Catégories:“文学(翻訳)”

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サセックス州の旧家で大地主のダッシュウッド家の当主は、生涯独身を通すものの、晩年には甥のヘンリー・ダッシュウッド夫婦とその3人の娘たちを呼び寄せて同居し、幸せに過ごします。しかし亡くなる時、ヘンリーたちに全財産を譲るのではなく、一旦ヘンリーに全てを譲るものの、ヘンリーの死後はヘンリーの先妻の息子であるジョン・ダッシュウッドとその4歳の息子・ハリーがその財産を受け継ぐように遺言していたのです。そしてその1年後。ヘンリーが亡くなると、ジョン・ダッシュウッドの妻・ファニーが何の予告もなしに子供と召使を引き連れて屋敷に乗り込んできて、ダッシュウッド夫人と3人の娘はたちまちのうちに居候の立場となってしまいます。

ジェイン・オースティンの初の長編作品。この作品の題名の「分別」はダッシュウッド夫人の長女・エリナーのことで、「多感」は次女・マリアンのこと。ぱっとしないながらも誠実で頭の良い青年・エドワードに恋をする理性的なエリナーと、母娘が屋敷から引っ越した先で出会った情熱的で気品のある美男子・ウィロビーに恋をする情熱的なマリアンの物語です。
エリナーとマリアン姉妹の恋は、始まった当初はどちらも上手くいきそうに思えるんですけど、それで本当に上手くいってしまったら話は終わってしまうわけで(笑)、実際には紆余曲折。邪魔をしようとする人もいるし、それ以上に勝手な憶測で話を進めたり広めたりしようとする人が多くて大変! これじゃあ、上手くいくものも上手くいくはずありません。周りから固めるという手ももちろんありますけど、エリナーとマリアンにとっては大きなお世話。周囲の人に迂闊に触れて欲しくない微妙な時期というのもありますしね。
読んでいて一番思ったのは、よくこれだけ欠点だらけの登場人物を集めたなーということ。恋にのぼせ上がったマリアンは正直見苦しいし、エリナーが惹かれるエドワードはほんとぱっとしないし... ウィロビーも単なるお調子者。マリアンに惹かれるブランドン大佐はせっかく落ち着いた人物のように描かれているのに、華やかな美人であるマリアンに惹かれていること自体、どうなんですかー。他にも下世話だったり、上品ぶってるだけだったり、相手に無関心だったり、退屈だったり、自己中心的だったり、やけにケチだったり、みんなそれぞれに相当辛辣な描き方をされています。そんな中で1人常に冷静なエリナーは、欠点がないというよりも、逆に人間味を感じられない存在だったり...。でもそういった18世紀の人々が実は現代と何も変わりない、というのがまた楽しいんですよねえ。面白かったです。(ちくま文庫)


+既読のジェイン・オースティン作品の感想+
「自負と偏見」オースチン
「エマ」上下 ジェイン・オースティン
「分別と多感」ジェイン・オースティン
「マンスフィールド・パーク」ジェイン・オースティン
「ジェイン・オースティンの手紙」ジェイン・オースティン
「説きふせられて」ジェーン・オースティン
「ノーサンガー・アベイ」ジェーン・オースティン

+既読のジェイン・オースティン関連作品の感想+
「ジェイン・オースティンの読書会」カレン・ジョイ・ファウラー

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プリハドアシュヴァ仙が語り始めたのは、ナラ王とダマヤンティー姫の物語。ニシァダ国のナラ王子は眉目秀麗で逞しく、望ましい美質を全て具えている王子。ヴィダルバ国の珠玉のように麗しく光り輝くダマヤンティー姫のことを耳にするうちに、ダマヤンティー姫に恋をするようになり、金色のハンサ鳥の助けを得て、大インドラ神、アグニ神、ヴァルナ神、ヤマ神らを差し置いて、ダマヤンティー姫と結婚することに。しかしそれを快く思わなかったカリ魔王は、いまや王となったナラ王に取り憑き、賽子賭博によって王権も財産も全て失わせてしまうのです。ナラ王に残ったのは、何も言わずに付き従うダマヤンティー妃のみ。しかし未だカリ魔王に取り憑かれていたナラ王は、森の中でダマヤンティー妃を置き去りにして1人去って行ってしまい...。

古代インドの大叙事詩「マハーバーラタ」の中の一節。ナラ王と同じよう王国喪失を嘆く王子たちに向かって、ブリハドアシュヴァ仙が語ったという物語です。でも基本的に英雄詩である「マハーバーラタ」とは少し趣きが違うところ、ダマヤンティー姫の婿選びの式の場面の描写、シヴァ神、ヴィシュヌ神が登場していないところなどから、「マハーバーラタ」成立以前、紀元前6世紀頃から存在して、後に叙事詩に組み込まれた作品と考えられているようです。...「マハーバーラタ」も通して読みたいんですが、長いので本を揃えるのも大変でなかなか。こうやってちょっとずつ切り崩していこうとは思ってるんですが。(笑)
表向きの主人公はナラ王かもしれませんが、実質はダマヤンティー姫なんでしょうね。カリ魔王のせいで正気を失っているナラ王に捨てられて、身の危険をすんでのところでかわしながら、夫への愛を貫き通して、最後には夫を取り戻す物語。生き生きとしているダマヤンティー姫に比べると、ナラ王は正直あんまり生彩がないようです。いくらハンサムだとか何だとか言っても、ちゃんと行動で示してくれないと伝わってこないですよぅ。そうでなくても、美人だと噂に聞くだけで、まだ顔も見たことのないダマヤンティー姫に恋しちゃうような人なんですから。しかも、求婚するにも鳥に助けてもらってるし! ...でも、相手が美人だとかハンサムだとかいうだけで恋をしてしまうのは、この辺りでは当たり前のことみたいですね。中身はどうでもいいのか、中身は!(岩波文庫)


+インド神話関連作品の感想+
「屍鬼二十五話 インド伝奇集」ソーマデーヴァ
「ラーマーヤナ」上下 ヴァールミーキ
「インド神話 マハーバーラタの神々」上村勝彦
「ラーマーヤナ」ヴァールミーキ
「マハーバーラタ ナラ王物語 ダマヤンティー姫の数奇な生涯」
「バガヴァッド・ギーター」「バガヴァッド・ギーターの世界」上村勝彦

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カッスルは、イギリス情報部に入って30年以上経つベテラン情報員。現在は6課でアフリカ担当として、さほど重要とも思えない極秘電報の暗号を解読したり、逆にこちらから電報を送ったりする日々。かつて南アフリカに勤務していた時に知り合った黒人女性のセイラと結婚し、その息子サムと3人で郊外での生活を送っています。しかしその6課から情報が漏洩していることが発覚。6Aにいるのは課長のワトスンとカッスル、そして40代で働き盛りのデイヴィスのみ。調査の結果ワトスンとカッスルは嫌疑を免れ、デイヴィスが疑われることに。独身でジャガーを乗り回し、年代物のポートワインに目がなく、賭け事もするデイヴィスは、調査をした丁度その日の昼食時にも報告書を持ち出そうとしていたのです。

あまりピンと来ないままに、ハヤカワepi文庫に入っている作品を読み続けていたグレアム・グリーン。著者紹介には「イギリスを代表する作家であるとともに、20世紀のもっとも偉大な作家のひとり」とされてるんですけど... いえ、決して悪くはないんですけど、どこかピンと来なかったんですよね。それはもちろん読み手である私が未熟なせいなんでしょうけど。でもこの作品は面白かった!
この作品は、紛れもないスパイ小説ではあるんですけど、私がこれまでに読んだスパイ小説とは雰囲気が全然違いました。スパイ小説といえば普通、東西の駆け引きあり、裏切りあり、恋愛あり、派手なアクションありの、もっと手に汗を握るサスペンスで、ページターナーって感じの作品が多いと思うんですが、この作品は何ていうか、ものすごく静かなんです。イギリスの冬空のようなイメージ。実際、ジェームズ・ボンドシリーズが作中で何度か皮肉られていたりなんかして。
スパイ物というよりも、ずっしりと重い人間ドラマ。最後に明かされる真相も皮肉です。実際にグレアム・グリーンが第二次大戦中にイギリス情報部の仕事をしていたということもこの作品にリアリティを与えているんでしょうけど... それ以上に、ふとした拍子に垣間見えるキリスト教的な部分が作品に深みを出しているのかも。いやあ、良かったです。(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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ハイベリー村のハートフィールド屋敷に住む21歳のエマは、父親のウッドハウス氏と2人暮らし。ウッドハウス家はハイベリー村一番の名家で、そこのお嬢様のエマは美人で頭が良くて性格も良くて、しかもお金持ち。しかし最近、16年間ウッドハウス家に住み込んで家庭教師を勤め、エマの姉のような存在だったミス・テイラーがウェストン氏と結婚して家を出てしまい、父親ともども、ちょっぴり寂しい日々を送っていました。そんなある日、エマは1年前にハイベリー村の牧師となったエルトン氏の縁結びをしようと思いつきます。エルトン氏は美男子で、しかも好青年。そもそもミス・テイラーとウェストン氏のことも、エマが仲を取り持ったようなもの。エマは自分が結婚する気のない代わりに、人の縁結びをするのが大好きだったのです。エマはエルトン氏の相手として、近くの寄宿学校に預けられている17歳のハリエットに白羽の矢を当てることに。

「自負と偏見」(感想)を読んで以来の、ジェイン・オースティン作品。この「自負と偏見」もとても面白かったし、カレン・ジョイ・ファウラーの「ジェイン・オースティンの読書会」を読んだ時も(感想)、他のオースティン作品を読みたいと思ったはずなのに、結局そのまま...。いやあ、ようやく読めました! これも「自負と偏見」と同じように田舎の町を舞台にした物語。

主人公のエマは、人も羨む恵まれたお嬢様。でも傍目には欠点なんてまるでなさそうなエマも、まだ21歳。まだまだ世間も人生も知ってるとは言えません。何でも自分の思った通りに物事が進むと思い込んでるんですが、そうそううまくはいかないんですね。(彼女には身分至上主義な面もあるんだけど... これはこの時代ならではのものだから、仕方ないのかな)
本来頭がいいはずのエマも、この作品では他人の気持ちを早とちりしたり勘違いしたり、全然いいところなし。そのままいけば幸せになったはずのハリエットの結婚話をつぶして、彼女の気持ちを牧師のエルトン氏に向けたかと思えば、エルトン氏は実はハリエットなんて眼中になかったことが判明する始末。その後もエマの勘違いとはた迷惑な思い込みは続きます。この辺り、ジェイン・オースティンの書き方にあんまり容赦がないので、可笑しいながらも気の毒になってしまうほどなんですが... でもエマは自分の失敗をきちんと認めて、迷惑をかけた相手に謝ることのできる素直なお嬢さんだから、読んでて憎めないんですよね。困ったちゃんのはずなのに、可愛いんです。それに今の時代にもいかにもいそうな嫌らし~い人たちも登場したりなんかして... いやあ、楽しかったです。「自負と偏見」同様、全然古さを感じさせなくて、いい意味でのクラシックさを感じられる作品でした~。(ちくま文庫)


+既読のジェイン・オースティン作品の感想+
「自負と偏見」オースチン
「エマ」上下 ジェイン・オースティン
「分別と多感」ジェイン・オースティン
「マンスフィールド・パーク」ジェイン・オースティン
「ジェイン・オースティンの手紙」ジェイン・オースティン
「説きふせられて」ジェーン・オースティン
「ノーサンガー・アベイ」ジェーン・オースティン

+既読のジェイン・オースティン関連作品の感想+
「ジェイン・オースティンの読書会」カレン・ジョイ・ファウラー

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漢の大帝国の路から路へさすらいの旅を続けていた老画家汪佛(わんふお)とその弟子の玲は、ある時漢の皇帝の兵士たちに捕らえられ、王宮へと向かうことになるのですが... という「老絵師の行方」他、全9編の短編集。

これもナタリア・ギンズブルグ「ある家族の会話」(感想)と同様に、須賀敦子さんの本を読んで興味を持った本です。
どことなく東洋の香りが漂う短編集。実際に、漢時代の中国を舞台にした「老絵師の行方」や源氏物語を題材に取った「源氏の君の最後の恋」、インドを舞台にした「斬首されたカーリ女神」のように、誰が見ても「東方」だという場所を舞台にした話もあるんですが、バルカン半島もフランス人(ベルギー人?)のユルスナールにとっては「東方」だったのかな... 同じバルカン半島でも、トルコなら分かるんですけど、ギリシャや他の国の話も「東方」に入れられていたのが、ちょっとびっくりでした。でもギリシャはギリシャでも、遥か昔のギリシャ神話の物語に題材を取っていたり、チューリップというトルコ原産の花が重要なモチーフになってたりするせいか、一貫して感じるのはやっぱり「東方」の幻想的な異国情緒でした。民話などに題材を取ってる作品が多いので、独創性という意味ではそれほど発揮されていないのかもしれませんが、どれを読んでもとにかく美しい! 思わず息を呑むような美しい情景が広がります。その中でも特に好きだったのは、上にもあらすじをちらっと書いた「老絵師の行方」。小泉八雲の「果心居士」とかなり共通しているようだし、私自身何かの中国物の本でも読んだことがあるような話なんですが、そちらはそれほど美しくなかったですよぅ。いやあ、これはすごいな。これはユルスナールだけじゃなくて、訳者の多田智満子さんもすごいのだろうけど。
あと驚いたのは、「源氏の君の最後の恋」ですね。まさかこんなところで源氏物語を読むことになるとは...。「訳者として困ったのは、さすがのユルスナールの博識をもってしても日本の固有名詞や官職名にいささか不適切なものがあることで、読者の興をそがぬために、適当に修正したり省略したりしたところもあるが」と解題にあった通り、この作品を訳すには多田智満子さんも結構苦労されたようです。ユルスナール版の「雲隠」、とても興味深い1篇となっていました。私としてはちょっと受け入れがたいものがあったのだけど...。(白水uブックス)


+既読のマルグリット・ユルスナール作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール
「ハドリアヌス帝の回想」マルグリット・ユルスナール

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トリノ大学の医学部教授だったユダヤ系イタリア人・ジュゼッベ・レーヴィと、ミラノ生まれの母リディアの間に、5人きょうだいの末っ子として生まれたナタリア・ギンズブルグ。ムッソリーニの台頭と共に反ファシスト運動に一家全体で巻き込まれ、そのリーダーだったレオーネ・ギンズブルグと結婚、しかし後にその夫をドイツ軍によって殺されることになった、イタリアを代表する女流作家の自伝的作品。

今年の読書1作目は、イタリア文学から。須賀敦子さんの本を読んでいたら、無性に読みたくなった本なんですが、やっぱり面白かった!
前書きにも、何一つフィクションはないと書いてある通りの自伝的な作品... というか、言ってしまえばナタリア・ギンズブルグの家族の話なんです。ごく普通の家族の話なら、まあ面白い話も1つ2つあるでしょうけど、それほどのものではなさそうなところなんですが、これが面白いんですねえ。行儀作法に厳しくて短気で、自分の嗜好を絶対だと信じていて、山やスキーなど自分が好きなものを家族にも強要する父。一見ものすごく横暴なんですけど、どこかピントがずれててなんだか可笑しい人。そして買い物が好きで楽天的で、いつまでも少女のような母。きょうだいは兄が3人に姉が1人で、父譲りで唯一山が好きになった長男のジーノ、文学者肌で常にお洒落なマリオ、母と姉妹のように仲の良い美しいパオラ、まるで勉強しなかったのに、立派な医者になって家族を驚かせるアルベルト、そしてナタリア。1つの家族の話が淡々と描かれてるだけなんですが、その家族の歴史とムッソリーニのファシズムの時代、そして第二次世界大戦の時代が重なることによって、思わぬ重さを見せることになります。ナタリアの家族も反ファシズムの運動家として警察に追われたり、実際に投獄されたり、彼女の夫となるレオーネ・ギンズブルグに至っては獄死してしまうわけなんですが、ことさらに悲壮感があるわけでもなく、家族の絆の強さを強調しているわけでもなく、ましてやファシズムを攻撃することも全くないんです。あくまでも淡々と描かれていきます。でも、すごく雄弁に伝わってくるものがありました。
ただ、肝心なナタリアのことについては、最低限しか触れられてないのが残念。自分のことはあまり書きたくないにしても、もうちょっと、ねえ、という感じ。レオーネ・ギンズブルグと結婚した後のことについては、もちろん触れられてるんですけど、少女時代のナタリアについてもうちょっと読みたかったなあ。(白水uブックス)


+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

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母が亡くなった時に兄のカシスが託されたのは、子供の頃を過ごしたレ・ラヴーズの農園。姉のレーヌ=クロードに託されたのは、地下庫に眠る一財産になりそうなワイン。そして末っ子のフランボワーズが受け継いだのは、母の料理のレシピや様々なメモが書かれた雑記帳1冊とペリゴール産トリュフが1個。母の死から30年、フランボワーズは生まれ故郷の農園をカシスから買い取り、フランソワーズ・シモンという名でそこに住み始めます。本名のフランボワーズ・ダルティジャンを出さなかったのは、この村ではダルティジャンという名が忌まわしいものとされているから。幸い村人たちは誰も現在65歳の女性がかつての女の子であることを思い出さず、じきにフランボワーズが開いたクレープ屋も順調に繁盛します。しかしフランボワーズの料理がある有名シェフの目に留まり、クレープ屋が雑誌で紹介されると、その生活の静けさを破る人間たちが現れて...。

「ショコラ」「ブラックベリー・ワイン」に続く、ジョアン・ハリスの3作目。前2作のようにランスクネ・スー・タンヌという小さな村が登場することはないのだけど、この3作は食にまつわる「食の三部作(フード・トリロジー)」なんだそうです。確かに美味しそうな料理が、これでもかというほどに登場! でも、ものすごーく美味しそうなんだけど、それが明るい光となってるかといえばそうではなく、逆にものすごーく不穏な空気が流れてました。「ショコラ」に登場するチョコレートなんて、あの甘い香りが人々の頑なさを蕩かすって感じだったのに。でも改めて考えてみれば、あの時も不穏な空気は十分漂っていたんだな... 今回ほどにはダークではなかったのだけど。今回特に不吉だったのは、芳しい香りを放つ瑞々しいオレンジ。
物語は、フランボワーズの現在の話と、9歳の少女だった1942年当時の回想によって進んでいきます。その頃に何かとてつもなく不愉快な出来事があったんだろうなというのはすぐに分かるのだけど、それが何なのかなかなか分からなくて、最初はじれったいです。でも母の遺した雑記帳を読み解くうちに、ベールがはがされるように徐々にその出来事が見えてきます。求めている愛情を得られないまま意固地になってしまった子供と、素直に愛情を示すことのできない母。子供ならではの残酷さと浅はかな知恵。そして隠し通さなければならない秘密。
いやあ、面白かった。やっぱりジョアン・ハリスはイイ! ちょっと的外れかもしれないんだけど、やっぱり「食べる」ということは、人間が生きるための基本なんだなあ、なんて思ったりもしました。「1/4のオレンジ5切れ」というこの題名の不安定さがまた、内容にとても合っていていいですねえ。(角川書店)


+既読のジョアン・ハリス作品の感想+
「ブラックベリー・ワイン」ジョアン・ハリス
「1/4のオレンジ5切れ」ジョアン・ハリス
Livreに「ショコラ」の感想があります)

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