Catégories:“文学(翻訳)”

Catégories: / /

 [amazon]
生まれた時から内向的で、科学の天才と言われながらも、今はアパートの部屋に引きこもり、極力人づきあいを避けて生活しているジュリアン。対照的に、生まれながらに外交的で、話すよりも早く歌い始めた妹のポーラ。2人は同じアパートの上下の部屋に住んでおり、普段はポーラがジュリアンの世話をしています。しかしプロのオペラ歌手を目指すポーラは、自分の声の可能性を試すためにヨーロッパへ。そしてポーラが留守の間は、それまでポーラの部屋を掃除していたソーラという女性が代わりにポーラのアパートに住んで、ジュリアンの世話をすることに。

ジュリアンが現在のような対人恐怖症になってしまったのは、父親の影響。父親自身は、死ぬまで2人に何も語ろうとはしませんでしたが、ナチス・ドイツ時代にアウシュビッツに収容されて生き延びた人間なのです。でも同じような家庭環境に生まれ育っていても、ジュリアンは何も語ろうとしない父に大きな影響を受け続け、ポーラはそれほどの影響は受けなかったんですよね。きっとポーラは、それまで家の中で何か重苦しい雰囲気を感じていたにしても、普段はジュリアンの感じていたような父の呪縛を感じることなく育ったんでしょう。事実を第三者から聞いた時に初めて、大きな衝撃を受けたポーラの姿が印象的でした。そして、それまでは妹のポーラが兄を守る立場だったのに、その出来事を境に力関係が逆転するのも興味深かったです。この2人と比べると、ソーラの存在感はやや弱かったかなと思うんですが、それでもソーラとジュリアンがお互いに心を開く過程がごくごくゆっくりと描かれていたのがとても良かったです。
物語はジュリアンとポーラ、そしてソーラの3人の視点から語られ、ごく短いパートで移り変わっていきます。。3 人の視点から、現在のことや過去のことが次々と語られて、徐々に全体像が見えてくる感じ。テンポが良くて読みやすかったです。重いものを含んではいますが、むしろ元々は詩人だというロズナーの描く美しい情景の方が印象に残りました。(ハヤカワepi文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ロンドンの下宿に住んでいるスパイダーは、過去の思い出が甦って目の前の光景に重なるような感覚に混乱して、日記をつけ始めることに。それはスパイダーの子供の頃の物語。その頃のスパイダーは、怒りっぽい父と優しい母との3人で、今の下宿から程近い街に暮らしていました。しかしスパイダーが12歳の時、父はあばずれのヒルダ・ウィルキンソンと出会い、夢中になり、なんと母を殺害してしまうのです。ヒルダは、我が物顔にスパイダーの家に居座るのですが...。

解説によると、物語分析には「信頼できない語り手」という言葉があるんだそうです。この物語の主人公・スパイダーは、まさにその「信頼できない語り手」。何も予備知識を持っていなければ、読者は当然1人称の主人公の言うことを信じて読み進めることになりますけど、どこかの時点で、その認識を覆されるわけですね。ミステリで言えば叙述トリック。普段、ミステリの感想を書く時に、「素晴らしい叙述トリックでした~」なんて書いてしまったら思いっきりネタバレなんですけど(書いちゃダメですよ!)、この作品に関しては、主人公に対する印象の変化が主眼なので大丈夫なんでしょう... きっと。本の裏にも解説にも主人公の狂気について思いっきり書いてあるし。...それでも「叙述トリック」という言葉を書くと、どこか後ろめたくなってしまうのは、ミステリ者のサガ?(笑)
この「信頼できない語り手」に、某有名古典ミステリが挙げられているのは当然として(もちろん作者も作品名も伏せられてましたが、読んでる人はぴんと来ますよね)、カズオ・イシグロの「日の名残り」(感想)も挙げられていたのにはびっくり。あれも叙述トリックだったのか...!(違います) でも言われてみると、確かに。納得。あの主人公は自信満々だし、プライドもすごーく高いし、何食わぬ顔で事実をさりげなく脚色してそうです。

まあ、叙述トリックなんて言葉が出てくる通り、この作品もミステリ的ではあるんですが、むしろサイコホラーですね。最初は普通の主人公に見えるんですが、もしかしたらこの精神状態は...? と感じ始めた頃から、どこからどこまでが事実なのか分からなくなっちゃいます。本当に殺人事件はあったのか、あったとすれば誰が殺したのか。そして誰が殺されたのか...。
でも私自身、叙述トリックもサイコホラーも苦手なこともあって、正直ちょっと読みづらかったです。主人公の狂気も、あまり楽しめず仕舞いでした。残念。(ハヤカワepi文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

 [amazon]
宇宙の成り立ちから太陽系の誕生、そして生物の進化といった壮大な物語が繰り広げられる、12の奇妙な物語。
語り手は、宇宙が出来る前から生き続けているというQfwfq老人。さすがビッグバンの前から知ってるだけあって、老人の物語はちょっと凄いです。とにかく壮大。そしてユーモアたっぷり。だって、ある女性の「ねえ、みなさん、ほんのちょっとだけ空間(スペース)があれば、わたし、みなさんにとてもおいしいスパゲッティをこしらえてあげたいのにって思っているのよ!」という発言がきっかけで、ビッグバンが起きたなんていうんですよ! なぜビッグバンの前に人間が存在していたのか、しかもスパゲッティを作るって... なーんて言ってしまうのは、あまりにも野暮というもの。カルヴィーノはよくこんな荒唐無稽な話を思いつきますねえ。Qfwfq老人は、「二億年待ったものなら、六億年だって待てる」なんて簡単に言ってしまいますし、1億光年離れた星雲と気の長いやりとりを続けていて、時の流れも雄大。子供の頃は、友達と水素原子でビー玉のような遊びをしてるし、友人とは「今日、原子ができるかどうか」という賭け事をしています。しかもこの原子が誕生するかどうかという凄い賭けが、サッカーチームの試合の結果の賭けと同列に並んでるんです。(笑)
この本は、元々はハヤカワ文庫SFに入っていたそうです。SFがちょっと苦手な私は、SF寄りの作品よりも、やっぱり幻想的な情景が描かれてる作品が好きですね。12編の中で一番好きなのは、「月の距離」という作品。水銀のような銀色に輝く海に船を漕ぎ出し、脚榻の上に載って月へ乗り移る描写がとても素敵。あと、月に行って、大きなスプーンと手桶を片手に月のミルクを集めるというのも。この月のミルク、成分を聞いてしまうと実は結構不気味なんですけど、この作品の中で読むとまるで夢のようです。
そして河出文庫から出ている「柔かい月」は、これの続編と言える作品なのだそうです。訳者さんが違うので文章がやや読みにくいらしいのですが、やっぱり気になります。(ハヤカワepi文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
先月読んだ「愛のゆくえ」がとても良くて気に入ったリチャード・ブローティガン。(感想) 今度は夜中に台所で僕は本を読みたかったのkeiさんが、「私のエヴァーグリーンです」と仰っていた「西瓜糖の日々」を読んでみました。

「愛のゆくえ」は物語としてまとまってたんですが、こちらは情景のスケッチをランダムに並べていったような感じ。とっても妙な話でした! まず、舞台となっているのが、西瓜糖の世界の中心・アイデス(iDEATH)なんですよね。西瓜糖の世界には西瓜畑が沢山あって、西瓜工場では西瓜の汁を砂糖になるまで煮詰めて西瓜糖を作っていて、その西瓜糖から色々な物が作り出されているんです。川にかかっている橋にも西瓜糖から出来ているものがあるし、主人公が住んでいる小屋も西瓜糖と松と石から出来ていて(窓も西瓜糖)、本を執筆中の彼は、西瓜種子インクにペンを漬けて、西瓜の甘い匂いのする薄片に書いてます。服も西瓜で出来ていれば、ランタンの油は西瓜と鱒を混ぜた西瓜鱒油。しかも月曜日から日曜日まで日替わりで違う色の太陽が輝き、その色によって、できた西瓜も変わっちゃう。月曜日は赤い太陽に赤い西瓜、火曜日は黄金色の太陽に黄金色の西瓜、水曜日は灰色の太陽に灰色の西瓜...。
そんな舞台設定を含めて、この世界で起きることが淡々と語られていきます。とっても寓話的。でも私に分かるのはごく一部分だけ。穏やかで落ち着いた世界に見えるアイデスは死の世界で、そことは対照的な「忘れられた世界」が、今のこの現実世界じゃないかということだけです。アイデスは穏やかで落ち着いてはいるけれど、変化を求めない閉鎖的な環境。後半、「忘れられた世界」絡みで強烈な出来事が起きるのですが、それでもアイデスの住人たちはそれほどの衝撃も受けていないし、アイデスはすぐにいつものアイデスに戻ってしまうんですよねえ。この辺りもとても象徴的です。
きっと掴みきれていないことがいっぱいあるとは思うのだけど、それでもやっぱりこの雰囲気は好きです。こういうのが好きか嫌いかっていうのは、多分理屈抜きの世界なんですよね。感想を書くために何度もパラパラと読み返していたんだけど、読み返せば読み返すほど惹き込まれてしまいます。やっぱりブローティガンはいいですねえ。また他の作品も読んでみたいです。(河出文庫)


+既読のリチャード・ブローティガン作品の感想+
「愛のゆくえ」リチャード・ブローティガン
「西瓜糖の日々」R.ブローティガン

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
トルーマン・カポーティの生前最後に出版されたという作品集。「序」には8歳の時に文章を書き始めて以来、自分なりの文学修行に励み、17歳の時に主だった文芸季刊誌に送った原稿が認められてデビュー。それ以来様々な試みをしながら、最終的に物語風ジャーナリズムに惹かれるに至った心情が書かれています。そして作品は3部に分かれて、全14編が収められています。

カポーティの作品は、確か中学の頃に「ティファニーで朝食を」を読んだきりなんですが、その時とはまた全然イメージが違ってびっくり。なんと、南部出身の方だったんですか! 「ティファニーで朝食を」のイメージそのままの、お洒落で都会的なニューヨーカーかと思ってました。でも、確かにこの作品集を読んでみると南部を舞台にした作品が多いし、南部を舞台にしていない作品にも、どこか南部の濃密な空気がまとわりついているよう。
「序」に、控えめに書くのを好み、単純ですっきりとした仕上がりを目指して試行錯誤した上で書きあがったのが「カメレオンのための音楽」だと書かれているように、すっきりと無駄のない文章。でもすごく雄弁なんですよね。作品の中には、トルーマン・カポーティ自身が「TC」として登場することもあるんですが、ノンフィクションともフィクションとも言い切れない不思議な雰囲気。というか、「TC」が登場すればするほど、フィクションに感じられてしまうのはなぜかしら。この中で私が特に好きだったのは、表題作の「カメレオンのための音楽」。ここで描かれているのは、色とりどりのカメレオンがモーツアルトに聞き入っている不思議な情景。会話が行き違い、宙ぶらりんのまま打ち切られてしまう短編には、とても存在感があります。あとは、姉御肌の女優の機転が楽しい「命の綱渡り」や、マリリン・モンローとのやりとりを通して、素顔のマリリンを間近に見ているように感じられる「うつくしい子供」も好き。
でも作品も印象的なんですが、「序」がまた良かったです。「神が才能を授け給うにしろ、必ず鞭を伴う。いや、鞭こそ才能のうちなのだ。自らを鞭打つ。」とか、「単に出来のよい作品と本物の文学とには相違がある。この違いは些細なようにみえて、決定的、根源にかかわる。」とか... ちょっと「おおっ」と思うでしょう?(ハヤカワepi文庫)


+既読のトルーマン・カポーティ作品の感想+
「カメレオンのための音楽」トルーマン・カポーティ
「ローカル・カラー/観察記録」「詩神の声聞こゆ」トルーマン・カポーティ

| | commentaire(6) | trackback(1)
Catégories: / /

 [amazon]
ニューヨークの有名企業で働くキャリアウーマンのダイアナは、3年以上も前の失恋を未だに引きずっている状態。それでも占星術師で霊能力者のマーガレットおばさんに、これから3年間は人生でも最高の時だと約束されて、楽しみにしていました。しかしそのそんな時、両親と兄の乗った車が酔っ払い運転のトラックと激突。ダイアナはいきなり家族を3人とも失ってしまいます。どん底まで落ち込んだダイアナは仕事を辞め、車でふらふらと旅に出るのですが、しニュージャージーの田舎道で、バイクに乗った老女・ロージーをはねてしまい...。幸いロージーは無事で、ダイアナはロージーと彼女の孫・ルイーザの家に滞在することに。

私にとってアメリカ人、それもニューヨーク在住のキャリアウーマンといえばドライなイメージなので(単純思考)、これほどウェットな人もいるのかと少し驚きましたが、自分でも感情を持て余しているダイアナの気持ちは伝わってきましたし、ダイアナがロージーやルイーザに、なかなか自分の家族の事故のことを言おうとせずにいた気持ちも良く分かります。本当に悲しいことがあった時は、下手に同情の言葉をもらっても困ってしまいますものね。でもそんなダイアナに投げつける、ルイーザの大人気ない言動は傍から見ていても見苦しいほど。いくら美人で魅力的でも、言葉の暴力というのは決して許されるべきことではないはず。...とは言え、この時のダイアナに限って言えば、ルイーザの存在が逆に良かったような気もします。人の振り見て我が振り直せではないですけど、自分よりも困ったお嬢さんであるルイーザの相手をして振り回されているうちに、ダイアナはいつの間にか元の自分を取り戻しつつあったのですし。
水面に浮かんだ何千何百というクランベリーの赤い実の色と水の青、紅葉した木々と長靴の黄色、コバルトブルーの空。でもこの作品の文章からは、今ひとつその情景が思い浮かべられなかったのだけが残念。実際に見てみたくなりました。(ハヤカワepi文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
双子の兄・エサウからは長子としての権利を、そして目が見えなくなった父イサクの祝福までをも奪ったヤコブは、エサウの憎しみから逃れるため、北のハランの地にいる母の兄・ラバンのもとへ。そこでヤコブは美しいラケルに出会い、ラバンの4人の娘たちを妻とすることになります。4人の妻から元気な子供が13人育ち、ヤコブの家は繁栄するのですが...

旧約聖書の創世記に登場するエサウやヤコブ、そしてその妻や子供たちの物語。聖書でいえば、創世記の29章から最後の50章までですね。物語の語り手となるのは、ヤコブの唯一の娘・ディナ。
創世記のエサウやヤコブの物語や、息子のヨセフとエジプトの王・パロの物語は有名だし、何度も読んだことがあるんですが(読んでるとは言っても、信仰の対象としてではなくて、単に読み物としてですが)、ディナに関してはほとんど何も知らなかったし、印象にも全く残ってなかったんですよね。まあ、改めて聖書を開いてみても、ヤコブからヨセフまでの記述は40ページ弱あるのに、ディナに関する記述といえば、ほんの数行。これは覚えてないのも無理はないかな、とは思うんですが、聖書の記述は元々男性中心なので、これでも女性としては十分書かれてる方かもしれません。そしてその「ほんの数行」を元に書き上げられたのが、この「赤い天幕」。あの数行から、1人の女性の生き様が、これだけ生き生きとした物語として再現されてしまうとは... 娘として、妻として、母として生きたディナの波乱万丈な人生が、この数行からこれほど見事に力強く浮き上がってくるなんて、ほんとびっくりです。読み始めた途端に、すっかり引き込まれてしまいました。面白かったです~。
ちなみに題名の「赤い天幕」というのは、女性たちが出産や月の障りの時を過ごす、「女性」を象徴するような場所。まだ大人になっていない少女が、早く大人になりたいと憧憬を持って眺める場所でもあります。もちろん住んでいる場所や民族、信仰する神によって違うので、そういうしきたりを持たない人々もいるんですが、でもだからこそ、ディナにとって、自分の家族を象徴し、自分のルーツを辿るような、大きな意味合いを持つ場所なんじゃないかと思うんですよね。さらにディナは、産婆をしていた叔母のラケルについて、多くの女性たちの出産の介助をすることになるので、物語の中では、「生」や「死」についても繰り返し描かれることになります。数知れない女たちの出産場面と、生命の誕生の力強さ、そして常に存在する死への不安...。いやー、良かったです。やっぱりハヤカワepi文庫は好きだなー。これで丁度20冊目です。(ハヤカワepi文庫)

| | commentaire(2) | trackback(0)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.