Catégories:“神話・伝承”

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ある日怪物のように大きな海豹に出くわした漁師は、重い銛を首のすぐ下に打ち込みます。しかし海豹は血走った目で漁師を禍々しく睨んだかと思うと、海に飛び込んで姿を消してしまったのです... という「漁師とドラウグ」他、全11編が収められた短編集。

先日ノルウェー民話の「太陽の東 月の西」を読んだ時に、日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。(私の感想と、つなさんのこの本の記事はコチラ) ノルウェーといえば、それこそ「太陽の東 月の西」の編者アスビョルンセンぐらいしか知らなかったんですけど、ヨナス・リーはノルウェーの国民的作家なのだそう。海と漁師の現実の生活を描いたものや、民間伝承を元にした作品を多く書いているそうで、この本は後者の方ですね。ただ、民間伝承を元にしているとは言っても、ヨナス・リー自身の筆がかなり入っているようです。まさに民話といった素朴さが魅力の「太陽の東 月の西」に比べると、つなさんも書いてらっしゃいましたけど、こちらは物語としてかなり洗練されてる感じがしました。
ノルウェーの民話といえばトロルがいるんですけど、この作品に登場するのはドラウグという海の魔物。私は初耳だったんですが、これもノルウェーならではの存在なんだとか。姿は様々で、ある時は「漁師とドラウグ」で登場したように海豹そっくりの顔で、口が耳まで裂けていたり、別の時は船乗りの服を着ているのに頭がなくて、その代わりに海草の塊を載せていたり。頭がないせいか、帽子を深く被っていることも多いみたいです。なんとも気持ちの悪い存在のようですね... そして、姿は変わっても、「海でドラウグに出会った者は近いうちに溺れて死ぬ」というのが共通点。こういうのは、やっぱり北の海にこそ相応しい気がします。南の海にいたとしても怖いと思いますけどねー。雰囲気がまた全然違ってきちゃう。

幻想的だったり怪奇的だったりと、どの物語も北欧の雰囲気がたっぷりでそれぞれに面白かったですが、11編の中で特に気に入ったのは、ラップ人の少女といつも一緒にいた少年の物語、「ラップ人の血」。ラップ人の少女の家族は不思議な物語を沢山知っていて、少年は両親に禁じられてたにも関わらず、そこの家にいつも遊びに行くんですね。そうか、ラップ人って差別されていたのか... なんてところに無知な私なんですが、確かにラップ人といえば精霊信仰だし、キリスト教とは相容れないでしょうね。遊牧民族だから、尚更なかなか布教されないでしょうし。でも、キリスト教と異教が緩やかに混ざり合っている感覚もとても面白かったし、海の中の情景がとても美しかったです。(国書刊行会)

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ブルターニュに伝わるケルトの民話集。呪われた男・呪われた女、ドルメンとメンヒル、死者の国、海のものがたり、魔法と冒険という5つのジャンル別に民話を収録、全17編。

こちらにもイスの町伝説が載ってたので、借りてきました。昨日に引き続きのブルターニュのケルト物。でも、これまでアイルランドやスコットランドのケルト物ばかり読んでたので、同じケルトとは言ってもブルターニュともなると随分雰囲気が違うなあってびっくりしてます。登場する妖精も全然違うし、話のパターンもなんか違う。キリスト教とドルイド教が渾然一体になっている印象は共通してるんですが、全体的にあんまりケルトの雰囲気はしなかったですね。グリム童話の中に入っていてもおかしくないような話もあったし。私としては、いかにもアイルランドやスコットランドのケルトの雰囲気が感じられる素朴な話の方が好きだなあ。
17編の中では、やっぱりイスの町の物語が面白かったです。この本には、イスを沈めることにしたダユーが婚約者に鍵を渡す話と、クリスマスの晩に海岸を歩いていた漁師が海に落ちて、海底のイスの町に行ってしまう話の2編が入っていました。イス... 行ってみたいような行きたくないような。一度行ってしまったら、もう帰れないかも。
あと、青髭の話もありました。「コモール」という作品に登場するコルヌアイユのコモール伯爵が、ジル・ド・レーと並んで「青髭」のモデルとされているのだとか。奥さんが次々に亡くなって(というか殺して)、5人目に求婚する話ですが、決して見てはいけない部屋なんていうのはなかったです。(笑)(現代教養文庫)

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今は亡き王妃・マルグヴェンの忘れ形見である王女ダユを溺愛するコルヌアイユの王・グラドロンは、ダユの望むまま、海のそばに美しい都を作り上げます。ダユはそこで享楽的な生活を送ることに。

5世紀に海没したと言われるイスの町の伝説。コルアヌイユは、フランスのブルターニュ地方にあります。ブルターニュという土地は、元々ケルト色の濃い場所なんですよね。「ブルターニュ」という名前も、アングロ・サクソン人に追われてブリテン島から逃げて来たケルト人がブルトン人と呼ばれたことからきているし。そういえば「トリスタンとイゾルデ」で、イゾルデの出身地がコルアヌイユになってるんですけど、同じ場所ということでいいのかしら? ...この作品は、シャルル・ギヨが各地に残る断片的な伝説を拾い上げ、キリスト教の聖者伝やギヨ自身の創作を交えて物語として作り上げたものだそうです。イス(YsまたはIs)というのは、「低い町」の意味。湾を埋め立てて海面より低い場所に作られていたためについた名前。フランスの首都・パリの名前の語源とも言われています。「Par Is」とは、「イスに匹敵する」という意味で、伝説の都・イスのようになりたいという願いが込められた名前。いつかパリが滅びた時にイスはもう一度海の底から蘇り、フランスの首都として君臨すると言われているのだそうです。

一見、とてもキリスト教的な物語。マルグヴェン王妃を失って一度は自暴自棄になっていたグラドロン王は、キリスト教徒になることによって立ち直るんですが、娘のダユがそれに反抗します。聖者たちにとってダユは淫婦でしかないし、イスの町は丁度ソドムとゴモラみたいな存在なんでしょうね。結局、ダユは悪魔によって身を滅ぼすことに...。でもそれはキリスト教側からの一方的な言い分。ダユの母親のマルグヴェン王妃は、王との出会い方から考えると、おそらく妖精です。なので娘のダユも妖精の血を引いていることになります。だからこそ、ダユはキリスト教化された王都に我慢できないし、イスの町にも教会を作ろうとしないんです。それどころかイスの町のことで、「古い宗教の女祭司」たちに助けを求めています。イスの町は人間の目には見えない妖精(コリガン)たちによって手入れされていますし。
ダユという名前はケルト語では「良き魔女」という意味だとありました。となると、元々この伝説には違う意味があったということなのでは? この作品はキリスト教が異教を排除したという象徴的な物語になってるんですけど、もしこの伝説の中にキリスト教的要素が全く入っていなかったら、一体どんな感じだったんでしょうね?

海底に沈んだイスの町は、ケルトの他界になってしまったようです。晴れた日は海底に沈んでいる尖塔が見えるとか、波の静かな日は教会の鐘の音が聞こえるとか... 思いがけなくイスの町に行ってしまったというエピソードも色々あるようですね。その共通点は、訪れた人間が1つの行為を行わなかったせいでイスの町は蘇ることができなかった、というもの。もし店で買い物をしていれば、ミサの答唱に応えていたら、イスは蘇ることができたのに。...でもイスが蘇ったら、パリはどうなるんだろう...?(鉱脈社)

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ケルト物3冊。「ケルト妖精民話集」は、J.ジェイコブズの「Celtic Fairy Tales」「More Celtic Fairy Tales」から16編の妖精物語を選んで収録したもの。「ケルト幻想民話集」は、同じくJ.ジェイコブズの2冊からのフィン・マックールやクーフーリンなどの英雄伝説と、P.W.ジョイスのダーマットとグラーニアの物語。「ケルト魔法民話集」は、P.W.ジョイスによるルーグやフィン・マックールの物語3編と、J.F.キャンベルの「ケルト海竜物語」。

英雄物語や神話的な物語は知ってるものが多かったんですが、妖精物語は比較的初めてのが多くて新鮮でした。「白雪姫」と「シンデレラ」の別バージョンもありましたよ。ケルトの「白雪姫」は、「金の木と銀の木」。「金の木」が王女の名前で、「銀の木」はお后さまの名前です。この物語で怖いのは、白雪姫のように継母が美しい継娘に嫉妬するのではなく、お后さまが実の娘を嫉妬して殺そうとするというところ。しかも王様、実の娘の心臓と肝臓を食べたがるお后さまを止めようとはしないんですかーっ。母親には山羊の心臓と肝臓を食べさせておいて、娘の方は丁度求婚しに来ていた外国の王子に嫁がせて外国にやってしまえばそれでオッケーだなんて、なんて安易な男なんだっ。(驚)
そしてケルトの「シンデレラ」は「フェア、ブラウン、トレンブリング」。これは3人の娘の名前で、トレンブリングがシンデレラ。妖精のおばあさんにあたる鶏飼い女(スコットランドでは、鶏を世話する女には魔力があるとされていたらしいです)にどんなドレスがいいか聞かれたトレンブリングの答は、最初は「雪のように白いドレスに緑の靴」、次は「とびきり上等の黒繻子のドレスに赤い靴」、最後は「腰から下はバラの赤、腰から上は雪の白、肩には緑のケープ、頭には赤、白、緑の羽つき帽子、靴は爪先が赤、中程は白、裏とかかとは緑」。...な、なんかものすごい趣味なんですけど... しかも随分と自己主張のはっきりしたシンデレラですねー。でもそれだけしっかりしてるトレンブリングも、無事結婚したら油断したのか、お姉さんが原因でエラい目に遭うんですけどね。

私は3冊とも現代教養文庫版で読んだんですが、既に絶版。最初の2冊は文元社というところからハードカバーが出ていたので、画像のはそこのを使ってみました... が、ハードカバー、高い! もう少し調べてみると、同じジョーゼフ・ジェイコブズで「ケルト妖精物語」という本が2冊出てるんですよね。これはおそらく原本が一緒なのではないかと...。ゲール語からの完訳だそうなので、今から読もうと思われる方は、こっちを読まれた方がいいのかもしれません。表紙もこっちの方が綺麗ですしね。訳者さんは違いますが。(現代教養文庫)

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アウヘンスキオフ城に住むキャサリンと村に住むケイトは、幼い頃から大の仲良し。なかなか自由には会えないものの、少しでも機会をみつけては一緒に過ごしていました。キャサリンが12歳になる頃、乳母のゲルダが結婚して外国に行くことになり、キャサリンの父は新しい乳母を探す代わりに、ケイトの母親のグリゼル・マックスウェル夫人と再婚。キャサリンとケイトは姉妹となることに。しかしグリゼルは魔女だったのです。野育ちのケイトが、美しく気立ての良い継子キャサリンに負けているのを見たグリゼルは、夫の留守の間にじわじわとキャサリンを追い詰め始めます。

スコットランドのギャロウェイ地方に伝わるケイト・クラッカーナッツの伝承がメインモチーフになっているんですが、ブリッグズがその背景として選んだのは17世紀半ばのスコットランド。1649年のチャールズ一世の処刑とそれに続く内戦という激動の時代を舞台にしています。読んでいると、まるで歴史小説みたい。でもそんなところに妖精や魔女が登場しても、全然違和感がないんですよね。逆に、そういう存在が本当にスコットランドやイングランドの日常に根ざした存在だったんだなあと感じられるほどです。
継母が実は魔女だったというのは、「シンデレラ」を始めとするおとぎ話によくあるパターンなんですが、先妻と後妻の娘同士が実の姉妹のように仲良くなるという展開はちょっと見ないですね。ケイトは、キャサリンを母親の悪意から守ろうとしながらも、母親に愛情を示されるとやっぱり嬉しくなるし、魔女を忌まわしく感じながらも、同時に強く惹かれるものも感じているし、キャサリンのためには魔女が死んで嬉しいけど、母親を失うのはやっぱり悲しいんですよね。でもそんな板ばさみの状況もしっかり受けとめていて、基本的に守られるだけのキャサリンよりもずっと魅力的でした。この2人、どちらも「ケイト」ですけど、「ケイト・クラッカーナッツ」と呼ばれるのは、キャサリンではなくてケイトの方。やっぱり彼女が主人公なんですね。(岩波書店)


+既読のキャサリン・ブリッグズ作品の感想+
「妖精 Who's Who」キャサリン・ブリッグズ
「魔女とふたりのケイト」K.M.ブリッグズ

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魔法の力を授かったフィンカイラの若者たちは、7つの魔法の基礎を学び終えると、力呼びの儀式のために魔法の楽器作りに取り掛かる慣わし。14歳になったマーリンもサルテリーという小さな竪琴を作ります。儀式が成功ならサルテリーはひとりでに鳴り出し、魔法の力を呼び起こすはず。しかし儀式が上手くいくかと思われたちょうどその時、弦が一斉に切れてサルテリーは空中で燃えてしまったのです。そこに現れたのは、ドワーフ族の女王であり魔術師でもあるウルナルダ。はるか北の失われし地ロストランドで伝説の皇帝竜・バルディアグが目覚めようとしており、マーリン以外にバルディアグを倒せるものはいないというのです。

ということで、3巻から5巻まで一気に読みました。3巻ではまだ作者が無理矢理波風を立ててるように感じてしまったし、読んでいて歯がゆくなってしまうほど未熟なマーリンにうんざりしてたんですが、4巻になっていきなり面白くなりました。物語の展開としてもとても自然になったと思います。作者がマーリンの頭を押さえつけておく必要もそろそろなくなった? しかも、マーリンの将来と直接的に繋がる部分があったのも面白かった。なんだかT.H.ホワイトの「永遠の王」(感想)みたい!と思う場面もありました。5巻は4巻ほどではなかったけど、まずまず、かな。
ただ、本国ではこの続編として、「アバロン」シリーズも刊行されているところなんだそうですが、それが訳されても、読むかどうかは...。今回の主人公はマーリンではないようなんですけどね。書いてる人は同じだからなー。(主婦の友社)


+シリーズ既刊の感想+
「マーリン」1・2 T.A.バロン
「マーリン」3~5 T.A.バロン

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アーサー王伝説で有名な魔法使い・マーリンの少年時代の物語。作者のT.A.バロンは、アメリカ生まれのアメリカ育ちながらもオックスフォード大学に留学し、ケルトの伝説やアーサー王文学に惹きつけられたのだそう。そしてどの伝説にも書かれていないマーリンの少年時代、魔法使いになるまでの物語を書いたのだそうです。
第1巻は記憶を失った少年・エムリス(マーリン)が幻の島・フィンカイラに辿り着いて、悪神・リタガウルに操られるスタングマー王を倒す物語、第2巻は荒れ果てたフィンカイラの大地を蘇らせる役目を担ったエムリスがその役目を途中で放り出した結果、母親がリタガウルの策略にひっかかってしまい、母親を助けるために7つの歌の極意を探る旅に出る物語。

アーサー王伝説をモチーフにしてるとくれば、しかも主人公がマーリンとくれば、読まずにはいられないんですけど... うーん、これはどうなんでしょう。アーサー王伝説に繋がる世界を作り上げようと色々頑張ってるのは分かるんだけど、どれもこれも小ワザに見えてしまうー。いくらギリシャ神話やケルトの伝承を持ち出してきても、それだけではアーサー王伝説の重厚さは描けないと思うんですよねえ。そしてそれ以上に、主人公に感情移入できないのがツラいところ。もうほんと、鼻持ちならない少年なんです。しかも作者が物語に波風を立てるために、マーリンをなかなか成長させないでおこうとしているように感じられてしまったのが...。主人公が失敗を通して成長していくのはいいんですけど、そこに説得力を出すかどうかは、作者の腕の見せ所のはず。それに、2巻の7つの歌の極意を知る旅という展開は、すごく面白いものになりそうだったのに、それぞれの極意があっさりと分かってしまったのが残念。この辺りがもう少しじっくりと書き込んであれば良かったのに。きっと7つというのが多すぎたんでしょうね。それなら5つとか3つでは? ケルト的には、どっちの数字でも良かったでしょうに。
これがどんな風にアーサー王伝説に繋がっていくのか見届けたいので、こうなったら全5巻読むつもりですが、次こそちょっとは成長しておいてよ、マーリン!と言いたい気分です。(主婦の友社)

これを読んでいたら、無性にロイド・アリグザンダーのプリデイン物語シリーズが読みたくなってきました。プリデイン物語シリーズ、子供の頃に好きだったんですよね。子供心にも深みが少し足りないような気はしたんですが(笑)、マビノギオン(感想)がベースになってるそうなので、今読んだらその頃とはまた違う意味でも色々と面白いのではないかと。私にとっては、初ケルトの作品だったのではないかと思います。


+シリーズ既刊の感想+
「マーリン」1・2 T.A.バロン
「マーリン」3~5 T.A.バロン

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