Catégories:“戯曲・詩”

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ソポクレスは、アイスキュロス、エウリピデスと並ぶ3大悲劇詩人。生涯に作った123もの悲劇のうち、現存するのは本書に収められた7作、「アイアス」「トラキスの女たち」「アンティゴネ」「エレクトラ」「オイディプス王」「ピロクテテス」「コロノスのオイディプス」のみです。

いやあ、面白かった。やっぱりソフォクレス(この本の表記は「ソポクレス」ですが、どうも馴染めないので、こちらで失礼)はスゴイです。紀元前の作品でこんなに楽しめるとは思わなかった... ってエウリピデスを読んだ時も思ったんですけど(笑)、紅白の小林○子的に機械仕掛けの神で盛り上げるエウリピデスよりも、ソフォクレスの方がいかにもギリシャ悲劇という感じですね。ギリシャ悲劇と聞いて現代人が想像するような、まさにそういう作品を書いていると思います。
そんなソフォクレスの一番有名な作品といえばやっぱり「オイディプス王」。読んだことはなくても粗筋を知ってる方は多いでしょうね。フロイトのエディプス・コンプレックスという言葉の元になった作品でもあります。私がこの作品を読んだのは、確か中学の頃。筒井康隆さんの「エディプスの恋人」を読んで、その関連で読みました。でもその時はそれほど楽しめなかったんですよ。その時の私にはまだ早すぎたっていうのが一番大きいと思うんですが、必要以上に堅苦しく考えてたというのもあるのかも。
でもね、違うんです。「オイディプス王」は、実は紀元前に書かれたミステリ小説だったのです!

話としては、オイディプスが治めるテーバイの都に疫病が猛威をふるっているところから始まります。前王・ライオスを殺した犯人を挙げなくては、疫病がやむことはないというアポロンの神託が下り、オイディプスが探偵役として犯人探しを始めるんです。被害者はどんな人間だったのか、いつどこで殺されたのか、目撃者はいたのか。最初は断片的だった証言は、オイディプスを軸として徐々に繋がりを見せはじめます。迫り来る悪い予感。オイディプスを安心させようとした王妃・イオカステの証言は、逆にオイディプスを追い詰めることになります。そしてその証言に裏付けが取れた時に、見えた真実とは。
いや、実は安楽椅子探偵だったんですね、オイディプス王って。でも真相は、「探偵=犯人」。そして来る自己崩壊。

そうやって読むと、ギリシャ悲劇がちょっと身近な感じになりませんか? エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」が世界最古の推理小説とされていますけど、こっちの方が断然古いですよー。エディプス・コンプレックスなんていうのは後付けに過ぎないなので、この作品を読む時には邪魔になる程度のものだと思います。

まあ、ミステリと言えるのは「オイディプス王」ぐらいなんですけど(笑)、7編ともすごく面白かったです。「オイディプス王」の他で好きだったのは、トロイア戦争物かな。「アイアス」「エレクトラ」「ピロクテテス」ですね。どの作品も、クライマックスに向けて緊迫感が高まっていくのがさすがの迫力。いや、いいですねえ。面白かった。
ミステリ好きで「オイディプス王」が未読の方は、ぜひ試してみて! 訳者さんは違いますが、岩波文庫からも出ています♪(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス
「ギリシア悲劇II」ソポクレス
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

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アイスキュロスは、ソフォクレス、エウリピデスと並ぶ3大悲劇詩人の1人。作品は90編以上あったと言われていますが、今でも残っているのは、ここに収められている「縛られたプロメテウス」「ペルシア人」「アガメムノン」「供養する女たち」「慈みの女神たち」「テーバイ攻めの七将」「救いを求める女たち」7編のみです。

久しぶりのギリシャ悲劇です。以前「アガメムノン」(感想)を読んだ時に、その続編の「供養する女たち(コエーポロイ)」「慈みの女神たち(エウメニデス)」も読むつもりだったんですが、随分間が開いてしまいました... が、ようやく3部作が読めました。いやー、正統派ですね。トロイア戦争関係の悲劇だと、「こんなんアリ?!」という展開をするエウリピデスの「タウリケーのイーピゲネイア」を実はものすごく気に入ってるので(感想)、アイスキュロスはこんなに真っ当な展開なのかと逆にびっくり。うーん、これも悪くないんだけど、ちょっと物足りない気がします...。でもね、解説に「アイスキュロスは真の意味でのアッティカ悲劇の建設者であった」という言葉があるんです。元々は1人の俳優が合唱隊と問答するだけだったギリシャ悲劇で、俳優の数を2人に増やしたのはアイスキュロス。その後、ソフォクレスが3人に増やしたそうなんですが、最初に2人に増やしたというのが、なにしろ画期的だったのだそう。そしてアイスキュロスは自ら俳優として演じ、音楽や舞踏の作者として合唱隊を教えたのだとか。ソポクレスやエウリピデスに比べると、アイスキュロスの作品は正統派ながらもどこか面白みが足りないようにも感じられるのですが、やっぱり先駆者だったことも関係があるのかも。アイスキュロスが完成させたギリシャ悲劇を、ソフォクレスが洗練させて、エウリピデスが民衆に向けてドラマティックに盛り上げてみせた、という位置づけかもしれないですね。

アイスキュロスは3部作が多くて、「アガメムノン」「供養する女たち」「慈みの女神たち」もオレステイア3部作だし、「縛られたプロメテウス」も、プロメテウス劇3部作の最初の作品。(あと2作は「解放されるプロメテウス」と「火を運ぶプロメテウス」) 「テーバイ攻めの七将」も3部作。(「ライオス」と「オイディプス」) 「救いを求める女たち」も3部作。(「アイギュプトスの息子たち」「ダナオスの娘たち」) 3部作じゃないのは、「ペルシア人」だけなんですよね。でも3部作がきちんと残ってるのは、オレステイア3部作だけで、後はほとんどが失われてしまってるんです。それが本当に残念。特に「縛られたプロメテウス」ではゼウスと衝突して岩山に磔つけられたプロメテウスが、3部作の最後ではどうやらゼウスと和解するようなんですが、ここから一体どんな展開をしたら和解に繋がるのか、とっても気になるーーー。
でもアイスキュロスは今から2500年も昔に生まれた紀元前の人。当時はパピルスなんですものね。今でも作品を読めるだけでもありがたいです。本当に。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス
「ギリシア悲劇II」ソポクレス
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

+既読のアイスキュロス作品の感想+
「アガメムノーン」アイスキュロス
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス

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amazonの紹介は、「7世紀頃に成立したアイルランドの伝承詩「ブランの航海」の解題と解読、又、その背景にあるケルト文学における冒険譚・航海譚の特徴や、異界への旅の意味を探った論文を収録」。一般には「ブランの航海」として知られる、「フェヴァルの息子ブランの航海と冒険」に関する論文です。この詩は7世紀頃に成立したそうで、ケルト異界を描く冒険譚と航海譚の2つの要素を兼ね備えており、古代アイルランド文学の中でも重要な作品と考えられているのだそう。

論文なので、「へええ、なるほど」とは思っても「面白かった」って感じではないんですが、「ブランの航海」と一緒に、「コンラの冒険」「マールドゥーンの航海」「青春の国のアシーンの物語詩」といった物語群も紹介されてるのがありがたかったです。こういうの、なかなか読めないですからねー。どれもケルトの異界にまつわる物語で、その異界の共通点は、「はるか彼方の海上の国」「不老不死の至福の世界」。そして「マールドゥーンの航海」だけは、旅の後普通に帰国できるんですけど、他の3つの物語では戻った途端に、現世での時間の経過を思い知らされることになります。丁度「浦島太郎」と一緒ですね。実際、「アシーンと浦島伝説をめぐって」という副題で、「異界と海界の彼方」という文章も収められていました。
ただ、この論文では、ケルトの物語が大きく冒険譚と航海譚に分けられているんですけど、肝心の冒険譚と航海譚の違いが今ひとつ分からないんですよね。航海譚だって冒険なんだから、冒険譚の一分野でいいじゃないの。ってどうしても思ってしまうんですけど、「冒険譚と対照的なのが航海譚であり」という文章があるので、海に出れば航海譚、それ以外は冒険譚というだけではないのでしょう...。何かもっと明らかな違いがあって、でも研究者には常識だから、ここには触れられていないのかも。うーん、私の知識不足かあ。(中央大学学術図書)

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大鹿を追いかけているうちに仲間ともはぐれ、乗っていた馬を失い、犬だけを連れた狩人は、カトリン湖のほとりでエレンという乙女に出会います。狩人が鳴らした角笛を、父の角笛の音かと思ったエレンが、船を漕いで迎えに来たのです。狩人は、ジェイムズ・フィッツ=ジェイムズと名乗る騎士。道を失って難渋していると話す騎士をエレンは自分の家に案内し、一夜の宿を提供することに。

入江直祐氏の旧仮名遣いの訳が古めかしいながらも、非常に美しい作品。素敵でした~。本来なら全編叙事詩として書かれているそうなんですが、日本語訳では、歌として歌われている部分以外は散文。「湖の麗人」という題名で、アーサー王伝説のヴィヴィアン(ニムエ)を思い出したんですけど、やっぱりその伝説がヒントとなってできた物語のようです。中世が舞台の騎士物語。
スコットランド生まれのウォルター・スコットはハイランドで育ち、実際にこの作品で舞台になった土地もよく知っているようで、舞台となっている湖や山間などの描写がとても美しかったです~。そしてその湖に住むのは美しく幻想的な乙女。その乙女の周囲には、王に追放された騎士である父親、乙女に恋する勇士たち。竪琴を奏でながら歌い、預言をする老人など。でも美しい描写だけではないのです。徐々に感じられる不穏な空気や、怪しげな預言者の儀式、戦争の知らせのために走る伝令たち、そして来る戦争の場面... 特に印象に残ったのは、伝令が「火焔の十字架」を持って村から村へとひた走り、辿り着いた村の伝令にその十字架を託して、受け取った伝令が新たに走っていくシーン。これは絵になりますねえ。ちょっと違うんですけど、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の狼煙の場面みたい。それから面白かったのは、王の住むスターリング城下の祭りの場面。矢場の傍には、ロビン・フッドがいました! タックやリトル・ジョン、スカーレット、マリアン姫など錚々たるメンバーと一緒に並んでいました。名前だけの登場なんですけどね。そういう遊び心がまた楽しいところ。「アイヴァンホー」(感想)にも登場してたし、実はかなり好きなんですね~?
そしてこの物語の中でエレンが歌う聖母賛歌にシューベルトが曲をつけたのが、有名なあの「アヴェ・マリア」の曲なのだそうです。(エレンの歌第3番) いや、この曲、てっきり宗教音楽かと思ってました... 違ったんですね。でもあの曲なら、この作品によく似合います。本当に素敵な作品なんですもん。こういう作品を読めると、それだけで幸せ~♪(岩波文庫)


+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

+既読のウォルター・スコット関連作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング

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The Light of the Worldのnyuさんのところで記事を拝見して(コチラ)、「ジョン王という手もあったか!」と手に取った本。
先日の「アイヴァンホー」以来、いくつかロビン・フッド関連作品を読んだんですが、元々ロビン・フッド物ってあんまりないんですよね。...いや、まさかシェイクスピアにロビン・フッドが登場するはずもないというのはよく分かってるんですが。(笑)
ジョン王といえば、マグナカルタ(大憲章)を認めたヒト。フランスにあったイギリスの領土を失ったことから欠地王とも呼ばれ、イギリスでは最低最悪の君主とされてるヒト。ロビン・フッド物でも徹底して悪役にされてます。でも兄のリチャード一世が十字軍遠征のために税金を絞り取った後なので(その後囚われて、そっちの身代金も莫大だった)、タイミングが悪かったとも言えそう。そんなジョン王が主役になるとどんな話になるんだろう? と思ったのでありました。
...対照的に評判の良いリチャード1世は、獅子心王と呼ばれてる人ですけど、今まで読んだ限り、結構単純な戦争馬鹿に描かれてることも多いです... きっと脳みそが筋肉でできてるタイプだったんでしょう。でも面倒見の良い先輩タイプで、人々に愛されたのかも。(笑)

話が始まるのは、既にジョンが王になった後。リチャード1世の後を継ぐはずだった甥のアーサーを差し置いてジョンが王位についたため、フランスのフィリップ王から、アーサーの権利を認めろという使者が来るんです。(その時アーサーはフランスにいた) それをジョン王が追い返して、フランスに大軍を進めるところから話が始まります。

一読して、随分単純に分かりやすくまとめたなあという印象の作品でした。まあ、私は元々シェイクスピアのことを、それほどオリジナリティのあるヒトとは思ってないのですが(ほとんどの作品に元ネタがあるわけですし)、きっとどこかに光るものがあって名を残したんだろうと思うわけで... この作品では、私生児フィリップ(サー・リチャード)が面白かったです。話し方が野卑すぎて浮いてるんですけど(しかもこれで獅子心王と話しぶりがそっくりって)、この役を舞台で演じる役者さんは、他の役者さんを食ってしまえそうです。そういう意味で、ちょっと舞台を見てみたくなるような作品ですね。...シェイクスピアが書いたのはあくまでも戯曲なんだから、本を読んでるだけじゃダメなんですよね、きっと。舞台でこそ本領発揮するんでしょう。(だから舞台を観たことのない私には、その真価は分からないのかも)

結果的にはマグナ・カルタも登場しないし... いえ、登場しないというのは既に聞いて知ってたんですが、なんでシェイクスピアはこのことを書かなかったのかな? すぐに破棄されたようなものだから重要ではないと考えた? それとも単に忘れていた?(笑)
この作品で貴族たちがジョンに離反したのは、マグナ・カルタのせいではなくて、ジョンがアーサーを殺したという噂が流れたからでした。(白水uブックス)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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この2つの話は先日新潮文庫でも読んだばかりなんですが(記事)、今回読んだのはアーサー・ラッカムとエドマンド・デュラックの挿絵入り。ラッカムとデュラックは、こういった挿画本の黄金時代に人気を二分していた2人で、どちらの本も荒俣宏氏の解説。合わせて読むと、この2冊がラッカムとデュラックそれぞれの最高傑作という趣旨のことが書かれていました。
でもこの2冊を見比べる限り、私の好みはラッカムの方だなあ...。デュラックの絵は、肝心のミランダがあまり美しく感じられなかったし、絵に動きがないような。妖精のエアリエルは素敵なんですけどね。ラッカムの絵の方が、描かれている人物や妖精の表情が遥かに豊かな気がします。ハーミアやヘレナ、妖精の女王タイタニアは本当に美しいし、妖精パックは小悪魔っぽい表情が魅力たっぷり、豆の花や蜘蛛の巣、蛾、芥子の種といった小さい妖精たちや素人劇団の面々はユーモラスで、そのギャップも好き♪
デュラックの挿絵といえば、数年前に友人に「Edmund Dulac's Fairy Book」というとても素敵な洋書をもらったことがあって、そちらの絵のタッチの方が繊細で華やかで好きです。もうほんと、同じ人の絵とは思えないぐらい。
ちなみに右の画像は、昨日のニールセンのと同じシリーズのラッカム版とデュラック版。実際に手に取って見てみたいー。(新書館)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵

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3世紀頃にスコットランド北部のモールヴェンにいたというフィンガル王(フィン王・フィン・マックール)の誉れと、その一族の者たちの物語。スコットランド高地に住むゲールと呼ばれるケルト民族の間で語り継がれてきた古歌を集めたものです。オシァンといえば、妖精の女王・ニアヴが常若の国ティル・ナ・ノグへ連れ去ってしまうという浦島太郎的物語もあるんですが、こちらは妖精とか魔法とか超常的要素は全然ありません。

もう本当にものすごく美しいです。1760年にマクファーソンによって英訳本が発表されるや、たちまち大人気となり、ナポレオンにも愛読されたというのも納得。でも美しいと同時に哀しくもあります。これらの歌が語られたのは一族の者たちが次々に倒されて、オシァンが1人最後に残された後のこと。高齢で、しかも失明しているらしいオシァンが、亡くなった息子・オスカルの許婚で立琴の名手だったマルヴィーナ相手に、もう一度歌心を呼び戻して欲しいと一族の戦士たちの物語を聞かせているという形。歌が進むごとに、最初は若者だったフィンガル王も年を重ねて壮年の勇者になり、最後は白髪の老人へと...。それでも立派に戦ってるんですけどね。読んでいると、気高く雄々しい勇士たちの戦う姿とそれを見守る美しい乙女たち、戦いを終えての饗宴とその席で竪琴を奏で歌う歌人たち、そんな情景が見えてくるようです。

ええと、歌人たちは何かといえばすぐに歌うんですが、それは倒れた勇士の霊は歌人に頌歌を歌ってもらわなければ「雲の宮居」へ行かれないから。で、この「雲の宮居」というのはオーディンがいるところ、と作中にあります。それってもしや、北欧神話のヴァルハラのことですか? この作品の中心となっているフィンガル王はスコットランドの一部族の王だし、確かにケルト。北欧神話がこんな風に入り込んできてるとは知らなかったので、ちょっとびっくり。フィンガル王の軍はスカンディナヴィアの人々と結構頻繁に戦ってるし、しかも途中でオーディンの幻影が現れたりするので、どうも敵というイメージが強いんですけど... つまり死神ってことなのかな? いずれにせよ不思議だなあ。(岩波文庫)

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