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母校である女子大の日本文学科専任講師を務める杉安佐子は、ロンドンに駐在している兄のもとに遊びに行く時に知り合った長良豊と、京都の学会に行くために乗った新幹線で再会。京都で行きたい場所がある安佐子は、それが「源氏物語」の藤壺のいた辺りだということを長良に説明し、かつて源氏物語にあったといわれる「輝く日の宮」という巻のことを語ります。

森谷明子さんの「千年の黙」が文庫になったので、それを読もうと思ったんですが、それなら合わせてこちらも読むのがお勧めと七生子さんに教えていただいて~。こちらを先に読んでみました。「輝く日の宮」というのは、「源氏物語」にかつてあったとも言われる幻の章。まだそういう学説があるというだけに過ぎなくて、存在が証明されてるわけではないようですが、「桐壺」と「帚木」の間にあったと言われてるんですね。確かに現在読める「源氏物語」には、藤壺の宮との一度目の逢瀬のことは何も書かれてないし! その後の六条御息所の登場も、もひとつ後の朝顔の姫のことも唐突だし! 特に六条御息所とは、初めて名前が登場した時にすっかり馴染んだ仲として描かれていたので、いつの間に?!と読みながら戸惑ったものです。大切な説明がすっぽりと抜け落ちているという印象。で、「輝く日の宮」という章があったという説があると聞いて納得したのですが... まさかその章が失われた理由がこういうことだったとは! うわあ、これは大胆な仮説ですね。でも驚いたけど、とても説得力がありました。
でもね、この作品で本筋の源氏物語の話になるのは、物語が始まって150ページほども過ぎてからなんです。それまでは安佐子が中学3年の頃に書いた短編のこととか、元禄文学学会で発表した「芭蕉はなぜ東北へ行ったのか」のこと、「日本の幽霊シンポジウム」など他の部分が詳細に描かれていて、その合間には為永春水と徳田秋声の「春水-秋声的時間」のことや、父・玄太郎の生活史研究のことも挟まれていて、そのそれぞれが色んな手法で書かれてるのが面白かったものの、いつになったら本筋になるんだ?って感じだったんです。でもこれが実は実は実は... 私がその意図を本当に理解したのは、本文を読み終えて解説を読んでからでした。うわー、なるほど、そういうことだったのですね! これには全く気づかなかった... というか、読みながら気づくのは私には到底無理なんだけど...(笑) なるほどぉ。どの部分も、実はそれぞれ実は深い意味があって存在してたんですねー。
これは安佐子の成長物語であり、恋愛物語でもあり、そして大きく昭和の時代を追う小説でもあり、「輝く日の宮」が存在したことを証明する小説形式の論文でもあり(松尾芭蕉論、泉鏡花論、そして宮本武蔵論も)... ああ、こういうのって面白いなあ。安佐子とか他の女性の造形が一昔前の女性のようで、あまり魅力が感じられなかったのが残念なんですが... それにかなり現代に近づいてもまだ旧仮名遣いというのはなぜ? と違和感も感じてしまったんですが... でも旧仮名遣いだからこそ、最後の章が違和感なく読めるのかもしれないですね。いや、面白い趣向でした。これは日本文学好きには堪らない作品かも~。私としても「輝く日の宮」の仮説が読めて良かった! 面白かったです。(講談社文庫)


+既読の「源氏物語」の感想+
「源氏物語」+「まろ、ん?」小泉吉宏(与謝野晶子訳)
「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子
「紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス日本の古典」紫式部・山本淳子編

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夜が更けて夫も子供たちも犬も寝静まった頃。化粧を直して人と会う用意をする桂子さん。鏡を見ると、そこに映っているのは、夜の化粧のせいで妖しい燐光を放つ「あちらの世界」の顔。外に来ている人の気配を感じた桂子さんは、家を抜け出します。そこにいたのは佐藤さん。しかし佐藤義清という名前の長身痩躯の紳士は、実は西行なのです。

桂子さんシリーズの外伝的作品... でいいのかな。魅惑的な「あちらの世界」の面々と交歓する桂子さんの物語。桂子さんと出会うのは西行、二条、後深草院、藤原定家、式子内親王、六条御息所、光源氏、藤原道長、紫式部、和泉式部、エルゼベート・バートリー、メーディア、則天武后、かぐや姫etcetc...という、虚実取り混ぜた豪華絢爛な面々。でもどんな人々と共にあっても、桂子さんの女神ぶりは相変わらずで~。相手に合わせて、しなやかに上品に踊っていますね。本当はとてもエロティックなはずなのに、そこには獣の生々しさは全くなくて、どこか植物的なんですが... ここで私が感じたのは、植物というよりも水。さらさらと流れる水のようなエロティシズムのような気がしました。現実と異界との転換点としても、水というのはとても相応しいのではないかと思うのですが~。
古今東西の様々な人物が登場するだけに、他の倉橋作品以上に様々な素養が現れていて、それもとても面白かったです。登場する面々の中でも特に印象深かったのは、処女の血を搾り取ったというエルゼベート・バートリ伯爵夫人、そしてエウリピデスの描いた物語は真相とは違うと語るメーディア。ここに描かれる血のお風呂や血のワインの魅惑的なことったら。さらに桂子さんが二条と語る、トリスタンと金髪のイズーの物語の話も面白かった! トリスタンとイズーが秘薬を飲んだ理由に、これ以上説得力のある回答は思い浮かばないな。(講談社文庫)


+桂子さんシリーズの感想+
「ポポイ」倉橋由美子
「夢の浮橋」倉橋由美子
「城の中の城」倉橋由美子
「交歓」倉橋由美子
「夢の通い路」倉橋由美子
「よもつひらさか往還」倉橋由美子

+既読の倉橋由美子作品の感想+
「偏愛文学館」倉橋由美子

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伊勢英子さんによる宮沢賢治作品の絵本を一挙に4冊。
ざしき童子(ぼっこ)は、東北地方、特に岩手県に伝わる伝説の存在。特定の家に居つき、ざしき童子がいる家は栄え、去られてしまった家は傾くという... そんなざしき童子のお話を4つ集めた「ざしき童子のおはなし」。
姿が醜いため、他の鳥たちに顔を見たくないとまで言われてしまうよだか。みんなに嫌われていることを悲しんだよだかは、弟のかわせみに別れを告げ、太陽の方へと飛んでいきます... という「よだかの星」。
谷川の岸にある小さな小学校に新しく来たのは、赤い髪に変てこな洋装をしたおかしな子供。父親の仕事の都合で、北海道の学校から転校して来たのです... という「風の又三郎」。
しきりにカルメラのことを考えながら、赤い毛布(けっと)にくるまって雪丘の裾を家に急ぐ子供。しかしその日は水仙月の四日。じきに風が出て、乾いた細かな雪が降り始め、あたり一面は真っ暗に.. という「水仙月の四日」。

やっぱり「ルリユールおじさん」や「大きな木のような人」、「にいさん」のような絵本とは違っていて、こちらはやっぱり子供向けだなあという感じでしたが、それでもどれも伊勢英子さんの絵が堪能できる絵本ばかり。「ざしき童子のおはなし」は、昼下がりの穏やかな光、夕暮れの柔らかい光、残暑の頃の明るい光、そして眩しいほどの月の光... と、どの絵も光がとても印象的だったし、「よだかの星」は後半の色の深みと美しさが素晴らしいと思ったし、「風の又三郎」はどれも吹き渡る風を感じるような絵。「水仙月の四日」は、青と白が美しくて、その中の子供の毛布や、雪狼の舌の赤がとても鮮烈。

最初読んだ印象では、「水仙月の四日」が一番好きかなあと思ったんですが... 文章だけで読んだ時もとても印象深い作品だったし、伊勢英子さんらしい青を楽しめますしね。でも読んでから少し時間が経った今は「よだかの星」の印象の方が鮮烈に残ってるということに気がつきました。この絵本、最初の何枚かの絵が、あまり私好みの色彩じゃないんです。どこか民話調の赤の使い方というか、あまり色にも深みがなくて、なんでこういう色使いをするんだろう、とどうも違和感があったんです。でも、後半の色の深みが素晴らしい! なんて美しいんでしょう... もしかしたら、前半の絵は表面上の美醜しか捉えようとしないほかの鳥たちの浅さを表現してるのかしら。そして後半の深みのある広がりのある色彩は、よだかの内面を表しているのかなあ、と思ったのでした。...ただ単に前半の絵の美しさを、私が感じ取れなかっただけなのかもしれないんですが。(笑)(講談社・くもん出版・偕成社)


+既読の宮沢賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「よだかの星」「ざしき童子のはなし」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「よだかの星」「ざしき童子のはなし」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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岩波少年文庫版の宮沢賢治3冊。今までいくつかの本を手に取ったことがありますが、岩波少年文庫で読むのは今回が初めて。3冊で童話が26編と詩が11編収められています。

今回改めて読んでみて特に印象に残ったのは、宮沢賢治の生前に唯一刊行された「注文の多い料理店」につけられている「序」。これ、素晴らしいですね。「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」...宮沢賢治にとって、生きるために必要なのは単なる食物の摂取ではなくて、自然から得る精神的な栄養がとても大きかったというのが、よく分かります。身体の維持のためには食物の摂取がどうしても必要ですけど、彼にとっては精神を生かすための栄養の方がずっと大切だったんでしょう。そして、そんな宮沢賢治の書いた童話は、実際に身の回りの自然から栄養を得て書かれた物語ばかり。序にも「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです」とあります。確かに空とか星とか風とか雪とか水とか、野山の動物とか、自然のものが沢山。もうほんと好きにならずにはいられないモチーフが満載なんですけど、でもそんなモチーフが使われているからといって、作品が大好きになるとは限らなくて...。素直に自然と一体化して、その素晴らしさを全身に感じて溶け合ってるからこそ、ですね。やっぱり宮沢賢治の感性って得がたいものだったんだなあ、なんて改めて感じてみたり。そしてこの序の最後の言葉は、「わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません」。たとえ読者が自然からほんとうの栄養を得られるような感性の持ち主でなかったとしても大丈夫なんですね。その作品を読むことによって、その栄養を得ることができるんですもの。まあ、それを自分の中でどう生かすかは、読者次第ではありますが...。
それにしても「イーハトーヴ」という言葉、いいなあ。「注文の多い料理店」には「イーハトーヴ童話集」という副題がつけられていて、エスペラント語の「岩手」のことなんですけど、これがまるで異界へ行くための呪文みたい。登場人物たちが岩手の方言で話していても、そこに描かれているのがごく普通の農村の情景ではあっても、この「イーハトーヴ」という言葉だけで簡単に異世界に連れて行ってもらえるんですもん。

特に好きな作品としては、「ふたごの星」と「やまなし」と「銀河鉄道の夜」かな。やっぱり「銀河鉄道の夜」は何度読んでも素敵。幻想的に美しくて、懐かしくて暖かくて、でもとっても切なくて。で、以前「宮澤賢治のレストラン」という本がとても楽しかったので、今回再読したかったのですが~。ちょっと手元には間に合わなかったので、そちらはまた日を改めて。(岩波少年文庫)


+既読の宮澤賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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ムーミントロールがまだ小さかった頃のお話。夏の一番暑いさかりに風邪をひいてしまったムーミンパパは、ふと、広間のたんすの上に飾っている海泡石の電車に、皆があまりあまり関心を持っていないことに不満を持ちます。それはムーミンパパの青春時代に大きな役割を演じたものなのです。それを聞いたムーミンママは、ムーミンパパに自分のこれまでの一生について書くことを薦めます。風邪を引いて外に出られない今は、思い出の記を書き始めるのにぴったり。しかも物置から大きなノートが1冊出てきたところだったのです。

ムーミンシリーズの3作目。ムーミンパパが、若い頃の物語をムーミントロールやスニフ、スナフキンに語り聞かせるという形で物語は進みます。がんじがらめの規則に縛られ、色々と疑問を持ちながらも何も答えてもらえなかった孤独なムーミンホーム時代。そしてそこからの脱出。発明家のフレドリクソンや彼の甥のロッドユール、立ち入り禁止の操舵室に入り込んでいたヨクサルとの出会いと、「海のオーケストラ号」での冒険の旅。
ムーミンパパの思い出の記は、冒険物語なんですけど、なんだかとても哲学的ですね。みんな結構色んなことを言ってて、その中でも一番印象に残ったのは、ヨクサルの「有名になるなんて、つまらないことさ。はじめはきっとおもしろいだろう。でも、だんだんなれっこになって、しまいにはいやになるだけだろうね。メリーゴーラウンドにのるようなものじゃないか」という言葉。このヨクサルというのは、スナフキンのお父さんなんです。道理で!ですよね。ついでにいえば、ロッドユールはスニフの父親。ミイもここで初登場です。若き日のムーミンママとの出会いの場面も。今は良き妻・良き母というイメージのムーミンママも、この頃はまだまだスノークのお嬢さんみたい~。スナフキンは「ムーミン谷の彗星」で初対面だったはずなのに、なんで小さい頃のムーミントロールと一緒にムーミンパパの話を聞いてるのかなー。なんてことは言いっこなし?(笑) スナフキンとミイの関係についてだけは余計だったような気がしますが(なんでそんなことをわざわざ!)、楽しいながらもなかなか奥の深い物語でした。(講談社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ムーミン谷の彗星」トーベ・ヤンソン
「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン
「ムーミンパパの思い出」トーベ・ヤンソン
「ムーミン谷の夏まつり」「ムーミン谷の冬」トーベ・ヤンソン

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山田が脳卒中で亡くなり、初七日がすぎると、桂子さんは研究室を片付けるために大学へ。山田が使っていたBRAINと呼ばれているコンピューターを自宅に持ち帰ります。書斎でマニュアルをめくっていると、そこから出てきたのはBRAINを試作した会社の会長・入江晃という人物の名刺。桂子さんは、山田が入江のことを大学の教養課程の時の級友だと話していたことを思い出します。告別式にも入江からの生花が届いていました。そして林龍太から無名庵を買い取った人物も、おそらくその入江なのです。

桂子さんシリーズ。先日読んだ「城の中の城」から、ほぼ10年後のお話。桂子さんは40歳、智子さんは16歳、貴くんは15歳、山田氏はいくつぐらいなんだろう。60代になる一歩手前ぐらいでしょうか。優子さんというお嬢さんも生まれていたようですね。宮沢耕一にも色々と変化があったようで、現在はパリ在住。
この作品で一番大きいのは、とうとう入江氏が登場したこと! もっと年配の人なのかと思ってたんですけど、山田氏と級友だったのかあ。あ、でももうじき60代(推定)となると、やっぱり年配とも言えるのでしょうか。既にかなりの人脈と金を持ってるようですが、まだ政界入りを果たす前。「ポポイ」を読んだ時、なんで愛人なんだろう...?って思ってたんですが、これを読むとなんとなく理解できるような気がしました。
途中でギリシャ神話の話も登場していましたが、まさに神々の交歓といった印象。でもたとえ入江氏がゼウスだとしても... いえ、入江氏はゼウスみたいな好色な人物ではないんですが、存在感的にゼウスはぴったり。でも、桂子さんに当てはまる女神が案外といないものですねえ。ヘラは似合わないし、知的なところからアテナ... というには桂子さんは色っぽすぎるし。逆にアプロディーテーというには知的すぎますしね。時にアテナのように、時にはアプロディーテーのように。時と場合によっては大胆に振舞うこともできるのが、桂子さんの一番の魅力。こういう人物を、女性作家が描いたというのがいいんでしょうね。男性作家が書いたら、印象がまるで変わってしまいそうです。でも、倉橋由美子さんという方の思考回路には、男性的な部分も多く入っていたに違いない...。ま、こんな人、本当にいるのかしらー?!とは思うんですけどね。そこはそれ、やっぱり「神々の交歓」だから。ということで。(笑)(新潮文庫)


+桂子さんシリーズの感想+
「ポポイ」倉橋由美子
「夢の浮橋」倉橋由美子
「城の中の城」倉橋由美子
「交歓」倉橋由美子
「夢の通い路」倉橋由美子
「よもつひらさか往還」倉橋由美子

+既読の倉橋由美子作品の感想+
「偏愛文学館」倉橋由美子

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ここには書かなかったんですが、先日パロル舎の「夢十夜」「猫町」「冥途」を再読したんです。金井田英津子さんの挿画は、もちろんとても素晴らしいんですけど... ! でもこれはあくまでも、金井田英津子さんがこれらの作品に持たれたイメージ。あまりにぴったりすぎて、そのことをすぐ忘れてしまうんですが。で、なんだか無性に文字だけの本が読みたくなって、こちらを手に取ることに。

「猫町」の方は、3部構成。第1部は「猫町」「ウォーソン夫人の黒猫」「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」という小説が3編、第2部は散文詩が13編。そして第3部は随筆が2編。
どれも読み応えのある作品ばかりなんですが、やっぱり「猫町」が突出してますね。ごくごく平凡な日常の風景が、ある時点でくるりと反転してしまう、そこの妙。これが素晴らしい。それまで長々と書かれてきたことは、全てこの一瞬のためだったのか、と、改めて感じ入ってしまいます。何度読んでも素晴らしい~。そしてこの作品は、解説によるとアルジャノン・ブラックウッドの「古き魔術」という作品も似た趣向の作品なんだそうです。朔太郎がその影響を受けているのかどうか、そもそもその作品を読んでいたのかどうかは不明なんですが、そちらもぜひ読んでみたいな。
そのほかの作品も良かったです。散文詩というのも意外と好きな自分を発見したり。(笑) 特に印象深かったのは、親交のあった芥川龍之介の死にも触れている「老年と人生」かしら。「老いて生きるというのは醜いことだ」と考え、30歳までには死のう、いや、40歳までには、と考えつつ老年に達してしまった萩原朔太郎。でも老いて初めてその楽しさを発見したり、案外肯定的に人生を捉えるようになるんですよね。それがちょっぴり意外ながらも興味深くて。

そして「萩原朔太郎詩集」は、「純情小曲集」「月に吠える」「松葉に光る」「青猫」「蝶を夢む」「桃季の道」「氷島」「散文詩」といった詩集から、三好達治が選んだ代表作を収めたもの。
基本的に詩心があまりない私なので、自由詩はよく分からなくて、どちらかというと定型詩を好むんですが、萩原朔太郎の詩はとても好き。特に初期の作品集である「月に吠える」は、朔太郎ならではの明るく鮮烈な若々しさ、そして生きる力をとても強く感じる作品群だと思います。何かといえば物が腐るし、どちらかといえば精神的に不安定なものを感じる方が当然なのに、そんなところに生きる力を感じるのもどうかと思うんですが(笑)、そこは詩心のない人間の戯言と思って流していただければ。いや、でもこんな詩を書く人が自ら命を絶つことなく寿命を全うしたというのが逆に信じられないほどですけどね。本当に。
印象深いのは、朔太郎特有の表現。「おわあ、こんばんは」と挨拶する猫、「ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ」と鳴く蛙。 「ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ」という蝿の、「てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ」と飛ぶ蝶。「のをあある とをあある やわあ」と遠吠えする犬。「じぼ・あん・じゃん!じぼ・あん・じゃん!」という柱時計の音... やっぱりこの人の感性は面白いな。(岩波文庫)

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