Catégories:“文学(翻訳)”

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1779年、55歳でスコットランドのモイダートから新世界へと渡っていった男がいました。それはキャラム・ムーア。ケープ・ブレトンに行けば土地が手に入るというゲール語の手紙を受け取っていたのです。航海中に妻は病死するものの、12人の子供たちと長女の夫、そして犬は無事に新大陸に辿りつきます。そして「赤毛のキャラムの子供たち」と呼ばれる子孫たちが徐々に広がっていくことに。そしてその曾孫のさらに孫の時代。矯正歯科医をしているアレグザンダーは、かつては誇り高い炭鉱夫だったのに今は酒に溺れる兄・キャラムを週に一度訪ねるのを習慣にしていました。

寡作なアリステア・マクラウドの唯一の長編。短編を2冊読んで、この長編を読んでいるわけなんですが、短編の名手と言われるだけあって長編よりも短編の方がいいのかしら、なんて思いながら読んでたんです。長編好きで短編が苦手の私にしてはちょっと珍しいんですが、短編の方が読みやすかったし。でも最後まで読んでみると、やっぱりいいですね。色んなエピソードがいつの間にかその情景と共に脳裏に刻み込まれていたのを感じました。これがアリステア・マクラウドの底力なのかも。

スコットランドからカナダへとやって来たキャラム・ムーアとその子供たち。そして幾世代を経てもそれと分かる「クロウン・キャラム・ムーア(赤毛のキャラムの子供たち)」の一大叙事詩。語り手となっているのは、現在矯正歯科医をしているアレグザンダー。彼も双子の妹も今は裕福な暮らしを送ってるし、「ギラ・ベク・ルーア(小さな赤毛の男の子)」なんて呼ばれた頃の面影はあまり残ってません。ゲール語も理解するけれど、祖父母の世代にとってのゲール語とはまた違うし、ハイランダーとしての彼らは失われつつあるんです。時が流れているのを実感。でも読んでいると、まさに「血は水より濃し」だと感じさせられられる場面がとても多くて。
一族のルーツとその広がりを描くことによって、キャラム家の持つ底力と言えそうな強さや、歓び、哀しみが滲み出してくるみたい。何度か登場する犬のエピソードのような、情が深く真っ直ぐながらも不器用なその生き様。そしてやっぱり読んでいて一番印象に残ったのは、犬のエピソードですね。特にスコットランドからカナダへと向かおうとする彼らを追いかけてきた犬の話。あとは一働きしてくれた馬に燕麦をやる話とか... あと好きだったのは、まるで正反対の気質を持つ父方の祖父と母方の祖父のエピソード。2人とも本当に素敵だったなあ。(新潮クレストブックス)


+既読のアリステア・マクラウド作品の感想+
「灰色の輝ける贈り物」アリステア・マクラウド
「冬の犬」アリステア・マクラウド
「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド

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本当はひとりっ子なのに、長い間兄さんがいるつもりになっていた「ぼく」。自分で作り出した悲しみや恐怖を分かち合う相手が必要で、長い間ハンサムで力強い「兄さん」に助けてもらっていたのです。しかしそんなある日、「ぼく」はついに1人きりではなくなります。屋根裏部屋に積み重ねられた古いトランクの中にベークライトの目をしたほこりっぽい小犬のぬいぐるみが出てきたのです。そして「ぼく」は15歳の時に、その小犬にまつわる話を聞くことに。

フィリップ・グランベールの自伝的作品。実際、彼が自分の家族にまつわる秘密を知ったのは、この本と同じく15歳の頃だったんだそうです。本職は精神科医という作家さん。
ここに描かれているものはとても重いものなんですけど、最初から最後まで終始淡々とした感情を抑えた文章で書かれていました。簡潔な文章の積み重ね。でも物凄く簡潔なのにその奥には色んな感情が詰まってて、ふとした拍子に零れ落ちてきそう。...なんて思いながら読んでいたら、フィリップ・グランベールはこの作品を2ヶ月ほどの間に夢中で書き上げたものの、最初書いたものは文章が感情に流されていて使い物にならなかったんだそうです。疲れ果て体調を崩しながらも書き直し続けた時、最後に「残ったのは骨の部分だけでした。結局それだけが必要だったのです」... その言葉には本当に納得。
特に印象に残ったのは、最初は自分で作り出した悲しみに浸っていた主人公が、ルイーズのおかげで両親の物語を再構成すると、今度は口をつぐみ、逆の立場になったこと。...でも他人の悩みを聞き、その悩みから解放する精神分析医という仕事をしながらも、自分の悩みから解放されるには、こうやって書くという行為が必要だったのかなあ。なんて感慨深く思ってみたり。(新潮クレストブックス)

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そこにあったのは、アリアドネのスレッド。その冒頭には、「私を見つけようとする人といっしょに、自分も姿を消してしまえるような迷宮を私はつくろう。これは誰が何について語ったのか?」というアリアドネの書き込みがありました。最初からそこにいたメンバーは「オルガニズム(^O^)」「ロミオとコイーバ」の2人。やがて「ナッツ・クラッカー」が加わります。ハンドルネームは勝手につけられたもの。3人とも気がついたら古代ギリシャ人の衣裳・キトンを着せられて、それぞれに小部屋の中にいたのです。やがてそのチャットには「モンストラダムス」「アリアドネ」「イゾルデ」が、そしてさらに「ウグリ666」「サルトリスト」が加わります。

8人の人間がチャットをしながら進んでいく物語。元ネタはギリシャ神話の中のミノタウロスのエピソード。迷宮に閉じ込められたミノタウロスを、アリアドネの助けを得たアテネの王子・テセウスが倒すというものです。そしてヴィクトル・ペレーヴィンはロシアでは人気の作家なのだそう。ロシア人作家によるチャットとギリシャ神話という組み合わせに興味を引かれたのですが、これがなかなかの難物でした...

チャットなので、短い言葉のやり取りがメインだし、さくさくと読み進められるのではないかなーと思ってたんですけど、これが全然。会話の内容がものすごく観念的なんです。特にアリアドネがみた夢の話の辺りからどんどんわけが分からなって、これはまさに迷宮状態。ギリシャ神話では、テセウスが迷宮を脱出するのを手伝うアリアドネなんですけど、ここでは逆にアリアドネが他の面々を迷宮の奥深くに迎え入れてるみたい。
途中で「ディスクール」という言葉が登場するんですけど、これがポイントなのかな? これは「物事や考えを言葉で説明すること。またはその言葉、言説」という意味。そもそもチャットって言葉のみで成り立っているものだし、これがとても暗示的な気がします。8人がいるのが似たような部屋だからって、その部屋が同じ場所にあるとは限らないし、全ての人間が本当のことを話しているという保証もないわけで... 実際それでトラブルが起こることもありますしね。それでも迷宮から脱出するために、この「ディスクール」とともに進まなくちゃいけないんです。
きっとこういう話の1つ1つを完全に理解する必要はないんでしょうけど... でもほんとワケ分かりません。とは言ってもつまらないわけじゃなくて、むしろ面白いのがすごい。読み終わった途端にじっくり読み返してみたくなります。(角川書店)


+既読の新・世界の神話シリーズ作品の感想+
「ペネロピアド」マーガレット・アトウッド
「永遠を背負う男」ジャネット・ウィンターソン
「恐怖の兜」ヴィクトル・ペレーヴィン

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元獣医で現在90歳、もしくは93歳のジェイコブ・ヤンコフスキは、今は老人ホームに暮らす日々。そんなある日その町にサーカスがやってきたことから、昔のことを思い出します。それは23歳のジェイコブがコーネル大学で獣医になるための勉強をしていた時のこと。両親を突然事故で失い、全財産が銀行に取り上げられることになって帰る場所もなくなったジェイコブは、最後の試験を放棄して町外れを歩いていた時に、咄嗟にやって来た列車に乗り込んだのです。それは「地上最大のベンジーニ・ブラザーズ・サーカス」の列車。ジェイコブはしばらくそのサーカスに同行して、動物たちの面倒をみることに。

聖月さんに教えていただいた作品。「抱いて眠りたいような、そんな後味でした」と仰ってたんですが、その言葉に納得! ものすごく良かったです~。
ええと、殺人現場のプロローグから始まるのでミステリ小説とも言えそうなんですが、これはミステリという枠に押し込めたくない作品ですね。主人公は、90歳(もしくは93歳)のジェイコブ。自分の記憶の不確かさを不安に思いながらも精神的に自立した1人の人間でいたいと思っている誇り高い男性で、幼児食のような日々の食事にも、親切なようでいて本人の意志を無視している介護にも我慢ならず、ついつい癇癪を起こしてしまいます。そんな現在の物語もいいんですけど、この作品のメインは、70年前のサーカスで暮らした濃密な4ヶ月間の物語。
サーカスという世界にいる人々は、名門大学の獣医学部では到底会えないような個性的な面々。馬のショーをしている美しいマーリーナ、気分の変わりやすい演技主任兼動物監督のオーガスト、独裁的なトップのアンクル・アル、気難しいけれど教養のあるピエロのキンコー(ウォルター)、飛び込んできたジェイコブを列車から放り出さなかった、キャメルやグレイディといった気のいい裏方の男たち。純真なジェイコブは、猥雑なサーカスの中で揉まれて大きく成長することになるんです。今まで見たことのない世界に驚き、次第に適応しながらも、それでも決して擦れてしまうことのないジェイコブ。動物に対しても変わることのない愛情を注ぎます。そんな愛情を、動物たちもしっかり感じ取ってるんですよね。そんな中で特に魅力的なのが象のロージー。動物好きに悪い人間はいない、というのは必ずしも真実ではないかもしれないんですけど、そんなことを思いたくなる暖かさ。サーカスの表向きの華やかな顔と、観客からは隠されている裏の顔のバランスも絶妙です。
でも若いジェイコブの物語だけなら、これほどの作品にはならなかったのではないかしら。年齢を重ねたジェイコブの存在があってこその物語という気がします。

これは古き良きアメリカの物語ですね。列車のサーカスが来るのを見て育ったアメリカ人には、もう本当に堪らないのでは! という私も、サーカスは子供の頃に2~3度見に行った覚えがあるんですけど... そういう小綺麗で現代的なサーカスとはまた全然違うんですよね。この時代を直接知ってる人には、もっとこう何ていうか圧倒的に迫ってくるんだろうなって思います。知らない私にもぐいぐい来ましたもん! 読みながら、時には息を潜めたり、時にはページをめくる手が早くなったり、時には同じ箇所を反芻してみたり。一緒になって怒ったり笑ったりほっとしたり。そしてこれ以上ないほど素敵なラスト。いやあ、ほんといいお話でした。これはまさに「読むべし」です!(ランダムハウス講談社)

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妻と娘が1人おり、パリとローマにアパートを持っている中年男性のパロマー氏。時には浜辺や動物園に行き、時には街角で買い物をして、時には竜安寺の石庭を眺め、時にはメキシコにあるトルテカ族のかつての首都トゥーラの遺跡を見学するパロマー氏。そんなパロマー氏が様々なものを観察する不連続な短編集。「パロマー氏の休暇」「街のパロマー氏」「パロマー氏の沈黙」という3部それぞれが3章ずつに分かれて、そのそれぞれに3つずつの短編が入っています。

3つずつの短編はそれぞれ「視覚による経験」「人類学的もしくは広義の文化的要素」「より思索的経験」という3種類のの主題領域に則って書かれていて、作品全体を縦に読むだけでなく、横に読むことができるようになっているんだそうです。という3つの違いは、一読しただけでは、ああ確かに言われてみれば、程度だったんだけど...(汗)
パロマー氏がしているのは、もっぱら観察して考えること。例えば浜辺で波について、胸を露にして日光浴をしている女性について、傾きかけた陽射しについて、あるいは街で買い物をしている時に鵞鳥の脂肪が詰まった小瓶を見ながら、店頭に置かれた様々なチーズを見ながら、肉屋のカウンターの向こうを見ながら、詳細に観察、そして思索します。浜辺や自宅のように人気のないところで思索している分にはあまり他人の迷惑にはならないんですけど、街角の商店では後ろに並んでいる人たちに睨まれて、慌てて詰まらないものを買ってみたり。

最後の方で読書に関する文章があって、私はそれが好きでした! 「冬の夜ひとりの旅人が」や「なぜ古典を読むのか」に直接繋がるような部分。そうそう、「冬の夜ひとりの旅人が」を読んだ時にkotaさんに、私には「パロマー」がおすすめかもしれないし、まったくおすすめできないかもしれない、と教えて頂いていたのでした。というのはここの部分があるからじゃなくて、この本全体のことだと理解してるのですが。
このパロマー氏は、カルヴィーノ自身なんですかね? いやー、やっぱり妙な作品だったわー。このパルマー氏が普段何の仕事をしているのかは明らかじゃないんですけど、周囲の迷惑も顧みないその深い思索、その詳細さ、そして横道への逸れぶりが可笑しいんです。でも読んでると、ほらほら面白くないでしょ?と言われてる気がしてならなくて。でもこういうのってoverQさんの仰る「部分>全体」を思い出しちゃう。詳細な「部分」は「全体」を凌駕するということを実践してみせた作品だったのかな?(笑)(岩波文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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ノックの音がしてキャスリンが目覚めたのは午前3時24分。夫はロンドンに行ってて留守、娘のマティは自分の部屋で寝ているはず。キャサリンはゆっくり起き上がって階下に降り、裏口のライトをつけます。そこにいたのは見知らぬ男。「ミセス・ライアンズですね?」と言われた瞬間、彼女は何が起きたか悟ります。パイロットである夫の操縦する飛行機が墜落したのです。それはアイルランド沖での出来事でした。

結婚16年目。15歳年上の夫・ジャックと15歳の娘・マティとの幸せな生活に突然起きた出来事とは、旅客機の墜落事故。その事故で100人以上の乗客が亡くなり、様々な憶測が飛び、残されたキャスリンと娘のマティに様々なことが降りかかってくることになります。
少しずつ読み進めている新潮クレストブックスですが、去年は手に取るのがばったり止まっちゃってたんですよね。それはこの作品で躓いていたせいだったのでした。なんとなく古い順から読んでいて、この本は文庫落ちしてるので文庫を買ってたんですけど、飛行機事故の話がどうしてもダメな私。(ついでにいえば、地震物もダメ) しかも本からなんだか苦手そうだなという匂いがぷんぷんと...。いや、それならそれであっさり飛ばしてしまえばいいようなものなんですが...。(それなのになんで買うんだ、私ってば)

で、実際読んでみて。やっぱり思ってた通りの作品でした。この展開も、やっぱり好みじゃなかったです。それでも一気に読ませられる作品ではありましたけどね。
良く知っているはずの人間が知らない面を持っているなんてよくあることだし、いくら一緒にいる時間が長くても、血が繋がってたとしても、1人の人間を完全に理解できたと思うなんて、やっぱり驕りだと思うんですよねえ。(新潮文庫)

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子供たちがコリーみたいな犬と遊んでいるのを見て、12歳の時に父親が買った犬を思い出す「私」。家では家畜用の働き者の若い犬を必要としていたのです... という表題作「冬の犬」他、全8編の短編集。

「灰色の輝ける贈り物」と同じく、カナダのケープ・ブレトン島が舞台となっている短編集。どうやら「灰色の輝ける贈り物」が「Island」という短編集の前半の8編で、こちらの「冬の犬」が後半の8編のようですね。その前半の8編と同じく、とても静かなのがまず印象に残ります。静謐で、でも生きる力に満ちた物語。この「生きる力」は、時には激しくて驚くほど。そして死。その背景にあるのは、厳しすぎるほど厳しい自然の姿。「赤毛のアン」のプリンス・エドワード島とは隣り合わせのはずなのに、なんでこんなに違うんだろう... と思わずにはいられません。気候的にもそれほど違わないはずなのに、ここまで違うとは。生き生きとした躍動感あふれる「赤毛のアン」とは対照的な、こちらはずっしりと貧しさと孤独がのしかかってくるような生活。「赤毛のアン」が春から初夏にかけての明るいイメージだとすれば、こちらは厳寒の冬の暗いイメージ。
どれも違う家族のことを描いているんですが、どれも同じ家族のことを書いているようでもあり... もちろんアリステア・マクラウドもその中の1人なんでしょうね。故郷スコットランドのハイランドやゲール語の存在がその根底に流れていて、故郷を離れなければならなかった深い悲哀を漂わせながらも、同時に時の流れを感じさせます。(新潮クレストブックス)


+既読のアリステア・マクラウド作品の感想+
「灰色の輝ける贈り物」アリステア・マクラウド
「冬の犬」アリステア・マクラウド
「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド

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