Catégories:“文学(翻訳)”

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17歳になっていたキャサリン・モーランドは、近隣で一番の財産家・アレン氏が通風の持病を治すためにバースに行く時に、誘われて一緒にバースに行くことに。ずっと田舎で暮らしてきた彼女は、華やかなバースの生活に夢中になります。バースにある社交場の1つロウアー・ルームズでは魅力的な青年・ティルニーを紹介されて好意を抱き、鉱泉室ではアレン夫人が旧友のソープ夫人に再会したことによって、ソープ夫人の長女のイザベラとすっかり親しくなるキャサリン。しかもソープ一家は、キャサリンの兄のジェイムズのことを知っており、既に親しくしていたのです。

この作品が出版されたのは書かれてから13年後、「分別と多感」や「自負と偏見」「エマ」より後とかなり遅くなったものの、ジェーン・オースティンが23歳の時に書かれたという初期の作品。作中でアン・ラドクリッフの「ユードルフォの謎」という作品が何度も引き合いに出されてるんですが、訳者あとがきによれば、そういった当時流行のゴシック小説の人気の過熱ぶりを皮肉って、パロディとして書かれた面もあるとのこと。13年経つうちに、小説の流行もバースの街の雰囲気もすっかり移り変わって時代遅れになってしまったため、わざわざその辺りのことを序文で説明しているほどです。21世紀の今読む分には、13年程度のずれなんて何ほどのものでもないんですが。(笑)

ゴシック小説のパロディと知ってみれば、「キャサリン・モーランドを子供時代に見かけたことのある人なら、誰も彼女がヒロインになるために生まれた人だなどとは思わなかっただろう」という書き出しからして可笑しいですし、その他にもヒロインらしからぬ部分が一々指摘されて、期待されるような波乱に満ちた展開にはならなかったことがわざわざ書かれているのが楽しいです。でもそれはあくまでもお楽しみの部分。物語の中心となるのはキャサリンとジェイムズのモーランド兄妹、イザベラとジョンのソープ兄妹、ヘンリーとエリナーのティルニー兄妹のこと。3組の兄妹たちの姿を通して当時の生活ぶりが見えてくるのが楽しいのも、世間ずれしていない可愛らしいお嬢さんのキャサリンがソープ兄妹に振り回されて、今でも決して古びることのない人間関係の面白さが味わえるのも、他のオースティン作品と同様ですね。今回特に印象に残ったのは、気軽に流行語を使うソープ兄妹、それに感化されて何の気なしに軽い言葉を使うようになったキャサリンをからかうヘンリー・ティルニー、と言葉遣いの違いによって3兄妹の違いが際立っていたことでしょうか。あまり意外な展開もなく、一応波乱はあるものの取ってつけたような波乱ですし、予想通りの結末へと真っ直ぐ進んでいくので、他の作品ほどの評価は得にくいかもしれないですが... でも十分楽しかったです♪

ジェーン・オースティンの長編作品では、これだけが文庫になってないんですよね。なので読むのが遅くなっちゃいましたが、これで長編はコンプリート。あとは「美しきカサンドラ」と「サンディトン」という2つの作品集を残すだけみたいなんですが... 短編作品もあるものの、未完のものだったり断片だったりというのも混ざってるようで、読むかどうかちょっと迷うとこだなあ。(キネマ旬報社)


+既読のジェイン・オースティン作品の感想+
「自負と偏見」オースチン
「エマ」上下 ジェイン・オースティン
「分別と多感」ジェイン・オースティン
「マンスフィールド・パーク」ジェイン・オースティン
「ジェイン・オースティンの手紙」ジェイン・オースティン
「説きふせられて」ジェーン・オースティン
「ノーサンガー・アベイ」ジェーン・オースティン

+既読のジェイン・オースティン関連作品の感想+
「ジェイン・オースティンの読書会」カレン・ジョイ・ファウラー

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町の高い円柱のうえに立っていたのは幸福な王子の像。全身うすい純金の箔がきせられ、目には2つのサファイア、刀の柄には大きな赤いルビーがはめられ、非常な賞賛の的。そんなある夜、一羽のツバメがエジプトに向かう途中、幸福の王子のいる町を通りかかります... という「幸福な王子」他、全9編を収めた短編集。と、
画家のバジル・ホールウォードのモデルとなっていたのは、美貌の青年・ドリアン・グレイ。彼は、ちょうどアトリエを訪ねて来たヘンリー卿に自分の美しさを改めて教えられ、同時に美しさを失うことへの恐怖をも植えつけられ、そして快楽主義者であるヘンリー卿の感化で、背徳の生活へと踏み出すことに。しかしその生活による外面的な変化は全て肖像画に表れ、ドリアン・グレイ自身はいつまで経っても若い美青年のままだったのです... という「ドリアン・グレイの肖像」。

先日再読した「サロメ」が思いのほか素晴らしかったので、そちらを訳している福田恆存さんの訳で読みたかったんですけど、「幸福の王子」はどうやら訳してらっしゃらないようですね... 残念。「ドリアン・グレイの肖像」は福田恆存さんの訳なのですが。

「幸福の王子」は、実は子供の頃に大嫌いだった作品なんです。ワースト3に入ってました。何が嫌いって、幸福の王子の偽善的なところ。自分は貧しい人々を助けて満足かもしれないけど、そのために死んでしまったツバメはどうするの...?ですね。王子の思いやりが素晴らしい、なんて思わなかったし~。で、大人になった今読み返してみても、やっぱり凄い話でした。確かにツバメも納得してやってることではあるんだけど... しかも大人になってから読むと、さらに気になることがいっぱい。宝石や金箔を届けられた人は、その場は有難かったでしょうけど、金箔はともかく、立派なサファイアやルビーはどこから取ってきたのか一目瞭然のはず。疑われることにならなかったのかしら? もしそんなことにならなかったとしても、貧しくても正しく生きてきた生活がそれで一気に崩れてしまったりしなかったのかしら? 幸福の王子は、自分の目に見える範囲のほんの数人を助けたけど、その他の可哀想な人々はどうなるの? 全てに責任が取れないのなら、中途半端に手を出さない方がいいのでは?(千と千尋だね!) やっぱり幸福の王子の行動は自己中心的なものとしか映らないなあー。
そして今、他の作品を読んでみてもそういう物語ばかりでびっくりです。美しい言葉で飾られてはいるけれど、自己中心的な人々が純情な正直者を傷つける物語ばかり。赤いばらを欲しがった学生のために無意味に死んでいったナイチンゲールや、粉屋に利用されるだけ利用された正直者のハンス。死んでしまってなお、酷い言葉を投げかけられる侏儒。そんな物語も、オスカー・ワイルドの手にかかるとあまりに美しいのだけど...。オスカー・ワイルドはどんな気持ちでこういった作品を書いたのかしら。多分これが「童話集」でなければ、私も別にそこまで引っかからなかったんじゃないかと思うんですが...。(笑)

そして「ドリアン・グレイの肖像」は、肖像画がその罪を一手に引き受けてくれるという、今読んでも斬新な設定が楽しい作品。画家のバジルは画家ならではの鋭い目で「ひとりの哀れな人間に罪があるとすれば、その罪は、かれの口の線、瞼のたれさがり、あるいは手の形にさえ現れるのだ」と言うんですけど、ドリアン・グレイがいくら悪行を繰り返しても、外見は18年前に肖像画が描かれた時と同じ。顔つきは純真無垢で明るく、穢れをつけない若さのまま。
美貌の青年にとって、その美貌をなくすことは何よりも耐え難いことなんですけど、そのきっかけを作ったのはヘンリー卿。「美には天与の主権があるのだ。そして美を所有する人間は王者になれる」と言いながら、続けて「あなたが真の人生、完全にして充実した人生を送りうるのも、もうあと数年のことですよ。若さが消えされば、美しさもともに去ってしまう、そのとき、あなたは自分にはもはや勝利がなにひとつ残ってないということに突然気づくーー」なんて言うんですね。このヘンリー卿の言葉がどれも面白いし、その印象も強烈。やっぱりヘンリー卿には、オスカー・ワイルド自身が投影されてるのかしら。彼がドリアン・グレイの悪行にまるで気づいていないのが不思議ではあるんですが... 影響を与えた彼自身は快楽主義者としてではあっても、一般的な社会生活からは逸脱してませんしね。うーん、彼こそが本物だったということなのかもしれないな。あと、彼がドリアン・グレイに貸した本が背徳のきっかけになるんですけど、あれは何の本だったんだろう! 例えばマルキ・ド・サドとか?(笑)
そしてこの作品で特筆すべきなのは美へのこだわり。ドリアン・グレイ自身も美しい物が大好きで色々と収集してるんですけど、彼の存在自体がもう美しく感じられますしね。そして作品そのものもあまりに美しい...。とは言っても、その美しさは天上の美しさではなくて、堕天使の魅力なのですが。オスカー・ワイルドの美意識が全開の作品だと思います。(新潮文庫)


+既読のオスカー・ワイルド作品の感想+
「サロメ」ワイルド
「幸福な王子」「ドリアン・グレイの肖像」ワイルド
「ウィンダミア卿夫人の扇」ワイルド

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ナポレオン戦争時代のセルビア。トリエステの船主でもあり劇団の所有者でもあり、フランス軍騎兵隊の大尉でもあるハラランピエ・オプイッチと、ギリシャ系の母・パラスケヴァの息子として生まれたソフロニエも、今やナポレオン軍騎兵隊の中尉。幼い頃から大いなる秘密を心に抱き、自分を変えたいと強く願ってきたため、彼の中にはいつしか密かで強力なものが芽生え、若きオプイッチの体には変化が現れます...。

22 枚の大アルカナカードと56枚の小アルカナカードから成るタロットカード。この本はそのタロットカードの、大アルカナカードをなぞらえた物語。カードと同じく全部で22の章に分かれていて、最初から順番に読むこともできれば、タロット占いをしながらそれぞれのカードに対応する章を読んでいくことも出来るという趣向。パヴィッチはこれまでも色んな趣向の作品を書いていて、小説の構造や形態で遊びながら、読者を巻き込むタイプの作家さんみたいですね。巻末には実際にタロットカードがついていて、切り取れば占いに使えるようになってるんです。その図柄はミロラド・パヴィッチの息子のイヴァン・パヴィッチが描いたもの。まあ、私には本を切り取るなんてことはできませんが...。(笑)

タロットカードといえば、真っ先に思い浮かぶのがカルヴィーノの「宿命の交わる城」(感想)。それとどんな風に違うんだろう? それにどこから読んでも大丈夫って一体どういうこと? なんて思ってたんですが、やっぱり全然違いますね。まず、巻頭の「本書におけるWho's who 登場人物の系譜と一覧」に、この作品の登場人物に関するデータが揃っていました。ここで書かれている人間関係は結構入り組んでいて、飲み込むのがなかなか大変なんですけど、この5ページさえしっかり読んでおけば、あとはまず困らないでしょうね。なるほど、そういうことだったのか!
私は、まずは最初から通して読んだんですけど、これでもとても面白かったです。1枚1枚のカードに沿った物語は、正位置にも逆位置にも対応しているようだし、最初の「愚者」のカードから22番目の「世界」のカードまで順番通りに通して読んでも、きちんと筋の通る小説となってるのがすごい。最初のスタート地点にいる愚者は、21の通過儀礼を通り抜け、世界を知るというわけなんですね。もちろん、元々のタロットカードの順番そのものがよく出来てるというのもあるでしょうけど、でもやっぱりすごいな。しかもこの文章というか世界観というか、もう遊び心が満載で楽しいんですよー。読んでいて嬉しくなってしまうような、大人のお遊び。今回は最初から通して読んだけど、次はランダムな順番でも読んでみたいな。あー、カルヴィーノも再読したくなってきた。

これは、先月出た松籟社の「東欧の想像力」の4冊目。3冊目の「ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし」も早く読まなくちゃです。(松籟社)


+既読のミロラド・パヴィチ作品の感想+
「帝都最後の恋 占いのための手引き書」ミロラド・パヴィッチ
「風の裏側 ヘーローとレアンドロスの物語」ミロラド・パヴィチ

+シリーズ既刊の感想+
「あまりにも騒がしい孤独」ボフミル・フラバル
「砂時計」ダニロ・キシュ
「帝都最後の恋」ミロラド・パヴィッチ

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夜中の11時にRに到着した「私」は、そのままホテルへ。翌朝、「私」はカスパール氏に連れられて行った集会場所で、褐色と黒色の斑模様の毛の長い大きな猫に出会います。膝の上に飛び乗った猫は、しばらくすると離れ、10メートルほど行ったところで立ち止まってこちらを振り返り、地面に3度でんぐり返し。以前から不意をつかれる動作、特に動物の示す思いがけない動作には重要な意味があると考えていた「私」は、その日の7時の汽車に乗ることにしていたにも関わらず、ホテルに滞在し続けることに。

以前から気になっていた本です。読みたい読みたいと思いつつなかなかだったんですが、先日レメディオス・バロの「夢魔のレシピ」(感想)とレオノーラ・キャリントンの「耳ラッパ」「恐怖の館」(感想)を読んだ時に、今度こそ!と思って、ようやく読めましたー。レオノール・フィニも、レメディオス・バロやレオノーラ・キャリントンと同じくシュールレアリスムの画家。他の2人と同様、小説も書いてるし、映画や舞台の衣装も手がけ、デザインしたスキャパレッリの香水瓶は大人気だったとか。レオノール・フィニ自身、好んで猫の絵を描いていて、一時期は23匹の猫を飼っていたこともあるという相当の猫好きさん。
そしてこの物語も猫の物語。「私」の前に現れた黒と褐色の大きな猫は、「私は夢先案内人(オネイロポンプ)だ」と名乗り、ホテルの中庭にある玄武岩でできた顔像を盗むよう「私」に指示します。猫が現れる前から現実と幻想が入り混じり始めていた物語は、ここではっきりと幻想へと一歩踏み出すことに。これは夜見る夢のようでもあり、白昼夢のようでもあり... 幻想、幻想、そしてまた幻想。汽車の中で出会った不思議な年齢不詳の婦人、彼女に誘われて訪れたマルカデ街の「潜水夫」館、ヴェスペルティリアという名前との再会。猫と一緒に訪れた、パリでも老朽化した界隈にあるとある家、etcetc。...やっぱりあの美術館となっている家での場面が圧巻だったな。絵画の猫たちの場面。知らない画家が多かったので、それがちょっと残念だったのですが、思いっきり検索しまくりましたよ。こういう時、ネットってつくづく便利~。
不思議な幻想物語。全部理解したとは言いがたいんですけど、レオノーラ・フィニの描く猫の絵を眺めながら読んでいると、頭の中で1つの世界が見る見るうちに構築されていくのが感じられるようで、素敵でした。(工作舎)

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「賭けをした男が牛の体内にもぐり込む。もぐり込んでみて、結局そこに居すわることにする。牛の内部は暖かく柔らかだ。とても暗いけれど、皮膚を通って入ってくるわずかな光で何とかやって行ける。食べ物は問題ないーー牛乳ならいくらでもあるのだ。「絞りたてよりなお新鮮」と男は一人でジョークを言ってくすくす笑い、靴下を脱ぐ。べつに服なんか必要ないのだから。服を丸めてしかるべきへこみに押し込む。服の運命やいかに、と男は考える...」こんな文章で始まる「牛乳」他、全149編の超短編集。

とんでもない話が次から次へと展開されていく、まるで悪夢を書き連ねたような短編集。どれもまるで実際に夢の話を聞いているような感じで、脈絡がなくて非論理的。小説としてはまるで筋が通っていません。でもこれがとっても面白いのです~。そもそも夜にみた夢の話というのは、余程話すのがうまい人間ではないと、なかなか他人に面白く感じさせられないもの。それだけ夢の中の空気感を客観的に伝えるというのは難しいものだと思うんですが、バリー・ユアグローの場合は違いますね。もし本当に夜にみた夢の話をしても、きっと面白可笑しく語ってくれるのではないでしょうか。ここに収められている作品はどれもとても映像喚起力が強くて、しかもリズムがいいので、どんどん読み進めてしまいますし、文字として書いてあること以上にいろいろ想像してしまいます。トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーンは「デューク・エリントンの曲のなかでも僕がとりわけ気に入っている一連の歌のように、そこでは崇高と滑稽が合体している」「自分の夢をどうしても覚えていられない僕にとって、ユアグローの小説は格好の代用品である」と語り、出版社は「フランツ・カフカとモーリス・センダックとモンティ・パイソンが同時に夢を見てるような」という宣伝文句を使っているそうですが、その言葉がまさにぴったり。意外とブラックな笑いなのに、読んでいる間はそのブラックさにあまり気づかず、無邪気に笑っていられるような感じです。(デューク・エリントンのお気に入りの一連の曲って何だろう??)

ただ、149作品がどれも同じように「変」な話ばかり。1~2ページと短い作品ばかりだし、それらの作品は互いに関連性もないので、全部続けて読むのは少ししんどいかもしれません。バリー・ユアグローの2作目「一人の男が飛行機から飛び降りる」と3作目「父の頭をかぶって」がイギリスで2冊合本のお買い得版として出版されたことから、今回の日本語訳もそのように出版されたようなんですが、これは1冊ずつでも十分だったような気が...。枕元に置いておいて、その晩開いたところをいくつか読む、というのがこの本の楽しみ方としては一番正解のような気がします。(新潮文庫)

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去年、演劇研究所の招きでスウェーデンを訪れた時のこと。その晩、案内役のヨハンソン夫人に連れて行かれたのは王立図書館でした。夜の11時頃に図書館に入った「私」は、その一晩を一人っきりで図書館の中で過ごすことになります。そして、その図書館で私が見つけたのは、かの有名な「死者の百科事典」。「私」は2ヶ月前に亡くなった父に関すること全てが書かれている本を見つけ、読みふけることに... という表題作「死者の百科事典」他、全9編の短篇集。

先日読んだ、同じくダニロ・キシュの「砂時計」は、実はとても読みにくくて、もうどうしようかと思ったほどだったんですけど(挫折寸前でした)、でも読み終えてみればすごく印象に残る作品だったんですよね。こちらも全てを理解したとは言いがたいし、短編は苦手なので途中で集中力が途切れてしまったりはしたのだけど、逆に短編のせいか「砂時計」の時のような読みにくさは感じなかったです。全体的にとても濃厚な味わいの、愛と死をテーマにした幻想的な作品群。

9編の中で気に入ったのは「魔術師シモン」「死後の栄誉」、そして「祖国のために死ぬことは名誉」かな。表題作も良かったです。死者の百科事典というのは、無名の人々の生涯が事細かに書き綴られている百科事典。「私」が見つけて読むことになるのは、亡くなった父に関する部分なんですけど、その出生から生い立ち、起きた出来事、出会いや交友関係などが正確に細々と書き綴られています。そんなのが全て一々書かれていたら、到底一晩で読みきれるような量じゃないでしょう、なんて突っ込みはナシの方向で、なんですが(笑)、この本文を追っていく作業もいいんです。読んでるはしから、父親像が色鮮やかに形作られていく感じ。でもそれだけなら、ただ追憶に浸る物語となってしまうところなんですが、それが最終的には思いがけない方向へいくのがいいんですよね。これがとても圧倒的。そして視覚的にも鮮やかで。

「魔術師シモン」は伝説、「死後の栄誉」は回想、「死者の百科事典」は娘が語る父の生涯、「眠れる者たちの伝説」はコーランのような聖典風、「未知を映す鏡」は幻想小説、「師匠と弟子」は文学論、「祖国のために死ぬことは名誉」は歴史書、「王と愚者の諸」は推理小説、「赤いレーニン切手」は書簡、「ポスト・スクリプトゥム」はメタ・テキストと、それぞれに形式が違うのは、レーモン・クノーの「文体練習」(感想)によるところも多いとのこと。キシュ自身、「文体練習」をセルビア語に翻訳してるんだそうです。とってもとっても感想が書きづらくて、今まさに困ってるんですが(笑)、でも確かに「文体練習」みたいな万華鏡的な味わいのある作品集だったな、なんて思いますね。(東京創元社)


+既読のダニロ・キシュ作品の感想+
「砂時計」ダニロ・キシュ
「死者の百科事典」ダニロ・キシュ

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11月の晩。家に戻ったマーガレット・リーは、手紙が届いていることに気づきます。宛名の文字は筆圧にむらがあり、唐突に途切れていると思えば、深々と紙に食い込んでいる箇所もある、子供が書いたようなもの。しかしそれは作家のヴァイダ・ウィンターからの手紙でした。英国で最も敬愛されている人気作家であるヴァイダ・ウィンターは、20人以上の伝記作家に自分が作り上げた身の上話をして煙に巻いてきたことで有名な人物。その人物が、趣味の範囲で過去の作家についての伝記を書いているに過ぎないマーガレットに、自分の伝記を書くためにハロゲートまで来て欲しいと言ってきたのです。

私の場合、まずハロゲートという土地が懐かしすぎて、胸がきゅんきゅんしちゃったんですけど...(笑)
謎が謎を呼ぶ物語。まず一番大きな謎は、ヴァイダ・ウィンターの生涯の謎。「本当の話をするから」とマーガレットを呼んだヴァイダなんですけど、彼女の語る物語は全て真実とは限りません。何ていっても、これまで散々伝記作家たちを翻弄してきたヴァイダだし、物語を作る才能は万人が認めるものですしね。そしてその大きな物語の影に隠れてはいるけど、小さな謎もあります。それはヴァイダの伝記を書こうとしているマーガレットの謎。

荒れ果てた屋敷、精神に異常をきたした兄妹、双子、家政婦、庭師、彼らを救おうとする家庭教師、幽霊... ヴァイダの語る自身の物語は、ヨークシャー地方の大きな屋敷に住む異様な家族の物語。常に陰鬱な空気が漂っていて、それはまるで作中に何度も登場する「ジェイン・エア」みたい。この作品は「ジェイン・エア」へのオマージュなのかな?と思ったんですが、でもそれだけじゃないですね。話の中には他にも色んなゴシック小説が登場するし、そういった作品それぞれの雰囲気も少しずつ見えてくるんです。家庭教師と幽霊の辺りは「ねじと回転」でもありますし。このヴァイダの語る物語が面白くて、そこに潜む謎が気になって、どんどん読み進めてしまいました。時にはちょっぴり無理矢理のように感じられてしまった部分もあったんですが、終盤次々と明かされる真相にびっくり! それに「本」や「物語」への愛に満ち満ちてるところも良かったなあ。作中でのこんな言葉に思わず深く頷いたり。(笑)

わたしたちは、ある一点について同じ意見をもっていた。つまり、世の中には膨大な数の本があって、生きているあいだに読むことがでいる数はかぎられているということだ。どこかで線を引いておかなくてはならない。(P.55)

訳者あとがきに、作中に登場する作品の一覧が載ってるんです。「水の子どもたち」「白衣の女」「嵐が丘」「ジェイン・エア」「オトラントの城」「オードレー夫人の秘密」「幽霊の花嫁」「ジキル博士とハイド氏」「ヴィレット」「ミドルマーチ」「シャーリー」「分別と多感」「エマ」「ユースタスのダイヤモンド」「ハード・タイムズ」「ねじの回転」...私が読んでるのは半分ぐらいなんですけど、その半分の作品のそれぞれの作品が、この「13番目の物語」の中で生きてる気がしました。全部知ってたら、もっと楽しめたんでしょうね! 久々にゴシックロマンが読みたくなってきちゃいましたよ。(NHK出版)

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