Catégories:“児童書・YA(翻訳)”

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濃い霧にまかれて道に迷ったガウェインが辿り着いたのは、ゴーム谷のグリムの屋敷。ガウェインはどこか不吉なものを感じながらも、ここで一夜の宿を取ることに。夕食後、用意されていた部屋に戻ったガウェインは、寝台にグリムの娘・グドルーンがいるのを見て驚きます。なんと父親に言われて来たのだというのです。その場は礼儀正しくグドルーンを退けるガウェイン。しかしガウェインは後日グリムに、娘を襲ったという濡れ衣を着せられて訴えられ、そのために「すべての女が最も望んでいることとはなにか?」という問いの答を探すことに。

「五月の鷹」とはガウェインのこと。その題名通り、アーサー王伝説のガウェインが主人公の物語です。これは児童書なのかな? 伝説のエピソードが色々組み合わせられていたり、元の話に囚われずに自由に発展していて、意外なほど面白かったです~。特に楽しかったのは、時折他のエピソードらしきものが顔を出すところ。閉じ込められてしまったマーリンも声だけで登場しますし、あとはガウェインが1年間の探求の旅に出ている時に、とある泉に辿り着く場面が好き♪ これは「マビノギオン」で、「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」にも登場する泉です。そこには「なにかを待ち望んでいるような雰囲気」があり、ガウェインも何かをしなければいけないと感じるのですが、「たとえここに探し求めるべき冒険があるとしても、それは私がおこなうものではないのだ」と分かって、ガウェインは水を飲むだけで立ち去ることになります。確かにこれはガウェインではなくて、従兄弟のイウェインの冒険。こんな感じで、「あそこに繋がっていくのかな?」みたいな部分が色々あるんです。あとがきで訳者の斎藤倫子さんが「作者自身も楽しんで--ほとんど遊び心といってもいい感覚で--書いたもののように思われてなりません」と書かれていましたが、本当にその通りなのではないかと思います。
ガウェインの弟たち、アグラウェインやガヘリス、ガレスも個性的に描き分けられていたし、グウィネヴィアもちょっと珍しいほど素敵な女性に描かれていました。ただ1つ不満なのは、老婆・ラグニルドが必要以上に下品に振舞っているようにしか見えないこと。下品に振舞って尚、認められることが必要だった? それとも下品な性格もまたラグニルドにかけられた魔法のうち? 確かに伝説の方でもその通りなんですけど、ここに一言添えられていたら、もっと説得力があったのになあ。(福武書店)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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「おしろいとスカート」
妖精に育てられた少年王スーシとミニョン・ミネット姫の物語「ミニョン・ミネット」、貧しい農夫が撫子の鉢と銀の指輪を残した娘のフェリシアは実は姫君だった...という「フェリシア-または撫子の鉢」、宮殿の門衛となったジョンは、姫を笑わせるために、姫に求婚し定め通り幽霊屋敷で一夜を明かすという「ジョンと幽霊」の3編。
「十二人の踊る姫君」
2人の妖精の女王の座の争いに人間が巻き込まれる「ロザニー姫と浮気な王子さま」、12人のお姫さまの靴が朝になると擦り切れている謎を解けばお姫さまの1人と結婚できるという「十二人の踊る姫君」、一度は富豪になりながら全てを失った男が禁断の扉を開ける「笑わぬ男」、芝生の真ん中にいる兵士の謎を解く「ロシア皇后のすみれ」の4編。

日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。元々この2冊は1冊で、「おしろいとスカート」という題名だったみたいです。この題名は、妖精物語の変遷史の中で「パウダー(おしろい)」と呼ばれる時期と「クリノリン(スカート)」と呼ばれる時期があったことから来ているのだそう。クリノリンというのは、下に輪状の骨組みを入れてスカートをふわっと膨らませたスタイル。でも妖精物語の黄金期とも言える「パウダー」時代の作品は沢山あるのに、「クリノリン」時代の物語を探すのは、なかなか大変だったのだとか... それならなんで「クリノリン」と名付けられるような時期があるの? なんて思っちゃうんですけど、これはビクトリア時代と重なってるようなので、もしかしたら妖精は人気でも、物語よりも絵画の方が多かったのかもしれないですね。「パウダー」期と「クリノリン」期の作品の違いは、アールヌーボーとアールデコの違いみたいなイメージでした。(なんとなく、ですけどね)

私が特に好きだったのは「ミニョン・ミネット」かな。「ミニョン・ミネット」に登場するディアファニー姫は、ジョージ・マクドナルドの「かるいお姫さま」みたいだけど、マクドナルドはこの物語からヒントを得たのでしょうか? 「フェリシア-または撫子の鉢」は王子さまにおっと驚いたし、「ジョンと幽霊」はトルストイの「イワンのばか」みたいな感じ。「ロザニー姫と浮気な王子さま」は、競い合う妖精が大迷惑なんですけど、なんか許せてしまうし、「十二人の踊る姫君」は、エロール・ル・カインの絵本でも美しかったけど、こちらも素敵でした。話が微妙に違うのがまた楽しいです。「笑わぬ男」は、ホラー系。「ロシア皇后のすみれ」は、以前どこかで読んだことがあるんですけど、これって実話だったんですね。微笑ましい~。
そしてこの2冊には、カイ・ニールセンの挿絵がついてるんですけど、これがまた美しいのです。どちらも表紙の画像が出なくて残念~ なので、洋書の画像を出しておきますね。カイ・ニールセンの描く女性は皆柳腰で、どこか竹久夢二の絵を思い出します。でもとても華奢なんですけど、すっと伸びた背筋が凛としてるんです。特に好きだった絵は、ミニョン・ミニット姫がスーシを助けに行く場面。これは文句なしに美しいです。あとディアファニー姫が飛んでいってしまう場面と、フェリシアがおしゃべりな牝鶏の話を聞く場面は、2人の驚いたような表情がとても可愛いくて~。案外表情が豊かなんですね。カイ・ニールセンが活躍したのはアール・ヌーボー期なので、彼の描く絵の構図にもどこか日本の影響が感じられるようで、宮廷風の華やかさながら、なんだかとても懐かしい気がしました。(新書館)

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ヘンリー二世が治めていた頃のイングランド。シャーウッドの緑の森の中に、ロビン・フッドという名高いお尋ね者とその仲間たちが住んでいました。ロビンがお尋ね者になったのは、18歳の若者だった頃。ノッチンガムの郡長が催す弓試合に参加しようと歩いていたロビンは、森役人にからかわれて怒り、王様の鹿だけでなく森役人の1人も射殺してしまったのです。それ以来、シャーウッドの森の奥深くに隠れ住む生活。しかしロビンの周囲には同じようなお尋ね者たちが集まって緑の森を駆け回り、弓試合や棒試合をしながら、森の鹿を食べ、自分たちで作ったビールを飲んで毎日を楽しく暮らしていたのです

子供の頃から大好きだった本。まず陽気で明るくて弓が上手なロビン・フッドがかっこいいんですよね。それに物語が進むにつれてどんどん仲間が増えていく様子も楽しい! しょっちゅう誰かと勝負してるんですけど、相手の強さに惚れ込んで仲間に勧誘しちゃうんです。ロビンも相当強いけど、完全に無敵になっちゃうほど強いわけじゃないのが、また人間らしくていいのかも。時々負けて苦笑いしてますしね。そしてロビンの仲間も、個性派揃い。大男なのに「小人」のジョーンや酒飲みのタック坊主、すばしっこいウィル・スタトレイや、気取り屋のようでいて実は強い赤服のウィル、素敵な歌を奏でる吟遊詩人のアラン・ア・デールなどなど。でも、この本を読むまですっかり忘れてたんですけど、この本の終盤でロビンはリチャード一世とすっかり親しくなって、ハンチングトン侯なんかになっちゃってたんでした... そういえばそうでした。それでリチャード一世と十字軍に遠征するんですよね。でもその部分は駆け足でささっと語られてるので、2度目以降に読む時は、読んでる私もすっかり駆け足になってたかも。愉しいままで終わらせてくれる本ってなかなかないのよねえ、なんて思いながら。

そして子供の頃読んでた時は知らなかったんですが、この本の挿絵は作者のハワード・パイル自身が描いたものなのだそうです。子供の好みかどうかはともかく、どれも雰囲気たっぷりでなかなか素敵なんですよー。表紙の絵もそうです。挿絵の中で一番好きなのは、ロビンが肉屋になった場面。相手の娘さんがとても嬉しそうで微笑ましい♪ でもこのパイルはアメリカ人で、実はイギリスを訪れたことがないと知ってびっくり。日本でロビン・フッドと言えば、まずこの作品が出てくるんじゃないかと思うんですけど、それを書いたのがイギリスに行ったことのないアメリカ人だったとは。そしてハワード・パイルにはアーサー王物の4部作もあるそうなんです。でも日本語には訳されてないらしくって、とっても残念。読んでみたいなー。(岩波少年文庫)

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ピーター、シーラ、ハンフリーにサンディーは、ラディクリフ村に住んでいる4人きょうだい。ある日、1人で町の歯医者に行ったピーターが、治療の後ぶらぶらとお店を見て歩いていると、いつの間にか見慣れない薄暗い通りに入り込んでいました。覗き込んだ小さな店の中には、ピーターが丁度欲しがっていたような小さな船が。ピーターは、店の奥から出てきた黒い眼帯をした年を取った男の人から、「いまもっているお金全部と--それから、もうすこし」を使ってその船を買うことに。

これは子供の頃から大好きな作品。北欧神話を知ったのは、この物語がきっかけなんです。だってこの物語に登場する「とぶ船」は、北欧神話の神フレイのスキードブラドニールなんですもん。そもそもピーターにこの船を売ったのは、オーディンその人。というので再読したかったのもあるんですけど... それよりも、この話にもそういえばロビン・フッドが出てきたなあ、なんて思って本棚から出してきたら、思わず最初から最後まで読んでしまったんですよね。イギリスの児童文学に多い4人きょうだいの冒険物です。

子供たちの冒険の行き先は、空間移動しさえすれば行ける現代の場所から、時間も超えなくてはいけない歴史の中まで様々。でも単に「あそこに行こう」で行って帰るだけじゃなくて、1つの冒険が次の冒険へと繋がっていくのがいいんです。例えば現代のエジプトの「岩の墓」を見に行って、そこの壁にとぶ船と4人の神々の話が書かれていると知り、次にその話が書かれたアメネハット一世の時代のエジプトに行くことにしたり。(エジプトへの旅が現在と過去を合わせて3度もあるんですけど、当時はエジプトが人気だったのかな?)
アースガルドに行って北欧神話の神々と会う場面も堪らないんですが、冒険の中で一番好きなのは、ウィリアム征服王時代のイギリス(1073年)へ行ってマチルダという少女に会うところ。マチルダと仲良くなった4人は、後でまた同じ時代に行って、マチルダを4人の住む現代(1939年)に招待するんです。過去の人間をあっさり連れて来ちゃうというのは子供の頃もびっくりだったけど、今読んでもやっぱり大胆。で、このマチルダがいいんですよねえ。マチルダが古いノルマン教会を見ている場面がすごく好き。マチルダは現代の生活を楽しみながらも、自分は自分の時代で自分らしく生きなければと言って帰っていきます。そしてロビン・フッドの時代への冒険は、マチルダを迎えに行く途中で船から落とした模型機関車を探しに行くというところで登場します。

これだけの冒険をしながら、4人が徐々に魔法を信じなくなっていくのが、子供の頃どうしても納得できなかった部分なんですけど、今読むと、文字通りの意味じゃないのが分かって、違う感慨が。
あと、4人の食べる夕食が、子供の頃も不思議だったんですけど、今読んでもやっぱり不思議。ピーターは干し葡萄を一握りとチョコレートビスケット2つ、シーラはジャムトースト2つにチョコレートを1杯、ハンフリーはオレンジ1つリンゴ1つに、レモンに砂糖を沢山入れて作ったレモネードが1杯、サンディーは金色のシロップをかけたいり米に、ミルク1杯とバナナ1本なんですよー。これが毎日。サンディーの「金色のシロップをかけたいり米」って何だろう。蜂蜜をかけたシリアルかな? 描写がなんとも美味しそうです♪(岩波少年文庫)

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  [amazon] [amazon] 先日エロール・ル・カインの絵本をまとめ読みしてから(記事)、絵の美しい本を無性に読みたくなって、今度はアーサー・ラッカムの本を借りてきました。こちらは絵本というより、普通の児童書ですね。ラッカムの本は、以前ワーグナーの「ニーベルングの指環」全4巻を読んで以来。上に画像を出したのは「シンデレラ」(C.S.エヴァンス編)と「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル)だけですが、他にも「ウンディーネ」(M.フーケー)、「リップ・ヴァン・ウィンクル」(ワシントン・アーヴィング)、「ピーター・パン」(J.M.バリー)を読みました。

「リップ・ヴァン・ウィンクル」と「ピーター・パン」は、1冊の本に40~50枚ものカラーの挿絵が入っていて、それはそれでとても堪能できたんですが... 読んでいて面白かったり、本として好きだったのは「シンデレラ」「ウンディーネ」「不思議の国のアリス」の方かな。絵を見たいだけなら画集を見ればいいんですけど、本として読むからには、絵だけを求めてるというわけではないのでしょう、きっと。特に「ウンディーネ」は、フーケーの原作もとても美しくて哀しい異種族婚礼譚で大好きな話。(感想) ラッカムの絵がまた特別美しくて、その作品にとてもよく似合ってるように思いました。ものすごく素敵~。(右の絵は風に語りかけているウンディーネ)
「不思議の国のアリス」は、本当はジョン・テニエルの絵が有名ですが、ラッカムの絵もいいですねえ。このお話を読んだのも随分と久しぶり。ご存知の通りナンセンスたっぷりのお話なんですが、こまめに注釈がついているのもとても親切で良かったです。作中に変形されて出てくる詩の元の文章とか、駄洒落部分が原文ではどうなってるか、とかね。やっぱり面白いなあ。
そして「シンデレラ」は、上の表紙の画像にもある通りの影絵のような絵ばかり。ラッカムってこういう絵も描いてるんですねー。知らなかった。普段の絵もとても好きなんですが、こういうのも好き~。話はペロー版が元になってるようなんですが、C.S.エヴァンスによって近代的な演出がされていて(シンデレラが実母の死後に寄宿学校に入れられたり)、お話もとても面白かったです。(新書館)

そして絵の美しい本、次回はカイ・ニールセンの予定です。(笑)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵
 

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昔々、今私たちが見ている太陽や月とはまた違う太陽や月があった頃。アースガルドにはオージンやトール、ローキ、フリッダやフレイヤ、その他にも沢山の神々がおり、世界には沢山の人間がいました。しかしある時、太陽や月が狼によって食い殺され神々が滅ぼされる、ラグナリョーク「神々の黄昏」と呼ばれる出来事が起きたのです...。

いわゆる北欧神話であるエッダやスノリのエッダを元に、アイルランドの詩人で劇作家のパードリック・コラムが再話したもの。これは随分前に一度読んでるので、久々の再読です。多少コラムの創作も入っているようですが、少年少女向けだけあって何といっても分かりやすい! アーサー王伝説に関しても、岩波少年文庫から出ていたR.L.グリーン版「アーサー王物語」が、結局のところ一番分かりやすくまとまってたんじゃないかと私は思ってるし、やっぱり岩波少年文庫は侮れません。もちろん、欠落してる部分はあるし、「神々の黄昏」の圧倒的な感じはあまり伝わってこないんですけどね。それぞれのエピソードの繋げ方も分かりやすくていい感じだし、物語冒頭でいきなり神々の黄昏後を語っている構成も面白いんです。
それにしても、神話の中でも北欧神話が特異だと思うのは、いつか来る「神々の黄昏」を皆が知っていたということ。自然に衰退していく神話は多いと思うのですが、これほどはっきりとある日予告通りの終末を迎えてしまう神話も珍しいですよね。 (岩波少年文庫)

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夏の終わり。学校に行った妹のリジーとジェニーの帰りを待っていたベッキーが農場の柵戸に腰掛けて空を見上げていると、そこにやって来たのは、荷物を背負って細い杖を持った男性でした。それはレノルズさん。レノルズさんはベッキーたち三姉妹の家に住み込んで父親の仕事を手伝うことになります。姉妹はレイノルズさんが滞在している間、時々不思議な物語をしてもらうことに。

読み始めてすぐ思ったのは、ファージョンの「リンゴ畑のマーティン・ピピン」みたい!ということ。「リンゴ畑のマーティン・ピピン」は、ある日ふらりとやって来たマーティン・ピピンが、6人の年頃の娘たちに1つずつ民話に題材を取ったような物語をしていく話なんですが、その「ふらりとやって来た」と「民話に題材を取ったような」というのが似てるんです。こちらの場合、ベッキーもリジーもジェニーも「年頃」というにはまだ少し早いみたいだから、「ヒナギク野のマーティン・ピピン」でもいいんですけどね。(「ヒナギク野」では6人の女の子たち相手に話をするんですが、その6人の女の子はそれぞれ「リンゴ畑」の6人の娘たちがその後結婚して産んだ娘) で、今回なんでこの本を読んだかといえば、レノルズさんのお話のうちの1つが「タム・リン」だからなんです。昨日読んだ「妖精の騎士タム・リン」(感想)と「タム・リン」繋がり。
元々アン・ローレンスは、民間伝承を素材にした物語を書いていることで有名なのだそうですね。でもここで語られる物語も民話風だし、きっとそういうところに題材を取ってると思うんですけど、出来上がったものはどこか現代風。それぞれの物語に登場する少女たちが、それぞれ自分の力で自分の道を切り開いてるからかな。あと描写もそうなのかも。
でもレノルズさんのお話そのものは面白いんですけど、もう少し枠組みの方に工夫が欲しかったです。三姉妹とレノルズさんのやりとりもあるし、そのうち彼女たちの母親も登場するんですが、どうも単にお話からお話への繋ぎという感じ。せっかくそれぞれの物語に登場する少女が三姉妹に重なるような部分もあるし、特に少女から大人になりつつあるベッキーに重なる部分があるんだから、枠をもう少し膨らましてくれたら、きっともっと魅力的になったのに。それを考えると、題名も「幽霊の恋人たち」なんかよりも、副題の「サマーズ・エンド」の方が断然ぴったり。(原題も「Summer's End」) でも「サマーズ・エンド」なんていきなり書いてあっても、何のことやら意味が通じないですよね... かと言って「夏の終わり」じゃあ、あんまり読みたくならなさそうだし... なんだか勿体ないなー。(偕成社)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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