Catégories:“神話・伝承の研究”

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ヨーロッパ北部周縁の民=ゲルマン人は、キリスト教とは異なる独自の北方的世界観を有していた。古の神々と英雄を謳い伝える『エッダ』と『サガ』。善悪二元の対立抗争、馬への強い信仰、バイキングに受け継がれた復讐の義務......。荒涼にして寒貧な世界で育まれた峻厳偉大なる精神を描く伝説の魅力に迫る。北欧人の奥深い神話と信仰世界への入門書。...という内容紹介がされている本です。(手抜きですがー)
第一部が「神話篇」で、第二部が「サガと伝説篇」。

「神話篇」の方は、以前「エッダ 古代北欧歌謡集」(感想)も読んでいるし、内容的には既に知ってる部分が多いんですけど、詩の形式となっていたそちらの本と比べて、こちらは散文による再話。それだけでも読みやすいですしね。原典ではバラバラだった歌謡の順番も、分かりやすく入れ替えてありました。そして最後に「古い神々とキリスト」という章があったのには少しびっくり。しかもその書きっぷりが...

キリストは栄光好きな神で、彼より他の者が善く言われたり、そうでなくともいたわりをもって語られることを、辛抱できなかった。というのは、天地を創造し、悪魔と戦って人間に救いと天国を与えたのは彼だったのだから。

すごい言われようですよね。まあ、私だって、古い神々を全て異教の神であり悪魔であると片付けてしまうような姿勢はどうかと思いますが。(笑)

「サガと伝説篇」は、サガが14も収められていて、未読のものも多かったのが収穫。地元では農民であり漁民でありながら、ヴァイキングとしてに略奪行為に出かけていた北欧の男たちの姿がよく分かります。あと、以前シェイクスピアの「ハムレット」(感想)の解説を読んだ時に「エッダ」や「ベオウルフ」にもハムレットの原型が存在するとされていると知ってびっくりしたんですが、この本に載ってました。「アムレード(ハムレット)」がそれ。題名からして間違いないんですけど(笑)、これは確かにハムレットでしたよ! 短くてすっきりしてて、こっちの方が私は好きかも。(爆) そして1つ前の記事の「魔法昔話の研究」のオイディプスの章に出てきた女系の権力継承が、ハムレットでも行われていたことに改めて気付きました。なるほどーーー。あと「ベーオウルフ」(感想)そっくりの「ビョーウルフとグレンデルの戦い」や、「ニーベルンゲンの歌」(感想)と同じ材料を扱いながら細かいところが結構違っている「ウォルスング家の物語」もありました。解説には「「ビョーウルフとグレンデルの戦い」は、イギリスの古詩『ベオウルフ』を用いてる」とあったんですが、それってやっぱり「ベオウルフ」の方が古いという意味なんですよね...?

とっても読み応えのある本でした。ただ、今の私はどうもあんまり読書に集中できてないので... ええと、毎年秋になると読書から気が逸れてしまうみたいです。どうやら「読書の秋」は私には当てはまらないようだということに、今頃になって気付きましたよ。(爆)
これはいずれ再読しなくちゃいけないなー。でも当面はもっと気軽に読める本を手に取ろうっと。(講談社学芸文庫)

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カール・ケレーニイは、19世紀のハンガリーに生まれた神話学者であり宗教史学者でもあるという人物。
というだけあって、この本も純粋にギリシャ神話とされている部分だけでなく、ギリシャ神話の中に取り込まれていったと思われる周辺地域の伝承、ギリシャ神話のエピソードの様々な異説、そしてホメロスやソフォクレス、アイスキュロス、エウリピデスなどのギリシャの古典文学にもたっぷり言及し、古代ギリシャ語の意味や語源などにも触れていれば、系図も充実してるし、それぞれのエピソードの出典も細かく明らかにされているような、学術寄りな本でした。もちろんギリシャ神話の物語としても楽しめるんですけど、同じ伝説の異説がどんどん並列で紹介されて考察されていく分、あまり滑らかに読み進めていけるという感じではないし、そもそも初心者向けではないんでしょうね。
例えば万物の起源や神々の始まりが、ヘシオドスではこう、ホメロスではこう、そしてオルフェウスの「聖なる書」ではこう、という風に色々と比較対象されるように書かれているのは面白かったし、ここでしか読めないエピソードもいっぱい。でもそれだけに、すごい読み応え! 文庫本2冊で900ページほどなんですけど、そのページ数の倍ほどの読み応えがありました。感想を書く前に燃え尽きてしまったわ。しばらくギリシャ神話はもういいや、という気分...(笑)
でもカール・ケレーニイがハンガリー生まれの人だったなんて! 「われわれのギリシャ神話」なんて言いまわしが多いし、古代ギリシャ語だけでなく現代ギリシャ語についても詳しそうなので、ギリシャ人研究者だと思いこんでましたよー。(中公文庫)

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トマス・カイトリーの著書「フェアリーの神話学」の解説部分と代表的な民話を収めたのが「妖精の誕生」。そちらに収めきれなかった民話を集めたのが、この「フェアリーのおくりもの」。スカンジナビア、ドイツ北部のリューゲン島、ドイツ、スイス、イギリス、ケルト人とウェールズ人という章に分けて民話67編を紹介していきます。

先日読んだ「妖精の誕生」とセットになるような本で、この2冊を読んで元々の著作「フェアリーの神話学」がほぼ網羅されることになります。ええと、トマス・カイトリーは妖精を「ロマンスの妖精」と「民間信仰の妖精」の2つに大別してるんですね。「ロマンスの妖精」は、アーサー王伝説やシャルルマーニュ伝説に登場するような妖精。その多くが魔法や様々な超能力を身につけた人間の女性で、ギリシア神話の運命の三女神・モイライの流れをひくもの。「民間信仰の妖精」は、自然力と人間の心の能力を人格化したもので、人間でも神でもない「妖精」。この「妖精のおくりもの」で紹介されているのは、その「民間信仰の妖精」の物語です。
カイトリーによると、「民間信仰の妖精」は、エルフ、小人、家の精、川や湖の精、そして海の精の大きく5つに分けられるとのこと。で、例えば同じエルフでも、「エッダ」に登場するのは「アルファル」、スウェーデンでは「エルフ」、デンマークでは「エルヴ」、ドイツでは「エルベ」、イギリスでは「エルフ」というように各地方によって呼び方が変わっていて、その性格も少しずつ違うんですね。やっぱり人と共に移動するにつれて、微妙に変化していったんだろうな。そして今回驚いたのは、アイルランドのイメージの強かった「取り替え子」の物語が、実はスカンジナビアにもあったこと。妖精だけでなくお話も移動してるのに何も不思議はないんですけど、やっぱりちょっとびっくりでした。こういう妖精やお話の発祥した場所とか移動したルートが分かればいいのに。面白いだろうな。(まあ、民族の移動を追っていけば、ある程度分かるんでしょうけど)

「妖精の誕生」では、ペルシアやアラビアといった東洋のフェアリーの話に始まっていたのに、こちらにはその辺りの民話がまったくなかったのが残念なんですが、収められている伝承のほとんどはカイトリー自身が採取しているようなので、さすがにペルシアやアラビアでの採取は無理だったということなんでしょうね。その代わりに、こちらには「妖精の誕生」では取り上げられていなかったリューゲン島やマン島、そしてスイスが取り上げられていたし、とてもバラエティ豊かな民話集になってました。国ごとの妖精譚を読むのも面白いですが、そういった物語や妖精の存在を体系的に捉えられるところがやっぱりこの人の著作の特徴でありいいところかと。(現代教養文庫)


+既読のトマス・カイトリー作品の感想+
「妖精の誕生 フェアリー神話学」トマス・カイトリー
「妖精のおくりもの 世界妖精民話集」トマス・カイトリー

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日々身の回りでおきる様々な現象や出来事を見ると、何か知性のある存在の仕業と思い込みたくなるのが人間の常。深遠な哲学者がその原因と結果の連鎖を果てしなく辿っていくと、最後には「神」とも呼ばれるもっとも偉大な知性にまでさかのぼることになりますが、大抵は、先祖代々受け継いできた信仰が存在を認めているものを直接の原因とみなすことになります。そしてその「先祖代々受け継いできた信仰が存在を認めているもの」こそが、人間と共にこの大地に住む存在であるフェアリー。フェアリーという概念やその言葉の起源、そしてフェアリーの物語がどのようにして生まれ、伝わっていったか。ペルシアやアラビアといった東洋のフェアリー物語に始まり、ヨーロッパのほとんど全土のフェアリーの特徴が国別・地域別に、伝説や民話の紹介を交えて紹介していく本です。

ヤコブ・グリムやゲーテも賞賛したというこの本は、19世紀に書かれた本。オクトパス・ブック社の「魔術と迷信の百科」のフェアリーの項にも「世界中のフェアリーの特徴を調べたい人は、トマス・カイトリーが書いた『フェアリーの神話学』を読むことからはじめるのがいちばんよい。これは百年以上も前に書かれたが、今なおきわめて価値の高い本である」なんて書かれているのだそう。もちろんその本が出版されてから相当時間が経ってると思うんですが、それでも今なお入門書として相応しい本かも。今でこそ、世界各地の妖精に関してまとめてる本が簡単に手に入るけど、19世紀にこういった本があったというのはやっぱり驚きだし... 日本人は割と総括的な本を好むから、井村君江さん辺りがまとめてくれるけど、外国ではもしかしたら今でも全世界のフェアリーを包括的に見る本ってそれほど多くないのでは、なんて思うんですが... どうでしょう。

トマス・カイトリーのフェアリー論で面白いのは、フェアリーを大きく2つに分けていること。それは「ロマンスのフェアリー」と「民間信仰のフェアリー」。
「ロマンスのフェアリー」として紹介されているのは、ペルシアやアラビアといった東洋のロマンス、そしてそれらの東洋のロマンスが伝わったのではないかと考えられるヨーロッパのロマンス。ロマンスと言うと分かりにくいけど、要するに文学の中に見るフェアリーですね。ヨーロッパのロマンスにはギリシャ・ローマの古典や東洋的なフェアリーのほかに、ケルト神話に見られるようなフェアリーも加わって、アーサー王と円卓の騎士、シャルルマーニュと十二勇士、そしてスペインに流布したアマディスとパルメリンもののような中世の騎士道ロマンスが登場します。そしてスペンサーによる「妖精の女王」。こちらのフェアリーは、ほとんど人間と同じ。超人的能力を授けられてはいるものの、結局のところは死すべき人間に過ぎない存在。
そして「民間信仰のフェアリー」は、森、野原、山、洞穴など自然の中に住む精霊や、人間の家に住みつく精霊。「日々身の回りでおきる様々な現象や出来事を見ると、何か知性のある存在の仕業と思い込みたくなる」... というまさにその作用から生まれた存在ですね。妖精を現在のような可愛らしい姿に変えてしまったのはシェイクスピアだ、ということは以前読んだ覚えがあるんですが、ここでも、そんな可愛らしいだけではない妖精の姿が色々と描き出されていきます。

今となってしまっては、それほど目新しいことが書かれているわけではなかったんだけど、なんだかギリシャ人の想像力の豊かさを再認識させられますね。例えば薔薇について。イスラムの教授たちは、予言者マホメットの聖なる肉体から発散した湿気から生まれたとしているようなんですが、ギリシャ神話では、ヴィーナスが裸足で森や草地を走った時に流れた血に染まって赤い薔薇が生まれたとしてるんですよね。ノルウェーやスウェーデンでは人間の声を真似てからかう小人の仕業とされる木霊は、ギリシャ神話では恋に憧れるニンフによるもの。ロマンティックな想像力がたっぷり。
この「妖精の誕生」は、同じく現代教養文庫の「フェアリーのおくりもの」とセットで1冊みたいですね。その2冊でトマス・カイトリーの「フェアリーの神話学」のほぼ全訳となるようです。そちらも読んでみなくてはー。(現代教養文庫)


+既読のトマス・カイトリー作品の感想+
「妖精の誕生 フェアリー神話学」トマス・カイトリー
「妖精のおくりもの 世界妖精民話集」トマス・カイトリー

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民衆の間で信仰されてきた小人や巨人、そして妖精たち。しかしそういった存在が息づいていた民間信仰は、人々の生活にキリスト教が入ってくるに従って邪教と見なされるようになり、徐々に人々の生活圏から排除されることになります。キリスト教が世界を席巻するに従って排除されていったのは、ギリシャ・ローマの神々たちも同様。それらの神々は、地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇の中に生きる悪霊とされてしまうのです。...そんな風に追いやられ、呪われることになった神々や精霊たちに関するエッセイ。「流刑の神々」がギリシャ・ローマの神々に関して、「精霊物語」は民間信仰の小人や巨人、妖精たちについてです。

ハイネによるエッセイ2編。両者の成立には17年という歳月の隔たりがあるそうですが、古代の自然信仰やギリシャ・ローマの神々に対する信仰が、キリスト教の浸透によって邪教として抹殺されていくことになったことということで、そのテーマは同じです。
新しいものに古いものが駆逐されるというのはよくあることだし、例えば日本にも、文明開化によって西洋の文化が入ってきた途端、日本古来の文化がないがしろにされるようになったという歴史がありますよね。でも西洋文化に流れてしまったのは国民性というのも大きかったはずだし、結局「和洋折衷」で、新しい物に負けそうになりながらも、古い物も残るところには残っています。そもそも日本は、古くから仏教と神道が両立してきた国。キリスト教が異教に対して行ったような徹底的な排除というのは経験してないんですねえ。でももし徳川幕府が鎖国してキリスト教を締め出さなかったら、今頃どうなってたのかしら?
キリスト教に限らず宗教というのは激しさを持ってることが多いのだけど(特に初期)、それでもキリスト教の激しさってすごいですね。隣人には寛容なはずのキリスト教も、異教徒に対しては驚くほど非寛容。あの徹底した排除っぷりは、ほんとすごいと思います。古来の信仰や、それにまつわる文化、その中に息づいていた異教の神々たちを完全に駆逐してしまおうとするんですもん。でもキリスト教がどれだけ網を張巡らしても、古代信仰の一部は、邪教や迷信と決め付けられ変容しながらも零れ落ちていくんですね。そしてあるものは伝説として残り、あるものは祭りなどの習俗に残り、抹殺されずに農民たちの間に残った物語はグリムによって採取されて本として残ることになるわけで。

「流刑の神々」は、若き日の柳田国男にも多大な影響を与えた作品なんだそうです。なるほど、こういうのを読んでいたのですね。ワーグナーの「タンホイザー」や「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」といった作品群を思い起こさせる伝説も紹介されてたし、他にも色んな伝承に触れられたり、紹介されてるのが面白かったー。中でも興味深かったのは、シェイクスピアの「マクベス」の魔女は、その元ネタとなった古い伝説の中では、3人のヴァルキューレだったという話! そうだったんだ! 「流刑の神々」で紹介されてる、うさぎ島に住む老人がユピテル(ゼウスね)だったなんて話も面白かったし、牧童として暮らしていたアポロンや、今もまだ祭りを行っているバッカス... いつまででも読み続けていたくなっちゃいます。でもドイツの人なのに、ギリシャ神話を取り上げてる割に、ゲルマン(北欧)神話についてはあまり触れてないのが少し不思議。ハイネがユダヤ人だったということは... 関係あるのかしら?(岩波文庫)

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偉大なる魔法使いマーリン、禁断の愛をつらぬく騎士ランスロット、可憐な妖精ヴィヴィアーヌ、そして勇壮無比のアーサー王などが躍動するケルトの森。豊饒な「物語」を胚胎してヨーロッパ文化の基層に横たわるケルトの精神の源泉を求め、時空を越えて旅する馥郁たる文学紀行。...というのはamazonにあった紹介そのままなんですが。

アーサー王伝説の残るブルターニュの不思議の森・ブロセリアンド。この本で取り上げているのはブルターニュなので、あくまでもフランスにおけるケルトです。内容的にはあまり目新しいものはなかったし、私としてはいらないなという歴史的事実も多かったんですが... 現在のブロセリアンドの森にもあまり興味がないですしね。でも新たな発見もいくつか。ブルターニュって、「ブリタニア・ミノール(小ブリタニア)」という言葉から来てたんですね! なんで私ったら今までこんな基本的なとこに気付かなかったんだろう!
丁度塩野七生さんの「ローマ人の物語」のパクス・ロマーナの部分まで読んだところなので、この本にもカエサルのことやパクス・ロマーナのことが出てきていいタイミング。「ガリア戦記」はカエサル視点だし、「ローマ人の物語」はカエサルを含めたローマ視点、でもこちらの本はもちろんケルト人(ガリア人)視点です。
そしてこの本で面白かったのは、ランスロットとグィネヴィアの恋について。愛する女性に忠実を守っていない男は誰もそこから2度と戻れないという「帰らずの谷」のエピソード。ランスロットとグィネヴィアの恋は、キリスト教的には不倫でしかないんですけど、ランスロットはグィネヴィアにとっては、この谷から再び出られるほどの完全に忠実な恋人。モーガン・ル・フェイもそれは認めざるを得ないんです。でもそれはあくまでも異教的な考え。最初はそれでよかった話も、キリスト教的なモラルが浸透してくると、ランスロットは罪の意識に苛まれるようになるし、結局聖杯も彼の手には入らないんですよね...。こういう話にキリスト教が入ってくると、ほんと詰まらなくなっちゃうから嫌だわ!(青土社)

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サー・トマス・マロリーの「アーサー王の死」は、アーサー王の誕生から、最期に妖精の女王たちの手によってアヴァロンの島に運ばれるまでを描いた作品。近代的な小説の台頭によって一時は忘れ去られてしまうものの、19世紀半ばにテニスンに取り上げられることによってラファエル前派の絵画のモチーフとして頻繁に登場するようになり、20世紀に入ると中世英文学の名作として愛読され、学問的研究の対象となり、様々な芸術メディアに登場するようになります。騎士ロマンスらしくステレオタイプ化された登場人物にステレオタイプ化されたストーリーを持つアーサー王伝説が現代これほどまでにもてはやされる魅力の秘密を探るという本です。

以前読んだ「アーサー王伝説万華鏡」と重なっている部分もあったものの、新たな視点から書かれている部分もありました。特に興味深かったのは、ケルト人の戦争指揮官がモデルと言われているアーサー王、ケルトの伝説が起源だと言われているアーサー王伝説に、実は西アジア起源説もあったという話。紀元4世紀以降、南ロシアを中心に勢力をふるったイラン系の遊牧騎馬民族・サルマート人がモデルじゃないかというんですね。このサルマート人、ローマ帝国と戦って敗れることになるんですが、その兵士たちの一部がローマ皇帝によってブリテン島に派遣されたそうなんです。サルマート人たちはケルト文化に同化するのを拒否して、長く独自のアイデンティティを保っていたそうで... アーサー王伝説の騎士たちの装備や戦い方はサルマート人によく似てるし、しかも現在コーカサス山中に残っているサルマート人の末裔・オセット人が持っている叙事詩はキリスト教以前の古い時代に遡るもので、これがアーサー王伝説と酷似してるとのこと。そんな話は全然知らなかったなあ。
以前読んだ本と重なってたり私の興味がなかったりという部分も多くて、期待したほどではなかったのが残念だったんですが、アーサー王伝説好きとしては、やっぱり読まずにはいられないですしね。以前「ユリイカ」で読んだ高宮利行さん、葛生千夏さん、ひかわ玲子さんの対談をここでまた読めたのも良かったです。(秀文インターナショナル)


+既読の高宮利行作品の感想+
「西洋書物学事始め」「アーサー王伝説万華鏡」高宮利行
「アーサー王物語の魅力」高宮利行

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