Catégories:“文学(翻訳)”

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1時少し前、黒い表紙のペンギンのペーパーバックと、CVSファーマシーの白い小さな紙袋を手に、会社の入っているビルのロビーに入った「私」。エスカレーターで中二階にあがると、そこにオフィスがあるのです...

岸本佐知子さんの「気になる部分」(感想) を読んだ時から気になってたんですけど、ようやく読めました! 一読して思ったのは、この作品の(というより、ニコルソン・ベイカーの作品の?)翻訳を岸本佐知子さんに依頼した人はエライ!!ということ。ニコルソン・ベイカーの作品はこれが初めてなんですけど、びっくりしました。岸本さんのように一面のお花畑が火の海になってしまうことこそないんですが(笑)、この方の思考回路も相当念が入ってるんでしょうねえ。いや、すごいです。岸本さんは、まさに適材適所ですね。

ある会社員の靴紐がお昼前に切れて、彼は昼休みに新しい靴紐を買ってくるんです。実際にここに書かれているのは、その彼がオフィスビルに入ってきたところから、エスカレーターを降りるところまで。出来事としては、ぜーんぜん何も起きないんです。ひたすら彼がオフィスに向かう途中で頭の中でめぐらしていた考え事を書き綴っていくだけ。エスカレーターの美しさから、回転する物体の縁に当たる光の美しさを思い、自分の左手にある紙袋の中身を思い出そうとしながら、その日の昼食に半パイント入りの牛乳を買った時の店員の女の子とのやりとりを思い出し、「ストローはお使いになります?」と聞かれたことから、かつての紙ストローからプラスチック・ストローへの変換と"浮かぶストロー時代"の幕開け、その後の大手ファーストフードチェーン店のストローに関する対応へと思考は飛び、さらに様々な事柄へ...。両足の靴紐が同時期に切れるのはなぜなのか、自分の人生における8つの大きな進歩について、ミシン目に対する熱烈な賛美。どんなに瑣末な思考も疎かにされることなく滑らかに発展し続けますし、その発展した思考が新たな思考を呼んで、それぞれに詳細な注釈を呼んで、その注釈は本のページから溢れ出しちゃう。ありふれてるはずの日常のほんの数分間が、日常のありふれた瑣末なことに関する思考で、再現なく豊かに膨らんでいくんですよね。いや、もう、こんな作品を読んだのは初めて! いやー、ほんと変な話でした。でも面白かった。(笑)(白水uブックス)


+既読のニコルソン・ベイカー作品の感想+
「中二階」ニコルソン・ベイカー
「ノリーのおわらない物語」ニコルソン・ベイカー

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悪魔の最も重要な仕事の1つは、人間を誘惑し堕落させること。これは、かつて多大な功績を挙げて今は引退している大悪魔のスクルーテイプが、新人の悪魔である甥のワームウッドに対して書き綴った31通の書簡集。なかなか上手く人間を誘惑しきれないでいるワームウッドに対して、スクルーテイプはいかに人間を惑わせてキリスト教に背を向けさせ、堕落に至らしめるか、様々な状況に応じた助言をしていきます。

人間とはいかに弱い存在か、いかに周囲の環境に染まりやすい存在かということを、ターゲットである人間自身には悟らせないように、目の前にある現実に集中させておこうとする悪魔たち。たとえば、かつてスクルーテイプが大英博物館の図書館に通っていた無心論者の男を担当していた時は、ある日突然敵(神)のことを考え始めた男に対して、すかさず外に昼食に出させて、ロンドンの町という現実を目の当たりさせたのだとか。悪魔の何世紀にも渡る根回しによって、人間は見慣れているものが目の前にある間は、見慣れないものを信じることがほとんどできなくなっているのだそうです。へえー。
時々どきりとさせられる箇所があって、知らず知らずのうちに、悪魔の思惑通りに行動していることもあるかもしれないなあって思わせられてしまいます。ルイスの人間洞察って鋭いなあ。結局のところ、全編通して悪魔の視点から書かれているんですが、同時に悪魔の言葉を通してキリスト教について語る作品でもあるんですね。そして、ここにはワームウッドからの報告の手紙は一切登場していなくて、読めるのはスクルーテイプからの返信だけ。ワームウッドがどんな泣き言や文句を言ってきたのか、想像するのもちょっと楽しかったりして。
この作品は、「指輪物語」のトールキンに捧げられているんですが... これを読んだトールキンはどんなことを感じたんだろう? というのがとっても気になるところ。トールキン側の資料に何か残ってないかしら?(平凡社ライブラリー)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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この3年ほど三日月湖の120cm四方の水面を見続けていた91歳のルイスは、その日も高価な海釣り用の竿を持って立っていました。そこに現れたのは、自称飛行貴族の老アルリッチ、昔からこの入り江に住んでいるシドニー・ファート、稀代の嘘つき野郎・ピーター・レンといういつものメンバー。4人は今までにできずに後悔したことの話を始めます。そしてミセス・ウーテンが現れて... という「老いの桟橋」他、全16編の収められた短編集。

アメリカ南部を代表する作家だというバリー・ハナ。処女長編ではウィリアム・フォークナー賞を受賞して、作家としての地位を早くも確立、現在はミシシッピー大学で創作を教えているのだそうです。でも、一応最後まで読んだんですが... うーん、最初から最後まであまり楽しめなかったです。老いや死をテーマに扱った作品が多くて、毒が強いんですよね。訳者あとがきには「きっとハナは、人間の生を逆転した地点から眺めてみたかったのではないだろうか」とあるし、確かにその通りかもしれないなあとは思うんですが...。こういう作品が好きな人にとっては堪らないのかも。強いて言えば、「老いの桟橋」「ふたつのものが、ぼんやりと、互いに襲いかかろうとしていた」「よう、煙草と時間とニュースと俺のメンツはあるかい?」「ニコディマスの断崖」辺りは、比較的受け入れやすかったように思うんですが。(新潮クレストブックス)

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その日、アイルランドの小さな村・バリナクロウにオープンしたのは、バビロン・カフェ。これはイラン革命の直前に流血のテヘランから命からがら脱出したマルジャーンが、バハールとレイラーという2人の妹と一緒に経営するペルシャ料理の店。マルジャーンたちはイラン革命の直前に国から逃れて、ロンドンへ。そして今またアイルランドへとやって来たのです。

先日「ほんぶろ書店にお料理本コーナーがあったら」という企画があった時に、日常&読んだ本logのつなさんが挙げてらした本。(記事
中心となるのが3姉妹のペルシャ料理店だけあって、ペルシャの料理がいっぱい登場。そして1章ごとに、その章の中で一番クローズアップされた料理のレシピが載っているんです。そのペルシャ料理が、ものすごく美味しそう! 最初にその料理の匂いが漂ってきた時に、「これが天国の匂いじゃないんなら、なにが天国の匂いなんだって」なんて言う人もいるほどなんですよー。シナモンやカルダモン、クミン、ターメリック、サフラン、アドヴィエ... 匂いが分かるスパイスもあれば全然分からないのもあるけど、組み合わさったらまた全然違う深みが出たりするんでしょうね。このスパイスの香りがなんだかとっても濃厚で情熱的で官能的で、全編通して本から立ち上ってくるような気がするほど。レシピを見ただけでは、実際にどんな料理か分からないお料理がほとんどなんですが、それほど手に入らない材料はなさそうなので、作ってみたくなっちゃいます。私が一番食べてみたいのは、肉と米をブドウの葉でくるんだドルメかなあ。おこげが美味しいというお米料理のチェロウもいいし、はたまたラム肉とジャガイモのシチューのアーブグーシュトも濃厚で美味しそう... うーん、やっぱり自分で作るよりも、ちゃんとしたペルシャ料理のお店で食べてみたいなあ。
長女のマルジャーンが作った料理は、元気を取り戻したり、満ちたりた気分になったり、それまで不可能だと思っていたことを成し遂げようという気にさせたりする力を持っているみたい。突然現れたよそ者の3姉妹に、小さな町の人たちは戸惑うし、排除しようとする人もいるんだけど、3姉妹は少しずつバビロン・カフェに新しい人間を招きいれていきます。その辺りはまるでジョアン・ハリスの「ショコラ」のような雰囲気です。美味しいものが人を幸せにしたり、閉じていた心を開かせたりするというのは、やはり万国共通ですね!
でも、美味しいだけの話ではなくて、徐々に受け入れられゆく3姉妹の姿とは対照的に、バリナクロウまでやってくる間の3姉妹の苦労や過去の傷が明らかになっていきます。意外と重いものも含んだ物語でした。面白かったです! (白水社)

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ヨーが幼稚園の頃に、両親は離婚。母は通りを2、3本へだてた所に引越して、「わたし」は売れない作家の父と家に残ります。父はやがてエリアーネという女と再婚するのですが、いつもキッチンにいてオレンジをむき、煙草を吸い、ナッツを盛大に食べ、癇癪を起こしていたエリアーネは、いつの間にか家を出ていました。やがて母も、アロイスという男と再婚して遠い町へいくことに。そして12年後、ヨーは母に再会します。

ゾエ・イェニーの両親も3歳の時に離婚していて、父親はバーゼルで出版社を経営、かなり自伝的な要素の強い作品のようです。でもイェニー自身は、作中のヨーと同一視されることを当惑しているのだとか。訳者あとがきに、吉本ばななを愛読していると書いてあって、そう言われてみると、確かに吉本ばななさんと共通するところがあるみたいです... 「家族」とかね。でも、その表現方法はまるで違いますね。一番違うのは、感情の扱い方でしょうかー。この作品、主人公のヨーの感情がまるで描かれていないんです。訳者あとがきによると、それは、ヨーがつねに「ある感情のなかで」「感情のまっただなかに身を置いて」語るからだ、とのこと。確かに文章は簡潔すぎるほど簡潔だし、淡々と静かに事実を書き連ねていくだけで、ヨーの感情なんて全然書かれてないんですが、そこにずっと漂い続けているのは圧倒的な孤独感。孤独感が強すぎて、他の感情がすっかり色褪せてしまったのかも...。父親と、あるいは母親と一緒にいながら、彼らの人生に自分が存在する場所がないことを常に感じさせられ続けるというのは、本当に1人ぼっちの寂しさよりもたちが悪いような気がします...。
独特な雰囲気のある作品でした。ヨーがあまりに淡々と事実を描き出していくだけなので、吉本ばなな作品の女性たちのようには感情移入できなかったんですけどね...(新潮クレストブックス)

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スコットランド出身の青年、ニコラス・ギャリガンが医師としてウガンダに到着したのは、丁度イディ・アミン・ダダがオボテ大統領を打倒し、政権を奪い取った頃。不安定な首都・カンパラを後に、ギャリガンはすぐに赴任先のムバララへと向かうことに。しかし数年後、地方にやって来たイディ・アミンの手当をしたのがきっかけで、ギャリガンはイディ・アミンの主治医として首都・カンパラに戻ることになったのです。

実在のウガンダの独裁者・イディ・アミン元大統領、そして1970年代におけるウガンダの独裁恐怖政治を、その主治医(架空の人物)の視点から描くという物語。軍人出身でアドルフ・ヒットラーを尊敬し、反体制派の国民を30~40万人も虐殺したというイディ・アミンは、アフリカで最も血にまみれた独裁者と言われた人物なんだそうです。
このイディ・アミンがものすごく魅力的に描かれていました。読んでいるこちらまでイディ・アミンに魅せられて、コントロールされてしまいそうになるほど。実際のイディ・アミンがどんな人物だったのかは知らないんですけど、やっぱり血にまみれた独裁者ですしね...。でもこの作品のイディ・アミンのカリスマぶりはすごいです。もちろん、傍にいたギャリガンがその魅力に抗えるわけがなく。慎重に距離を置こうとしても、気づけばすっかりイディ・アミンの手の内に取り込まれてしまってます。医師としての職業倫理と、英国大使館からの圧力の板挟みになって、逃げ出したいと思いながらもなかなか行動に移せないまま、イディ・アミンに翻弄され続けるギャリガン。そもそも、アフリカに赴任したことからして考えが甘すぎるギャリガンなんですけど、イディ・アミンに出会いさえしなければ、それなりの人生を送れたはずなんですよね。だからこそ、イディ・アミンに手もなくやられてしまったのが、とてもリアル。
リサーチに6年、執筆には2年が費やされたそうで、上記のイディ・アミンのことだけでなく、アフリカの地理、歴史、産業、文化、そして複雑な政治情勢、さらには医療の現場の実態についてもすごく詳しくて、予想外に面白かったです。これは映画にもなっているのだそう。「ラストキング・オブ・スコットランド」、アカデミー最優秀主演男優賞を取ってるんですね。どんなイディ・アミンだったのか、ちょっと見てみたいかも。(新潮クレストブックス)

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ペギーは町営図書館の司書。ペギーの勤める図書館にジェイムズが初めてやって来たのは、ペギーが25歳、ジェイムズが11歳の時。小学校のクラスメートたちと共に教師に引率されて図書館に入ってきた中にいたジェームズは、当時ですら185cmという長身で目立っていました。それからというもの、人間があまり好きではなく、恋愛にも縁遠かったペギーにとって、ジェイムズは特別な存在となります。

図書館司書をしている冴えない女性・ペギーと、巨人症の少年・ジェイムズの恋物語... でいいのかな。なんだかね、読み方によってはすごくスレた読み方ができる話なんです。ペギーのジェイムズに対する恋心は、ともすれば所有欲に近いものにも見えるんですよね。節度を守った行動ではあるけれど、気持ち的にはストーカー寄り... いわゆる世間一般の「女性らしい女性」の規範からはみ出してしまったペギーが、常に背の高さばかり注目されてしまう、「少年らしい少年」の規範からはみ出してしまったジェイムズに、同病相憐れむ感情を抱いたようにも見えます。家族愛を知らないペギーにとっては、ジェイムズの家の雰囲気も憧れだったのかも。...とは言っても。始まりがどんな感情であったにせよ、それだけを追い求めれば、いつかは本物になる...!? ペギーの最後の行動には、びっくり。そんなのばれないはずがないでしょう、と思いつつ...。
なーんて書いてますけど、素直な気持ちで読むと、とってもピュアな恋愛小説にもなるんです。恋愛に慣れていない2人が不器用ながらも着実に思いを育んでいった、というような。そうなると、最後は「ペギーもようやく自分の居場所を見つけられてよかったね」って、そうなるかな...? ふふふ、面白かったです♪

この作品の中で、図書館司書に対して手厳しい言葉がありました。「司書は(スチュワーデス、公認会計士、中古車のセールスマンとおなじく)、ある種ひねくれた人間を惹きよせる職業と思われている。さらには、手厳しい行き遅れの女ということになっている。寂しい頑固者。まずもって、刺々しい。罰金を愛し、静寂を愛する」ですって。ひいい。(笑)(新潮クレストブックス)

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