Catégories:“神話・伝承”

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昔々、今私たちが見ている太陽や月とはまた違う太陽や月があった頃。アースガルドにはオージンやトール、ローキ、フリッダやフレイヤ、その他にも沢山の神々がおり、世界には沢山の人間がいました。しかしある時、太陽や月が狼によって食い殺され神々が滅ぼされる、ラグナリョーク「神々の黄昏」と呼ばれる出来事が起きたのです...。

いわゆる北欧神話であるエッダやスノリのエッダを元に、アイルランドの詩人で劇作家のパードリック・コラムが再話したもの。これは随分前に一度読んでるので、久々の再読です。多少コラムの創作も入っているようですが、少年少女向けだけあって何といっても分かりやすい! アーサー王伝説に関しても、岩波少年文庫から出ていたR.L.グリーン版「アーサー王物語」が、結局のところ一番分かりやすくまとまってたんじゃないかと私は思ってるし、やっぱり岩波少年文庫は侮れません。もちろん、欠落してる部分はあるし、「神々の黄昏」の圧倒的な感じはあまり伝わってこないんですけどね。それぞれのエピソードの繋げ方も分かりやすくていい感じだし、物語冒頭でいきなり神々の黄昏後を語っている構成も面白いんです。
それにしても、神話の中でも北欧神話が特異だと思うのは、いつか来る「神々の黄昏」を皆が知っていたということ。自然に衰退していく神話は多いと思うのですが、これほどはっきりとある日予告通りの終末を迎えてしまう神話も珍しいですよね。 (岩波少年文庫)

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一見、正反対の存在に見える「愛」と「経済」。しかしこの世に純粋に合理的なものなど存在せず、ましてや経済を動かしているのが人間の欲望である以上、経済現象のもつ合理性は、表面に現れた偽りの顔。実は「経済」とは暗い生命の動きにまで奥深く根を下ろした、1つの「全体性」を備えた現象であり、その深層の部分で愛と融合しているのです... ということで、カイエ・ソバージュ3巻目。

今回のテーマは「愛」と「経済」。この2つが結び付けられるというところからびっくりなんですが、学問的には決して結び付けられることのないこの2つも、文学の中では古くから見られるテーマなのだそう。例えば志賀直哉の「小僧の神様」とかボードレールの「贋金」。こういった作品を理解するには、経済学や哲学や人類学などの思考の総動員が必要なんだそうです。小説が単なるツクリゴトじゃなくて、きちんと理解するためには幅広い知識や思考を求められることがあるというのは前から感じていましたけど、そうですか、やっぱり経済も必要でしたか。うーん、こんな風に毎日のように本の感想をアップし続けてると、私という人間の底の浅さもバレバレなんでしょうねー。必要な知識があるかどうかで読み方の深さは全然違ってくるし、それは感想を見ればきっと一目瞭然。私が理解し切れなかったせいで、名著が面白くかんじられなかったということもあるでしょうし...。や、こういう本を読むことによって少しずつ幅が広がれば、それでオッケーだとは思うのだけど。

資本主義が確立されるまでのことが色々な方法で語られているんですが、一番面白かったのは「交換」「贈与」「純粋贈与」について。経済の働きを支えているのはこの3つの組み合わせで、これらがしっかりと結び付いて、互いに分離しないようになっているのだそうです。特に古代の贈与社会では、貴重品の移動と共に霊力も動くと考えていて。霊力の流動を止めないために、一定の期間を置いて滞りなく贈与が行われることが重要だったようです。「交換」と「贈与」の関係は、私にも大体予想できることなんですが、そこに「純粋贈与」が入ることによって、これほど色んなことが説明できてしまうとは! そしてニーベルンゲンの指環や聖杯伝説などを通して、貨幣が生まれ、資本主義が生まれてくるまでの過程を読み解いていきます。
「純粋贈与」と「贈与」が結びつく時、そこに生まれるのは「たましい=霊力」の躍動をはらんだ純生産。でも「純粋贈与」と「交換」が接触して生まれた資本の増殖は、「たましい」の活動を押し殺すもの。だから資本主義の豊かさは所詮物質的な豊かさで、たましいの豊かさではないのだそうです。とはいえ、その2つの増殖の形を結び付けたのが現代のクリスマス。元々のクリスマスは、2巻「熊から王へ」にも出てきたふゆの祭りとキリスト教が合体したもの。その時期に訪ねてくる様々な霊的存在に贈り物をすることによって、人々は富の増殖をし、霊たちの存在に近い子供たちは、家々を回って贈り物をもらったのだそうです。おー、ハロウィーンの原型がここにある? そしてそのクリスマスに目を付けたのが資本主義。1940年代に、資本の増殖と霊の増殖のどちらもお祝いできる現代のクリスマスを作り出したのだそうです。今のクリスマスって、意外と新しかったんですね。でもいくら資本主義の夢のようなお祭りだからといって、毎日がクリスマスというわけにもいかないし...って。そりゃそうだ。(笑)(講談社選書メチエ)


+シリーズ既刊の感想+
「人類最古の哲学 カイエ・ソバージュI」中沢新一
「熊から王へ カイエ・ソバージュII」中沢新一
「愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュIII」中沢新一
「神の発明」「対称性人類学」中沢新一

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神話とは本来、国家を持たない人々の間で生まれて発達してきたもの。そこでは人間と動物とのどちらか一方が優位な立場に立つこともなく、人間は「文化」を持ち、動物たちは「自然」状態を生きていると考えられていました。動物たちは「自然」状態を生きることによって「自然の力」の秘密を握り、人間は神話や儀礼を通して、動物との間に失われた絆を取り戻し、その「自然の力」の秘密に触れようとしていたのです。しかし国家ができ、「文化」が「文明」になると、人間と動物との「対象性」のバランスは失われ、「文明」と「野蛮」の違いが意識されるようになります。...この巻では、自然権力がの象徴が「熊」であった時代から、人間の「王」が発生するまで。そして現代国家に対抗し得る「仏教」について。

カイエ・ソバージュ2巻目。今回はいきなりアメリカの同時多発テロと狂牛病の話が登場して、しかもそこに神話の思考の不在が深く関わっているあったので驚いたんですが、宮沢賢治の「氷河鼠の毛皮」や、トンプソン・インディアンなど狩猟民族の神話が読み解かれるうちに納得。神話時代の人々の間には、動物がその毛皮を脱げば人間となると考えられていたし、普通の人間との間に子供が生まれるような伝承も沢山あったし、生活のために動物を殺す時も殺した後も、相手の尊厳を傷つけないように丁重に扱っていたのに、そういった倫理や哲学は、現代の人々には全く残っていないということなのですねー。
動物と人間が交流する「対象性社会」では、「王」や「国家」はあり得なかったはずなのに、新石器社会のどこかの時点で異変が生じたようです。本来なら人間の集団のリーダーである「首長」は、権力ではなく、理性のみで部族を率いていたもの。ここにあるのは「文化」。しかし冬の祭りの期間限定のはずだった権力が、祭りが終わっても残り、あるいは戦争など特別な場合限定で権力を与えられていたはずの戦士やシャーマンが、それまでの首長の地位を奪い、その結果王が生まれ、「文明」が生み出されることになったよう。それまでの首長の権威は理性によって支えられていたのに対して、王の権力は盛大な宗教的儀式によって演出され、人々は国の下す命令や決定が理不尽なものでも従わねばならなくなります。自然や人々を一方的に支配しようとする国家は、本質的に野蛮。...なんて私が書いても分かりづらいですが、本を読んでる分にはとても分かりやすいです。
こういった「国家」に対抗する思想として、仏教を考察しているのも面白いなあ。(講談社選書メチエ)


+シリーズ既刊の感想+
「人類最古の哲学 カイエ・ソバージュI」中沢新一
「熊から王へ カイエ・ソバージュII」中沢新一
「愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュIII」中沢新一
「神の発明」「対称性人類学」中沢新一

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あまりのプシケーの美しさに、人々はプシケーに祈りを捧げるようになり、ヴィーナスの神殿はないがしろにされてしまいます。怒ったヴィーナスは息子のキューピッドに、プシケーをその身分に相応しくない恋の奴隷にするように言いつけるのですが...。

エロール・ル・カインの絵本が続きますが、これは打って変わって違うタッチ。全て白黒のモノトーンで、まるでピアズリーの絵を見ているようです。カラーの絵も綺麗ですけど、これも美しい...。モノトーンにはやっぱり独特の美しさがありますね。白黒写真には独特のニュアンスを感じるし、映画なんかでも、古い白黒の映画の女優さんの美しさには何とも言えないものがありますものね。
ギリシャ神話のエピソードとして有名ですが、出所は多分アプレイウスの「黄金のろば」のはず。(感想) 「プシュケー」は、大学の頃、古代ギリシャ語の授業で一番最初に覚えた単語でした... 「魂」という意味。姉の言いなりで大切な夫の言いつけにそむいたり、自分の美しさを呪っていたはずのプシケーが小箱を覗いてしまうところなど、いかにも浅はかであまり賢くない娘なんですけど、それでもプシケーはなんか可愛くて憎めないんですよね。(ほるぷ出版)


+エロール・ル・カイン作品の感想+
「アーサー王の剣」エロール・ル・カイン
「サー・オルフェオ」アンシア・デイビス再話 エロール・ル・カイン絵
「キューピッドとプシケー」エロール・ル・カイン
「イメージの魔術師 エロール・ル・カイン」

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ある日、りんごの木の下で昼寝をしていたオルフェオ王の王妃・ヒュロディスは、突然悲鳴を上げて目を覚まします。夢の中に不気味な大王が出てきて、明日王妃を大王の世界へと連れて行くと宣言したというのです。オルフェオ王は早速選りすぐりの騎士たちに王妃を守らせることに。しかし騎士たちに囲まれ、オルフェオ王に手を握られていても、王妃は結局忽然と姿を消してしまうのです。最愛の王妃を奪われたオルフェオ王は、家老に国を任せると、竪琴だけを持って城を後にすることに...。勇敢で慈悲深く、竪琴のたいそう上手だった古のサー・オルフェオの物語。

ケルトの伝承の中に伝えられるサー・オルフェオの物語を絵本にしたもの。ケルトとは言っても、元はどうやらギリシャ神話のオルフェウスのエピソードのようなんですけどね... そういえば、オルフェオとオルフェウス、名前も一緒ですね。2人とも竪琴だけを持って、異界にまで妻を捜しに行きます。違うのは、こちらの王妃は本当に死んだわけではないということ(一応)、そしてハッピーエンドで終わること。(だから私はこちらの方が好き) サー・オルフェオの物語は、色んなところに載ってると思いますが... 例えばJ.R.R.トールキンの「サー・ガウェインと緑の騎士」の中でも読むことができます。
絵柄に特有の縄目模様などが使われて、そこここにケルトの香りがすると思えば、エロール・ル・カインは、アイルランドに伝わるケルトの文様で装飾された古い手書きの聖書「ケルズの書」から、模様や構図を借りているのだそう。道理で、クラシックな雰囲気が素敵なはずです。(ほるぷ出版)


+エロール・ル・カイン作品の感想+
「アーサー王の剣」エロール・ル・カイン
「サー・オルフェオ」アンシア・デイビス再話 エロール・ル・カイン絵
「キューピッドとプシケー」エロール・ル・カイン
「イメージの魔術師 エロール・ル・カイン」

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遠い北の地に住む魔女・ロウヒがスキーで滑ってる時に見かけたのは、ワイナモイネンがカンテレを弾く姿。美しい楽の音に、獣や鳥や木々だけでなく、太陽や月まで降りてきたのを見たロウヒは、いきなり鷲に変身すると月と太陽を掴んで飛び去り、持って帰って山の中に閉じ込めてしまいます。おかげで世界は闇の中に...。

フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」を絵本にしたもの。先日「カレワラ」を読んだ時(感想)に検索してて見つけて、読んでみたいなあと思っていたんです。で、しばらく忘れていたんですが(おぃ)、先日図書館にいた時に丁度返却してらした方がいて、綺麗な水色の表紙にピン! これだこれだと早速借りてきてしまいました。
「カレワラ」の中のロウヒは邪悪な魔女とされてるんですけど、私はそれほど邪悪とは思ってなくて、こちらの絵本のロウヒの方がイメージに近かったかもしれません。こちらのロウヒは、ちょっぴりお茶目なおばあさん魔女。その気になれば鳥になって空を飛んだり、魚になって水の中を泳いだりもできるのに、雪が降ってるのを見て、いそいそとスキーを用意しちゃうのが可愛いんですよね。で、気分良くスキーをしていたのに、気がつけば雪の上を滑っているのではなく、空を飛んでいた、というのがまたお茶目。鍛冶屋のイルマリネンがロウヒを捕まえようと鉄の首輪と鎖を作ってるのを見た後の反応も、筋金入りの邪悪な魔女とは到底思えないですし。(笑)
文字で書かれた作品を、アニメやドラマ、映画といった映像で見るのはあまり好きじゃないんですが(大抵イメージが壊れるから)、絵本はいいかも。ワイナモイネンが弾いてるカンテレというフィンランドの楽器も、写真で見ても今ひとつイメージが湧かなかったんですけど、ワイナモイネンが弾いてる姿を見てすっきりしました。こんな風に膝に乗せて弾くんですね。なるほど~。(あすなろ書房)

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グィネヴィアの裏切りを知ったアーサーの落胆は激しく、ちょっとしたことで爆発するような状態。腹心のダーヴェルも遠ざけられがちで、しかもアーサーからの使節は全て殺すと宣言しているエレへの使者役が、ダーヴェルに言いられつけるのです。一方、ブリタニアの13の宝物を揃えたマーリンとニムエは、この年の夏、大いなる魔法を行うことに。その準備のために、2人はまずリンディニスの広大な宮殿に入り込み、民衆の前で奇跡を起こします。

小説アーサー王物語の第3部。完結編です。
第2部で、ダーヴェル=ガウェイン?なんて思ったりもしたんですが、第3部になって本物のガウェインが登場しました。別人で良かった~。でもこんな役回りとはびっくり。しかもこれまた伝説とはかなり違う姿のようです。
この第3部で良かったのは、ダントツでグィネヴィア! いかにも華のあるカリスマ的な存在という面が前面に出ていて、カッコ良かったです。アーサー王物を読んでてグィネヴィアが好きになるって珍しいんですけど(大抵は「コイツさえいなければ」と思ってしまう)、この作品ではなかなか良かったです。特にアーサーの戦士にこれといって知将と言える人物がいないので、彼女の頭の良さが一層光ってるんですよね。(いい意味で)
あと、全くのオリジナルのようでいて、要所要所で伝説のエピソードを取り入れているのが嬉しいところ。それとマーリンとニムエの魔法は、ほとんどが手品だったり自然現象を利用したものだったんですが、あの最後の魔法はどうだったのかしら... これだけは本当の魔法だったと思いたいところ。この場面はとても感慨深くて、これで一時代が終わったのだと感じさせられます。いい場面だ...。
ダーヴェルがキリスト教の修道士となってサンスム司教の下にいる理由も分かりますし、イグレイン王妃のために翻訳をしている法廷書記のダヴィズが、一言一句作り変えたりしていないとむっとしている場面は可笑しいです。ただ、最後の最後がちょっとあっけなさすぎではないでしょうか。全6巻の大作をここまで読んできたわけだし、もうちょっと余韻が欲しかったですねえ。...とは言え、とても面白かったです。これもまた1つのアーサー王物として、満足満足。(原書房)


+シリーズ既刊の感想+
「エクスカリバーの宝剣」上下 バーナード・コーンウェル
「神の敵アーサー」上下 バーナード・コーンウェル
「エクスカリバー最後の閃光」上下 バーナード・コーンウェル

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