Catégories:“神話・伝承”

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久々の北欧物です。アイスランド・サガ。
アイスランド・サガとは、アイスランドに広く語り継がれてきた散文の物語のこと。「サガ」とはまさに、「語られたもの」を意味する言葉なのだそうです。キリスト教が広まった12~13世紀頃に同時に文字で書くということも伝わって、それまで口伝で語り継がれてきた物語が古北欧語で書き残されるようになり、そのうちでもある程度の長さをもつ文学作品が「サガ」と呼ばれるようになったのだそう。同じくこの地方の「エッダ」が神話や英雄伝説を集めているのとは対照的に、サガではどうやら基本的に全くの架空の出来事が扱われることはなかったようですね。、歴史的・社会的な出来事を脚色するというケースがほとんどだったみたいです。
そしてこの「スールの子ギースリの物語」のギースリも、10世紀に実在した人物。ノルウェーで騒ぎを起こしてアイスランドに植民し、964年に再び殺人のかどで追放刑に。その後10年以上生き延びて、最後に殺されるまでの物語となっています。...なんて書くと、まるで極悪非道な犯人の逃亡録みたいなんですけど(笑)、全然そんなことありません。そもそも追放刑にされちゃう原因となった殺人は、義兄弟の敵討ちなんですから! 私がこれを読んでいて思い出したのは、「判官贔屓」という言葉でした。ギースリって、なんだかまるで源義経みたいですよぅ。1人の英雄が、なす術もなく運命に弄ばれ滅びていく... そしてその「滅び」に美学があるといった感じ。ヴァイキングといえば血生臭いイメージがあるし、実際この作品の中でも血生臭い争いの場面が多いんですけど、思いがけないほど強い哀切感が漂っているのにはびっくり。
サガも色々読んでみたいのだけど、なかなか本がないんですよね。とにかく絶版が多くて。その中でも特に読みたいのは、谷口幸男さんの「アイスランドサガ」なんですけど、これも絶版だし、市内の図書館にはないし、アマゾンの中古もすごい値段がついているのでなかなか... あ、今「アイスランドサガ 中篇集」なんて本を見つけたんだけど、これはどうなのかな? でもこれも図書館にはないのよねえ...。(三省堂)


旧ブログのゲルマン・北欧神話関連作品の感想はコチラ

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ラング世界童話集が復刊し始めました!
これはヴィクトリア女王時代に、アンドルー・ラングが世界各地の伝承文学からよりすぐりの作品を子供たちに提供しようと編纂した古典童話集。子供の頃に好きだったんです~。最初に日本語訳を出したのは東京創元社で、これがなんと1958年のこと。その後いくつかの出版社から出されたようで、私が持ってるのは偕成社版。全12巻のうち6~7冊持ってて、未だに祖母の家に置いてるんですが、大人になってから「川端康成訳」に気づいてびっくりだったし、そもそもこういう童話集は大好きなのに、なんで子供の頃に全部買ってもらっておかなかったんだろう!と、後から随分後悔したものです。今からでも欲しいな、なんて思ったりもしたんですけど、気がついたらアマゾンの中古で1冊1万円以上の高値がついてたりして、すっかり諦めてたんですよね。そしたら今年東京創元社から復刊されることになって! これから隔月1巻ずつ刊行されるんですって。嬉しい~。
私が持ってるのはソフトカバーで、しかもその上にぺらっとしたカバーも何もない簡易バージョンで、値段も相当安かったみたいなんですけど(笑)、今回復刊された本を見てびっくり。全然違ーう。表紙の色はタイトルに合わせてあるし、本国のオリジナル版についていたというヘンリー・J・フォードによる絵が使われていて、とても素敵です。

そして久々に読んでみて。いやあ、懐かしい。北欧の伝承童話集「太陽の東 月の西」でお馴染みの話が予想以上にいっぱい入っていてびっくりです。あと多かったのは、オーノワ夫人。このオーノワ夫人についてはあまりよく知らないんですけど、17世紀末のフランスの女流作家。オリジナルの童話を創作していたのか、それとも採取していたのかは不明ですが... どちらかといえば、オリジナルっぽい雰囲気かな。
子供の頃は原典なんて気にせず読んでたし、既に知ってる話も当然のように普通に読んでたんですけど、今改めてそういうのを意識しながら読み返してみると、面白いものですね。この童話集の最初の日本版が刊行された時、日本で手にしやすい作品や日本の昔話を除外して、改めて12冊に編み直されたのだそう。この2冊の巻末を見てみるとグリム童話が全部省かれてて、それもまた私には良かったのかも。いや、グリムもいいんですけどね。でもグリムよりも北欧系の方が好きだったし。
隔月1巻ずつの復刊で、来月には「みどりいろ」が刊行されます。楽しみ~。これを機会に全部読もうっと♪(東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

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アラブのとある豊かな首長の家に生まれたのは、待望の男の子・カイス。美しく賢く成長したカイスは、名門の子弟が集まる学舎に送り出され、そこでも優秀な成績を収めます。そんなある日出会ったのは、新しくこの仲間に加わった優しく美しい乙女・ライラでした。ライラとカイスはすぐにお互いのことを愛するようになります。なるべく目立たないように心がける2人。しかし2人のことは次第に噂となり、そんなある日、恋の重荷に耐え切れなくなったカイスの心は崩れ去ってしまうのです。それ以来、カイスは「マジュヌーン(狂気)」と呼ばれることに。

これも昨日の「ホスローとシーリーン」同様、先日読んだ「ペルシアの四つの物語」(感想)に収められていた話。
アラビアを舞台にした悲恋物語。カイスというのは8世紀に実在していた人物なんだそうで、この物語はアラブ各地はもちろんのこと、トルコ、イラン、アフガニスタンなどに伝説や民謡、物語詩などの形で広まったんだそうです。読んでいてあれっと思ったのは、同じニザーミーの作品でも、「ホスローとシーリーン」に比べて美辞麗句が少ないこと。もちろんライラのことは月のように美しいとか書いてるんですけど、勢いが全然違ーう。と思ったら、解説に書かれていました。アーリア系のイラン人が幻想的で繊細な情緒を好むのに対して、セム系のアラブ人は現実的で簡明直裁の理を尊ぶからなのだそう。

それにしても、失恋して気が狂うんならともかく、カイスとライラは両想い。まだ若いから大っぴらにするわけにはいかないにしても、そんな誰に邪魔されたわけでもないんです。カイスは両親の晩年の子で、しかも一人っ子。かなり大切に育てられたみたいだけど、別に甘やかされて弱くなったってわけでもないのに...。この狂気って、ライラと結婚できたら、果たして直っていたのかしら? それとももし結婚して念願のライラを手に入れたら、さらに壊れてしまっていたのかしら? カイスもライラも一生お互いのことを想い続けて、ライラは結婚しても自分の夫に一度も手を触れさせないほど。それほど愛し合っているんだから、既に悲恋とは言えないような気もするのだけど。
...結局のところ、これは12世紀頃からペルシャで文学に影響を及ぼし始めた「神秘主義思想(スーフィズム)」がポイントみたいです。これは粗衣粗食に甘んじて、俗世への念を絶って忘我の境地に到ろうとするもの。気が狂って砂漠に暮らすカイスの姿って、そのまんま神秘主義思想を実践してるようなものなんですもん。でも。ということは。ペルシャではなく、アラブやトルコではどんな話になってるんだろう? ちょっと読み比べてみたくなっちゃいます。(東洋文庫)


+既読のニザーミー作品の感想+
「ペルシアの四つの物語」岡田恵美子編訳
「ホスローとシーリーン」ニザーミー
「ライラとマジュヌーン」ニザーミー

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年ごとに美しく賢く、そして強く育っていく、ホルムズド王の1人息子・ホスロー。ある晩、ホスローは不思議な夢を見ます。その夢で彼は、甘美なことこの上なき美女とシャブディーズ(闇夜)という俊足の黒馬、順正なる王座、そしてバールバドなる楽士を与えられることを約束されていました。お気に入りの側近・シャープールから、アルメニア女王の姪で月をも凌ぐ美しさをもつ乙女・シーリーンのことを聞いたホスローは、いても立ってもいられなくなり、シャープールにその美女を手に入れてくるよう命じることに。

先日「ペルシアの四つの物語」(感想)でも読んだ「ホスローとシーリーン」。あちらは抜粋版だったので、完全版も読んでみました。ペルシャのロマンス叙事詩人・ニザーミーの2作目に当たる作品。この物語のホスローは、6世紀末から7世紀初にかけて実在していたササン朝ペルシャのホスロー2世のことで、物語の前半はかなり史実に基づいているのだそう。この作品でアルメニアの王女とされているシーリーンに関しては、ギリシャの女奴隷であったとか侍女であったとか色んな説があるようですが。
大筋としては、この2人の恋物語。会う前からお互いに気になる存在で、初めて会った時から恋に落ちる2人なので、特に問題はないはずなんですが、シーリーンがホスローに王位についてくれなくちゃイヤと言ったり(その頃ペルシャでは反乱があって、ホスローはしばらく王位を追われていた)、結婚してくれなくちゃ深い関係にはならないわとか色々あって、すったもんだの紆余曲折となってます。ホスローは自国の反乱を収めるためにビザンチン帝国の皇帝の力を借りたものだから、その娘を正妃にしなくちゃいけなくなったり。

で、この作品、とにかく描写が凄いんです。美辞麗句のテンコモリ。たとえば、側近のシャープールが初めてシーリーンの話をした時。彼女が「月をも凌ぐ美しさ」というのはいいんですけど、それに続いて

ヴェールの下に冠をいただき、新月のように夜に映え、黒い瞳は闇の底にある生命の水さながら。なよやかな姿は白銀の棗の木、その木の頂で二人の黒人(下げ髪)が棗を摘んでおります。
この甘き唇の女人ーー棗の実さながらの彼女を思い出すだけで口には甘いつゆが満ちるほど。まばゆく輝く彼女の歯は真珠とも紛うばかり。その鮮かさは真珠貝を遥かに凌駕しますが、この歯をくるみこむ唇は艶やかな紅玉髄の色をしております。
両の捲髪はさながら円を描く輪縄で、それが、人という人の心を惹きつけます。緑なす黒髪は、バラの頬にうちかかり、捲髪から立ち上る芳香に、その水仙の瞳は夢見るように悩ましげ。彼女の眼は魔術師をも邪視をも呪文で封じてしまいましょう。
蜜のように甘い百の言葉を秘めているのか、彼女の唇は、魔術で人々の胸の火をさらに燃え立たせますが、爽やかに微笑むときの唇もまた魅力的で、塩は甘くないのに彼女の塩(魅力)は甘美なのです。

実際に抜き出してしまうと、ここはそれほどでもなかったような気もしてきますが...(汗)
この後も鼻が「銀の小刀」だとか(?)、「林檎を二つに割ったようなまろやかな頬」とか、「林檎の頤」、「レモンのような二重顎」(相当ふくよかなのか?)、「ルビーの唇」だとか、彼女の美しいうなじを見て「羚羊も恥らって首を垂れ、鹿は嘆きの涙で裳裾をぬらすほど」だとか、手を変え品を変え褒めまくり。作者のニザーミーがシーリーンを描く時のモデルとなったのは、彼自身の最初の妻だったそうで... きっと熱愛しすぎていて、いくら褒めても褒めたりなかったんですね。(笑)
しかもこの作品の訳は散文訳なんですけど、さすが元は叙事詩と思わせる言葉遊びも盛ん。引用した最後の部分も「爽やかに微笑むときの唇もまた魅力的(ナマック)で、塩(ナマック)は甘く(シーリーン)ないのに彼女の塩(ナマック)は甘美(シーリーン)なのです」といった具合。

話としては紆余曲折の末のハッピーエンドということで、特になんてことはないんですけど、そういった細部が面白いし、紆余曲折の過程で盛大な口喧嘩があったり(シーリーンの舌鋒は相当鋭いです)、ホスローの若い頃の行いが因果応報的に返ってきちゃったり、楽しめるポイントは色々ありました。一度結婚してしまえば、それまでの喧嘩は嘘みたいに、シーリーンはホスローの良き妻・良き理解者となっちゃうんですけどね。(東洋文庫)


+既読のニザーミー作品の感想+
「ペルシアの四つの物語」岡田恵美子編訳
「ホスローとシーリーン」ニザーミー
「ライラとマジュヌーン」ニザーミー

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イラン人なら誰でもその一節を暗誦することができる、と言われているほどイランの人々に愛されているという、11世紀の詩人・フェルドウスィーによるペルシャ英雄叙事詩「王書」から英雄サームの子・ザールの物語、そして12世紀の詩人・ニザーミーによる「ホスローとシーリーン」「ライラとマジュヌーン」「七王妃物語」といった作品が、美しいミニアチュールと共に紹介されている本です。

去年、日常&読んだ本log のつなさんに教えて頂いた本です。(記事) 去年はギリシャ物やケルト物を中心に読もうと思っていて、まだペルシャ物に関しては暴走しないように自粛気味だったんですが、今年はこの辺りの本も積極的に読む予定~♪ 「王書」だけは、既に岩波文庫で読んでるんですけどね。(感想

「王書」は、10世紀中頃にイラン北東部の地主の家に生まれたフェルドウスィーが、それまでに残されていたイラン王朝の歴史や伝説、神話を集めてイラン民族の書を著わそうとしたもの。ニザーミーによる3作品は、12世紀にイラン北東部の寒村で生まれたニザーミーが、「王書」よりももっと艶麗なロマンスを求める人々に応じて「ガンジャの錦」とも呼ばれる作品群を作り上げたもの。彼らの物語の本には挿絵がつけられて、有名な箇所は絵看板や壁画にまで描かれて、人々に愛されたのだそうです。とは言っても、本来なら偶像崇拝を禁じるイスラムの世界。植物主体の装飾文様しか認められてないし、発展する余地もなかったはずなんですよね。先日読んだ新藤悦子さんの「青いチューリップ」には、トルコよりもペルシャの方がその辺りに寛容だったように書かれていたんですが、それでもやっぱりあんまり大っぴらにってわけにはいかなかったはず。公の場以外のところでは結構盛んに描かれたようですが、全能の神を冒涜することのないよう、あらゆるものに遠近法を廃して、陰影をつけないように描かれたんだそうです。ええと、陰影がなければいいという理論は、私にはイマイチ分からないんですが...(笑) どこか中国の絵を思わせるような平板な絵ながらも(実際、こういったミニアチュールは中国からトルコに伝えられた画法から発展したようです)、緻密に描きこまれた絵はとても装飾的で美しい!
物語はどれも重要な部分だけが取り上げられて、かなり簡単なものとなっているので、ちょっと物足りない面もあるんですが、これからペルシャの雰囲気を味わってみたいという人にぴったりかと♪
さて、今度はそれぞれの作品の東洋文庫から出てる版を借りてこようっと。(平凡社)


+既読の関連作品の感想+
「王書 古代ペルシャの神話・伝説 」フェルドウスィー
「ペルシアの四つの物語」岡田恵美子編訳
「ホスローとシーリーン」ニザーミー
「ライラとマジュヌーン」ニザーミー

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