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ボルヘス2冊。「伝奇集」は以前読もうとしてなかなか読みきれなくて、随分長い間放置してあったもの。本当に日本語で書かれてるのかと疑ってしまうほど、読んでも読んでも意味分からん、という状態で。でも先日、なんとなく「創造者」を買ってしまって(なんで買ったのかな、私)、試しに読んでみたら予想外の面白さ。思わず「エル・アレフ」まで買ってしまって(だからなんで買うかな、私)、「伝奇集」と一緒に読むことに。

どちらも読めました!(ほっ)
しかも面白かったよ!(すごいっ)

以前読んだ時に何が悪かったのかといえば、多分私の読む姿勢... というか頭の切り替えですね。小説なのかエッセイなのかよく分からなくて、自分の立ち位置がうまく確保できなくて、って感じだったと思うんですけど、今回は大丈夫でした。まるで真実の体験を伝えてるように書かれてるけど、色んな人名が登場してるし色んな文献からいっぱい引用されてるけど、例えばまるで本当に存在する本のように書評が書かれてるけど、これは全部、大真面目なほら話だったんですねーーー。そう思ってみると、突然面白く読めるようになりました。そうか、そういうことだったのか。私ってば頭が固かったんだなあ。

どちらも短編集で、でも「創造者」ほど短い作品ではなくて、でも長くても1編が30ページほど。どれも膨らせ方次第では、いくらでも長編になりそうなのに、敢えてこの書き方でこの長さなんですね。そういうのも多分、以前戸惑った一因だったと思うんだけど。真実と虚構のあわいをゆらゆらと。そしてどの作品にもボルヘス的宇宙が濃厚にそして無限に広がっていて。そして迷宮。...まあ、全部きちんと理解しきれたわけじゃないですけど、こういうのはするめみたいに何度も読んで噛み締めればいいわけですね。読むたびに新しい発見もありそうだし。その時々で気に入る作品も違うかもしれないな。という私が今回気に入ったのは、「エル・アレフ」では「神の書き残された言葉」。「不死の人」や表題作「エル・アレフ」ももちろんいいんだけど、今回はこれが一番すとんときました。「伝奇集」では「円環の廃墟」「バベルの図書館」。初読の時はとっつきが悪かった「トレーン、ウクバール、オリビス・テルティウス」も、やっぱり面白かったなあ。


+既読のホルヘ・ルイス・ボルヘス作品の感想+
「創造者」J.L.ボルヘス
「エル・アレフ」「伝奇集」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
「幻獣辞典」ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ

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ウィンダミア卿邸を訪れたのは、ダーリントン卿。ちょうど花瓶にバラの花を入れていたウィンダミア卿夫人は早速通すように言いつけます。居間に入った途端に、テーブルの上に置かれた扇に目をつけるダーリントン卿。それはウィンダミア卿からの誕生祝い。その日はウィンダミア卿夫人の誕生日で、パーティが開かれることになっているのです。しかしそこにベリック夫人が現れて、ウィンダミア卿に関するいかがわしい噂を吹き込みます。

オスカー・ワイルド自身が生きていた19世紀末、ヴィクトリア朝末期のイギリス上流社会を描いた戯曲。中心となるのは、仲睦まじい夫婦に投げかけられた波紋の真相。夫婦の前に突如として現れたアーリン夫人は、美しくて才気溢れる女性なんですが、これを機会に金持ちの男性を捕まえようとしているのが見え見えなんですね。ウィンダミア卿夫人はもう冷静に話を聞けるような状態じゃないし、ウィンダミア卿にも何か理由があるんだろうとは思うんだけど、なかなかその事情は見えてこないし、まあ、今となってはあまり珍しくない展開ではあるんですけど、それでも面白かったです。アーリン夫人に関してウィンダミア卿が知っている真実とウィンダミア卿夫人が見た現実が平行線をたどりつつ幕、というのが面白いですねえ。からりとしていて、なかなか楽しめる戯曲でした。

「私たちはみんな同じ世界に住んでいますのよ。善も悪も、罪悪も純潔も、みな同じように手に手をつないでその世界を通っていますのよ。安全に暮らそうと思って、わざと目をつぶって人生の半面を見ないようにするのは、ちょうど、落とし穴や断崖のあるところを、もっと安全に歩いてゆこうと思って、わざと目隠しするようなものですわ」(P.113 )

ウィンダミア卿夫人、世間知らずで可愛いだけじゃなかったのね。(笑)
そして当時の貴族たちのやり取りも、いかにも~な感じで楽しめます。...調子いいよなあ。(笑) (岩波文庫)


+既読のオスカー・ワイルド作品の感想+
「サロメ」ワイルド
「幸福な王子」「ドリアン・グレイの肖像」ワイルド
「ウィンダミア卿夫人の扇」ワイルド

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1954年から59年にかけて散文や詩の小品を書き、雑誌に発表していたボルヘス。ある日エメセー書店の編集者が訪れて全集の9巻として加えるべき原稿を求められ、その時は用意がないと断るものの、執拗に粘られて、已む無く書斎の棚や机の引き出しをかきまわして原稿を寄せ集めることになったのだとか。そして出版されたのがこの「創造者」。ボルヘス自身が最も気に入っていたという作品集です。

読み始めてまず驚いたのは、何よりも読みやすいということ。「伝奇集」が途中で止まったままだというのに、こちらは一旦読み始めたら、もう止まりませんでした。うわーん、面白かったーー。確かに、ここ数年でダンテの「神曲」も、アリオストの「狂えるオルランド」も読んだし、北欧神話関連も本が入手できる限り読んでいるし、ギリシャ神話関連もそう。ギリシャ悲劇だって、今の時代に読める作品は全部読んだし。ホメロス「イーリアス」「オデュッセイア」も再読したし、ミルトン「失楽園」も... って関係あるかな? 以前よりも理解できる素地が少しは整ってきているのかとも思うのですが。訳者解説を読むと、「伝奇集」や「不死の人」「審問」などの作品には、ボルヘスの個人的な感情の発露がほとんど見られないのに、こちらでは肉声めいたものを聞くことすらできる、とのこと。やっぱりそういうのも関係もあるんでしょうね。
ボルヘス自身、とても気に入っている本なのだそう。「驚くべきことに、書いたというよりは蓄積したというべきこの本が、わたしには最も個性的に思われ、わたしの好みからいえば、おそらく最上の作品なのである。その理由は至極簡単、『創造者』のどのページにも埋草がないということである。短い詩文の一篇、一篇がそれ自体のために、内的必然にかられて書かれている」...ボルヘス自身、全ての作品をできれば5、6ページ程度に縮めたいと語っていたそうです。確かにここに収録されている作品は、それぞれにエッセンス的な濃密さを感じさせますね。カルヴィーノの文学論とはまた違うものだとは分かっていても、どこか通じるような気がしてきたり。
読んでいて一番好きだったのは

文学の始まりには神話があり、同様に、終わりにもそれがあるのだ。(P.67)

この言葉。
ああ、この夏のうちに「伝奇集」を読んでしまおうっと!(岩波文庫)


+既読のホルヘ・ルイス・ボルヘス作品の感想+
「創造者」J.L.ボルヘス
「エル・アレフ」「伝奇集」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
「幻獣辞典」ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マルガリータ・ゲレロ

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険しい丘と広く深いトゥイードの川、さびしげなチェヴィオットの山並みにかかるように建てられているノーラムの城の高い見張り塔に立つ戦士たちは、遠くの馬のひずめの音を耳にし、ホーンクリフ・ヒルを越えて槍を持った一群の騎馬武者たちが近づいてくるのを目にします。それはイングランド中の騎士の華・マーミオン卿の率いる騎士たち。一行は早速城に迎え入れられます。マーミオンはヘンリー8世の命令でスコットランド王・ジェイムズ4世のもとへと赴く途中なのです。マーミオンはここで道案内を得ると、翌朝早速出発することに。

ヘンリー8世の寵臣・マーミオンが主人公の叙事詩。ちゃんと叙事詩の形で訳されてるのはすごく嬉しいのですがーーー。ウォルター・スコットにしては今ひとつ楽しめなかったかも...。訳者の佐藤猛郎さんも、長い間この作品を好きになれなかったそうなので、私だけではないというのが心強いんですけどね...。でも「そこで私はこの難解な『マーミオン』にじっくり取り組んでみたら、少しはこの作品が好きになれるのではないかと思い、『マーミオン』関係の資料を集めることにした」というのが私とは違うところ! なんて素晴らしい。

主人公のマーミオン卿は、尼僧のコンスタンスを誘惑して修道院から脱走させて愛人にしてるけれど、今度は広大な土地を所有する貴族の跡取り娘・クレアに目をつけ結婚しようとする... という面もあれば、戦いにおいては勇敢で誇り高い騎士という面もある人物。スコットランド対イギリスという大きな背景の中で、マーミオンのスコットランド行きやコンスタンスの裁判、今は尼僧見習いとなっているクレアのことなどが語られていきます。
この作品で難点なのは、やっぱりこの構成でしょうね。全6曲で、その曲は純粋にマーミオンの物語詩となってるんですが、それぞれに序詩がつけられていて、その序詩は舞台となる土地のことやウォルター・スコットのことを語る、本筋とは関係ないものなんです。これを読むたびに、本編の物語詩が分断されてしまうという弊害が...。結局、本編と序詩を別々に読むことになってしまいましたよ。実際の吟遊詩人の語りならば、そんなことにはならないでしょうし、そうやって緩急をつけることによって聞き手を飽きさせない効果があるんだろうと思うんですが... この作品に限っては逆効果じゃないかしら。やっぱり文字で読む詩と、語りで聞く詩の違いかなあ。ウォルター・スコットの傑作とされている長編詩3作品のうち、「湖の麗人」や「最後の吟遊詩人の歌」は大好きなのに。その3作品にこの「マーミオン」も入ってるということは、一般的には高く評価されてるということなのに。その良さがあまり分からなくて残念です。(成美堂)


+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

+既読のウォルター・スコット関連作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング

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暇があると古文書調べをするのが好きなルイ。夏になると七都地方を巡っては古い要塞城やドミニコ修道院、打ち捨てられたジェズイット派の学寮を見てまわり、バロックの大修道院に長居して、昔の図書館の残骸から貴重な文献や手稿を発見するのです。そして、その時ルイが古くからの友人に案内されたのは、シェスブルグのとある学院蔵書が保存されている穀物倉。何千冊もの本が、版型にしたがってむくの本棚に並べられていました。これはあるドミニコ会修道院付属の図書館が起源となる蔵書で、最も貴重な部分は、数学と天文学の教授であるアロイシウス・カスパールによって集められたもの。そしてこのアロイシウスという人物は、当時ハノーヴァー王立図書館の稀覯書担当司書をしていた、哲学者のライプニッツと親しかったのです。

この物語には1章に1つずつ架空の書物が登場します。アロイシウス・ガスパールによる「ライプニッツの形而上学序説への批判的注釈」、ミゲル=アルバル・ツサニーによる「異端審問教程」、ジュゼッペという若者による「饗宴」、グロスの韻文五幕の悲劇「エル・マハディ」、そしてルイ自身による「ペルシャの鏡」。5つの章全てにおいて、書物の存在がとても大きいのです。読み進めるうちに、いきなり書物の中に引きずり込まれ、しかもその中にも他の章と同じように書物が存在して、という状態になってみたり...。途中でちらりちらりと登場する鏡も印象的。訳者解説によると、ライプニッツは「モナドは宇宙を映す永遠の生きた鏡である」と述べているのだそうで、これは作中の「ひとりひとりの魂が宇宙を総体として映しだす力を持っている」というライプニッツの言葉に通じるのでしょうね。「各実体は宇宙に対する神のあるひとつの見方を示しているのであって、同一の宇宙を見ているといっても、その見方は次々と変わっていくのだよ。そう、ちょうどひとりの散歩者にとって同じ街が観る場所によって様々に異なって見えるように」... これこそがこの作品の本質を示す言葉なのかもしれません。現実と書物が、実体と鏡に映し出された鏡像のような関係になっているようで、まるでエッシャーのだまし絵みたい。
訳者あとがきに、「ライプニッツの「可能的世界」を幻想図書と鏡で幾重にも多重化した入れ子構造の世界」とありました。でもね、そもそもライプニッツのその「可能的社会」がよく分からないのです。それがすごく要になっているはずなのに! だから作品そのものも理解しきれず... うわーん、勉強不足が悔しいです。(工作舎)

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3度目の卒中でとうとうフリン神父が亡くなったと聞いた「僕」は、翌日の朝食の後に、フリン神父が住んでいたグレイトブリテン通りの小さな家を見に行きます... という「姉妹」他、全15編の短編集。

「ダブリン市民」「ダブリンの人びと」といった題名で知られている作品の新訳。解説を見ると、「ダブリナーズ」と訳したのは「横文字をカタカナにして事足れりとする昨今の風潮に流されたのではない。タイトルのDublinersという音をそのまま残したいというこだわりから、ようやく行き着いた訳語だ」とありました。確かに都市名に-erをつけて出生者であり居住者であることを示す言葉は、ごく限られてるんでしょうけど...(Berliner、Londoner、Montrealer、New Yorker、Zuricherぐらいらしい) そしてその言葉に特別と言っていいニュアンスがあるのも分かるんですけど... 日本で認知されているのは New Yorker ぐらいですよね。Londoner だって「ロンドンっ子」なんて訳される方が一般的なんだもの。「ダブリナーズ」ですか。うーん、どうなんだろう??
なんて考えてしまう題名が象徴するように、訳者の意気込みがとても強く感じられる訳でした。一読して感じたのは、とても賑やかな訳だということ。リズムを刻むような訳。と思っていたら、音をかなり大切にした訳だということが、解説に書かれていました。この作品そのものが元々音楽的に書かれているので、その音楽を可能な限り「奏出」することを心がけたのだそうです。例えば「執達吏」と言う言葉に「ひったくり」というルビがふられてるし... 確かに言いたいことはすごくよく分かります。分かるんですけどね。でも実際のところ、どうなんでしょう。訳者の思っているほどの効果が上がっているのかな? 私としては、むしろ他の訳がとても読んでみたくなってしまったんですけどー。うーん、やっぱり私には「新訳」は全般的に相性が悪いような気がしますー。
肝心の作品の中身としては、ダブリンを舞台にした群像劇といったところ。繋がりがあるのかないのか曖昧な感じで進んでいきます。1つ1つはとても普通の物語。ジェイムズ・ジョイスという作家から想像したものとは、対極と言っていいほどの普通さ。さらりと読めすぎてしまって、逆に戸惑ってしまうようなところも...。それでも、これこそが人間の営みであり、人生なのだと、これがダブリンなのだという感じ。ジョイスはダブリンのことを愛していたのかしら。私としては、決して愛してはいないけれど、「愛憎半ばする」なんて強い感情があるわけではないけれど、それでもどうしてもそこから離れられないという存在だったような気がします。要するに腐れ縁?(笑)(新潮文庫)

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5月のはじめ、かなり遠くまで散歩に出かけた初老の作家・グスタアフ・フォン・アッシェンバッハは、ふいの旅行欲におそわれて、ヴェニスに向かうことに。そしてヴェニスで出会ったのは、ポーランドの上流階級らしき一家。その中でも14歳ぐらいの美しい少年に,アッシェンバッハは目を奪われます。蒼白な肌に蜜色の巻き毛、まっすぐとおった鼻とかわいい口、やさしい神々しいまじめさを浮かべている顔... アッシェンバッハはじきに彼の姿を目で追い求めるようになり、そのうち少年の後を追い、つけまわすようになります。

最初は、気軽に読み解かれるのを拒否するかのような長い文章が続いていきます。でもそれが第3章でヴェニスに到着した頃から、徐々に変わり始めるんですね。長く装飾的だったはずの文章は短くなり、歯切れが良くなり、みるみるうちに読みやすくなって...。これはきっと、アッシェンバッハの精神的な変化を表したものでもあるんでしょうね。そして素晴らしいのは、やっぱりヴェニスに到着した後の物語。
物語の展開としては、比較的単純なんです。老作家がタッジオと呼ばれる美少年に出会い、その美しさや存在に心を奪われ、次第に夢中になっていくというだけのもの。アッシェンバッハは美少年を付け回してはいるんですが、2人の間に具体的な接触はありません。美少年に付きまとう執拗な視線だけ。でもこの出会いによって、老作家の世界がどれほど変わったことか。既に老醜の域に入っているアッシェンバッハの執拗な視線は、少年に薄気味悪さを感じさせたでしょうし、周囲にいる人間にとっても、滑稽で奇異な光景だったはず。そうでなくても、辺りには不穏な空気が流れていて、ものすごく不安を掻き立てるような空気。足場のバランスが悪すぎて、まっすぐ立っていられないような感覚。でもその中で、アッシェンバッハの心だけはこの恋によって純化して、非常に美しいものへと昇華していくんですね。
そして結果的にこの恋が連れてきたのは死なんですが... でもたとえ少年が死の天使だったとしても(私のイメージとしては、ギリシャ神話で神々に不死の酒ネクタルを給仕するガニュメデスなんですが)、老作家の旅が結果的に死の天使に搦めとられるためだけのようなものだったとしても、それは彼にとって最高に美しく幸せな日々だったはず。そんな純粋な日々が、愛おしく感じられてしまうのです。

ただ、この作品気になってしまったのは訳。解説に訳の素晴らしさについて触れられてたんですが、元々は旧字・旧仮名遣いの訳だったんでしょうし、そういう形で読まないと、その素晴らしさは堪能しきれないのではないかと... なんだかもったいなかったような気がしてしまいます。

そして「ヴェニスに死す」といえば、やっぱりヴィスコンティの映画! と思って右にDVDの画像をはりつけてみましたが... うーん、私が知ってるものとはちょっと違うなあ。この映画での老作家は、確かマーラーがイメージになってるんですよね。老作家ではなくて老作曲家で。私は気になりつつ観てなかったんですが。ああ、今こそ観てみたいぞ!(岩波文庫)

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