Catégories:“文学”

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新潮文庫版にはどちらも安野光雅さんの絵が表紙に使われていて、さすが雰囲気を合わせてるんだなーと思ったんですが、どちらも画像が出てこなくて残念。

「明暗」は、新聞連載の途中で漱石が亡くなり未完のまま終わってしまった作品。ごくごく簡単にいってしまえば、津田という30男と、結婚して半年になる妻のお延、そして津田と結婚寸前までいきながら、津田を捨てて他の男のもとに走った清子という3人の物語。漱石にしては珍しく3人称で、登場する色々な人々の内面が描かれてます。大きな展開はなくて、むしろ細かい描写の積み重ねで読ませるという感じ。会話がすごいんです。夫婦間で、親子間で、はたまた友達(知り合い)同士での腹の探り合い。表面上は終始にこやかに応対していながらも、水面下では丁々発止の対決。こんな会話、毎日してたら絶対身が持たないよ... と思うんですが、そこからそれぞれの人物像や感情が克明に浮かび上がってくるのがすごいところ。その「明暗」のラストは、勤め先の社長夫人の口車に乗せられた津田が清子に会いに行って、再会するところまで。

そして水村さんが書かれたのはその後。一読して、「明暗」を相当読み込んでることが良く分かります。文体はそのまま。見た目にはまるで同じ。読んでいるとどこか印象が違うんですが、続けて読まなければ気づかなかった程度。どこに違いがあるんだろうと思っていたら、「あとがき」に、現代の読者に合わせて段落を増やしたとあったので、きっとその辺りなんでしょうね。確実に読みやすくなってます。そして「明暗」の煩雑な心理描写を減らして、筋の展開を劇的にしようとしたのだそう。確かに私にとっては、こちらの方がページをめくる手が止まらなかったです。
「明暗」では、津田の内面のずるさや弱さが、「好男子」という外面の良さに隠れていたようなところがあったんですが、こちらではその弱点が露呈されていて、それこそがこれまでの出来事の原因だった... というのがなかなかの説得力。そしてこれが今後のことにも大きく影響してくるわけですね。結局もう既に終わってることを、かき回しただけだった津田。お延の気持ちなんてまるで考えようともせず、ひたすら保身に走る津田の姿が情けない...。(こういう描写は女性作家さんらしいところかなと思ったんですけど、どうなんでしょう)

漱石が用意していた結末は、この続編とはまた違うのかもしれませんが、でも1つの結末としてすごく良かったと思います。「明暗」の伏線も見事に生かされていたし、「明暗」という作品の形を借りながらも、見事に水村さんの作品になっていたし。こうなってみると、他の方が書いた結末というのも読んでみたくなっちゃいます。他にはないのかな。「我こそは!」という作家さんはいらっしゃらなかったのかしら? でも水村さんの書かれたこの続編ほどの完成度を見せるのは、相当難しいことなんでしょうね、きっと...。(新潮文庫)


+既読の夏目漱石作品の感想+
「夢十夜」「冥途」「猫町」
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「対訳 テニスン詩集」「倫敦塔・幻影の盾」夏目漱石

+既読の水村美苗作品の感想+
「本格小説」上下 水村美苗
「私小説 from left to right」水村美苗
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「日本語が亡びるとき」水村美苗

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本格小説」(感想)がものすごーく良かった水村美苗さんの作品。これは筋らしい筋はほとんどなくて、ほとんどが2歳年上の姉との電話の会話です。両親に連れられて渡米して20年、それからあった様々な出来事が、電話での会話の合間に語られていくという形式。タイトルの"from left to right"というのは、日本語文学に特有の「縦書き」に対する「横書き」のことですね。日本語と英語、時にはフランス語も登場する「本邦初の横書きbilingual長編小説」。

日本語と英語が入り混じった会話、とは言っても所詮は日本語の本なので、英語の量は少ないんですけど、大学のゼミを思い出して懐かしかったです... 私の入ってたゼミ、先生は日本人だったんですが、当然のように英語を話してて(専門の授業自体、9割9分が英語で行われていたので)、生徒にも、母国語が日本語なのか英語なのか分からないような人たちが揃ってたんですよね。雑談は、その時に応じて日本語だったり英語だったり。彼らの会話が英語から日本語、日本語から英語と切り替わるのは、自分の言いたいことがその言葉では上手く伝えられなくなった時。英語と日本語でそれぞれ補完してるんです。
それ自体は全然構わないんですけど... 一見立派なバイリンガルな彼らの姿が、どうしようもなく中途半端に感じられてたんです。日本人の顔立ちで日本語を話していても、その日本語はちょっと怪しいし、日本人なら誰でも当たり前のように知ってること、子供の頃から当たり前のように体験してること、例えば「桃太郎」を聞いて育つ、みたいなことが、その根底に存在してるのかどうかも疑問だったし、だからといって西欧人として育っているのかといえば、それも疑問。この人たちの立ってる位置は、一体どこなんだろう、どちらにいても違和感を覚えるなんてことはないのかしら、なんてことを思ってて。子供を日本と海外2つの環境で育てるのって、親が余程しっかりしてないと難しいですよね。
そして読んでると、そんな彼らの姿が、水村美苗・奈苗という姉妹の姿にものすごく重なってきました。水村美苗さんは、中学から高校時代に何かに憑かれたように明治の文豪の文学作品を読み耽ったようですが、あの時の彼らにも、そういう拘りはあったのかしら。

この本から感じたのは、圧倒的な孤独感。どれだけアメリカにいて英語が上達しても、所詮は「アメリカにいるアジア人」に過ぎない2人。「帰国子女」として日本でもてはやされるには長くアメリカに居過ぎ、恋人のいない独身女性にとっては30代前半という不安定な年頃。既に帰るべき「HOME」はないのに、そこそこ良い家のお嬢さんとして生まれ育ってしまったプライドだけが今も彼らの根底にあって...
物語としての筋は特にないのに、これだけ読ませてしまうっていうのは、やっぱり凄いです。

水村美苗さんの作品は、次はデビュー作の「続明暗」を読む予定。なので先に本家の夏目漱石「明暗」を読もうと思ってます。「明暗」、読んだことあったかしら? それとも初めて? 読んだとしたら中学の頃だと思うんですけど、いわゆるその手の文豪の作品って、読んでるのか読んでないのか分からなくなっちゃったのが結構多いんですよね。水村さんの作品を読んでると、そろそろ初心に戻ってその辺りもぼつぼつと読み返していきたいなあって、そんな気になってきます。(新潮文庫)


+既読の水村美苗作品の感想+
「本格小説」上下 水村美苗
「私小説 from left to right」水村美苗
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「日本語が亡びるとき」水村美苗

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1954年、1955年に中央公論社から出版された「犬」「猫」を底本として、新たにクラフトエヴィング商會の創作・デザインを加えて再編集したという本。素敵な装幀に、古い文体のエッセイや小説が良く似合います。

作品自体もいいんですけど、それよりもここに収められているエッセイや小説を通して、今と当時のペット事情の違いが分かるのが面白かったです。猫に関しては、人間の生活の変化に伴って多少影響を受けてる程度だと思うんですが、犬に対する考え方が今と当時では全然違う! まず一番驚いたのは、当時、純潔種志向がとても強かったということ。作家さんたちの飼い犬は、テリアだのコリーだのグレーハウンドだのポインターだのセッターだの、血統のはっきりしてる犬ばかり。雑種を歓迎してるのなんて、自ら「名犬嫌い」と称する徳田夢聲ぐらい。でもその徳田夢聲にしても、「雑種=駄犬」って言い切ってるんですよね。どのエッセイや小説を見ても、当たり前のように「雑種=駄犬」とされてるのがなんかイヤ...。川端康成に至っては、「純血種を飼ふことは、愛犬家心得の一つである」とまで言い切ってるし。「純血種=純潔」という考え方って、一体どうなんでしょ。猫に関しては、そんなこと全然言われてないのになあ。まだ純血種があんまり入って来てなかっただけなのかなあ。(谷崎潤一郎がペルシャ猫を飼ってるぐらいなのだ)
しかも犬の扱いが粗悪すぎ。悪いことをすると棒でしたたか殴られてたり、食事もひどかったり... あと、当たり前のように放し飼いしている家が多いんですよね。そして今は野良犬の姿を見かけることの方が珍しいですけど、この頃は野良犬を狩る「犬取り」がいて、可愛がってる犬を連れて行かれそうになる場面も... なんか色々とびっくりでした

「犬」の巻末には「ゆっくり犬」、「猫」の巻末にはThinkもちらりと登場してます♪ (中央公論新社)


+既読のクラフト・エヴィング商會の感想+
「アナ・トレントの鞄」クラフト・エヴィング商會
「犬」「猫」クラフト・エヴィング商會プレゼンツ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

+既読の吉田篤弘作品の感想+
「百鼠」吉田篤弘
「78」「十字路のあるところ」吉田篤弘
「という、はなし」吉田篤弘
「空ばかり見ていた」吉田篤弘
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「小さな男*静かな声」吉田篤弘
Livreに「フィンガーボウルの話のつづき」「つむじ風食堂の夜」「針がとぶ」の感想があります)

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実は丁度1年前の第4回たらいまわし「秋の夜長は長編小説!」 の時に、主催者だったちょろいもさんが挙げてらした本。(その時の記事はコチラ) それ以来ずっと気になってたんですが、ようやく読めましたー。や、父が買うっていうから楽しみに待ってたのに、かーなり待たされちゃって... って人のせいにしちゃいけませんね(^^;。
これは作者の水村美苗さんが天啓を受けて書き始めた小説、という体裁。なので、前置きがすごく長いんですけど、でもその前置きすら面白くて、本題に入ってからはさらに面白くて、本当に夢中になって一気読み。読みながら、「そうそう、こういう作品を読みたかったのよー!!」って感じでした。読みながらこんな風に嬉しくて堪らなくなった作品って久しぶりかも。
肝心の作品の中身といえば、「嵐が丘」を下敷きにしたという大河小説という言葉がぴったりの作品です。そしてこの本が読みたいと思ったのは、この「嵐が丘」によるところが大きいのです。最初は「いつになったら嵐が丘になるんだ?」だったんですが、でも読み終えてみると、確かに「嵐が丘」でした。日本を舞台にして、ここまで描ききってしまうなんて凄いです。戦前から戦後にかけての富裕な名家の3姉妹を中心にした華やかな生活やその斜陽ぶりもとてもリアルに描かれていて、まるで目の前にその情景を見ているようだったし、「嵐が丘」のヒースクリフに当たる彼の受ける差別や、彼自身の捨身で一途な恋心もとても切なくて... 少し古めかしい作風がまたとても良く合ってるんですね。しかも、1つの物語が終わってみると、そこにまた突然違った様相が...。
いやあ、ほんと最後までドキドキでした。こういう作品が読めるとほんと幸せになっちゃいます♪ (新潮社)


+既読の水村美苗作品の感想+
「本格小説」上下 水村美苗
「私小説 from left to right」水村美苗
「手紙、栞を添えて」辻邦生・水村美苗
「明暗」夏目漱石・「続明暗」水村美苗
「日本語が亡びるとき」水村美苗

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クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんによる、ちょっと不思議な3つの物語。「フィンガーボウルの話のつづき」や「つむじ風食堂の夜」も良かったけど、この「百鼠」が一番好きかも!
「一角獣」「百鼠」「到来」という3編の中で一番印象に残ったのは、表題作の「百鼠」でした。
これは天上界に住んでいる<朗読鼠>たちの物語。朗読鼠たちはそれぞれに下界の作家を担当していて、その作家が執筆する時に側で物語を朗読していくのがお仕事。作家は実は天上の力を借りて小説を書いてるんだというお話です。でも確かに、何事においても創作にはどこか別次元の神がかり的な部分が必要なんじゃないかなと思うし、こりゃ本当にありえるぞ... なーんて、読んでると思えてきちゃう。となると、ライターズハイと呼ばれる状態は、やはり鼠の朗読が乗ってきたという証拠なのでしょうか?(笑)
こういう話を吉田篤弘さんが書かれるというのが面白いなあ。
ちなみに「百鼠」とは、動物の鼠ではなくて鼠色のことです。銀鼠や桜鼠、鉄鼠、鳩羽鼠など、江戸時代の粋人たちが作り出した様々な色合いの鼠色のこと。朗読鼠たちは、チョコレートとミルクでこの鼠色を身体の中に作り出すんですけど、その<鼠>を作り出す過程も楽しいし、この物語の中で使われている色んな言葉も、視覚から想像力が膨らんでいくような言葉でとっても素敵。
この3編は、一見バラバラのように見えて、でも確かに繋がってるんですね。「一角獣」の主人公は元々校正者だし、「到来」の主人公は、その母親の書く小説にいつも分身が登場しているし、みんな物語に繋がりがあるんだなあ。でもって、「百鼠」があるからこそ、「到来」の最後の一節が意味深長で、それがまたいいんですよねえ♪ (筑摩書房)


+既読の吉田篤弘作品の感想+
「百鼠」吉田篤弘
「78」「十字路のあるところ」吉田篤弘
「という、はなし」吉田篤弘
「空ばかり見ていた」吉田篤弘
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「小さな男*静かな声」吉田篤弘
Livreに「フィンガーボウルの話のつづき」「つむじ風食堂の夜」「針がとぶ」の感想があります)

+既読のクラフト・エヴィング商會の感想+
「アナ・トレントの鞄」クラフト・エヴィング商會
「犬」「猫」クラフト・エヴィング商會プレゼンツ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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朱川さんの作品を読むのは1年半ぶり。これは昭和30年代~40年代の東京の下町を舞台にした、ノスタルジックな連作短編集。連作短編集とは言っても主人公は変わるし、時系列的にも少しずつずれているので、アカシア商店街という場所を舞台にした7つの情景って感じですけどね。それぞれの短編に少しずつ繋がりがあって、徐々に町全体の姿が見えてくるんです。
それぞれの短編の中で不思議な出来事も起きて、ファンタジーというよりもホラー寄りなんですが、でも怖さとか妖しさはほとんどなくて、むしろしみじみと切なかったり、やるせなかったり。この中では、胸きゅんの「栞の恋」や、お互いを思いやる兄と弟のやるせない「夏の落とし文」が良かったな。そして最後の「枯葉の天使」で、色んなことが綺麗に繋がっていくというのが好み。やっぱり連作短編集はこうでなくちゃ。
そして「かたみ歌」というタイトル通り、それぞれの短編の背景では、それぞれの時代を代表するようなヒット曲(多分)が流れてます。やっぱりこれは若い読者よりも40~50代の読者、この時代を直に知っている人の方が楽しめるんでしょうね。という私は、知ってたり知らなかったり... ザ・タイガースのサリーってどんな人だろうと検索してみたら、なんと岸部一徳さんのことだったんですね! 若い頃どんな感じだったのか、写真が見たくて色々検索しちゃったわ。(笑) (新潮社)


+既読の朱川湊人作品の感想+
「かたみ歌」朱川湊人
「さよならの空」朱川湊人
「花まんま」朱川湊人
Livreに「都市伝説セピア」「白い部屋で月の歌を」の感想があります)

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突然、体がセルフ・ロデオマシーンのように暴れだし、救急車で病院に運ばれた川波みのり。原因として考えられるのは、以前つきあっていた男性が結婚を決めたこと、そしてその話を聞きながら牡蠣を食べたこと。それ以来、胃の調子が悪かったところに、近所の病院でもらった胃薬を飲んだ途端、全身が震えだしたのです。しかし救急車で運ばれた救急外来の医者も、その後で行った3つの病院でも特に異常なしという診断。そこで思い出したのが、高校時代に喘息で通っていた漢方医。そこの若い医者は、みのりのドキドキする場所をあっさりと探り当て、しかも「腎」の働きが弱っているのだと言います。みのりはそれ以来、その漢方医に通い始めることに。

西洋医学と東洋医学の違い、陰陽五行説に関しては何となくの知識はあったんですが、目盛りのある西洋医学に対し、東洋医学はシーソーでバランスを取ってる感じだとか、体は常に変化し、病気も自分が生み出す変化として捉える考え方など、とても興味深かったです。坂口医師の言葉を聞いていると、あさっての方を向いている精神状態でも全然構わないんだなーって、そんな気になっちゃう。だからといって漢方医が漢方至上主義ではなくて、「病気によっては西洋医薬でバーンと治しちゃった方がいいものもありますけどね」なんて言ってるんですけどね。
みのりの症状はかなり深刻そうなのに、ユーモラスでほのぼのとした語り口。特に大きな変動もなく、あっさりとした展開。でも、読んでいるだけで安心できるような気がしてしまいます。まるでこの本自体が坂口医師の処方する漢方薬みたい。こういうの好きだなあ。(集英社)

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