Catégories:“児童書・YA(翻訳)”

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アウヘンスキオフ城に住むキャサリンと村に住むケイトは、幼い頃から大の仲良し。なかなか自由には会えないものの、少しでも機会をみつけては一緒に過ごしていました。キャサリンが12歳になる頃、乳母のゲルダが結婚して外国に行くことになり、キャサリンの父は新しい乳母を探す代わりに、ケイトの母親のグリゼル・マックスウェル夫人と再婚。キャサリンとケイトは姉妹となることに。しかしグリゼルは魔女だったのです。野育ちのケイトが、美しく気立ての良い継子キャサリンに負けているのを見たグリゼルは、夫の留守の間にじわじわとキャサリンを追い詰め始めます。

スコットランドのギャロウェイ地方に伝わるケイト・クラッカーナッツの伝承がメインモチーフになっているんですが、ブリッグズがその背景として選んだのは17世紀半ばのスコットランド。1649年のチャールズ一世の処刑とそれに続く内戦という激動の時代を舞台にしています。読んでいると、まるで歴史小説みたい。でもそんなところに妖精や魔女が登場しても、全然違和感がないんですよね。逆に、そういう存在が本当にスコットランドやイングランドの日常に根ざした存在だったんだなあと感じられるほどです。
継母が実は魔女だったというのは、「シンデレラ」を始めとするおとぎ話によくあるパターンなんですが、先妻と後妻の娘同士が実の姉妹のように仲良くなるという展開はちょっと見ないですね。ケイトは、キャサリンを母親の悪意から守ろうとしながらも、母親に愛情を示されるとやっぱり嬉しくなるし、魔女を忌まわしく感じながらも、同時に強く惹かれるものも感じているし、キャサリンのためには魔女が死んで嬉しいけど、母親を失うのはやっぱり悲しいんですよね。でもそんな板ばさみの状況もしっかり受けとめていて、基本的に守られるだけのキャサリンよりもずっと魅力的でした。この2人、どちらも「ケイト」ですけど、「ケイト・クラッカーナッツ」と呼ばれるのは、キャサリンではなくてケイトの方。やっぱり彼女が主人公なんですね。(岩波書店)


+既読のキャサリン・ブリッグズ作品の感想+
「妖精 Who's Who」キャサリン・ブリッグズ
「魔女とふたりのケイト」K.M.ブリッグズ

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小さな村の産婆として暮らしている「わたし」は、娘のアーザと2人暮らし。「醜い女」と呼ばれる「わたし」とは裏腹に、5歳のアーザはとても美しい女の子。「わたし」は、村の女バーラの口利きで村人や近隣の貴族のお産を手伝い、アーザのために治療師として悪魔を追い払うことも勉強し始めます。

「ヘンゼルとグレーテル」を本歌取りしている作品。物語はヘンゼルとグレーテルがお菓子の家にやって来るずっと前から始まります。魔女がまだ魔女ではなかった、娘を愛する普通の母親だった頃に始まる物語。
ただ一度の失敗が女魔術師を追い込んで、娘を守るためとは言え、本物の魔女にしてしまうんですよね。「わたし」は、悪魔の誘惑に耳を貸さないように気をつけて暮らしてるんですが、それでもじわじわと周囲から追い詰められてしまいます。...でもこれを読んでると、魔女と人間の決定的な違いって何なんだろう?って思っちゃうんですよね。結局のところ、彼女は本当に魔女になったんではなくて、なったと思い込まされていただけのような気がしてしまう...。それに彼女を本物の魔女にしてしまったのは物語の上では悪魔なんですけど、本当は村人たちだと思うんですよね。病気や出産の時に、「わたし」にたびたび助けられていたのに... そのことを忘れなかったのは、ペーターという少年1人だけ。
1人の女性の哀しい末路の物語であり、同時に魔女を焼き殺してしまったグレーテルの行動に対する免罪符ともなる物語。グリム童話が残酷だというのはよく言われることですが、これもまた残酷な別の話です。(青山出版社)


+既読のドナ・ジョー・ナポリ作品の感想+
「逃れの森の魔女」ドナ・ジョー・ナポリ
「クレイジー・ジャック」ドナ・ジョー・ナポリ
「バウンド 纏足」ドナ・ジョー・ナポリ

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湖のほとりのカシの木に金の鎖で繋がれている博学の猫が語ったのは、遥か彼方の国の物語。若い魔女・チンギスは、ある日叫び声を聞きつけます。それは冷酷非常なギドン皇帝のただ1人の息子、サファ王子の声。皇帝は世継を得るために結婚し、后も無事に懐妊したものの、いざ世継が生まれるとなると自分の地位への不安を感じた皇帝は、サファを宮殿の一番高い塔のてっぺんの部屋に閉じ込めたまま忘れてしまったのです...という「ゴースト・ドラム」。
アイスランドの邪悪な魔法使い・クヴェルドルフは、最果ての国・テューレの女王が結婚相手を探していると聞き、我こそはと考えます。そしてアイスランドで一番語るのが上手いネコのトードという男に、女王の前で自分を称えてもらおうと考えるのですが、両親の死のきっかけとなったクヴェルドルフの行いを忘れていないネコのトードは、申し出をきっぱりと断ります... という「オーディンとのろわれた語り部」。

スーザン・プライス2冊。
「オーディンとのろわれた語り部」は、アイスランドの民話にヒントを得てスーザン・プライスが作り出した作品だそうです。これはこれで悪くなかったんですけど... 私にはちょっと短すぎたかも。字も大きくて読みにくかったんですよね。この2冊を比べてしまうと、断然「ゴースト・ドラム」が良かったです。なのに「ゴースト・ドラム」の画像がなくて残念。
「オーディンとのろわれた語り部」はアイスランドが舞台。でも「ゴースト・ドラム」はどこなんだろう... 1年の半分が冷たく暗い冬だという凍てついた国、ということしか書かれていません。それだけならアイスランドでも良さそうなものなんですが、北欧神話系ではないですね。むしろロシアの雰囲気。スラヴ系の神話かな? 博学の猫が語るという形式がとても雰囲気を出していて良かったし、魔女がチンギスを育てていく過程も面白かったし... 魔女は普通に子育てをするのではなくて、ゴースト・ドラムという太鼓を叩きながら歌うんです。丸1年間歌い終わった時には、最初毛布にくるまっていたはずの赤ん坊は、既に20歳の娘に! 魔法の修業も面白かったです。世界で最も大切な3つの魔法とは「言葉」「文字」「音楽」という話にも、すごく説得力があって。
一応児童書なんですけど、児童書とは到底思えない作品。壮絶に血が流され続ける暗い歴史、といったところは「エルフギフト」(感想)と共通していて、あとがきで金原瑞人さんが書かれている通り、いわゆる「教育的配慮」がまるでないんですね。でもこれが凄い迫力。短い作品ながらも強烈なインパクトがあって、ずっしりと重い手ごたえがありました。寸分の無駄もないって、こういう作品のことなのかも。この作品はシリーズ物で2作の続編があるようなので、ぜひ訳して欲しいなあ。(福武書店・徳間書店)


+既読のスーザン・プライス作品の感想+
「エルフギフト」上下 スーザン・プライス
「ゴースト・ドラム」「オーディンとのろわれた語り部」スーザン・プライス
「500年のトンネル」上下 スーザン・プライス

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魔法の力を授かったフィンカイラの若者たちは、7つの魔法の基礎を学び終えると、力呼びの儀式のために魔法の楽器作りに取り掛かる慣わし。14歳になったマーリンもサルテリーという小さな竪琴を作ります。儀式が成功ならサルテリーはひとりでに鳴り出し、魔法の力を呼び起こすはず。しかし儀式が上手くいくかと思われたちょうどその時、弦が一斉に切れてサルテリーは空中で燃えてしまったのです。そこに現れたのは、ドワーフ族の女王であり魔術師でもあるウルナルダ。はるか北の失われし地ロストランドで伝説の皇帝竜・バルディアグが目覚めようとしており、マーリン以外にバルディアグを倒せるものはいないというのです。

ということで、3巻から5巻まで一気に読みました。3巻ではまだ作者が無理矢理波風を立ててるように感じてしまったし、読んでいて歯がゆくなってしまうほど未熟なマーリンにうんざりしてたんですが、4巻になっていきなり面白くなりました。物語の展開としてもとても自然になったと思います。作者がマーリンの頭を押さえつけておく必要もそろそろなくなった? しかも、マーリンの将来と直接的に繋がる部分があったのも面白かった。なんだかT.H.ホワイトの「永遠の王」(感想)みたい!と思う場面もありました。5巻は4巻ほどではなかったけど、まずまず、かな。
ただ、本国ではこの続編として、「アバロン」シリーズも刊行されているところなんだそうですが、それが訳されても、読むかどうかは...。今回の主人公はマーリンではないようなんですけどね。書いてる人は同じだからなー。(主婦の友社)


+シリーズ既刊の感想+
「マーリン」1・2 T.A.バロン
「マーリン」3~5 T.A.バロン

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アーサー王伝説で有名な魔法使い・マーリンの少年時代の物語。作者のT.A.バロンは、アメリカ生まれのアメリカ育ちながらもオックスフォード大学に留学し、ケルトの伝説やアーサー王文学に惹きつけられたのだそう。そしてどの伝説にも書かれていないマーリンの少年時代、魔法使いになるまでの物語を書いたのだそうです。
第1巻は記憶を失った少年・エムリス(マーリン)が幻の島・フィンカイラに辿り着いて、悪神・リタガウルに操られるスタングマー王を倒す物語、第2巻は荒れ果てたフィンカイラの大地を蘇らせる役目を担ったエムリスがその役目を途中で放り出した結果、母親がリタガウルの策略にひっかかってしまい、母親を助けるために7つの歌の極意を探る旅に出る物語。

アーサー王伝説をモチーフにしてるとくれば、しかも主人公がマーリンとくれば、読まずにはいられないんですけど... うーん、これはどうなんでしょう。アーサー王伝説に繋がる世界を作り上げようと色々頑張ってるのは分かるんだけど、どれもこれも小ワザに見えてしまうー。いくらギリシャ神話やケルトの伝承を持ち出してきても、それだけではアーサー王伝説の重厚さは描けないと思うんですよねえ。そしてそれ以上に、主人公に感情移入できないのがツラいところ。もうほんと、鼻持ちならない少年なんです。しかも作者が物語に波風を立てるために、マーリンをなかなか成長させないでおこうとしているように感じられてしまったのが...。主人公が失敗を通して成長していくのはいいんですけど、そこに説得力を出すかどうかは、作者の腕の見せ所のはず。それに、2巻の7つの歌の極意を知る旅という展開は、すごく面白いものになりそうだったのに、それぞれの極意があっさりと分かってしまったのが残念。この辺りがもう少しじっくりと書き込んであれば良かったのに。きっと7つというのが多すぎたんでしょうね。それなら5つとか3つでは? ケルト的には、どっちの数字でも良かったでしょうに。
これがどんな風にアーサー王伝説に繋がっていくのか見届けたいので、こうなったら全5巻読むつもりですが、次こそちょっとは成長しておいてよ、マーリン!と言いたい気分です。(主婦の友社)

これを読んでいたら、無性にロイド・アリグザンダーのプリデイン物語シリーズが読みたくなってきました。プリデイン物語シリーズ、子供の頃に好きだったんですよね。子供心にも深みが少し足りないような気はしたんですが(笑)、マビノギオン(感想)がベースになってるそうなので、今読んだらその頃とはまた違う意味でも色々と面白いのではないかと。私にとっては、初ケルトの作品だったのではないかと思います。


+シリーズ既刊の感想+
「マーリン」1・2 T.A.バロン
「マーリン」3~5 T.A.バロン

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南イングランドのサクソン人の王国で臨終の王・エアドムンドを取り囲んでいたのは、王の兄弟で唯一の生き残りのアセルリックと、王妃との間にできたアンウィン、ハンティング、ウルフウィアードの3王子。王は次の王を指名しておらず、このままでいけば、賢人会議はアセルリックを指名するのではないかと考えられていました。しかしその時、エアドムンドが意識を取り戻したのです。エアドムンドが次の王にと指名したのは、エアドムンドと森のエルフの間に出来た子のエルフギフト。母親はエルフギフトを産み落としてすぐに死に、王はエルフギフトを乳母に託して農場に住まわせ、そのままになっていました。王の言葉を聞いたアンウィンは、早速弟のハンティングにエルフギフトを討つように言い、ハンティングは兵士を引き連れて農場へと向かいます。

いやー、面白かった。一応児童書なんですけど、ものすごく生々しくて力強くて、重厚な物語でした。
表向きは血族同士で王位を巡って骨肉の争いを繰り広げる物語で、同時にゲルマン神話のオーディンやトールを信仰する人々と、唯一神であるキリストを信仰する人々の対立の物語でもあるんですけど、それ以上に、神話の世界と地続きのような物語なんです。本の紹介にも「ゲルマン神話の世界観で語られる重厚なファンタジー」とある通り、ワルキューレやオーディンが登場するし、柱に刺さっている「オーディンの約束」という剣をエルフギフトが引き抜く場面は、まるでニーベルンゲン伝説。でも、同じぐらいケルト神話の要素も入ってますね。半人半エルフのエルフギフトは、まるでケルト神話のクーフリンみたい。同じように異界で戦う技術を身につけるし、同じように死期も既に定められているんです。エルフギフトがワルキューレに連れられて行く異界の描写は、ヴァルハラというよりもむしろティル・ナ・ヌォグのイメージ... というのは個人的な印象なんだけど... そして叫ぶ石とか大釜といったモチーフもケルト的。...なんて細かいことはどうでもいいんですけど。(笑)
一応主人公はエルフギフトのはずなんですけど、でもむしろ神々の物語のような気がします。この物語に登場する人々は、それぞれに最善を尽くしてはいるんだけど、所詮は神々の操る駒にすぎないような... 神々の気紛れに振り回されてるという印象。そしてそれはエルフギフトも同じ。半分のエルフの血のせいか人間の世界にはあまり馴染んでいなかったエルフギフトも、本来なら神々の側に入る資格を持っていたようなのに、愛するワルキューレを失う覚悟でウルフウィアードの助命を嘆願した時に、その神性が失われてしまったようなんですね。それも神々の気紛れとしか思えない... だからこそ、最後にエルフギフトの血が流される必要があったのかな、とも思うんですが。...圧倒的な死と再生の物語でした。でも物語が幕を引いても、そこにあるのは平和な世の中ではないんですよね。
いや、いいですねえ、スーザン・プライス。他の作品も読んでみたいです!(ポプラ社)


+既読のスーザン・プライス作品の感想+
「エルフギフト」上下 スーザン・プライス
「ゴースト・ドラム」「オーディンとのろわれた語り部」スーザン・プライス
「500年のトンネル」上下 スーザン・プライス

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風も波も土地も、全てのものが音楽でコントロールされている世界... 歌使いになるための訓練が行われているこだまの島では、少し前から続いている嵐のために難破した本土の船の破片を探すために、年長の生徒たちが浜辺へと出てきていました。ひどい頭痛に悩まされていたライアルもその1 人。そんなライアルの耳に聞こえてきたのは、今まで一度も聞いたことがない、荒々しい歌。奇妙な船がやってきて、子供たちが食われてしまうという歌詞に、ライアルは思わず悲鳴を上げます。それは半人のマーリーの歌声。周囲の生徒たちには全く聞こえず、ライアルだけがそれを聞いたのです。一方、日頃からライアルを敵視し、上の者たちが自分の能力を軽視していると考えていたケロンは、洞窟の中で難破した船に乗っていた水夫を見つけ、その水夫を助けてこっそり本土へと渡ろうと考えていました。

エコリウムの5つの歌という言葉のない歌が支配する世界が舞台の物語。この世界の歌使いたちは時と場合に応じて、夢の歌チャラ、笑いの歌カシュ、苦しみの歌シー、恐怖の歌アウシャン、死の歌イェーンを歌い、聴いた者の記憶や感情をコントロールするという設定。歌が力を持つ世界という設定自体は、きっと他にもあるんでしょうけど、それでも魅力的。5つの歌は、ちょっと「古王国記」(感想)に出てくるハンドベルみたい。でも、巻頭に「「歌使い」たちの世界へのガイド」として、登場人物や語句に関する説明があるんですけど、こういうのって本来なら物語の中で説明されるべきですよね。まず本文ありきのはずなのに、ここの説明は物語の中の説明よりもずっと詳しいんです。全然分からない世界の物語なので、実際にはこのページがあって助かったんですけど、やっぱり何か違ーう。本文中の説明がもっと丁寧だったら良かったのに。長くなってしまうのは分かるんですけど、でも異世界を描く時には、もっときちんとに描写して欲しいです。
中には残酷な場面もあったりして、その辺りは正直好きではないんですが、マーリー(人魚)やケツァル(鳥人)といった半人たちを交えた物語自体は、なかなか面白かったです。でも主人公のはずのライアルよりも、ケロンの方が印象が強いような... まるでケロンの成長物語のようでした。(サンマーク出版)


+既読のキャサリン・ロバーツ作品の感想+
「ライアルと5つの魔法の歌」キャサリン・ロバーツ
「バビロン・ゲーム」キャサリン・ロバーツ

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Note


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