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オリュアルとレディヴァルとイストラは、シュニット川の左岸に都を持つグローム国の王の3人の王女。オリュアルは醜く、それとは対照的に、イストラは生まれた時からまるで女神のような美しさ。オリュアルはイストラをこよなく愛し、彼女の世話に心血を注ぎます。しかしそのあまりの美しさが災いして、イストラは灰色の山の神に献げられることになるのです。オリュアルはその晩年、灰色の山の神を糾弾するために、巻物にその時の出来事を逐一書き記し始めます。

アプレイウスの「黄金のろば」(感想)の中のキューピッドとプシュケーのエピソードを使って、C.S.ルイスが描き出した物語。このエピソードは、エロール・ル・カインの絵本「キューピッドとプシケー」(記事)でも独立して取り上げられていたし、ギリシャ神話の本には大抵入ってるのではないかと思います。プシュケーのあまりの美しさに人々がアフロディーテのことをないがしろにするようになって、女神を怒らせてしまうという物語。この物語の舞台となるグロームの国の人々はアフロディーテに当たるウンギットという神を信仰していて、その息子に当たる灰色の山の神がキューピッド。そして王家の末娘イストラの名をギリシャ語にするとプシュケーです。

「黄金のろば」の中で語られていたのは、妹プシュケーの良い暮らしぶりに嫉妬した姉たちが、プシュケーにランプで夫の顔を見るようにそそのかしたというもの。この物語でも、実際に途中でそういう神話が語られます。でもそれは、プシュケーの姉・オリュアルの目から見た真実とはまるで違うものなんですね。オリュアルが探し当てたプシュケーは壮麗な宮殿や贅沢な調度品、美しい衣装の話をするけれど、オリュアルにはも何も見えず、そこには露天で自分の手に湧き水を汲んでオリュアルに飲ませる、ボロを着たプシュケーがいるだけ。...でもオリュアルにも本当は分かっていたんですね、きっと。オリュアル自身が信じたくなかっただけ。結局のところ、オリュアルは嫉妬していただけなんでしょう。でもそれはアプレイウスの物語の中にあるような俗物的な嫉妬ではなく、愛するプシュケーを神に取られたくないという思い。
この作品ですごいと思ったのは、神の姿。今まで神話やその類の物語を沢山読んできましたけど、これほど神々しい神は初めてでした。本来、神々とはこうあるべきと思える姿がこの作品の中にはあります。素晴らしい! オリュアルはプシュケーを心の底から愛していたけれど、それは所詮人間的な愛情だったんですねえ。もうレベルが違いすぎるというか何というか。
そして、女性が深く描きこまれている作品でもありました。晩年には結婚したけど、ルイスはずっと女嫌いとして独身生活を送っていたと聞いた覚えがあるのだけど... そうではなかったのかしら? 先日「サルカンドラ」を読んだ時も感じたけど、この人、本当は女性をとてもよく知ってたんですね。

私が読んだのは、みすず書房から出ている「愛はあまりにも若く」なんですが、平凡社ライブラリーで改題改訳版が出てました。「愛はあまりにも若く」という題名、好きなんだけどな... でも新しい題の方が原題に忠実です。(みすず書房)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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ヘンリ・ライクロフトは、純粋に作家として暮らしたいと思いながらも、長い間、貧乏のためにブック・レヴューや翻訳や論文といった詰まらない下請けを引き受けることを、余儀なくされていました。しかし50歳の時に知人から年間300ポンドの終身年金を遺贈され、突如悠々自適の生活を送ることができるようになったのです。ライクロフトは早速ロンドンの家を引き払い、イギリス中で最も愛しているデヴォン地方へ。そして5年余りの穏やかな生活を経て急逝。ライクロフトの死後、デヴォン地方に移ってからの日記らしき原稿ノートが出てきて、ギッシングがその遺稿を整理して出版することになります。

長年の貧乏暮らしから、思いがけない遺産相続を境に生活が一変したヘンリ・ライクロフトという作家の遺稿を出版した、という形式の小説。先日読んだ「読書の腕前」(感想)に、「およそ読書人と呼ばれる人の本棚に、これがないことはありえない」なんて書かれていた本です。引用されていた文章に惹かれるものがあったし、南イングランドの美しい自然の中で散歩と読書に明け暮れる日々だなんていいなあ、と読み始めたら、これが本当に良かった! 何が良かったって、私にとって一番良かったのは、ヘンリ・ライクロフトという人物の存在感ですね。いやね、読み始めてかなりの間、実在の人物のことを書いているのかと思い込んでいたんです。でもそう思って読んでもまるで違和感のないほど、造形がしっかりと立体的。多分周囲の人には、それほど個性的に感じられない、どちらかといえば全然目立たない人物のはずなのに、過去の出来事や現在考えていることを通して、ヘンリ・ライクロフトという人物像や人生観が浮かび上がってくるようで、これがすごく良かった。
もちろん、自然とのふれあいや本の話もすごく楽しかったです。こんな風に季節の移り変わりを敏感に感じながら、好きなだけ本を読む生活ってほんと羨ましいー。万事心得た家政婦さんがいるので、日常の瑣末なことには全然煩わされないで済むんですよね。その分ライクロフトは、毎日の散歩の中で見かけた花の名前を本で調べて、その美しさや香りを十分楽しんでます。「私は昔ほど本を読まない」という言葉も印象的でした。そうそう、そうなんだよね、今はどんどん新しい本を読んでる私もじきに読み方が変わって、好きな本だけを毎日読み返すようになるはず...。その日が来た時、ライクロフトみたいに自然に親しみながら毎日を心穏やかに暮らせるといいなあ。でも南イングランドじゃないし、今ひとつ雰囲気が出ないかもしれないな。(笑)(岩波文庫)

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古代ローマの国民的詩人、ウェルギリウスによる英雄叙事詩。トロイアを脱出したアエネーアースがイタリアに辿り着いてローマを建国するまでの物語です。タイトルの「アエネーイス」は、「アエネーアスの歌」という意味。実はちょっと前に岩波文庫版を読もうとしたんですけど、七五調の訳に何とも眠くなって上巻だけで挫折... こちらのを借り直してリベンジです。とは言っても、こっちもあんまり読みやすくなかったんですが...。

本来、ローマという名前の起原になったのは、もう少し後の時代のロームルスという人物。軍神マルスが王女レアに産ませた息子です。怒った王によって、双子の兄弟レムスと共に川に流されちゃうんですが、そのロームルスが後に築いた都市がローマ。だからこちらの方が建国の祖としては正統派。でもその時起きたいさかいでロームルスがレムスを殺したという汚点があって... どうやら元々あまり到底品行方正とは言えなかったようだし、父が軍神マルスであることも粗野な印象を与えたのだそうです。
それに対して、アエネーアスは女神ウェヌス(ヴィーナス)の息子で、トロイア戦争ではへクトルに次ぐ勇士。落ち武者ではあるけれど、居ながらにしてギリシャの文化の香りを伝える洗練されたところが人気だったようです。(笑) しかも盲目の父・アンキーセスを背負い幼い息子イウールスの手を引いたアエネーアスには、ロームルスにはない美徳がたっぷり。ウェルギリウスの時の皇帝アウグストゥスがウェヌスの血統とされていたこともまた、ローマ建国の祖として相応しかったよう。...そこで解説を読んでて面白いと思ったのが、祖国を喪失したアエネーアスが新しいトロイアを再興したことは、いつかローマに存亡の危機がきても、偉大な指導者が現れて国を窮地から救うだろうという希望も入っていたらしいというところ。そりゃあ永遠に続く王国なんてなかなかないですけど、国力が充実してる時は、いつか滅亡する時のことなんて普通考えないでしょ...! その時のローマ人は「盛者必衰の理を表す」「驕れる者は久しからず」なんて本当に思っていたのでしょうか...?!(笑)

「アエネーイス」の前半は「オデュッセイア」、後半は「イリアス」を踏まえているのだそうで、そう言われてみると実際に前半は航海譚、後半は戦争物語でした。「オデュッセイア」ではポセイドンが怒ってたんですけど、こちらではユーノが怒っていて、難破したアエネーアスはオデュッセウスがナウシカアに助けられるように、カルターゴの女王・ディードに助けられるんですね。で、そしてオデュッセウスがカリュプソやキルケに誘惑されたようにディードと恋仲になって、同じように無理矢理逃げ出して...。他にも色々な共通点があって、比べてみるのは面白かったです。
とはいっても、作品自体は正直、あまり面白いとは思えなかったんですけどね... アエネーアスはトロイア戦争の中ではお気に入りの人物なのに、おかしいなあ。「イリアス」「オデュッセイア」の方が断然面白かったです。私自身、古代ギリシャは好きなんだけど、古代ローマとは今ひとつ相性が悪い、というのもあるかも。後のラテン文学に計り知れない影響を及ぼしてる作品なので、日本語にしてしまうと伝わらなくなってしまうという部分もあったりして... いや、それ以前にやっぱり私の読解力の問題か。(京都大学学術出版会西洋古典叢書)

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アテーナイとスパルタの間の戦争が続いていた頃。アテーナイの若く美しい夫人・リューシストラテーは、何とか戦争をやめさせようと全ギリシアの女性たちに会合を通告。リューシストラテーは男たちに戦争をやめさせるには、自分たち女性が男性に対して性的ボイコットを行うことが必要だと説きはじめます。そして敵方であるスパルタのラムピトーらの協力を得て、計画を実行に移すことに。

ギリシャ悲劇を一通り読んだので、今度はギリシャ喜劇。ギリシャ喜劇を読むのはこれが初めてです。でも、こちらはあまり読まないかも。基本的にハッピーエンドが大好きな私なんですが、悲劇の方が好きそうな気配が濃厚なんですもん。シェイクスピアも喜劇よりも断然悲劇の方が好きですしね。(シェイクスピアの喜劇で好きなのは「夏の夜の夢」ぐらい)

アリストパネースがこの作品を書いたB.C.412年は、ペロポネーソス戦争(B.C.431-B.C.404)の真っ最中。27年間も続くことになったこの戦争は、アリストパネースの考えるようには終結しませんでしたが、この喜劇の中には当時の情勢に対する諷刺も沢山含まれていました。
リューシストラテーの提案は、要するに夫の夜のお相手をやめて、しかも無理強いされないために、女性たちだけで立て篭もろうということなんですけど(笑)、それを聞いた女性たちの反応がスゴイ。顔をそむけたり、立ち去ろうとしたり、口がへの字になったり、顔色が変わったり、泣いてしまったり... 日本じゃちょっとあり得ない反応かも。(笑) それに対してリューシストラテーが、「あきれた、わたしたち女性ったら、みんな助兵衛ばかりだわ。お芝居がわたしたちを題材にするのも道理だわ」と言うのが可笑しい。実際、後で我慢しきれなかった女性が脱走を企てるという展開もあります。中には、兜を服のおなかに入れて、妊娠中を装って逃げようとするツワモノも。ギリシア人の女性はそれほどまでにお好きなんでしょうか...!(笑) あえて美しい化粧と透けた衣装で男性をその気にさせながら、拒絶するのがポイントなんですよー。
でもパワフルな女性たちの奔放さを描いているようで、あくまでもこの作品は反戦作品。実はとても真面目な作品なんですね。(岩波文庫)

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年老いて、自分の身体が頑固な痛みの詰まった袋に過ぎないと痛感するようになった公爵は、ある時思い立って、広大な敷地内に巨大なトンネルを8本も掘らせることに。そのトンネルは、馬車も通れるという大きいもの。施工には5年もかかります。しかしそのトンネルが何のために作られたのか、公爵が人に明かすことはなかったのです。

作者のミック・ジャクソンの本名はマイケル・ジャクソン。それだとあんまりだっていうんでミック・ジャクソンに変えたら、今度はミック・ジャガーみたいになってしまったんだとか。(笑) 有名人と同姓同名って困りますよね。字が違ってても、例えば呼び出しの時とかに困る、特に空港みたいなところで呼び出されたくないって、以前「シバタキョウヘイ」さんが言ってました。同姓同名の人は時々見かけますが、私が知ってる人はほとんどその有名人と同世代。親がファンで名前を貰っちゃった!ってことではないんですよね。最近は「ヤマグチトモコ」さんがいたなあ... しかもこの山口さんは、全く同じ字でした。まあ、この場合はそれほど珍しい名前じゃないですけどね。親御さんは「智子」って名前をつけただけだし。って、関係ないこと書いてますけど、このミック・ジャクソン、ロックバンドをやってたこともあるようですが、本業は映画監督とか脚本の方なのだそうです。なるほど、この小説も確かにどこか映画っぽい匂いがする構成かもしれません。
最初は人生に疲れた普通の老人に見える公爵が、いかにもイギリス的なユーモアを交えながら描かれていきます。周囲の人々にも奇矯な人物と認識されているようですが、愛すべき老人。時折昔のエピソードが折挟まれるんですけど、それがあまりに断片的で、微笑ましいというよりも危うい印象。老公爵は徐々に狂気に蝕まれ始めていて、気がつけば取り返しのつかないところまでいってしまってました。...ええと、やりたかったことは分かるんだけど、終始淡々と描かれてるので、どうも単調で... 最後は結構強烈なはずなのに、ここもそれまでの淡々とした筆運びに負けてしまったような気がします。そしてこの穴掘り公爵、第5代ポートランド公ウィリアム・ジョン・キャヴェンディッシュ=ベンティック=スコットというモデルがいるらしいんですね。実際にトンネルを掘ったこともあったのだとか。実際にはミック・ジャクソンが作り上げた部分も多いんでしょうけど... この穴掘り公爵、結局そのモデルの影から逃げ切れなかったのかもしれませんね。(新潮クレストブックス)

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ヘゲリンゲン王国のヘテル王と王妃ヒルデの間に生まれたクードルーンは、母をも凌ぐ美しい王女に成長し、様々な国からクードルーンへの求婚の使者が送られることに。7つの王国を従えるモールラントの王・ジークフリートや、ノルマンディー王国の王子・ハルトムートもその1人。しかし誇り高いヘテル王はジークフリートに娘を嫁がせることを拒み、王妃ヒルデは、家格が合わないこととを理由にハルトムートの求婚を断るのです。結局クードルーンの心を射止めたのは、隣国ゼーラントのヘルヴィヒ王でした。しかしヘルヴィヒ王とクードルーンの結婚が1年後に決まった時、ジークフリートはヘルヴィヒ王のゼーラントに攻め込み、ヘテル王が援軍をゼーラントに進めている間に、ハルトムートはヘゲリンゲンの城にいた王女クードルーンと62人の侍女を連れ去ったのです。

1230年代に書かれたという長編英雄叙事詩。ドイツの「イリアス」と呼ばれる「ニーベルンゲンの歌」に対して、こちらの作品はドイツの「オデュッセイア」とも評されているのだそう。アイルランド、デンマーク、ノルマンディー、異教徒の国モールラントなどを舞台に3代に渡る壮大な物語。
テンポもいいし、面白いという意味では十分面白いんですけど、叙事詩として比べてしまうと、「ニーベルンゲンの歌」の方が断然格上のような...。人物の魅力的にも、物語の盛り上がりや迫力から見ても、深みから言っても、「ニーベルンゲンの歌」の方が上だと思うんですよねえ。これは、中心となるクードルーンがイマイチのせいもあるかも。...そりゃ美人かもしれないですけど、世の王子さま方はそれだけでいいわけ?!ってほんと思いました。途中でもその高慢ぶりが鼻についたし、最後のハッピーエンドだって、クードルーンの自己満足のように思えてしまうー。 ...と書きつつ、突っ込みどころが満載で、そういう意味ではすごーく楽しめたんですけどねー。(そ、それでいいのか...? と何度思ったことか・笑 ←間違った楽しみ方です)
解説によると、30を超える写本が現存する「ニーベルンゲンの歌」に比べて、こちらには16世紀の写本が1つ残されてるだけなのだそう。だから、中世当時はあまり人気がなかったのではないかとのこと。確かにそれは十分考えられそうです。高い評価を受けるようになったのは、19世紀になってからみたいですね。グリム兄弟の弟・ヴィルヘルム・グリムもこの作品を絶賛してるそうなんだけど... そんな絶賛するほどなのかなあ? いえ、楽しいのは楽しいんですけどね。(講談社学術文庫)

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メアリアン・カーステアズが初めて女性から「性の興奮と知の興奮の手ほどき」を受けたのは、17歳の時のこと。その手ほどきをしたのは、オスカー・ワイルドの姪で、当時パリ社交界の中心にいたドリー・ワイルド。大金持ちではあるものの野暮ったい田舎娘だったメアリアンは、たちまちのうちにドリーに魅了され、様々なことをドリーに教わることになります。その後、メアリアンはジョー・カーステアズと名乗るようになり、数々の女優と浮名を流し、その中にはマレーネ・デートリッヒのような大女優も含まれることに。

ボートレースにも果敢に挑戦してるし、ホエール島を買い取ってからも精力的に活動してるし、表向きには豪快で華やかな生き方のように見えるんです。でもこの作品を読んでいると、その裏に潜む寂しがりやの素顔が透けて見えてきました。お金は有り余るほどあっても、次々に浮き名を流しても、本当に求める愛情はなかなか得られないんですよね。唯一の真実の恋人が失われてしまったのも、言わば自業自得だし、トッド・ウォドリー卿と名付けられた人形への偏愛が怖い... きっと子供の頃に結局得られなかった親の愛情への裏返しなんでしょう。何事においても自分が拒絶されたということを認められなくて、自分から捨てたんだと粋がってみせるところも痛々しすぎ。1920年代というのは、戦争のせいで男性が不足してたこともあって、性的に寛容な時代だったようなんですよね。なのでジョー・カーステアズみたいな人物ももてはやされることになったんでしょうけど、この人もまた戦争の被害者なのかなあ、なんて思ってしまいました。戦争がなかったら、これほどまでに華やかな生活はできなかったでしょうけど、逆にもっと身近なところに小さな幸せをみつけて一生を送ったんじゃないかしら。それにお金がありすぎるっていうのも、絶対マイナス要因ですね。お金に頼りすぎです、彼女。
ジョー・カーステアズ自身にはあまり惹かれなかったんですけど、周囲の人物とのエピソードは面白かったです。カニグズバーグの「エリコの丘から」に出てきたタリューラ・バンクヘッドにニヤリ。「魔性の犬」のクエンティン・クリスプの名前も出てきてびっくり! でもやっぱり一番の話題は、マレーネ・ディートリッヒかな。やっぱりディートリッヒは素敵だったんですね~。(新潮クレストブックス)

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