Catégories:“神話・伝承の研究”

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ヨーロッパ北部周縁の民=ゲルマン人は、キリスト教とは異なる独自の北方的世界観を有していた。古の神々と英雄を謳い伝える『エッダ』と『サガ』。善悪二元の対立抗争、馬への強い信仰、バイキングに受け継がれた復讐の義務......。荒涼にして寒貧な世界で育まれた峻厳偉大なる精神を描く伝説の魅力に迫る。北欧人の奥深い神話と信仰世界への入門書。...という内容紹介がされている本です。(手抜きですがー)
第一部が「神話篇」で、第二部が「サガと伝説篇」。

「神話篇」の方は、以前「エッダ 古代北欧歌謡集」(感想)も読んでいるし、内容的には既に知ってる部分が多いんですけど、詩の形式となっていたそちらの本と比べて、こちらは散文による再話。それだけでも読みやすいですしね。原典ではバラバラだった歌謡の順番も、分かりやすく入れ替えてありました。そして最後に「古い神々とキリスト」という章があったのには少しびっくり。しかもその書きっぷりが...

キリストは栄光好きな神で、彼より他の者が善く言われたり、そうでなくともいたわりをもって語られることを、辛抱できなかった。というのは、天地を創造し、悪魔と戦って人間に救いと天国を与えたのは彼だったのだから。

すごい言われようですよね。まあ、私だって、古い神々を全て異教の神であり悪魔であると片付けてしまうような姿勢はどうかと思いますが。(笑)

「サガと伝説篇」は、サガが14も収められていて、未読のものも多かったのが収穫。地元では農民であり漁民でありながら、ヴァイキングとしてに略奪行為に出かけていた北欧の男たちの姿がよく分かります。あと、以前シェイクスピアの「ハムレット」(感想)の解説を読んだ時に「エッダ」や「ベオウルフ」にもハムレットの原型が存在するとされていると知ってびっくりしたんですが、この本に載ってました。「アムレード(ハムレット)」がそれ。題名からして間違いないんですけど(笑)、これは確かにハムレットでしたよ! 短くてすっきりしてて、こっちの方が私は好きかも。(爆) そして1つ前の記事の「魔法昔話の研究」のオイディプスの章に出てきた女系の権力継承が、ハムレットでも行われていたことに改めて気付きました。なるほどーーー。あと「ベーオウルフ」(感想)そっくりの「ビョーウルフとグレンデルの戦い」や、「ニーベルンゲンの歌」(感想)と同じ材料を扱いながら細かいところが結構違っている「ウォルスング家の物語」もありました。解説には「「ビョーウルフとグレンデルの戦い」は、イギリスの古詩『ベオウルフ』を用いてる」とあったんですが、それってやっぱり「ベオウルフ」の方が古いという意味なんですよね...?

とっても読み応えのある本でした。ただ、今の私はどうもあんまり読書に集中できてないので... ええと、毎年秋になると読書から気が逸れてしまうみたいです。どうやら「読書の秋」は私には当てはまらないようだということに、今頃になって気付きましたよ。(爆)
これはいずれ再読しなくちゃいけないなー。でも当面はもっと気軽に読める本を手に取ろうっと。(講談社学芸文庫)

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カール・ケレーニイは、19世紀のハンガリーに生まれた神話学者であり宗教史学者でもあるという人物。
というだけあって、この本も純粋にギリシャ神話とされている部分だけでなく、ギリシャ神話の中に取り込まれていったと思われる周辺地域の伝承、ギリシャ神話のエピソードの様々な異説、そしてホメロスやソフォクレス、アイスキュロス、エウリピデスなどのギリシャの古典文学にもたっぷり言及し、古代ギリシャ語の意味や語源などにも触れていれば、系図も充実してるし、それぞれのエピソードの出典も細かく明らかにされているような、学術寄りな本でした。もちろんギリシャ神話の物語としても楽しめるんですけど、同じ伝説の異説がどんどん並列で紹介されて考察されていく分、あまり滑らかに読み進めていけるという感じではないし、そもそも初心者向けではないんでしょうね。
例えば万物の起源や神々の始まりが、ヘシオドスではこう、ホメロスではこう、そしてオルフェウスの「聖なる書」ではこう、という風に色々と比較対象されるように書かれているのは面白かったし、ここでしか読めないエピソードもいっぱい。でもそれだけに、すごい読み応え! 文庫本2冊で900ページほどなんですけど、そのページ数の倍ほどの読み応えがありました。感想を書く前に燃え尽きてしまったわ。しばらくギリシャ神話はもういいや、という気分...(笑)
でもカール・ケレーニイがハンガリー生まれの人だったなんて! 「われわれのギリシャ神話」なんて言いまわしが多いし、古代ギリシャ語だけでなく現代ギリシャ語についても詳しそうなので、ギリシャ人研究者だと思いこんでましたよー。(中公文庫)

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トマス・カイトリーの著書「フェアリーの神話学」の解説部分と代表的な民話を収めたのが「妖精の誕生」。そちらに収めきれなかった民話を集めたのが、この「フェアリーのおくりもの」。スカンジナビア、ドイツ北部のリューゲン島、ドイツ、スイス、イギリス、ケルト人とウェールズ人という章に分けて民話67編を紹介していきます。

先日読んだ「妖精の誕生」とセットになるような本で、この2冊を読んで元々の著作「フェアリーの神話学」がほぼ網羅されることになります。ええと、トマス・カイトリーは妖精を「ロマンスの妖精」と「民間信仰の妖精」の2つに大別してるんですね。「ロマンスの妖精」は、アーサー王伝説やシャルルマーニュ伝説に登場するような妖精。その多くが魔法や様々な超能力を身につけた人間の女性で、ギリシア神話の運命の三女神・モイライの流れをひくもの。「民間信仰の妖精」は、自然力と人間の心の能力を人格化したもので、人間でも神でもない「妖精」。この「妖精のおくりもの」で紹介されているのは、その「民間信仰の妖精」の物語です。
カイトリーによると、「民間信仰の妖精」は、エルフ、小人、家の精、川や湖の精、そして海の精の大きく5つに分けられるとのこと。で、例えば同じエルフでも、「エッダ」に登場するのは「アルファル」、スウェーデンでは「エルフ」、デンマークでは「エルヴ」、ドイツでは「エルベ」、イギリスでは「エルフ」というように各地方によって呼び方が変わっていて、その性格も少しずつ違うんですね。やっぱり人と共に移動するにつれて、微妙に変化していったんだろうな。そして今回驚いたのは、アイルランドのイメージの強かった「取り替え子」の物語が、実はスカンジナビアにもあったこと。妖精だけでなくお話も移動してるのに何も不思議はないんですけど、やっぱりちょっとびっくりでした。こういう妖精やお話の発祥した場所とか移動したルートが分かればいいのに。面白いだろうな。(まあ、民族の移動を追っていけば、ある程度分かるんでしょうけど)

「妖精の誕生」では、ペルシアやアラビアといった東洋のフェアリーの話に始まっていたのに、こちらにはその辺りの民話がまったくなかったのが残念なんですが、収められている伝承のほとんどはカイトリー自身が採取しているようなので、さすがにペルシアやアラビアでの採取は無理だったということなんでしょうね。その代わりに、こちらには「妖精の誕生」では取り上げられていなかったリューゲン島やマン島、そしてスイスが取り上げられていたし、とてもバラエティ豊かな民話集になってました。国ごとの妖精譚を読むのも面白いですが、そういった物語や妖精の存在を体系的に捉えられるところがやっぱりこの人の著作の特徴でありいいところかと。(現代教養文庫)


+既読のトマス・カイトリー作品の感想+
「妖精の誕生 フェアリー神話学」トマス・カイトリー
「妖精のおくりもの 世界妖精民話集」トマス・カイトリー

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日々身の回りでおきる様々な現象や出来事を見ると、何か知性のある存在の仕業と思い込みたくなるのが人間の常。深遠な哲学者がその原因と結果の連鎖を果てしなく辿っていくと、最後には「神」とも呼ばれるもっとも偉大な知性にまでさかのぼることになりますが、大抵は、先祖代々受け継いできた信仰が存在を認めているものを直接の原因とみなすことになります。そしてその「先祖代々受け継いできた信仰が存在を認めているもの」こそが、人間と共にこの大地に住む存在であるフェアリー。フェアリーという概念やその言葉の起源、そしてフェアリーの物語がどのようにして生まれ、伝わっていったか。ペルシアやアラビアといった東洋のフェアリー物語に始まり、ヨーロッパのほとんど全土のフェアリーの特徴が国別・地域別に、伝説や民話の紹介を交えて紹介していく本です。

ヤコブ・グリムやゲーテも賞賛したというこの本は、19世紀に書かれた本。オクトパス・ブック社の「魔術と迷信の百科」のフェアリーの項にも「世界中のフェアリーの特徴を調べたい人は、トマス・カイトリーが書いた『フェアリーの神話学』を読むことからはじめるのがいちばんよい。これは百年以上も前に書かれたが、今なおきわめて価値の高い本である」なんて書かれているのだそう。もちろんその本が出版されてから相当時間が経ってると思うんですが、それでも今なお入門書として相応しい本かも。今でこそ、世界各地の妖精に関してまとめてる本が簡単に手に入るけど、19世紀にこういった本があったというのはやっぱり驚きだし... 日本人は割と総括的な本を好むから、井村君江さん辺りがまとめてくれるけど、外国ではもしかしたら今でも全世界のフェアリーを包括的に見る本ってそれほど多くないのでは、なんて思うんですが... どうでしょう。

トマス・カイトリーのフェアリー論で面白いのは、フェアリーを大きく2つに分けていること。それは「ロマンスのフェアリー」と「民間信仰のフェアリー」。
「ロマンスのフェアリー」として紹介されているのは、ペルシアやアラビアといった東洋のロマンス、そしてそれらの東洋のロマンスが伝わったのではないかと考えられるヨーロッパのロマンス。ロマンスと言うと分かりにくいけど、要するに文学の中に見るフェアリーですね。ヨーロッパのロマンスにはギリシャ・ローマの古典や東洋的なフェアリーのほかに、ケルト神話に見られるようなフェアリーも加わって、アーサー王と円卓の騎士、シャルルマーニュと十二勇士、そしてスペインに流布したアマディスとパルメリンもののような中世の騎士道ロマンスが登場します。そしてスペンサーによる「妖精の女王」。こちらのフェアリーは、ほとんど人間と同じ。超人的能力を授けられてはいるものの、結局のところは死すべき人間に過ぎない存在。
そして「民間信仰のフェアリー」は、森、野原、山、洞穴など自然の中に住む精霊や、人間の家に住みつく精霊。「日々身の回りでおきる様々な現象や出来事を見ると、何か知性のある存在の仕業と思い込みたくなる」... というまさにその作用から生まれた存在ですね。妖精を現在のような可愛らしい姿に変えてしまったのはシェイクスピアだ、ということは以前読んだ覚えがあるんですが、ここでも、そんな可愛らしいだけではない妖精の姿が色々と描き出されていきます。

今となってしまっては、それほど目新しいことが書かれているわけではなかったんだけど、なんだかギリシャ人の想像力の豊かさを再認識させられますね。例えば薔薇について。イスラムの教授たちは、予言者マホメットの聖なる肉体から発散した湿気から生まれたとしているようなんですが、ギリシャ神話では、ヴィーナスが裸足で森や草地を走った時に流れた血に染まって赤い薔薇が生まれたとしてるんですよね。ノルウェーやスウェーデンでは人間の声を真似てからかう小人の仕業とされる木霊は、ギリシャ神話では恋に憧れるニンフによるもの。ロマンティックな想像力がたっぷり。
この「妖精の誕生」は、同じく現代教養文庫の「フェアリーのおくりもの」とセットで1冊みたいですね。その2冊でトマス・カイトリーの「フェアリーの神話学」のほぼ全訳となるようです。そちらも読んでみなくてはー。(現代教養文庫)


+既読のトマス・カイトリー作品の感想+
「妖精の誕生 フェアリー神話学」トマス・カイトリー
「妖精のおくりもの 世界妖精民話集」トマス・カイトリー

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民衆の間で信仰されてきた小人や巨人、そして妖精たち。しかしそういった存在が息づいていた民間信仰は、人々の生活にキリスト教が入ってくるに従って邪教と見なされるようになり、徐々に人々の生活圏から排除されることになります。キリスト教が世界を席巻するに従って排除されていったのは、ギリシャ・ローマの神々たちも同様。それらの神々は、地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇の中に生きる悪霊とされてしまうのです。...そんな風に追いやられ、呪われることになった神々や精霊たちに関するエッセイ。「流刑の神々」がギリシャ・ローマの神々に関して、「精霊物語」は民間信仰の小人や巨人、妖精たちについてです。

ハイネによるエッセイ2編。両者の成立には17年という歳月の隔たりがあるそうですが、古代の自然信仰やギリシャ・ローマの神々に対する信仰が、キリスト教の浸透によって邪教として抹殺されていくことになったことということで、そのテーマは同じです。
新しいものに古いものが駆逐されるというのはよくあることだし、例えば日本にも、文明開化によって西洋の文化が入ってきた途端、日本古来の文化がないがしろにされるようになったという歴史がありますよね。でも西洋文化に流れてしまったのは国民性というのも大きかったはずだし、結局「和洋折衷」で、新しい物に負けそうになりながらも、古い物も残るところには残っています。そもそも日本は、古くから仏教と神道が両立してきた国。キリスト教が異教に対して行ったような徹底的な排除というのは経験してないんですねえ。でももし徳川幕府が鎖国してキリスト教を締め出さなかったら、今頃どうなってたのかしら?
キリスト教に限らず宗教というのは激しさを持ってることが多いのだけど(特に初期)、それでもキリスト教の激しさってすごいですね。隣人には寛容なはずのキリスト教も、異教徒に対しては驚くほど非寛容。あの徹底した排除っぷりは、ほんとすごいと思います。古来の信仰や、それにまつわる文化、その中に息づいていた異教の神々たちを完全に駆逐してしまおうとするんですもん。でもキリスト教がどれだけ網を張巡らしても、古代信仰の一部は、邪教や迷信と決め付けられ変容しながらも零れ落ちていくんですね。そしてあるものは伝説として残り、あるものは祭りなどの習俗に残り、抹殺されずに農民たちの間に残った物語はグリムによって採取されて本として残ることになるわけで。

「流刑の神々」は、若き日の柳田国男にも多大な影響を与えた作品なんだそうです。なるほど、こういうのを読んでいたのですね。ワーグナーの「タンホイザー」や「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」といった作品群を思い起こさせる伝説も紹介されてたし、他にも色んな伝承に触れられたり、紹介されてるのが面白かったー。中でも興味深かったのは、シェイクスピアの「マクベス」の魔女は、その元ネタとなった古い伝説の中では、3人のヴァルキューレだったという話! そうだったんだ! 「流刑の神々」で紹介されてる、うさぎ島に住む老人がユピテル(ゼウスね)だったなんて話も面白かったし、牧童として暮らしていたアポロンや、今もまだ祭りを行っているバッカス... いつまででも読み続けていたくなっちゃいます。でもドイツの人なのに、ギリシャ神話を取り上げてる割に、ゲルマン(北欧)神話についてはあまり触れてないのが少し不思議。ハイネがユダヤ人だったということは... 関係あるのかしら?(岩波文庫)

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偉大なる魔法使いマーリン、禁断の愛をつらぬく騎士ランスロット、可憐な妖精ヴィヴィアーヌ、そして勇壮無比のアーサー王などが躍動するケルトの森。豊饒な「物語」を胚胎してヨーロッパ文化の基層に横たわるケルトの精神の源泉を求め、時空を越えて旅する馥郁たる文学紀行。...というのはamazonにあった紹介そのままなんですが。

アーサー王伝説の残るブルターニュの不思議の森・ブロセリアンド。この本で取り上げているのはブルターニュなので、あくまでもフランスにおけるケルトです。内容的にはあまり目新しいものはなかったし、私としてはいらないなという歴史的事実も多かったんですが... 現在のブロセリアンドの森にもあまり興味がないですしね。でも新たな発見もいくつか。ブルターニュって、「ブリタニア・ミノール(小ブリタニア)」という言葉から来てたんですね! なんで私ったら今までこんな基本的なとこに気付かなかったんだろう!
丁度塩野七生さんの「ローマ人の物語」のパクス・ロマーナの部分まで読んだところなので、この本にもカエサルのことやパクス・ロマーナのことが出てきていいタイミング。「ガリア戦記」はカエサル視点だし、「ローマ人の物語」はカエサルを含めたローマ視点、でもこちらの本はもちろんケルト人(ガリア人)視点です。
そしてこの本で面白かったのは、ランスロットとグィネヴィアの恋について。愛する女性に忠実を守っていない男は誰もそこから2度と戻れないという「帰らずの谷」のエピソード。ランスロットとグィネヴィアの恋は、キリスト教的には不倫でしかないんですけど、ランスロットはグィネヴィアにとっては、この谷から再び出られるほどの完全に忠実な恋人。モーガン・ル・フェイもそれは認めざるを得ないんです。でもそれはあくまでも異教的な考え。最初はそれでよかった話も、キリスト教的なモラルが浸透してくると、ランスロットは罪の意識に苛まれるようになるし、結局聖杯も彼の手には入らないんですよね...。こういう話にキリスト教が入ってくると、ほんと詰まらなくなっちゃうから嫌だわ!(青土社)

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サー・トマス・マロリーの「アーサー王の死」は、アーサー王の誕生から、最期に妖精の女王たちの手によってアヴァロンの島に運ばれるまでを描いた作品。近代的な小説の台頭によって一時は忘れ去られてしまうものの、19世紀半ばにテニスンに取り上げられることによってラファエル前派の絵画のモチーフとして頻繁に登場するようになり、20世紀に入ると中世英文学の名作として愛読され、学問的研究の対象となり、様々な芸術メディアに登場するようになります。騎士ロマンスらしくステレオタイプ化された登場人物にステレオタイプ化されたストーリーを持つアーサー王伝説が現代これほどまでにもてはやされる魅力の秘密を探るという本です。

以前読んだ「アーサー王伝説万華鏡」と重なっている部分もあったものの、新たな視点から書かれている部分もありました。特に興味深かったのは、ケルト人の戦争指揮官がモデルと言われているアーサー王、ケルトの伝説が起源だと言われているアーサー王伝説に、実は西アジア起源説もあったという話。紀元4世紀以降、南ロシアを中心に勢力をふるったイラン系の遊牧騎馬民族・サルマート人がモデルじゃないかというんですね。このサルマート人、ローマ帝国と戦って敗れることになるんですが、その兵士たちの一部がローマ皇帝によってブリテン島に派遣されたそうなんです。サルマート人たちはケルト文化に同化するのを拒否して、長く独自のアイデンティティを保っていたそうで... アーサー王伝説の騎士たちの装備や戦い方はサルマート人によく似てるし、しかも現在コーカサス山中に残っているサルマート人の末裔・オセット人が持っている叙事詩はキリスト教以前の古い時代に遡るもので、これがアーサー王伝説と酷似してるとのこと。そんな話は全然知らなかったなあ。
以前読んだ本と重なってたり私の興味がなかったりという部分も多くて、期待したほどではなかったのが残念だったんですが、アーサー王伝説好きとしては、やっぱり読まずにはいられないですしね。以前「ユリイカ」で読んだ高宮利行さん、葛生千夏さん、ひかわ玲子さんの対談をここでまた読めたのも良かったです。(秀文インターナショナル)


+既読の高宮利行作品の感想+
「西洋書物学事始め」「アーサー王伝説万華鏡」高宮利行
「アーサー王物語の魅力」高宮利行

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先日「アイスランドサガ」に入っている「ヴォルスンガサガ」を読んだところなので、この2冊が目についたのは、私の中ではとってもタイムリー。ジークフリート伝説に関しては「エッダ」(感想)「ヴォルスンガサガ」(感想)「ニーベルンゲンの歌」(感想)「ニーベルングの指環」(感想)と読んできたわけなんですが、その4つの作品、大きな流れは同じでも、細かい部分ではかなりの相違点があるんです。ジークフリートの設定からして、孤児だったり王子だったりと様々。この4作の中ではワーグナーの「ニーベルングの指環」だけ成立年代がかなり離れているし、これに関してはワーグナーの創作ということで構わないんですが... 他のものに関しては、どれが原型がどんな風に変化していったのかとか全然知らなかったんですよね。でもこの2冊を読んですごーくよく分かりましたよ。「ニーベルングの歌」の前半と後半ではクリエムヒルトとハゲネの造形があまりに違うのも以前から気になってたんですが、そのわけも分かりました。そもそも「ブリュンヒルト伝説」と「ブルグンド伝説」という2つの伝説があって、それが合わさって前編と後編となってたんですね。2つの違う伝説が合体させられてしまったのなら、雰囲気が変わってしまったわけもよく分かります。しかも「ティードレクス・サガ」だなんて、まだ私が読んでないシグルズ伝説のサガがあったようで!
この本を読むと、元となったジークフリート絡みの伝説やその内容、その伝説が広がって変化していき、「ニーベルンゲンの歌」ができ、他の作品ができていく様子がよく分かります。そしてそれらを土台にして書かれることになった沢山の戯曲のことも。
2冊続けて読んでしまって、しかもすぐに感想を書かなかったので、どちらがどうだったか分からなくなってしまったんですけど... 重複してる箇所も結構ありますしね。でも全体的には「『ニーベルンゲンの歌』を読む」の方が良かったかな。「ジークフリート伝説」には北欧のエッダやサガが取り上げられているところが、私にとってはポイントが高かったんですが、「『ニーベルンゲンの歌』を読む」の方が、「ニーベルンゲンの歌」や「ニーベルングの指環」について詳細なんです。作品の構造や解釈について色々と新しい発見があったし、より理解が深まったような気がします。(講談社学術文庫)

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ヒンドゥー教の代表的な聖典と言われる「バガヴァット・ギーター」は、「マハーバーラタ」の中に収められている神の歌。「マハーバーラタ」の第6巻に収められていて、宗教上特に重視されている箇所なのだそう。先日読んだ「ナラ王物語」は、確か「マハーバーラタ」の3巻辺りだったはず... 全18巻の「マハーバーラタ」をちょっとずつ切り崩す計画は着々と進行中です。(笑)
...とは言ってもこの「バガヴァッド・ギーター」、私はつい最近まで知らなかったのです。知ったのは、前回のたら本41回「私家版・ポケットの名言」で、AZ::Blog はんなりとあずき色のoverQさんが挙げてらしたから。(記事) 挙げてらした文章がかっこ良かったから。(そういう理由か!)

万物の夜において、自己を制する聖者は目覚める。万物が目覚める時、それは見つつある聖者の夜である。

ねね、かっこいいでしょう?
で、岩波文庫からその名もずばりの訳本が出てるんですけど、難しそうなので、上村勝彦さんの解説本を一緒に読むことにしたんですが... やっぱり難しかった。ちょっと気が緩むと文字を目が追ってるだけの状態になってしまうので、何度も繰り返して読んでしまいましたよ。

ええと、ものすごく簡単に言うと、「マハーバーラタ」とはバラタ王族の歴史を描いた叙事詩。そしてその中の「バガヴァッド・ギーター」は、内部分裂によって王族同士の戦争となってしまった時に、親族や師や友人を殺してまで勝っても虚しい... とやる気を失ってしまったアルジュナ王子に、クリシュナ神の生まれ変わりの人物が「それは違う」と諭す物語なんです。
面白いところがいくつか。たとえばヒンドゥー教では苦行を全然オススメしてないところとか。「バガヴァッド・ギーター」では、食事の面でも睡眠の面でも調和の取れた生活をして、心身共に健康を保つことがとても大切なんだそうです。どうも心身をいじめて極限状態にしてそれに耐えるというイメージがあったので、ちょっと意外でした。インドの行者といえば、大抵ガリガリに痩せているからでしょうか。(という絵が多いのかも) 滅多に人のしない苦行なんかをすると周囲にもてはやされるし、どうしてもそれを自慢に思う気持ちが出てきてしまいがちなので、逆効果なのだそう。釈尊自身、激しい苦行をした後でそれが無益だと気づいて、苦行を捨てたそうですしね。瞑想に入って悟りを開いたのはその後。それと、ヒンドゥー教ではあんまり早く修行を始めるのも推奨されていないということ。まずは勉学に励み、結婚して家長としての義務を果たし、孫ができる頃に森林に隠遁して、最後に聖地巡礼をして死ぬ、というのが理想なんだそうです。

そして上に引用した文は、第2章の文章。文字通りでいけば、「万物が眠っているとき聖者は目覚め、万物が目覚めているとき聖者は眠る」という意味だそうですが... 愚者は目や耳といった感覚器官によって対象を認識するし、その感覚に執着するけれど、聖者はそういった感覚を制御して、非常に静寂な瞑想状態の中で真理を知ろうとする、すなわち愚者と聖者の行動は正反対である、ということを暗示しているのだそうです。やっぱり難しーい。でも、面白かったです。(岩波文庫・ちくま学芸文庫)

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「フェヴァルの息子ブランの航海」、「百戦の王コンの息子、美貌のコンラの冒険」、「メルドゥーンの航海」など、「イムラヴァ」と総称される航海譚に見るケルトの「他界」。それらの物語に描かれる「他界」は、なぜ海の彼方にあるのか、そしてなぜ、いずれも女人国なのか。「常若の国(ティル・ナ・ノグ)「歓びの野(マグ・メル)」といったケルトの「他界」を現存する古伝承を通して探り、それらがキリスト教の中にどのように取り入れられていったのか、そしてどのようにアーサー王伝説に残っているのかを考察する本です。

まず、なぜ「他界」がいずれも女人国であるのかというのは、大地母神信仰から来ているもののようです。古代宗教には大地母神信仰が多いし、ケルトも例外ではなかったということですね。その大地母神は、ゴイデル族に破れて地下に去ったトゥアハ・デ・ダナン族(この人たちが妖精になったと言われる)の女神・ダナ。なので女人国にいるのは、ダナとその分身、もしくは臣下である女神たち。大地の母神には「豊穣と多産」「土地の主権者」「戦いと殺戮」「死者をあの世へ運ぶ」という顔があり、どうやらそれが何人もの女性に分かれているということのようです。生命を生み出す大地はまた、死者たちの帰っていくところ。それは「他界」そのもの。
そしてアイルランドの「他界」が海の彼方にあるのかというのは、ケルトでも独特の概念のようです。ウェールズやブルターニュの「他界」はこの世と地続きで、ドルメンや墳丘の下にあったり、泉や湖の底。大地母神が「他界」を支配しているのなら、地下世界にあるのが自然ですよね。でも田中氏は、「海の彼方」とは言っても一概にこの地上の海とは限らないと指摘していました。地下世界にあるあの世の海だなんて、考えたこともなかったなあ。

これらの「他界」を描く物語は徐々にキリスト教色を強めて、最終的にはすっかりキリスト教に染められてしまった「聖ブランダンの航海」「聖パトリックの煉獄」なんて物語が登場することになります。「聖ブランダンの航海」の「他界」は「天国」と「地上の楽園」と「地獄」に分化してるし、「聖パトリックの煉獄」ではさらに「煉獄」も。(そしてダンテの「神曲」となるんですね) でもここに描かれているのは、やっぱりケルトの「他界」だし、そこに行こうとする人たちも、イムラヴァの英雄たちの後継者。外側がどれだけ変化しても、中身はやっぱりケルト的世界なのだという指摘がとても興味深かったです。換骨奪胎して上手くキリスト教に取り入れたように見えて、実はキリスト教の方がケルトに取り入れられてたのか。(笑)

純粋な資料としてはなかなか読むことのできない伝承群が、ほとんどあらすじだけとはいえ、紹介されているのが嬉しいところ。航海譚に関しては、先日読んだ「ケルトの古歌『ブランの航海』序説」(松村賢一)にもあったし、そちらの方が詳しかったんですけど(感想)、こちらの方が読んでて面白かったし、こちらではアイルランド神話の創世記と言える「マー・トゥーラの合戦」や海に沈んでしまった「イスの都」の伝説についても触れられています。(中公新書)

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先日古い「ユリイカ」を読んだ時に高宮利行さんの記事や対談が面白かったので(感想は書いてません)、図書館で借りてきました。
「西洋書物学事始め」の方は、中世写字生の仕事ぶりや写本という作業、様々な蔵書票、活版印刷と当時の印刷所の様子、図書館に寄贈した蔵書を永遠に維持させるための方策、古書の価値に大きく差が出るハーフ・タイトル、文人・パトロン・出版社の力関係など、本にまつわるエピソードを集めた本。
「アーサー王伝説万華鏡」は、文学のみならず、絵画やオペラ、演劇、バレエ、映画、音楽、ゲームなど様々な媒体のモチーフになっているアーサー王伝説を、伝説そのものからではなく、その多様な受容と発展ぶりから紹介していく本。
本当は「アーサー王物語の魅力 - ケルトから漱石へ」が読みたかったんですけど、これは市内の図書館に蔵書がないようで残念。今回借りたこの2冊は、どちらも文学というより書誌学寄りの内容でした。でも中世の写本の話も大好きなんですよね~。

「西洋書物学事始め」の方で特に面白かったのは蔵書票のこと。蔵書票には、図案の中に所有者の氏名や紋章、標語などを配したブックプレート(ex libris)と、飾り枠の中に名前だけが書いてあるブックラベルと、2種類あるのだそうです。様々な蔵書票のデザインが各時代の趣味を反映していていて興味深いし(こういうのにはほんとソソられます)、そこに書かれた文章から、貴重な写本を手に入れた人々の執着振りが伝わってくるそうで、ほんと面白いです。穏やかに持ち主を名乗るものや、本を手にした人間に持ち主まで返却してもらうよう頼んでいるものもあれば、本を盗んだ人間への呪いの言葉まで様々。せっかく本を借りても呪いの言葉なんて書かれていたら、怖くて早く返却してしまいそう。実は蔵書票には子供の頃から憧れていて、先日も小学校低学年頃の自作の蔵書票もどきを発見してびっくりしたほどなんです。最近は素敵なデザインをほおっと眺めるだけになってたので、蔵書票に関するもっと詳しい本も読んでみたくなっちゃいました。そして、15世紀に活版印刷に成功したのはグーテンベルクなんですが、グーテンベルク聖書が印刷されたのには、活版印刷は黒魔術や悪魔の仕業だという非難に対する対抗策という意味合いがあったとは知りませんでした。へええ。
さらに、ウィリアム・モリスやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティら、ラファエル前派たちの話も結構出てきたんですが、その中で可笑しかったのは、「ウィリアム・モリスの『地上楽園』は、英米の専門家が読破できなかった英文学の傑作としてあげる作品十指に入る」という文章。専門家が読破できないような作品が傑作って一体...?(笑)

「アーサー王伝説万華鏡」では、ダンテ「神曲」のパオロとフランチェスカの絵とか(ランスロット繋がりですね)、フランス人作曲家ショーソンのオペラ「アーサー王」、グラストンベリの修道院にあるアーサー王の墓やウィンチェスター城にある円卓のこと、映画「エクスカリバー」についても書かれてるんですが、やっぱり興味を引かれるのは、本にまつわるエピソード。ラファエル前派のエピソードなど「西洋書物学事始め」と重なってる部分も結構あったんですが、一応こちらはアーサー王に特化してるんですよね。サンゴルスキーによるテニスン「アーサー王の死」の写本は目を奪われるような美しさ。チヴァース工房でヴェルーセント製本されたグローブ版「テニスン詩集」もものすごく素敵。マロリーの「アーサー王の死」の挿絵を描くようになったビアズリーのエピソードも面白かったです。本家のアーサー王伝説に関しては、もっと基本的な文献を当たった方がいいと思いますが、既にある程度知識がある人には応用編的楽しみがある本かと。(青土社・中央公論社)


+既読の高宮利行作品の感想+
「西洋書物学事始め」「アーサー王伝説万華鏡」高宮利行
「アーサー王物語の魅力」高宮利行

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フィンランドの国民的叙事詩カレワラを主軸に、古事記や日本書紀、さらにはギリシャ神話や北欧神話など世界各地に伝わる神話や民間伝承を比較し、共通するモチーフを抽出していく本。 現在一般に「カレワラ」と呼ばれて知られているものは、エリアス・リョンロートによって編集されたもので、その中にはリョンロートの創作も入っているので、この本では主にカレワラ原詩を題材に、天地創生(卵生神話)、課題婚、呪的逃走、カレワラの骨格、再生、天体解放、児童神、禁室型説話、宇宙樹、 母子神、兄妹相姦、三機能という12章から考察していきます。

先日読んだ「カレワラ」(感想)の訳者である小泉保さんの著書。訳がとても良かったので、こちらも読むのを楽しみにしてたんです。世界各地に伝わる物語に、これほど沢山共通する部分があるとはちょっとびっくり。ってぐらい、類似部分を持つ神話や伝承が取り上げられていきます。これはちょっと興味深いです。でもね、何かが足りないんですよね。ほら、ここにこんな話があるよ、ほらあそこにも、って感じで共通する話を列挙するだけで、今ひとつ整理されていないような...。似たようなキーワードの話があるから、ここに突っ込んどけって感じのも目につくし。同じ章に入れるのはいいとしても、せめてもう少し話が繋がるように脈絡をつけて欲しかった。それに、いくら沢山類似点を出してきても、出しっぱなしで終わりじゃあねえ。そこから導き出される考察とか結論とかも決定的に物足りなかったです。例えばこういうモチーフには根底にこのような意味がある、とかね。そういうのが読みたいわけですよ。あともう一歩、踏み込んで欲しかったです。
それにこの題名もちょっと違いますね。これじゃあ「カレワラ神話」と「日本神話」が比較対照されているように思ってしまいそうですけど、日本神話の比重はそれほどでもないです。あくまでも主軸は「カレワラ」。「カレワラ」と、世界各地から拾ってきたエピソードの比較です。しかも、ここに登場するのは叙事詩である「カレワラ」であって、「カレワラ神話」というのはちょっと違うような気がします。ワイナミョイネンやイルマリネン、レンミンカイネンはあくまでも英雄だし、この本でも「カレワラの三英雄」って書かれてます。言葉の定義としては、「神話」だからといって必ずしも神が登場する必要はないようなんですが、フィンランドにもユマラ、ウッコ、ペッレルボイネンという神がいて、自然界の神もいるようなんですよー。ヒーシっていう悪魔も。なのにほとんど触れられていなかったのがとっても残念。私としては、その辺りが知りたかったんだけどなあ。(NHK出版)

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インドの神話について書くように依頼された上村氏が、いざインドの神話について調べ始めると、既存の参考文献は二次的資料を元に書かれたものがほとんどで、しかもあまり信頼できないものが多いと分かったのだそうです。そして結局、「マハーバーラタ」を原典で読むことに...。そんな上村氏が、「マハーバーラタ」やリグ・ヴェーダ諸文献をあたって選び出した諸々の神話を紹介していく本。

有名な、不死の飲料である甘露(アムリタ)を得るために、神々と阿修羅がマンダラ山で大海を攪拌する「乳海攪拌」の神話を始めとして、沢山のエピソードが「マハーバーラタ」やリグ・ヴェーダ諸文献などから抜き出されていて、純粋に読み物としても面白いです。それに、似たような神話があるものに関しては、並べて比較してくれるし... あと、たとえばインドラが帝釈天だとか、中国や日本に伝わった後の仏教名を書いてくれてるところも分かりやすい~。
ただ、「マハーバーラタ」を原典で読んで訳しちゃったという上村氏の著述だし、副題も「マハーバーラタの神々」。比重は断然「マハーバーラタ」に傾きがちなんですよね。これはやっぱり、「マハーバーラタ」を読む時の副読本として役立てるというのが正解なのかも。二大叙事詩として並び称される「ラーマーヤナ」については、必要に応じて引用されてはいるものの、それほど触れられていないのがちょっと残念。それに引用されてはいても、昨日読んだ「ラーマーヤナ」では省略されていた場面だったり、しかも固有名詞の訳が微妙に違っていたりで分かりにくい...。これはやっぱりきちんとした「ラーマーヤナ」を読まなくちゃいけません。そして「マハーバーラタ」も読まなきゃ! その後で、ぜひもう一度この本を読み返したいです。
「リグ・ヴェーダ」での神々は「デーヴァ」(deva)と呼ばれ、これは神を意味するラテン語のデウス(deus)、ギリシャ語のテオス(theos)と語源的に対応するのだそう。地域的に結構離れているというのに、語源的な繋がりがあるなんて、面白いなあ。(ちくま学芸文庫)


+既読の上村勝彦作品の感想+
「インド神話 マハーバーラタの神々」上村勝彦
「バガヴァッド・ギーター」「バガヴァッド・ギーターの世界」上村勝彦

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「神話なき国」とされる中国の、断片しか残されていない中国神話の体系的記述を試み、夏や殷といった国々に絡めて、神話の成立や消滅を論じた本なんですが... 白川氏の専門である漢字、それも殷の甲骨文などを解読しながらの内容はかなり専門的。いやあ、難しかったです。一読しただけでは、あまり内容が頭に入らなくて、自分の知識不足を実感してしまいました。私程度の知識ではもう全然ダメ。もうちょっと知識を蓄えてから、もう一度改めて読まなくちゃ。
あ、でも、深い理解はできないながらも、伝説の夏王朝や殷王朝をからめての話は、中国古代史好きにとっては面白かったです。まず洪水神話があったとして、洪水神として共工、禹、伏羲と女?(女+咼)が存在し、3つの洪水説話が並列して存在したという話とか。これらは元々異なる種族に存在した神話で、共工はおそらくチベット系とみられる西方の羌、禹はおそらく北方の夏系の神であり、伏羲と女?(女+咼)は南人と呼ばれた苗系の諸族の神。まず至上帝である共工が治水に失敗し、禹が洪水を治めた、もしくは共工が治水に失敗し、伏羲と女?(女+咼)が補修したという説話がそれぞれに伝わっていて、そしてそれが各種族の支配権争いを表しているとのこと。
あと、「若」という字は、「若い巫女が、両手を上にあげ、髪をふり乱して、神がかりの状態にあることを示す字」なんだそうで、そういうのも興味深かったです。(中公文庫BIBLIO)

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風待屋の sa-ki さんに教えて頂いた、イギリスの妖精をイラスト付きで紹介している本。本当はたらいまわしの第8回「あなたが贈られたい(贈りたい)本はなんですか?」で出してらしたピエール・デュボアの「妖精図鑑」も合わせて見たかったんですけど、そちらはまたいずれ...。

ブラウニーやドワーフ、エルフなんかの有名な妖精は知ってますけど、もう全然名前を聞いたことがない妖精もいっぱい。イギリスには、これほど沢山の妖精がいるんですか! しかも同じくブリッグズの、富山房から刊行された「妖精事典」には約400種類の妖精が紹介されていて、これはその中から101を選んで紹介したのだそう。まだまだこの4倍もいるんですね。
日本で妖精といえば、基本的に可愛らしくて良いイメージなんじゃないかと思うんですが、ここに登場する妖精は気まぐれだったり意地悪だったり、時には残酷だったり。人さらいの話も多いし、人間の日々の仕事を手伝ってくれてても、ある日突然ふいっと出て行ってしまったりするし、昨日までは機嫌が良くても今日はまた分からないし。実際、妖精を信じていた昔の農家の人々は、相手が良い妖精であっても決して怒らせないように気をつけていたようです。妖精とつきあうのは、相当しんどそう...。なんだか妖精というより、単なる駄々っ子の相手をしてるような感じもするなあ。というよりも、むしろ日本の妖怪のイメージ? まあ、妙な現象が起きたらそれを全部妖精のせいにしていたからこそ、こういった妖精が沢山生まれることになったんでしょうけどね。(きっと人為的な「妙な現象」も多かったんでしょうね)
ファンタジー作品を読んでいて聞き慣れない妖精が出てきた時などに、役立ちそうな1冊です。(ちくま文庫)


+既読のキャサリン・ブリッグズ作品の感想+
「妖精 Who's Who」キャサリン・ブリッグズ
「魔女とふたりのケイト」K.M.ブリッグズ

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「ケルトの神話」の方は画像は出ませんね。ええと、ケルトの神話というのは、アイルランドに残っている神話。amazonのレビューでは絶賛されてるんですが、私にはちょっと読みにくかったです...。ちょっと気を抜いた途端に分からなくなるので、何度も何度も前に戻って読み返してしまったわ。アーサー王伝説になっていった部分とか、ギリシャ神話や北欧神話を思い起こさせる部分も色々とあって、そういうのは興味深かったんですけどね。1つ「おっ」と思ったのは、「昼と夜」が「永遠」という意味だというクダリ。ジャズのスタンダードナンバーの「Night and Day」にも、実はそういう意味があったのかしら。昼も夜も... ぐらいにしか思ってなかったです(^^;。(それが続くと永遠なのね)
「妖精とその仲間たち」の方は、妖精の案内本。本には妖精の挿絵も沢山入っていて、特に巻頭のカラーの絵がとても綺麗なんですが(本文中に入ってる白黒のもカラーで見たかった)、読んでる間に頭をずっとちらちらしてたのが、エリナー・ファージョンの「ヒナギク野のマーティン・ピピン」。ここでその本の表紙を出したかったんですが、今の本は私が持ってるのと装丁が変わっちゃってるみたいで残念。代わりに、その中に登場する話の1つを絵本にした「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」を出してみました。(これも絵は違うんですけどね) あと、妖精の出てくるお話の簡単な紹介も色々とあって、やっぱりどこの国にも似たような民話があるものなんだなーと改めて感心しちゃいました。(羽衣伝説とか浦島太郎とかね) 
日本では黒猫が不吉とされてたりするけど、イギリスでは黒猫の方が縁起が良くて、白猫の方が不吉なんですってー。その割に黒猫は魔女の変身だと信じられてたって... それって本当に縁起いいの?(笑) あと、元々妖精は巨人だったのに、戦いで敗れて海の彼方に逃れたり地下に潜ったりして、そのうちに崇められなくなり供物を捧げられなくなると、だんだん背が低くなって小さな妖精になったんだそうです。スコットランドでは緑が妖精の色だから不吉だとか(ケルト民族は緑を死の色としてたそうな)、青は永遠の冷たさ、赤は地獄の炎を意味するとか、色のイメージもまた全然違う! 知らないことが色々あって、こちらは結構面白かったな。あと、福島県に井村君江妖精美術館があって、妖精絵画コレクションが展示されてるとか。行ってみたーい。(ちくま文庫)


+既読の井村君江作品の感想+
「ケルトの神話」「妖精とその仲間たち」井村君江
「妖精学入門」「ケルト妖精学」井村君江
Livreに「アーサー王ロマンス」の感想があります)

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アーサー王ゆかりの地への旅行記。ちょっと作者の準備不足が目につくかなー。それにアーサー王伝説自体をあまり良く知らない人のためには、この程度の説明は必要なんでしょうけど、でも「紀行」と言うからには、やっぱもっと旅行記の部分に比重を置いて欲しかった。...とは言え、やっぱり読みやすかったし、面白かったです。読んでいると、実際にこの本を持ってイギリスに行きたくなっちゃいます。アヴァロンの湖と思しき場所の写真にはちょっとがっかりしたんですけど(これじゃあ、普通の川じゃん)、でもウィンチェスター城に置かれているという円卓は見てみたいぞ!!(中公新書)


右は、RoxyMusicの「Avalon」です。いやあ、懐かしいなー。(脈絡ナシ)

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アーサー王伝説の解説書としては名著と名高い本(らしいです)。 でも、本当はかなり前に読み始めてたのに、マリオン・ジマー・ブラッドリーの「アヴァロンの霧」を読んでしまった後は、読むのをすっかり忘れてしまっていていました。(汗)
「アヴァロンの霧」を読む前は、結構楽しく読んでたと思うんですけどねー。一旦あれを読んでしまったらダメですね。先日むつぞーさんが、「アヴァロンの霧」の後に読んだら、トマス・マロリーの「アーサー王の死」は、「まるで記事を読んでる感じだった」というようなことを仰ってましたが、まさしくその通りでした。ほんと、あの生き生きとしていた人たちはどこに行っちゃったの?って感じ。それだけ「アヴァロンの霧」が凄かったってことなんでしょうねー、きっと。
ということで、感想としては「良く分かりませんでした」、です(^^;。(晶文社)

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