ミステリ作品もそこそこ読んでるんですけど、ポケミスを読むのは実は初めてだったりします。(どきどき)
先日読んだ「中国黄金殺人事件」は、訳文がどうもダメで、ポケミス版でリベンジとなったんですが、こちらの方はまずまず。登場人物の名前がカタカナから漢字になったというだけでも、ぐんと読みやすくなりますねー。(翻訳物もよく読んでますが、カタカナの名前は本当はあんまり得意じゃないので) まあ、三省堂版にもいいところがあったので、全体的に比べると一長一短なんですけどね。私はこちらの方が断然楽しめました。
3つの謎を知事が解決するのが伝統だという公案小説の形式に則って、この作品も前任の王知事の殺人事件と、新婚の花嫁の失踪事件、そして平来政庁の役人の失踪事件という3つの事件が絡まりあって、1つの大きな事件となっています。でも1つになってるとは言っても、繋がるところは繋がるし別物のところは別物。その見極めがなかなか難しいんです。これが初の事件となるディー判事、トリックが判明してもそれだけでは犯人までは辿り着けなかったりと苦戦はするんですが、傍目には些細に見えるようなことから着実に手がかりを掴んでいきまます。全然思ってもみなかったところが、後々の伏線になってたりしてびっくり。ちょっとしたこともきちんと生かされてて感心しちゃった。これはシリーズの他の作品も読んでみたいです♪
でね、何が面白かったって髭ですよ髭! うさぎ屋さんが書いてらっしゃるのを読んで(記事)「えー、髭ねえ」なんて思ってたんですけど、今回読みながら色々想像して笑っちゃいました。(ハヤカワ・ミステリ)
+既読のロバート・ファン・ヒューリック作品の感想+
「中国黄金殺人事件」ロバート・ファン・フーリック
「東方の黄金」ロバート・ファン・ヒューリック
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派遣使として訪れた都市のことをフビライ汗に語り聞かせるマルコ・ポーロ。最初は東方の言葉にはまるで無知で、身振り手振りで伝えることしかできなかったマルコ・ポーロも、徐々に韃靼人や周辺の諸民族の言葉に慣れ親しみ、いつしか精緻詳細をきわめる報告をするようになっていたのです... 「東方見聞録」のマルコ・ポーロがフビライ汗に架空の都市のことを語るという趣向の作品。8章に分かれて55の架空の都市のことが語られていて、各章の最初と最後にマルコ・ポーロとフビライ汗の会話があります。
これが「見えない都市」という題名なんですけど、見えないどころか、文字を追うごとにそれぞれの都市の情景が頭の中に次々に鮮明に浮かび上がっていくようで、その濃密さに息苦しくなってしまいそうなほどなんです。すごいですね、これは。でも読み始めてすぐに一体いつの時代の都市のことなのかと考えさせれることになります。一昔前の華やかな都市を思わせる描写の中に登場するのはアルミニウムづくりの塔であったり、摩天楼であったり、整備された上下水道だったり... 海をゆく交通手段といえばまず帆船だった大航海時代に、蒸気船や飛行船、地底列車が。それぞれの都市の姿もすごくユニーク。高い柱の上にそそり立つ都市であったり、奈落の底の上に宙吊りになっている都市であったり、壁も床も天井もなく水道管だけが縦横無尽に張り巡らされている都市であったり。人間同士の様々な関係をより堅固にするために戸口から戸口へと糸を張り渡していき、通り抜けられないほど張り巡らされると、その都市を捨ててまた別の場所に都市を再建することを繰り返していたり。
そのまま物語が生まれてきそうな都市も多いんですけど、読んでいるとなんだか既に世界は終わってしまっていて、どこかからその亡霊のような残像を眺めてるような気がしてきます...。
でも、こんな感じで情景が立ち上がってくる作品は大好きだし、今回はそれだけで面白く読んでしまったんですが、本当はこれらの都市の描写を通して、様々なことが語られているんですよね、きっと。マルコ・ポーロとフビライ汗の会話もとても暗示的だし。...この会話がまたすごくいいんです。時間を置いてもう一度読み返したら、その時はまた全然違うものが見えてきそうな気がします。まるで詩のような物語。(河出文庫)
+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ
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14世紀初頭のイギリス。スティーヴンは伯爵の息子ながらも、幼い頃に犬に噛まれたのが原因で犬を怖がるようになり、しかも内気で心優しい性格だったために、実の姉妹や腹ちがいの兄弟姉妹にいじめられる毎日。本人も自分のことを臆病だと思い込んでいました。父親の伯爵も、スティーヴンを騎士にするのではなく修道院に入れようと考えていたのです。そんなある日、伯爵家の猟犬が7匹の子供を産み、そのうちの一番弱い仔犬が殺されようとしているのを知ったスティーヴンは、思わずその仔犬を引き取ると言ってしまいます。はじめは引き取った仔犬を密かに捨てようとするスティーヴンでしたが、崖から落ちた仔犬を助けたことから、徐々に仔犬に対する愛情を持ち、犬に対する恐怖心を克服することに。
先日読んだ高柳佐知子さんの「ケルトの国へ妖精を探しに」(感想)に出てきて興味を持った本。修道僧が福音書を描いている場面の描写が詳細だというのが読みたいなと思ったポイントで、実際その場面も満足したんですけど、いやあ、全体的にもとてもいいお話でした!
主人公のスティーヴンはとても感受性が鋭い少年なんです。物の形や色彩にも敏感で、明らかに絵の才能があるんだなという感じ。でもこの時代のことだから、男の子は何よりも騎士になるのが一番とされてるんですよね。見るからに騎士に向いてないスティーヴンは、単なる落ちこぼれ。出来損ない。誰もスティーヴンの才能や長所に気づくことがないんです。本人ですら、自分が臆病で何もできない人間だと思い込んでるし... まさに「みにくいあひるの子」状態。しかもあひるの子なら大きくなって白鳥になった自分を見ることができるのに、スティーヴンには確認する手段が全然なくて。
そんなスティーヴンに、少しずつ自信を付けさせてくれたのが犬のアミール、師となったペイガン卿、そして従者となったトマス。中でもペイガン卿の言葉は、スティーヴンに大きな影響を及ぼしてます。
じぶんのことを他人に決めてもらってはいけない。じぶんが生きたいと思うとおりに人生を生きるんだ。他人にこうすべきだと指図されて生きたりしてはだめだ。自分らしく生きなさい。そしてなんでもやりたいことがあったら、精魂込めてやるんだ。
なによりも、いつもじぶんらしく生きるんだ。他人を傷つけさえしなければ、恐れずに自分のやりたいことをやりたまえ。神はわれわれを、それぞれ別々に形造ってくださった。もし神がきみをふつうとはちがった型に入れて造るのがいいとお思いになったのなら、臆することなく人とちがっていればいいのだ。
出会いがあれば別れもあるし、それにとっても長い回り道だったんですけど、それだけに最終的に見つけた自分だけの道はスティーヴンにとって実りが大きいはず。最後にあの頑固な人の後悔も癒されることになって良かったわー。長い長い自分探しの旅の話でした。児童書なんですけど、大人にも十分読み応えがあると思います♪(すぐ書房)