Catégories:“神話・伝承”

Catégories: / /

 [amazon] [amazon] [amazon]
1194年春。ハンティントン城では、十字軍遠征から無事生還したハンティントン伯爵の嫡男・ロバートの帰還を祝う会が開かれていました。レイヴンスキープのサー・ヒュー・フィッツウォーターの娘・マリアンもまた、祝賀会に出席した 1人。マリアンの父は1年前に十字軍で戦死しており、ロバートに父の最期ことを聞けるのではないかと考えていたのです。しかしロバートがマリアンに伝えたのは、ノッティンガムの代官と結婚せよという父の言葉で...。

「シャーウッドの森の物語」全3巻。ロビン・フッド物です。
ここでのロビン・フッドは伯爵の嫡男ロバート、マリアンは騎士の娘。そしてロバートは、他の話にあるような明るくて快活な若者ではなくて、十字軍の遠征によって様々なものを失い、傷つき、悪夢や幻影に悩まされてる内省的な若者。英雄としてもてはやされても、そんな周囲を冷めた目で見ちゃってます。なので普通のロビン・フッド物とは全然雰囲気が違いました。痛快な冒険も全然ないまま、淡々と...。話が進むに連れてお馴染みの面々も登場するし、リトル・ジョンとの一騎打ちなんかもちゃんとあるんですけどね。同じように戦っても、雰囲気が全然違ーう。タックなんて、イメージ通りだったのは大食らいという部分ぐらいで、それで本人は真剣に悩んでたりするし、もうほんと悩んでばっかり! 訳者解説にロビンがハムレットみたいだってあったんですけど、この悩みっぷりを見てるとタックの方がハムレットに相応しいかも。(笑) そしてこの作品、主役はマリアンなんです。そのせいか、まるでマリオン・ジマー・ブラッドリーの作品のようにフェミニズム色の濃い作品になってました。この時代の女性の義務や立場、結婚・貞操について繰り返し繰り返し書かれ... うーん。
面白かったのは、当時の風俗についてかなり詳しく描かれていること、かな。ハンティントンの城やレイヴンスキープのマリアンの屋敷、そしてノッティンガムの祭りの賑わいや森の中などが、とても生き生きと描かれていて、それは楽しかったです。
と、そんな感じなので、従来のロビン・フッド物を期待して読むと、がっかりしちゃうかもしれません。ま、これも1つの解釈として面白かったんですけどね。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ニムエという乙女にぞっこん惚れ込んでしまい、自分の知っている全てのことをニムエに教えたマーリン。しかしそれが仇となり、マーリンはニムエに荒野の岩の中に閉じ込められてしまうことに... というのは、トーマス・マロリー「アーサー王の死」に伝えられるエピソード。ここに描かれているのは、岩の中に入ったのは実はマーリンの自発的な意志で、しかもマーリンはそこで長い眠りについているだけ、という物語。時々目を覚まし、自分の生涯のことを追想し、またしても夢の世界に漂っていきます。

マーリンのみる9つの夢の物語。副題が「アーサー王伝説物語」なんですが、実際にはほとんどアーサー王伝説には関係なかったです。冒頭のマーリンとニムエのエピソードぐらいで、アーサー王の名前も騎士たちの名前も全然でした。それでも中世の騎士たちの時代を彷彿とさせる雰囲気はたっぷり。1つ1つの物語はごく短くて、いかにも夢らしく断片的なんですが、同時にとても幻想的なんですよね。特に最初の「さまよえる騎士」で活躍するサー・トレマリンなんて、見た目も冴えない中年の酒飲みの騎士。全然勇ましくないし、時には騎士とは言えないような作戦で敵に勝とうとするし、「高潔」という言葉からは程遠いところにいるんです。話も設定こそファンタジーっぽいんですけど、どちらかといえばミステリ系で、最後にびっくり。なのに、この中にあるだけで、1枚紗がかかったような感じになるんですよね。どこか特別な空気に包まれているような...。
9編の中で私が特に気に入ったのは、「乙女」と「王さま」。「乙女」での犬の描写はあまりにリアルで、それだけでも別世界にさまよい込んだような錯覚があったし、「王さま」に登場する緑のマントの男がとても不思議で魅力的。そしてそんな物語に、アラン・リーの挿画がふんだんに使われていて、とても美しい一冊となっています。(原書房)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

  [amazon] [amazon]
ヘンリー二世が治めていた頃のイングランド。シャーウッドの緑の森の中に、ロビン・フッドという名高いお尋ね者とその仲間たちが住んでいました。ロビンがお尋ね者になったのは、18歳の若者だった頃。ノッチンガムの郡長が催す弓試合に参加しようと歩いていたロビンは、森役人にからかわれて怒り、王様の鹿だけでなく森役人の1人も射殺してしまったのです。それ以来、シャーウッドの森の奥深くに隠れ住む生活。しかしロビンの周囲には同じようなお尋ね者たちが集まって緑の森を駆け回り、弓試合や棒試合をしながら、森の鹿を食べ、自分たちで作ったビールを飲んで毎日を楽しく暮らしていたのです

子供の頃から大好きだった本。まず陽気で明るくて弓が上手なロビン・フッドがかっこいいんですよね。それに物語が進むにつれてどんどん仲間が増えていく様子も楽しい! しょっちゅう誰かと勝負してるんですけど、相手の強さに惚れ込んで仲間に勧誘しちゃうんです。ロビンも相当強いけど、完全に無敵になっちゃうほど強いわけじゃないのが、また人間らしくていいのかも。時々負けて苦笑いしてますしね。そしてロビンの仲間も、個性派揃い。大男なのに「小人」のジョーンや酒飲みのタック坊主、すばしっこいウィル・スタトレイや、気取り屋のようでいて実は強い赤服のウィル、素敵な歌を奏でる吟遊詩人のアラン・ア・デールなどなど。でも、この本を読むまですっかり忘れてたんですけど、この本の終盤でロビンはリチャード一世とすっかり親しくなって、ハンチングトン侯なんかになっちゃってたんでした... そういえばそうでした。それでリチャード一世と十字軍に遠征するんですよね。でもその部分は駆け足でささっと語られてるので、2度目以降に読む時は、読んでる私もすっかり駆け足になってたかも。愉しいままで終わらせてくれる本ってなかなかないのよねえ、なんて思いながら。

そして子供の頃読んでた時は知らなかったんですが、この本の挿絵は作者のハワード・パイル自身が描いたものなのだそうです。子供の好みかどうかはともかく、どれも雰囲気たっぷりでなかなか素敵なんですよー。表紙の絵もそうです。挿絵の中で一番好きなのは、ロビンが肉屋になった場面。相手の娘さんがとても嬉しそうで微笑ましい♪ でもこのパイルはアメリカ人で、実はイギリスを訪れたことがないと知ってびっくり。日本でロビン・フッドと言えば、まずこの作品が出てくるんじゃないかと思うんですけど、それを書いたのがイギリスに行ったことのないアメリカ人だったとは。そしてハワード・パイルにはアーサー王物の4部作もあるそうなんです。でも日本語には訳されてないらしくって、とっても残念。読んでみたいなー。(岩波少年文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
世界中で愛されているイギリスの伝説上の義賊・ロビン・フッド。そのロビン・フッドがまず現れたのは、イギリス中世のバラッドでのこと。その後、ルネサンス演劇に登場し、近代のバラッドに歌われ、音楽劇やパントマイムとなり、詩や小説に描かれ、児童文学となり、何度も映画化されています。最初はヨーマン(自作農)出身のアウトローとして描かれていたロビン・フッドが、16世紀後半には「ハンティンドン伯爵」の仮の姿とされるなど、徐々にその姿を変容させていくことに注目し、様々な媒体の中に登場するロビン・フッドの姿を追っていく本です。

私が最初に読んだロビン・フッド物は、ハワード・パイルの「ロビン・フッドのゆかいな冒険」。これにはマリアンは登場しないので、マリアンが初めて登場したのはルネサンス以降だと聞いても、「へー、そうだったのか」程度。こういう作品で、時代が進むに連れてだんだんメンバーが豪華になっていくのはよくある話ですものね。でも、最初は庶民中の庶民として描かれていたロビン・フッドが、いつしか「実は伯爵だった」みたいな描かれ方をするようになったというのは、正直あまり嬉しくないかも...。ロビン・フッドは、やっぱり陽気で楽しくて、誰にも負けないぐらい強くって(時々負けるけど)ってところがいいんです。上品な貴族になっちゃったロビン・フッドなんて見たくなーい。
とまあ、知らなくても良かった部分を知ってしまったこともあり、えーと、私はロビン・フッドの何を知りたいと思ってたんだっけ。と、読後ちょっと考え込んでしまいました... 全体的な掘り下げ方も物足りなかったし、私としては読む必要がない本だったかも。とはいえ、ロビン・フッド関連の作品がものすごく沢山紹介されているので、その面ではとっても参考になりました。(岩波新書)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / /

  [amazon] [amazon]
12世紀末、獅子心王・リチャード一世がオーストリアに幽閉されていた頃。イギリスではアシュビーで当代一流の戦士たちが技を競う武術試合が開催されます。2日間通して優勝者として選ばれたのは、名前を名乗ろうとせず、素顔も見せないまま参加していた「勘当の騎士」。そしてその勘当の騎士から無理矢理兜が取られた時、そこに現れたのは、父親から勘当されて十字軍の兵士として出征していたはずのアイヴァンホーだったのです。

イギリスロマン主義の作家・ウォルター・スコットの代表作。
ブルフィンチ「中世騎士物語」(感想)でロビン・フッドが登場すると知って以来、読みたかった本。いやー、面白かったです。ロビン・フッドもかなり沢山登場するし~。タック坊主も。2人とも、終盤までずっと名前が明かされないままなんですけどね。でも名前は出てこなくても、鮮緑色(リンカーン・グリーン)の上衣を着て、といういう時点で、イギリスの読者なら誰でもその正体に気づくそうです。
ただ、題名こそ「アイヴァンホー」なんですが、アイヴァンホーはあんまり主人公という感じがしませんでした。アイヴァンホーとロウイーナ姫とのロマンスというのもあるんですけど、この2人がお互いのことを好き合ってるというのが既成の事実としてあるだけ。アイヴァンホー自身はともかく、ロウイーナ姫は単に絶世の美女っていうだけの描かれ方だし...。むしろ当時のノルマン人とサクソン人の反目を背景に、黒衣の騎士(獅子心王リチャード)とロクスリー(ロビン・フッド)一味の活躍を描いた冒険活劇と言った方が相応しいかも。でも主人公は誰かと考えると、どうもこの2人でもないんです。私がこれこそ主人公じゃないかと思ったのは、ユダヤ人のレベッカ。
レベッカの父親は金貸しで、その造形は文学上で描かれるような典型的なユダヤ人。丁度シェイクスピアの「ヴェニスの商人」のシャイロックのような... もしくはディケンズの「クリスマス・キャロル」のスクルージでしょうか。差別のされ方も、そういった作品と同じような感じ。まあ、この造形だと、それもまたいたしかたないかなって感じなんですが... それよりも差別の根深さを思い知らされたのは、純粋可憐なレベッカの場面でのことでした。アイヴァンホー自身、命の恩人のレベッカがユダヤ人だと分かった途端、顔色を変えちゃうんですもん。それまではレベッカのことを天使かと思っていたほどだったのに。これでレベッカが若くもなく、美女でもなかったら、どうなっちゃってたのかしら? なんて思ったりもしたんですが、そんなこともあるせいか、いくつもの場面で聡明なレベッカの凛とした気高さが一層際立っていました。

ただ、この作品の訳って、ものすごーく時代物調なんです。「武士(さむらい)」「上人さま」「拙者」「~し申す」などな、どうしても最後まで馴染めず仕舞い。せっかく面白い作品なのに、この訳のせいで、楽しさ2割減だったかも。これはぜひとも新訳を出して欲しいな。そうそう、こういう時こそ光文社の古典新訳文庫とか!(岩波文庫)


+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

+既読のウォルター・スコット関連作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / / / /

 [amazon]
3世紀頃にスコットランド北部のモールヴェンにいたというフィンガル王(フィン王・フィン・マックール)の誉れと、その一族の者たちの物語。スコットランド高地に住むゲールと呼ばれるケルト民族の間で語り継がれてきた古歌を集めたものです。オシァンといえば、妖精の女王・ニアヴが常若の国ティル・ナ・ノグへ連れ去ってしまうという浦島太郎的物語もあるんですが、こちらは妖精とか魔法とか超常的要素は全然ありません。

もう本当にものすごく美しいです。1760年にマクファーソンによって英訳本が発表されるや、たちまち大人気となり、ナポレオンにも愛読されたというのも納得。でも美しいと同時に哀しくもあります。これらの歌が語られたのは一族の者たちが次々に倒されて、オシァンが1人最後に残された後のこと。高齢で、しかも失明しているらしいオシァンが、亡くなった息子・オスカルの許婚で立琴の名手だったマルヴィーナ相手に、もう一度歌心を呼び戻して欲しいと一族の戦士たちの物語を聞かせているという形。歌が進むごとに、最初は若者だったフィンガル王も年を重ねて壮年の勇者になり、最後は白髪の老人へと...。それでも立派に戦ってるんですけどね。読んでいると、気高く雄々しい勇士たちの戦う姿とそれを見守る美しい乙女たち、戦いを終えての饗宴とその席で竪琴を奏で歌う歌人たち、そんな情景が見えてくるようです。

ええと、歌人たちは何かといえばすぐに歌うんですが、それは倒れた勇士の霊は歌人に頌歌を歌ってもらわなければ「雲の宮居」へ行かれないから。で、この「雲の宮居」というのはオーディンがいるところ、と作中にあります。それってもしや、北欧神話のヴァルハラのことですか? この作品の中心となっているフィンガル王はスコットランドの一部族の王だし、確かにケルト。北欧神話がこんな風に入り込んできてるとは知らなかったので、ちょっとびっくり。フィンガル王の軍はスカンディナヴィアの人々と結構頻繁に戦ってるし、しかも途中でオーディンの幻影が現れたりするので、どうも敵というイメージが強いんですけど... つまり死神ってことなのかな? いずれにせよ不思議だなあ。(岩波文庫)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

 [amazon]
ポントコートの祝日にアーサー王が催していた宴の席で、騎士・キャログルナンが語ったのは、7年ほど前に冒険を探す旅に出た時のこと。旅の途中、不思議な泉の話を聞いたキャログルナンは、早速そこに向かいます。その泉の水は、大理石よりも冷たいのに煮え立っており、そこにある純金の盥で泉のそばの大きな石に水をかけると、たちまちひどい嵐が起こるというのです。そして話に聞いた以上の凄まじい嵐が起きた後、そこに現れたのは1人の騎士。キャログルナンは泉を守るその騎士と戦い、そして敗れることに。その話を聞いたキャログルナンの従弟の騎士・イヴァンは、翌朝早速その泉を目指すのですが...。

12世紀後半にフランスの詩人・クレティアン・ド・トロワによって書かれたという「獅子の騎士」の初の訳出、そしてその分析と解説をしたという本。
内容的には、以前読んだ「マビノギオン」(感想)の中のエピソードの1つとそっくりで、びっくりしました。中野節子訳「マビノギオン」では「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」、井辻朱美訳「シャーロットゲスト版 マビノギオン」では「泉の貴婦人」ですね。登場人物の名前は違うんですけど、本筋はあまりに似てるので、クレティアン・ド・トロワがマビノギオンのエピソードを書き直したのかと思ったほど。でもマビノギオンは、14世紀半ばに書き残されたルゼルフの白本とそれより後のヘルゲストの赤本が元になってるし、そもそも作られたのは早くても13世紀らしいんですよね。なのにクレティアン・ド・トロワがこの作品を書き上げたのは、12世紀後半のこと。どうやら直接的な相関関係はなさそうです。もちろん口承文学だし、根っこの部分は同じなんでしょうけどね。でもケルト色のとても強い「マビノギオン」に比べて、クレティアン・ド・トロワの作品は、ケルト色は濃いながらも、それ以上に「宮廷愛」の色の濃いものになっていました。さすがフランス宮廷のために書かれただけあって洗練されてますね。そして読んでいて面白いのは、この「獅子の騎士」の物語と平行して「荷車の騎士ランスロ」の出来事が起きているのが作中で分かること。いくつかの物語の存在が重なって、その世界が重層化していくなんて手法が、この時代の詩人によって使われていたというのがびっくりです。「荷車の騎士ランスロ」も読みたいなあ。(平凡社)

| | commentaire(2) | trackback(0)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.