Catégories:“神話・伝承”

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山のような荷物を背負った行商人がやって来たのは、スキュロス島の王城の中にある女たちの館。スキュロス島はかなりの僻地にあり、王女たちは自分たちが都の流行に遅れているのを気にしていたため、行商人が広げ始めた荷物を歓声をあげて取り囲みます。王女たちが夢中になったのは、見事な衣装や宝石。しかし1人だけ、そういった服飾品には目もくれず、剣を掴んで振るい始めた姫がいました。それは少し前から館に滞在していた王女たちの従妹。その姫を見た行商人は、その姫に向かってアキレウスと呼びかけます。その行商人は、実はイタケの王・オデュッセウス。トロイア戦争に勝つためにはアキレウスの存在が必要不可欠なため、探しに来たのです。しかしアキレウスは、この戦いに参加すれば死は免れない運命。そのため母のテティスが女装をさせて、スキュロス王の宮廷に隠していたのでした。

楽しく読めるトロイア戦争。かーなり軽いんですけど、面白いです。作者のバーナード・エヴスリンという人は、ニューヨーク在住の小説家兼劇作家。芝居や映画のシナリオを書いたり演出関係の仕事をしてるそうなんですけど、この作品を読んだ限りでは、テレビのシナリオライターというイメージ! それも視聴者のニーズを敏感にキャッチする、売れっ子シナリオライター。でもその分、やっぱり軽い... たとえば、同じくアメリカ人のトマス・ブルフィンチは、これから英文学を読もうとするアメリカ人のために、気軽に基礎知識を得られる本としてギリシャ・ローマ神話とかシャルルマーニュ伝説の解説本を書いたそうなんですね。どちらもそういった知識を楽しく得られるという取っつきやすい本を書いたという点では、よく似てます。でも多分、ギリシャ神話に対するスタンスは全然違うんだろうなあ。

この「トロイア物語」の中心になってるのは、ホメロスの「イーリアス」。でも他からもかなり色んな話を引っ張ってきてますね。「イーリアス」そのものは、10年間続いたといわれるトロイア戦争の1か月ほどの期間しか描いていないんです。アキレウスの怒りに始まり、ヘクトルの葬儀まで。でもこの作品には、その前後のことも結構書かれてました。トロイア戦争に関する叙事詩は今ではかなり失われて、ホメロスの「イーリアス」と「オデュッセイア」ぐらいしかきちんと読むことができないんですけど、元々は8つの作品が1つの「叙事詩環」を構成して、トロイア戦争の全貌を描きあげるものになってるんですね。その辺りも含めて、一般的に流布してるギリシャ神話やそこから派生した作品も交えて、ついでにエヴスリンのオリジナルもたっぷり交えて書きあげたという感じです。
で、先に「軽い」と書いたんですが、ほんと軽いです。「イーリアス」の重々しさなんて、これっぽっちも感じられないほど。まあ、面白いからいいんですけどね。同じくエヴスリンに「オデュッセイア物語」というのもあるので、そちらも読んでみたくなりました。でも、どこからどこまでがエヴスリンの創作なのか分からないというのは、結構キケンかもしれないですねー。特にアテナによる「英雄作り」、これはきっとエヴスリンによる創作に違いないと思うんですが! これは強烈。こんなのが神話にあると思いたくないし、思ってもらいたくもない...。

そして併せてエヴスリンの「ギリシア神話小事典」も入手しました。まだまだ拾い読みしてる段階なんですが、テレマコスやナウシカアの項に、知りたかったことが色々と書かれていて満足。でも先に「トロイア戦争物語」を読んでしまったから、こういった記述の信憑性もどうしても疑ってかかってしまう私です。「物語」にはオリジナルがいくら入ってもいいと思うんですけどね。「小事典」には創作は入るべきではないと思うし、入ってないと思いたいんですが...。(現代教養文庫)

+既読のバーナード・エヴスリン作品の感想+
「トロイア戦争物語」バーナード・エヴスリン
「オデュッセウス物語」バーナード・エヴスリン

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ギリシャ神話は子供の頃から大好きで、何か見つけるたびに読むようにしてるんですが、ザル頭のせいか、読んでも読んでも抜け落ちていってしまう私。しかも、これだけ読んでも、知らないエピソードがまだまだ沢山あるみたいなんですよねえ。
というのも、先日光原百合さんの「イオニアの風」(感想)を読んだ時に、「オデュッセイア」... というかトロイア戦争の後日談の話になったんですね。光原百合さんが「イオニアの風」を書かれたきっかけが、その後日談の1つを読まれた時のことだったそうなんですが、私はその後日談を全然知らなくて! わー、そんな話があったんですか、状態。まだまだ知らないことがいっぱいあるんだなあ、そのエピソードはぜひとも読みたいぞ! と、もっと範囲を広げてみることにしました。まず手に取ってみたのは、参考文献として紹介されていた本の中から、一番入手しやすい阿刀田高さんの「ギリシア神話を知っていますか」。調べてみると「私のギリシャ神話」というのもあるようなので、そちらも一緒に。

いくらザル頭とはいえ、ギリシャ古典も含めて、ギリシャ神話に関しては既にある程度読んでるので、いかにも入門編的な題名の本はあんまり手に取らなかったんですけど... いや、これは面白かったです。ごく有名なエピソードだけピックアップして紹介していくという趣向ですが、これが頭の整理にぴったり。様々な文学作品や文献に目を通した上で総括的に語っているので、全体像がとても掴みやすくなってますしね。エピソードそのものは知ってるものばかりでも、阿刀田高さんの解釈が随所に交えられているので、「ああ、こういう読み方もできるのか」という意味でも面白かったし。まっさらなギリシャ神話初心者の読者には阿刀田色がつきすぎてしまうかもしれませんが、既にある程度自分なりのイメージも固まってるので、その心配もあまりなく。
ただこの2冊、内容的にはかなり重なってしまっているので、どちらも読む必要はあんまりないかもしれないですね。ちなみに私は「私のギリシャ神話」の方が好きでした。彫刻とか絵画とか、ギリシャ神話をモチーフにした様々な美術品がカラー図版で紹介されてるのが嬉しいし... どちらも読みやすいんだけど、こちらの本の方が後で出版されてる分、内容的にも一層練られてるような。こんな風に楽しめるんなら、「ホメロスを楽しむために」なんかもいいかもしれないなー。今まで気がついていない、新しい読み方を教えてもらえそうです。
でもでも、肝心のトロイア戦争の後日談については載ってなくて残念。さて、次はどの本に当たろうかしら? 「イオニアの風」の参考文献の中では、ホメロス「イリアス」「オデュッセイア」、ブルフィンチ「完訳ギリシア・ローマ神話」、呉茂一「ギリシア神話」は既読なので、残すは、ロバート・グレイヴズ「ギリシア神話」、バーナード・エヴスリン「ギリシア神話小事典」、カール・ケレーニイ「ギリシアの神話」。本当は光原さんが中学の頃に読まれたというリアン・ガーフィールドの「ギリシア神話物語」載ってるというのが一番ありそうな線なんですけど、この本は既に絶版だし、図書館にもないんですよねえ。絶版という意味では、未読の3つもどれも絶版ですが... ロバート・グレイヴズのがすごく良さそうな感じなのに、これも図書館にないのが残念だな。

で、読んでも読んでも抜け落ちていってしまうザル頭についてですが、「私のギリシャ神話」の宮田毬栄さんによる解説に、こんな文章がありました。

子ども用ダイジェスト版、トマス・ブルフィンチ、呉茂一、カール・ケレーニイ、と読んではきたものの、どれだけ頭に残っているかは、茫洋としてわからない。親しい神々もいれば英雄もいる。だが、親しめない神もたくさんいて、入り組んだ系図まで覚えられるわけがないのだ。
ギリシャ神話の膨大さ遠大さが、全貌をつかみにくくさせているし、阿刀田氏の指摘にもあるように、古代ギリシャ人の願望や恣意が後から神話に加えられ、矛盾や錯綜が生まれているからだろう。

解説を書かれるような方でもそうなんですね! なんだかちょっとほっとしました。(笑)(集英社文庫・新潮文庫)


+既読の阿刀田高作品の感想+
「新トロイア物語」阿刀田高
「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ神話」阿刀田高
「ホメロスを楽しむために」阿刀田高
「旧約聖書を知っていますか」阿刀田高

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アナトール・ル・ブラーズはフランスにおける柳田國夫のような存在で、日本の「遠野物語」のような伝説集をいくつか残しているそうなんですが、この本は、そのアナトール・ル・ブラーズの著作の中でもとりわけ名高いという原著「ブルターニュの人々における死の伝説」全132話から97話を抜粋したもの。「予兆」「死の前」「アンクー」「死の真似事」「呪い殺し」「魂の出発」「死後」「埋葬」「魂の出発」「溺死者」「呑み込まれた町」「殺人者と首吊り人」「アナオン」「魂の祝祭」「魂の巡礼」「アナオンに涙を流しすぎてはいけない」「幽霊」「悪意ある死者」「悪魔祓いとその仲間」「地獄」「天国」の全21章。

先日読んだ現代教養文庫のフランス民話集数冊(感想)でも見た話がいくつかあったし、あと「ブルターニュ幻想 フランス民話」(感想)なんかとも、多分重なっている部分があったと思うんですが... この本の方が、人々から直接採集したという雰囲気が色濃く残ってたかな。
一読してまず気づかされるのは、死の身近さ。そしてキリスト教色の濃さ。たとえば洗礼を受けずに死ぬのはとてもとても不幸なことなので、赤ん坊が生まれたら、何はさておき早く洗礼を受けさせなくちゃいけないんですね。洗礼を受けずに死んだ子供の苦しみの描写と併せて、そのことが物語の中で何度も語られています。死ぬ間際の赦しの秘跡も大切なんですが、何よりもまず洗礼。異教徒のまま死ぬということをすごく恐れてます。そして、日常における「死」の扱い方。他人をからかってやろうと死んだふりなんかをすれば、その悪戯者本人を待っているのは本当の死だし、誤って人を呪えば、そこで待ち受けているのも呪った本人の死。死を決して軽々しく考えてはいけないという教訓。
でも、死そのものは、決して悪いことではないのです。死んだ人間が生前心正しく生きていて、償いの必要さえなければ、もしくは償いがごく軽くて無事に終われば、どうやらこの世に生きているよりも居心地がいいみたい。そして死ぬことよりも重要なのは、救われるかどうかということ。業の深い人間の死後は、相当大変なようです。償おうにも自分の力だけでは償うことができずに、生きている人間の力を借りる話も多々あったし。それに何か不穏な出来事が起きた時、みんなまず司祭に相談しに行くんですが、司祭に助けを求めて、助言を得られて、しかもきちんと司祭に言われた通りにできたとしても、結局死んでしまい... それでも救われたから良かった、なんて話もありました。
これほどまでに「死」ばかりが描かれているとは、ちょっとびっくりなんですが... まあ、伝承の宝庫であるブルターニュで死にまつわる話を集めただけといえばそれだけなんですけど... 逆に言えば、まずキリスト教徒になり、キリスト教徒として正しく生きることが重要で、そして決して「死」をもてあそんではいけない、という感覚を養うために、いかに日頃から刷り込みされてるかということでもあるんでしょうね。もしかしたら、そのために利用されてる民話もあるのかも、なんて思ったりもします。

でもそんなキリスト教的な死の物語の奥に見え隠れしているのは、ケルトの存在。たとえば「アンクー」と呼ばれる存在は、まるでキリスト教の悪魔と重なっているように描かれてるんですが、本来はケルトの死神なんです。水に沈んだイスの町も、元々はケルトの中の伝説の1つ。やっぱりブルターニュはケルト色が濃い土地柄ですね。でもそれらの伝説の起源の大半はアイルランドだそうなんですが、アイルランドとはまた違った印象。独特です。

出版社も違えば訳者も違いますが、この本の2か月後に出版された、同じくアナトール・ル・ブラーズの「ブルターニュ 死の伝承」と、どうやら原著は同じみたい。というか、そちらが完訳版で、こちらが抜粋なんですね。全132話から97話を抜粋ということは、あと35話増えるだけだし、とは思うんだけど、調べてみたらページ数も値段も倍ほど違う! その「ブルターニュ 死の伝承」は766ページで9240円なんです。(こっちは349ページで2730円)これは到底自分では買えないし... しかも市内の図書館には蔵書がないようで... 当分読めなさそうだなあ。でも、ネットで調べてると、どうやらそっちを読まないと分からない部分というのもあるようなんですよね。気になるなあ。(国書刊行会)

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ピレネー山脈を仰ぎビスケー湾を臨むフランス西南部に広がるバスク地方。ここに古来より居住しているのは、バスク語を母国語に持つバスク民族。バスク民族は起源不明の神秘的な民族で、バスク語もまた、近隣のフランス語やスペイン語といったラテン語系の言語とは異なり、未だに世界のどの言語にも系統づけられていないものなのだそうです。そして、峻峰ピレネーの山なみに守られて、近隣の諸民族とはまた違う特異性を保ち続けているバスク地方に伝わるのは、女性的な魅力と妖怪の恐ろしさを合わせ持つ妖精・ラミナや、超人的な力を持ちながら無垢な子供にだまされる怪物タルタロといった自然が妖怪化したもの、熱心なカトリック信仰が土俗民話が結びついた、キリスト教の説話的なものや魔女たちの民話、そして動物と共存するバスク人らしい言葉を話す動物たちの民話など。これらの民話は、古くからバスク人たちの間で口承により伝えられてきたものなのです。

ラミナやタルタロの民話も、いかにも民話らしくて面白いんですが、この本でユニークだったのは断然「主キリストとペテロ聖人の奇跡」の章。既に知ってる民話の登場人物がキリストとペテロに入れ替わってるだけ、というのも多かったんですけど、今まで読んだことないパターンのも色々と。で、このキリストとペテロ、なんだか人格的に変なんです...。泊めてもらった家で翌日の麦打ちをやる約束をしておきながら、いつまで経ってもベッドから出ようとしなくて主人を怒らせてるし! 旅をしてる最中に女と悪魔が猛烈な口喧嘩をしているのを見て、ペテロはいきなり双方の頭を切り落としてしまってるし!(あとでまたくっつけるんですけど、間違えるんだな、これが) 石に躓いたり牛糞を踏んで滑って、ペテロが怒ってるし! ...ペテロはなんだか小ずるくて全然人間できてないし、キリストだって、ちょっとしたことで根に持ってペテロに仕返ししてるし、一体何なんでしょうね、この2人は。しかも、おなかがすいたペテロが麦の落穂を拾い始めて、それをキリストが見咎めるという話があるんですけど、この場面の挿絵が凄すぎる!(大笑)
バスク人たちは、こんなキリストとペテロでも信仰心が揺らがなかったんですかね? それとも逆に人間味を感じて親近感だったとか? 私だったら、こんな人たち信仰したくなくなっちゃいそうだけどなー。(笑)(現代教養文庫)

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今はもうない現代教養文庫は、こういう伝承民話集の本を色々と出してたんですよね。以前も「ケルト妖精民話集」「ケルト幻想民話集」「ケルト魔法民話集」(感想)、「ブルターニュ幻想 フランス民話」(感想)、「ジプシー民話集」(感想)なんていうのを読んだんですが、今回はフランスの民話集を3冊。「幻想」「妖精」「怪奇」です。

本題とは関係ないのだけど、こういう時に使われる「幻想」という言葉が、今ひとつ掴みきれていない私です。白水uブックスで「○○幻想小説傑作集」なんていうのが出てるのを何冊か読んだんですが(○○は国名)、これって「幻想」というより「怪奇」では? なんて思う作品が多かったんですよね。「幻想」って、現実から離れた空想的な... ええと、ファンタジックなものを指すんだと思ってたんですけど、違うんですかね? 純粋な言葉の意味としてはホラー味はあんまり関係ないと思うのだけど、文学的にはホラー味を含むのが常識なんでしょうか...?

今回読んだ「フランス幻想民話集」も、ちょぴり怖いお話が多かったです。全体的に死の影が濃くて、後味が良くなくて... 一種独特な陰鬱さ。「恋人たち」「悪魔」「領主」「求道者」「死者」「亡霊」の6章に分かれてるんですが、「悪魔」「死者」「亡霊」はともかく、「恋人」の章ですら結構スゴイ。美しい娘の心を得ようと、彼女が欲しがるもののために頑張る男が、最後にはとうとう失敗して心臓を失ってしまう話とか、実の母親に恋路を邪魔される人間と鳥の悲恋話とか、悪魔にたぶらかされる美しい娘の悲惨な話とか、女を誘惑しては捨てる浮気な男に、死んだ女性たちがこぞって仕返しをする話とか! 普通のハッピーエンドが1つもないじゃないですか。いやでもすごく面白いのだけど。あ、この本には「青ひげ」も入ってました。ペローの「青ひげ」とはまた違うけど、基本的なとこは一緒。
そして今度は「フランス妖精民話集」を読んでみると。こちらはうって変わってどこかで読んだ童話のような話が多かったです。グリムやペロー、北欧の民話に見られるような話もあれば、神話的なものもあって(実際に「プシュケ神話」の章もある)、基本的には美しく気立ての良い少女が、途中いささか苦労するにせよ、最後に幸せになる、あるいは醜い男がそのありのままを愛してくれる女性を見つけ、最後には素晴らしい王子さまになる、という物語が中心。「フランス幻想民話集」とは雰囲気が違いすぎてびっくり!
そして「フランス怪奇民話集」。ええと、怪奇ってこういうのなんですかね? 確かに死者が起き上がって復讐にやって来たり、生きている人間をむさぼり喰ったり。あるいは死者が世話になった人物に恩返しをしたり。悪魔に狙われたり。そういう風に書くと怖そうだし、実際、生と死の境目が曖昧になったような話が多いんですが... あんまり怖くないし、むしろ農民が悪魔をやっつけてしまったり、「イワンのばか」的なユーモアを感じるような? これなら「幻想民話集」の方が余程怖かったよ! あっちの方が「怪奇」だと思うんだけど、こっちが「怪奇」? そういうものなんでしょうか? うーん、よく分からん。

ということで、3冊の中では「フランス幻想民話集」がダントツで面白かったです。あと「フランス怪奇民話集」の解説の、死の通過儀礼、死と復活の儀式の話や、再生によって神性を得たとも考えられるモチーフの話も面白かった。こういう読み解き方を知ると、民話を読むのがぐんと面白くなるんですよね。以前読んだ中沢新一さんの「人類最古の哲学」(感想)にもそういうのがあってものすごく面白かったんだけど、他にもそういう読み解き方に関する本があったら読みたいなあ。
ご存知の方がいらしたら、ぜひ教えてくださーい。(現代教養文庫)

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ある日クードレットが主から命じられたのは、その祖先にあたる人物や出来事などの史実を物語に編むこと。クードレットの主はポワトゥのさる大領主で、パルトゥネの殿様と呼ばれており、その一族は妖精の血を引いているといわれていました。それは気高いリュジニャン城を築城し、数々の町を築かせたメリュジーヌのこと。クードレットは早速妖精メリュジーヌとその伴侶となるレモンダンの泉のほとりでの運命の出会い、結婚、そして彼らの10人の息子たちの物語を書き始めます。

メリュジーヌ伝説は、元々はケルト的な妖精伝説。現存するテキストとしては、ジャン・ダラスによって1393年に書かれた散文の「メリュジーヌ物語」、そして1401年以降に書かれたクードレットによる韻文作品「妖精メリュジーヌ伝説」が最も古いようで、これはそのクードレットの方。でもその2つの作品以前から、メリュジーヌにまつわる口承伝承がフランス各地に存在していたようです。
この物語に登場するメリュジーヌは、上半身が美しい女性で下半身が蛇。普段は人間の女性の姿で過ごしてるんですが、実の母親の呪いによって、土曜日だけ下半身が蛇になってしまうんですね。だからメリュジーヌの夫は、土曜日のメリュジーヌがどこに行こうとも何をしていようともその秘密を探らないという約束なんです。でもこういう約束は必ず破られるもの。要するに、「鶴の恩返し」と同じ「見るな」のタブー。でもこの作品はそれだけではなく... ここに登場するリュジニャン一族は実在していて、その一族の歴史を語る物語でもあったのでした。そこにびっくり!
読んでいてとても強く感じたのは、キリスト教の影響。作中では登場人物たちが繰り返しキリスト教、特にカトリックの信者であることが強調されていて、それはメリュジーヌも同様なんです。最初の出会いの時から、神の御名を出してレモンダンの警戒を解こうとしてますし、実際結婚式はカトリックの司祭によって執り行われます。でも、その妖精たちの故郷は、アーサー王伝説で有名なアヴァロン! 文中には「トリスタンの一族の血を引いた者」や「魔法使いマーリンの弟子」という言葉も登場するし、キリスト教色が濃いとはいえ、原形がまだまだ残ってるんですねえ。

10人の子供がいようとも、いつも変わらず美しい恋人であり続けるメリュジーヌ。このメリュジーヌの存在は多くの詩人を引き付けたようで、色んな作品の中でメリュジーヌの存在が感じられるのだそう。例えばアンドレ・ブルトンの「ナジャ」や「秘法十七番」。ゲーテの「ウィルヘルム・マイスター」の中の挿話の題名は、「新メリュジーヌ物語」。あと、調べてたら、メリュジーヌは「メリサンド」とも呼ばれると分かって、それもびっくりです。メリサンドといえば、メーテルランクの「ペレアスとメリザンド」(感想)じゃないですか。そうか、これも水の女だったんだなー? 「ペレアスとメリザンド」でメリザンドが初めて現れたのは泉のほとりだし、こちらもそうですもんね。この「妖精メリュジーヌ伝説」は、訳が子供向けのような語り口であったこともあって、読みながらそれほど物語に入り込めなかったのが残念だったし、せっかく原文が韻文なのに散文に訳されてしまってるのが残念だったんですけど、他のメリュジーヌの物語やそれに触発された作品も読んでみたいな。(現代教養文庫)

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ゼウスの一族がオリュンポスの神々としてこの世界の統治者となり、天も地も安定し始めた頃。平和が訪れた地上では動物たちも順調に増え続け、そんな動物たちを管理する種族を大地から作り出すことになります。そしてゼウスの意向を受けたプロメテウスが作ったのは、神々と同じような姿の生き物。しかしただ従順な、神々の意志を忠実に実行する知恵を持つだけの種族を作るはずだったのに、プロメテウスの親指から流れた神血のせいで、人間は自分の意志を持つことになってしまったのです。怒るゼウスはプロメテウスを逆さ吊り刑に処し、人間を滅ぼすための大洪水を起こします。しかしただ1人の人間がゼウスの心を変え...。そしてそれからさらに時が流れ、オリュンポスでは今、人間の歴史に神々が介入することの是非を問う会議が開かれていました。

ヘレネとパリス、メネラオスとヘレネ、テレマコスとナウシカア。人間の歴史への神々の介入をかけて行われた賭けは3つ。神々はその賭けに介入を許されていなくて、選び取るのは人間自身... なのですが。

神々同士の会話の場面では、読み始めこそ「あ、こんな話し方するんだ」とか、私自身が以前から持ってた神々のイメージとは少し違ってたりもしたんですが、その辺りはすぐに馴染みました。イメージが違っていているところが、逆に面白かったりもしましたしね。特にモイライ! 私の中ではもう白髪のおばあさんのようなイメージしかなかったので、これは意表を突かれました。可愛い! しかもあのペタペタ、素敵! 読み終えた頃にはすっかりこの世界に愛着がわいてしまっていましたよ。そして、テレマコスとナウシカアのことを書きたいと思ったのがこの作品が生まれるきっかけというだけあって、やっぱりこの3つ目の話が一番読み応えがあって楽しかったです。(「いにしえからの慣わしにしたがって三度」というのは全くの同感だし、最初の2人のエピソードも良かったですけどねっ) ええと、トロイア戦争絡みの1つ目2つ目のエピソードはともかくとして、この3つ目のテレマコスとナウシカアについては、全くのオリジナルですよね...? テレマコスとナウシカアの話ってあるのでしょうか。確かに同じ時代だし、繋がりはあるのに、結び付けて考えたことってなかったなあ。じれったい2人が可愛いったら。
そして読んでいて一番印象に残ったのは、生まれた神々がそれぞれに司るもの、自分に与えられた役割について探るというくだり。その辺りに関しては、実は全然考えたことがなかったんですが、「なるほど~、本当にこんな感じなのかもしれないなあ~」。そしてここで、密かに努力を重ねながらも、それをまったく表に見せないヘルメスがまたいいんですね。作品全体を通しても、特に印象に残ったのはヘルメスでした。光原百合さんご自身もあとがきで「おしゃべりでいたずら好きで気まぐれで、意地悪なところと情け深いところをあわせ持つ」と書いてらっしゃいますが、本当にその通りの様々な表情を見せてくれるヘルメスがとても素敵で、イメージぴったり。そして今まで良いイメージのなかったアレスもまた違った意味で印象的でした。粗野で乱暴で、脳みそが筋肉でできたような戦好きというイメージだったんですが、ヘルメスの思いを読むことによって、また違った視点から捉えられるようになったかも。アレス自身の努力によって変えられたはずの部分ではあるけれど、確かにそういった知恵を持っていないのはアレスの責任ではなく... 哀しい存在ですね。
構想20年、実際に書き始めてから9年、ということで、読んでいてもその意気込みがとても強く感じられる作品でした。楽しかったです♪ 私はギリシャ神話が大好きだからもちろんなんですけど、あまり詳しくない人でも、これはきっと楽しめると思います~。逆にその人の中でのギリシャ神話の基本となってしまうかもしれないですね。(中央公論新社)


+既読の光原百合作品の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編(「届いた絵本」)
オール讀物11月号(文藝春秋)(「扉守」)
小説NON 11月号(祥伝社)(「希望の形」)
小説推理・オール讀物・星星峡(「1-1=1」「クリスマスの夜に」「オー・シャンゼリゼ」)
「最後の願い」光原百合
光原百合ベスト3@My Best Books!
「尾道草紙」尾道大学 創作民話の会
「銀の犬」「親切な海賊」光原百合
オール讀物 2007年10月号(「写想家」)
「嘘つき。 やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチ編集部編(「木漏れ陽色の酒」)
オール讀物 2008年11月号(「旅の編み人」)
「新・本格推理 不可能犯罪の饗宴」二階堂黎人編・オール讀物 2009年8月号(「ピアニシモより小さな祈り」「花散る夜に」)
「イオニアの風」光原百合
「扉守 潮ノ道の旅人」光原百合
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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